説明

モザイクセリンプロテアーゼ、MSPとその用途

【課題】高病原性トリ(鳥)インフルエンザ、HPAIに対し特異的に有効なワクチンも薬剤も未だ実用化されず、現行の薬剤は重大な副作用を生じるため、更に安全かつ有効な抗ウイルス剤、及びHPAIの基礎と応用研究の進展が待望されている。併せて、MSPが関与するペプチドホルモン産生異常の診断方法の確立も重要課題である。
【解決手段】モザイクセリンプロテアーゼ、MSPに属するMSPL、MSPS及びTMPRSS13阻害剤;これ等の酵素による基質の分解度又は開裂度を指標に用いる上記阻害剤のスクリーニング方法;該阻害剤を有効成分とする抗ウイルス剤及びペプチドホルモン疾患の治療薬;HPAIウイルスの感染と増殖を高め量産を可能にする活性化剤;前記酵素を有効成分とするペプチドホルモン疾患の治療薬;前記酵素の遺伝子発現量を指標として用いるホルモン疾患の診断剤等。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、モザイクセリンプロテアーゼとその用途に関するものである。更に詳しくは、上記プロテアーゼの基質特異性、阻害剤スペクトラム、該遺伝子発現等を指標として用いる抗ウイルス剤とそのスクリーニング方法、特に高病原性トリ(鳥)インフルエンザの治療あるいは重症化防止のための抗ウイルス剤とそのスクリーニング方法、上記インフルエンザウイルスの感染又は増殖の活性化剤、該活性化剤を用いることにより製造されるウイルス粒子とその構成成分、ホルモン産生異常の診断剤と治療薬等に関するものである。
【0002】
<略語の説明>
MSP:モザイクセリンプロテアーゼ(mosaic serine protease);MSPL:MSP長鎖(mosaic serine protease,long);MSPL:MSP短鎖(mosaic serine protease,short);TMPRSS13:トランスメンブランセリンプロテアーゼ13(transmembrane protease serine 13);HA:赤血球凝集素(ヘマグルチニン);HPAI:高病原性トリ(鳥)インフルエンザ(highly pathogenic avian influenza);RT−PCR:逆転写PCR(reverse−transcription polymerase chain reaction)。
<配列番号の説明>
以下の各配列は全て、後述される非特許文献1に記載の配列の、本件特許出願時、2007年3月30日現在での最新改訂版である。
配列番号1はMSPL遺伝子cDNAの完全長コドン領域の塩基配列を示す。
配列番号2はMSPLの完全長アミノ酸配列を示す。
配列番号3はMSPS遺伝子cDNAの完全長コドン領域の塩基配列を示す。
配列番号4はMSPSの完全長アミノ酸配列を示す。
配列番号5はTMPRSS13遺伝子cDNAの完全長コドン領域の塩基配列を示す。
配列番号6はTMPRSS13の完全長アミノ酸配列を示す。
【背景技術】
【0003】
筆頭発明者らは、ヒト肺由来のcDNAライブラリーから、新規な2種のMSP遺伝子をクローニングすると共に、これ等の各遺伝子の塩基配列の決定、それがコードするアミノ酸配列の解読、更に、これ等のペプチド鎖の構造解析等を行い、それぞれMSPL(GenBank Accession:AB048796)、及びMSPS(同Accession:AB048797)と命名し、2001年に報告した(非特許文献1)。その後、これ等の酵素との相同性の検索から、TMPRSS13(同Accession:NM_001077263)を発見するに至った。しかし、これ等の酵素の機能を明確にしたという報告や公開文書等は未だ知られていない。
酵素MSPとその遺伝子、並びにこれ等の用途に関しては、次の技術が知られている:筆頭発明者らが発明の「MSPとその遺伝子」(特許文献1)及び「MSP活性阻害を指標として用いる抗インフルエンザ剤のスクリーニング方法」(特許文献2)、体内におけるMSP産生の調節剤(特許文献3)、MSPとその遺伝子を用いる代謝活性剤(特許文献4)、MSPが関与する諸疾病の診断剤と治療薬(特許文献5及び6)等。
インフルエンザの予防や治療に関しては、ワクチン及び抗インフルエンザ薬が実用化されている。抗インフルエンザ薬としては、次の薬剤が臨床使用されている:塩酸アマンタジン(商品名シンメトリル、経口投与、M2タンパク質に作用してウイルスの脱殻を阻害するため、A型インフルエンザに有効であるが、M2のないB型には無効、副作用は不眠などの中枢神経系への為害作用、食欲低下、嘔気等)、ザナミビル(商品名リレンザ、経口吸入投与、ノイラミニダーゼ阻害によりインフルエンザウイルスの細胞から細胞への感染・伝播を阻止するため、AとB両型に有効、副作用は稀に出るアナフィラキシー様症状、じんま疹、喘息発作の誘発等)、及びリン酸オセルタミビル(商品名タミフル、経口投与、作用はノイラミニダーゼ阻害によるもので上記ザナミビルに同じ、AとB両型に有効、副作用は腹痛、下痢、嘔気、精神神経症状、アナフィラキシー様症状、急性腎不全等)。
また、プロテアーゼによるインフルエンザウイルスのヌクシレオカブシドの開裂、その部位の解析、開裂阻害剤(プロテアーゼ阻害剤)、かかる開裂と感染との相関等に関する報告、知見、技術等としては、既に多種多様に知られている。例えば、フリン(furin、エンドプロテーゼ)による開裂(非特許文献2)、セリンプテアーゼによるHIVの開裂とその断片ペプチドの分離(非特許文献3)、インフルエンザウイルス感染におけるミニプラスミンの必要性(非特許文献4)、インフルエンザウイルスの細胞内への進入にはプロテアーゼが必須(非特許文献5)等々。
尚、この発明では、後述される実験例及び実施例の記載において、これ等の文献に記載の技術が常法として援用される。
【0004】
【特許文献1】特開2000−253887
【特許文献2】特開2001−69980
【特許文献3】WO 01/96538
【特許文献4】WO 03/093432
【特許文献5】WO 2005/040401
【特許文献6】米国公開公報US2006/0292155(特許文献5の米国出願)
【非特許文献1】Biochemica et Biophysica Acta,1518,204−209,2001.
【非特許文献2】EMBO Journal,11(7),2407−2414,1992
【非特許文献3】European Journal of Biochemistry, 237,64−74,1996.
【非特許文献4】European Journal of Biochemistry, 268,2847−2855,2001.
【非特許文献5】Current Pharmaceutical Desighn,13,403−412,2007.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
HPAIウイルスの本来の宿主はトリであり、ヒトには感染し難いとは言え、高病原性トリ(鳥)インフルエンザに対し特異的に有効なワクチンも薬剤も未だ実用化されていない。また、現行の抗インフルエンザ薬は、稀ではあるにせよ、重大な副作用を生じるため、更に安全かつ有効な薬剤の開発、HPAIに関するウイルス学やワクチン学分野の基礎及び応用研究の更なる進展等が切実に期待されている現状にある。併せて、MSPが関与するホルモン産生異常の診断方法の確立も重要課題である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
筆頭発明者らは、上述の通り、MSPL、及びMSPSの2酵素の発見を2001年にいち早く報告して以来(非特許文献1)、相同酵素としてのTMPRSS13を発見し、 更に鋭意、該酵素の機能につき研究を重ねた結果、「これ等の酵素が、高病原性トリ(鳥)インフルエンザ、即ち、HPAIウイルスのHAペプチド鎖を極めて特異的かつ効率的に切断ないしは開裂する」という驚くべき機能を発見した。この発明は、かかる発見に着想を凝らし、更なる創意工夫、試行錯誤、そして勤勉の結果、完成されたものである。
【0007】
この発明によれば、前述の課題を解決するための手段として、次の(1)〜(9)がそれぞれ提供される:
(1)MSPL、MSPS及びTMPRSS13からなる酵素群から選ばれる少なく
とも1種の酵素に対する阻害剤。
(2)MSPL、MSPS及びTMPRSS13からなる酵素群から選ばれる少なく
とも1種の酵素による基質の分解度又は開裂度を指標として用いることを特徴とする酵素阻害剤のスクリーニング方法。
(3)上記スクリーニング方法により得られる酵素阻害剤。
(4)上記(1)又は(3)の阻害剤又は酵素阻害剤を有効成分として薬効を奏する量、含有する抗ウイルス剤。
(5)MSPL、MSPS及びTMPRSS13からなる酵素群から選ばれる少なく
とも1種の酵素を有効成分として薬効を呈する量、含有するウイルス感染及び/又は増殖の活性化剤。
(6)上記(5)の活性化剤を用いることにより製造されるウイルス粒子及び/又はその構成成分。
(7)MSPL、MSPS及びTMPRSS13からなる酵素群から選ばれる少なく
とも1種の酵素を有効成分として薬効を奏する量、含有するホルモン疾患の治療薬。
(8)MSPL、MSPS及びTMPRSS13からなる酵素群から選ばれる少なく
とも1種の酵素に対する阻害剤を有効成分として薬効を奏する量、含有するホルモン疾患の治療薬。
(9)MSPL、MSPS及びTMPRSS13からなる酵素群から選ばれる少なく
とも1種の酵素の遺伝子発現量を指標として用いるホルモン疾患の診断剤。
【発明の効果】
【0008】
(1)HPAIに由来し感染による死亡率が30%を超える新型インフルエンザ、エイズ等のウイルス感染症の治療や重症化阻止において極めて特異的に機能する、安全かつ有効な抗ウイルス剤とそのスクリーニング方法が提供される。
(2)ペプチドホルモンの産生異常に起因する疾患の治療薬及び診断剤が提供される。
(3)この発明により提供されるウイルス感染及び/又は増殖の活性化剤は、培養や量産が困難
なウイルス、例えば鳥インフルエンザのウイルス粒子とその構成成分、ウイルス抗原、ウイルス遺伝子、抗体等々の量産を可能し、ウイルス学やワクチン学分野の基礎研究及び応用研究の更なる発展に大きく役立つ。
(4)上記の(1)〜(3)は、人類の保健と文明の進展に多大に寄与し、その私生活、社会生活、ビジネス活動、学術活動等々の諸活動に対し計り知れない精神的効果と経済的効果をもたらす。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
この発明の実施の形態に関し、次の通り詳述する:
(1)抗ウイルス剤の対象疾患
この発明に係る抗ウイルス剤の対象となるウイルス疾患は、KR、RR、RKR、RRRR等、2個以上のR(アルギニン)やK(リジン)等の塩基性アミノ酸が連続してペプチド結合した一次構造が存在するヌクレオカプシドを保有し、かつ、該ヌシレオカプシドの切断又は開裂が病原性の発現に関与する一連のウイルスによる感染症である。
例えば、HPAIを起源とする新型インフルエンザウイルス、ムンプスウイルス、イヌジステンパーウイルス、RSウイルス(respiratory syncytial virus)、黄熱病ウイルス、HIV(human immunodeficiency virus)、ヒトサイトメガルウイルス、水痘ウイルス、強毒NDV(Newcastle disease virus)等による感染症を上げることができる。
【0010】
(2)ホルモン疾患
この発明に係るホルモン疾患とは、KR、RR、RKR、RRRR等、2個以上のR(アルギニン)やK(リジン)等の塩基性アミノ酸が連続してペプチド結合した一次構造が存在するペプチドホルモン前駆体が、MSPL、MSPS及びTMPRSS13からなる酵素群から選ばれる少なくとも1種の酵素により切断又は開裂されることにより、活性化されるペプチドホルモンの産生異常に起因する疾患を意味する。
例えば、レニン(renin)、フォンウィルブランド因子(von Willebrand factor)、b−神経増殖因子(b−nerve growth factor)等のペプチドホルモンの産生異常に起因する疾患を上げることができる。
【0011】
(3)阻害剤ないしは酵素阻害剤
発明に係る阻害剤又は酵素阻害剤とは、MSPL、MSPS及びTMPRSS13に対する各ポリクロナール抗体、これ等の酵素のエピトープ、即ち、配列番号2、4及び6に記載のアミノ酸配列から選定されるエピトープに対するモノクローナル抗体、これ等の酵素をコードする遺伝子、即ち、配列番号1、3及び5に記載のcDNA塩基配列から設計されるsiRNA、天然物から抽出精製される化合物、合成化合物等を意味する。ウイルス感染症やホルモン疾患の治療薬として用いる阻害剤としては、反復使用や非経口投与を考慮し、免疫原性ないしは抗原性のない低分子化合物が望ましい。尚、実験段階での阻害剤の具体例は、表2に列記されている。
【0012】
(4)酵素
この発明では酵素として、MSPL、MSPS及びTMPRSS13をそれぞれ用いる。これ等の酵素は、遺伝子組換えの常法により量産できる。例えば、各酵素遺伝子の発現ベクターをそれぞれ構築の後、かかるベクターを各々、ヒト細胞、酵母、大腸菌等の宿主に移入して得られる形質転換体を培養することにより量産できる。その具体例は、実験例3に記載されている。
これ等の酵素の遺伝子のその構造は図1〜図3、アミノ酸配列の比較は図4、そしてMSPLの構造は図5にそれぞれ、実験例1の結果として記載されている。
また、該酵素の種々のヒト組織における発現度は図6にそれぞれ、実験例2の結果として記載されている。
【0013】
(5)基質
この発明に係る上述(4)の酵素の基質特異性を考慮し、KR、RR、RKR、RRRR等、2個以上のR(アルギニン)やK(リジン)等の塩基性アミノ酸が連続してペプチド結合した一次構造が存在するペプチドの使用が望ましい。その具体例は、表1と表3に列記されている。尚、治療薬候補としての阻害剤のスクリーニングに用いる基質は、目的に応じて適宜、選定できる。例えば、HPAIウイルスに対する抗ウイルス剤のスクリーニングには、該ウイルスそれ自体のHAを基質として用いる。ペプチドホルモン疾患の治療薬のスクリーニングには、該ホルモンの前駆体を基質として用いる。
【0014】
(6)酵素活性の測定
測定は、酵素反応方法とその測定の常法により行う。即ち、濃度が一定の酵素と基質とを混合の後、溶媒組成とそのpH、並びに温度が一定の条件下で、一定時間、酵素反応を行った後、酵素による分解物を定量することにより測定する。具体例は、実験例4に記載されている。
【0015】
(7)酵素の基質特異性
基質特異性は、上記の酵素活性の測定と同様にして、酵素による種々の基質の分解活性を測定することにより決定できる。その具体例は、実施例1に記載されている。
【0016】
(8)種々の阻害剤に対する酵素の特異性(阻害剤スペクトラム)
阻害剤スペクトラムは、阻害剤の共存で酵素反応を行うことにより検定する。酵素と阻害剤とを混合の後、かかる混合物につき、前述した酵素活性の測定と同様にして、酵素反応を行い、基質の分解度あるいは未分解基質の残存度を定量することにより検定することができる。その具体例は、実施例2に記載されている。
【0017】
(9)抗ウイルス剤のスクリーニング方法
抗ウイルス剤は、上記の阻害剤スペクトラムに基づきスクリーニングする。この場合、基質としては、対象病原体ウイルスそのものから調製したウイルス構成タンパク質であって、かつ、本発明に係る酵素の基質特異性が高い物質、例えば、HPAIウイルスではそのヌクレオカブシド、カプソメア、HA等の使用が望ましい。スクリーニングの阻害剤の候補物質としては、前述の通り、免疫原性あるいは抗原性のない低分子化合物の使用が望ましい。その具体例は、実施例3に記載されている。
【0018】
(10)ウイルス感染及び/又は増殖の活性化剤
この発明に係る活性剤に関し、前述の酵素MSPL、MSPS及びTMPRSS13を活性化剤の有効成分として用いる。この活性化剤は、HPAIウイルスやHIV等の培養や量産が困難なウイルスの全粒子、また、ウイルス遺伝子、抗原、ウイルス酵素、構造タンパク質、ヌクレオカプシド、カプソメア等々の構成成分の量産、更には、かかる抗原に対する抗体の作製を可能かつ容易にする。活性化剤の用法としては、例えば、ウイルス培養培地への添加混合、シードウイルスの前処理液への添加混合等のかたちで使用することができる。
【0019】
(11)ペプチドホルモン疾患の治療薬
疾患がペプチドホルモンの産生過剰に起因する場合は、その治療薬として、この発明によりスクリーンされ提供される阻害剤を使用できる。逆に該ホルモンの産生過少による場合は、本発明に係る酵素を補充療法剤として用いることができる。
以下、実験例及び実施例を上げ、この発明の構成と効果を具体的に説明する。但し、この発明は、これ等の実験例及び実施例にのみに制限されるわけではない。
【0020】
[実験例1]
MSPL、MDPS及びTMPRSS13各遺伝子のクローニング、発現及び解析
上記の各遺伝子は、ヒト肺cDNAライブラリー[Clontech社(米国)製の商品名Marathon−Ready−cDNA]からPCRによりクローニングの後、それぞれ発現させた。また、これ等の遺伝子cDNAの塩基配列を決定する共に、これ等がコードするアミノ酸配列をそれぞれ解読した。その材料と方法、並びに結果の詳細は、筆頭発明者らによる既報(非特許文献1)の記載を援用する。
(1)更に、既報の記載を再確認した結果、塩基配列とアミノ酸配列において誤りが発見された。その結果に基づく訂正データを図1、図2及び図3にそれぞれ示す。
図1は、MSPL遺伝子cDNAの完全長コドン領域の塩基配列とそれがコードする完全長アミノ酸配列を示す。□で囲まれたアミノ酸は活性中心、↑は活性体になるための切断部位、下線太線は推定膜貫通領域、及び*は推定N型糖鎖付加部位をそれぞれ示す。
図2は、MSPS遺伝子cDNAの完全長コドン領域の塩基配列とそれがコードする完全長アミノ酸配列を示す。□で囲まれたアミノ酸は活性中心、↑は活性体になるための切断部位、及び*は推定N型糖鎖付加部位をそれぞれ示す。
図3は、TMPRSS13遺伝子cDNAの完全長コドン領域の塩基配列とそれがコードする完全長アミノ酸配列を示す。□で囲まれたアミノ酸は活性中心、↑は活性体になるための切断部位、下線太線は推定膜貫通領域、及び*は推定N型糖鎖付加部位をそれぞれ示す。
(2)併せて、これ等の3アミノ酸配列を相互に比較した。その結果を図4に示す。この図では、翻訳開始部位Metを第1番アミノ酸とし、相同部位を□で囲んだ。
(3)また、MSPLの構造解析を行った。その結果を図5に示す。この図では、MSPLが有するドメイン構造を模式的に示した。
尚、TMはransembrane domain(膜貫通ドメイン)、SRCRはcavenger eceptor istein−ich domain(スカベンジャーレセプターシステインリッチドメイン)、及びSPDはerine rotease omain(セリンプロテアーゼドメイン)をそれぞれ意味する。
また、TandemはN末端側細胞内領域に認められるtandem repeat sequenceのアミノ酸配列を意味し、更に、各種キナーゼによるリン酸化部位認識配列、即ち、Cdc2キナーゼによる認識配列S/T−P−X−K/R、CaMキナーゼIIによるR−X−X−S/T、及びプロテインキナーゼCによるR−X−X−S−X−Rの各認識配列をそれぞれ太字で示した。更にまた、繰り返し認められるアミノ酸配列ASPAを下線で示した。
【0021】
[実験例2]
種々のヒト組織におけるMSPL及びTMPRSS13遺伝子発現の解析
MSPL及びTMPRSS13のヒト各組織におけるmRNA発現は、Human Multiple Tissue cDNA panels[BD Biosciences社(米国)より購入]を使用し、RT−PCR(reverse transcription− polymerase chain reaction)により解析した。PCR用の遺伝子特異的プライマーとしては、MSPLとTMPRSS13に共通のsense鎖には5’−GACCCTGTCCGCTCACATCCACCCT−3’、MSPLのantisense鎖には5’−CCTCTGCCTACACCCTGGGTGCTCCT−3’、及びTMPRSS13のantisense鎖には5’−CTGGTTAGGATTTTCTGAATCGCAC−3’をそれぞれ用いた。PCRは次の条件で行った:MSPLでは、変性が94℃で30秒間、アニーリングが66℃で30秒間、伸長が72℃で30秒間を35サイクル、また、TMPRSS13では、変性が94℃で30秒間、アニーリングが 62℃で30秒間、伸長が72℃で30秒間を35サイクル。内部標準には、ヒトGAPDH(glyceraldehydes−3−phosphate dehydrogenase)の特異的プライマーとして、GAPDHのsense鎖には5’−TGAAGGTCGGAGTCAACGGATTTGGT−3’、GAPDHのantisense鎖には5’−CATGTGGGCCATGAGGTCCACCAC−3’をそれぞれ使用した。PCRは次の条件で行った:変性が94℃で30秒間、アニーリング及び伸長が68℃で2分間を25サイクル。PCR産物は2%アガロース/TAE(40mM Tris、20mM酢酸、及び1mM EDTA)ゲルを用いて電気泳動し、エチジウムブロマイド染色にて検出した。PCR産物が目的遺伝子であることはシークエンスを行い確認した。その結果を図6に示す。
図6において、レーン1は比較対照(鋳型なし)、レーン2は脳、レーン3は心臓、レーン4は肺、レーン5は胸腺、レーン6は肝臓、レーン7は脾臓、レーン8は膵臓、レーン9は腎臓、レーン10は小腸、レーン11は大腸、レーン12は前立腺、レーン13は精巣、レーン14は卵巣、レーン15は骨格筋、レーン16は胎盤、レーン17は白血球ないしは末梢血リンパ球、レーン18は単核球細胞、レーン19はCD14細胞、レーン20はCD4細胞、レーン21はCD8細胞、及びレーン22はCD19細胞。
MSPLでは、肺、膵臓、前立腺、及び胎盤において高い遺伝子発現を認めた。また、TMPRSS13では、肺、膵臓、前立腺及び胎盤のみならず、胸腺、脾臓及び末梢血リンパ球においても高い遺伝子発現を認めると共に、脳と大腸においても遺伝子発現を認めた。
また、MSPSについても、特異的プライマーを用いるRT−PCRを上記と同様にして行った結果、肺、膵臓、前立腺及び胎盤のみならず、卵巣と末梢血リンパ球においても高い遺伝子発現を認めた。
【0022】
[実験例3]
MSPLとTMPRSS13の調製
(1)リコンビナントMSPL及びTMPRSS13の各発現ベクターの構築
MSPL及びTMPRSS13の各全長cDNAをテンプレートとしてPCRで増幅した後、その産物を発現用ベクターp3XFLAG−CMV14[SIGMA社(米国)より購入]の制限酵素EcoRI/XbaIサイトに組み込み、発現ベクターを構築した。同時に、MSPL及びTMPRSS13の各細胞外領域(SRCRドメインからセリンプロテアーゼドメインまで)のみをそれぞれ、発現用ベクターp3XFLAG−CMV9[SIGMA社(米国)より購入]のエンテロキナーゼ認識配列(DDDDK)の直下に組み込み、発現ベクターを構築した。次に、これ等の発現ベクターは全て、シークエンス解析により配列を確認した。
(2)リコンビナントMSPL及びTMPRSS13の生産と精製
上記の各発現ベクターをそれぞれ、Hily Max[同仁化学研究所(日本)より購入]を用いてHEK−293T細胞(ヒト胎児腎臓由来細胞)に移入した後、無血清培地で培養し、得られた培養上清(SFCM; erum ree ulture edia)を採取した。次いで、その上清を、限外濾過Biomax−10メンブレン[Millipore社(米国)より購入]を用いて濃縮の後、最終濃度が50mM Tris−HCl(pH7.4)、及び150mM NaClで平衡化した後、anti−FLAG M2−agarose affinity gelカラム[SIGMA社(米国)より購入]にかけ、0.1M Glycine−HCl(pH 3.5)で溶出し、精製した。得られた精製タンパクは、Phosphate−buffered saline (PBS)にて透析後、使用するまで−30℃にて保存した。
(3)トリプシンによるMSPL及びTMPRSS13の活性化
2μgのリコンビナントMSPLを10μlのトリプシンビーズ[immobilized Tos−Phe−CHCl(tosylphenylalanylchloromethane)−trypsin][Pierce社(米国)より購入]と0.1M ammonium bicarbonate(pH8.0)中にて、37℃で2時間反応させた。反応終了の後は、20,400xg、2分間の遠心によりトリプシンビーズを除去した後、上清を回収し、そのMSPL酵素活性を、実験例4に記載の方法で測定することにより確認した。
【0023】
[実験例4]
酵素活性の測定
酵素活性測定は、トリス緩衝液(0.1M Tris−HCl、pH8.5)中で活性化リコンビナントMSPLと蛍光標識人工ペプチド基質とを反応させ、その反応産物(AMC;7−mino−4ethyloumarin)の生成量を蛍光分光光度計[HITACHI社(日本)製のModel 650−10MS]を用い、Excitation 波長370nm、及びEmission波長460nmで測定した。酵素活性は1分間当たり1μmolのAMCを生成する酵素量を1単位(Unit)とした。
【実施例1】
【0024】
酵素の基質特異性
実験例4の記載と同様にして、酵素による種々の基質の分解活性を測定した。得られた測定値は、人工基質Boc−Gln−Ala−Arg−MCAの分解活性を100とし、各基質の分解活性の割合(%:相対活性)で表記した。その結果を表1に示す。
表1において、Bocはt−butoxycarbonyl、MCAは4−methylcoumaryl−7−amide、Bzはbenzoyl、及びOBzlはbenzyloxyをそれぞれ意味する。
MSPLは、Boc−Leu−Arg−Arg−MCA、Boc−Glu−Arg−Arg−MCA、Boc−Leu−Lys−Arg−MCA、及びBoc−Arg−Val−Arg−Arg−MCAを極めて特異的に分解した。
【0025】
【表1】

【実施例2】
【0026】
酵素の各種阻害剤に対する特異性(阻害剤スペクトラム)
また、各種阻害剤の影響は活性化リコンビナントMSPLと阻害剤をあらかじめ緩衝液中で37℃、5分間反応させた後、残存するMSPL酵素活性を、実験例4の記載と同様にして測定した。得られた測定値は、阻害剤非存在下での人工基質Boc−Gln−Ala−Arg−MCAの分解活性を100とし、各阻害剤存在下での残存活性の割合(%:相対残存活性)で表記した。その結果を表2に示す。
表2において、E−64cはsynthetic E−64[trans−epoxysuccinyl−L−leucylamido−(4−guanidino)butane]analogue、UTIはurinary trypsin inhibitor、SLPIはsecretory leukoprotease inhibitorをそれぞれ意味する。
MSPL活性は、Aprotinin、Benzamidine、Bowman−Birk trypsin inhibitor、及びdec−RVKR−cmkにより特異的に阻害された。
【0027】
【表2】

【実施例3】
【0028】
MSPLによるインフルエンザウイルスのヘマグルチニン限定分解部位ペプチドの切断効率
MSPLによる高病原性鳥インフルエンザウイルスとヒト低病原性インフルエンザウイルスの膜
融合活性と感染性の発現に係わる、ヘマグルチニン限定分解部位ペプチドの切断効率を次の通り測定した。
高病原性鳥インフルエンザH5N1とH7N7、並びに低病原性ヒトインフルエンザH3N2のヘマグルチニンの限定的分解部位を含むペプチドを常法により合成の後、これらのペプチド10μgに対し、0.1μgのMSPLを添加混合して反応させ、MSPLによるペプチドの切断活性を検定した。反応は、100mMトリス緩衝液(Tris−HCl、PH7.0)50μl中で37℃にて3時間、行った。反応終了の後、1%になるようにトリクロロ酢酸を添加混合して停止させ、次いで、反応産物を常法(非特許文献3)により、ODS−120Tの逆相クロマトかけ分離した。分離したペプチドのアミノ酸配列を常法(非特許文献4)により、Applied Biosystems model 492 プロテインシークエンサー[Applied
Biosytems社(米国)製]を用いて解析し、切断部位と切断ペプチドの量を決定した。切断率(%)は、加えたペプチド量(mol)を100としたときの分解産物の割合で表記した。その結果を表3に示す。
MSPLは、低病原性ヒトインフルエンザH3N2ヘマグルチニンのペプチド構造はほとんど切断せず、高病原性鳥インフルエンザH5N1とH7N7両マグルチニンのペプチド構造を、いずれも極めて特異的に切断することが確認された。
【0029】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0030】
この発明は、抗ウイルス剤とそのスクリーニング、ウイルス感染及び/又は増殖の活性化剤、ペプチドホルモン疾患の治療薬とそのスクリーニング、診断剤等に関するものであり、ウイルス学、ワクチン学、医薬、創薬、診断剤、獣医薬等の分野で利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】図1は、MSPLのヌクレオチド配列、及びアミノ酸配列を示す。
【図2】図2は、MSPSのヌクレオチド配列、及びアミノ酸配列を示す。
【図3】図3は、TMPRSS13のヌクレオチド配列、及びアミノ酸配列を示す。
【図4】図4は、MSPL、MSPS及びTMPRSS13のアミノ酸配列比較を示す。
【図5】図5は、MSPLの構造を示す。
【図6】図6は、ヒト各組織におけるMSPL及びTMPRSS13の遺伝子発現の比較を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
MSPL、MSPS、及びTMPRSS13からなる酵素群から選ばれる少なくとも1種の酵素に対する阻害剤。
【請求項2】
MSPL、MSPS、及びTMPRSS13からなる酵素群から選ばれる少なくとも1種の酵素による基質の分解度又は開裂度を指標として用いることを特徴とする酵素阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項3】
請求項1に記載のスクリーニング方法により得られる酵素阻害剤。
【請求項4】
請求項1又は3に記載の阻害剤又は酵素阻害剤を有効成分として薬効を奏する量、含有する抗ウイルス剤。
【請求項5】
MSPL、MSPS、及びTMPRSS13からなる酵素群から選ばれる少なくとも1種の酵素を有効成分として薬効を呈する量、含有するウイルス感染及び/又は増殖の活性化剤。
【請求項6】
請求項5に記載の活性化剤を用いることにより製造されるウイルス粒子及び/又はその構成成分。
【請求項7】
MSPL、MSPS、及びTMPRSS13からなる酵素群から選ばれる少なくとも1種の酵素を有効成分として薬効を奏する量、含有するホルモン疾患の治療薬。
【請求項8】
MSPL、MSPS、及びTMPRSS13からなる酵素群から選ばれる少なくとも1種の酵素に対する阻害剤を有効成分として薬効を奏する量、含有するホルモン疾患の治療薬。
【請求項9】
MSPL、MSPS、及びTMPRSS13からなる酵素群から選ばれる少なくとも1種の酵素の遺伝子発現量を指標として用いるホルモン疾患の診断剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−247864(P2008−247864A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−94184(P2007−94184)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度、文部科学省、運営費交付金による委託研究、産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(304020292)国立大学法人徳島大学 (307)
【Fターム(参考)】