説明

ホスホリルコリン基含有シラン化合物の製造方法

【課題】ホスホリルコリン基を有するシラン化合物を高収率かつ簡便に製造できる製造方法を提供すること。
【解決手段】末端にアミノ基を持つシラン化合物と、末端にカルボキシル基を持つホスホリルコリン基含有化合物とを、アミド化縮合剤に4−(4,6−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルホリニウムクロライドを用いてアミド化縮合反応を行うことを特徴とする、下記式(3)で表されるホスホリルコリン基含有シラン化合物の製造方法である。


式(3)
式(3)中、mは2〜6、nは1〜4である。X1、X2、X3は、それぞれ単独に、メトキシ基、エトキシ基である。ただし、X1、X2、X3のうち、2つまではメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基のいずれでも良い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホスホリルコリン基を有するシラン化合物を高収率かつ簡便に製造できる製造方法に関する。本発明の製造方法により製造されるシラン化合物は、表面改質剤(シランカップリング剤)として有用な化合物であり、生体適合性、タンパク質吸着抑制、保湿性などの様々な有用な機能を物体表面に付与することができる。
【背景技術】
【0002】
ホスホリルコリン基を有する重合体は生体適合性高分子として検討されており、この重合体を各種基剤に被覆させた生体適合性材料が開発されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、2−メタクロイルオキシエチルホスホリルコリンの単独重合体及び共重合体で被覆した粉末を、化粧料用粉末として利用して保湿性や皮膚密着性を改善した化粧料が開示されている。
また、特許文献2及び特許文献3には、ホスホリルコリン基を有する重合体で被覆した医療用材料や分離剤が開示されている。
【0004】
上記の材料は、主に水酸基を有するアクリル系モノマーと2−クロロ−1,3,2−ジオキサホスホラン−2−オキシドを反応させ、更にトリメチルアミンにより4級アンモニウムとすることによりホスホリルコリン構造を有するモノマーを合成しこれを重合して得られる重合体により、その表面が被覆されたものである(重合体の製造方法に関しては特許文献4及び5を参照)。
【0005】
特許文献4には、2−メタクロイルオキシエチルホスホリルコリンとメタクリル酸エステルの共重合体が製造され、特許文献5には、2−メタクロイルオキシエチルホスホリルコリンの単独重合体が製造されている。
【0006】
また、特許文献6には、重合体以外のホスホリルコリン処理により生体適合性を向上させる方法として、反応基を有するホスホリルコリン基含有化合物による素材の表面処理が開示されている。
【0007】
しかしながら、ホスホリルコリン基を有する重合体により素材を被覆して表面を改質する方法では、素材の形状によっては表面全体を効果的に被覆することは難しかった。
また、被覆した重合体が素材表面から剥離するため、耐久性に問題が生じる場合があった。さらには、素材表面が重合体により被覆されるため、ホスホリルコリン基による生体適合性を付与する目的から逸脱して、素材自体に要求されている基本的性質が失われる場合もあった。
また、被覆に用いる重合体の上記製造方法は厳密な無水条件下にて行う必要があり、手法が煩雑という問題もある。さらに、重合条件により被覆重合体に結合しているホスホリルコリン基の安定性にも問題が生じる。
【0008】
さらに特許文献6に示されている方法は結合様式から安定性に問題があり、また処理条件も極めて限定される上に処理効率も低いものであり実用性において効果を示すことは難しかった。
【0009】
上述の問題を解決するため、特許文献7には、あらかじめホスホリルコリン基を有する重合体を素材表面に被覆する方法ではなく、末端にアミノ基を有する有機シラン化合物と末端にカルボキシル基を有するホスホリルコリン誘導体とを原料としてアミド化縮合反応によりホスホリルコリン基含有シラン化合物{本願発明における式(3)の化合物)}が開示されている。そして、このシラン化合物に、共有結合可能な任意の官能基を有する素材表面に反応させると、素材表面における共有結合形成反応により、簡便かつ高い汎用性をもってホスホリルコリン基を素材表面に直接導入でき、優れた生体適合性及び親水性を有する素材が得られることが記載されている。
【0010】
しかしながら、通常、引用文献7に開示されているようなアミド結合を有するホスホリルコリン基含有シラン化合物{式(3)の化合物}を合成するためには、末端にカルボキシル基を持つホスホリルコリン基含有化合物と、末端にアミノ基を持つシラン化合物とを、EDC(1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩)、DIC(ジイソプロピルカルボジイミド)、CDI(1,1’−カルボニルジイミダゾール)などのアミド化縮合剤を添加して、反応させる方法が一般的である。
しかしながら、これらのアミド化縮合剤は水分により反応の活性が損なわれるため、グローブボックス等を用いて乾燥気流化で合成操作を行う必要があった。さらに、高価な脱水溶媒を使用して厳密な無水条件下にて行う必要があった。
また、最終目的物であるPC基を有するシラン化合物が安定に溶存することができる極性プロトン性溶媒中(メタノールやエタノール等)では、反応性が低いといった問題点があった。
さらに、メタノールやエタノール中で反応を行うと、アミド化反応との競争反応である溶媒とのエステル化反応も同時に進行してしまう。そのため、副生成物の生成が避けられなかった。
【0011】
このため、特許文献7に開示されている製造方法では、反応性と選択性を向上させるために、末端にカルボキシル基を持つホスホリルコリン基含有化合物と末端にアミノ基を持つシラン化合物とを、脱水メタノールに溶解させたあと、アミド化縮合剤のEDCとともに、反応性の向上と副反応の抑制する目的で、NHS(N−ヒドロキシスクシンイミド)を添加剤として加えて製造する方法が提案されている。
しかし、前述したように厳密な無水条件下にて行う必要があり、手法が煩雑という問題があった。
また、合成後の保存時も、NHSの酸性によりシラン化合物の縮重合反応が徐々に進行するため、実用性において取り扱いの難易度が極めて高かった。
【0012】
さらに、特許文献8には、ホスホリルコリン基含有シラン化合物の別の製造方法として、N,N−ジメチルホルムアミド溶媒中で末端にカルボキシル基を持つホスホリルコリン基含有化合物に塩化チオニルを反応させてカルボキシル基を活性化させたあと、末端にアミノ基を持つシラン化合物を反応させ、アミド結合を有するホスホリルコリン基含有シラン化合物を合成する方法が開示されている。
この合成方法は、特許文献7の方法と比較してやや簡便である。
しかし、塩化チオニルの強い酸性により製造過程において一部のホスホリルコリン基に加水分解が起こる問題点があった。
また、製造後の保存時も、ホスホリルコリン基含有シラン化合物の脱水縮合反応が進行するため、実用性において取り扱いの難易度が極めて高い問題点があった。
【0013】
一方、特許文献9には末端にカルボキシル基を有するホスホリルコリン誘導体{本願発明における式(2)の化合物}と、その製造方法が詳細に開示されている。
【特許文献1】特開平7−118123号公報
【特許文献2】特開2000−279512号公報
【特許文献3】特開2002−98676号公報
【特許文献4】特開平9−3132号公報
【特許文献5】特開平10−298240号公報
【特許文献6】特表平5−505121号公報
【特許文献7】特開2005−187456号公報
【特許文献8】特開2006−8987号公報
【特許文献9】特許第3793546号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明者らは、上述の観点に鑑み、ホスホリルコリン基含有化合物の製造方法について鋭意研究した結果、末端にアミノ基を持つシラン化合物と末端にカルボキシル基を持つホスホリルコリン基含有化合物を原料として、DMT−MM(4−(4,6−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルホリニウムクロライド)をアミド化縮合剤としてメタノールやエタノール等のプロトン性溶媒中でアミド化縮合反応を行うことにより、高収率かつ簡便に製造できること見出した。
さらに、製造後も、その保存時にホスホリルコリン基含有シラン化合物どうしの縮重合反応がほとんど進行することなく、安定な状態を長期間保持できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0015】
すなわち、本発明は、下記式(1)で表される末端にアミノ基を持つシラン化合物と、下記式(2)で表される末端にカルボキシル基を持つホスホリルコリン基含有化合物とを、アミド化縮合剤に4−(4,6−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルホリニウムクロライドを用いてアミド化縮合反応を行うことを特徴とする、下記式(3)で表されるホスホリルコリン基含有シラン化合物の製造方法を提供するものである。
【化1】

式(1)
式(1)中、mは2〜6である。X1、X2、X3は、それぞれ単独に、メトキシ基、エトキシ基である。ただし、X1、X2、X3のうち、2つまではメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基のいずれでも良い。
【化2】

式(2)
式(2)中、nは1〜4である。
【化3】

式(3)
式(3)中、mは2〜6、nは1〜4である。X1、X2、X3は、それぞれ単独に、メトキシ基、エトキシ基である。ただし、X1、X2、X3のうち、2つまではメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基のいずれでも良い。
【0016】
また、本発明は、上記の製造方法において、プロトン性溶媒中にてアミド化縮合反応を行うことを特徴とするホスホリルコリン基含有シラン化合物の製造方法を提供するものである。
【0017】
さらに、本発明は、上記の製造方法において、下記式(2)で表される末端にカルボキシル基を持つホスホリルコリン基含有化合物が、グリセロホスホリルコリンを塩酸と過マンガン酸カリウムによる酸化反応によって製造されることを特徴とする上記のホスホリルコリン基含有シラン化合物の製造方法を提供するものである。
【化4】

式(2)
式(2)中、nは1〜4である
【0018】
また、本発明は、上記の製造方法において、下記式(2)で表される末端にカルボキシル基を持つホスホリルコリン基含有化合物が、グリセロホスホリルコリンを過ヨウ素酸ナトリウムと三塩化ルテニウムによる酸化反応によって製造されることを特徴とする請求項1又は2記載のホスホリルコリン基含有シラン化合物の製造方法を提供するものである。
【化5】

式(2)
式(2)中、nは1〜4である。
【発明の効果】
【0019】
本発明の製造方法の利点は以下の通りである。
(1)本発明は、高収率かつ簡便に製造できる製造方法である。したがって、量産スケールにおける製造上の課題となる製造コストを大幅に低減することが可能である。
(2)本発明は、製造後も保存時に溶液中でのホスホリルコリン基含有シラン化合物どうしの縮重合反応の進行が遅く、安定な状態を長期間保持することができる製造方法である。
(3)本発明は、製造過程におけるホスホリルコリン基の加水分解を抑制できる優れた製造方法である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
「式(1)で表される末端にアミノ基を持つシラン化合物」
【化6】

式(1)
式(1)中、mは2〜6である。X1、X2、X3は、それぞれ単独に、メトキシ基、エトキシ基である。ただし、X1、X2、X3のうち、2つまではメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基のいずれでも良い。
【0021】
上記式(1)のシラン化合物は公知の化合物である。
mが3、X1、X2、X3がそれぞれメトキシ基の場合、Cas No.は13822-56-5である。信越化学工業株式会社(商品名:KBM-903)、GE東芝シリコーン株式会社(商品名:SILQUEST A-1110)、東レ・ダウコーニング株式会社(商品名Z-6610)等のメーカーより市販されている。
【0022】
一般にシランカップリング剤とは、同一分子中に、有機材料と結合する置換基をもつ炭素官能性基と、無機材料に対して親和性または反応性を有する加水分解性のシリル基を科学的に結合させた構造を持つシラン化合物であり、ケイ素に結合した加水分解基はメトキシ基、エトキシ基が一般的である。
ケイ素に結合したアルコキシル基は加水分解によりシラノールを生成し、次にシラノールどうしが脱水縮重合しシロキサン架橋を生じる。これら一連の反応は平衡反応であるが、縮重合反応の方向に平衡が偏っているため、いったんシロキサン架橋を生成すると再分解することは難しくシランカップリング剤の性能劣化につながる。そこで、シランカップリング剤の安定性を保つためには、加水分解反応を抑制することが効果的である。
このようなシランカップリング剤の加水分解反応は、一般的にpHが7のとき最小であるので(非特許文献1)、製造中および製造後の液性が中性付近に保たれることが必要である。
「非特許文献1」Journal of Adhesion Science and Technology Volume 6, Issue 1(1992), Pages127-149
以下の反応式は、シランカップリング剤の一般的な加水分解、脱水縮重合反応の様子を説明したものである。
【化7】

【化8】

【0023】
また、本発明の特徴であるメタノールやエタノールといったプロトン性溶媒中で反応を行うことにより、反応後は溶媒を置換せず、そのままの状態で合成されたホスホリルコリン基含有シラン化合物がメタノールやエタノール中に溶解している状態で存在する。
このとき合成されたホスホリルコリン基含有シラン化合物のアルコキシル基は、次式のように溶媒のアルコキシル基と交換して平衡を保っているので、この点からもシランカップリング剤の性能劣化につながる加水分解反応を抑制することができ高い安定性を保持できるのである。
【化9】



【0024】
「式(2)で表される末端にカルボキシル基を持つホスホリルコリン基含有化合物」
【化10】

式(2)
式(2)中、nは1〜4である。
【0025】
上記式(2)のホスホリルコリン基含有化合物は公知の化合物である。その具体的な製造方法は、特許文献第3793546号に記載されている。
本発明においては、下記の製造方法1又は2により、式(2)の化合物を製造して、本発明の製造方法に使用することが好ましい。
特に、安価で簡便に製造できる点、高収率である点、酸化剤の反応容器への染着性が低く反応後の容器の洗浄が容易である点が有利である。したがって、過マンガン酸カリウムを酸化剤として用いる製造方法1により製造することが、より好ましい。
【0026】
<製造方法1>
グリセロホスホリルコリン、塩酸、過マンガン酸カリウムをイオン交換水に加え、室温にて攪拌した後、メタノールを加え濾過し、濾液から溶媒を除去する。エタノールを加えさらに溶媒を留去することによって、式(2)に示すカルボキシル基を有するホスホリルコリン誘導体を得る。
<製造方法2>
グリセロホスホリルコリン、過ヨウ素酸ナトリウム、3塩化ルテニウム(水和物)をアセトニトリル水溶液に加える。室温にて攪拌した後、濾過し、濾液から溶媒を除去する。得られた固形物からメタノールにて目的物を抽出、続いてメタノールを留去することによって、式(2)に示すカルボキシル基を有するホスホリルコリン誘導体を得る。
【0027】
「式(1)の化合物と式(2)の化合物のアミド化縮合反応」
次に、式(1)で表される末端にアミノ基を持つシラン化合物と、式(2)で表される末端にカルボキシル基を持つホスホリルコリン基含有化合物とのアミド化縮合反応について説明する。このアミド化縮合反応が本発明の特徴である。
【0028】
本発明の特徴は、そのアミド化縮合剤に、4−(4,6−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルホリニウムクロライドを使用する点である。
これにより、式(3)の化合物が高収率かつ簡便に製造できる。かつ、製造後も保存時に溶液中でのホスホリルコリン基含有シラン化合物どうしの縮重合反応の進行が遅く、安定な状態を長期間確保できることとなる。
一般的に、カルボキシル基を有する化合物とアミノ基を有する化合物とは、アミド化縮合剤を添加することにより、直接的に共有結合させることが出来る。
しかしながら、式(2)のように、末端にカルボキシル基を有するホスホリルコリン含有化合物は、特にn=1〜6の場合、極めて極性が高く、メタノール、エタノールといったプロトン性溶媒とその混合溶媒のみに可溶であるという特徴を有する。
しかし、このようなプロトン性溶媒中では、アミド化縮合剤として一般的に汎用されているEDC(1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩)、DIC(ジイソプロピルカルボジイミド)、CDI(1,1’−カルボニルジイミダゾール)は反応性が低い。そのため、アミド化反応との競争反応である溶媒とのエステル化反応も同時に進行してしまうので、副生成物の生成が避けられなかった。
また、塩化チオニル、五塩化リン、オキシ塩化リン、三臭化リン、オキザリルクロライドなどを用いて、カルボン酸を活性化し、活性が高いカルボン酸ハロゲン化物を経由して、アミド化縮合反応する方法の場合、ホスホリルコリン化合物のカルボン酸ハロゲン化物は一般に有機溶媒にも可溶であり、アミド化も進行するが、反応中および反応後の溶液が製造過程において強酸性になる。このため、次式で表されるホスホリルコリン基の加水分解反応が進行しやすい。したがって、最終目的物の安定性に問題があった。
【化11】

また、溶液が強酸性になることによってPC基含有シラン部分の加水分解、脱水縮重合反応も進行しやすい。
また、上記のいずれの方法でも、乾燥気流での置換や反応装置の乾燥、高価な無水溶媒の使用など厳密な無水条件下にて行う必要があった。すなわち、製造条件が必ずしも簡便ではない。
【0029】
本発明に用いる4−(4,6−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルホリニウムクロライド(以下、DMT−MMと称する場合がある)は、下記式(4)で表される公知のアミド化縮合剤である。Cas No.は3945-69-5である。国産化学株式会社、株式会社トクヤマ等のメーカーより市販されている。市販品は、一般に、保存時の化学的安定性を付与する目的で、意図的に水を添加して水和物として販売されている。よって、本発明の合成法も水和物を用いて検討している。一方、非水和物を使用してもよい。
【化12】

式(4)
【0030】
例えば、非特許文献2、非特許文献3では、4−(4,6−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルホリニウムクロライド(Cas No.3945-69-5)のアミド化縮合剤としての特徴を、次のように報告している。
(1)水、メタノールのようなプロトン性溶媒中でも活性が高い。
(2)カルボン酸とアミンと等量で反応が進行する。
(3)常圧、室温といった温和な条件で反応が進行する。
(4)反応後も中性付近からpHの急激な変化が起こらない。
(5)毒性、皮膚や目への刺激性が低い。

「非特許文献2」Tetrahedron Letters Volume 40, Issue 8 (1999), Pages 5327-5330
「非特許文献3」Tetrahedron Volume 57(2001), Pages 1551-1558
【0031】
本発明者は、上記の性質に着目して、式(1)で表される末端にアミノ基を持つシラン化合物と、式(2)で表される末端にカルボキシル基を持つホスホリルコリン基含有化合物とのアミド化縮合剤として、DMT−MMを適用した結果、式(3)のホスホリルコリン基含有シラン化合物を、高収率かつ簡便に製造できることを見出した。さらに、製造後も保存時にホスホリルコリン基含有シラン化合物どうしの縮重合がほとんど進行することなく安定な状態を長期間保持できることを見出した。
【0032】
この理由をDMT−MMによるアミド結合の反応機構を示して説明する。本反応は、次式に示すような二段階機構で進行していると考えられる。すなわち、一段階目の反応でカルボン酸がトリアジノ基に付加し、活性エステル中間体を与え、次の二段階目の反応でそのカルボニル基をアミノ基が攻撃して酸アミドを与える。
一連の反応で発生する塩酸は、一段階目の反応で脱離したN−メチルモルホリンによって捕捉されるため、特別な中和剤を加えることなく反応が進行する。またDMT−MMは中性の塩であるが反応後もpHの急激な変化を生じない。このため、特に精製操作やpH調整を行わなくても保存時に前述したようなシランカップリング剤のアルコキシル基の加水分解反応が起こりにくい。その結果、ホスホリルコリン基含有シラン化合物どうしの縮重合がほとんど進行することなく、安定な状態を長期間保持することができる。
【化13】

【化14】

【0033】
本発明の製造方法においては、式(1)のシラン化合物と、式(2)ホスホリルコリン基含有化合物と、アミド化縮合剤は、通常、当モル量を反応溶媒に添加してアミド化縮合反応を行う。
反応溶媒は非プロトン性溶媒でも進行する。しかし、本発明においては、プロトン性溶媒中でアミド化縮合反応を行うことが好ましい。これは、エステル化反応が進行することによる副反応や反応速度が低いという、一般的なアミド化縮合剤を用いた反応を行う時の従来の当業者の技術常識とは異なるものである。
プロトン性溶媒を使用することにより、高収率で、目的の式(3)で表されるホスホリルコリン基含有シラン化合物が製造可能である。さらに、製造後の保存安定性が高いシラン化合物溶液を得ることができる。プロトン性溶媒は、メタノール、エタノールが好ましい。反応温度は0〜50℃で、反応時間は3時間で十分である。
【0034】
本発明の製造方法により得られる式(3)のホスホリルコリン基含有シラン化合物は、表面改質剤として極めて有用である。本発明による反応後の反応液にはDMT−MM由来の分解生成物が不純物として存在する。しかし、反応目的物を表面改質剤として使用する場合は、特に精製する必要はない。すなわち、本反応特有の不純物が存在しても表面処理に問題がない。
そして、従来の特許文献7に開示されている同一化合物と、表面改質剤として、同等の生体適合性、タンパク質吸着抑制、保湿性等の有用な機能を物体表面に付与する能力を有するものである。
すなわち、物質表面に容易に希望する量のホスホリルコリン基を導入して改質するものである。具体的には、水酸基を表面に有している物質の場合、その物質表面の水酸基と式(3)の化合物のSi−OCH3から脱水縮合反応によって化学結合を形成させる。
この化学反応は、ほとんどの有機溶媒中で、10℃から250℃の温度範囲で極めて容易に定量的に進行する。この脱水縮合反応によって化学的、物理的に極めて安定なホスホリルコリン基による表面改質を施すことができる。
なお、物質表面に水酸基が存在しない場合は、式(3)の化合物を揮発性溶媒に溶解させ、その溶液を物質表面に塗布、溶媒を乾燥させる方法が有効である。具体例としては、式(3)の化合物をメタノールに溶解させ、それを物質表面に塗布する。次に、10℃から250℃の温度範囲でメタノールを気化させる。さらに必要に応じて加熱処理を行う。このとき、式(3)の化合物のSi−OCH3どうしが、縮重合反応を起こして、Si−O−Si結合を生成し、物質表面を被覆することが可能である。
メタノールの揮発の際に、このように生成する皮膜は、ほとんどの物質表面に微量に存在する水酸基と所々で結合を生じるために、安定性の良好な表面改質法となる。
式(3)の化合物からなる表面改質剤は、水酸基を持たない物質のみならず、水酸基を有する物質に対しても、極めて有効な表面改質を行うことが可能である。
【実施例】
【0035】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明する。本発明は下記の実施例のみに限定されない。
【0036】
「製造例1:式(2)のカルボキシル基を有するホスホリルコリン誘導体の合成」
200mL三角フラスコに、グリセロホスホリルコリン(CHEMI社製)5g(19.5mmol)を、0.2mol/L塩酸水溶液(和光純薬工業社製)100mLに加えたあと、過マンガン酸カリウム(和光純薬工業社製)9.23g(58.4mmol、3.0mol eq)を加え室温にて2時間攪拌した後、メタノール(試薬特級)50gを加え30分撹拌後、反応液を濾過し、得られたろ液をロータリーエバポレーターで濃縮し溶媒を除去した。無水エタノール(和光純薬工業社製)を加えさらに溶媒を留去して混在する水を除去し、下記式(5)のカルボキシル基を有するホスホリルコリン誘導体を得た。
【化15】

式(5)
【0037】
「製造例2:式(2)のカルボキシル基を有するホスホリルコリン誘導体の合成」
200mL三角フラスコに、イオン交換水70g、アセトニトリル(和光純薬工業社製)30g、グリセロホスホリルコリン(CHEMI社製)5g(19.5mmol)、過ヨウ素酸ナトリウム(和光純薬工業社製)17g(79.7mmol、4.1mol eq)、および3塩化ルテニウム(水和物)(和光純薬工業社製)81mg(0.39mmol、0.02mol eq)を加える。室温にて2時間攪拌した後、濾過し、濾液から溶媒を除去し得られた固形物からメタノール(試薬特級)にて目的物を抽出、続いてメタノール(試薬特級)を除去することによって、上記式(5)のカルボキシル基を有するホスホリルコリン誘導体を得た。
【0038】
製造例1及び製造例2で得られた式(5)の化合物の1H NMRスペクトル(測定装置:JEOL JNM-ECP400、測定溶媒:methanol-d4)を図1に示す。
図1のNMRスペクトルの帰属:δ3.13(s,9H),3.56(m,2H),4.16(d,J=8.3,2H), 4.26(m,2H)
また、製造例1及び製造例2で得られた式(5)の化合物のMassスペクトル(測定装置:JEOL AccuTOF)を図2に示す。なお、図2は、下記式(6)のカルボン酸カリウム塩のカリウムイオン付加体として検出(MW:318)したものである。
【化16】

式(6)
【0039】
「実施例1:式(3)で表されるホスホリルコリン基含有シラン化合物の製造 その1」
200mLフラスコに合成例1で合成したホスホリルコリン誘導体約4.5g(17.5mmol)をメタノール(試薬特級)90gに溶解し、3−アミノプロピルトリメトキシシラン(和光ケミカル社製)2.82g(15.8mmol)を添加した。
次に、室温で撹拌しながら、DMT−MM(国産化学社製、水分含有量約10%)5.91g(19.3mmol)を添加し3時間反応させた。この結果、下記式(7)に示すホスホリルコリン基とケイ素原子の間にアミド結合を有する、目的のホスホリルコリン基含有シラン化合物を含む溶液を得た。
【化17】

式(7)
【0040】
実施例1で得られた式(6)の化合物の1H NMRスペクトル(測定装置:JEOL JNM-ECP400、測定溶媒:methanol-d4)を図3に示す。
図3の1H NMRスペクトルの帰属:δ0.53(m,2H), 1.50(m,2H), 3.10(m,2H), 3.11(s,9H), 3.21(s,9H), 3.55(m,2H), 4.19(m,2H), 4.19(d,J=5.9Hz,2H)
{副生成物:δ2.70(s,3H), 3.06(m,4H), 3.71(m,4H), (3.85(s)+3.87(s),6H)}
また、実施例1で得られた式(7)の化合物のMassスペクトル(測定装置:JEOL AccuTOF)を図4に示す。なお、図4は下記式のプロトン付加体として検出(MW:403)したものである。
【化18】

【0041】
「実施例2:式(3)で表されるホスホリルコリン基含有シラン化合物の製造 その2」
200mLフラスコに合成例2で合成したホスホリルコリン誘導体をメタノール(試薬特級)90gに溶解し、3−アミノプロピルトリメトキシシラン(和光ケミカル社製)2.82g(15.8mmol)を添加した。
次に、室温で撹拌しながら、DMT−MM(国産化学社製、水分含有量約10%)5.91g(19.3mmol)を添加し3時間反応させ、上記式(7)の目的のホスホリルコリン基含有シラン化合物を含む溶液を得た。
【0042】
「比較例1:式(3)で表されるホスホリルコリン基含有シラン化合物の製造 その3」
実施例1で使用したDMT−MM(国産化学社製、水分含有量約10%)5.91g(19.3mmol)の代わりに、EDC(1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩、和光純薬工業社製)3.83g(20mmol)を加えた以外は同様の操作を行ったが、反応は進行せず、上記式(7)の目的のホスホリルコリン基含有シラン化合物は得られなかった。
【0043】
「比較例2:式(3)で表されるホスホリルコリン基含有シラン化合物の製造 その4」 実施例1で使用したDMT−MM(国産化学社製、水分含有量約10%)5.91g(19.3mmol)の代わりに、DIC(ジイソプロピルカルボジイミド、和光純薬工業社製)2.52g(20mmol)を加えた以外は同様の操作を行ったが、反応は進行せず、上記式(7)の目的のホスホリルコリン基含有シラン化合物は得られなかった。
【0044】
「比較例3:式(3)で表されるホスホリルコリン基含有シラン化合物の製造 その5」 実施例1で使用したDMT−MM(国産化学社製、水分含有量約10%)5.91g(19.3mmol)の代わりに、CDI(1,1’−カルボニルジイミダゾール、和光純薬工業社製)3.24g(20mmol)を加えた以外は同様の操作を行ったが、反応は進行せず、上記式(7)の目的のホスホリルコリン基含有シラン化合物は得られなかった。
【0045】
「比較例4:式(3)で表されるホスホリルコリン基含有シラン化合物の製造 その6」
合成例1で合成したホスホリルコリン誘導体3g(12.4mmol)を脱水したメタノール100mLに溶解させ、容器内を乾燥窒素で置換した。次に、3−アミノプロピルトリメトキシシラン2.2g(12.4mmol、和光純薬工業社製)、NHS(N−ヒドロキシスクシンイミド、和光純薬工業社製:反応速度を上げるとともに副反応を抑制するための添加剤)1.4g(12.4mmol)及びEDC(1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩、和光純薬工業社製)2.4g(12.4mmol)を添加し、−10℃で16時間反応させ、上記式(7)の目的のホスホリルコリン基含有シラン化合物を含む溶液を得た。
【0046】
「比較例5:式(3)で表されるホスホリルコリン基含有シラン化合物の製造 その7」
合成例1で合成したホスホリルコリン誘導体約4.5g(17.5mmol)を脱水N,N−ジメチルホルムアミド(和光純薬工業社製)30mLに分散し、塩化チオニル(和光純薬工業社製)10gを氷冷下で添加し、30分間攪拌した。3−アミノプロピルトリメトキシシラン(和光純薬工業社製)3g(16.8mmol)を添加し、4時間攪拌し反応させて、上記式(6)の目的のホスホリルコリン基含有シラン化合物を含む溶液を得た。
【0047】
以上の結果を「表1」にまとめた。









<製造方法による比較>
【表1】

アミド化縮合反応率:1H NMR分析による
製造の難易度:容易◎>○>△>×困難
安定性(1ヵ月後の残存率):29Si NMR分析による
【0048】
以上から、DMT−MMをアミド化縮合剤としてアミド化縮合反応を行うことよって、反応率(%)良く合成できた。
また、製造の難易度も乾燥気流での置換や反応装置の乾燥、高価な無水溶媒の使用など厳密な無水条件下にて合成操作を行う必要がなく簡便に製造でき、スケールアップが容易に可能であった。
さらに、DMT−MMをアミド化縮合剤として使用することによって、目的物を合成した反応終了後も、シラン化合物どうしの脱水縮合反応が進行しにくいので、保存安定性が高いホスホリルコリン基含有シラン化合物を得ることができた。これは表面改質剤(シランカップリング剤)として有用な化合物であり、生体適合性、タンパク質吸着抑制、保湿性などの様々な有用な機能を物体表面に付与することができる。
【0049】
<表面改質剤としての性能>
次に、本発明の製造方法により得られたホスホリルコリン基含有シラン化合物について、その表面改質剤としての性能を評価した。
【0050】
「実施例3」
表面改質したい素材の石英板(1cm×1cm、厚さ1mm)を、実施例1の式(7)の化合物を含むメタノール溶液1mL(実分約8%)に水1mLおよびメタノール5mLを加えた混合液に浸し、80℃、2時間静置した後、一晩乾燥させた。これにより、式(6)の化合物を共有結合により、直接的に石英素材表面に導入した。
これを、ウシ血清アルブミン(BSA)5mg/mLの2−(N−モルホリノ)エタンスルホン酸バッファ5mmol溶液(pH5)5mL中に浸漬、一晩放置後、上澄みのBSA濃度をUV吸収(λ=280nm)により定量した。
【0051】
「実施例4」
実施例3において、実施例1で製造した式(7)の化合物を含む混合液を、実施例2で製造したものに代えた以外は、同様の操作を行った。
【0052】
「比較例6」
実施例3において、実施例1で製造した式(7)の化合物を含む混合液を、比較例4で製造したものに代えた以外は、同様の操作を行った。
【0053】
「比較例7」
実施例3において、実施例1で製造した式(7)の化合物を含む混合液を比較例5で製造したものに代えた以外は、同様の操作を行った。
【0054】
「比較例8」
対照として、式(7)の化合物を導入していない未処理の石英板を用いて同様のBSA吸着実験を行った。
【0055】
上記の結果を図5に示す。この結果から、式(7)の化合物を共有結合により、直接的に石英素材表面に導入して、その表面を改質した石英版は、BSAの吸着量が大幅に低いことが分かる。
さらに、実施例3及び4の結果から分かるように、本発明の製造法によるシラン化合物を使用すると、異なる製造方法による同一のシラン化合物を使用するよりも(比較例6及び7)、BSAの吸着量がより低いことが分かる。
以上より、本発明の製造の方法によれば、優れた表面改質機能を有するホスホリルコリン基含有シラン化合物が得られることが理解出来る。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明はホスホリルコリン基含有シラン化合物を高収率かつ簡便に製造できる製造方法である。本発明の製造方法によれば、優れた表面改質剤を容易に提供することが可能となり、生体適合性、タンパク質吸着抑制、保湿性などの様々な有用な機能を物体表面に付与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】式(5)の化合物の1H NMRスペクトルである。
【図2】式(5)の化合物のMassスペクトルである。
【図3】式(7)の化合物の1H NMRスペクトルである。
【図4】式(7)の化合物のMassスペクトルである。
【図5】BSAの吸着量を比較する図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表される末端にアミノ基を持つシラン化合物と、下記式(2)で表される末端にカルボキシル基を持つホスホリルコリン基含有化合物とを、アミド化縮合剤に4−(4,6−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルホリニウムクロライドを用いてアミド化縮合反応を行うことを特徴とする、下記式(3)で表されるホスホリルコリン基含有シラン化合物の製造方法。
【化1】

式(1)
式(1)中、mは2〜6である。X1、X2、X3は、それぞれ単独に、メトキシ基、エトキシ基である。ただし、X1、X2、X3のうち、2つまではメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基のいずれでも良い。
【化2】

式(2)
式(2)中、nは1〜4である。
【化3】

式(3)
式(3)中、mは2〜6、nは1〜4である。X1、X2、X3は、それぞれ単独に、メトキシ基、エトキシ基である。ただし、X1、X2、X3のうち、2つまではメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基のいずれでも良い。
【請求項2】
請求項1記載の製造方法において、プロトン性溶媒中にてアミド化縮合反応を行うことを特徴とする請求項1記載のホスホリルコリン基含有シラン化合物の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の製造方法において、下記式(2)で表される末端にカルボキシル基を持つホスホリルコリン基含有化合物が、グリセロホスホリルコリンを塩酸と過マンガン酸カリウムによる酸化反応によって製造されることを特徴とする請求項1又は2記載のホスホリルコリン基含有シラン化合物の製造方法。
【化4】

式(2)
式(2)中、nは1〜4である
【請求項4】
請求項1又は2記載の製造方法において、下記式(2)で表される末端にカルボキシル基を持つホスホリルコリン基含有化合物が、グリセロホスホリルコリンを過ヨウ素酸ナトリウムと三塩化ルテニウムによる酸化反応によって製造されることを特徴とする請求項1又は2記載のホスホリルコリン基含有シラン化合物の製造方法。
【化5】

式(2)
式(2)中、nは1〜4である。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−143874(P2008−143874A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−335754(P2006−335754)
【出願日】平成18年12月13日(2006.12.13)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】