説明

マイクロカプセル、湿式伸線加工用潤滑剤および湿式伸線方法

【課題】より安定性の良好なマイクロカプセル、湿式伸線加工用潤滑剤および湿式伸線方法。
【解決手段】外殻および芯材を有するマイクロカプセルにおいて、外殻が非水溶性でかつ緻密であり、芯材として潤滑成分を封入したマイクロカプセルである。該マイクロカプセルを添加してなる湿式伸線加工用潤滑剤である。該湿式伸線加工用潤滑剤中で、伸線する湿式伸線方法である。マイクロカプセルは、粒径が10μm以下であることが好ましく、マイクロカプセル全体としての比重が0.9〜1.2であることが好ましい。また、外殻の厚さが粒径対比1〜20%であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロカプセル、湿式伸線加工用潤滑剤および湿式伸線方法に関し、詳しくは、タイヤやコンベヤベルト等の各種ゴム物品において補強用として用いられるスチールコードに使用されるゴム物品補強用のブラスめっきされたスチールワイヤ(以下単に「スチールコード」とも称する)の湿式伸線加工用潤滑剤(以下単に「潤滑剤」とも称する)中でより安定性の良好なマイクロカプセル、該マイクロカプセルを使用した湿式伸線加工用潤滑剤および湿式伸線方法(以下単に「伸線方法」とも称する)に関する。
【背景技術】
【0002】
タイヤ等のゴム物品の補強用として用いられるゴム物品補強用スチールコードは、通常、ブラスめっきされた線材(スチールワイヤ)を所望の線径に伸線処理してスチールフィラメントを得、このスチールフィラメントを適宜本数にて撚り合わせることにより製造される。この伸線処理は、一般に、図3に示すようなスリップ型多段式伸線機10を用いて行われる。
【0003】
図示するスリップ型多段式伸線機10においては、潤滑剤11の充填された潤滑液槽12内に、2基の多段の駆動キャプスタン13A、13Bが互いに対向して配置されており、これら駆動キャプスタン13A、13Bの各段に、ダイス14を介してスチールワイヤ1を交互に掛け渡す過程において、各段毎にダイス14によりスチールワイヤ1の伸線が行われる。伸線されたスチールワイヤ1は、最終ダイス16を経て、潤滑液槽12外に配置された駆動キャプスタン15から、巻き取り工程へと送られる。
【0004】
かかるスリップ型多段式伸線機10および潤滑剤11を用いてスチールワイヤ1の湿式伸線を行う場合には、得られるスチールフィラメントの表面性状を良好にするため、湿式伸線加工用潤滑剤としてステアリン酸亜鉛や脂肪酸化合物等の油性剤や極圧剤を懸濁させた水系潤滑剤を用いて湿式伸線を行っている。
【0005】
例えば、特許文献1には、有機カルボン酸アミン塩、有機リン酸エステルアミン酸および特定の有機金属塩を所定の割合で配合した潤滑剤組成物を使用することが、開示されている。また、特許文献2には、油成分と極圧成分とを含んだ潤滑液を用いてブラスめっきスチールワイヤを伸線し、潤滑液の温度を15℃以上30℃以下のとするスチールワイヤの伸線方法が、開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−241781号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献2】特開2007−253186号公報(特許請求の範囲等)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献1および2等の記載の湿式伸線加工用潤滑剤は、潤滑に有効な成分が懸濁状態で分散している。この分散状態は、水溶液のpH、温度および液の成分構成に影響され、それら液状態のバランスが崩れると、液中に分散している有効成分が液中に分散できず沈殿や凝固が起こり、潤滑性能が劣化してしまうおそれがある。一般に湿式伸線加工用潤滑剤中の潤滑成分は、ミセルとして液中でそれらが持つ表面電位による斥力により分散状態が保たれているが、pH等の変動により斥力が低下すると、かかるミセルは互いに凝集沈殿して潤滑成分を分離し、かかる潤滑成分が水と化学反応を起こして潤滑性能が変化するおそれもある。そのため、特許文献1および2等の方法では、潤滑成分が有効な形で液中に分散して湿式伸線加工用潤滑剤の潤滑性能を保ち、工業的に潤滑性能の安定性を得るために、液温やpH等の液管理を継続実施する必要があり、より安定性の良好な潤滑剤組成物が望まれている。
【0008】
そこで、本発明の目的は、より安定性の良好なマイクロカプセル、湿式伸線加工用潤滑剤および湿式伸線方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、潤滑剤の性能安定性向上のためには、従来のミセル表面電位に頼った懸濁方式ではなく分散体を浮遊分散させ、潤滑成分が水と反応しないように非水溶系の皮膜で被覆し液中に分散させることが有効であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明のマイクロカプセルは、外殻および芯材を有するマイクロカプセルにおいて、
前記外殻が非水溶性でかつ緻密であり、前記芯材として潤滑成分を封入したことを特徴とするものである。
【0011】
本発明のマイクロカプセルは、粒径が10μm以下であることが好ましく、マイクロカプセル全体としての比重が0.9〜1.2であることが好ましい。また、前記外殻の厚さが粒径対比1〜20%であることが好ましい。
【0012】
さらに、本発明のマイクロカプセルは、前記潤滑成分として、極圧剤および油性剤を含有することが好ましい。
【0013】
さらにまた、本発明のマイクロカプセルは、前記外殻がメラミン樹脂からなることが好ましく、前記外殻の破壊強度が2MPa以上であることが好ましい。また、本発明のマイクロカプセルは、In Situ法により作製されたものであることが好ましい。
【0014】
本発明の湿式伸線加工用潤滑剤は、前記マイクロカプセルを添加してなることを特徴とするものである。
【0015】
また、本発明の湿式伸線加工用潤滑剤は、前記マイクロカプセルを添加後、前記マイクロカプセルを分散させてなることが好ましい。
【0016】
本発明の湿式伸線方法は、前記湿式伸線加工用潤滑剤中で、伸線することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、より安定性の良好なマイクロカプセル、湿式伸線加工用潤滑剤および湿式伸線方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明のマイクロカプセルの分散状態を示す図である。
【図2】ミセルの凝集状態を示す図である。
【図3】スリップ型多段式伸線機を示す概略模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態につき具体的に説明する。
図1は、本発明のマイクロカプセルの分散状態を示す図であり、図2は、ミセルの凝集状態を示す図である。本発明のマイクロカプセル4は、外殻3および芯材2を有するマイクロカプセル4であり、外殻3が非水溶性でかつ緻密であり、芯材2として潤滑成分を封入したものである。図1および2に示すように、従来のミセル7は、潤滑剤9b中、矢印8方向に進むことで凝集が起るのに対し、本発明のマイクロカプセル4同士は、潤滑剤9a中、矢印6のように反発し、矢印5の方向に進むなど分散状態を良好に維持できる。なお、本発明において、緻密とは、マイクロカプセル中の成分が内部/外部間を通過することなく、区画されている状態をいう。
【0020】
本発明において、外殻としては、非水溶性でかつ緻密であれば特に限定されないが、メラミン樹脂からなることが好ましい。また、潤滑成分としては、通常スチールワイヤの湿式伸線加工用潤滑剤に使用できるものであれば、特に限定されない。
【0021】
さらに、本発明のマイクロカプセルは、粒径が10μm以下であることが好ましい。粒径を10μm以下とすることで、より微細なマイクロカプセルで良好に分散状況を維持することができる。
【0022】
さらにまた、本発明のマイクロカプセルは、マイクロカプセル全体としての比重が0.9〜1.2であることが好ましい。マイクロカプセルの比重を、水を主剤とした分散媒の比重に近づけることで、より容易に浮遊分散させることができる。
【0023】
また、本発明のマイクロカプセルは、外殻の厚さが粒径対比1〜20%であることが好ましい。外殻の厚さが厚すぎると十分な量の潤滑成分を封入することができないおそれがあり、一方、外殻の厚さが薄すぎると外殻の強度が弱くなるおそれがあり、好ましくない。
【0024】
本発明のマイクロカプセルは、潤滑成分として、極圧剤を含有することが好ましい。かかる極圧剤としては、通常スチールワイヤの湿式伸線加工用潤滑剤に使用できるものであれば、特に限定されず、例えば、ZnDTP(ジアルキルジチオリン酸亜鉛)を用いることができる。
【0025】
また、本発明のマイクロカプセルは、潤滑成分として、油性剤を含有することが好ましい。かかる油性剤としては、通常スチールワイヤの湿式伸線加工用潤滑剤に使用できるものであれば、特に限定されない。
【0026】
また、本発明のマイクロカプセルは、前記外殻の破壊強度が2MPa以上であることが好ましい。破壊強度が2MPaより小さいと、芯材が漏出するおそれがあり好ましくない。
【0027】
さらに、本発明において、所期の効果が得られればマイクロカプセルの製造方法は限定されないが、In Situ法により作製されることが好ましい。
【0028】
本発明の湿式伸線加工用潤滑剤は、上記マイクロカプセルを添加してなるものであり、上記マイクロカプセルを添加後、上記マイクロカプセルを分散させてなることが好ましい。上記マイクロカプセルを湿式伸線加工用潤滑剤に使用することで、潤滑成分が有効な形で液中に分散して湿式伸線加工用潤滑剤の安定性を保ち、伸線時には、スチールワイヤーとダイス界面にマイクロカプセルが引き込まれ破壊し、マイクロカプセル内部の潤滑成分をスチールワイヤー/ダイス界面に供給することで、工業的に優れた潤滑性能を得ることができる。
【0029】
本発明の伸線方法は、上記潤滑剤中で、伸線することを特徴とするものである。本発明の伸線方法においては、ブラスめっきされたスチールワイヤを、ダイスと、該ダイスを通過したスチールワイヤを引抜く駆動キャプスタンとを備えたスリップ型多段式伸線機を好適に用いることができるが、潤滑剤について上記条件を満足するものであればよく、伸線工程に係るその他の条件、例えば、ワイヤ速度や、スリップ型多段式伸線機におけるスリップ速度、ダイス形状等については、特に制限されるものではない。また、本発明の伸線方法は、湿式伸線によりスチールワイヤの伸線を行うものであれば、形式については特に制限されるものではなく、単独伸線および連続伸線のいずれでも構わない。上記スリップ型多段式伸線機としては、例えば、図3記載のものが挙げられる。
【0030】
上述の伸線方法により得られるスチールワイヤのフィラメントが複数本にて撚り合わされてなるスチールコードは、タイヤやコンベヤベルト等の各種ゴム物品において補強用として好適に用いることができる。
【実施例】
【0031】
以下、本発明を実施例に基づき説明する。
【0032】
(実施例1〜3、比較例3および4)
下記条件で、実施例1〜3、比較例3および4のマイクロカプセルをInSitu法により作製した。
200gの精製水に界面活性剤A(ポリオキシエチレンラウリルエーテル、HLB=13.6)2gを溶解した水溶液に、ZnDTPの鉱油分散体(エチル・ジャパン株式会社製、ハイテック680)を2g添加して、攪拌機(特殊機化工業株式会社製、TKホモミキサー)にて5000rpmで15分間撹拌して乳化した。乳化撹拌しながら、メラミンポリマー(DIC株式会社製、ベッカミンM−3)5gを加え、溶液を70℃で2時間加熱して反応させ、メラミンマイクロカプセル懸濁液を得た。このメラミンマイクロカプセル懸濁液を噴霧乾燥して、下記表1および2記載のマイクロカプセルを得た。次いで、得られたマイクロカプセルを2%エマルジョン型水系潤滑剤中に配合して、下記表1および2記載の投入量になるように潤滑剤を調整した。ここで、エマルジョン型水系潤滑剤は、水中に油性向上材、極圧剤、乳化剤、発泡抑制剤、防腐剤、防錆剤などを分散させた懸濁液である。なお、表1および2中、平均粒径はマイクロカプセルの平均粒径、粒子強度はマイクロカプセルの平均強度、投入量はZnDTPの鉱油分散体の潤滑剤への投入割合(%)を示す。
【0033】
(比較例1)
2%エマルジョン型水系潤滑剤中にマイクロカプセルを配合しない潤滑剤を、比較例1とした。
【0034】
(比較例2)
ZnDTPの鉱油分散体を界面活性剤Aにより可溶化させてミセルを作製し、2%エマルジョン型水系潤滑剤に該ミセル0.02〜0.1wt%を投入して、比較例2とした。
【0035】
(比較例5)
下記表2の条件で、外殻としてゼラチンを使用して、コアセルベーション法により比較例5のマイクロカプセルを調整した。
【0036】
得られた実施例1〜3および比較例1〜5について、下記評価を行い、結果を表1および2に併記した。潤滑剤の安定性は、焼付き荷重評価、分散状態および潤滑剤の色により判断した。
【0037】
(破断強度の測定)
株式会社島津製作所社製の粒子強度測定器を使用して、マイクロカプセルの破断強度を測定した。
【0038】
(焼付き荷重評価試験)
潤滑剤の性能をファレックス試験での焼付き荷重で評価した。回転するテストピンにテストブロックを押し当て、テストピンの回転トルクが30Kgf・cmとなる押し当て荷重を焼付き荷重として評価した。ここで、ファレックス試験のテストピースはCu6:Zn4の黄銅とした。また、ファレックス試験のテストピン回転数は1500rpmとした。
【0039】
(分散状態評価)
調整後潤滑剤を1週間〜1ヶ月攪拌放置し、沈殿の有無で潤滑剤の分散状態を評価した。
【0040】
(色評価)
目視により、潤滑剤の色を評価した。
【0041】
【表1】

【0042】
【表2】

【0043】
以上から、実施例1〜3は、比較例1〜5と比較して、潤滑剤の安定性が良好であることが確認された。また、比較例5の外殻としてゼラチンを使用して、コアセルベーション法により作製したマイクロカプセルは、カプセル壁に穴があり中身を完全に封入できなかった。
【符号の説明】
【0044】
1 スチールワイヤ
2 芯材
3 外殻
4 マイクロカプセル
5 矢印
6 矢印
7 ミセル
8 矢印
9a 潤滑剤
9b 潤滑剤
10 スリップ型多段式伸線機
11 湿式伸線加工用潤滑剤
12 潤滑液槽
13A、13B 駆動キャプスタン
14 ダイス
15 駆動キャプスタン
16 最終ダイス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外殻および芯材を有するマイクロカプセルにおいて、
前記外殻が非水溶性でかつ緻密であり、前記芯材として潤滑成分を封入したことを特徴とするマイクロカプセル。
【請求項2】
粒径が10μm以下である請求項1記載のマイクロカプセル。
【請求項3】
マイクロカプセル全体としての比重が0.9〜1.2である請求項1または2記載のマイクロカプセル。
【請求項4】
前記外殻の厚さが粒径対比1〜20%である請求項1〜3のうちいずれか一項に記載のマイクロカプセル。
【請求項5】
前記潤滑成分として、極圧剤を含有する請求項1〜4のうちいずれか一項に記載のマイクロカプセル。
【請求項6】
前記潤滑成分として、油性剤を含有する請求項1〜5のうちいずれか一項に記載のマイクロカプセル。
【請求項7】
前記外殻がメラミン樹脂からなる請求項1〜6のうちいずれか一項に記載のマイクロカプセル。
【請求項8】
前記外殻の破壊強度が2MPa以上である請求項1〜7のうちいずれか一項に記載のマイクロカプセル。
【請求項9】
In Situ法により作製された請求項1〜8のうちいずれか一項に記載のマイクロカプセル。
【請求項10】
請求項1〜9のうちいずれか一項に記載のマイクロカプセルを添加してなることを特徴とする湿式伸線加工用潤滑剤。
【請求項11】
前記マイクロカプセルを添加後、前記マイクロカプセルを分散させてなる請求項10記載の湿式伸線加工用潤滑剤。
【請求項12】
請求項10または11記載の湿式伸線加工用潤滑剤中で、伸線することを特徴とする湿式伸線方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−172906(P2010−172906A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−15487(P2009−15487)
【出願日】平成21年1月27日(2009.1.27)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】