説明

ポリ−γ−L−ジアミノ酪酸及びその塩

【課題】イソペプチド結合で形成されたポリ−γ−L−ジアミノ酪酸及びその塩を提供する。
【解決手段】ポリ−γ−L−ジアミノ酪酸生産能を有する微生物を培養し、培養液中から得られた(L)−α,γ−ジアミノ酪酸を唯一の構成アミノ酸とするポリイソペプチド、すなわち(L)−α,γ−ジアミノ酪酸のγ位のアミノ基が、隣り合う(L)−α,γ−ジアミノ酪酸のα位のカルボン酸基とイソペプチド結合で結合したポリ−γ−L−ジアミノ酪酸及びその塩である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イソペプチド結合で形成されたポリ−γ−L−ジアミノ酪酸及びその塩に関する。
【背景技術】
【0002】
塩基性アミノ酸のポリマーは、高いカチオン含量により特異な物性を有するため、トイレタリー用品、化粧品、飼料添加物、医薬、農薬、食品添加物、電子材料等への利用が期待される。
天然の塩基性アミノ酸のポリマーであるε−ポリ−L−リジンは、(L)−リジンのε位のアミノ基が、隣り合うL−リジンのα位のカルボン酸基とイソペプチド結合で結合したポリイソペプチドである。その他に天然に存在している塩基性アミノ酸のポリマーとして、(D)−α,γ−ジアミノ酪酸を唯一の構成アミノ酸とするポリ−γ−D−ジアミノ酪酸があり、抗ウイルス活性並びに抗菌活性を有することが知られている(例えば、非特許文献1参照)。
また、有機化学反応により合成された塩基性アミノ酸のポリマーであるポリジアミノ酪酸には、α位のアミノ基と隣り合うα,γ−ジアミノ酪酸のα位のカルボン酸基がペプチド結合し(D)−α,γ−ジアミノ酪酸と(L)−α,γ−ジアミノ酪酸とを含むポリ−α−D,L−ジアミノ酪酸があり、遺伝子治療のための遺伝子運搬体としての可能性が報告されている(例えば、特許文献1参照)。
しかし、上記のポリジアミノ酪酸は(D)−α,γ−ジアミノ酪酸を唯一の構成アミノ酸(残基)とするイソペプチド、または(D)−α,γ−ジアミノ酪酸と(L)−α,γ−ジアミノ酪酸とを残基とするペプチドであり、(L)−α,γ−ジアミノ酪酸を唯一の構成アミノ酸とするイソペプチドは報告されていない。
【0003】
イソペプチド結合した(L)体のカチオン性のアミノ酸ポリマー、例えばε−ポリ−L−リジンは変異原性や経口毒性が低く、しかも数々の機能性や生理活性を有することが知られている(例えば、非特許文献2参照)。ε−ポリ−L−リジン以外の(L)体のアミノ酸を唯一の構成成分とし、カチオン含量の高いイソペプチドが存在すれば、トイレタリー用品、化粧品、飼料添加物、医薬、農薬、食品添加物、電子材料等への利用に適した新たな物性が期待される。かくして(L)−α,γ−ジアミノ酪酸を唯一の構成アミノ酸とする新規なイソペプチドであるポリジアミノ酪酸の具体化が望まれている。
例えば、新規なイソペプチドであるγ−ポリ−L−ジアミノ酪酸及びその塩は、(L)−α、γ−ジアミノ酪酸あるいはその塩を出発原料とし、公知のε−ポリ−L−リジンの化学合成法(例えば、非特許文献2参照)を応用すれば合成できるように思われる。しかしながら、(L)−α,γ−ジアミノ酪酸は化学重合反応中にラセミ化や異性化を起こしやすく、ポリ−γ−L−ジアミノ酪酸またはその塩を得たという報告はこれまで全く知られていない。
【0004】
【特許文献1】国際公開第01/052901号パンフレット
【非特許文献1】J.Antibiotics,31,849-854(1988)
【非特許文献2】高分子加工,53,518-523(2004)
【非特許文献3】Biopolymer,42,305-318(1997)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、イソペプチド結合で形成されたポリ−γ−L−ジアミノ酪酸及びその塩を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、こうしたポリジアミノ酪酸を得るべく鋭意研究を重ねた。その結果、(L)−α,γ−ジアミノ酪酸を唯一の構成アミノ酸とするポリイソペプチド、すなわち(L)−α,γ−ジアミノ酪酸のγ位のアミノ基が、隣り合う(L)−α,γ−ジアミノ酪酸のα位のカルボン酸基とイソペプチド結合で結合したポリ−γ−L−ジアミノ酪酸及びその塩を見出し、本発明を完成した。
【0007】
本発明は以下の(1)〜(3)で構成される。
(1)(L)−α,γ−ジアミノ酪酸のγ位のアミノ基によるイソペプチド結合で形成されたポリ−γ−L−ジアミノ酪酸またはその塩。
(2)ポリ−γ−L−ジアミノ酪酸生産能を有する微生物を液体培地中で培養し、培養液中から得られた前記(1)項記載のポリ−γ−L−ジアミノ酪酸またはその塩。
(3)ポリ−γ−L−ジアミノ酪酸の生産能を有する微生物がStreptomyces sp. USE−31(寄託番号FERM P−19660)である前記(2)項記載のポリ−γ−L−ジアミノ酪酸またはその塩。
【発明の効果】
【0008】
本発明のポリ−γ−L−ジアミノ酪酸及びその塩は、従来のポリジアミノ酪酸及びその塩とは異なり、(L)−α,γ−ジアミノ酪酸あるいはその塩を唯一の構成アミノ酸として、イソペプチド結合で結合したポリイソペプチド及びその塩である。本発明のポリ−γ−L−ジアミノ酪酸及びその塩はカチオン含量が高く、実際に抗菌性やカオリンに対する凝集性等ε−ポリ−L−リジンが持っている特異な物性を有しており、ε−ポリ−L−リジンの有する機能性と生理活性をほぼ全て持っていると考えられる。
本発明のポリ−γ−L−ジアミノ酪酸及びその塩は、高いカチオン含量により特異な物性を有するため、トイレタリー用品、化粧品、飼料添加物、医薬、農薬、食品添加物、電子材料等への利用が期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明においては、α位のアミノ基と隣り合うアミノ酸のα位のカルボン酸とがペプチド結合したものではなく、α位以外のアミノ基あるいはカルボン酸基とα位のカルボン酸基あるいはアミノ基がペプチド結合した結合をイソペプチド結合と称する。また、こうして形成されたペプチドをイソペプチドという。
すなわち、本発明のポリ−γ−L−ジアミノ酪酸は、塩基性アミノ酸である(L)−α,γ−ジアミノ酪酸のγ位のアミノ基が、隣り合う(L)−α,γ−ジアミノ酪酸のα位のカルボン酸基とペプチド結合で結合した、従ってイソペプチド結合した高分子化合物である。
【0010】
本発明のポリ−γ−L−ジアミノ酪酸は、ポリ−γ−L−ジアミノ酪酸生産能を有する微生物(ポリ−γ−L−ジアミノ酪酸生産菌株)を液体培地中で培養した培養液から分離・採取することによって得られる。ポリ−γ−L−ジアミノ酪酸生産菌株としてはStreptomyces sp. USE−31(Streptomyces celluloflavus)が挙げられ、具体的には寄託番号FERM P−19660の菌株が挙げられる。
ポリ−γ−L−ジアミノ酪酸生産菌株がStreptomyces属であることは、形態学的、生理学的解析に加え、化学生物分類学とりわけ細胞壁の加水分解産物にL,L−ジアミノピメリン酸が見いだされたことから同定できる。
【0011】
液体培地は、炭素源、窒素源、無機塩及びその他の栄養物が含まれていれば、いかなるものでもよい。炭素源としては、グルコース、フラクトース、グリセロール、スターチ等が挙げられ、その含有量は0.1〜10%(w/v)が好ましい。窒素源としては、酵母エキス、ペプトン、カゼイン加水分解物、アミノ酸等の有機化合物や、硫酸アンモニウムなどの無機アンモニウム塩等が挙げられ、その含有量は0.1〜5%(w/v)が好ましい。液体培地は、好ましくは炭素源としてブドウ糖またはグリセロールを含み、窒素源として硫酸アンモニウムまたは酵母エキスもしくはペプトンを含むものである。無機塩としては、リン酸イオン、カリウムイオン、ナトリウムイオン、マグネシウムイオン、亜鉛イオン、鉄イオン、マンガンイオン、ニッケルイオン、硫酸イオン等を与えるものが挙げられる。
【0012】
培養は、好気的条件下で振盪培養、攪拌培養等により行うことができる。培養温度は20〜40℃が好ましい。培地のpHは3〜9が好ましい。培養期間は、通常には、1〜10日であるが、本発明で用いられる菌株では、それ以上の期間、培養を続けることができる。培養途中で、炭素源、窒素源を逐次添加してもよい。また、クエン酸、α−ケトグルタル酸、リンゴ酸を添加することは好ましく、その量は通常0.1〜5%である。このような培養により、培養液中にポリ−γ−L−ジアミノ酪酸が生成蓄積する。
【0013】
培養液中に著量に生成し蓄積したポリ−γ−L−ジアミノ酪酸の採取は、培養液から遠心分離やフィルター濾過で菌体を除き、得られる菌体除去液から公知の方法によりポリ−γ−L−ジアミノ酪酸を単離することによって行うことができる。具体的には、例えば、菌体除去液をアセトン、エタノール等の有機溶媒で晶析する。得られた沈殿物をイオン交換樹脂のカラムを通して精製することによりポリ−γ−L−ジアミノ酪酸が得られる。
【0014】
本発明のポリ−γ−L−ジアミノ酪酸塩としては、毒性を示すものでなければ特に限定されず、塩酸、臭化水素酸、硫酸、硝酸等の無機酸塩、酢酸、プロピオン酸、クエン酸、乳酸、マロン酸、フマル酸、リンゴ酸等の有機酸塩が挙げられ、中でも塩酸塩または酢酸塩が好ましい。
【0015】
本発明のポリ−γ−L−ジアミノ酪酸またはその塩の分子量は、15,000〜30,000Dが例示できる。
尚、上記の分子量は、トリフォスフェートイソメラーゼ(27KD(キロダルトン))、ミオグロビン(17KD)、α−ラクトアルブミン(14KD)、アプロチニン(6.5KD)及びバシトラシン(1.4KD)を分子量マーカーとするドデシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)によって測定した値である。
【実施例】
【0016】
本発明を実施例により更に詳細に説明する。
実施例1
(ポリ−γ−L−ジアミノ酪酸及びその塩酸塩の調製)
ポリ−γ−L−ジアミノ酪酸生産菌株 Streptomyces sp. USE−31(寄託番号FERM P−19660)を、グリセロール2.0%(W/V)、硫酸アンモニウム1.0%(W/V)、酵母エキス0.5%(W/V)及びMgSO・7HO 0.05%(W/V)を含む液体培地に接種し、40時間、回転撹拌を続けた後、クエン酸を添加し、培地のpHを4.0に調整し、通気量2.5V/V、30℃で6日間培養した。培地のpHが4.3に上昇した時点でグリセロールを添加することにより、pHを4.0に保った。培養後ろ過し、培養ろ液をメタノール:アセトン(3:1)の混合液で沈殿させ回収した(0〜40%画分)。沈殿を蒸留水で溶解し、塩酸を加え、塩酸塩とし、アセトンで沈殿させ回収した。次に回収した沈殿画分を陽イオン交換カラム(TSKgel CM−5PW)を用いて精製し、白色粉末2.5gを得た。ポリ−γ−L−ジアミノ酪酸はε−ポリ−L−リジンがメチルオレンジと複合体を形成して沈殿するpH8.1では、メチルオレンジと複合体を形成せず、全く沈殿しなかった。精製物がSDS−PAGEで均一になることを確認した。SDS−PAGEによる測定から本発明のポリ−γ−L−ジアミノ酪酸塩酸塩の分子量は15,000〜30,000Dであった。
【0017】
(ポリ−γ−L−ジアミノ酪酸塩酸塩及びポリ−γ−L−ジアミノ酪酸のNMR分析)
実施例1で調製したポリ−γ−L−ジアミノ酪酸塩酸塩をH−NMR分析した。測定は実施例1で調製した試料をDOに溶解し、400MHzで行った。基準化合物にはテトラメチルシランのリン酸塩(TMP)を用いた。
観測された各化学シフトとその帰属を表1に示す。
【0018】
【表1】

【0019】
ポリ−γ−L−ジアミノ酪酸塩酸塩を水に溶かし、pH8.1に調整し、限外濾過によって脱塩して調製した、塩酸フリーのポリ−γ−L−ジアミノ酪酸のH−NMR分析を同様にして行った。観測された各化学シフトとその帰属を表2に示す。
【0020】
【表2】

【0021】
塩酸塩から塩酸フリーになることにより、α−CH、β−CH 、γ−CHの化学シフト値はいずれも高磁場にシフトしているがα−CHのシフトが大きい。これはα位のHが、α位に結合しているアミノ基に付加していたプロトンがなくなった影響をβ−CHやγ−CHよりも大きく受けることを示している。すなわち、アミノ基はα位に結合し、イソペプチド結合に関与しているアミノ基はγ位であることがわかる。
また、実施例1で調製した加水分解物のNMR分析の結果、観測された化学シフトのうち、4.25、2.35、3.30ppmの各シグナルは、(L)−α,γ−ジアミノ酪酸の化学構造に由来するα−CH 、β−CH 、γ−CHの化学シフト値と比較するとほぼ一致した。
【0022】
(加水分解物のHPLC分析)
実施例1で調製したポリ−γ−L−ジアミノ酪酸塩酸塩を6M(mol/L)塩酸で加水分解し、加水分解物についてアミノ酸分析を行った。アミノ酸分析の方法は、加水分解物のアミノ基を前もってDABS(dimethylaminoazobenzenesulfonyl-)化し、液体クロマトグラフィー(アミノクロームアミノ酸分析システム)を用いて分析を行った。その結果、実施例1で調製したポリ−γ−L−ジアミノ酪酸塩酸塩の加水分解物のピークは(L)−α,γ−ジアミノ酪酸二塩酸塩のピークと溶出時間が一致した。
また、実施例1により調製したポリ−γ−L−ジアミノ酪酸塩酸塩を6M塩酸で加水分解し、精製加水分解物について光学カラムを用いてHPLC分析を行った。その結果、実施例1で調製したポリ−γ−L−ジアミノ酪酸塩酸塩の加水分解物の(L)−α,γ−ジアミノ酪酸二塩酸塩と溶出時間が一致した。
【0023】
(ポリ−γ−L−ジアミノ酪酸塩酸塩及び加水分解物の旋光度分析)
実施例1で調製したポリ−γ−L−ジアミノ酪酸塩酸塩及び加水分解物について旋光度分析を行った。比較として(J.Antibiotics,31,849-854(1988))記載されているポリ−γ−D−ジアミノ酪酸及び加水分解物の塩酸塩を用いた。
分析結果のジアミノ酪酸の旋光度を表3に、ジアミノ酪酸の加水分解物の旋光度を表4に示す。
【0024】
【表3】

【0025】
【表4】

【0026】
以上の分析結果から、実施例1で調製した物質の化学的構造は、(L)−α,γ−ジアミノ酪酸を唯一の構成アミノ酸とするポリペプチド、すなわち(L)−α,γ−ジアミノ酪酸のγ位のアミノ基が、隣り合うL−ジアミノ酪酸のカルボン酸基とアミド結合で結合したポリ−γ−L−ジアミノ酪酸であると結論付けられた。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】実施例1で調製されたポリ−γ−L−ジアミノ酪酸塩酸塩、その加水分解物及びα,γ−ジアミノ酪酸二塩酸塩のNMR分析の結果を示す図である。
【図2】実施例1で調製されたポリ−γ−L−ジアミノ酪酸塩酸塩の加水分解物、(L)−α,γ−ジアミノ酪酸二塩酸塩のアミノ酸分析の結果を示す図である。
【図3】実施例1で調製されたポリ−γ−L−ジアミノ酪酸塩酸塩の加水分解物及び(L)−α,γ−ジアミノ酪酸二塩酸塩及び(D)−α,γ−ジアミノ酪酸二塩酸塩の光学活性カラムを用いたHPLC分析の結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(L)−α,γ−ジアミノ酪酸のγ位のアミノ基によるイソペプチド結合で形成されたポリ−γ−L−ジアミノ酪酸またはその塩。
【請求項2】
ポリ−γ−L−ジアミノ酪酸生産能を有する微生物を液体培地中で培養し、培養液中から得られた請求項1記載のポリ−γ−L−ジアミノ酪酸またはその塩。
【請求項3】
ポリ−γ−L−ジアミノ酪酸の生産能を有する微生物がStreptomyces sp. USE−31(寄託番号FERM P−19660)である請求項2記載のポリ−γ−L−ジアミノ酪酸またはその塩。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−299013(P2006−299013A)
【公開日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−119991(P2005−119991)
【出願日】平成17年4月18日(2005.4.18)
【出願人】(000002071)チッソ株式会社 (658)
【出願人】(598117986)
【Fターム(参考)】