説明

マルチマイクロホローカソード光源および原子吸光分析装置

【課題】1ヶ所の点光源であるマルチマイクロホローカソード光源を実現すること。
【解決手段】マルチマイクロホローカソード光源は、カソード板11と、絶縁板12と、アノード板13と、金属片14と、を備えている。絶縁板12は、カソード板11とアノード板13との間に挟まれるように配置されている。カソード板11は銅からなる。カソード板11、絶縁板12、アノード板13の中心にはそれぞれ孔15a、15b、15cが設けられており、一続きに貫通した孔15を構成している。図3のように、カソード板11には、孔15aを中心とし、その孔15aに連続して十字型に伸びた4本の直線状の溝16が設けられている。この溝16は、カソード板11を貫通している。4つの溝16には、互いに材料の異なる4つの金属片14がそれぞれ挿入され、埋め込まれている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多元素同時吸光分析に用いることができる多元同時発光可能なマルチマイクロホローカソード光源および原子吸光分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
試料中に含まれる微量金属の量を高精度に測定する方法として、原子吸光分析法が知られている。これは、試料を高温で原子化させ、その雰囲気に光を照射して吸収スペクトルを測定することで、試料中に含まれる微量金属の量を分析する方法である。この分析方法に用いる光源には、測定対象の元素の輝線スペクトルを発光する光源が必要となり、複数の元素を同時に測定するためには、それらの複数の元素の輝線スペクトルを有する光を発光する光源が必要となる。
【0003】
そのような複数元素の輝線スペクトルを有する光を発光する光源として、特許文献1にマルチマイクロホローカソード光源が記載されている。特許文献1では、陽極板、絶縁板、銅製または銅合金製のカソード板とを積層し、これを貫通する直径1cm以下の貫通孔を複数設け、カソード板の貫通孔の開口部に、所望の輝線スペクトルが得られる金属板をそれぞれ配設することで、複数の金属元素の輝線スペクトルを発光する光源を実現している。つまり、所望の金属元素毎の複数のホローカソード放電による点光源で構成された光源である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−257900
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1のマルチマイクロホローカソード光源では、ホローカソード放電による複数の点光源で構成されるため、各放電の制御が困難であった。また、特許文献1のマルチマイクロホローカソード光源の光を利用するとき、点光源ごとに光路を構築する必要があるため、光路の構築が複雑でコストがかかるという問題もあった。
【0006】
そこで本発明の目的は、ホローカソード放電による1つの点光源でありながら、複数の元素の輝線スペクトルを有した光源を実現することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
第1の発明は、雰囲気ガス中において、マイクロホロープラズマを生成して光源とするマルチマイクロホローカソード光源において、2次電子放出係数の高い金属からなるカソード板と、絶縁板と、カソード板に対して絶縁板を介在させて配設されたアノード板と、カソード板、絶縁板、アノード板を貫通する直径1cm以下の1つの孔と、得るべき複数の輝線スペクトルに対応した、それぞれ異なる元素を含む複数の金属片と、雰囲気ガスとを有し、カソード板は、孔を中心とし、その孔に連続して放射状に伸びた複数の溝を有し、複数の金属片は、各溝に埋め込まれている、ことを特徴とするマルチマイクロホローカソード光源である。
【0008】
金属片の量は、材料ごとに変えてもよい。金属片の量は、厚さや枚数などによって容易に変更でき、厚さや枚数はカソード板の溝の幅を変えることで容易に調整可能である。溝には複数枚の金属片を埋め込んでもよく、それらの金属片は材料が異なっていてもよい。また、複数の溝のうちいくつかに、同一材料の金属片を埋め込んでもよい。各金属片の量によって、各金属元素のスペクトル強度を制御することができる。
【0009】
複数の溝のパターンは、孔を中心に放射状に伸びるパターンであれば任意であり、たとえば十字型に4本の溝がのびるパターンなどである。カソード板の溝は、そのカソード板の主面に垂直な方向に貫通していることが望ましい。溝に埋め込まれる金属片の孔の軸方向の長さが増し、孔の側面に露出する各金属片の面積を増やすことができるため、金属片がスパッタされる効率が向上し、金属元素のスペクトル強度が増大するからである。また、カソード板の溝を貫通させた方が作製上も容易である。また、溝の数が多すぎたり、溝の幅が広すぎると、カソード板の孔の側壁に露出する2次電子放出係数の高い金属の面積が減少するため、金属片をスパッタする効率が低下して望ましくない。そのため、溝の数は2〜8本程度、溝の幅は孔の直径の0.1〜0.9倍程度とすることが望ましい。
【0010】
孔の直径は、1mm以下であることがより望ましい。孔内に高密度でプラズマを閉じ込めることができるためである。また、点光源を得る意味でも望ましい。また、本発明の光源は、雰囲気ガスの圧力を大気圧か、これよりも少し低い圧力での使用を想定しているが、エキシマなどのブロードな発光をさせることを考えれば、加圧下で使用することも考えられる。一般に雰囲気ガスの圧力が高いほど孔の直径を小さくすることができ、上記のように使用する圧力を考慮すれば、孔の直径は10μm以上とすることが望ましい。絶縁板の孔の直径は、カソード板、アノード板の孔の直径よりも少し大きくすることが望ましい。具体的には、カソード板、アノード板の孔の直径よりも100〜1000μm大きくするのがよい。放電時に絶縁板が溶解してしまうのを防止するためである。
【0011】
雰囲気ガスには、He、Ne、Ar、Kr、Xeなどの不活性ガスを用いることが望ましい。特にHe、Neを用いるのが望ましい。金属からの2次電子放出効率が高くなるためである。
【0012】
カソード板の材料である2次電子放出係数の高い金属は、たとえば銅、銅合金、銀、銀合金、モリブデン、モリブデン合金、タングステン、タングステン合金などである。2次電子放出係数が0.2以上の金属がより望ましく、1.0以上の金属がさらに望ましい。特に、銅または銅合金が望ましい。安価で入手が容易であり、2次電子放出係数や熱伝導性が高いからである。アノード板もまた、銅または銅合金であることが望ましい。
【0013】
第2の発明は、第1の発明において、2次電子放出係数の高い金属は、銅または銅合金であることを特徴とするマルチマイクロホローカソード光源である。
【0014】
第3の発明は、第1の発明または第2の発明において、雰囲気ガスは、ヘリウムからなることを特徴とするマルチマイクロホローカソード光源である。
【0015】
第4の発明は、第1の発明から第3の発明において、孔の直径は、1mm以下であることを特徴とするマルチマイクロホローカソード光源である。
【0016】
第5の発明は、多元素を同時に測定する原子吸光分析装置において、第1の発明から第4の発明のマルチマイクロホローカソード光源を有することを特徴とする原子吸光分析装置である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によると、カソード板の孔の側壁に露出した複数の金属片を同時に効率的にスパッタすることができ、複数の金属元素による高密度プラズマを生成することができる。これにより、複数の所望の金属元素に対応した輝線スペクトルの光を得ることができる。また、孔が1ヶ所であるから本発明の光源は1ヶ所の点光源である。そのため、光を利用するための光路構築が非常に簡便となり、本発明の光源を用いて原子吸光分析装置などを構成すれば、装置の低コスト化を図ることができる。一ヶ所の孔での放電であるから、放電制御も容易である。また、埋め込む金属片の枚数等によって、容易に輝線スペクトルの強度を制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例1のマルチマイクロホローカソード光源の構成を示した図。
【図2】電極板1の構成を示した断面図。
【図3】電極板1をカソード板11側から見た平面図。
【図4】発光スペクトルを示したグラフ。
【図5】実施例2の原子吸光分析装置の構成を示した図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の具体的な実施例について図を参照に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0020】
図1は、実施例1のマルチマイクロホローカソード光源の構成を示した図である。このマルチマイクロホローカソード光源は、電極板1、筐体2、レンズ3、電極板固定部4、を備えている。筐体2はガラス製であり、内部は密閉された円筒状の空洞となっている。筐体2の内部には、電極板固定部4が設けられている。電極板固定部4は、筐体2の内部において、電極板1をその面方向が円筒の軸方向となるように固定する。筐体2内部にはヘリウムガスが封入されている。筐体2の円筒の軸方向の一方側には、筐体2の内部で発光した光を集光して外部に出力するレンズ3を備えている。
【0021】
なお、筐体2に配管を設けることで、筐体2内部のヘリウムガスを還流できるようにしたり、内圧を調整できるようにしてもよい。発光強度を高めるためには内圧は0.01〜0.1atmとすることが望ましい。
【0022】
図2は、電極板1の構成を拡大して示した断面図である。電極板1は、図2に示すように、カソード板11と、絶縁板12と、アノード板13と、金属片14と、によって構成されている。絶縁板12は、カソード板11とアノード板13との間に挟まれるように配置されている。カソード板11およびアノード板13は銅、絶縁板12はセラミックからなる。カソード板11、アノード板13には配線が接続されており、電源装置に接続されている。そして、電源装置によってカソード板11はアース電位に、アノード板13には正電圧が印加されるよう構成されている。もちろん、逆にアノード板13をアースし、カソード板11に負電圧を印加する構成としてもよい。
【0023】
カソード板11の厚さは1mm、絶縁板12、アノード板13の厚さは0.3mmである。また、カソード板11、絶縁板12、アノード板13は円形であり、その直径は2cmである。カソード板11、絶縁板12、アノード板13の中心にはそれぞれ円形の孔15a、15b、15cが設けられており、これらの孔15a〜15cの中心を一致させ、一続きに貫通した孔15を構成している。カソード板11の孔15aとアノード板13の孔15cは、直径1mmであり、絶縁板12の孔15bは、直径1.2mmである。絶縁板12の孔15bを、カソード板11の孔15a、アノード板13の孔15cよりも若干大きな径としているのは、放電時に絶縁板12が溶解しないようにするためである。
【0024】
図3は、電極板1をカソード板11側から見た平面図である。図3に示されているように、カソード板11には、孔15aを中心とし、その孔15aに連続して十字型に伸びた4本の直線状の溝16が設けられている。この溝16は、カソード板11を貫通している。溝16の幅は0.2mm、長さは6mmである。4つの溝16には、互いに材料の異なる4つの金属片14がそれぞれ挿入され、埋め込まれている。4つの金属片14は、それぞれZn、Cd、Pb、Crからなる。また、金属片14は、1mm×5mmの長方形の板状で、厚さは0.2mmである。
【0025】
次に、実施例1のマルチマイクロホローカソード光源の発光原理について説明する。
【0026】
カソード板11とアノード板13との間に電圧を印加すると、筐体2に封入されているヘリウムガスが電離して、孔15内部および開口部付近にプラズマが発生する。このプラズマ中のイオンは電界によってカソード板11に引きつけられて衝突し、このイオン衝撃によりカソード板11を構成するCuや電子がはじき出される。このはじき出された電子は2次電子と呼ばれ、プラズマ中で新たな原子の電離を促す作用を持っており、効率よくプラズマを生成することができる。
【0027】
ここで、カソード板11に2次電子放出係数が高い銅を用いているため、孔15の内部および開口部付近に高密度にプラズマを発生させることができる。そして、孔15内に発生した高密度プラズマが、孔15aの側壁に露出する4つの金属片14を効率的にスパッタする。これにより、各金属片14を構成する金属元素であるZn、Cd、Pb、Crと、カソード板11の材料であるCuとの5つの金属元素のプラズマを高密度で発生させることができる。その結果、マイクロホローカソード放電による発光スペクトルは、Zn、Cd、Pb、Cr、Cuの5つの金属元素の輝線スペクトルを有している。
【0028】
以上のように、実施例1のマルチマイクロホローカソード光源によると、マイクロホローカソード放電による1ヶ所の点光源でありながら、複数の金属元素の輝線スペクトルを有した光を得ることができる。
【0029】
図4は、発光スペクトルの測定結果を示したグラフである。電流値は25mA、内圧は0.05atmとした。このグラフから、波長213nmのZn、波長357nmのCr、波長283.3nmのPb、波長324nmのCu、波長228nmのCd、の輝線スペクトルをそれぞれ確認することができ、これら5つの金属元素の輝線スペクトルを有する光をマルチマイクロホローカソード光源から得られたことがわかる。Pb、Crからの発光強度が弱く、Zn、Cu、Cdに比べて明瞭な輝線が得られていないが、溝16の幅を広げてPbおよびCrからなる金属片14の枚数を増やす、もしくは金属片14をより厚くすることによって、Pb、Crの発光強度を高め、より明瞭な輝線が得られるように制御することは可能である。
【実施例2】
【0030】
実施例2は、実施例1のマルチマイクロホローカソード光源を用いた原子吸光分析装置の例である。原子吸光分析装置は、図5に示すように、実施例1のマルチマイクロホローカソード光源100と、コリメートレンズ101と、スパッタ装置102と、集光レンズ103と、受光素子アレイ104と、によって構成されている。マルチマイクロホローカソード光源100は、測定対象とする複数の金属元素の輝線スペクトルを有した光を発光する光源である。スパッタ装置102は、試料をプラズマ化させる装置である。マルチマイクロホローカソード光源100からの複数の金属元素の輝線スペクトルを有した光は、コリメートレンズ101によって平行光にされたのち、スパッタ装置102内のプラズマ105に照射される。プラズマ105を透過した平行光は、集光レンズ103によって集光されて受光素子アレイ104に到達する。これにより、プラズマ105中の測定対象とする複数の金属元素を同定することができ、元素の吸収率を測定することによって複数の金属元素の密度を同時に定量することができる。
【0031】
この原子吸光分析装置は、光源として実施例1のマルチマイクロホローカソード光源100を用いているため、光軸は1つであり、光源から受光素子アレイ104に至る光路の構築が非常に簡便である。そのため、原子吸光分析装置を小型で低コストとすることができる。
【0032】
なお、実施例2では、試料を高温で原子化する方法として、スパッタによりプラズマを発生させる方法を用いたが、レーザーアブレーション、火炎、電気加熱など、従来より原子吸光分析で用いられている方法でもよい。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明のマルチマイクロホローカソード光源は、原子吸光分析法などに用いることができる。
【符号の説明】
【0034】
1:電極板
2:筐体
3:レンズ
4:電極板固定部
11:カソード板
12:絶縁板
13:アノード板
14:金属片
15:孔
16:溝
100:マルチマイクロホローカソード光源
101:コリメートレンズ
102:スパッタ装置
103:集光レンズ
104:受光素子アレイ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
雰囲気ガス中において、マイクロホロープラズマを生成して光源とするマルチマイクロホローカソード光源において、
2次電子放出係数の高い金属からなるカソード板と、
絶縁板と、
前記カソード板に対して前記絶縁板を介在させて配設されたアノード板と、
前記カソード板、前記絶縁板、前記アノード板を貫通する直径1cm以下の1つの孔と、
得るべき複数の輝線スペクトルに対応した、それぞれ異なる元素からなる複数の金属片と、
雰囲気ガスと、
を有し、
前記カソード板は、前記孔を中心とし、その孔に連続して放射状に伸びた複数の溝を有し、
複数の前記金属片は、各前記溝に埋め込まれている、
ことを特徴とするマルチマイクロホローカソード光源。
【請求項2】
前記2次電子放出係数の高い金属は、銅または銅合金であることを特徴とする請求項1に記載のマルチマイクロホローカソード光源。
【請求項3】
前記雰囲気ガスは、ヘリウムからなることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のマルチマイクロホローカソード光源。
【請求項4】
前記孔の直径は、1mm以下であることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載のマルチマイクロホローカソード光源。
【請求項5】
多元素を同時に測定する原子吸光分析装置において、
請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載のマルチマイクロホローカソード光源を有することを特徴とする原子吸光分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−171251(P2011−171251A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−36315(P2010−36315)
【出願日】平成22年2月22日(2010.2.22)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度採択課題、文部科学省、知的クラスター創成事業「東海広域ナノテクものづくりクラスター構想」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【出願人】(599002043)学校法人 名城大学 (142)
【出願人】(304036008)NUエコ・エンジニアリング株式会社 (59)
【出願人】(501111902)株式会社片桐エンジニアリング (11)
【Fターム(参考)】