説明

プリプレグおよび繊維強化複合材料

【課題】
優れた成形性を有するプリプレグを提供し、また、それを用いて、機械特性、難燃性に優れた繊維強化複合材料を提供することにある。
【解決手段】
環式ポリアリーレンスルフィドを少なくとも50重量%以上含み、かつ重量平均分子量が10,000未満であるポリアリーレンスルフィドプレポリマーと、0価遷移金属化合物または低原子価鉄化合物とを含有することを特徴とする樹脂組成物を強化繊維に含浸せしめてなるプリプレグであり、かかるプリプレグ中の前記ポリアリーレンスルフィドプレポリマーを含有する樹脂組成物を重合せしめて得られる繊維強化複合材料である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高性能な繊維強化複合材料を得るために有用なプリプレグ、およびそれを用いた航空宇宙用途、一般産業用途に適した繊維強化複合材料、特に、航空機、車両、船舶、電気電子機器向けの積層体に好適に用いることができる繊維強化複合材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
強化繊維とマトリックス樹脂とからなる繊維強化複合材料は、軽量で優れた強度特性を付与できること、繊維配向を制御することで任意の強度設計が可能なことにより、ゴルフシャフト、釣り竿などのスポーツ用途をはじめ、航空機部品、人工衛星部品などの航空宇宙用途、自動車・船舶、電気電子機器筐体、ロボット部品、風車、タンク類、浴槽、ヘルメット等の一般産業用途などに広く用いられている。また、繊維強化複合材料を製造するにあたって、強化繊維にあらかじめマトリックス樹脂を含浸させたプリプレグを中間基材として使用し、プリプレグを積層して積層体とする製造方法は、一般に繊維含有率を高めやすく、取り扱いが比較的容易なことから広く行われている。プリプレグにおいて、強化繊維に含浸させるマトリックス樹脂としては、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、エポキシ樹脂などの熱硬化性の樹脂が、繊維束への含浸の容易さから用いられる場合が多いが、熱硬化性樹脂は、硬化により三次元網目構造の不溶・不融のポリマーとなり、リサイクルが難しく、廃棄の問題がより深刻になる。
【0003】
一方、プリプレグに用いられる熱可塑性マトリックス樹脂は、ポリエチレン、ポリエステル、ポリアミド、ポリカーボネートなど多くの樹脂が使用されるが、航空宇宙用途などの高性能を要求される用途では耐熱性や耐薬品性、機械特性の点において優れるポリエーテルエーテルケトンやポリエーテルイミド、ポリフェニレンスルフィドなどが好適に用いられ、特にポリフェニレンスルフィドなどのポリアリーレンスルフィド類が好適に用いられる。
【0004】
しかし、これらの熱可塑性樹脂プリプレグは、繊維束にマトリックス樹脂を含浸させる製造工程において、熱硬化性樹脂に比較して分子量が高いことから高温・高圧を要し、繊維含有率の高いプリプレグの製造が困難で、また、製造したプリプレグに未含浸が多く、機械特性が十分に得られないなどの問題があった。
【0005】
この問題に対して、ポリアリーレンスルフィド類を分散媒中でスラリー状にしてガラス繊維マットに含浸させやすくしてプリプレグを製造する方法(例えば、特許文献1参照)や、比較的低分子量のポリアリーレンスルフィドをシート状にして繊維基材と共に積層し、プリプレグを介さずに積層体を製造する方法(例えば、特許文献2参照)が知られている。しかし、前者のような方法では分散媒の乾燥に設備と時間を要するだけでなく、分散媒を完全に除去することが困難であり、積層成形時に分散媒の揮発により発生するボイドで機械特性が十分に得られない問題がある。また、後者のような方法では、高温・高圧の成形条件が必要であり、未含浸などの不良により、やはり機械特性が不十分になってしまう問題があった。
【0006】
また、低分子量の環式ポリアリーレンスルフィドを強化繊維に含浸させたプリプレグ(例えば、特許文献3参照)も知られている。この方法では、含浸性に優れたプリプレグを得ることができ、環式ポリアリーレンスルフィドを加熱重合することで機械特性に優れた積層体を得ることができたが、工業的な経済性および生産性の観点から、さらに低温、短時間で繊維強化成形基材を製造可能な方法が要望されるようになってきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平5−39371号公報
【特許文献2】特開平9−25346号公報
【特許文献3】特開2008−231237号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、上述した問題点を解決し、優れた成形性を有し機械特性に優れた積層体を製造できるプリプレグを生産性良く提供し、また、それを用いて、機械特性、難燃性に優れた繊維強化複合材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、前述した目的を達成する為に以下の構成を有する。すなわち、
(1)樹脂組成物を強化繊維に含浸せしめてなるプリプレグにおいて、前記樹脂組成物が、環式ポリアリーレンスルフィドを少なくとも50重量%以上含み、かつ重量平均分子量が10,000未満であるポリアリーレンスルフィドプレポリマーと、0価遷移金属化合物とを含有してなるものであり、前記強化繊維の含有率が60〜80重量%であるプリプレグである。
(2)0価遷移金属化合物が、周期表第8族から第11族かつ第4周期から第6周期の金属を含む化合物であることを特徴とする(1)に記載のプリプレグ。
(3)ポリアリーレンスルフィドプレポリマー中の硫黄原子に対し0.001〜20モル%の0価遷移金属化合物を含有することを特徴とする(1)または(2)に記載のプリプレグ。
(4)0価遷移金属化合物が、パラジウムまたはニッケルを含む化合物である、(1)〜(3)のいずれかに記載のプリプレグ。
(5)樹脂組成物を強化繊維に含浸せしめてなるプリプレグにおいて、前記樹脂組成物が、環式ポリアリーレンスルフィドを少なくとも50重量%以上含み、かつ重量平均分子量が10,000未満であるポリアリーレンスルフィドプレポリマーと、低原子価鉄化合物とを含有してなるものであり、前記強化繊維の含有率が60〜80重量%であるプリプレグ。
(6)低原子価鉄化合物が、II価の鉄化合物である(5)に記載の成形材料。
(7)ポリアリーレンスルフィドプレポリマー中の硫黄原子に対し0.001〜20モル%の低原子価鉄化合物を含有することを特徴とする(5)または(6)に記載のプリプレグ。
(8)強化繊維が一方向に引き揃えられた炭素繊維である、(1)〜(7)のいずれかに記載のプリプレグ。
(9)(1)〜(8)のいずれかに記載のプリプレグ中の、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーを含有してなる樹脂組成物を重合せしめて得られる繊維強化複合材料。
(10)ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの、ポリアリーレンスルフィドへの転化率が70%以上である、(9)に記載の繊維強化複合材料。
(11)(1)〜(8)のいずれかに記載のプリプレグを積層した後、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーを含有してなる樹脂組成物を重合せしめて得られる繊維強化複合材料積層体。
(12)ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの、ポリアリーレンスルフィドへの転化率が70%以上である、(11)に記載の繊維強化複合材料積層体。
【発明の効果】
【0010】
本発明のプリプレグは、取扱性や成形性に優れると共に繊維含有率を高くでき、機械特性に優れた繊維強化複合材料を与えることができる。また、本発明の繊維強化複合材料は、機械特性のみならず難燃性にも優れる。また、プリプレグを低温、短時間で加熱することにより繊維強化複合材料の製造が可能であるため、経済性、生産性、取り扱い性に優れる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のプリプレグは、環式ポリアリーレンスルフィドを少なくとも50重量%以上含み、かつ重量平均分子量が10,000未満であるポリアリーレンスルフィドプレポリマーと、0価遷移金属化合物または低原子価鉄化合物とを含有する樹脂組成物を強化繊維に含浸せしめてなるプリプレグである。
【0012】
本発明における環式ポリアリーレンスルフィドとは式、−(Ar−S)−の繰り返し単位を主要構成単位とする環式化合物であり、好ましくは当該繰り返し単位を80重量%以上、より好ましくは90重量%以上、更に好ましくは95重量%以上含有する下記一般式(A)のごとき化合物である。Arとしては前記式(B)〜式(L)などであらわされる単位などがあるが、なかでも式(B)が本発明のプリプレグを用いて得られる繊維強化複合材料の弾性率や耐熱性、難燃性などの特性が優れる点で特に好ましい。
【0013】
【化1】

【0014】
【化2】

【0015】
(R1,R2は水素、炭素原子数1〜12のアルキル基、炭素原子数1〜12のアルコキシ基、炭素数6〜24のアリーレン基、ハロゲン基から選ばれた置換基であり、R1とR2は同一でも異なっていてもよい。)
【0016】
なお、環式ポリアリーレンスルフィドにおいては前記式(B)〜式(L)などの繰り返し単位をランダムに含んでも良いし、ブロックで含んでも良く、それらの混合物のいずれかであってもよい。これらの代表的なものとして、環式ポリフェニレンスルフィド(前記式(B)、式(C)、式(G)〜式(L))、環式ポリフェニレンスルフィドスルホン(前記式(E))、環式ポリフェニレンスルフィドケトン(前記式(D))、環式ポリフェニレンスルフィドエーテル(前記式(F))、これらが含まれる環式ランダム共重合体、環式ブロック共重合体及びそれらの混合物などが挙げられる。特に好ましい環式ポリアリーレンスルフィドとしては、主要構成単位としてp−フェニレンスルフィド単位
【0017】
【化3】

【0018】
を80重量%以上、特に90重量%以上含有する環式ポリフェニレンスルフィド(以下、環式PPSと略すこともある)が挙げられ、この場合、本発明のプリプレグを用いて得られる繊維強化複合材料の弾性率や耐熱性などの特性が優れる点で好ましい。なお、ここでの重量分率は、環式ポリアリーレンスルフィドの重量を基準としたものである。
【0019】
環式ポリアリーレンスルフィドの前記(A)式中の繰り返し数mに特に制限は無いが、2〜50が好ましく、2〜25がより好ましく、3〜20が更に好ましい。mが大きくなると相対的に分子量が上昇するため、mが50以上になるとArの種類によっては環式ポリアリーレンスルフィドの融解温度および、融解時の粘度が高くなり、強化繊維基材への含浸が困難になる場合がある。
【0020】
また、環式ポリアリーレンスルフィドは、単一の繰り返し数を有する単独化合物、異なる繰り返し数を有する環式ポリアリーレンスルフィドの混合物のいずれでも良いが、異なる繰り返し数を有する環式ポリアリーレンスルフィドの混合物の方が単一の繰り返し数を有する単独化合物よりも溶融解温度が低い傾向があり、強化繊維基材へ含浸しやすくなるので好ましい。
【0021】
本発明において、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーにおける環式ポリアリーレンスルフィド以外の成分は線状のポリアリーレンスルフィドオリゴマーであることが本発明のプリプレグを用いて得られる繊維強化複合材料の弾性率や耐熱性などの特性が優れる点で特に好ましい。ここで線状のポリアリーレンスルフィドオリゴマーとは、式、−(Ar−S)−の繰り返し単位を主要構成単位とする、好ましくは当該繰り返し単位を80重量%以上、好ましくは90重量%以上、更に好ましくは95重量%以上含有するホモオリゴマーまたはコオリゴマーである。Arとしては前記した式(B)〜式(L)などであらわされる単位などがあるが、なかでも式(B)が特に好ましい。線状のポリアリーレンスルフィドオリゴマーはこれら繰り返し単位を主要構成単位に含む限り、
【0022】
【化4】

【0023】
式(M)〜式(O)などで表される少量の分岐単位または架橋単位を含むことができる。これら分岐単位または架橋単位の共重合量は、−(Ar−S)−の単位1モルに対して0〜1モル%の範囲であることが本発明のプリプレグを用いて得られる繊維強化複合材料の弾性率や耐熱性などの特性が優れるのみならず、強化繊維基材に対する含浸性に優れる傾向にある点で好ましい。また、線状のポリアリーレンスルフィドオリゴマーは上記繰り返し単位を含むランダム共重合体、ブロック共重合体及びそれらの混合物のいずれかであってもよい。
【0024】
これら線状のポリアリーレンスルフィドオリゴマーの代表的なものとして、ポリフェニレンスルフィドオリゴマー、ポリフェニレンスルフィドスルホンオリゴマー、ポリフェニレンスルフィドケトンオリゴマー、ポリフェニレンスルフィドエーテルオリゴマー、これらのランダム共重合体、ブロック共重合体及びそれらの混合物などが挙げられる。特に好ましい線状のポリアリーレンスルフィドオリゴマーとしては、ポリマーの主要構成単位としてp−フェニレンスルフィド単位を80重量%以上、特に90重量%以上含有する線状のポリフェニレンスルフィドオリゴマーが本発明のプリプレグを用いて得られる繊維強化複合材料の弾性率や耐熱性などの特性が優れるのみならず、強化繊維基材に対する含浸性に優れる傾向にある点で好ましい。
【0025】
本発明におけるポリアリーレンスルフィドプレポリマーは、環式ポリアリーレンスルフィドを少なくとも50重量%以上含むものであり、好ましくは70重量%以上、より好ましくは80重量%以上、更に好ましくは90重量%以上含むものである。また、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーに含まれる環式ポリアリーレンスルフィドの上限値には特に制限は無く、100重量%が最も好ましい。通常、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーにおける環式ポリアリーレンスルフィドの重量比率が高いほど、繊維強化複合材料の曲げ強度や層間剪断強度のような機械特性が向上する。この理由は定かではないが、環式ポリアリーレンスルフィドの重量比率が高くなると重合後に得られるポリマーの重合度が高くなる傾向にあり、このことと関係があるのではないかと考えている。
【0026】
本発明におけるポリアリーレンスルフィドプレポリマーの分子量の上限値は、重量平均分子量で10,000未満であり、5,000以下が好ましく、3,000以下が更に好ましく、一方、下限値は重量平均分子量で300以上が好ましく、400以上がより好ましく、500以上が更に好ましい。重量平均分子量が10,000以上では樹脂組成物の粘度が高くなるため強化繊維基材に対する含浸性が不十分となり、それに加えて、これを成形して得られる繊維強化複合材料積層体の力学特性のうち特に層間剪断強度が低下する。層間剪断強度が低下する理由は定かではないが、重量平均分子量が大きいと積層成形時の反応が減少するために層間にまたがる高分子鎖が減少し、層間剪断強度が低下するものと考えている。また、重量平均分子量が300以下では、重合後の機械特性などが不十分になる。ポリマーの重合度が十分に向上しないためと考える。
【0027】
本発明におけるポリアリーレンスルフィドプレポリマーを得る方法としては例えば以下の(1)、(2)の方法が挙げられる。
【0028】
(1)少なくともポリハロゲン化芳香族化合物、スルフィド化剤および有機極性溶媒を含有する混合物を加熱してポリアリーレンスルフィド樹脂を重合することで、80meshふるい(目開き0.125mm)で分離される顆粒状ポリアリーレンスルフィド樹脂、重合で生成したポリアリーレンスルフィド成分であって前記顆粒状ポリアリーレンスルフィド樹脂以外のポリアリーレンスルフィド成分(ポリアリーレンスルフィドオリゴマーと称する)、有機極性溶媒、水、およびハロゲン化アルカリ金属塩を含む混合物を調製し、ここに含まれるポリアリーレンスルフィドオリゴマーを分離回収し、これを精製操作に処すことでポリアリーレンスルフィドプレポリマーを得る方法。
【0029】
(2)少なくともポリハロゲン化芳香族化合物、スルフィド化剤および有機極性溶媒を含有する混合物を加熱してポリアリーレンスルフィド樹脂を重合して、重合終了後に有機極性溶媒の除去を行い、ポリアリーレンスルフィド樹脂、水、およびハロゲン化アルカリ金属塩を含む混合物を調製し、これを精製することで得られるポリアリーレンスルフィドプレポリマーを含むポリアリーレンスルフィド樹脂を得て、これを実質的にポリアリーレンスルフィド樹脂は溶解しないがポリアリーレンスルフィドプレポリマーは溶解する溶剤を用いて抽出してポリアリーレンスルフィドプレポリマーを回収する方法。
【0030】
本発明における樹脂組成物は、ポリアリーレンスルフィドプレポリマー以外の成分を含んでもかまわない。ポリアリーレンスルフィドプレポリマー以外の成分としては、特に制限はなく、各種の熱可塑性樹脂のポリマー、オリゴマー、各種の熱硬化性樹脂、無機充填剤、相溶化剤、酸化防止剤、熱安定剤、紫外線吸収剤、難燃剤、着色剤、粘着剤などの各種添加剤を配合しても良い。
【0031】
熱可塑性樹脂の具体例としては、ポリエチレン、ポリアミド、ポリエステル、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリフェニレンオキシド、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエーテルケトン、ポリビニルホルマール、ポリビニルアセタール、ポリスルホン、ポリエーテルスルホンなどの線状または環式のポリマー、オリゴマーがあげられる。
【0032】
熱硬化性樹脂の具体例としては、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、エポキシ樹脂などがあげられる。
【0033】
また、プリプレグの積層を容易にするために前記樹脂組成物に粘着付与剤を配合することが好ましい。粘着付与剤としては軟化点150℃以下で分子内に極性基を有する化合物が好適に用いられる。軟化点は、JIS K7206―1999で規定されるビカット軟化点を意味し、軟化点が150℃以下の物は分子量が比較的小さいので流動性が良く、プリプレグ積層時の粘着性が向上し、分子内に極性基を有する物も水素結合などの弱い結合を誘起して、プリプレグ積層時の粘着性が向上するので好ましい。具体的には、エチレン−エチルアクリレート共重合体、エチレン−ビニルアクリレート共重合体、テルペン重合体、テルペンフェノール共重合体、ポリウレタンエラストマー、アクリロニトリルブタジエンゴム(NBR)などが好適に用いられる。
【0034】
さらに、本発明のプリプレグは、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーを、後述する0価遷移金属化合物または低原子価鉄化合物存在下で加熱することで重合させて、容易にポリアリーレンスルフィドに転化させることが可能である。
【0035】
本発明におけるポリアリーレンスルフィドは、式、−(Ar−S)−の繰り返し単位を主要構成単位とする、好ましくは当該繰り返し単位を80重量%以上、より好ましくは90重量%以上、さらに好ましくは95重量%以上含有するホモポリマーまたはコポリマーである。Arとしては前記の式(B)〜式(L)などであらわされる単位などがあるが、なかでも式(B)が特に好ましい。
【0036】
この繰り返し単位を主要構成単位とする限り、前記の式(M)〜式(O)などで表される少量の分岐単位または架橋単位を含むことができる。これら分岐単位または架橋単位の共重合量は、−(Ar−S)−の単位1モルに対して0〜1モル%の範囲であることが好ましい。
【0037】
また、本発明におけるポリアリーレンスルフィドは上記繰り返し単位を含むランダム共重合体、ブロック共重合体およびそれらの混合物のいずれかであってもよい。
【0038】
これらの代表的なものとして、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリフェニレンスルフィドケトン、ポリフェニレンスルフィドエーテル、これらのランダム共重合体、ブロック共重合体およびそれらの混合物などが挙げられる。特に好ましいポリアリーレンスルフィドとしては、ポリマーの主要構成単位としてp−フェニレンスルフィド単位を80重量%以上、特に90重量以上%含有するポリフェニレンスルフィド(以下、PPSと略すこともある)が挙げられる。
【0039】
本発明におけるポリアリーレンスルフィドの分子量は、重量平均分子量で10,000以上、好ましくは15,000以上、より好ましくは18,000以上である。重量平均分子量が上記好ましい下限値以上であると、得られる繊維強化成形基材の力学特性が十分となり、より高温(例えば、360℃)での成形加工時であっても低分子量成分が熱分解反応を起こし、分解ガスで成形設備周辺の環境汚染を引き起こすこともない。重量平均分子量の上限に特に制限は無いが、1,000,000以下を好ましい範囲として例示でき、より好ましくは500,000以下、さらに好ましくは200,000以下であり、この範囲内では高い成形加工性を得ることができる。
【0040】
本発明におけるポリアリーレンスルフィドの分子量分布の広がり、すなわち重量平均分子量と数平均分子量の比(重量平均分子量/数平均分子量)で表される分散度は2.5以下であり、2.3以下が好ましく、2.1以下がより好ましく、2.0以下がさらに好ましい。分散度がこの好ましい範囲であると、ポリアリーレンスルフィドに含まれる低分子成分の量が少なく、成形設備周辺の環境汚染を引き起こすこともない。なお、前記重量平均分子量および数平均分子量は例えば示差屈折率検出器を具備したSEC(サイズ排除クロマトグラフィー)を使用して求めることができる。
【0041】
また、本発明におけるポリアリーレンスルフィドの溶融粘度に特に制限はないが、通常、溶融粘度が5〜10,000Pa・s(300℃、剪断速度1000/秒)の範囲が好ましい範囲として例示できる。
【0042】
さらに、本発明におけるポリアリーレンスルフィドは、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーを0価遷移金属化合物または低原子価鉄化合物存在下に加熱することによって得ることができ、この方法によれば、0価遷移金属化合物または低原子価鉄化合物を用いない場合に対して、低温、高速で前述した特性を有するポリアリーレンスルフィドを得ることができる。
【0043】
本発明において、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの加熱によるポリアリーレンスルフィドへの転化率は70%以上であることが好ましく、80%以上がより好ましく、90%以上がさらに好ましい。転化率が70%以上では力学的特性に優れるポリアリーレンスルフィドを得ることができる。ここでのポリアリーレンスルフィドプレポリマーのポリアリーレンスルフィドへの転化率とは、ポリアリーレンスルフィドプレポリマー中の環式ポリアリーレンスルフィドが高分子量のポリアリーレンスルフィドに転化した割合を示した物である。
【0044】
本発明において、種々の0価遷移金属化合物が重合触媒として用いられる。0価遷移金属としては、好ましくは、周期表第8族から第11族かつ第4周期から第6周期の金属が好ましく用いられる。例えば金属種として、ニッケル、パラジウム、白金、鉄、ルテニウム、ロジウム、銅、銀、金が例示でき、パラジウムまたはニッケルが特に好ましく用いられる。0価遷移金属化合物としては、各種錯体が適しているが、例えば配位子として、トリフェニルホスフィン、トリ−t−ブチルホスフィン、トリシクロヘキシルホスフィン、1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン、1,1’−ビス(ジフェニルホスフィノ)フェロセン、ジベンジリデンアセトン、ジメトキシジベンジリデンアセトン、シクロオクタジエン、カルボニルの錯体が挙げられる。具体的にはビス(ジベンジリデンアセトン)パラジウム、トリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウム、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム、ビス(トリ−t−ブチルホスフィン)パラジウム、ビス[1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン]パラジウム、ビス(トリシクロヘキシルホスフィン)パラジウム、[P,P’−1,3−ビス(ジ−i−プロピルホスフィノ)プロパン][P−1,3−ビス(ジ−i−プロピルホスフィノ)プロパン]パラジウム、1,3−ビス(2,6−ジ−i−プロピルフェニル)イミダゾール−2−イリデン(1,4−ナフトキノン)パラジウム二量体、1,3−ビス(2,4,6−トリメチルフェニル)イミダゾール−2−イリデン(1,4−ナフトキノン)パラジウム二量体、ビス(3,5,3’,5’−ジメトキシジベンジリデンアセトン)パラジウム、ビス(トリ−t−ブチルホスフィン)白金、テトラキス(トリフェニルホスフィン)白金、テトラキス(トリフルオロホスフィン)白金、エチレンビス(トリフェニルホスフィン)白金、白金−2,4,6,8−テトラメチル−2,4,6,8−テトラビニルシクロテトラシロキサン錯体、テトラキス(トリフェニルホスフィン)ニッケル、テトラキス(トリフェニルホスファイト)ニッケル、ビス(1,5−シクロオクタジエン)ニッケル、ドデカカルボニル三鉄、ペンタカルボニル鉄、ドデカカルボニル四ロジウム、ヘキサデカカルボニル六ロジウム、ドデカカルボニル三ルテニウムなどが例示できる。これらの重合触媒は、1種単独で用いてもよいし2種以上混合あるいは組み合わせて用いてもよい。
【0045】
これらの重合触媒は、上記のような0価遷移金属化合物を添加してもよいし、系内で0価遷移金属化合物を形成させてもよい。ここで後者のように系内で0価遷移金属化合物を形成させるには、遷移金属の塩などの遷移金属化合物と配位子となる化合物を添加することで、系内で遷移金属の錯体を形成させる方法、あるいは、遷移金属の塩などの遷移金属化合物と配位子となる化合物で形成された錯体を添加する方法などが挙げられる。以下に本発明で使用される遷移金属化合物と配位子、及び、遷移金属化合物と配位子で形成された錯体の例を挙げる。系内で0価遷移金属化合物を形成させるための遷移金属化合物としては、例えば、種々の遷移金属の酢酸塩、ハロゲン化物などが例示できる。ここで遷移金属種としては例えば、ニッケル、パラジウム、白金、鉄、ルテニウム、ロジウム、銅、銀、金の酢酸塩、ハロゲン化物などが例示でき、具体的には酢酸ニッケル、塩化ニッケル、臭化ニッケル、ヨウ化ニッケル、硫化ニッケル、酢酸パラジウム、塩化パラジウム、臭化パラジウム、ヨウ化パラジウム、硫化パラジウム、塩化白金、臭化白金、酢酸鉄、塩化鉄、臭化鉄、ヨウ化鉄、酢酸ルテニウム、塩化ルテニウム、臭化ルテニウム、酢酸ロジウム、塩化ロジウム、臭化ロジウム、酢酸銅、塩化銅、臭化銅、酢酸銀、塩化銀、臭化銀、酢酸金、塩化金、臭化金などが挙げられる。また、系内で0価遷移金属化合物を形成させるために同時に添加する配位子としては、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーと遷移金属化合物とを加熱した際に0価の遷移金属を生成するものであれば特に限定はされないが、塩基性化合物が好ましく、例えばトリフェニルホスフィン、トリ−t−ブチルホスフィン、トリシクロヘキシルホスフィン、1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン、1,1’−ビス(ジフェニルホスフィノ)フェロセン、ジベンジリデンアセトン、炭酸ナトリウム、エチレンジアミンなどが挙げられる。また、遷移金属化合物と配位子となる化合物で形成された錯体としては、上記のような種々の遷移金属塩と配位子からなる錯体が挙げられる。具体的にはビス(トリフェニルホスフィン)パラジウムジアセタート、ビス(トリフェニルホスフィン)パラジウムジクロリド、[1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン]パラジウムジクロリド、[1,1’−ビス(ジフェニルホスフィノ)フェロセン]パラジウムジクロリド、ジクロロ(1,5’−シクロオクタジエン)パラジウム、ビス(エチレンジアミン)パラジウムジクロリド、ビス(トリフェニルホスフィン)ニッケルジクロリド、[1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン]ニッケルジクロリド、[1,1’−ビス(ジフェニルホスフィノ)フェロセン]ニッケルジクロリド、ジクロロ(1,5’−シクロオクタジエン)白金などが例示できる。これらの重合触媒及び配位子は、1種単独で用いてもよいし2種以上混合あるいは組み合わせて用いてもよい。
【0046】
遷移金属化合物の価数状態は、X線吸収微細構造(XAFS)解析により把握が可能である。本発明において触媒として用いられる遷移金属化合物または遷移金属化合物を含む環式ポリアリーレンスルフィドまたは遷移金属化合物を含むポリアリーレンスルフィドにX線を照射し、その吸収スペクトルを規格化した際の吸収係数のピーク極大値を比較することで把握できる。
【0047】
例えばパラジウム化合物の価数を評価する場合、L3端のX線吸収端近傍構造(XANES)に関する吸収スペクトルを比較することが有効であり、X線のエネルギーが3173eVの点を基準とし、3163〜3168eVの範囲内の平均吸収係数を0と規格化し、3191〜3200eVの範囲内の平均吸収係数を1と規格化した際の吸収係数のピーク極大値を比較することで判断が可能である。パラジウムの例においては、2価のパラジウム化合物に対して、0価のパラジウム化合物では規格化した際の吸収係数のピーク極大値が小さい傾向があり、さらに、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの転化を促進する効果が大きい遷移金属化合物ほどピーク極大値が小さい傾向がある。この理由は、XANESに関する吸収スペクトルは内殻電子の空軌道への遷移に対応しており、吸収ピーク強度はd軌道の電子密度に影響されるためと推測している。
【0048】
パラジウム化合物がポリアリーレンスルフィドプレポリマーのポリアリーレンスルフィドへの転化を促進するためには、規格化した際の吸収係数のピーク極大値が6以下であることが好ましく、より好ましくは4以下、さらに好ましくは3以下であり、この範囲内ではポリアリーレンスルフィドプレポリマーの転化を促進することができる。
【0049】
具体的には、ピーク極大値は、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの転化を促進しない2価の塩化パラジウムでは6.32、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの転化を促進する0価のトリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウム及びテトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム及びビス[1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン]パラジウムではそれぞれ3.43及び2.99及び2.07である。
【0050】
本発明において、種々の低原子価鉄化合物が重合触媒として用いられる。鉄原子は理論的に−II、−I、0、I、II、III、IV、V、VI価の価数状態を取りうることが知られており、ここで、低原子価鉄化合物とは、−II〜II価の価数を有する鉄化合物であることを指す。また、ここで述べる低原子価鉄化合物とは、加熱による環式ポリアリーレンスルフィドのポリアリーレンスルフィドへの転化の際の、反応系内における鉄化合物の価数が−II〜II価であることを指す。
【0051】
低原子価鉄化合物としては、−II〜II価の価数を有する鉄化合物が挙げられるが、鉄化合物の安定性、取り扱いの容易さ、入手のしやすさ等から、本発明における低原子価鉄化合物としては、0価、I価、II価の鉄化合物が好ましく用いられ、その中でも特にII価の鉄化合物が好ましい。
【0052】
II価の鉄化合物としては、各種鉄化合物が適しているが、例えば、II価の鉄のハロゲン化物、酢酸塩、硫酸塩、リン酸塩、フェロセン化合物などが挙げられる。具体的には例えば塩化鉄、臭化鉄、ヨウ化鉄、フッ化鉄、酢酸鉄、硫酸鉄、リン酸鉄、硝酸鉄、硫化鉄、鉄メトキシド、フタロシアニン鉄、フェロセンなどが例示できる。中でも、鉄化合物を環式ポリアリーレンスルフィド中に均一に分散させるという観点から、環式ポリアリーレンスルフィド中での分散性の良好な鉄のハロゲン化物が好ましく、経済性の観点及び得られるポリアリーレンスルフィドの特性面から、塩化鉄がより好ましい。ここで述べるポリアリーレンスルフィドの特性としては、例えば1−クロロナフタレンへの溶解性が挙げられる。本発明の好ましい低原子価鉄化合物を用いれば、1−クロロナフタレンへの不溶部の少ない、好ましくは不溶部のないポリアリーレンスルフィドが得られる傾向があり、これは、ポリアリーレンスルフィドの分岐単位または架橋単位が少ないことを意味し、このことは、高い成形加工性や成形品の高い機械強度などの特性が得られるという観点でポリアリーレンスルフィドとして望ましい特性といえる。
【0053】
I価の鉄化合物としては、各種鉄化合物が適しているが、具体的には例えばシクロペンタジエニル鉄ジカルボニルニ量体、1,10−フェナントロリン硫酸鉄錯体などが例示できる。
【0054】
0価の鉄化合物としては、各種鉄化合物が適しているが、具体的にはドデカカルボニル三鉄、ペンタカルボニル鉄などが例示できる。
【0055】
これらの重合触媒は、1種単独で用いてもよいし2種以上混合あるいは組み合わせて用いてもよい。
【0056】
これらの重合触媒は、上記のような低原子価鉄化合物を添加してもよいし、III価以上の高原子価鉄化合物から系内で低原子価鉄化合物を形成させてもよい。ここで後者のように系内で低原子価鉄化合物を形成させるには、加熱により高原子価鉄化合物から低原子価鉄化合物を形成させる方法、環式ポリアリーレンスルフィドに高原子価鉄化合物と、高原子価鉄化合物に対して還元性を有する化合物を助触媒として添加することにより系内で低原子価鉄化合物を形成させる方法などが挙げられる。加熱により高原子価鉄化合物から低原子価鉄化合物を形成させる方法としては、例えば高原子価ハロゲン化鉄化合物の加熱により低原子価鉄化合物を形成させる方法などが挙げられる。なおここで、高原子価ハロゲン化鉄化合物の加熱の際には、これを構成するハロゲンの一部が脱離することで、低原子価鉄化合物が形成すると推測している。
【0057】
本発明において、低原子価鉄化合物が保存中に徐々に変質するような物質である場合は、より安定な高原子価鉄化合物の状態で添加しておき、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーをポリアリーレンスルフィドに転化させるプロセスにおいて、系内で低原子価鉄化合物を形成させる方法が好ましく用いられる。かかるプロセスを用いることで、得られる成形材料の長期保管が可能であったり、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーをポリアリーレンスルフィドに転化する際の添加率を高めることが可能となるため好ましい。
【0058】
以下に本発明で使用される高原子価鉄化合物の例を挙げる。系内で低原子価鉄化合物を形成させるための高原子価鉄化合物としては、各種鉄化合物が適しているが、例えば、III価の鉄化合物として塩化鉄、臭化鉄、フッ化鉄、クエン酸鉄、硝酸鉄、硫酸鉄、鉄アセチルアセトナート、鉄ベンゾイルアセトナートジエチルジチオカルバミン酸鉄、鉄エトキシド、鉄イソプロポキシド、アクリル酸鉄などが例示できる。中でも、鉄化合物を環式ポリアリーレンスルフィド中に均一に分散させるという観点から、環式ポリアリーレンスルフィド中での分散性の良好な鉄のハロゲン化物が好ましく、経済性の観点及び得られるポリアリーレンスルフィドの特性面から、塩化鉄がより好ましい。ここで述べるポリアリーレンスルフィドの特性としては、例えば1−クロロナフタレンへの溶解性が挙げられる。本発明の好ましい低原子価鉄化合物を用いれば、1−クロロナフタレンへの不溶部の少ない、好ましくは不溶部のないポリアリーレンスルフィドが得られる傾向があり、これは、ポリアリーレンスルフィドの分岐単位または架橋単位が少ないことを意味し、このことは、高い成形加工性や成形品の高い機械強度などの特性が得られるという観点でポリアリーレンスルフィドとして望ましい特性といえる。
【0059】
以下に本発明で使用される助触媒の例を挙げる。系内で低原子価鉄化合物を形成させるために添加する助触媒としては、環式ポリアリーレンスルフィドと高原子価鉄化合物とを加熱した際に高原子価鉄化合物と反応し低原子価鉄化合物を生成するものであれば特に限定はされないが、各種有機、無機の還元性を有する化合物が好ましく、例えば塩化銅(I)、塩化スズ(II)、塩化チタン(III)、エチレンジアミン、N,N’−ジメチルエチレンジアミン、トリフェニルホスフィン、トリ−t−ブチルホスフィン、トリシクロヘキシルホスフィン、1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタンなどが例示できる。中でも、塩化銅(I)、塩化スズ(II)、塩化チタン(III)が好ましく、固体状態で安全に取り扱いが可能な塩化銅(I)、塩化スズ(II)がより好ましい。
【0060】
これらの重合触媒及び助触媒は、1種単独で用いてもよいし2種以上混合あるいは組み合わせて用いてもよい。
【0061】
反応系内における鉄化合物の価数状態及び鉄原子近傍の構造は、X線吸収微細構造(XAFS)解析により把握が可能である。本発明において触媒として用いられる鉄化合物、または、鉄化合物を含む環式ポリアリーレンスルフィド、または、鉄化合物を含むポリアリーレンスルフィドにX線を照射し、その吸収スペクトルの形状を比較することで鉄化合物の価数状態及び鉄原子近傍の構造が把握できる。
【0062】
鉄化合物の価数を評価する場合、K端のX線吸収端近傍構造(XANES)に関する吸収スペクトルを比較することが有効であり、スペクトルが立ち上がるエネルギー及びスペクトル形状を比較することで判断が可能である。III価の鉄化合物の測定で得られるスペクトルに対し、II価の鉄化合物の測定で得られるスペクトル、さらには0価の鉄化合物の測定で得られるスペクトルは、メインピークの立ち上がりがより低エネルギー側となる傾向がある。具体的には、III価の鉄化合物である塩化鉄(III)、酸化鉄(III)などでは7120eV付近にメインピークの立ち上がりが、II価の鉄化合物である塩化鉄(II)、塩化鉄(II)四水和物などでは7110〜7115eV付近にメインピークの立ち上がりが、0価の鉄化合物である鉄金属(0)などでは7110eV付近からスペクトルに肩構造が観察される。また、III価の鉄化合物の測定で得られるスペクトルに対し、II価の鉄化合物の測定で得られるスペクトルは、メインピークのピークトップ位置もより低エネルギー側となる傾向がある。具体的には、III価の鉄化合物では7128〜7139eV付近に、II価の鉄化合物では7120〜7128eV付近にメインピークのピークトップが観察され、より具体的には、III価の鉄化合物である塩化鉄(III)では7128〜7134eV付近に、酸化鉄(III)では7132eV付近に、II価の鉄化合物である塩化鉄(II)では7120eV付近に、塩化鉄(II)四水和物では7123eV付近に、メインピークのピークトップが観察される。
【0063】
また、鉄化合物の鉄原子近傍の構造を評価する場合、K端の広域エックス線吸収微細構造(EXAFS)より得られた動径分布関数を比較することが有効であり、ピークが観察される距離を比較することで判断が可能である。鉄金属(0)では0.22nm付近及び0.44nm付近にFe−Fe結合に起因するピークが認められる。塩化鉄(III)では0.16〜0.17nm付近にFe−Cl結合に起因するピークが、塩化鉄(II)では0.21nm付近にFe−Cl結合に起因するピークが、塩化鉄(II)四水和物では0.16〜0.17nm付近にFe−Cl結合に起因するピークが、また0.21nm付近にも別のFe−Cl結合と考えられるサブピークが認められる。酸化鉄(III)では0.15〜0.17nm付近にFe−O結合に起因するピークが、0.26〜0.33nm付近にFe−Fe結合などに起因するピークが認められる。
【0064】
すなわち、反応中または反応生成物のX線吸収微細構造(XAFS)解析により得られたスペクトルと、各種鉄化合物のスペクトルを比較することにより、鉄化合物の価数状態及び鉄原子近傍の構造が把握可能である。
【0065】
使用する重合触媒の濃度は、目的とするポリアリーレンスルフィドの分子量ならびに重合触媒の種類により異なるが、通常、環式ポリアリーレンスルフィド中の硫黄原子に対して0.001〜20モル%、好ましくは0.005〜15モル%、さらに好ましくは0.01〜10モル%である。0.001モル%以上では環式ポリアリーレンスルフィドはポリアリーレンスルフィドへ十分に転化し、20モル%以下では前述した特性を有するポリアリーレンスルフィドを得ることができる。
【0066】
前記鉄化合物の添加に際しては、水分を含まない条件下で添加することが好ましい。環式ポリアリーレンスルフィド及び添加する鉄化合物が接する気相に含まれる好ましい水分量としては1重量%以下、より好ましくは0.5重量%以下、さらに好ましくは0.1重量%以下であり、水分を実質的に含有しないことがよりいっそう好ましい。環式ポリアリーレンスルフィド中に含まれる水分量、重合触媒中に含まれる水分量、重合触媒中に水和物として含まれる水分量の合計量の、添加した重合触媒に対するモル比は、9以下が好ましく、好ましくは6以下、より好ましくは3以下、さらに好ましくは1以下、よりいっそう好ましくは0.1以下であり、水分を実質的に含有しないことがなおいっそう好ましい。この水分量以下であれば、低原子価鉄化合物の酸化反応や加水分解反応などの副反応を防ぐことができる。このことから、添加する鉄化合物の形態は、水和物よりも無水物であることが好ましい。
【0067】
また、鉄化合物の添加に際し、環式ポリアリーレンスルフィド及び鉄化合物中に水分が含まれるのを防ぐためには、鉄化合物と乾燥剤を併せて添加してもよい。乾燥剤としては、金属、中性乾燥剤、塩基性乾燥剤、酸性乾燥剤などがあるが、低原子価鉄化合物の酸化を防ぐためには酸化性物質を系内に存在させないことが重要であることから、中性乾燥剤や塩基性乾燥剤が好ましい。これら乾燥剤としては、具体的には中性乾燥剤として塩化カルシウム、酸化アルミニウム、硫酸カルシウム、硫酸マグネシウム、硫酸ナトリウムなど、塩基性乾燥剤として、炭酸カリウム、酸化カルシウム、酸化バリウムなどが例示できる。中でも、吸湿容量が比較的大きく、取り扱いが容易な塩化カルシウム、酸化アルミニウムが好ましい。なお、鉄化合物と乾燥剤を併せて添加する場合、環式ポリアリーレンスルフィド中に含まれる水分量、重合触媒中に含まれる水分量、重合触媒中に水和物として含まれる水分子の合計量には、乾燥剤により脱水された水分量は含まないものとする。
【0068】
上記の水分量は、カール・フィッシャー法により定量が可能である。また、環式ポリアリーレンスルフィド及び添加する鉄化合物が接する気相に含まれる水分量は、気相の温度及び相対湿度からも算出できる。また、環式ポリアリーレンスルフィド中に含まれる水分量、重合触媒中に含まれる水分量は、赤外線水分計を用いることや、ガスクロマトグラフィーによっても定量が可能であるし、環式ポリアリーレンスルフィド、重合触媒を100〜110℃程度の温度で加熱した際の、加熱前後の重量変化からも求めることができる。
【0069】
前記鉄化合物の添加に際しては、非酸化性雰囲気下で添加することが好ましい。ここで非酸化性雰囲気とは、環式ポリアリーレンスルフィド及び添加する鉄化合物が接する気相における酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、さらに好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、すなわち窒素、ヘリウム、アルゴンなどの不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取り扱いの容易さの面からは窒素雰囲気が好ましい。また、前記鉄化合物の添加に際しては、酸化性物質を含まない条件下で添加することが好ましい。ここで酸化性物質を含まないとは、環式ポリアリーレンスルフィド中に含まれる酸化性物質の、添加した重合触媒に対するモル比が1以下、好ましくは0.5以下、さらに好ましくは0.1以下、よりいっそう好ましくは酸化性物質を実質的に含有しないことを指す。酸化性物質とは、前記重合触媒を酸化させ、触媒活性を有さない化合物、例えば酸化鉄(III)に変化させてしまうような物質のことを指し、例えば、酸素、有機過酸化物、無機過酸化物などが挙げられる。このような条件下であれば、低原子価鉄化合物の酸化反応などの副反応を防ぐことができる。
【0070】
使用する0価遷移金属化合物または低原子価鉄化合物の濃度は、目的とするポリアリーレンスルフィドの分子量ならびに0価遷移金属化合物または低原子価鉄化合物の種類により異なるが、通常、ポリアリーレンスルフィドプレポリマー中の硫黄原子に対して0.001〜20モル%、好ましくは0.005〜15モル%、さらに好ましくは0.01〜10モル%である。0.001モル%以上ではポリアリーレンスルフィドプレポリマーはポリアリーレンスルフィドへ十分に転化し、20モル%以下では前述した特性を有するポリアリーレンスルフィドを得ることができる。
【0071】
また、0価遷移金属化合物または低原子価鉄化合物は、本発明におけるポリアリーレンスルフィドの加熱重合後も残存する。この為、0価遷移金属化合物または低原子価鉄化合物は、ポリアリーレンスルフィド中の硫黄原子に対しても、0.001〜20モル%、好ましくは0.005〜15モル%、さらに好ましくは0.01〜10モル%含有されていることを特徴とする。
【0072】
0価遷移金属化合物または低原子価鉄化合物の添加に際しては、特に制限は無いが、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーに重合触媒として添加した後、均一に分散させることが好ましい。均一に分散させる方法として、例えば機械的に分散させる方法、溶媒を用いて分散させる方法などが挙げられる。機械的に分散させる方法として、具体的には粉砕機、撹拌機、混合機、振とう機、乳鉢を用いる方法などが例示できる。溶媒を用いて分散させる方法として、具体的にはポリアリーレンスルフィドプレポリマーを適宜な溶媒に溶解または分散し、これに0価遷移金属化合物または低原子価鉄化合物を所定量加えた後、溶媒を除去する方法などが例示できる。また、分散に際して、0価遷移金属化合物または低原子価鉄化合物が固体である場合、より均一な分散が可能となるため0価遷移金属化合物または低原子価鉄化合物の平均粒径は1mm以下であることが好ましい。
【0073】
本発明において、0価遷移金属化合物を重合触媒として用いるプリプレグは、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーのポリアリーレンスルフィドへの転化率が高いことに特徴がある。0価遷移金属化合物を重合触媒に用いることにより、ポリアリーレンスルフィドへの転化率が高く、力学特性や耐熱性に優れる繊維強化複合材料が容易に得られる。
【0074】
本発明において、低原子化鉄化合物は、重合触媒として0価遷移金属化合物に比べて低コストで入手できるという特徴がある。低原子化鉄化合物を重合触媒に用いることにより、よりコストや生産性に優れたプリプレグが得られる。
【0075】
本発明のプリプレグは、強化繊維に前述の樹脂組成物を含浸せしめたものである。
【0076】
本発明における強化繊維は、特に限定されないが、炭素繊維、ガラス繊維、アラミド繊維、ボロン繊維、アルミナ繊維、炭化ケイ素繊維等が使用でき、これらの繊維を2種以上混在させることもできる。これらの中でも、軽量かつ高強度・高弾性率の成形品を得るためには、炭素繊維を用いるのが好ましく、特に引張弾性率で200〜700GPaの炭素繊維を用いることが、好ましい。
【0077】
本発明における強化繊維の形態及び配列は、例えば、一方向に引き揃えたもの、織物(クロス)、編み物、組み紐、トウ、マット等が用いられる。中でも、積層構成によって容易に強度特性を設計可能であることから、一方向に引き揃えられたものを使用するのが好ましく、曲面にも容易に賦形できることから織物が好ましく使用される。
【0078】
本発明における強化繊維のプリプレグ中での重量含有率は、環式ポリアリーレンスルフィドを所定の重量%以上含む樹脂組成物を含浸させることで強化繊維のプリプレグ中での重量含有率を高めることができる特徴があり、機械的特性と成形性のバランスから、本発明では60〜80重量%としている。重量含有率が下限値未満では曲げ強度などの機械特性が十分でなく、上限値を超えると強化繊維への樹脂組成物の含浸が困難となる。
【0079】
ここでいう強化繊維の重量含有量はプリプレグから有機溶媒などにより樹脂を溶出し、繊維重量を計量することにより求めることができる。
【0080】
本発明のプリプレグは、樹脂組成物を溶媒に溶解または分散させて低粘度化し、含浸させるウエット法または、加熱により低粘度化し、含浸させるホットメルト法等によって製造できる。
【0081】
ウェット法は、強化繊維を樹脂組成物の溶液または分散液に浸漬した後、引き上げ、オーブン等を用いて溶媒を蒸発せしめ、プリプレグを得る方法である。
【0082】
ホットメルト法は、加熱により低粘度化した樹脂組成物を直接強化繊維に加熱加圧することにより含浸させる方法、または樹脂組成物を離型紙等の上にコーティングした樹脂フィルムを作製しておき、次に強化繊維の両側、又は片側からそのフィルムを重ね、加熱加圧することにより樹脂を含浸させる方法などにより、プリプレグを得る方法である。ホットメルト法では溶剤を使用しないので強化繊維への含浸工程で樹脂粘度をある程度低くする必要があるが、プリプレグ中に残留する溶媒が実質的に皆無となるため好ましい。
【0083】
また、本発明の繊維強化複合材料は、このようなプリプレグを用いて、そのプリプレグ中の、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーを含有してなる樹脂組成物を重合せしめて得られる。すなわち、前記したプリプレグを任意の構成で1枚以上積層後、熱及び圧力を付与しながらポリアリーレンスルフィドプレポリマーを含有してなる樹脂組成物を重合させるのである。加熱温度や圧力には特に制限はないが、加熱温度としては、150℃以上、300℃以下が例示でき、好ましくは180℃以上、270℃以下で、圧力は、0.1MPa以上、10MPa以下が例示でき、0.2MPa以上、5MPa以下が好ましい。
【0084】
熱及び圧力を付与する方法としては、任意の構成のプリプレグを型内もしくはプレス板上に設置した後、型もしくはプレス板を閉じて加圧するプレス成形法、任意の構成のプリプレグをオートクレーブ内に投入して加圧・加熱するオートクレーブ成形法、任意の構成のプリプレグをナイロンフィルムなどで包み込み、内部を減圧にして大気圧で加圧しながらオーブン中で加熱するバッギング成形法、任意の構成のプリプレグに張力をかけながらテープを巻き付け、オーブン内で加熱するラッピングテープ法、任意の構成のプリプレグを型内に設置し、同じく型内に設置した中子内に気体や液体などを注入して加圧する内圧成形法等が使用される。
【0085】
上記のようにして得られた、本発明の繊維強化複合材料は、マトリックス樹脂がポリアリーレンスルフィドであり、耐熱性、機械特性、難燃性、耐薬品性などに優れたものとなる。また、マトリックス樹脂が熱可塑性のポリアリーレンスルフィドなので、加熱などにより樹脂を可塑化できるのでリサイクルやリペアが容易な繊維強化複合材料となる。
【実施例】
【0086】
以下、本発明を実施例により、さらに詳細に説明する。
【0087】
[参考例1]
<ポリフェニレンスルフィドプレポリマー1の調製>
撹拌機付きのオートクレーブに、47.5%水硫化ナトリウム16.54kg(140モル)、96%水酸化ナトリウム5.92kg(142モル)、N−メチル−2−ピロリドン(以下NMPと略する場合もある)を22.88kg(232モル)、酢酸ナトリウム3.44kg(42モル)、及びイオン交換水21kgを仕込み、常圧で窒素を通じながら約240℃まで約3時間かけて徐々に加熱し、精留塔を介して水30kgおよびNMP550gを留出した後、反応容器を160℃に冷却した。なお、この脱液操作の間に仕込んだイオウ成分1モル当たり0.02モルの硫化水素が系外に飛散した。
【0088】
次に、p−ジクロロベンゼン20.6kg(140.6モル)、NMP18kg(182モル)を加え、反応容器を窒素ガス下に密封した。240rpmで撹拌しながら、0.6℃/分の速度で270℃まで昇温し、この温度で140分保持した。水を2.52kg(105モル)を15分かけて圧入しながら250℃まで1.3℃/分の速度で冷却した。その後220℃まで0.4℃/分の速度で冷却してから、室温近傍まで急冷し、スラリー(A)80kgを得た。このスラリー(A)を52kgのNMPで希釈しスラリー(B)を得た。
【0089】
80℃に加熱したスラリー(B)132kgをふるい(80mesh、目開き0.175mm)で濾別し、粗PPS樹脂とスラリー(C)を100kg得た。スラリー(C)をロータリーエバポレーターに仕込み、窒素で置換後、減圧下100〜160℃で1.5時間処理した後、真空乾燥機で160℃、1時間処理した。得られた固形物中のNMP量は3重量%であった。
【0090】
この固形物にイオン交換水120kg(スラリー(C)の1.2倍量)を加えた後、70℃で30分撹拌して再スラリー化した。このスラリーを目開き10〜16μmのガラスフィルターで吸引濾過した。得られた白色ケークにイオン交換水120kgを加えて70℃で30分撹拌して再スラリー化し、同様に吸引濾過後、70℃で5時間真空乾燥してポリフェニレンスルフィドオリゴマー1.2kgを得た。
【0091】
得られたポリフェニレンスルフィドオリゴマーをさらにクロロホルム36kgで3時間ソックスレー抽出した。得られた抽出液からクロロホルムを留去して得られた固体に再度クロロホルム6kgを加え、室温で溶解しスラリー状の混合液を得た。これをメタノール75kgに撹拌しながらゆっくりと滴下し、沈殿物を目開き10〜16μmのガラスフィルターで吸引濾過し、得られた白色ケークを70℃で3時間真空乾燥して白色粉末360gを得た。
【0092】
この白色粉末の重量平均分子量は900であった。この白色粉末の赤外分光分析における吸収スペクトルより、白色粉末はポリフェニレンスルフィドであることが判明した。また、示差走査型熱量計を用いてこの白色粉末の熱的特性を分析した結果(昇温速度40℃/分)、約200〜260℃にブロードな吸熱を示し、ピーク温度は約215℃であることがわかった。
【0093】
また高速液体クロマトグラフィーより成分分割した成分のマススペクトル分析、更にMALDI−TOF−MSによる分子量情報より、この白色粉末は繰り返し単位数4〜11の環式ポリフェニレンスルフィド及び繰り返し単位数2〜11の線状ポリフェニレンスルフィドからなる混合物であり、環式ポリフェニレンスルフィドと線状ポリフェニレンスルフィドの重量比は約9:1のポリフェニレンスルフィドプレポリマーであることがわかった。
【0094】
[参考例2]
<ポリフェニレンスルフィドプレポリマー2の調製>
撹拌機付きのオートクレーブに、硫化ナトリウム9水和物1.8kg(7.5モル)、96%水酸化ナトリウム15.6g(0.375モル)、NMP77.7kg(777モル)及びp−ジクロロベンゼン1.13g(7.65モル)を仕込み、反応容器を窒素ガス下に密封した。
【0095】
240rpmで撹拌しながら、室温から200℃まで約2時間かけて加熱後、1.0℃/分の速度で220℃まで昇温し、この温度で10時間保持した。その後室温近傍まで冷却してスラリー(D)を得た。このスラリー(D)80kgを320kgのイオン交換水で希釈し、70℃で30分攪拌したのち、平均ポアサイズ10〜16μmのガラスフィルターを用いて濾過した。得られた固形成分をイオン交換水80kgに分散させて70℃で30分攪拌したのち同様に濾過を行った。ついで固形成分を0.5%酢酸水溶液80kgに分散させて70℃で30分攪拌したのち同様に濾過を行った。得られた固形成分を再度イオン交換水80kgに分散させて70℃で30分攪拌したのち同様に濾過を行った。得られた含水ケークを真空乾燥機70℃で一晩乾燥し、乾燥ケーク600gを得た。
【0096】
このようにして得た乾燥ケーク600gを分取して、テトラヒドロフラン18kgで3時間ソックスレー抽出した。得られた抽出液からテトラヒドロフランを留去した。このようにして得られた固体にアセトン18kgを加えて攪拌後、目開き10〜16μmのガラスフィルターで吸引濾過し白色ケークを得た。これを70℃で3時間真空乾燥して白色粉末150gを得た。この白色粉末の赤外分光分析における吸収スペクトルより、白色粉末はポリフェニレンスルフィドであることが判明した。
【0097】
得られた白色粉末の高速液体クロマトグラフィー分析の結果から、この白色粉末は環式ポリフェニレンスルフィド及び線状ポリフェニレンスルフィドからなる混合物であり、環式ポリフェニレンスルフィドと線状ポリフェニレンスルフィドの重量比は約1:1.5、得られた白色粉末は環式ポリフェニレンスルフィドを約40重量%、線状ポリフェニレンスルフィドを約60重量%含むポリフェニレンスルフィドプレポリマーであることが判明した。なお、GPC測定を行った結果、このポリフェニレンスルフィドプレポリマーの重量平均分子量は1500であった。
【0098】
[参考例3]
<ポリフェニレンスルフィドプレポリマー3の調製>
撹拌機付きのオートクレーブに、47.5%水硫化ナトリウム8.27kg(70.0モル)、96%水酸化ナトリウム2.96kg(71.0モル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)11.44kg(116モル)、酢酸ナトリウム1.72kg(21.0モル)、及びイオン交換水10.5kgを仕込み、常圧で窒素を通じながら約240℃まで約3時間かけて徐々に加熱し、精留塔を介して水14.8kg及びNMP280gを留出した後、反応容器を160℃に冷却した。なお、この脱液操作の間に仕込んだイオウ成分1モル当たり0.02モルの硫化水素が系外に飛散した。
【0099】
次に、p−ジクロロベンゼン10.3kg(70.3モル)、NMP9.00kg(91.0モル)を加え、反応容器を窒素ガス下に密封した。240rpmで撹拌しながら、0.6℃/分の速度で270℃まで昇温し、この温度で140分保持した。水1.26kg(70モル)を15分かけて圧入しながら250℃まで1.3℃/分の速度で冷却した。その後220℃まで0.4℃/分の速度で冷却してから、室温近傍まで急冷し、スラリー(E)を得た。このスラリー(E)を20.0kgのNMPで希釈しスラリー(F)を得た。
【0100】
80℃に加熱したスラリー(F)10kgをふるい(80mesh、目開き0.175mm)で濾別し、メッシュオン成分としてスラリーを含んだ顆粒状PPS樹脂を、濾液成分としてスラリー(G)を約7.5kg得た。
【0101】
得られたスラリー(G)1000gをロータリーエバポレーターに仕込み、窒素で置換してから、減圧下100〜150℃で1.5時間処理した後に、真空乾燥機で150℃、1時間処理して固形物を得た。
【0102】
この固形物にイオン交換水1200g(スラリー(G)の1.2倍量)を加えた後、70℃で30分撹拌して再スラリー化した。ラジオライト#800S(昭和化学工業株式会社製)3gをイオン交換水10gに分散させた分散液を目開き10〜16μmのガラスフィルターで吸引濾過することで、フィルター上にラジオライトを積層し、これを用いてスラリーを固液分離した。得られた褐色のケークにイオン交換水1200gを加えて70℃で30分撹拌して再スラリー化し、同様に吸引濾過後、70℃で5時間真空乾燥してポリフェニレンスルフィド混合物を14.0g得た。
【0103】
得られたポリフェニレンスルフィド混合物を10g分取し、溶剤としてクロロホルム240gを用いて、浴温約80℃でソックスレー抽出法により5時間ポリフェニレンスルフィド混合物と溶剤を接触させ、抽出液を得た。得られた抽出液は室温で一部固形状成分を含むスラリー状であった。この抽出液スラリーからエバポレーターを用いて約200gのクロロホルムを留去した後、これをメタノール500gに撹拌しながら約10分かけてゆっくりと滴下した。滴下終了後、約15分間攪拌を継続した。沈殿物を目開き10〜16μmのガラスフィルターで吸引濾過して回収し、得られた白色ケークを70℃で3時間真空乾燥して白色粉末を3.0g得た。白色粉末の収率は用いたポリフェニレンスルフィド混合物に対して31%であった。
【0104】
この白色粉末の重量平均分子量は900であった。この白色粉末の赤外分光分析における吸収スペクトルより、白色粉末はフェニレンスルフィド単位からなる化合物であることを確認した。また、高速液体クロマトグラフィー(装置;島津社製LC−10,カラム;C18,検出器;フォトダイオードアレイ)より成分分割した成分のマススペクトル分析、更にMALDI−TOF−MSによる分子量情報より、この白色粉末はp−フェニレンスルフィド単位を主要構成単位とし繰り返し単位数4〜12の環式化合物を重量分率で約94%含むことがわかった。
【0105】
(1)プリプレグの作製
樹脂組成物を、230℃で溶融し、ナイフコーターを使用して200℃で離型紙上に所定の厚みに塗布し、樹脂フィルムを作製した。
【0106】
次に、シート状に一方向に整列させた炭素繊維“トレカ”(登録商標)T700S−24K(東レ(株)製)に樹脂フィルム2枚を炭素繊維の両面から重ね、230℃に加熱したロールを用い、ロール圧力0.2MPaで加圧して樹脂組成物を含浸し、表1に示した炭素繊維含有率の一方向プリプレグを作製した。
【0107】
(2)プリプレグの繊維重量含有率の測定
作製したプリプレグを10cm角に切り出し、1−クロロナフタレン100mlで230℃、30分で樹脂組成物を溶解し、乾燥後、前後の重量比から繊維重量含有率を算出した。測定n数は3とした。
【0108】
(3)プリプレグの含浸性評価
(1)で作製したプリプレグを10cm角に切り出し、両面にガムテープを貼り付け、ガムテープを引き剥がした際に両側に炭素繊維が付着している部分を未含浸部分と判定し、その面積割合で3段階評価した。表には良好(未含浸部5%未満)を○、やや不良(未含浸部5%以上10%未満)を△、含浸不良(未含浸部10%以上)を×で表した。測定n数は3とした。
【0109】
(4)繊維強化複合材料積層板の作製
(1)で作製した一方向プリプレグを繊維方向をそろえて、JIS K 7074−1988の曲げ試験方法およびJIS K 7078−1991の層間せん断試験方法の試験片を切り出すために、厚さ2±0.4mmおよび厚さ3±0.4mmに積層した後、プレス成形機を用いて、成形圧力1MPa、表1に示した成形温度および成形時間で、加熱加圧して、積層板を得た。
【0110】
(5)曲げ強度試験
(4)で作製した積層板からJIS K 7074−1988で規定されたサイズに、試験片を繊維軸方向を長辺として切り出し、3点曲げ試験を行い、0°曲げ強度を算出した。
【0111】
(6)層間剪断強度試験
(4)で作製した積層板からJIS K 7078−1991で規定されたサイズに、試験片を、繊維軸方向を長辺として切り出し、層間剪断試験を行い、層間剪断強度を算出した。
【0112】
(7)ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの転化率
ポリアリーレンスルフィドプレポリマーのポリアリーレンスルフィドへの転化率の算出は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて下記方法で行った。
【0113】
(4)で作製した積層板から50mgを切り出し、250℃で1−クロロナフタレン約25gに溶解する方法により、得られた溶液を、室温に冷却すると沈殿物が生成した。孔径0.45μmのメンブランフィルターを用いて1−クロロナフタレン不溶成分を濾過し、1−クロロナフタレン可溶成分を得た。得られた可溶成分のHPLC測定により、未反応の環式ポリアリーレンスルフィドを定量し、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーのポリアリーレンスルフィドへの転化率を算出した。HPLCの測定条件を以下に示す。
装置:島津株式会社製 LC−10Avpシリーズ
カラム:Mightysil RP−18 GP150−4.6(5μm)
検出器:フォトダイオードアレイ検出器(UV=270nm)。
【0114】
(8)X線吸収微細構造(XAFS)の測定
鉄化合物のX線吸収微細構造の測定は下記条件で行った。
実験施設:高エネルギー加速器研究機構 放射光科学研究施設
分光器:Si(111)2結晶分光器
ミラー:集光ミラー
吸収端:Fe K (7113eV) 吸収端
使用検出器:イオンチャンバー及びライトル検出器。
【0115】
<実施例1〜4、比較例1〜4>
表1に示す配合の樹脂組成物を用いて、前記した方法に従い、プリプレグ、繊維強化複合材料を作製し、各種物性を測定した。
【0116】
表1に示すように、実施例1〜4の本発明のプリプレグは、含浸性に優れていた。さらに実施例1〜4の本発明のプリプレグを使用した繊維強化複合材料は、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーのポリフェニレンスルフィドへの転化率が高いことがわかる。また、実施例1〜4の本発明のプリプレグを使用した繊維強化複合材料は、強度、弾性率に優れ、特に層間剪断強度が非常に優れていた。さらには、これらの繊維強化複合材料は、プリプレグを低温で処理することで成形可能である。
【0117】
一方、表1に示すように、0価遷移金属化合物を添加しない比較例1のプリプレグや、0価遷移金属化合物以外の触媒である、ラジカル触媒化合物を添加した比較例2のプリプレグ、イオン性の触媒化合物を添加した比較例3のプリプレグでは、実施例1〜4の本発明のプリプレグと同様の成形温度、成形時間では樹脂の重合が不十分となることから、繊維強化複合材料の曲げ強度、層間剪断強度が低いことがわかる。また、環式ポリフェニレンスルフィド含有比率が本発明の範囲外のポリフェニレンスルフィドプレポリマー2を用いた比較例4のプリプレグは、含浸性には問題はないものの、繊維強化複合材料の曲げ強度、層間剪断弾性率が低い。
【0118】
【表1】

【0119】
<実施例5、比較例5〜7>
表2に示す配合の樹脂組成物を用いて、前記した方法に従い、プリプレグ、繊維強化複合材料を作製し、各種物性を測定した。
【0120】
実施例5の繊維強化複合材料積層体に成形する工程において、繊維強化複合材料積層体を脱型する際のガス成分を検知管で調べた結果、塩素成分が確認された。
【0121】
実施例5で得られた本発明の繊維強化複合材料積層体を250℃の1−クロロナフタレンに溶解したところ、不溶部として炭素繊維と鉄化合物が得られた。この不溶部から鉄化合物を単離し、XAFS測定を行い、鉄化合物の価数状態及び鉄原子近傍の構造を解析した。その結果、XANESに関する吸収スペクトルにおいて、塩化鉄(II)と同様の位置にメインピークが認められたが、形状は異なっており、動径分布関数では0.16nm付近に塩化鉄(III)、塩化鉄(II)四水和物と同様の特徴と考えられるメインピーク、0.21nm付近に塩化鉄(II)、塩化鉄(II)四水和物と同様の特徴と考えられるサブピークが認められ、III価の鉄化合物とともにII価の鉄化合物である塩化鉄(II)成分が存在することが確認された。
【0122】
比較例5で得られた繊維強化複合材料積層体を用いて、実施例5と同様にXAFS測定を行い、鉄化合物の価数状態及び鉄原子近傍の構造を解析した。その結果、XANESに関する吸収スペクトルにおいて、酸化鉄(III)と同様のスペクトル形状を有しており、動径分布関数では0.15nm付近及び0.26nm付近に酸化鉄(III)と同様のFe−O結合やFe−Fe結合などに起因するものと考えられるピークが認められ、酸化鉄(III)が主成分であることがわかった。
【0123】
表2に示すように、実施例5の本発明のプリプレグは、含浸性に優れる。また、実施例5のプリプレグを使用した繊維強化複合材料は、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーのポリフェニレンスルフィドへの転化率が高く、強度、弾性率に優れ、特に層間剪断強度が非常に優れている。さらには、これらの繊維強化複合材料は、プリプレグを低温で処理することで成形可能である。
【0124】
一方、表2に示すように、低原子価鉄化合物を添加しない比較例6のプリプレグや、低原子価鉄化合物以外の触媒を添加した比較例5および7のプリプレグでは、実施例と同様の成形温度、成形時間では樹脂の重合が不十分となることから、繊維強化複合材料の曲げ強度、層間剪断強度が低い。
【0125】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0126】
本発明のプリプレグおよび繊維強化複合材料は、繊維含有率が高く、取扱性に優れたプリプレグであり、それを用いた繊維強化複合材料は機械特性に優れ、耐熱性や難燃性にも優れることが期待できるので、航空宇宙用途や一般産業用途に適し、特に、航空機、車両、船舶、電気電子機器向けの積層体に好適に用いることができるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂組成物を強化繊維に含浸せしめてなるプリプレグにおいて、前記樹脂組成物が、環式ポリアリーレンスルフィドを少なくとも50重量%以上含み、かつ重量平均分子量が10,000未満であるポリアリーレンスルフィドプレポリマーと、0価遷移金属化合物とを含有してなるものであり、前記強化繊維の含有率が60〜80重量%であるプリプレグ。
【請求項2】
0価遷移金属化合物が、周期表第8族から第11族かつ第4周期から第6周期の金属を含む化合物であることを特徴とする請求項1に記載のプリプレグ。
【請求項3】
ポリアリーレンスルフィドプレポリマー中の硫黄原子に対し0.001〜20モル%の0価遷移金属化合物を含有することを特徴とする請求項1または2に記載のプリプレグ。
【請求項4】
0価遷移金属化合物が、パラジウムまたはニッケルを含む化合物である、請求項1〜3のいずれかに記載のプリプレグ。
【請求項5】
樹脂組成物を強化繊維に含浸せしめてなるプリプレグにおいて、前記樹脂組成物が、環式ポリアリーレンスルフィドを少なくとも50重量%以上含み、かつ重量平均分子量が10,000未満であるポリアリーレンスルフィドプレポリマーと、低原子価鉄化合物とを含有してなるものであり、前記強化繊維の含有率が60〜80重量%であるプリプレグ。
【請求項6】
低原子価鉄化合物が、II価の鉄化合物である請求項5に記載の成形材料。
【請求項7】
ポリアリーレンスルフィドプレポリマー中の硫黄原子に対し0.001〜20モル%の低原子価鉄化合物を含有することを特徴とする請求項5または請求項6に記載のプリプレグ。
【請求項8】
強化繊維が一方向に引き揃えられた炭素繊維である、請求項1〜7のいずれかに記載のプリプレグ。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載のプリプレグ中の、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーを含有してなる樹脂組成物を重合せしめて得られる繊維強化複合材料。
【請求項10】
ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの、ポリアリーレンスルフィドへの転化率が70%以上である、請求項9に記載の繊維強化複合材料。
【請求項11】
請求項1〜8のいずれかに記載のプリプレグを積層した後、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーを含有してなる樹脂組成物を重合せしめて得られる繊維強化複合材料積層体。
【請求項12】
ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの、ポリアリーレンスルフィドへの転化率が70%以上である、請求項11に記載の繊維強化複合材料積層体。

【公開番号】特開2012−158748(P2012−158748A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−4773(P2012−4773)
【出願日】平成24年1月13日(2012.1.13)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】