説明

ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、その製造方法、それからなる成形体ならびに複合成形体およびその製造方法

【課題】極めて優れたレーザー透過性およびレーザー溶着性を有するポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、成形体およびそれを用いた複合成形体を提供する。
【解決手段】(A)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部に対し、(C)有機リン系化合物を0.01〜5重量部配合してなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、上記組成物からなる成形体をレーザー溶着してなる複合成形体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、極めて優れたレーザー透過性およびレーザー溶着性を有するポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、成形体およびそれを用いた複合成形体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、製品形状の複雑化に伴う各パーツの接合においては、接着剤による接合、ボルトなどによる機械的接合などが行われてきた。しかしながら、接着剤ではその接着強度が、また、ボルトなどによる機械的接合では、費用、締結の手間、重量増が問題となっている。一方、レーザー溶着、熱板溶着などの外部加熱溶着、振動溶着、超音波溶着などの摩擦熱溶着に関しては短時間で接合が可能であり、また、接着剤や金属部品を使用しないので、それにかかるコストや重量増、環境汚染等の問題が発生しないことから、これらの方法による組立が増えてきている。
【0003】
外部加熱溶着のひとつであるレーザー溶着は、例えば、特許文献1に開示されているように重ね合わせた樹脂成形体にレーザー光を照射し、照射した一方を透過させてもう一方で吸収させ溶融、融着させる工法であり、三次元接合が可能、非接触加工、バリ発生が無いなどの利点を利用して、幅広い分野に広がりつつある工法である。
【0004】
この工法において、レーザー光線透過側成形体に適用する樹脂材料においては、レーザー光線を透過する特徴が必要であり、レーザー光線透過率の低い成形体をレーザー光線透過側成形体に用いた場合、レーザー光線入射表面で溶融、発煙するなどの不具合を生じる可能性が考えられる。例えば、透過側成形体のレーザー溶着部位の透過率が15%以下ではレーザー溶着を容易かつ十分に行うことが困難であることが特許文献2に記載されており、レーザー溶着時の信頼性を考慮すると、レーザー透過材のレーザー溶着部位の透過率は20%以上であることが好ましい。
【0005】
ポリフェニレンスルフィド樹脂は、機械的特性、耐熱性、耐薬品性および薄肉流動性をバランスよく備えているため、電気・電子部品および自動車部品などに広く用いられている。しかしながら、ポリフェニレンスルフィド樹脂はレーザー透過性が低く、レーザー光線の透過性向上のためには薄肉化による対応が必要である。そのため、強度が必要とされる用途への展開が困難であった。そのため、特許文献2では高分子量のポリフェニレンスルフィド樹脂を用いているが、分子量の高いポリフェニレンスルフィド樹脂を用いるだけでは高いレーザー透過性を得ることが出来ないことを本発明者等の検討で確認している。また、特許文献3ではL値の高いポリアリーレンサルファイド樹脂にリン系安定剤を用いているが、使用されているリン系安定剤では満足しうるレーザー透過率の向上が見込めないことを確認している。更に特許文献4では降温結晶化温度を規定したポリフェニレンスルフィド樹脂を用いたレーザー溶着用PPS樹脂が考案されており、確かに透過率は向上するものの、レーザー溶着に十分はレーザー透過率には至らない。
【特許文献1】特開2001−26656号公報([0008]〜[0024]段落)
【特許文献2】特開2006−168221号公報(特許請求の範囲、[0005]段落)
【特許文献3】特開2005−336229号公報(特許請求の範囲)
【特許文献4】特開2005−15792号公報(特許請求の範囲)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上述した従来技術における問題点を解消し、ポリフェニレンスルフィドの特徴である射出成形による製品設計自由度を低下させることなく、かつ、高いレーザー透過性、溶着性を兼ね備え、レーザー光線透過側成形体としての実用性に極めて優れた樹脂組成物および成形体を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記問題点を解決するため鋭意検討を重ねた結果、本発明に至った。
【0008】
すなわち本発明は
1.(A)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部に対し、(C)下記(1)式で表される有機リン系化合物を0.01〜5重量部配合してなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、
【0009】
【化1】

【0010】
(式中、R1は水素原子、アルキル基、置換アルキル基、アリール基、置換アリール基およびアルコキシ基から選ばれる基、R2〜6はアルキル基、置換アルキル基、アリール基、置換アリール基およびアルコキシ基から選ばれる基を示す。)
2.さらに(B)フィラーを1〜600重量部配合してなる1記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、
3.(B)フィラーが(B1)単繊維径が12μm以上であるガラス繊維、および(B2)平均粒子径が30μm以上である非繊維状フィラーから選択される1種以上である、2記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、
4.(B)フィラーの屈折率が1.6〜1.8である、2または3記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、
5.さらに、(D)ガラス転移温度が130℃以上の非晶性樹脂を(A)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部に対して1〜200重量部配合してなる、1〜4いずれか記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、
6.さらに、(E)エラストマーを(A)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部に対して0.5〜20重量部配合してなる、1〜5いずれか記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、
7.さらに、(F)シラン化合物を(A)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部に対して0.01〜5重量部配合してなる、1〜6いずれか記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、
8.さらに、(G)結晶核剤を(A)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部に対して0.01〜5重量部配合してなる、1〜7いずれか記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、
9.1〜8のいずれか記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を溶融混練することを特徴とするポリフェニレンスルフィド樹脂組成物の製造方法、
10.酸素濃度15体積%以下の雰囲気下で溶融混練することを特徴とする9記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物の製造方法、
11.1〜8いずれか記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を射出成形してなる成形体、
12.11記載の成形体をレーザー溶着した複合成形体、
13.11記載の成形体をレーザー光線透過側とし、レーザー透過部厚みを10mm以下としてレーザー溶着する複合成形体の製造方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明のレーザー溶着用途に特に優れたポリフェニレンスルフィド樹脂組成物は、レーザー透過性、溶着性と耐熱性が均衡して優れる。そのため、電気・電子関連機器、精密機械関連機器、事務用機器、自動車・車両関連部品、建材、包装材、家具、日用雑貨などの各種用途の樹脂成形体のレーザー溶着接合に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態を説明する。本発明において「重量」とは「質量」を意味する。
【0013】
本発明のポリフェニレンスルフィド(以下PPSと称す)樹脂組成物は、(A)PPS樹脂100重量部に対して(C)下記(1)式で表される有機リン系化合物を0.01〜5重量部配合することにより、はじめてレーザー溶着性に極めて優れた組成物を得られるものである。
【0014】
【化2】

【0015】
(式中、R1は水素原子、アルキル基、置換アルキル基、アリール基、置換アリール基およびアルコキシ基から選ばれる基、R2〜6はアルキル基、置換アルキル基、アリール基、置換アリール基およびアルコキシ基から選ばれる基を示す。)
【0016】
本発明の(A)PPS樹脂、(B)フィラー、(C)有機リン系化合物、(D)ガラス転移温度130℃以上の非晶樹脂、(E)エラストマー、(F)シラン化合物、(G)結晶核剤、について順に説明する。
【0017】
(A)PPS樹脂
本発明で使用するPPS樹脂とは、下記構造式で示される繰り返し単位を有する重合体であり、
【0018】
【化3】

【0019】
繰り返し単位を70モル%以上、特に90モル%以上、さらには98モル%以上含む重合体であることが耐熱性の点で好ましい。また、PPS樹脂は、その繰り返し単位の30モル%未満を、下記の構造を有する繰り返し単位等で構成されることが可能である。
【0020】
【化4】

【0021】
本発明のPPS樹脂の分子量には特に制限はないが、重量平均分子量が30,000以上が好ましく、35,000以上であることがより好ましい。この範囲にすることで、高いレーザー透過性が得られるため、好ましい。
【0022】
以下に、本発明に用いる(A)PPS樹脂の製造方法について説明するが、上記構造、条件を満たす(A)PPS樹脂が得られれば下記方法に限定されるものではない。
【0023】
まず、製造方法において使用するポリハロゲン芳香族化合物、スルフィド化剤、重合溶媒、分子量調節剤、重合助剤および重合安定剤の内容について説明する。
【0024】
[ポリハロゲン化芳香族化合物]
ポリハロゲン化芳香族化合物とは、1分子中にハロゲン原子を2個以上有する化合物をいう。具体例としては、p−ジクロロベンゼン、m−ジクロロベンゼン、o−ジクロロベンゼン、1,3,5−トリクロロベンゼン、1,2,4−トリクロロベンゼン、1,2,4,5−テトラクロロベンゼン、ヘキサクロロベンゼン、2,5−ジクロロトルエン、2,5−ジクロロ−p−キシレン、1,4−ジブロモベンゼン、1,4−ジヨードベンゼン、1−メトキシ−2,5−ジクロロベンゼンなどのポリハロゲン化芳香族化合物が挙げられ、好ましくはp−ジクロロベンゼンが用いられる。また、異なる2種以上のポリハロゲン化芳香族化合物を組み合わせて共重合体とすることも可能であるが、p−ジハロゲン化芳香族化合物を主要成分とすることが好ましい。
【0025】
ポリハロゲン化芳香族化合物の使用量は、本発明の目的に適した分子量の(A)PPS樹脂を得る点から、スルフィド化剤1モル当たり0.9から2.0モル、好ましくは0.95から1.5モル、更に好ましくは1.005から1.2モルの範囲が例示できる。
【0026】
[スルフィド化剤]
スルフィド化剤としては、アルカリ金属硫化物、アルカリ金属水硫化物、および硫化水素が挙げられる。
【0027】
アルカリ金属硫化物の具体例としては、例えば硫化リチウム、硫化ナトリウム、硫化カリウム、硫化ルビジウム、硫化セシウムおよびこれら2種以上の混合物を挙げることができ、なかでも硫化ナトリウムが好ましく用いられる。これらのアルカリ金属硫化物は、水和物または水性混合物として、あるいは無水物の形で用いることができる。
【0028】
アルカリ金属水硫化物の具体例としては、例えば水硫化ナトリウム、水硫化カリウム、水硫化リチウム、水硫化ルビジウム、水硫化セシウムおよびこれら2種以上の混合物を挙げることができ、なかでも水硫化ナトリウムが好ましく用いられる。これらのアルカリ金属水硫化物は、水和物または水性混合物として、あるいは無水物の形で用いることができる。
【0029】
また、アルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物から、反応系においてin situで調製されるアルカリ金属硫化物も用いることができる。また、アルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物からアルカリ金属硫化物を調整し、これを重合槽に移して用いることができる。
【0030】
あるいは、水酸化リチウム、水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物と硫化水素から反応系においてin situで調製されるアルカリ金属硫化物も用いることができる。また、水酸化リチウム、水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物と硫化水素からアルカリ金属硫化物を調整し、これを重合槽に移して用いることができる。
【0031】
仕込みスルフィド化剤の量は、脱水操作などにより重合反応開始前にスルフィド化剤の一部損失が生じる場合には、実際の仕込み量から当該損失分を差し引いた残存量を意味するものとする。
【0032】
なお、スルフィド化剤と共に、アルカリ金属水酸化物および/またはアルカリ土類金属水酸化物を併用することも可能である。アルカリ金属水酸化物の具体例としては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化ルビジウム、水酸化セシウムおよびこれら2種以上の混合物を好ましいものとして挙げることができ、アルカリ土類金属水酸化物の具体例としては、例えば水酸化カルシウム、水酸化ストロンチウム、水酸化バリウムなどが挙げられ、なかでも水酸化ナトリウムが好ましく用いられる。
【0033】
スルフィド化剤として、アルカリ金属水硫化物を用いる場合には、アルカリ金属水酸化物を同時に使用することが特に好ましいが、この使用量はアルカリ金属水硫化物1モルに対し0.95から1.20モル、好ましくは1.00から1.15モル、更に好ましくは1.005から1.100モルの範囲が例示できる。
【0034】
[重合溶媒]
重合溶媒としては有機極性溶媒を用いるのが好ましい。具体例としては、N−メチル−2−ピロリドン、N−エチル−2−ピロリドンなどのN−アルキルピロリドン類、N−メチル−ε−カプロラクタムなどのカプロラクタム類、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、ヘキサメチルリン酸トリアミド、ジメチルスルホン、テトラメチレンスルホキシドなどに代表されるアプロチック有機溶媒、およびこれらの混合物などが挙げられ、これらはいずれも反応の安定性が高いために好ましく使用される。これらのなかでも、特にN−メチル−2−ピロリドン(以下、NMPと略記することもある)が好ましく用いられる。
【0035】
有機極性溶媒の使用量は、スルフィド化剤1モル当たり2.0モルから10モル、好ましくは2.25から6.0モル、より好ましくは2.5から5.5モルの範囲が選ばれる。
【0036】
[分子量調節剤]
生成する(A)PPS樹脂の末端を形成させるか、あるいは重合反応や分子量を調節するなどのために、モノハロゲン化合物(必ずしも芳香族化合物でなくともよい)を、上記ポリハロゲン化芳香族化合物と併用することができる。
【0037】
[重合助剤]
比較的高重合度の(A)PPS樹脂をより短時間で得るために重合助剤を用いることも好ましい態様の一つである。ここで重合助剤とは得られる(A)PPS樹脂の重合度を増大させる作用を有する物質を意味する。このような重合助剤の具体例としては、例えば有機カルボン酸塩、水、アルカリ金属塩化物、有機スルホン酸塩、硫酸アルカリ金属塩、アルカリ土類金属酸化物、アルカリ金属リン酸塩およびアルカリ土類金属リン酸塩などが挙げられる。これらは単独であっても、また2種以上を同時に用いることもできる。なかでも、有機カルボン酸塩、水、およびアルカリ金属塩化物が好ましく、さらに有機カルボン酸塩としてはアルカリ金属カルボン酸塩が、アルカリ金属塩化物としては塩化リチウムが好ましい。
【0038】
上記アルカリ金属カルボン酸塩とは、一般式R(COOM)n(式中、Rは、炭素数1〜20を有するアルキル基、シクロアルキル基、アリール基、アルキルアリール基またはアリールアルキル基である。Mは、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウムおよびセシウムから選ばれるアルカリ金属である。nは1〜3の整数である。)で表される化合物である。アルカリ金属カルボン酸塩は、水和物、無水物または水溶液としても用いることができる。アルカリ金属カルボン酸塩の具体例としては、例えば、酢酸リチウム、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、プロピオン酸ナトリウム、吉草酸リチウム、安息香酸ナトリウム、フェニル酢酸ナトリウム、p−トルイル酸カリウム、およびそれらの混合物などを挙げることができる。
【0039】
アルカリ金属カルボン酸塩は、有機酸と、水酸化アルカリ金属、炭酸アルカリ金属塩および重炭酸アルカリ金属塩よりなる群から選ばれる一種以上の化合物とを、ほぼ等化学当量ずつ添加して反応させることにより形成させてもよい。上記アルカリ金属カルボン酸塩の中で、リチウム塩は反応系への溶解性が高く助剤効果が大きいが高価であり、カリウム、ルビジウムおよびセシウム塩は反応系への溶解性が不十分であると思われるため、安価で、重合系への適度な溶解性を有する酢酸ナトリウムが最も好ましく用いられる。
【0040】
これらアルカリ金属カルボン酸塩を重合助剤として用いる場合の使用量は、仕込みアルカリ金属硫化物1モルに対し、通常0.01モル〜2モルの範囲であり、より高い重合度を得る意味においては0.1〜0.6モルの範囲が好ましく、0.2〜0.5モルの範囲がより好ましい。
【0041】
また水を重合助剤として用いる場合の添加量は、仕込みアルカリ金属硫化物1モルに対し、通常0.3モル〜15モルの範囲であり、より高い重合度を得る意味においては0.6〜10モルの範囲が好ましく、1〜5モルの範囲がより好ましい。これら重合助剤は2種以上を併用することももちろん可能であり、例えばアルカリ金属カルボン酸塩と水を併用すると、それぞれより少量で高分子量化が可能となる。
【0042】
これら重合助剤の添加時期には特に指定はなく、後述する前工程時、重合開始時、重合途中のいずれの時点で添加してもよく、また複数回に分けて添加してもよいが、重合助剤としてアルカリ金属カルボン酸塩を用いる場合は前工程開始時或いは重合開始時に同時に添加することが、添加が容易である点からより好ましい。また水を重合助剤として用いる場合は、ポリハロゲン化芳香族化合物を仕込んだ後、重合反応途中で添加することが効果的である。
【0043】
[重合安定剤]
重合反応系を安定化し、副反応を防止するために、重合安定剤を用いることもできる。重合安定剤は、重合反応系の安定化に寄与し、望ましくない副反応を抑制する。副反応の一つの目安としては、チオフェノールの生成が挙げられ、重合安定剤の添加によりチオフェノールの生成を抑えることができる。重合安定剤の具体例としては、アルカリ金属水酸化物、アルカリ金属炭酸塩、アルカリ土類金属水酸化物、およびアルカリ土類金属炭酸塩などの化合物が挙げられる。そのなかでも、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、および水酸化リチウムなどのアルカリ金属水酸化物が好ましい。上述のアルカリ金属カルボン酸塩も重合安定剤として作用するので、重合安定剤の一つに入る。また、スルフィド化剤としてアルカリ金属水硫化物を用いる場合には、アルカリ金属水酸化物を同時に使用することが特に好ましいことを前述したが、ここでスルフィド化剤に対して過剰となるアルカリ金属水酸化物も重合安定剤となり得る。
【0044】
これら重合安定剤は、それぞれ単独で、あるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。重合安定剤は、仕込みアルカリ金属硫化物1モルに対して、通常0.02〜0.2モル、好ましくは0.03〜0.1モル、より好ましくは0.04〜0.09モルの割合で使用することが好ましい。この割合が少ないと安定化効果が不十分であり、逆に多すぎても経済的に不利益であったり、ポリマー収率が低下する傾向となる。
【0045】
重合安定剤の添加時期には特に指定はなく、後述する前工程時、重合開始時、重合途中のいずれの時点で添加してもよく、また複数回に分けて添加してもよいが、前工程開始時或いは重合開始時に同時に添加することが添加が容易である点からより好ましい。
【0046】
次に、本発明に用いる(A)PPS樹脂の製造方法について、前工程、重合反応工程、回収工程、および後処理工程と、順を追って具体的に説明する。
【0047】
[前工程]
(A)PPS樹脂の製造方法において、スルフィド化剤は通常水和物の形で使用されるが、ポリハロゲン化芳香族化合物を添加する前に、有機極性溶媒とスルフィド化剤を含む混合物を昇温し、過剰量の水を系外に除去することが好ましい。
【0048】
また、上述したように、スルフィド化剤として、アルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物から、反応系においてin situで、あるいは重合槽とは別の槽で調製されるスルフィド化剤も用いることができる。この方法には特に制限はないが、望ましくは不活性ガス雰囲気下、常温〜150℃、好ましくは常温から100℃の温度範囲で、有機極性溶媒にアルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物を加え、常圧または減圧下、少なくとも150℃以上、好ましくは180〜260℃まで昇温し、水分を留去させる方法が挙げられる。この段階で重合助剤を加えてもよい。また、水分の留去を促進するために、トルエンなどを加えて反応を行ってもよい。
【0049】
重合反応における、重合系内の水分量は、仕込みスルフィド化剤1モル当たり0.3〜10.0モルであることが好ましい。ここで重合系内の水分量とは重合系に仕込まれた水分量から重合系外に除去された水分量を差し引いた量である。また、仕込まれる水は、水、水溶液、結晶水などのいずれの形態であってもよい。
【0050】
[重合反応工程]
有機極性溶媒中でスルフィド化剤とポリハロゲン化芳香族化合物とを200℃以上290℃未満の温度範囲内で反応させることにより(A)PPS樹脂を製造する。
【0051】
重合反応工程を開始するに際しては、望ましくは不活性ガス雰囲気下、常温〜240℃、好ましくは100〜230℃の温度範囲で、有機極性溶媒とスルフィド化剤とポリハロゲン化芳香族化合物を混合する。この段階で重合助剤を加えてもよい。これらの原料の仕込み順序は、順不同であってもよく、同時であってもさしつかえない。
【0052】
かかる混合物を通常200℃〜290℃の範囲に昇温する。昇温速度に特に制限はないが、通常0.01〜5℃/分の速度が選択され、0.1〜3℃/分の範囲がより好ましい。
【0053】
一般に、最終的には250〜290℃の温度まで昇温し、その温度で通常0.25〜50時間、好ましくは0.5〜20時間反応させる。
【0054】
最終温度に到達させる前の段階で、例えば200℃〜260℃で一定時間反応させた後、270〜290℃に昇温する方法は、より高い重合度を得る上で有効である。この際、200℃〜260℃での反応時間としては、通常0.25時間から20時間の範囲が選択され、好ましくは0.25〜10時間の範囲が選ばれる。
【0055】
なお、より高重合度のポリマーを得るためには、複数段階で重合を行うことが有効である場合がある。複数段階で重合を行う際は、245℃における系内のポリハロゲン化芳香族化合物の転化率が、40モル%以上、好ましくは60モル%に達した時点であることが有効である。
【0056】
なお、ポリハロゲン化芳香族化合物(ここではPHAと略記)の転化率は、以下の式で算出した値である。PHA残存量は、通常、ガスクロマトグラフ法によって求めることができる。
・ポリハロゲン化芳香族化合物をアルカリ金属硫化物に対しモル比で過剰に添加した場合
転化率=〔PHA仕込み量(モル)−PHA残存量(モル)〕/〔PHA仕込み量(モル)−PHA過剰量(モル)〕
・上記以外の場合
転化率=〔PHA仕込み量(モル)−PHA残存量(モル)〕/〔PHA仕込み量(モル)〕
【0057】
[回収工程]
(A)PPS樹脂の製造方法においては、重合終了後に、重合体、溶媒などを含む重合反応物から固形物を回収する。(A)PPS樹脂は、公知の如何なる回収方法を採用しても良い。
【0058】
例えば、重合反応終了後、徐冷して粒子状のポリマーを回収する方法を用いても良い。この際徐冷工程の全工程において同一速度で徐冷しても良いし、冷却温度に応じて徐冷速度を変更してもよい。冷却の全工程を同一速度で徐冷する場合、徐冷速度には特に制限は無く、通常0.1℃/分〜3℃/分程度である。徐冷速度を変更する場合、少なくともポリマーが析出する±10℃では通常0.1℃/分〜3℃/分程度の徐冷速度が必要であるが、ポリマー析出前、および析出後は1℃/分以上の速度で徐冷する方法などを採用しても良い。このポリマー析出温度としては、前述した有機極性溶媒の好ましい使用量範囲においては約180℃〜約250℃が例示できる。
【0059】
また上記の回収を急冷条件下に行うことも一つの方法であり、この回収方法の好ましい一つの方法としてはフラッシュ法が挙げられる。フラッシュ法とは、重合反応物を高温高圧(通常250℃以上、8kg/cm以上)の状態から常圧もしくは減圧の雰囲気中へフラッシュさせ、溶媒回収と同時に重合体を粉末状にして回収する方法であり、ここでいうフラッシュとは、重合反応物をノズルから噴出させることを意味する。フラッシュさせる雰囲気は、具体的には例えば常圧中の窒素または水蒸気が挙げられ、その温度は通常150℃〜250℃の範囲が選ばれる。
【0060】
[後処理工程]
(A)PPS樹脂は、上記重合、回収工程を経て生成した後、酸処理、カルボン酸金属塩処理、熱水処理または有機溶媒による洗浄を施されたものであってもよい。
【0061】
酸処理を行う場合は次のとおりである。(A)PPS樹脂の酸処理に用いる酸は、(A)PPS樹脂を分解する作用を有しないものであれば特に制限はなく、酢酸、塩酸、硫酸、リン酸、珪酸、炭酸およびプロピル酸などが挙げられ、なかでも酢酸および塩酸がより好ましく用いられるが、硝酸のような(A)PPS樹脂を分解、劣化させるものは好ましくない。
【0062】
酸処理の方法は、酸または酸の水溶液に(A)PPS樹脂を浸漬せしめるなどの方法があり必要により適宜撹拌または加熱することも可能である。例えば、酢酸を用いる場合、pH4の水溶液を80〜200℃に加熱した中にPPS樹脂粉末を浸漬し、30分間撹拌することにより十分な効果が得られる。処理後のpHは4以上例えばpH4〜8程度となっても良い。酸処理を施された(A)PPS樹脂は残留している酸または塩などを除去するため、水または温水で数回洗浄することが好ましい。洗浄に用いる水は、酸処理による(A)PPS樹脂の好ましい化学的変性の効果を損なわない意味で、蒸留水、脱イオン水であることが好ましい。酸処理は本発明のレーザー透過性の向上には好適な処理方法である。
【0063】
また、カルボン酸金属塩水溶液処理の方法は上述した酸処理と同様に(A)PPS樹脂を含浸せしめる方法などがあり、用いるカルボン酸金属塩の具体例としては、酢酸リチウム、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、酢酸カルシウム、酢酸マグネシウム、酢酸バリウム、プロピオン酸リチウム、プロピオン酸ナトリウム、プロピオン酸カリウム、プロピオン酸ナトリウム、プロピオン酸マグネシウム、プロピオン酸バリウム、2−メチルプロピオン酸リチウム、酪酸ルビジウム、吉草酸リチウム、吉草酸ナトリウム、吉草酸カリウム、吉草酸カルシウム、吉草酸マグネシウム、吉草酸バリウム、ヘキサン酸セシウム、ヘプタン酸リチウム、2−メチルオクタン酸リチウム、ドデカン酸カリウム、4−エチルエトラデカン酸ルビジウム、オクタデカン酸ナトリウム、ヘンエイコ酸ナトリウム、シクロヘキサンカルボン酸リチウム、シクロヘキサンカルボン酸カルシウム、シクロヘキサンカルボン酸マグネシウム、シクロドデカンカルボン酸セシウム、3−メチルシクロペンタンカルボン酸セシウム、シウロヘキシル酢酸カリウム、シウロヘキシル酢酸カルシウム、シウロヘキシル酢酸マグネシウム、安息香酸カリウム、安息香酸カルシウム、安息香酸マグネシウム、安息香酸バリウム、安息香酸アルミニウム、m−トルイル酸カリウム、フェニル酢酸リチウム、フェニル酢酸カルシウム、フェニル酢酸マグネシウム、4−フェニルシクロヘキサンカルボン酸ナトリウム、4−フェニルシクロヘキサンカルボン酸カルシウム、4−フェニルシクロヘキサンカルボン酸マグネシウム、p−トリル酢酸カリウム、p−トリル酢酸カルシウム、p−トリル酢酸マグネシウム、4−エチルシクロヘキシル酢酸リチウム、4−エチルシクロヘキシル酢酸カルシウム、4−エチルシクロヘキシル酢酸マグネシウム、その他同種類の塩、およびそれらの混合物などが挙げられ、酢酸ナトリウム、酢酸カルシウム、酢酸マグネシウムが好ましい。処理温度、時間、洗浄回数の好ましい条件としては上述の酸処理と同様の条件が挙げられる。
【0064】
熱水処理を行う場合は次のとおりである。(A)PPS樹脂を熱水処理するにあたり、熱水の温度を100℃以上、より好ましくは120℃以上、さらに好ましくは150℃以上、特に好ましくは170℃以上とすることが好ましい。このような温度範囲で熱水処理をすることにより(A)PPS樹脂の好ましい化学的変性の効果を得ることができるため好ましい。
【0065】
熱水洗浄による(A)PPS樹脂の好ましい化学的変性の効果を発現するため、使用する水は蒸留水あるいは脱イオン水であることが好ましい。熱水処理の操作に特に制限は無く、所定量の水に所定量の(A)PPS樹脂を投入し、圧力容器内で加熱、撹拌する方法、連続的に熱水処理を施す方法などにより行われる。(A)PPS樹脂と水との割合は、水の多い方が好ましいが、通常、水1リットルに対し、(A)PPS樹脂200g以下の浴比が選ばれる。
【0066】
また、処理の雰囲気は、末端基の分解は好ましくないので、これを回避するため不活性雰囲気下とすることが望ましい。さらに、この熱水処理操作を終えた(A)PPS樹脂は、残留している成分を除去するため温水で数回洗浄するのが好ましい。
【0067】
有機溶媒で洗浄する場合は次のとおりである。(A)PPS樹脂の洗浄に用いる有機溶媒は、(A)PPS樹脂を分解する作用などを有しないものであれば特に制限はなく、例えばN−メチル−2−ピロリドン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、1,3−ジメチルイミダゾリジノン、ヘキサメチルホスホラスアミド、ピペラジノン類などの含窒素極性溶媒、ジメチルスルホキシド、ジメチルスルホン、スルホランなどのスルホキシド・スルホン系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、アセトフェノンなどのケトン系溶媒、ジメチルエーテル、ジプロピルエーテル、ジオキサン、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒、クロロホルム、塩化メチレン、トリクロロエチレン、2塩化エチレン、パークロルエチレン、モノクロルエタン、ジクロルエタン、テトラクロルエタン、パークロルエタン、クロルベンゼンなどのハロゲン系溶媒、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、フェノール、クレゾール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコールなどのアルコール・フェノール系溶媒およびベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素系溶媒などが挙げられる。これらの有機溶媒のうちでも、N−メチル−2−ピロリドン、アセトン、ジメチルホルムアミドおよびクロロホルムなどの使用が特に好ましい。また、これらの有機溶媒は、1種類または2種類以上の混合で使用される。
【0068】
有機溶媒による洗浄の方法としては、有機溶媒中に(A)PPS樹脂を浸漬せしめるなどの方法があり、必要により適宜撹拌または加熱することも可能である。有機溶媒で(A)PPS樹脂を洗浄する際の洗浄温度については特に制限はなく、常温〜300℃程度の任意の温度が選択できる。洗浄温度が高くなる程洗浄効率が高くなる傾向があるが、通常は常温〜150℃の洗浄温度で十分効果が得られる。圧力容器中で、有機溶媒の沸点以上の温度で加圧下に洗浄することも可能である。また、洗浄時間についても特に制限はない。洗浄条件にもよるが、バッチ式洗浄の場合、通常5分間以上洗浄することにより十分な効果が得られる。また連続式で洗浄することも可能である。
【0069】
(A)PPS樹脂は、重合終了後に酸素雰囲気下においての加熱および過酸化物などの架橋剤を添加しての加熱による熱酸化架橋処理により高分子量化して用いることも可能である。
【0070】
熱酸化架橋による高分子量化を目的として乾式熱処理する場合には、その温度は160〜260℃が好ましく、170〜250℃の範囲がより好ましい。また、酸素濃度は5体積%以上、更には8体積%以上とすることが望ましい。酸素濃度の上限には特に制限はないが、50体積%程度が限界である。処理時間は、0.5〜100時間が好ましく、1〜50時間がより好ましく、2〜25時間がさらに好ましい。加熱処理の装置は通常の熱風乾燥機でもまた回転式あるいは撹拌翼付の加熱装置であってもよいが、効率よく、しかもより均一に処理する場合は、回転式あるいは撹拌翼付の加熱装置を用いるのがより好ましい。ただし、かかる熱酸化架橋は我々の検討では高レーザー透過性を得る観点から好ましい方法ではない。
【0071】
また、熱酸化架橋を抑制し、揮発分除去を目的として乾式熱処理を行うことが可能である。その温度は130〜250℃が好ましく、160〜250℃の範囲がより好ましい。また、この場合の酸素濃度は5体積%未満、更には2体積%未満とすることが望ましい。処理時間は、0.5〜50時間が好ましく、1〜20時間がより好ましく、1〜10時間がさらに好ましい。加熱処理の装置は通常の熱風乾燥機でもまた回転式あるいは撹拌翼付の加熱装置であってもよいが、効率よく、しかもより均一に処理する場合は、回転式あるいは撹拌翼付の加熱装置を用いるのがより好ましい。
【0072】
(B)フィラー
本発明ではさらに耐熱性、機械強度等の特性を向上させるために(B)フィラーを添加することが好ましい。添加する(B)フィラーの具体例としては、繊維状もしくは、板状、鱗片状、粒状、不定形状、破砕品など非繊維状の充填剤(無機充填剤でも有機充填剤でもよい)が挙げられ、具体的には例えば、芳香族ポリアミド繊維などの有機繊維、ガラス繊維、ステンレス繊維、アルミニウム繊維、バサルト繊維や黄銅繊維などの金属繊維、石膏繊維、セラミック繊維、アスベスト繊維、ジルコニア繊維、アルミナ繊維、シリカ繊維、酸化チタン繊維、炭化ケイ素繊維、ロックウール、アルミナ水和物(ウィスカー・板状)、チタン酸カリウムウィスカー、チタン酸バリウムウィスカー、ほう酸アルミニウムウィスカー、窒化ケイ素ウィスカー、タルク、カオリン、シリカ(破砕状・球状)、石英、炭酸カルシウム、ガラスビーズ、ガラスフレーク、破砕状・不定形状ガラス、ガラスマイクロバルーン、クレー、二硫化モリブデン、ワラステナイト、酸化アルミニウム(破砕状)、酸化チタン(破砕状)、酸化亜鉛などの金属酸化物、水酸化アルミニウムなどの金属水酸化物、窒化アルミニウム、ポリリン酸カルシウム、グラファイト、金属粉、金属フレーク、金属リボン、金属酸化物などが挙げられる。金属粉、金属フレーク、金属リボンの金属種の具体例としては銀、ニッケル、銅、亜鉛、アルミニウム、ステンレス、鉄、黄銅、クロム、錫などが例示できる。また、カーボン粉末、黒鉛、カーボンフレーク、鱗片状カーボン、カーボンナノチューブ、PAN系やピッチ系の炭素繊維、マイカなどのフィラーはレーザー溶着性を低下させるが、主に本発明のPPS樹脂組成物の着色を目的として、実用的なレーザー溶着性能を損なわない程度の少量を添加することは可能である。ガラス繊維あるいは炭素繊維の種類は、一般に樹脂の強化用に用いるものなら特に限定はなく、例えば長繊維タイプや短繊維タイプのチョップドストランド、ミルドファイバーなどから選択して用いることができる。
【0073】
本発明においては、上記フィラーのうち、レーザー溶着性に必須である赤外光の透過性から、単繊維径が12μm以上であるガラス繊維、平均粒子径が30μm以上の非繊維状フィラーであることが好ましい。なかでも単繊維径が15μm以上のガラス繊維、平均粒子径が50μm以上の非繊維状フィラーであることが好ましい。また、このようなガラス繊維の単繊維径の上限としては、強化材としての観点から35μm以下であることが好ましく、非繊維状フィラーの平均粒子径の上限としては成形時のゲート詰まりのトラブル回避の観点から上限としては1000μm以下であることが好ましい。また、透光性フィラーであることが好ましく、材質としては、具体的にはEガラス、Cガラス、Hガラス、アルミナ水和物、透光性アルミナ、酸化亜鉛、透光性窒化アルミニウム、シリカ、天然石英ガラス、合成石英ガラス、水酸化アルミニウムなどの金属水酸化物等が挙げられ、その形状としては繊維状もしくは、板状、鱗片状、粒状、不定形状、破砕品など非繊維状のものなどが挙げられる。なお、単繊維径はJIS−R3420 5,6に基づく試験法により測定した値である。平均粒子径は試料0.70gにエタノールを加え、3分間超音波分散させたものにレーザー光を照射させるマイクロトラック法により求めた数平均である。
【0074】
上記透光性フィラーの中では、屈折率が1.6〜1.8、好ましくは1.63〜1.77のものがレーザー透過率の点から特に好ましく、具体的にはHガラス、アルミナ水和物が特に好ましい。なお、ここでいう屈折率は同じ組成からなる10mm角の立方体状の試験片を用いて、プルフリッヒ屈折計により、全反射の臨界角による方法に基づいて測定されるものである。
【0075】
また、上記配合剤は機械強度と成形品そりのバランスを得るために2種以上を併用して使用することもでき、例えば、ガラス繊維とマイカあるいはガラスフレークとアルミナ(酸化アルミニウム)(粉砕状)、ガラス繊維とガラスビーズ、シリカと破砕状ガラス、ミルドファイバーと破砕状ガラス等が挙げられる。
【0076】
なお、本発明に使用する上記の充填剤はその表面を公知のカップリング剤(例えば、シラン系カップリング剤、チタネート系カップリング剤など)、その他の表面処理剤で処理して用いることもできる。
【0077】
本発明で用いられる(B)フィラーの配合量は、レーザー透過性、溶着性、耐熱性、および機械強度等のバランスから、(A)PPS樹脂100重量部に対して、1〜600重量部が好ましく、より好ましくは5〜150重量部、さらに好ましくは5〜100重量部、さらに好ましくは10〜70重量部である。(B)フィラー配合量を1重量部以上とすることで、十分な耐熱性および機械強度等を得ることができ、600重量部以下とすることで、機械強度および流動性を良好に保つことができるので好ましい。
【0078】
(C)有機リン系化合物
本発明において前記(1)式に示される構造を有している必要があり、この構造を有していればいずれのものも有効である。
【0079】
(1)式におけるR1は、水素、アルキル基、置換アルキル基、アリール基、置換アリール基およびアルコキシ基から選ばれ、好ましくは水素原子および炭素数5以下のアルキル基、置換アルキル基の場合である。この中でも水素原子またはメチル基が特に好ましい。
【0080】
(1)式におけるR2〜5は、アルキル基、置換アルキル基、アリール基、置換アリール基およびアルコキシ基から選ばれ、各々同一でも異なっていても良い。好ましい置換基は炭素数5以下のアルキル基、置換アルキル基の場合であり、第三ブチルまたは第三アミル等の第三アルキル基が特に好ましい。
【0081】
(1)式におけるR6は、アルキル基、置換アルキル基、アリール基、置換アリール基およびアルコキシ基から選ばれ、好ましくは炭素数30以下のアルキル基、置換アルキル基の場合である。中でも、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基が特に好ましい。
【0082】
本発明で用いられる(C)有機リン系化合物量は、レーザー透過性の観点から(A)PPS樹脂100重量部に対して、0.01〜5重量部、さらに好ましくは0.05〜2重量部である。(C)有機リン系化合物量を0.01重量部以上とすることで高いレーザー透過性が得られ、5重量部以下とすることでレーザー透過性の低下が抑制され、高いレーザー溶着特性が得られるため好ましい。
【0083】
本発明における(C)有機リン系化合物は上記配合量の範囲内であれば、1種でもよいし2種以上併用しても良い。また、2種類以上併用する際には、前記(1)式であらわされる有機リン系化合物を少なくとも1種使用すればよく、例えばペンタエリスリトール基含有リン系化合物やリン酸エステル化合物などの有機リン系化合物と併用することも可能である。
【0084】
(D)非晶性樹脂
本発明において、レーザー溶着性、および低ソリ性等の向上を目的として(D)ガラス転移温度が130℃以上の非晶性樹脂を添加することも可能である。(D)ガラス転移温度が130℃以上の非晶性樹脂の具体例としては、シクロオレフィンポリマー、シクロオレフィンコポリマー、ポリカーボネート、ポリフェニレンエーテル、ポリサルフォン、ポリエーテルサルフォン、ポリアリレート、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド等が挙げられ、中でも耐熱性、相溶性の点からポリアミドイミド、ポリアリレート、ポリエーテルサルフォン、ポリエーテルイミド、ポリサルフォン、ポリフェニレンエーテルが好ましく、ポリアミドイミド、ポリアリレート、ポリエーテルサルフォン、ポリエーテルイミド、ポリサルフォンが特に好ましい。また、ポリアミドイミド、ポリアリレート、ポリエーテルサルフォン、ポリエーテルイミド、ポリサルフォンは特にPPS樹脂に相溶した際にとりわけ優れたレーザー透過性が得られる点で特に好ましい。
【0085】
本発明で用いられる(D)ガラス転移温度が130℃以上の非晶性樹脂の配合量は、レーザー溶着性、低ソリ性、耐熱性、および機械強度等のバランスから、(A)PPS樹脂100重量部に対して、1〜200重量部、好ましくは1〜150重量部、より好ましくは1〜70重量部である。(D)ガラス転移温度が130℃以上の非晶性樹脂の配合量を1重量部以上とすることでレーザー溶着性および低ソリ性等の向上効果を得ることができるので好ましい。また、200重量部以下とすることで耐熱性、機械強度、および流動性を実用的な範囲に保つことができるので好ましい。また、上記非晶性樹脂はレーザー透過性と成形品そりのバランスを得るために2種以上を併用して使用することもできる。
【0086】
(E)エラストマー
さらに、本発明では耐衝撃性、および耐冷熱性を改良するために、(E)エラストマーを添加することが可能である。(E)エラストマーとしては、オレフィン系エラストマー、変性オレフィン系エラストマー、スチレン系エラストマーなどが挙げられる。
【0087】
オレフィン系エラストマーとしては、エチレン、プロピレン、ブテン−1、ペンテン−1、4−メチルペンテン−1、イソブチレンなどのα−オレフィン単独または2種以上を重合して得られる(共)重合体、α−オレフィンとアクリル酸、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸ブチル、メタクリル酸、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸ブチル、などのα,β−不飽和酸およびそのアルキルエステルとの共重合体などが挙げられる。オレフィン系エラストマーの具体例としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン/プロピレン共重合体(“/”は共重合を表す、以下同じ)、エチレン/ブテン−1共重合体、エチレン/アクリル酸メチル共重合体、エチレン/アクリル酸エチル共重合体、エチレン/アクリル酸ブチル共重合体、エチレン/メタクリル酸メチル共重合体、エチレン/メタクリル酸エチル共重合体、エチレン/メタクリル酸ブチル共重合体などが挙げられる。
【0088】
また、耐衝撃性、および耐冷熱性をさらに改良するために変性オレフィン系エラストマーを添加することが可能である。変性オレフィン系エラストマーは、上記したオレフィン系エラストマーにエポキシ基、酸無水物基、アイオノマーなどの官能基を有する単量体成分(官能基含有成分)を導入することにより得られるが、その官能基含有成分の例としては、無水マレイン酸、無水イタコン酸、無水シトラコン酸、エンドビシクロ[2.2.1]5−ヘプテン−2,3−ジカルボン酸、エンドビシクロ−[2.2.1]5−ヘプテン−2,3−ジカルボン酸無水物などの酸無水物基を含有する単量体、アクリル酸グリシジル、メタクリル酸グリシジル、エタクリル酸グリシジル、イタコン酸グリシジル、シトラコン酸グリシジルなどのエポキシ基を含有する単量体、カルボン酸金属錯体などのアイオノマーを含有する単量体が挙げられる。
【0089】
これら官能基含有成分を導入する方法は特に制限なく、前記オレフィン系エラストマーとして用いられるのと同様のオレフィン系(共)重合体を(共)重合する際に共重合せしめたり、オレフィン系(共)重合体にラジカル開始剤を用いてグラフト導入するなどの方法を用いることができる。官能基含有成分の導入量は変性オレフィン系(共)重合体を構成する全単量体に対して0.001〜40モル%、好ましくは0.01〜35モル%の範囲内であるのが適当である。
【0090】
特に有用なオレフィン重合体にエポキシ基、酸無水物基、アイオノマーなどの官能基を有する単量体成分を導入して得られるオレフィン(共)重合体の具体例としては、エチレン/プロピレン−g−メタクリル酸グリシジル共重合体(”g”はグラフトを表す、以下同じ)、エチレン/ブテン−1−g−メタクリル酸グリシジル共重合体、エチレン/アクリル酸グリシジル共重合体、エチレン/メタクリル酸グリシジル共重合体、エチレン/アクリル酸メチル/メタクリル酸グリシジル共重合体、エチレン/メタクリル酸メチル/メタクリル酸グリシジル共重合体、エチレン/プロピレン−g−無水マレイン酸共重合体、エチレン/ブテン−1−g−無水マレイン酸共重合体、エチレン/アクリル酸メチル−g−無水マレイン酸共重合体、エチレン/アクリル酸エチル−g−無水マレイン酸共重合体、エチレン/メタクリル酸メチル−g−無水マレイン酸共重合体、エチレン/メタクリル酸エチル−g−無水マレイン酸共重合体、エチレン/メタクリル酸共重合体の亜鉛錯体、エチレン/メタクリル酸共重合体のマグネシウム錯体、エチレン/メタクリル酸共重合体のナトリウム錯体などを挙げることができる。
【0091】
好ましいものとしては、エチレン/メタクリル酸グリシジル共重合体、エチレン/アクリル酸メチル/メタクリル酸グリシジル共重合体、エチレン/メタクリル酸メチル/メタクリル酸グリシジル共重合体、エチレン/ブテン−1−g−無水マレイン酸共重合体、エチレン/アクリル酸エチル−g−無水マレイン酸共重合体などが挙げられる。
【0092】
とりわけ好ましいものとしては、エチレン/メタクリル酸グリシジル共重合体、エチレン/アクリル酸メチル/メタクリル酸グリシジル共重合体、エチレン/メタクリル酸メチル/メタクリル酸グリシジル共重合体などが挙げられる。
【0093】
一方、スチレン系エラストマーの具体例としては、スチレン/ブタジエン共重合体、スチレン/エチレン/ブタジエン共重合体、スチレン/エチレン/プロピレン共重合体、スチレン/イソプレンン共重合体などが挙げられるが、なかでもスチレン/ブタジエン共重合体が好ましい。さらに好ましくは、スチレン/ブタジエン共重合体のエポキシ化物が挙げられる。
【0094】
(E)エラストマーの配合量は、(A)PPS樹脂100重量部に対して通常、0.5〜20重量部、好ましくは0.8〜10重量部、より好ましくは1〜6重量部である。
【0095】
また、上記エラストマーは耐衝撃性、耐冷熱性、およびレーザー透過性のバランスを得るために2種以上を併用して使用することもできる。
【0096】
(F)シラン化合物
また、本発明の効果、ならびに機械強度等の向上を目的として(F)シラン化合物を添加することが可能である。(F)シラン化合物としては、エポキシシラン化合物、アミノシラン化合物、ウレイドシラン化合物、イソシアネートシラン化合物のほか種々のものが使用できる。(B−6)シラン化合物の具体例としては、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリエトキシシシラン、β−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシランなどのエポキシ基含有アルコキシシラン化合物、γ−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ−メルカプトプロピルトリエトキシシランなどのメルカプト基含有アルコキシシラン化合物、γ−ウレイドプロピルトリエトキシシラン、γ−ウレイドプロピルトリメトキシシシラン、γ−(2−ウレイドエチル)アミノプロピルトリメトキシシランなどのウレイド基含有アルコキシシラン化合物、γ−イソシアナトプロピルトリエトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルトリメトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルメチルジメトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルメチルジエトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルエチルジメトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルエチルジエトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルトリクロロシランなどのイソシアナト基含有アルコキシシラン化合物、γ−(2−アミノエチル)アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ−(2−アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン、γ−アミノプロピルトリメトキシシランなどのアミノ基含有アルコキシシラン化合物、およびγ−ヒドロキシプロピルトリメトキシシラン、γ−ヒドロキシプロピルトリエトキシシランなどの水酸基含有アルコキシシラン化合物などが挙げられる。(F)シラン化合物の配合量は、本発明の効果、ならびに機械強度のバランスから、(A)PPS樹脂100重量部に対して、0.01〜5重量部、好ましくは0.05〜3重量部、より好ましくは0.1〜1重量部である。(F)シラン化合物の配合量を0.01重量部以上とすることで、本発明および機械強度等の向上効果が得ることができ、好ましい。また、5重量部以下とすることで、流動性の低下、成形時のガスの発生を実用的な範囲に押さえることができるので好ましい。また、上記シラン化合物は本発明の効果と機械強度等のバランスを得るために2種以上を併用して使用することもできる。
【0097】
(G)結晶核剤
また、本発明においては(G)結晶核剤(タルク、シリカ、カオリン、クレー、ハイドロタルサイト類、ポリエーテルエーテルケトン等)を配合することも可能である。
【0098】
本発明において、結晶核剤の配合は、レーザー溶着性の成形品部位ごとのバラツキを抑制することができる点で有効である。(G)結晶核剤の具体例としては、タルク、シリカ、カオリン、クレー、ハイドロタルサイト類、ポリエーテルエーテルケトン等が挙げられ、中でもレーザー溶着性、ならびにレーザー溶着性の成形品部位ごとのバラツキ抑制の点からタルク、ポリエーテルエーテルケトンが好ましい。本発明で用いられる(G)結晶核剤の配合量は、その量は結晶核剤の種類により異なるが、レーザー溶着性とレーザー溶着性の成形品部位ごとのバラツキ抑制のバランスから概ね(A)PPS樹脂100重量部に対して、0.01〜5重量部、好ましくは0.02〜3重量部、より好ましくは0.03〜1重量部である。(G)結晶核剤の配合量を0.01重量部以上とすることで、レーザー溶着性の成形品部位ごとのバラツキ抑制の効果を得ることができるので好ましく、5重量部以下とすることで、十分なレーザー透過性を維持することができるので好ましい。
【0099】
(その他の添加剤)
本発明におけるPPS樹脂組成物には、本発明の効果を損なわない範囲で他の成分、例えば耐熱安定剤(ヒンダードフェノール系、ヒドロキノン系、ホスファイト系およびこれらの置換体等)、耐候剤(レゾルシノール系、サリシレート系、ベンゾトリアゾール系、ベンゾフェノン系、ヒンダードアミン系等)、離型剤及び滑剤(モンタン酸及びその金属塩、そのエステル、そのハーフエステル、ステアリルアルコール、ステアラミド、各種ビスアミド、ビス尿素及びポリエチレンワックス等)、顔料(硫化カドミウム、フタロシアニン、着色用カーボンブラック等)、染料(ニグロシン等)、可塑剤(p−オキシ安息香酸オクチル、N−ブチルベンゼンスルホンアミド等)、帯電防止剤(アルキルサルフェート型アニオン系帯電防止剤、4級アンモニウム塩型カチオン系帯電防止剤、ポリオキシエチレンソルビタンモノステアレートのような非イオン系帯電防止剤、ベタイン系両性帯電防止剤等)、難燃剤(例えば、赤燐、燐酸エステル、メラミンシアヌレート、水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウム等の水酸化物、ポリリン酸アンモニウム、臭素化ポリスチレン、臭素化ポリフェニレンエーテル、臭素化ポリカーボネート、臭素化エポキシ樹脂あるいはこれらの臭素系難燃剤と三酸化アンチモンとの組み合わせ等)、さらに、本発明のPPS樹脂組成物には本発明の効果を損なわない範囲において、PPS以外の樹脂を添加配合しても良い。その具体例としては、ポリアミド樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、変性ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリアリルサルフォン樹脂、ポリケトン樹脂、ポリアリレート樹脂、液晶ポリマー、ポリエーテルケトン樹脂、ポリチオエーテルケトン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリイミド樹脂、四フッ化ポリエチレン樹脂、エポキシ基含有ポリオレフィンなどが挙げられる。
【0100】
また、改質を目的として、以下のような化合物の添加が可能である。ポリアルキレンオキサイドオリゴマ系化合物、チオエーテル系化合物、エステル系化合物などの可塑剤、有機リン化合物、ポリエーテルエーテルケトンなどの結晶核剤、モンタン酸ワックス類、、ステアリン酸バリウム、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸アルミ等の金属石鹸、エチレンジアミン・ステアリン酸・セバシン酸重縮合物、シリコーン系化合物などの離型剤、次亜リン酸塩などの着色防止剤、その他、水、滑剤、紫外線防止剤、着色剤、発泡剤などの通常の添加剤を配合することができる。
【0101】
本発明のPPS樹脂組成物の製造方法は、通常公知の方法で製造される。例えば、(A)PPS樹脂、(B)フィラー、(C)有機リン系化合物、(D)ガラス転移温度130℃以上の非晶樹脂、(E)エラストマー、(F)シラン化合物、(G)結晶核剤、およびその他の必要な添加剤を予備混合して、またはせずに押出機などに供給して十分溶融混練することにより調製される。また、(B)フィラーとして特に繊維状フィラーを配合する場合、その繊維の折損を抑制するために好ましくは、(A)PPS樹脂、(C)有機リン系化合物、(D)ガラス転移温度130℃以上の非晶樹脂、(E)エラストマー、(F)シラン化合物、(G)結晶核剤、その他の配合剤を押出機の元から投入し、(B)繊維状フィラーをサイドフィーダーを用いて、押出機へ供給することにより調製される。
【0102】
本発明の樹脂組成物を製造するに際し、例えば“ユニメルト”(R)タイプのスクリューを備えた単軸押出機、二軸、三軸押出機およびニーダタイプの混練機などを用いて180〜350℃で溶融混練して組成物とすることができる。
【0103】
押出機を用いた溶融混練から本発明のPPS樹脂組成物を得る場合、押出機内の酸素濃度を15体積%以下にすることが好ましい。該酸素濃度をつくりだす方法としては、減圧を行うか、ヘリウム、アルゴン、窒素などの不活性気体を押出機の原料投入口から送気する方法が例示できる。これらの気体は、1種類または2種類以上を混合して用いても良い。経済性の観点からすると減圧を行うか窒素を用いることが好ましい。酸素濃度を測定する方法としては、押出機原料投入口、シリンダー部分、そして減圧口等に酸素濃度センサーを取り付けて酸素濃度をモニターで監視する方法が例示できる。
【0104】
本発明のPPS樹脂組成物は、レーザー溶着性の向上を意図して、クロロホルム抽出量が0.5重量%以下であるようにすることが好ましいが、本発明の効果を高める上で0.3重量%以下であるようにすることがさらに好ましい。クロロホルム抽出量の下限については本発明の効果、ならびに耐熱性、機械強度等を損なわない範囲であれば特に制限はない。PPS樹脂組成物におけるクロロホルム抽出量を低減させるためには、クロロホルム抽出量の低いPPS樹脂を用いればよく、PPS樹脂のクロロホルム抽出量を低減させるためには、重合後のPPS樹脂を有機溶媒処理、酸処理又は加熱処理などの後処理(特に有機溶媒処理が好ましく、加熱処理を施す場合は、前述の好ましい方法で行なわれることが好ましい)を、所望のクロロホルム抽出量となるまで施す方法が通常用いられる。
【0105】
なお、クロロホルム抽出量は以下の方法で測定を行う。つまり、PPS樹脂の粉砕サンプルを32〜60meshで分級し、付着物除去のために30mlのメタノールで5回洗浄後、真空乾燥し試料2gを秤量する。2gの試料を20gのクロロホルムで、ソックスレー抽出器を用いて85℃、5時間全還流抽出(ソックスレー抽出)を行う。クロロホルムを回収し、23℃、1時間真空乾燥する。乾固後重量を抽出前の重量で除した値を算出する方法で測定する。
【0106】
また、本発明のPPS樹脂組成物からなる該組成物成形体の荷重0.46MPaにおける熱変形温度が230℃以上であることが好ましいが、本発明の効果を高める上で240℃以上が特に好ましく、260℃以上がさらに好ましい。
【0107】
なお、熱変形温度のパラメーターは、樹脂温度310℃、金型温度130℃にて射出成形した12.7mm(幅)×3.2mm(厚さ)×127mm(長さ)の試験片を、ASTM−D648に従い測定される0.46MPa荷重下の熱変形温度(荷重たわみ温度)とする。
【0108】
レーザー溶着の相手材の樹脂成形品を構成する樹脂としては、特に制限されず、種々の熱可塑性樹脂、例えば、オレフィン系樹脂、ビニル系樹脂、スチレン系樹脂、アクリル系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリカーボネート系樹脂、ポリアリレート系樹脂、ポリサルフォン系樹脂、ポリフェニレンオキサイド系樹脂、ポリエーテルサルフォン系樹脂、ポリエーテルイミド系樹脂、ポリエーテルケトン系樹脂、耐熱環状オレフィン系樹脂、各種液晶性ポリマー等が挙げられる。これらの樹脂のうち、前記PPS系樹脂組成物を構成する樹脂と同種類又は同系統の樹脂、又はその組成物で相手材を構成することが好ましい。同一もしくは類似組成物であれば、線膨張係数等も近いため、より好ましい。即ち、レーザー透過側の成形体とレーザー光を吸収して発熱する被着体とを、それぞれ本発明のPPS樹脂組成物で構成することが好ましい。
【0109】
上記の被着体材料は、レーザー光に対する吸収剤又は着色剤(染料又は顔料)を含んでいてもよい。着色剤はレーザー光の波長に応じて選択でき、無機顔料[カーボンブラック(例えば、アセチレンブラック、ランプブラック、サーマルブラック、ファーネスブラック、チャンネルブラック、ケッチェンブラック等)などの黒色顔料、酸化鉄赤などの赤色顔料、モリブテートオレンジなどの橙色顔料、酸化チタンなどの白色顔料等]、有機顔料[黄色顔料、橙色顔料、赤色顔料、青色顔料、緑色顔料等]、および各種染料等が挙げられる。これらのレーザー光の吸収剤は単独で又は2種以上組み合わせて使用できる。吸収剤としては、通常、黒色顔料又は染料、特にカーボンブラックが使用できる。カーボンブラックの平均粒子径は、通常、10〜1000nm、好ましくは10〜100nm程度であってもよい。着色剤はの割合は、被着体全体に対して0.1〜10重量%、好ましくは0.5〜5重量%(例えば、0.5〜3重量%)程度である。
【0110】
レーザー光源としては、特に制限されず、例えば、色素レーザー、気体レーザー(エキシマレーザー、アルゴンレーザー、クリプトンレーザー、ヘリウムーネオンレーザー等)、固体レーザー(YAGレーザー等)、半導体レーザー等が利用できる。レーザー光としては、通常、パルスレーザーが利用される。使用するレーザー溶着装置には、必要によりレンズ系を利用して、成形品の溶着界面にレーザー光を集光させ、接触界面を融着してもよい。本発明では、市販されている各種レーザー溶着装置の何れも使用できる。
【0111】
本発明のPPS樹脂組成物は、射出成形、押出成形、圧縮成形、吹込成形、射出圧縮成形、トランスファー成形、真空成形など一般的に熱可塑性樹脂の公知の成形方法により成形されるが、なかでも射出成形が好ましい。
【0112】
かくして得られる成形体は、レーザー溶着性を保持し、さらに耐熱性、低そり性であることを活かし、レーザー溶着して用いられる成形品、好ましくはレーザー光線透過側の成形体に用いられ、他の部材とレーザー溶着することにより、実用的な複合成形体を与えることができる。例えば、電気・電子用途、自動車用途、一般雑貨用途、建築部材等に有用であり、具体的には、パソコン、液晶プロジェクター、モバイル機器、携帯電話等の電子部品ケースおよびスイッチ類のモジュール品、リモコン内部接合部品、電装部品のモジュール品、エンジンルーム内のモジュール部品、スロットルボディー部品、インテークマニホールド、アンダーフード部品、ラジエター部品、インパネなどに用いるコックピットモジュール部品、あるいはエンジンコントロールユニットケース、コンデンサーケース、エレクトロニックコントロールユニットケース、エンジンコントロールユニットケース、中空容器、筐体、その他情報通信分野において電磁波などの遮蔽性を必要とする設置アンテナなどの部品、あるいは建築部材で高寸法精度を必要とする用途、特に軽量化等で金属代替が熱望されている自動車部品用途、電気・電子部品用途等のレーザー溶着して用いられる成形体に有用であり、特にレーザー溶着強度の観点から、各種用途の樹脂成形体のレーザー溶着接合のレーザー光線透過側の成形体に有用である。
【0113】
本発明の樹脂組成物はレーザー光線透過性に優れるため、レーザー光線による溶着部位のレーザー光線透過部の厚みが10mm以下の比較的厚い範囲であっても良好な接着力が得られ、特に3.5mm以下、さらには2.5mm以下であれば、より強い接着力が得られる。なお、実質的な成形体の強度および生産性を得るうえで下限厚みは0.1mmであることが好ましい。
【実施例】
【0114】
参考例1 PPS樹脂の製造
充填材入り精留塔を取り付けた撹拌機付きオートクレーブに濃度48wt%の水硫化ナトリウム水溶液2.923kg(水硫化ナトリウム換算で25.0モル)、濃度48wt%の水酸化ナトリウム水溶液2.188kg(水酸化ナトリウム換算で26.3モル)、NMP4.090kg(41.3モル)及び無水酢酸ナトリウム0.8kg(9.8モル)を室温で仕込んだ。常圧で窒素を通じて撹拌しながら240℃まで約2.5時間かけて徐々に加熱して2.658kgの水を留出した。このときに飛散した硫化水素は0.4モルであった。
【0115】
次にオートクレーブを180℃に冷却後、1,4−ジクロロベンゼン3.655kg(25.4モル)ならびにNMP3.345kg(33.8モル)を加えて、窒素下に密閉し、270℃まで160分かけて昇温後、270℃で80分反応した。反応後、水0.45kgを15分かけてオートクレーブに投入しながら250℃まで冷却した後、220℃まで75分かけて冷却を行った。その後、12.5リットルのNMP中に内容物を投入し85℃で30分撹拌後、80メッシュ金網で濾別して固形物を得た。得られた固形物を再度NMP12.5リットルで洗浄、濾過した。次に得られた固形物を25リットルの水(70℃)で3回洗浄、濾別した。ついで、得られた固形物に酢酸13gおよび水(70℃)25リットルを加えて洗浄、濾別した。更に得られた固形物を再度25リットルの水(70℃)で洗浄、濾別した。
【0116】
このようにして得られた固形物を80℃で24時間減圧乾燥しMFR100g/10分(重量平均分子量70,000)、融解ピーク温度280℃、降温結晶化温度225℃のPPS樹脂を得た。
【0117】
なお、MFRは、乾燥後のPPS樹脂粉末5gを、315.5℃、5分滞留させた後、5kg荷重をかけ測定(JIS−K7210準拠)して求めた。
【0118】
また、融解ピーク温度および降温結晶化温度の測定には、PPS樹脂を340℃で4分間溶融プレスして得られたフィルムを用いた。測定には示差走査熱量計(DSC−7:パーキンエルマー社製)を用い、20℃/minで昇温し、340℃で1分間保持した後、20℃/minで降温した際、昇温時に観測される吸熱ピークトップ温度を融解ピーク温度とし、降温時に観測される発熱ピークトップ温度を降温結晶化温度とした。
【0119】
参考例2 有機リン系化合物
“アデカスタブHP−10”(株式会社ADEKA社製)
【0120】
【化5】

【0121】
(t−Buはtert−ブチル)
“アデカスタブPEP−8”(株式会社ADEKA社製)
【0122】
【化6】

【0123】
次亜リン酸カルシウム(太平化学産業社製)。
【0124】
参考例3 フィラー
ガラス繊維:“T−747N”(繊維状フィラー、日本電気硝子社製)Eガラス、単繊維径17μm、屈折率1.55。
【0125】
参考例4 非晶性樹脂
ポリアミドイミド(PAI):“N,N−ジメチルアセトアミドを重合溶媒とする酸クロリド法低温溶液重合法にて合成した。以下に詳細を示す。N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)65リットルにジアミノジフェニルエーテル(DDE)12kgおよびメタフェニレンジアミン(m−PDA)2.0kgを溶解し、氷浴で冷却しながら、粉末状の無水トリメリット酸モノクロリド(TMAC)15kgを内温30℃を超えないような速度で添加した。TMACを全量添加した後、無水トリメリット酸(TMA)1.7kgを添加し、30℃で2時間撹拌保持した。粘稠となった重合液をカッターミキサーに張った100リットルの水中に投入し、高速撹拌することによりスラリー状にポリマーを析出させた。得られたスラリーを遠心分離機で脱水処理した。脱水後のケークを60℃の水200リットルを用いて洗浄し、再度遠心分離機で脱水処理した。得られたケークを熱風乾燥機を用いて220℃×5時間の条件で乾燥し、ガラス転移温度(Tg)275℃の粉末状ポリマーを得た。同様の操作を繰り返し、以下の実施例に供した。
【0126】
なお、ガラス転移温度は非晶性樹脂のプレスフィルムを用い、示差走査熱量計(DSC−7:パーキンエルマー社製)を用いて昇温速度20℃/minで求めた。
【0127】
参考例5 エラストマー
“BF−E”(住友化学工業社製)エチレン/グリシジルメタクリレート=97.6/2.4(モル%)共重合体。
【0128】
参考例6 シラン化合物
“KBM303”(信越化学工業社製)β−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン。
【0129】
参考例7 結晶核剤
ポリエーテルエーテルケトン(PEEK):“PEEK450−PF”(ビクトレックス エムシー社製)。
【0130】
[実施例]
参考例に示した各成分を表1に示す量でドライブレンドし、下記の溶融混練と射出成形から得られた試験片を用いて下記のレーザー透過性評価を行った。結果を表1に示す。
【0131】
(1)溶融混練
参考例1のPPS樹脂、参考例2に示した有機リン系化合物、参考例3に示したフィラー、参考例4に示した非晶性樹脂、参考例5に示したエラストマー、参考例6に示したシラン化合物、参考例7に示した結晶核剤を表1に示す量でドライブレンドし、2ホールストランドダイヘッド付きPCM30(2軸押出機:池貝鉄鋼社製)にて樹脂温度320℃で溶融混練を行いペレットを得た。酸素濃度は押出機の原料投入口に設置した酸素濃度計で測定し、実施例1〜6および比較例1〜3では大気雰囲気下、実施例7では1000ml/分の窒素気流下で行っている。
【0132】
(2)射出成形
溶融混練で得たペレットを130℃の熱風オーブンで4時間乾燥した後、射出成形機UH1000(日精樹脂工業社製)を用い、樹脂温度320℃、金型温度150℃で80mm×80mm×2.0mm厚のレーザー透過性評価用の試験片を作製した。
【0133】
(3)レーザー透過性評価 射出成形にて得られた本発明の熱可塑性樹脂組成物からなる試験片のレーザー透過性測定には、島津製作所社製紫外近赤外分光光度計(UV−3150)を用い、ハロゲンランプ(50W)から放射された940nmの光を試験片に照射し、積分球に入射した光量から透過率の測定を行った。
【0134】
(4)レーザー溶着
本発明のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物をレーザー透過側試料とし、該ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物それぞれに更にカーボンブラックを0.4重量部添加した組成物を吸収側試料としてレーザー溶着に供した。
【0135】
各々の組成物を上述の射出成形に供し、得られた試験片を24mm×70mm×2.0mm厚にそれぞれ加工し、重ね合わせ長さLを30mmとし、レーザー溶着距離Yは20mmとしてレーザー溶着を行った。レーザー溶着にはライスター社のMODULAS Cを用い、出力15〜35W範囲およびレーザー走査速度1〜5mm/secの範囲で最も良好な溶着強度が得られる条件で溶着を行った。尚、焦点距離は38mm、焦点径は0.6mm固定で実施した。
【0136】
レーザー光線透過部分では発煙等の不具合は生じず、溶着後の複合成形体は強固に密着していた。
【0137】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部に対し、(C)下記(1)式で表される有機リン系化合物を0.01〜5重量部配合してなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。
【化1】

(式中、R1は水素原子、アルキル基、置換アルキル基、アリール基、置換アリール基およびアルコキシ基から選ばれる基、R2〜6はアルキル基、置換アルキル基、アリール基、置換アリール基およびアルコキシ基から選ばれる基を示す。)
【請求項2】
さらに(B)フィラーを1〜600重量部配合してなる請求項1記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項3】
(B)フィラーが(B1)単繊維径が12μm以上であるガラス繊維、および(B2)平均粒子径が30μm以上である非繊維状フィラーから選択される1種以上である、請求項2記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項4】
(B)フィラーの屈折率が1.6〜1.8である、請求項2または3記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項5】
さらに、(D)ガラス転移温度が130℃以上の非晶性樹脂を(A)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部に対して1〜200重量部配合してなる、請求項1〜4いずれか記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項6】
さらに、(E)エラストマーを(A)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部に対して0.5〜20重量部配合してなる、請求項1〜5いずれか記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項7】
さらに、(F)シラン化合物を(A)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部に対して0.01〜5重量部配合してなる、請求項1〜6いずれか記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項8】
さらに、(G)結晶核剤を(A)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部に対して0.01〜5重量部配合してなる、請求項1〜7いずれか記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を溶融混練することを特徴とするポリフェニレンスルフィド樹脂組成物の製造方法。
【請求項10】
酸素濃度15体積%以下の雰囲気下で溶融混練することを特徴とする請求項9記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜8いずれか記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を射出成形してなる成形体。
【請求項12】
請求項11記載の成形体をレーザー溶着した複合成形体。
【請求項13】
請求項11記載の成形体をレーザー光線透過側とし、レーザー透過部厚みを10mm以下としてレーザー溶着する複合成形体の製造方法。

【公開番号】特開2008−174657(P2008−174657A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−10098(P2007−10098)
【出願日】平成19年1月19日(2007.1.19)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】