説明

ポリエステルマルチ繊維

【課題】延伸仮撚加工後も、布帛に充分な吸水・速乾性を発現させることができるポリエステルマルチ繊維を提供する。
【解決手段】ポリエステルAからなる芯成分2と、ポリエステルBからなる繊維断面中心部から外側へ突出したフィン部有する鞘成分1からなる芯鞘型複合繊維であって、芯部ポリエステルが特定のポリエーテル及び有機イオン性化合物を制電剤として含有し、且特定形状の突起を有する。芯鞘型ポリエステルマルチ繊維とすることにより延伸仮撚加工性が安定し、制電性と吸水・速乾性が同時に優れるポリエステル延伸仮撚加工糸。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吸水・速乾特性とともに制電性に優れたポリエステルマルチ繊維及びそれから成る延伸仮撚加工糸に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリエステルはその優れた特性を生かし衣料用布帛素材として広く使用されている。衣生活の多様化、高級化、個性化と共に、天然繊維が持つ好ましい性能、例えば吸水性能をポリエステル繊維に付与する試みが続けられている。さらに、ランニングシャツあるいはゴルフシャツなどのスポーツ衣料用途においては、汗をかいても快適な状態が維持されるように、吸水性能に加え、速乾性も備えた布帛が使用されるようになり、ポリエステル繊維でも吸水・速乾性能の実現が望まれている。
【0003】
従来、ポリエステル繊維に吸水・速乾性能を付与する方法として、特開昭54−151617号公報に開示されているように、スルホン酸金属塩を含んだポリエステルを用いスロットおよび/またはアーム状の突起を有する繊維断面のポリエステル延伸糸(以下フラットヤーンと称する)を製造し、吸水布帛用に使用する例が提案されている。しかし、このような中空あるいはスロットおよび/またはアーム状の突起を有する繊維断面のフラットヤーンに仮撚加工を施すと、中空部分、スロットおよびアーム状の突起が潰れて、仮撚加工後の繊維断面形状は通常の仮撚加工糸の繊維断面と何ら変わりないものとなる。このようなフラットヤーンから得られたポリエステル仮撚加工糸を使用した布帛では十分な吸水・速乾性能が得られない。
【0004】
特公昭61−31232号公報には芯鞘構造のポリエステル複合繊維を仮撚加工した後、布帛となし、アルカリ処理によって芯部のポリエステルを溶出する方法が開示されている。しかし、このような複雑な構造をもつフラットヤーンの製造は極めて難しく、そのようにして得られたポリエステル仮撚加工糸は極めて高価なものとなり、商業的に広く使用されることはない。
【0005】
また、特開平11−269718号公報には、吸水特性を高めるために高度に異形化された繊維断面、すなわち扁平度が2〜4、W字状繊維断面の各凹部の開口角度が100〜150度の繊維断面形状をなす、部分配向ポリエステル繊維が開示されている。しかし、このような開口角度の大きなW字型繊維断面を有する部分配向ポリエステル繊維を延伸仮撚加工すると、得られる延伸仮撚加工糸のW字開口角度はより拡大し、吸水・速乾性能は充分発現しない。また、このようなW字繊維断面形状は、扁平繊維断面形状に見られるように、繊維同士が密着充填した繊維集合体となりやすく、ますます吸水・速乾性が減退する。
【0006】
更に特開2003−166119号公報には特定の突起係数を有する高度に異型化されたポリエステルマルチ繊維が提案されている。この繊維を使用することにより吸水速乾性はある程度向上するものの、突起部が作る空間を経由して水や汗が毛管現象により吸水吸汗する作用では十分な吸水性とは言えず更なる向上が望まれていた。
【0007】
一方、乾燥状態での着用環境については、本来、ポリエステルは疎水性で制電性に乏しいため、着用者が静電気による不快感(着用衣服の身体へのまつわりつき、脱衣時の放電音、空気中のほこり付着等)を感じるため、従来から、ポリエステルに親水性を付与して制電性、埃付着防止等の機能性を発現させようとする試みが行われ、これまでに数多くの提案がなされている。
【0008】
例えばポリエステルにポリオキシアルキレン系ポリエーテル化合物を配合せしめる方法(特公昭39−5214号公報)、並びにポリエステルに実質的に非相溶性のポリオキシアルキレン系ポリエーテル化合物と有機・無機のイオン性化合物とを配合せしめる方法(特公昭44−31828号公報、特公昭60−11944号公報、特開昭53−80497号公報、特開昭53−149247号公報、特開昭60−39413号公報、特開平3−139556号公報等)が知られている。通常の延伸(FOY)においては、制電性を有するものの、仮撚加工糸においては、捲縮糸で撚り変形により、毛羽が発生する為、制電性を有するものはないのが、実情であった。
【0009】
又上記の問題を解決するために特開平4−146215号公報にはポリエステルに実質的に非相溶性のポリオキシアルキレン系ポリエーテル化合物と有機・無機のイオン性化合物からなる制電剤を芯部ポリエステルに含む芯鞘型ポリエステル複合繊維が提案されている。確かに芯鞘型複合繊維とすることによりある程度仮撚工程での毛羽発生は抑えられるものの、十分な制電性能とするには制電剤(特にポリオキシアルキレン系ポリエーテル化合物)が繊維軸方向に一定の長さが必要であり、そのためには紡糸延伸仮撚り工程で厳密な制御を必要とし、制電性と断糸、毛羽の発生等の生産の安定性を両立させる点で十分とは言えなかった。
【0010】
しかしながら衣生活が多様化した近年は、上述のような様々な不快感をすべて解消出来る布帛に関する要求がますます高まってきており、特に、スポーツ衣料、あるいは、肌に直接触れることの多いブラウスやシャツなどの用途においては、充分な吸水・速乾性と制電性を有する布帛は得られていないのが現状である。
【0011】
【特許文献1】特開昭54−151617号公報
【特許文献2】特公昭61−31232号公報
【特許文献3】特開平11−269718号公報
【特許文献4】特開2003−166119号公報
【特許文献5】特公昭39−5214号公報
【特許文献6】特公昭44−31828号公報
【特許文献7】特公昭60−11944号公報
【特許文献8】特開昭53−80497号公報
【特許文献9】特開昭53−149247号公報
【特許文献10】特開昭60−39413号公報
【特許文献11】特開平3−139556号公報
【特許文献12】特開平4−146215号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記従来技術を背景になされたもので、その目的は、延伸仮撚加工時に受ける衝撃に耐え、布帛に優れた制電性と吸水・速乾性を発現させることができるポリエステルマルチ繊維を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果本発明に到達したものであり、即ち本発明によれば、
制電剤を含むポリエステル繊維を芯成分とし、繊維断面中心部から外側へ突出したフィン部を有するポリエステル繊維を鞘成分とする芯鞘型複合繊維であって、下記要件を満足する制電性芯鞘型ポリエステルマルチ繊維、
1)芯部ポリエステルAが、芳香族ポリエステル100重量部に対して、制電剤として、
(a)下記一般式(1)で表されるポリオキシアルキレン系ポリエーテルを0.2〜30重量部及び(b)該ポリエステルと実質的に非反応性の有機イオン性化合物を0.05〜10重量部を含有してなる制電性ポリエステルであること。
Z−[(CHCHO)n(RO)m−R]k 式(1)
[式中、Zは1〜6個の活性水素原子を有する有機化合物残基、R1は炭素原子数6以上のアルキレン基又は置換アルキレン基、R2は水素原子、炭素原子数1〜40の一価の炭化水素基、炭素原子数2〜40の一価のヒドロキシ炭化水素又は炭素原子数2〜40の一価のアシル基、kは1〜6の整数、nはn≧70/kを満足する整数、mは1以上の整数]
2)鞘部ポリエステルBが制電剤を含まない芳香族ポリエステルであること。
3)鞘部が、下記式で定義される突起係数0.3〜0.7のフィン部を3〜8ケ有すること。
突起係数=(a1−b1)/a1
a1:繊維軸に直交する断面内面壁の内接円中心からフィン部頂点までの長さ
b1:繊維軸に直交する断面内面壁の内接円の半径
が提供される。
【0014】
更に上記制電性芯鞘型ポリエステルマルチ繊維を延伸仮撚加工してなる仮撚加工マルチ繊維は布帛にした時嵩高性、ソフト風合いとともに、優れた制電性、吸水性速乾性を示す。
【発明の効果】
【0015】
本発明の制電剤を芯部に含有し且特定の突起を有する芯鞘型ポリエステルマルチ繊維とすることにより延伸仮撚加工性が安定し、制電性と吸水・速乾性が同時に優れるポリエステル延伸仮撚加工糸となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下本発明の実施形態について詳細に説明する。
本発明でいうポリエステルは、芳香環を重合体の連鎖単位に有する芳香族ポリエステルであって、二官能性芳香族カルボン酸またはそのエステル形成性誘導体とジオールまたはそのエステル形成性誘導体との反応により得られる重合体を対象とする。
【0017】
ここでいう二官能性芳香族カルボン酸としてはテレフタル酸、イソフタル酸、オルトフタル酸、1,5―ナフタレンジカルボン酸、2,5―ナフタレンジカルボン酸、2,6―ナフタレンジカルボン酸、4,4′―ビフェニルジカルボン酸、3,3′―ビフェニルジカルボン酸、4,4′―ビフェニルエーテルジカルボン酸、4,4′―ビフェニルメタンジカルボン酸、4,4′―ビフェニルスルホンジカルボン酸、4,4′―ビフェニルイソプロピリデンジカルボン酸、1,2―ビス(フェノキシ)エタン―4,4′―ジカルボン酸、2,5―アントラセンジカルボン酸、2,6―アントラセンジカルボン酸、4,4′―p―フェニレンジカルボン酸、2,5―ピリジンジカルボン酸、β―ヒドロキシエトキシ安息香酸、p―オキシ安息香酸等をあげることができ、特にテレフタル酸が好ましい。
これらの二官能性芳香族カルボン酸は2種以上併用してもよい。なお、少量であればこれらの二官能性芳香族カルボン酸とともにアジピン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ドデカンジオン酸の如き二官能性脂肪族カルボン酸、シクロヘキサンジカルボン酸の如き二官能性脂環族カルボン酸、5―ナトリウムスルホイソフタル酸等を1種または2種以上併用することができる。
【0018】
また、ジオール化合物としてはエチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、ヘキシレングリコール、ネオペンチルグリコール、2―メチル―1,3―プロパンジオール、ジエチレングリコール、トリメチレングリコールの如き脂肪族ジオール、1,4―シクロヘキサンジメタノールの如き脂環族ジオール等およびそれらの混合物等を好ましくあげることができる。また、少量であればこれらのジオール化合物と共に両末端または片末端が未封鎖のポリオキシアルキレングリコールを共重合することができる。
【0019】
更に、ポリエステルが実質的に線状である範囲でトリメリット酸、ピロメリット酸の如きポリカルボン酸、グリセリン、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトールの如きポリオールを使用することができる。
【0020】
具体的な好ましい芳香族ポリエステルとしてはポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリヘキシレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンナフタレート、ポリエチレン―1,2―ビス(フェノキシ)エタン―4,4′―ジカルボキシレート等のほか、ポリエチレンイソフタレート・テレフタレート、ポリブチレンテレフタレート・イソフタレート、ポリブチレンテレフタレート・デカンジカルボキシレート等のような共重合ポリエステルをあげることができる。なかでも機械的性質、成形性等のバランスのとれたポリエチレンテレフタレートおよびポリブチレンテレフタレートが特に好ましい。
【0021】
かかる芳香族ポリエステルは任意の方法によって合成される。例えばポリエチレンテレフタレートついて説明すれば、テレフタル酸とエチレングリコールとを直接エステル化反応させるか、テレフタル酸ジメチルの如きテレフタル酸の低級アルキルエステルとエチレングリコールとをエステル交換反応させるかまたはテレフタル酸とエチレンオキサイドとを反応させるかして、テレフタル酸のグリコールエステルおよび/またはその低重合体を生成させる第1段反応、次いでその生成物を減圧下加熱して所望の重合度になるまで重縮合反応させる第2段の反応とによって容易に製造される。
【0022】
本発明の芯部ポリエステルAに使用する制電剤としてポリオキシアルキレン系ポリエーテル(a)は、ポリエステルに実質的に不溶性のものであれば、単一のオキシアルキレン単位からなるポリオキシアルキレングリコールであっても、二種以上のオキシアルキレン単位からなる共重合ポリオキシアルキレングリコールであってもよく、好ましい例として下記一般式(1)で表わされるポオキシエチレン系ポリエーテルが挙げられる。
Z−[(CHCHO)n(RO)m−R]k 式(1)
[式中、Zは1〜6個の活性水素原子を有する有機化合物残基、R1 は炭素原子数6以上のアルキレン基又は置換アルキレン基、R2 は水素原子、炭素原子数1〜40の一価の炭化水素基、炭素原子数2〜40の一価のヒドロキシ炭化水素又は炭素原子数2〜40の一価のアシル基、kは1〜6の整数、nはn≧70/kを満足する整数、mは1以上の整数]
【0023】
かかるポリオキシアルキレン系ポリエーテルの具体例としては、分子量が4000以上のポリオキシエチレングリコール、分子量が1000以上のポリオキシプロピレングリコール、ポリオキシテトラメチレングリコール、分子量が2000以上のエチレンオキサイド、プロピレンオキサイド共重合体、分子量4000以上のトリメチロールプロパンエチレンオキサイド付加物、分子量3000以上のノニルフェノールエチレンオキサイド付加物、並びにこれらの末端OH基に炭素数が6以上の置換エチレンオキサイドが付加した化合物があげられ、なかでも分子量が10000〜100000のポリオキシエチレングコール、及び分子量が5000〜16000の、ポリオキシエチレングリコールの両末端に炭素数が8〜40のアルキル基置換エチレンオキサイドが付加した化合物が好ましい。
【0024】
かかるポリオキシアルキレン系ポリエーテル化合物の配合量は、前記芳香族ポリエステル100重量部に対して0.2〜30重量部の範囲である。0.2重量部より少ないときは親水性が不足して充分な制電性を呈することができない。一方30重量部より多くしても最早制電性の向上効果は認められず、かえって得られる組成物の機械的性質を損うようになる上、該ポリエーテルがブリードアウトし易くなるため溶融成形時チップのルーダーへのかみこみ性が低下して、成形安定性も悪化するようになる。
【0025】
本発明のポリエステルAには、特に制電性を向上させるために有機イオン性化合物を配合する。有機イオン性化合物としては、例えば下記一般式(2)、(3)で示されるスルホン酸金属塩及びスルホン酸第4級ホスホニウム塩を好ましいものとしてあげることができる。
RSOM 式(2)
式中、Rは炭素原子数3〜30のアルキル基又は炭素原子数7〜40のアリール基、Mはアルカリ金属又はアルカリ土類金属を示す。Rがアルキル基のときはアルキル基は直鎖状であっても又は分岐した側鎖を有していてもよい。MはNa,K,Li等のアルカリ金属又はMg,Ca等のアルカリ土類金属であり、なかでもLi,Na,Kが好ましい.
かかるスルホン酸金属塩は1種のみを単独で用いても2種以上を混合して使用してもよい。好ましい具体例としてはステアリルスルホン酸ナトリウム、オクチルスルホン酸ナトリウム、ドデシルスルホン酸ナトリウム、炭素原子数の平均が14であるアルキルスルホン酸ナトリウム混合物、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム混合物、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム(ハード型、ソフト型)、ドデシルベンゼンスルホン酸リチウム(ハード型、ソフト型)、ドデシルベンゼンスルホン酸マグネシウム(ハード型、ソフト型)等をあげることができる。
RSOPR 式(3)
式中、Rは上記式(2)におけるRの定義と同じであり、R1、、R及びRはアルキル基又はアリール基でなかでも低級アルキル基、フェニル基又はベンジル基が好ましい。かかるスルホン酸第4級ホスホニウム塩は1種のみを単独で用いても2種以上を混合して使用してもよい。好ましい具体例としては炭素原子数の平均が14であるアルキルスルホン酸テトラブチルホスホニウム、炭素原子数の平均が14であるアルキルスルホン酸テトラフェニルホスホニウム、炭素原子数の平均が14であるアルキルスルホン酸ブチルトリフェニルホスホニウム、ドデシルベンゼンスルホン酸テトラブチルホスホニウム(ハード型、ソフト型)、ドデシルベンゼンスルホン酸テトラフェニルホスホニウム(ハード型、ソフト型)、ドデシルベンゼンスルホン酸ベンジルトリフェニルホスホニウム(ハード型、ソフト型)等をあげることができる。
【0026】
かかる有機のイオン性化合物は1種でも、2種以上併用してもよく、その配合量は、芳香族ポリエステル100重量部に対して0.05〜10重量部の範囲が好ましい。0.05重量部未満では制電性向上の効果が小さく、10重量部を越えると組成物の機械的性質を損なうようになる上、該イオン性化合物もブリードアウトし易くなるため、溶融成形時のチップのルーダーかみこみ性が低下して、成形安定性も悪化するようになる。
【0027】
ポリエステルBは、制電剤を含まない芳香族ポリエステルであり、公知の酸化チタン等の艶消し剤を配合することが好ましい。艶消し剤はポリエステルB全重量に対して0〜10wt%添加することが好ましい。10wt%を超えると本発明の親糸となる未延伸糸の紡糸性が悪化するので、その範囲は0〜10wt%とするのが好ましい。
【0028】
本発明のポリエステルマルチ繊維は、その結晶化度が30%以下および沸水収縮率が15〜70%であって、かつ、その単繊維横断面に、下記式で定義する突起係数が0.3〜0.7の、繊維断面コアー部から外側へ突出したフィン部が3〜8個存在している必要がある。
突起係数=(a1−b1)/a1
a1:繊維断面内面壁の内接円中心からフィン部頂点までの長さ
b1:繊維断面内面壁の内接円の半径(コアー部外挿内接円)
【0029】
このような特性と断面形状を有する本発明のポリエステルマルチ繊維は、延伸仮撚加工時に受ける衝撃に耐え、通常の条件下で延伸仮撚を行っても、延伸仮撚加工時の糸切れ(加工断糸)および毛羽の発生が少なく延伸でき、ポリオキシアルキレングリコール系制電剤が十分に繊維軸方向に細長く筋状に存在するようになるので制電性が良好である。また得られる延伸仮撚加工糸も、その繊維横断面扁平度合いが繊維軸方向に適度に分散し、繊維軸方向に一様で無い繊維断面をなしており、繊維間空隙が大きな繊維集合体を形成するものとなり、吸水・速乾性能および該性能の洗濯耐久性向上の効果をもたらす。さらに、繊維断面扁平度合いが繊維軸方向に適度に分散する繊維集合体は、布帛での自然なドライ感をもたらすという性能も合わせ持っている。
【0030】
又本発明のマルチ繊維は吸水性能と制電性及び工程安定性が良好である。その理由は明確ではないが単に特定形状の突起による毛細管現象的な吸水性以上に制電剤として使用する親水性のポリオキシアルキレングリコール系及びイオン性化合物が芯部制電剤として使用されていることにより、吸水性の向上がもたらされ、又紡糸延伸時特に延伸時に繊維間抵抗が小さくなるため制電剤が繊維軸方向へ均一に引き伸ばされ適正なアスペクト比を有するようになるとともに毛羽発生が少なく工程安定性が良好となるものと推定している。
【0031】
以下、本発明の制電性芯鞘型ポリエステルマルチ繊維の各特性とそれらの効果について説明する。
先ず、本発明のポリエステルマルチ繊維の結晶化度は30%以下および沸水収縮率は15〜70%、より好ましくは、結晶化度は15〜30%および沸水収縮率は20〜65%、であることが好ましい。
【0032】
結晶化度が30%を超える場合あるいは沸水収縮率が15%未満の場合は、該繊維の結晶領域が増大しているため、剛直な繊維構造となって通常の延伸仮撚条件下では延伸仮撚加工糸の繊維断面扁平度が繊維軸方向に適度に分散しがたくなる。その結果、単調な繊維集合体が形成されることになり、吸水・速乾性能および該性能の洗濯耐久性が減退し、また布帛での自然なドライ感も発現し難くなるので好ましくない。一方、沸水収縮率が70%を越える場合は、その繊維構造が不安定となるため、その物性が変化しやすく、延伸仮撚加工用の部分配向ポリエステルマルチ繊維として使用することはできない。
【0033】
次に、本発明の制電性芯鞘型ポリエステルマルチ繊維の単繊維断面形状(具体例として図1)の突起係数は0.3〜0.7、より好ましくは0.4〜0.6である。繊維断面コアー部から外側へ突出したフィン部(図1の1)の個数が3〜8個、好ましくは4〜6個存在する形状を呈している必要がある。
【0034】
該突起係数が0.3未満のフィン部は、延伸仮撚加工後の繊維断面に充分な毛細管空隙を形成する機能がなく、吸水・速乾性能を発現することができない。さらにこのような短小フィン部は、布帛に吸水処理剤を施す場合のアンカー効果が小さくなるため、該処理剤の洗濯耐久性を低下させる傾向にある。また、布帛の風合もフラットなペーパーライクなものとなる。一方、突起係数が0.7を越えるフィン部は、延伸仮撚加工時、該フィン部に加工張力が集中しやすいため、繊維断面の部分的破壊が発生して十分な毛細管形成がなされなくなり、吸水性能が不十分となる。また、延伸仮撚工程での糸切れ(加工断糸)や毛羽も頻発する。
【0035】
なお、突起係数が0.3〜0.7のフィン部であっても、単繊維断面に該フィン部の数が1〜2個では、内側に閉じた繊維断面部分が最大1個しか形成されなくなるので、十分な毛細管現象が発現せず、吸水性能が不十分となる。また、布帛の風合もフラットなペーパーライクなものとなる。一方、8個を越える場合には、延伸仮撚加工時、フィン部への加工張力集中が発生し、繊維断面の部分的破壊が起こり、十分な毛細管形成がなされなくなり、吸水性能が不十分となる。また、延伸仮撚工程での糸切れ(加工断糸)や毛羽が頻発する。なお、突起係数が0.3未満のフィン部は8個を超えて存在しても良い。
【0036】
以上に説明した本発明の制電性芯鞘型ポリエステルマルチ繊維は、公知の芯鞘複合紡糸機の吐出孔を調整することにより作成できるが、例えばコアー部形成用円形吐出孔の半径(図2のa2)、該円形吐出孔の中心点からフィン部形成用吐出孔の先端部の長さ(図2のb2)等を変えることにより、繊維断面の突起係数が0.3〜0.7となるように任意に設定することができる。また、スピンブロックの温度および/または冷却風量を変えることによっても、繊維断面の突起係数をある程度コントロールすることができる。
【0037】
本発明の芯鞘型ポリエステルマルチ繊維は、紡糸捲取速度が4000m/minを超えると急激な配向結晶化が起こり、結晶化度が30%を超えてしまいやすい。一方、2000m/minを下回る紡糸捲取速度では、該ポリエステルマルチ繊維の沸水収縮率が70%を超えてしまいやすく好ましくない。
なお、冷却風は、紡糸口金から5〜15cm下方が上端となるように設置された長さ50〜100cmのクロスフロータイプの紡糸筒から送風するのが望ましい。
【0038】
このようにして得られる本発明の制電性芯鞘型ポリエステルマルチ繊維は、延伸仮撚工程に供給され、ポリエステルマルチ繊維の繊度、紡糸捲取速度などに応じて、適切な条件を設定し延伸仮撚される。このようにして得られる延伸仮撚加工糸は、定法に従って織編物等の布帛とすれば、優れた吸水・速乾性能を有する布帛が得られる。また、該布帛は自然なドライ感に富んだ風合を呈し、衣料用布帛として極めて有用なものとなる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例により、本発明を更に具体的に説明する。なお、実施例における各項目は次の方法で測定した。
【0040】
(1)摩擦帯電圧
本発明の制電性芯鞘型ポリエステルマルチ繊維をJIS L 1094 半減期測定法に準じて測定し、所定電圧印加から30秒後の帯電圧(V)および帯電圧がその半分になるのに要する時間(s)を測定する。測定は、温度20±1℃、相対湿度40±2%の状態の試験室中で実施した。
【0041】
(2)沸水収縮率
枠周1.125mの検尺機で捲数20回のカセを作り、0.022cN/dtexの過重を掛けて、スケール板に吊るして初期のカセ長L0を測定する。その後、このカセを65℃の温水浴中で30分間処理後、放冷し再びスケール板に吊るし収縮後の長さLを測定し次式で沸水収縮率を計算する。
沸水収縮率=(L0−L)/L0×100(%)
【0042】
(3)突起係数
ポリエステルマルチ繊維の断面顕微鏡写真を撮影し、単繊維断面内面壁の内接円中心からフィン部頂点までの長さ(a1)および繊維断面内面壁の内接円の半径(b1)を測定し、下記式で突起係数を計算した。
突起係数=(a1―b1)/a1
【0043】
(4)吸水速乾性(ウイッキング値)
吸水・速乾性能の指標として、JIS L1907繊維製品の吸水試験法、5.1.1項吸水速度(滴下法)に準じて、落下水滴が、ポリエステル仮撚加工糸からなる試験布表面から表面反射をしなくなるまでの秒数(ウィッキング値)を採用した。なお、L10は、JIS L0844−A−2法により10回洗濯を行った後のウイッキング値(秒)を表す。
【0044】
(5)加工断糸率
スグラッグ社製SDS−8型延伸仮撚加工機で、10kg巻ポリエステルマルチ繊維パッケージを延伸仮撚加工し、5kg巻ポリエステル仮撚加工糸パッケージを2個作成する方法で運転した時、断糸回数を記録し、下記式で加工断糸率を計算した。
加工断糸率=断糸回数/(稼動錘数×2)×100
【0045】
(6)加工毛羽
東レ(株)製DT−104型毛羽カウンター装置を用いて、仮撚加工糸を500m/分の速度で20分間連続測定して発生毛羽数をカウントした。
【0046】
(7)織物風合
延伸仮撚加工糸に600回/mの撚りを施し、たて糸・よこ糸使い綾織の布帛とした。次いで、100℃で精錬・リラックス処理、180℃・45秒でプレセット乾熱処理、15%のアルカリ減量処理、130℃・30分で染色を行い、自然乾燥した後、170℃・45秒でファイナルセットを行い、織物を作成した。この織物を検査員が触感判定し下記基準で格付けした。
レベル1:自然でドライな感触がある
レベル2:ドライ感がやや少なく感じられる
レベル3:フラットでペーパーライクな感触がある。
【0047】
[実施例1〜3、比較例1〜2]
テレフタル酸ジメチル100部、エチレングリコール60部、酢酸カルシウム1水塩0.06部(テレフタル酸ジメチルに対して0.066モル%)および整色剤として酢酸コバルト4水塩0.013部(テレフタル酸ジメチルに対して0.01モル%)をエステル交換反応缶に仕込み、この反応物を窒素ガス雰囲気下で4時間かけて140℃から220℃まで昇温し、反応缶中に生成するメタノールを系外に留去しながらエステル交換反応させた。エステル交換反応終了後、反応混合物に安定剤としてリン酸トリメチル0.058部(テレフタル酸ジメチルに対して0.080モル%)、および消泡剤としてジメチルポリシロキサンを0.024部加えた。次に、10分後に、反応混合物に三酸化アンチモン0.041部(テレフタル酸ジメチルに対して0.027モル%)を添加し、同時に過剰のエチレングリコールを留去しながら240℃まで昇温し、その後、反応混合物を重合反応缶に移した。次いで1時間40分かけて760mmHgから1mmHgまで減圧するとともに240℃から280℃まで昇温して重縮合反応せしめた。
【0048】
(ポリエステルAの作成)
ポリオキシアルキレン系制電剤として下記式(4)で表される水不溶性ポリオキシエチレン系ポリエーテル及びイオン性化合物としてドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムを、それぞれ表1記載の含有量に調整し、上記作成したポリエステルに真空下で添加し、さらに240分間重縮合反応せしめ、次いで酸化防止剤としてチバカイギー社製イルガノックス1010を0.4部真空下で添加し、その後さらに30分間重縮合反応を行なった。重合反応工程で、制電剤を添加し、得られたポリマーの固有粘度は0.657、軟化点258℃であった。
【0049】
【化1】

(ただし、jは18〜28の整数で平均21、Pは平均値として100、mは平均値として5である)
【0050】
(ポリエステルBの作成)
0.35%の酸化チタン含む固有粘度0.63のポリエステルとポリエステルBとし、常法によりチップ化した。
【0051】
製糸化は以下の通り行った。乾燥ポリマーを紡糸設備にて各々常法で溶融し、ギヤポンプを経て2成分複合紡糸ヘッドに供給した。芯と鞘ポリマーの比率が表1記載の値となるように設定した。同時に供給された芯部と鞘部の溶融ポリマーは、スリット幅が0.10mmおよび該吐出孔中心点から先端部までの長さ(図2のb2)が0.88mmのフィン部形成用吐出孔を4個有し、コアー部形成用円形吐出孔の半径〔図2のa2〕が0.15mmの吐出孔群を24群穿設した紡糸口金から紡糸した。通常のクロスフロー型紡糸筒からの冷却風で冷却・固化し、紡糸油剤を付与しつつ一つの糸条として集束し、3000m/minの速度で引き取り、140dtex/24フィラメントのポリエステル未延伸糸を得た。
【0052】
このポリエチレンテレフタレートマルチ繊維をスクラッグ社製のSDS−8型延伸仮撚機(3軸フリクションディスク仮撚ユニット、216錘)に掛けて、延伸倍率1.65、ヒーター温度175℃、撚数3300回/m、延伸仮撚速度600m/minで延伸仮撚加工を実施し、繊度84dtexのポリエチレンテレフタレート延伸仮撚加工糸を得た。実施例1〜3、比較例1〜2におけるウィッキング値(L0およびL10)、織物風合い、加工断糸率および加工毛羽の結果をまとめて表1に示す。
【0053】
[比較例3]
ポリエステルAとして制電剤を添加しないポリエステルBを使用し、実施例1と同様に行った。
【0054】
[比較例4]
実施例1において紡糸口金を通常の0.3mmの円形吐出孔群を24群穿設した紡糸口金(丸断面用口金〕とし、通常のクロスフロー型紡糸筒からの冷却風で冷却・固化し、紡糸油剤を付与しつつ一つの糸条として集束し、3000m/minの速度で引き取り、140dtex/24フィラメントのポリエステル未延伸糸を得た。
その後の延伸仮撚加工等は実施例と同じ方法により行なった。
【0055】
[比較例5]
制電剤を添加しないポリエステルBのみを使用し、通常の0.3mmの円形吐出孔群を24群穿設した紡糸口金(丸断面用口金〕から、通常のクロスフロー型紡糸筒からの冷却風で冷却・固化し、紡糸油剤を付与しつつ一つの糸条として集束し、3000m/minの速度で引き取り、140dtex/24フィラメントのポリエステル未延伸糸を得た。
その後の延伸仮撚加工等は実施例と同じ方法により行なった。
【0056】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明のポリエステルマルチ繊維は適切な繊維間空隙を持つので、それから得られる布帛は自然なドライ感に富んだ風合を持つとともに優れた吸水・速乾性能有し、且つ耐久性のある帯電性能を有するものとなるので紳士婦人スポーツ用途として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明のポリエステルマルチ繊維断面の1実施態様を示した模式図。
【図2】本発明で使用する紡糸口金吐出孔の1実施態様を示した模式図。
【符号の説明】
【0059】
1 :繊維断面フィン部
2 :繊維断面コアー部
3 :コアー部形成吐出孔中心
4 :フィン部形成用吐出孔スリット
a1 :繊維断面内面壁の内接円中心からフィン部頂点までの長さ
b1 :繊維断面内面壁の内接円半径
a2 :コアー部形成吐出孔中心に内接する円の半径
b2 :コアー部形成用吐出孔中心点からフィン部形成用吐出孔先端部までの長さ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエステルAからなる芯成分と、ポリエステルBからなる繊維断面中心部から外側へ突出したフィン部を有する鞘成分からなる芯鞘型複合繊維であって、下記要件を満足することを特徴とする制電性芯鞘型ポリエステルマルチ繊維。
1)芯部ポリエステルAが、芳香族ポリエステル100重量部に対して、制電剤として、
(a)下記一般式(1)で表されるポリオキシアルキレン系ポリエーテルを0.2〜30重量部及び(b)該ポリエステルと実質的に非反応性の有機イオン性化合物を0.05〜10重量部を含有してなる制電性ポリエステルであること。
Z−[(CHCHO)n(RO)m−R]k 式(1)
[式中、Zは1〜6個の活性水素原子を有する有機化合物残基、R1は炭素原子数6以上のアルキレン基又は置換アルキレン基、R2は水素原子、炭素原子数1〜40の一価の炭化水素基、炭素原子数2〜40の一価のヒドロキシ炭化水素又は炭素原子数2〜40の一価のアシル基、kは1〜6の整数、nはn≧70/kを満足する整数、mは1以上の整数]
2)ポリエステルBが制電剤を含まない芳香族ポリエステルであること。
3)鞘部が、下記式で定義される突起係数0.3〜0.7のフィン部を3〜8ケ有すること。
突起係数=(a1−b1)/a1
a1:繊維軸に直交する断面内面壁の内接円中心からフィン部頂点までの長さ
b1:繊維軸に直交する断面内面壁の内接円の半径
【請求項2】
下記(1)〜(2)の条件を満足している請求項1記載の制電性芯鞘型ポリエステルマルチ繊維。
(1)繊維の摩擦帯電圧が2000V以下であること。
(2)繊維軸に直交する断面における芯部ポリエステルAの面積と鞘部ポリエステルBの面積が5:95〜80:20であること。
【請求項3】
沸水収縮率が15〜70%の部分配向糸である請求項1〜2いずれかに記載の制電性芯鞘型ポリエステルマルチ繊維。
【請求項4】
請求項3記載の制電性芯鞘型ポリエステルマルチ繊維を延伸仮撚加工してなる制電性芯鞘型ポリエステルマルチ繊維延伸仮撚加工糸。
【請求項5】
請求項1〜4いずれかに記載の制電性芯鞘型ポリエステルマルチ繊維を含む布帛。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2010−90516(P2010−90516A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−263919(P2008−263919)
【出願日】平成20年10月10日(2008.10.10)
【出願人】(302011711)帝人ファイバー株式会社 (1,101)
【Fターム(参考)】