説明

プロリン蓄積型形質転換酵母とその作出方法及び該酵母の利用方法

【課題】従来よりさらに多量のプロリンを細胞内に蓄積し、冷凍、エタノール、熱ショック、浸透圧ストレスに対する耐性機能に優れた形質転換酵母を提供する。
【解決手段】遺伝子操作により、酵母におけるプロリン代謝経路のプロリン分解酵素の遺伝子を破壊するとともに、プロリン合成酵素をコードする遺伝子に変異を導入し、プロリン合成機能が従来より強化され、風味や香味の優れた清酒を効率よく製造することが可能なプロリン蓄積型形質転換酵母を取得する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷凍、乾燥、酸化、エタノールなどのストレスに対して優れた耐性を有するプロリン蓄積型形質転換酵母とその作成方法、及び該酵母を用いた醸造食品あるいは発酵食品、特に清酒の製造方法に関する。より具体的には、本発明は、遺伝子組換えにより、プロリンを従来よりもより多く細胞内に効果的に蓄積し、その一部を細胞外に分泌するプロリンリッチな形質転換酵母、特に冷凍に対する優れた耐性を有する酵母及びその作出方法に関するものであり、更には、該酵母を用いた味や風味が改善された清酒の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
味噌、醤油、酒、パンなどの発酵食品・醸造食品は、いずれも酵母の発酵あるいは醸造作用を応用したものであり、いまや日常生活に欠かせないものである。
このうち発酵食品とは、カビ・酵母・細菌などの発酵微生物が有機化合物を分解してアルコール類・有機酸類・二酸化炭素などを生成する発酵反応を利用して作られた食品を意味し、醸造食品とは、発酵・熟成によって作られた食品、すなわち醸造によって作られた食品を意味するものである。
【0003】
これら発酵食品・醸造食品は、みそ、醤油、酢などの調味料、清酒、ビール、焼酎、ウイスキーなどの酒類、漬物、納豆、パン、チーズ、ヨーグルト、乳酸菌飲料など多岐にわたっている。同じ原材料を使っても、利用する発酵微生物が異なれば、別々の食品が製造される。米を原材料とする味噌や清酒の場合、麹カビを用いて麹を造るところまでは同じであるが、その後、乳酸菌の力を借りれば味噌となり、酵母を利用して醸造すれば清酒となる。さらにアルコ−ル発酵後に、酢酸菌を用いて醸造すれば酢になる。
【0004】
近年、特に生活が豊かになるに伴い、多種多様な嗜好品が開発されている中で、味や香りの差別化、個性化が益々進みつつある。醸造品とりわけ酒類分野においてもこれは例外ではない。清酒においても嗜好品の生命でもある風味や香気の多様化を求める傾向が強くなってきた。清酒の味は多様な成分の相互作用により形成されているが、有機酸やアミノ酸の組成に大きく影響を受ける。一般に、清酒中のアミノ酸は、清酒の「雑味」の原因とされ、減らすべきであるとの考え方もあるが、醤油や味噌汁で明らかなように、アミノ酸自体に問題があるわけでなく、他の呈味成分、特に糖分や酸とのバランスにより、アミノ酸は「雑味」の原因にも「旨み」の成分にもなると考えられる。清酒中のアミノ酸は主として酵母によって合成されることから、清酒の味の多様化に応えるためには、清酒酵母のアルコール生成能を保ちながら,味に関与する有機酸組成のコントロールが可能な酵母や、アミノ酸の組成や生成量に特徴を持つ酵母の育種が重要である。
【0005】
酵母は、およそ60属、500種に分類され、その分類体系は以下のとおりである。
1.有胞子酵母(33属、183種);
ビヒア(Pichia)属;56種
ハンゼスラ属(Hansenula)属;30種
チゴサッカロミセス(Zygosaccharomyces)属;8種
サッカロミセス(Saccharomyces)属;7種
2.担子菌酵母(10属、36種)
3.不完全酵母(17属、281種)
カンジダ(Candida);196種
【0006】
これら酵母を使用、あるいは応用している「菌株」は、それぞれの食品ごとに全て異なっており、それがゆえに、醗酵・醸造食品は全て特有の風味を持っている。また、これら酵母は、例えば、「清酒酵母」、「アルコール酵母」、「ビール酵母」、「ブドウ酒酵母」、「パン酵母」などのように、その使用目的によって、それぞれの名前がつけられている。
【0007】
これら酵母は、醸造あるいは発酵生産環境において低温、凍結、乾燥、酸化、高浸透圧、高アルコール濃度、偏栄養などのストレスを受けており、このようなストレスを長時間受けると、多くの酵母細胞内のタンパク質は変性し、酵母の有用な機能が制限されるという問題がある。例えば、清酒酵母では、エタノールによるストレスによりその生産能が低減してしまうという問題を抱えている。
【0008】
このような問題を解決するために、本発明者はすでに、プロリンが冷凍、乾燥、酸化などのストレスから酵母を保護する性質を有することに着目して、冷凍耐性を有する新規な酵母、特にパン酵母について特許出願をした(特許文献1参照)。この特許出願に係る発明は、菌体内に、プロリン、アルギニン、リジン、グルタミン酸から選ばれる1種以上のアミノ酸を蓄積する、冷凍耐性酵母及び該酵母を用いて冷凍パン生地、パンを製造する方法に関するものである。当該発明においては、特定アミノ酸を菌体内に蓄積する酵母を得るために、親株に変異誘導処理を行ったり、酵母生育のために必要な炭素源とは別に、特定アミノ酸の前駆体を培地に添加して、特定アミノ酸を菌体内に蓄積する方法が利用された。
【0009】
また、本発明者は、プロリンの毒性アナログであるアゼチジン-2-カルボン酸(AZC)に耐性を示す変異株の中から、細胞内にプロリンを蓄積し、親株よりも冷凍ストレス耐性を示す変異株(FH515株)を分離することに成功し、それについても報告を行った (非特許文献1参照)。通常の細胞ではプロリン合成系が厳密に調節されており、また分解系も存在するため、細胞内にプロリンは過剰に蓄積されることはない。したがって、酵母の野生株においてもプロリンの毒性アナログであるAZCを含む培地では生育できないが、細胞内のプロリン含量が増加した細胞では、相対的に細胞内に取り込まれたAZCが希釈され、AZC耐性になることがわかった。
【0010】
さらに、本発明者は、上記の文献で言及されている変異株ではγ−グルタミン酸リン酸化酵素(γ-GKまたはGKとも言う)をコードする遺伝子(PRO1)に変異が入り、Asp154がAsnに置換していること (非特許文献2参照)、γ-GKの安定化によってγ-GKとγ−グルタミルリン酸還元酵素(γ-GPR)の両酵素活性が上昇し、プロリンが過剰合成されることについても報告した(非特許文献3参照)。
【0011】
本発明者は、また、プロリン分解系の最初のステップに関与する酵素であるプロリンオキシダーゼの遺伝子(PUT1)を破壊すると、やはり細胞内プロリン含量が増加し、冷凍や乾燥ストレスに対する耐性が向上することを報告した(非特許文献4及び5参照)。
【0012】
また、最近の遺伝子工学技術の進展には目覚しいものがあり、微生物の育種への応用として、遺伝子導入(組換え)による形質転換体の作出等が盛んに行われている。これは酒類などの醸造分野においても例外ではなく、変異株の場合と同様、作業の効率化、呈味性や香味といった酒質の改善のために醸造用酵母の遺伝子操作による形質転換の研究が盛んに行われている。しかしながら、その遺伝子組換え技術が酒類、ビール醸造に用いられる酵母に対して実用化された例はまだないのが現状である。旨み、特に甘みの一因であるプロリンの細胞内蓄積量が向上し、かつその一部を細胞外に分泌し、しかも冷凍耐性、エタノール耐性及びエタノール産生能を向上させ得るような特性を有する酵母、特に清酒酵母は、未だ実用化されていない。
【0013】
本発明者は、γ-GK遺伝子の変異(Asp154Asn)によって合成系を強化し、PUT1遺伝子の破壊によって分解系を抑制した菌株を作製した。これにより、細胞内プロリン含量の増加とストレス耐性の更なる向上に成功し、これらプロリン蓄積型形質転換酵母及びその作成方法に関して特許出願を行った(特許文献2参照)。プロリンの細胞内含量をさらに増加させることができれば、冷凍、乾燥、酸化、エタノールのストレスから酵母を保護する機能をさらに向上させることができると考えられ、実用化に向けて大きな期待が寄せられていた。
【特許文献1】特開平9−234058号公報
【特許文献2】特願2004−251466号
【非特許文献1】H. Takagi, F. Iwamoto, and S. Nakamori, Appl. Microbiol., Biotechnol., 47, 405-411 (1977)
【非特許文献2】Y. Morita, S. Nakamori, and H. Takagi, Appl. Environ. Microbiol., 69, 212-219 (2003)
【非特許文献3】Y. Terao, S. Nakamori, and H. Takagi, Appl. Environ. Microbiol., 69, 6527-6532 (2003)
【非特許文献4】H. Takagi, K. Sakai, K. Morida, and S. Nakamori, FEMS Microbiol. Lett., 184, 103-108 (2000)
【非特許文献5】Y. Morita, S. Nakamori, and H. Takagi, J. Biosci. Bioeng., 94,390-394 (2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の目的は、プロリンの細胞内蓄積量をさらに増加させることにより、冷凍、乾燥、酸化、エタノール等のストレスからの保護機能が向上した酵母を提供することである。また、プロリンの一部を細胞外に分泌し、しかも少なくともエタノール産生能を維持しつつ、冷凍耐性、エタノール耐性等のストレス耐性を向上させ得るような特性を有する酵母、特に清酒酵母を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った。プロリン合成系の第1ステップに関与するプロリン合成酵素であるγ−グルタミン酸リン酸化酵素(γ-GK)をコードする遺伝子へのランダム変異導入によって、従来より高機能化した変異型酵素を取得することに成功した。さらに酵母内プロリン代謝経路中、分解系の第1ステップに関与するプロリン分解酵素、すなわちプロリン酸化酵素(PO)をコードする遺伝子を破壊することにより、プロリンの分解系を抑制するとともに、上記の高機能化したγ-GKをコードする遺伝子を導入し、プロリンを細胞内に効果的に蓄積し、冷凍、乾燥、酸化、エタノール等のストレスから効率的に保護することができるストレス耐性酵母を提供することにも成功し、本発明を完成するに至った。さらには、このような形質転換酵母を用いて、旨みの向上した発酵あるいは醸造食品、特に多様な風味や香気を有する清酒を効率よく製造することが可能となった。
【0016】
即ち、本発明は、冷凍や乾燥、エタノールなどのストレスに対して優れた耐性を有する、プロリン蓄積型形質転換酵母とその作出方法及びその用途に関するものであり、具体的には以下のとおりである。
【0017】
1.プロリン分解酵素遺伝子が破壊され、かつ、野生型プロリン合成酵素遺伝子がプロリン多産生型遺伝子で置き換られてなるプロリン蓄積型形質転換酵母。
2.プロリン多産生型遺伝子が、γ−グルタミン酸リン酸化酵素遺伝子の変異体であって以下に示す(1)から(16)の変異のうちの1つ以上を有することを特徴とする上記1に記載のプロリン蓄積型形質転換酵母。
(1)Glu149のLysへの置換、
(2)Asn142のAspへの置換及びIle166のValへの置換、
(3)Ile150のThrへの置換、
(4)Ser146のProへの置換、
(5)His306のArgへの置換、
(6)Ala105のValへの置換、
(7)Asn309のAspへの置換及びArg428のCysへの置換、
(8)Arg148のGlyへの置換及びGln351のArgへの置換、
(9)Arg148のGlyへの置換、
(10)Thr126のAlaへの置換、
(11)Leu165のSerへの置換及びVal319のIleへの置換、
(12)Thr144のAlaへの置換、
(13)Asn122のAspへの置換、
(14)Asp413のAsnへの置換、
(15)His316のTyrへの置換、
(16)Leu75のSerへの置換、Leu115のGlnへの置換及びVal197のIleへの置換。
3.受託番号FERM P−20616で寄託した酵母、受託番号FERM P−20617で寄託した酵母、若しくは受託番号FERM P−20618で寄託した酵母、又はこれらと同等の菌体的性質を有するプロリン蓄積型形質転換酵母。
4.酵母が、清酒酵母、実験室用酵母、焼酎酵母、パン酵母、ビール酵母、又はワイン酵母である、上記1又は2のいずれかに記載のプロリン蓄積型形質転換酵母。
5.酵母が、サッカロマイセス(Saccharomyces)属セレビシエ(cerevisiae)に属する清酒酵母である、上記4に記載のプロリン蓄積型形質転換酵母。
6.下記工程を含んでなる、プロリン蓄積型形質転換酵母の作出方法。
a)酵母内プロリン代謝経路において、プロリン分解酵素であるプロリン酸化酵素の遺伝子を破壊することからなるプロリン分解系を抑制する工程、
b) 酵母内プロリン代謝経路において、プロリン合成酵素であるγ−グルタミン酸リン酸化酵素をコードする遺伝子をプロリン多産生型遺伝子で置換することからなるプロリン合成系を強化する工程、及び
c)細胞内にプロリンを蓄積する菌株を選別分離する工程。
7.上記プロリン合成酵素をコードする遺伝子に、以下に示す(1)から(16)の変異のうちの1つ以上を導入することを特徴とする、上記6に記載のプロリン蓄積型形質転換酵母の作出方法。
(1)Glu149のLysへの置換、
(2)Asn142のAspへの置換及びIle166のValへの置換、
(3)Ile150のThrへの置換、
(4)Ser146のProへの置換、
(5)His306のArgへの置換、
(6)Ala105のValへの置換、
(7)Asn309のAspへの置換及びArg428のCysへの置換、
(8)Arg148のGlyへの置換及びGln351のArgへの置換、
(9)Arg148のGlyへの置換、
(10)Thr126のAlaへの置換、
(11)Leu165のSerへの置換及びVal319のIleへの置換、
(12)Thr144のAlaへの置換、
(13)Asn122のAspへの置換、
(14)Asp413のAsnへの置換、
(15)His316のTyrへの置換、
(16)Leu75のSerへの置換、Leu115のGlnへの置換及びVal197のIleへの置換。
8.上記1から5のいずれかに記載のプロリン蓄積型形質転換酵母を用いて発酵又は醸造を行うことを特徴とする発酵食品又は醸造食品の製造方法。
9.上記1から5のいずれかに記載のプロリン蓄積型形質転換酵母を用いて醸造を行うことを特徴とする清酒の製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によるプロリン蓄積型形質転換酵母は、野生型酵母と比較して菌体内外のプロリンが著しく増加しており、本発明者らが既に報告しているプロリン蓄積型形質転換酵母(特許文献2参照)と比較しても、顕著な増加が見られる。そのため低温、凍結、乾燥、酸化、高浸透圧、偏栄養などのストレスに対する強い耐性を有し、これらのストレスによる細胞機能の低下が起こりにくい。特に冷凍に対する耐性に関しては、従来の酵母と比較して優れており、冷凍後の生存率低下を抑える効果が著しい。本発明酵母を利用することにより、風味や香味の優れた発酵食品、醸造食品、中でも清酒を効率よく製造することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明で用いる酵母は、プロリン分解酵素としてのプロリン酸化酵素(PO)及びプロリン合成酵素としてのγ−グルタミン酸リン酸化酵素(γ-GK)の両酵素をコードする遺伝子を有するものであれば特に制限はなく、これら遺伝子を破壊し、置換することによって所望の酵母を得ることができる。しかし、好ましくはサッカロマイセス(Saccharomyces)属セレビシエ(cerevisiae)に属する酵母である。より具体的には、清酒酵母(協会7号酵母、協会9号酵母、協会10号酵母等)、焼酎酵母、ワイン酵母、ビール酵母、パン酵母等の実用酵母を含めたサッカロマイセス(Saccharomyces)属セレビシエ(cerevisiae)に属する酵母であり、特に好ましくはサッカロマイセス(Saccharomyces)属セレビシエ(cerevisiae)に属する清酒酵母である。
【0020】
サッカロマイセス(Saccharomyces)属セレビシエ(cerevisiae)に属する酵母のプロリン合成経路及びその分解経路は図1に示すとおりである。図中、( )内のイタリック文字は各酵素をコードする遺伝子名を示す。プロリン合成系は、原材料であるグルタミン酸が、γ−グルタミン酸リン酸化酵素(γ-GK)の作用によってγ−グルタミルリン酸(γ-GP)となる第1工程、γ-GPがγ-GP還元酵素(GPR)の作用によってグルタミン酸−γ−セミアルデヒド、ピロリン-5-カルボン酸(P5C)となる第2工程、P5CがP5C−還元酵素の作用によってプロリンとなる第3工程からなる。一方、プロリン分解系は、プロリン酸化酵素(PO)によってプロリンがP5Cとなる第1工程と、該P5Cが脱水素酵素の作用によってグルタミン酸に変換される2工程からなる。
【0021】
「プロリン酸化酵素遺伝子」とは、プロリンをP5Cに変換する酵素をコードする遺伝子であり、これを破壊(ノックアウト)することによってプロリンが分解されるのを抑制することができる。
【0022】
「プロリン分解酵素遺伝子」とは、図1に示したプロリン分解系におけるプロリン酸化酵素をコードする遺伝子を意味するものである。
【0023】
「野生型プロリン合成酵素遺伝子」とは、図1に示したプロリン合成系の第1ステップにおいて作用する野生型γ−グルタミン酸リン酸化酵素(γ-GK又はGK)をコードする遺伝子を意味するものである。
【0024】
「プロリン多産生型遺伝子」とは、具体的には、野生型γ−グルタミン酸リン酸化酵素(γ-GK)をコードする遺伝子(PRO1遺伝子とも言う)の一部に変異を有し、この変異により、野生型と比較して、細胞内でのプロリン生産量が増加する遺伝子を意味するものである。
【0025】
「プロリン蓄積型形質転換酵母」とは、酵母におけるプロリン分解系のプロリン酸化酵素をコードする遺伝子が破壊されて分解機能を失い、かつ、同合成系のγ-GK遺伝子をプロリン多産生型遺伝子で置き換えてなる遺伝子である。特に好ましくは、受託番号FERM P−20616で寄託した酵母(上記Glu149のLysへの置換体)、受託番号FERM P−20617で寄託した酵母(上記Ile150のThrへの置換体)、又は受託番号FERM P−20618で寄託した酵母(上記Asn142のAspへの置換体及びIle166のValへの置換体)である。
【0026】
「破壊」とは、その遺伝子機能を喪失・失活させるような遺伝子操作をいい、具体的には相同組換えの方法によって行なわれる。
【0027】
次に、本発明に係るプロリンを蓄積する形質転換酵母の作出方法について具体的に説明する。
本発明のプロリン蓄積型形質転換酵母の作出工程は、図1に示した酵母内プロリン代謝経路において、a)分解系を抑制する工程、b)合成系を強化する工程及びc)プロリン蓄積型形質転換酵母の選別分離工程に大きく分けられる。
【0028】
a)分解系を抑制する工程
まず、分解系の抑制工程a)として、最初のプロリン分解酵素であるプロリンオキシダーゼ(プロリン酸化酵素)の遺伝子をコードしているPUT1を破壊する(図2)。
遺伝子破壊の方法は種々の方法が報告されているが、ある特定の遺伝子のみ破壊できるという点で、相同組換え法を用いるのが好ましい。相同組換えの中でも、自然復帰しない破壊株が取得でき、その結果、組換え体を取り扱う上で安全性が高い菌株が得られるという観点からすると、1段階染色体置換破壊法(one-step gene disruption)が好ましい。
【0029】
PUT1の破壊は、プラスミド上にクローン化したPUT1のORFの大部分を欠失させ、そこに選択マーカー遺伝子(TRP1)を挿入した後、直鎖状のDNA断片を酵母に導入することにより、導入断片の両端を染色体上のPUT1との相同部分の間で2回の組換えを起こし、TRP1を挟み込んだDNA断片で置換する方法によって行なう。この方法によればは標的遺伝子の完全な欠失変異が得られ、しかも挿入断片の組換え脱落による復帰変異が起こらない利点がある。
【0030】
TRP1の両端の相同性領域の長さは、40塩基以上あればよく、好ましくは100塩基以上、より好ましくは500塩基以上である。また、両端それぞれの相同性は、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上である。
【0031】
即ち、PUT1遺伝子の大部分を選択マーカー遺伝子に置換したDNA断片を清酒酵母の一倍体に導入した後、染色体上のPUT1との相同組換えにより形質転換体を取得する。このように得られた形質転換体のPUT1の破壊を確認する手段としては、プロリン資化能、PCR法(Polymerase Chain Reaction, ポリメラーゼ連鎖反応法)、酵素活性測定及びプロリン含量の測定法などがある。
【0032】
b)合成系の強化工程
次に、合成系の強化工程b)として、上記工程a)で得られたPUT1破壊株を用いて野生型PRO1を変異型PRO1に置換させる(図3)。変異型PRO1を作成する方法としては、PCR法により野生型PRO1遺伝子にランダム変異を導入する方法が好ましいが、特にこの方法に限定されるものではない。
【0033】
野生型PRO1遺伝子にランダム変異を導入する方法とは、具体的には、pAD-WTPRO1をテンプレートに、プライマー(pro1-HindIII.lib(+)、pro1-SacI.lib(-))を用いてerror-prone PCRを行い、5’末端にHindIIIサイト、3’末端にSacIサイトを付加したPRO1を含むDNA断片を増幅する。error-prone PCRは、通常のPCRよりdNTPやMgCl2が低濃度(×1/2 dATP、×1/2 dTTP、×1/5 dCTP、×1/5 dGTP、×1/2 MgCl2)の各反応系でPCRを行い、変異の導入を促す。その後、DNA断片をHindIII、Sac Iで切断し、pAD4のHindIII、SacIサイトに連結して大腸菌DH5αに導入後、生じたアンピシリン耐性コロニーからプラスミドを調製する。また、アンピシリン耐性コロニーをランダムに数個ずつ選択し、DNAsequencingにより各PCR反応系での塩基置換頻度を確認する。得られたコロニーからプラスミドを調製し、これをPRO1のPCRランダム変異ライブラリーとする。
【0034】
URA3等の選択マーカー遺伝子を使用し、変異型PRO1を組み込んだプラスミドを構築した後、PUT1破壊株に導入し、プラスミド上の変異型遺伝子PRO1と染色体上の野生型遺伝子PRO1との相同組換えにより、選択マーカー遺伝子を含むプラスミド全長が野生型PRO1座位に挿入された形質転換体を収得する。
【0035】
c)プロリン蓄積型形質転換酵母の選別分離工程
最後に、上記工程b)で得られた形質転換酵母をYPD完全培地と5-フルオロオロト酸(5-FOA)培地で培養することにより、野生型PRO1を含む領域を脱落させ、変異型PRO1のみが染色体に残る、プロリン蓄積株(AZC耐性)を分離する(図3)。
【0036】
即ち、野生型PRO1とURA3等の選択マーカー遺伝子を含むプラスミドを脱落させ、選択マーカー遺伝子が存在すると毒性化合物ができることにより生育できなくなる5-FOA等の培地を使用し、選択マーカー遺伝子欠損株を選別する。得られた耐性コロニーの中からさらにプロリンを蓄積することによりAZCに耐性を示す株(変異型PRO1)と感受性を示す株(野生型PRO1)を選別する。両菌株のPRO1の塩基配列はダイレクトシークエンシングによって確認する。
【0037】
このようにして本発明者らは、プロリンを細胞内に蓄積する酵母の作製に成功し、このプロリン蓄積株(AZC耐性)を独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターにFERM P−20171、FERM P−20616、FERM P−20617、FERM P−20618として寄託した。
【0038】
また、本発明のプロリン蓄積型形質転換酵母について、冷凍耐性、エタノール耐性、熱ショック耐性、浸透圧耐性等の特性を検討した。
【0039】
本発明において、大腸菌からのプラスミド調製は、アルカリSDS法をベースにしたWizard Plus Minipreps DNA purification system(Promega社)を用いて行った。その他、大腸菌の形質転換、DNAの制限酵素による切断、連結などの遺伝子操作は「バイオマニュアルシリーズI 遺伝子工学の基本技術」(羊土社)及び「バイオ実験イラストレイテッド」(秀潤社)に、また、酵母の取り扱いや遺伝子操作は「バイオマニュアルシリーズ10 酵母による遺伝子実験法」(羊土社)及び「生物化学実験39 酵母分子遺伝子実験法」(学会出版センター)に準じて行った。
【0040】
以下、酵母サッカロマイセス(Saccharomyces)属セレビシエ(cerevisiae)を用いて本発明について具体的に述べるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0041】
本実施例で用いた実験材料及び試験方法は以下のとおりである。
【0042】
1.菌株とプラスミド
(1)酵母 Saccharomyces cerevisiae;
INVDput1pro1 (S288C系統株, MATα his3-Δ1 leu2 trp1-289 ura3-52 put1::URA3 pro1::CgHIS3 )を使用した。
【0043】
(2)大腸菌 Escherichia coli;以下のものを使用した。
・DH5α;
F- λ- φ80dlacZΔM15 Δ(lacZYA argF)U169 deoR recA1 endA1
hsdR17 (rk- mk+) phoA supE44 thi-1 gyrA96 relA1
・JM109;
recA1 endA1 gyrA96 thi-1 hsdR17 (rk- mk+) e14- (mcrA-) supE44 relA1 Δ(lac-proAB) /F’[traD36 proAB+ lacIq lacZΔM15 ]
・Rosetta (DE3)(Merck社);
F- ompT hsdSB (rB- mB-) gal dcm (DE3) [pRARE (argU, argW, ileX, glyT, leuW, proL) (CmR) ]
真核生物のタンパク質を効率的に発現するために、大腸菌内では使用頻度の低いコドンに対応するtRNA遺伝子をコードするプラスミド(pRARE)を保持している。また、選択マーカーとしてクロラムフェニコール耐性(CmR)遺伝子も含んでいる。
【0044】
(3)プラスミド;
「pBlue-PUT1」は、E. coliでの複製起点と選択マーカーのアンピシリン耐性遺伝子を含むpBluescriptIISK+(東洋紡社)のSalI-SacIサイトにPUT1断片を含む約2.6 kbの断片を組み込んでなるプラスミドである。
【0045】
「pRS414」(Stratagene社)は、酵母のセントロメア型のプラスミド(YCp型)であり、酵母での選択マーカーTRP1、及びE. coliでの複製起点と選択マーカーのアンピシリン耐性遺伝子を含んでなるプラスミドである。
【0046】
「pRS-D154NPRO1」は、上記pRS414のHindIII-SacIサイトに変異型 PRO1(D154N)を含む約1.8 kbの断片を組み込んでなるプラスミドである。
【0047】
「pRS406」(Stratagene社)は、染色体への組込み型のプラスミド(YIp型)であって、酵母での選択マーカーURA3、及びE. coliでの複製起点と選択マーカーのアンピシリン耐性遺伝子を含んでいる。酵母中では自律複製せず、相同組換えによる染色体への組込みによってのみ維持される。
【0048】
「pUV2 (九州工業大学の仁川 純一先生より分譲)」は、酵母の2μmDNA 複製起点を持つ多コピープラスミド(YEp型)であって、酵母での選択マーカーURA3、およびE. coli での複製起点と選択マーカーのアンピシリン耐性遺伝子を含んでいる。
【0049】
「pUV-PRO2」は、pUV2のBamHIサイトに野生型PRO2を含む約3.4 kbの断片を組み込んだプラスミドである。
【0050】
「pAD4(九州工業大学 仁川 純一先生より分譲)」は酵母の2μmDNA 複製起点を持つ多コピー型プラスミド(YEp型)で、酵母での選択マーカーLEU2、および E. coli での複製起点と選択マーカーのアンピシリン耐性遺伝子を含んでいる。また、マルチクローニングサイトの上流にADH1 のプロモーター(PADH1)、下流にADH1のターミネーター(TADH1)が存在している。
【0051】
「pAD-WTPRO1」はpAD4のHindIII-SacIサイトに野生型PRO1断片(約1.8kb)を組み込んだプラスミド。
【0052】
「pAD-D154NPRO1」はpAD4のHindIII-SacIサイトに変異型PRO1(pro1D154N)断片(約1.8kb)を組み込んだプラスミド。
【0053】
「pAD-PRO2」はpAD4のPstI-SacIサイトに、S. cerevisiae S288Cの染色体DNAを鋳型に、プライマー(PRO2-PstI、PRO2-SacI)を用いてPCRで増幅した野生型PRO2断片を組み込んだプラスミド。
【0054】
「pTV3 (九州工業大学 仁川 純一先生より分譲)」は酵母の2μmDNA複製起点を持つ多コピープラスミド(YEp型)で、酵母での選択マーカーTRP1、および E. coli での複製起点と選択マーカーのアンピシリン耐性遺伝子を含んでいる。
【0055】
「pTV-PRO2」はpAD-PRO2からBamHI処理により切り出したPADH1-PRO2-TADH1断片を、pTV3のBamHI サイトに組み込んだプラスミド。
【0056】
「pETDuet-1(Merck社)」は2種類のタンパク質を独立したT7lacプロモーターから同時に発現することが可能なベクター。2つのマルチクローニングサイト(MCS1、MCS2)を有し、MCS1とMCS2には精製用のHis-tagとS-tagがそれぞれ付加されている。多コピー型(〜40コピー/細胞)で、選択マーカーとしてアンピシリン耐性遺伝子を含んでいる。
【0057】
2.培地
使用した培地は、以下のとおりである。
【0058】
(1)YPD 培地 (酵母用完全培地);
グルコース 2%
ポリペプトン 2%
酵母エキス 1%
必要に応じて寒天(2%)を添加した。
【0059】
(2)SD 培地 (酵母用最少培地);
グルコース 2%
Yeast nitrogen base w/o amino acids (Difco 社) 0.67%
必要に応じて各菌株の要求物質(L-Leucine、L-Histidine-HCl、L-Tryptophan を各40 mg/L、0.1% L-Proline)または寒天(2%)を添加した。
【0060】
(3)SD(-N)培地(SDより硫安を除いた培地);
グルコース 2%
Yeast nitrogen base w/o (NH4)2SO4, amino acids(Difco Laboratories社)0.67%
必要に応じて窒素源を0.1%プロリンまたはグルタミン酸ナトリウムとし、寒天(2%)も添加した。
【0061】
(4)SC培地 (酵母用合成完全培地);
Yeast nitrogen base w/o amino acids (Difco 社) 0.67%
グルコース 2%
Drop-out mixture 0.2%
必要に応じて寒天(2%)を添加した。上記「Drop-out mixture」 は、表1の物質から必要に応じて特定の物質を除き、残りをよく混合したものである。
【0062】
【表1】

酵母の培養は、30℃で行い、液体培地ではアルミキャップを用いた試験管又はシリコ栓を用いた坂口フラスコを用いて培養した。
【0063】
(5)LB培地(大腸菌用完全培地);
トリプトン 1%
酵母エキス 1%
NaCl 0.5%
必要に応じて アンピシリン(Amp)(最終濃度50μg/ml)、クロラムフェニコール(Cm)(最終濃度34μg/ml)、寒天 (2%)を添加した。
【0064】
(6)5-フルオロオロト酸(5-FOA)培地(500 ml分);
表2の通り。
【0065】
【表2】

Agarと水をオートクレーブ後(121℃、15分)、冷却してから他の成分を添加する。
【0066】
ここで「10×YNB」は、下記のとおりである。
Yeast nitrogen base w/o amino acids (Difco Laboratories 社) 1.5%
硫酸アンモニウム 5%
【0067】
ここで「10×HC-7aa」は、表3のとおりである。
【表3】

【0068】
(7)M9CA (2%) 培地(大腸菌での遺伝子発現用培地);
Casamino acid 940ml
20×M9 5ml
グルコース(40%) 10ml
1M MgSO4 0.8ml
なお、必要に応じてアンピシリン(最終濃度50μg/ml)、クロラムフェニコール(最終濃度34μg/ml)を添加した。
【0069】
ここで「Casamino acid」はCasamino acid(Difco社)20g(0.2%のときは2g)を水に溶かし940mlに調整したものである。
【0070】
また、ここで「20×M9」は
Na2HPO4 67.8g
KH2PO4 30g
NaCl 5g
NH4Cl 10g
以上の成分を水に溶かし、500mlに調整したものである。
【0071】
3.DNAオリゴマー
本実験で用いたDNAオリゴマーは以下に示した通りであり、各配列は配列表に示した。各オリゴマーの合成は北海道システムサイエンス社に委託した。
【0072】
pro1-EcoRI/1:配列番号1
pro1-SacI/2:配列番号2
pETUpstream:配列番号3
DuetDOWN1 primer:配列番号4
DuetUP2 primer:配列番号5
T7 Terminator:配列番号6
Duet downdown:配列番号7
Duet upup:配列番号8
pro2-NdeIprimer:配列番号9
PRO2-KpnI:配列番号10
pro1-HindIII.lib (+):配列番号11
pro1-SacI.lib (-):配列番号12
PRO1-1:配列番号13
PRO1-2:配列番号14
PRO1-3:配列番号15
PRO2-1:配列番号16
PRO2-2:配列番号17
PRO2-3:配列番号18
【0073】
4.試験方法
(1)細胞内プロリン含量の測定
(1)-1.乾燥重量の測定
培養後の吸光度 (OD600) を測定し、
X=y/978.45
の式(X;5mlあたりの乾燥重量(g)、y=OD600)を用いて菌体の乾重量を算出した。
【0074】
(1)-2.アミノ酸アナライザーによる定量
各菌株を5mlのSD培地で30℃で48時間培養した後、遠心分離機(3,500回転/分)に10 分間かけて集菌し、さらに洗浄し、0.5mlの滅菌水で菌体を懸濁した後、100℃で10分間熱水処理した。遠心分離(12,000回転、5分)の後、上清を0.02N HClで5〜10倍に希釈し(ただし、清酒に関しては50倍希釈)、フィルターろ過後、アミノ酸アナライザー(日立社製:L-8500A 高圧アミノ酸分析計)に供した。スタンダードにはアミノ酸混合標準液(各アミノ酸2nmol/20μl含有)を用いた。
【0075】
(2)エタノールストレス感受性テスト
各菌株を10mlのYPD培地で30℃、48時間振とう培養後(前培養)、SD(9ml)+前培養液(1ml)[エタノールfinal 0%(v/v)]、SD+10%エタノール(9ml)+前培養液(1ml)[エタノールfinal 9%(v/v)]、SD+20%エタノール(9ml)+前培養液(1ml)[エタノールfinal 18%(v/v)]を調製し、30℃に静置して本培養を行った。0、2、5及び8日後に各培養液を希釈し、YPDプレートに塗り広げ、30℃、2日間培養した。生じたコロニー数を数え、培養0日の生菌数を100%として生存率を算出した。また、5mlの前培養液を用いて細胞内プロリン含量を測定した。
【0076】
(3)冷凍ストレス耐性テスト
各菌株を5mlのSD培地で30℃、48時間培養し、遠心分離(3,600回転/分、6分)によって回収した細胞を滅菌水に懸濁後、0.1mlを滅菌水で103〜105倍希釈し、各0.1mlずつをYPD寒天培地に塗布した。30℃で2〜3日培養後に生育してきたコロニー数を計測し、冷凍前の生菌数を算出した。また、細胞懸濁液を0.1mlずつ数本のマイクロチューブにとり、-20℃のフリーザー内で保存した(冷凍ストレス処理)。各サンプルは一定時間後に30℃で15分間静置することによって解凍し、冷凍前サンプルと同様に生菌数を測定した。なお、冷凍後の生存率は、冷凍前の生菌数を100%として、冷凍後の生菌数を冷凍前の生菌数で割ることにより算出した。
【0077】
(4)熱ショックストレス耐性テスト
各菌株を5mlのSD培地で30℃、48時間培養し、培養液を101〜104に段階希釈後、各3μlをSD寒天培地にスポッティングし、すぐに50℃で一定時間の熱ショックを与え、その後30℃で培養した。
【0078】
(5)浸透圧ストレス耐性テスト
各菌株を5mlのSD培地で30℃、48時間培養し、培養液を101〜104に段階希釈後、各3μlをソルビトール含有SD寒天培地にスポッティングし、30℃で培養した。
【0079】
(6)プロリンオキシダーゼ活性の測定
50mlのSD液体培地で30℃、48時間培養後、フィルター上に集菌し、液体窒素に10秒間浸した。
【0080】
次に、氷冷した10mlのHEPES buffer(pH7.5)+3mM MgCl2が入ったアシストチューブにメンブレンフィルターを入れ氷上に置き、すべてのサンプルが揃ったら、ボルテックスミキサーの最大スピードで攪拌懸濁し、粗酵素液とした。
【0081】
次に、マイクロチューブに0.5mlの粗酵素液を入れ、10%プロリンを0.4ml加え30℃で15分インキュベートした。その後、0.1mlのo-aminobenzaldehyde溶液(Sigma社)と0.5mlの10%TCAを加えボルテックスし、発色するまで30分静置した。遠心分離(12,000回転/分、5分)の後、上澄みの吸光度(OD443)を測定し、プロリンオキシダーゼ活性値とした。
【0082】
尚、酵素活性は、30℃、1分に1nmolのpyrroline-5- carboxylate(P5C)-o-aminobenzaldehyde複合体を生成する酵素量を1unitとした。
【0083】
(7)GK活性の測定
(7)-1. 酵母の細胞抽出液の調製
各菌株を50mlのSD培地で30℃、OD600=3.0程度まで振とう培養し、遠心集菌(3,500回転/分、10分、4℃)後、細胞を1mlの冷却滅菌水に懸濁し、再度遠心分離(12,000回転/分、1分、4℃)した。次に、細胞体積の3倍量の抽出バッファーとProtease Inhibitor Cocktails(Sigma社;湿重量20gあたり1ml)を加えて懸濁後、懸濁液と等量のガラスビーズ(安井器械社;YGBLA-05 0.5mm)を加え、マルチビーズショッカーを用いて菌体を破砕(2,500回転/分、on time 60秒・off time 60秒、5cycles)し、遠心分離(15,000回転/分、30分、4℃)後の上清を細胞抽出液とした。
【0084】
調製した細胞抽出液に、70%飽和になるように硫酸アンモニウムを少量ずつ加えながら撹拌して完全に溶解後、氷上に1時間置いた。次に、遠心分離(12,000回転/分、30分、4℃、日立社製;himac CR20)によって沈殿したタンパク質を1mlの10mM Tris-HCl (pH7.5) に溶解後、硫酸アンモニウムを除去するために500mlの10mM Tris-HCl (pH7.5)で2回透析した。タンパク質濃度はウシ血清アルブミンをスタンダードにして、Protein Assay kit(Bio-Rad社)を用いて測定した。ここで抽出バッファーとしては以下の組成のものを用いる。
Tris-HCl (pH 7.5) 20mM
EDTA (pH 8.0) 1mM
MgCl2 5mM
グリセロール 5%
【0085】
(7)-2. GK活性の測定
<Hydroxamate法>
反応液として
A液(250mM Tris base、500mM Hydroxylamine-HCl (pH 7.0))、
B液(250mM L-Glutamic acid(ワコー社)、100mM MgCl2)、
C液(50mM ATP (pH 7.0)(ワコー社))、
D液(dH2O(フィードバック阻害を調べるときはL-Prolineを添加))
及び反応停止液液として
FeCl3・6H2O 5.5g、TCA 2g、12N HCl 2.1mlを滅菌水で溶解し、100mlに調整したもの
を調製する。
【0086】
A、B、C液を各50μlずつ、D液を75μlとり、マイクロチューブ内で混合後、30℃で5分間プレインキュベートする。次に、25μlの細胞抽出液を添加し、30℃、30分反応後、1mlの反応停止液を加え、遠心分離(12,000回転/分、5分)後の上清のOD535を測定し、GK活性値とする。なお、酵素活性は、1分間に1nmolのγ-glutamyl hydroxamateを生成する酵素量を1unitとする。
【0087】
<coupled GK / GPR Assay>
反応液
1M Tris-HCl (pH 7.5) 100μl
1M MgCl2 25μl
1M Na・Glutamate 75μl
100mM ATP 50μl
40mM NADPH 10μl
dH2O 690μl
反応液をマイクロチューブ内で混合後、25℃、5分間プレインキュベートした。次に、50μlの細胞抽出液を添加し、OD340の減少を測定した。なお、酵素活性は、1分間に1nmolのNADPHを減少する酵素量を1unitとした。
【実施例1】
【0088】
1.プロリン蓄積株の作製
プロリンを蓄積する清酒酵母の作製は、清酒酵母の一倍体であるXUW-14 (MATα ura3 trp1)をTRP1でPUT1破壊して得られるXUDput1を変異型PRO1(D154N)で置換することによってプロリン蓄積株XUDput1-MTを得た。以下、これについて具体的に順を追って説明する。
【0089】
a)分解系の抑制工程:PUT1遺伝子の破壊
図2に示したように、プラスミドpBlue-PUT1を制限酵素BalIとAatIで切断し、電気泳動によりPUT1のORFの一部を除去した断片(3.9kb)を回収し、プラスミドpRS414(Stratagene社より購入)を制限酵素NaeIとScaIで切断して得られたTRP1含有断片(2.6kb)をこれに連結した後、大腸菌JM109株に導入した。アンピシリン耐性を示す形質転換体からプラスミドを調製し、これをpBlue-Dput1-TRP1と命名した。
【0090】
次に、上記のプラスミドpBlue-Dput1-TRP1を制限酵素BamHIとKpnIで切断してTRP1含有断片(3.6kb)を回収し、この断片を用いて清酒酵母の一倍体XUW-14株のPUT1と相同組換えにより形質転換を行い、清酒酵母のPUT1破壊株(XUDput1)を得た。
【0091】
PUT1の破壊を確認するために、上記プラスミドpBlue-Dput1-TRP1を制限酵素BamHIとKpnIで切断して得られたTRP1を含む断片(3.6 kb)を回収し、この断片を用いてXUW14株のPUT1との相同組換えを利用した形質転換を行った後、SC-Trpプレートに塗り広げ、30℃で2〜3日間培養した。得られたコロニーをSD(-N)+0.1%グルタミン酸ナトリウム培地とSD(-N)+0.1%プロリン培地で培養し、グルタミン酸ナトリウム培地では生育するが、プロリン培地では生育できないクローンについて、コロニーPCRによってPUT1の破壊を確認した。
より詳しくは、PUT1の破壊の確認は、以下4つの方法によって確認された。
【0092】
1)プロリン資化能;
一般に、酵母はグルタミン酸やプロリンを唯一のN源として生育できるが、PUT1破壊株はプロリンを資化できないことが知られている。そこで、本実験では、SD寒天培地でリフレッシュした各菌株を0.1%グルタミン酸ナトリウム(MSG)、またはプロリンを唯一の窒素源に用いた寒天培地(C源は2%グルコース)にそれぞれストリーク後、30℃で培養し、生育度を比較した。その結果、野生株(XUW-TRP)はプロリンを唯一のN源として生育したが、プロリンオキシダーゼをコードするPUT1を破壊した菌株(XUWDput1)では生育できないことが確認された。
【0093】
2)ゲノミックPCR;
先に述べた方法によって得られたコロニーから染色体DNAを調製し、各プライマーを用いたPCRによってPUT1の破壊を確認した。TRP1内部のプライマーを片側に用いると、XUW-TRP(野生株)では増幅は見られなかったが、XUDput1(PUT1破壊株)では特異的なバンドが増幅しており、PUT1破壊が確認できた。
【0094】
3)プロリンオキシダーゼ活性;
次に、各菌株から細胞抽出液を調製し、プロリンオキシダーゼ活性を測定した。測定結果を表4に示す。この測定結果をみると、野生株(XUW-TRP)はいずれの培地でもプロリンオキシダーゼ活性が検出できた。特に、プロリン添加培地では約3倍に活性値が上昇しており、プロリンによってPUT1の発現が誘導されていることが確認できた。一方、PUT1破壊株(XUDput1)では、活性はほとんど検出されなかった。
【0095】
【表4】

【0096】
4)細胞内プロリン含量;
最後に、各菌株を最少培地で2日間培養後、細胞内のプロリン含量を測定した。その測定結果を表5に示す。この測定結果をみると、通常のSD培地では両菌株ともプロリンはほとんど検出されなかったが、プロリンを添加した培地では、PUT1破壊株(XUDput1)はプロリンを分解できないため、細胞内にプロリンが蓄積していた(約0.7%乾燥重量)。
【0097】
【表5】

【0098】
以上の結果から、XUDput1株では染色体上のPUT1が破壊されていることが確認できた。
【0099】
b)合成系の強化工程:変異株PRO1遺伝子(D154N)への置換
プラスミドpRS-D154NPRO1を制限酵素HindIIIとSacIで切断し、電気泳動により変異株PRO1遺伝子(D154N)を含む断片(1.8kb)を回収し、プラスミドpR406(Stratagene社より購入)を制限酵素HindIIIとSacIで切断して得られたURA3含有断片(4.3kb)と連結した後、大腸菌JM109株に導入した。アンピシリン耐性の形質転換体から変異型PRO1を組み込んだプラスミドを抽出し、PRO1内に一ヶ所存在するXbaIで切断した直鎖状断片を調製した後、上記a)で得られたXUDput1を形質転換し、SC-Uraプレートに塗り広げ、30℃で2〜3日間培養した。
【0100】
この際、Ura+かつAZC耐性を示すコロニーは、プラスミド上の変異型PRO1がXUDput1株の染色体上の野生型PRO1と相同組換えを起こし、URA3を含むプラスミド全長(直鎖状断片)が野生型PRO1座位に挿入された形質転換体が得られる。次に、野生型PRO1とURA3を含むプラスミドを脱落させる目的で、Ura+かつAZC耐性を示すコロニーを1mlのYPD培地で30℃、1日培養後、新しいYPD培地に5%シードし、さらに1日培養し、培養液を希釈せずに5-FOA含有プレートに塗り広げた。
【0101】
c)細胞内にプロリンを蓄積する 菌株の選別分離工程
こうして得られた5-FOA耐性コロニーをAZC(100μg/ml)を含むSD培地にストリークし、AZC耐性コロニーを変異株PRO1遺伝子(D154N)が染色体に残った菌株として選別し、XUDput1-MTとして命名し、この形質転換酵母(XUDput1-MT)はFERM P−20171として独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託した。
【0102】
一方、AZC感受性を示すコロニーは野生型PRO1が染色体上に残った菌株として選別し、XUDput1-WTと名づけた。さらに両菌株のPRO1断片をPCRによって調製し、ダイレクトシークエンシングによって目的の塩基配列であることを確認した。
【実施例2】
【0103】
本実施例では、実施例1において得られたプロリン蓄積型形質転換酵母の細胞内プロリン含量について検討した。まずPUT1破壊株の染色体上のPRO1を変異型PRO1(D154N)に置換した菌株(XUDput1-MT)と野生株(XUDput1-WT)のAZCに対する感受性を比較した。その結果、AZCを含むSD培地ではXUDput1-WTは生育することができず感受性を示したが、XUDput1-MTでは生育することができた。また、両菌株の細胞内プロリン含量を測定したところ、AZC培地での生育と関連して、XUDput1-MTではプロリンが多く蓄積していた(表6)。
【0104】
【表6】

【実施例3】
【0105】
本実施例では、細胞内プロリン含量の増加を目的として、PRO1遺伝子へのランダム変異導入によって高機能化した変異型酵素を取得した。さらに得られた変異型酵素について、細胞内プロリン含量に及ぼす影響を解析した。
【0106】
<PRO1遺伝子へのPCRランダム変異の導入>
pAD-WTPRO1をテンプレートに、プライマー(pro1-HindIII.lib(+)、pro1-SacI.lib(-))を用いてerror-prone PCRを行い、5’末端にHindIIIサイト、3’末端にSacIサイトを付加したPRO1を含むDNA断片を増幅した。error-prone PCRは、通常のPCRよりdNTPやMgCl2が低濃度(×1/2 dATP、×1/2 dTTP、×1/5 dCTP、×1/5 dGTP、×1/2 MgCl2)の各反応系でPCRを行い、変異の導入を促した。その後、DNA断片をHindIII、SacIで切断し、pAD4のHindIII、SacIサイトに連結して大腸菌DH5αに導入後、生じたアンピシリン耐性コロニーからプラスミドを調製した。また、アンピシリン耐性コロニーをランダムに数個ずつ選択し、DNA sequencingにより各PCR反応系での塩基置換頻度を確認した。最終的に、約12,000個のコロニーからプラスミドを調製し、これをPRO1のPCRランダム変異ライブラリーとした。
【0107】
<プロリン合成量を増加させる変異型GKの取得>
PRO1のPCRランダム変異ライブラリーを、染色体上のPRO1と分解系酵素proline oxidaseの遺伝子PUT1を破壊し、PRO2を多コピーで導入した株INVDput1pro1 (pTV-PRO2) に導入後、AZC(15μg/ml)含有SDプレートに塗布した。また、pAD-WTPRO1、pAD-D154NPRO1による形質転換も同時に行い、各形質転換体をAZCに対するそれぞれnegative controlとpositive controlとした。AZC含有プレート上で野生型PRO1を有するINVDput1pro1 (pAD-WTPRO1, pTV-PRO2) より生育が早いコロニーを選択し、再度AZC含有プレートにストリークし培養した。その結果、最終的に約21,000個の形質転換体から、23個のAZC耐性クローンを取得した。
【0108】
次に、AZC耐性がプラスミド依存的かどうかを調べるため、各クローンからプラスミドを調製し、INVDput1pro1 (pTV-PRO2) に再び導入した。複数個の形質転換体をAZC(15μg/ml)含有SDプレートにストリークした結果、20クローンにおいてAZC耐性がプラスミド依存的であることを確認した。
【0109】
さらに、PRO1の変異点を同定するため、プラスミド内のPRO1の塩基配列を決定した。その結果、表7に表したように、#2-34のt344→a以外はすべてa/t←→g/cの塩基置換であった。また、これらの塩基置換に伴うアミノ酸の置換も表7に示す。#1-20と#2-59のGlu149Lys、#2-21, #2-29, #2-49のIle150Thr、および#2-42と#2-46のThr144Alaのように、複数のクローンにおいて同一のアミノ酸置換が生じていた。また、#2-45と#2-47においては共通のアミノ酸置換(Arg148Gly)が存在していた。
【0110】
【表7】

【0111】
本スクリーニングにより、新たに16種類の変異型GKを獲得した。これらの中には、これまでに分離したプロリン蓄積株(FH515)と同じAsp154が置換したクローンはなかったが、Asp154の近傍にアミノ酸置換を有する変異型GKが複数個得られた。
【0112】
<変異型GKによるプロリン蓄積>
PRO1にランダム変異を導入した結果、プロリンを過剰合成すると考えられるAZC耐性クローンを多数取得できた。そこで、これらのクローン(GK変異株)が細胞内にプロリンを蓄積しているかどうかを調べるため、5mlのSD培地で48時間培養後、細胞内のプロリン含量を測定した(表8)。その結果、Asp154Asn置換よりもプロリン含量を増加させる変異型GKが9種類得られ、特にプロリン含量が高いアミノ酸置換は、Asp154の比較的近傍に集中している傾向が見られた。プロリン含量が高かった菌株については、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに、FERM P−20616(Saccharomyces cerevisiae INVDput1pro1-E149K; Glu149のLysへの置換体)、FERM P−20617(Saccharomyces cerevisiae INVDput1pro1-I150T; Ile150のThrへの置換体)、FERM P−20618(Saccharomyces cerevisiae INVDput1pro1-N142D/I166V; Asn142のAspへの置換体及びIle166のValへの置換体)として、寄託した。
【0113】
【表8】

【実施例4】
【0114】
本実施例では実験室酵母と本発明のプロリン蓄積型酵母に対してエタノール存在下での生育を調べ、エタノールストレス感受性を検討し、その測定結果を表9に示す。
実験室酵母(MB329-17C、FH515)では、γ-GKのアミノ酸置換(D154N)によってFH515ではプロリンを蓄積し、かつエタノール存在下での生存率も高いことが判明した。
【0115】
エタノール存在下(9%、18%)では、プロリン蓄積株(XUDput1-MT(pUV-PRO2))の方が対(XUW-TRP(pUV2))よりも生存率が高い傾向にあった。また、全体的に各菌株は9%エタノール存在下ではエタノール無添加培地よりも生存率が高かった。
【0116】
【表9】

【実施例5】
【0117】
本実施例では実験室酵母と本発明のプロリン蓄積型酵母に対して、冷凍ストレス後の細胞生存率を検討し、その測定結果を図4、表10に示す。
【0118】
プロリンを高濃度で蓄積するGK変異株は、すべて野生株に比べて冷凍後の細胞生存率低下が抑えられており、プロリンの細胞保護作用が確認できた(図4、表10)。特に、Asn142Asp /Ile166ValやIle150Thrへの置換では、既知のGK変異株(Asp154Asn)よりも冷凍ストレス耐性が向上していた。
【0119】
【表10】

【実施例6】
【0120】
本実施例では、各変異型GKのプロリンによるフィードバック阻害を解析し、その結果を図5に示す。
【0121】
各変異型GKのプロリンによるフィードバック阻害を解析するため、プロリン存在下(5, 10, 20mM)での活性を測定した。その結果、野生型酵素は5mMプロリンの存在下でほとんど活性が検出されなかった。しかし、変異型GKはすべて、20mMの高濃度プロリン存在下でも70%近くの活性を維持しており、フィードバック阻害に対する感受性が著しく低下していることが判明した。
【実施例7】
【0122】
本実施例では、プロリン蓄積株を用いて清酒の小仕込み試験を行った(福井県食品加工研究所で実施)。プロリン蓄積株としてXUDput1-MT(pUV-PRO2)を用い、対照株としてXUW-TRP(pUV2)を用いた実験結果を示す。仕込みに用いた米は表11に示すとおりである。
【0123】
小仕込み試験に用いた菌株は、野生型PRO1を変異型PRO1(D154N)に置換した株にPRO2を多コピー導入した株(XUDput1-MT(pUV-PRO2))、およびコントロールとしてXUW-14株のtrp1をpRS414(TRP1)で、ura3をpUV2(URA3)でそれぞれ相補した株(XUW-TRP(pUV2))を用いた。
【0124】
培養方法によって菌体内のプロリンの蓄積量に差が生じるため、両菌株をYPD培地(30ml、30℃、2日間)で振とうまたは静置の2種類の方法で前培養し、その後n=5(うち1本はサンプリング用)で総米200g、麹歩合20%、汲水歩合130%、発酵温度15℃一定の条件で仕込みを行った。
【0125】
【表11】

【0126】
小仕込み試験終了後、清酒中の各成分を分析し、醸造特性を比較した。その測定結果を表12に示す。
【0127】
【表12】

【0128】
表12から明らかなとおり、水に対する酒の比重を表わす日本酒度(SM値)については、プロリン蓄積株(XUDput1-MT(pUV-PRO2))の方が対照株(XUW-TRP(pUV2))よりも著しく低い値を示した。酒の比重は、糖分を中心とするエキス分が多いほど大きくなり(重くなり)、日本酒度はマイナス(−)に傾く。一方、エキス分が少ないほど小さくなり(軽くなり)、日本酒度はプラス(+)に傾く。一般に、発酵の進行に伴い糖分は減少し、エタノール量が増加するため比重は小さくなり、日本酒度は高くなる。しかしながら、プロリン蓄積株と対照株では発酵の指標となる炭酸ガス減量、エタノール生産量、グルコース消費量などの基本的な醸造特性に変化はなかった。
【0129】
次に、清酒中のアミノ酸含量を測定した。その結果、プロリン蓄積株では菌体内のプロリン含量は予想通り増加しており(振とう:約2倍増加(0.13%→0.25%乾燥重量)、静置:約2倍増加(0.19%→0.31%乾燥重量)、清酒中のプロリン含量も著しく増加していた(振とう:4.7倍増加(196→920mg/L)、静置:5.2倍増加(171→883mg/L)。またプロリン蓄積株ではアスパラギン酸、スレオニン、ロイシンなどのアミノ酸も増加しており、その結果、総アミノ酸含量も約30%増加していた(約1g/L増加)。ただし、アラニンだけはプロリン蓄積株の方が減少していた。
【0130】
また、有機酸含量を比較すると、プロリン蓄積株ではクエン酸、リンゴ酸(爽やかな酸味)、コハク酸(旨み)など清酒にとって好ましいとされる有機酸が増加しており、逆に少ない方が好ましいとされる酢酸は減少していた。全般的な有機酸含量は、プロリン蓄積株の方が増加する傾向にあった(約100-200mg/L増加)。
【0131】
さらに、香気成分(高級アルコール、エステル、アルデヒドなど)についても測定したが、両菌株で顕著な差は見られなかった。また、両菌株から製造した清酒について簡易的な官能評価を行った。その結果、両者には風味や味に差が見られ、プロリン蓄積株の方が相対的に味や風味がソフトで(軽い)、飲みやすいという評価を得た。以上の結果から、プロリン蓄積株では清酒中および菌体内のプロリン含量が著しく増加しており、総アミノ酸や有機酸の含量も増加していた。
【産業上の利用可能性】
【0132】
酵母は清酒製造環境において高濃度エタノール、低温などのストレスを受けており、これらストレスを長時間受けると、多くの細胞内タンパク質は変性をきたし、酵母の有用機能(エタノール産生能力)が制限される。ところが、本発明の酵母は、細胞内に多くのプロリンを蓄積することができ、かつ、その一部を細胞外に放出する。プロリンはエタノール、冷凍等のストレスに対する耐性機能を有することが明らかとなっており、本発明の形質転換酵母を用いることにより、清酒製造環境において通常受けるストレスを、抑制することが可能となった。
【0133】
さらに前述のとおり、プロリンは甘いアミノ酸に属し、しかもエタノールから酵母を保護する作用を有し、また、本発明の酵母は、従来の酵母の醸造特性(グルコース消費量、エタノール生産量、炭酸ガス減量など)をそのまま維持しているので、プロリン含量の多い甘口の清酒を効率よく製造することができる。また、本発明のプロリン蓄積型形質転換酵母は、清酒に限らず、甘口の醗酵食品・醸造食品の製造にも有用である。
【図面の簡単な説明】
【0134】
【図1】酵母(サッカロマイセス(Saccharomyces)属セレビシエ(cerevisiae))におけるプロリンの代謝経路に関する説明図である。
【図2】清酒酵母のPUT1破壊株の作製に関する説明図である。
【図3】変異型PRO1遺伝子(D154N)への置換に関する説明図である。
【図4】形質転換酵母の冷凍後の生存率を示した図である。
【図5】変異型GKのプロリンによるフィードバック阻害効果を、野生型GKと比較した結果を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロリン分解酵素遺伝子が破壊され、かつ、野生型プロリン合成酵素遺伝子がプロリン多産生型遺伝子で置き換られてなるプロリン蓄積型形質転換酵母。
【請求項2】
プロリン多産生型遺伝子が、γ−グルタミン酸リン酸化酵素遺伝子の変異体であって以下に示す(1)から(16)の変異のうちの1つ以上を有することを特徴とする請求項1に記載のプロリン蓄積型形質転換酵母。
(1)Glu149のLysへの置換、
(2)Asn142のAspへの置換及びIle166のValへの置換、
(3)Ile150のThrへの置換、
(4)Ser146のProへの置換、
(5)His306のArgへの置換、
(6)Ala105のValへの置換、
(7)Asn309のAspへの置換及びArg428のCysへの置換、
(8)Arg148のGlyへの置換及びGln351のArgへの置換、
(9)Arg148のGlyへの置換、
(10)Thr126のAlaへの置換、
(11)Leu165のSerへの置換及びVal319のIleへの置換、
(12)Thr144のAlaへの置換、
(13)Asn122のAspへの置換、
(14)Asp413のAsnへの置換、
(15)His316のTyrへの置換、
(16)Leu75のSerへの置換、Leu115のGlnへの置換及びVal197のIleへの置換。
【請求項3】
受託番号FERM P−20616で寄託した酵母、受託番号FERM P−20617で寄託した酵母、若しくは受託番号FERM P−20618で寄託した酵母、又はこれらと同等の菌体的性質を有するプロリン蓄積型形質転換酵母。
【請求項4】
酵母が、清酒酵母、実験室用酵母、焼酎酵母、パン酵母、ビール酵母、又はワイン酵母である、請求項1から3のいずれかに記載のプロリン蓄積型形質転換酵母。
【請求項5】
酵母が、サッカロマイセス(Saccharomyces)属セレビシエ(cerevisiae)に属する清酒酵母である、請求項4に記載のプロリン蓄積型形質転換酵母。
【請求項6】
下記工程を含んでなる、プロリン蓄積型形質転換酵母の作出方法。
a)酵母内プロリン代謝経路において、プロリン分解酵素であるプロリン酸化酵素の遺伝子を破壊することからなるプロリン分解系を抑制する工程、
b)酵母内プロリン代謝経路において、プロリン合成酵素であるγ−グルタミン酸リン酸化酵素をコードする遺伝子をプロリン多産生型遺伝子で置換することからなるプロリン合成系を強化する工程、及び
c)細胞内にプロリンを蓄積する菌株を選別分離する工程。
【請求項7】
上記プロリン合成酵素をコードする遺伝子に、以下に示す(1)から(16)の変異のうちの1つ以上を導入することを特徴とする、請求項6に記載のプロリン蓄積型形質転換酵母の作出方法。
(1)Glu149のLysへの置換、
(2)Asn142のAspへの置換及びIle166のValへの置換、
(3)Ile150のThrへの置換、
(4)Ser146のProへの置換、
(5)His306のArgへの置換、
(6)Ala105のValへの置換、
(7)Asn309のAspへの置換及びArg428のCysへの置換、
(8)Arg148のGlyへの置換及びGln351のArgへの置換、
(9)Arg148のGlyへの置換、
(10)Thr126のAlaへの置換、
(11)Leu165のSerへの置換及びVal319のIleへの置換、
(12)Thr144のAlaへの置換、
(13)Asn122のAspへの置換、
(14)Asp413のAsnへの置換、
(15)His316のTyrへの置換、
(16)Leu75のSerへの置換、Leu115のGlnへの置換及びVal197のIleへの置換。
【請求項8】
請求項1から5のいずれかに記載のプロリン蓄積型形質転換酵母を用いて発酵又は醸造を行うことを特徴とする発酵食品又は醸造食品の製造方法。
【請求項9】
請求項1から5のいずれかに記載のプロリン蓄積型形質転換酵母を用いて醸造を行うことを特徴とする清酒の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−60902(P2007−60902A)
【公開日】平成19年3月15日(2007.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−246916(P2005−246916)
【出願日】平成17年8月29日(2005.8.29)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 研究集会名 平成16年度福井県立大学生物資源学部生物資源学科卒論発表会 主催者名 福井県立大学 開催日 平成17年3月2日 発行者名 社団法人日本農芸化学会 刊行物名 2005年度(平成17年度)大会講演要旨集 発行年月日 平成17年3月5日 研究集会名 日本農芸化学会2005年度(平成17年度)大会 主催者名 日本農芸化学会 開催日 平成17年3月29日
【出願人】(592029256)福井県 (122)
【Fターム(参考)】