説明

フラワーペーストを添加するパンの製造方法

【課題】パン生地を構成する小麦粉として内麦粉だけを使用するパンの製造方法を提供する。
【解決手段】パン生地の作成工程において、小麦粉がすべて内麦粉であるフラワーペーストを添加する。臭素酸カリウムを水溶液として添加するとともに、アスコルビン酸を添加することによりパン生地を作成する。アスコルビン酸の添加量は小麦粉量に対して3〜20ppmであり、臭素酸カリウムの添加量は小麦粉量に対して5〜15ppmである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パン生地を構成する小麦粉として内麦粉だけを用いたパンの製造方法において、フラワーペーストを添加することを特徴とするパンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、パン生地を構成する小麦粉として国内産小麦粉(本発明では内麦粉と略称する)を一部使用してパンを製造することが行われてきたものの、内麦粉のみを使用してパンを製造することは一般には行われていなかった。これは、製パンに適する内麦粉の収穫量が極めて少量であること、および、圧倒的大部分の内麦粉はそれに含まれるタンパク質の質及び量ともに製パンに適していないことによるものである。すなわち、大部分の内麦粉は、それに含まれるタンパク質が製パンに必要な特定の高分子グルテニンサブユニットを有していないと言われており、そのため、軟弱であり、パン生地に特有の弾力性と強靭性を付与することができないといった難点を有していた(非特許文献1および2)。また、大部分の内麦粉は、それに含まれる小麦タンパク質の量が少なく、製パンに適していない。そのため、このような一般に入手可能な内麦粉だけを使用して製造したパンは、くちゃついて口溶けが悪い、柔らかさを欠く、老化が早いなどの欠点を有すると言われてきた。一般に、このような特性を有する内麦粉は、製パンよりも製麺に適するため、製麺用に多く使用されているのが現状である。
【0003】
一方、小麦粉及び熱湯を混捏して湯種を作成し、該混捏後の湯種のあら熱を除去した後、必要に応じて長時間冷却保存してから、該湯種と少なくとも小麦粉、イースト、食塩、糖類及び水からなる原料を混捏してパン生地を作成して醗酵及び焼成してパンを得る、いわゆる「湯種製法」が知られている(特許文献1)。そして、湯種製法の効果として、湯種製法により得られたパンは、しっとり柔らかく、そのクラストはサクくて歯切れが良く、小麦粉由来のほんのりまろやかな甘味と香りを有し、かつ、老化が遅延されたものになることも知られている。
【0004】
本発明者らは、内麦粉だけを使用するパンの製造方法として、湯種製法を採用して、前記内麦粉だけを使用したパンの欠点を解決することを試みた。しかし、湯種製法を採用することによって、パンに柔らかさを付与し、経時的な硬化を緩和させることはできるものの、クラスト表面に皺が多くなる、ケーブインが発生する、内相がやや暗くなる、空洞が発生する、口溶けが悪くなる、また、製パン性については、吸水が減少する、生地の触感が重くべたつく、さらに、焼成時の窯伸びも小さくなるといった悪影響を生じるという問題があった。
【0005】
ところで、一般にフラワーペーストは、パンに呈味を付与するためのフィリング(詰め具材)やトッピング(上掛け材)等として、一旦混捏したパン生地に当該パン生地を構成する小麦粉に対して比較的多量に充填したり、巻き込んだり、塗布したりして用いられている。他方、多量のフラワーペーストをパン生地の混捏工程で添加して練り込むと、パン生地がダレたり、ベタつくため、その後の製パン作業が困難になるとともに、焼成後のパンは品質が劣るものになることが知られていた。
【0006】
なお、ペースト状のフィリングを冷凍固化させた上でパン生地に添加したり(特許文献2)、細片状のゲルをパン生地に添加したりして(特許文献3)、塊状のフィリングを混捏後のパン生地中に点在させる技術があったが、これらもパンに呈味を付与するためのフィリング(詰め具材)として、固形ペーストを混捏後のパン生地中に点在させるものであり、これらは上述した従来の技術の域を出るものではなく、本願発明を示唆するものではない。
【0007】
【特許文献1】特開2000−262205号公報
【特許文献2】特開2001−145454号公報
【特許文献3】実開平7−28383号公報
【非特許文献1】高田兼則、「冬作物研究」、第1号、第51頁〜第59頁、作物研究所麦類研究部、2002年2月
【非特許文献2】「食品と科学」、第46巻第4号、第77頁〜第82頁、食品と科学社、2004年3月
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述したパン生地を構成する小麦粉として内麦粉だけを使用するパンの製造方法に関する欠点を解消しつつ、しかも、その他の弊害を発生させることのない、パン生地を構成する小麦粉として内麦粉だけを使用するパンの製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、パン生地を構成する小麦粉として内麦粉だけを使用してパンを製造するにあたり、フラワーペーストを添加することにより、上記課題を解決し得ることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
本発明は、これに限定されるものではないが、以下の発明を包含する。
(1) パン生地を構成する小麦粉として内麦粉だけを用いて、パンを製造するにあたり、パン生地の作成工程において、フラワーペーストを添加することを特徴とするパンの製造方法。
(2) 前記フラワーペーストは、可塑性を有するクリーム状(ペースト状)であることを特徴とする(1)に記載のパンの製造方法。
(3) 前記フラワーペーストを構成する原料として小麦粉を用い、この小麦粉として内麦粉だけを用いることを特徴とする(1)又は(2)に記載のパンの製造方法。
(4) 前記フラワーペーストが、上記パン生地を構成する小麦粉量に対して1〜20質量%の量を添加することを特徴とする、(1)、(2)又は(3)に記載のパンの製造方法。
(5) 前記パン生地の作成工程において、中種法を採用してパン生地を作成することを特徴とする、(1)、(2)、(3)又は(4)に記載のパンの製造方法。
(6) 前記フラワーペーストを中種法の本捏工程で添加することを特徴とする、(5)に記載のパンの製造方法。
(7) 前記パンが食パンであることを特徴とする、(1)、(2)、(3)、(4)、(5)又は(6)に記載のパンの製造方法。
(8) 前記パン生地の作成工程において直捏法を採用し、臭素酸カリウムを水溶液として添加するとともに、アスコルビン酸を添加することによりパン生地を作成し、当該パン生地を焼成型に蓋をして焼成して角型食パンを製造することを特徴とする、(1)、(2)、(3)、(4)又は(7)に記載のパンの製造方法。
(9) 前記パン生地の作成工程において中種法を採用してパン生地を作成するにあたり、中種の混捏工程において、臭素酸カリウムを水溶液として添加するとともに、アスコルビン酸を添加することによりパン生地を作成し、当該パン生地を焼成型に蓋をして焼成して角型食パンを製造することを特徴とする、(1)、(2)、(3)、(4)、(5)、(6)又は(7)に記載のパンの製造方法。
(10) 前記アスコルビン酸を、上記臭素酸カリウム水溶液とは別に粉末で添加することを特徴とする、(8)又は(9)に記載のパンの製造方法。
(11) 前記臭素酸カリウムの添加量が、前記パン生地を構成する小麦粉量に対して5〜15ppmであることを特徴とする、(8)に記載のパンの製造方法。
(12) 前記臭素酸カリウムの添加量が、前記パン生地を構成する小麦粉量に対して5〜20ppmであることを特徴とする、(9)に記載のパンの製造方法。
(13) 前記アスコルビン酸の添加量が、前記パン生地を構成する小麦粉量に対して3〜20ppmであることを特徴とする、(8)、(9)、(10)、(11)又は(12)に記載のパンの製造方法。
(14) 焼成後のパン中に臭素酸を残存させないか、又は焼成後のパン中の臭素酸の残存量が0.5ppb未満となるようにすることを特徴とする、(8)、(9)、(10)、(11)、(12)又は(13)に記載のパンの製造方法。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、パン生地を構成する小麦粉として内麦粉だけを用いて、パン生地の作成工程において、フラワーペーストを添加することを特徴とするパンの製造方法である。
本発明において、内麦粉とは、日本国内産小麦を製粉した小麦粉のことである。小麦粉は、その性質や用途によって、強力粉、準強力粉、中力粉、薄力粉、デュラム粉等に分類されている。強力粉は、主として硬質小麦から得られ、タンパク質(11〜13%前後)の量が多く、水を含んだときのグルテンの粘りが強いという特徴を有するため、パン用に適している。中力粉は、中間質小麦から得られ、タンパク質(8.5〜10.5%前後)の量は強力粉と薄力粉の中間で、主に製麺に用いられている。薄力粉は、主として軟質小麦から得られ、タンパク質(6.5〜8.5%前後)の量が少なく、菓子や天ぷら用として用いられている。
【0012】
上述した通り、内麦粉で製パンに適するタンパク質を有するもの(強力粉)は、ほんの少ししか収穫されず、大量に入手することは困難である。これに対し、内麦粉の圧倒的な大部分は、タンパク質含有量が8.5〜10.5%前後であり、またタンパク質が製パンに必要なある特定の高分子グルテニンサブユニットを有していないと言われる中力粉である。本発明においては、前者の強力粉だけでなく、後者の中力粉も用いることができるし、それ以外の内麦粉も使用可能である。また、前者の強力粉及び後者の中力粉を併用することも可能であるし、望ましい。この場合、上述の通り日本国内産強力粉の収穫量が少ないことから、後者の中力粉に属する小麦粉を主として用いることがより望ましい。該中力粉は、一般に普及している小麦を製粉した小麦粉を使用することができる。そのタンパク質含有量としては、8.5質量%以上の小麦粉が望ましく、9.0質量%以上の小麦粉がより望ましい。また、該強力粉も一般に普及している小麦粉を使用することができる。
【0013】
なお、本発明において、「パン生地を構成する小麦粉」及び「パン生地を構成する小麦粉量」という場合、いずれも、フラワーペーストを製造するために用いる小麦粉は含まない趣旨である。
【0014】
本発明におけるフラワーペーストとは、澱粉質を含む原料及び水を混合、加熱してα化した後冷却したものをいう。本発明のフラワーペーストは、これらに加え、糖類、油脂、乳製品、卵(卵加工品を含む)、増粘剤及び保存料(静菌剤など)などを含んでいてもよい。また、呈味成分として、ココア、チョコレート、コーヒー、果汁等を含ませてもよい。例えば、少なくとも小麦粉、乳製品、油脂、糖類、増粘剤及び保存料(静菌剤など)を用いれば、本発明に好適なフラワーペーストを得ることができる。澱粉質を含む原料としては、その全部又は一部に小麦粉を用いることが望ましく、その全部に小麦粉を用いることがより望ましい。
【0015】
本発明のフラワーペーストは、パンへの呈味付与を主な目的とするわけではないため、その原料として呈味成分が、全くあるいは極少量しか添加されていなくても差し支えない。当然、呈味成分を含有する通常用いられるフラワーペーストを本発明のフラワーペーストとして用いることもできる。
【0016】
フラワーペーストの原料として小麦粉を用いる場合、小麦粉は、特に限定されるものでなく、外国産、日本国内産を問わず、また、強力粉、中力粉、薄力粉その他を用いることができるし、異種のものを組み合わせて用いることも可能である。しかしながら、本発明により製造されたパンを「小麦粉として内麦粉だけを用いたパン」、または「小麦粉として内麦粉を100%用いたパン」などと強調するために、外国産小麦粉の使用を避けたい場合には内麦粉を用いることが望ましい。この場合も、内麦粉は、収穫量の多い中力粉を主として強力粉等と併用することがより望ましい。
【0017】
本発明のフラワーペーストは、これに限定されるものではないが、例えば、上掲のフラワーペーストの原料を、調合タンク内で混合し、該混合物を高速攪拌して乳化させてからオンレーター等の熱交換機により加熱してα化し、及び冷却して、ペースト状にすることによって製造することができる。
【0018】
上記混合物の加熱方法は、特に限定されるものではなく、上述した掻き取り式熱交換機等の間接加熱によるほか、スチームインジェクション等の直接加熱、マイクロ波加熱、釜での攪拌しながらの炊き上げ等により行うことができる。しかしながら、フラワーペーストを衛生的且つ連続的に大量生産する場合には、掻き取り式熱交換機やスチームインジェクションによる加熱が望ましい。
【0019】
また、フラワーペーストは、パン生地の構成成分として、パン生地中に混捏することが、必要であり、特に均一に練り込まれるように混捏することが必要である。このようにフラワーペーストをパン生地に均一に練り込まれるように混捏することにより、本発明の効果を有効に得ることができる。また、フラワーペーストがパン生地中に不均一に分散しているような場合には、焼成後のパンの部位によって食感や触感等が異なってしまうこととなる。本発明のフラワーペーストは、可塑性を有するクリーム状(ペースト状)であることが望ましい。
【0020】
従って、本発明において、フラワーペーストはパン生地の作成工程のいずれの段階で添加することが可能であるが、フラワーペーストを添加した後、フラワーペーストがパン生地中に均一に練り込まれる程度混捏する必要がある。
【0021】
上記フラワーペーストは、上記パン生地を構成する小麦粉量に対して1〜20質量%の量を添加することが望ましい。こうすることにより、本発明の効果、すなわち、焼成されたパンの食感をくちゃつかないようにし、口溶けが良好で、柔らかく、しかも老化を遅延させることがより一層確実となる。該添加量を1質量%以上とすることにより、フラワーペーストを添加したことによる効果を得られ易くなる。一方、フラワーペーストの原料としてメイラード反応の原因となる物質を用いた場合、フラワーペーストを20質量%を超えて添加すると、焼成されたパンの焼色が濃くなり過ぎるおそれがある。そして、過度のメイラード反応を抑制して適度なパンの焼色を維持しつつ、本発明の効果をより有効に得るためには、フラワーペーストの添加量をパン生地を構成する小麦粉量に対して3〜15質量%の量とすることが望ましく、5〜15質量%の量とすることがより望ましく、7〜13質量%の量とすることがより一層望ましい。フラワーペーストの添加量を7質量%以上とすることにより、本発明の効果をより一層顕著に得ることができる。また、フラワーペーストの添加量を13質量%以下とすることにより、フラワーペーストの原料としてメイラード反応の原因となる物質を用いた場合でも、焼成後のパンの焼色が濃くなり過ぎるのを確実に防止し、光沢のある明るい褐色の焼色にすることができる。なお、メイラード反応とは、還元糖とアミノ化合物(アミノ酸、ペプチド又は蛋白質)を水分の存在下に加熱したときなどに見られる、褐色物質(メラノイジン)を生み出す反応のことをいう。
【0022】
本発明の製パン法は、特に限定されるものでなく、中種法、直捏法、液種法、その他の製パン法のいずれをも採用することが可能である。本発明では、機械耐性のあるパン生地を作ることに適した中種法を採用することが望ましい。中種法は、従来の機械的製造、例えば、数百kgの大量の混捏パン生地塊をホッパー付き分割機で分割する場合に、1バッジの混捏パン生地塊の最初に分割されるパン生地と最後に分割されるパン生地とで、時間的ズレが生じ、実質的に混捏後の標準醗酵時間を延長したのと等しくなってしまうが、このような醗酵時間にズレが生じる場合にも、製品間で均一性のある安定した製品を作り出すことに適している。とりわけ、内麦粉を使用したパンでは、このような醗酵時間のズレによる影響を受けやすいため、本発明では中種法がより好適である。
【0023】
中種法は、予めパン生地を構成する全小麦粉量のうちの50〜100質量%の小麦粉、イースト及び水等を混捏(中種混捏)し、これを中種醗酵させ、醗酵後の中種に残量の小麦粉、水及びその他の原料を添加して混捏(本捏)してパン生地を作成し、該パン生地を分割、成形、最終醗酵及び焼成する製パン方法である。本発明において、製パン法として中種法を採用する場合には、フラワーペーストを中種混捏工程若しくは本捏工程のいずれか、又は両方で添加することが可能であるが、本捏工程で全量添加することが望ましい。フラワーペーストを中種混捏工程では添加せずに、本捏工程で全量添加することにより、中種醗酵工程でより有効に中種を熟成させることができる。
【0024】
本発明のパンは、特に限定されるものではなく、食パン、菓子パン、フランスパン、デニッシュペストリー、ドーナツ、蒸しパン、中華饅頭、その他のパン類のいずれをも含むものであるが、食パンが特に望ましい。
【0025】
食パンとしては、作成したパン生地を焼成型に蓋をして焼成する角型食パンであることがより望ましい。角型食パンとは、具体的には、例えば、正方形、長方形等の四角形の底面と、該底面の各々の4辺から垂直に立ち上がり、周囲四方を取り囲む側壁からなる直方体の焼成型にパン生地を入れ、ホイロ後、蓋を上面に被せて、焼成して得られる。しかし、これに限られない。
【0026】
また、本発明の角型食パンを製造する場合には、角型食パン生地の作成工程において、酸化剤として臭素酸カリウムを添加することが望ましい。この場合、臭素酸カリウムを水溶液として添加するとともに、アスコルビン酸を添加することが必要である。また、この場合、製パン法として、中種法又は直捏法を採用することが必要である。こうすることにより、オーブンスプリングが大きく、内相が薄く細かな、クラストが薄い食パンを製造することが可能となり、さらに、よりくちゃつかずに口溶けの良い、柔らかく、老化の遅い食パンを製造することが可能となり、且つ焼成後の角型食パン中に臭素酸を残存させない(0.5ppb未満にする)ようにすることができる。臭素酸カリウム水溶液及びアスコルビン酸は、中種法を採用する場合には、中種混捏工程で添加することが必要である。さらに、いずれの製パン法を採用する場合であっても、アスコルビン酸を臭素酸カリウム水溶液とは別に粉末で添加することがより一層望ましい。
【0027】
臭素酸カリウム水溶液は、中種法により角型食パンを製造する場合には、パン生地を構成する小麦粉量に対して、臭素酸カリウムの添加量として5〜20ppmとなるように添加することが望ましく、8〜15ppmとなるように添加することがさらに望ましく、11〜13ppmとなるように添加することがさらに一層望ましい。また、直捏法により角型食パンを製造する場合には、臭素酸カリウム水溶液を添加する量は、パン生地を構成する小麦粉量に対して、臭素酸カリウムの添加量として5〜15ppmとなるように添加することが望ましく、8〜15ppmとなるように添加することがさらに望ましく、11〜13ppmとなるように添加することがさらに一層望ましい。こうすることで、臭素酸カリウムの本来的な酸化作用を十分に発揮させることができるようになり、焼成後の角型食パンの風味及び食感の向上、焼色等の外観の向上等の製パン改良効果を十分に実現させることができる。さらに、著しく少量のアスコルビン酸を添加するだけで、角型食パンにおいて、焼成後のパン中の臭素酸を残存させない(0.5ppb未満にする)ようにすることができる。
【0028】
臭素酸カリウム水溶液の濃度は、3%以下であることが望ましく、2%以下であることがより望ましい。また、該濃度は、0.1%以上であることが望ましく、1%以上であることがより望ましい。
【0029】
わが国では、「臭素酸カリウムの使用はパンに限定され、その使用量は、小麦粉1kgにつき臭素酸として0.03g(小麦粉に対して30ppm)以下でなければならず、且つ最終製品の完成前に分解または除去しなければならない」という法的規制(使用基準)がある。したがって、製パンにおける臭素酸カリウムの使用に関しては、焼成後の製品に臭素酸カリウムが残存してはならない。ここで、上記使用基準の「臭素酸を分解または除去しなければならない」とは、厚生労働省が定める公定分析法により分析した場合に焼成パン中に臭素酸が検出されないこと、すなわち、焼成パン中の臭素酸測定値が検出限界値未満であることを意味する。具体的には、本願の出願時において、高速液体クロマトグラフィーを用いた測定法(以下、改良HPLC法ともいう)が、厚生労働省の定める公定分析法として採用されており、その臭素酸の検出限界値は0.5ppbであるので、上記基準における「臭素酸を分解または除去しなければならない」とは、焼成パン中の臭素酸測定値が0.5ppb未満であることを意味する。
【0030】
なお、改良HPLC法の詳細については、
(1)(社)日本食品衛生学会発行「食品衛生学雑誌」第43巻、第4号(平成14年8月)第221頁〜第224頁;
(2)平成15年3月4日付、厚生労働省医薬局食品保健部基準課長通知(食基発第0304001号)「食品中の臭素酸カリウム分析法について」;及び
(3)平成15年3月12日付、厚生労働省食品保健部基準課事務連絡『「食品中の臭素酸カリウム分析法について」に係る正誤について』
などを参照されたい。上記(2)食基発第0304001号通知においても、その検出限界値が0.5ppbであることが認められている。
【0031】
したがって、本発明において臭素酸カリウムを使用する場合、上記使用基準に適合させるためには、検出限界値が0.5ppbの分析法によって分析したときに、焼成後の角型食パン中に臭素酸を残存させないか、又は焼成後の角型食パン中の臭素酸の残存量が0.5ppb未満となるようにする必要がある。
【0032】
このように極めて厳しい使用基準がある中で、本出願人は、小麦粉として内麦粉だけを用いて角型食パンを製造するにあたり、臭素酸カリウムを水溶液として添加するとともにアスコルビン酸を添加することによって、焼成後のパン中の臭素酸残存量を0.5ppb未満とすることに初めて成功した(特開2005−318882号)。
【0033】
アスコルビン酸を添加する量は、焼成後の角型食パン中に臭素酸を残存させないという観点からすれば、多い方が望ましい。これに対し、角型食パン生地中における臭素酸カリウムの酸化剤としての本来的な作用を発揮させて、製パン性や焼成後の角型食パンの品質を向上させるという観点からすると、アスコルビン酸の添加量は少ない方が望ましい。両方の要求を満足させるためには、アスコルビン酸の添加量は、これに限らないが、通常、3〜20ppmであり、3〜15ppmが望ましく、3〜10ppmがより望ましく、5〜10ppmがより一層望ましい。
【0034】
[実施例]
以下の実施例、比較例及び実験例により、本発明を更に詳細に説明するが、本発明は、これらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0035】
1.フラワーペーストの調製
(1)下記表1の原料を調合タンク内で混合して混合物を得た。
【0036】
【表1】

【0037】
(2)上記(1)で得られた混合物を高速攪拌して乳化させた。
(3)オンレーターに通し加熱及び冷却して、本発明のフラワーペーストを得た。
得られたフラワーペーストは、可塑性を有するクリーム状(ペースト状)であった。
【0038】
2.角型食パンの製造
(1)下記の表2に示す中種配合及び表3に示す中種工程により中種を作成した。
【0039】
【表2】

【0040】
【表3】

【0041】
(2)上記(1)で作成した醗酵後の中種を用いて、下記の表4の本捏配合及び表5の本捏工程、ホイロ条件及び焼成条件によりパンを作成した。
【0042】
【表4】

【0043】
【表5】

【0044】
3.評価
実施例1で得られた角型食パンは、くちゃつかずに口溶けが良好で、柔らかく、老化が
遅延されたものであった。
【0045】
4.臭素酸の残存量の測定
上記測定方法により、実施例1で得られた角型食パンの臭素酸の残存量を測定したとこ
ろ、臭素酸は検出されなかった。
【実施例2】
【0046】
1.角型食パンの製造
実施例1において、フラワーペーストの添加量を10質量%から5質量%に変更し、本
捏配合中の糖類の添加量を4.7質量%、油脂の添加量を4.5質量%、脱脂粉乳の添加量を2.2質量%、全吸水を54質量%に変更する以外は、実施例1と同様の配合及び工程により角型食パンを作成した。
【0047】
実施例2における上記本捏配合の糖類、油脂及び脱脂粉乳の添加量の変更(増量)は、
フラワーペーストの添加量を5質量%に減らしたことによるフラワーペースト中に含まれる糖類、油脂及び脱脂粉乳の減少分を本捏配合で補い、実施例2の糖類、油脂及び脱脂粉乳の添加量を実施例1のそれとほぼ同等とするものである。
【0048】
また、フラワーペーストの添加量を減らしたことによる水の減少分は、パン生地の硬さ
が実施例1のそれと同等となるように実施例2の本捏配合における全吸水を増量して調整した。
【0049】
2.評価
実施例2で得られた角型食パンは、フラワーペーストを10質量%添加した実施例1の
角型食パンほどではないが、くちゃつかずに口溶けが良好で、柔らかく、老化が遅延されたものであった。
【実施例3】
【0050】
1.角型食パンの製造
実施例1において、フラワーペーストの添加量を10質量%から15質量%に変更し、本捏配合中の糖類の添加量を2.2質量%、油脂の添加量を3.5質量%、脱脂粉乳の添加量を1.9質量%、全吸水を50質量%に変更する以外は、実施例1と同様の配合及び工程により角型食パンを作成した。
【0051】
実施例3における上記本捏配合の糖類、油脂及び脱脂粉乳の添加量の変更(減量)は、
フラワーペーストの添加量を15質量%に増やしたことによるフラワーペースト中に含まれる糖類、油脂及び脱脂粉乳の増加分を本捏配合で調整し、実施例3の糖類、油脂及び脱脂粉乳の添加量を実施例1のそれとほぼ同等とするものである。
【0052】
また、フラワーペーストの添加量を増やしたことによる水の増加分は、パン生地の硬さが実施例1のそれと同等となるように実施例3の本捏配合における全吸水を減量して調整した。
【0053】
2.評価
実施例3で得られた角型食パンは、フラワーペーストを10質量%添加した実施例1の角型食パンとほぼ同様に、くちゃつかずに口溶けが良好で、柔らかく、老化が遅延されたものであった。
【比較例1】
【0054】
1.角型食パンの製造
実施例1において、フラワーペーストを添加せず、また、本捏配合中の糖類の添加量を6.0質量%、油脂の添加量を5.0質量%、脱脂粉乳の添加量を2.3質量%、全吸水を56質量%に変更する以外は、実施例1と同様の配合及び工程により角型食パンを作成した。
【0055】
比較例1における上記本捏配合の糖類、油脂及び脱脂粉乳の添加量の変更(増量)は、
フラワーペーストを添加しないことによるフラワーペースト中に含まれる糖類、油脂及び脱脂粉乳の量を本捏配合で補い、比較例1の糖類、油脂及び脱脂粉乳の含有量を実施例1のそれとほぼ同等とするものである。
【0056】
また、フラワーペーストを添加しないことによる水の減少分は、パン生地の硬さが実施
例1のそれと同等となるように比較例1の本捏配合における全吸水を増量して調整した。
【0057】
2.評価
比較例1で得られた角型食パンは、本願発明の実施例1と比較して、くちゃついて口溶
けが悪く、柔らかさを欠き、老化が早いものであった。
【0058】
3.臭素酸の残存量の測定
比較例1で得られた角型食パン中の臭素酸の残存量を、上記測定方法により測定したと
ころ、臭素酸は検出されなかった。
【比較例2】
【0059】
1.湯種の調製
下記の表6の配合及び表7の工程により湯種を調製した。
【0060】
【表6】

【0061】
【表7】

【0062】
2.角型食パンの製造
本捏工程で上記湯種を20質量%配合し、また、本捏配合中の内麦粉の添加量を20質量%、糖類の添加量を5.1質量%、油脂の添加量を4.8質量%、全吸水を46質量%に変更する以外は、実施例1と同様の配合及び工程により角型食パンを作成した。
【0063】
比較例2における上記本捏配合の内麦粉、糖類及び油脂の添加量の変更は、フラワーペーストを添加する代わりに、湯種を添加したことによる内麦粉、糖類及び油脂の量の増減を本捏配合で調整し、比較例2の内麦粉、糖類及び油脂の添加量を実施例1のそれとほぼ同等とするものである。
【0064】
また、湯種を添加したことによる水の増加分は、パン生地の硬さが実施例1のそれと同等となるように比較例2の本捏配合における全吸水を減量して調整した。
【0065】
3.評価
比較例2で得られた角型食パンは、柔らかく、老化が遅延されたものであったが、クラ
スト表面に皺が多く、ケーブインが発生し、内相は暗く、空洞が発生し、口溶けが悪くなり、また、製パン性については、パン生地は吸水が減少し、生地の触感が重く、べたつくものであり、さらに、焼成時の窯伸びも小さいものであった。
【実験例1】
【0066】
実施例1乃至3及び比較例1で得た角型食パンを用いて、以下の物性試験を行った。
【0067】
1.物性試験
(1)株式会社山電社製レオメータRE33005を用いて、下記の表8の条件により、実施例1乃至3及び比較例1で得られた角型食パンのクラム最大荷重及びクラム回復率を測定した。
【0068】
【表8】

【0069】
(2)クラム最大荷重・クラム回復率測定方法(図1参照)。
以下の手順により、クラム最大荷重・クラム回復率を測定した。
・プランジャーを進入速度で、進入距離だけ検体を圧縮・緩和する工程を連続して2回実施し、プランジャーが0.1mm移動する毎に、その時点でプランジャーにかかる荷重を測定する。
・当該荷重測定値のうちの最大値をクラム最大荷重Kとする。
・圧縮・緩和工程の1回目と2回目のそれぞれでプランジャーにかかるエネルギーの合計値を算出し、2回目の合計値A2を1回目の合計値A1で除した数値をクラム回復率とする。
【0070】
2.クラム最大荷重測定結果
クラム最大荷重の測定結果を図2及び表9に示す。
【0071】
【表9】

【0072】
フラワーペーストを添加していない比較例1は、製造日から2日経過後及び4日経過後のいずれにおいても実施例1乃至3のどれよりもクラム最大荷重値が大きかった。そして、フラワーペーストを5質量%添加した実施例2は、比較例1と比較して顕著に最大荷重値が小さく、さらにフラワーペーストの添加量を10質量%(実施例1)、15質量%(実施例3)と増やすにつれさらにクラム最大荷重値が小さくなっていた。
【0073】
上記結果は、フラワーペーストを添加することにより、フラワーペーストを添加しない場合と比較して、顕著にクラムを柔らかく、且つ製造後数日経ても柔らかさを維持していること、すなわち老化防止効果があること、及びフラワーペーストの添加量を増やしていくにつれ、よりクラムを柔らかくし得ることを示している。
【0074】
3.クラム回復率測定結果
クラム回復率の測定結果を下記図3及び表10に示す。
【0075】
【表10】

【0076】
フラワーペーストを添加していない比較例1は、製造日から2日経過後及び4日経過後のいずれにおいても実施例1乃至3よりもクラム回復率の数値が小さかった。そして、フラワーペーストを5質量%添加した実施例2は、比較例1と比較してクラム回復率の数値が大きく、さらにフラワーペーストの添加量を10質量%(実施例1)、15質量%(実施例3)と増やすにつれ当該数値が大きくなる傾向があった。
【0077】
上記結果は、フラワーペーストを添加することにより、フラワーペーストを添加しない場合と比較して、クラムに弾力性があること、すなわち、食べたときにクラムがくちゃつかず、及びフラワーペーストの添加量を増やすにつれ、その傾向が顕著になっていくことを示している。
【実験例2】
【0078】
実施例1乃至3、比較例1及び2で得られた角型食パンについて、製造日から2日経過後の検体の焼色及び食感を比較検討した。結果を下記表11に示す。
【0079】
【表11】

【0080】
フラワーペーストを10%添加した実施例1は、最も焼色が良好であった。フラワーペーストを15%添加した実施例3の焼色はやや濃く、5%添加の実施例2はやや薄かった。フラワーペーストを添加していない比較例1、及び、フラワーぺーストの代わりに湯種を添加した比較例2の焼色は薄かった。
【0081】
実施例1及び3はしっとり柔らかい食感でくちゃつかず、実施例2はややしっとり柔らかい食感でくちゃつかないものであった。これに対し、比較例1は実施例1乃至3と比較して、硬く、くちゃついて口溶けの悪い食感であった。また、比較例2は、柔らかいが、実施例1乃至3及び比較例1よりもくちゃついて口溶けの悪い食感であった。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】図1は、クラム最大荷重及びクラム回復率の測定方法を示す。
【図2】図2は、実施例1〜3及び比較例1で得られた角型食パンのクラム最大荷重の測定結果を示す。図中、D+2は製造日から2日後、D+4は製造日から4日後を意味する。
【図3】図3は、実施例1〜3及び比較例1で得られた角型食パンのクラム回復率の測定結果を示す。図中、D+2は製造日から2日後、D+4は製造日から4日後を意味する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パン生地を構成する小麦粉として内麦粉だけを用い、パン生地の作成工程においてフラワーペーストを添加して混捏することを特徴とするパンの製造方法。
【請求項2】
前記フラワーペーストがペースト状であることを特徴とする、請求項1に記載のパンの製造方法。
【請求項3】
前記フラワーペーストの原料として小麦粉を用い、この小麦粉がすべて内麦粉であることを特徴とする、請求項1又は2に記載のパンの製造方法。
【請求項4】
前記フラワーペーストの添加量が、前記パン生地を構成する小麦粉量に対して1〜20質量%であることを特徴とする、請求項1、2又は3に記載のパンの製造方法。
【請求項5】
前記パン生地の作成工程において、中種法を採用してパン生地を作成することを特徴とする、請求項1、2、3又は4に記載のパンの製造方法。
【請求項6】
前記フラワーペーストを前記中種法の本捏工程で添加することを特徴とする、請求項5に記載のパンの製造方法。
【請求項7】
前記パンが食パンであることを特徴とする、請求項1、2、3、4、5又は6に記載のパンの製造方法。
【請求項8】
前記パン生地の作成工程において直捏法を採用し、臭素酸カリウムを水溶液として添加するとともに、アスコルビン酸を添加することにより、パン生地を作成し、当該パン生地を焼成型に蓋をして焼成して角型食パンを製造することを特徴とする、請求項1、2、3、4又は7に記載のパンの製造方法。
【請求項9】
前記パン生地の作成工程において中種法を採用してパン生地を作成するにあたり、中種の混捏工程において、臭素酸カリウムを水溶液として添加するとともに、アスコルビン酸を添加することによりパン生地を作成し、当該パン生地を焼成型に蓋をして焼成して角型食パンを製造することを特徴とする、請求項1、2、3、4、5、6又は7に記載のパンの製造方法。
【請求項10】
前記アスコルビン酸を、上記臭素酸カリウム水溶液とは別に粉末で添加することを特徴とする、請求項8又は9に記載のパンの製造方法。
【請求項11】
前記臭素酸カリウムの添加量が、前記パン生地を構成する小麦粉量に対して5〜15ppmであることを特徴とする、請求項8に記載のパンの製造方法。
【請求項12】
前記臭素酸カリウムの添加量が、前記パン生地を構成する小麦粉量に対して5〜20ppmであることを特徴とする、請求項9に記載のパンの製造方法。
【請求項13】
前記アスコルビン酸の添加量が、前記パン生地を構成する小麦粉量に対して3〜20ppmであることを特徴とする、請求項8、9、10、11又は12に記載のパンの製造方法。
【請求項14】
焼成後のパン中に臭素酸を残存させないか、又は焼成後のパン中の臭素酸の残存量が0.5ppb未満となるようにすることを特徴とする、請求項8、9、10、11、12又は13に記載のパンの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−118872(P2008−118872A)
【公開日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−303686(P2006−303686)
【出願日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【出願人】(000178594)山崎製パン株式会社 (42)
【Fターム(参考)】