説明

ポリ−γ−グルタミン酸架橋体の製造方法およびポリ−γ−グルタミン酸架橋体からなる成形体

【課題】本発明が解決すべき課題は、ポリ−γ−グルタミン酸を簡便かつ効率的に架橋するための方法と、当該方法により製造されるポリ−γ−グルタミン酸架橋体からなる成形体を提供することにある。
【解決手段】本発明に係るポリ−γ−グルタミン酸架橋体の製造方法は、ポリ−γ−グルタミン酸またはその塩、ジアミノ化合物、脱水縮合剤および水を含む反応液のpHを3.5以下に調節することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリ−γ−グルタミン酸の架橋体を製造するための方法、および当該方法により製造されるポリ−γ−グルタミン酸架橋体からなる成形体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
合成高分子は、衣服などに用いられる化学繊維から航空機部材など工業製品の素材として、いまや人間の生活に欠かすことはできないものとなっている。しかし、その効率的なリサイクル技術は未だ確立していないことから、使用後においてはその大部分を焼却するか廃棄しなければならない。焼却すれば大気中の二酸化炭素濃度を増加させ地球温暖化の一因となり、廃棄するには廃棄場所が問題となる。また、合成高分子の原料は石油であり、その資源は有限である。よって、石油由来の合成高分子に代わる素材が求められている。
【0003】
近年、石油由来の合成高分子に代わり得る素材としてポリ乳酸が注目されている。ポリ乳酸の原料である乳酸は石油から得る必要はなく、発酵法により容易に製造できる。その上、ポリ乳酸は自然界、特に細菌により分解可能であることから、使用後に焼却や廃棄することなく処理し得るものと期待されている。また、剛性や引張強度が高いという特長もある。その一方で、ポリ乳酸は耐熱性や耐衝撃性に劣るという欠点がある。また、高い剛性故に硬くて脆いという面もある。これらの欠点はフィラーなどの添加により補うという技術も検討されているが、さらなる生分解性プラスチックの開発も試みられている。
【0004】
ポリ−γ−グルタミン酸は、天然アミノ酸であるグルタミン酸のγ−カルボキシ基とα−アミノ基とのアミド結合により重合した高分子であり、いわゆる「納豆の糸」の主成分であることから、極めて安全性に優れている。また、その側鎖にはα−カルボキシ基が残留していることから、当該側鎖を利用して架橋することにより素材としての利用が期待できる。しかし、その親水性があまりにも高いことから十分に架橋することはかえって難しく、素材としての利用は進んでいなかった。
【0005】
例えば特許文献1には、ポリ−γ−グルタミン酸に電子線を照射して架橋する技術が開示されている。しかし電子線を照射すると分子鎖の切断が生じることから、化学的に架橋する技術も開発されている。例えば特許文献2には、ポリ−γ−グルタミン酸架橋体、水、および樹脂を含む組成物が開示されており、このポリ−γ−グルタミン酸架橋体は、脱水縮合剤の存在下、pH9でポリ−γ−グルタミン酸をL−リジン塩酸塩で架橋することにより製造されている。また、特許文献3には、ポリ−γ−グルタミン酸等とポリ−ε−リジン等とをpH6.5〜11.0で水溶性カルボジイミドにより反応させることにより得られるハイドロゲルが開示されている。さらに特許文献4には、ポリ−γ−グルタミン酸と多価エポキシ化合物とを含むpH4.5の水溶液を不織布に含浸させ、加熱することによりポリ−γ−グルタミン酸の一部を架橋して製造する化粧・美容用乾燥シートが開示されている。
【0006】
しかしこれら先行技術は、いずれもポリ−γ−グルタミン酸架橋体を吸水成分として利用するための技術であり、素材自体として利用するためのものではない。より詳しくは、特許文献2と特許文献4のとおり、これら架橋体は十分に架橋されたものではないために、吸水性成分として他の樹脂中に配合したり、シートに担持せざるを得ない。即ち、特許文献3のとおり、これら架橋体はいわゆるハイドロゲルと呼ばれるものであって、水の存在により過度に膨潤するために独立した素材として使用することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−314489号公報
【特許文献2】特開2006−2108号公報
【特許文献3】特開2006−307004号公報
【特許文献4】特開2005−145908号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述した様に、ポリ−γ−グルタミン酸を架橋するための技術は開発されてはいた。しかし、ポリ−γ−グルタミン酸の水溶性が極めて高いことから十分な架橋化は難しいといった事情や、そもそもその目的はハイドロゲルを得ることにあったために、繊維などの素材として利用できるような不溶性物質を上記先行技術により得ることはできなかった。
【0009】
そこで、本発明が解決すべき課題は、ポリ−γ−グルタミン酸を簡便かつ効率的に架橋するための方法と、当該方法により製造されるポリ−γ−グルタミン酸架橋体からなる成形体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、効率的な架橋条件の検討を行った。その結果、従来、カルボジイミド化合物などを脱水縮合剤として使用する場合には反応液を塩基性にするのが一般的であるところ、逆に強酸性にすることによりポリ−γ−グルタミン酸をジアミン化合物で高度に架橋でき、ひいては不溶性の生分解性架橋ポリマーが得られることを見出して、本発明を完成した。
【0011】
本発明に係るポリ−γ−グルタミン酸架橋体の製造方法は、ポリ−γ−グルタミン酸またはその塩、ジアミノ化合物、脱水縮合剤および水を含む反応液のpHを3.5以下に調節することを特徴とする。グルタミン酸の等電点は3.22であるところ、弱酸性から塩基性の条件ではポリ−γ−グルタミン酸は水中で高分散するので、架橋反応を行っても網目状の架橋体、即ちハイドロゲルしか得られない。一方、反応液のpHを3.5以下という強酸性にすることによりポリ−γ−グルタミン酸の分散性が低下するので分子同士を高度に架橋できることから、水不溶性の架橋体が得られる。
【0012】
上記方法においては、架橋剤であるジアミノ化合物を、ポリ−γ−グルタミン酸またはその塩を構成するグルタミン酸に対して0.5モル倍以上用いることが好ましい。ポリ−γ−グルタミン酸の側鎖カルボキシ基に対して必要量以上のジアミノ化合物を作用させることにより、架橋反応を促進することができる。
【0013】
反応液におけるポリ−γ−グルタミン酸またはその塩の濃度としては、0.25%(w/v)以上が好適である。ポリ−γ−グルタミン酸の濃度が低過ぎると、架橋反応が効率的に進行しないおそれがある。
【0014】
ジアミノ化合物としては、塩基性アミノ酸、脂肪族ジアミンまたは芳香族ジアミンが好適である。塩基性アミノ酸を架橋剤として用いた場合には、一分子当り一つのカルボキシ基が残留し、これが保水性や吸熱性に寄与し得る。脂肪族ジアミンを用いた場合、架橋体は高性能な生分解性プラスチックとなり得る。芳香族ジアミンを用いた場合、架橋体の強度は極めて高くなり、生分解性のエンジニアリングプラスチックやスーパー繊維としての利用が期待できる。
【0015】
本発明の成形体は、上記方法により製造されるポリ−γ−グルタミン酸架橋体からなることを特徴とする。
【0016】
ポリ−γ−グルタミン酸の水溶性は非常に高く、また、従来技術では十分に架橋できなかったことから、従来のポリ-γ-グルタミン酸架橋体の親水性は過剰に高く、ハイドロゲルといわれるものであり、成形体の素材として利用できるものではなかった。それに対して、本発明方法により製造されるポリ-γ-グルタミン酸架橋体は、十分に架橋されていることから、保水性を有しながらもその親水性は適度に抑制されており、ハイドロゲルの状態にはならない。その上、通常、架橋高分子は硬質で且つ高強度である一方で熱可塑性を有さないといわれているが、本発明に係るポリ−γ−グルタミン酸架橋体は融点と熱分解開始点が十分に離れていることから熱可塑性を有し、加熱成形が可能である。従って、本発明に係るポリ-γ-グルタミン酸架橋体からなる成形体は、生物由来プラスチック成形体としての利用が期待される。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係るポリ−γ−グルタミン酸架橋体の製造方法によれば、高度に架橋されたポリ−γ−グルタミン酸を加熱せずとも短時間で効率的に得ることができる。また、本発明で得られるポリ−γ−グルタミン酸架橋体は、生分解性である上に、高い保水性や吸水性、強度のみならず熱可塑性も享有し得ることから、従来における石油由来の合成プラスチックに代わる可能性があるものとして、産業上極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例1において、アミド縮合剤の存在下、pH3でポリ−γ−グルタミン酸をL−リジンにより架橋した反応溶液の写真である。(A)はアミド縮合剤の添加前の写真であり、(B)は室温で10分間反応させた後の写真である。(B)のとおり、室温でわずか10分間反応させたのみで、水不溶性繊維状物質の生成が観察できる。
【図2】ポリ−γ−グルタミン酸の架橋反応に対するポリ−γ−グルタミン酸の影響に関する実験の結果を示す写真である。(A)はジアミノ化合物としてL−リジンを用いた場合、(B)はヘキサメチレンジアミンを用いた場合、(C)はパラフェニレンジアミンを用いた場合の結果であり、それぞれ左からポリ−γ−グルタミン酸濃度が1%(w/v)、その1/2倍、1/22倍、1/23倍および1/24倍の場合の結果である。
【図3】フラットガラスシャーレ上でポリ−γ−グルタミン酸の架橋反応を行い、さらにアセトンにより脱水した反応溶液の写真である。(A)はジアミノ化合物としてL−リジンを用いた場合、(B)はヘキサメチレンジアミンを用いた場合、(C)はパラフェニレンジアミンを用いた場合の結果である。
【図4】本発明に係るポリ−γ−グルタミン酸架橋体の熱分解開始点(Td)の測定結果である。
【図5】本発明に係るポリ−γ−グルタミン酸架橋体の融点(Tm)の測定結果である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明に係るポリ−γ−グルタミン酸架橋体の製造方法は、ポリ−γ−グルタミン酸またはその塩、ジアミノ化合物、脱水縮合剤および水を含む反応液のpHを3.5以下に調節することを特徴とする。
【0020】
ポリ−γ−グルタミン酸の種類は、特に制限されない。例えば、ポリ−γ−グルタミン酸としてはL−グルタミン酸のみからなるもの、D−グルタミン酸のみからなるもの、両方を含むものがあるが、何れも用いることができる。但し、一方の割合がより多い方が立体規則性に優れ強度なども高くなり、また、L−グルタミン酸からなるものの方が生分解性に優れるので、好適にはL−グルタミン酸の含有割合が90%以上のものを用いる。
【0021】
使用するポリ−γ−グルタミン酸の分子サイズも特に制限されないが、平均分子質量で10kDa以上のものが好適である。一般的に、分子サイズが大きいほど強度などの性能が高くなる。一方、分子サイズが過剰に大きなポリ−γ−グルタミン酸は製造コストが大きく、また、製造が技術的に難しい場合もあるので、通常は1,000kDa以下とする。
【0022】
ポリ−γ−グルタミン酸の塩としては、ナトリウム塩やカリウム塩などのアルカリ金属塩;カルシウム塩やマグネシウム塩などのアルカリ土類金属塩などを挙げることができる。また、塩を用いる場合であっても全てのカルボキシ基が塩となっている必要はなく、その一部のみが塩となっていてもよい。
【0023】
ポリ−γ−グルタミン酸は、市販されているものがあればそれを用いてもよいし、別途製造してもよい。但し、通常の条件でグルタミン酸を重合するとポリ−α−グルタミン酸が得られるので、細菌を使って生合成させることが好ましい。分子サイズの大きいポリ−γ−グルタミン酸を製造できる細菌としては、超好塩古細菌であるNatrialba aegyptiacaがある。
【0024】
反応液におけるポリ−γ−グルタミン酸またはその塩の濃度としては、0.25%(w/v)以上が好適である。本発明者らの知見によれば、ポリ−γ−グルタミン酸の濃度が0.25%(w/v)未満である場合には、不溶性の架橋体が十分に得られないおそれがある。一方、当該濃度の上限は特に制限されないが、細菌を用いてポリ−γ−グルタミン酸を製造せしめた場合におけるポリ−γ−グルタミン酸濃度は1%(w/v)程度であり、それよりも高い濃度の反応液を調製するには濃縮操作が必要となるため、好ましい上限は1%(w/v)とする。但し、もちろん1%(w/v)を超える濃度の溶液を用いてもよい。
【0025】
本発明で用いるジアミノ化合物は、その構造中に少なくとも二つのアミノ基(−NH2基)および/またはモノアルキルアミノ基(−NHR基)を有し、二分子のポリ−γ−グルタミン酸を架橋できる化合物をいう。
【0026】
本発明で用いるジアミノ化合物としては、リジン、アルギニン、ヒスチジンといった塩基性アミノ酸;テトラメチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン、オクタメチレンジアミンなどの脂肪族ジアミン;パラフェニレンジアミン、メタフェニレンジアミン、ビス(4−アミノフェニル)メタン、ビス(4−アミノフェニル)カルボニル、ビス(4−アミノフェニル)スルホン、ビス(4−アミノフェニル)エーテルなどの芳香族ジアミンを挙げることができる。好ましくは、水溶性のものを用いる。反応後に不溶性の架橋体から過剰なジアミノ酸を容易に分離できるからである。また、ジアミノ化合物としては、その塩を用いてもよい。塩としては、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩などの無機酸塩を用いることができる。一方、カルボン酸塩などの有機酸塩は、反応を阻害するおそれがあるので好ましくない。
【0027】
ジアミノ化合物は、二つのカルボキシ基を架橋するものであり、本発明ではポリ−γ−グルタミン酸を高度に架橋することにより不溶性架橋体を得ることを目的とする。よって、ジアミノ化合物の使用量は、ポリ−γ−グルタミン酸またはその塩を構成するグルタミン酸に対して0.5モル倍以上とすることが好ましい。一方、ジアミノ化合物はポリ−γ−グルタミン酸に比べれば安価であり、過剰に使用することで反応を促進することもでき、しかも反応後においては不溶性架橋体から容易に分離できることから、上限は特に制限されない。しかし、使用量が多過ぎると反応促進効果も飽和し、かえって反応速度が低下することも考えられるので、好適にはポリ−γ−グルタミン酸またはその塩を構成するグルタミン酸に対して5モル倍以下とする。
【0028】
本発明で用いる脱水縮合剤は、ポリ−γ−グルタミン酸の側鎖カルボキシ基とジアミノ化合物のアミノ基との間におけるアミド結合の形成を促進し、ポリ−γ−グルタミン酸の架橋反応を触媒する化合物をいう。例えば、DCC、DIC、DIPCI、DIAD、TMAD、EDAC(1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide hydrochloride)などのカルボジイミド;3−ピリジンカルボン酸無水物;DMT−MM(4-(4,6-dimethoxy-1,3,5-triazin-2-yl)-4-methylmorpholinium chloride);EDC(1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide hydrochloride)などを挙げることができる。本発明は溶媒として水を用いるので、EDACなどの水溶性縮合剤を用いることが好ましい。いわゆるWSC(water-soluble carbodiimide)を好適に用いることができる。
【0029】
脱水縮合剤の量は適宜調整すればよく、特に制限されない。例えば、脱水縮合剤の量を調整することにより架橋体の架橋度も調整することができる。但し、本発明では高い架橋度の架橋体を製造することが目的であり、また、脱水縮合剤の量が多いほど反応も迅速に進行するので、十分量用いるのが好ましい。例えば、脱水縮合剤は、ポリ−γ−グルタミン酸またはその塩を構成するグルタミン酸に対して1モル倍以上、5モル倍以下用いることが好ましい。
【0030】
本発明では、反応溶媒として水を用いる。主原料であるポリ−γ−グルタミン酸を良好に溶解できるからであり、また、目的化合物である高度に架橋されたポリ−γ−グルタミン酸架橋体は水に対して不溶性であることから、反応後における目的物の単離精製に便利だからである。但し、使用するジアミノ化合物や脱水縮合剤によっては、反応液に対するそれらの溶解性を高めるために、メタノールやエタノールなどのアルコール;THFなどのエーテル;ジメチルホルムアミドやジメチルアセトアミドなどのアミドなどの水溶性有機溶媒を反応液に添加してもよい。
【0031】
本発明の製造方法においては、反応液のpHを3.5以下に調節する。従来、脱水縮合剤を用いてアミド化合物を製造する場合においては、反応液のpHは塩基性としていた。しかし、ポリ−γ−グルタミン酸の架橋反応においては、グルタミン酸の等電点は3.22であり、ポリ−γ−グルタミン酸は、その高い親水性により弱酸性から塩基性の水溶液中では高分散するので、ジアミノ化合物を十分量存在せしめても、弱酸性から塩基性の条件下では反応は十分に進行しない。その結果、得られるものは網目構造状のハイドロゲルにとどまり、不溶性架橋体は得られないため、それのみで繊維やフィルムなどの成形体とすることは困難である。しかしpH3.5以下という強酸性で反応を行うことによって、ポリ−γ−グルタミン酸の分散性が低下するので分子間の架橋反応が進行し易くなり、不溶性の架橋体が生成する。
【0032】
かかるpHの調節は、上記全ての原料化合物等を反応液に添加した後に行ってもよいし、一部の化合物を添加する前にpHを調節し、pH調節後に残りの化合物を添加してもよい。例えば、フリーのジアミノ化合物は塩基性物質であることから、反応液のpHを変化させる。よって、フリーのジアミノ化合物を用いる場合には、反応液にジアミノ化合物を添加した後にpHを調節する。一方、脱水縮合剤は中性のものが多いので、例えば水にポリ−γ−グルタミン酸とジアミノ化合物を溶解してからpHを調節した後に脱水縮合剤を添加してもよい。
【0033】
本発明の架橋反応は常温でも行うことができる。つまり、本発明方法を工業的に大規模で実施する場合であっても、加熱手段を設ける必要はない。しかし、反応をより一層促進するために、全体的な効率を貶めない程度で、例えば60℃程度まで加熱してもよい。
【0034】
反応時間は特に制限されないが、本発明に係る架橋反応は短時間で完了するという特長を有する。よって、実際の反応時間は原料化合物の消失の確認や予備実験により決定すればよいが、通常は5分〜5時間程度とすることができる。
【0035】
反応終了後は、水に対して不溶性の架橋体が溶媒である水から分離してくる。かかる不溶性架橋体を単離し、常法により、繊維やフィルムなど所望の成形体に成形することができる。
【0036】
本発明で得られるポリ−γ−グルタミン酸架橋体は、生分解性である上に、高い保水性や吸水性、強度なども享有し得る一方で、いわゆるハイドロゲルではない。その上、融点を有し、その融点は熱分解開始点と十分に離れていることから、熱可塑性を示す。よって、例えば、本発明のポリ−γ−グルタミン酸架橋体からなる繊維を用いて、保水性や吸熱性に優れる衣服を製造できる可能性がある。しかもその使用後は、細菌などによる分解処理も可能であり得る。
【実施例】
【0037】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例により制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0038】
実施例1 PGA架橋化におけるpHによる影響の検討
(1) L−リジンによる架橋
ポリ−γ−L−グルタミン酸ナトリウム塩を精製水に溶解し、1%(w/v)の溶液とした。当該溶液に、1.7%(w/v)の濃度となるようにL−リジン塩酸塩を溶解した。当該溶液において、ポリ−γ−L−グルタミン酸ナトリウム塩由来のカルボキシ基のモル濃度は77.5mM、L−リジン塩酸塩由来のアミノ基のモル濃度は155mMである。また、当該溶液のpHをpH試験紙で測定したところ、3付近であった。
【0039】
当該溶液へ、ポリ−γ−グルタミン酸ナトリウムを構成するグルタミン酸に対して1モル倍のWSCを添加して溶解し、室温で10分間静置したところ、図1に示すとおり水不溶性の繊維状物質の形成が認められた。
【0040】
また、WSCを添加する前における溶液のpHを、12N塩酸または6N水酸化ナトリウムにより4.5、8または10に調整して同様の操作を行い、水不溶性繊維状物質の生成の有無を観察した。結果を表1に示す。
【0041】
(2) ヘキサメチレンジアミンによる架橋
上記(1)において、L−リジン塩酸塩の代わりにヘキサメチレンジアミンを0.92%(w/v)の濃度で加えて同様に実験を行ったが、水不溶性繊維状物質の生成は全く見られなかった。なお、反応溶液におけるヘキサメチレンジアミン由来のアミノ基のモル濃度は、L−リジン塩酸塩を用いた場合と同様に155mMであった。反応溶液のpHを測定したところ、10付近であった。
【0042】
また、WSCを添加する前における反応溶液のpHを、上記(1)と同様に3、4.5または8に調整して水不溶性繊維状物質の生成の有無を観察した。結果を表1に示す。
【0043】
(3) パラフェニレンジアミンによる架橋
上記(1)において、L−リジン塩酸塩の代わりにパラフェニレンジアミンを0.84%(w/v)の濃度で加えて同様に実験を行ったが、水不溶性繊維状物質の生成は全く見られなかった。なお、反応溶液におけるパラフェニレンジアミン由来のアミノ基のモル濃度は、L−リジン塩酸塩を用いた場合と同様に155mMであった。反応溶液のpHを測定したところ、7.5であった。
【0044】
また、WSCを添加する前における反応溶液のpHを、上記(1)と同様に3、4.5、8および10に調整して水不溶性繊維状物質の生成の有無を観察した。結果を表1に示す。表中、水不溶性繊維状物質の生成が肉眼で確認できた場合を「+」、確認できなかった場合を「−」、水不溶性繊維状物質の生成は確認できなかったが反応液が白濁した場合を「±」で示す。
【0045】
【表1】

【0046】
通常、脱水縮合剤を用いる場合には塩基性条件で反応を進める。しかし表1のとおり、ポリ−γ−グルタミン酸の架橋の場合には、塩基性条件では水不溶性繊維状物質の生成はみられなかった。これは、おそらく塩基性条件でも架橋反応は進行していると考えられるが、ポリ−γ−グルタミン酸の水溶液中における分散性があまりに高いために分子間の架橋反応が十分に進行せず、水溶性のゲル状物質にとどまっていることによると考えられる。また、ジアミノ化合物として芳香族ジアミンであるパラフェニレンジアミンを用いた場合には、おそらく当該ジアミノ化合物の疎水性が比較的高いために、部分的な架橋によってもポリ−γ−グルタミン酸の溶解度が低下し、反応液が白濁したと考えられる。但しこの場合でも、繊維状物質の生成は認められなかった。
【0047】
一方、アミド縮合剤を用いて強酸性条件でジアミン化合物による架橋反応を行った場合には、室温でも十分に反応が進行し、わずか10分間で水不溶性繊維状物質の生成が観察できた。
【0048】
実施例2 架橋反応におけるポリ−γ−グルタミン酸濃度の影響
上記実施例1(1)〜(3)において、反応溶液におけるポリ−γ−L−グルタミン酸ナトリウム塩の濃度を、1/2倍、1/22倍、1/23倍および1/24倍とした以外は同様に実験を行い、水不溶性繊維状物質の生成の有無を観察した。結果を図2に示す。
【0049】
図2中、(A)はジアミノ化合物としてL−リジンを用いた場合、(B)はヘキサメチレンジアミンを用いた場合、(C)はパラフェニレンジアミンを用いた場合の結果であり、それぞれ左からポリ−γ−グルタミン酸濃度が1%(w/v)、その1/2倍、1/22倍、1/23倍および1/24倍の場合の結果である。(A)のとおり、L−リジンの場合にはポリ−γ−グルタミン酸濃度が0.125%(w/v)未満になると水不溶性繊維状物質の生成が困難になり、(B)のとおり、ヘキサメチレンジアミンの場合にはポリ−γ−グルタミン酸濃度が0.25%(w/v)未満になると水不溶性繊維状物質の生成が困難になった。しかしパラフェニレンジアミンの場合には、ポリ−γ−グルタミン酸濃度が0.0625%(w/v)でも水不溶性繊維状物質の生成が確認できた。これは、フェニレン構造の脂溶性が他の架橋剤よりも高いことによると考えられる。
【0050】
実施例3 フィルムの製造
6.4cm径のフラットガラスシャーレに0.25%(w/v)のポリ−γ−L−グルタミン酸ナトリウム塩水溶液(1mL)を加えた。当該水溶液中におけるカルボキシ基のモル濃度に対して、アミノ基のモル濃度が2倍となるようにL−リジン塩酸塩、ヘキサメチレンジアミンまたはパラフェニレンジアミンを加えた。L−リジン塩酸塩の場合を除いて、12N塩酸により溶液のpHを3に調整した後、WSC(0.925mg)を加え、室温で30分間静置した。その後、反応溶液に対して2.5倍容量のアセトンを加えることにより脱水した。反応後と脱水後における各シャーレの写真を図3に示す。図3中、(A)はジアミノ化合物としてL−リジンを用いた場合、(B)はヘキサメチレンジアミンを用いた場合、(C)はパラフェニレンジアミンを用いた場合の結果である。
【0051】
図3のとおり、アセトン脱水後、L−リジンおよびヘキサメチレンジアミンによる架橋体は、透明なフィルム状となりガラス面に付着した。それに対してパラフェニレンジアミンによる架橋体は、むしろ剛直な繊維塊となった。この繊維塊は経時的に色調変化したが、この性質はパラアラミド繊維と類似するものである。また、ここで形成された各架橋体は水に不溶性であるが、エタノールおよびpH8.5に調整した弱アルカリ性緩衝液にも不溶であることを確認した。
【0052】
実施例4 最大架橋率の測定
上記実施例1と同様の条件で、L−リジン、ヘキサメチレンジアミンまたはパラフェニレンジアミンでポリ−γ−グルタミン酸を架橋した。なお、反応液のpHは3に調節した。反応終了後、反応液中に形成された不溶性のポリ−γ−グルタミン酸架橋体を分離した後、残留した反応液(0.1mL)を回収し、蒸留水で100倍に希釈した。この希釈液(0.1mL)に同量の0.2Mホウ酸緩衝液(pH8.5)を加えて中和した。当該混合液に、1/10倍容量の10mM 1−フルオロ−2,4−ジニトロベンゼン/アセトン溶液を加えて攪拌し、65℃で45分間、暗所で静置した。当該混合液の温度を室温に戻した後、12N塩酸(0.11mL)を加えて反応を停止させた。黄色に呈色した本混合液を分光分析に供し、波長356nmの吸光度を測定した。得られた値を検量線と照らし合わせ、反応液中に残留しているジアミノ化合物の量を決定し、架橋反応で消費されたジアミノ化合物の量を算出した。算出されたジアミノ化合物が全て架橋に寄与していると推定し、ポリ−γ−グルタミン酸の最大架橋率を算出した。結果を表2に示す。
【0053】
【表2】

【0054】
上記結果のとおり、最大架橋率としての測定値ではあるが、本発明方法によれば、おおよそ40〜50%という高分子の架橋率としては極めて高い割合でポリ−γ−グルタミン酸を架橋できることが分かった。
【0055】
実施例5 熱分析結果
上記実施例1と同様の条件で、架橋剤としてパラフェニレンジアミンを用い、且つ反応液のpHを3に調節してポリ−γ−グルタミン酸を架橋した。得られた水不溶性の架橋体を真空乾燥した後、熱分析装置(セイコー電子社製,DSC「EXTR6000」とTG−DTA「SSC5200」)を用い、JIS K7122とJIS K7120の方法に準じてDSC分析とTG/DTA分析を行った。熱分解開始点の測定結果を図4に、融点の測定結果を図5に示す。
【0056】
図4のとおり、本発明に係るポリ−γ−グルタミン酸架橋体の熱分解開始点(Td)は214℃であり、図5のとおり、同架橋体の融点(Tm)は125℃であった。このように、本発明に係るポリ−γ−グルタミン酸架橋体の熱分解開始点と融点は十分に離れていることから、熱可塑性を有し、加熱成形することが可能であると考えられる。通常、高分子架橋体は熱可塑性を有さない場合が多いが、本発明に係るポリ−γ−グルタミン酸架橋体は、十分に架橋されている一方で熱可塑性を有する点で特異な特性を有するといえる。
【0057】
また、図5のとおり、同架橋体の実測上の比熱は105mJ/mgであった。この値は典型的なポリアミド樹脂の比熱値と近似するものであるので、本発明に係るポリ−γ−グルタミン酸架橋体の用途としては、ポリアミド樹脂と同様のものが考えられる。
【0058】
以上の結果から、本発明に係るポリ−γ−グルタミン酸架橋体は、生物由来のプラスチック素材として有用であることが実証された。
【0059】
実施例6 結合水含量の測定
上記実施例5で得られた乾燥ポリ−γ−グルタミン酸架橋体の結合水含量を、微量水分測定装置「CA−200」、陽極液アクアミクロンAXおよび陰極液アクアミクロンCXU(いずれも、三菱化学社製)を用い、常法であるカールフィッシャーの水分測定に従って測定したところ、3.99%であった。この値は、ほぼ際限無く水分を吸収するポリ−γ−グルタミン酸に比べて低いといえる。他方、この値は、化成ナイロンの公定水分含量である4.5%と遜色のないレベルであるといえる。
【0060】
以上の結果より、本発明に係るポリ−γ−グルタミン酸架橋体は、適度な保湿性を示す一方でハイドロゲルになるほど過剰な親水性を示さないので、ナイロンの代替にとどまらず、さらに多様な用途が期待される生物由来のプラスチック素材として有用であると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリ−γ−グルタミン酸の架橋体を製造するための方法であって、
ポリ−γ−グルタミン酸またはその塩、ジアミノ化合物、脱水縮合剤および水を含む反応液のpHを3.5以下に調節することを特徴とする方法。
【請求項2】
ポリ−γ−グルタミン酸またはその塩を構成するグルタミン酸に対して0.5モル倍以上のジアミノ化合物を用いる請求項1に記載の方法。
【請求項3】
反応液におけるポリ−γ−グルタミン酸またはその塩の濃度を0.25%(w/v)以上とする請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
ジアミノ化合物として、塩基性アミノ酸、脂肪族ジアミンまたは芳香族ジアミンを用いる請求項1〜3の何れかに記載の方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかに記載の方法により製造されるポリ−γ−グルタミン酸架橋体からなる成形体。

【図5】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−209362(P2009−209362A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−25322(P2009−25322)
【出願日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、独立行政法人科学技術振興機構、地域イノベーション創出総合支援事業研究成果実用化検討(FS)、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504174180)国立大学法人高知大学 (174)
【Fターム(参考)】