説明

フラックス入り極低水素溶接用ワイヤ及びその製造方法

【課題】 引張強さが690MPa級以上である高張力鋼の溶接を良好な溶接施工性の下に可能とする、フラックス入り極低水素溶接用ワイヤ及びその製造方法を提供する。
【解決手段】 鋼製外皮にフラックスを充填したフラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、C:0.04〜0.20%、Si:0.1〜1.5%、Mn:0.6〜2.5%を含有し、Mg、Ca、Al、Zr、REMの一種または二種以上を、合計で0.01〜2.00%含有し、残部鉄及び不可避不純物からなり、PTS=C+Si/24+Mn/6+Cu/15+Ni/15+Cr/5+Mo/5+V/5(%)の値がワイヤ全体に対する質量%で0.36〜1.0%であり、ワイヤ中の全水素量がワイヤ全体の質量比で6.0ppm以下であり、鋼製外皮に外気浸入の危険性のあるスリット状の継ぎ目が無いことを特徴とする、フラックス入り極低水素溶接用ワイヤ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラックス入り極低水素溶接用ワイヤ及びその製造方法に関し、特に、建設機械、海洋構造物等における引張強さが690MPa級以上の高張力鋼の溶接に使用される場合に、低水素であるために高強度でも低温割れの危険が少なく、優れた溶接施工性が得られる、フラックス入り極低水素溶接用ワイヤ及びその製造方法に関する。
【0002】
フラックス入りワイヤにはフラックスを充填した後に、鋼製外皮を巻き締めて製造するもの(Cタイプ)と、鋼性外皮を溶接することにより継ぎ目を無くし、外気との接触を遮断したタイプのもの(Oタイプ)の両方があるが、本発明ではOタイプに属するものである。
【0003】
また、フラックス入りワイヤは大きく分けてスラグ系フラックス入りワイヤと称されているスラグ成分を主としたフラックスを充填したワイヤと、メタル系フラックス入りワイヤと称されている金属成分を主としたフラックスを充填したワイヤの双方があるが、本発明はメタル系フラックス入りワイヤを対象としている。
【0004】
尚、本発明のフラックス入りワイヤは、ガスシールドアーク溶接を主たる適用先としているが、サブマージアーク用の溶接ワイヤとして使用しても差し支えない。
【背景技術】
【0005】
高張力鋼は、建設機械や船舶、海洋構造物分野などで使用されている。これらの溶接には施工性と利便性の点から手溶接やガスシールド溶接が広く使われており、そのガスシールド溶接にはソリッドワイヤとフラックス入りワイヤが使われるのが通常である。
【0006】
ソリッドワイヤについては、例えば引張強さ690MPa級以上の高強度鋼用の溶接ワイヤが既に市販されており、十分な使用実績を確立している。一方、フラックス入りワイヤにおいては、引張強さ590MPa級鋼用では市販されているが、引張強さ690MPa級以上の高張力鋼用溶接ワイヤに関しては、十分に市場で使われていないのが実情である。
【0007】
引張強さ690MPa級以上の高強度鋼でフラックス入りワイヤが使用されていない理由は、フラックス入りワイヤを用いた溶接金属ではソリッドワイヤの場合に比べて、溶接部における拡散性水素量が高く、溶接低温割れが懸念されているためである。
【0008】
ワイヤ中の水素量を低減する技術に関しては、例えばプライマー塗装鋼板の溶接におけるピット等の発生抑制を主目的に、特許文献1や特許文献2で既に提唱されている。また、490MPa級強度レベルのフラックス入りワイヤの水素量を低減する手段としては、特許文献3にあるように、ワイヤを焼鈍する方法が既に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平09−239587号公報
【特許文献2】特開平10−286692号公報
【特許文献3】特開平09−57489号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上記特許文献1、2に記載の発明は、本発明のワイヤとはその目的が明らかに異なり、当該知見を引張強さ690MPa級以上の高強度鋼にそのまま適用することはできない。
【0011】
ワイヤの水素量を低減する方法として特許文献3に開示されているワイヤ焼鈍技術も、690MPa級以上のフラックス入りワイヤにおいて効果があるかどうかは明確には示されていない。690MPa級以上のフラック入りワイヤに関しては、溶接金属の強度特性を690MPa級以上に確保するために、Mnなどの焼入性元素をワイヤ中に含有させる必要があるが、これら焼入性元素には、いわゆる水素吸蔵合金と呼ばれるものがあり、単純な490MPa級ワイヤにおけるワイヤ焼鈍による水素低減効果が、水素吸蔵合金が多くなる傾向にある690MPa級以上のワイヤに対しても同等な水素低減効果があるかどうかは明確ではない。ちなみに、水素吸蔵合金としてよく知られている元素としては、Mg、Ni、V、Ti、Nb、Mnなどが挙げられる。
【0012】
そこで、本発明は、高張力鋼の溶接において、フラックス入りワイヤの特長である優れた溶融効率、良好な止端部のビード形状等を維持しつつ、溶接部の拡散性水素量をソリッドワイヤと同程度に低減し、引張強さが690MPa級以上である高張力鋼の溶接を良好な溶接施工性の下に可能とする、フラックス入り極低水素溶接用ワイヤ及びその製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するための本発明の要旨は、以下の通りである。
【0014】
(1) 鋼製外皮にフラックスを充填したフラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、
C:0.04%以上、0.20%以下、
Si:0.1%以上、1.5%以下、
Mn:0.6%以上、2.5%以下
を含有するとともに、Mg、Ca、Al、Zr、REMの一種または二種以上を、合計で、0.01%以上、2.00%以下含有し、残部が鉄及び不可避不純物から構成され、下記(式1)に示すPTSの値がワイヤ全体に対する質量%で0.36%以上、1.0%以下であり、ワイヤ中の全水素量がワイヤ全体の質量比で6.0ppm以下であり、鋼製外皮に外気浸入の危険性のあるスリット状の継ぎ目が無いことを特徴とする、フラックス入り極低水素溶接用ワイヤ。
PTS=C+Si/24+Mn/6+Cu/15+Ni/15+Cr/5+Mo/5+V
/5(%) ・ ・ ・ (式1)
【0015】
(2) さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、
Cu:0.1〜1.0%、
Ni:0.1〜5.0%、
Cr:0.1〜2.0%、
Mo:0.1〜2.0%、
Nb:0.001〜0.100%、
V:0.001〜0.200%、
Ti:0.01〜0.50%(純金属又は合金状態)、
B:0.001〜0.050%
の一種または二種以上を含有することを特徴とする、上記(1)に記載のフラックス入り極低水素溶接用ワイヤ。
【0016】
(3) ワイヤ全質量に対する質量%で、Na、Kの酸化物、またはフッ化物の一種または二種以上の合計がアーク安定剤として、0.1〜0.5%の範囲で含有されていることを特徴とする、上記(1)または(2)に記載のフラックス入り極低水素溶接用ワイヤ。
【0017】
(4) 鋼帯をこれの長手方向に送りながら成形ロールによりオープン管に成形し、この成形途中でオープン管の開口部からフラックスを供給し、開口部の相対するエッジ面を突合せ溶接し、溶接により得られた管に縮径と焼鈍を実施する際に、ワイヤ直径が10.0mm以下となるまで縮径された後に、ワイヤを700℃以上、1000℃以下の温度で焼鈍することを特徴とする、上記(1)ないし(3)のいずれか1項に記載のフラックス入り極低水素溶接用ワイヤの製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明のフラックス入りワイヤによれば、引張強さ690MPa級以上の高張力鋼の溶接において、フラックス入りワイヤの特長である高溶融効率、良好な止端部のビード形状等を維持しつつ、溶接部の拡散性水素量をソリッドワイヤと同程度に低減できるため、既存の溶接ワイヤでは実現できなかったような優れた溶接施工性の下で、引張強さ690MPa級以上である高張力鋼の溶接が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】溶接ワイヤ中の全水素量と溶接継ぎ手における拡散性水素量の関係を示す図である。
【図2】ワイヤの全水素量とワイヤ製造時の焼鈍温度との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明者らは、前記課題を解決するためにまず、ワイヤ全体の含有水分量と、このワイヤを使用して作成された溶接継ぎ手の拡散性水素量を調査し、ワイヤの製造条件、特にフラックス入りワイヤの焼鈍条件について検討し、溶接継ぎ手の拡散性水素量がソリッドワイヤと同等以下となる技術を確定した。
【0021】
まず、ワイヤ成分の規定理由を述べる。なお、各成分についての%は質量%を意味する。
【0022】
Cは、材質的に溶接金属の強度を向上させる元素である。したがって、添加量が少なすぎると、十分な溶接金属強度が得られなくなるため、0.04%以上は必要である。しかし、0.20%を超えて過剰に添加すると、高炭素マルテンサイトが多く形成されて低温靭性が低下する。以上の理由からCの添加量は0.04%以上、0.20%以下とする。
【0023】
Siは、溶接金属の脱酸と焼入れ性確保の目的のため、純金属又は合金状態(例えば、Fe−Si、Mg−Si、SiC等)で添加しているが、0.1%未満では脱酸が不足して靭性不足となりやすく、1.5%を超えると、硬化組織を形成するだけでなく、スラグ量が多くなりビード形状を悪化させる。以上の理由からSiの添加量は0.1%以上、1.5%以下とする。
【0024】
Mnは、溶接金属の焼入れ性を向上し、強度と靭性を確保することを目的として添加される。0.6%未満では焼入れ性が不足して強度が低下し、2.5%を超えると硬化相を形成し靭性が低下する。以上の理由からMnの添加量は0.6%以上、2.5%以下とする。
【0025】
Mg、Ca、Al、Zr、REMは、いずれも強脱酸元素であり、溶接金属中の酸素量低減のために添加することが必須である。また、脱酸効果を発現するためには、酸化物やフッ化物の状態ではなく、金属または合金状態(例えば、Al−Mg、Fe−Al、Ca−Si、Ca−Si−Mn、Ca−Si−Ba、Cu−Zr、REM−Ca−Si等)で添加されることが必要である。ワイヤ中における、これら元素の含有量合計が0.01%未満では脱酸効果が不足し溶接金属の靭性が低下する。また、2.00%超の添加はアークが不安定となり、溶接作業性に支障をきたす。これらの元素は、1種または2種以上を任意に選択して添加しても脱酸効果に格別の相違はない。以上の理由からMg、Ca、Al、Zr、REMの1種または2種以上の合計添加量は0.01%以上、2.00%以下とした。
【0026】
以上が本発明のフラックス入り極低水素溶接用ワイヤの基本成分で、以下に述べる成分を必要に応じて添加する事ができる。なお、残部は鉄及び不可避不純物である。
【0027】
Cuは、ワイヤの外表面にめっきされ、溶接時の供電抵抗を低下するとともに、材質的には溶接金属の強度と靭性の向上を目的として添加することができる。しかしながら、0.1%未満ではその効果が不十分であるため含有量の下限値は0.1%以上が好ましい。一方、1.0%を超えると硬化相を形成し靭性が低下する。以上の理由から、Cuの添加量は、0.1〜1.0%とするのが好ましい。
【0028】
Niは、溶接金属の強度を向上させると共に、靭性向上を目的に添加することができる。高強度になっても靭性を大きく低下させない元素として他の焼入れ性元素よりも多量に添加できる。しかしながら0.1%未満ではその効果が不十分であるため含有量の下限値は0.1%以上が好ましい。一方、5.0%を超えて過剰に添加すると凝固割れが生じやすくなる。以上の理由から、Niの添加量は、0.1〜5.0%とするのが好ましい。
【0029】
Crは、溶接金属の強度向上を目的に添加することができる。しかしながら0.1%未満ではその効果が不十分であるため含有量の下限値は0.1%以上が好ましい。一方、2.0%を超えて過剰に添加すると靭性の低下を生じやすくなる。以上の理由から、Crの添加量は、0.1〜2.0%とするのが好ましい。
【0030】
Moは、溶接金属の強度確保を目的に添加することができる。しかしながら0.1%未満ではその効果が不十分であるため含有量の下限値は0.1%以上が好ましい。一方、2.0%を超えて過剰に添加すると靭性の低下を生じやすくなる。以上の理由から、Moの添加量は、0.1〜2.0%とするのが好ましい。
【0031】
Nbは、微細な炭窒化物を形成し溶接金属の耐力および強度向上効果を持つために添加することができる。しかしながら0.001%未満ではその効果が不十分であるため含有量の下限値は0.001%以上が好ましい。一方、0.100%を超えて過剰に添加すると靭性の低下を生じやすくなる。以上の理由から、Nbの添加量は、0.001〜0.100%とするのが好ましい。
【0032】
Vは、微細な炭窒化物を形成し溶接金属の耐力および強度向上効果を持つために添加することができる。しかしながら、0.001%未満ではその効果が不十分であるため含有量の下限値は0.001%以上が好ましい。一方、0.200%を超えて過剰に添加すると靭性の低下を生じやすくなる。以上の理由から、Vの添加量は、0.001〜0.200%とするのが好ましい。
【0033】
Tiは、溶接金属のミクロ組織微細化効果を持つことから、靭性向上を目的に金属または合金状態(例えば、Fe−Ti、TiC等)で添加することができる。しかしながら、0.01%未満ではその効果が不十分であるため含有量の下限値は0.01%以上が好ましい。一方、0.50%以上では硬化組織を形成し、靭性が低下する。以上の理由から、Tiの添加量は、0.01〜0.50%とするのが好ましい。
【0034】
Bは、溶接金属の焼入れ性を向上する元素であり、靭性改善のために微量添加することができる。ただし、0.001%未満ではその効果が不十分であるため含有量の下限値は0.001%以上が好ましい。一方、0.050%を超える過剰添加では硬化組織を形成して、靭性低下を招く危険性がある。以上の理由から、Bの添加量は、0.001〜0.050%とするのが好ましい。
【0035】
次に、請求項1の式1で規定するPTSについて説明する。すなわち、下記(式1)で規定したPTSは、いわゆる炭素当量に相当するもので、各元素の炭素当量に相当する値の合計値であり、溶接金属の引張り強さと靭性を確保するのに必要な値を求めた結果である。PTSが0.36%未満では、溶接金属において目的とする強度690MPaを満たせず、PTSが1.0%を超えると、溶接金属の強度が過剰となり、溶接金属の靭性が低下する。そこで、本発明では、PTSの範囲は、0.36〜1.0%とする。
PTS=C+Si/24+Mn/6+Cu/15+Ni/15+Cr/5+Mo/5+V
/5(%) ・ ・ ・ (式1)
【0036】
次に、ワイヤ中の含有水素量を6.0ppm以下と規定した理由について述べる。溶接時に溶接部に侵入する水素は、溶接後に溶接金属から鋼材側に拡散し、溶接熱影響部に集積して低温割れの発生原因となる。この水素源は溶接材料が保有する水分、大気から混入する水分、鋼表面に付着した錆びやスケール等が上げられるが、十分に溶接部の清浄性、ガスシールドの条件が管理された溶接の下では、溶接ワイヤ中に主として水分で含有される水素量で溶接継ぎ手の拡散性水素量は決定される。図1は、溶接ワイヤ中の全水素量と溶接継ぎ手における拡散性水素量の関係を示す。拡散性水素量は、JIS Z3118、ガスクロマトグラフにより測定した。図1に示すように溶接継ぎ手の拡散性水素量とワイヤ中の水素量とは明瞭な相関関係が確認された。ソリッドワイヤを使用した場合は、溶接継ぎ手の拡散性水素量は通常1.5ml/100gr程度であるが、図1の結果より、フラックス入りワイヤを使用した溶接でも、ワイヤの全水素量を6.0ppm以下にすれば、ソリッドワイヤと同等の拡散性水素量が達成されることが明らかとなった。
【0037】
本発明のワイヤは、アーク安定性の向上を目的として、ワイヤ全質量に対する質量%で、Na、Kの酸化物、またはフッ化物(例えば、Na2O、NaF、K2O、KF、K2SiF6、K2ZrF6等)の一種または二種以上を添加することができる。ただし、その含有量は、0.1%未満ではその効果が不十分であるため、0.1%以上の含有量が好ましい。一方、0.5%を超えて過剰に添加されるとアークが不安定となる。従って、アーク安定剤の含有量は、0.1〜0.5%とするのが好ましい。
【0038】
その他、PおよびSは、共に有害な不純物であり、溶接時に高温割れの原因となるだけでなく、溶接金属における靭性低下の原因にもなるため、極力低いことが望ましく、より具体的にはPはワイヤ全質量に対して質量%で0.02%以下、Sはワイヤ全質量に対して質量%で0.01%以下であることが好ましい。また、鉄粉は、フラックス充填率の調整のために使用できるが、溶接金属中に酸素量を持ち込むため少ない方が望ましい。
【0039】
Nは、溶接金属中に窒化物を形成し、溶接金属の靭性を低下させるだけでなく、過剰に含有された場合にはブローホール等の溶接欠陥を生じる危険性も高くなる。このため、その含有量は生産性を阻害しない範囲で、極力低減されることが好ましい。好ましくは、0.005%以下である。
【0040】
また、ワイヤ中のその他成分(残部)としては、鋼製外皮のFe、フラックス中に添加された鉄粉及び合金成分中のFeを含む。
【0041】
次に、本発明のフラックス入り極低水素溶接用ワイヤの製造方法について説明する。
本発明のフラックス入り極低水素溶接用ワイヤの製造方法では、鋼帯をこれの長手方向に送りながら成形ロールによりオープン管(U字型)に成形して鋼製外皮とし、この成形途中でオープン管の開口部からフラックスを供給し、開口部の相対するエッジ面を突合せ溶接し、溶接により得られた管に縮径と焼鈍を実施する際に、ワイヤ直径が10.0mm以下となるまで縮径された後に、ワイヤを700℃以上、1000℃以下の温度で焼鈍することを特徴としている。
【0042】
まず、本発明者らが今回新たに知見した、ワイヤ水素量を安定して6.0ppm以下とする具体的な内容を以下に説明する。ワイヤの全水素量とワイヤ製造時の焼鈍温度との関係を図2に示す。図2より、焼鈍温度を700℃以上とすることにより、ワイヤ中の水分が十分に除去され、ワイヤ全水素量を6.0ppm以下とすることが可能となる。なお、従来技術によるワイヤ焼鈍の場合は、特許文献3にある技術では焼鈍温度の下限が620℃など、本発明の規定している焼鈍温度より低い焼鈍温度を許容しているが、これは、すでに述べたように、従来技術の適用範囲が、490MPa級のワイヤであるため、690MPa級以上のフラックス入りワイヤを目的とする本発明とは本質的に異なることからくる。鋼製外皮の継ぎ目に隙間のあるCタイプのフラックス入りワイヤでは、ワイヤを焼鈍すると鋼製外皮の熱変形により隙間が拡大したり、内包するフラックスが酸化したりするため、焼鈍は行わないのが通常であり、水分を十分に減ずることは不可能である。一方、本発明が対象とするフラックス入りワイヤは隙間のないOタイプであることから、焼鈍処理を行っても鋼製外皮の継ぎ目が開口することはなく、内包するフラックスは外気との接触が遮断されているので酸化や窒化などの変質は無い。
【0043】
これまでの引張強さ590MPa級鋼用のOタイプフラックス入りワイヤでも、650℃程度での熱処理を行うことはあったが、その目的は線引き工程で生じるワイヤの硬化を除去し、また、ワイヤ表面に付着した潤滑剤などの不純物を取り除く目的であり、本発明が目的とする690MPa級以上の引張り強度を有するフラックス入りワイヤの水素量を提言することを目的とするものではなく、さらに、ワイヤ全水素量を6.0ppmに低減された690MPa級以上の引張り強度を有するフラックス入りワイヤは存在しなかった。尚、1000℃を超える高温で焼鈍を行うと、鋼製外皮の軟化が著しくなり、伸線工程でワイヤが破断する危険性が高くなるため、焼鈍温度の上限は1000℃とした。
【0044】
尚、焼鈍を行う際にはワイヤ直径を10mm以下とすることが必須である。この理由は、10mmを超える太径のワイヤを焼鈍すると、ワイヤ内の空隙に溜まっている空気量が多すぎて、フラックスが窒化や酸化してしまい、ワイヤが変質してしまうからである。また、ワイヤ焼鈍による水素低減効果は、ワイヤ内部の水素が焼鈍中に鋼製外皮を透過してワイヤ外に逃げていくプロセスであるが、ワイヤが太いということはそれだけ水素の拡散距離が長いことでもあり、効率よく水素を低減する観点からは好ましくはない。一方、本発明に規定するように10mm以下の直径まで縮径された場合は、管内空隙、及びフラックス中の空気は縮径によって後方(管の送りとは逆方向)に押し出され、オープン管の状態にある管の開口部から外部へ排出されるため、管内に残存する空気量は無視できる程度に十分に減少している。尚、ワイヤ直径の下限値は特に規定しないが、2mm未満では生産性を阻害するので、2mm以上のワイヤ直径で焼鈍を実施するのが好ましい。
【実施例】
【0045】
以下、本発明の効果を実施例により具体的に説明する。
【0046】
鋼帯を鋼製外皮として使用し、U字型に成形して、この段階でフラックスを充填し、フラックス充填後にO字型に成形して、鋼製外皮の継ぎ目部を溶接する。この後に縮径と焼鈍を実施して、ワイヤ径が1.2mmφのフラックス入りワイヤを試作した。試作したフラックス入りワイヤの組成および製造条件を表1−1乃至表1−4に示す。なお、表1−1〜4におけるβとはアーク安定剤のことであり、溶接アークを安定させるために添加されているもので、溶接継手の強度や靭性に影響を与えるものではない。本実施例では、アーク安定剤として、NaO、KO、NaF、KFの合計量を表のβの欄に記載している。また、鋼製外皮として用いた鋼は、すべての試作フラックス入りワイヤに対して同じものを用いている。その成分は、質量%で、C:0.03%、Si:0.25%、Mn;0.4%、P;0.003%、S;0.002%、で、残部は鉄および不可避不純物である。すなわち、この成分に対して、不足している元素をフラックスに充填することにより表1−1〜4に示すワイヤ成分を持つフラックス入りワイヤを試作した。そのため、例えば、表1−1の番号16の試作ワイヤは、Niが0.1%含有されたワイヤであるが、この場合のNiはすべてフラックスに充填されたNiによるものである。但し、本発明においては、Niなどの合金元素をフラックスのみに含有させる場合に限定されるものではない。鋼製外皮にNiが含有されている場合でも、ワイヤ全質量に対しての成分範囲が、本発明の範囲内であればよい。Niなどの合金元素を鋼製外皮に充填するのか、フラックスに充填するのかは、ワイヤ製造コストなどの観点から決定されるべきもので、当該者であれば容易に判断できるものである。
【0047】
【表1−1】

【0048】
【表1−2】

【0049】
【表1−3】

【0050】
【表1−4】

【0051】
このワイヤを用いて、20mm厚の鋼板を予熱100℃で溶接した。溶接は、Ar+20%COガスを用いたガスシ−ルド溶接で行い、JIS Z3111(溶着金属の引張及び衝撃試験方法)に準拠した方法で溶接試験体を作成し、溶接終了後72時間後に溶接金属をX線で非破壊検査した。また、溶接金属からは、JIS Z3111に準拠したA1号引張り試験片と4号シャルピー試験片を採取し、溶接金属の強度と靭性を試験した。その結果を表2−1乃至表2−3に示す。なお、その評価は、引張強さ690MPa以上、且つ0℃でのシャルピー衝撃試験で、吸収エネルギーが30J以上、且つ溶接欠陥の発生が認められず、ビード外観良なものを合格とした。また、ワイヤ焼鈍時に変質があったか否かの判断は、ワイヤ中の窒素を分析し、これがワイヤ全質量に対して0.010%以下であった場合は変質無しとして合格とし、これを超えたものは不合格とした。
【0052】
以上の試験結果から、本発明のフラックス入り極低水素溶接用ワイヤ及びその製造方法により、優れた施工性を維持しつつ、高強度鋼の溶接が可能となるので、本発明の産業的な意義は非常に多大であると結論づけられる。
【0053】
【表2−1】

【0054】
【表2−2】

【0055】
【表2−3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮にフラックスを充填したフラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対す
る質量%で、
C :0.04%以上、0.20%以下、
Si:0.1%以上、1.5%以下、
Mn:0.6%以上、2.5%以下
を含有するとともに、
Mg、Ca、Al、Zr、REMの一種または二種以上を、合計で、0.01%以上、2.00%以下含有し、残部が鉄及び不可避不純物から構成され、下記(式1)に示すPTSの値がワイヤ全体に対する質量%で0.36%以上、1.0%以下であり、ワイヤ中の全水素量がワイヤ全体の質量比で6.0ppm以下であり、鋼製外皮に外気浸入の危険性のあるスリット状の継ぎ目が無いことを特徴とする、フラックス入り極低水素溶接用ワイヤ。
PTS=C+Si/24+Mn/6+Cu/15+Ni/15+Cr/5+Mo/5+V
/5(%) ・ ・ ・ (式1)
【請求項2】
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、
Cu:0.1〜1.0%、
Ni:0.1〜5.0%、
Cr:0.1〜2.0%、
Mo:0.1〜2.0%、
Nb:0.001〜0.100%、
V :0.001〜0.200%、
Ti:0.01〜0.50%(純金属又は合金状態)、
B :0.001〜0.050%
の一種または二種以上を含有することを特徴とする、請求項1に記載のフラックス入り極低水素溶接用ワイヤ。
【請求項3】
ワイヤ全質量に対する質量%で、Na、Kの酸化物、またはフッ化物の一種または二種以上の合計がアーク安定剤として、0.1〜0.5%の範囲で含有されていることを特徴とする、請求項1または2に記載のフラックス入り極低水素溶接用ワイヤ。
【請求項4】
鋼帯をこれの長手方向に送りながら成形ロールによりオープン管に成形し、この成形途中でオープン管の開口部からフラックスを供給し、開口部の相対するエッジ面を突合せ溶接し、溶接により得られた管に縮径と焼鈍を実施する際に、ワイヤ直径が10.0mm以下となるまで縮径された後に、ワイヤを700℃以上、1000℃以下の温度で焼鈍することを特徴とする、請求項1ないし3のいずれか1項に記載のフラックス入り極低水素溶接用ワイヤの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−255169(P2009−255169A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−49398(P2009−49398)
【出願日】平成21年3月3日(2009.3.3)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】