説明

マスタシリンダ

【課題】繁雑な製造工程を必要としないピストン摺動時のカップの移動、反転を防止するマスタシリンダを提供することを目的とするものである。
【解決手段】 シリンダボディ11と、シリンダボディ11に内挿されたピストン21と、径方向へ突出する凸部41を有し、ピストン21の外周面を内周面が摺動可能に当接する環状のカップ33と、シリンダボディ11に設けられ、凸部41と係合可能な凹部16を有し、カップ33を収納する収納溝15とからなるマスタシリンダとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリンダボディに内挿されたピストンがシリンダボディ内を摺動して圧力室のブレーキ液を加圧するマスタシリンダに関するものである。
【背景技術】
【0002】
上記のマスタシリンダは、ブレーキの非作動時において、シリンダボディとこれに内挿されたピストンで構成される圧力室が、ブレーキ液を貯蔵するリザーバと連通している。ここで、シリンダボディには、ゴム製の環状のカップがシリンダボディ内に設けられた収納溝に収納されており、このカップの内周面がピストンの外周面を摺動可能に当接するとともに、シリンダボディとピストンの間のシール性を確保している。
続いて、マスタシリンダの動作について説明する。運転者がブレーキペダルを踏むと、ピストンは圧力室の容積が縮小する方向へ摺動し、ピストンが所定位置にくるとカップによってリザーバと圧力室の連通が遮断され、圧力室内のブレーキ液の加圧が始まる。加圧されたブレーキ液は、ホイールシリンダへ供給され、ホイールシリンダ内のピストンがタイヤと連動しているロータを押圧し、制動する。次に、運転者がブレーキペダルを解除すると、ピストンは、圧力室の容積が増大する方向、つまりブレーキ非作動時における位置へ摺動する。そして、ピストンが所定位置までくると圧力室とリザーバが連通し、圧力室内のブレーキ液は非作動時における圧力まで減圧され、ロータの制動が解除される。
カップはブレーキの作動状況に応じて、圧力室とリザーバの連通を遮断する必要があるため、カップはピストンをシールするのに十分な力でピストン外周面を押圧するように設計されている。そのため、ピストンが摺動すると、ピストンの外周面とカップの内周面との摩擦力が生じ、カップには摺動方向へ引きずる力が働く。そして、この引きずる力によって、収納溝内でカップが反転し、ピストンの外周面とカップの内周面の間のシール性が確保されないなどの問題が生じる場合がある。この問題を解決するものとして、特許文献1,2では、カップにピストン摺動方向へ突出する凸部を設け、この凸部を収納構内に形成した凹部に係合することでカップの反転を防ぐ技術が開示されている。
【特許文献1】実開平2−96257号
【特許文献2】実開昭63−53862号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
特許文献1では、リザーバと連通する連通路をシリンダボディに形成し、この連通路内にブッシュ部材を挿し込んでカップを収納する収納溝を形成している。このブッシュ部材の端面にカップに設けた凸部に係合する凹部を形成し、カップの反転を防止している。
この構造によると、カップ組付けのために軸方向の隙間の設定が必要であるため、ピストンが軸方向に長くなる。また、カップがピストンの摺動方向へ移動すると、カップの凸部と収納溝の凹部が係合する係合部分が少なくなり、カップの反転を防止する効果が小さくなる。
また、特許文献1では、ブッシュ部材を作製し、これらをシリンダに内挿する工程が必要になる。一方、この収納溝をシリンダボディのピストンを収納する穴と一体に形成しようとすると、非常に複雑な切削加工が必要となる。
特許文献2では、リザーバと連通する連通路をシリンダボディに形成し、ピストンガイドとピストンガイドの軸方向に対向する別部材をシリンダボディ内に挿し込んでカップを収納する収納溝を形成している。このピストンガイドは、その端面にカップに設けた凸部に係合する凹部が形成され、カップの反転を防止している。また別部材は、ピストンガイドとともにカップの摺動方向の移動を規制している。従って、特許文献2では、収納溝を形成するピストンガイドと別部材を別途作製し、それぞれシリンダに内挿する工程が必要であった。
【0004】
本発明は、従来技術の有する上記問題に鑑みなされたものであって、簡易な製造工程で、カップとピストンの間のシール性を確実に確保するマスタシリンダを提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、請求項1にかかる発明では、シリンダボディと、シリンダボディに内挿されたピストンと、径方向へ突出する凸部を有し、ピストンの外周面を内周面で摺動可能に当接する環状のカップと、シリンダボディに設けられ、凸部と係合可能な凹部を有し、カップを収納する収納溝とからなるマスタシリンダとした。
【0006】
本発明では、径方向へ突出する凸部を有したカップとこのカップを収納する収納溝をシリンダボディに設けるとともに、収納溝には凸部に係合可能な凹部を設けたことで、カップにピストン摺動時に摺動方向へ引きずる力が働いた場合に、凸部が収納溝に設けた凹部に係止され、カップが摺動方向へ移動すること及び収納構内で反転することを防止し得る。
【0007】
また、全周に亘って、カップの凸部と収納溝に凸部と係合可能な凹部を設けることによって、より確実にカップの移動、反転を防止し得る。
【0008】
また、一端がシリンダボディに内挿されたピストンのシリンダボディへの挿入部分に配置されたカップに径方向に突出する凸部を設けることが好ましい。このカップは、通常、シリンダボディの外部の大気とシリンダボディの内部に形成されたリザーバとの連通路の連通を常時遮断している。そして、この連通路は、ブレーキの作動状態によらず、常にシリンダボディの外部と同じ圧力である。一方で、他の場所に配置されたカップには、圧力室内のブレーキ液が加圧されることにより、圧力差が生じ、カップを移動、反転するのを防止する力が生じる。したがって、一端がシリンダボディに内挿されたピストンのシリンダボディへの挿入部分に配置されたカップは、他の場所に配置されたカップより、移動や反転する可能性が高いため、このカップに凸部を設けることによって、より高い移動防止および反転防止効果が見込める。
【発明の効果】
【0009】
径方向へ突出する凸部を有したカップと凸部に係合しカップを収納する収納溝をシリンダボディに設けたことで、ピストンの摺動時にカップが摺動方向へ移動することや反転することを防止することができる。更に、ピストン設計時にカップが移動することを考慮する必要が無くなる。つまり、軸方向におけるピストンのカップとのシール位置が、より精度よく設定することが可能となる。
また、収納溝にカップの径方向に突出する凸部と係合可能な凹部はシリンダの径方向に形成されるものであり、その加工は非常に容易である。よって、工程を簡略し、製造時間を短縮することができ、製造コストも安価とすることができる。
【0010】
また、カップ全周に凸部を設けたり、一端がシリンダボディに内挿されたピストンのシリンダボディへの挿入部分に配置されたカップに径方向に突出する凸部を設けたりすることにより、シリンダの径方向全周に亘り効果的にカップの移動、反転を防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態を添付の図面に基づいて説明する。
第1の実施形態
本発明を適用した第1の実施形態を図1、2、3を用いて説明する。図1は、マスタシリンダ全体の断面図であり、図2は、セカンダリカップ33周辺の拡大図、図3は、プライマリカップ31周辺の拡大図である。
図1、図3は、ブレーキ非作動時におけるピストンの位置(以下、初期位置とする)を示している。
図1に示されるように、シリンダボディ11には、リザーバ(図示省略)と第1圧力室55を連通する連通路51と、リザーバと第2圧力室57を連通する連通路53がそれぞれ形成されている。また、第1圧力室55は、シリンダボディ11、第1ピストン21、第2ピストン23で囲われており、第2圧力室57は、シリンダボディ11と第2ピストン23で囲われている。
第1圧力室55内には復帰スプリング75、第2圧力室57には復帰スプリング77が設けられており、第1ピストン21、第2ピストン23に初期位置へ復帰させる力(図1における右方向の力)を付与している。
【0012】
また、シリンダボディ11には、ゴム製で環状のプライマリカップ31、35、セカンダリカップ33、プレッシャカップ37が収納されている収納溝13、17、15、19が形成されている。
プライマリカップ31、35が収納されている収納溝13、17の前方(図1における左方向)には、収納溝13と第1圧力室を連通する溝61、収納溝17と第2圧力室を連通する溝63が周方向に複数形成されている。また、プレッシャカップ37が収納されている収納溝19の後方(図1における右方向)には、収納溝19と第1圧力室55を連通する溝65が周方向に複数形成されている。
【0013】
第1ピストン21はその一端がシリンダボディ11に内挿され、他端はシリンダボディ11の外部に突出しており、第2ピストン23は全体がシリンダボディ11に内挿されている。第1ピストン21、第2ピストン23には、径方向に貫通する第1ピストンポート25、第2ピストンポート27がそれぞれ形成されている。この第1ピストンポート25、第2ピストンポート27は、周方向に複数形成されている。図1および図3に示すように、第1ピストン21、第2ピストン23の初期位置において、第1ピストンポート25、第2ピストンポート27は、連通路51、53と第1圧力室55、第2圧力室57を連通する位置にある。
【0014】
次に、プライマリカップ31、35、セカンダリカップ33、プレッシャカップ37に説明する。プライマリカップ31は、第1ピストン21の外周をシールし、プライマリカップ35は、第2ピストン23の外周をシールしている。セカンダリカップ33は、第1ピストン23のシリンダボディ11の挿入部分においてシリンダボディ11の外部の大気とシリンダボディ11の内部を遮断している。また、プレッシャカップ37は、第2ピストン23の外周において、第1圧力室55と連通路53を遮断している。
【0015】
本実施形態では、図2に拡大図を示すように、セカンダリカップ33に、径方向に突出する凸部41が径方向に複数設けられ、セカンダリカップ33を収納する収納溝15には、凸部41と係合している凹部16が凸部41と同数形成されている。
【0016】
ここで、マスタシリンダの動作について説明すると、運転者がブレーキペダルを踏むと、第1ピストン21が初期位置から前方(図1における左方向)へ摺動する。これにより、ピストンの初期位置において、連通路51と第1圧力室55を連通する第1ピストンポート25がプライマリカップ31よりも前方へ移動し、リザーバと第1圧力室55の連通が遮断され、第1圧力室55内のブレーキ液の加圧が始まる。第1圧力室55内のブレーキ液が加圧されると、第2ピストン23は、その圧力により前方に移動し、第1圧力室55と同様にして第2圧力室57内のブレーキ液の加圧される。
【0017】
プライマリカップ31、35、セカンダリカップ33、プレッシャカップ37は、第1ピストン21または第2ピストン23の外周をシールしている。以下、図2に拡大図を示したセカンダリカップ33を例にとって説明すると、セカンダリカップ33の内周面43は、第1ピストン21の外周面29を径内方向(図2における下方向)に押圧することでシールしている。
従って、運転者がブレーキペダルを踏み、第1ピストン21が前方(図1における左方向)へ摺動すると、セカンダリカップ33には、内周面43と第1ピストン21の外周面29との間の摩擦により、ピストンの摺動方向(図1における左方向)へ引きずる力が働く。
【0018】
図2に示すように、本実施形態においてセカンダリカップ33には、径方向外側へ突出する凸部41が設けられ、収納溝15には、凸部41と係合する凹部16が形成されている。第1ピストン21が摺動すると、セカンダリカップ33には、摺動方向へ引きずる力が働くが、凸部41が凹部16に係合している為、セカンダリカップ33が摺動方向へ移動したり、収納溝15内で反転したりすることを防止できる。
【0019】
続いて、第1ピストン21の摺動時にプライマリカップ31に作用する力について説明する。
図3の拡大図を示すように、プライマリカップ31は、第1圧力室と連通している溝61に向かって開口する断面がコの字形状をしている。
第1ピストン21が前進し、第1圧力室55内のブレーキ液が加圧されると、第1圧力室55と連通している溝61内のブレーキ液の圧力も上がる。その結果、プライマリカップ31により遮断されている溝61とリザーバの液圧がかかる連通路51には、圧力差が生じる。
この圧力差により、プライマリカップ31の背面32は、背面32が当接する後方壁49に押し当てられる。
プライマリカップ31は、背面32が後方壁49に押し当てられる力がプライマリカップ31が移動、反転を防止するのに有効に働くようにプライマリカップ31の断面は、押し当てられる力が作用する方向、つまり第1圧力室に連通する溝61に向かって開口するコの字形状となっている。
また、より確実にプライマリカップ31の移動、反転を防止する為には、セカンダリカップ33と収納溝15との構成のように、プライマリカップ31の径方向に突出する凸部、収納溝13に凸部と係合可能な凹部を設けることができる。
同様な理由で、第2ピストン23の外周をシールするプライマリピストン35の断面は、第2圧力室と連通している溝63に向かって開口するコの形状とし、プレッシャカップ37の断面は、第1圧力室と連通している溝65に向かって開口するコの字形状としているため、詳細な説明は省略する。
【0020】
ここで、セカンダリカップ33は、シリンダボディ11の外部とリザーバからの液圧がかかるの連通路51をシールしているため、作動状況によらず、常に圧力差に変化が生じない。よって、セカンダリカップ33は、プライマリカップ31、35およびプレッシャカップ37のように圧力室からの圧力を受けることがなく、最も移動、反転する可能性は高い。
したがって、セカンダリカップ33に優先的に径方向に突出する凸部41を設け、収納溝15に凸部41と係合可能な凹部16を形成することは移動防止や反転防止の効果が大きい。
【0021】
本実施形態では、収納溝15の周方向に凹部16を複数形成し、凸部41も凹部16と同数設けた。
凸部41もセカンダリカップ33の全周に亘り設け、凹部16を収納溝33の全周に亘り形成してもよい。凸部および凹部を全周に設けると、カップの移動、反転を全周に亘り防止することができるため、部分的に設けるよりも効果的である。
【0022】
以上により、本発明によれば、煩雑な製造工程を必要としないピストン摺動時のカップの移動や収納溝内での反転を防止するマスタシリンダを得ることができる。また、カップの移動によるシール位置の変化がなく、カップのシール性が精度よく得られる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の第1の実施形態を適応したマスタシリンダの断面図。
【図2】図1のセカンダリカップ周辺を拡大して示す図。
【図3】図1のプライマリカップ周辺を拡大して示す図。
【符号の説明】
【0024】
11…シリンダボディ 13、15、17、19…収納溝
16…凹部 21…第1ピストン 23…第2ピストン
29…外周面 31、35…プライマリカップ 33…セカンダリカップ
35…プレッシャカップ 41…凸部 43…内周面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダボディと、
前記シリンダボディに内挿されたピストンと、
径方向へ突出する凸部を有し、前記ピストンの外周面を内周面で摺動可能に当接する環状のカップと、
前記シリンダボディに設けられ、前記凸部と係合可能な凹部を有し、前記カップを収納する収納溝と
からなるマスタシリンダ。
【請求項2】
前記凸部が前記カップの全周に設けられたことを特徴とする請求項1記載のマスタシリンダ。
【請求項3】
前記ピストンは一端が前記シリンダボディに内挿されており、前記カップは前記ピストンの前記シリンダボディへの挿入部分に配置されたことを特徴とする請求項1または2記載のマスタシリンダ。
【請求項4】
シリンダボディに内挿されたピストンの外周を環状カップの内周でシールするとともに、前記環状カップの外周側に径方向の凸部を有し、前記凸部と係合可能にシリンダボディのカップを収納する収納溝の径方向に凹部を構成したことからなるマスタシリンダ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−120480(P2010−120480A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−294999(P2008−294999)
【出願日】平成20年11月19日(2008.11.19)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】