説明

メタルドーム用SUS301ステンレス鋼帯

【課題】材料の加工履歴を改善することにより、強度が高く、高応力下での疲労特性を改善したメタルドーム用SUS301ステンレス鋼帯を提供する。
【解決手段】 SUS301ステンレス鋼帯において、歪取り焼鈍後の0.2%耐力が1000MPa以上,かつ,圧延平行方向の加工硬化指数(n値)が0.6未満であることを特徴とする、疲労特性に優れたメタルドーム用SUS301ステンレス鋼帯。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、携帯端末や家電製品等のスイッチ部分に使用されるメタルドーム用SUS301ステンレス鋼帯に関する。
【背景技術】
【0002】
携帯端末や家電製品等のスイッチ部分に使用されるメタルドームにおいては、機器の使用環境下におけるメタルドーム部に繰り返し付加される応力が増加し、さらには繰返し負荷回数が増加する傾向にある。また、機器の小型化に伴って、スイッチ部分であるメタルドームの小型化およびこれに使用される材料が薄肉化されており、材料への負荷応力が増大する傾向にある。このように高強度かつ高耐久性が求められるメタルドーム用の薄板ばね材としては、SUS301等のステンレス鋼が広く用いられている。
【0003】
上記のようなメタルドームでは、繰返し行われるスイッチのクリック感を得るために高い剛性も必要である。高剛性であると同じストロークに対して荷重が大きくなり、クリック感が良くなるからである。また、剛性が大きければ小さなストロークで大きな荷重が得られることになり、寿命上有利である。SUS301などの準安定オーステナイト系ステンレス鋼は、冷間圧延によりオーステナイト相がマルテンサイト相に変態して硬化するために高い強度と硬度を有し、上記の特性を満たす材料とされている。たとえば特許文献1の要約書では、材料の硬度を規定して耐久性を向上することが記載されている。
【0004】
なお、「耐久性」とは、長くもちこたえる度合いを示すことで広く用いられる用語であるが、「メタルドームの耐久性」では、一般的は、繰返しスイッチングにより、クリック感の低下しないことおよびスイッチの割れ発生しないことを指している。
現状のメタルドームは、小さなドーム径でクリック感が出るように加工している場合が多く、材料の疲労特性にとって厳しい条件で使用されることが多くなっている。そのため、クリック感が低下する前に、割れが発生することでNGとなる場合が多いから、本発明における「メタルドームの耐久性」は疲労特性と同等の意味を表すものとする。
【0005】
【特許文献1】特開2003−123586号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載された技術では、同じ硬度であっても耐久性に大きな差異が見られる場合があり、硬度のみを規定するだけで耐久性を確保することはできない。
また、メタルドームの形状やドームを組み込む基板を改善することで、メタルドームの耐久性を改善する方法が種々提案されているが、メタルドームに使用される材料の特性から耐久性を改善する有効な方法は示されていない。さらに、準安定オーステナイトステンレスを使用したメタルドームでは、材料の加工履歴によって耐久性に変化が見られる場合があるが、耐久性を改善するために必要な材料特性の改善方法は明らかにされていなかった。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、材料の加工履歴を改善することにより、強度が高く、高応力下での疲労特性を改善したメタルドーム用SUS301ステンレス鋼帯を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、高応力下で耐久性が求められるメタルドームに用いられるSUS301ステンレス鋼について、高い耐久性を満たす条件を鋭意研究した結果、圧延加工により,一定以上の強度を示す材料について,材料の加工硬化のし易さとメタルドームの耐久性に相関が見られることを見出した。また、この相関は、加工硬化のし易さの指標である加工硬化指数(以下、「n値」と称す)について、材料の圧延平行方向のn値を一定以下に制御することで、メタルドームの耐久性を向上させることができることを見出した。
【0009】
即ち、本発明は、
(1)SUS301ステンレス鋼帯において、歪取り焼鈍後の0.2%耐力が1000MPa以上,かつ,圧延平行方向の加工硬化指数(n値)が0.6未満であることを特徴とする、疲労特性に優れたメタルドーム用SUS301ステンレス鋼帯、
である。
【発明の効果】
【0010】
SUS301ステンレス鋼のn値が一定値以下になるように再結晶焼鈍、圧延、歪取り焼鈍を施すことで、メタルドーム加工後の耐久性を向上させることができる。n値は、最終再結晶焼鈍の結晶粒径、歪取り焼鈍条件を規定することで可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に限定の理由を説明する。
(1)n値
n値は、材料の加工硬化のし易さを示す指標であり、この値が高いほど、加工硬化が大きくなる。ここで、メタルドームは、図1に示すように、湾曲部と台座部からなる形状よう板材を張出し加工することで形成される。この場合、湾曲部と台座部の境部分Aは曲げ加工が加わっているため、この部分Aが、最も加工度は高い領域となる。スイッチを押したとき、メタルドームの湾曲部が大きく変形し、反転した状態となって、接点と接触する。すなわち、最も加工度が高い領域は、スイッチとして機能する場合に、最も大きな応力が負荷されることになる。
【0012】
一方、メタルドームの耐久性は、メタルドームの形状、特に、最も加工度の高い領域の形状の影響が大きく、この部分の形状を調整することで、ある程度耐久性を改善することが可能である。また、メタルドームの割れ発生の起点について本発明者らが種々調査した結果、加工度の最も高い領域に、疲労破壊の初期に見られる亀裂が多数発生することが明らかとなった。これは、加工により硬化した部分よりも、相対的にその周囲の強度が小さくなるために、この領域がスイッチをした湾曲部の反転時により多くの変形を担うために疲労亀裂の起点となることが原因の1つとして考えられる。
従って、メタルドームの形成の際に、メタルドームの湾曲部と台座部の境部分Aの領域が受ける塑性変形領域の加工硬化が小さいほど、その周囲との強度の差が小さなり、上記問題が起こりにくくなると推定される。従って、メタルドームの耐久性は、材料が加工硬化し難い、すなわち、n値が小さい方が良い。
【0013】
ところで、メタルドームに使用されるSUS301は、前述の通り高強度が要求されるため、通常、最終圧延加工度は50〜70%程度が必須となる。この場合、材料に強い異方性が生じ、n値は、圧延平行方向と比較して圧延直角方向の方が小さく、圧延直角方向のn値とメタルドーム耐久性との明瞭な相関は見られなかった。
以上のように、本発明者らが、n値とメタルドームの耐久性の関連を種々検討した結果、圧延平行方向のn値が0.6以上となると、耐久性が低下する傾向があることを見出した。
【0014】
(2)製造方法
SUS301ステンレス鋼素条を冷間圧延と再結晶焼鈍を繰り返して目的の厚みに加工させる。
本発明では、最終冷間圧延前の最終再結晶焼鈍の結晶粒径を5μm以下にすることが重要である。
ただし、結晶粒径によって最終の歪取り焼鈍の温度が異なることに注意せねばならない。
最終冷間圧延の加工度は、45%以上必要である。45%未満では材料の強度が不十分であるため、必要なクリック感を得るためにより強いメタルドームの塑性加工が必要となる。この場合、スイッチ反転時の変形量が大きくなるため、疲労特性の観点から好ましくはない。
【0015】
さらに、最終冷間圧延後の歪取り焼鈍は、上述したように最終冷間圧延前の最終再結晶焼鈍の結晶粒径によって2段階に設ける必要がある。3.0μm未満では,550〜700℃と少し広い範囲でよいが、3.0〜5.0μmでは,歪取り焼鈍温度は600〜650℃の範囲に厳密に管理しなければならない。3.0μm以上では、粒径微細化による効果が小さいためである。
ただし、所定の歪取り焼鈍時間において700℃を超えると材料が鋭敏化してしまうため、また、550℃未満では、十分な歪取りができず、特性値がばらつき、いずれも好ましくはない。
以上の条件を全て満たす場合にのみ、本発明の特性を得ることができるが、1つでも条件が外れると本発明の特性は得られない。
【実施例】
【0016】
JISに基いた成分範囲の板厚1.5mmのSUS301ステンレス鋼素条を冷間圧延と再結晶焼鈍を繰り返して、最終再結晶焼鈍の結晶粒径を1.4〜9.8μmの範囲で調整し、最終圧延加工度を40〜68%として最終板厚0.06mmまで加工し、さらに炉温度が550〜700℃、炉内滞留時間が15秒となるように歪取り焼鈍を施した。
メタルドームの耐久性については、各種材料を動作力1.5±0.1Nとなるように直径5mmのメタルドームに10個ずつ加工し、荷重500gf、速度3回/秒にて繰返しスイッチングし、500万回までのスイッチングで10個中、5個以上割れが発生したスイッチを「×」、割れ発生数2〜4個を「△」、割れ発生数1個以下を「○」とした。
また、n値は、材料をJIS 13B号に加工して引張試験を実施し、JIS Z 2253に記載の方法にて,弾性変形から塑性変形に移行する歪を起点とし,最大荷重までの区間で求めた。
【0017】
【表1】

【0018】
発明例No.1〜11については、最終再結晶焼鈍における結晶粒径が1.4〜4.6μmとなっており、歪取り焼鈍条件は変化しているが、圧延平行方向のn値が0.6未満となっており、メタルドーム加工後の耐久性評価はいずれも「○」であり、良好である。
一方、比較例No.12は炉温度が750℃と高く、材料が鋭敏化してしまったため、メタルドーム用には向かず、耐久性の評価は行わなかった。比較例13は、加工度が低く、n値が0.6未満となっているものの、0.2%耐力が1000MPa以下であり、メタルドーム加工時に十分なクリック感が得られないため、耐久性評価の対象とはならなかった。比較例14は、炉温度が500℃と低く、十分な歪取りができていなたったため、特性値がばらついていた。その結果、耐久性の評価結果もばらつき、耐久性の評価を中止した。
比較例15は加工度が45%より低くため、0.6未満とはならず、メタルドーム加工後の耐久性は悪い。
【0019】
比較例16、17は、最終再結晶焼鈍における結晶粒径が4.6μmの例である。この場合には、最終再結晶焼鈍における結晶粒径が3.0μm未満とは異なり、3.0μm未満では良好とされた歪取り焼鈍の温度が700℃でも、550℃の場合でも、圧延平行方向のn値が0.6以上となっており、メタルドーム加工後の耐久性が悪くなる。
比較例18は最終焼鈍における結晶粒径が4.6μm、歪取り焼鈍の温度が650℃で発明例10と同じであるが、最終圧延加工度が45%と低いためにn値が0.6以上となっており、メタルドーム加工後の耐久性が悪い。
比較例19〜23は最終再結晶焼鈍における結晶粒径が9.8μmが5.0μmより大きく、最終圧延の加工度や歪取り焼鈍の条件を変えても圧延平行方向のn値が0.6以上となっており、メタルドーム加工後の耐久性が悪い。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】メタルドームの断面形状を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SUS301ステンレス鋼帯において、歪取り焼鈍後の0.2%耐力が1000MPa以上,かつ,圧延平行方向の加工硬化指数(n値)が0.6未満であることを特徴とする、疲労特性に優れたメタルドーム用SUS301ステンレス鋼帯。


【図1】
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【公開番号】特開2006−283140(P2006−283140A)
【公開日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−105330(P2005−105330)
【出願日】平成17年3月31日(2005.3.31)
【出願人】(591007860)日鉱金属株式会社 (545)
【Fターム(参考)】