ホルモン適応反応を阻止するためのmTOR遮断
本発明の一つの実施態様は、mTOR阻害剤、例えば、ファルネシルチオサリチル酸(FTS)の用法であって、ホルモン反応性ガンのホルモン剥奪治療の際に生ずるホルモン適応性反応を阻止するための用法に向けられる。
【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
<米国政府の権利>
本発明は、米国政府の援助の下、国立衛生研究所によって付与された研究助成金Grant No. R01 65622, P30-CA 44579, R01 84456およびR01 DK52753によって為された。米国政府は、本発明において相当の権利を有する。
【0002】
<関連出願>
本出願は、35USC(米国特許法)119(e)条に基づき、2003年8月22日出願の米国特許出願仮番号第60/497,067号の優先権を主張する。なお、この特許出願の開示を引用することにより本出願に含める。
【0003】
<背景>
臨床的および生化学的データから、ヒト乳ガン症例の3分の1はホルモン依存性であるという証拠が示されている。エストロゲンは、これらの腫瘍に対して主要な分裂促進因子であり、エストラジオールの剥奪が、乳ガンを患う患者に対する一般的治療となっている。剥奪は、卵巣除去、アロマターゼ(エストロゲン合成)阻害剤と呼ばれる薬剤、および「GnRH super-agoninst(超協調作動体)類縁体と呼ばれる化合物の使用によって実現される。しかしながら、臨床観察から、乳ガン細胞は、エストラジオールに対する感受性を強化することによって、エストラジオールの低レベル状態に適応可能であることが明らかにされている。具体的に言うと、エストラジオールの急性剥奪の前には、腫瘍の増殖を刺激するのに200 pg/mlのエストラジオールが必要とされるのに対し、適応の12-18ヶ月後には、腫瘍増殖を招くのに10-15 pg/mlで十分となる。
【0004】
培養乳ガン細胞を研究することによって、野生型MCF-7細胞をエストロゲン無添加培地で長期に渡って培養すると、細胞は最初は増殖を止めるが、数ヵ月後、細胞は適応して、エストラジオールで最大限刺激された野生型MCF-7と同程度に急速に増殖することが示された。これらの適応培養細胞は、LTED(long-term estrogen deprivation、エストロゲン長期剥奪)細胞と名づけられているが、ホルモン適応に関連する過程を研究するのに用いられている。
【0005】
ホルモン依存性乳ガン細胞の増殖刺激においては、MAPキナーゼ(MAPK)経路が重要な役割を果たしていると考えられており、そのアップレギュレーション(up-regulation)が、インビトロのLTED細胞や、ヌードマウスに対するLTEDの異種移植片において(活性化MAPKレベルを検出することによって)直接測定されている。MAPキナーゼ経路は、サイクリンと呼ばれる細胞周期関連タンパクのレベルを上げることによって細胞の増殖を刺激する。活性化MAPKはさらに、LTED細胞における増殖強化でもその関与が予想されている。なぜなら、PD98059またはU0126のようなMAPK阻害剤が、処理されたチミジンのDNAへの取り込みを阻止するからである。これらのデータは、活性化MAPKの増大が、適応的感度亢進過程に関与していることを示唆する。
【0006】
MAPキナーゼに加えてさらに、または、それと平行して、PI3キナーゼ経路も、増殖の介在因子として益々注目を集めている。PI3キナーゼは、Aktをリン酸化し、活性化するが、これは細胞の生存性を高める。またPI3キナーゼは、P70-S6キナーゼおよび4-E-BP-1(PHAS-1とも呼ばれる)が関与する二つの工程を通じて細胞増殖を刺激する。さらに、Aktは、結節硬化症複合体2(TSC2)をリン酸化し、これは、TSC1/2複合体の、Rhebに対する抑制作用を遮断し、mTORの活性化をもたらす。mTORは、セリン/トレオニンタンパクキナーゼであるが、タンパク合成を調節するシグナル伝達経路における中心的要素である。p70 S6KおよびPHAS-I(別名4EBP1)は、mTORの、もっともその特徴がよく解明されたエフェクターである。主要なリボソームタンパクS6キナーゼであるp70 S6Kは、mTORによってリン酸化され、活性化される。PHAS-Iは、mRNAのキャップ結合タンパクであるeIF4Eに結合し、eIF4EとeIF4Gとの相互作用を阻止し、キャップ依存性の翻訳を抑制する。増殖因子刺激に応じてmTOR依存性にリン酸化されると、PHAS-IはeIF4Eから解離し、キャップ依存性翻訳の増加をもたらす。
【0007】
RASは、MAPキナーゼ経路、およびPI3キナーゼ経路両方に対し、決定的に重要な修飾因子であり、従ってこれまでガン治療のための薬剤開発の焦点であった。いくつかの研究によって、一つの化合物、ファルネシルチオサリチル酸(FTS)が調べられてきた。これは、GTP-Rasの、原形質膜アクセプタータンパク、ガレクチン1に対する結合を抑制し、Ras分解の増大を招く。開発の際に、RAS突然変異の活性化を含む腫瘍の治療について、FTSが、インビボおよびインビトロで試験されてきた。そのような腫瘍としては悪性のメラノーマと膵臓ガンが含まれる。研究によって、インビトロの組織培養でも細胞増殖を遮断し、同様に、インビボでも腫瘍増殖を抑制することが示された。この薬剤は無害で、腫瘍の抑制に必要な用量において動物の体重減少をもたらさない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の一つの局面は、乳ガンの治療、および、ホルモン療法に対する耐性の発達の阻止のための、FTSの用法に関する。さらに具体的に言うと、本出願者等は、FTSは、mTOR活性を阻止するという従来知られなかった能力を持つことを発見し、この活性に気付いたことが、ホルモン反応性のガンに対するホルモン療法における適応反応を抑制するための、ここに提案されるFTSの用法をもたらしたのである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
<本発明の各種実施態様の要約>
本発明の一つの局面は、哺乳類の酵素mTORの強力な遮断剤である、下の一般的構造を持つ化合物の用法に関する、すなわち、
(式中、XはNH、O、SO、SO2、またはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;R2はCOOHである)。このようなmTOR阻害剤を含む組成物も、一つの実施態様では、乳ガンおよびその他のホルモン反応性ガンを治療する薬剤として使用することが可能である。乳ガンは、ホルモン依存性腫瘍であり、初期には、エストロゲンの合成や作用の遮断に反応するが、後になって、このような治療策に対して耐性を養成する。ホルモン耐性の発達は、mTOR介在性の事象のアップレギュレーションを含むと考えられており、本出願者等は、本出願において、FTS、およびその他のmTOR活性の阻害剤が、ホルモン剥奪療法に対する耐性を阻止する点で、重要、かつ極めて効果的な手段を提供するものであることを提案する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
<定義>
本発明を説明し、その特許権を主張するに際し、下記の用語は、下に記載される定義に従って使用される。
【0011】
本出願で用いられる「精製された」という用語、および類似の用語は、ある分子または化合物において、天然の環境では通常その分子または化合物に付随するその他の成分に対して、相対的に、その分子または化合物が濃縮されることに関する。この「精製された」という用語は、その過程において、その特定の分子の完全な純化が達成されたことを必ずしも示さない。本出願で用いられる「高度に精製された」化合物とは、90%を超える純度を持つ化合物である。
【0012】
本出願で用いられる「製薬学的に受容可能な担体」という用語は、標準的製薬用担体、例えば、リン酸バッファー生食液、水、油/水または水/油乳液のような乳液、および各種湿潤剤の内から任意に選ばれるものを含む。この用語はまた、米国連邦政府の統制局によって承認された薬剤、または、米国薬局方においてヒトを含めた動物において使用可としてリストされた薬剤の内から任意に選ばれるものをその範囲に含む。
【0013】
本出願で用いられる「治療する」という用語は、特定の障害または病態に関連する症状を緩和する、および/または、前記症状を阻止または排除することを含む。例えば、ガンの治療は、ガン細胞の増殖および/または分裂を阻止または排除することを始め、ガン細胞を殺す、または、腫瘍のサイズを縮小することを含む。ガンの成功的治療のその他の徴候としては、試験値、例えば、白血球数、赤血球数、血小板数、赤血球沈降速度、および、トランスアミナーゼやヒドロゲナーゼのような各種酵素レベルの正常化が含まれる。さらに、臨床家が、前立腺特異的抗原(PSA)のような検出性腫瘍マーカーの減少を観察してもよい。
【0014】
本出願で用いられる「ホルモン剥奪療法」という用語は、患者において、ホルモンの作用を阻止する、または、ホルモンの存在を排除する(そのホルモンの合成を阻止するか、または、そのホルモンの分解を強化するかのいずれかによって)患者の治療法の内から任意に選ばれる治療法に関する。
【0015】
本出願で用いられる「ホルモン反応性細胞/組織」という用語は、もともとエストロゲンまたはアンドロゲンに対して反応性を持つ非ガン性の細胞または組織であって、それらのホルモンの存在下に、増殖する、および/または新たなタンパク合成を開始することを特徴とする細胞または組織に関する。ホルモン反応性組織としては、乳腺、睾丸、前立腺、子宮、および子宮頸部が含まれる。通常エストロゲンまたはアンドロゲンに対して反応性を持つ組織が、それらのホルモンに対して反応性を失うことがある。従って、「ホルモン反応性組織」とは、本出願で用いられる広い意味の用語であり、ホルモン感受性組織および、通常はホルモンに対して感受性を持つ、ホルモン不感性組織の両方を含む。「エストロゲン反応性細胞/組織」とは、エストロゲンに対して反応性を有するものである。
【0016】
本出願で用いる「ホルモン反応性ガン」という用語は、ホルモン反応性細胞/組織由来の細胞または組織に関し、「適応したホルモン反応性ガン細胞」とは、対応するホルモン反応性細胞では反応を誘発しないと考えられるホルモンレベルに反応して増殖する、ホルモン反応性ガン細胞である。
【0017】
本出願で用いる「適応したホルモン反応」または「適応反応」という用語は、ホルモン反応性組織に由来する細胞または組織が、元来それらの細胞では反応を誘発しないと考えられるホルモンレベルに対して反応できる(すなわち、増殖するおよび/または新たなタンパク合成を開始する)ようになる過程を指す。
【0018】
本出願で用いる「mTOR活性の抑制」という用語は、その1種以上の基質、例えば、p70S6KおよびPHAS-Iを含む基質をリン酸化する能力を検出可能なほどに減少させることを指す。mTOR阻害剤とは、mTOR活性に対して直接的抑制作用を有する化合物である(すなわち、mTOR活性の抑制は、経路の上流の酵素に対する抑制作用を通じて仲介されるものではない)。
【0019】
本出願で用いる「エストロゲン」という用語は、エストロゲン反応性細胞において、細胞増殖を誘発する、および/または、新規タンパク合成を開始させる能力があることが明らかにされた天然の組成物、および合成的に調製された組成物を含む、1クラスの化合物を指す。天然のエストロゲンとしては、エストロン(E1)、エストラジオール-17B(E2)、およびエストリオール(E3)が含まれるが、これらの内、エストラジオールが薬理学的にもっとも活性が高い。
合成エストロゲンは、天然には存在しないが、内因性エンドロゲンの活性をある程度複製する、または模倣する化合物である。これらの化合物としては、各種ステロイド性、及び非ステロイド性化合物、例えば、ジエネストロール、ベンゼストロール、ヘキセストロール、メテストロール、ジエチルスチルベストロール(DES)、キネストロール(Estrovis)、クロロトリアニセン(Tace)、およびメタレネストリル(Vallestril)によって例示される組成物が含まれる。
【0020】
本出願で用いる「エストロゲン拮抗剤」という用語は、エストロゲンと同時に投与された場合、エストロゲン活性に対して、中和作用または抑制作用を持つ化合物を指す。エストロゲン阻害剤の例としては、タモキシフェンおよびトレミフェンが挙げられる。
【0021】
本出願で用いる「アロマターゼ阻害剤」という用語は、アンドロステンジオンのエストロンへの、および/または、テストステロンのエストラジオールへの変換を阻止する組成物を指す。アロマターゼ阻害剤としては、例えば、エキセメスタン、アナストロゾール、およびレトロゾールを含む、ステロイド系、非ステロイド系両方の阻害剤が挙げられる。
【0022】
本出願で用いる「乳ガン」という用語は、乳房または乳腺組織の各種上皮ガンの内から任意に選ばれるガンを指す。
【0023】
<実施態様>
婦人のホルモン反応性乳ガンは、女性ホルモンレベルの剥奪に対して、腫瘍細胞増殖の停止、および、細胞死亡速度の増加をもって反応する。婦人は、約12-18ヶ月の間、ホルモン剥奪療法を受けている間、腫瘍増殖の後退を経験するが、その後、腫瘍はこの療法に対して抵抗性を養い、腫瘍細胞の増殖が復帰する。ホルモン剥奪療法に対する耐性に導く適応的過程を阻止することができるならば、それは、このホルモン剥奪療法の持続期間を延長し、効力を強化する可能性がある。
【0024】
本出願者等は、ホルモン剥奪療法に対する初期の反応後に、乳ガン細胞に対して再び元の増殖を取り戻すことを可能とする適応反応機構を研究した結果、乳ガン細胞は、エストラジオール剥奪によって課せられる圧迫にたいして、二つの重要経路、すなわち、MAPキナーゼ及びPI-3キナーゼによって調節される二つの経路をアップレギュレートする(upregulate)ことによって適応することが明らかになった。MAPキナーゼ経路は、サイクリンと呼ばれる細胞周期関連タンパクのレベルを上げることによって細胞の増殖を刺激する。PI-3キナーゼ経路は、AKTを活性化することによって細胞死を阻止し、P70-S6キナーゼと、PHAS-1とも呼ばれる4-E-BP-1が関与する二つの工程を通じて細胞増殖を刺激する。
【0025】
本出願者等は、エストラジオール剥奪時にアップレギュレートされるこの二つの経路を遮断すれば、ホルモン耐性の発達が阻止されるであろうと予想した。本出願に示されるように、この二つの経路の遮断によって、細胞増殖に及ぼすエストラジオールの作用に対する、細胞の感受性は著明に低下される。一旦適応反応に関連する酵素経路が特定されたならば、その適応過程において、上流事象と下流事象のどちらを遮断するのがより効果的なのかの決定がなされなければならない。一つの戦略的対応法として、HER1、-2、-3、または-4、IGF-IおよびII受容体を含む経路における上流の増殖因子、または、上記受容体のそれぞれに対する線維芽細胞増殖因子ファミリーを遮断することが考えられる。別の対応法は、MAPKおよびPI3Kを含む下流工程における適応過程、または、それよりもさらに下流の過程を遮断することである。本発明の一つの実施態様に従って、ホルモン反応性ガンに対する治療として、PI-3およびMAPキナーゼ経路を遮断するための組成物および方法が提供される。
【0026】
長期のエストラジオールの剥奪は、現存のERの量、および、膜関連ERの活用に与る過程のアップレギュレーションを招く。これは、MAPK経路のみならず、PI3K経路の活性化レベルの増大を招く。これらのシグナルは全て、細胞周期の機能調節に直接与る下流経路に集束し、恐らくそのレベルにおいて協調作用を発揮する。このことの反映として、細胞周期の刺激性および抑制性事象の統合因子であるE2F1は、LTED細胞においてエストラジオールの作用に対する感度亢進(hypersensitivity)を有する。本出願者等は、この感度亢進は、細胞周期レベルに集束するいくつかの経路の、下流における協調的相互作用を反映するものと考える。ER調節遺伝子翻訳の基礎レベルの上昇もこの過程に関わっている可能性があるが、感度亢進の直近の原因を表すものではない。なぜなら、翻訳事象は、野生型細胞でもLTED細胞でも、同様の用量-反応曲線でエストラジオールに反応するからである。
【0027】
MAPとPI3キナーゼ経路の両方においてRASが決定的に重要な役割を果たしているので、乳ガンにおけるホルモン療法耐性を阻止するための薬剤開発の当初の重要な標的としてRASの遮断に焦点が絞られた。ファルネシルチオサリチル酸(FTS)は、Rasに対する既知の拮抗剤であり、細胞膜に存在するアクセプタータンパクに対するRASの結合を転移させ、その後の細胞原形質への再侵入、および分解に至らせる。米国特許第6,462,086号を参照されたい。なお、この特許文書の全体を引用することにより本出願に含める。
【0028】
活性RAS突然変異を含む腫瘍の治療のためにFTSをインビトロとインビボで試験した。そのような腫瘍として、悪性メラノーマと膵臓ガン等を用いた。実験として、インビトロでは組織培養における細胞の増殖を阻止すること、また、インビボでは腫瘍の増殖を抑制すること等を行った。この薬剤は無害であり、腫瘍増殖を抑制するのに必要な用量において動物の体重減少を起こさない。しかし、本出願者等は、FTSは、Rasに対しては拮抗作用を持つにも拘わらず、MAPキナーゼ活性に対しては比較的弱い遮断効果しか示さないことを見出していた。
【0029】
本出願者等は、FTSは、mTOR(細胞の成長と増殖の調節に与るSer/Thrタンパクキナーゼ、図1参照)の二つのエフェクターであるPHAS-Iおよびp70 S6キナーゼのリン酸化を著明に抑制することを現に観察した。これらの結果は、FTSは、mTORシグナル伝達の強力な抑制因子であることを示す。この従来知られていないFTSの活性は、その抗RAS作用よりも重要である可能性があり、これが、ホルモン反応性ガンを治療するための、FTSに関する、ここに提案される新規用法に導いた。実施例4および5に記載されるように、FTSは、機能的mTORシグナル伝達複合体の重要なサブユニットの解離を促進することによってmTORを抑制する。これらの結果から、mTOR経路は、乳ガンを含めたホルモン依存性ガンの細胞増殖において決定的に重要な成分であること、および、FTSは、ホルモン依存性ガンにおけるmTORシグナル伝達を遮断するための有望な薬剤であることが示された。
【0030】
本発明の一つの実施態様によれば、細胞のmTOR活性を抑制する方法が提供される。この方法は、細胞を、次の一般構造式の化合物を含む組成物と接触させる工程を含む:
(式中、XはNH、O、またはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;かつ、R2はCOOHである)。一つの実施態様では、組成物は化学式Iの化合物であって、XがNHまたはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;かつ、R2はCOOHである化合物を含む。別の実施態様では、組成物は化学式Iの化合物であって、XがOであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;かつ、R2はCOOHである化合物を含む。別の実施態様では、組成物は化学式Iの化合物であって、XがSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;かつ、R2はCOOHである化合物を含む。別の実施態様では、組成物は化学式Iの化合物であって、XがNHであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;かつ、R2はCOOHである化合物を含む。別の実施態様では、組成物は化学式Iの化合物であって、XがSであり;R1はHまたはFであり;かつ、R2はCOOHである化合物を含む。別の実施態様では、組成物は化学式Iの化合物であって、XがOであり;R1はHまたはFであり;かつ、R2はCOOHである化合物を含む。別の実施態様では、組成物は化学式Iの化合物であって、XがSであり;R1はHであり;かつ、R2はCOOHであり、抑制作用は、raptorのmTORからの解離によることを特徴とする化合物を含む。
【0031】
一つの実施態様によれば、本発明に従って使用するのに好適な化合物は、下記の構造を持つ化合物を含む。
【0032】
本発明の一つの実施態様では、ホルモン反応性ガンのホルモン剥奪療法に伴う適応反応の出現を阻止、または遅滞させる方法であって、該方法は、mTOR阻害剤の投与を含む。一つの実施態様では、mTOR阻害剤は、米国特許第5,507,528号に記載される化合物の内の1種以上を含む。なお、この特許文書の開示を本出願に含める。一つの実施態様では、mTOR阻害剤は、一般構造:
を持つ(式中、XはNHまたはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;かつ、R2はCOOHである)。別の実施態様では、mTOR阻害剤は化学式Iの一般構造を持ち、式中R1はH、R2はCOOH、かつ、XはSである。別の実施態様では、mTOR阻害剤はFTSであり、その構造は、下式で示される。すなわち、
【0033】
本発明のmTOR阻害化合物は、ホルモン反応性悪性腫瘍を治療するために、ヒトやその他の哺乳動物を含む温血動物に投与するための組成物を調製するに当たって、製薬学的に受容可能な担体と併用することが可能である。
【0034】
一つの実施態様によれば、mTOR阻害剤(例えば、FTS)は、ホルモン反応性ガンを治療するために、ホルモン剥奪療法と組み合わせて投与される。ホルモン剥奪療法と「組み合わせて」のmTORの用法とは、ホルモン剥奪治療の行程を通じて、mTOR阻害剤が投与されるあらゆる治療処方を包括することが意図される。一つの実施態様では、mTOR阻害剤は、ホルモン剥奪と同時に、単一組成物として、あるいは、二つの別々の成分で、一方の次には他方と順々に投与される二つの成分として投与される。あるいはそれと別に、mTORは、ホルモン剥奪組成物の初回用量の投与後、所定の間隔、例えば、ホルモン剥奪療法を受けた後、1、3、5、7時間、または1、2、3、4週、または1、2、3、4、6、12、18ヵ月の間隔を置いて投与されてもよい。一つの実施態様によれば、mTOR阻害剤は、患者が、ホルモン剥奪療法を受ける度毎に投与されてもよい。別に、一つの実施態様では、mTOR阻害剤は、ホルモン剥奪治療投与の頻度よりも低い頻度で投与される。
【0035】
一つの実施態様では、ホルモン反応性ガンは、エストロゲン、または、エストロゲン活性を示す化合物に対して反応性を持つものである。さらに具体的に言うと、一つの実施態様では、mTOR阻害剤が、子宮頸部、卵巣、または乳房のガンを治療するために投与され、一つの実施態様では、治療されるガンは、乳ガンである。一つの実施態様では、mTOR阻害剤は、エストロゲン拮抗剤、例えば、タモキシフェンまたはトレミフェンと組み合わせて使用される。別の実施態様では、mTOR阻害剤は、アロマターゼ阻害剤、例えば、ステロイド系および非ステロイド系阻害剤の両方から選ばれる化合物を含む阻害剤と組み合わせて使用される。例えば、アロマターゼ阻害剤は、エキセメスタン、アナストロゾール、およびレトロゾールから成るグループから選ばれてもよい。別の実施態様では、治療の対象となるホルモン反応性ガンは前立腺ガンである。
【0036】
一つの実施態様では、乳ガンのようなホルモン反応性ガンを治療するための組成物であって、mTOR阻害剤と、エストロゲン拮抗剤およびアロマターゼ阻害剤から成るグループから選ばれる化合物を含むエストロゲン誘導組成物とを含む組成物が提供される。一つの実施態様では、組成物は、下記の一般式:
(式中XはNHまたはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;かつ、R2はCOOHである)で表されるmTOR阻害剤と、エストロゲン拮抗剤またはアロマターゼ阻害剤から成るグループから選ばれる化合物とを含む。一つの実施態様によれば、エストロゲン拮抗剤はタモキシフェンである。一つの実施態様では、アロマターゼ阻害剤は、エキセメスタン、フォルメスタン、アミノグルテチミド、アナストロゾール、およびレトロゾールから成るグループから選ばれる。別の実施態様では、組成物は、FTSと、エストロゲン拮抗剤またはアロマターゼ阻害剤とを含み、別の実施態様では、組成物は、FTSとタモキシフェンを含む。
【0037】
mTOR阻害剤を含む組成物はまた、本発明によれば、ホルモン剥奪療法に対する適応反応の進行を阻止または遅滞させるために使用されてもよい。一つの実施態様によれば、mTOR阻害剤は、第1のホルモン剥奪治療用量の投与の前に、その投与と同時に、または、その投与後に投与される。一つの実施態様では、下記の式:
(式中XはNHまたはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;かつ、R2はCOOHである)で表される化合物を含む組成物が、適応反応の進行を阻止または遅らせるために、エストロゲン剥奪療法を受けている患者に投与される。
【0038】
本発明のmTOR阻害組成物はまた、一つの実施態様によれば、部分的にまたは完全に適応したホルモン反応性ガン細胞の増殖を抑制するために使用されてもよい。部分的に適応したホルモン反応性細胞とは、さらに適応を遂げることで、その細胞が現在反応を示すレベルよりもさらに低い量のホルモンに対して反応することが可能になる細胞である。部分的または完全適応ホルモン反応性ガン細胞の増殖を抑制する方法は、ホルモン剥奪療法を受けている患者に対しmTOR阻害化合物を投与する工程を含む。一つの実施態様によれば、mTOR阻害剤は、一般式:
(式中XはNHまたはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;かつ、R2はCOOHである)を有する。一つの実施態様では、ホルモン適応腫瘍はエストロゲン反応性ガンであり、一つの実施態様では、ガンは乳ガンである。
【0039】
本発明の別の実施態様によれば、本出願に記載される適応的感度亢進に関する概念は、ホルモン依存性乳ガンの治療に対する新規対応法を開発するのにも応用が可能である。この応用は、アロマターゼ阻害剤によるエストロゲン剥奪療法の断続的使用の後に、高用量のエストロゲン投与を実行することから成る周期的治療を含む。この方法を裏付ける原理とは下記の通りである。すなわち、アロマターゼ阻害剤による治療によって、細胞は、MAPKおよびPI3Kを含む経路をアップレギュレートするように仕向けられる。本実験データから、MAPKおよびP13K経路をアップレギュレートした細胞は、未処置細胞よりも活動的な表現型を持つことが示されている。従って、その場合、高用量のエストロゲンによってアポトーシスを誘発することによって、適応し、感度亢進を発達させた細胞のサブセットを特異的に破壊することが考えられる。その場合、理想的処方は、最初、アロマターゼ阻害剤を、MAPKおよびPI3K阻害剤と組み合わせて用いることとなろう。次に、適当な時点で、短持続の高用量エストロゲンを投与すれば、アポトーシスを誘発し、適応細胞を殺戮することが可能となろう。30年間に渡って、各種高用量エストラジオール投与処方が用いられてきたわけであるから、これらの薬剤の相対的毒性はよく知られており、個別の問題の克服手段は開発済みである。増殖因子経路を遮断するための薬剤、および、エストロゲンを投与するための薬剤は現在入手が可能である。
【0040】
さらに、FTSは、細胞の死滅速度の増加(アポトーシス)を招くことが認められている。図17Aに示すように、FTSの投与は、インビトロ培養のLTED細胞においてJNK活性化を誘発する。さらに、図17Bに示すように、LTED細胞に対するFTSおよびエストラジオールの投与は共にJNKの活性化を増し、結果としてcJUNのリン酸化を強化する。JNKの活性化は、アポトーシスと関連することが報告されている。従って、本発明の一つの局面は、ホルモン反応性ガン細胞においてアポトーシスを誘発するための、mTOR阻害剤の用法に向けられる。ホルモン反応性ガン細胞におけるアポトーシス発生率を高める方法は、一般式:
(式中、XはNHまたはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;かつ、R2はCOOHである)で表される化合物を投与することを含む。一つの実施態様では、組成物は、エストロゲン反応性ガン細胞に投与され、一つの実施態様では、ガンは乳ガンである。別の実施態様では、組成物は、ホルモン剥奪療法を受けている患者に対して、残余の腫瘍細胞においてアポトーシスを誘発するために投与される。
【実施例】
【0041】
[実施例1]
<ホルモン剥奪に対する適応の機構>
ホルモン療法に対する乳ガン細胞の適応過程に関しては、20年来の臨床観察によって手がかりが得られている。この手がかりとしては例えば、患者は、最初は抗エストロゲン療法に対して反応するが、やがて再発し、後にエストロゲン生合成の阻害剤(アロマターゼ阻害剤)に暴露されると、さらなる腫瘍の縮小を経験するという所見がある。アロマターゼ阻害剤とタモキシフェンの間には完全な交差耐性があることが予想されたであろう。なぜなら、両方とも、エストロゲンの細胞作用を遮断する手段だからである。しかしながら、これはそうではなかった。具体的に言うと、最初タモキシフェンに反応したが、後に再発した婦人の50%が、第1世代アロマターゼ阻害剤であるアミノグルテチミドに交差させた場合に、二次的な臨床効果を経験した。この所見は、アミノグルテチミドは、ホルモン依存性乳ガンを患う婦人に対する効果的な二次的療法となり得ること、および、アロマターゼ阻害剤とタモキシフェンの間には、異なる作用機構が働いていることを示す証拠を提供した。
【0042】
アロマターゼ阻害剤と、抗エストロゲン剤の間には、完全な交差耐性が欠如することを説明するために、研究者達は、「適応的感度亢進」という現象を想定した。この仮説は、タモキシフェンは、乳ガン細胞に対して、圧力をかけて、適応し、タモキシフェンのエストロゲン性に対する感度亢進を発達させるように仕向けるとする。タモキシフェンは、エストロゲン受容体の選択的修飾因子、すなわちSERMと呼ばれる薬剤クラスの代表的薬剤であるが、このものは、試験される組織および関係する状況に応じて、エストロゲン作用性またはエストロゲン拮抗性の両方の性質を発揮することが知られている。タモキシフェンに対する感度亢進を回避するには、この薬剤を止めて、エストラジオールをごく低いレベルに下げるために強力なアロマターゼ阻害剤を用いることが可能であろう。これを基本原理とすれば、二次的治療としてアロマターゼ阻害剤を用いた場合、二次的な腫瘍縮小が期待される。
【0043】
閉経前の婦人乳ガン患者における臨床観察によっても、乳ガン細胞は、治療条件に対して、エストラジオールに対する感度を向上させることによって適応することができるという可能性が裏付けられた。ホルモン依存性乳ガンは、卵巣の切除に応じて縮小することがよくあるが、この治療は、エストラジオールの循環血漿濃度を約200 pg/mlから10 - 15 pg/mlに下げる。このエストラジオールの急性剥奪に応じて、腫瘍は、平均12から18ヶ月の間は縮小するが、その後再び増殖を始める。卵巣摘出術、またはアロマターゼ阻害剤による二次的治療は、エストラジオール濃度をさらに1 - 5 pg/mlに下げることによって腫瘍のこれまで以上の縮小を誘発する可能性がある。これらの所見は先ず、循環エストラジオールに対する感度の亢進を示した。具体的に言うと、卵巣摘出の前は、腫瘍の増殖を刺激するのに200 pg/mlのエストラジオールが必要とされたが、摘出後、12-18ヶ月の適応後には腫瘍の増殖を引き起こすには10 - 15 pg/mlの濃度で十分となった。
【0044】
適応的感度亢進の現象を直接証明し、関与する機構を確定するために、インビトロのヒト乳ガン培養細胞MCF-7が関与するモデルシステムを用いた。一次内分泌療法の効果を再現するために、野生型MCF-7細胞をエストロゲン無添加培養液にて長期に渡って培養した。この過程は、長期のエストラジオール剥奪(Long Term Estradiol Deprivation)を含むので、適応細胞を、短縮形でLTED細胞と呼ぶ。エストラジオール剥奪に応じて、MCF-7細胞は、最初増殖を止めるが、3から6ヵ月後、適応し、エストラジオールで最大限刺激された野生型MCF-7細胞と同じ速さで増殖する。この作用は、従来、エストラジオールに対する感度亢進の発達のためであって、木炭で不純物を取り除いた培養液中に残留するエストロゲン量に応じて再び増殖するとされた。
【0045】
感度亢進の直接の証拠は、野生型MCF-7細胞に比べて4 log低い濃度のエストラジオールが、LTED細胞の増殖を刺激可能であることを示すことによって得られた。インビボ実験でも、ヌードマウスで増殖させたLTED細胞異種移植片は、低用量のエストラジオールに対して感度亢進を示すことが明らかにされた。本発明の出願者等は、最近、去勢ヌードマウスにおいても、タモキシフェンに長期に暴露すると、エストラジオールに対する感度亢進状態は誘発されることを明らかにした。タモキシフェンが腫瘍増殖の刺激を開始する時期では、タモキシフェン投与を止め、ごく低用量のエストラジオールを投与すると腫瘍の増殖が刺激される。それと際立って対照的に、長期のタモキシフェンに暴露されていない野生型腫瘍は、そのような低用量のエストラジオールには刺激されない。以上まとめると、これらの実験は、エストラジオールの剥奪も、抗エストロゲン剤によるエストロゲン作用の阻止も、エストロゲン、またはタモキシフェンのエストロゲン性に対する感度を亢進させることを示す。この、適応的感度亢進現象が、様々な臨床的背景において、アロマターゼ阻害剤の方がタモキシフェンに優る優越性の原因となっていると考えられる。
【0046】
ホルモン適応の過程は、転写に及ぼすエストラジオールのゲノム作用の修飾、原形質膜関連受容体を含む非ゲノム作用、増殖因子とステロイドホルモン刺激経路の間のクロストーク、または、上記各種作用間の相互作用を含む可能性がある。一つの可能性は、細胞増殖に関連する遺伝子の、受容体介在性転写の増大が関わっている可能性である。実際、ERアルファのレベルは、エストラジオールの長期剥奪中4-10倍増加した。従って、LTED細胞におけるE2に対する感度の亢進が、ER介在の転写レベルで生じているかどうかを直接調べるために、LTED MCF-7細胞と野生型MCF-7細胞において、エストラジオールの転写に対する作用を定量した。E2の、c-mycメッセージレベル、プロゲステロン受容体(PgR)とpS2濃度、および、ERE-CATリポーター活性に対する作用を測定した。pS2およびPgRの基礎レベルは上昇したけれども、これらの反応のいずれにおいても、エストラジオールの用量反応曲線の左方移動(その端点を感度亢進を検出するために用いた)は観察されなかった。これらのデータは、LTED細胞の、エストラジオールに対する感度亢進は、ER介在性の遺伝子転写のレベルで生じたものではないことを示す。
【0047】
もう一つの説明は、適応は、シグナル伝達のためにステロイドホルモンを利用する経路と増殖因子を利用する経路の間の、ダイナミックな相互作用が関与するという可能性に関わる。エストラジオールも、各種ペプチド増殖因子も、乳房組織に対する分裂促進因子である。様々な実験から、増殖因子の分泌および作用は、エストラジオールによって刺激可能であることが示されている。これらの作用は、c-Myc等の早期反応遺伝子、およびTGFアルファ等の増殖因子の転写を刺激する、エストラジオールのゲノム効果に由来するものと考えられている。増殖因子は、MAPキナーゼの活性化をもたらし、これは、直接及び間接に、エストロゲン受容体のリン酸化の程度を増大させる。MAPキナーゼは、セリン118を直接リン酸化し、さらに、セリン167をリン酸化するElkおよびRSK活性も刺激する。
【0048】
MAPキナーゼの基礎レベルがLTED細胞において上昇しているかどうかを定めるために、インビトロのLTED細胞と、ヌードマウスにおけるLTED異種移植片において、活性化MAPキナーゼのレベルを測定した。さらに、活性化MAPキナーゼは、LTED細胞の増殖強化に役割を果たしていることが示された。なぜなら、PD98059またはU0126のようなMAPキナーゼ阻害剤は、処理されたチミジンのDNAへの取り込みを阻止するからである。メバスタチンまたはゲネスタインのような、MAPキナーゼ経路の上流阻害剤も、トリチウム付加チミジンの取り込みを阻止する。これらのデータは、活性化MAPキナーゼの上昇は、適応的感度亢進過程に関与することを示唆する。この原理的説明の証拠を明らかにするために、野生型MCF-7細胞におけるMAPキナーゼの活性化を、TGFアルファを投与することによって刺激した。
【0049】
最初の特性解明データから、0.1から10 ng/mlの範囲のTGFアルファの用量では、MCF-7細胞のMAPキナーゼには上昇が見られ、この作用は、MAPキナーゼ阻害剤PD98059によって阻止されることが明らかにされた。10 ng/mlの用量におけるTFGアルファの投与は、野生型MCF-7細胞の増殖を刺激するエストラジオールの能力において、左方へ2 logのシフトをもたらした。この作用がMAPキナーゼに特異的に関わるもので、TGFアルファの非特異的作用によるものではないことを証明するために、PD98059を共投与した。この状況下では、エストラジオールの用量反応で見られた2 logの左方シフトは元の基線に戻った。MAPキナーゼの役割をさらに示す証拠とするために、PD98059をLTED細胞に投与し、エストラジオールに対する感受性レベルに及ぼすその作用を調べた。この薬剤は、用量反応曲線を部分的に、右に約0.5 logだけずらした。以上まとめると、これらのデータは、MAPキナーゼの活性化が、適応的感度亢進の過程に、実際に機構的に関与していることを示唆する。
【0050】
MAPキナーゼは、重要な成分ではあるものの、エストラジオールに対する感度亢進の唯一の原因因子であるようには見えない。この酵素の阻止は、完全には感度亢進を根絶しない。そこで、PI-3キナーゼ経路が、LTED細胞において同様にアップレギュレートされているかどうかを定めるために、この経路について調べた。実験から、LTED細胞では、AKT、P70 S6キナーゼ、および4EBP-1(全てPI-3キナーゼ経路の成分である)の活性は高まっていることが示された。PI-3キナーゼをLy294002によって、MAPキナーゼをU-0126によって二重に抑制すると、エストラジオールに対する感度レベルはさらに著明に、すなわち、2 log以上、右方に移動した。
【0051】
MAPキナーゼおよびPI-3キナーゼのアップレギュレーションは、増殖因子受容体の構成的活性化、増殖因子の内因性分泌の増加、またはその他の機構を反映しているのかも知れない。純粋な抗エストロゲンによるMAPキナーゼの抑制は、増殖因子受容体の構成的活性化、または増殖因子分泌の可能性を排除すると考えられる。そこで、純粋の抗エストロゲンであるファスロデックス(フルベストラント(fulvestrant))を投与し、LTED細胞におけるMAPキナーゼの活性化レベルを調べた。驚くべきことに、フルベストラントは、活性化されたMAPキナーゼのレベルを、野生型MCF-7細胞に見られるレベルに戻した。この所見は、LTED細胞における構成的増殖因子作用を排除し、エストロゲン受容体介在性機能と、MAPキナーゼの活性亢進と間の相互作用の存在を示唆した。
【0052】
MAPキナーゼの活性化を説明するための一つの考えられる機構は、細胞膜のレベルで活動するERの非ゲノム性作用を通じて起こるものと想定することである。E2の非ゲノム性活動は、ごく最近認められたもので、分裂促進因子活性化タンパクキナーゼ(MAPキナーゼ)、Ras、Raf-1、PKC、PKA、Maxi-Kチャンネルの活性化、細胞内カルシウムレベルの上昇、および一酸化窒素の放出を含む。アダプタータンパクShcは、チロシンキナーゼ活性化ペプチドホルモン受容体の最重要修飾因子である。Shcは、各種チロシンキナーゼ受容体、例えば、EGFR、NGFR、PDGFR、およびIGFRからの分裂促進および分化シグナルを、下流のキナーゼカスケードに伝達する。Shcは、受容体の活性化と自己リン酸化が起きると速やかに、そのPTBまたはSH2ドメインを通じて受容体の特定のリン酸化チロシン残基に結合し、CHドメインのチロシン残基において自分自身リン酸化される。このCHドメインにおけるリン酸化されたチロシン残基は、Grb2のSH2ドメインの結合に対する定着部位を提供し、従って、グアニンヌクレオチドの交換タンパクであるSosを招集する。このアダプター複合体の形成によってSosを介するRasの活性化が起こり、これがMAPK経路の活性化をもたらす。
【0053】
エストロゲン剥奪は、非ゲノム性で、エストロゲン調節性で、Shcを利用するMAPキナーゼ経路の活性化を誘発するのかも知れない。この可能性を追求するために、MAPキナーゼ活性化を、エストラジオールの、急速な非ゲノム性作用を証明するための終末点として用いた。E2の添加は、数分以内に、LTED細胞においてMAPキナーゼのリン酸化を刺激した。E2によるMAPキナーゼリン酸化の増加は、時間・用量依存性で、15分で刺激効果は最大であり、少なくとも30分亢進状態を続けた。MAPキナーゼリン酸化の最大刺激は、E2が10-10Mにおいて見られた。
【0054】
Shcタンパクは、チロシンキナーゼ受容体をMAPK経路と結び付けることが知られており、Shcの活性化は、SHC自身のリン酸化を含む。このShc経路が、LTED細胞におけるエストラジオールの高速作用に関与しているのかどうかを調べるために、チロシンリン酸化タンパクを免疫沈降させ、E2処置下においてShcの有無について試験した。E2は、用量・時間依存的に、速やかに3分にピークを持ってShcチロシンのリン酸化を刺激した。純粋なエストロゲン拮抗剤であるフルベストラントは、E2誘発のShcおよびMAPKリン酸化を、それぞれ、3分と15分で阻止した。この時間のずれは、Shcが、E2誘発性MAPK活性化において上流成分であることを示唆する。
【0055】
MAPキナーゼ活性化においてShcが必要であることの直接の証拠を得るために、チロシン239/240および317における点突然変異(Y239/240/317F)を持つ、GST標識完全長Shc突然変異体(ShcFFF)を、LTED細胞にトランスフェクトした。Shcのチロシンリン酸化におけるこれら三つの部位は、Grb2との相互作用、および下流成分へのシグナル伝達にとって重要である。優勢ShcFFFの発現は、MAPKリン酸化のエストラジオール刺激レベルを著明に抑制した。従って、Shcは、MAPキナーゼの活性化にとって必要である。
【0056】
アダプタータンパクShcは、LTED細胞のERαと直接又は間接に関連し、それによってMAPキナーゼのE2誘発性活性化を仲介する可能性がある。この仮説を検証するために、Shcを、非刺激LTED細胞と、E2刺激LTED細胞から免疫沈降させ、これらの免疫ブロットを、抗ERα抗体をプローブとして調べた。得られた結果から、ERα/Shc複合体はE2処理前に存在し、E2は時間依存的にこの結合を増大させることが判明した。Shcのリン酸化と平行して、ERαとShcの間における最大誘発結合は3分時に見られた。ShcによるMAPキナーゼ経路の活性化は、ShcのアダプタータンパクGrb2との結合、および、さらにSosとの結合を必要とする。Grb2の免疫沈降、およびShcとSosの両者の検出によって、Shc-Grb2-Sos複合体は、LTED細胞において、比較的低レベルながら構成的に存在することが示されたが、ただし、細胞を、10-10MのE2で3分間処理することによって著明に増加した。
【0057】
ERα、Shc、およびMAPキナーゼは皆、MCF-7細胞においてはE2作用に関与しているのであるから、Shcリン酸化に与る上流成分を、PP2、ICI、およびPD98059の、E2誘発によるShcリン酸化に対する作用を測定することによって決定した。阻害剤の存在下で、MCF-7細胞を、ベヒクル、または10-10MのE2で3分間刺激し、Shcリン酸化の状態を調べた。PP2およびICIは両方とも、E2誘発Shcリン酸化を効果的に抑制した。これは、SrcファミリーのキナーゼとERαとがShc活性化に必要であることを意味する。予期した通り、PD98059は、Shcのリン酸化状態に影響を及ぼさなかった。これは、PD98059がShcの下流で機能することを示唆する。これら阻害剤の作用は、E2刺激の無い場合には見られなかった。以上まとめると、これらのデータは、ERαとSrcは両方ともShc機能の上流成分であること、および、Shcリン酸化にはそれらの関与が必要であることを示す。これらの阻害剤はそれぞれ、LTED細胞において細胞増殖速度を低下させることができた。
【0058】
ERα-Shc-MAPキナーゼ経路が生物学的作用を発揮しているという証拠を得るために、Elk-1(MAPKによってリン酸化され、活性化される転写因子)の活性化に対するMAPキナーゼの役割を評価した。活性化されると、Elk-1は、細胞増殖の下流介在因子として活動する。MAPKによるElk1のリン酸化は、この転写活性をアップレギュレーションする可能性がある。LTED細胞に対し、GAL4-Elkと、そのリポーター遺伝子GAL4-lucで同時にトランスフェクトすることによって、E2は、ルシフェラーゼアッセイによって明らかにされたように、6時間Elk-1活性化を用量依存的に増大させることが示された。
【0059】
従来から、細胞の移動性は、膜起動性シグナルのネットワーク、例えば、Shc-Ras-MAPK経路の活性化によって調節されていると報告されている。最近、細胞の点状接着は、極めてダイナミックな構造であることが報告されている。細胞は、増殖因子による刺激に対して速やかに反応し、その細胞骨格と形を再構成することができる。アクチンの細胞骨格の再構成に対するE2作用を調べるために、LTED細胞とMCF-7細胞において、F-アクチンの分布と、さらには、ERα局在の再分布を、ファロイジン染色によって求めた。未処理のLTED細胞は、低度のアクチン重合と、数個のスポット状接着点を示した。対照的に、E2刺激後は、細胞骨格は、細胞の波うち、ラメリポディア、および移動側先端の形成、細胞形状の変化、および、成熟したスポット状接着点の消失を伴った再構成を経過した。E2刺激に対して、ERαが、これらの動的状態の膜に細胞内において再分配されることは、LTED細胞の、別の重要な特徴を表している。ER拮抗剤であるICI 182 780は、10-9Mにおいて、E2誘発性波うち形成を始め、膜に対するERαの再分配をも阻止し、しかも自身に対してはほとんど影響を及ぼさなかった。従って、これらの研究から、LTED細胞において、動的膜変化に対してE2の急速な作用がここでも証明された。
【0060】
ER介在性作用が非ゲノム的である証拠をさらに得るために、一連の設計エストロゲン受容体を構築した。Pierre Chambon博士のグループによって作製された、核局在シグナルを欠損するERを、出発点として用いた。これに、43個のアミノ酸配列を含む膜局在シグナル(CNSにおいてタンパクを膜にもたらすのに用いられた)を結合させた。次に、ERを欠如するCOS細胞に、3個のER構築体をトランスフェクトさせた。二重蛍光顕微鏡観察によって、ほぼ独占的に、野生型ERは核に、核局在シグナルを欠くERは細胞原形質に局在することが観察された。膜局在シグナルを含む受容体は、原形質膜に集中するが、原形質でも見られた。膜のERだけが、外来のエストラジオールに対して、MAPキナーゼの活性化をもって応じた。さらに、膜局在のERのみが細胞増殖を刺激したことが、BRD-Uの取り込みと全細胞数カウントで示された。これらのデータはさらに、細胞増殖を増大させる膜ERの機能を裏付ける。
【0061】
<適応的感度亢進の機構に関する要約>
長期のエストラジオール剥奪は、現存するERアルファの量と、膜関連ERの利用に関与する過程の、アップレギュレーションを引き起こす。これは、MAPキナーゼのみならず、PI-3キナーゼ経路の活性化レベルの上昇をもたらす。これらのシグナルは全て、細胞周期機能に直接与る下流経路に集束し、恐らくそのレベルにおいて協調作用を発揮する。このことの反映として、細胞周期刺激性事象および抑制性事象の統合因子であるE2F1は、LTED細胞においてエストラジオールの作用に対して感度が亢進する。故に、これらのデータは、感度亢進は、細胞周期のそのレベルに集束するいくつかの経路の、下流における協調的相互作用を反映するという仮説を支持する。ER調節遺伝子の転写の基礎レベルの増加もまたこの過程に関与している可能性があるが、感度亢進の直近の原因とはなっていない。なぜなら、転写事象は、野生型でも、LTED細胞でも類似の用量反応曲線でエストラジオールに反応するからである。
【0062】
[実施例2]
<MAPおよびP13キナーゼの遮断は、エストラジオールの細胞増殖作用に対する細胞の感度を著明に低下させる>
MAPとP13キナーゼの経路が、エストラジオール誘発性細胞増殖において何らかの役割を果たしているかどうかを調べるために、下記の実験を行った。最初の特性解明データから、TGFの投与は、MAPK活性化を増大させ、MCF-7細胞における増大は、0.1から10 ng/mlの範囲のTGF用量で得られることが示された。この作用の遮断が、MAPK阻害剤PD98059によって得られた。TGFを10 ng/mlの用量で投与したところ、エストラジオールの、野生型MCF-7細胞の増殖を刺激する能力において、左方へ2-logのシフトがもたらされた。この作用が、MAPKに特異的に関連し、TGFの非特異的作用によるものではないことを証明するために、PD98059を共投与した。この状況下では、エストラジオールの用量反応曲線における2-logシフトは、基線に復帰した。重要成分であるとはいうものの、MAPKは、エストラジオールに対する感度亢進に対する唯一の原因ではないようである。この酵素を阻止しても、感度亢進を完全に廃絶することにはならなかった。よって、フォスファチジルイノシトール-3-OHキナーゼ(PI3K)経路についても、該経路が、長期エストラジオール剥奪(LTED)細胞においてアップレギュレートされているかどうかについて調べた。実験では、LTED細胞は、Akt、P70 S6キナーゼ、および4EBP-1(全てPI3K経路の成分)の活性化の亢進を示した。PI3KのLY40029による抑制、MAPKのU0126による抑制の二重抑制によって、エストラジオールに対する感度レベルはさらに劇的に、右方へ2 log以上シフトした。これらの観察に基づくと、適応的感度亢進は、PI3KとMAPKの経路の共同活性化を含むことが考えられる。
【0063】
[実施例3]
<野生型およびLTED細胞に対するエストラジオールの作用>
長期エストラジオール剥奪のLTEDインビトロモデルは、LTED細胞が持つエストラジオールに対する感度亢進を示す。本出願者は、これらの細胞は、エストラジオールのアポトーシス促進作用に対しても感度を持つに至ったかも知れないと考えた。この仮説を検証するために、ELISAを用いて、アポトーシスを評価し、野生型とLTED細胞においてエストラジオールの作用を比較した。野生型細胞では、予期した通りのアポトーシスの抑制が見られたが、それとは好対照に、LTED細胞では、このパラメータが劇的に増強された(図6参照)。LTED細胞におけるアポトーシスの存在は、アネキシンVの測定、および時間経過顕微鏡観察によって確認された。
【0064】
LTED細胞と野生型細胞における、エストラジオールのこの差別的な作用の機構的説明として、研究から、LTED細胞では細胞死受容体Fasがアップレギュレートされていることが明らかにされた。Fasリガンドは、そのプロモーター領域にエストロゲン応答配列を持つので、エストラジオールは、LTED細胞でも、野生型MCF-7細胞でも、Fasリガンドのレベルを上昇させた。ただLTED細胞のみがFas受容体を含んでいるので、アポトーシスの反応を示すことができた。Fas受容体の役割に関するさらに別の証拠として、Fasに向けた活性化抗体は、LTED細胞においてアポトーシスを誘発した。
【0065】
図17Aおよび17Bは、インビトロ培養のLTED細胞における、FTSのJNK活性化に及ぼす作用を示すデータを表す。図17Aに示すように、FTS投与は、インビトロで培養されたLETD細胞においてJNK活性化を刺激する。さらに、図17Bに示すように、LTED細胞に対する、FTSおよびエストラジオール投与は、共に、JNKの活性化を増進し、その結果、cJNKのリン酸化を増強する。従来から、JNK活性化は、アポトーシスと関連のあることが報告されている。
【0066】
女性乳ガン患者は、第3世代アロマターゼ阻害剤を、1から5年以上の期間に渡って服用している。LTEDモデルシステムに基づくならば、これらの患者の乳ガン細胞は、エストラジオールのアポトーシス促進作用に対して敏感になっていることになる。この状況下で、エストラジオールを投与すれば、それはアポトーシスを刺激し、腫瘍縮小を引き起こす可能性がある。1940年代から1980年代まで、ジエチルスチルベストロール(DES)の形で高用量のエストロゲンを服用することが、閉経後の女性乳ガン患者に対する治療として好んで選ばれた。臨床研究から、閉経前および閉経周辺期の婦人は、この治療法にほとんど反応しないが、反応は、閉経後の年数と共に増加することが明らかになった。事実、閉経後の長年月の経過は、エストラジオールの長期剥奪の模倣とも考えられる。従って、上記所見は、高用量エストロゲンに対する反応は、高用量エストロゲンがアポトーシス誘発を引き起こすその能力によるものであるということを示唆する。従って、アロマターゼ阻害剤を長期に渡って服用している婦人では、高用量のエストロゲンに対してアポトーシス反応が見られることが期待される。
【0067】
[実施例4]
<FTSはmTOR活性を阻止する>
FTSの、乳ガン細胞の増殖に対する作用を、異なる2種の細胞系統で調べた。すなわち、未処置乳ガン細胞をモデルを表すMCF-7細胞と、内分泌治療に対して適応した細胞のモデルであるLTED細胞である。細胞をそれぞれの培養液で増殖し、FTSで5日間処理した。図3に示すように、FTSは、二つの細胞系統の基礎的増殖を用量依存的に抑制した。MCF-7およびLTED細胞のE2刺激増殖に及ぼす、FTSの作用を、次に調べた。E2(10-10M)でMCF-7細胞を5日間処理したところ、ベヒクルコントロールに比べて細胞数は8倍に増加した。FTSの添加は、細胞数を用量依存的に低下させ、50 μMの濃度で約50%抑制が得られた。図4は、フルベストラント(10-9M)の存在下における、E2(10-10M)による、LTED細胞の増殖刺激を示す。E2によるLTED細胞の増殖はFTSによって抑制された。FTSによる、E2-刺激細胞増殖の抑制の程度は、この2種類の細胞系統において同等であった。
【0068】
FTSの細胞成長に対する抑制作用は、細胞増殖の抑制、アポトーシスの誘発、またはその両方の結果と考えられる。FTSが細胞増殖を抑制する機構を確定するために、DNA合成およびアポトーシスに対するFTSの作用を調べた。MCF-7およびLTEDの両細胞において、FTS(75 μM)は、DNAに取り込まれる[3H]チミジンの量を著明に低下させた(図5Aおよび5B)。エストラジオール(10-10M)は、MCF-7細胞において、コントロールレベルに比べて、[3H]チミジンの取り込みを2.6倍増大させた。この増加は、FTSによって完全に阻止された(図5A)。
【0069】
MCF-7およびLTED細胞において、FTSによる3日間の処理がアポトーシスに及ぼす作用を、ELISA定量法を用いて調べた。低濃度のFTS(20および50 μM)は、いずれの細胞系統においてもアポトーシスを誘発しなかった。75 μMの濃度においてアポトーシスの劇的な増加が見られた(図6)。FTSのアポトーシス作用に対しては、LTED細胞の方が、MCF-7細胞よりもはるかに感度が高かった。これらのデータは、FTSによるDNA合成の抑制とアポトーシスの誘発は、共にMCF-7およびLTED細胞の増殖抑制に起因することを示す。
【0070】
リン酸化した、ERK1/2MAPK、Akt(Ser473)、p7036K(Thr389)、およびPHAS-1(Ser65)の濃度は、野生型MCF-7細胞のものと比べると、LTED細胞において一貫して亢進していたことが、リン酸化ERK1/2(図7A)、Akt(図7B)、p7036キナーゼ(図7C)、およびPHAS-1(図7D)に対して特異的な抗体を用いて行ったウェスタンブロット分析によって示された。FTSによる24時間の処理は、LTED細胞において、4種のタンパク全てのリン酸化を用量依存的に抑制した。一方、MCF-7細胞では、ERK1/2および4E BP 1の低下の程度はより小さく(約50%)、p70 S6キナーゼとリン酸化AKTの減少は一貫していなかった(図7Cおよび7D)。
【0071】
特異的増殖因子EFGおよびIGF-1の作用についても調べた。血清は、一般の介在因子Rasの招集と活性化によって(例えばEGF)、または、直接機構を通じて(例えばIGF-1)、MAPキナーゼおよびPI3キナーゼを活性化する、複数の増殖因子を含む。FTSの作用部位をさらに探るために、MAPKおよびPI3キナーゼのEGF誘発性の活性化を先ず調べた。PI3キナーゼに対する特異的阻害剤、およびラパマイシンの哺乳類での標的(mTOR)を比較のために含めた。細胞を24時間血清枯渇させ、FTSで1時間前処理し、EGF(1 μg/ml)によるチャレンジの前に、3時間LY294002またはラパマイシンによって処理した。EGFによる、MAPK、Akt、p70S6K、およびPHAS-1に対するピーク刺激迄の時間は変動したが、全て少なくとも90分持続した。これらの分子間のもっとも効率的な比較を可能とする時間帯として、1時間処理を選んだ。EGFおよび阻害剤に対する反応は、MCF-7細胞とLTED細胞で近似していた。
【0072】
ERK1/2 MAPキナーゼリン酸化のピーク刺激は、EGF処理の5-10分時に見られた。1時間までは、リン酸化ERK1/2のレベルは、依然としてコントロールよりも高かった。FTS、LY294002、およびラパマイシンによって前処理しても、いずれの濃度においても活性化ERKを抑制しなかった(図8)。Ser473におけるAktのリン酸化は、EGFによって増強され、PI3キナーゼの特異的阻害剤LY294002によって完全に抑制された。それとは好対照に、FTSもラパマイシンもこの工程を阻止しなかった。EGFは、Thr389におけるp70S6Kのリン酸化のさらに劇的な増加を誘発した。Thr389リン酸化は、p70S6K活性の中心であり、PI3キナーゼ経路とmTOR経路の両方を通して、分裂促進刺激によって調整を受ける。これらのデータから、LY294002、ラパマイシン、およびFTSで前処理すると、それが50 μMであっても、p70S6KのThr389のリン酸化を完全に停止する(図8)ことが示された。FTSのみが、Akt活性には影響を及ぼすことなく、p70S6KとPHAS-1のリン酸化を阻止した。
【0073】
PHAS-1は、LTED細胞において、血清枯渇の24時間後でもSer65において高度にリン酸化され、EGFでそれ以上刺激されなかった。FTSとLYは、Ser65リン酸化を用量依存的に抑制した。ラパマイシンは、高い方の濃度でも部分的な抑制を引き起こしたのみであった。PHAS-1には少なくとも4個のセリンおよびトレオニン残基があること、上記の修飾は、電気泳動の際の移動を遅らせることに注意すべきである。従って、PHAS-1バンドは、阻害剤の作用によってリン酸化が抑えられると、より速く移動した。
【0074】
IGF-1は、MAPキナーゼとPI3キナーゼ経路の両方を活性化する、もう一つの増殖因子である。しかしながら、IGF-1がこの二つの経路を刺激する機構は、EGFによるものとは異なっている。IGF-1とEGFとは、ERK1/2 MAPキナーゼ、Akt、p70S6K、およびPHAS-1のリン酸化に対しては同様の刺激作用を示したが、ただし、IGF-1は、Aktとp70S6Kのリン酸化に対して、EGFよりも強力で、持続的な刺激作用を誘発した。
【0075】
LTED細胞をあらかじめFTS(100 μM)、またはLY294002(20 μM)によって10、30、および60分処理し、次にIGF-1(20 ng/ml)を10分加えた。IGF-1処理は、MAPキナーゼ、Akt、およびp70S6Kのリン酸化を著明に誘発したが、PHAS-1のリン酸化は誘発しなかった。FTSもLY294002もERK1/2のリン酸化を抑制しなかった。LYは、AktのSer473におけるIGF-1誘発のリン酸化、およびp70S6KのThr389におけるIGF-1誘発のリン酸化に対して、強烈な抑制をもたらした。抑制作用は、処理の早くも10分後には認められたが、この時にはまだFTSは何の作用も誘発していなかった。これと好対照をなして、FTSとLYは共に、4E BP-1のリン酸化を特に60分時点で抑制した(図9)。
【0076】
FTSは、p70S6KおよびPHAS-1のリン酸化に対して極めて強力な抑制を示した。LY294002とは違って、FTSは、Aktリン酸化に対しては僅かな抑制しか示さなかった。これは、FTSの作用部位がAktの下流にあることを示している。p70 S6Kは、分裂促進刺激に対して、少なくとも8個のセリン/トレオニン残基において順次リン酸化を受ける。Thr389およびThr229は、キナーゼ活性にとって決定的に重要な二つのリン酸化部位である。実験によって、PDK1は、Thr229を直接リン酸化するが、一方、mTORは、Thr389をリン酸化する上流のキナーゼと考えられることが示されていた。FTSの、p70 S6Kに対する作用点をさらに探るために、FTSの、Thr229リン酸化に及ぼす作用を、特異的抗体を用いて調べた。
【0077】
Thr389のリン酸化に比べて、Thr229のリン酸化に対しては、EGF(図10A)、または、IGF-1(図10B)で処理したLTED細胞では、FTSは、あるとしてもごく僅かな抑制しか起こさなかった。一方、LY294002は、増殖因子誘発性のThr229のリン酸化を用量・時間依存的に阻止した(図10Aおよび10B)。図10Cは、培養液を含む血清中におけるThr389リン酸化に対するFTS(100 μM)の抑制作用が、2時間で出現し、24時間で最大になることを示す。一方、Thr229のリン酸化は、ほんの僅か抑えられたにすぎない。これらのデータは、FTSのp70 S6Kに対する抑制は、PI3キナーゼの下流で起こることを示す新たな証拠を提供する。そこで、mTOR活性に対するFTSの作用を調べた。
【0078】
mTORに対して特異的なアッセイを用いて、FTSの、mTORに対する作用を監視した。このアッセイは、mTORの細胞へのトランスフェクション、抗mTOR抗体によるmTORの免疫沈降、続いて、沈降mTORの活性を評価するキナーゼアッセイを利用するものである。このアッセイにおいて、FTSは、mTORに対して特異的な基質をリン酸化するmTORの能力を、完全に阻止した。この作用は、100マイクロモルの濃度で最大であったが、25マイクロモルでも認められた。これらの実験ではFTSを希釈するための手段に注意を払うことが実験の成否を分ける鍵となった。なぜならFTSはバッファーに対して極めて低い溶解度しか持たないからである。
【0079】
[実施例5]
<ファルネシルチオサリチル酸は、mTOR-raptor複合体の解離を促進することによって、細胞内およびインビトロ両方においてmTOR活性を抑制する>
ラパマイシンの哺乳類での標的であるmTORは、細胞成長および増殖の調節に与るSer/Thrタンパクキナーゼである。mTORの基質の内でもっとも詳しく特性が解明されているものの一つは、PHAS-I(別名4E-BP1)である。PHAS-Iは、eIF4Eに結合し、eIF4EがeIF4Gに結合するのを阻止することによって、キャップ依存性翻訳を抑える。mTORによってリン酸化されると、PHAS-Iは、eIF4Eから解離し、eIF4EがeIF4Gと結合するのを可能とし、従って、40Sリボソームサブユニットの適正な配置、および、5’-UTRの効率的な走査に必要とされる、eIF4F複合体の形成を増進する。細胞では、mTORは、さらにraptorおよびmLST8を含む複合体mTORC1中に認められる。raptor(別名mKOG1)は、新規に発見されたMr=150,000タンパクで、独特のNH2末端領域を持ち、それに続いて3個のHEATモチーフ、および7個のWD-40ドメインを持つ。mLST8(別名Gβ1)は、ヘテロ三量体Gタンパクのβサブユニットファミリーのメンバーと相同であり、ほぼ完全に7つのWD-40反復配列から成る。この2個のmTOR-結合タンパクの役割はまだ完全には定義されてはいないけれども、両方ともmTORの最適機能の発揮には必要であるようである。なぜなら、細胞から、siRNAによってraptorかmLST8のいずれかを消失させると、mTOR活性は低下するからである。raptorはPHAS-1に直接結合するので、raptor結合を減少させるPHAS-1の突然変異もまた、インビトロにおいて、mTORによるPHAS-Iのリン酸化を抑制する。従来、TORC1におけるraptorは、リン酸化のためにPHAS-IをmTORに提示する、基質結合性サブユニットとして機能するとする仮説が提示されていた。
【0080】
ラパマイシンは、mTOR機能の原型阻害剤である。ラパマイシンに対する感度を定量することは、従来からmTORによって調節される細胞内過程を特定するための貴重な手法とされている。実験的な用途の他にも、ラパマイシンおよび/または関連薬剤CCI-779は、移植臓器に対する宿主の拒絶反応の抑制、血管形成術後の冠状動脈の閉鎖、および、腫瘍細胞の増殖の抑制のために、臨床的に使用されている。ラパマイシンの作用は、mTORに対して高い親和度で結合するためには、この薬剤は先ず、プロピルイソメラーゼ、FKBP12と複合体を形成しなければならないという点で、込み入っている。ラパマイシン-FKBP12は、FRBと呼ばれる、mTORのキナーゼドメインの上流にある領域に結合する。この複合体の結合は、インビトロにおいてmTOR活性を著明に減少させるが、完全には抑制しない。この不完全な抑制から、細胞中のmTORには、ラパマイシン非感受性の機能があるかも知れないという可能性が生じる。このことから、ラパマイシンとは別の機構でmTORに干渉する薬剤があるとすれば、それは、有効な実験的および/または臨床的ツールとなる可能性がある。
【0081】
293T細胞においてmTOR機能に対するFTSの作用を調べるために、mTORのよく特徴の分かっている標的であるPHAS-Iの、リン酸化の変化を監視した。PHAS-IのSer64およびThr69のリン酸化によって、SDS-PAGEにおいてこのタンパクの移動度に劇的な低下が引き起こされるので、この移動度の変化が、リン酸化状態の変化の指標となる。漸増濃度のFTSと細胞をインキュベートすると、電気泳動移動度の低下で示されるように、PHAS-Iのリン酸化が減少した(図11A)。FTSはまた、mTORによって優先してリン酸化される部位であるThr36およびThr45の、脱リン酸化も促進するのかどうかを定めるために、PTh36/45抗体によるイムノブロットを調製した(図11A)。FTSを増していくと、PHAS-Iの、リン酸特異的抗体に対する反応性は著明に低下した。抗体は、Thr36またはThr45のいずれかでリン酸化したPHAS-Iと反応するので、イムノブロットの強度変化はリン酸化変化の正確な尺度とはならないが、この薬剤が、上記部位の脱リン酸化を促進することは明らかである。
【0082】
mTORのシグナル伝達に対するFTSの抑制作用をさらに調べるために、mTOR、raptor、およびmLST8の結合に対する該薬剤の作用を定量した。AU1-mTORと、HA標識型のraptorおよびmLST8を、293T細胞において過剰発現させ、次に、漸増濃度のFTSとインキュベートし、その後、AU1-mTORを抗AU1抗体で免疫沈降させた。抗HA抗体によってイムノブロットを調製し、AU1-mTORによって共免疫沈降したHA-raptorとHA-mLST8の相対量を評価した(図11A)。二つのHA標識タンパクは、FTS無添加でインキュベートした細胞由来の免疫複合体の中に簡単に検出された。これは、mTOR、raptor、およびmLST8は、293T細胞において複合体を形成することを示す。FTSは、免疫沈降したAU1-mTORの量を変えることはないが、FTSの濃度を漸増すると、共免疫沈降したHA-raptorの量の漸減が得られた(図11A)。3回の実験の結果を分析したところ、mTORからのraptorの解離に及ぼす、最大の半分の作用は、ほぼ30 μM FTSにおいて観察された(図12B)。FTSは、AU1-mTORに結合するHA-mLST8の量は変えないようであった(図11Aおよび12B)。
【0083】
過剰発現タンパクで得られた結果は、内因性タンパクの反応を必ずしも代表するものではない。そこで、非トランスフェクト細胞における内因性TORC1に対するFTSの作用を調べるために実験を行った。293T細胞を、漸増濃度のFTSとインキュベートし、その後、mTOR抗体、mTAb1にてmTORを免疫沈降させた(図11B)。次に、mTOR、mLST8、およびraptorに対する抗体を用いてイムノブロットを調製した。FTSは、mTORと共に共免疫沈降したraptorの量を著明に低下させた。このように、FTSは、内因的なmTORおよびraptorタンパクの結合に対しても、過剰発現させた同じタンパクの結合に対しても同等の作用を及ぼした。FTSはまた、mTORと共に共免疫免疫沈降したmLST8の量を下げたが、この作用は、同薬剤の、raptor回収に対する作用よりもはるかに目立たないものであった(図11A、11B、および12)。
【0084】
細胞をFTSとインキュベートすると、mTOR活性に安定な減少が得られ、これは、mTORが免疫沈降した後も持続した。図12Aは、漸増濃度FTSとインキュベートした293T細胞の抽出物について、AU1-mTORによる免疫複合体キナーゼアッセイの結果を示す。AU1-mTOR活性のFTS介在による抑制の用量反応曲線(図12A)、および、AU1-mTORとHA-raptorの解離曲線(図12B)は酷似しており、最大値の半分作用は、20-30 μMに見られた。これらの結果は、FTSは、mTORC1からのraptorの解離を促進することによって細胞中のmTORを抑制することを示す。
【0085】
細胞を漸増濃度のS-ゲラニルチオサリチル酸(GTS)でインキュベートした場合の、mTOR活性、およびAU1-mTORおよびHA-raptorの結合に対する作用についても調べた(図12)。GTSは、15炭素原子ファルネシル基の代わりに10炭素原子ゲラニル基を含むことを除いては、FTSと同じである。GTSは、Rasシグナル伝達経路のダウンレギュレーション(down-regulation)についてはFTSよりもはるかに作用が低く、高濃度のイソプレノイド誘導体の場合に見られる、非特異的界面活性剤様作用のコントロールとして用いられる。細胞を漸増濃度のGTSとインキュベートすると、mTOR活性がやや低下した(図12A)。しかしながら、GTSは、あきらかにFTSよりも効果的ではなかった。GTSは、AU1-mTORとHA-raptor、またはHA-mLST8との結合に対して比較的小さな作用しか及ぼさなかった(図12B)。細胞を、200 μMのサリチル酸ナトリウムとインキュベートしても、mTOR活性にも、mTORとraptorの結合に対しても、作用は認められなかった。
【0086】
無処理の細胞におけるFTSの所見も、FTSのTORCIに対する作用、または、mTORとraptorの結合を調節するシグナル伝達経路に対する作用と一致するであろう。大抵のシグナル伝達経路の統合性は、細胞がホモジェネートされると破壊されるものであるので、AU1-mTOR、HA-raptor、およびHA-mLST9が過剰発現した細胞の抽出物におけるFTSの作用を調べた。抽出物を、漸増濃度のFTSとインキュベートしたところ、AU1-mTORのPHAS-Iキナーゼ活性は、[γ-32P]ATPからの32Pの取り込みで評価しても、PThr36/45抗体によるイムノブロッティングで評価しても減少した(図13A)。無処理の細胞の場合よりも、インビトロではmTOR活性を抑制するのに、ほぼ4倍低濃度のFTSが必要とされるだけであった。恐らく、タンパク結合および膜透過性に関連する因子が、細胞と、抽出物において要求されるFTSの濃度の差の原因と考えられる。抽出物を、漸増濃度のFTSとインキュベートした場合でも、AU1-mTORと共に共免疫沈降するHA-raptorの量は減少した。キナーゼ抑制の用量反応曲線(図14A)、およびAU1-mTORとHA-raptorの解離(図14B)は、ほとんど同じであり、これは、このインビトロ条件下では、mTORC1からのraptorの消失が、FTSによるmTOR活性抑制の原因であることを示している。この場合も、FTSの作用は、mTORC1成分の過剰発現には依存していなかった。非トランスフェクト細胞由来の抽出物をFTSとインキュベートしても、mTORと共免疫沈降する内因性raptorの量は減少した(図13B)。作用は、トランスフェクトされたタンパク同士の複合体の解離を促進するのと同じ濃度で出現した(図13A)。FTSのmTOR活性に対する抑制作用は、FTSを、タンパクキナーゼアッセイ直前に免疫複合体に対して直接添加した場合でも、あるいは、FTSを、mTORの免疫沈降の前に抽出物に添加した場合でも、明らかであった。従って、もしもFTS作用が、mTORC1の既知の成分以外の因子に依存するのであるならば、その因子は、複合体と一緒に共免疫沈降しなければならない。FTSはまた、mTORタンパクによって共免疫沈降される、トランスフェクトされたmLST8タンパク、および内因性mLST8タンパク両方の量を僅かながら減少させたが(図13A、図13B)、この作用は、調べたFTSの最高濃度においてのみ観察された(図14B)。
【0087】
トランスフェクトした細胞の抽出物を、漸増濃度のGTSとインキュベートすると、この場合も、AU1-mTOR活性(図14A)、および、AU1-mTORとHA-raptorの結合(図14B)の両方において漸減がもたらされた。このGTSの作用は、FTSの作用よりも約10倍高い濃度で見られた。従って、薬剤のイソプレニル成分によって、選択性が付与されたことになる。
【0088】
FTSのラパマイシンに対する作用を、従来報告されている他のいくつかのmTOR阻害剤に対する作用とも比較した。トランスフェクト細胞の抽出物をFTSとインキュベートすると、mTOR活性(図15Aおよび15B)も、AU1-mTORとHA-raptorの結合(図15Aおよび15C)も減少した。それとは対照的に、これらの複合体を、カフェイン、ラパマイシン-FKBP12、LY294002、またはウォルトマニンと、mTOR活性を80%以上減少させる濃度においてインキュベートしても、AU1-mTORとHA-raptorの結合を低下させる作用については、あったとしても、ほんの僅かなものしか無かった。
【0089】
この実験結果は、FTSがmTOR活性を抑制することを示す直接の証拠を与える。これは、下記の証拠に基づく。すなわち、(1)FTSは、AKTまたはMAPキナーゼに対する抑制よりも実質的に上回ってPHAS-1およびP70S6キナーゼ活性を阻止する。(2)トランスフェクトされたHA標識mTORによる直接的mTORアッセイ、mTORのヘムアグルチニン沈降、および、特定基質アッセイは、mTOR活性に対するFTSの直接作用を示す。(3)FTSは、mTORの作用にとって必要な工程である、mTORのRAPTORに対する結合を妨げる。(4)mTORは、ファルネシル化タンパクに対して特異的な抗体によって間接的に証明されたように、ファルネシル化されているようである。FTS漸増濃度によるmTOR活性の抑制は、mTOR-raptor複合体の解離と、細胞内においても、インビトロでも緊密に相関していたという所見は、FTSは、mTORC1からのraptorの解離を促進することによって作用するという結論を支持する。FTSは、このようにしてmTORのシグナル伝達を抑制する薬剤の最初の例であるようである。
【0090】
ペプチド様ファルネシルトランスフェラーゼ阻害剤、L-774,832も、mTORシグナル伝達を抑制することが明らかにされている。Rasシグナル伝達経路との類似から、FTSと、ファルネシルトランスフェラーゼ阻害剤とが、mTORシグナル伝達経路において同じ標的に作用しているかも知れないと疑うことは理にかなっている。FTSもファルネシルトランスフェラーゼ阻害剤も、Rasの原形質膜局在を妨げる。前者は、Rasの、膜局在に必要なイソプレニル化を阻止することによって、後者は、Rasを、その膜結合部位から遠ざけることによってそれを行う。ファルネシルトランスフェラーゼは、時にCAAXボックス(この名前の内、CはCysであり、Aは脂肪族アミノ酸であり、Xは任意のアミノ酸である)と呼ばれることのあるCOOH末端モチーフに見られる、Cysをプレニル化する。mTORにおけるCOOH末端配列は、CysProPheTrpであり、これは、CAAXボックスのいくつかの特徴を持つ。しかしながら、モデルペプチドに関する研究に基づくと、mTOR配列のPheは、強力な陰性の決定因子を表す。事実、この位置にPheを持つペプチドが、L-744,832を始め、他の、ファルネシルトランスフェラーゼの強力な競合的阻害剤の設計の基盤となっている。
【0091】
TORC1中のどのタンパクもプレニル化されたものは知られていない一方、FTSの標的は、mTORシグナル伝達経路の上流側にある可能性がある。一つの例は、ファルネシル化GTP結合タンパクRheb(脳に豊富なRas相同体)である。Rhebは、Rheb GTPase活性化タンパク(GAP)として機能するTSC1/TSC2を抑制する増殖因子に応じて、活性化される(Yang, et al., (1999) FEBS Lett. 453, 387-390; Aharonson, et al., (1998) Biochim. Biophys. Acta 1406, 40-50; および、Brunn, et al., (1996)EMBO J. 15, 5256-5267)。その機構は依然として不明であるが、Rhebの活性化はmTORシグナル伝達を促進する。RhebのCAAXボックスのCysを突然変異させると、S6K活性を増大させる過剰発現Rhebの能力は消失した。従って、Rhebは、ファルネシルトランスフェラーゼ阻害剤の標的候補であり、細胞内の結合部位からRhebを遠ざけるFTSの作用が、未処理の細胞において、mTORシグナル伝達に対するFTSの抑制作用に寄与することは十分にあり得ることである。しかしながら、Rhebは、mTORとは共に免疫沈降しないようである。従って、Rhebが、FTSの、mTOR活性、および、インビトロにおけるmTORとraptorの結合に対する抑制作用に関与しているかどうかははっきりしない。興味あることに、細胞内におけるL-744,832によるmTORシグナル伝達の抑制は、タンパクのファルネシル化の抑制では説明できないほど速やかに(1.5時間以内)起こるようである。
【0092】
Rasシグナル伝達を抑制するその作用と一致して、FTSは、MAPキナーゼの活性を阻止し、さらに、インビトロとインビボの両方においていくつかのタイプの腫瘍細胞の増殖を抑制する(Law, et al., (2000) J Biol. Chem. 275, 10796-10801; Casey, P.J. and Seabra, M.C. (1996) J. Biol. Chem. 271, 5289-5292; Yamagawa, et al., (1994) J. Biol. Chem. 269, 16333-16339; and Zhang, et al., (2003) Nature Cell Biol. 5, 578-581)。ファルネシル化される様々のタンパクの数を考えると、FTSの作用は、Rasシグナル伝達の抑制だけではないと期待しても無理ではない。本出願に報告される通り、エストロゲンの乳ガン細胞増殖刺激作用に対するFTSの抑制は、MAPKの抑制よりは、mTORシグナル伝達経路の二つの下流要素であるPHAS-IおよびS6K-1の脱リン酸化と、はるかに緊密な相関を持っている。
【0093】
mTORのラパマイシンによる抑制は、キャップ付加mRNAやキャップ部位の近傍にTOP(ピリミジン通路)モチーフを有するメッセージの翻訳を、抑制することが明らかになっている。mTORC1の抑制は、PHAS-Iリン酸化の低下と、その結果として翻訳に利用可能なeIF4Eの低下を招き、FTSの抗増殖作用に寄与するのではないかと疑う十分な根拠もある。eIF4Eの増加は、キャップ依存性翻訳のみならず、細胞増殖の増加ももたらすのかも知れない。例えば、eIF4Eの過剰発現は、HeLa細胞の増殖速度を増し、異常形態を引き起こした。3T3線維芽細胞におけるeIF4Eの安定した過剰発現は、増殖速度を増すばかりでなく、実際に悪性転換を招いた。これは、ヌードマウスに移植した場合に、足場非依存的な増殖と腫瘍の形成によって証明された。eIF4Eレベルは、大多数の乳ガンにおいて亢進しており、そのガンは高頻度でRasの突然変異形を含んでいる(Jansen, et al., (1999) J Mol. Med. 77, 792-797)。
【0094】
従来から、eIF4Eは、有糸分裂誘発を促進するタンパクの翻訳を積極的に推進することによって、増殖を刺激することが示唆されていた。多くのオンコジーン、増殖因子、およびシグナル伝達タンパクをコードするmRNAの5’-UTRは、比較的安定な二次構造の領域を含むと予測されている。この構造領域は、40Sリボソームサブユニットによる結合および/または走査を妨害することが明らかにされている。このようなメッセージの翻訳は、ハウスキーピングタンパクをコードする多くのメッセージの特徴である、無構造5’UTRを持つmRNAの翻訳よりは、eIF4Eの当座の利用可能性により依存するように思われる。eIF4Eに対する依存性は、eIF4Fの形成にとってeIF4Eが必要であるからということで説明されると考えられる。eIF4Fは、eIF4Aサブユニットのヘリカーゼ活性を通じて5’-UTRの二次構造を溶かす。この機構から予測されるように、eIF4Eの利用可能性を下げるPHAS-1の過剰発現は、eIF4Eを過剰発現する細胞の逆転を招いた。興味あることに、最近、構成的に活性なPHAS-Iタンパクの過剰発現は、MCF7乳ガン細胞の増殖を下げることが示された(Terada, et al., (1994) Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 91, 11477-11481)。
【0095】
mTOR活性を抑制し、PHAS-Iのリン酸化を下げることによって、FTSは、増殖反応に対するeIF4Eの寄与を低減しているはずである。eIF4E利用可能性の変化と独立な、他の、mTOR依存性過程が、必ずや、細胞増殖の調節には関与している。FTSはraptor-mTOR相互作用を必要とするこれらの過程を抑制する、ということが判明する時が来ることが期待される。以上から、本発明の一つの実施態様は、FTSによるmTOR活性阻止能力に向けられる。この作用は、乳ガンの治療に使用することが可能である。この疾病において、FTSは、エストロゲン剥奪療法に対する耐性の発達を遅らせることになろう。
【0096】
<材料と方法>
[抗体]−内因性のmTORを認識する抗体(mTAb1およびmTAb2)、および、内因性のPHAS-Iおよびraptorを認識する抗体は、ウサギを、それぞれのタンパクの領域に相当する配列を持つペプチドによって免疫化して生成した。PHAS-Iのリン酸化部位を認識する、リン酸特異的抗体、P-Thr36/45およびP-Thr69は、以前に記載されている通りに生成した(Mothe-Satney et al., (2000) J Biol. Chem. 275, 33836-33843)。P-Thr36/45抗体は、Thr36か、Thr45のいずれかでリン酸化されたPHAS-Iに結合する。なぜなら、これらの部位の周囲の配列はほとんど同一だからである。AU1エピトープタグに対するモノクロナール抗体を含む腹水は、Berkley Antibody Companyから入手した。mycエピトープタグを認識する9E10、および、HAエピトープタグを認識する12CA5は、ヴァージニア大学、リンパ球培養センターによるハイブリドーマ培養液から精製した。
【0097】
mLST8に対する抗体を生成するために、ヒトmLST8の298-313位置と同一配列を持つ合成ペプチドを、キーホールリンペットヘモシアニンと結合し、その結合体を用いて、ウサギを以前に記載されている通りに免疫化した(Zimmer et al., (2000) Anticancer Res 20, 1343-1351)。ペプチドをSulfolinkビーズ(Pierce)と結合させて調製したアフィニティー樹脂を含むカラムを用いて、抗体を精製した。
【0098】
[cDNA構築体]−−AU1-mTOR、HA-Raptor、およびmyc-PHAS-Iを過剰発現するための、pcDNA3AU1-mTOR、pcDNA33HA-Raptor、および、pCMV-Tag3APHAS-I構築体は、以前に記載された(Brunn, et al., (1997) Science 277, 99-101; Choi, et al., (2003) J. Biol. Chem. 276, 19667-19673; and Kozak, M. (1991) J. Cell Biol. 115, 887-903)。pcDNA33HA-mLST8は、NH2末端3重HAエピトープタグを持つmLST8(HA-mLST8)をコードする。pcDNA33HA-mLST8を生成するためには、5’EcoRI部位と、3’NotI部位とを、I.M.A.G.E.クローン3910883を鋳型に用いてPCRによってmLST8cDNA中に導入した。この産物を、EcoRIとNotIで消化した後、mLST8cDNAを、あらかじめEcoRIとNotIによって取り除いたraptor挿入体の代わりにpcDNA33HA-Raptorに挿入した。得られたpcDNA33HAmLST8の配列を決定したところ、エラーが無いことが判明した。
【0099】
[AU1-mTOR、HA-raptor、HA-mLST8、およびMyc-PHAS-Iの過剰発現]−−293T細胞を、10%(v/v)ウシ胎児血清を添加したダルベッコの修正版イーグル培養液(DMEM)から成る培養液で、24時間培養した。TransIT-LT2(Mirus Corp., マジソン、ウィスコンシン州)を用い、以前に記載されている通りに(Brunn, et al., (1997) Science 277, 99-101)、pcDNA3AU1-mTOR、pcDNA33HA-Raptor、およびpcDNA33HA-mLST8のそれぞれ4 μgによって293T細胞(100 mm直径皿)をトランスフェクトして、AU1-mTOR、HA-raptor、およびHA-mLST8を共発現させた。その他の細胞は、pcDNA3ベクターのみによってトランスフェクトした。そのように指示している場合は、細胞は、Myc-PHAS-Iを共発現するように、pCMV-Tag3APHAS-1によってトランスフェクトした。細胞は、トランスフェクション後18-20時間で実験に用いた。
【0100】
[mTOR活性の免疫複合アッセイ]−−AU1-mTORは、以前に記載されている通りに、プロテインG−アガロースビーズに結合させた抗AU1抗体によって免疫沈降させた(McMahon, et al., (2002) Mol. Cell Biol. 22, 7428-7438)。内因性mTORも、抗AU1抗体の代わりにmTAb1を用いた点を除いて、同じ方法で免疫沈降させた。キナーゼ活性を測定するために、徹底的に洗浄した免疫複合体を、20 μlのバッファーA(50 mM NaCl, 0.1 mM EGTA, 1 mMジチオスレイトール(DTT)、0.5 mMミクロシスチンLR、10 mM Na-HEPES、および50 mM β-グリセロリン酸、pH7.4)に懸濁した。キナーゼ反応は、2 mM[γ-32P]ATP、20 mM MnCl2, および40 μg/mlの[His6]PHAS-Iを添加した、20 μlのバッファーAの添加によって起動した。ウォルトマニンの作用を調べる実験では、反応からDTTを省略し、あらかじめ還元し、N-エチルマレイミドによってアルキル化した[His6]PHAS-Iを基質として用いた。反応は30°で10分後、SDSサンプルバッファーを加えることによって停止させた。サンプルはSDS-PAGEにて処理し、[His6]PHAS-Iに取り込まれた32Pの相対量を定量した。
【0101】
[電気泳動分析]−−SDS-PAGEは、Laemmliの方法を用いて行った。イムノブロットは、タンパクを電気泳動的にイモビロン(Millipore)膜に転写した後に調製した。[His6]PHAS-Iに取り込まれた32Pの相対量はリン光画像法によって定量した。イムノブロットにおけるバンドの信号強度は、レーザー走査濃度測定によって定量した。
【0102】
[その他の材料]−−FTS、およびS-ゲラニルチオサリチル酸(GTS)は、Yoel Kloog博士(テルアビブ大学、テルアビブ、イスラエル)、および、Wayne Bardin(Thyreos、ニューヨーク、ニューヨーク州)の寄贈による。ラパマイシンおよびLY294002は、Calibiochem-Novabiochem Internationalから入手した。カフェインは、Sigma Chemical Co.から入手した。グルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)-FKBP12および[His6]PHAS-Iは、以前に記載される通りに、細菌に発現させて精製した(Rousseau, et al. (1996) Oncogene 13, 2415-2420; Jiang, et al., (2003) Cancer Cell Int. 3, 2)。[γ-32P]ATPは、NEN Life Science Productsから入手した。
【図面の簡単な説明】
【0103】
【図1】図1は、培養細胞から免疫沈降で得られたmTORによる、mTOR基質であるPHAS-Iのインビトロでのリン酸化に対する、FTSの抑制作用を示す。293T細胞を、AU1-エピトープ標識mTOR、HA-標識raptor、およびHA-標識mLST8の発現ベクターでトランスフェクトした。24時間後、過剰発現したmTORを、AU1抗体で免疫沈降させ、免疫複合体を、2 mM[γ32P]ATP(250 μCi/ml)、20 mM MnCl2、および0.1 mg/ml精製組み換えヒスチジン標識PHAS-1を含む反応混合液で、FTSの濃度を漸増させて混合してインキュベートした。15分後、反応をSDSサンプルバッファーを加えて停止させ、サンプルをSDS-PAGEにて分析した。PHAS-Iに取り込まれた32Pの量を定量し、FTS不在下に取り込まれた量のパーセントで表した。平均値±二つの実験値幅の半分で表す。
【図2】図2は、乳ガン細胞のエストロゲン誘発増殖に与るシグナル伝達経路の模式図である。実線矢印は刺激を示す。破線矢印は、ある状況下における刺激を示す。棒線は抑制を示す。
【図3】図3は、FTSの、MCF-7、LTED、およびMCF-10A細胞の増殖に及ぼす作用を示す。6万個の細胞を、6ウェルプレートの各ウェルに撒いた。2日後、細胞を、3重標本として、表示の濃度のFTSによって5日間処理した。結果(平均±標準誤差)は、ベヒクルコントロールのパーセントで表した。
【図4】図4は、MCF-7およびLTED細胞のE2刺激による増殖に対する、FTSの作用を示す。3万個の細胞を、6ウェルプレートの各ウェルに撒いた。2日後、細胞に5% DCC-FBSを含むIMEMを再度補給した。さらに2日後、細胞を、3重標本として、エストラジオール(10-10M)に加えた各種濃度のFTSによって5日間処理した。LTED細胞では、培養液中の残留エストロゲンの効果を阻止するため、フルベストラント(10-9M)を全てのウェルに加えた。結果(平均±標準誤差)は、E2のみを含むウェルから得られた細胞数のパーセントで表した。
【図5】図5Aおよび5Bは、MFC-7細胞(図5A)、および、LTED細胞(図5B)におけるDNA合成に対する、FTSの作用を示す。10万個の細胞を、24ウェルプレートの各ウェルに撒いた。2日後、細胞に5% DCC-FBSを含むIMEMを再度補給した。さらに2日後、細胞を、4重標本として、表示の化合物によって18時間処理した。最後の2時間のインキュベーション中に[3H]チミジン(1 μCi/ウェル)を加えた。DNAに対する[3H]チミジンの取り込みは、タンパク含量について正規化した。
【図6】図6は、MCF-7細胞およびLTED細胞における、FTSによるアポトーシス誘発を表すデータを示す棒グラフである。8万個のMCF-7およびLTED細胞を、それぞれ培養液で満たされた12ウェルプレートの各ウェルに撒いた。2日後、細胞をFTSで3日間処理した。アポトーシスは、Roche Molecular Biochemicalsから市販されている細胞死検出キットを用いて測定した。同一の処理を行ったプレートを同時に細胞カウント用に準備した。結果は、1万個細胞当たりの、405 nmにおける光学的密度値として表した。
【図7】図7A−7Dは、MAPキナーゼ、PI3キナーゼ、およびmTORの血清刺激による活性化に対して、FTSの及ぼす作用を示すデータを表す。60 mm皿で培養した集密近くのMCF-7およびLTED細胞を、それぞれの培養液においてFTSによって24時間処理した。次に、細胞を収集し、細胞溶解物を調製した。特異的抗体を用いて、リン酸化を、ERK1/2 MAPキナーゼ(図7A)、AktのSer473(図7B)、p70 S6キナーゼのThr389(図7C)、およびPHAS-IのSer65(図7D)においてウェスタンブロット分析で検出し、濃度測定によって定量した。
【図8】図8は、LTED細胞において、MAPキナーゼ、PI3キナーゼ、およびmTORに対するEGF誘発性活性化に及ぼす、FTSの作用を示すデータを表す。60 mm皿で培養した集密近くのLTED細胞を、24時間血清枯渇させ、FTSで1時間、前処理し、EGF(1 μg/ml、1時間)の添加の前に、3時間、表示の濃度のLY294002(LY)またはラパマイシン(Rapa)によって処理した。次に、細胞を収集し、細胞溶解物を調製した。リン酸化および全キナーゼを、特異的抗体を用いてウェスタンブロット分析で検出した。
【図9】図9は、LTED細胞において、MAPキナーゼ、PI3キナーゼ、およびmTORに対するIGF-1誘発性活性化に及ぼす、FTSの作用を示すデータを表す。60 mm皿で培養した集密近くのLTED細胞を、24時間血清枯渇させ、IGF-1(20 ng/ml、10分間)の添加の前に、FTS(100 μM)、またはLY294002(LY, 20 μM)で、10、30、または60分間、前処理した。次に、細胞を収集し、細胞溶解物を調製した。リン酸化および全キナーゼを、特異的抗体を用いてウェスタンブロット分析で検出した。
【図10】図10A−10Dは、LTED細胞において、p70 S6キナーゼのThr226における、血清および増殖因子誘発性リン酸化に対する、FTSの作用を示すデータを表す(図10A)。EGFによって誘発されたp70 S6KのThr229リン酸化に対するFTSおよびLY294002(LY)の比較(図10B、図8に記載したものと同じ処理による)。IGF-1によって誘発されたp70 S6KのThr229リン酸化に対するFTSおよびLY294002の比較(図10C、図8に記載したものと同じ処理による)。図10Dは、IMEMを含む血清中で培養されたLTED細胞におけるp70 S6KのThr389およびThr229のリン酸化に対する、FTS(100 μM)作用の時間経過を示すグラフである。
【図11】図11Aおよび11Bは、FTSが、293T細胞において、PHAS-Iのリン酸化を抑制し、mTOR-raptor複合体の解離を促進することを示すデータを表す。293T細胞を、pcDNA3AU1-mTOR、pcDNA33HARaptor、pcDNA33HA-mLST8、およびpCMV-Tag3APHAS-1でトランスフェクトした(図11A)。18時間後、細胞を、漸増濃度のFTSと1時間インキュベートし、その後抽出物を調製した。各抽出物のサンプルをSDS-PAGEにて処理し、イムノブロットして、PHAS-IまたはPThr36/45を検出した。各抽出物においてAU1-mTORについても免疫沈降させ、免疫複合体を、SDS-PAGEにて処理し、mTAb2にてイムノブロットしてmTORを検出し、抗HA抗体にてイムノブロットしてHA-mLST8およびHA-raptorを検出した。非トランスフェクト293T細胞を、漸増濃度のFTSにて1時間インキュベートし、その後抽出物を調製した。mTORを、mTAb1にて免疫沈降させ、サンプルをSDS-PAGEにて処理した。mLST8、mTORのイムノブロットを図11Bに示す。
【図12】図12Aおよび12Bは、細胞を、漸増濃度のFTSおよびGTSと共にインキュベートした場合の、mTOR活性、および、mTORと、raptorおよびmLST8との結合に対する作用を示すデータを表す。AU1-mTOR、HA-raptor、およびHAmLST8は、293T細胞において過剰発現させた。次に、細胞を、漸増濃度のFTS(●、▲、■)、またはGTS(○、△、□)と1時間インキュベートし、その後抽出物を調製した。次に、抗AU1抗体にて免疫沈降を行った。mTORキナーゼ活性(●、○)は、[γ-32P]ATPを用いて行った免疫複合体キナーゼアッセイにおいて[His6]PHAS-Iへの32Pの取り込みを測定することによって定量した。AU1-mTORによって共免疫沈降されるHA-raptor(▲、△)およびHA-mLST8(■、□)の相対量は、抗HA抗体によるイムノブロッティング後に定量した。結果(平均値+3回の実験の標準誤差)は、FTSまたはGTS無しでインキュベートしたサンプルに対する、mTOR活性(図12A)、または、共免疫沈降タンパク(図12B)のパーセントで表し、免疫沈降したAU1-mTORの量について補正した。
【図13】図13Aおよび13Bは、FTSが、細胞抽出物において、raptor解離を促進し、mTOR活性を抑制することを示すデータを表す。293T細胞を、pcDNA3単独(Vec.)、または、pcDNA3AU1-mTOR、pcDNA33HARaptor、およびpcDNA33HA-mLST8の組み合わせによってトランスフェクトした。細胞抽出物を、漸増濃度のFTSにてインキュベートし、その後AU1-mTORを免疫沈降させた。免疫複合体のサンプルを[γ-32P]ATP、および組み換え[His6]PHAS-Iでインキュベートし、SDS-PAGEにて処理し、イモビロン膜に転写した。32P-PHAS-Iを検出するため、膜のリン光画像を得た後、膜をPThr36/45抗体にてイムノブロットした。免疫複合体のその他のサンプルはSDS-PAGEにて処理し、HAエピトープまたはmTORに対する抗体を用いてイムノブロットを調製した(図13A参照)。非トランスフェクト293T細胞の抽出物を漸増濃度のFTSとインキュベートし、その後、mTORを、mTAb1にて免疫沈降させた。コントロールの免疫沈降は、非免疫IgG(NI)を用いて行った。免疫複合体はSDS-PAGEにて処理し、mLST8、mTOR、およびraptorに対する抗体を用いてイムノブロットを調製した。
【図14】図14Aおよび14Bは、FTSおよびGTSの濃度を漸増した場合の、mTOR活性、および、mTORおよびraptorの結合に対する、相対的作用を示すデータを表す。AU1-mTOR、HA-raptor、およびHA-mLST8を過剰発現する293T細胞のサンプルを、漸増濃度のFTS(●、▲、■)、またはGTS(○、△、□)と1時間インキュベートし、その後、抗AU1抗体にて免疫沈降を行った。mTORキナーゼ活性(●、○)は、[γ-32P]ATPを用いて行った免疫複合体キナーゼアッセイにおいて[His6]PHAS-Iへの32Pの取り込みを測定することによって定量した。AU1-mTORによって共免疫沈降されたHA-raptor(▲、△)およびHA-mLST8(■、□)の相対量は、抗HA抗体によるイムノブロッティング後に定量した(図14B参照)。結果(平均値+5回の実験の標準誤差)は、FTSまたはGTS無しでインキュベートしたサンプルに対する、mTOR活性(図14A)、または、共免疫沈降タンパク(図14B)のパーセントで表し、免疫沈降したAU1-mTORの量について補正した。
【図15】図15A−15Cは、mTOR阻害剤の、mTORとraptorとの結合に対する作用を示すデータを表す。293T細胞を、pcDNA3単独(Vec.)、または、pcDNA3AU1-mTOR、pcDNA33HARaptor、およびpcDNA33HA-mLST8の組み合わせによってトランスフェクトした。AU1-mTORを免疫沈降させ、洗浄された免疫複合体サンプルを、阻害剤無しで、または、下記のものと一緒に30℃で30分インキュベートした。すなわち、カフェイン(1 mM)、FTS(50 μM)、LY294002(10 μM)、ラパマイシン(1 μM)に加えたFKB12(10 μM)、および、1 μMのウォルトマニンである。ウォルトマニンの破壊を防ぐために、インキュベーションは、チオール還元剤の不在下に行った。この免疫複合体のサンプルを10分間、10 mM MnCl2、1 mM[γ-32P]ATP、および50 μg/ml [His6]PHAS-Iと共にインキュベートし、mTOR活性を評価した。他のサンプルは2度洗浄し、SDS-PAGEにて処理し、抗HAおよび抗AU1抗体にてイムノブロットし、AU1-mTORと結合するHA-raptorとHA-mLST8の量を求めた。キナーゼアッセイによる32P-PHAS-Iのリン光画像、および、HA-mLST8、AU1-mTOR、およびHA-raptorのイムノブロットを図15Aに示す。PHAS-Iに取り込まれた32Pの相対量は、リン光画像法によって定量した(図15B参照)。AU1-mTORによって免疫沈降させたHAraptorおよびHA-mLST8の量は、イムノブロットに基づいて定量した(図15C参照)。図15Bおよび15Cにおいて、結果は、免疫沈降したAU1-mTORの量について補正し、それぞれのコントロールのパーセントで表した。平均+2回の実験値の範囲の1/2が示される。
【図16】図16は、マウスに移植したLTED細胞に対するFTSのインビボ作用を示すデータを表す。3-4週齢の雌のCrtCD1ヌードマウスについて、卵巣を摘出し、両側腹にLTED細胞(1部位当たり5百万、皮下)を接種した。血漿エストラジオール濃度が約10 pg/mlとなるように、エストラジオールを含むシラスティックカプセルを皮下に埋め込んだ。細胞接種の2週間後、動物を三つのグループに分割した。動物には、毎日、それぞれ、リン酸バッファー生食液(バッファー)、シクロデキストリン(CD)、またはFTS-CD(40 mg/kg)を注入(ip)した。投与7週後、動物を屠殺して、腫瘍の重量を測定した。
【図17】図17Aおよび17Bは、インビトロ培養のLTED細胞における、FTSのJNK活性化に及ぼす作用を示すデータを表す。図17Aに示すように、FTS投与は、インビトロ培養したLETD細胞においてJNK活性化を刺激する。さらに、図17Bに示すように、LTED細胞に対する、FTSおよびエストラジオール投与は、共に、JNKの活性化を増進し、その結果、cJNKのリン酸化を増強する。
【背景技術】
【0001】
<米国政府の権利>
本発明は、米国政府の援助の下、国立衛生研究所によって付与された研究助成金Grant No. R01 65622, P30-CA 44579, R01 84456およびR01 DK52753によって為された。米国政府は、本発明において相当の権利を有する。
【0002】
<関連出願>
本出願は、35USC(米国特許法)119(e)条に基づき、2003年8月22日出願の米国特許出願仮番号第60/497,067号の優先権を主張する。なお、この特許出願の開示を引用することにより本出願に含める。
【0003】
<背景>
臨床的および生化学的データから、ヒト乳ガン症例の3分の1はホルモン依存性であるという証拠が示されている。エストロゲンは、これらの腫瘍に対して主要な分裂促進因子であり、エストラジオールの剥奪が、乳ガンを患う患者に対する一般的治療となっている。剥奪は、卵巣除去、アロマターゼ(エストロゲン合成)阻害剤と呼ばれる薬剤、および「GnRH super-agoninst(超協調作動体)類縁体と呼ばれる化合物の使用によって実現される。しかしながら、臨床観察から、乳ガン細胞は、エストラジオールに対する感受性を強化することによって、エストラジオールの低レベル状態に適応可能であることが明らかにされている。具体的に言うと、エストラジオールの急性剥奪の前には、腫瘍の増殖を刺激するのに200 pg/mlのエストラジオールが必要とされるのに対し、適応の12-18ヶ月後には、腫瘍増殖を招くのに10-15 pg/mlで十分となる。
【0004】
培養乳ガン細胞を研究することによって、野生型MCF-7細胞をエストロゲン無添加培地で長期に渡って培養すると、細胞は最初は増殖を止めるが、数ヵ月後、細胞は適応して、エストラジオールで最大限刺激された野生型MCF-7と同程度に急速に増殖することが示された。これらの適応培養細胞は、LTED(long-term estrogen deprivation、エストロゲン長期剥奪)細胞と名づけられているが、ホルモン適応に関連する過程を研究するのに用いられている。
【0005】
ホルモン依存性乳ガン細胞の増殖刺激においては、MAPキナーゼ(MAPK)経路が重要な役割を果たしていると考えられており、そのアップレギュレーション(up-regulation)が、インビトロのLTED細胞や、ヌードマウスに対するLTEDの異種移植片において(活性化MAPKレベルを検出することによって)直接測定されている。MAPキナーゼ経路は、サイクリンと呼ばれる細胞周期関連タンパクのレベルを上げることによって細胞の増殖を刺激する。活性化MAPKはさらに、LTED細胞における増殖強化でもその関与が予想されている。なぜなら、PD98059またはU0126のようなMAPK阻害剤が、処理されたチミジンのDNAへの取り込みを阻止するからである。これらのデータは、活性化MAPKの増大が、適応的感度亢進過程に関与していることを示唆する。
【0006】
MAPキナーゼに加えてさらに、または、それと平行して、PI3キナーゼ経路も、増殖の介在因子として益々注目を集めている。PI3キナーゼは、Aktをリン酸化し、活性化するが、これは細胞の生存性を高める。またPI3キナーゼは、P70-S6キナーゼおよび4-E-BP-1(PHAS-1とも呼ばれる)が関与する二つの工程を通じて細胞増殖を刺激する。さらに、Aktは、結節硬化症複合体2(TSC2)をリン酸化し、これは、TSC1/2複合体の、Rhebに対する抑制作用を遮断し、mTORの活性化をもたらす。mTORは、セリン/トレオニンタンパクキナーゼであるが、タンパク合成を調節するシグナル伝達経路における中心的要素である。p70 S6KおよびPHAS-I(別名4EBP1)は、mTORの、もっともその特徴がよく解明されたエフェクターである。主要なリボソームタンパクS6キナーゼであるp70 S6Kは、mTORによってリン酸化され、活性化される。PHAS-Iは、mRNAのキャップ結合タンパクであるeIF4Eに結合し、eIF4EとeIF4Gとの相互作用を阻止し、キャップ依存性の翻訳を抑制する。増殖因子刺激に応じてmTOR依存性にリン酸化されると、PHAS-IはeIF4Eから解離し、キャップ依存性翻訳の増加をもたらす。
【0007】
RASは、MAPキナーゼ経路、およびPI3キナーゼ経路両方に対し、決定的に重要な修飾因子であり、従ってこれまでガン治療のための薬剤開発の焦点であった。いくつかの研究によって、一つの化合物、ファルネシルチオサリチル酸(FTS)が調べられてきた。これは、GTP-Rasの、原形質膜アクセプタータンパク、ガレクチン1に対する結合を抑制し、Ras分解の増大を招く。開発の際に、RAS突然変異の活性化を含む腫瘍の治療について、FTSが、インビボおよびインビトロで試験されてきた。そのような腫瘍としては悪性のメラノーマと膵臓ガンが含まれる。研究によって、インビトロの組織培養でも細胞増殖を遮断し、同様に、インビボでも腫瘍増殖を抑制することが示された。この薬剤は無害で、腫瘍の抑制に必要な用量において動物の体重減少をもたらさない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の一つの局面は、乳ガンの治療、および、ホルモン療法に対する耐性の発達の阻止のための、FTSの用法に関する。さらに具体的に言うと、本出願者等は、FTSは、mTOR活性を阻止するという従来知られなかった能力を持つことを発見し、この活性に気付いたことが、ホルモン反応性のガンに対するホルモン療法における適応反応を抑制するための、ここに提案されるFTSの用法をもたらしたのである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
<本発明の各種実施態様の要約>
本発明の一つの局面は、哺乳類の酵素mTORの強力な遮断剤である、下の一般的構造を持つ化合物の用法に関する、すなわち、
(式中、XはNH、O、SO、SO2、またはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;R2はCOOHである)。このようなmTOR阻害剤を含む組成物も、一つの実施態様では、乳ガンおよびその他のホルモン反応性ガンを治療する薬剤として使用することが可能である。乳ガンは、ホルモン依存性腫瘍であり、初期には、エストロゲンの合成や作用の遮断に反応するが、後になって、このような治療策に対して耐性を養成する。ホルモン耐性の発達は、mTOR介在性の事象のアップレギュレーションを含むと考えられており、本出願者等は、本出願において、FTS、およびその他のmTOR活性の阻害剤が、ホルモン剥奪療法に対する耐性を阻止する点で、重要、かつ極めて効果的な手段を提供するものであることを提案する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
<定義>
本発明を説明し、その特許権を主張するに際し、下記の用語は、下に記載される定義に従って使用される。
【0011】
本出願で用いられる「精製された」という用語、および類似の用語は、ある分子または化合物において、天然の環境では通常その分子または化合物に付随するその他の成分に対して、相対的に、その分子または化合物が濃縮されることに関する。この「精製された」という用語は、その過程において、その特定の分子の完全な純化が達成されたことを必ずしも示さない。本出願で用いられる「高度に精製された」化合物とは、90%を超える純度を持つ化合物である。
【0012】
本出願で用いられる「製薬学的に受容可能な担体」という用語は、標準的製薬用担体、例えば、リン酸バッファー生食液、水、油/水または水/油乳液のような乳液、および各種湿潤剤の内から任意に選ばれるものを含む。この用語はまた、米国連邦政府の統制局によって承認された薬剤、または、米国薬局方においてヒトを含めた動物において使用可としてリストされた薬剤の内から任意に選ばれるものをその範囲に含む。
【0013】
本出願で用いられる「治療する」という用語は、特定の障害または病態に関連する症状を緩和する、および/または、前記症状を阻止または排除することを含む。例えば、ガンの治療は、ガン細胞の増殖および/または分裂を阻止または排除することを始め、ガン細胞を殺す、または、腫瘍のサイズを縮小することを含む。ガンの成功的治療のその他の徴候としては、試験値、例えば、白血球数、赤血球数、血小板数、赤血球沈降速度、および、トランスアミナーゼやヒドロゲナーゼのような各種酵素レベルの正常化が含まれる。さらに、臨床家が、前立腺特異的抗原(PSA)のような検出性腫瘍マーカーの減少を観察してもよい。
【0014】
本出願で用いられる「ホルモン剥奪療法」という用語は、患者において、ホルモンの作用を阻止する、または、ホルモンの存在を排除する(そのホルモンの合成を阻止するか、または、そのホルモンの分解を強化するかのいずれかによって)患者の治療法の内から任意に選ばれる治療法に関する。
【0015】
本出願で用いられる「ホルモン反応性細胞/組織」という用語は、もともとエストロゲンまたはアンドロゲンに対して反応性を持つ非ガン性の細胞または組織であって、それらのホルモンの存在下に、増殖する、および/または新たなタンパク合成を開始することを特徴とする細胞または組織に関する。ホルモン反応性組織としては、乳腺、睾丸、前立腺、子宮、および子宮頸部が含まれる。通常エストロゲンまたはアンドロゲンに対して反応性を持つ組織が、それらのホルモンに対して反応性を失うことがある。従って、「ホルモン反応性組織」とは、本出願で用いられる広い意味の用語であり、ホルモン感受性組織および、通常はホルモンに対して感受性を持つ、ホルモン不感性組織の両方を含む。「エストロゲン反応性細胞/組織」とは、エストロゲンに対して反応性を有するものである。
【0016】
本出願で用いる「ホルモン反応性ガン」という用語は、ホルモン反応性細胞/組織由来の細胞または組織に関し、「適応したホルモン反応性ガン細胞」とは、対応するホルモン反応性細胞では反応を誘発しないと考えられるホルモンレベルに反応して増殖する、ホルモン反応性ガン細胞である。
【0017】
本出願で用いる「適応したホルモン反応」または「適応反応」という用語は、ホルモン反応性組織に由来する細胞または組織が、元来それらの細胞では反応を誘発しないと考えられるホルモンレベルに対して反応できる(すなわち、増殖するおよび/または新たなタンパク合成を開始する)ようになる過程を指す。
【0018】
本出願で用いる「mTOR活性の抑制」という用語は、その1種以上の基質、例えば、p70S6KおよびPHAS-Iを含む基質をリン酸化する能力を検出可能なほどに減少させることを指す。mTOR阻害剤とは、mTOR活性に対して直接的抑制作用を有する化合物である(すなわち、mTOR活性の抑制は、経路の上流の酵素に対する抑制作用を通じて仲介されるものではない)。
【0019】
本出願で用いる「エストロゲン」という用語は、エストロゲン反応性細胞において、細胞増殖を誘発する、および/または、新規タンパク合成を開始させる能力があることが明らかにされた天然の組成物、および合成的に調製された組成物を含む、1クラスの化合物を指す。天然のエストロゲンとしては、エストロン(E1)、エストラジオール-17B(E2)、およびエストリオール(E3)が含まれるが、これらの内、エストラジオールが薬理学的にもっとも活性が高い。
合成エストロゲンは、天然には存在しないが、内因性エンドロゲンの活性をある程度複製する、または模倣する化合物である。これらの化合物としては、各種ステロイド性、及び非ステロイド性化合物、例えば、ジエネストロール、ベンゼストロール、ヘキセストロール、メテストロール、ジエチルスチルベストロール(DES)、キネストロール(Estrovis)、クロロトリアニセン(Tace)、およびメタレネストリル(Vallestril)によって例示される組成物が含まれる。
【0020】
本出願で用いる「エストロゲン拮抗剤」という用語は、エストロゲンと同時に投与された場合、エストロゲン活性に対して、中和作用または抑制作用を持つ化合物を指す。エストロゲン阻害剤の例としては、タモキシフェンおよびトレミフェンが挙げられる。
【0021】
本出願で用いる「アロマターゼ阻害剤」という用語は、アンドロステンジオンのエストロンへの、および/または、テストステロンのエストラジオールへの変換を阻止する組成物を指す。アロマターゼ阻害剤としては、例えば、エキセメスタン、アナストロゾール、およびレトロゾールを含む、ステロイド系、非ステロイド系両方の阻害剤が挙げられる。
【0022】
本出願で用いる「乳ガン」という用語は、乳房または乳腺組織の各種上皮ガンの内から任意に選ばれるガンを指す。
【0023】
<実施態様>
婦人のホルモン反応性乳ガンは、女性ホルモンレベルの剥奪に対して、腫瘍細胞増殖の停止、および、細胞死亡速度の増加をもって反応する。婦人は、約12-18ヶ月の間、ホルモン剥奪療法を受けている間、腫瘍増殖の後退を経験するが、その後、腫瘍はこの療法に対して抵抗性を養い、腫瘍細胞の増殖が復帰する。ホルモン剥奪療法に対する耐性に導く適応的過程を阻止することができるならば、それは、このホルモン剥奪療法の持続期間を延長し、効力を強化する可能性がある。
【0024】
本出願者等は、ホルモン剥奪療法に対する初期の反応後に、乳ガン細胞に対して再び元の増殖を取り戻すことを可能とする適応反応機構を研究した結果、乳ガン細胞は、エストラジオール剥奪によって課せられる圧迫にたいして、二つの重要経路、すなわち、MAPキナーゼ及びPI-3キナーゼによって調節される二つの経路をアップレギュレートする(upregulate)ことによって適応することが明らかになった。MAPキナーゼ経路は、サイクリンと呼ばれる細胞周期関連タンパクのレベルを上げることによって細胞の増殖を刺激する。PI-3キナーゼ経路は、AKTを活性化することによって細胞死を阻止し、P70-S6キナーゼと、PHAS-1とも呼ばれる4-E-BP-1が関与する二つの工程を通じて細胞増殖を刺激する。
【0025】
本出願者等は、エストラジオール剥奪時にアップレギュレートされるこの二つの経路を遮断すれば、ホルモン耐性の発達が阻止されるであろうと予想した。本出願に示されるように、この二つの経路の遮断によって、細胞増殖に及ぼすエストラジオールの作用に対する、細胞の感受性は著明に低下される。一旦適応反応に関連する酵素経路が特定されたならば、その適応過程において、上流事象と下流事象のどちらを遮断するのがより効果的なのかの決定がなされなければならない。一つの戦略的対応法として、HER1、-2、-3、または-4、IGF-IおよびII受容体を含む経路における上流の増殖因子、または、上記受容体のそれぞれに対する線維芽細胞増殖因子ファミリーを遮断することが考えられる。別の対応法は、MAPKおよびPI3Kを含む下流工程における適応過程、または、それよりもさらに下流の過程を遮断することである。本発明の一つの実施態様に従って、ホルモン反応性ガンに対する治療として、PI-3およびMAPキナーゼ経路を遮断するための組成物および方法が提供される。
【0026】
長期のエストラジオールの剥奪は、現存のERの量、および、膜関連ERの活用に与る過程のアップレギュレーションを招く。これは、MAPK経路のみならず、PI3K経路の活性化レベルの増大を招く。これらのシグナルは全て、細胞周期の機能調節に直接与る下流経路に集束し、恐らくそのレベルにおいて協調作用を発揮する。このことの反映として、細胞周期の刺激性および抑制性事象の統合因子であるE2F1は、LTED細胞においてエストラジオールの作用に対する感度亢進(hypersensitivity)を有する。本出願者等は、この感度亢進は、細胞周期レベルに集束するいくつかの経路の、下流における協調的相互作用を反映するものと考える。ER調節遺伝子翻訳の基礎レベルの上昇もこの過程に関わっている可能性があるが、感度亢進の直近の原因を表すものではない。なぜなら、翻訳事象は、野生型細胞でもLTED細胞でも、同様の用量-反応曲線でエストラジオールに反応するからである。
【0027】
MAPとPI3キナーゼ経路の両方においてRASが決定的に重要な役割を果たしているので、乳ガンにおけるホルモン療法耐性を阻止するための薬剤開発の当初の重要な標的としてRASの遮断に焦点が絞られた。ファルネシルチオサリチル酸(FTS)は、Rasに対する既知の拮抗剤であり、細胞膜に存在するアクセプタータンパクに対するRASの結合を転移させ、その後の細胞原形質への再侵入、および分解に至らせる。米国特許第6,462,086号を参照されたい。なお、この特許文書の全体を引用することにより本出願に含める。
【0028】
活性RAS突然変異を含む腫瘍の治療のためにFTSをインビトロとインビボで試験した。そのような腫瘍として、悪性メラノーマと膵臓ガン等を用いた。実験として、インビトロでは組織培養における細胞の増殖を阻止すること、また、インビボでは腫瘍の増殖を抑制すること等を行った。この薬剤は無害であり、腫瘍増殖を抑制するのに必要な用量において動物の体重減少を起こさない。しかし、本出願者等は、FTSは、Rasに対しては拮抗作用を持つにも拘わらず、MAPキナーゼ活性に対しては比較的弱い遮断効果しか示さないことを見出していた。
【0029】
本出願者等は、FTSは、mTOR(細胞の成長と増殖の調節に与るSer/Thrタンパクキナーゼ、図1参照)の二つのエフェクターであるPHAS-Iおよびp70 S6キナーゼのリン酸化を著明に抑制することを現に観察した。これらの結果は、FTSは、mTORシグナル伝達の強力な抑制因子であることを示す。この従来知られていないFTSの活性は、その抗RAS作用よりも重要である可能性があり、これが、ホルモン反応性ガンを治療するための、FTSに関する、ここに提案される新規用法に導いた。実施例4および5に記載されるように、FTSは、機能的mTORシグナル伝達複合体の重要なサブユニットの解離を促進することによってmTORを抑制する。これらの結果から、mTOR経路は、乳ガンを含めたホルモン依存性ガンの細胞増殖において決定的に重要な成分であること、および、FTSは、ホルモン依存性ガンにおけるmTORシグナル伝達を遮断するための有望な薬剤であることが示された。
【0030】
本発明の一つの実施態様によれば、細胞のmTOR活性を抑制する方法が提供される。この方法は、細胞を、次の一般構造式の化合物を含む組成物と接触させる工程を含む:
(式中、XはNH、O、またはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;かつ、R2はCOOHである)。一つの実施態様では、組成物は化学式Iの化合物であって、XがNHまたはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;かつ、R2はCOOHである化合物を含む。別の実施態様では、組成物は化学式Iの化合物であって、XがOであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;かつ、R2はCOOHである化合物を含む。別の実施態様では、組成物は化学式Iの化合物であって、XがSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;かつ、R2はCOOHである化合物を含む。別の実施態様では、組成物は化学式Iの化合物であって、XがNHであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;かつ、R2はCOOHである化合物を含む。別の実施態様では、組成物は化学式Iの化合物であって、XがSであり;R1はHまたはFであり;かつ、R2はCOOHである化合物を含む。別の実施態様では、組成物は化学式Iの化合物であって、XがOであり;R1はHまたはFであり;かつ、R2はCOOHである化合物を含む。別の実施態様では、組成物は化学式Iの化合物であって、XがSであり;R1はHであり;かつ、R2はCOOHであり、抑制作用は、raptorのmTORからの解離によることを特徴とする化合物を含む。
【0031】
一つの実施態様によれば、本発明に従って使用するのに好適な化合物は、下記の構造を持つ化合物を含む。
【0032】
本発明の一つの実施態様では、ホルモン反応性ガンのホルモン剥奪療法に伴う適応反応の出現を阻止、または遅滞させる方法であって、該方法は、mTOR阻害剤の投与を含む。一つの実施態様では、mTOR阻害剤は、米国特許第5,507,528号に記載される化合物の内の1種以上を含む。なお、この特許文書の開示を本出願に含める。一つの実施態様では、mTOR阻害剤は、一般構造:
を持つ(式中、XはNHまたはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;かつ、R2はCOOHである)。別の実施態様では、mTOR阻害剤は化学式Iの一般構造を持ち、式中R1はH、R2はCOOH、かつ、XはSである。別の実施態様では、mTOR阻害剤はFTSであり、その構造は、下式で示される。すなわち、
【0033】
本発明のmTOR阻害化合物は、ホルモン反応性悪性腫瘍を治療するために、ヒトやその他の哺乳動物を含む温血動物に投与するための組成物を調製するに当たって、製薬学的に受容可能な担体と併用することが可能である。
【0034】
一つの実施態様によれば、mTOR阻害剤(例えば、FTS)は、ホルモン反応性ガンを治療するために、ホルモン剥奪療法と組み合わせて投与される。ホルモン剥奪療法と「組み合わせて」のmTORの用法とは、ホルモン剥奪治療の行程を通じて、mTOR阻害剤が投与されるあらゆる治療処方を包括することが意図される。一つの実施態様では、mTOR阻害剤は、ホルモン剥奪と同時に、単一組成物として、あるいは、二つの別々の成分で、一方の次には他方と順々に投与される二つの成分として投与される。あるいはそれと別に、mTORは、ホルモン剥奪組成物の初回用量の投与後、所定の間隔、例えば、ホルモン剥奪療法を受けた後、1、3、5、7時間、または1、2、3、4週、または1、2、3、4、6、12、18ヵ月の間隔を置いて投与されてもよい。一つの実施態様によれば、mTOR阻害剤は、患者が、ホルモン剥奪療法を受ける度毎に投与されてもよい。別に、一つの実施態様では、mTOR阻害剤は、ホルモン剥奪治療投与の頻度よりも低い頻度で投与される。
【0035】
一つの実施態様では、ホルモン反応性ガンは、エストロゲン、または、エストロゲン活性を示す化合物に対して反応性を持つものである。さらに具体的に言うと、一つの実施態様では、mTOR阻害剤が、子宮頸部、卵巣、または乳房のガンを治療するために投与され、一つの実施態様では、治療されるガンは、乳ガンである。一つの実施態様では、mTOR阻害剤は、エストロゲン拮抗剤、例えば、タモキシフェンまたはトレミフェンと組み合わせて使用される。別の実施態様では、mTOR阻害剤は、アロマターゼ阻害剤、例えば、ステロイド系および非ステロイド系阻害剤の両方から選ばれる化合物を含む阻害剤と組み合わせて使用される。例えば、アロマターゼ阻害剤は、エキセメスタン、アナストロゾール、およびレトロゾールから成るグループから選ばれてもよい。別の実施態様では、治療の対象となるホルモン反応性ガンは前立腺ガンである。
【0036】
一つの実施態様では、乳ガンのようなホルモン反応性ガンを治療するための組成物であって、mTOR阻害剤と、エストロゲン拮抗剤およびアロマターゼ阻害剤から成るグループから選ばれる化合物を含むエストロゲン誘導組成物とを含む組成物が提供される。一つの実施態様では、組成物は、下記の一般式:
(式中XはNHまたはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;かつ、R2はCOOHである)で表されるmTOR阻害剤と、エストロゲン拮抗剤またはアロマターゼ阻害剤から成るグループから選ばれる化合物とを含む。一つの実施態様によれば、エストロゲン拮抗剤はタモキシフェンである。一つの実施態様では、アロマターゼ阻害剤は、エキセメスタン、フォルメスタン、アミノグルテチミド、アナストロゾール、およびレトロゾールから成るグループから選ばれる。別の実施態様では、組成物は、FTSと、エストロゲン拮抗剤またはアロマターゼ阻害剤とを含み、別の実施態様では、組成物は、FTSとタモキシフェンを含む。
【0037】
mTOR阻害剤を含む組成物はまた、本発明によれば、ホルモン剥奪療法に対する適応反応の進行を阻止または遅滞させるために使用されてもよい。一つの実施態様によれば、mTOR阻害剤は、第1のホルモン剥奪治療用量の投与の前に、その投与と同時に、または、その投与後に投与される。一つの実施態様では、下記の式:
(式中XはNHまたはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;かつ、R2はCOOHである)で表される化合物を含む組成物が、適応反応の進行を阻止または遅らせるために、エストロゲン剥奪療法を受けている患者に投与される。
【0038】
本発明のmTOR阻害組成物はまた、一つの実施態様によれば、部分的にまたは完全に適応したホルモン反応性ガン細胞の増殖を抑制するために使用されてもよい。部分的に適応したホルモン反応性細胞とは、さらに適応を遂げることで、その細胞が現在反応を示すレベルよりもさらに低い量のホルモンに対して反応することが可能になる細胞である。部分的または完全適応ホルモン反応性ガン細胞の増殖を抑制する方法は、ホルモン剥奪療法を受けている患者に対しmTOR阻害化合物を投与する工程を含む。一つの実施態様によれば、mTOR阻害剤は、一般式:
(式中XはNHまたはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;かつ、R2はCOOHである)を有する。一つの実施態様では、ホルモン適応腫瘍はエストロゲン反応性ガンであり、一つの実施態様では、ガンは乳ガンである。
【0039】
本発明の別の実施態様によれば、本出願に記載される適応的感度亢進に関する概念は、ホルモン依存性乳ガンの治療に対する新規対応法を開発するのにも応用が可能である。この応用は、アロマターゼ阻害剤によるエストロゲン剥奪療法の断続的使用の後に、高用量のエストロゲン投与を実行することから成る周期的治療を含む。この方法を裏付ける原理とは下記の通りである。すなわち、アロマターゼ阻害剤による治療によって、細胞は、MAPKおよびPI3Kを含む経路をアップレギュレートするように仕向けられる。本実験データから、MAPKおよびP13K経路をアップレギュレートした細胞は、未処置細胞よりも活動的な表現型を持つことが示されている。従って、その場合、高用量のエストロゲンによってアポトーシスを誘発することによって、適応し、感度亢進を発達させた細胞のサブセットを特異的に破壊することが考えられる。その場合、理想的処方は、最初、アロマターゼ阻害剤を、MAPKおよびPI3K阻害剤と組み合わせて用いることとなろう。次に、適当な時点で、短持続の高用量エストロゲンを投与すれば、アポトーシスを誘発し、適応細胞を殺戮することが可能となろう。30年間に渡って、各種高用量エストラジオール投与処方が用いられてきたわけであるから、これらの薬剤の相対的毒性はよく知られており、個別の問題の克服手段は開発済みである。増殖因子経路を遮断するための薬剤、および、エストロゲンを投与するための薬剤は現在入手が可能である。
【0040】
さらに、FTSは、細胞の死滅速度の増加(アポトーシス)を招くことが認められている。図17Aに示すように、FTSの投与は、インビトロ培養のLTED細胞においてJNK活性化を誘発する。さらに、図17Bに示すように、LTED細胞に対するFTSおよびエストラジオールの投与は共にJNKの活性化を増し、結果としてcJUNのリン酸化を強化する。JNKの活性化は、アポトーシスと関連することが報告されている。従って、本発明の一つの局面は、ホルモン反応性ガン細胞においてアポトーシスを誘発するための、mTOR阻害剤の用法に向けられる。ホルモン反応性ガン細胞におけるアポトーシス発生率を高める方法は、一般式:
(式中、XはNHまたはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;かつ、R2はCOOHである)で表される化合物を投与することを含む。一つの実施態様では、組成物は、エストロゲン反応性ガン細胞に投与され、一つの実施態様では、ガンは乳ガンである。別の実施態様では、組成物は、ホルモン剥奪療法を受けている患者に対して、残余の腫瘍細胞においてアポトーシスを誘発するために投与される。
【実施例】
【0041】
[実施例1]
<ホルモン剥奪に対する適応の機構>
ホルモン療法に対する乳ガン細胞の適応過程に関しては、20年来の臨床観察によって手がかりが得られている。この手がかりとしては例えば、患者は、最初は抗エストロゲン療法に対して反応するが、やがて再発し、後にエストロゲン生合成の阻害剤(アロマターゼ阻害剤)に暴露されると、さらなる腫瘍の縮小を経験するという所見がある。アロマターゼ阻害剤とタモキシフェンの間には完全な交差耐性があることが予想されたであろう。なぜなら、両方とも、エストロゲンの細胞作用を遮断する手段だからである。しかしながら、これはそうではなかった。具体的に言うと、最初タモキシフェンに反応したが、後に再発した婦人の50%が、第1世代アロマターゼ阻害剤であるアミノグルテチミドに交差させた場合に、二次的な臨床効果を経験した。この所見は、アミノグルテチミドは、ホルモン依存性乳ガンを患う婦人に対する効果的な二次的療法となり得ること、および、アロマターゼ阻害剤とタモキシフェンの間には、異なる作用機構が働いていることを示す証拠を提供した。
【0042】
アロマターゼ阻害剤と、抗エストロゲン剤の間には、完全な交差耐性が欠如することを説明するために、研究者達は、「適応的感度亢進」という現象を想定した。この仮説は、タモキシフェンは、乳ガン細胞に対して、圧力をかけて、適応し、タモキシフェンのエストロゲン性に対する感度亢進を発達させるように仕向けるとする。タモキシフェンは、エストロゲン受容体の選択的修飾因子、すなわちSERMと呼ばれる薬剤クラスの代表的薬剤であるが、このものは、試験される組織および関係する状況に応じて、エストロゲン作用性またはエストロゲン拮抗性の両方の性質を発揮することが知られている。タモキシフェンに対する感度亢進を回避するには、この薬剤を止めて、エストラジオールをごく低いレベルに下げるために強力なアロマターゼ阻害剤を用いることが可能であろう。これを基本原理とすれば、二次的治療としてアロマターゼ阻害剤を用いた場合、二次的な腫瘍縮小が期待される。
【0043】
閉経前の婦人乳ガン患者における臨床観察によっても、乳ガン細胞は、治療条件に対して、エストラジオールに対する感度を向上させることによって適応することができるという可能性が裏付けられた。ホルモン依存性乳ガンは、卵巣の切除に応じて縮小することがよくあるが、この治療は、エストラジオールの循環血漿濃度を約200 pg/mlから10 - 15 pg/mlに下げる。このエストラジオールの急性剥奪に応じて、腫瘍は、平均12から18ヶ月の間は縮小するが、その後再び増殖を始める。卵巣摘出術、またはアロマターゼ阻害剤による二次的治療は、エストラジオール濃度をさらに1 - 5 pg/mlに下げることによって腫瘍のこれまで以上の縮小を誘発する可能性がある。これらの所見は先ず、循環エストラジオールに対する感度の亢進を示した。具体的に言うと、卵巣摘出の前は、腫瘍の増殖を刺激するのに200 pg/mlのエストラジオールが必要とされたが、摘出後、12-18ヶ月の適応後には腫瘍の増殖を引き起こすには10 - 15 pg/mlの濃度で十分となった。
【0044】
適応的感度亢進の現象を直接証明し、関与する機構を確定するために、インビトロのヒト乳ガン培養細胞MCF-7が関与するモデルシステムを用いた。一次内分泌療法の効果を再現するために、野生型MCF-7細胞をエストロゲン無添加培養液にて長期に渡って培養した。この過程は、長期のエストラジオール剥奪(Long Term Estradiol Deprivation)を含むので、適応細胞を、短縮形でLTED細胞と呼ぶ。エストラジオール剥奪に応じて、MCF-7細胞は、最初増殖を止めるが、3から6ヵ月後、適応し、エストラジオールで最大限刺激された野生型MCF-7細胞と同じ速さで増殖する。この作用は、従来、エストラジオールに対する感度亢進の発達のためであって、木炭で不純物を取り除いた培養液中に残留するエストロゲン量に応じて再び増殖するとされた。
【0045】
感度亢進の直接の証拠は、野生型MCF-7細胞に比べて4 log低い濃度のエストラジオールが、LTED細胞の増殖を刺激可能であることを示すことによって得られた。インビボ実験でも、ヌードマウスで増殖させたLTED細胞異種移植片は、低用量のエストラジオールに対して感度亢進を示すことが明らかにされた。本発明の出願者等は、最近、去勢ヌードマウスにおいても、タモキシフェンに長期に暴露すると、エストラジオールに対する感度亢進状態は誘発されることを明らかにした。タモキシフェンが腫瘍増殖の刺激を開始する時期では、タモキシフェン投与を止め、ごく低用量のエストラジオールを投与すると腫瘍の増殖が刺激される。それと際立って対照的に、長期のタモキシフェンに暴露されていない野生型腫瘍は、そのような低用量のエストラジオールには刺激されない。以上まとめると、これらの実験は、エストラジオールの剥奪も、抗エストロゲン剤によるエストロゲン作用の阻止も、エストロゲン、またはタモキシフェンのエストロゲン性に対する感度を亢進させることを示す。この、適応的感度亢進現象が、様々な臨床的背景において、アロマターゼ阻害剤の方がタモキシフェンに優る優越性の原因となっていると考えられる。
【0046】
ホルモン適応の過程は、転写に及ぼすエストラジオールのゲノム作用の修飾、原形質膜関連受容体を含む非ゲノム作用、増殖因子とステロイドホルモン刺激経路の間のクロストーク、または、上記各種作用間の相互作用を含む可能性がある。一つの可能性は、細胞増殖に関連する遺伝子の、受容体介在性転写の増大が関わっている可能性である。実際、ERアルファのレベルは、エストラジオールの長期剥奪中4-10倍増加した。従って、LTED細胞におけるE2に対する感度の亢進が、ER介在の転写レベルで生じているかどうかを直接調べるために、LTED MCF-7細胞と野生型MCF-7細胞において、エストラジオールの転写に対する作用を定量した。E2の、c-mycメッセージレベル、プロゲステロン受容体(PgR)とpS2濃度、および、ERE-CATリポーター活性に対する作用を測定した。pS2およびPgRの基礎レベルは上昇したけれども、これらの反応のいずれにおいても、エストラジオールの用量反応曲線の左方移動(その端点を感度亢進を検出するために用いた)は観察されなかった。これらのデータは、LTED細胞の、エストラジオールに対する感度亢進は、ER介在性の遺伝子転写のレベルで生じたものではないことを示す。
【0047】
もう一つの説明は、適応は、シグナル伝達のためにステロイドホルモンを利用する経路と増殖因子を利用する経路の間の、ダイナミックな相互作用が関与するという可能性に関わる。エストラジオールも、各種ペプチド増殖因子も、乳房組織に対する分裂促進因子である。様々な実験から、増殖因子の分泌および作用は、エストラジオールによって刺激可能であることが示されている。これらの作用は、c-Myc等の早期反応遺伝子、およびTGFアルファ等の増殖因子の転写を刺激する、エストラジオールのゲノム効果に由来するものと考えられている。増殖因子は、MAPキナーゼの活性化をもたらし、これは、直接及び間接に、エストロゲン受容体のリン酸化の程度を増大させる。MAPキナーゼは、セリン118を直接リン酸化し、さらに、セリン167をリン酸化するElkおよびRSK活性も刺激する。
【0048】
MAPキナーゼの基礎レベルがLTED細胞において上昇しているかどうかを定めるために、インビトロのLTED細胞と、ヌードマウスにおけるLTED異種移植片において、活性化MAPキナーゼのレベルを測定した。さらに、活性化MAPキナーゼは、LTED細胞の増殖強化に役割を果たしていることが示された。なぜなら、PD98059またはU0126のようなMAPキナーゼ阻害剤は、処理されたチミジンのDNAへの取り込みを阻止するからである。メバスタチンまたはゲネスタインのような、MAPキナーゼ経路の上流阻害剤も、トリチウム付加チミジンの取り込みを阻止する。これらのデータは、活性化MAPキナーゼの上昇は、適応的感度亢進過程に関与することを示唆する。この原理的説明の証拠を明らかにするために、野生型MCF-7細胞におけるMAPキナーゼの活性化を、TGFアルファを投与することによって刺激した。
【0049】
最初の特性解明データから、0.1から10 ng/mlの範囲のTGFアルファの用量では、MCF-7細胞のMAPキナーゼには上昇が見られ、この作用は、MAPキナーゼ阻害剤PD98059によって阻止されることが明らかにされた。10 ng/mlの用量におけるTFGアルファの投与は、野生型MCF-7細胞の増殖を刺激するエストラジオールの能力において、左方へ2 logのシフトをもたらした。この作用がMAPキナーゼに特異的に関わるもので、TGFアルファの非特異的作用によるものではないことを証明するために、PD98059を共投与した。この状況下では、エストラジオールの用量反応で見られた2 logの左方シフトは元の基線に戻った。MAPキナーゼの役割をさらに示す証拠とするために、PD98059をLTED細胞に投与し、エストラジオールに対する感受性レベルに及ぼすその作用を調べた。この薬剤は、用量反応曲線を部分的に、右に約0.5 logだけずらした。以上まとめると、これらのデータは、MAPキナーゼの活性化が、適応的感度亢進の過程に、実際に機構的に関与していることを示唆する。
【0050】
MAPキナーゼは、重要な成分ではあるものの、エストラジオールに対する感度亢進の唯一の原因因子であるようには見えない。この酵素の阻止は、完全には感度亢進を根絶しない。そこで、PI-3キナーゼ経路が、LTED細胞において同様にアップレギュレートされているかどうかを定めるために、この経路について調べた。実験から、LTED細胞では、AKT、P70 S6キナーゼ、および4EBP-1(全てPI-3キナーゼ経路の成分である)の活性は高まっていることが示された。PI-3キナーゼをLy294002によって、MAPキナーゼをU-0126によって二重に抑制すると、エストラジオールに対する感度レベルはさらに著明に、すなわち、2 log以上、右方に移動した。
【0051】
MAPキナーゼおよびPI-3キナーゼのアップレギュレーションは、増殖因子受容体の構成的活性化、増殖因子の内因性分泌の増加、またはその他の機構を反映しているのかも知れない。純粋な抗エストロゲンによるMAPキナーゼの抑制は、増殖因子受容体の構成的活性化、または増殖因子分泌の可能性を排除すると考えられる。そこで、純粋の抗エストロゲンであるファスロデックス(フルベストラント(fulvestrant))を投与し、LTED細胞におけるMAPキナーゼの活性化レベルを調べた。驚くべきことに、フルベストラントは、活性化されたMAPキナーゼのレベルを、野生型MCF-7細胞に見られるレベルに戻した。この所見は、LTED細胞における構成的増殖因子作用を排除し、エストロゲン受容体介在性機能と、MAPキナーゼの活性亢進と間の相互作用の存在を示唆した。
【0052】
MAPキナーゼの活性化を説明するための一つの考えられる機構は、細胞膜のレベルで活動するERの非ゲノム性作用を通じて起こるものと想定することである。E2の非ゲノム性活動は、ごく最近認められたもので、分裂促進因子活性化タンパクキナーゼ(MAPキナーゼ)、Ras、Raf-1、PKC、PKA、Maxi-Kチャンネルの活性化、細胞内カルシウムレベルの上昇、および一酸化窒素の放出を含む。アダプタータンパクShcは、チロシンキナーゼ活性化ペプチドホルモン受容体の最重要修飾因子である。Shcは、各種チロシンキナーゼ受容体、例えば、EGFR、NGFR、PDGFR、およびIGFRからの分裂促進および分化シグナルを、下流のキナーゼカスケードに伝達する。Shcは、受容体の活性化と自己リン酸化が起きると速やかに、そのPTBまたはSH2ドメインを通じて受容体の特定のリン酸化チロシン残基に結合し、CHドメインのチロシン残基において自分自身リン酸化される。このCHドメインにおけるリン酸化されたチロシン残基は、Grb2のSH2ドメインの結合に対する定着部位を提供し、従って、グアニンヌクレオチドの交換タンパクであるSosを招集する。このアダプター複合体の形成によってSosを介するRasの活性化が起こり、これがMAPK経路の活性化をもたらす。
【0053】
エストロゲン剥奪は、非ゲノム性で、エストロゲン調節性で、Shcを利用するMAPキナーゼ経路の活性化を誘発するのかも知れない。この可能性を追求するために、MAPキナーゼ活性化を、エストラジオールの、急速な非ゲノム性作用を証明するための終末点として用いた。E2の添加は、数分以内に、LTED細胞においてMAPキナーゼのリン酸化を刺激した。E2によるMAPキナーゼリン酸化の増加は、時間・用量依存性で、15分で刺激効果は最大であり、少なくとも30分亢進状態を続けた。MAPキナーゼリン酸化の最大刺激は、E2が10-10Mにおいて見られた。
【0054】
Shcタンパクは、チロシンキナーゼ受容体をMAPK経路と結び付けることが知られており、Shcの活性化は、SHC自身のリン酸化を含む。このShc経路が、LTED細胞におけるエストラジオールの高速作用に関与しているのかどうかを調べるために、チロシンリン酸化タンパクを免疫沈降させ、E2処置下においてShcの有無について試験した。E2は、用量・時間依存的に、速やかに3分にピークを持ってShcチロシンのリン酸化を刺激した。純粋なエストロゲン拮抗剤であるフルベストラントは、E2誘発のShcおよびMAPKリン酸化を、それぞれ、3分と15分で阻止した。この時間のずれは、Shcが、E2誘発性MAPK活性化において上流成分であることを示唆する。
【0055】
MAPキナーゼ活性化においてShcが必要であることの直接の証拠を得るために、チロシン239/240および317における点突然変異(Y239/240/317F)を持つ、GST標識完全長Shc突然変異体(ShcFFF)を、LTED細胞にトランスフェクトした。Shcのチロシンリン酸化におけるこれら三つの部位は、Grb2との相互作用、および下流成分へのシグナル伝達にとって重要である。優勢ShcFFFの発現は、MAPKリン酸化のエストラジオール刺激レベルを著明に抑制した。従って、Shcは、MAPキナーゼの活性化にとって必要である。
【0056】
アダプタータンパクShcは、LTED細胞のERαと直接又は間接に関連し、それによってMAPキナーゼのE2誘発性活性化を仲介する可能性がある。この仮説を検証するために、Shcを、非刺激LTED細胞と、E2刺激LTED細胞から免疫沈降させ、これらの免疫ブロットを、抗ERα抗体をプローブとして調べた。得られた結果から、ERα/Shc複合体はE2処理前に存在し、E2は時間依存的にこの結合を増大させることが判明した。Shcのリン酸化と平行して、ERαとShcの間における最大誘発結合は3分時に見られた。ShcによるMAPキナーゼ経路の活性化は、ShcのアダプタータンパクGrb2との結合、および、さらにSosとの結合を必要とする。Grb2の免疫沈降、およびShcとSosの両者の検出によって、Shc-Grb2-Sos複合体は、LTED細胞において、比較的低レベルながら構成的に存在することが示されたが、ただし、細胞を、10-10MのE2で3分間処理することによって著明に増加した。
【0057】
ERα、Shc、およびMAPキナーゼは皆、MCF-7細胞においてはE2作用に関与しているのであるから、Shcリン酸化に与る上流成分を、PP2、ICI、およびPD98059の、E2誘発によるShcリン酸化に対する作用を測定することによって決定した。阻害剤の存在下で、MCF-7細胞を、ベヒクル、または10-10MのE2で3分間刺激し、Shcリン酸化の状態を調べた。PP2およびICIは両方とも、E2誘発Shcリン酸化を効果的に抑制した。これは、SrcファミリーのキナーゼとERαとがShc活性化に必要であることを意味する。予期した通り、PD98059は、Shcのリン酸化状態に影響を及ぼさなかった。これは、PD98059がShcの下流で機能することを示唆する。これら阻害剤の作用は、E2刺激の無い場合には見られなかった。以上まとめると、これらのデータは、ERαとSrcは両方ともShc機能の上流成分であること、および、Shcリン酸化にはそれらの関与が必要であることを示す。これらの阻害剤はそれぞれ、LTED細胞において細胞増殖速度を低下させることができた。
【0058】
ERα-Shc-MAPキナーゼ経路が生物学的作用を発揮しているという証拠を得るために、Elk-1(MAPKによってリン酸化され、活性化される転写因子)の活性化に対するMAPキナーゼの役割を評価した。活性化されると、Elk-1は、細胞増殖の下流介在因子として活動する。MAPKによるElk1のリン酸化は、この転写活性をアップレギュレーションする可能性がある。LTED細胞に対し、GAL4-Elkと、そのリポーター遺伝子GAL4-lucで同時にトランスフェクトすることによって、E2は、ルシフェラーゼアッセイによって明らかにされたように、6時間Elk-1活性化を用量依存的に増大させることが示された。
【0059】
従来から、細胞の移動性は、膜起動性シグナルのネットワーク、例えば、Shc-Ras-MAPK経路の活性化によって調節されていると報告されている。最近、細胞の点状接着は、極めてダイナミックな構造であることが報告されている。細胞は、増殖因子による刺激に対して速やかに反応し、その細胞骨格と形を再構成することができる。アクチンの細胞骨格の再構成に対するE2作用を調べるために、LTED細胞とMCF-7細胞において、F-アクチンの分布と、さらには、ERα局在の再分布を、ファロイジン染色によって求めた。未処理のLTED細胞は、低度のアクチン重合と、数個のスポット状接着点を示した。対照的に、E2刺激後は、細胞骨格は、細胞の波うち、ラメリポディア、および移動側先端の形成、細胞形状の変化、および、成熟したスポット状接着点の消失を伴った再構成を経過した。E2刺激に対して、ERαが、これらの動的状態の膜に細胞内において再分配されることは、LTED細胞の、別の重要な特徴を表している。ER拮抗剤であるICI 182 780は、10-9Mにおいて、E2誘発性波うち形成を始め、膜に対するERαの再分配をも阻止し、しかも自身に対してはほとんど影響を及ぼさなかった。従って、これらの研究から、LTED細胞において、動的膜変化に対してE2の急速な作用がここでも証明された。
【0060】
ER介在性作用が非ゲノム的である証拠をさらに得るために、一連の設計エストロゲン受容体を構築した。Pierre Chambon博士のグループによって作製された、核局在シグナルを欠損するERを、出発点として用いた。これに、43個のアミノ酸配列を含む膜局在シグナル(CNSにおいてタンパクを膜にもたらすのに用いられた)を結合させた。次に、ERを欠如するCOS細胞に、3個のER構築体をトランスフェクトさせた。二重蛍光顕微鏡観察によって、ほぼ独占的に、野生型ERは核に、核局在シグナルを欠くERは細胞原形質に局在することが観察された。膜局在シグナルを含む受容体は、原形質膜に集中するが、原形質でも見られた。膜のERだけが、外来のエストラジオールに対して、MAPキナーゼの活性化をもって応じた。さらに、膜局在のERのみが細胞増殖を刺激したことが、BRD-Uの取り込みと全細胞数カウントで示された。これらのデータはさらに、細胞増殖を増大させる膜ERの機能を裏付ける。
【0061】
<適応的感度亢進の機構に関する要約>
長期のエストラジオール剥奪は、現存するERアルファの量と、膜関連ERの利用に関与する過程の、アップレギュレーションを引き起こす。これは、MAPキナーゼのみならず、PI-3キナーゼ経路の活性化レベルの上昇をもたらす。これらのシグナルは全て、細胞周期機能に直接与る下流経路に集束し、恐らくそのレベルにおいて協調作用を発揮する。このことの反映として、細胞周期刺激性事象および抑制性事象の統合因子であるE2F1は、LTED細胞においてエストラジオールの作用に対して感度が亢進する。故に、これらのデータは、感度亢進は、細胞周期のそのレベルに集束するいくつかの経路の、下流における協調的相互作用を反映するという仮説を支持する。ER調節遺伝子の転写の基礎レベルの増加もまたこの過程に関与している可能性があるが、感度亢進の直近の原因とはなっていない。なぜなら、転写事象は、野生型でも、LTED細胞でも類似の用量反応曲線でエストラジオールに反応するからである。
【0062】
[実施例2]
<MAPおよびP13キナーゼの遮断は、エストラジオールの細胞増殖作用に対する細胞の感度を著明に低下させる>
MAPとP13キナーゼの経路が、エストラジオール誘発性細胞増殖において何らかの役割を果たしているかどうかを調べるために、下記の実験を行った。最初の特性解明データから、TGFの投与は、MAPK活性化を増大させ、MCF-7細胞における増大は、0.1から10 ng/mlの範囲のTGF用量で得られることが示された。この作用の遮断が、MAPK阻害剤PD98059によって得られた。TGFを10 ng/mlの用量で投与したところ、エストラジオールの、野生型MCF-7細胞の増殖を刺激する能力において、左方へ2-logのシフトがもたらされた。この作用が、MAPKに特異的に関連し、TGFの非特異的作用によるものではないことを証明するために、PD98059を共投与した。この状況下では、エストラジオールの用量反応曲線における2-logシフトは、基線に復帰した。重要成分であるとはいうものの、MAPKは、エストラジオールに対する感度亢進に対する唯一の原因ではないようである。この酵素を阻止しても、感度亢進を完全に廃絶することにはならなかった。よって、フォスファチジルイノシトール-3-OHキナーゼ(PI3K)経路についても、該経路が、長期エストラジオール剥奪(LTED)細胞においてアップレギュレートされているかどうかについて調べた。実験では、LTED細胞は、Akt、P70 S6キナーゼ、および4EBP-1(全てPI3K経路の成分)の活性化の亢進を示した。PI3KのLY40029による抑制、MAPKのU0126による抑制の二重抑制によって、エストラジオールに対する感度レベルはさらに劇的に、右方へ2 log以上シフトした。これらの観察に基づくと、適応的感度亢進は、PI3KとMAPKの経路の共同活性化を含むことが考えられる。
【0063】
[実施例3]
<野生型およびLTED細胞に対するエストラジオールの作用>
長期エストラジオール剥奪のLTEDインビトロモデルは、LTED細胞が持つエストラジオールに対する感度亢進を示す。本出願者は、これらの細胞は、エストラジオールのアポトーシス促進作用に対しても感度を持つに至ったかも知れないと考えた。この仮説を検証するために、ELISAを用いて、アポトーシスを評価し、野生型とLTED細胞においてエストラジオールの作用を比較した。野生型細胞では、予期した通りのアポトーシスの抑制が見られたが、それとは好対照に、LTED細胞では、このパラメータが劇的に増強された(図6参照)。LTED細胞におけるアポトーシスの存在は、アネキシンVの測定、および時間経過顕微鏡観察によって確認された。
【0064】
LTED細胞と野生型細胞における、エストラジオールのこの差別的な作用の機構的説明として、研究から、LTED細胞では細胞死受容体Fasがアップレギュレートされていることが明らかにされた。Fasリガンドは、そのプロモーター領域にエストロゲン応答配列を持つので、エストラジオールは、LTED細胞でも、野生型MCF-7細胞でも、Fasリガンドのレベルを上昇させた。ただLTED細胞のみがFas受容体を含んでいるので、アポトーシスの反応を示すことができた。Fas受容体の役割に関するさらに別の証拠として、Fasに向けた活性化抗体は、LTED細胞においてアポトーシスを誘発した。
【0065】
図17Aおよび17Bは、インビトロ培養のLTED細胞における、FTSのJNK活性化に及ぼす作用を示すデータを表す。図17Aに示すように、FTS投与は、インビトロで培養されたLETD細胞においてJNK活性化を刺激する。さらに、図17Bに示すように、LTED細胞に対する、FTSおよびエストラジオール投与は、共に、JNKの活性化を増進し、その結果、cJNKのリン酸化を増強する。従来から、JNK活性化は、アポトーシスと関連のあることが報告されている。
【0066】
女性乳ガン患者は、第3世代アロマターゼ阻害剤を、1から5年以上の期間に渡って服用している。LTEDモデルシステムに基づくならば、これらの患者の乳ガン細胞は、エストラジオールのアポトーシス促進作用に対して敏感になっていることになる。この状況下で、エストラジオールを投与すれば、それはアポトーシスを刺激し、腫瘍縮小を引き起こす可能性がある。1940年代から1980年代まで、ジエチルスチルベストロール(DES)の形で高用量のエストロゲンを服用することが、閉経後の女性乳ガン患者に対する治療として好んで選ばれた。臨床研究から、閉経前および閉経周辺期の婦人は、この治療法にほとんど反応しないが、反応は、閉経後の年数と共に増加することが明らかになった。事実、閉経後の長年月の経過は、エストラジオールの長期剥奪の模倣とも考えられる。従って、上記所見は、高用量エストロゲンに対する反応は、高用量エストロゲンがアポトーシス誘発を引き起こすその能力によるものであるということを示唆する。従って、アロマターゼ阻害剤を長期に渡って服用している婦人では、高用量のエストロゲンに対してアポトーシス反応が見られることが期待される。
【0067】
[実施例4]
<FTSはmTOR活性を阻止する>
FTSの、乳ガン細胞の増殖に対する作用を、異なる2種の細胞系統で調べた。すなわち、未処置乳ガン細胞をモデルを表すMCF-7細胞と、内分泌治療に対して適応した細胞のモデルであるLTED細胞である。細胞をそれぞれの培養液で増殖し、FTSで5日間処理した。図3に示すように、FTSは、二つの細胞系統の基礎的増殖を用量依存的に抑制した。MCF-7およびLTED細胞のE2刺激増殖に及ぼす、FTSの作用を、次に調べた。E2(10-10M)でMCF-7細胞を5日間処理したところ、ベヒクルコントロールに比べて細胞数は8倍に増加した。FTSの添加は、細胞数を用量依存的に低下させ、50 μMの濃度で約50%抑制が得られた。図4は、フルベストラント(10-9M)の存在下における、E2(10-10M)による、LTED細胞の増殖刺激を示す。E2によるLTED細胞の増殖はFTSによって抑制された。FTSによる、E2-刺激細胞増殖の抑制の程度は、この2種類の細胞系統において同等であった。
【0068】
FTSの細胞成長に対する抑制作用は、細胞増殖の抑制、アポトーシスの誘発、またはその両方の結果と考えられる。FTSが細胞増殖を抑制する機構を確定するために、DNA合成およびアポトーシスに対するFTSの作用を調べた。MCF-7およびLTEDの両細胞において、FTS(75 μM)は、DNAに取り込まれる[3H]チミジンの量を著明に低下させた(図5Aおよび5B)。エストラジオール(10-10M)は、MCF-7細胞において、コントロールレベルに比べて、[3H]チミジンの取り込みを2.6倍増大させた。この増加は、FTSによって完全に阻止された(図5A)。
【0069】
MCF-7およびLTED細胞において、FTSによる3日間の処理がアポトーシスに及ぼす作用を、ELISA定量法を用いて調べた。低濃度のFTS(20および50 μM)は、いずれの細胞系統においてもアポトーシスを誘発しなかった。75 μMの濃度においてアポトーシスの劇的な増加が見られた(図6)。FTSのアポトーシス作用に対しては、LTED細胞の方が、MCF-7細胞よりもはるかに感度が高かった。これらのデータは、FTSによるDNA合成の抑制とアポトーシスの誘発は、共にMCF-7およびLTED細胞の増殖抑制に起因することを示す。
【0070】
リン酸化した、ERK1/2MAPK、Akt(Ser473)、p7036K(Thr389)、およびPHAS-1(Ser65)の濃度は、野生型MCF-7細胞のものと比べると、LTED細胞において一貫して亢進していたことが、リン酸化ERK1/2(図7A)、Akt(図7B)、p7036キナーゼ(図7C)、およびPHAS-1(図7D)に対して特異的な抗体を用いて行ったウェスタンブロット分析によって示された。FTSによる24時間の処理は、LTED細胞において、4種のタンパク全てのリン酸化を用量依存的に抑制した。一方、MCF-7細胞では、ERK1/2および4E BP 1の低下の程度はより小さく(約50%)、p70 S6キナーゼとリン酸化AKTの減少は一貫していなかった(図7Cおよび7D)。
【0071】
特異的増殖因子EFGおよびIGF-1の作用についても調べた。血清は、一般の介在因子Rasの招集と活性化によって(例えばEGF)、または、直接機構を通じて(例えばIGF-1)、MAPキナーゼおよびPI3キナーゼを活性化する、複数の増殖因子を含む。FTSの作用部位をさらに探るために、MAPKおよびPI3キナーゼのEGF誘発性の活性化を先ず調べた。PI3キナーゼに対する特異的阻害剤、およびラパマイシンの哺乳類での標的(mTOR)を比較のために含めた。細胞を24時間血清枯渇させ、FTSで1時間前処理し、EGF(1 μg/ml)によるチャレンジの前に、3時間LY294002またはラパマイシンによって処理した。EGFによる、MAPK、Akt、p70S6K、およびPHAS-1に対するピーク刺激迄の時間は変動したが、全て少なくとも90分持続した。これらの分子間のもっとも効率的な比較を可能とする時間帯として、1時間処理を選んだ。EGFおよび阻害剤に対する反応は、MCF-7細胞とLTED細胞で近似していた。
【0072】
ERK1/2 MAPキナーゼリン酸化のピーク刺激は、EGF処理の5-10分時に見られた。1時間までは、リン酸化ERK1/2のレベルは、依然としてコントロールよりも高かった。FTS、LY294002、およびラパマイシンによって前処理しても、いずれの濃度においても活性化ERKを抑制しなかった(図8)。Ser473におけるAktのリン酸化は、EGFによって増強され、PI3キナーゼの特異的阻害剤LY294002によって完全に抑制された。それとは好対照に、FTSもラパマイシンもこの工程を阻止しなかった。EGFは、Thr389におけるp70S6Kのリン酸化のさらに劇的な増加を誘発した。Thr389リン酸化は、p70S6K活性の中心であり、PI3キナーゼ経路とmTOR経路の両方を通して、分裂促進刺激によって調整を受ける。これらのデータから、LY294002、ラパマイシン、およびFTSで前処理すると、それが50 μMであっても、p70S6KのThr389のリン酸化を完全に停止する(図8)ことが示された。FTSのみが、Akt活性には影響を及ぼすことなく、p70S6KとPHAS-1のリン酸化を阻止した。
【0073】
PHAS-1は、LTED細胞において、血清枯渇の24時間後でもSer65において高度にリン酸化され、EGFでそれ以上刺激されなかった。FTSとLYは、Ser65リン酸化を用量依存的に抑制した。ラパマイシンは、高い方の濃度でも部分的な抑制を引き起こしたのみであった。PHAS-1には少なくとも4個のセリンおよびトレオニン残基があること、上記の修飾は、電気泳動の際の移動を遅らせることに注意すべきである。従って、PHAS-1バンドは、阻害剤の作用によってリン酸化が抑えられると、より速く移動した。
【0074】
IGF-1は、MAPキナーゼとPI3キナーゼ経路の両方を活性化する、もう一つの増殖因子である。しかしながら、IGF-1がこの二つの経路を刺激する機構は、EGFによるものとは異なっている。IGF-1とEGFとは、ERK1/2 MAPキナーゼ、Akt、p70S6K、およびPHAS-1のリン酸化に対しては同様の刺激作用を示したが、ただし、IGF-1は、Aktとp70S6Kのリン酸化に対して、EGFよりも強力で、持続的な刺激作用を誘発した。
【0075】
LTED細胞をあらかじめFTS(100 μM)、またはLY294002(20 μM)によって10、30、および60分処理し、次にIGF-1(20 ng/ml)を10分加えた。IGF-1処理は、MAPキナーゼ、Akt、およびp70S6Kのリン酸化を著明に誘発したが、PHAS-1のリン酸化は誘発しなかった。FTSもLY294002もERK1/2のリン酸化を抑制しなかった。LYは、AktのSer473におけるIGF-1誘発のリン酸化、およびp70S6KのThr389におけるIGF-1誘発のリン酸化に対して、強烈な抑制をもたらした。抑制作用は、処理の早くも10分後には認められたが、この時にはまだFTSは何の作用も誘発していなかった。これと好対照をなして、FTSとLYは共に、4E BP-1のリン酸化を特に60分時点で抑制した(図9)。
【0076】
FTSは、p70S6KおよびPHAS-1のリン酸化に対して極めて強力な抑制を示した。LY294002とは違って、FTSは、Aktリン酸化に対しては僅かな抑制しか示さなかった。これは、FTSの作用部位がAktの下流にあることを示している。p70 S6Kは、分裂促進刺激に対して、少なくとも8個のセリン/トレオニン残基において順次リン酸化を受ける。Thr389およびThr229は、キナーゼ活性にとって決定的に重要な二つのリン酸化部位である。実験によって、PDK1は、Thr229を直接リン酸化するが、一方、mTORは、Thr389をリン酸化する上流のキナーゼと考えられることが示されていた。FTSの、p70 S6Kに対する作用点をさらに探るために、FTSの、Thr229リン酸化に及ぼす作用を、特異的抗体を用いて調べた。
【0077】
Thr389のリン酸化に比べて、Thr229のリン酸化に対しては、EGF(図10A)、または、IGF-1(図10B)で処理したLTED細胞では、FTSは、あるとしてもごく僅かな抑制しか起こさなかった。一方、LY294002は、増殖因子誘発性のThr229のリン酸化を用量・時間依存的に阻止した(図10Aおよび10B)。図10Cは、培養液を含む血清中におけるThr389リン酸化に対するFTS(100 μM)の抑制作用が、2時間で出現し、24時間で最大になることを示す。一方、Thr229のリン酸化は、ほんの僅か抑えられたにすぎない。これらのデータは、FTSのp70 S6Kに対する抑制は、PI3キナーゼの下流で起こることを示す新たな証拠を提供する。そこで、mTOR活性に対するFTSの作用を調べた。
【0078】
mTORに対して特異的なアッセイを用いて、FTSの、mTORに対する作用を監視した。このアッセイは、mTORの細胞へのトランスフェクション、抗mTOR抗体によるmTORの免疫沈降、続いて、沈降mTORの活性を評価するキナーゼアッセイを利用するものである。このアッセイにおいて、FTSは、mTORに対して特異的な基質をリン酸化するmTORの能力を、完全に阻止した。この作用は、100マイクロモルの濃度で最大であったが、25マイクロモルでも認められた。これらの実験ではFTSを希釈するための手段に注意を払うことが実験の成否を分ける鍵となった。なぜならFTSはバッファーに対して極めて低い溶解度しか持たないからである。
【0079】
[実施例5]
<ファルネシルチオサリチル酸は、mTOR-raptor複合体の解離を促進することによって、細胞内およびインビトロ両方においてmTOR活性を抑制する>
ラパマイシンの哺乳類での標的であるmTORは、細胞成長および増殖の調節に与るSer/Thrタンパクキナーゼである。mTORの基質の内でもっとも詳しく特性が解明されているものの一つは、PHAS-I(別名4E-BP1)である。PHAS-Iは、eIF4Eに結合し、eIF4EがeIF4Gに結合するのを阻止することによって、キャップ依存性翻訳を抑える。mTORによってリン酸化されると、PHAS-Iは、eIF4Eから解離し、eIF4EがeIF4Gと結合するのを可能とし、従って、40Sリボソームサブユニットの適正な配置、および、5’-UTRの効率的な走査に必要とされる、eIF4F複合体の形成を増進する。細胞では、mTORは、さらにraptorおよびmLST8を含む複合体mTORC1中に認められる。raptor(別名mKOG1)は、新規に発見されたMr=150,000タンパクで、独特のNH2末端領域を持ち、それに続いて3個のHEATモチーフ、および7個のWD-40ドメインを持つ。mLST8(別名Gβ1)は、ヘテロ三量体Gタンパクのβサブユニットファミリーのメンバーと相同であり、ほぼ完全に7つのWD-40反復配列から成る。この2個のmTOR-結合タンパクの役割はまだ完全には定義されてはいないけれども、両方ともmTORの最適機能の発揮には必要であるようである。なぜなら、細胞から、siRNAによってraptorかmLST8のいずれかを消失させると、mTOR活性は低下するからである。raptorはPHAS-1に直接結合するので、raptor結合を減少させるPHAS-1の突然変異もまた、インビトロにおいて、mTORによるPHAS-Iのリン酸化を抑制する。従来、TORC1におけるraptorは、リン酸化のためにPHAS-IをmTORに提示する、基質結合性サブユニットとして機能するとする仮説が提示されていた。
【0080】
ラパマイシンは、mTOR機能の原型阻害剤である。ラパマイシンに対する感度を定量することは、従来からmTORによって調節される細胞内過程を特定するための貴重な手法とされている。実験的な用途の他にも、ラパマイシンおよび/または関連薬剤CCI-779は、移植臓器に対する宿主の拒絶反応の抑制、血管形成術後の冠状動脈の閉鎖、および、腫瘍細胞の増殖の抑制のために、臨床的に使用されている。ラパマイシンの作用は、mTORに対して高い親和度で結合するためには、この薬剤は先ず、プロピルイソメラーゼ、FKBP12と複合体を形成しなければならないという点で、込み入っている。ラパマイシン-FKBP12は、FRBと呼ばれる、mTORのキナーゼドメインの上流にある領域に結合する。この複合体の結合は、インビトロにおいてmTOR活性を著明に減少させるが、完全には抑制しない。この不完全な抑制から、細胞中のmTORには、ラパマイシン非感受性の機能があるかも知れないという可能性が生じる。このことから、ラパマイシンとは別の機構でmTORに干渉する薬剤があるとすれば、それは、有効な実験的および/または臨床的ツールとなる可能性がある。
【0081】
293T細胞においてmTOR機能に対するFTSの作用を調べるために、mTORのよく特徴の分かっている標的であるPHAS-Iの、リン酸化の変化を監視した。PHAS-IのSer64およびThr69のリン酸化によって、SDS-PAGEにおいてこのタンパクの移動度に劇的な低下が引き起こされるので、この移動度の変化が、リン酸化状態の変化の指標となる。漸増濃度のFTSと細胞をインキュベートすると、電気泳動移動度の低下で示されるように、PHAS-Iのリン酸化が減少した(図11A)。FTSはまた、mTORによって優先してリン酸化される部位であるThr36およびThr45の、脱リン酸化も促進するのかどうかを定めるために、PTh36/45抗体によるイムノブロットを調製した(図11A)。FTSを増していくと、PHAS-Iの、リン酸特異的抗体に対する反応性は著明に低下した。抗体は、Thr36またはThr45のいずれかでリン酸化したPHAS-Iと反応するので、イムノブロットの強度変化はリン酸化変化の正確な尺度とはならないが、この薬剤が、上記部位の脱リン酸化を促進することは明らかである。
【0082】
mTORのシグナル伝達に対するFTSの抑制作用をさらに調べるために、mTOR、raptor、およびmLST8の結合に対する該薬剤の作用を定量した。AU1-mTORと、HA標識型のraptorおよびmLST8を、293T細胞において過剰発現させ、次に、漸増濃度のFTSとインキュベートし、その後、AU1-mTORを抗AU1抗体で免疫沈降させた。抗HA抗体によってイムノブロットを調製し、AU1-mTORによって共免疫沈降したHA-raptorとHA-mLST8の相対量を評価した(図11A)。二つのHA標識タンパクは、FTS無添加でインキュベートした細胞由来の免疫複合体の中に簡単に検出された。これは、mTOR、raptor、およびmLST8は、293T細胞において複合体を形成することを示す。FTSは、免疫沈降したAU1-mTORの量を変えることはないが、FTSの濃度を漸増すると、共免疫沈降したHA-raptorの量の漸減が得られた(図11A)。3回の実験の結果を分析したところ、mTORからのraptorの解離に及ぼす、最大の半分の作用は、ほぼ30 μM FTSにおいて観察された(図12B)。FTSは、AU1-mTORに結合するHA-mLST8の量は変えないようであった(図11Aおよび12B)。
【0083】
過剰発現タンパクで得られた結果は、内因性タンパクの反応を必ずしも代表するものではない。そこで、非トランスフェクト細胞における内因性TORC1に対するFTSの作用を調べるために実験を行った。293T細胞を、漸増濃度のFTSとインキュベートし、その後、mTOR抗体、mTAb1にてmTORを免疫沈降させた(図11B)。次に、mTOR、mLST8、およびraptorに対する抗体を用いてイムノブロットを調製した。FTSは、mTORと共に共免疫沈降したraptorの量を著明に低下させた。このように、FTSは、内因的なmTORおよびraptorタンパクの結合に対しても、過剰発現させた同じタンパクの結合に対しても同等の作用を及ぼした。FTSはまた、mTORと共に共免疫免疫沈降したmLST8の量を下げたが、この作用は、同薬剤の、raptor回収に対する作用よりもはるかに目立たないものであった(図11A、11B、および12)。
【0084】
細胞をFTSとインキュベートすると、mTOR活性に安定な減少が得られ、これは、mTORが免疫沈降した後も持続した。図12Aは、漸増濃度FTSとインキュベートした293T細胞の抽出物について、AU1-mTORによる免疫複合体キナーゼアッセイの結果を示す。AU1-mTOR活性のFTS介在による抑制の用量反応曲線(図12A)、および、AU1-mTORとHA-raptorの解離曲線(図12B)は酷似しており、最大値の半分作用は、20-30 μMに見られた。これらの結果は、FTSは、mTORC1からのraptorの解離を促進することによって細胞中のmTORを抑制することを示す。
【0085】
細胞を漸増濃度のS-ゲラニルチオサリチル酸(GTS)でインキュベートした場合の、mTOR活性、およびAU1-mTORおよびHA-raptorの結合に対する作用についても調べた(図12)。GTSは、15炭素原子ファルネシル基の代わりに10炭素原子ゲラニル基を含むことを除いては、FTSと同じである。GTSは、Rasシグナル伝達経路のダウンレギュレーション(down-regulation)についてはFTSよりもはるかに作用が低く、高濃度のイソプレノイド誘導体の場合に見られる、非特異的界面活性剤様作用のコントロールとして用いられる。細胞を漸増濃度のGTSとインキュベートすると、mTOR活性がやや低下した(図12A)。しかしながら、GTSは、あきらかにFTSよりも効果的ではなかった。GTSは、AU1-mTORとHA-raptor、またはHA-mLST8との結合に対して比較的小さな作用しか及ぼさなかった(図12B)。細胞を、200 μMのサリチル酸ナトリウムとインキュベートしても、mTOR活性にも、mTORとraptorの結合に対しても、作用は認められなかった。
【0086】
無処理の細胞におけるFTSの所見も、FTSのTORCIに対する作用、または、mTORとraptorの結合を調節するシグナル伝達経路に対する作用と一致するであろう。大抵のシグナル伝達経路の統合性は、細胞がホモジェネートされると破壊されるものであるので、AU1-mTOR、HA-raptor、およびHA-mLST9が過剰発現した細胞の抽出物におけるFTSの作用を調べた。抽出物を、漸増濃度のFTSとインキュベートしたところ、AU1-mTORのPHAS-Iキナーゼ活性は、[γ-32P]ATPからの32Pの取り込みで評価しても、PThr36/45抗体によるイムノブロッティングで評価しても減少した(図13A)。無処理の細胞の場合よりも、インビトロではmTOR活性を抑制するのに、ほぼ4倍低濃度のFTSが必要とされるだけであった。恐らく、タンパク結合および膜透過性に関連する因子が、細胞と、抽出物において要求されるFTSの濃度の差の原因と考えられる。抽出物を、漸増濃度のFTSとインキュベートした場合でも、AU1-mTORと共に共免疫沈降するHA-raptorの量は減少した。キナーゼ抑制の用量反応曲線(図14A)、およびAU1-mTORとHA-raptorの解離(図14B)は、ほとんど同じであり、これは、このインビトロ条件下では、mTORC1からのraptorの消失が、FTSによるmTOR活性抑制の原因であることを示している。この場合も、FTSの作用は、mTORC1成分の過剰発現には依存していなかった。非トランスフェクト細胞由来の抽出物をFTSとインキュベートしても、mTORと共免疫沈降する内因性raptorの量は減少した(図13B)。作用は、トランスフェクトされたタンパク同士の複合体の解離を促進するのと同じ濃度で出現した(図13A)。FTSのmTOR活性に対する抑制作用は、FTSを、タンパクキナーゼアッセイ直前に免疫複合体に対して直接添加した場合でも、あるいは、FTSを、mTORの免疫沈降の前に抽出物に添加した場合でも、明らかであった。従って、もしもFTS作用が、mTORC1の既知の成分以外の因子に依存するのであるならば、その因子は、複合体と一緒に共免疫沈降しなければならない。FTSはまた、mTORタンパクによって共免疫沈降される、トランスフェクトされたmLST8タンパク、および内因性mLST8タンパク両方の量を僅かながら減少させたが(図13A、図13B)、この作用は、調べたFTSの最高濃度においてのみ観察された(図14B)。
【0087】
トランスフェクトした細胞の抽出物を、漸増濃度のGTSとインキュベートすると、この場合も、AU1-mTOR活性(図14A)、および、AU1-mTORとHA-raptorの結合(図14B)の両方において漸減がもたらされた。このGTSの作用は、FTSの作用よりも約10倍高い濃度で見られた。従って、薬剤のイソプレニル成分によって、選択性が付与されたことになる。
【0088】
FTSのラパマイシンに対する作用を、従来報告されている他のいくつかのmTOR阻害剤に対する作用とも比較した。トランスフェクト細胞の抽出物をFTSとインキュベートすると、mTOR活性(図15Aおよび15B)も、AU1-mTORとHA-raptorの結合(図15Aおよび15C)も減少した。それとは対照的に、これらの複合体を、カフェイン、ラパマイシン-FKBP12、LY294002、またはウォルトマニンと、mTOR活性を80%以上減少させる濃度においてインキュベートしても、AU1-mTORとHA-raptorの結合を低下させる作用については、あったとしても、ほんの僅かなものしか無かった。
【0089】
この実験結果は、FTSがmTOR活性を抑制することを示す直接の証拠を与える。これは、下記の証拠に基づく。すなわち、(1)FTSは、AKTまたはMAPキナーゼに対する抑制よりも実質的に上回ってPHAS-1およびP70S6キナーゼ活性を阻止する。(2)トランスフェクトされたHA標識mTORによる直接的mTORアッセイ、mTORのヘムアグルチニン沈降、および、特定基質アッセイは、mTOR活性に対するFTSの直接作用を示す。(3)FTSは、mTORの作用にとって必要な工程である、mTORのRAPTORに対する結合を妨げる。(4)mTORは、ファルネシル化タンパクに対して特異的な抗体によって間接的に証明されたように、ファルネシル化されているようである。FTS漸増濃度によるmTOR活性の抑制は、mTOR-raptor複合体の解離と、細胞内においても、インビトロでも緊密に相関していたという所見は、FTSは、mTORC1からのraptorの解離を促進することによって作用するという結論を支持する。FTSは、このようにしてmTORのシグナル伝達を抑制する薬剤の最初の例であるようである。
【0090】
ペプチド様ファルネシルトランスフェラーゼ阻害剤、L-774,832も、mTORシグナル伝達を抑制することが明らかにされている。Rasシグナル伝達経路との類似から、FTSと、ファルネシルトランスフェラーゼ阻害剤とが、mTORシグナル伝達経路において同じ標的に作用しているかも知れないと疑うことは理にかなっている。FTSもファルネシルトランスフェラーゼ阻害剤も、Rasの原形質膜局在を妨げる。前者は、Rasの、膜局在に必要なイソプレニル化を阻止することによって、後者は、Rasを、その膜結合部位から遠ざけることによってそれを行う。ファルネシルトランスフェラーゼは、時にCAAXボックス(この名前の内、CはCysであり、Aは脂肪族アミノ酸であり、Xは任意のアミノ酸である)と呼ばれることのあるCOOH末端モチーフに見られる、Cysをプレニル化する。mTORにおけるCOOH末端配列は、CysProPheTrpであり、これは、CAAXボックスのいくつかの特徴を持つ。しかしながら、モデルペプチドに関する研究に基づくと、mTOR配列のPheは、強力な陰性の決定因子を表す。事実、この位置にPheを持つペプチドが、L-744,832を始め、他の、ファルネシルトランスフェラーゼの強力な競合的阻害剤の設計の基盤となっている。
【0091】
TORC1中のどのタンパクもプレニル化されたものは知られていない一方、FTSの標的は、mTORシグナル伝達経路の上流側にある可能性がある。一つの例は、ファルネシル化GTP結合タンパクRheb(脳に豊富なRas相同体)である。Rhebは、Rheb GTPase活性化タンパク(GAP)として機能するTSC1/TSC2を抑制する増殖因子に応じて、活性化される(Yang, et al., (1999) FEBS Lett. 453, 387-390; Aharonson, et al., (1998) Biochim. Biophys. Acta 1406, 40-50; および、Brunn, et al., (1996)EMBO J. 15, 5256-5267)。その機構は依然として不明であるが、Rhebの活性化はmTORシグナル伝達を促進する。RhebのCAAXボックスのCysを突然変異させると、S6K活性を増大させる過剰発現Rhebの能力は消失した。従って、Rhebは、ファルネシルトランスフェラーゼ阻害剤の標的候補であり、細胞内の結合部位からRhebを遠ざけるFTSの作用が、未処理の細胞において、mTORシグナル伝達に対するFTSの抑制作用に寄与することは十分にあり得ることである。しかしながら、Rhebは、mTORとは共に免疫沈降しないようである。従って、Rhebが、FTSの、mTOR活性、および、インビトロにおけるmTORとraptorの結合に対する抑制作用に関与しているかどうかははっきりしない。興味あることに、細胞内におけるL-744,832によるmTORシグナル伝達の抑制は、タンパクのファルネシル化の抑制では説明できないほど速やかに(1.5時間以内)起こるようである。
【0092】
Rasシグナル伝達を抑制するその作用と一致して、FTSは、MAPキナーゼの活性を阻止し、さらに、インビトロとインビボの両方においていくつかのタイプの腫瘍細胞の増殖を抑制する(Law, et al., (2000) J Biol. Chem. 275, 10796-10801; Casey, P.J. and Seabra, M.C. (1996) J. Biol. Chem. 271, 5289-5292; Yamagawa, et al., (1994) J. Biol. Chem. 269, 16333-16339; and Zhang, et al., (2003) Nature Cell Biol. 5, 578-581)。ファルネシル化される様々のタンパクの数を考えると、FTSの作用は、Rasシグナル伝達の抑制だけではないと期待しても無理ではない。本出願に報告される通り、エストロゲンの乳ガン細胞増殖刺激作用に対するFTSの抑制は、MAPKの抑制よりは、mTORシグナル伝達経路の二つの下流要素であるPHAS-IおよびS6K-1の脱リン酸化と、はるかに緊密な相関を持っている。
【0093】
mTORのラパマイシンによる抑制は、キャップ付加mRNAやキャップ部位の近傍にTOP(ピリミジン通路)モチーフを有するメッセージの翻訳を、抑制することが明らかになっている。mTORC1の抑制は、PHAS-Iリン酸化の低下と、その結果として翻訳に利用可能なeIF4Eの低下を招き、FTSの抗増殖作用に寄与するのではないかと疑う十分な根拠もある。eIF4Eの増加は、キャップ依存性翻訳のみならず、細胞増殖の増加ももたらすのかも知れない。例えば、eIF4Eの過剰発現は、HeLa細胞の増殖速度を増し、異常形態を引き起こした。3T3線維芽細胞におけるeIF4Eの安定した過剰発現は、増殖速度を増すばかりでなく、実際に悪性転換を招いた。これは、ヌードマウスに移植した場合に、足場非依存的な増殖と腫瘍の形成によって証明された。eIF4Eレベルは、大多数の乳ガンにおいて亢進しており、そのガンは高頻度でRasの突然変異形を含んでいる(Jansen, et al., (1999) J Mol. Med. 77, 792-797)。
【0094】
従来から、eIF4Eは、有糸分裂誘発を促進するタンパクの翻訳を積極的に推進することによって、増殖を刺激することが示唆されていた。多くのオンコジーン、増殖因子、およびシグナル伝達タンパクをコードするmRNAの5’-UTRは、比較的安定な二次構造の領域を含むと予測されている。この構造領域は、40Sリボソームサブユニットによる結合および/または走査を妨害することが明らかにされている。このようなメッセージの翻訳は、ハウスキーピングタンパクをコードする多くのメッセージの特徴である、無構造5’UTRを持つmRNAの翻訳よりは、eIF4Eの当座の利用可能性により依存するように思われる。eIF4Eに対する依存性は、eIF4Fの形成にとってeIF4Eが必要であるからということで説明されると考えられる。eIF4Fは、eIF4Aサブユニットのヘリカーゼ活性を通じて5’-UTRの二次構造を溶かす。この機構から予測されるように、eIF4Eの利用可能性を下げるPHAS-1の過剰発現は、eIF4Eを過剰発現する細胞の逆転を招いた。興味あることに、最近、構成的に活性なPHAS-Iタンパクの過剰発現は、MCF7乳ガン細胞の増殖を下げることが示された(Terada, et al., (1994) Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 91, 11477-11481)。
【0095】
mTOR活性を抑制し、PHAS-Iのリン酸化を下げることによって、FTSは、増殖反応に対するeIF4Eの寄与を低減しているはずである。eIF4E利用可能性の変化と独立な、他の、mTOR依存性過程が、必ずや、細胞増殖の調節には関与している。FTSはraptor-mTOR相互作用を必要とするこれらの過程を抑制する、ということが判明する時が来ることが期待される。以上から、本発明の一つの実施態様は、FTSによるmTOR活性阻止能力に向けられる。この作用は、乳ガンの治療に使用することが可能である。この疾病において、FTSは、エストロゲン剥奪療法に対する耐性の発達を遅らせることになろう。
【0096】
<材料と方法>
[抗体]−内因性のmTORを認識する抗体(mTAb1およびmTAb2)、および、内因性のPHAS-Iおよびraptorを認識する抗体は、ウサギを、それぞれのタンパクの領域に相当する配列を持つペプチドによって免疫化して生成した。PHAS-Iのリン酸化部位を認識する、リン酸特異的抗体、P-Thr36/45およびP-Thr69は、以前に記載されている通りに生成した(Mothe-Satney et al., (2000) J Biol. Chem. 275, 33836-33843)。P-Thr36/45抗体は、Thr36か、Thr45のいずれかでリン酸化されたPHAS-Iに結合する。なぜなら、これらの部位の周囲の配列はほとんど同一だからである。AU1エピトープタグに対するモノクロナール抗体を含む腹水は、Berkley Antibody Companyから入手した。mycエピトープタグを認識する9E10、および、HAエピトープタグを認識する12CA5は、ヴァージニア大学、リンパ球培養センターによるハイブリドーマ培養液から精製した。
【0097】
mLST8に対する抗体を生成するために、ヒトmLST8の298-313位置と同一配列を持つ合成ペプチドを、キーホールリンペットヘモシアニンと結合し、その結合体を用いて、ウサギを以前に記載されている通りに免疫化した(Zimmer et al., (2000) Anticancer Res 20, 1343-1351)。ペプチドをSulfolinkビーズ(Pierce)と結合させて調製したアフィニティー樹脂を含むカラムを用いて、抗体を精製した。
【0098】
[cDNA構築体]−−AU1-mTOR、HA-Raptor、およびmyc-PHAS-Iを過剰発現するための、pcDNA3AU1-mTOR、pcDNA33HA-Raptor、および、pCMV-Tag3APHAS-I構築体は、以前に記載された(Brunn, et al., (1997) Science 277, 99-101; Choi, et al., (2003) J. Biol. Chem. 276, 19667-19673; and Kozak, M. (1991) J. Cell Biol. 115, 887-903)。pcDNA33HA-mLST8は、NH2末端3重HAエピトープタグを持つmLST8(HA-mLST8)をコードする。pcDNA33HA-mLST8を生成するためには、5’EcoRI部位と、3’NotI部位とを、I.M.A.G.E.クローン3910883を鋳型に用いてPCRによってmLST8cDNA中に導入した。この産物を、EcoRIとNotIで消化した後、mLST8cDNAを、あらかじめEcoRIとNotIによって取り除いたraptor挿入体の代わりにpcDNA33HA-Raptorに挿入した。得られたpcDNA33HAmLST8の配列を決定したところ、エラーが無いことが判明した。
【0099】
[AU1-mTOR、HA-raptor、HA-mLST8、およびMyc-PHAS-Iの過剰発現]−−293T細胞を、10%(v/v)ウシ胎児血清を添加したダルベッコの修正版イーグル培養液(DMEM)から成る培養液で、24時間培養した。TransIT-LT2(Mirus Corp., マジソン、ウィスコンシン州)を用い、以前に記載されている通りに(Brunn, et al., (1997) Science 277, 99-101)、pcDNA3AU1-mTOR、pcDNA33HA-Raptor、およびpcDNA33HA-mLST8のそれぞれ4 μgによって293T細胞(100 mm直径皿)をトランスフェクトして、AU1-mTOR、HA-raptor、およびHA-mLST8を共発現させた。その他の細胞は、pcDNA3ベクターのみによってトランスフェクトした。そのように指示している場合は、細胞は、Myc-PHAS-Iを共発現するように、pCMV-Tag3APHAS-1によってトランスフェクトした。細胞は、トランスフェクション後18-20時間で実験に用いた。
【0100】
[mTOR活性の免疫複合アッセイ]−−AU1-mTORは、以前に記載されている通りに、プロテインG−アガロースビーズに結合させた抗AU1抗体によって免疫沈降させた(McMahon, et al., (2002) Mol. Cell Biol. 22, 7428-7438)。内因性mTORも、抗AU1抗体の代わりにmTAb1を用いた点を除いて、同じ方法で免疫沈降させた。キナーゼ活性を測定するために、徹底的に洗浄した免疫複合体を、20 μlのバッファーA(50 mM NaCl, 0.1 mM EGTA, 1 mMジチオスレイトール(DTT)、0.5 mMミクロシスチンLR、10 mM Na-HEPES、および50 mM β-グリセロリン酸、pH7.4)に懸濁した。キナーゼ反応は、2 mM[γ-32P]ATP、20 mM MnCl2, および40 μg/mlの[His6]PHAS-Iを添加した、20 μlのバッファーAの添加によって起動した。ウォルトマニンの作用を調べる実験では、反応からDTTを省略し、あらかじめ還元し、N-エチルマレイミドによってアルキル化した[His6]PHAS-Iを基質として用いた。反応は30°で10分後、SDSサンプルバッファーを加えることによって停止させた。サンプルはSDS-PAGEにて処理し、[His6]PHAS-Iに取り込まれた32Pの相対量を定量した。
【0101】
[電気泳動分析]−−SDS-PAGEは、Laemmliの方法を用いて行った。イムノブロットは、タンパクを電気泳動的にイモビロン(Millipore)膜に転写した後に調製した。[His6]PHAS-Iに取り込まれた32Pの相対量はリン光画像法によって定量した。イムノブロットにおけるバンドの信号強度は、レーザー走査濃度測定によって定量した。
【0102】
[その他の材料]−−FTS、およびS-ゲラニルチオサリチル酸(GTS)は、Yoel Kloog博士(テルアビブ大学、テルアビブ、イスラエル)、および、Wayne Bardin(Thyreos、ニューヨーク、ニューヨーク州)の寄贈による。ラパマイシンおよびLY294002は、Calibiochem-Novabiochem Internationalから入手した。カフェインは、Sigma Chemical Co.から入手した。グルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)-FKBP12および[His6]PHAS-Iは、以前に記載される通りに、細菌に発現させて精製した(Rousseau, et al. (1996) Oncogene 13, 2415-2420; Jiang, et al., (2003) Cancer Cell Int. 3, 2)。[γ-32P]ATPは、NEN Life Science Productsから入手した。
【図面の簡単な説明】
【0103】
【図1】図1は、培養細胞から免疫沈降で得られたmTORによる、mTOR基質であるPHAS-Iのインビトロでのリン酸化に対する、FTSの抑制作用を示す。293T細胞を、AU1-エピトープ標識mTOR、HA-標識raptor、およびHA-標識mLST8の発現ベクターでトランスフェクトした。24時間後、過剰発現したmTORを、AU1抗体で免疫沈降させ、免疫複合体を、2 mM[γ32P]ATP(250 μCi/ml)、20 mM MnCl2、および0.1 mg/ml精製組み換えヒスチジン標識PHAS-1を含む反応混合液で、FTSの濃度を漸増させて混合してインキュベートした。15分後、反応をSDSサンプルバッファーを加えて停止させ、サンプルをSDS-PAGEにて分析した。PHAS-Iに取り込まれた32Pの量を定量し、FTS不在下に取り込まれた量のパーセントで表した。平均値±二つの実験値幅の半分で表す。
【図2】図2は、乳ガン細胞のエストロゲン誘発増殖に与るシグナル伝達経路の模式図である。実線矢印は刺激を示す。破線矢印は、ある状況下における刺激を示す。棒線は抑制を示す。
【図3】図3は、FTSの、MCF-7、LTED、およびMCF-10A細胞の増殖に及ぼす作用を示す。6万個の細胞を、6ウェルプレートの各ウェルに撒いた。2日後、細胞を、3重標本として、表示の濃度のFTSによって5日間処理した。結果(平均±標準誤差)は、ベヒクルコントロールのパーセントで表した。
【図4】図4は、MCF-7およびLTED細胞のE2刺激による増殖に対する、FTSの作用を示す。3万個の細胞を、6ウェルプレートの各ウェルに撒いた。2日後、細胞に5% DCC-FBSを含むIMEMを再度補給した。さらに2日後、細胞を、3重標本として、エストラジオール(10-10M)に加えた各種濃度のFTSによって5日間処理した。LTED細胞では、培養液中の残留エストロゲンの効果を阻止するため、フルベストラント(10-9M)を全てのウェルに加えた。結果(平均±標準誤差)は、E2のみを含むウェルから得られた細胞数のパーセントで表した。
【図5】図5Aおよび5Bは、MFC-7細胞(図5A)、および、LTED細胞(図5B)におけるDNA合成に対する、FTSの作用を示す。10万個の細胞を、24ウェルプレートの各ウェルに撒いた。2日後、細胞に5% DCC-FBSを含むIMEMを再度補給した。さらに2日後、細胞を、4重標本として、表示の化合物によって18時間処理した。最後の2時間のインキュベーション中に[3H]チミジン(1 μCi/ウェル)を加えた。DNAに対する[3H]チミジンの取り込みは、タンパク含量について正規化した。
【図6】図6は、MCF-7細胞およびLTED細胞における、FTSによるアポトーシス誘発を表すデータを示す棒グラフである。8万個のMCF-7およびLTED細胞を、それぞれ培養液で満たされた12ウェルプレートの各ウェルに撒いた。2日後、細胞をFTSで3日間処理した。アポトーシスは、Roche Molecular Biochemicalsから市販されている細胞死検出キットを用いて測定した。同一の処理を行ったプレートを同時に細胞カウント用に準備した。結果は、1万個細胞当たりの、405 nmにおける光学的密度値として表した。
【図7】図7A−7Dは、MAPキナーゼ、PI3キナーゼ、およびmTORの血清刺激による活性化に対して、FTSの及ぼす作用を示すデータを表す。60 mm皿で培養した集密近くのMCF-7およびLTED細胞を、それぞれの培養液においてFTSによって24時間処理した。次に、細胞を収集し、細胞溶解物を調製した。特異的抗体を用いて、リン酸化を、ERK1/2 MAPキナーゼ(図7A)、AktのSer473(図7B)、p70 S6キナーゼのThr389(図7C)、およびPHAS-IのSer65(図7D)においてウェスタンブロット分析で検出し、濃度測定によって定量した。
【図8】図8は、LTED細胞において、MAPキナーゼ、PI3キナーゼ、およびmTORに対するEGF誘発性活性化に及ぼす、FTSの作用を示すデータを表す。60 mm皿で培養した集密近くのLTED細胞を、24時間血清枯渇させ、FTSで1時間、前処理し、EGF(1 μg/ml、1時間)の添加の前に、3時間、表示の濃度のLY294002(LY)またはラパマイシン(Rapa)によって処理した。次に、細胞を収集し、細胞溶解物を調製した。リン酸化および全キナーゼを、特異的抗体を用いてウェスタンブロット分析で検出した。
【図9】図9は、LTED細胞において、MAPキナーゼ、PI3キナーゼ、およびmTORに対するIGF-1誘発性活性化に及ぼす、FTSの作用を示すデータを表す。60 mm皿で培養した集密近くのLTED細胞を、24時間血清枯渇させ、IGF-1(20 ng/ml、10分間)の添加の前に、FTS(100 μM)、またはLY294002(LY, 20 μM)で、10、30、または60分間、前処理した。次に、細胞を収集し、細胞溶解物を調製した。リン酸化および全キナーゼを、特異的抗体を用いてウェスタンブロット分析で検出した。
【図10】図10A−10Dは、LTED細胞において、p70 S6キナーゼのThr226における、血清および増殖因子誘発性リン酸化に対する、FTSの作用を示すデータを表す(図10A)。EGFによって誘発されたp70 S6KのThr229リン酸化に対するFTSおよびLY294002(LY)の比較(図10B、図8に記載したものと同じ処理による)。IGF-1によって誘発されたp70 S6KのThr229リン酸化に対するFTSおよびLY294002の比較(図10C、図8に記載したものと同じ処理による)。図10Dは、IMEMを含む血清中で培養されたLTED細胞におけるp70 S6KのThr389およびThr229のリン酸化に対する、FTS(100 μM)作用の時間経過を示すグラフである。
【図11】図11Aおよび11Bは、FTSが、293T細胞において、PHAS-Iのリン酸化を抑制し、mTOR-raptor複合体の解離を促進することを示すデータを表す。293T細胞を、pcDNA3AU1-mTOR、pcDNA33HARaptor、pcDNA33HA-mLST8、およびpCMV-Tag3APHAS-1でトランスフェクトした(図11A)。18時間後、細胞を、漸増濃度のFTSと1時間インキュベートし、その後抽出物を調製した。各抽出物のサンプルをSDS-PAGEにて処理し、イムノブロットして、PHAS-IまたはPThr36/45を検出した。各抽出物においてAU1-mTORについても免疫沈降させ、免疫複合体を、SDS-PAGEにて処理し、mTAb2にてイムノブロットしてmTORを検出し、抗HA抗体にてイムノブロットしてHA-mLST8およびHA-raptorを検出した。非トランスフェクト293T細胞を、漸増濃度のFTSにて1時間インキュベートし、その後抽出物を調製した。mTORを、mTAb1にて免疫沈降させ、サンプルをSDS-PAGEにて処理した。mLST8、mTORのイムノブロットを図11Bに示す。
【図12】図12Aおよび12Bは、細胞を、漸増濃度のFTSおよびGTSと共にインキュベートした場合の、mTOR活性、および、mTORと、raptorおよびmLST8との結合に対する作用を示すデータを表す。AU1-mTOR、HA-raptor、およびHAmLST8は、293T細胞において過剰発現させた。次に、細胞を、漸増濃度のFTS(●、▲、■)、またはGTS(○、△、□)と1時間インキュベートし、その後抽出物を調製した。次に、抗AU1抗体にて免疫沈降を行った。mTORキナーゼ活性(●、○)は、[γ-32P]ATPを用いて行った免疫複合体キナーゼアッセイにおいて[His6]PHAS-Iへの32Pの取り込みを測定することによって定量した。AU1-mTORによって共免疫沈降されるHA-raptor(▲、△)およびHA-mLST8(■、□)の相対量は、抗HA抗体によるイムノブロッティング後に定量した。結果(平均値+3回の実験の標準誤差)は、FTSまたはGTS無しでインキュベートしたサンプルに対する、mTOR活性(図12A)、または、共免疫沈降タンパク(図12B)のパーセントで表し、免疫沈降したAU1-mTORの量について補正した。
【図13】図13Aおよび13Bは、FTSが、細胞抽出物において、raptor解離を促進し、mTOR活性を抑制することを示すデータを表す。293T細胞を、pcDNA3単独(Vec.)、または、pcDNA3AU1-mTOR、pcDNA33HARaptor、およびpcDNA33HA-mLST8の組み合わせによってトランスフェクトした。細胞抽出物を、漸増濃度のFTSにてインキュベートし、その後AU1-mTORを免疫沈降させた。免疫複合体のサンプルを[γ-32P]ATP、および組み換え[His6]PHAS-Iでインキュベートし、SDS-PAGEにて処理し、イモビロン膜に転写した。32P-PHAS-Iを検出するため、膜のリン光画像を得た後、膜をPThr36/45抗体にてイムノブロットした。免疫複合体のその他のサンプルはSDS-PAGEにて処理し、HAエピトープまたはmTORに対する抗体を用いてイムノブロットを調製した(図13A参照)。非トランスフェクト293T細胞の抽出物を漸増濃度のFTSとインキュベートし、その後、mTORを、mTAb1にて免疫沈降させた。コントロールの免疫沈降は、非免疫IgG(NI)を用いて行った。免疫複合体はSDS-PAGEにて処理し、mLST8、mTOR、およびraptorに対する抗体を用いてイムノブロットを調製した。
【図14】図14Aおよび14Bは、FTSおよびGTSの濃度を漸増した場合の、mTOR活性、および、mTORおよびraptorの結合に対する、相対的作用を示すデータを表す。AU1-mTOR、HA-raptor、およびHA-mLST8を過剰発現する293T細胞のサンプルを、漸増濃度のFTS(●、▲、■)、またはGTS(○、△、□)と1時間インキュベートし、その後、抗AU1抗体にて免疫沈降を行った。mTORキナーゼ活性(●、○)は、[γ-32P]ATPを用いて行った免疫複合体キナーゼアッセイにおいて[His6]PHAS-Iへの32Pの取り込みを測定することによって定量した。AU1-mTORによって共免疫沈降されたHA-raptor(▲、△)およびHA-mLST8(■、□)の相対量は、抗HA抗体によるイムノブロッティング後に定量した(図14B参照)。結果(平均値+5回の実験の標準誤差)は、FTSまたはGTS無しでインキュベートしたサンプルに対する、mTOR活性(図14A)、または、共免疫沈降タンパク(図14B)のパーセントで表し、免疫沈降したAU1-mTORの量について補正した。
【図15】図15A−15Cは、mTOR阻害剤の、mTORとraptorとの結合に対する作用を示すデータを表す。293T細胞を、pcDNA3単独(Vec.)、または、pcDNA3AU1-mTOR、pcDNA33HARaptor、およびpcDNA33HA-mLST8の組み合わせによってトランスフェクトした。AU1-mTORを免疫沈降させ、洗浄された免疫複合体サンプルを、阻害剤無しで、または、下記のものと一緒に30℃で30分インキュベートした。すなわち、カフェイン(1 mM)、FTS(50 μM)、LY294002(10 μM)、ラパマイシン(1 μM)に加えたFKB12(10 μM)、および、1 μMのウォルトマニンである。ウォルトマニンの破壊を防ぐために、インキュベーションは、チオール還元剤の不在下に行った。この免疫複合体のサンプルを10分間、10 mM MnCl2、1 mM[γ-32P]ATP、および50 μg/ml [His6]PHAS-Iと共にインキュベートし、mTOR活性を評価した。他のサンプルは2度洗浄し、SDS-PAGEにて処理し、抗HAおよび抗AU1抗体にてイムノブロットし、AU1-mTORと結合するHA-raptorとHA-mLST8の量を求めた。キナーゼアッセイによる32P-PHAS-Iのリン光画像、および、HA-mLST8、AU1-mTOR、およびHA-raptorのイムノブロットを図15Aに示す。PHAS-Iに取り込まれた32Pの相対量は、リン光画像法によって定量した(図15B参照)。AU1-mTORによって免疫沈降させたHAraptorおよびHA-mLST8の量は、イムノブロットに基づいて定量した(図15C参照)。図15Bおよび15Cにおいて、結果は、免疫沈降したAU1-mTORの量について補正し、それぞれのコントロールのパーセントで表した。平均+2回の実験値の範囲の1/2が示される。
【図16】図16は、マウスに移植したLTED細胞に対するFTSのインビボ作用を示すデータを表す。3-4週齢の雌のCrtCD1ヌードマウスについて、卵巣を摘出し、両側腹にLTED細胞(1部位当たり5百万、皮下)を接種した。血漿エストラジオール濃度が約10 pg/mlとなるように、エストラジオールを含むシラスティックカプセルを皮下に埋め込んだ。細胞接種の2週間後、動物を三つのグループに分割した。動物には、毎日、それぞれ、リン酸バッファー生食液(バッファー)、シクロデキストリン(CD)、またはFTS-CD(40 mg/kg)を注入(ip)した。投与7週後、動物を屠殺して、腫瘍の重量を測定した。
【図17】図17Aおよび17Bは、インビトロ培養のLTED細胞における、FTSのJNK活性化に及ぼす作用を示すデータを表す。図17Aに示すように、FTS投与は、インビトロ培養したLETD細胞においてJNK活性化を刺激する。さらに、図17Bに示すように、LTED細胞に対する、FTSおよびエストラジオール投与は、共に、JNKの活性化を増進し、その結果、cJNKのリン酸化を増強する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホルモン反応性ガン治療用組成物であって、一般構造Iを有するmTOR阻害剤、および、エストロゲン拮抗剤およびアロマターゼ阻害剤から成るグループから選ばれる化合物を含む組成物。
(式中、XはNH、O、またはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;R2はCOOHである。)
【請求項2】
前記XはOであることを特徴とする、請求項1の組成物。
【請求項3】
前記XはSであることを特徴とする、請求項1の組成物。
【請求項4】
前記XはNHであることを特徴とする、請求項1の組成物。
【請求項5】
前記R1はHであることを特徴とする、請求項2〜4のいずれかの組成物。
【請求項6】
前記R1はFであることを特徴とする、請求項2〜4のいずれかの組成物。
【請求項7】
前記mTOR阻害剤が、下記一般構造
(式中、R1はHまたはハロゲン置換体である)を有することを特徴とする、請求項1の組成物。
【請求項8】
前記R1はHであることを特徴とする、請求項7の組成物。
【請求項9】
前記R1はClであることを特徴とする、請求項7の組成物。
【請求項10】
前記R1はFであることを特徴とする、請求項7の組成物。
【請求項11】
前記エストロゲン拮抗剤はタモキシフェンであることを特徴とする、請求項5、8、9、または10の組成物。
【請求項12】
前記アロマターゼ阻害剤は、エキセメスタン、アナストロゾール、およびレトロゾールから成るグループから選ばれることを特徴とする、請求項5、8、9、または10の組成物。
【請求項13】
細胞においてmTOR活性を抑制する方法であって、前記細胞を、下記一般構造Iを有する化合物を含む組成物と接触させる工程を含む方法。
(式中、XはNH、O、またはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;R2はCOOHである。)
【請求項14】
前記抑制作用は、raptorのmTORからの解離によって生じることを特徴とする、請求項13の方法。
【請求項15】
前記抑制作用は、Aktの活性化を抑制しないことを特徴とする、請求項13の方法。
【請求項16】
前記XはOであり、R1はHまたはFであることを特徴とする、請求項14の方法。
【請求項17】
前記XはSであり、R1はHまたはFであることを特徴とする、請求項14の方法。
【請求項18】
前記R1はHであることを特徴とする、請求項16または17の方法。
【請求項19】
適応したホルモン反応性ガン細胞の増殖を抑制する方法であって、下記一般式Iを有する化合物を投与する工程を含む方法。
(式中、XはNH、O、またはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;R2はCOOHである。)
【請求項20】
前記ホルモン反応性ガン細胞は、エストロゲン反応性ガン細胞であることを特徴とする、請求項19の方法。
【請求項21】
前記エストロゲン反応性ガン細胞は、乳ガン細胞であることを特徴とする、請求項20の方法。
【請求項22】
前記XはOであり、前記R1はHまたはFであることを特徴とする、請求項20または21の方法。
【請求項23】
患者において適応反応の進行を遅らせる、または阻止するための方法であって、下記一般構造Iを有する化合物を前記患者に投与する工程を含む方法。
(式中、XはNH、O、またはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;R2はCOOHである。)
【請求項24】
前記化学式Iの化合物は、ホルモン剥奪療法の実施と組み合わせて前記患者に投与されることを特徴とする、請求項23の方法。
【請求項25】
前記ホルモン剥奪療法は、エストロゲン拮抗剤の投与を含むことを特徴とする、請求項24の方法。
【請求項26】
前記エストロゲン拮抗剤はタモキシフェンであることを特徴とする、請求項25の方法。
【請求項27】
前記ホルモン剥奪療法は、アロマターゼ阻害剤の投与を含むことを特徴とする、請求項25の方法。
【請求項28】
ホルモン反応性ガン細胞集団におけるアポトーシス発生率を高めるための方法であって、下記一般構造Iを有する化合物を投与する工程を含む方法。
(式中、XはNH、O、またはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;R2はCOOHである。)
【請求項29】
前記ホルモン反応性ガン細胞は、エストロゲンに対して反応性を持つことを特徴とする、請求項28の方法。
【請求項30】
前記ホルモン反応性ガン細胞は乳ガン細胞であることを特徴とする、請求項29の方法。
【請求項31】
前記XはSであり、前記R1はHまたはFであることを特徴とする、請求項29または30の方法。
【請求項32】
エストロゲン反応性の乳ガンまたは卵巣ガンを治療する方法であって、下記一般構造Iを有する化合物を投与する工程を含む方法。
(式中、XはNH、O、またはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;R2はCOOHである。)
【請求項33】
前記XはSであり、前記R1はHまたはFであることを特徴とする、請求項32の方法。
【請求項1】
ホルモン反応性ガン治療用組成物であって、一般構造Iを有するmTOR阻害剤、および、エストロゲン拮抗剤およびアロマターゼ阻害剤から成るグループから選ばれる化合物を含む組成物。
(式中、XはNH、O、またはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;R2はCOOHである。)
【請求項2】
前記XはOであることを特徴とする、請求項1の組成物。
【請求項3】
前記XはSであることを特徴とする、請求項1の組成物。
【請求項4】
前記XはNHであることを特徴とする、請求項1の組成物。
【請求項5】
前記R1はHであることを特徴とする、請求項2〜4のいずれかの組成物。
【請求項6】
前記R1はFであることを特徴とする、請求項2〜4のいずれかの組成物。
【請求項7】
前記mTOR阻害剤が、下記一般構造
(式中、R1はHまたはハロゲン置換体である)を有することを特徴とする、請求項1の組成物。
【請求項8】
前記R1はHであることを特徴とする、請求項7の組成物。
【請求項9】
前記R1はClであることを特徴とする、請求項7の組成物。
【請求項10】
前記R1はFであることを特徴とする、請求項7の組成物。
【請求項11】
前記エストロゲン拮抗剤はタモキシフェンであることを特徴とする、請求項5、8、9、または10の組成物。
【請求項12】
前記アロマターゼ阻害剤は、エキセメスタン、アナストロゾール、およびレトロゾールから成るグループから選ばれることを特徴とする、請求項5、8、9、または10の組成物。
【請求項13】
細胞においてmTOR活性を抑制する方法であって、前記細胞を、下記一般構造Iを有する化合物を含む組成物と接触させる工程を含む方法。
(式中、XはNH、O、またはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;R2はCOOHである。)
【請求項14】
前記抑制作用は、raptorのmTORからの解離によって生じることを特徴とする、請求項13の方法。
【請求項15】
前記抑制作用は、Aktの活性化を抑制しないことを特徴とする、請求項13の方法。
【請求項16】
前記XはOであり、R1はHまたはFであることを特徴とする、請求項14の方法。
【請求項17】
前記XはSであり、R1はHまたはFであることを特徴とする、請求項14の方法。
【請求項18】
前記R1はHであることを特徴とする、請求項16または17の方法。
【請求項19】
適応したホルモン反応性ガン細胞の増殖を抑制する方法であって、下記一般式Iを有する化合物を投与する工程を含む方法。
(式中、XはNH、O、またはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;R2はCOOHである。)
【請求項20】
前記ホルモン反応性ガン細胞は、エストロゲン反応性ガン細胞であることを特徴とする、請求項19の方法。
【請求項21】
前記エストロゲン反応性ガン細胞は、乳ガン細胞であることを特徴とする、請求項20の方法。
【請求項22】
前記XはOであり、前記R1はHまたはFであることを特徴とする、請求項20または21の方法。
【請求項23】
患者において適応反応の進行を遅らせる、または阻止するための方法であって、下記一般構造Iを有する化合物を前記患者に投与する工程を含む方法。
(式中、XはNH、O、またはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;R2はCOOHである。)
【請求項24】
前記化学式Iの化合物は、ホルモン剥奪療法の実施と組み合わせて前記患者に投与されることを特徴とする、請求項23の方法。
【請求項25】
前記ホルモン剥奪療法は、エストロゲン拮抗剤の投与を含むことを特徴とする、請求項24の方法。
【請求項26】
前記エストロゲン拮抗剤はタモキシフェンであることを特徴とする、請求項25の方法。
【請求項27】
前記ホルモン剥奪療法は、アロマターゼ阻害剤の投与を含むことを特徴とする、請求項25の方法。
【請求項28】
ホルモン反応性ガン細胞集団におけるアポトーシス発生率を高めるための方法であって、下記一般構造Iを有する化合物を投与する工程を含む方法。
(式中、XはNH、O、またはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;R2はCOOHである。)
【請求項29】
前記ホルモン反応性ガン細胞は、エストロゲンに対して反応性を持つことを特徴とする、請求項28の方法。
【請求項30】
前記ホルモン反応性ガン細胞は乳ガン細胞であることを特徴とする、請求項29の方法。
【請求項31】
前記XはSであり、前記R1はHまたはFであることを特徴とする、請求項29または30の方法。
【請求項32】
エストロゲン反応性の乳ガンまたは卵巣ガンを治療する方法であって、下記一般構造Iを有する化合物を投与する工程を含む方法。
(式中、XはNH、O、またはSであり;R1はHまたはハロゲン置換体であり;R2はCOOHである。)
【請求項33】
前記XはSであり、前記R1はHまたはFであることを特徴とする、請求項32の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【公表番号】特表2007−503442(P2007−503442A)
【公表日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−524738(P2006−524738)
【出願日】平成16年8月20日(2004.8.20)
【国際出願番号】PCT/US2004/027016
【国際公開番号】WO2005/018562
【国際公開日】平成17年3月3日(2005.3.3)
【出願人】(506062584)ユニバーシティ オブ ヴァージニア パテント ファウンデーション (9)
【Fターム(参考)】
【公表日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年8月20日(2004.8.20)
【国際出願番号】PCT/US2004/027016
【国際公開番号】WO2005/018562
【国際公開日】平成17年3月3日(2005.3.3)
【出願人】(506062584)ユニバーシティ オブ ヴァージニア パテント ファウンデーション (9)
【Fターム(参考)】
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