説明

ポリオール脱水素酵素組成物

【課題】補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素の保存安定性を向上させる手段を提供する。
【解決手段】補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素と、ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)と、緩衝剤と、を含むポリオール脱水素酵素組成物であって、前記酵素組成物を、ローリー法により測定された蛋白濃度が5mg/mlである溶液とした場合の280nmにおける吸光度が6〜16の範囲である、ポリオール脱水素酵素組成物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素(以下、「PQQ依存性PDH」または単に「ポリオール脱水素酵素」とも称する)の保存安定性、特に凍結乾燥後のポリオール脱水素酵素の保存安定性を向上させたポリオール脱水素酵素組成物、当該組成物を含むポリオール測定試薬、および当該組成物を用いたポリオールの定量方法に関する。
【背景技術】
【0002】
補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素は、バクテリアの細胞膜に存在し、グルコノバクター属の細菌などから抽出、精製する方法が知られており、グリセロールやソルビトール、マンニトールなどの定量に利用されている。
【0003】
従来から、例えば、グリセロールに関しては、下記式(1)および式(2)で示すように、グリセロールキナーゼ(GK)とグリセロール−3−リン酸オキシダーゼ(GPO)もしくはグリセロール−3−リン酸デヒドロゲナーゼ(GPDH)とを用いることによる定量方法が知られている。
【0004】
【化1】

【0005】
しかし、この方法は二種類の酵素を用いるため反応が煩雑である。さらに、グリセロール−3−リン酸オキシダーゼを用いた場合は溶存酸素の影響を受けるという問題点がある。また、グリセロール−3−リン酸デヒドロゲナーゼを用いた場合は、高価なNADを添加する必要がある。
【0006】
溶存酸素の影響を受けず、一種類の酵素を用いる方法としては、下記式(3)で示すようなNAD依存性グリセロールデヒドロゲナーゼを用いた方法が知られている。
【0007】
【化2】

【0008】
しかし、NAD依存性グリセロールデヒドロゲナーゼを用いた場合、グリセロール−3−リン酸デヒドロゲナーゼと同様、高価なNADを添加する必要がある。
【0009】
これに対して、より安価で簡便なグリセロールの定量方法として、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素(PQQ依存性PDH)を用いる方法がある。この方法は、下記式(4)の反応によって行われるため、溶存酸素の影響を受けない、反応が簡便で複数の酵素を用いる必要がない、高価なNADを添加する必要がないなどのメリットがある。
【0010】
【化3】

【0011】
しかし、PQQ依存性PDHは、膜結合型酵素であるため、保存安定性が悪いという問題点がある。このような安定性が低い酵素を用いた測定試薬では、保存中に酵素の失活が起こり測定対象物質の濃度を正確に定量することができないという問題があった。したがって、上記PQQ依存性PDHの安定性を向上させることが重要な課題となっている。
【0012】
PQQ依存性PDHの安定性を向上させる方法として、2価性架橋試薬により酵素を化学修飾する方法が知られている(特許文献1など)。
【0013】
これに加えて、特許文献2には、PQQ依存性PDHに、2価の金属イオンを有する化合物、非還元糖、及び界面活性剤を安定化剤として用いることにより保存安定性の向上した酵素組成物が得られることが開示されている。特許文献3には、PQQ依存性PDHに対して、2価の金属イオンを有する化合物、ストレプトマイシンおよびジヒドロストレプトマイシンの少なくとも一方と、界面活性剤とを安定化剤として使用することにより、安定なポリオール脱水素酵素組成物が得られることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2006−271257号公報
【特許文献2】特開2007−259814号公報
【特許文献3】特開2008−245533号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上記特許文献1に記載の方法は、PQQ依存性PDHを化学修飾することにより酵素の安定性を向上させている。しかし、かような酵素の化学修飾工程は煩雑であり、酵素の製造コストが増大するという問題がある。
【0016】
また、特許文献2や特許文献3に記載の方法では、金属化合物や界面活性剤などの安定化剤を添加することにより酵素の安定性を向上させている。しかし、特許文献2および特許文献3に記載の方法においても化学修飾された酵素を使用しており、化学修飾した酵素を用いた場合には酵素の安定性が向上するものの、化学修飾されていない酵素を使用する場合には依然として酵素の残存活性が低下するという問題があった。
【0017】
そこで本発明は、安価かつ簡便に酵素の保存安定性が向上したポリオール脱水素酵素組成物を提供することを目的とする。また、本発明の他の目的は、正確にポリオールを定量できる上記PQQ依存性PDH組成物を含むポリオール測定試薬、および上記PQQ依存性PDH組成物を用いたポリオールの定量方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、上記従来の問題点に鑑み、鋭意研究を積み重ねた結果、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素に対して、酵素組成物中に含まれる界面活性剤であるポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)の量を低減することにより、ポリオール脱水素酵素の安定性、特に凍結乾燥後のポリオール脱水素酵素の安定性が向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0019】
すなわち、本発明は、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素と、ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)と、緩衝剤と、を含むポリオール脱水素酵素組成物であって、前記酵素組成物を、ローリー法により測定された蛋白濃度が5mg/mlである溶液とした場合の280nmにおける吸光度が6〜16の範囲である、ポリオール脱水素酵素組成物である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、酵素組成物中に含まれる界面活性剤の量が低減されることにより、安価かつ簡便な方法でPQQ依存性PDHの経時的な酵素活性の低下、特に凍結乾燥後の経時的な酵素活性の低下を有意に抑制・防止することができる。特に、本発明により得られる酵素組成物では、化学修飾されていない酵素を使用する場合であっても、酵素の失活を抑制し、酵素の保存安定性を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の一形態によれば、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素と、ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)と、緩衝剤と、を含むポリオール脱水素酵素組成物であって、前記酵素組成物を、ローリー法により測定された蛋白濃度が5mg/mlである溶液とした場合の280nmにおける吸光度が6〜16の範囲である、ポリオール脱水素酵素組成物が提供される。
【0022】
ポリオール脱水素酵素は細胞膜結合型酵素であり、疎水性が高いために水溶媒系では不安定である。このため、溶液中におけるポリオール脱水素酵素の凝集を防ぎ、ポリオール脱水素酵素の安定性を向上させる目的で、酵素の安定化剤として界面活性剤を使用することが知られていた。そして、従来の酵素組成物においては、界面活性剤による酵素の安定化効果が十分に得られるように酵素組成物中には高濃度の界面活性剤が含まれていた。
【0023】
本発明者らは界面活性剤とポリオール脱水素酵素の安定性との関係を詳細に検討した結果、高濃度の界面活性剤がポリオール脱水素酵素の失活を招くことを見出した。特に、高濃度の界面活性剤による酵素の失活は、化学修飾されていないポリオール脱水素酵素の場合に顕著であった。従来の酵素組成物では保存安定性を向上させた化学修飾された酵素を使用することが多く、高濃度の界面活性剤を使用することによる酵素の保存安定性の低下は重大な問題とならなかった。
【0024】
本発明では、酵素組成物中の界面活性剤の含有量を従来のものに比べて低減することにより、酵素が化学修飾されていない場合であっても酵素の失活を有意に抑制することができる。したがって、高コストな酵素の化学修飾工程を行わなくても、保存安定性の向上した酵素組成物が提供される。
【0025】
本発明の酵素組成物はPQQ依存性PDHおよびPQQ依存性PDHを安定化する安定化剤を含む。そして、本発明の酵素組成物に含まれる安定化剤は界面活性剤として、ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)と、緩衝剤と、を含み、さらに、好ましくは、必要に応じて、非還元糖および/または2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物を含む。
【0026】
本発明において、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素(PQQ依存性PDH)は、いずれのポリオールを基質としてもよく、2つ以上の水酸基を有するアルコール(糖アルコールを含む)であれば、特に制限されない。例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、1,3−ブチレングリコール、ラクチトールなどの二糖由来アルコール、グリセロールなどのトリオール、エリスリトールなどのテトリトール、アラビトール、キシリトール、リビトールなどのペンチトール、マンニトール、ソルビトールなどのヘキシトール、イノシトールなどのシクリトールなどが挙げられる。中でも好ましくは、グリセロール(ピロロキノリンキノン依存性グリセロール脱水素酵素)、アラビトール(ピロロキノリンキノン依存性アラビトール脱水素酵素)、およびマンニトール(ピロロキノリンキノン依存性マンニトール脱水素酵素)を基質とし、より好ましくはグリセロール(ピロロキノリンキノン依存性グリセロール脱水素酵素)を基質とする。
【0027】
本発明に用いられるPQQ依存性PDHとしては、従来公知の酵素をいずれも好ましく使用することができる。該酵素は例えば、グルコノバクター属、シュードモナス属など、様々な細菌が生成することが知られている。本発明では、これらのPQQ依存性PDHを産生することができる菌(以下、「PQQ依存性PDH産生菌」とも称する)が生成するいずれのPQQ依存性PDHも好適に使用することができる。これらの中でも特に、グルコノバクター属に由来するPQQ依存性PDHを好適に使用することができる。さらに、入手の容易さから、グルコノバクター・オキシダンス(Gluconobacter oxydans)NBRC 3130、3171、3172、3189、3244、3250、3253、3255、3256、3257、3258、3285、3287、3289、3290、3291、3292、3293、3294、3462、3990、12467、14819;グルコノバクター・フラテウリ(Gluconobacter frateurii)NBRC 3251、3254、3260、3264、3265、3268、3270、3271、3272、3273、3274、3286、16669;グルコノバクター・セリナス(Gluconobacter cerinus)NBRC 3262、3263、3266、3267、3269、3275、3276等を使用することができる。
【0028】
また、PQQ依存性PDH産生菌であれば、これらの自然突然変異株または人為突然変異株を使用してもよい。人為突然変異処理方法は、当業者に周知の方法と同様にしてもしくは当業者に周知の方法を適宜修飾してまたはこれらの方法を適宜組合せて適用することができる。このような微生物の代表菌株として、グルコノバクター・オキシダンス(Gluconobacter oxydans)が使用され、特にグルコノバクター・オキシダンス(Gluconobacter oxydans)NBRC 3291が好ましく使用される。
【0029】
上記PQQ依存性PDH産生菌からPQQ依存性PDHを得るための具体的な方法は、特に制限されず、例えば、上記PQQ依存性PDH産生菌を栄養培地にて培養し、該培養物からPQQ依存性PDHを抽出する方法が挙げられる。
【0030】
上記PQQ依存性PDH産生菌を培養する培地は、使用菌株が資化しうる炭素源、窒素源、無機物、その他必要な栄養素を適量含有するものであれば、合成培地であっても天然培地であってもよい。炭素源としては、例えば、グルコース、グリセロール、ソルビトールなどが使用される。窒素源としては、例えば、ペプトン類、肉エキス、酵母エキスなどの窒素含有天然物や、塩化アンモニウム、クエン酸アンモニウムなどの無機窒素含有物が使用される。無機物としては、リン酸カリウム、リン酸ナトリウム、硫酸マグネシウムなどが使用される。その他、特定のビタミンなどが必要に応じて使用される。上記の炭素源、窒素源、無機物、およびその他の必要な栄養素は、単独で用いても2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0031】
培養は、振とう培養あるいは通気撹拌培養で行うことが好ましい。培養温度は20〜50℃、好ましくは22〜40℃、最も好ましくは25℃〜35℃である。培養pHは4〜9の範囲、好ましくは5〜8である。これら以外の条件下でも、使用する菌株が生育すれば実施される。培養期間は通常0.5〜5日が好ましい。なお、これらのPQQ依存性PDHは、上記培養によって得られた酵素でも、PQQ依存性PDH遺伝子を大腸菌等に形質導入して得られた組換え酵素であってもよい。
【0032】
次いで、得られたPQQ依存性PDHを抽出する。抽出方法は一般に使用される抽出方法を用いることができ、例えば超音波破砕法、フレンチプレス法、有機溶媒法、リゾチーム法等を用いることができる。抽出したPQQ依存性PDHの精製方法は特に制限されず、例えば、硫安やぼう硝などの塩析法、塩化マグネシウムや塩化カルシウムを用いる金属凝集法、ストレプトマイシンやポリエチレンイミンを用いる除核酸、またはDEAE(ジエチルアミノエチル)−セファロース、CM(カルボキシメチル)−セファロースなどのイオン交換クロマト法などを用いることができる。
【0033】
なお、上述したように、本発明ではPQQ依存性PDHを化学修飾しなくても、保存安定性が有意に向上した酵素組成物が得られるため、上記の方法で得られる部分精製酵素や精製酵素の溶液をそのままの形態で、すなわち、化学修飾されていないPQQ依存性PDH(非修飾PQQ依存性PDH)を使用することが好ましい。ただし、PQQ依存性PDHを化学修飾された形態で使用してももちろんよい。化学修飾された形態のPQQ依存性PDHを使用する場合には、上記の方法で得られる培養物由来のPQQ依存性PDHを、例えば、特許文献1に記載されるような方法などを用いて適宜化学修飾して使用することができる。なお、化学修飾方法は、上記公報に記載の方法に限定されるものではない。
【0034】
本発明では、界面活性剤としてポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)を含有する。かかる形態によれば、PQQ依存性PDHの保存安定性が向上し、また、本発明の酵素組成物の保存安定性が向上する。さらに、酵素組成物を緩衝液等で再溶解する際、溶解速度が速いという効果がある。ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)としては、市販品であるTriton(登録商標)X−100を使用することができる。
【0035】
このポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)(TritonX−100(登録商標))の含有量は、本来であれば、質量分率(質量%)で規定することが望ましいが、下記理由により現状では規定困難である。
【0036】
PQQ依存性PDHを含む溶液中のTritonX−100(登録商標)の定量方法としては、(1)PQQ依存性PDHを加熱やトリクロロ酢酸等により変性後、遠心分離することにより沈殿させ、PQQ依存性PDHを含まない上清の280nmの吸光度を測定する方法や(2)JIS法により測定する方法などが考えられる。しかし、(1)の方法では、完全にPQQ依存性PDHを沈殿させることが困難であり、測定誤差が生じる。また、(2)の方法では、PQQ依存性PDHが発色反応を妨害し、定量できないという問題が生じる。そこで本発明者らは簡易なTritonX−100(登録商標)量の確認方法として、ローリー法により測定された蛋白濃度が5mg/mlである溶液とした場合の280nmにおける吸光度により規定することとした。具体的には、ローリー法(BIO RAD社製、DC protein assay)により測定された蛋白濃度が5mg/mlとなるように濃度調整されたPQQ依存性PDH溶液を調製し、このPQQ依存性PDH溶液の280nmにおける吸光度を分光光度計(株式会社島津製作所製)により測定した場合の吸光度の大きさにより酵素組成物中のTritonX−100(登録商標)の含有量を評価することとした。なお、PQQ依存性PDH溶液の濃度の調整は濃縮することにより行うことができる。ローリー法(BIO RAD社製、DC protein assay)は界面活性剤等の干渉を受けにくく、高精度な蛋白質の定量法として知られている。なお、標準液としては牛血清アルブミンを用いた。一方、酵素組成物中の蛋白質およびTritonX−100は波長280nmで吸光を示し、当該280nmにおける吸光度の大きさは酵素組成物中に含まれる蛋白質およびTritonX−100の合計量に対応する。したがって、ローリー法により蛋白濃度が5mg/mlである溶液、すなわち同一の蛋白濃度を有する溶液の280nmにおける吸光度を測定することにより、TritonX−100(登録商標)量の確認することができる。
【0037】
具体的には、酵素組成物を、ローリー法により測定された蛋白濃度が5mg/mlである溶液とした場合の280nmにおける吸光度が好ましくは6〜16の範囲であり、より好ましくは6〜14の範囲であり、特に好ましくは6〜12の範囲である。6未満である場合にはTritonX−100の量が少なすぎて安定化効果が得られず、16を超える場合にはTritonX−100が高濃度となり、保存安定性が低下する。Triton(登録商標)X−100の含有量をこの吸光度の値が上記範囲とすることにより、酵素の失活を防止し、酵素組成物の保存安定性を向上させることが可能となる。なお、特許文献2または3に記載のTritonX−100濃度は、限外ろ過時にTritonX−100が濃縮されることを考慮していないため、実際の組成物中の濃度を正確に規定していない。
【0038】
本発明の酵素組成物は、安定化剤として緩衝剤を含有する。緩衝剤を添加することにより、pHを酵素に好適な範囲と調節することができ、酵素の保存安定性を向上させることができる。緩衝剤としては、例えば、リン酸、2−アミノ−2−ヒドロキシメチル−1,3−プロパンジオール(Tris)、酢酸、3−モルホリノプロパンスルホン酸(MOPS)、4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジンエタンスルホン酸(HEPES)、グリシン、グリシルグリシン、ホウ酸、またはイミダゾールなどが挙げられる。中でも、低濃度の安定化剤でPQQ依存性PDHの保存安定性を向上できる点で、グリシルグリシンを使用することが好ましい。グリシルグリシンはアミノ酸系緩衝剤の一種であるが、グリシンなどの他のアミノ酸系緩衝剤やMOPSなどの他のよく知られている緩衝剤を含む酵素組成物に比べて、酵素の残存活性を飛躍的に向上させることができる。
【0039】
本発明の酵素組成物に含まれる緩衝剤の量は、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上できる量であれば特に限定されないが、組成物中のPQQ依存性PDHの総質量を100質量%として、好ましくは2〜250質量%、より好ましくは3〜200質量%である。さらに好ましくは5〜150質量%である。2質量%以上であれば、安定化剤としての効果を十分に発揮でき、一方、250質量%以下であれば、添加に見合う安定化剤としての効果の向上が認められる。
【0040】
また、本発明の酵素組成物において、緩衝剤に加えて酸またはアルカリなどのpH調整剤を含むことが好ましい。これにより、酵素組成物のpHを所望の範囲に調整することができる。本発明の酵素組成物のpHは、酵素の安定pHから極端に外れていなければよく、好ましくは6.0〜11.0、より好ましくは6.5〜10.5、最も好ましくは7.0〜10.0である。なお、酵素組成物のpHとは、酵素組成物が溶液形態や半固体形態の場合には当該酵素組成物のpHをいい、酵素組成物が固体形態の場合には当該酵素組成物1gを100ml水溶液とした際の当該水溶液のpHをいう。かようなpH調整剤としては、塩酸等の酸や水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリが挙げられる。pH調整剤の含有量は特に制限されず、所望のpHが実現される量を用いればよい。
【0041】
緩衝剤を添加する方法は特に制限されず、緩衝剤をそのまま添加してもよいが、緩衝剤を予め水に溶解させた緩衝液の形態で添加することが好ましい。なお、添加された緩衝液は凍結乾燥等の処理により緩衝液中の水分が除去され、かような場合には緩衝剤として酵素組成物中に存在する。
【0042】
本発明で使用される具体的な緩衝液としては、所望のpHを有するものであれば公知の緩衝液が適宜使用でき、特に限定されるものではないが、例えば、リン酸緩衝液、トリス−HCl緩衝液、酢酸緩衝液、MOPSもしくはHEPESなどのGOOD緩衝液、グリシン−NaOH緩衝液、グリシルグリシン−NaOH緩衝液やグリシルグリシン−KOH緩衝液などのアミノ酸系緩衝液、ホウ酸緩衝液、またはイミダゾール緩衝液などが用いられる。これらの中でも、グリシルグリシン−NaOH緩衝液またはグリシルグリシン−KOH緩衝液のようなグリシルグリシン緩衝液が好ましい。また、上記緩衝液の濃度は特に制限されないが、好ましくは0.5〜500mM、より好ましくは0.75〜400mM、最も好ましくは1〜300mMである。なお、本発明において緩衝液の濃度とは、緩衝液中に含まれる緩衝剤の濃度(mM)をいう。0.5mM以上であれば、安定化剤としての効果を十分に発揮でき、一方、500mM以下であれば、添加に見合う安定化剤としての効果の向上が認められる。また、上記緩衝液のpHは、酵素の安定pHから極端に外れていなければよく、好ましくは4.0〜11.0、より好ましくは5.0〜10.0の範囲である。
【0043】
本発明の酵素組成物は、安定化剤としてさらに非還元糖を含むことが好ましい。非還元糖は、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上させ、また、本発明の酵素組成物の保存安定性を向上しうる。
【0044】
本発明において、「非還元糖」とは、遊離性のアルデヒド基やケトン基をもたないために還元性を有しない糖類を意味する。このような還元糖としては、上記したような性質を有するものであればよく、例えば、還元基同士の結合したトレハロース型小糖類、糖類の還元基および非糖類が結合した配糖体、糖類に水素添加して還元した糖アルコールなどがある。より具体的には、スクロース、トレハロース、ラフィノース等のトレハロース型小糖類;アルキル配糖体、フェノール配糖体、カラシ油配糖体等の配糖体;およびアラビトール、キシリトール、ソルビトール等の糖アルコールなどが挙げられる。中でも、トレハロース、ラフィノース、スクロースが好ましく、特にトレハロースおよびラフィノースが好ましい。また、これらのうち、PQQ依存性PDHの基質となる糖アルコールは、好ましくない場合がある。これらの還元糖は、単独で使用しても、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0045】
本発明の酵素組成物に含まれる非還元糖の量は、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上できる量であれば特に制限されないが、酵素組成物中のPQQ依存性PDHの総質量を100質量%として、好ましくは1〜200質量%、より好ましくは5〜100質量%である。1質量%以上であれば、安定化剤としての効果を十分に発揮でき、一方、200質量%以下であれば、添加に見合う安定化剤としての効果の向上が認められる。
【0046】
本発明の酵素組成物は、安定化剤としてさらに2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物を含むことが好ましい。本発明に用いられる2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物は、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上させ、また、本発明の組成物の保存安定性を向上させうる。
【0047】
本発明に用いられる2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物としては、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上でき、かつ、2価のイオンを形成する化合物であれば特に制限されない。上記2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物の具体的な例としては、カルシウム、マグネシウム、バリウム、マンガン、鉄、銅、コバルト、ニッケル、水銀、鉛および亜鉛などの2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物が挙げられる。中でも、カルシウムを含む化合物およびマグネシウムを含む化合物からなる群より選択される少なくとも1種が好ましい。また、上記2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物の形態は、PQQ依存性PDHの安定性を向上できるものであれば特に制限されないが、例えば、上記金属のフッ化物、塩化物、臭化物、もしくはヨウ化物などのハロゲン化物、上記金属の硫酸塩、上記金属の硝酸塩、または上記金属のリン酸塩などが挙げられる。これらの中でも、塩化物、硫酸塩、および硝酸塩からなる群より選択される少なくとも1種であることが好ましい。なお、これら2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物は単独で使用されても、また2種以上の混合物の形態で使用されてもよい。
【0048】
本発明の酵素組成物に含まれる2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物の量は、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上できる量であれば特に制限されないが、組成物中のPQQ依存性PDHの総質量を100質量%として、好ましくは1〜30質量%、より好ましくは1〜20質量%である。1質量%以上であれば、安定化剤としての効果を十分に発揮でき、一方、30質量%以下であれば、添加に見合う安定化剤としての効果の向上が認められ、また、本発明の組成物を緩衝液等で再溶解する際、2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物を溶解できる。
【0049】
本発明の酵素組成物は、本発明の目的を損なわない範囲内で、ジチオスレイトール、2−メルカプトエタノール等の還元剤などの付加成分を所望に応じて含有することができる。
【0050】
本発明の酵素組成物の形態は特に制限されず、例えば粉末状、顆粒状、錠剤状などの固体形態;液状、乳液状等の液体形態;またはペースト状等の半固体形態などの、任意の形態でありうる。中でも、本発明の効果が顕著に発揮されることから、固体状の形態であることが好ましい。
【0051】
本発明の酵素組成物の製造方法は、特に制限されないが、上記の方法で得られる部分精製酵素や精製酵素の溶液は、濃縮されることが好ましい。濃縮することにより、酵素溶液中の酵素濃度が濃くなるため、酵素の失活が抑えられる場合がある。また、凍結乾燥等により粉末状の酵素組成物を調製する場合は、酵素濃度が濃い方が凍結乾燥等の処理による酵素の失活を有意に抑えることができる場合があるからである。さらに、濃縮することにより、粉末にする工程において、液量が減少するため小スケールで処理することができる。
【0052】
本発明の酵素溶液の濃縮方法は、特に制限されないが、例えば、PQQ依存性PDHに上述した安定化剤を添加し、各成分が均一に分散した酵素溶液を調製した後、この酵素溶液を濃縮してもよく、また、濃縮後に安定化剤を添加する方法などが挙げられる。酵素溶液を濃縮する方法としては、限外ろ過法、各種クロマトグラフィー法、塩析法などが挙げられるが、酵素の失活が少なく、且つ簡便であることから、限外ろ過法が好ましい。
【0053】
酵素組成物中のポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)の濃度を低減する方法は、特に制限されず、限外ろ過法、各種クロマトグラフィー法、界面活性剤を吸着する樹脂等を使用することができる。
【0054】
従来から、ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)を含むPQQ依存性PDH組成物は、PQQ依存性PDHにポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)などの安定化剤を添加して酵素溶液を調製し、これを限外ろ過により濃縮する方法で製造する方法が用いられていた。しかし、従来の方法では、この濃縮前の酵素溶液中の界面活性剤の濃度は酵素の安定化効果が十分に得られるように通常、過剰量の臨界ミセル濃度以上とされていた。このため、ミセルを形成した界面活性剤は、酵素と共に濃縮され、濃縮後に得られた酵素組成物やその凍結乾燥物中に多量の界面活性剤が含まれていた。
【0055】
これに対して、本発明の一実施形態では、従来から知られている濃度よりも薄い濃度の界面活性剤を含有する酵素溶液を限外ろ過により濃縮する。これにより、界面活性剤が効率よく限外ろ過膜を通過することができ、濃縮後に得られた酵素組成物中の界面活性剤の含有量を低減することが可能となる。酵素組成物中の界面活性剤の含有量を従来から知られる量よりも低減させることにより、酵素組成物の安定性が向上し、ひいては、ポリオール脱水素酵素が化学修飾されていない場合であっても、酵素の失活を有意に抑制することができる。このように、本実施形態によれば、簡便かつ安価な方法により、保存安定性の向上した酵素組成物が得られる。
【0056】
より具体的には、まず、PQQ依存性PDHおよび上述した界面活性剤などの安定化剤を含む酵素溶液を調製する。この際、安定化剤としての緩衝剤は予め水に溶解された緩衝液の形態で使用することが好ましい。また、酵素溶液の調製時においては、PQQ依存性PDHを均一に分散させるために、酵素溶液100mL中に、界面活性剤の含有量を0.015〜20gとすることが好ましく、0.020〜10gとすることが好ましい。なお、ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)や緩衝液(緩衝剤)などの安定化剤の添加順序も特に制限されず、PQQ依存性PDHに対して、各成分を順次添加してもよく、各成分を同時に添加してもよい。
【0057】
その後、限外ろ過前に、緩衝液を添加して酵素溶液を希釈することにより、酵素溶液中の界面活性剤としてのポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)の濃度を低減させる。限外ろ過前の酵素溶液中のポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)の濃度としては、この界面活性剤が効率よく限外ろ過膜を通過できるような薄い濃度であればよい。
【0058】
すなわち、本発明の一実施形態によれば、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素と、ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)と、緩衝液と、を含み、前記ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)の濃度が0.1w/v%未満である酵素溶液を限外ろ過する工程を有する、ポリオール脱水素酵素組成物の製造方法が提供される。限外ろ過される酵素溶液中の前記ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)の濃度は、より好ましくは0.075w/v%以下であり、さらに好ましくは0.05w/v%以下である。かかる場合には、ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)が効率よく限外ろ過膜を通過でき、組成物中のポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)の濃度を低減することができる。
【0059】
より好ましい実施形態において、前記ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)の濃度を臨界ミセル濃度未満である酵素溶液を限外ろ過する工程を有する。界面活性剤であるポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)は、臨界ミセル濃度未満にすることにより、簡便な方法で効率よくポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)の濃度を減少させることが可能となる。例えば、ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)(TritonX−100(登録商標))の臨界ミセル濃度は0.015w/v%であるため、界面活性剤としてTritonX−100(登録商標)を使用する場合には、濃縮前の酵素組成物中のTritonX−100(登録商標)の濃度を0.015w/v%未満とすればよい。なお、該PQQ依存性PDHは、TritonX−100(登録商標)などの界面活性剤が臨界ミセル濃度未満でも失活することはない。また、「1w/v%」は溶液100mL中に1gの界面活性剤が含まれた場合の濃度をいう。
【0060】
なお、限外ろ過の際の酵素溶液中のポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)の濃度の下限値は特に制限されないが、酵素活性を失活させないため0.005w/v%以上であるのが好ましい。
【0061】
限外ろ過に使用する限外ろ過膜の分画分子量は、酵素のロスがなく、且つポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)が効率よく減量できるとの観点から5,000〜100,000であり、より好ましくはであり、7,500〜75,000でありさらに好ましくは10,000〜50,000である。5,000未満では、濃縮速度が遅すぎる場合があり、100,000より大きいと、PQQ依存性PDHが限外ろ過膜を通過してしまい、酵素の回収率が低下する場合があるためである。なお、本発明において、酵素溶液の限外ろ過は1回のみでもよいし、複数回行ってもよい。界面活性剤の濃度を低減させた限外ろ過工程を少なくとも1回行うことにより、界面活性剤が効率よく限外濾過膜を通過することができ、その結果濃縮物中に含まれる界面活性剤であるポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)の濃度を低減させることができる。
【0062】
安定化剤として非還元糖、2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物、および/またはその他の付加成分を含む場合のこれらの成分の添加順序や添加時期は特に制限されず、酵素溶液調製の際に、上記の方法と同様に、これらの成分を順次または同時にPQQ依存性PDHに対して添加してもよいし、限外ろ過後に得られた酵素組成物にこれらの成分を順次または同時に添加してもよい。
【0063】
上記手順により液体形態の酵素組成物が得られるが、本発明の酵素組成物は粉末状などの固体形態であってもよい。本発明の酵素組成物が粉末状とする場合は、限外ろ過されて得た酵素組成物を凍結乾燥すればよい。すなわち、本発明の製造方法は、前記限外ろ過されて得た酵素組成物を凍結乾燥する工程をさらに有する。この際、凍結乾燥の方法は、特に限定されるものではなく、従来公知の方法を用いることができる。本発明により得られた凍結乾燥された酵素組成物においては、凍結乾燥時のPQQ依存性PDHの失活が抑制されるとともに、凍結乾燥後のPQQ依存性PDHの保存安定性が有意に向上する。
【0064】
PQQ依存性PDHは、ポリオールと電子受容体とを、対応する脱水素物と還元型電子受容体とに変換することができる。本発明のPQQ依存性PDHが好適に使用できる電子受容体としては、フェリシアン化カリウム、フェナジニウムメチルサルフェートおよびその誘導体、2,6−ジクロロフェノールインドフェノール(DCIP)、Wurster’s blue、ニトロテトラゾリウムブルー等が挙げられる。
【0065】
本発明の別の一形態によれば、本発明の上記形態の酵素組成物を含むポリオール測定試薬が提供される。また、本発明のさらに別の一形態によれば、本発明の上記形態の酵素組成物をポリオールと反応させることを特徴とする、ポリオールの定量方法が提供される。本発明の酵素組成物に含まれるPQQ依存性PDHは、ポリオールの定量に優れるため、ポリオール測定試薬として好適に使用することができる。また、PQQ依存性PDHは補欠分子族としてPQQを有するため、あえてPQQを反応系に添加することなく、ポリオールを定量することができる。
【0066】
本発明において「ポリオール」とは、2つ以上の水酸基を有するアルコール(糖アルコールを含む)を意味する。本発明で用いられるポリオールとしては、特に制限されないが、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、1,3−ブチレングリコール、またはラクチトールなどのニ糖由来アルコール、グリセロールなどのトリオール、エリスリトールなどのテトリトール、アラビトール、キシリトール、またはリビトールなどのペンチトール、マンニトール、またはソルビトールなどのヘキシトール、イノシトールなどのシクリトールなどが挙げられる。これらの中でも、好ましくはグリセロールである。
【0067】
本発明のポリオール測定試薬は、ポリオールを定量するための試薬であり、ポリオール脱水素酵素組成物中にPQQ依存性PDHを含む。ポリオール脱水素酵素として、PQQ依存性PDHを使用する点に特徴がある。例えば特許公報第3041840号、特許公報第3450911号、特許公報第3494398号などに記載されるポリオール測定で使用するポリオール脱水素酵素として、本発明の酵素組成物に含まれるPQQ依存性PDHを使用することができる。
【0068】
本発明の定量方法に用いられるポリオールを含む試料としては、食品、血清、血漿または全血などが挙げられる。また、本発明の酵素組成物に含まれるPQQ依存性PDHは血清、血漿、または全血などの中性脂肪測定にも使用することができる。すなわち、これらの試料に含まれる中性脂肪は、例えば、リポプロテインリパーゼにより遊離脂肪酸とグリセロールとに分解されるが、ここで生じたグリセロールを上記のPQQ依存性PDHを用いて定量することができる。精神病治療患者および透析患者においては、中性脂肪測定時に遊離グリセロールが問題になるが、本発明に用いられるPQQ依存性PDHを使用して、グリセロールを予め消去するか、またはその量を測定しておくことにより、真の中性脂肪値を求めることが可能となる。なお、本発明に用いられるPQQ依存性PDHは溶液中に界面活性剤を含んでいてもポリオールを正確に定量することができる。
【実施例】
【0069】
次に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は何ら本発明を制限するものではない。なお、本発明において、PQQ依存性PDHの酵素活性は、下記方法により測定した。
【0070】
(酵素活性)
50μM DCIP(2,6−ジクロロフェノールインドフェノール)、0.2mM PMS(5−メチルフェナジニウムメチルサルフェート)、および450mM グリセロールを含んだ0.1% Triton(登録商標)X−100を含む10mM リン酸緩衝液(pH 7.0)中に、酵素溶液を加えた。この溶液中の酵素と基質の反応をDCIPの600nmの吸光度変化によって追跡し、その吸光度の減少速度を酵素の反応速度とした。ここで、1分間に1μmolのDCIPが還元される酵素活性を1単位(U)とした。なお、DCIPのpH 7.0におけるモル吸光係数は16.3mM−1とした。
【0071】
[調製例1:非修飾PDHの調製]
ソルビトール 2g/100mL、酵母エキス 0.3g/100mL、肉エキス 0.3g/100mL、コーンスティープリカー 0.3g/100mL、ポリペプトン 1g/100mL、尿素 0.1g/100mL、KHPO 0.1g/100mL、MgSO・7HO 0.02g/100mL、およびCaCl・2HO 0.1g/100mLからなり、pHが7.0である培地100mLを調製し、500mL容の坂口フラスコに該培地80mLを移し、121℃、20分間オートクレーブ処理した。
【0072】
上記培地に、種菌として、グルコノバクター・オキシダンス(Gluconobacter oxydans) NBRC 3291を一白金耳植菌し、30℃で24時間、140min−1で振とう培養し、これを種培養液とした。
【0073】
次に、上記と同じ組成で調製した培地5Lを8L容ジャーファーメンターに移し、121℃で50分間オートクレーブを行い、放冷後、種培養液240mLを移した。これを、400rpm、通気量5L/min、30℃の条件で26時間培養した。
【0074】
所定時間培養した後、この培養液を遠心分離(8,000×g、10分、4℃)して集菌し、緩衝液で懸濁後、フレンチプレスにより菌体を破砕した。破砕液を遠心分離(4,000×g、10分、4℃)し、得られた上清を超遠心分離(40,000rpm、90分、4℃)して、膜画分を沈殿物として得た。
【0075】
この膜画分を10mMトリス塩酸緩衝液(pH8.0)で懸濁し、終濃度が1g/100mLとなるようにTriton(登録商標)X−100を加え、4℃で2時間撹拌した。超遠心分離(40,000rpm、90分、4℃)し、上清を0.1g/100mL Triton(登録商標)X−100を含む10mMリン酸緩衝液(pH7.5)で一晩透析し、これを可溶化膜画分とした。
【0076】
この可溶化膜画分をFPLC(Fast Protein Liquid Chromatography)にてResourceQ 6mLで夾雑するグルコース脱水素酵素を除いたポリオール脱水素酵素活性画分を得た。この画分を0.1g/100mL TritonX−100を含む10mM グリシルグリシン−NaOH緩衝液(pH 7.5)で一晩透析することにより、蛋白濃度1mg/mL、比活性30U/mg蛋白の酵素標品を得た。これをPQQ依存性PDH溶液と称する。
【0077】
[実施例1]
(1)PQQ依存性PDH溶液の濃縮
調製例1で得られたPQQ依存性PDH溶液(蛋白濃度1mg/mL、比活性30U/mg蛋白) 20mLに6倍量(120mL)の10mM グリシルグリシン−NaOH緩衝液(pH 7.5)を添加し、PQQ依存性PDH溶液中のTritonX−100の濃度を臨界ミセル濃度未満(0.014%w/v)にした。このPQQ依存性PDH溶液を限外ろ過(分画分子量:50,000)し、蛋白濃度が5mg/mL以上となるように濃縮した。
【0078】
(2)280nmにおける吸光度の測定
上記(1)で得たPQQ依存性PDHの濃縮溶液をローリー法(BIO RAD社製、DC protein assay)により蛋白濃度を測定した。測定後、10mM グリシルグリシン−NaOH緩衝液(pH 7.5)を加えることにより、PQQ依存性PDH溶液中の蛋白濃度を5mg/mLに調整した。この酵素溶液の280nmにおける吸光度を分光光度計(株式会社島津製作所製)を用いて測定した。結果を表1に示す。
【0079】
(3)粉末安定性の検討
(2)で得られたPQQ依存性PDH溶液(蛋白濃度:5mg/mL)に対蛋白量あたりそれぞれ60%、5%となるようにトレハロースおよび硫酸マグネシウムを添加した。
【0080】
添加後、ゆるく撹拌し、−80℃で凍結させた。凍結後、凍結乾燥を24時間行い粉末状の酵素組成物を得た。得られた酵素組成物を37℃で1週間、インキュベートした後の酵素活性を測定した。凍結乾燥直後の酵素組成物の酵素活性を測定し、その凍結乾燥直後の酵素組成物の酵素活性を100%とした場合の、37℃で1週間インキュベートした後の残存活性(単位:%)を算出した。結果を表1に示す。
【0081】
[実施例2]
調製例1で得られたPQQ依存性PDH溶液(蛋白濃度1mg/mL、比活性30U/mg蛋白) 20mLに4倍量(80mL)の10mM グリシルグリシン−NaOH緩衝液(pH 7.5)を添加した。このPQQ依存性PDH溶液を限外ろ過(分画分子量:50,000)し、蛋白濃度が5mg/mL以上となるように濃縮した。
【0082】
上記で得たPQQ依存性PDHの濃縮溶液を使用すること以外は実施例1と同様の方法により、280nmにおける吸光度の測定および粉末安定性の検討を行った。結果を表1に示す。
【0083】
[実施例3]
調製例1で得られたPQQ依存性PDH溶液(蛋白濃度1mg/mL、比活性30U/mg蛋白) 20mLに2倍量(40mL)の10mM グリシルグリシン−NaOH緩衝液(pH 7.5)を添加した。このPQQ依存性PDH溶液を限外ろ過(分画分子量:50,000)し、蛋白濃度が5mg/mL以上となるように濃縮した。
【0084】
上記で得たPQQ依存性PDHの濃縮溶液を使用すること以外は実施例1と同様の方法により、280nmにおける吸光度の測定および粉末安定性の検討を行った。結果を表1に示す。
【0085】
[比較例1]
調製例1で得られたPQQ依存性PDH溶液(蛋白濃度1mg/mL、比活性30U/mg蛋白) 20mLをそのまま限外ろ過(分画分子量:50,000)し、蛋白濃度が5mg/mL以上となるように濃縮した。
【0086】
上記で得たPQQ依存性PDHの濃縮溶液を使用すること以外は実施例1と同様の方法により、280nmにおける吸光度の測定および粉末安定性の検討を行った。結果を表1に示す。
【0087】
【表1】

【0088】
上記表1に示される結果から、従来から知られているTritonX−100量に比べてTritonX−100量を低減することにより、粉末酵素組成物の安定性が向上していることがわかる。すなわち、ローリー法により測定された蛋白濃度が5mg/mlである溶液とした場合の280nmにおける吸光度が6〜16の範囲である実施例1〜3は、当該280nmにおける吸光度が当該範囲を外れる比較例1に比べて酵素の残存活性を有意に向上させることができることが確認される。そして、実施例1〜3で得られた凍結乾燥物では37℃で1週間インキュベートした後の酵素の残存活性(単位:%)が80%以上であり、化学修飾を行わなくても安定性の向上した酵素組成物が得られることがわかる。
【0089】
[調製例2:修飾PDHの調製]
調製例1と同様の方法により、培養・遠心分離・透析を行い、可溶化膜画分を得た。
【0090】
この可溶化膜画分をFPLC(Fast Protein Liquid Chromatography)にてResourceQ 6mLで夾雑するグルコース脱水素酵素を除いたポリオール脱水素酵素活性画分を得た。この画分を0.1g/100mL Triton(登録商標)X−100を含む20mM MOPS緩衝液(pH7.5)で一晩透析することにより、蛋白濃度1mg/mL、比活性30U/mg蛋白の酵素標品(グルコノバクター・オキシダンス由来PDHとも称する)を得た。
【0091】
次いで、該グルコノバクター・オキシダンス由来PDH(比活性30U/mg蛋白、蛋白濃度1mg/mL)に、0.1g/100mL Triton(登録商標)X−100を含む20mM MOPS緩衝液(pH7.5)を加え、蛋白濃度を0.625mg/mLとなるように調整した。調製したPDH(比活性30U/mg蛋白、蛋白濃度0.625mg/mL) 40mLに、終濃度0.2g/100mLになるように1g/100mL グルタルアルデヒド溶液 10mLを加え、20℃で60分間穏やかに撹拌した。
【0092】
続いて、0.5M トリス塩酸緩衝液(pH8.0)を50mL加え、20℃で30分間反応させることにより架橋反応を停止した。反応終了後、0.1g/100mL Triton(登録商標)X−100を含む10mM グリシルグリシン−NaOH緩衝液(pH 7.5)で一晩透析することにより蛋白濃度0.25mg/mL、比活性28U/mg蛋白の修飾PQQ依存性PDH溶液を得た。
【0093】
[比較例2]
(1)修飾PQQ依存性PDH溶液の濃縮
調製例2で得られた修飾PQQ依存性PDH溶液(蛋白濃度0.25mg/mL、比活性28U/mg蛋白) 50mLをそのまま限外ろ過(分画分子量:50,000)し、蛋白濃度が5mg/mL以上となるように濃縮した。
【0094】
(2)280nmにおける吸光度の調整
上記で得た修飾PQQ依存性PDHの濃縮溶液をローリー法(BIO RAD社製、DC protein assay)により蛋白濃度を測定した。測定後、10mM グリシルグリシン−NaOH緩衝液(pH 7.5)を加えることにより、PQQ依存性PDH溶液中の蛋白濃度を5mg/mLに調整した。この酵素溶液の280nmにおける吸光度を分光光度計(株式会社島津製作所製)を用いて測定した。
【0095】
(3)粉末安定性の検討
(2)で得られた修飾PQQ依存性PDH溶液(蛋白濃度:5mg/mL)に対蛋白量あたりそれぞれ60%、5%となるようにトレハロースおよび硫酸マグネシウムを添加した。
【0096】
添加後、ゆるく撹拌し、−80℃で凍結させた。凍結後、凍結乾燥を24時間行い粉末状の酵素組成物を得た。得られた酵素組成物を37℃で1週間、インキュベートした後の酵素活性を測定した。凍結乾燥直後の酵素組成物の酵素活性を測定し、その凍結乾燥直後の酵素組成物の酵素活性を100%とした場合の、37℃で1週間インキュベートした後の残存活性(単位:%)を算出した。結果を表2に示す。
【0097】
【表2】

【0098】
表2から、修飾PQQ依存性PDHを用いた場合(比較例2)には酵素の残存活性は280nmにおける吸光度が16を超える、すなわち、酵素組成物中に高濃度のTritonX−100が含まれる場合であっても、未修飾PQQ依存性PDHを用いた場合(比較例1)に比べて酵素の残存活性の低下が小さいことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0099】
本発明によれば、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素の凍結乾燥後の経時的な酵素の安定性を向上させることが可能であるため、本発明の酵素組成物は、正確にポリオールを定量することにおいて好適に使用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素と、ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)と、緩衝剤と、を含むポリオール脱水素酵素組成物であって、
前記酵素組成物を、ローリー法により測定された蛋白濃度が5mg/mlである溶液とした場合の280nmにおける吸光度が6〜16の範囲である、ポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項2】
前記緩衝剤がグリシルグリシンである、請求項1に記載のポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項3】
前記ポリオール脱水素酵素は、グリセロール脱水素酵素であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載のポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項4】
非還元糖をさらに含有する、請求項1〜3のいずれか1項に記載のポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項5】
2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物をさらに含有する、請求項1〜4のいずれか1項に記載のポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項6】
前記非還元糖は、トレハロースおよびラフィノースの少なくとも一方を含有する請求項4に記載のポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項7】
前記金属化合物は、カルシウムを含む化合物およびマグネシウムを含む化合物からなる群より選択される少なくとも一種である、請求項5に記載のポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項8】
固体形態である、請求項1〜7のいずれか1項に記載のポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載のポリオール脱水素酵素組成物を含む、ポリオール測定試薬。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載のポリオール脱水素酵素組成物をポリオールと反応させる段階を有する、ポリオールの定量方法。
【請求項11】
補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素と、ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)と、緩衝液と、を含み、前記ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)の濃度が0.1w/v%未満である酵素溶液を限外ろ過する工程を有する、ポリオール脱水素酵素組成物の製造方法。
【請求項12】
前記ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)の濃度が臨界ミセル濃度未満である酵素溶液を限外ろ過する工程を有する、請求項11に記載のポリオール脱水素酵素組成物の製造方法。
【請求項13】
前記限外ろ過されて得た酵素組成物を凍結乾燥する工程をさらに有する、請求項11および12に記載のポリオール脱水素酵素組成物の製造方法。

【公開番号】特開2010−233532(P2010−233532A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−86766(P2009−86766)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【出願人】(000106771)シーシーアイ株式会社 (245)
【出願人】(503195850)有限会社アルティザイム・インターナショナル (31)
【Fターム(参考)】