説明

フッ化物イオン捕捉材およびその使用方法

【課題】イオン捕捉材により低濃度フッ化物イオンを除去する場合、汎用の混合処理方法に加え、通液性容器やカラムが使用でき、処理液の排出操作が簡便な低価格捕捉材の提供が求められている。
【解決手段】ドロマイト(MgCa(CO)を焼成して得た部分分解ドロマイトは、水での崩壊性が殆どなく極めて高いフッ化物イオン吸着性を示した。このものは土壌に直接散布混合でき、通液性容器に入れて使用でき、またカラムに充填しても使用でき、8ppmの排水規制を達成することができた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、排水中に含まれるイオンの捕捉に関するもので、特に排出基準に係る低濃度のフッ化物イオンを捕捉するイオン捕捉材に関する。さらに、このイオン捕捉材を簡便かつ有効に使用する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フッ素化合物は半導体や金属表面の洗浄に重要な成分であるが、使用する工程から環境中に排出されると深刻な環境破壊を誘発する物質として作用する。したがって、多くの製造工程で発生したフッ化物イオン含有排水は、放水前にフッ化物イオンの大部分が除去される。一般的なフッ化物イオン除去法には、消石灰や塩化カルシウムなどのカルシウム化合物でフッ化カルシウムの沈殿を形成させ、排水から除去する方法がある。処理操作も、廃液中に除去剤を直接投入し、吸着物や反応物を回収する方法が一般的である。
【0003】
環境中でのフッ化物イオン有害性は著しく、例えば極微量でも植物体を著しく損傷する。近年その排水基準が15mg/dmから8mg/dmに引き下げられた。しかし、従来法ではフッ化カルシウムの溶解度、共存塩類効果により新規設定基準を満たすことは困難であるので、現在も新たな処理技術の開発が進められている。
【0004】
例えば特許文献1には、担体にアルミニウム元素を担持させて、フッ化物イオンの選択的な吸着除去方法が開示されている。また、ハイドロタルサイトやシュベルトナイトなど、陰イオンの交換可能な膨潤性層状化合物もフッ化物イオンの除去に利用されている。
【0005】
消石灰の炭酸化反応により、フッ化物を吸蔵して除去する方法も提案されている(特許文献2および3参照)。さらには、生石灰をフッ化物イオン含有排水に投入し、生成するフッ化カルシウムを、消化反応で同時に生成する水酸化カルシウムに取り込ませ、併せて炭酸化反応による固定化と中和を行う方法も開示されている(特許文献4参照)。さらにまた、焼成マグネシアも低濃度フッ化物イオンの吸着・反応に有効で、フッ化水素の回収および再利用に有用であるとの報告がある(特許文献5参照)。
【0006】
部分焼成ドロマイトは、主として酸化マグネシウムと炭酸カルシウムで構成されていて、上水の酸性物質除去、脱鉄、脱マンガン、脱ケイ酸塩などに有効に利用されている(非特許文献1参照)。しかし当該資料に、本出願で課題とする低濃度のフッ化物イオンの吸着除去に有用であるとの記載はない。酸化マグネシウム粒子と炭酸カルシウム粒子(一部、生石灰を混入する場合も含む)の混合によっても、部分焼成ドロマイトと類似の成分構成が可能であるが、部分焼成ドロマイトは水によってその粒形が崩壊することがなく、また酸化マグネシウム成分が極めて微小な結晶子として発生する点、さらに焼成により微細な多孔質体を形成する点で、前者の混合物と相異なる(非特許文献2参照)。
【特許文献1】特開平8−38914号公報
【特許文献2】特開2002−200493号公報
【特許文献3】特開2002−254086号公報
【特許文献4】特開2003−080270号公報
【特許文献5】特開2004−000846号公報
【非特許文献1】http://www.dolomitwerk.de/
【非特許文献2】H.Hashimoto他、J.Solid State Chem.、33巻、181〜188(1980)。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
排水中の高濃度フッ化物イオンを一次処理する場合、反応処理槽中で石灰系処理剤により処理する方法が一般的である。本発明に係る半焼ドロマイトも、同様の操作で処理することも可能である。あるいは、フッ化物イオンで汚染された土壌に混合して、浄化する方法も考えられる。この場合には、雨水による地下水への流入水も浄化されるので、地下水浄化にも繋がる。また、汚染土壌との効率的な混合が作業現場で必要とされる。
【0008】
しかし、低濃度フッ化物イオンを除去する場合、発生する処理生成物が少量であるため、(1)容器に入れた細粒状の捕捉材を処理槽に投入して引き上げる方法、(2)捕捉材をカラムなどに充填し処理すべき排水を通して直ちに通過液を放出する方法などが、反応槽を使用する場合より、操作が簡便で設備投資も少なく好ましい場合が多い。このような処理を行う場合には、水和反応により微粉化する生石灰、膨潤率の高い粘土鉱物などを使用するには工夫が求められ、使用は実質困難な場合が多い。また、一般的に廃水処理等に使用する場合には、処理コストの一層の低減化が求められ、捕捉材の低価格性も必須要件となる。
【0009】
換言すれば、通液性の簡便な除去装置を使用する場合、充填捕捉材全体が水和反応で微粉化すれば、目詰まりを引き起こして除去効率の大きな低下をまねく。更には、捕捉材成分の溶出も避けられない。そこで、通液性容器やカラム充填に適用でき、捕捉材の回収も容易で処理液の排出操作も簡単な、低価格捕捉材の提供が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、多くの鉱物粉体の吸着・反応特性を検討し、軽焼ドロマイト(MgO・CaO)の特異的吸着に着目した。しかし、水和安定性に難点があった。そこでドロマイト(MgCa(CO)を粗砕し、焼成条件を変えながらフッ化物イオンの吸着性を鋭意検討した。その結果、粗砕未焼成状態のドロマイトはフッ化物イオン吸着性を全く示さないが、それを部分的に焼成分解したものでは、孔径1nmから80nm前後のミクロ孔乃至マクロ孔が新たに形成されて、極めて高活性のフッ化物イオン吸着・反応特性を示し、水中で使用しても顆粒状態を維持するなど、上記課題を解決するものであることが明らかとなり、本発明の完遂に至った。なお、顆粒状態の維持性を示す指標として「注水顆粒維持率」を設けた。この注水顆粒維持率とは、2〜5mmの粒子約25個を選び、これを50mLの常温水中に投入し、崩壊せずに顆粒形状を維持した粒子数を1昼夜経過後に計数し、注水前の粒子数に対するパーセントで示したものである。
【0011】
ドロマイトの焼成条件や吸着・反応性能、使用条件等について、以下詳細に説明する。ドロマイトの焼成に関しては、粒子の周辺部と中心部とで、分解度や分解物の結晶成長度などに不均一性が発生しうる。しかし、特許請求の範囲に示した温度条件下で焼成し、注水顆粒維持率の条件を満たす場合には、十分な吸着・反応性能を発現した。一般的に、ろ過性に問題のない範囲で粒子を粉砕し、表面積を増大させることが吸着剤に有利であることは、本技術分野では公知である。粒子径によらず吸着表面積を大きくする方法として、多孔質体を原料とすることも公知である。このような鉱物として、例えば、珊瑚由来の多孔質ドロマイトなどが本発明の実施に好適である。
【0012】
示差熱分析によるドロマイトの空気中での熱分解の測定では、660℃付近から分解による重量減少が始まり、約780℃を境に新たな分解が主となり、分解反応は約860℃でほぼ完結する。ドロマイトの加熱分解の主要因子は温度であるが、副因子として粒子の表面積や雰囲気の全圧、それに二酸化炭素の分圧などが知られている。初期の分解はMgCO成分が、後続の分解はCaCO成分であることも知られている。焼成を進めていく各段階での焼成物のフッ化物イオン吸着性能を測定した結果、比較的分解率の低い段階でも高いフッ化物イオン吸着能が発現していた。焼成試料について、粉末X線回折分析を行うと、新たに2Θ=42.9°にMgOの(2,0,0)面に由来するピークが出現していた。以下では、主要構成物がMgO・CaCOであるものを半焼ドロマイトと、MgO・CaOであるものを軽焼ドロマイトという。実際の焼成温度条件の範囲を限定するために、焼成時間や上記変動因子を加味して、600℃乃至880℃とした。
【0013】
ロート上にNo.5B濾紙を敷き、その上に各種イオン捕捉材5gを入れ、50mLのイオン交換水の通過する時間を測定し、それを繰り返して積算することで、捕捉材のろ過性能を比較した。その結果を表1に示す。
【表1】


表1.ろ過時間(分)の比較
この結果から、生石灰(粒径は0.5mm未満)や工業用特号消石灰では目詰まりが著しかった。他方、半焼ドロマイト(2〜5mmの粒度調製品)では、粒度調製時の破砕粉による目詰まりがあるものの、十分な通液性を確保できることが明らかとなった。
【発明の効果】
【0014】
処理操作が簡便な低濃度のフッ化物イオン捕捉材として、中程度の分解率のドロマイトが有用であり、最終の排水中の残留フッ化物イオン濃度を8mg/dm未満にすることが可能であることが分かった。また、汚染土壌からのフッ化物イオンの溶出量を低減化することも分かった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明による捕捉材とその使用方法を、実施例により例示する。
【0016】
多孔質ドロマイトの軽焼品および半焼成品の調製と特性
粒径を2〜5mmに調整した多孔質ドロマイト20gを坩堝に秤取する。この坩堝を725℃に設定した電気炉(内容積7.3L)に入れ30分間焼成した。取り出した焼成品をデシケータ中で放冷して、蓋付きサンプル管に保管した。焼成減量は23.5%であった。このものには、水銀ポロシメータによる細孔分布測定から、原料に存在しなかった3種類の孔径1nmから81nmの細孔(主要細孔ピーク径55nm、主要細孔容積0.17cm/g)が形成されていた。焼成温度を変えて焼成した場合の分解率を図1に示す。図1の分解率は、不純物を含まないと仮定したドロマイト(MgCa(CO)が対応する複合酸化物(MgO・CaO)に熱分解する際の重量減少率に対して求めた比率で、理論重量減少率47.7%が分解率100%である。
【0017】
(実施例1)半焼ドロマイトおよび軽焼ドロマイトのフッ化物イオン吸着(バッチ吸着反応法)
フッ化ナトリウムを溶解して調製したフッ化物イオン20ppmを含む試験水50mLを200mLのビーカーに入れ、半焼ドロマイト0.2gをそれに加える。よく分散させた後、常温で22時間静置した。吸着材をろ別後、得られたろ液について、ランタン−アリザリンコンプレキソン法(JIS K−0102)で、残存フッ化物イオンを定量した。表2に分析結果をまとめた。
【表2】


表2.ドロマイトの焼成温度と吸着率
なお、表2の結果と図1の結果から、少なくとも分解率10%を超えれば、十分なフッ化物イオン吸着力があるものと考えられる。また、焼成温度が900℃の場合、ドロマイト焼成物はフッ化物イオンを含む排水に接触させると、激しく反応し微粉化したが、825℃焼成品は殆ど粉化しなかった。
【0018】
(実施例2)半焼ドロマイトのフッ化物イオン吸着(カラム充填法)
内径11mm、長さ50cmのクロマト管に、半焼ドロマイト(焼成温度725℃、粒径2〜5mm)35gを充填し、フッ化物イオン20ppmを含む試験水50mLを上から流速5mL/分で流下させた。試験水50mLを流下させる毎に、流出液の受器を変えた。含まれるフッ化物イオン濃度を定量し、分析結果を表3にまとめた。
【表3】


表3.吸着量の経時変化
比較的早い流速で排水を流下させるだけで、排出基準を下回るフッ化物イオン残存量になることを確認した。
【0019】
(実施例3)粒状半焼ドロマイトのフッ化物イオン吸着(通液性容器法)
セブ島で採取された多孔質ドロマイトを、2〜5mmに粒度調整して725℃で30分焼成したもの、およびセミドールK−I(Dolomitwerk社製半焼ドロマイト、2〜5mm粒度調整品)の各7.3gをそれぞれ95mm×70mmの不織繊維袋に入れ、20ppmのフッ化物イオン含有試験水500mLを入れたビーカーに懸垂し、試験水を磁気撹拌機により撹拌した。所定時間経過毎に試験水を分取し、残存フッ化物イオンを定量した。結果を図2に示す。吸着時間が約4時間で、残存フッ化物イオン濃度が8ppm未満に達していることを確認した。なお、半焼ドロマイトの粉化は視認できなかった。
【0020】
(比較例1)
半焼ドロマイトの代わりに、未焼成のドロマイト、生石灰、酸化マグネシウム、消石灰を使用して、実施例1と同様の操作で処理し、残存フッ化物イオン量を定量した。
【表4】


表4.比較捕捉材によるフッ化物イオン除去と注水顆粒維持率
生石灰や酸化マグネシウムなど、水和反応を伴う吸着/吸蔵によるフッ化物イオンの捕捉材は、除去率が高いものの、いずれの捕捉材も水中に分散し、回収にはろ過などの手間を要した。なお、未焼成ドロマイトと生石灰は2〜5mmの粒状物を使用し、酸化マグネシウムと消石灰は粉末状のものを使用した。
【0021】
(実施例4)フッ化物汚染土壌の浄化作用
試験用土壌として、島根県産硅砂の粉砕物、栃木県産赤玉土、岡山県産石灰石の粉砕物各15.0gに、含フッ化物イオン(100ppm)試験水10.0mLを散布混合し、120℃で45分加熱乾燥して各汚染土を調製した。これら各汚染土5.0gに、粒度調整していない粉末状半焼ドロマイトをそれぞれ2.0g混合し、イオン交換水50.0mLを添加し一夜静置した。その後、この混合物の上澄みをろ過し、ろ液の一部を溶出フッ化物イオンの定量に供した。対照試験として、汚染土のみをイオン交換水に一夜浸漬し、上澄みのろ液の一部を溶出フッ化物イオンの定量に供した。それらを比較した結果を表5に示す。
【表5】


表5.フッ化物イオンで汚染された土壌からの溶出フッ化物イオン量
各試験用土壌による吸着・反応によるフッ化物イオンの減少がないと仮定すると、溶出フッ化物イオン量は20ppmである。表5の結果から、試験用土壌自体によるフッ化物イオンの吸着・反応が認められた。なお、表5の括弧に入れた数値は、300ppmの試験水を使い、4時間静置した後で測定した溶出フッ化物イオン量の値を示す。いずれの場合も、半焼ドロマイトの添加による溶出フッ化物イオン量は大きく減少し、汚染土壌の浄化作用が認められた。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】多孔質ドロマイトの焼成温度と分解率の関係を示した図である。
【図2】試験水に半焼ドロマイトを添加した時の、残存フッ化物イオン濃度の経時変化を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
600℃乃至880℃でドロマイトを加熱処理し、その未分解二酸化炭素成分が1.5重量%乃至47重量%であるフッ化物イオン捕捉材。
【請求項2】
600℃乃至880℃でドロマイトを加熱処理し、粉末X線回折の2Θ角で42乃至44°の範囲にMgOのピークが生じたフッ化物イオン捕捉材。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の捕捉材であり、注水顆粒維持率が70%以上であるフッ化物イオン捕捉材。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載のフッ化物イオン捕捉材を、通液性の容器に入れて排水中に浸漬してフッ化物イオンを捕捉し、または当該イオン捕捉材をカラム等に充填して排水を通してフッ化物イオンを捕捉し、その後当該イオン捕捉材を回収するイオン捕捉材の使用方法。
【請求項5】
フッ化物イオンで汚染された土壌に、少なくとも請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載されたフッ化物イオン捕捉材を含む浄化材を投入混合することを特徴とする土壌および/または地下水の浄化方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−80223(P2008−80223A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−261760(P2006−261760)
【出願日】平成18年9月27日(2006.9.27)
【出願人】(000231431)日本植生株式会社 (88)
【出願人】(592256243)中山石灰工業株式会社 (5)
【Fターム(参考)】