説明

マグネシウム合金物品、マグネシウム合金部材およびその製造方法

【課題】アルコキシシラン含有トリアジンチオールを用いて、樹脂とマグネシウム合金との間に優れた接合力を有するマグネシウム合金物品およびその製造方法を提供する。
【解決手段】マグネシウムまたはマグネシウム合金より成る基体と、該基体の表面の少なくとも一部分に、脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体被覆を介して接合する樹脂とを含むマグネシウム合金物品であって、前記基体と前記脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体被覆との間に、水酸化物、カルボン酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩、炭酸塩、硫酸塩、チオ硫酸塩、硝酸塩、亜硝酸塩、過マンガン酸塩、アミノ化合物および金属アセチルアセトナートよりなる群から選ばれる少なくとも1つを含む化成皮膜を含むマグネシウム合金物品である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面の少なくとも一部に樹脂が接合されているマグネシウム合金物品および表面の少なくともに一部に樹脂を被覆するために表面処理を行ったマグネシウム合金部材ならびにこれらの製造方法に関し、とりわけ、樹脂とマグネシウム合金基体との密着性に優れるマグネシウム合金物品およびマグネシウム合金部材ならびにこれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マグネシウムおよびマグネシウム合金は、比強度および比剛性が高く、軽量化を容易に行えることから、携帯電話、カメラ、パーソナルコンピュータ等の筐体に広く使用されている。そして、マグネシウム合金基体表面の少なくとも一部に樹脂を接合したマグネシウム合金物品は、マグネシウム合金基体により樹脂成形品単独では得られない、優れた剛性を確保するとともに、樹脂によりマグネシウム合金単独では形成できない複雑形状や審美性を得ることが可能であり、前述の用途を含む多くの分野で使用されている。
【0003】
マグネシウム合金基体に予め切り欠きまたは穿孔を設け、例えば射出成形により樹脂をマグネシウム合金基体にインサート成形またはアウトサート成形を行う際に、樹脂がこれらの部分に入ることにより樹脂をマグネシウム合金基体に固定する方法が、従来より、用いられている。
【0004】
しかし、この方法だと切り欠きまたは穿孔を設ける場所を確保する必要があり、デザイン上の制約が大きいという問題、および切り欠きまたは穿孔部以外では、樹脂と基体との間に接合力が作用しないため基体と樹脂との間に隙間を生じる場合があるという問題がある。従って、この手法では、マグネシウム合金基体と樹脂が完全に一体化していないため、変形応力が作用した時に、変形しやすい樹脂部分が容易に変形し、マグネシウム合金基体の剛性を生かすことが出来ないため、マグネシウム合金基体による樹脂成形品単独では得られない剛性を確保することができない場合がある。
【0005】
そこで切り欠きや穿孔を必要とせず、また、樹脂と基体との接合面の全体に亘り接合力を作用できる方法として、エポキシ系接着剤等の接着剤を使用する方法(特許文献1)が提案されている。
【0006】
さらに、これ以外にもエッチングまたは陽極酸化により表面に微細凹凸を有する多孔質層を形成し、アンモニア、ヒドラジン、水溶性アミン化合物およびアルコールに浸漬したマグネシウム合金の基体に、ポリエステル系樹脂、PBT樹脂、ナイロン系樹脂のようなエンジニアリング樹脂を射出成形して接合する方法(特許文献2〜4)、および浸食性水溶液もしくは懸濁液による浸漬処理または陽極酸化により、表面に平均内径10〜80nmの凹凸を形成した基体にPPS系樹脂を射出成形する方法(特許文献5)が提案されている。
【0007】
また、マグネシウム合金を含む金属と樹脂との間により強い結合力を得るように、アルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体を用いて、金属表面に反応性官能基を導入し、金属と樹脂との間を化学的に結合させる方法(特許文献6、7)が知られている。
【特許文献1】特開2007−15337号公報
【特許文献2】特開2003−103563号公報
【特許文献3】特開2005−342895号公報
【特許文献4】特開2006−27018号公報
【特許文献5】特開2007−50630号公報
【特許文献6】特開2006−213677号公報
【特許文献7】特開2007−131580号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記の方法を用いて得たマグネシウム合金物品は、樹脂とマグネシウム合金基体との間の接合強度が必ずしも十分でなく、使用中に樹脂がマグネシウム合金基体から剥離する場合があるという問題があった。
【0009】
特に、アルコキシシラン含有トリアジンチオールを用いて金属表面に反応性官能基を導入する方法をマグネシウム合金と樹脂との接合に用いた場合、銅合金等の他の金属と樹脂との接合に比べて、得られる接合強度が低いという問題があった。
【0010】
そこで、本発明は、アルコキシシラン含有トリアジンチオールを用いて、樹脂とマグネシウム合金との間に優れた接合力を有するマグネシウム合金物品およびその製造方法を提供することを目的とする。また、本発明は、表面に樹脂を接合するためのマグネシウム合金部材の提供およびその製造方法の提供も目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、マグネシウムまたはマグネシウム合金より成る基体と、該基体の表面の少なくとも一部分に、脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体被覆を介して接合する樹脂とを含むマグネシウム合金物品であって、前記基体と前記脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体被覆との間に、水酸化物、カルボン酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩、炭酸塩、硫酸塩、チオ硫酸塩、硝酸塩、亜硝酸塩、過マンガン酸塩、アミノ化合物および金属アセチルアセトナートよりなる群から選ばれる少なくとも1つを含む化成皮膜を含むことを特徴とするマグネシウム合金物品である。
【0012】
本発明は、また、マグネシウムまたはマグネシウム合金より成るマグネシウム合金基体の少なくとも一部分に、アルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体を用いて樹脂を接合する、マグネシウム合金物品の製造方法であって、前記マグネシウム合金基体の表面の少なくとも一部に、水酸化物、カルボン酸、カルボン酸塩、リン酸、リン酸塩、ケイ酸塩、炭酸、炭酸塩、硫酸、硫酸塩、チオ硫酸塩、硝酸、硝酸塩、亜硝酸、亜硝酸塩、過マンガン酸塩、アミノ基化合物および金属アセチルアセトナートよりなる群から選ばれる少なくとも1つを含む溶液を用いて化成皮膜を形成する工程と、前記化成皮膜に、アルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体を接触させる工程と、前記アルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体を接触させた部分に樹脂を接合する工程を含むことを特徴とする製造方法である。
【0013】
本発明は、更に、マグネシウムまたはマグネシウム合金より成る基体と、該基体の表面の少なくとも一部分に、脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体またはシラノール含有トリアジンチオール誘導体を被覆したマグネシウム合金部材であって、前記基体と前記脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体被覆または前記シラノール含有トリアジンチオール誘導体被覆との間に水酸化物、カルボン酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩、炭酸塩、硫酸塩、チオ硫酸塩、硝酸塩、亜硝酸塩、過マンガン酸塩、アミノ化合物および金属アセチルアセトナートよりなる群から選ばれる少なくとも1つを含む化成皮膜を含むことを特徴とするマグネシウム合金部材である。
【0014】
本発明は、更にまた、マグネシウムまたはマグネシウム合金より成るマグネシウム合金基体の少なくとも一部分に、アルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体を接触させるマグネシウム合金部材の製造方法であって、前記マグネシウム合金基体の表面の少なくとも一部に、水酸化物、カルボン酸、カルボン酸塩、リン酸、リン酸塩、ケイ酸塩、炭酸、炭酸塩、硫酸、硫酸塩、チオ硫酸塩、硝酸、硝酸塩、亜硝酸、亜硝酸塩、過マンガン酸塩、アミノ基化合物および金属アセチルアセトナートよりなる群から選ばれる少なくとも1つを含む溶液を用い、化成皮膜を形成する工程と、前記化成皮膜に、アルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体を接触させる工程とを含むことを特徴とする製造方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、マグネシウム合金基体の表面に化成皮膜を導入し、アルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体(例えば、アルコキシシラン含有トリアジンチオール金属塩)を用いて、化成皮膜表面に反応性官能基を導入することにより、その表面に樹脂を高い接合力で接合可能なマグネシウム合金部材、およびマグネシウム合金基体と樹脂との間に高い接合強度を有するマグネシウム合金物品、ならびにそれらの製造方法を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
マグネシウム合金基体と樹脂とを接合する際に、アルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体を用いても十分に高い結合力が得られない理由について、本発明の発明者らは検討を行い、これがマグネシウム合金基体の表面の酸化膜に起因する可能性が高いことを見い出した。
【0017】
アルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体を用いて、金属と樹脂とを接合する場合、アルコキシシラン部分が金属と化学結合し、金属表面にトリアジンチオール誘導体部分よりなる反応性官能基が導入される。この官能基(トリアジンチオール誘導体部分)が樹脂と化学結合することにより、金属と樹脂との間を、脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体(上記アルコキシシラン部分が金属と化学結合の結果、アルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体より生じる生成物)を介して化学的に結合でき、これにより強い結合力を得ることが可能となる。
【0018】
通常、アルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体のアルコキシシラン基と金属との結合は、アルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体の溶液を調製し、この溶液中に金属を浸漬することで金属表面の水酸基(OH基)とアルコキシシラン基が反応することで行われる。このため、プラズマ処理によって金属表面の酸化被膜を除去すると共に、金属表面に水酸基(OH基)を導入する方法が一般的に用いられている。
【0019】
しかし、マグネシウムは酸素との結合力が強く、マグネシウム合金表面に形成される酸化被膜が緻密で、かつ強固なために、OH基が十分に導入されず、マグネシウム合金とアルコキシシラン基との間で十分な結合数(密度)を得ることができないものと推測できる。また、単に酸化マグネシウムの被膜を取り除くだけでは、マグネシウムが酸素と結びついて直ちに新たな酸化被膜を形成してしまうため、高い結合力を得ることが出来ない。
【0020】
そこで、本発明者らは、マグネシウム合金基体を表面処理することで、金属表面にアルコキシシラン基と反応して結合する、水酸化物、カルボン酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩、炭酸塩、硫酸塩、チオ硫酸塩、硝酸塩、亜硝酸塩、過マンガン酸塩、アミノ化合物および金属アセチルアセトナートのうちの少なくとも1つを含む化成皮膜を形成した後に、アルコキシシラン含有トリアジンチオールを用いて、マグネシウム合金基体とその表面に配置される樹脂とを強く結合するという本願記載の発明に至った。
以下に本発明の詳細を説明する。
【0021】
図1は、全体が100で表される本発明にかかるマグネシウム合金物品の一部分を模式的に示す断面図である。マグネシウムまたはマグネシウム合金から成るマグネシウム合金基体1と樹脂層4とが、詳細を後述する化成皮膜2と脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体被覆3とを介して接合している。
脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体3を用いて、マグネシウム合金基体1と樹脂層4とを接合した従来のマグネシウム合金物品200の断面を図2に示す。従来のマグネシウム合金物品200は、化成皮膜2を有していない。
【0022】
本発明にかかるマグネシウム合金物品100の特徴である化成皮膜2は、水酸化物、カルボン酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩、炭酸塩、硫酸塩、チオ硫酸塩、硝酸塩、亜硝酸塩、過マンガン酸塩、アミノ化合物および金属アセチルアセトナートよりなる群から選ばれる少なくとも1つを含む。
この化成皮膜2を用いることでマグネシウム合金基体1と樹脂4との間が強く接合されている本発明のマグネシウム合金物品100を製造する方法を以下に詳述する。
【0023】
1.前処理
化成処理により化成皮膜を生成する前に、前処理として、マグネシウム合金基体1表面の脱脂および/または酸化被膜除去を目的に、好ましくは、脱脂処理および/またはエッチング処理を行う。
【0024】
脱脂処理は、マグネシウム合金基体の脱脂等に通常用いられる方法でよく、例えば水酸化ナトリウム等の強アルカリを用いて脱脂する。好ましい脱脂条件は、例えば濃度10〜100g/L、温度50℃〜90℃の水酸化ナトリウム中での脱脂である。より好ましい条件は、濃度10〜100g/L(最も好ましくは10〜20g/L)、温度50℃〜90℃の水酸化ナトリウム中で予備脱脂を行った後、さらに、濃度10〜100g/L(最も好ましくは60〜90g/L)、温度50℃〜90℃の水酸化ナトリウム中で脱脂を行う。
【0025】
これ以外にも、炭酸ナトリウム、重炭酸ナトリウム、ホウ砂のようなナトリウム塩、オルソケイ酸ナトリウム、珪酸ナトリウムのようなケイ酸塩類、第1リン酸ナトリウム、第2リン酸ナトリウム、第3リン酸ナトリウム等の各種リン酸ナトリウム、ピロリン酸ナトリウム、ヘキサメタリン酸ナトリウムのようなリン酸塩類を用いて脱脂を行ってもよい。
【0026】
マグネシウム酸化被膜を除去するためのエッチング処理は、リン酸、ケイフッ化水素酸、硫酸、硝酸、フッ化水素酸等の無機酸中またはシュウ酸、酢酸、クエン酸などの有機酸中で行われ、その後、アルカリ中で中和、脱スマット処理する。
【0027】
酸による好ましいエッチング条件は、無機酸の場合、濃度:1〜10g/L、温度:30〜70℃であり、有機酸の場合、濃度:10〜50g/L、温度:20〜70℃の範囲が好ましい。
【0028】
より好ましくは、マグネシウム合金基体1に、脱脂処理とエッチング処理との両方を行う。以下に詳述する化成処理で生成する化成被膜と、マグネシウム合金基体との間の接合力を高めるためである。
【0029】
なお、マグネシウム合金基体1は、マグネシウムまたはマグネシウム合金より成り、マグネシウム合金としては工業上用いられるいずれのマグネシウム合金も使用可能である。好ましいマグネシウム合金の例は、AZ21、AZ31、AZ61、AZ91、AZ101合金のようなAZ系合金、およびAM50、AM60のようなAM系合金である。
【0030】
2.化成処理
マグネシウム合金基体1の表面に、水酸化物、カルボン酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩、炭酸塩、硫酸塩、チオ硫酸塩、硝酸塩、亜硝酸塩、過マンガン酸塩、アミノ化合物および金属アセチルアセトナートの少なくとも1つを含む化成皮膜2を生成するために、以下に示す方法により化成処理を行う。これらの方法の少なくとも1つを用いて、化成皮膜を形成する。
【0031】
(1)水酸化物
水酸化物から成る化成皮膜2を得るための1つの方法は、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア水のようなアルカリ水溶液を適用し、マグネシウム合金基体1の表面を処理し、表面に水酸化物を主成分とする化成皮膜を形成する方法である。
【0032】
化成皮膜として形成される水酸化物の例として、水酸基とマグネシウム合金中のマグネシウムおよび/またはアルミニウムとが結合した結果生じる、水酸化マグネシウムおよび/または水酸化アルミニウムを主たる成分とする水酸化物がある。
【0033】
例えば、水酸化カリウムを用いて化成処理を行う場合、水溶液は、濃度:5〜100g/L、温度:50〜90℃であることが好ましい。また、これ以外の例えば水酸化ナトリウム、アンモニア水のようなアルカリ水溶液を用いる場合は、濃度:10〜150g/L、温度:50〜90℃であることが好ましい。
【0034】
ところで、陽極酸化法において、適正な電解液を選択することで、マグネシウム合金表面に水酸化マグネシウムを主体とした被膜を形成できることが知られている(例えば特開2006−322044)。しかし、陽極酸化法により生成する被膜は、多孔質で厚いことから、脆く、必ずしも十分な接合強度を得られない場合があり、上述したアルカリ溶液を用いて化成処理をすることが好ましい。
【0035】
同様に、アルミニウム合金において、ヒドラジン水溶液を用いて、AlOOHの被膜で覆うことが知られているが(例えば特許文献6)、マグネシウム合金にヒドラジンを用いると、生成する被膜が脆いため、上述したアルカリ溶液を用いて化成処理をすることが好ましい。
【0036】
(2)カルボン酸、カルボン酸塩
タンニン酸のようなカルボン酸水溶液を用い、マグネシウム合金基体1に化成処理を行う。これにより、マグネシウム合金基体1の表面で、これらカルボン酸とマグネシウム合金中のマグネシウムおよび/またはアルミニウムが結合し、カルボン酸のマグネシウム塩および/またはアルミニウム塩を主成分とする化成皮膜が生成する。
【0037】
また、ラウリン酸、パルミチン酸、ステアリン酸などのカルボン酸のナトリウム塩またはカリウム塩のようなアルカリ金属塩の水溶液を用い化成処理を行ってもよい。この場合、マグネシウム合金基体1の表面には、これらカルボン酸のアルカリ金属塩を主とする化成皮膜2が形成する。この化成皮膜2は、上記カルボン酸のマグネシウム塩および/またはアルミニウム塩を含む場合がある。
【0038】
ギ酸、酢酸、シュウ酸、コハク酸のアルミニウム塩の水溶液を用いて化成処理を行ってもよい。この場合、マグネシウム合金基体1の表面には、これらカルボン酸のアルミニウム塩を主とする化成皮膜2が形成する。この化成皮膜2は、上記カルボン酸のマグネシウム塩を含む場合がある。例えばシュウ酸アルミニウム水溶液を用いて化成処理を行う場合、水溶液は、濃度:0.5〜30g/L、温度30〜70℃であることが好ましい。
【0039】
(3)リン酸、リン酸塩
リン酸、リン酸マンガン、リン酸水素マンガン、リン酸水素アルミニウム、リン酸二水素アルミニウム、リン酸アルミニウム、リン酸水素カルシウム、リン酸二水素カルシウム、リン酸カルシウム、リン酸カルシウムナトリウムおよびリン酸ジルコニウムのような、−HPO、−HPOまたは−POを含有するリン酸およびリン酸塩の溶液を用い、化成処理を行う。なお、本明細書でいうリン酸とはオルトリン酸、メタリン酸、ピロリン酸、三リン酸、四リン酸等を含む広義のリン酸であり、リン酸塩とは、オルトリン酸、メタリン酸、ピロリン酸、三リン酸、四リン酸等の広義のリン酸の化合物を含む概念である。
【0040】
リン酸を用いることで、マグネシウム合金基体1の表面にリン酸マグネシウムおよび/またはリン酸アルミニウムを主成分とする化成皮膜2が形成される。
【0041】
一方、リン酸マンガン、リン酸水素マンガン、リン酸水素アルミニウム、リン酸二水素アルミニウム、リン酸アルミニウム、リン酸水素カルシウム、リン酸二水素カルシウム、リン酸カルシウム、リン酸カルシウムナトリウムおよびリン酸ジルコニウムのようなリン酸塩(リン酸の金属塩)の水溶液を用いて化成処理を行うことにより、マグネシウム合金基体1の表面に、これらリン酸塩を主成分とする化成皮膜2を形成できる。これらリン酸塩の化成皮膜2は、リン酸マグネシウムおよび/またはリン酸アルミニウムを含んでもよい。また、例えば種類の異なる金属のリン酸塩を混合した溶液中で化成処理を行うことにより、リン酸マグネシウムおよびリン酸アルミニウム以外の複数のリン酸塩を含んでもよい。
【0042】
例えば、リン酸ジルコニウムの水溶液を用いて化成処理を行う場合、水溶液は、濃度:1〜100g/L、温度:20〜90℃であることが好ましい。また、これ以外のリン酸、リン酸マンガン、リン酸水素マンガン、リン酸水素アルミニウム、リン酸二水素アルミニウム、リン酸アルミニウム、リン酸水素カルシウム、リン酸二水素カルシウム、リン酸カルシウム、リン酸カルシウムナトリウムのようなリン酸、リン酸塩の水溶液を用いる場合は、水溶液は、濃度:5〜30g/L、温度20〜90℃であるのことが好ましく、温度については25℃〜75℃であることがより好ましい。
【0043】
(4)ケイ酸塩
メタケイ酸ナトリウム、オルトケイ酸ナトリウム、メタケイ酸カリウムのようなケイ酸塩またはメタケイ酸塩の水溶液を用いて化成処理を行う。これによりマグネシウム合金基体1の表面にメタケイ酸ナトリウム、オルトケイ酸ナトリウム、メタケイ酸カリウムのようなケイ酸塩またはメタケイ酸塩を主成分とする化成皮膜2を得る。なお、得られた化成皮膜2は、ケイ酸マグネシウム(メタケイ酸マグネシウム)および/またはケイ酸アルミニウム(メタケイ酸アルミニウム)を含んでもよい。
【0044】
一方、ケイ酸アルミニウム、ケイ酸ジルコニウムのようなケイ酸塩(ケイ酸の金属塩)の水溶液を用いて化成処理を行うことにより、マグネシウム合金基体1の表面に、これらケイ酸塩を主成分とする化成皮膜2を形成できる。例えば、ケイ酸アルミニウムの水溶液を用いて化成処理を行う場合、水溶液は、濃度0.5〜30g/L、温度30〜70℃であることが好ましい。
【0045】
また、これらケイ酸塩金属塩の化成皮膜2は、ケイ酸マグネシウムおよび/またはケイ酸アルミニウムを含んでもよい。さらに、例えば種類の異なる金属のケイ酸塩を混合した溶液中で化成処理を行うことにより、ケイ酸マグネシウムおよびケイ酸アルミニウム以外の複数のケイ酸塩を含んでもよい。
【0046】
(5)炭酸、炭酸塩
炭酸、または炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、重炭酸ナトリウム、炭酸マンガン、炭酸アルミニウム、炭酸カルシウム、炭酸ストロンチウム、炭酸ジルコニウムのような炭酸塩の水溶液を用いて化成処理を行う。炭酸を用いた場合には、マグネシウム合金中のマグネシウムおよび/またはアルミニウムと結合し、炭酸マグネシウムおよび/または炭酸アルミニウムの化成皮膜2がマグネシウム合金基体1の表面に形成される。一方、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、重炭酸ナトリウム、炭酸マンガン、炭酸アルミニウム、炭酸カルシウム、炭酸ストロンチウム、炭酸ジルコニウムのような炭酸塩を用いると、これら炭酸塩を主成分とする化成皮膜を形成する。なお、得られた化成皮膜は、炭酸マグネシウムおよび/または炭酸アルミニウムを含んでもよい。
例えば、炭酸アルミニウムの水溶液を用いて化成処理を行う場合、水溶液は、濃度1〜50g/L、温度50〜90℃であることが好ましい。
【0047】
(6)硫酸、硫酸塩
硫酸、または硫酸ナトリウム、硫酸マンガン、硫酸アルミニウム、硫酸カルシウム、硫酸チタニル、硫酸ジルコニウム、硫酸カリウムアルミニウム、硫酸ナトリウムアルミニウムのような硫酸塩の水溶液を用い、化成処理を行う。硫酸を用いた場合には、硫酸マグネシウムもしくは硫酸アルミニウムまたはその両方を主成分とする化成皮膜2がマグネシウム合金基体1の表面に形成される。一方、硫酸ナトリウム、硫酸マンガン、硫酸アルミニウム、硫酸カルシウム、硫酸チタニル、硫酸ジルコニウム、硫酸カリウムアルミニウム、硫酸ナトリウムアルミニウムのような硫酸の金属塩を用いると、これら金属塩を主成分とする化成皮膜2が形成される。得られた化成皮膜2は、硫酸マグネシウムおよび/または硫酸アルミニウムを含んでもよい。
例えば、硫酸カリウムアルミニウムの水溶液を用いて化成処理を行う場合、水溶液は、濃度0.5〜30g/L、温度30〜60℃であることが好ましい。
【0048】
(7)チオ硫酸塩
チオ硫酸ナトリウム、チオ硫酸カルシウムのようなチオ硫酸塩の水溶液を用い化成処理を行う。マグネシウム基体1の表面にこれらチオ硫酸塩を主成分とする化成皮膜2を形成する。なお、得られた化成皮膜2は、チオ硫酸マグネシウムおよび/またはチオ硫酸アルミニウムを含んでもよい。
例えば、チオ硫酸カルシウムの水溶液を用いて化成処理を行う場合、水溶液は、濃度20〜50g/L、温度40〜60℃であることが好ましい。
【0049】
(8)硝酸、硝酸塩、亜硝酸塩
硝酸、または硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウム、硝酸マンガン、硝酸カルシウム、亜硝酸カルシウム、硝酸アルミニウム、硝酸ストロンチウムのような硝酸塩または亜硝酸塩(金属塩)の溶液(例えば水溶液)を用い、化成処理を行う。硝酸または硝酸アンモニウムを用いた場合には、硝酸マグネシウムもしくは硝酸アルミニウムまたはその両方を主成分とする化成皮膜2がマグネシウム合金基体1の表面に形成される。一方、硝酸ナトリウム、硝酸マンガン、硝酸カルシウム、亜硝酸カルシウム、硝酸アルミニウム、硝酸ストロンチウムのような硝酸または亜硝酸の金属塩を用いると、これら金属塩を主成分とする化成皮膜2が形成される。この場合、得られた化成皮膜は、硝酸マグネシウムおよび/または硝酸アルミニウムを含んでもよい。
例えば、硝酸アルミニウムの水溶液を用いて化成処理を行う場合、水溶液は、濃度0.5〜50g/L、温度30〜60℃であることが好ましい。
【0050】
(9)過マンガン酸塩
過マンガン酸カリウムの溶液のような、過マンガン酸塩の水溶液を用い、化成処理を行う。マグネシウム基体1の表面にこれら過マンガン酸塩を主成分とする化成皮膜2を形成する。なお得られた化成皮膜2は、過マンガン酸マグネシウムおよび/または過マンガン酸アルミニウムを含んでもよい。
例えば、過マンガン酸カリウムの水溶液を用いて化成処理を行う場合、水溶液は、濃度1〜10g/L、温度30〜70℃であることが好ましい。
【0051】
(10)アミノ化合物
エチルアミン、イソプロピルアミン、ジエチルアミン、トリアゾール、アニリンのようなアミノ基を含むアミノ化合物または、これらアミノ化合物の溶液(例えば、水溶液、またはアルコールもしくはベンゼン溶液)を用い、化成処理を行う。マグネシウム基体1の表面にこれらアミノ化合物を主成分とする化成皮膜2を形成する。
例えば、エチルアミンの水溶液を用いて化成処理を行う場合、水溶液は、濃度5〜100g/L、温度30〜70℃であることが好ましい。
【0052】
(11)金属アセチルアセトナート
Zn(COCHCOOCHのような金属アセチルアセトナートの溶液(例えば水溶液)を用い、化成処理を行う。金属アセチルアセトナートを主たる成分とする化成皮膜2を形成する。例えばZn(COCHCOOCHの水溶液を用いて化成処理を行う場合、水溶液は、濃度0.1〜30g/L、温度20〜70℃であることが好ましい。
【0053】
上記に示す化成処理の中でも水酸化物を用いる方法が好ましく、リン酸、リン酸塩を用いる方法がより好ましい。
【0054】
水酸化物を用いる方法では、形成される化成皮膜2が緻密であり、マグネシウム合金基体1との間の接合力が強い。水酸化物の水溶液の濃度および温度が上述した好ましい範囲内であれば、比較的短い時間で緻密な化成皮膜2を得ることが可能である。
【0055】
リン酸、リン酸塩を用いる方法では、好ましくは厚さが0.05〜5μm、より好ましくは厚さ0.05〜2μmと、比較的一様な化成皮膜2を形成することが可能である。
このため、アルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体が化成皮膜2に浸透して、化成皮膜2と反応するサイトが多くなり、トリアジンチオール誘導体のアルコキシシランが加水分解して生成するシラノールと化成皮膜成分のリン酸基とが、加熱処理によって脱水反応を起こし、化学的に結合する。この様にして、生成する脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体被覆3と化成皮膜2との間に、より強固な結合を得ることができる。
【0056】
さらに、樹脂4が接合後に冷却されて収縮する際に、この化成皮膜2が樹脂4と化成皮膜2との間に生じる応力を分散吸収し、樹脂4の剥離および化成皮膜2のクラックの発生を防ぐ効果を有する。リン酸またはリン酸塩の濃度および温度が上述した好ましい範囲内であれば、比較的短い時間で緻密な化成皮膜2を得ることが可能である。
【0057】
なお、上記の溶液を用いた化成処理は、マグネシウム合金基体1の全体または一部を溶液(化成処理液)に浸漬することのみでなく、マグネシウム合金基体2の表面の全部または一部を、スプレー、塗布等により溶液を被覆すること、または溶液と接触させることも含む。
【0058】
従って、上記から明らかなように、化成皮膜2は、必ずしもマグネシウム合金基体2の表面全体に形成される必要はなく、適宜、必要な部分にのみ形成してもよい。
【0059】
3.アルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体の被覆
上述の方法により、マグネシウム合金基体1の表面に化成皮膜2を形成した後、化成皮膜2にアルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体を被覆する。
用いるアルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体は、例えば特許文献6に開示されているアルコキシシラン含有トリアジンチオール金属塩のような、既知のものでよい。
即ち、以下の(式1)または(式2)に示した一般式で表される。
【0060】
【数1】

【0061】
【数2】

【0062】
式中のRは、例えば、H−、CH−、C−、CH=CHCH−、C−、C−、C13−のいずれかである。Rは、例えば、−CHCH−、−CHCHCH−、−CHCHCHCHCHCH−、−CHCHSCHCH−、−CHCHNHCHCHCH−のいずれかである。Rは、例えば、−(CHCHCHOCONHCHCHCH−、または、−(CHCHN−CHCHCH−であり、この場合、NとRとが環状構造となる。
【0063】
式中のXは、CH−、C−、n−C−、i−C−、n−C−、i−C−、t−C−のいずれかである。Yは、CHO−、CO−、n−CO−、i−CO−、n−CO−、i−CO−、t−CO−等のアルコキシ基である。式中のnは1、2、3のいずれかの数字である。Mはアルカリ金属であり、好ましくはLi、Na、KまたはCeである。
【0064】
化成皮膜2を被覆するアルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体の溶液を作製する。用いる溶媒は、アルコキシシラン含有トリアジンジチオール誘導体が溶解するものであればよく、水およびアルコール系溶剤がこれに該当する。例えば、水、メタノール、エタノール、プロパノール、カルビトール、エチレングリコール、ポリエチレングリコール、およびこれらの混合溶媒も使用可能である。アルコキシシラン含有トリアジンジチオール誘導体の好ましい濃度は0.001g〜20g/Lであり、より好ましい濃度は0.01g〜10g/Lである。
【0065】
得られた、アルコキシシラン含有トリアジンジチオール誘導体溶液中に、化成皮膜2を備えたマグネシウム合金基体1を浸漬する。溶液の好ましい温度範囲、より好ましい温度範囲は、それぞれ0℃〜100℃、20℃〜80℃である。一方、浸漬時間は、1分〜200分が好ましく、3分〜120分がより好ましい。
【0066】
この浸漬により、アルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体のアルコキシシラン部分がシラノールとなり、上述した化成皮膜2に含まれる水酸化物、カルボン酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩、炭酸塩、硫酸塩、チオ硫酸塩、硝酸塩、亜硝酸塩、オキソ化合物、過マンガン酸塩、アミノ化合物および金属アセチルアセトナートの少なくとも1つとの間に水素結合的な緩い結合を生じる。
【0067】
そして、このマグネシウム合金部材を、乾燥および脱水反応促進を目的に100℃〜450℃まで加熱する。この加熱により、シラノール含有トリアジンチオール誘導体のシラノール部分に、脱水結合反応が起こることから、シラノール含有トリアジンチオール誘導体は、脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体に変わり、化成皮膜2との間で化学的に結合する。
【0068】
従って、これにより、マグネシウム合金基体1と化成皮膜2および脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体被覆3よりなる、表面に樹脂を接合するのに用いるマグネシウム合金部材を得ることができる。
【0069】
次に、この脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体と樹脂との接合力をより強くするために、化成皮膜2の上に形成された脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体を、必要に応じ適宜、接合補助剤として例えば、ジマレイミド類であるN,N’−m−フェニレンジマレイミドやN、N‘−ヘキサメエチレンジマレイミドのようなラジカル反応により結合性を有する化合物とジクルミルパーオキサイド、ベンゾイルパーオキサイドのような過酸化物またはその他のラジカル開始剤とを含む溶液に浸漬する。浸漬後、マグネシウム合金部材を、30℃〜270℃で、1分〜600分間、乾燥・熱処理する。
【0070】
これにより、脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体は、トリアジンチオール金属塩(トリアジンチオール誘導体)部分の金属イオンが除去され、硫黄がメルカプト基になって、このメルカプト基がN,N’−m−フェニレンジマレイミドのマレイン酸の2つの二重結合部の一方と反応してN,N’−m−フェニレンジマレイミドを結合した脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体となる。
【0071】
さらに、必要に応じ適宜、過酸化物、レドックス触媒などのラジカル開始剤をベンゼン、エタノールなどの有機溶媒に溶解させた溶液を、浸漬またはスプレーにより噴霧する等によりマグネシウム合金部材表面に付着させて、風乾する。
【0072】
ラジカル開始剤は、樹脂を成形する際に行う加熱等の熱による分解でラジカルを生じ、上記マレイン酸による2つの二重結合部の他方の結合を開き、または、トリアジンチオール誘導体の金属塩部分に働いて、樹脂と反応、結合させる作用を有する。
【0073】
4.樹脂との接合
マグネシウム金属基体1の表面に化成皮膜2および脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体層3を有するマグネシウム合金部材と樹脂4とを接合(複合一体化)してマグネシウム物品100を得る。樹脂4は、加熱した状態で脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体層3と接触するように配置される。これにより、樹脂4と脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体3のトリアジンチオール誘導体部分(トリアジンチオール金属塩部分またはビスマレイミド類を結合したトリアジンチオール誘導体)が、ラジカル開始剤のラジカルを媒介として反応し、化学的結合を生じる。
なお、樹脂は、脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体被膜3の一部にのみ配置してもよい。
【0074】
加熱した樹脂4を脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体被覆3の上に配置する方法としては、例えば金型にマグネシウム合金部材(金属基体1と化成皮膜2と脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体被覆3を含む)を配置し、金型中に溶融樹脂を射出してインサート成形物品またはアウトサート成形物品を得る際に、金型および樹脂の熱によりラジカル開始剤を分解し、ラジカル反応によりトリアジンチオール誘導体被覆と樹脂を化学的に結合させてマグネシウム合金部材と樹脂4とを接合する射出成形法、または樹脂成形後にオーブンまたは熱板上で射出成形品を加熱してラジカル開始剤を分解し、ラジカル反応により化学結合させてマグネシウム部材と樹脂を接合する溶着法を用いることができる。
【0075】
射出成形の場合は、金型温度20〜220℃、5秒〜10分間、溶着法の場合は、オーブンまたは熱板温度30〜430℃、1分〜10時間保持する。温度は、ラジカル開始剤の分解温度以上であることが必要であり、保持時間は、ラジカルがトリアジンチオール誘導体と樹脂との化学結合を生じるのに十分な時間が必要である。
【0076】
また、接合する樹脂は、工業的に使用可能ないずれの樹脂も用いることが可能であるが、ラジカルに反応する元素、官能基を持った樹脂が好ましい。このような好ましい樹脂の例は、フェノール樹脂、ハイドロキノン樹脂、クレゾール樹脂、ポリビニルフェノール樹脂、レゾルシン樹脂、メラミン樹脂、グリプタル樹脂、エポキシ樹脂、変成エポキシ樹脂、ポリビニルホルマール樹脂、ポリヒドロキシメチルメタクリレートとその共重合体、ポリヒドロキシエチルアクリレートとその共重合体、アクリル樹脂、ポリビニルアルコールとその共重合体、ポリ酢酸ビニル、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリケトンイミド樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、ポリフェニレンオキサイド樹脂、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂、6−ナイロン樹脂、66−ナイロン樹脂、610−ナイロン樹脂、芳香族ポリアミド樹脂、尿素樹脂、およびこれらの樹脂から選ばれた2種以上を複合した複合樹脂、ならびにこれら樹脂をガラス繊維、カーボン繊維、セラミックス等で強化した強化樹脂である。
【0077】
以上により、マグネシウム合金基体1と樹脂4とを化成皮膜2と脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体被覆3とを介して接合したマグネシウム合金物品100を製造することが可能となる。
【0078】
なお、本方法で得られるマグネシウム合金物品は、マグネシウム合金基体と樹脂間の接合強度が高いという利点の他にも、マグネシウム物品の表面に特に機械加工を施す必要がなく、また、接着剤、応力緩和用の弾性樹脂等を使用することなく、樹脂を接合できることから、加工工数が少なく、接合部がきれいに仕上がり、寸法精度良く仕上げることが出来るという利点を有する。
【0079】
さらに、成形の難しいマグネシウム基体の成形精度が悪い部分を樹脂で覆うことにより、樹脂成形精度で物品が仕上がり、製品の歩留まりを高くできるという利点を有する。
【実施例】
【0080】
長さ80mm、幅20mm、厚さ1.5mmのAZ91マグネシウム合金のダイカスト板を前処理した。
【0081】
前処理は、濃度15.0g/L、温度60℃の水酸化ナトリウム水溶液中で予備脱脂を行い、次いで濃度75.0g/L、温度70℃の水酸化ナトリウム水溶液中で60秒間脱脂を行った。そして温度60℃、濃度1〜3g/Lの硫酸を主体とした強酸中で60秒間エッチングし、さらに濃度60.0g/L、温度70℃の水酸化ナトリウム中で120秒間強アルカリ処理をし、水洗した。
【0082】
実施例1〜3のサンプルを得るために前処理に引き続き、マグネシウム合金板に以下の化成処理を行った。
【0083】
実施例1のサンプルは、濃度60g/L、温度70℃の水酸化ナトリウム溶液中に180秒間浸漬し、水酸化マグネシウムと水酸化アルミニウムを主成分とする化成皮膜をマグネシウム合金板の表面に得た。
【0084】
実施例2のサンプルでは、濃度7.5〜10.0g/L、温度35℃のリン酸マンガン水溶液に30秒間浸漬し、リン酸マンガンを主成分とし、リン酸マグネシウムと水酸化アルミニウムを含む、厚さ0.5〜1μmの化成皮膜をマグネシウム合金板表面に得た。
【0085】
なお、このリン酸マンガンを主成分とする化成皮膜の厚さは、この化成皮膜を有するマグネシウム金属合金板を樹脂に埋め込み研磨して、断面を走査型電子顕微鏡で観察し、複数箇所で測定し、その平均より求めた。
【0086】
実施例3のサンプルでは、実施例2のサンプルと比べ、より厚い化成皮膜を得ることを目的に、化成皮膜形成における処理時間を75秒とした。得られた被膜の厚さは、1〜2μmで、実施例2と同じくリン酸マンガンを主成分とし、リン酸マグネシウムと水酸化アルミニウムを含んでいた。
【0087】
比較例として、上述の前処理を行ったままのマグネシウム合金板を比較例1とし、前処理を行ったマグネシウム合金板に、コロナ放電表面処理装置を用い、出力0.37kWにて、2m/分の移動速度で1回のプラズマ処理を行ったサンプルを比較例2とした。このプラズマ処理は例えばアルミニウム合金等の金属を、アルコキシシラン含有トリアジンチオールを用いて樹脂と接合する際の表面処理として用いられる方法である。
【0088】
次に実施例1〜3および比較例1、2のサンプルをアルコキシシラン含有トリアジンチオール溶液中に浸漬した。
用いたアルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体は、トリエトキシシリルプロピルアミノトリアジンチオールモノナトリウムであり、濃度が0.7g/Lとなるようにエタノール95:水5(体積比)の溶媒に溶解し、溶液を得た。このトリエトキシシリルプロピルアミノトリアジンチオールモノナトリウム溶液に室温で30分間浸漬した。
【0089】
その後、これらサンプルをオーブン内にて160℃で10分間熱処理し、反応を完了させるとともに乾燥した。そして、濃度1.0g/LのN,N’−m−フェニレンジマレイミド(N,N’−1,3−フェニレンジマレイミド)と濃度2g/Lのジクミルパーオキシドを含有するアセトン溶液に室温で10分間浸漬し、オーブン内にて150℃で10分間熱処理した。その後、サンプルの表面全体に、濃度2g/Lのジクミルパーオキシドのエタノール溶液を室温で噴霧し、風乾した。
【0090】
次にこれらのサンプルを120℃に加熱した金型内に配置し、表面の1部が樹脂と接合するように旭化成ケミカルズ株式会社製ABS樹脂(スタイラック(R)―ABS汎用026)を220℃で射出成形し、マグネシウム物品サンプルを得た。
樹脂は金型内で、長さ80mm、幅20mm、厚さ3mmの板となるように成形され、1つの面の端末部の長さ12mm、幅20mmの部分が、上述の処理を行ったマグネシウム合金板サンプルの端末部上に配置され、この部分が接触している。金型を80℃以下に冷却してから得られたマグネシウム合金物品を取り出した。
【0091】
得られた、実施例1〜3および比較例1、2のマグネシウム合金物品サンプルを引張試験片として用い、引張試験により接合強度を評価した。
島津製作所製オートグラフAG−10TD試験器を用い、マグネシウム物品サンプルのマグネシウム板部と樹脂板部の端末部(接合部と反対側の端末部)をそれぞれフラットチャックで掴み、引張速度5mm/分の引張速度で破断するまで引張った。破断に至るまでの最高到達荷重を接合面積(長さ12mmX幅20mm)で除して求めた応力を接合強度(せん断強度)とした。試験は各サンプルについて3本行った。
求めた接合強度を表1に示す。
【0092】
【表1】

【0093】
比較例1および2では、破断は接合面で起こり、マグネシウム合金板と樹脂は完全に分かれていた。一方、実施例1〜3では、破断は接合面または、樹脂部での破断が確認された。また、接合面での破断面(マグネシウム合金板側)に関しては、樹脂の付着が認められ、破断の一部は樹脂内で起こっていることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1】本発明に係るマグネシウム合金物品の断面図である。
【図2】従来のマグネシウム合金物品の断面図である。
【符号の説明】
【0095】
1 マグネシウム合金基体、2 化成皮膜、3 脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体被膜、4 樹脂

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネシウムまたはマグネシウム合金より成る基体と、該基体の表面の少なくとも一部分に、脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体被覆を介して接合する樹脂とを含むマグネシウム合金物品であって、
前記基体と前記脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体被覆との間に、水酸化物、カルボン酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩、炭酸塩、硫酸塩、チオ硫酸塩、硝酸塩、亜硝酸塩、過マンガン酸塩、アミノ化合物および金属アセチルアセトナートよりなる群から選ばれる少なくとも1つを含む化成皮膜を含むことを特徴とするマグネシウム合金物品。
【請求項2】
前記リン酸塩が、リン酸マンガン、リン酸水素マンガン、リン酸水素アルミニウム、リン酸二水素アルミニウム、リン酸アルミニウム、リン酸水素カルシウム、リン酸二水素カルシウム、リン酸カルシウム、リン酸カルシウムナトリウム、リン酸マグネシウムおよびリン酸ジルコニウムよりなる群から選択される少なくとも1つであることを特徴とする請求項1に記載のマグネシウム合金物品。
【請求項3】
前記水酸化物が、水酸化マグネシウムおよび/または水酸化アルミニウムであることを特徴とする請求項1に記載のマグネシウム合金物品。
【請求項4】
マグネシウムまたはマグネシウム合金より成るマグネシウム合金基体の少なくとも一部分に、アルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体を用いて樹脂を接合する、マグネシウム合金物品の製造方法であって、
前記マグネシウム合金基体の表面の少なくとも一部に、水酸化物、カルボン酸、カルボン酸塩、リン酸、リン酸塩、ケイ酸塩、炭酸、炭酸塩、硫酸、硫酸塩、チオ硫酸塩、硝酸、硝酸塩、亜硝酸、亜硝酸塩、過マンガン酸塩、アミノ基化合物および金属アセチルアセトナートよりなる群から選ばれる少なくとも1つを含む溶液を用い、化成皮膜を形成する工程と、
前記化成皮膜に、アルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体を接触させる工程と、
前記アルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体を接触させた部分に樹脂を接合する工程を含むことを特徴とする製造方法。
【請求項5】
前記溶液が、リン酸、リン酸マンガン、リン酸水素マンガン、リン酸水素アルミニウム、リン酸二水素アルミニウム、リン酸アルミニウム、リン酸水素カルシウム、リン酸二水素カルシウム、リン酸カルシウムナトリウム、リン酸カルシウムおよびリン酸ジルコニウムより選択される少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記溶液が、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムおよびアンモニアよりなる群から選ばれる少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項4に記載の製造方法。
【請求項7】
マグネシウムまたはマグネシウム合金より成る基体と、該基体の表面の少なくとも一部分に、脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体またはシラノール含有トリアジンチオール誘導体を被覆したマグネシウム合金部材であって、
前記基体と前記脱水シラノール含有トリアジンチオール誘導体被覆または前記シラノール含有トリアジンチオール誘導体被覆との間に水酸化物、カルボン酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩、炭酸塩、硫酸塩、チオ硫酸塩、硝酸塩、亜硝酸塩、過マンガン酸塩、アミノ化合物および金属アセチルアセトナートよりなる群から選ばれる少なくとも1つを含む化成皮膜を含むことを特徴とするマグネシウム合金部材。
【請求項8】
前記リン酸塩が、リン酸マンガン、リン酸水素マンガン、リン酸水素アルミニウム、リン酸二水素アルミニウム、リン酸アルミニウム、リン酸水素カルシウム、リン酸二水素カルシウム、リン酸カルシウム、リン酸カルシウムナトリウム、リン酸マグネシウムおよびリン酸ジルコニウムよりなる群から選択される少なくとも1つであることを特徴とする請求項7に記載のマグネシウム合金部材。
【請求項9】
前記水酸化物が、水酸化マグネシウムおよび/または水酸化アルミニウムであることを特徴とする請求項7に記載のマグネシウム合金部材。
【請求項10】
マグネシウムまたはマグネシウム合金より成るマグネシウム合金基体の少なくとも一部分に、アルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体を接触させるマグネシウム合金部材の製造方法であって、
前記マグネシウム合金基体の表面の少なくとも一部に、水酸化物、カルボン酸、カルボン酸塩、リン酸、リン酸塩、ケイ酸塩、炭酸、炭酸塩、硫酸、硫酸塩、チオ硫酸塩、硝酸、硝酸塩、亜硝酸、亜硝酸塩、過マンガン酸塩、アミノ基化合物および金属アセチルアセトナートよりなる群から選ばれる少なくとも1つを含む溶液を用い、化成皮膜を形成する工程と、
前記化成皮膜に、アルコキシシラン含有トリアジンチオール誘導体を接触させる工程とを含むことを特徴とする製造方法。
【請求項11】
前記溶液が、リン酸、リン酸マンガン、リン酸水素マンガン、リン酸水素アルミニウム、リン酸二水素アルミニウム、リン酸アルミニウム、リン酸水素カルシウム、リン酸二水素カルシウム、リン酸カルシウムナトリウム、リン酸カルシウムおよびリン酸ジルコニウムより選択される少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項10に記載の製造方法。
【請求項12】
前記溶液が水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニアよりなる群から選ばれる少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項10に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−114504(P2009−114504A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−289356(P2007−289356)
【出願日】平成19年11月7日(2007.11.7)
【出願人】(506362222)株式会社新技術研究所 (9)
【Fターム(参考)】