説明

ホットプレス用溶融Znめっき鋼板およびホットプレス成形材

【課題】 ホットプレス時における亜鉛の蒸発が抑制され、りん酸塩との処理性および耐食性が高められたホットプレス用溶融Znめっき鋼板を提供する。
【解決手段】 鋼のAc点以上の温度に加熱してプレスされるホットプレス用溶融Znめっき鋼板であって、該溶融Znめっき鋼板は、シラノール基を有するシリコーン樹脂皮膜で被覆されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼のオーステナイト域温度(Ac点)以上まで加熱した後にプレス(加工)することによって高強度および高張力が付与されるホットプレス用の溶融Znめっき鋼板、ホットプレス成形材、および当該温度まで加熱された溶融Znめっき鋼板に関するものである。本発明のホットプレス用溶融Znめっき鋼板は、特に、自動車シャーシ、足回り部品、補強部品等の製造に有用である。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境を守るため、自動車の軽量化によって排ガスを低減すると共に燃費を向上させるための研究が活発に行われている。例えば、薄くても強度が590MPa以上と高い高強度高張力鋼板(ハイテン材)は、車体の軽量化および衝突時の安定性の両方を確保できるため、汎用されている。最近では、側面衝突時の車体の強度を更に高めるため、1000MPa級や1500MPa級の超高強度高張力鋼板(超ハイテン材)の使用が検討されている。しかし、超ハイテン材は、強度が非常に高いため加工性に劣っており、所望の形状にプレスできなかったり、プレス後に変形する等、形状凍結性も充分でなく、遅れ破壊の問題も懸念される。
【0003】
超ハイテン材を使用せずに、高強度の加工部材が得られる技術として、高周波焼き入れ技術やホットプレス技術が挙げられる。このうち、高周波焼き入れ技術は、部品の一部を加熱後焼き入れして硬度を高める方法であるが、部品内部に温度分布が生じて組織が変化し、耐食性が劣化する傾向にある。
【0004】
一方、ホットプレス(ホットスタンプ)技術は、鋼板(ブランク)を高温に加熱して軟化させ、加工成形時に冷却・焼き入れを行う方法であり、これにより、高強度高張力を備え、且つ、形状凍結性にも優れた加工部材(ホットプレス成形材)が得られる。ホットプレス技術は、主に、鋼板をオーステナイト域の温度まで加熱した後、金型で加工しながら急冷する方法と、鋼板を冷延加工した後、加熱して、金型で冷却する方法とに大別される。
【0005】
これまで、ホットプレス用鋼板として、Al系めっき鋼板が多く用いられてきた(例えば、特許文献1)。しかし、Al系めっき鋼板をオーステナイト域まで加熱すると、Feが急速にAlめっき層中に拡散し、硬くて脆いAl−Fe合金層が形成されるため、成形時に粉状に剥離しやすい。剥離した粉は、押し疵の原因となり、金型の寿命を低下させる。このようなAl−Fe合金層は、素地鋼板との密着性を低下させるだけでなく、耐食性などを目的として施される上塗り塗膜との密着性(塗装後密着性)も著しく劣化させるため、耐食性も低下するという問題もある。
【0006】
一方、ホットプレス技術は、前述したように高温で加熱を行うため、加熱時に酸化皮膜(スケール層)が生成する。スケール層が形成されたホットプレス成形材は、耐食性や塗装性に劣っており、プレス加工を行うとスケール層が剥離し、押し疵の原因となる。スケール層を除去するためには、ショットブラストなどを別途施す必要があり、生産性が低下する。
【0007】
特許文献2には、このようなスケール層の発生を抑制するため、溶融Znめっき鋼板をホットプレスに適用して耐食性などを高めたプレス成形品が開示されている。詳細には、特許文献2には、溶融Znめっき鋼板を約550℃から650℃に加熱して合金化処理を行った後、熱間プレスを行う前の約700℃から1000℃の温度で加熱することによって鉄亜鉛固溶相を備えた熱間プレス成形品を製造する方法が記載されている。しかしながら、高温での加熱により、素地鋼板との密着性に劣るZnOが鋼板の表面を厚く覆うように形成され、鋼板から容易に剥離する。その結果、プレス作業性および生産性が低下し、金型寿命が短くなり、塗装性も劣化するなどの弊害を招く。また、特許文献2のように、溶融Znめっき鋼板をホットプレスに適用すると、Znが蒸発してめっき層が劣化するという問題も新たに生じる。ホットプレス技術では、鋼のAc3点以上の温度まで鋼板を加熱して高強度化を図っているが、この温度域は、Znの沸点域(大気圧下では907℃)と、ほぼ合致するためである。
【0008】
特許文献3および4は、Znの蒸発を防止し、亜鉛揮発抑制性(耐亜鉛揮発性)に優れたホットプレス用の溶融Znめっき鋼板に関する技術である。
【0009】
特許文献3では、Znの蒸発を防止するZnOのバリア層を溶融Znめっき鋼板の表面に形成しているが、バリア層だけでは、融雪塩のような塩水環境下での塗膜密着性を充分高められない。
【0010】
特許文献4には、Znめっき層中にZnよりも酸化し易い元素(易酸化性元素)を添加し、ホットプレス時にこれらの酸化物層を形成させることによってZnの蒸発を防ぐ技術が開示されている。しかしながら、上記酸化物層は、表面に均一に形成されるため、不活性であり、その上に施されるりん酸塩などの上塗り塗膜との密着性(塗装後密着性またはりん酸塩処理性と呼ばれる。)が低下し、その結果、塗装後の耐食性が劣化する。
【0011】
一方、耐熱性や耐汚染性に優れた表面処理金属板として、シリコーン樹脂皮膜が表面に被覆された金属板が提案されている(例えば、特許文献5から特許文献7)。しかしながら、これらの特許文献には、せいぜい、300℃から400℃程度の耐熱性が要求される用途に適用される金属板が開示されているに過ぎず、ホットプレス技術のように、約850℃から950℃の極めて高温に加熱されることは全く意図していない。
【0012】
特許文献5には、複合酸化物皮膜とストレートシリコーン樹脂皮膜とを備えた、高温での耐熱性および耐疵付き性に優れたが亜鉛系めっき鋼板が開示されている。このような樹脂皮膜は、ストレートシリコーン樹脂を主体とする塗料を亜鉛系めっき鋼板の表面に塗布し、加熱して乾燥することによって形成されるが、樹脂皮膜の焼付温度は、80〜300℃の範囲に設定されている。その理由として、300℃超では樹脂皮膜の硬化が進み過ぎ、ストレートシリコーン樹脂中の有機基が分解、揮発し、耐疵付き性に劣るため、好ましくないことが記載されている。
【0013】
特許文献6は、300〜500℃の温度域においても優れた耐熱性を呈し、加工性も兼ね備えたプレコート鋼板に関する技術である。詳細には、特許文献6には、シラノール基またはエトキシ基を含むメチルシリコーン樹脂と、シラノール基またはエトキシ基を含むメチルフェニルシリコーン樹脂との複合樹脂塗膜が形成された塗装鋼板が開示されている。このような樹脂塗膜は、上記の樹脂を含む塗料を下地鋼板に塗布し、最高到達温度180〜300℃で焼き付けることによって形成される。その理由として、300℃を超える加熱温度では、塗膜の架橋密度が高くなりすぎ、加工密着性が低下する傾向が見られることが記載されている。
【0014】
特許文献7には、所定のシリコーン樹脂皮膜を備えた表面処理金属板が開示されている。ここでは、強固なシラノール結合によって耐汚染性を、Si−O−CH結合などによって密着性の向上を図っており、このような樹脂皮膜は、所定のシリコーン樹脂を塗布し、室温から、最大で、約200℃の温度で乾燥することによって形成される。
【特許文献1】特開2003−82436号公報
【特許文献2】特開2003−126921号公報
【特許文献3】特開2003−73774号公報
【特許文献4】特開2004−270029号公報
【特許文献5】特開2002−80978号公報
【特許文献6】特開2002−307606号公報
【特許文献7】特開平9−38572号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
前述したように、耐食性に優れた溶融Znめっき鋼板をホットプレス工程に適用して高強度高張力鋼板を製造する技術は、これまでにも提案されているが、得られた鋼板は、Znの蒸発を充分に防止できず、加熱によって生成したZnO等が容易に剥離してしまうため、りん酸塩などとの塗装後密着性に劣り、塗装後耐食性が不充分であった。
【0016】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、ホットプレス時における亜鉛の蒸発が抑制され、りん酸塩などの上塗り塗膜との処理性および耐食性が高められたホットプレス用溶融Znめっき鋼板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明のホットプレス用溶融Znめっき鋼板は、鋼のAc点以上の温度に加熱してプレスされるホットプレス用溶融Znめっき鋼板であって、該溶融Znめっき鋼板は、シラノール基を有するシリコーン樹脂皮膜で被覆されていることに要旨を有している。
【0018】
好ましい実施形態において、前記シリコーン樹脂皮膜は、乾燥後の皮膜付着量で、0.3g/m以上2.0g/m以下の範囲内である。
【0019】
上記のホットプレス用溶融Znめっき鋼板をAc点以上の温度に加熱し、プレスして得られるホットプレス成形材も、本発明の範囲内に包含される。
【0020】
本発明の溶融Znめっき鋼板は、鋼のAc点以上の温度に加熱された溶融Znめっき鋼板であって、該溶融Znめっき鋼板は、SiO、SiOH、およびZnOを含有する皮膜で被覆されていることに要旨を有している。
【発明の効果】
【0021】
本発明のホットプレス用溶融Znめっき鋼板は、上記のように構成されているため、ホットプレス工程においてAc3点以上の温度まで鋼板を加熱しても、溶融Znめっき層のZnの蒸発が抑制され、素地や上塗り塗膜との密着性および耐食性が著しく高められる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明者は、ホットプレス技術によって高強度高張力を備えた溶融Znめっき鋼板を製造するに当たり、前述した従来の問題点(主に、加熱時におけるZnの蒸発と、それに伴う素地鋼板との密着性の低下、およびりん酸塩下地層などを含む上塗り塗膜を更に施した場合における上塗り塗膜との密着性の低下と、それに伴う耐食性の低下)を解決するため、特に、皮膜側に着目して検討してきた。その結果、シラノール基を含有するシリコーン樹脂の皮膜を溶融Znめっき鋼板の表面に形成すれば、所期の目的をすべて解決できることを見出し、本発明を完成した。
【0023】
このように、本発明のホットプレス用溶融Znめっき鋼板は、シラノール基含有シリコーン樹脂の皮膜で表面が被覆されていることに最大の特徴がある。
【0024】
シリコーン樹脂は、アルキル基、アルケニル基、フェニル基などの有機基を有するケイ素が酸素と交互に結合した結合部分を骨格に有している。シリコーン樹脂は、耐熱性、耐水性、電気絶縁性などに優れているため、電気絶縁剤として用いられるほか、塗料用としてエポキシ系樹脂、ポリウレタン樹脂、アクリル樹脂などとともに併用されている。また、シリコーン樹脂は、耐汚染性、水中防汚性などに優れていることも知られている。
【0025】
このようなシリコーン樹脂の特性を利用して、これまで、前述した特許文献5から特許文献7などを始めとして多くのシリコーン樹脂皮膜が施された金属板が提案されている。しかしながら、従来のシリコーン樹脂被覆金属板は、いずれも、最高で、約300℃から400℃程度における耐熱性が要求される家電製品などに適用されているに過ぎず、本発明のように、鋼のAc点以上に加熱されるホットプレス技術に適用された例はなかった。例えば、前述した特許文献6および特許文献7は、シラノール基を含むシリコーン樹脂が被覆された金属板の技術に関するものであるが、加熱温度が高くなると塗膜の硬度が高くなって密着性が低下するなどの理由により、加熱温度は、最大でも300℃程度に制限されている。シラノール基は、加熱によって脱水縮合し、シロキサン結合を有する不溶性の硬化物が得られることが知られている。上記の技術は、「シラノール基の脱水縮合反応によって得られるシロキサン結合の結合エネルギーは高く、変色しない」などの特性を利用したものであって、シラノール基含有樹脂皮膜が硬度などの向上に寄与することは記載されているが、密着性については、むしろ、悪影響を及ぼすことが示唆されている。
【0026】
ところが、本発明者の検討結果によると、意外にも、シラノール基含有シリコーン樹脂皮膜が被覆された溶融Znめっき鋼板を、ホットプレス工程においてAc3点以上の温度に加熱すると、溶融Znめっき層のZnの蒸発が抑制され、素地や上塗り塗膜との密着性および耐食性が向上することが明らかになった。特に、上記のシラノール基含有シリコーン樹脂皮膜の厚さを適切に制御することにより、ホットプレス技術を利用した従来の高強度高張力鋼板では、実現が困難であった、耐亜鉛揮発性、上塗り塗膜との密着性(りん酸塩などとの処理性)および耐食性の特性をすべて高めることできた。本発明者による上記知見は、従来のシリコーン樹脂皮膜塗装鋼板からは想到し得ないものであると思料される。
【0027】
このようにシラノール基含有シリコーン樹脂を用いることにより、これらの特性が高められる理由は、詳細には不明であるが、上記樹脂の皮膜が被覆された溶融Znめっき鋼板をAc3点以上の温度まで加熱することにより、Znの蒸発防止および密着性向上に有用な層(保護皮膜)がZnめっき層の上に生成されるためと考えられる。
【0028】
繰り返し述べるように、ホットプレス技術では、鋼母材のAc3点以上の温度まで加熱するが、この温度域はZnの沸点(大気圧下では907℃)近傍であるため、Znが蒸発してめっき層が劣化してしまう。しかし、本発明では、シラノール基含有シリコーン樹脂皮膜がZnめっき層に被覆されているため、上記樹脂皮膜を前述した温度域まで加熱すると、後に図1から図3を用いて詳しく説明するように、シラノール基が溶融Znめっき層と反応し、シラノール基由来のOHに由来して生成されたSiOHと、加熱によって生成されたSiOとを含む樹脂皮膜(以下、加熱前のシラノール基含有シリコーン樹脂皮膜と区別するため、便宜上、「保護皮膜」と呼ぶ場合がある。)が、Znめっき層の上に薄く形成され、Znの蒸発を防ぐことができた。また、Znめっき層の酸化を最表面でとどめることができた。さらに、上記保護皮膜は、めっき層や、ホットプレス後に必要に応じて施される上塗り塗膜との密着性も良好であり、優れた耐食性を発揮することが分かった(後記する実施例を参照)。このうちSiOはZnの蒸発防止に寄与し、SiOHはZnめっき層との密着性向上に寄与していると考えられる。
【0029】
これに対し、シラノール基以外の有機基を含むシリコーン樹脂や、官能基を含まないシリコーン樹脂を用いて同様に加熱を行った場合には、前述した保護膜は得られなかった。後記する図4から図6を用いて詳しく説明するように、Znめっき層の上に、SiOは生成するが、シラノール基由来のOHがないためにSiOHは生成されない。そのため、耐亜鉛揮発性は優れているものの、樹脂皮膜とりん酸塩皮膜との密着性(りん酸塩処理性)が低下し、耐食性が低下した(後記する実施例を参照)。
【0030】
本発明には、Ac点以上の温度で加熱される前のホットプレス用溶融Znめっき鋼板と、Ac点以上の温度で加熱された後の溶融Znめっき鋼板との両方が包含される。説明の便宜上、前者の鋼板を「加熱前鋼板」と呼び、後者の鋼板を「加熱後鋼板」と呼ぶ場合がある。以下に詳述するとおり、加熱前鋼板と加熱後鋼板とは、Znめっき層の上に形成される皮膜の構成が相違しており、加熱前鋼板の場合は、シラノール基含有シリコーン樹脂皮膜が形成されているのに対し、加熱後鋼板の場合は、SiO、SiOH、およびZnOを含む保護皮膜が形成されている点で相違している。
【0031】
まず、本発明のホットプレス用溶融Znめっき鋼板(加熱前鋼板)について説明する。
【0032】
加熱前鋼板は、Znめっき層の上にシラノール基含有シリコーン樹脂皮膜が薄く被覆されている。このような樹脂皮膜は、後に詳しく説明するように、シラノール基含有シリコーン樹脂を含有する塗料を溶融Znめっき層の上に塗布し、おおむね、150℃から250℃に加熱することによって得られる。上記樹脂皮膜中には、SiOおよびSiOHは含まれていないため、当該加熱鋼板に対し、ホットプレス工程を施さずに直接りん酸塩処理を行うと、りん酸塩処理性が低下し、所望の耐食性が得られない。
【0033】
本発明に用いられるシラノール基含有シリコーン樹脂は、乾燥後の付着量で、0.3g/m以上2.0g/m以下の範囲内であることが好ましい。後記する実施例に示すように、乾燥後の皮膜付着量が0.3g/m以を下回ると、SiOによるZn蒸発抑制作用が充分発揮されず、ホットプレス後にりん酸塩皮膜を施した後の塗装後耐食性が低下する。一方、乾燥後の皮膜付着量が2.0g/mを超えると、SiOHの含有量が少なくなり、りん酸塩処理性が低下するため、塗装後耐食性も低下する。
【0034】
次に、Ac点以上の温度まで加熱した後の溶融Znめっき鋼板(加熱後鋼板)について説明する。
【0035】
加熱後鋼板では、SiO、SiOH、およびZnOを含有する保護皮膜がZnめっき層の表面に薄く形成されている。
【0036】
以下、図1から図3を用いて、本発明によって上記の保護薄膜が形成されていることを説明する。
【0037】
図1は、後記する実施例に用いた本発明例の試料7(シラノール基含有シリコーン樹脂皮膜で被覆された溶融Znめっき鋼板を900℃で1分間加熱したもの、りん酸塩処理は施されていない)をAES(オージエ電子分光計)で分析結果した結果を示す写真であり、図2は、図1と同一部分の断面をEDS(エネルギー分散型X線検出器)によって分析した結果を示す写真(倍率:1000倍)である。AESによる分析は、PERKIN ELMER社製PH670の装置を用いて定性分析を行い、検出された元素を深さ方向に測定して行った。EDSによる分析は、ZEISS社製SUPRA35の装置を用いて定性分析を行い、簡位定量を行った。図3に、図1と同一部分をFT−IR(フーリエ変換赤外分光光度計)によって分析した結果を示す。FT−IRによる分析方法は、SiOHなどの特定の官能基を含む試料の分析に有用であり、AES分析では検出できなかったSiOHを検出することができる。具体的には、日本分光(JASCO)製FT−IR−4600の装置を用い、大気焼鈍後の皮膜をスパテラで採取し、KBr錠剤法によって測定した。測定条件は、以下のとおりである。
分解能:4cm−1
積算回数:512回
【0038】
図3に示すように、3450cm−1付近にSi−OH結合のO−H間の伸縮振動の強い吸収と、1090cm−1付近にシロキサンのSi−O−Siの伸縮振動の強い吸収とが見られた。
【0039】
図1から図3より、シラノール基含有シリコーン樹脂皮膜をホットプレス工程に付して焼鈍を行うと、Znめっき層の上には、SiO(図1から図3)およびSiOH(図3)を含む保護皮膜が薄く形成され、当該保護皮膜を突き破るようにしてZnOが観察された(図1から図3)。SiOH中のOHは、シラノール基由来のOHと考えられる。なお、上記の保護膜には、溶融Znめっき層の形成に用いたAlは検出されなかった(図1を参照)。
【0040】
上記の例では、ZnOが形成されている。ZnOの作用は、詳細には不明であるが、後に施されるりん酸塩との反応性を促進し、りん酸塩処理性を向上させるほか、Alが界面に濃化(凝集)し、Znめっき層との密着性低下を防止すると考えられる。
【0041】
これに対し、シラノール基を含有しないシリコーン樹脂皮膜をホットプレス工程に付して焼鈍を行っても、図1から図3に示すような、SiOとSiOHとを含む薄膜は得られなかったことを実験によって確認している。
【0042】
図4は、図1から図3に用いた本発明例の試料7について、後記する実施例に示すように、大気焼鈍後にりん酸塩処理を行った塗膜の表面外観を示す写真(倍率:1500倍)である。比較のため、後記する実施例の試料19(溶融Znめっき鋼板まま鋼板、GI)および試料20(合金化溶融Znめっき鋼板まま鋼板、GA)について、大気焼鈍後にりん酸塩処理を行った塗膜の表面外観を示す写真(倍率:1500倍)を、それぞれ、図5および図6に示す。
【0043】
図4と、図5および図6とを対比すると明らかなように、本発明例のようにシラノール基含有シリコーン樹脂皮膜が形成された溶融Znめっき鋼板をホットプレス工程に付した後、りん酸塩処理を行った場合には、緻密な皮膜が形成されている(図4を参照)のに対し、このような樹脂皮膜および上塗り塗膜が形成されていないGIまたはGAに対し、同様の処理を行った場合には皮膜の剥離が見られた(図5および図6)。
【0044】
以上の実験結果を勘案すると、シリコーン樹脂としてシラノール基を含む樹脂を用いた場合には、ホットプレス工程を施すことにより、Znの蒸発を防止でき、Znめっき層、更には上塗り塗膜との密着性に優れた保護皮膜がZnめっき層の上に形成されるため、耐亜鉛揮発性、りん酸塩処理性、および塗装後耐食性がすべて高められると思料される。
【0045】
本発明に用いられるシリコーン樹脂は、末端に官能基としてシラノール基を有しているものであれば特に限定されない。例えば、シリコーン樹脂としては、他の有機樹脂との変性が行われていないストレートシリコーン樹脂、および変性シリコーン樹脂の両方を用いることが可能である。変性シリコーン樹脂は、加熱時に、変性した有機樹脂成分が熱分解し、変色して発煙の原因となり得ることを考慮すると、ストレートシリコーン樹脂の使用が好ましい。また、シラノール基を有している限り、本発明の作用を損なわない範囲で、他の有機基を含んでいてもよい。
【0046】
本発明に用いられるシラノール基含有シリコーン樹脂は、市販品を用いることもできる。例えば、信越化学工業株式会社製の「KR−300」、「KR−311」などを使用することができる。これらは、単独で使用しても良いし、併用しても良い。
【0047】
本発明に用いられる溶融Znめっき鋼板は、合金化されていない溶融Znめっき鋼板(非合金化溶融Znめっき鋼板)と合金化溶融Znめっき鋼板との両方を含む。非合金化溶融Znめっき鋼板および合金化溶融Znめっき鋼板のいずれの場合においても、溶融Znめっき層のZn付着量は、おおむね、30g/m2以上であることが好ましく、45g/m2以上であることがより好ましい。これにより、例えば、自動車用途に用いたときに要求される高度の耐食性を確保することができる。
【0048】
素地の鋼母材としては、ホットプレス用に用いられる鋼板であれば特に限定されないが、ホットプレス時の加熱および急冷により、高強度高張力となり得る公知の焼き入れ鋼が好ましい。例えば、C:0.1〜0.4質量%、Mn:0.3〜2質量%、Si:1.0質量%以下、Al:0.2質量%以下、P:0.03質量%以下、S:0.03質量%以下、Ti:0.03質量%以下、残部:Feおよび不可避不純物の鋼が挙げられる。上記の鋼は、焼き入れ鋼に積極的に添加される公知の元素を更に含んでいてもよい。
【0049】
溶融Znめっきの条件は特に限定されず、通常のZn−Alめっき浴を用いて公知の条件で行えばよい。Feとの合金化の条件も特に限定されず、例えばガス加熱炉や誘導加熱炉を用いて公知の条件で合金化処理を行えばよい。
【0050】
次に、本発明のホットプレス用溶融Znめっき鋼板(加熱前鋼板)を製造する方法を説明する。上記の加熱前鋼板は、シラノール基含有シリコーン樹脂を含む塗料を公知のコーティング手段を用いて上記の溶融Znめっき鋼板の上に塗布し、乾燥することによって得られる。塗料形態としては、有機溶剤を媒体とする溶液型、水媒体のエマルジョン型、無溶剤型のいずれでもよいが、環境的にはエマルジョン型や無溶剤型が望ましい。コーティング後は、媒体に応じて乾燥を行えばよく、例えば、乾燥型焼付け炉を用いる場合は、おおむね、100℃から250℃の範囲で加熱して乾燥することが好ましい。上記の塗料には、必要に応じて、シリコーン樹脂含有塗料の調製に通常添加される添加剤(触媒、硬化剤など)も含まれる。
【0051】
本発明のホットプレス用溶融Znめっき鋼板は、鋼母材のAc3点以上(オーステナイト変態温度以上)の温度に加熱された後、金型で急冷されながら加工される。具体的には、例えば、800℃から1000℃の温度で、おおむね、1分間から3分間加熱する。加工後には、耐食性の更なる向上を目的として、りん酸塩処理等の下地処理が施され、さらに上塗り塗膜が電着塗装法等で形成されて、製品化される。
【実施例】
【0052】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。なお、以下の実施例における「%」は、特に断らない限り、「質量%」を意味する。
【0053】
(試料の作製)
厚さ0.6mmの焼入れ鋼(C:0.20%、Mn:1.2%、Si:0.1%、Al;0.03%、S:0.01%、P:0.01%、Ti:0.01%、残部Fe)の表面に、溶融めっき法によってZnめっき層を施した(付着量60/60g/m)。Znめっき層には、0.4質量%のAlが含まれている。
【0054】
次に、表1に示すAからJの樹脂を上記溶融Znめっき層の上に、バーコート法で表1に示した付着量となるように塗工し、220℃で60秒乾燥することにより、試料1から試料18の鋼板を作製した。表1に示す樹脂の詳細は、以下のとおりである。
A:信越化学工業株式会社製KR−300(シラノール基含有シリコーン樹脂)
B:信越化学工業株式会社製KR−311(シラノール基含有シリコーン樹脂
C:信越化学工業株式会社製X−40−2308(メトキシ基含有シリコーン樹脂)
D:信越化学工業株式会社製KR213(メトキシ基含有シリコーン樹脂)
E:ガンマーケミカル株式会社製ガンマー#1100グレー(シリコーン樹脂)
F:ガンマーケミカル株式会社製ガンマー#900グレー(シリコーン樹脂)
G:東レ・ダウコーニング株式会社製SR2410(シリコーン樹脂)
H:東レ・ダウコーニング株式会社製SR2306(シリコーン樹脂)
I:東レ・ダウコーニング株式会社製SR2316(シリコーン樹脂)
J:東レシリコン株式会社製SH997(シランカップリング剤)
【0055】
次に、このようにして樹脂皮膜が形成された試料を900℃で1分、大気下で加熱した後、電着塗装用下地処理として、日本パーカライジング社製の「パルボンドL3020」を用いて通常のりん酸塩処理を行い、その後、エポキシ樹脂系の電着塗料「パワーニックス1100」:日本ペイント社製)を用いて200Vの通電下で電着し、150℃で20分焼き付けることにより、厚さ20μmの上塗り塗膜を形成した。
【0056】
このようにして樹脂皮膜および上塗り塗膜が形成された試料1から18について、以下の試験を行った。
【0057】
比較のため、樹脂皮膜および上塗り塗膜が被覆されていない表1に示す試料19および20を用い、同様の試験を行った。試料19は、溶融Znめっき鋼板(GI、付着量60/60g/m)である。試料20は、GIに対し、600℃で30秒の合金化処理を行った合金化溶融Znめっき鋼板(GA、付着量60/60g/m)である。
【0058】
(りん酸塩処理性およびSDT(ソルトディップテスト)試験)
りん酸塩処理が適切に行われたかどうかを調べるため、樹脂皮膜とりん酸塩との密着性を以下のようにして調べた。
【0059】
まず、上塗り塗膜側からカッターナイフでクロスカットを入れた(荷重500g)試料を、55℃、5%塩化ナトリウム水溶液中に10日間浸漬した(SDT試験)。その後、試料を取り出し、クロスカット上に手でニチバン製テープ(品番:「CT405A−24」)を貼付してすぐに剥がした。
【0060】
りん酸塩処理性の評価は、クロスカットからの塗膜の剥離幅が4mmを超えた場合を×、4mm以下を○とした。
【0061】
(塗装後耐食性)
JIS−M609の複合サイクル試験(1サイクル:35℃、5%塩水中に2時間浸漬→60℃で4時間乾燥→50℃、相対湿度95%で2時間湿潤)を180サイクル行い、クロスカットからの片側最大膨れ幅を測定することによって、噴霧→乾燥→湿潤のサイクル耐食性(CCT耐食性)を評価した。
【0062】
耐食性の評価は、最大膨れ幅が4mm未満を◎、4mm〜6mm未満を○、6mm以上を×とした。
【0063】
(耐亜鉛揮発性)
りん酸塩処理が行われる前の樹脂皮膜が施された試料について、ICP(セイコー電子製の高周波プラズマ発光分析装置)でZnの付着量を測定した。耐亜鉛揮発性は、樹脂皮膜が被覆される前のZn付着量(60g/m)に比べ、Znが50%以上残存している場合を○、50%未満を×と評価した。
【0064】
これらの結果を表1に併記する。
【0065】
【表1】

【0066】
試料1から3、6から8は、いずれも、本発明の要件を満足する本発明例であり、りん酸塩処理性、塗装後耐食性、および耐亜鉛揮発抑制性のすべてに優れている。
【0067】
これに対し、試料4から5、9から20は、本発明の要件を満足しない比較例であり、以下の不具合を有している。
【0068】
試料19および20は、樹脂皮膜および上塗り塗膜が被覆されていない例であり、すべての特性に劣っている。
【0069】
試料4および10は、シラノール基含有シリコーン樹脂皮膜中のSiO含有量が少ないため、耐亜鉛揮発抑制性が低下した。試料5および9は、シラノール基含有シリコーン樹脂皮膜中のSiO含有量が多いため、りん酸塩処理性および塗装後耐食性が低下した。
【0070】
試料11および12は、メトキシ基を含有するシリコーン樹脂の皮膜が形成された比較例であり、りん酸塩処理性が低下した。試料12では、塗装後耐食性も更に低下したが、これは、試料12は、試料11に比べて皮膜付着量が多く、電着塗膜との密着性が劣化したためと考えられる。
【0071】
試料13から17は、いずれも、官能基を含まないシリコーン樹脂の皮膜が形成された比較例であり、りん酸塩処理性が低下したほか、試料によっては、塗装後耐食性も更に低下した。
【0072】
試料18は、シランカップリング剤を用いて樹脂皮膜を形成した例であり、すべての特性が低下した。
【0073】
図7から図9は、試料7(本発明例)、試料19(GIまま)および試料20(GAまま)について、上記のようにしてSDT試験を行った塗膜の写真である。図7と、図8および図9とを対比すると明らかなように、本発明の要件を満足する試料7は、皮膜の剥離が殆ど見られなかった(図7を参照)のに対し、従来のGIまま鋼板およびGAまま鋼板では、皮膜の剥離が観察された(図8および図9を参照)。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】図1は、実施例に用いた本発明例の試料7(900℃で1分加熱)をAESで分析した結果を示す写真である。
【図2】図2は、図1と同一部分の断面をEDSによって分析した写真である。
【図3】図3は、図1と同一部分をFT−IRによって分析したチャート図である。
【図4】図4は、本発明例の試料7について、大気焼鈍後にりん酸塩処理を行った塗膜の表面を示す写真である。
【図5】図5は、試料19(溶融Znめっき鋼板まま鋼板)について、大気焼鈍後にりん酸塩処理を行った塗膜の表面を示す写真である。
【図6】図6は、試料20(合金化溶融Znめっき鋼板まま鋼板)について、大気焼鈍後にりん酸塩処理を行った塗膜の表面を示す写真である。
【図7】図7は、本発明例の試料7について、SDT試験を行った後の写真である。
【図8】図8は、試料19(溶融Znめっき鋼板まま鋼板)について、SDT試験を行った塗膜の写真である。
【図9】図9は、試料20(合金化溶融Znめっき鋼板まま鋼板)について、SDT試験を行った塗膜の写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼のAc点以上の温度に加熱してプレスされるホットプレス用溶融Znめっき鋼板であって、該溶融Znめっき鋼板は、シラノール基を有するシリコーン樹脂皮膜で被覆されていることを特徴とするホットプレス用溶融Znめっき鋼板。
【請求項2】
前記シリコーン樹脂皮膜は、乾燥後の皮膜付着量で、0.3g/m以上2.0g/m以下の範囲である請求項1に記載のホットプレス用溶融Znめっき鋼板。
【請求項3】
請求項1または2に記載のホットプレス用溶融Znめっき鋼板をAc点以上の温度に加熱し、プレスして得られるホットプレス成形材。
【請求項4】
鋼のAc点以上の温度に加熱された溶融Znめっき鋼板であって、
該溶融Znめっき鋼板は、SiO、SiOH、およびZnOを含有する皮膜で被覆されていることを特徴とする溶融Znめっき鋼板。

【図2】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−63578(P2007−63578A)
【公開日】平成19年3月15日(2007.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−247444(P2005−247444)
【出願日】平成17年8月29日(2005.8.29)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】