説明

ポリメラーゼ連鎖反応に用いる鋳型DNAを菌体から調製する方法

吸水性の担体に供試菌体を付着させて増殖させ、次いで、同担体をフェノールとCIAを等量混合した混合液で処理し、さらに、遠心分離後の上清を一定量分取し、揮発し乾燥させることで、DNA以外の夾雑物を反応に問題が無い程度に除去した鋳型DNA試料を調製することが可能であることを見いだした。また、この方法によれば、同一条件で調製された鋳型DNA試料を複製し保存することも可能であった。この方法で調製した鋳型DNAを利用して、PCR反応を試みたところ、多くの糸状体の菌類や酵母において、効率的に遺伝子増幅産物が得られた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、菌体からDNAを調製する方法に関する。さらに、本発明は、該方法により調製した鋳型DNAを用いたPCR法に関する。
従来技術
生物の遺伝子DNA配列を解析するためには、事前にPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)を用い、解析対象の遺伝子DNA領域を増幅することが一般的である。そのためには、鋳型DNAを調製する必要があるが、鋳型DNAを抽出する過程で、PCI(フェノール−クロロフォルム−イソアミルアルコール)混合液を用いる方法(非特許文献1)は、冷エタノール等で、DNA分子の再沈殿等、DNA分子の洗浄、純化行程が必要であった。
また、糸状体の菌類におけるPCR用の鋳型DNA試料の調製には、従来から複雑な手順と時間を要する前処理が必要であった(DNAを菌体から抽出精製する常法(非特許文献2))。また、DNAを抽出せず、少量の菌体や胞子を反応液に直接投入してPCR反応を行う、direct PCR(非特許文献3)やspore PCR法(非特許文献4)も試されているが、成功率は常法と比べると、投入する菌体の量や生育状態等の不確定要素が多く、成功率は不安定かつ低かった。後者では、反復実験やプライマー・セット等の条件を変更したPCR実験の場合にも、鋳型DNAの複製・保存ができないため、菌体を新たに培養し、試料を準備し直す必要があった。
尚、本出願の発明に関連する先行技術文献情報を以下に示す。
〔非特許文献1〕中山広樹(1996)細胞工学別冊 目で見る実験ノートシリーズ「バイオ実験イラストレイテッド」本当にふえるPCR.秀潤社刊.東京.162P.「5.微量DNAサンプルの調整法−−−末梢血のgenotypingを例に」p.52−54.
〔非特許文献2〕O′Donnell,K.,Cigelnik,E.,Weber,N.S.and Trappe,J.M.(1997)Phylogenetic relationships among ascomycetous truffles and the true and false morels inferred from 18S and 28S ribosomal DNA sequence analysis.Mycologia 89:48−65.
〔非特許文献3〕中山広樹(1996)細胞工学別冊 目で見る実験ノートシリーズ「バイオ実験イラストレイテッド」本当にふえるPCR.秀潤社刊.東京.162P.「5−2 実験例:コロニーからのダイレクトPCR」p.80−82.
〔非特許文献4〕Iwamoto,S..Tokumasu,S.,Suyama,Y.and Kakishima,M.(2002)Molecular phylogeny of four selected species of the strictly anamorphic genus Thysanophora using nuclear ribosomal DNA sequences.Mycoscience 43:169−180.
【発明の開示】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、DNAを菌体から抽出する既存の方法における、(1)時間がかかる、(2)操作手順が多く、複雑である、(3)震とう培養装置や凍結乾燥装置等の大がかりな装置類を必要とする、等の問題点、および従来のdirect PCR法やspore PCR法における、(1)簡単な方法であるが、成功率が不確定である、(2)鋳型DNAの複製や保存ができない、(3)反復実験や条件変更実験の時に、同一の条件の鋳型DNAを使用できない、等の問題点を一挙に改善し、これにより簡単かつ安定してPCRを実施でき、かつ調製された鋳型DNAの複製や保存が可能となるような、DNAの調製方法を提供することにある。
安定してPCRを実施するためには、鋳型DNAの量や状態等、反応液内の組成を常法のように一定化することが有効である。また、大がかりな装置や多くの操作手順を要する常法の前処理の簡便化も望まれる。そこで、本発明者は、次の創意工夫を行った。
まず、栄養成分を含ませた吸水性(紙)の担体(円盤)に供試菌体を付着させて増殖させることで、必要十分量の新鮮な菌体材料を確保した。次いで、同担体をフェノールとCIAを等量混合した混合液で処理し、菌体内のDNAを遊離させると共に、PCRの阻害要因となるタンパク質や脂質等を変性させた。さらに、遠心分離後の上清を一定量分取し、揮発し乾燥させることで、DNA以外の夾雑物を反応に問題が無い程度に除去した鋳型DNA試料を調製できることを見いだした。また、この方法によれば、上清の一定量分取を複数回行い、乾燥後、冷凍保存することで、同一条件で調製された鋳型DNA試料を複製し保存することも可能であった。本発明者は、実際に、この方法で調製した鋳型DNAを利用して、PCR反応を試みたところ、多くの糸状体の菌類や酵母において、効率的に遺伝子増幅産物が得られることを見出した。
即ち、本発明者は、菌類(特に、糸状体の菌類)から鋳型DNAを調製する際の問題点を解決するとともに、これにより調製された鋳型DNAを利用して効率的にPCR反応を行えることを見出し、本発明を完成するに至った。
本発明は、より詳しくは、下記〔1〕〜〔12〕に記載の発明を提供するものである。
〔1〕以下の(a)〜(e)に記載の工程を含む、菌体からDNAを調製する方法。
(a)担体に菌体を付着させる工程
(b)サンプルチューブに、工程(a)において調製された菌体が付着した担体と、フェノール、クロロフォルムおよびイソアミルアルコールの混合液とを加え、混合する工程
(c)遠心により、サンプルチューブ内のフェノール層を沈降させる工程
(d)サンプルチューブから上清を回収する工程
(e)回収した上清の水分を除去することによりDNAを回収する工程
〔2〕工程(a)において、担体に付着させた菌体を該担体上で培養することにより増殖させることを含む、〔1〕に記載の方法。
〔3〕担体が吸水性である、〔1〕または〔2〕に記載の方法。
〔4〕担体が紙または不織布である、〔1]〜〔3〕のいずれかに記載の方法。
〔5〕菌体が糸状体の菌または酵母である、〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の方法。
〔6〕菌体からポリメラーゼ連鎖反応に用いる鋳型DNAを調製する方法である、〔1〕〜〔5〕のいずれかに記載の方法。
〔7〕〔1〕〜〔6〕のいずれかに記載の方法により菌体から調製されたDNA。
〔8〕以下の(a)〜(f)に記載の工程を含む、ポリメラーゼ連鎖反応法。
(a)担体に菌体を付着させる工程
(b)サンプルチューブに、工程(a)において調製された菌体が付着した担体と、フェノール、クロロフォルムおよびイソアミルアルコールの混合液とを加え、混合する工程
(c)遠心により、サンプルチューブ内のフェノール層を沈降させる工程
(d)サンプルチューブから上清を回収する工程
(e)回収した上清の水分を除去することによりDNAを回収する工程
(f)回収したDNAとポリメラーゼ連鎖反応用の反応液を混合し、ポリメラーゼ連鎖反応を行う工程
〔9〕被験菌体の鑑別・同定方法であって、
(a)担体に被験菌体を付着させる工程
(b)サンプルチューブに、工程(a)において調製された被験菌体が付着した担体と、フェノール、クロロフォルムおよびイソアミルアルコールの混合液とを加え、混合する工程
(c)遠心により、サンプルチューブ内のフェノール層を沈降させる工程
(d)サンプルチューブから上清を回収する工程
(e)回収した上清の水分を除去することによりDNAを回収する工程
(f)回収したDNAと特定の菌種に由来するDNAに特異的にハイブリダイズするプライマーを含むポリメラーゼ連鎖反応用の反応液を混合し、ポリメラーゼ連鎖反応を行う工程
を含み、ポリメラーゼ連鎖反応による増幅産物が得られた場合に、被験菌体が上記プライマーの由来菌種と同一種であると判定される方法。
〔10〕菌体からDNAを調製するために用いる菌体付着用担体。
〔11〕担体、並びにサンプルチューブおよび/または栄養溶液を含むキット。
〔12〕さらにフェノールおよび/またはクロロフォルムとイソアミルアルコールの混合液を含む、〔11〕に記載のキット。
本発明は、菌体からDNAを調製する新規な方法を提供する。DNAを菌体から抽出する既存の方法は、(1)時間がかかる、(2)操作手順が多く、複雑である、(3)震とう培養装置や凍結乾燥装置等の大がかりな装置類を必要とする、等の問題点があった。また、従来のdirect PCR法やspore PCR法は、(1)簡単な方法であるが、成功率が不確定である、(2)鋳型DNAの複製や保存ができない、(3)反復実験や条件変更実験の時に、同一の条件の鋳型DNAを使用できない、等の問題点があった。本発明の方法により、このような問題点を一挙に改善し、菌体からポリメラーゼ連鎖反応(PCR)に用いる鋳型DNAを調製することができるようになった。本発明のDNA調製法を利用することで、簡単かつ安定してPCRを実施でき、かつ調製された鋳型DNAの複製や保存が可能となった。
本発明の方法においては、まず、担体に菌体を付着させる。本発明における菌は、好ましくは糸状体の菌または酵母である。また、糸状体の菌は、糸状体であれば特に制限はなく、真菌および細菌の双方が含まれる。糸状体の真菌としては、糸状菌を例示でき、また、糸状体の細菌としては、放線菌を例示することができる。また、糸状菌としては、Fusarium属、Alternaria属、Cladosporium属、Curvularia属、Dwayabeeja属、Exophiala属、Pithomyces属、Bipolaris属、Trichoderma属の糸状菌が挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、酵母としては、特に制限はなく、例えば、Saccharomyces属、Cryptococcus属、Trimorphomyces属の酵母が挙げられる。
また、本発明における担体としては、菌体が付着可能な担体であれば制限はないが、好ましくは吸水性担体であり、より好ましくは紙または不織布であり、例えば、ろ紙、不織布ペーパー・タオル、ペーパー・タオルをろ紙等に挟んだものを適当な大きさに打ち抜くことで製造した多重紙円盤(3〜5枚重ね)、ポリプロピレン製不織布等が挙げられる。
また、本発明の担体は、後述するサンプルチューブに投入可能で、溶液と共にボルテックス・ミキサーで回転可能な大きさであることが好ましい。サンプルチューブとしてエッペンドルフサンプル・チューブを使用する場合は、約5mm直径の小円盤状担体を使用する。
また、本発明において、担体に菌体を付着させる方法としては、菌体形態に応じた種々の方法が挙げられる。例えば、以下の(1)〜(4)の方法が挙げられるが、本発明における担体に菌体を付着させる方法は、これらの方法に限定されるものではない。
(1)ペトリ皿等、平板固化した培養基上の菌体(培養初期・中・後期:菌集落の成立後)からDNAを調製する場合、栄養溶液を吸収した担体を平板固化した培養基上の菌集落に接触させ、該担体に菌体を付着させる。例えば、エッペンドルフサンプル・チューブ内で栄養溶液を吸収させた担体を、ピンセット等を用いて無菌的に菌集落上に静置することで接触させることが可能である。栄養溶液としては、例えば、SN broth(蒸留水中、KHPO:0.1%,KNO:0.1%,MgSO・7HO:0.05%,KCl:0.05%,ブドウ糖0.02%,ショ糖0.02%)、麦芽エキス、YM broth等、市販の液体培養基等を適度な濃度に希釈した物を使用することができるが、これに限定されるものではない。
(2)ペトリ皿等、平板固化した培養基上の菌体(培養開始時:培養接種直後で菌集落が未成立)からDNAを調製する場合、栄養溶液を吸収した担体を平板固化した培養基上に静置し、その後増殖した菌体と接触させ、該担体に菌体を付着させる。例えば、エッペンドルフサンプル・チューブ内で栄養溶液を吸収させた担体を、平板培養基上の接種菌体(明確な菌集落はまだ無い)の隣にピンセット等で無菌的に接着して静置し、4〜7日間放置培養することで、増殖した菌体と該担体とを接触させることが可能である。増殖した菌体と該担体とが接触したか否かは、菌糸体が担体を通過生育したことを観察することで確認できる。
(3)試験管等、チューブ内の固化培養基上の菌体からDNAを調製する場合、固化培養基上の菌体を栄養溶液を吸収した担体に接触させ、該担体に菌体を付着させる。例えば、固化培養基上から、滅菌柄付き針等でごく少量の菌体を取り、エッペンドルフサンプル・チューブ内の栄養溶液を吸収した担体上に接種することで接触させることが可能である。
(4)試験管やフラスコ等、容器内の液体培養基中の菌体からDNAを調製する場合、液体培養基中の菌体を栄養溶液を吸収した担体に接触させ、該担体に菌体を付着させる。例えば、試験管やフラスコ等、チューブ内の液体培養基中から、滅菌ピペット等でごく少量の菌体を取り、エッペンドルフサンプル・チューブ内の栄養溶液を吸収した担体上に接種することで接触させることが可能である。
本発明においては、担体に付着させた菌体を該担体上で培養することにより増殖させて使用することもできる。
本発明の方法においては、次いで、サンプルチューブに、菌体が付着した担体と、フェノール、クロロフォルムおよびイソアミルアルコールの混合液とを加え、混合する。本発明におけるサンプルチューブとしては、例えばエッペンドルフサンプル・チューブなどの市販のチューブや、スクリュー・キャップのついたサンプルチューブ等を使用することができるが、これらに類似したサイズのサンプルチューブであれば特に制限はない。また、クロロフォルムおよびイソアミルアルコールの混合液としては、例えば、CIA混合液(クロロフォルムとイソアミルアルコールを24:1の割合で混合)が挙げられる。サンプルチューブに、菌体が付着した担体、フェノールとCIA混合液を加える場合、フェノールとCIA混合液を等量加えることが好ましいが、この条件に限定されるものではなく、PCR反応の障害となる菌体タンパク質の変性・失活を行え、後に遠心分離等で添加成分を除去できる条件であればよい。
また、本発明の方法においては、サンプルチューブに、菌体が付着した担体と、フェノールとCIA混合液を適量加え、ボルテックス・ミキサー等で激しく混合する(例えばフル・スピード、30秒〜1分)。DNAは、この段階で保存することもできる。DNAを保存する場合には、そのまま冷凍保存することが好ましく、使用時は、常温解凍後、ボルテックス・ミキサー等で激しく混合し、解凍前のサンプルの状態にもどす。
本発明の方法においては、次いで、遠心により、サンプルチューブ内のフェノール層を沈降させる。当業者であれば、周知の方法および条件で、遠心により、サンプルチューブ内のフェノール層を沈降できる。
本発明の方法においては、次いで、サンプルチューブから上清を回収する。DNA試料をPCR反応に供する場合は、上清(水層)の0.5〜5.0μlをPCR用鋳型DNA試料として、PCR用チューブに分注する。DNAは、この段階で保存することもできる。使用時は、常温解凍後、以下の作業に進み、水分を除去する。
本発明の方法においては、次いで、回収した上清の水分を除去することによりDNAを回収する。DNA試料をPCR反応に供する場合は、上清(水層)を分注したPCR用チューブを加熱するなど、液層を完全に蒸発・乾燥させ、水層に一部移ったクロロフォルムとイソアミルアルコールを気化、除去する。DNAは、この段階で保存することもできる。すなわち、乾燥試料はそのまま冷凍保存できる。使用時は、乾燥試料をPCR反応に供する。
また、本発明は、本発明の方法によって菌体から調製されたDNA(精製されたDNAも含まれる)も提供する。本発明においては、精製されたDNAを得るために、当業者に周知の方法で、菌体から調製された産物の洗浄や再沈殿を行うこともできる。
本発明は、上記方法によって調製されたDNAを鋳型としたPCR法もまた提供する。当業者であれば、上記方法によって調製された鋳型DNAとPCR用の反応液(DNAポリメラーゼ、dNTP、Buffer溶液、プライマー・セット等)を混合し、周知の条件でPCR反応を行うことで、本発明のPCR法を実施できる。本発明のPCR法を使用することで、菌体(好ましくは糸状体の菌または酵母)のDNAを簡便かつ再現性よく増幅できる。
本発明のPCR法を応用することにより、少量の菌体から、目的菌種の迅速な鑑別・同定が可能である。本発明は、被験菌体の迅速な鑑別・同定方法もまた提供する。本発明の鑑別・同定方法では、本発明の菌体からDNAを調製する方法によって回収された被験菌体のDNAと特定の菌種に由来するDNAに特異的にハイブリダイズするプライマーを含むPCR反応用の反応液(DNAポリメラーゼ、dNTP、Buffer溶液等)を混合し、PCR反応を行う。本発明の鑑別・同定方法においては、PCR増幅産物が得られた場合に、被験菌体が供試プライマーの由来菌種と同一種であると判定される。例えば、PCR反応後にアガロースゲル電気泳動を行い、エチジウムブロマイド染色像において、PCR増幅産物のバンドが現れた場合に、被験菌体が供試プライマーの由来菌種と同一種であると判定できる。本発明の鑑別・同定方法により、コムギ赤かび病、イネばか苗病等、多くの病害診断が可能である。
また、本発明は、本発明の方法に使用するための菌体付着用担体を提供する。本発明の菌体付着用担体としては、上述した担体を使用することができる。また、本発明の菌体付着用担体には、予め栄養溶液を吸収させた担体も含まれる。本発明の菌体付着用担体は、例えば、ろ紙に挟んだ担体素材(ろ紙、不織布、ペーパータオル)を事務用の穴空け器(パンチ)(穴のサイズ=担体の直径)で打ち抜くことで製造できる。
さらに、本発明は、本発明の菌体付着用担体を含むキットを提供する。菌体付着用担体を含むキットは、本発明のDNA調製法に利用することができる。本発明のキットには、菌体付着用担体の他に、サンプルチューブおよび/または栄養溶液が含まれる。また、本発明のキットには、さらにフェノールやCIA混合液が含まれてもよい。フェノールとしては、例えば、平衡中性化した中性フェノールが好ましいが、これに限定されるものではない。本発明のキットは、例えば、(1)菌体付着用担体が入った滅菌済みサンプルチューブとして、また、(2)ばらの菌体付着用担体、標準的な栄養溶液入りのチューブ、サンプルチューブをセットにした形態、(3)さらに(1)(2)にフェノールやCIA混合液を添付した形態等として提供できるが、これらの形態に限定されるものではない。
また、上記キットに追加してPCR用ポリメラーゼ、dNTP、PCR用Buffer溶液等を含むPCR用マスターミックスを組み合わせたキットでは、さらに簡便に本発明によるPCR法を利用できる。該PCR用ポリメラーゼとしては、当業者に周知のポリメラーゼを選択することができる。
【図面の簡単な説明】
図1は、ペトリ皿等、平板固化した培養基上の菌体(実施例に記載の菌体形態1a+b)からのPCR増幅結果を示す写真である。レーン1−7は糸状菌類、9−11は酵母類を示す。PCR増幅領域は、リボソームDNAのITS(ITS−1,ITS−2領域),5.8S rDNA,28S rDNA領域である。
レーン:8,12:100bpラダー・マーカー
1:Curvularia inaequalis(2−4−8−1)(括弧内は菌株番号を示す。以下同様。)
2:Exophiala sp.(1−6−2−1b)
3:Alternaria alternata(1−6−2−2)
4:Cladosporium oxysporum(1−4−6−3)
5:Pithomyces maydicus(1−6−4−4)
6:Pithomyces chartarum(1−6−10−6)
7:Dwayabeeja sp.(1−6−10−4a)
9−11:Saccharomyces cerevisiae(4741〜4743)
図2は、試験管等、チューブ内の固化培養基上の菌体(実施例に記載の菌体形態2)からのPCR増幅結果を示す写真である。同一菌株の偶数番号レーンは不織布製の担体上、奇数番号レーンはろ紙製の担体上で菌体を培養した試料を示す。PCR増幅領域は、ペプチド鎖伸長因子1α遺伝子である。
レーン:1,12:100bpラダー・マーカー
2,3:Fusarium fujikuroi(RC−6−1)
4,5:Fusarium fujikuroi(Kaku R−2)
6,7:Fusarium cf.nygamai(1−5−12−2)
8,9:Fusarium sacchari(1−6−11−5)
10,11:Fusarium incarnatum(2−5−7−1)
【発明を実施するための最良の形態】
以下、本発明を実施例により、さらに具体的に説明するが本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
(a)材料
(1)多重(3〜5枚重ね)の吸水性担体(円盤)(乾燥、滅菌済み);吸収性担体としては、リード・ペーパー・タオル(ライオン製)やエリエール・クッキング・ペーパー(大王製紙製)等のペーパー・タオル3枚をろ紙2枚に挟んだものを、約5mm直径の小円盤状に打ち抜いた多重性の吸収性紙円盤を使用した。
(2)エッペンドルフサンプル・チューブ(1.5〜2ml、乾燥、滅菌済み)
(3)栄養溶液(例、SN broth:蒸留水中、KHPO:0.1%,KNO:0.1%,MgSO・7HO:0.05%,KCl:0.05%,ブドウ糖0.02%,ショ糖0.02%、滅菌済み)
(4)フェノール(試薬グレード)
(5)クロロフォルム(試薬グレード)
(6)イソアミルアルコール(試薬グレード)
(7)イオン交換水あるいは蒸留水(milli−Qグレード)(滅菌済み)
(8)10%グリセロール(滅菌済み);下記(b)(1)でエッペンドルフサンプル・チューブへ投入する多重の吸水性紙円盤の数を増やし、下記(b)(2)の滅菌済み栄養溶液の分注量を対応させて増量することで、余分な紙円盤を準備できる。下記(c)〜(f)の操作手順において、これら余分な紙円盤も同様に菌体生育のために用い、菌体の生育を確認後、余分量の紙円盤を10%グリセロールに投入、−40℃以下で冷凍することで、供試菌体自体を生存させたまま保存できる(菌体の接種源として、数回繰り返し使用できる)。
(b)事前準備
(1)多重の吸水性担体(3〜5点;基本数3点)をエッペンドルフサンプル・チューブに投入し、湿熱滅菌処理する。
(2)上記、担体入りエッペンドルフサンプル・チューブに、担体が吸収可能な量の栄養溶液を無菌的に分注する。
(3)CIA混合液(クロロフォルムとイソアミルアルコールを24:1の割合で混合)を調製する。
(c)ペトリ皿等、平板固化した培養基上の菌体(培養初期・中・後期:菌集落の成立後)(菌体形態1a)からの鋳型DNA試料調製の操作手順
(1)エッペンドルフサンプル・チューブ内で栄養溶液を吸収した担体(全量)を、ピンセット等で無菌的に菌集落上に静置し、放置培養(2、3日〜1週間程度まで)する。
(2)放置培養後、菌糸体が紙円盤を通過生育したことを確認の後、担体3点を菌体番号が書かれたエッペンドルフサンプル・チューブに回収する。
以上の操作は、菌体試料数行う。
(3)200μlのイオン交換水(蒸留水)をそれぞれのエッペンドルフサンプル・チューブに加える。
(4)100μlのフェノールと100μlのCIA混合液をエッペンドルフサンプル・チューブに加える(全量:約500μl、水層:約200μl)。
(5)ボルテックス・ミキサー等で激しく混合する(フル・スピード、30秒〜1分)。
(6)保存する場合には、そのまま冷凍保存する。使用時は、常温解凍後、(5)の操作から行う。
(7)遠心分離(15,000rpm、5min等)で、フェノール層を沈降させる。
(8)上清(水層)の(0.5−)1.0(−5.0)μl(可変:標準1.0μl)をPCR用鋳型DNA試料として、PCR用チューブに分注する。分注元の残試料は(6)と同様にそのまま冷凍保存する。再使用時に常温解凍後、(5)の操作から行う。
(9)それぞれ1.0μl等の上清(水層)を分注したPCR用チューブを加熱するなど、液層を完全に蒸発・乾燥させ、水層に一部移ったクロロフォルムとイソアミルアルコールを気化、除去する。乾燥試料はそのまま冷凍保存可能である。使用時は(10)の操作から行う。
(10)PCR用の反応液(DNAポリメラーゼ、dNTP、Buffer溶液、プライマー・セット等)を(9)の液層蒸発後のPCR用チューブに分注し、規定の条件でPCR反応を行う。
操作手順の(6)と(8)で得られた凍結保存元試料は、反復実験やプライマー・セット等の変更実験の際に、同一の菌体試料として、数十回の単位で繰り返し使用が可能である(常温解凍後、(5)の操作から再開する)。また、(8)の操作で、上清(水層)を多数のPCR用チューブに等量分注して複製を作り、(9)の操作で同時にチューブ内の液層を蒸発させ、未使用分を冷凍保存することで、同一条件のPCR用鋳型DNA試料として繰返し使用可能である。
(d)ペトリ皿等、平板固化した培養基上の菌体(培養開始時:培養接種直後で菌集落が未成立)(菌体形態1b)からの鋳型DNA試料調製の操作手順
(1)エッペンドルフサンプル・チューブ内で栄養溶液を吸収した担体(全量)を、平板培養基上の接種菌体(明確な菌集落はまだ無い)の隣にピンセット等で無菌的に接着して静置し、4〜7日間放置培養する。
(2)放置培養後、菌糸体が担体を通過生育したことを確認の後、担体3点を菌体番号が書かれたエッペンドルフサンプル・チューブに回収する。以下は、上記(c)の工程(3)以降と同一の手順である。
(e)試験管等、チューブ内の固化培養基上の菌体(菌体形態2)からの鋳型DNA試料調製の操作手順
(1)試験管等、チューブ内の固化培養基上から、滅菌柄付き針等でごく少量の菌体を取り、エッペンドルフサンプル・チューブ内の栄養溶液を吸収した担体上に接種する。チューブは蓋をしめ、3〜4日間放置培養する。
(2)放置培養後、菌糸体が担体上で生育したことを確認する。以下は、上記(c)の工程(3)以降と同一の手順である。
(f)試験管やフラスコ等、容器内の液体培養基中の菌体(菌体形態3)からの鋳型DNA試料調製の操作手順
(1)試験管やフラスコ等、チューブ内の液体培養基中から、滅菌ピペット等でごく少量の菌体を取り、エッペンドルフサンプル・チューブ内の栄養溶液を吸収した担体上に接種する。エッペンドルフサンプル・チューブは蓋をしめ、3〜4日間放置培養する。
(2)放置培養後、菌糸体が担体上で生育したことを確認する。以下は、上記(c)の工程(3)以降と同一の手順である。
[実施例1]糸状菌類および酵母への適用結果(菌体形態1a+1b)
7種7菌株の糸状菌を接種直後の平板上に、各約20μlのSN broth溶液を吸収させた担体を菌体(菌体形態1b)に隣接させて静置、また、1種3菌株の酵母の古い平板培養(菌体形態1a)上に担体を接着させて静置、3日間培養後に回収・処理、リボソームDNAのITS(ITS−1,ITS−2)領域,5.8SリボソームDNAおよび28SリボソームDNAに対してPCR増幅反応を行った(プライマー・セット:ITS5 5′ GGA AGT AAA AGT CGT AAC AAG G 3′(22−mers)(配列番号:1)+NL4 5′ GGT CCG TGT TTC AAG ACG G 3′(19−mers)(配列番号:2)、ポリメラーゼ:QIAGEN HotStarTaq、PCR反応条件:初期変性95℃15分後、変性95℃30秒、アニーリング54℃1分のサイクルを40回行った後、最終伸長反応を72℃10分行った)。PCR増幅産物は2%アガロースゲルで電気泳動し、エチジウムブロマイド染色後、検出した(図1)。すべての菌種、菌株で当該領域のDNAが増幅された。
[実施例2]Fusarium属菌への適用結果(菌体形態2)
4種10菌株のFusarium属菌の試験管培養からの菌体を、各約20μlのSN broth溶液を吸収させた担体に少量接種、4日培養後に処理、ペプチド鎖伸長因子1α(TEF−1α)遺伝子領域対してPCR増幅反応を行った(プライマー・セット:EF−1T 5′ ATG GGT AAG GAG GAC AAG AC 3′(20−mers)(配列番号:3)+EF−2T 5′ GGA AGT ACC AGT GAT CAT GTT 5′(21−mers)(配列番号:4)、ポリメラーゼ:QIAGEN HotStarTaq、PCR反応条件:初期変性95℃15分後、変性95℃30秒、アニーリング52℃1分のサイクルを40回行った後、最終伸長反応を72℃10分行った)。PCR増幅産物は2%アガロースゲルで電気泳動し、エチジウムブロマイド染色後、検出した(図2)。すべての菌種、菌株で当該領域のDNAが増幅された。
PCR用のプライマー・セットとPCRの温度条件が適切であれば、複数群の糸状菌類と酵母において、複数の遺伝子領域でほぼ90%以上の成功率で強いPCR反応の結果を得た。Fusarium属、Alternaria属、Cladosporium属、Curvularia属、Dwayabeeja属、Exophiala属、Pithomyces属、Pyricularia属の糸状菌類とSaccharomyces属の酵母に対して、また、ミトコンドリア・小サブユニット・リボソームDNA、ペプチド鎖伸長因子1α、βチューブュリン、リボソームDNA ITS領域、5.8SリボソームDNA、28SリボソームDNA D1 D2領域の各遺伝子領域について本法が適用可能であることが確認済みである。
【産業上の利用の可能性】
本発明により、DNAを菌体から抽出する常法が持つ「時間がかかる」「操作手順が多く、複雑」「装置類が大がかり」という問題点は改善され、「時間は同程度か、より短い」「操作手順は少なく、単純である」「装置等も小規模、既存の器具類が使用可能」等、簡便となった。また、direct PCRやspore PCR法の「簡単だが、成功率が不確定である」「鋳型DNA試料の複製・保存ができない」「反復実験や条件変更実験の際に、同一条件の鋳型DNAを使用できない」という問題点は、本発明により「時間は同程度に短い」「作業も単純で、成功率が高く、一定」「操作手順の各所に保存用の工程があり、鋳型DNA等の複製・保存が可能」「反復実験や条件変更実験の為に、同一条件の鋳型DNAを使用可能である」等、改善されると共に再現性も高くなった。また、本発明により、PCR反応の為の鋳型DNA量を必要に応じて、計量の上増減することも可能となった。
また、PCI(フェノール−クロロフォルム−イソアミルアルコール)混合液を用いる方法では、従来、冷エタノール等で、DNA分子の再沈殿等、DNA分子の洗浄、純化行程が必要であったが、本法では、フェノールと水層を遠心分離し、PCR用チューブに分注した上清を加熱、蒸発させ、クロロフォルムとイソアミルアルコールを気化、除去するため、その作業工程は不要である。また、担体上で培養・増殖した供試菌体は、冷凍保存、再利用が可能(再現性が確保される)であり、副次的な利点も大きい。
本発明により、PCR反応結果やPCR産物を得るまでの時間が大幅に短縮され、PCR法を基礎とした菌類遺伝子のDNA配列解析の効率化が図られることが期待される。さらに、本発明により、目的菌種の迅速な鑑別・同定や作物病害の診断が可能である。
【配列表】



【図1】

【図2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(e)に記載の工程を含む、菌体からDNAを調製する方法。
(a)担体に菌体を付着させる工程
(b)サンプルチューブに、工程(a)において調製された菌体が付着した担体と、フェノール、クロロフォルムおよびイソアミルアルコールの混合液とを加え、混合する工程
(c)遠心により、サンプルチューブ内のフェノール層を沈降させる工程
(d)サンプルチューブから上清を回収する工程
(e)回収した上清の水分を除去することによりDNAを回収する工程
【請求項2】
工程(a)において、担体に付着させた菌体を該担体上で培養することにより増殖させることを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
担体が吸水性である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
担体が紙または不織布である、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
菌体が糸状体の菌または酵母である、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
菌体からポリメラーゼ連鎖反応に用いる鋳型DNAを調製する方法である、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の方法により菌体から調製されたDNA。
【請求項8】
以下の(a)〜(f)に記載の工程を含む、ポリメラーゼ連鎖反応法。
(a)担体に菌体を付着させる工程
(b)サンプルチューブに、工程(a)において調製された菌体が付着した担体と、フェノール、クロロフォルムおよびイソアミルアルコールの混合液とを加え、混合する工程
(c)遠心により、サンプルチューブ内のフェノール層を沈降させる工程
(d)サンプルチューブから上清を回収する工程
(e)回収した上清の水分を除去することによりDNAを回収する工程
(f)回収したDNAとポリメラーゼ連鎖反応用の反応液を混合し、ポリメラーゼ連鎖反応を行う工程
【請求項9】
被験菌体の鑑別・同定方法であって、
(a)担体に被験菌体を付着させる工程
(b)サンプルチューブに、工程(a)において調製された被験菌体が付着した担体と、フェノール、クロロフォルムおよびイソアミルアルコールの混合液とを加え、混合する工程
(c)遠心により、サンプルチューブ内のフェノール層を沈降させる工程
(d)サンプルチューブから上清を回収する工程
(e)回収した上清の水分を除去することによりDNAを回収する工程
(f)回収したDNAと特定の菌種に由来するDNAに特異的にハイブリダイズするプライマーを含むポリメラーゼ連鎖反応用の反応液を混合し、ポリメラーゼ連鎖反応を行う工程
を含み、ポリメラーゼ連鎖反応による増幅産物が得られた場合に、被験菌体が上記プライマーの由来菌種と同一種であると判定される方法。
【請求項10】
菌体からDNAを調製するために用いる菌体付着用担体。
【請求項11】
担体、並びにサンプルチューブおよび/または栄養溶液を含むキット。
【請求項12】
さらにフェノールおよび/またはクロロフォルムとイソアミルアルコールの混合液を含む、請求項11に記載のキット。

【国際公開番号】WO2004/070032
【国際公開日】平成16年8月19日(2004.8.19)
【発行日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−504803(P2005−504803)
【国際出願番号】PCT/JP2004/000960
【国際出願日】平成16年1月31日(2004.1.31)
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【Fターム(参考)】