説明

ポリ乳酸樹脂組成物およびそれを用いたポリ乳酸繊維の製造方法

【課題】
本発明の目的は、溶融加工時の分解ガス発生が抑制されたポリ乳酸を含有する樹脂組成物、その樹脂組成物からなる繊維および繊維構造体を提供する。
【解決手段】
樹脂成分としてポリ乳酸が95重量%以上含まれた樹脂組成物であって、1分子内にリン原子とヒンダードフェノール構造を同時に含む分子構造を有した分解抑制剤が0.01〜1mol%含まれていることを特徴とするポリ乳酸樹脂組成物であり、溶融成形時に発生する低級脂肪酸を主成分とした分解ガスの発生が抑制される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分解ガス発生抑制に優れたポリ乳酸樹脂組成物ならびにそれを用いたポリ乳酸繊維の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ナイロン6やナイロン66に代表されるポリアミドからなる繊維、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレートおよびポリ乳酸に代表されるポリエステルからなる繊維は、強度、力学特性および寸法安定性に優れるため、衣料用途のみならずインテリアや車両内装、産業用途等幅広く利用されている。また、ポリエチレンやポリプロピレン等に代表されるポリオレフィンからなる繊維は、その軽さを活かして産業用途に幅広く利用されている。
【0003】
しかしながら、石油資源を原料としたこれらのポリマーは優れた特性を有する一方で、有限な資源である石油資源を多量に消費するため、最終的に地質時代から地中に蓄えられてきた二酸化炭素が大気中に放出されることとなるために、地球温暖化へ与える影響が大きく、地球規模で深刻な問題となっている。
【0004】
このような問題への取り組みとして、二酸化炭素を大気中から取り込み成長する植物資源を原料としたポリマーの利用により、二酸化炭素循環による地球温暖化を抑制する取り組みが活発に行われており、ポリ乳酸をはじめとしたバイオマスポリマーに注目が集まっている。
【0005】
ポリ乳酸は、バイオマスポリマーの中でも力学的特性が優れているため、石油資源を原料とする従来のポリマーの代替となり得る素材として注目が集まり、溶融成形による工業化技術の検討が盛んに行われている。これらの工業化に対する取り組みとしては、樹脂(ポリマー)の特性改善から溶融成形プロセス、さらにポリ乳酸の特性を生かした用途開発等多岐にわたるものであるが、これらに共通した問題に耐熱性というキーワードが挙げられる。
【0006】
ポリ乳酸は、分子構造的に高温や高湿度下では、加水分解されやすいという特性を有するために、溶融成形時に容易に分子量低下する等の熱劣化を起こし、溶融成形の条件の選定を困難にする等の問題となるため、ポリ乳酸の耐熱性改善に対する技術提案が多く存在する。
【0007】
提案されている技術としては、例えば、分子量保持などを可能とするために分解途中で発生する有機ラジカル等を捕捉する効果を有した添加剤をポリ乳酸に添加し、耐熱性向上を図る技術がある。この技術は、溶融混練機等によってポリ乳酸に簡易に添加剤をブレンドすることができ、添加剤を樹脂組成物内に留まるようにすることにより効果を発揮するものが多く、特殊な設備を必須としないため、工業的にも有効な手段である。
【0008】
ポリ乳酸の耐熱性改善に有効な添加剤に関する提案としては、リン化合物および/またはヒンダードフェノール化合物をポリ乳酸に添加することにより、分子量保持というようないわゆる耐熱性改善に関する技術提案がある(特許文献1および特許文献2参照。)。しかしながら、いずれの技術提案においても、分子量保持や色調改善は可能であるものの、溶融加工時に発生する分解ガスを抑制する効果が低いという課題があった。
【0009】
溶融成形時にポリ乳酸が発生する分解ガスは、低級脂肪酸を含むものであり、溶融成形時にこの分解ガスが発生することにより、生産現場や周辺環境には独特の臭気が漂うことだけでなく、この低級脂肪酸は、酢酸、プロピオン酸およびアクリル酸等が主な成分であるため、これらを含んだ分解ガスが多量発生するような場合には作業員の保護のために排気設備が必要となる。さらには、低級脂肪酸の成分はいずれも強い金属腐食性を有するため、溶融成形装置の配管や計量部などを腐食し、長期生産を続けると溶融成形装置の部品が変形し破損するなどの可能性があるため、部品交換頻度が増加したり、最終的には部品を耐酸性処理した特殊な材質とする必要があるため、コストの増大や溶融成形装置を専有化する必要があるなどの課題があった。
【0010】
そのため、環境保護という観点からポリ乳酸に注目が集まり、生産量の拡大が進められる昨今、溶融成形時における分解ガス発生、特に低級脂肪酸の発生が抑制されたポリ乳酸樹脂組成物の開発が切望されていた。
【特許文献1】特開2007−23081号公報 特許請求の範囲
【特許文献2】特許3532850 特許請求の範囲
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、溶融加工時の分解ガス発生が抑制されたポリ乳酸樹脂からなる樹脂組成物、ならびにそれを用いたポリ乳酸繊維の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため、本発明は次の構成からなるものである。すなわち、本発明のポリ乳酸樹脂組成物は、樹脂成分としてポリ乳酸が95重量%以上含まれる樹脂組成物であって、1分子内にリン原子とヒンダードフェノール構造を同時に含む分子構造を有した分解抑制剤が樹脂全体に対して0.01〜1mol%添加されていることを特徴とするポリ乳酸樹脂組成物である。
【0013】
本発明のポリ乳酸樹脂組成物の好ましい態様によれば、前記の分解抑制剤の融点は70〜170℃であり、そして前記のポリ乳酸樹脂組成物は分解ガス発生が抑制されたものであり、不活性ガス雰囲気中、250℃の温度で30分間保持した際に発生する分解ガス中の低級脂肪酸量が、15mg/kg以下のものである。
【0014】
本発明の前記のポリ乳酸樹脂組成物からは、それを溶融紡糸してポリ乳酸繊維を製造することができ、ポリ乳酸繊維から織編物等のポリ乳酸繊維構造体を得ることができる。
【0015】
また、本発明のポリ乳酸繊維を製造方法は、ポリ乳酸と1分子内にリン原子とヒンダードフェノール構造を同時に含む分子構造を有する分解抑制剤を含む樹脂組成物を用いて溶融紡糸するポリ乳酸繊維の製造方法であって、前記の分解抑制剤が樹脂全体に対して0.01〜1mol%となる量でポリ乳酸と混練した後、溶融紡糸に供することを特徴とするポリ乳酸繊維の製造方法である。
【0016】
本発明のポリ乳酸繊維を製造方法の好ましい態様においては、樹脂成分として前記のポリ乳酸が95重量%以上含まれる樹脂組成物を用いるものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ポリ乳酸樹脂が95重量%以上含まれた樹脂組成物であって、1分子内にリン原子とヒンダードフェノール構造を同時に含む分子構造を有した分解抑制剤が0.01〜1mol%含まれているポリ乳酸樹脂組成物とすることにより、溶融成形時に発生する分解ガス中の低級脂肪酸発生量が抑制され、生産現場はもとより周辺環境に漂う臭気を低下させることができる。さらに低級脂肪酸発生量の低下に伴い、溶融加工装置の配管や計量部の腐食が抑制されるため、特殊な設備を必要とせず安定した品質で連続的な生産が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明のポリ乳酸樹脂組成物には、少なくとも樹脂成分であるポリ乳酸と、1分子内にリン原子とヒンダードフェノール構造を同時に含む分子構造を有した分解抑制剤が含まれている。
【0019】
本発明で用いられるポリ乳酸とは、L−乳酸および/またはD−乳酸を主たる構成成分とする樹脂であるが、ポリ乳酸として乳酸成分の光学純度が高いものを用いることがポリ乳酸そのものの耐熱性を向上させることができるため好ましい態様である。具体的には、ポリ乳酸は、ポリ乳酸の総乳酸成分の内、L体が80%以上含まれるかあるいはD体が80%以上含まれていることが好ましく、より好ましくはL体が90%以上含まれるかあるいはD体が90%以上含まれているポリ乳酸であり、さらに好ましくはL体が95%以上含まれるかあるいはD体が95%以上含まれているポリ乳酸である。
【0020】
ポリ乳酸の製造方法としては、既知の重合方法を用いることができ、乳酸からの直接重合法や、ラクチドを介する開環重合法などを挙げることができる。
【0021】
ポリ乳酸の融点は、120℃以上であることが好ましく、溶融加工後の加工性を考えると150℃以上であることがさらに好ましい。ポリ乳酸の融点は、通常、乳酸成分の光学純度を高くすることにより高くなり、融点120℃以上のポリ乳酸は、L体が90%以上含まれるかあるいはD体が90%以上含まれることにより得ることができ、また融点150℃以上のポリ乳酸は、L体が95%以上含まれるかあるいはD体が95%以上含まれることにより得ることができる。
【0022】
本発明で用いられるポリ乳酸は、他の共重合成分を含んでいてもよく、他の共重合成分としては、グリコール化合物、ジカルボン酸、ヒドロキシカルボン酸およびラクトン類を挙げることができる。これらの共重合成分は、共重合することにより融点降下を引き起こす場合があり、逆に分解ガス発生を助長する場合があるが、共重合量が、全単量体成分に対し0〜30mol%程度であれば問題なく使用することができる。
【0023】
ポリ乳酸は、生分解性を有し、菌等によって簡易に水と二酸化炭素に分解されため、自然環境中に放置された場合でも時間の経過とともに分解が進み、樹脂組成物として、自然環境に残存しないため、環境保全に効果的な素材と言える。このような特性を有効に活用するためには、樹脂組成物を実質的にポリ乳酸が構成していることが必要である。そのため、本発明のポリ乳酸樹脂組成物においては、ポリ乳酸の樹脂成分としての組成比率は、樹脂成分を100重量%としたときにポリ乳酸が95重量%以上であることが必要であり、分解抑制剤が有効に作用する添加量を考慮すると、組成比率の実質的な上限値は99.9重量%である。
【0024】
このように実質的にポリ乳酸により構成される本発明のポリ乳酸樹脂組成物において、分解ガス中の低級脂肪酸量を抑制するために、1分子内にリン原子とヒンダードフェノール構造を同時に含んだ分子構造を有する分解抑制剤が添加されていることが重要である。
【0025】
ここで言う分解抑制剤とは、分解途中で発生する有機ラジカル等を効率的に捕捉し、分解ガス、特に低級脂肪酸の発生を抑制する効果を有した添加剤を意味する。
【0026】
一般にポリマーを溶融した際、ポリマーの耐熱性が低いと、ポリマーやそれに含まれるオリゴマーなどの熱分解により有機ラジカルが発生し、一旦、有機ラジカルが発生すると新たなラジカルやラジカル開始剤となる過酸化物が連鎖的に生成される。有機ラジカルは不安定な構造であるため、ポリマーをさらに分解し、また新たに有機ラジカルを発生する。このように一度有機ラジカルが発生すると、連鎖的にポリマーの分解が進み低分子量化することで、場合によっては揮発性の分解ガスを発生することとなる。さらに、分解物が高温雰囲気下などに滞留するとさらに反応が進むことで過酸化物となり、酸化されることで低級脂肪酸などの腐食性ガスを発生することとなる。
【0027】
ポリ乳酸の場合には、特に前述したラジカルを起因とした分解のメカニズムが進行し易く、この分解ガス発生を抑制するためには、従来の熱分解抑制処方では不十分であり、より高度に熱分解を抑制することが要求される。本発明者等はこの点に関して、鋭意検討した結果、1分子内にリン原子を含むリン化合物構造とヒンダードフェノール構造を同時に含む分子構造を有する分解抑制剤が非常に効果的であることを見出した。
【0028】
ヒンダードフェノール構造は、ポリマーやオリゴマーの熱分解で発生したラジカルに電子を供給することによりラジカル連鎖反応を抑制または停止させる機能を有するものであり、ポリマーの熱分解による分解ガス発生の初期過程を抑制するものである。これにより、ポリマーの熱分解の進行を抑制し、分解ガスの発生も抑制できるのである。
【0029】
しかしながら、上記のラジカルが有機過酸化ラジカル(R−O−O・)の場合には、ヒンダードフェノール構造で電子が供与された後、水素がカウンターカチオンとなると有機過酸化物であるR−O−OHが生成し、さらこれから有機酸(ROOH)を生成してしまう場合がある。これは、ヒンダードフェノール構造が無い場合よりも少ないとしても、有機酸が生成することで前記した問題を十分解決できない場合もある。そのため、過酸化ラジカルの発生そのものを抑制する必要があるが、過酸化ラジカルの元となる有機ラジカルは熱以外にも触媒残さなどによっても発生する場合が有る。これを抑制するのがリン原子を含むリン化合物構造である。
【0030】
具体的には、5価リン構造としては、リン酸構造、ホスホネート構造、ホスフィネート構造およびホスフィンオキサイド構造、また3価リン構造としては、ホスファイト構造、ホスホナイト構造、ホスフィナイト構造およびホスフィン構造などにより、触媒残さを失活させ有機ラジカル発生そのものを抑制することができるが、触媒残さへの配位能力の観点からはホスフィン構造が特に好ましい。また、過酸化物であるR−O−OHを有機酸ではなくアルコールなどに変化させる観点からも、リン化合物が有効である。このときは、リン化合物は還元剤として作用することが重要であり、ホスフィン構造やホスファイト構造など3価リンであることが好ましい。
【0031】
すなわち、ヒンダードフェノール構造がないと、ラジカル連鎖反応を止めることができないため反応がどんどん進み、最終的に生成した低分子有機物が酸化され、低級脂肪酸が多く発生してしまう。一方、リン化合物構造がないと、元々の有機ラジカル発生を抑制できない、あるいは有機過酸化物から有機酸を生成する反応を抑制することができないのである。
【0032】
ポリマーの熱分解による有機ラジカル発生、またこれに起因する分解ガス(特に、低級脂肪酸)の生成反応は上記した反応で進み、しかも反応速度が速いことがあるため、リン原子とヒンダードフェノール構造を同一分子内に備えることで、有機ラジカルの発生抑制、ラジカルの失活および過酸化物の還元を連携して行えるようにすることが重要なのである。
【0033】
これらの3つの機構のうち、ヒンダードフェノール構造によるラジカル失活と残りの2つの機構のどちらか、あるいは両方が組み合わされていれば良いが、同一分子内にヒンダードフェノール構造とリン酸構造(5価リン)とホスフィン構造(3価リン)あるいはホスファイト構造(3価リン)の3つを備えた分子は工業的には入手が難しく、入手できたとしても高価であるため、ヒンダードフェノール構造と、リン酸構造(5価リン)、ホスフィン構造(3価リン)、ホスファイト構造(3価リン)から選ばれるどれか1種のリン化合物構造を有する分解抑制剤が好ましい。特に、有機ラジカルそのものの発生を抑制する観点から、ヒンダードフェノール構造とリン酸構造からなる分解抑制剤を用いることが好ましい。
【0034】
同様の効果を狙い、例えば、特許文献1に記載されるようにリン化合物構造とヒンダードフェノール化合物を併用することも考えられるが、この場合は、リン原子とヒンダードフェノール構造を1分子内に有していないために、反応速度が速いラジカル連鎖反応や有機ラジカルから有機酸への反応を効率よく抑制することが困難であることに加え、各々の添加剤で融点が異なるために温度による反応性も異なるため、本発明の目的とする分解ガス発生を抑制する効果は低下することとなる。また、リン化合物やヒンダードフェノール化合物を単独で用いる場合には、分解ガス発生を抑制する効果が低くなってしまうことは言うまでもない。
【0035】
ポリ乳酸の溶融成形時に発生する分解ガスは、低級脂肪酸に由来した独特の臭気を有したものであり、このガスが多量に発生する場合には作業員保護のために排気設備が必要となる。
【0036】
また、この分解ガスは低級脂肪酸、すなわち、酢酸、プロピオン酸およびアクリル酸等のような酸性の成分を有しており、特に酢酸およびプロピオン酸は金属腐食性を有するため、長期連続生産することにより、分解ガス発生に曝された溶融成形装置の配管部や計量部を腐食し、金属部分を刻々と劣化させるため、最悪の場合装置が破損する場合がある。特に、溶融紡糸装置は複雑な配管を有している場合が多く、滞留時間も長いため、この腐食の影響は大きく、特に、品種切り替え等によりたびたび紡糸機を停機し、再立ち上げを繰り返す場合には、配管や計量部に付着した分解ガスが装置の停機中に滞留した場所で液化し、配管の継ぎ目や計量部分の部品間に入りこみ、再立ち上げの際の加熱によって、滞留していた部分の腐食を急速に進めるため、配管や計量部の交換を余儀なくされ、生産計画やコストに重大な影響を与える。その対策としては、配管部や計量部に表層を耐酸性処理した特殊な材料に変更することも考えられるが、コストが莫大なものになることに加え、装置を専有化する必要も生じる等の制限があり、この場合には生産環境に漂う分解ガスを抑制することにはならないため、根本的な解決にはならず、本発明の分解ガス発生を抑制する効果は非常に大きいものとなる。
【0037】
本発明で用いられる分解抑制剤の添加量は、樹脂全体に対し、0.01〜1mol%の範囲とすることが重要であり、低級脂肪酸発生量を抑制することにより、作業環境の改善および溶融成形装置の金属腐食の抑制に効果が現れる。
【0038】
ここで言う樹脂全体とは、ポリ乳酸の物質量のことを言い、本発明の分解抑制剤は物質量として、これに対し0.01〜1mol%含まれていることが重要である。
【0039】
本発明で用いられる分解抑制剤は、1分子にリン原子とヒンダードフェノール構造を同時に含んだ分子構造をするため、添加量は樹脂全体に対し、0.01mol%以上とすることにより、分解により発生した有機ラジカルに作用し、低級脂肪酸の発生抑制に効果がある。分解抑制剤の添加量は、多量なほど低級脂肪酸発生量の抑制には効果的である。分解抑制剤の添加量を1mol%以下とすることにより、添加量の増加に伴ったポリ乳酸の溶融粘度などの溶融特性の悪化を抑制することが可能である。また、上記の添加量の範囲であれば、ポリ乳酸の生分解性を考慮した用途に問題なく使用することができる。また、溶融成形後にポリ乳酸樹脂組成物内に余剰な分解抑制剤を残存させないという観点から、分解抑制剤の添加量は0.1〜0.5mol%の範囲が好ましい。
【0040】
ポリ乳酸の溶融成形温度は一般に170〜250℃であるが、溶融混練性を高め、分解抑制剤をより効果的なものとするためには、本発明で用いられる分解抑制剤の融点は、ポリ乳酸の溶融成形温度以下であることが好ましい。但し、分解抑制剤の融点が低すぎると、混練機に投入すると同時に昇華し、添加量に対する分解抑制の効果が得られない場合があり、このような溶融成形時の取扱い性を考えれば、分解抑制剤の融点は70〜170℃であることが好ましく、更に好ましくは100〜170℃である。
【0041】
ここで言う融点とは、示差走査熱量測定(DSC)で観測される融解ピークのピークトップ温度を意味し、具体的な測定方法としては、例えば、次のようにして行うことができる。すなわち、サンプル10mgを計量し、それをアルミパンに封入後、DSCに設置して昇温速度16℃/分で測定を行う。そして、2nd runにおいて、融解ピークのピークトップ温度を融点として求めたものである。
【0042】
本発明で用いられる分解抑制剤は、その分子構造に1分子内にリン原子とヒンダードフェノール構造を含んだものであり、その具体例としては、ジエチル[[3,5−ビス(1,1−ジメチルエチル)−4−ヒドロキシフェニル]メチル]ホスフォネートやその金属塩、および6−[3−(3−t−ブチル−4−ヒドロキシ−5−メチル)プロキシ]−2,4,8,10−テトラ−t−ブチルジベンズ[d,f][1,3,2]−ジオキサホスフェピンなどが挙げられるが、取扱い性や分解抑制剤の融点を考慮すれば、ジエチル[[3,5−ビス(1,1−ジメチルエチル)−4−ヒドロキシフェニル]メチル]ホスフォネートが好適に用いられる。ジエチル[[3,5−ビス(1,1−ジメチルエチル)−4−ヒドロキシフェニル]メチル]ホスフォネートとしては、例えば、チバ・ケミカル・スペシャリティ株式会社製“IRGAMOD”(登録商標)295が挙げられ、この分解抑制剤は粉体であるため、ブレンドする際の取扱い性が良く、かつ120℃と本発明で用いるには適当な融点を有しているため、好適に用いることができる。
【0043】
本発明のポリ乳酸樹脂組成物は、このような分解抑制剤が添加されていることにより、分解ガス発生が抑制されるものであるが、その分解ガス成分の中でも低級脂肪酸量が抑制されていることが重要である。
【0044】
低級脂肪酸は、酢酸、プロピオン酸およびアクリル酸等を意味し、独特の刺激臭を有するため、これらを含んだ分解ガスが多量発生するような場合には作業員の保護のために排気設備が必要となる。さらには、低級脂肪酸の成分はいずれも強い金属腐食性を有するため、溶融成形装置の配管や計量部などを腐食し、異物混入による品質の悪化や吐出軽量性の低下に伴う品質安定性の低下に加え、連続生産を続けると溶融成形装置の部品が変形、破損するなどの深刻な問題を引き起こす場合がある。
【0045】
本発明のポリ乳酸樹脂組成物は、前述したメカニズムによって、溶融成形時に発生する低級脂肪酸の発生が抑制されるため、生産環境への悪影響を低減させると共に溶融成形装置の劣化を食い止めることができる。
【0046】
本発明のポリ乳酸樹脂組成物は、ポリ乳酸の融点(一般に170℃)に対して、高温である250℃という過剰な温度条件の中で、30分間保持した際でも抑制されることが特徴であり、この際に測定される低級脂肪酸量が抑制されていれば、前述した臭気および金属腐食の問題は大きく改善されるものである。具体的には、不活性ガス雰囲気中で250℃の温度で30分保持したときに発生する分解ガスに含まれる低級脂肪酸量が、樹脂組成物
重量に対し、15mg/kg以下であることが好ましく、この範囲であれば生産現場に漂う臭気や金属腐食による溶融成形装置の劣化は未添加の場合と比較して大きく改善されたものとなる。
【0047】
溶融紡糸機の場合は複雑に入り組んだ配管があり、計量部に関しても複雑な構成になっているため、配管の継ぎ目や部品間にこの分解ガスが滞留し易く、停機時に液化して、その腐食の範囲を拡大させることとなる。そのため、低級脂肪酸量は少ないほど好ましいが、13mg/kg以下であれば、後述する実施例5に示したように溶融成形時においても臭気はほとんど感じられず、金属腐食もほとんど確認されなくなるため、さらに好ましい範囲として挙げられる。但し、実施可能な範囲として、低級脂肪酸量の下限値は1mg/kgである。
【0048】
ここで言う分解ガス中の低級脂肪酸量とは、次のように測定を行うものである。
【0049】
まず、ペレット化したポリ乳酸樹脂組成物を50mg計量し、ヘリウムガスで満たされたガラス容器内で250℃の温度まで加熱し、この温度で30分間保持している間に発生した分解ガスを活性炭捕集管に捕集する。この分解ガスが捕集された捕集管を300℃の温度に加熱し、捕集成分を脱着させ、ガスクロマトグラフィーに導入し、成分を分析することにより、分解ガスに含まれる成分および発生量を測定し、ポリ乳酸樹脂組成物重量で除することによりポリ乳酸樹脂組成物単位重量当たりの発生量を算出することができる。
【0050】
ここで言うペレットとは、ポリ乳酸樹脂組成物を、直径または一辺が1〜20mm程度の小さな一定の球状、円柱状、角柱および板状等に造粒したものであるが、例えば、二軸押出し混練機から吐出される樹脂組成物をガットにした後、カッターを用いてカットしたもののことを言う。
【0051】
本発明のポリ乳酸樹脂組成物は、ポリ乳酸および分子構造に1分子内にリン原子とヒンダードフェノール構造を同時に含む分解抑制剤を、エクストルーダーやニーダーにより溶融混合する方法、固体状物質同士を機械的に均一に混合した後、混合と同時に直接成型加工する方法、および樹脂の重合缶の中へ添加物を直接投入し混合する方法などの通常公知の装置で製造することができる。
【0052】
具体的には、例えば、ポリ乳酸および分解抑制剤を別々に計量して、二軸混練機に挿入し、スクリュー径37mmφ、L/D=48の場合には、混練温度200〜240℃とし、吐出量5〜50kg/時、スクリュー回転数100〜400rpmとすることにより安定して本発明のポリ乳酸樹脂組成物を得ることができる。このとき、混練初期におけるラジカルの発生および過酸化物のようなラジカル開始剤と成り得る成分の発生を抑制するという観点から、はじめに、分解抑制剤をポリ乳酸樹脂にドライブレンドしておくことが好ましい。
【0053】
本発明のポリ乳酸樹脂組成物には、本発明の目的を損なわない範囲で、本発明で用いられる分解抑制剤以外の添加剤を添加することができる。例えば、結晶核剤や滑剤などの成型助剤、紫外線吸収剤、耐加水分解改良剤および顔料や染料などの着色剤、発泡剤、帯電防止剤、導電剤、難燃剤、補強剤、充填剤、可塑剤、相溶化剤増粘剤などを任意に含有することができる。
【0054】
本発明のポリ乳酸樹脂組成物は、それを溶融紡糸してポリ乳酸繊維を製造することができる。具体的に、本発明のポリ乳酸樹脂組成物を、一旦ペレット状にした後に再度溶融して紡糸することもできるし、紡糸機に押出機を直結するなどして溶融混合したポリ乳酸樹脂組成物をそのまま溶融紡糸することもできる。
【0055】
この紡糸機については、公知の溶融紡糸機にて紡糸することができるが、紡糸温度に関しては、ポリ乳酸の融点以上であり、具体的には170〜250℃の範囲が好適に用いられるが、紡糸性を考えれば、200℃以上の範囲とすることが好ましい。但し、ポリ乳酸はもともと耐熱性が低いため、この温度範囲において分解ガスを発生するが、これは滞留時間が長く、紡糸温度を高温にするほど、多量なものとなる。本発明のポリ乳酸樹脂組成物においては、滞留時間が長い場合においても生産環境を悪化させることなく紡糸することができ、紡糸中における紡糸機の配管等の腐食の進行を抑制することができる。また、紡糸時に発生した分解ガスは、紡糸機の配管や計量部から染み出すことで紡糸機配管の外も腐食し、過度に進行した場合には紡糸機が破損し、連続運転が困難になることもあったが、本発明のポリ乳酸樹脂組成物においてはこれらの影響も著しく低下するものであり、工業化を考えればその波及効果は非常に大きなものとなる。
【0056】
本発明のポリ乳酸樹脂組成物を溶融紡糸する際の紡糸速度については、紡糸張力の増加に伴う紡糸性悪化を低下させるという観点から、200〜6000m/分の範囲とすることが好ましい。また、得られたポリ乳酸繊維を細繊度化および力学的特性を向上させる目的で一旦巻き取った後、あるいは紡糸に連続して、公知の一対以上の加熱ローラを有した延伸装置によって延伸を施すこともできる。延伸温度および熱処理温度としては、良好な延伸性が得られる条件として、延伸温度は60〜130℃であり、熱処理温度としては100〜150℃とすることが好ましい。延伸倍率は、未延伸糸の伸度を目安として変更する必要があり、繊維の取り扱い性および後工程での工程通過性を考えれば、延伸糸の伸度が10〜50%となるように延伸倍率を設定することが好ましい。
【0057】
ポリ乳酸繊維の断面形状に関しては、丸断面、中空断面、三葉断面等の多葉断面およびその他の異形断面についても自由に選択することが可能である。また、ポリ乳酸繊維の形態は、長繊維および短繊維などのいずれにも対応可能であり、長繊維の場合にはマルチフィラメントでもモノフィラメントでも良い。
【0058】
本発明におけるポリ乳酸繊維構造体とは、織物、編物、スパンボンド、メルトブローおよびスパンレース等の不織布の他、カップやボード等の熱圧縮成型体の様々な繊維製品のことを意味し、本発明のポリ乳酸繊維は、ポリ乳酸繊維構造体とすることにより、シャツ、ブルゾン、パンツーおよびコートのような衣料用途のみならず、カップやパッド等の衣料資材用途、カーテンやカーペット、マット、家具等のインテリア用途、さらにワイピングクロス、研磨布およびフィルター等の産業資材用途、および車輛内装用途など各種用途に利用が可能である。
【0059】
本発明のポリ乳酸樹脂組成物は、繊維だけでなく射出成形や押出成形などの方法により、各種成形品に加工し利用することも可能であることは言うまでもない。成形品としては、射出成形品、押出成形品、ブロー成形品、フイルムおよびシートなどとして利用できる。
【実施例】
【0060】
以下、実施例をあげて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。実施例中の測定方法には、以下次の方法を用いた。
【0061】
A.ポリマー(樹脂)の溶融粘度
東洋精機製キャピログラフ1Bにより、所望の速度でポリマーの溶融粘度を測定した。チップ投入から測定開始までのポリマーの貯留時間は4分であり、窒素雰囲気下で測定を行った。
【0062】
B.ポリ乳酸樹脂組成物の分解ガス発生量測定
チップをヘリウムガスで満たされたガラス容器内に置き、50℃の温度から昇温速度10℃/分で250℃の温度まで加熱し、250℃の温度で30分間保持する。この際に発生した成分を活性炭捕集管(スペルコ社製:カーボントラップ400)に捕集する。この捕集管を300℃の温度にて加熱し、捕集成分を脱着させ、日本電子社製 Automass SUN−200 GC/MSに導入し、成分および発生量を分析した(CG/MSカラム:ジーエルサイエンス株式会社製CP−WAX52CB 25m×0.32mm)。それぞれの成分の発生量をチップ重量にて除することにより、発生量(mg/kg)として算出した。低級脂肪酸量によって下記のとおり、○〜×で分解ガス抑制効果を判断した。
・低級脂肪酸量15mg/kg以下:○
・20mg/kg未満:△
・20mg/kg以上:×
○を合格とし、△と×を不合格とした。
【0063】
C.ポリマー(樹脂)および添加剤の融点
TA Instruments社製DSC2920 Modulated DSCを用いて、2nd runでポリマーの融解を示すピークトップ温度をポリマーの融点とした。この時の昇温速度は16℃/分、サンプル量は10mgとした。
【0064】
D.ポリ乳酸繊維の強度および伸度
インテック株式会社製検尺機によって100mの小綛とし、その重量を100倍することにより繊度(dtex)を算出した。オリエンテック社製引張試験機 “テンシロン”(登録商標) UCT−100型を用い、試料長20cm、引張速度100%/分条件で応力−歪曲線を測定する。破断時の荷重を読みとり、その荷重を初期繊度で除することにより破断強度を算出する。また、破断時の歪を読みとり、試料長で除した値を100倍することにより、破断伸度を算出する。これを5回以上繰り返し、得られた結果の単純な数平均を求めることによりその繊維の強度および伸度とした。
【0065】
E.溶融紡糸中の臭気評価
実施例1および比較例1〜4で作成したペレットを用いて、紡糸温度220℃、単孔吐出量0.85g/分として、0.35mmφ(L/D=2.0)−36ホールを用いて溶融紡糸を行った。ポリマー吐出開始から6時間後に紡糸口金面から50mmのところにニオイセンサー(理研計器株式会社製ポータブルモニターOD−85)の先端部を固定し、臭気を測定、ニオイセンサーに表示される数値を3回測定し、単純な数平均を算出して、その数値によって臭気評価を行った。また、溶融紡糸機周辺の臭気を下記のとおり、○〜×で判断した。
・感じられない:○
・弱く感じる:△
・強く感じる:○
○を合格とし、△と×を不合格とした。
【0066】
F.溶融紡糸機の配管および計量部の金属腐食評価
実施例1および比較例1〜4で作成したペレットを用いて、紡糸温度220℃、単孔吐出量0.85g/分として、0.35mmφ(L/D=2.0)−36ホールを用いて24時間連続して溶融紡糸を行った。溶融紡糸終了後、紡糸機を一旦停機し、冷却した後に再度昇温した後、解体を行い、紡糸機の配管および計量部の金属腐食の状況を確認し、金属腐食の進行を下記の○〜×で評価した。
・金属腐食が見られない:○
・金属腐食が所々に見られる:△
・金属腐食が見られる:×
○を合格とし、△と×を不合格とした。
【0067】
(比較例1)
光学純度99.5%のL乳酸から製造したラクチドを、ビス(2−エチルヘキサノエート)スズ触媒(ラクチド対触媒モル比=10000:1)を存在させて、チッソ雰囲気下180℃の温度で140分間重合を行い、溶融粘度115Pa・s(240℃、1216sec−1)、融点170℃のポリ乳酸を得た。このポリ乳酸の分解ガス成分を分析したところ、主に低級脂肪酸(酢酸、プロピオン酸およびアクリル酸)が検出され、その発生量は25.7mg/kgであった。結果を表1に示す。
【0068】
[実施例1]
比較例1で得られたポリ乳酸に、1分子内にリン原子とヒンダードフェノール構造を同時に含んだ分子構造有する分解抑制剤(添加剤A)として、次の化学式1
【0069】
【化1】

【0070】
に示すチバ・ケミカル・スペシャリティ株式会社製“IRGAMOD295”(登録商標)(融点120℃)を添加量0.1mol%(0.5重量%)となるように計量し、二軸混練機に導入する前にあらかじめポリ乳酸にドライブレンドして、二軸混練機に導入した。混練温度220℃、スクリュー回転数300rpm、吐出量15kg/時に設定した二軸混練機(スクリュー径:37mmφ L/D:48)にて混練を行い、ペレット化したポリ乳酸樹脂組成物を得た。
【0071】
得られたポリ乳酸樹脂組成物の分解ガス成分を分析したところ、比較例1と同様に低級脂肪酸(酢酸、プロピオン酸およびアクリル酸)が測定されたが、酢酸、プロピオン酸およびアクリル酸のいずれの成分も比較例1と比較して、発生量が減少しており、低級脂肪酸量は11.4mg/kgと50%以上低下したものであった(分解ガス抑制効果:○)。結果を表1に示す。
【0072】
(比較例2)
添加剤Bを、次の化学式2
【0073】
【化2】

【0074】
に示すアデカ株式会社製“アデカスタブAX−71”(登録商標)(リン化合物 融点70℃)とし、添加量を0.1mol%(0.7重量%)としたこと以外は、全て実施例1に従い実施した。
【0075】
得られたポリ乳酸樹脂組成物は分子量保持していたが、分解ガス成分の分析では、比較例1と比較して酢酸、プロピオン酸およびアクリル酸のいずれの成分も発生量が逆に増加しており、低級脂肪酸量は35.8mg/kgと比較例1と比較して、逆に40%程度増加する結果となった(分解ガス抑制効果:×)。結果を表1に示す。
【0076】
(比較例3)
添加剤Cを、次の化学式3
【0077】
【化3】

【0078】
に示すチバ・ケミカル・スペシャリティ株式会社製“IRGANOX1010”(登録商標)(ヒンダードフェノール化合物 融点110℃)とし、OH当量を実施例1と同等とするため、添加量を0.025mol%(0.4重量%)としたこと以外は、全て実施例1に従い実施した。
【0079】
得られたポリ乳酸樹脂組成物の分解ガス成分を分析したところ、比較例1と比較して酢酸、プロピオン酸およびアクリル酸の発生量が若干減少したものの、低級脂肪酸発生量は18.8mg/kgと低級脂肪酸発生量の抑制効果は27%程度にとどまり(分解ガス抑制効果:△)、本発明の樹脂組成物(実施例1)には到底及ばない結果であった。結果を表1に示す。
【0080】
(比較例4)
比較例2で用いたリン化合物(添加剤B)と比較例3で用いたヒンダードフェノール化合物(添加剤C)を併用し、樹脂全体に対してリン化合物が0.1mol%(0.7重量%)、ヒンダードフェノール化合物が0.025mol%(0.4重量%)として添加したこと以外は、全て実施例1に従い実施した。
【0081】
得られたポリ乳酸樹脂組成物の分解ガス成分を分析したところ、比較例1と比較して酢酸、プロピオン酸およびアクリル酸の発生量は減少するものの、比較例2と比較して、逆に酢酸およびアクリル酸が若干増加し、低級脂肪酸量は19.8mg/kgと抑制効果は23%程度であり(分解ガス抑制効果:△)、本発明のポリ乳酸樹脂組成物(実施例1)には到底及ばない結果であった。結果を表1に示す。
【0082】
【表1】

【0083】
<添加剤>
・添加剤A:チバ・ケミカル・スペシャリティ株式会社製IRGAMOD295 化学式1
・添加剤B: アデカ株式会社製アデカスタブAX−71 化学式2(リン系化合物)
・添加剤C:チバ・ケミカル・スペシャリティ株式会社製“IRGANOX”(登録商標)1010 化学式3(ヒンダードフェノール系化合物)
<分解ガス抑制効果>
・低級脂肪酸量15mg/kg以下:○ 20mg/kg未満:△ 20mg/kg以上:×。
【0084】
[実施例2〜4]
分解抑制剤(添加剤A)の添加量を0.02mol%(0.1重量%)[実施例2]、0.5mol%(2.5重量%)[実施例3]、および1mol%(5重量%)[実施例4]としたこと以外は、全て実施例1に従い実施した。
【0085】
得られたポリ乳酸樹脂組成物の分解ガスを分析した結果を表2に示す。添加量0.02mol%の場合[実施例2]でも低級脂肪酸量は14.7mg/kg(分解ガス抑制効果:○)と比較例1と比較して、減少しており、本発明に用いる分解抑制剤が低級脂肪酸発生の抑制に有効に作用していることがわかる。また、分解抑制剤添加量の増加に伴い、低級脂肪酸発生量は低下しており、分解抑制剤を0.5mol%添加したもの[実施例3]については10.4mg/kg(分解ガス抑制効果:○)、1mol%添加してもの[実施例4]については、低級脂肪酸量が9.8mg/kg(分解ガス抑制効果:○)と比較例1と比較して低級脂肪酸量が大幅に減少したものであった。結果を表2に示す。
【0086】
【表2】

【0087】
<添加剤>
・添加剤A:チバ・ケミカル・スペシャリティ株式会社製“IRGAMOD”(登録商標)295 化学式1
<分解ガス抑制効果>
・低級脂肪酸量15mg/kg以下:○ 20mg/kg未満:△ 20mg/kg以上:×。
【0088】
(比較例5)
比較例1で作成したペレットを用いて、紡糸温度220℃で溶融紡糸を行った。単孔吐出量0.85g/分となるように計量し、0.35mmφ(L/D=2.0)−36ホールの口金から吐出した(吐出までの滞留時間:25分間)。溶融吐出された樹脂を冷却固化し、油剤を付着後紡糸速度3000m/分で巻き取った。得られた繊維の力学特性を測定したところ、強度が2.2cN/dtex、伸度97%であった。
【0089】
溶融紡糸時の臭気発生の目安として、口金直下の臭気を臭気評価に用いたニオイセンサー(理研計器株式会社製ポータブルモニターOD−85)を用い評価したところ、表示される数値は666であり、高い数値を示した。また、溶融紡糸機周辺には低級脂肪酸に起因した独特の臭気が漂うものであった(臭気状況:×)。溶融紡糸機の配管および計量部の劣化の状況を確認するため、前述した条件で24時間連続的に紡糸した後紡糸を終了し、溶融紡糸機を冷却した後再度加熱昇温し、紡糸機を解体して紡糸機の配管および計量部を確認したところ、特に配管の継ぎ目や計量部の部品間で金属腐食が確認され、紡糸機が劣化していることが確認された(紡糸機劣化評価:×)。結果を表3に示す。
【0090】
[実施例5]
実施例1で作成したペレットを用いたこと以外は、全て比較例5に従い実施した。得られたポリ乳酸繊維の力学特性を測定したところ、強度が2.3cN/dtex、伸度99%であり、比較例5と比較して同等の力学的特性が得られ、紡糸性にも問題がなかった。
【0091】
比較例5と同様に紡糸口金直下の臭気を評価したところ、ニオイセンサーの表示値は399と40%も臭気を抑制したものであり、溶融紡糸機周辺でもほとんど臭気が感じられないものであった(臭気状況:○)。また、比較例5と同様に24時間連続して紡糸を行い、一旦冷却後再度昇温して紡糸機を解体して紡糸機の配管および計量部を確認したところ、配管の継ぎ目や計量部においても金属腐食がほとんど確認されなかった(紡糸機劣化評価:○)。結果を表3に示す。
【0092】
(比較例6)
比較例2(リン化合物添加)で作成したペレットを用いたこと以外は、全て比較例5に従い実施した。得られたポリ乳酸繊維の力学的特性は、強度が2.4cN/dtex,伸度が86%と比較例5と比較して、若干伸度が減少するものであった。比較例5と同様に紡糸口金直下の臭気を評価したところ、ニオイセンサーの表示値は885であり、比較例5と比較して臭気が33%増加した。紡糸機周辺においては低級脂肪酸を起因とした独特の臭気が漂うものであり、特に酸っぱい刺激臭が感じられた(臭気状況:×)。また、比較例5と同様に24時間連続して紡糸を行い、一旦冷却後再度昇温して紡糸機を解体して紡糸機の配管および計量部を確認したところ、比較例5と同様に配管の継ぎ目や計量部において金属腐食が確認された(紡糸機劣化評価:×)。結果を表3に示す。
【0093】
(比較例7)
比較例3(ヒンダードフェノール化合物添加)で作成したペレットを用いたこと以外は、全て比較例5に従い実施した。得られた繊維の力学的特性は強度が2.2cN/dtex,伸度が95%と比較例5と同等の物性が得られた。比較例5と同様に紡糸口金直下の臭気を評価したところ、ニオイセンサーの表示値が495と比較例5と比較して26%臭気が抑制されるものであったが、溶融紡糸機周辺では独特の臭気が感じられるものであった(臭気状況:△)。また、比較例5と同様に24時間連続して紡糸を行い、一旦冷却後再度昇温して紡糸機を解体して紡糸機の配管および計量部を確認したところ、比較例5と比較して、配管の継ぎ目や計量部での金属腐食は若干抑制されているものの、実施例4に比較して、劣化が進行したものであった(紡糸機劣化評価:△)。結果を表3に示す。
【0094】
(比較例8)
比較例4(リン化合物とヒンダードフェノール化合物との併用)で作成したペレットを用いたこと以外は、全て比較例5に従い実施した。得られたポリ乳酸繊維の力学的特性は、強度が2.3cN/dtex,伸度が90%であった。比較例5と同様に紡糸口金直下の臭気を評価したところ、ニオイセンサーの表示値が512と比較例5と比較して23%臭気が抑制されるものであったが、比較例5と同様に溶融紡糸機周辺では独特の臭気が感じられるものであった(臭気状況:△)。また、比較例5と同様に24時間連続して紡糸を行い、一旦冷却後再度昇温して紡糸機を解体して紡糸機の配管および計量部を確認したところ、比較例5と比較して、配管の継ぎ目や計量部での金属腐食は若干抑制されているものの、実施例4に比較して、劣化が進行したものであった(紡糸機劣化評価:△)。結果を表3に示す。
【0095】
【表3】

【0096】
<添加剤>
・添加剤A:チバ・ケミカル・スペシャリティ株式会社製“IRGAMOD”(登録商標)295 化学式1
・添加剤B: アデカ株式会社製アデカスタブAX−71 化学式2(リン系化合物)
・添加剤C:チバ・ケミカル・スペシャリティ株式会社製“IRGANOX”(登録商標)1010 化学式3(ヒンダードフェノール系化合物)
<臭気評価>
・臭気状況:感じられない:○ 弱く感じる:△ 強く感じる:×
<紡糸機劣化評価>
・金属腐食:金属腐食が見られない:○ 金属腐食が所々に見られる:△ 金属腐食が見られる:×。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂成分としてポリ乳酸が95重量%以上含まれる樹脂組成物であって、1分子内にリン原子とヒンダードフェノール構造を同時に含む分子構造を有した分解抑制剤が樹脂全体に対して0.01〜1mol%添加されていることを特徴とするポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項2】
分解抑制剤の融点が70〜170℃であることを特徴とする請求項1記載のポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項3】
不活性ガス雰囲気中、250℃の温度で30分間保持した際に発生する分解ガス中の低級脂肪酸量が、15mg/kg以下であることを特徴とする請求項1または請求項2記載のポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項4】
請求項1から3記載のいずれか1項記載のポリ乳酸樹脂組成物からなるポリ乳酸繊維。
【請求項5】
請求項4記載のポリ乳酸繊維からなるポリ乳酸繊維構造体。
【請求項6】
ポリ乳酸と1分子内にリン原子とヒンダードフェノール構造を同時に含む分子構造を有する分解抑制剤を含む樹脂組成物を用いて溶融紡糸するポリ乳酸繊維の製造方法であって、前記の分解抑制剤が樹脂全体に対して0.01〜1mol%となる量でポリ乳酸と混練した後、溶融紡糸に供することを特徴とするポリ乳酸繊維の製造方法。
【請求項7】
樹脂成分としてポリ乳酸が95重量%以上含まれる樹脂組成物を用いて溶融紡糸することを特徴とする請求項6記載のポリ乳酸繊維の製造方法。

【公開番号】特開2009−203326(P2009−203326A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−46410(P2008−46410)
【出願日】平成20年2月27日(2008.2.27)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】