説明

ポリ乳酸の製造方法

【課題】 製造時に重合反応釜の腐食がなく、また重合後の残留ラクチドが少なく、貯蔵安定性や成形加工性を満足するポリ乳酸を効率よく安定的に得るための製造方法を提供する。
【解決手段】 ラクチドを主原料として、触媒を用いたラクチドの開環重合によりポリ乳酸を製造する方法において、重合反応装置に湿式コンデンサーを設置し、該湿式コンデンサーの本体内に該ラクチドと溶解度パラメーターの差が3J1/2/cm3/2以下であり、沸点が150℃以上の循環液を循環させるポリ乳酸の製造方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はポリ乳酸の製造方法に関する。本発明の製造方法を用いることで、重合工程で重合装置に設置したコンデンサーへの詰まりが発生しにくく、安定した連続生産を行うことができる。さらには重合反応釜の腐食がなく、残留ラクチドが少なく、かつ高分子量のポリ乳酸を得ることができる。本発明によって製造されたポリ乳酸は、粒状、ペレット状、板状など種々の形態で利用することができる。
【背景技術】
【0002】
近年、環境問題等から、優れた生分解性を有する乳酸系ポリマーを、広く活用しようとする研究が盛んに行われ、製造方法に関しても多くの研究や特許出願がなされている。
【0003】
しかし従来の乳酸もしくはラクチドの重合体であるポリ乳酸、または乳酸もしくはラクチドと他のモノマーとの共重合体は、成形性、耐熱性において十分な性能を有しているとは言い難く、またポリ乳酸は、特殊な用途を除いては、分解性が早すぎて、汎用樹脂として用いにくい等の問題点があり、分解の抑制、特に貯蔵安定性の向上が重要な開発課題となっている。さらには従来、ポリ乳酸の重合工程においてコンデンサーへのラクチド成分の詰まりが発生し易く、安定した連続生産性が困難であった。
【0004】
ポリ乳酸は成形加工時の樹脂の劣化が激しく、製造した成形体が使用する前に激しい強度劣化を受けてしまう。これらの主な原因は、重合時に残留したラクチド成分、および/または成形加工時に生成したラクチド成分が大気中の水分等によって分解し、有機酸となりポリマー鎖の切断に作用するためである。これに対し、残留ラクチドが少ない乳酸系ポリエステルは、分解は著しく抑制され、貯蔵安定性、成形加工性に優れたものになる。
【0005】
乳酸系ポリエステルからラクチドを除去する方法については、溶剤によって抽出する方法、良溶剤にポリマーを溶解し貧溶剤中で析出させる方法が実験室レベルの実験においては既知である。工業規模での製造では、特許文献1に二軸押し出し機による方法が、特許文献2にはストランドを減圧にしたポット内でラクチドを揮発させて除く方法が知られている。しかしながら、これらの方法では減圧、加熱下にラクチドを除いてもラクチドの再発生が起こり、樹脂中のラクチド量を容易に減少させることができない。これは重合に使用した触媒が樹脂中に残存しているため、ポリマー鎖からラクチドを生成する反応にも触媒として関与するためである。
【0006】
特許文献3には、溶剤共存下で乳酸より製造したポリ乳酸からの触媒の除去方法が示されている。この方法は溶剤に溶解しているポリ乳酸に親水性有機溶媒と弱酸を加え触媒成分を除くものである。しかしながら、この方法は大量の溶剤共存下でのポリ乳酸からの触媒の除去方法であり、溶媒の少ない場合は、この方法では触媒が除けず、またポリ乳酸は粉末状、顆粒状、粒状、フレーク状、ブロック状としているものの、かさ密度については0.6g/mlとしポリ乳酸は製造後に溶剤に溶解し沈澱物を得るような操作を必要としている。また、処理時間についても比較的長時間を要し、かつ複雑な混合物となる廃溶剤の処理方法の問題も生じる。
【0007】
特許文献4、特許文献5にはリン酸化合物又は亜リン酸化合物を重合反応終了後に添加し、触媒を失活させる方法が示されている。リン酸化合物を重合反応終了時に添加することで触媒を失活でき残留ラクチドの少ないポリ乳酸を得ることができるが、リン酸化合物は、吸湿性があるため取り扱いにくく、腐食性が強いため重合反応に用いる釜を腐食する問題があった。また、亜リン酸化合物を使用することにより、取扱性は改善されるが、触媒を失活させる効果が低減するという問題があった。加えて、重合終了後の高温下でのリン酸化合物又は亜リン酸化合物の添加は、触媒との反応が急激に進行することによる反応液温の急激な上昇や、リン酸化合物又は亜リン酸化合物の気化等安全上の問題もあった。更にリン酸化合物又は亜リン酸化合物の添加の効果を得るためには充分な時間、攪拌する必要があるが、反応終了後のポリ乳酸は、溶融粘度が高いため、攪拌の効率が良くなく、生産性が悪いという側面もあった。
【0008】
特許文献6にはアルキルホスフェート及び/又はアルキルホスホネートを重合反応終了後に添加し、触媒を失活させる方法が示されている。しかしながら本発明者らが検討したところ、アルキルホスフェート及び/又はアルキルホスホネートを重合反応終了後に添加しても、上述のリン酸化合物と比較すると残留ラクチド低減効果は少なく、貯蔵安定性を満足するポリ乳酸樹脂を得ることができなかった。また、重合終了後の高温下でのアルキルホスフェート及び/又はアルキルホスホネートの添加は、やはり上述と同様の安全上の問題もあった。
【0009】
特許文献7には重縮合反応時にリン酸または亜リン酸化合物を添加することが示されている。しかし、該特許は乳酸の直接重合によるポリ乳酸の製造を対象としている。また、該特許文献で示されているようにリン酸または亜リン酸を重縮合時に添加すると、反応に必要な触媒をも失活し、例えば実用的な機械的強度を発揮する重量平均分子量が2万〜20万のポリ乳酸を得ることが非常に難しい。またリン酸を添加すると重合反応に用いる釜を腐食する問題もある。
【0010】
特許文献8には、湿式コンデンサー内にエチレングリコールを循環させてコンデンサー下部における詰まりが発生しにくく、安定した連続運転を行うことを可能としているが、ポリ乳酸重合時にコンデンサーを閉塞させるラクチド成分はエチレングリコールには不溶であり安定した連続生産をすることができない問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】欧州特許532154号公報
【特許文献2】特開平5−93050号公報
【特許文献3】特開平6−116381号公報
【特許文献4】特開平7−228674号公報
【特許文献5】特許第2862071号公報
【特許文献6】特許第3513972号公報
【特許文献7】特開昭62−25121号公報
【特許文献8】特開2000−191759号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明が解決しようとする課題は、安定した連続生産性に優れ、かつ製造時に重合反応釜の腐食がなく、また重合後の残留ラクチドが少なく、貯蔵安定性や成形加工性を満足するポリ乳酸を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
このような課題を解決すべく、本発明者らは鋭意検討の結果、本発明を完成させるに至った。すなわち、本発明は、ラクチドを主原料として、触媒を用いたラクチドの開環重合によりポリ乳酸を製造する方法において、重合反応装置に湿式コンデンサーを設置し、該湿式コンデンサーの本体内に該ラクチドと溶解度パラメーターの差が3J1/2/cm3/2以下であり、沸点が150℃以上の循環液を循環させることを特徴とするポリ乳酸の製造方法である。
また、ラクチドを主原料として、触媒を用いたラクチドの開環重合によりポリ乳酸を製造する方法において、重量平均分子量が1万以下の段階で、下記一般式1で表される有機リン化合物を添加することが好ましい。
【0014】
【化1】

(式中、Rは水素またはアルキル基、Rはアルキル基、Rは一価の有機基を表す。)
【発明の効果】
【0015】
本発明によると、重合時にコンデンサーへの詰まりの発生が抑制でき、安定した連続生産を行うことができる。さらに、製造時に重合反応釜の腐食がなく、しかも残留ラクチドが少ないポリ乳酸が効率よく製造でき、そのポリ乳酸は貯蔵安定性や成形加工性を共に高いレベルで満足することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明で使用可能な湿式コンデンサーの概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に本発明を更に詳細に説明する。本発明はラクチドを主原料として、触媒を用いたラクチドの開環重合によりポリ乳酸を製造する方法において、重合反応装置に湿式コンデンサーを設置し、該湿式コンデンサーの本体内に該ラクチドと溶解度パラメーターの差が3J1/2/cm3/2以下であり、沸点が150℃以上の循環液を循環させるポリ乳酸の製造方法である。
【0018】
本発明で使用されるラクチドは、D−、L−、DL−またはメソラクチドから選ばれ、共重合も可能である。共重合成分を例示すると、β−ブチロラクトン、γ−ブチロラクトン、ε−カプロラクトン、プロピオラクトン、δ−バレロラクトン、4−バレロラクトン、グリコリド等を挙げることが出来るが、これらに限定されるものではない。またポリグリセリン、イオン性基含有化合物など多価アルコールを共重合することで、物性をコントロールすることもできる。なお、本発明において「主原料」とはポリ乳酸樹脂を構成する全成分を100モル%としたときに50モル%以上を意味する。ポリ乳酸樹脂の構成成分中、ラクチド成分は、好ましくは70モル%以上であり、より好ましくは80モル%以上であり、さらに好ましくは90モル%以上である。
【0019】
本発明において用いる重合触媒としては、特に限定されず、オクチル酸スズ、ジブチル酸スズなどのスズ系化合物、アルミニウムアセチルアセトナート、酢酸アルミニウムなどのアルミニウム系化合物、テトライソプロピルチタネート、テトラブチルチタネートなどのチタン系化合物、ジルコニウムイソプロオイキシドなどのジルコニウム系化合物、三酸化アンチモンなどのアンチモン系化合物等、いずれもポリ乳酸重合に従来公知の触媒が挙げられる。また添加する触媒量によって最終ポリマーの分子量を調整することもできる。
【0020】
重合触媒の最適量は、触媒種によって異なるがオクチル酸スズを用いる場合、原料ラクチド重量100重量%に対して0.005〜0.5重量%、好ましくは0.01〜0.1重量%の触媒を用い、通常0.5〜10時間加熱重合することでポリ乳酸を製造することが可能である。アルミニウムアセチルアセトナートを用いる場合、0.01〜0.8重量%、好ましくは0.01〜0.1重量%の触媒を用い、通常0.5〜10時間加熱重合する。反応は窒素など不活性ガス雰囲気または気流中にて行うのが好ましい。
【0021】
本発明の製造方法において、ラクチドの開環重合開始剤を使用しても良い。例えば脂肪族アルコールのモノ、ジ、または多価アルコールのいずれでもよく、また飽和、もしくは不飽和であってもかまわない。具体的にはメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、ヘプタノール、ノナノール、デカノール、ラウリルアルコール、ミリスチルアルコール、セチルアルコール、ステアリルアルコール等のモノアルコール、エチレングリコール、1,2−プロパンジオール、1,3−プロパンジオール、1,3−ブタンジオール、1,4−ブタンジオール、ヘキサンジオール、ノナンジオール、テトラメチレングリコール等の、ジアルコール、グリセロール、ソルビトール、キシリトール、リビトール、エリスリトール等の多価アルコールおよび乳酸メチル、乳酸エチル等を用いることができるがこれらに限定されるものではない。特にエチレングリコール、ラウリルアルコールを用いることが好ましい。用いるアルコールの沸点が重合温度より低い場合には加圧下で反応を行う必要がある。アルコールの量は、目的により異なるが、多すぎると分子量が上がりにくくなる傾向にある。好ましくは全モノマー量100モル%に対して0.01〜1モル%の割合で用いられる。
【0022】
本発明で使用する有機リン化合物は下記一般式1で表される。Rは水素またはアルキル基、Rはアルキル基、Rは一価の有機基を表す。
がアルキル基である場合は、炭素数1〜20であることが好ましく、炭素数1〜10であることがより好ましく、炭素数1〜5であることがさらに好ましい。
のアルキル基は、炭素数1〜20であることが好ましく、炭素数1〜10であることがより好ましく、炭素数1〜5であることがさらに好ましい。
は一価の有機基ならどのような種類でも良いが、好ましくは、アルキル基、芳香族基により置換されたアルキル基、アリール基、オルガニルオキシ基(アルコキシ基、アリールオキシ基)、オルガニルオキシカルボニルアルキル基(アルコキシカルボニルアルキル基、アリールオキシカルボニルアルキル基)、ヒドロキシ基等が挙げられる。その中で残留ラクチド低減の観点からRが、アルキル基、アルコキシ基、またはアルコキシカルボニルアルキル基であることが最も望ましい。ここで記したアルキル基、アルコキシ基は、炭素数1〜20であることが好ましく、炭素数1〜10であることがより好ましく、炭素数1〜5であることがさらに好ましい。芳香族基により置換されたアルキル基は、炭素数7〜30であることが好ましく、炭素数7〜20であることがより好ましく、炭素数7〜15であることがさらに好ましい。アリール基、アリールオキシ基は、炭素数6〜30であることが好ましく、炭素数6〜20であることがより好ましく、炭素数6〜15であることがさらに好ましい。
【0023】
【化2】

【0024】
有機リン化合物のリン原子に直結している水酸基は、1つ以下であることが好ましい。水酸基が2つ以上になると反応釜の腐食の問題が顕著になる場合があるとともに、目標となる分子量のポリ乳酸を得ることが難しくなる場合があるからである。
【0025】
本発明で使用できる一般式1で表される有機リン化合物としては、次のようなものが挙げられるがこれらに限定されるものではない。好ましい態様であるRが水素またはアルキル基、Rがアルキル基、Rがアルキル基、芳香族基により置換されたアルキル基、アリール基またはアルコキシカルボニルアルキル基である化合物としては、メチルホスホン酸ジメチル、メチルホスホン酸メチル、メチルホスホン酸ジエチル、メチルホスホン酸エチル、エチルホスホン酸ジメチル、エチルホスホン酸メチル、エチルホスホン酸ジエチル、エチルホスホン酸エチル、オクタデシルホスホン酸ジメチル、オクタデシルホスホン酸メチル、ドデシルホスホン酸ジエチル、2−エチルヘキシルホスホン酸ビス(2−エチルヘキシル)、2−エチルヘキシルホスホン酸2−エチルヘキシル、ブチルホスホン酸ジブチル、ブチルホスホン酸ブチル、ベンジルホスホン酸ジメチル、ベンジルホスホン酸メチル、ベンジルホスホン酸ジエチル、ベンジルホスホン酸エチル、2−メチルベンジルホスホン酸ジメチル、2−メチルベンジルホスホン酸メチル、2−メチルベンジルホスホン酸ジエチル、2−メチルベンジルホスホン酸エチル、ナフチルメチルホスホン酸ジメチル、ナフチルメチルホスホン酸メチル、ナフチルメチルホスホン酸ジエチル、ナフチルメチルホスホン酸エチル、フェニルホスホン酸ジメチル、フェニルホスホン酸メチル、フェニルホスホン酸ジエチル、フェニルホスホン酸エチル、メチレンビス(ホスホン酸ジエチル)、メチレンビス(ホスホン酸ジイソプロピル)、ビニルホスホン酸ジエチル、アミルホスホン酸ジアミル、オクチルホスホン酸ジエチル、プロピルホスホン酸ジメチル、エチリデンビスホスホン酸テトラキス(1−メチルエチル)、ドデシルホスホン酸ジエチル、(1,1−ジメチルエチル)ホスホン酸ジエチル、(1−メチルエテニル)ホスホン酸ジエチル、イソブチルホスホン酸ジイソブチル、ビニルホスホン酸ジメチル、ジメトキシホスフィニル酢酸メチル、(ジエトキシホスフィニル)酢酸エチル、ホスホノ酢酸トリエチル、ジエチルホスホノ酢酸エチル、ヒドロキシホスホノ酢酸、α−ヒドロキシ−4−クロロベンジルホスホン酸ジエチル、4−アミノベンジルホスホン酸ジエチル、ベンジルホスホン酸ジエチル、4−メトキシベンジルホスホン酸ジエチル、(3,5−ジ−tert−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)ホスホン酸ジエチルなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。上記に列挙した有機リン化合物を有機溶媒に溶解して使用しても良い。使用する溶媒は、開環重合開始剤と同等であっても、種類が異なっても構わない。具体的な溶媒としてはメタノール、エタノール、プロパノール、キシレン、トルエン、エチレングリコール、ラウリルアルコール等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0026】
特に好ましい態様であるRが水素またはアルキル基、Rがアルキル基、Rがオルガニルオキシ基またはヒドロキシ基である化合物としては、トリメチルホスフェート、ジメチルホスフェート、メチルホスフェート、トリエチルホスフェート、ジエチルホスフェート、エチルホスフェート、トリプロピルホスフェート、ジプロピルホスフェート、プロピルホスフェート、トリイソプロピルホスフェート、ジイソプロピルホスフェート、イソプロピルホスフェート、トリブチルホスフェート、ジブチルホスフェート、ブチルホスフェート、トリペンチルホスフェート、ジペンチルホスフェート、ペンチルホスフェート、トリヘキシルホスフェート、ジヘキシルホスフェート、ヘキシルホスフェート、トリヘプチルホスフェート、ジヘプチルホスフェート、ヘプチルホスフェート、トリオクチルホスフェート、ジオクチルホスフェート、ジオクチルホスフェート、メチルフェニルホスフェート、ジメチルフェニルホスフェート、エチルフェニルホスフェート、ジエチルフェニルホスフェート、メチルナフチルホスフェート、ジメチルナフチルホスフェート、エチルナフチルホスフェート、ジエチルナフチルホスフェートなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。上記に列挙した有機リン化合物を有機溶媒に溶解して使用しても良い。使用する溶媒は、開環重合開始剤と同じであっても、異なっても構わない。具体的な溶媒としてはメタノール、エタノール、プロパノール、キシレン、トルエン、エチレングリコール、ラウリルアルコール等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0027】
有機リン化合物の添加量は、重合に用いる触媒量に対し0.5〜20倍モルが好ましく、特に0.5〜10倍モルが好ましい。0.5倍モルより少ないと触媒を失活できないことがあり、20倍モルより多く添加しても効果に差異が生じない傾向にある。
特にリン原子に直結している水酸基を2つ有する一般式1で表される有機リン化合物の添加量は、特に注意を要する。0.5倍モルより少ないと触媒を失活できない傾向が強く、また20倍モルより多く添加すると重合反応中に触媒を失活させてしまい、目標とする分子量のポリ乳酸を得ることが困難となる可能性があるからである。リン原子に直結している水酸基を2つ有する有機リン化合物は、添加量をより厳密に調整する必要があるということを考慮すると、有機リン化合物は、リン原子に直結している水酸基が1つ以下であることが好ましい。
【0028】
有機リン化合物の添加時期は、重量平均分子量が1万以下の段階であることが好ましい。安全性、熱履歴の観点からできるだけ早い段階で添加することが望ましく、具体的には重量平均分子量が、5000以下が好ましく、1000以下が最も好ましい。重量平均分子量が1万より大きい段階で添加すると重合終了までにリン化合物に加えられる熱量(熱履歴)が不十分であるので、有機リン化合物の構造変化が十分でなく、重合触媒を失活できず、ポリ乳酸中の残留ラクチドが多くなる。
【0029】
重量平均分子量が1万以下の段階で、一般式1で表される有機リン化合物を添加することで残留ラクチドが低減するメカニズムは、本発明者らが核磁気共鳴スペクトル分析、ICP発光分析により検討したところ、重合触媒と錯体を形成することで重合触媒を失活させることが示唆されている。即ち、一般式1で表される有機リン化合物は、添加直後、またその後の重合反応の前期過程では、重合触媒と相互作用できないため、重合触媒が機能し、重合反応が正常に行われ、目標の分子量まで到達可能である。一方で、熱履歴と共に有機リン化合物の構造変化が起こり、重合後期や重合反応終了後は重合触媒を失活させていると推定される。特にリンに直結している水酸基が1つ以下の場合、熱履歴による構造変化がなければ、重合触媒と充分に相互作用できない。本発明において、一般式1で表される有機リン化合物を分子量1万以下の段階で添加することにより、有機リン化合物の熱履歴による構造変化が起こり、重合触媒を失活させていると考えられる。重合触媒が失活すると、ラクチドの副生が抑えられるため、結果的にポリ乳酸中の残留ラクチド量を低減することが可能となる。
【0030】
リン原子に直結している水酸基を2つ有する有機リン化合物を用いる場合、重合に用いる触媒量に対する添加量が15倍モルより多い場合は、重合反応中に触媒を失活させてしまい、目標とする分子量のポリ乳酸を得られないことがある。好ましくは、リン原子に直結している水酸基を2つ有する有機リン化合物の添加量が10倍モルより少ない場合は、目標とする分子量のポリ乳酸を得ることが可能かつ残留ラクチドを低減できる。
【0031】
リン原子に直結している水酸基を3つ有する有機リン化合物を添加した場合は、有機リン化合物の種類、添加量に関わらず、重合反応中に触媒を失活させてしまい、目標とする高分子量のポリ乳酸を得られない。
【0032】
有機リン化合物の添加方法としては特に限定されない。原料であるラクチドと共に添加しても良い。また反応液の温度を上げてラクチド溶解した後に添加しても良い。これらのうち、ラクチドを溶解した後に添加するのが好ましい。ラクチド、有機リン化合物、触媒を速やかに混合することができ、重合効率を高めることができると共に、到達分子量のコントロールが容易になるからである。
【0033】
本発明において、重量平均分子量1万以下の段階で有機リン化合物を添加する限り、重合触媒と有機リン化合物の添加順序は拘らない。重合触媒と有機リン化合物の相互作用を考慮すると、反応効率の観点より有機リン化合物は重合触媒と同時に添加することが好ましい。ここで言う「同時」というのは、触媒と有機リン化合物を予め混合しても添加してもよいし、混合せずに例えば別々若しくは同じ配管から同時に投入してもよい。
【0034】
本発明において、ポリ乳酸の重合温度は、ラクチドが溶解し、添加する有機リン化合物の沸点より低い温度であることが好ましい。有機リン化合物の沸点以上で重合すると、例え冷却管を備えていたとしても反応中に有機リン化合物が溜去し、触媒を失活できず残留ラクチド低減することができないおそれがあるからである。重合温度が高ければ、有機リン化合物の構造変化も早く、重合触媒を短時間で失活できるが、ラクチドのラセミ化も進行するため重合温度は、230℃以下が好ましい。即ち、重合温度は、特に100〜230℃が好ましい。
【0035】
釜の形態、重合温度により最適な重合時間は異なるが、重合温度に到達してから40〜360分反応させることが好ましい。重合時間が、40分より短いと有機リン化合物が、重合触媒を失活できる構造に変化しないおそれがあり、残留ラクチドが低減できない場合がある。また重合時間が360分を超えると、反応中にポリ乳酸の分解が起こり、樹脂が着色することがある。
【0036】
本発明では、必要に応じ、酸化防止剤、熱安定剤、紫外線吸収剤、滑剤、粘着付与剤、可塑剤、架橋剤、粘度調整剤、静電気防止剤、香料、抗菌剤、分散剤、重合禁止剤などの各種添加剤を、本発明の効果を損なわない範囲で添加できる。
【0037】
本発明で用いる湿式コンデンサーは従来公知の図1のような湿式コンデンサーを使用することができるが、これに限定されるものではない。例えば、ポリエステルの重縮合反応において、重縮合反応器から排出されるガスを凝縮させる装置として湿式コンデンサーが広く使用されているが、このような湿式コンデンサーを用いてポリエステル(例えば、ポリエチレンテレフタレート)を製造する場合、循環液としてエチレングリコールを循環利用することで、飛沫同伴作用による未反応のテレフタル酸やポリエステルオリゴマーのコンデンサー閉塞を抑制していることは既知である。しかし、ラクチドを原料とするポリ乳酸では、循環液にエチレングリコールを使用しても原料であるラクチド及びポリ乳酸オリゴマーを溶かすことができない為にコンデンサーの閉塞を引き起こし、安定した生産性に劣る。
【0038】
汎用グリコール、例えばエチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ブタンジオール等はラクチドを溶かすことはできず、コンデンサーの閉塞が起きる。その他、ラクチドは水及び有機溶剤にも可溶であるが、水及び低沸点の有機溶剤は、重縮合工程における減圧の際には系外に排出され、循環することが困難となり工業生産には不向きである。
【0039】
ラクチド及びポリ乳酸オリゴマーを溶解させる循環液として該ラクチドと溶解度パラメーターの差が3J1/2/cm3/2以下である循環液を使用すると良いことがわかった。ラクチド(D−、L−、DL−またはメソラクチド)の溶解度パラメーターは、20J1/2/cm3/2である。さらに、重縮合工程における減圧の際に、系外に排出されにくい、沸点が150℃以上の循環液である必要がある。また、湿式コンデンサーでの冷却温度5〜50℃で液状である循環液が好ましい。このような条件を満たす循環液の具体例としては、酢酸ジエチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、1−オクタノール、2−エチル−1−ヘキサノール、γ―ブチロラクトン、δ―バレロラクトン、ε―カプロラクトン、ニトロベンゼン、安息香酸エチル等が挙げられる。循環液の沸点は190℃以上が好ましく、酢酸ジエチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、1−オクタノール、γ―ブチロラクトン、δ―バレロラクトン、ε―カプロラクトン、ニトロベンゼン、安息香酸エチルが挙げられる。これらの中でも、沸点が210℃以上である酢酸ジエチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、δ―バレロラクトン、ε―カプロラクトン、ニトロベンゼン、安息香酸エチルがさらに好ましい。
【0040】
本発明において、溶解度パラメーターは、Fedorsの式δ=(Ecoh/V)1/2(Fedors,R.F.,Polymer Eng.Sci.14(1974)147)から算出した値である。ここで、δは溶解度パラメーター、Ecohは凝集エネルギー、Vはモル体積を表し、EcohとVにFedorsが報告した値を代入し、溶解度パラメータを算出した。
【実施例】
【0041】
本発明を更に具体的に説明するために以下に実施例を述べるが、本発明はこれらに限定されるものではない。尚、実施例における特性値は以下の方法によって測定した。
【0042】
(1)重量平均分子量
テトラヒドロフランを移動相とした島津製作所製島津液クロマトグラフProminenceを用いて、カラム温度30℃、流量1mL/分にてGPC測定をおこなった結果から計算して、ポリスチレン換算した値を用いた。カラムは昭和電工(株)Shodex KF−802、804、806を用いた。
(2)残留ラクチド量 (wt%)
試料をクロロホルムDに溶解し、400MHzの核磁気共鳴スペクトル(NMR)装置を用い、ポリ乳酸に由来するプロトンの積分値と残留ラクチドに由来するプロトンの積分値の比から算出した。
(3)腐食性の有無
重合後のポリマー0.2gに硝酸3mLを添加し、密閉性高圧湿式分解法により測定液を調整した。測定液をICP発光法により定量化し、Cr原子が0.1ppm以上観測された場合、腐食性ありと判断した。
(4)貯蔵安定性
合成したポリ乳酸を酢酸エチルに溶解した。その溶液を二軸延伸ポリプロピレンフィルムに塗布後、減圧乾燥して剥がすことにより50μmのポリ乳酸薄膜を得た。得られたポリ乳酸薄膜を40℃、85%RHの条件下に放置し、30日後の分子量保持率が50%以上である場合、貯蔵安定性良好と判断した。30日後の分子量保持率が50%より小さい場合、不良と判断した。
【0043】
<実施例1>
攪拌機、温度計、窒素吹き込み口、湿式コンデンサーを備えた2LのSUS304製反応釜にL−ラクチド400g、D−ラクチド100gを入れ、窒素雰囲気下で攪拌しながら温度120℃でラクチドを溶融した後、オクチル酸スズ0.14g、開始剤としてのエチレングリコール0.5g、トリメチルホスフェート0.29gを添加した。添加時のラクチドの重量平均分子量は500以下であった。その後180℃まで昇温し、重合を1.5時間行い、0.1Torrで0.5時間減圧してポリ乳酸を合成した。このときの重合工程中の湿式コンデンサー内の循環液は、ジエチレングリコールモノブチルエーテルを使用した。重合工程中、コンデンサー内の詰まりは無かった。
樹脂の還元粘度、残留ラクチド量、腐食性の有無を測定した結果を表1に示す。表1より本発明の方法によれば腐食性なく、残留ラクチドが少なく、かつ高分子量のポリ乳酸が得られることが分かる。
【0044】
<実施例2>
攪拌機、温度計、窒素吹き込み口、湿式コンデンサーを備えた2LのSUS304製反応釜にL−ラクチド400g、D−ラクチド100gを入れ、窒素雰囲気下で攪拌しながら温度120℃でラクチドを溶融した後、オクチル酸スズ0.14g、開始剤としてのエチレングリコール0.5gを添加し、180℃まで昇温した。重合を0.3時間おこない、重量平均分子量が8270になった段階で、トリメチルホスフェート0.29gを添加した。その後、重合を1.2時間おこない、0.1Torrで0.5時間減圧してポリ乳酸を合成した。このときの重合工程中の湿式コンデンサー内の循環液は、ジエチレングリコールモノブチルエーテルを使用した。重合工程中、コンデンサー内の詰まりは無かった。
樹脂の還元粘度、残留ラクチド量、腐食性の有無を測定した結果を表1に示す。実施例1に比べ、トリメチルホスフェートの熱履歴が少ないため、残留ラクチド量は、やや多くなったが、貯蔵安定性は充分に満足できる樹脂を得ることができた。本発明の方法によれば腐食性なく、残留ラクチドが少なく、かつ高分子量のポリ乳酸が得られることが分かる。
【0045】
<実施例3>
トリメチルホスフェート0.29gをホスホノ酢酸トリエチル0.47gに変更した以外は実施例1と同様の方法でポリ乳酸を合成した。重合工程中、コンデンサー内の詰まりは無かった。
樹脂の還元粘度、残留ラクチド量、腐食性の有無を測定した結果を表1に示す。表1より本発明の方法によれば腐食性なく、残留ラクチドが少なく、かつ高分子量のポリ乳酸が得られることが分かる。
【0046】
<実施例4>
重合工程中の湿式コンデンサー内の循環液をδ―バレロラクトンに変更した以外は実施例1と同様の方法でポリ乳酸を合成した。重合工程中、コンデンサー内の詰まりは無かった。
樹脂の還元粘度、残留ラクチド量、腐食性の有無を測定した結果を表1に示す。表1より本発明の方法によれば腐食性なく、残留ラクチドが少なく、かつ高分子量のポリ乳酸が得られることが分かる。
【0047】
<実施例5>
重合工程中の湿式コンデンサー内の循環液をε―カプロラクトンに変更した以外は実施例1と同様の方法でポリ乳酸を合成した。重合工程中、コンデンサー内の詰まりは無かった。
樹脂の還元粘度、残留ラクチド量、腐食性の有無を測定した結果を表1に示す。表1より本発明の方法によれば腐食性なく、残留ラクチドが少なく、かつ高分子量のポリ乳酸が得られることが分かる。
【0048】
<実施例6>
重合工程中の湿式コンデンサー内の循環液を1−オクタノールに変更した以外は実施例1と同様の方法でポリ乳酸を合成した。重合工程中、コンデンサー内の詰まりは無かった。
樹脂の還元粘度、残留ラクチド量、腐食性の有無を測定した結果を表1に示す。表1より本発明の方法によれば腐食性なく、残留ラクチドが少なく、かつ高分子量のポリ乳酸が得られることが分かる。
【0049】
<実施例7>
重合工程中の湿式コンデンサー内の循環液を2−エチル−1−ヘキサノールに変更し、1Torrで0.5時間減圧してポリ乳酸を合成した以外は実施例1と同様の方法でポリ乳酸を合成した。重合工程中、コンデンサー内の詰まりは無かった。
樹脂の還元粘度、残留ラクチド量、腐食性の有無を測定した結果を表1に示す。表1より本発明の方法によれば腐食性なく、残留ラクチドが少なく、かつ高分子量のポリ乳酸が得られることが分かる。
【0050】
<比較例1>
重合工程中の湿式コンデンサー内の循環液として、エチレングリコールを使用した以外は、実施例1と同様の方法でポリ乳酸を合成した。しかし、コンデンサー内部にラクチド及びポリ乳酸オリゴマー成分が付着し閉塞し、重合テストが継続できなかった。
【0051】
<比較例2>
重合工程中の湿式コンデンサー内の循環液として、ジエチレングリコールを使用した以外は、実施例1と同様の方法でポリ乳酸を合成した。しかし、コンデンサー内部にラクチド及びポリ乳酸オリゴマー成分が付着し閉塞し、重合テストが継続できなかった。
【0052】
<比較例3>
重合工程中の湿式コンデンサー内の循環液として、トルエンを使用した以外は、実施例1と同様の方法でポリ乳酸を合成した。しかし、コンデンサー内部にラクチド及びポリ乳酸オリゴマー成分が付着し閉塞し、重合テストが継続できなかった。循環液が低沸点であり、トルエンの系外留出が顕著であった。
【0053】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明によると、重合工程中、湿式コンデンサー内の閉塞がなく、ポリ乳酸を効率よく安定的に製造でき、また製造時に重合反応釜の腐食がなく、しかも残留ラクチドが少ないポリ乳酸が効率よく製造でき、そのポリ乳酸は貯蔵安定性や成形加工性を共に高いレベルで満足することができる。
【符号の説明】
【0055】
1 湿式コンデンサー本体
2 重縮合反応器からの反応ガス入口
3 非凝縮性ガスの排気管
4 循環液の入口
5 循環液の排液管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクチドを主原料として開環重合によりポリ乳酸を製造する方法において、重合反応装置に湿式コンデンサーを設置し、該湿式コンデンサーの本体内に該ラクチドと溶解度パラメーターの差が3J1/2/cm3/2以下であり、沸点が150℃以上の循環液を循環させることを特徴とするポリ乳酸の製造方法。
【請求項2】
ラクチドを主原料として、触媒を用いたラクチドの開環重合によりポリ乳酸を製造する方法において、重量平均分子量が1万以下の段階で、下記一般式1で表される有機リン化合物を添加することを特徴とする請求項1に記載のポリ乳酸の製造方法。
【化1】

(式中、Rは水素またはアルキル基、Rはアルキル基、Rは一価の有機基を表す。)
【請求項3】
前記一般式1で表される有機リン化合物の添加量が、重合に用いる触媒量に対し0.5〜20倍モルである請求項2に記載のポリ乳酸の製造方法。
【請求項4】
前記一般式1で表される有機リン化合物と重合触媒を同時に添加することを特徴とする請求項2または3に記載のポリ乳酸の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−1546(P2011−1546A)
【公開日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−115282(P2010−115282)
【出願日】平成22年5月19日(2010.5.19)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】