説明

ポリイミド前駆体溶液組成物

【課題】 溶液の粘度調節が容易であり、溶液粘度が安定しており、且つ比較的低温或いは短時間の加熱処理によって直鎖状ポリイミドと同等あるいはそれ以上に優れた物性を有するポリイミド膜などのポリイミド樹脂成形体を好適に得ることができるポリイミド前駆体溶液組成物を提供すること。
【解決手段】 (A)ポリアミド酸と、(B)下記化学式(1)で示されるメリット酸化合物とを含んでなることを特徴とするポリイミド前駆体溶液組成物。
【化1】


[ここで、A〜Aは、それぞれ独立して、水素原子、脂肪族基又は芳香族基から選ばれる1価の基を示す。]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主成分としてポリアミド酸を含んでなるポリイミド前駆体溶液組成物に関する。本発明のポリイミド前駆体溶液組成物は、溶液の粘度調節が容易であり、溶液粘度が安定しており、且つ比較的低温或いは短時間の加熱処理によって直鎖状ポリイミドと同等あるいはそれ以上に優れた物性を有するポリイミド膜などのポリイミド樹脂成形体を好適に得ることができる。
【背景技術】
【0002】
ポリイミドはその耐熱性や機械的物性から幅広く開発がなされている。とりわけ全芳香族ポリイミドはその剛直構造から特に高い耐熱性や機械的物性を発揮することができる。しかし、一般に、芳香族ポリイミドは不溶不融であり、その前駆体であるポリアミド酸溶液組成物を用いて成形加工される場合が多い。ポリアミド酸をイミド化する方法は、a)加熱イミド化、b)脱水剤による化学イミド化、c)加熱イミド化と化学イミド化の併用、などがある。このうち、b)及びc)の化学イミド化を用いる方法は、比較的低温でイミド化できるが、溶液がゲル化し易いので、満足なポリイミド樹脂成形体を得るのが難しいという問題がある。一方、a)の加熱イミド化は溶媒除去を伴うので溶液がゲル化する問題は少ないが、優れた物性を有するポリイミド膜などのポリイミド樹脂成形体を得るためには、加熱処理工程で高い物性を付与しながら段階的に最高加熱温度まで昇温するなど、高温で長時間の加熱処理が必要であった。
【0003】
特許文献1には、芳香族テトラカルボン酸二無水物に対して芳香族ジアミンを過剰に用いて調製されたポリアミド酸溶液に、酸成分とジアミン成分とが等モルとなるように、芳香族テトラカルボン酸もしくはその無水物を添加することにより、ポリアミド酸溶液の粘度調整と加熱イミド化後のポリイミド成形物の物性を向上させる方法が開示されている。しかし、この方法で得られるポリイミド成形物の機械的特性などの物性は必ずしも充分とは云えず、比較的低温或いは短時間の加熱処理によって直鎖状ポリイミドと同等あるいはそれ以上に優れた物性を有するポリイミド膜などのポリイミド樹脂成形体を好適に得るためには改良の余地があった。
【0004】
特許文献2には、分子末端がアミノ基であるポリアミド酸と、アミノ基と反応して3または4個のイミド環を形成し得る下記化学式で示される多官能カルボン酸化合物を架橋成分として含んでなるワニスが開示されている。
【0005】
【化1】

(ここで、nは、3または4を、Zは3または4価の芳香族基を表す。R、Rは、それぞれ独立して、水素、アルキル基またはフェニル基から選ばれる1価の基を表す。)
【0006】
しかし、特許文献2の前記化学式で示される多官能カルボン酸化合物は、芳香族環を4個以上含む特殊な化合物である。このため、ガラス転移温度が250℃以下のいわゆる熱可塑性ポリイミドにおいて、その弱点である耐溶剤性の改良には有効かも知れないが、ポリイミド中の前記多官能カルボン酸化合物に由来したセグメントの体積分率が大きくなるために、ポリイミドの結晶性を乱すなど物性に多大な影響を与えることになり、特にガラス転移温度が250℃以上の高耐熱性ポリイミド成形体においてポリイミド本来の物性を発現させことが難しいという問題があった。このため、特に高耐熱性ポリイミド樹脂成形体において、比較的低温或いは短時間の加熱処理によって直鎖状ポリイミドと同等あるいはそれ以上に優れた物性を有するポリイミド膜などのポリイミド樹脂成形体を好適に得ることは困難であった。
また、前記多官能カルボン酸化合物は、市販されておらずまた容易に合成できないので入手が困難であり非常に高価なものであった。
【0007】
【特許文献1】特開昭60−63226号公報
【特許文献2】特開2003−41189号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、溶液の粘度調節が容易であり、溶液粘度が安定しており、且つ比較的低温或いは短時間の加熱処理によって直鎖状ポリイミドと同等あるいはそれ以上に優れた物性を有するポリイミド膜などのポリイミド樹脂成形体を好適に得ることができるポリイミド前駆体溶液組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、種々検討の結果、ポリアミド酸溶液に分子量の小さなメリット酸化合物を添加したポリイミド前駆体溶液組成物が、溶液の粘度調節が容易であり、溶液粘度が安定しており、且つ比較的低温或いは短時間の加熱処理段階で高い物性のポリイミド樹脂成形体になり、しかもポリイミドのガラス転移温度などの物性に悪影響を与えることがなく、直鎖状ポリイミドと同等あるいはそれ以上に優れた物性を有するポリイミド膜などのポリイミド樹脂成形体を好適に得ることができることを見出して本発明に到達した。
【0010】
すなわち、本発明は以下の項に関する。
1. (A)ポリアミド酸と、(B)下記化学式(1)で示されるメリット酸化合物とを含んでなることを特徴とするポリイミド前駆体溶液組成物。
【0011】
【化2】

[ここで、A〜Aは、それぞれ独立して、水素原子、脂肪族基又は芳香族基から選ばれる1価の基を示す。]
【0012】
2. ポリアミド酸(A)を構成するジアミン成分とテトラカルボン酸成分とのモル比[ジアミン成分のモル数/テトラカルボン酸成分のモル数]が0.98〜1.05の範囲であることを特徴とする前記項1に記載のポリイミド前駆体溶液組成物。
【0013】
3. メリット酸化合物(B)のモル数が、ポリアミド酸(A)を構成するジアミン成分のモル数に対して0.001〜0.05倍モルの範囲であることを特徴とする前記項1〜2のいずれかに記載のポリイミド前駆体溶液組成物。
【0014】
4. ポリアミド酸(A)が、下記化学式(2)からなる繰り返し単位を有することを特徴とする前記項1〜3のいずれかに記載のポリイミド前駆体溶液組成物。
【0015】
【化3】

[ここで、Aは下記化学式(3)で示されたテトラカルボン酸からカルボキシル基を除いた4価の基から選ばれたいずれかの基であり、Bは下記化学式(4)で示されたジアミンからアミノ基を除いた2価の基から選ばれたいずれかの基である。]
【0016】
【化4】

【0017】
【化5】

【0018】
5. 25℃における溶液粘度が、0.1〜3000ポイズの範囲であることを特徴とする前記項1〜4のいずれかに記載のポリイミド前駆体溶液組成物。
【発明の効果】
【0019】
本発明によって、溶液の粘度調節が容易であり、溶液粘度が安定しており、且つ比較的低温或いは短時間の加熱処理によって直鎖状ポリイミドと同等あるいはそれ以上に優れた物性を有するポリイミド膜などのポリイミド樹脂成形体を好適に得ることができるポリイミド前駆体溶液組成物を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明で用いられるメリット酸化合物は、前記化学式(1)で示されるメリット酸及びそのエステル化物である。すなわち、化学式(1)中のA〜Aとしては、メリット酸のときの水素原子、及びそのエステル化物のときのメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、ヒドロキシエチル基、メトキシエチル基などの脂肪族基、好ましくは炭素数が1〜6の水酸基やエーテル結合を含んでもよい脂肪族基、またフェニル基、ベンジル基などの芳香族基、好ましくは炭素数が6〜12の芳香族基を挙げることができる。これらのうち、取り扱いやすさや入手のしやすさから、特にA〜Aのすべてが水素原子であるメリット酸、及び少なくとも一部がメチル基、エチル基のエステル化物が好ましい。
【0021】
具体的化合物としては、メリット酸、メリット酸メチルエステル、メリット酸ジメチルエステル、メリット酸トリメチルエステル、メリット酸エチルエステル、メリット酸ジエチルエステル、メリット酸トリエチルエステル、メリット酸プロピルエステル、メリット酸ジプロピルエステル、メリット酸トリプロピルエステル、メリット酸ブチルエステル、メリット酸ジブチルエステル、メリット酸トリブチルエステル、メリット酸フェニルエステル、メリット酸ジフェニルエステル、メリット酸トリフェニルエステルなどを好適に挙げることができる。
これらのメリット酸化合物は単独あるいは混合して用いることができる。なお、メリット酸化合物が、無水化して、酸二無水物基や酸三無水物基などを全カルボキシル基数のうちの5%特に10%以上含むようになるとポリアミド酸溶液組成物の粘度が不安定になることや、ゲル化することから好ましくない。
【0022】
本発明に用いられるポリアミド酸(A)は、テトラカルボン酸成分とジアミン成分とをイミド化を抑制しながら反応させることによって好適に得ることができる。テトラカルボン酸成分の具体例として、例えばピロメリット酸二無水物、4,4’−オキシジフタル酸二無水物、3,3’,4,4’−ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、3,3’,4,4’−ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物、1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロプロパン−2,2−ジフタル酸二無水物、3,3',4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、2,3,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、2,2’,3,3’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、1,2,3,4−ベンゼンテトラカルボン酸二無水物、3,6−トリフルオロ−1,2,4,5−ベンゼンテトラカルボン酸二無水物、3,3’,4,4’−ジフェニルエーテルテトラカルボン酸二無水物、1,4−ジメトキシ−2,3,5,6−ベンゼンテトラカルボン酸二無水物、1,4−ジトリメチルシリル−2,3,5,6−ベンゼンテトラカルボン酸二無水物、1,4−ビス(3,4−ジカルボキシルフェノキシ)ベンゼン二無水物、1,3−ビス(3,4−ジカルボキシルフェノキシ)ベンゼン二無水物、3,3’,4,4’−ジフェニルメタンテトラカルボン酸二無水物、ビス(3,4−ジカルボキシルフェノキシ)ジメチルシラン二無水物、ビス(3,4−ジカルボキシルフェノキシ)メチルアミン二無水物、4,4’−ビス(3,4−ジカルボキシルフェノキシ)ビフェニル二無水物、4,4’−ビス(3,4−ジカルボキシルフェノキシ)ジフェニルスルホン二無水物、2,3,5,6−ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、2,3,5,6−ピリジンテトラカルボン酸二無水物、2,3,6,7−キノリンテトラカルボン酸二無水物、3,3’,4,4’−ジフェニルスルフィドテトラカルボン酸二無水物、3,3,4,4’−ジフェニルスルホキシドテトラカルボン酸二無水物、1,2,8,9−アントラセンテトラカルボン酸二無水物、1,4−ビス(3,4−ジカルボキシルフェニルスルフォニル)ベンゼン二無水物、1,4−ビス(3,4−ジカルボキシルフェニルチオ)ベンゼン二無水物、3,3’’,4,4’’−タ−フェニルテトラカルボン酸二無水物、4−フェニルベンゾフェノン−3,3’’,4,4’’−テトラカルボン酸二無水物、1,4−ビス(3,4−ジカルボキシルベンゾイル)−ベンゼン二無水物、3,3’’’,4,4’’’−クアチルフェニルテトラカルボン酸二無水物、4,4’−ビス(3,4−ジカルボキシルフェノキシ)ベンゾフェノン二無水物、4,4’−ビス(3,4−ジカルボキシルフェノキシ)ジフェニルスルホキシド二無水物、ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、ビナフタレンテトラカルボン酸二無水物などの芳香族テトラカルボン酸二無水物、あるいは、下記化学式(5)で表される芳香族テトラカルボン酸二無水物を例示できる。これらの芳香族テトラカルボン酸二無水物は単独或いは2種類以上を混合して使用しても構わない。また、これらの芳香族テトラカルボン酸二無水物は、そのエステル化物などの誘導体で代替することもできる。
【0023】
【化6】

(ここで、Xは、エステル結合またはエーテル結合を表し、Rは、ベンゼン、ナフタレン、ビフェニル、2,2−ビスフェニルプロパン、2,2−ビスフェニルヘキサフルオロプロパン、ジフェニルエーテルからなる2価の芳香族基を表す。)
【0024】
また、非芳香族のテトラカルボン酸成分を用いてもよい。非芳香族のテトラカルボン酸成分としては、例えばブタン−1,2,3,4−テトラカルボン酸二無水物、ペンタン−1,2,4,5−テトラカルボン酸二無水物、シクロブタンテトラカルボン酸二無水物、シクロペンタン−1,2,3,4−テトラカルボン酸二無水物、シクロヘキサン−1,2,4,5−テトラカルボン酸二無水物、シクロヘキサ−1−エン−2,3,5,6−テトラカルボン酸二無水物、3−エチルシクロヘキサ−1−エン−3−(1,2),5,6−テトラカルボン酸二無水物、1−メチル−3−エチルシクロヘキサン−3−(1,2),5,6−テトラカルボン酸二無水物、1−メチル−3−エチルシクロヘキサ−1−エン−3−(1,2),5,6−テトラカルボン酸二無水物、1−エチルシクロヘキサン−1−(1,2),3,4−テトラカルボン酸二無水物、1−プロピルシクロヘキサン−1−(2,3),3,4−テトラカルボン酸二無水物、1,3−ジプロピルシクロヘキサン−1−(2,3),3−(2,3)−テトラカルボン酸二無水物、ジシクロヘキシル−3,4,3’,4’−テトラカルボン酸二無水物、ビシクロ[2.2.1]ヘプタン−2,3,5,6ラカルボン酸二無水物、1−プロピルシクロヘキサン−1−(2,3),3,4−テトラカルボン酸二無水物、1,3−ジプロピルシクロヘキサン−1−(2,3),3−(2,3)−テトラカルボン酸二無水物、ジシクロヘキシル−3,4,3’,4’−テトラカルボン酸二無水物、ビシクロ[2.2.1]ヘプタン−2,3,5,6−テトラカルボン酸二無水物、ビシクロ[2.2.2]オクタン−2,3,5,6−テトラカルボン酸二無水物、ビシクロ[2.2.2]オクト−7−エン−2,3,5,6−テトラカルボン酸二無水物などのテトラカルボン酸二無水物を例示できる。これらのテトラカルボン酸二無水物は単独或いは2種類以上を混合して使用しても構わない。また、これらのテトラカルボン酸二無水物は、そのエステル化物などの誘導体で代替することもできる。
【0025】
本発明において、比較的低温あるいは短時間の加熱処理によって直鎖状ポリイミドと同等あるいはそれ以上に優れた物性を有するポリイミド樹脂成形体を好適に得るためには、これらのテトラカルボン酸成分のなかで芳香族テトラカルボン酸二無水物またはそのエステル化物などの誘導体を用いることが好ましい。さらに入手のしやすさ、取り扱いやすさ、優れた耐熱性や機械的物性を考慮すると、特にピロメリット酸二無水物、3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、2,3,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、3,3’,4,4’−ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物など、或いはそれらのエステル化物などの誘導体を用いることが好ましい。
【0026】
本発明で用いられるジアミン成分としては、例えばパラフェニレンジアミン、3,3'−ジメチル−4,4’−ジアミノビフェニル、2,2'−ジメチル−4,4'−ジアミノビフェニル、3,3'−ジメトキシ−4,4’−ジアミノビフェニル、3,3'−ジクロロ−4,4'−ジアミノビフェニル、9,10−ビス(4−アミノフェニル)アントラセン、4,4'−ジアミノベンゾフェノン、4,4'−ジアミノジフェニルスルホン、3,3'−ジアミノジフェニルスルホン、4,4'−ジアミノジフェニルスルフォキシド、ビス〔4−(4−アミノフェノキシ)フェニル〕スルホン、ビス〔4−(3−アミノフェノキシ)フェニル〕スルホン、4,4'−ビス(4−アミノフェノキシ)ビフェニル、4,4'−ビス(3−アミノフェノキシビフェニル、ビス〔4−(4−アミノフェノキシ)フェニル〕エーテル、2,2−ビス〔4−(4−アミノフェノキシ)フェニル〕プロパン、1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2,2−ビス(4−アミノフェニル)プロパン、1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2,2−ビス〔4−(4−アミノフェノキシ)フェニル〕プロパン、1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2,2−ビス(3−アミノ−4−メチルフェニル)プロパン、メタフェニレンジアミン、4,4'−ジアミノジフェニルエーテル、4,4'−ジアミノジフェニルスルフィド、3,4'−ジアミノジフェニルエーテル、1,4−ビス(4− アミノフェノキシ)ベンゼン、1,3−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼン、1,3−ビス(3−アミノフェノキシ)ベンゼン、1,4−ビス(3−アミノフェノキシ)ベンゼン、5−アミノ−2−(p−アミノフェニル)ベンズオキサゾール、6−アミノ−2−(p−アミノフェニル)ベンズオキサゾール、5−アミノ−2−(m−アミノフェニル)ベンズオキサゾール、6−アミノ−2−(m−アミノフェニル)ベンズオキサゾール、トルイジンジアミン、ジアミノポリシロキサンなどを挙げることができる。これらは、単独あるいは2種類以上混合して使用することができる。
【0027】
本発明において、比較的低温あるいは短時間の加熱処理によって直鎖状ポリイミドと同等あるいはそれ以上に優れた物性を有するポリイミド樹脂成形体を好適に得るためには、これらのジアミン成分うちで芳香族ジアミンを用いることが好ましい。さらに入手のしやすさ、取り扱いやすさ、優れた耐熱性や機械的物性を考慮すると、特にメタフェニレンジアミン、パラフェニレンジアミン、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル、トルイジンジアミンなどを用いることが好ましい。
【0028】
テトラカルボン酸成分とジアミン成分との組み合わせは、特に制限はないが、その組み合わせから得られたポリアミド酸を加熱処理して得られたポリイミドのガラス転移温度が250℃以上、より好ましくは255℃以上、さらに好ましくは260℃以上、特に好ましくは270℃以上になり得るものである。ガラス転移温度は、例えば示差走査熱量測定(DSC)、動的粘弾性測定、熱機械分析(TMA)などの方法で好適に測定することができる。
【0029】
すなわち、本発明において、ポリアミド酸(A)は、好ましくは芳香族テトラカルボン酸成分と芳香族ジアミン成分とからなる芳香族ポリアミド酸であり、より好ましくはポリアミド酸を加熱処理して得られたポリイミドのガラス転移温度が250℃以上、より好ましくは255℃以上、さらに好ましくは260℃以上、特に好ましくは270℃以上になり得るものであり、さらに好ましくは前記化学式(2)の繰り返し単位を有するものである。
【0030】
本発明に用いられるポリアミド酸の調製方法に制限はなく公知の方法を好適に用いることができる。例えば、テトラカルボン酸二無水物とジアミンとを、不活性雰囲気ガス下、ポリアミド酸濃度が5〜60質量%となるような濃度で、有機溶媒中で0.5〜78時間反応させることにより好適に得ることができる。その際、例えばイ)ジアミンを溶解した溶液に酸二無水物を一度にあるいは数回に分割して加えて反応させる、ロ)溶媒にジアミンと酸二無水物を一度に加えて反応させる、ハ)ジアミンと酸二無水物をおのおの数回に分割して加えて反応させる、ことにより好適に調製できる。反応温度はイミド化反応を抑制できる温度範囲であればよく、好ましくは5〜80℃、より好ましくは10〜70℃、さらに好ましくは10〜65℃の温度範囲である。5℃より低いと反応が遅くなり長時間かかり、80℃より高いとイミド化反応が進行して析出などを生じる恐れがあることから好ましくない。
【0031】
ポリアミド酸の調製に用いられる有機溶剤は、ポリアミド酸の調製に用いられる公知の溶剤を好適に用いることができるが、例えばN,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジエチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン、N−エチル−2−ピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、N−メチルカプロラクタム、ヘキサメチルホスホロトリアミド、1,2−ジメトキシエタン、ビス(2−メトキシエチル)エーテル、1,2−ビス(2−メトキシエトキシ)エタン、テトラヒドロフラン、ビス[2−(2−メトキシエトキシ)エチル]エーテル、1,4−ジオキサン、ジメチルスルホキシド、ジメチルスルホン、ジフェニルエーテル、スルホラン、ジフェニルスルホン、テトラメチル尿素、アニソールなどが挙げられる。これらの溶剤は、単独または2種以上混合して使用しても差し支えない。
【0032】
本発明のポリアミド酸を構成するジアミン成分とテトラカルボン酸成分とのモル比[ジアミン成分のモル数/テトラカルボン酸成分のモル数]は、0.98〜1.05、好ましくは0.985〜1.045、より好ましくは0.985〜0.999或いは1.001〜1.040、さらに好ましくは0.990〜0.999或いは1.001〜1.040の範囲である。この範囲外では加熱処理の際のポリイミドの分子量の増加が十分でなくなり、得られるポリイミド樹脂成形体の物性が低下することがあるので好ましくない。
本発明のポリアミド酸は対数粘度(N−メチル−2−ピロリドン溶媒中、濃度0.5g/100ml、30℃)で0.01〜4の範囲が好適である。
【0033】
本発明のポリイミド前駆体溶液組成物は、前記のようにして調製したポリアミド酸(A)溶液に、メリット酸化合物(B)を添加し、比較的低温好ましくは常温で必要に応じて攪拌・溶解することによって好適に得ることができる。
なお、ポリイミド前駆体溶液組成物を調製する際に用いるポリアミド酸溶液は、調製したポリアミド酸溶液をそのまま用いてもよく、また有機溶剤を除去して単離したポリアミド酸を再度有機溶剤に溶解させて用いても構わない。
【0034】
ポリイミド前駆体溶液組成物を調製する際に用いるポリアミド酸(A)溶液の濃度は、3〜60質量%、好ましくは5〜50質量%、より好ましくは5〜40質量%、さらに好ましくは5〜35質量%の範囲である。濃度が5質量%未満では、加熱処理によって除去する有機溶媒の量が多くなるから好ましくなく、一方60質量%を越えると、溶液の粘度が高くなって成形が難くなることから好ましくない。また、有機溶剤は、ポリアミド酸の調製に用いられる前述の有機溶剤を好適に用いることができる。
【0035】
メリット酸化合物の添加量は、ポリアミド酸(A)を構成するジアミン成分のモル数を1としたときに、0.001〜0.05倍モル、より好ましくは0.001〜0.04倍モル、さらに好ましくは0.0015〜0.03倍モルの範囲である。添加量が0.001倍モルより少ないと本発明の効果を得るのが難しくなり、一方0.05倍モルより多いと、得られるポリイミド樹脂成形体の物性が低下することがあるので好ましくない。
【0036】
本発明のポリイミド前駆体溶液組成物では、前記ポリアミド酸(A)の調製に好適に用いることができる溶剤以外でも、溶解性を損なわない範囲で、ポリアミド酸の貧溶媒を添加してもよい。貧溶媒の具体例としては、例えばキシレン、エチルセロソルブ、ジグライム、ジオキサンや、メタノ−ル、エタノ−ル、n−プロパノ−ル、iso−プロパノ−ル、n−ブタノ−ル、sec−ブタノ−ル、n−アミルアルコ−ル、n−ヘキサノ−ル、n−ヘプタノ−ル等のアルコ−ル類を挙げることができる。
【0037】
本発明のポリイミド前駆体溶液組成物は、低粘度化などの粘度調節や高濃度化が容易である。さらに溶液粘度は安定しており、且つ比較的低温或いは短時間の加熱処理によって直鎖状ポリイミドと同等あるいはそれ以上に優れた物性を有するポリイミド膜などのポリイミド樹脂成形体を好適に得ることができる。加熱処理の方法は、通常のポリイミドを得る公知の方法を用いることができるが、例えば基材上にポリイミド前駆体溶液組成物を塗布・流延した後、得られた塗膜を例えば熱風乾燥機を用いて比較的低温で加熱処理して溶媒を除去した後、そのままの状態で、或いは必要に応じて基材から剥離して、さらに高温で加熱処理することによりポリイミド樹脂成形体(ポリイミド膜)とすることができる。このとき、加熱処理の最高温度は、好ましくは180〜500℃、より好ましくは190〜480℃、さらに好ましくは200〜470℃、特に好ましくは210〜460℃の範囲である。加熱処理の最高温度が180℃より低いとイミド化に長時間を必要とすること、またポリイミド樹脂成形体の物性が低くなることから好ましくなく、一方、500℃を越えるとポリイミド樹脂の熱分解が進行し、物性の低下をもたらすことがあるから好ましくない。
【0038】
本発明のポリイミド前駆体溶液組成物は、限定するものではないが、ポリアミック酸濃度が3〜60質量%、好ましくは5〜50質量%、より好ましくは5〜35質量%であって、溶液粘度は、限定するものではないが、25℃において0.1〜3000ポイズ、好ましくは0.1〜1000ポイズ、より好ましくは0.5〜500ポイズ、特に好ましくは1〜200ポイズである。また、本発明のポリイミド前駆体溶液組成物は、その用途に応じて、有機あるいは無機の添加剤、例えば増量剤、充填剤、強化材、顔料、染料、剥離剤などを好適に含有することができる。
【実施例】
【0039】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、これら実施例に限定されるものではない。実施例で用いた特性の測定方法を以下に示す。
【0040】
<溶液粘度>
ポリアミド酸溶液組成物或いはポリイミド前駆体溶液組成物の溶液粘度は、25℃でE型粘度計を用いて測定した。
【0041】
<機械的物性(引張試験)>
引張試験は、25℃、50%RHの雰囲気で、島津製作所社製 EZTsetを用いて、ダンベル型の試験片を5mm/分の速度で引っ張ることにより行った。引っ張り破断データから弾性率、破断伸び、破断強度を求めた。試験片は、標点間距離26.32mm、幅4mmのものを用いた。各試料に関して、n数を5以上となるように測定を行い、その算術平均を求めた。
【0042】
〔実施例1〕
4,4’−ジアミノジフェニルエーテル(以下、ODAと略記することもある)20.02g(0.100モル)を、N−メチル−2−ピロリドン(以下、NMPと略記することもある)221gに溶解した溶液に、3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(以下、BPDAと略記することもある)28.54g(0.097モル)を添加し、25℃で、BPDAが溶解して粘調溶液となるまで24時間攪拌して、ポリアミド酸溶液を得た。この溶液のポリアミド酸濃度は18質量%であり、粘度は41ポイズであった。この溶液に、メリット酸を0.68g(0.002モル、ODAに対して0.02倍モル)を添加して、ポリアミド酸溶液組成物を調整した。得られたポリイミド前駆体溶液組成物の粘度は41ポイズで、室温で3日間保存してもほとんど変化しなかった。
得られたポリイミド前駆体溶液組成物を、ガラス板上に流延し、120℃で30分間熱風乾燥した。さらに、ガラス板から剥離後、金属枠に固定して、250℃で10分間加熱して厚みが40μmのポリイミド膜を得た。更にそのポリイミド膜を350℃で10分間加熱したポリイミド膜も得た。得られたポリイミド膜の特性を表1に示す。
【0043】
〔比較例1〕
メリット酸を添加せず、代わりに3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸(以下、BPTAと略記することがある)を1.10g(0.003モル)添加したこと以外は、実施例1と同様にしてポリイミド前駆体溶液組成物を調製した。このときのアミン成分に対するBPTAのカルボン酸基の割合は、実施例1のアミン成分に対するメリット酸のカルボン酸基の割合と同じである。
得られたポリイミド前駆体溶液組成物を用いて、実施例1と同様にしてポリイミド膜を得た。得られたポリイミド膜の特性を表1に示す。
【0044】
比較例1で得られるポリイミドは実施例1で用いられたポリアミド酸(A)のテトラカルボン酸成分とジアミン成分とを略等モルにして得られた直鎖状ポリイミドである。
実施例1のポリイミド膜の物性は、比較例1と比較して低温加熱時に特に高く、また350℃で熱処理した場合でも比較例1と同等か上回った。
【0045】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明によって、溶液の粘度調節が容易であり、溶液粘度が安定しており、且つ比較的低温或いは短時間の加熱処理によって直鎖状ポリイミドと同等あるいはそれ以上に優れた物性を有するポリイミド膜などのポリイミド樹脂成形体を好適に得ることができるポリイミド前駆体溶液組成物を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)ポリアミド酸と、(B)下記化学式(1)で示されるメリット酸化合物とを含んでなることを特徴とするポリイミド前駆体溶液組成物。
【化1】

[ここで、A〜Aは、それぞれ独立して、水素原子、脂肪族基又は芳香族基から選ばれる1価の基を示す。]
【請求項2】
ポリアミド酸(A)を構成するジアミン成分とテトラカルボン酸成分とのモル比[ジアミン成分のモル数/テトラカルボン酸成分のモル数]が0.98〜1.05の範囲であることを特徴とする請求項1に記載のポリイミド前駆体溶液組成物。
【請求項3】
メリット酸化合物(B)のモル数が、ポリアミド酸(A)を構成するジアミン成分のモル数に対して0.001〜0.05倍モルの範囲であることを特徴とする請求項1〜2のいずれかに記載のポリイミド前駆体溶液組成物。
【請求項4】
ポリアミド酸(A)が、下記化学式(2)からなる繰り返し単位を有することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のポリイミド前駆体溶液組成物。
【化2】

[ここで、Aは下記化学式(3)で示されたテトラカルボン酸からカルボキシル基を除いた4価の基から選ばれたいずれかの基であり、Bは下記化学式(4)で示されたジアミンからアミノ基を除いた2価の基から選ばれたいずれかの基である。]
【化3】

【化4】

【請求項5】
25℃における溶液粘度が、0.1〜3000ポイズの範囲であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のポリイミド前駆体溶液組成物。

【公開番号】特開2010−106207(P2010−106207A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−281978(P2008−281978)
【出願日】平成20年10月31日(2008.10.31)
【出願人】(000000206)宇部興産株式会社 (2,022)
【Fターム(参考)】