説明

フィルム付き塗装鋼板の曲げ加工方法

【課題】表面保護フィルムを使用して鋼板に曲げ加工を施す際に、フィルム切れを抑制して表面欠陥を発生させることのなくフィルム付き鋼板を曲げ加工する。
【解決手段】表面保護フィルムを貼着した塗装鋼板に曲げ加工を施す際、表面保護フィルムとして引張強さが12.5N/cm以上、引張破断伸びが150%以下の特性を有するフィルムを用いるとともに、33%以上のクリアランスと4.6t(ただし、tは被加工鋼板の厚さ)以上のパンチRの金型条件で曲げ加工を施す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗装鋼板等を曲げ加工する際、被加工鋼板表面に疵等を入れることなく曲げ加工する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高意匠化を目的とした家電製品の外板にステンレス鋼板が、場合によってはクリア塗装が施されたステンレス鋼板が使用されている。家電製品を構成する外板にステンレス鋼板を用いる場合、剪断加工が施されて適宜形状に裁断された鋼板にプレス成形等の曲げ加工を施して所望形状品を作製している。
意匠性の観点からは、加工による製品の疵や汚れは外観を損ねる加工不具合の一つとされている。このため、加工疵による外観不良の発生を抑制する目的で、塩化ビニル系,ポリオレフィン系,ポリエステル系の表面保護フィルムが貼り付けられた後、曲げ加工されている。
【0003】
これらの表面保護フィルムには、フィルム切れの発生を抑制するために、高い引張強さと高い引張破断伸びが要求されており、一般的には、引張強さが10〜40N/cmで、伸びが150〜600%程度のものが用いられている。特許文献1に見られるように、タテ方向及びヨコ方向の破断伸びのみを規定した保護フィルムも提案されている。また、特許文献2に見られるように、引張強さのみを規定した保護フィルムも提案されている。
【0004】
ところで、フィルムを鋼板表面に貼着する際には、ゴム系,アクリル系等、様々なタイプの接着剤が用いられている。フィルムと鋼板との粘着力は、フィルム剥離へ強く影響を及ぼし、粘着力が強いほどフィルム剥離は発生し難くなる。しかし、粘着力は鋼板の表面状態の影響を大きく受け、アクリルシリコーン系のクリア塗膜のような表面処理が施された場合、塗装鋼板への粘着力は大きく低下する。
【特許文献1】特開平9−316411号公報
【特許文献2】特開平8−60112号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
表面保護フィルムを使用して鋼板に曲げ加工を施す際に生じる加工不具合の一つとして、曲げ加工時に発生したフィルム切れに起因したフィルム剥離カスによる製品への打痕発生が挙げられる。この不具合には、フィルムの強度,延性及びフィルムと鋼板との粘着力が大きく影響している。特に最近では、意匠性や耐指紋性を考慮して鋼板表面にアクリルシリコーン系のクリア塗膜が形成される場合が多いが、このようなクリア塗膜が形成された場合、前記したようにフィルムの塗装鋼板への粘着力は非常に弱くなり、フィルム切れが発生してフィルム剥離が起こりやすくなる。
【0006】
一般的に、ダイとパンチを備えた金型を用いて鋼板に曲げ加工を施す場合、クリアランスが小さいほど、またパンチRが小さいほど、曲げ加工製品の形状精度は向上する。しかしながら、表面保護フィルムを貼着した鋼板に同様な曲げ加工を施そうとすると、クリアランスが小さいほど、またパンチRが小さいほど、フィルム切れを起こしやすく、フィルム切れに起因した表面欠陥が現れやすくなる。特に延性に優れたフィルムを表面保護に用いて曲げ加工を施そうとすると、図1に見られるように、フィルムが伸ばされてパンチR部に皺が発生し、パンチストロークでたくし寄せられたフィルムがパンチと鋼板間でブレーキとなり、フィルム切れが発生する。
【0007】
本発明は、このような問題を解消すべく案出されたものであり、用いる表面保護皮膜の特性及び曲げ加工を施す金型条件の選定により、フィルム切れを抑制して表面欠陥を発生させることのないフィルム付き塗装鋼板の曲げ加工方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のフィルム付き塗装鋼板の曲げ加工方法は、その目的を達成するため、表面保護フィルムを貼着した塗装鋼板に曲げ加工を施す際、保護フィルムとして引張強さが12.5N/cm以上、引張破断伸びが150%以下の特性を有するフィルムを用いるとともに、33%以上のクリアランスと4.6t(ただし、tは被加工鋼板の厚さ)以上のパンチRの金型条件で曲げ加工を施すことを特徴とする。
なお、本発明で規定するフィルムの引張強さ及び引張破断伸びはJIS Z0237に準拠して測定されるものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明方法により、塗装鋼板に貼り付けた表面保護フィルムのフィルム切れが抑制されるために曲げ加工時に生じやすいフィルム剥離カスによる打痕発生をなくすことができる。また、フィルム切れが抑制されるため、加工後のフィルム除去が容易に行え、結果的に作業コストの低減化に資することになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明者等は、表面保護フィルムを貼着した塗装鋼板にダイとパンチを備えた金型を用いて曲げ加工を施す際、表面欠陥の原因となるフィルム切れを発生させない条件について検討を重ねてきた。
その結果、樹脂塗装を施した鋼板、特にアクリルシリコーン塗装を施した鋼板の場合、予めフィルムに塗着されている粘着剤の粘着力の強弱には関係なくフィルムは剥れやすい状況となるため、フィルム切れを起こす要因として前記粘着力を考慮する必要がないことを見出した。フィルムが剥れやすい状況下にあっては、引張破断伸びが比較的小さくても所定の引張強さを有するフィルムを用い、クリアランス及びパンチRが比較的大きい金型条件のもとで成形すれば、フィルム切れを抑制できることがわかった。
以下にその詳細を説明する。
【0011】
通常、鋼板の曲げ加工は、図1に示すように、ダイ2上に載置した鋼板1を板押さえ4で押さえた状態で、ダイ2端部から出されている鋼板1端部を上方からパンチ3で押圧している。
パンチ3がダイ2及び鋼板1に対して下方に押圧するとき、鋼板表面に貼着されたフィルム5はパンチ3と強く摺動するため、剪断力で伸ばされる。
このとき、フィルムの引張強さと引張破断伸びのバランスが悪いとフィルム切れが発生しやすい。
【0012】
ところで、塗装ステンレス鋼板の表面保護フィルムとして、昨今、10〜40N/cmの引張強さと6〜550%の引張破断伸びを有するフィルムが用いられる場合が多い。また、各種フィルムには、それぞれ独自の粘着力を有する粘着剤が塗着されている。
そこで、本発明者等は、それぞれ異なった特性を有する各種フィルムを塗装ステンレス鋼板に貼着して、その曲げ加工性についての実験を繰り返した。
その結果の詳細は、実施例の記載に譲るが、上記の通り、塗装ステンレス鋼板に表面保護フィルムを貼着して曲げ加工を施す際のフィルム切れを起こす要因には、フィルムの粘着力は影響せず、フィルム自身の特性と金型条件にのみ影響されることがわかった。
【0013】
フィルムに塗着している粘着剤の粘着力が影響しない理由
曲げ加工において、フィルム切れが発生し易くなる原因には以下の二つの理由が考えられる。
一つは、フィルムの強度(引張強さ)が低いと摩擦抵抗に対する破断強度が低くなるために、フィルム切れが生じ易くなるケースである。もう一つは、伸びが著しく大きいフィルムを使用した場合、パンチとフィルムとの間の摩擦力によってフィルムが伸ばされ、パンチ先端にフィルムの滞留が生じ、この位置に歪みが集中してフィルム切れに到るケースである。そのため、これらの抑制策として、従来の鋼板加工用フィルムよりも延性が低く、引張強さの大きいものを使用することが有効であると考えられている。
【0014】
一方、フィルム切れ抑制策の一つとしてフィルムの粘着力を大きくすることも有効であると考えられる。しかしながら、潤滑油が多量に使用される場合や、鋼板表面にアクリルシリコーン塗装が施されている場合には、フィルムの密着性が非常に低くなるために剥れ易くなる。フィルムが剥れると、パンチとの摺動によって伸び変形を受け易くなり、フィルム切れを生じ易くなる。このケースの場合、フィルムの粘着力を大きくすることは、必ずしもフィルム切れへの有効な対策とはいえない。
以上により、幅広い加工条件下において適応し得るフィルム切れ抑制策として、本発明では、延性が低く、引張強さの大きい鋼板加工用フィルムの使用が有効であることに到達したものである。
【0015】
金型のクリアランス及びパンチRを大きくする理由
前記している通り、表面保護フィルムを貼着した鋼板にダイとパンチとからなる金型を用いて曲げ加工を施そうとするとき、用いる金型のクリアランスが小さいほど、またパンチRが小さいほど、フィルム切れを起こしやすく、フィルム切れに起因した表面欠陥が現れやすくなる。
この現象は、次のように説明できる。すなわち、金型のクリアランスが小さいと、図2に示すように、ダイ先端とパンチ先端との距離が短くなるために成形時の曲げモーメントが小さくなり、曲げ力は大きくなる。このため、鋼板に貼着したフィルム表面の摺動抵抗が大きくなり、フィルム切れが発生しやすくなる。
【0016】
また、パンチRが小さいと、同様にダイ先端とパンチ先端との距離が短くなるために成形時の曲げモーメントが小さくなり、曲げ力は大きくなる。このため、鋼板に貼着したフィルム表面の摺動抵抗が大きくなり、フィルム切れが発生しやすくなる。
本発明では、後記の実施例で詳述するように、金型を用いて特定の特性を有する保護フィルムを貼着した鋼板を曲げ加工する際、金型条件を請求項に規定したようなものとすることにより、フィルム切れの発生を防ぐことができたものである。
【実施例】
【0017】
実施例1:
No.4(JIS R6001)の表面仕上げされた板厚0.65mmのSUS430の表面を日本パーカライジング社製のE253NIによりケミカルコートし、その上にプライマーとして日本ファインコーティングス社製のSPDIF P98クリアーHTを、アクリルクリアーとして日本ファインコーティングス社製のZD06を、合計11μmの厚さで塗布した鋼板を原板として使用した。
この原板に、引張強さ12.5N/cmで引張破断伸び150%の、厚さ70μmのフィルム(日東電工社製;V‐5320)を貼着した鋼板を供試材とした。
【0018】
このフィルム付き塗装鋼板を、□30mm×50mmに打抜いた後、図3に示す曲げフランジ長さ5mmで、パンチストローク15mmの条件下、9〜66%の範囲で種々変更したクリアランスと、1.5t〜4.6tの範囲で種々変更したパンチRを、ダイR4.6tのダイに、押し込み速度1mm/sで押し込む成形試験を行ったところ、表1に示す結果が得られた。なお、表1中、問題なく成形できたものを○で、フィルム切れを起こしたものを×で評価した。
【0019】
この結果から、33%以上のクリアランスと、4.6t以上のパンチRが適切であることがわかる。
なお、上記結果は、引張強さ12.5N/cm,引張破断伸び150%で、厚さ70μmのフィルムを用いた場合に得られたものであるが、フィルムとして、引張強さ30N/cm,引張破断伸び6%の万能クラフトテープ(寺岡製作所社製)を用いた場合も、全く同様の結果が得られたことを付記しておく。
【0020】

【0021】
実施例2:
33%のクリアランスと4.6tのパンチRを有する金型条件の下、引張強さが10〜40N/cmで、引張破断伸びが6〜550%の範囲の特性が異なった各種フィルムを、前記実施例1で用いたと同じクリア塗装ステンレス鋼板に貼着した鋼板を成形試験した。その結果を表2及び図4に示す。なお、押し込み速度、評価基準も実施例と同じである。
この結果から、引張強さが12.5N/cm以上で、引張破断伸びが150%以下のフィルムが最適であることがわかる。
【0022】

【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】曲げ加工時のフィルム切れ発生状況を説明する図
【図2】金型のクリアランス及びパンチRの大小と、ダイ先端とパンチ先端間距離の関係を説明する図
【図3】実施例として行った押し込み試験の成形条件を説明する図
【図4】フィルム特性と成形可能範囲の関係を示す図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面保護フィルムを貼着した塗装鋼板に曲げ加工を施す際、保護フィルムとして引張強さが12.5N/cm以上、引張破断伸びが150%以下の特性を有するフィルムを用いるとともに、33%以上のクリアランスと4.6t(ただし、tは被加工鋼板の厚さ)以上のパンチRの金型条件で曲げ加工を施すことを特徴とするフィルム付き塗装鋼板の曲げ加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−105770(P2007−105770A)
【公開日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−299991(P2005−299991)
【出願日】平成17年10月14日(2005.10.14)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】