ヤツマタモク由来新規化合物及び該化合物の糖分解酵素阻害剤としての用途
【課題】本発明は、有用な機能を有する成分をヤツマタモクから取得することを目的とする。本発明はまたヤツマタモク又はその処理物の有用な用途を提供することを目的とする。
【解決手段】ヤツマタモクのエタノール抽出物には、新規化合物2-(4-(3,5-ジヒドロキシフェノキシ)-3,5-ジヒドロキシフェノキシ)ベンゼン-1,3,5-トリオールが含有される。当該化合物およびヤツマタモクのエタノール抽出物は良好な糖分解酵素阻害作用及び血糖値上昇抑制作用を有する。
【解決手段】ヤツマタモクのエタノール抽出物には、新規化合物2-(4-(3,5-ジヒドロキシフェノキシ)-3,5-ジヒドロキシフェノキシ)ベンゼン-1,3,5-トリオールが含有される。当該化合物およびヤツマタモクのエタノール抽出物は良好な糖分解酵素阻害作用及び血糖値上昇抑制作用を有する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヤツマタモク由来新規化合物、該化合物を含有する組成物、並びに、該化合物の糖分解酵素阻害剤及び血糖値上昇抑制剤としての用途に関する。
【背景技術】
【0002】
ヤツマタモク (学名= Sargassum patens C. Agardh)はホンダワラ属に属する海藻である。ヤツマタモクは日本各地に生息し、一部の地域では藻体の先端部を食用されることがある。石川県能登地方では、絹モズクの栽培においてモズクが着床する足場として用いられているが、ヤツマタモク自体が食用されることは一般的ではない。
【0003】
一方、一部の海藻類の抽出物がα-グルコシダーゼ等の糖分解酵素を阻害することは知られている(特許文献1、2等)。しかしながら、ヤツマタモクに含まれる成分の機能性についてはほとんど知られていない。非特許文献1において、ヤツマタモクの藻体の粉末をラットに長期投与して血中脂質濃度を低下させる可能性が示唆されているものの、そのほかにヤツマタモクの有用性に関する報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002-212095号公報
【特許文献2】特開2006-104100号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Fisheries Science, 60, 8.-88 (1994)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、有用な機能を有する成分をヤツマタモクから取得することを目的とする。本発明はまたヤツマタモク又はその処理物の有用な用途を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは鋭意検討した結果、ヤツマタモクのエタノール抽出物のα-アミラーゼ阻害作用が他の海藻のエタノール抽出物と比較して顕著に高いこと、ヤツマタモクのエタノール抽出物に由来する成分の経口摂取により血糖値上昇を抑制することを見出した。更に本発明者らは、これらの作用の原因となる化合物が、下記式I’で表される構造を有する新規なフロロタンニン化合物であることを見出した。本発明は以下の発明を包含する。
【0008】
(1) 式I’:
【化1】
[式中、R1、R2、R3、R4、R5、R6及びR7は、それぞれ独立に、水素、又は -C(=O)-R’で表されるアシル基であり、該アシル基中、-R’は直鎖状又は分岐鎖状の飽和又は不飽和の炭化水素基であり、該炭化水素基中の水素は1つ以上の置換基により置換されていてもよく、-R’全体の炭素数は1〜20である]
で表される化合物又は該化合物の塩。
(2) 上記式I’で表される化合物又は該化合物の塩を、固形分あたり0.3重量%以上の濃度で含有する組成物。
(3) 経口摂取用組成物である、(2)の組成物。
(4) エタノール又はエタノール含有溶液によるヤツマタモクの抽出物。
(5) (1)の化合物又は塩を有効成分として含む糖分解酵素の阻害剤。
(6) 糖分解酵素がα-アミラーゼ又はα-グルコシダーゼである、(5)の阻害剤。
(7) (1)の化合物又は塩を有効成分として含む血糖値上昇抑制剤。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、糖分解酵素阻害作用及び血糖値上昇抑制作用を有する新規化合物、及び該化合物を含有する組成物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】海藻からの抽出物の調製手順を示す。
【図2】各種抽出液によるα-アミラーゼ活性の阻害率を示す。
【図3】ヤツマタモクエタノール抽出物からの溶媒抽出による活性成分の単離手順を示す。
【図4】ヤツマタモクエタノール抽出物から得られた酢酸エチル画分のHPLCクロマトグラムを示す。
【図5】HPLC_01のα-アミラーゼ阻害作用を反応速度的解析に用いられた、基質 (アミロペクチン) 濃度([Amylopectin])と反応物 (マルトース) 生成速度(M/min)との関係を示す。
【図6】HPLC_01のα-アミラーゼ阻害作用を反応速度的解析に用いられた、基質 (アミロペクチン) 濃度([Amylopectin])と反応物 (マルトース) 生成速度(M/min)との両逆数プロットを示す。
【図7】HPLC_01の、ヒト唾液α-アミラーゼによるアミロペクチン消化の遅延効果を示す。
【図8】HPLC_01の、ヒト膵臓α-アミラーゼによるアミロペクチン消化の遅延効果を示す。
【図9】マウスへの酢酸エチル画分の経口投与による血糖値上昇抑制効果を示す。
【図10】1H-NMR及び13C-NMRの化学シフト値の構造式における帰属を示す。
【図11】ヤツマタモクの10%エタノール抽出物によるα-アミラーゼ活性の阻害率を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の化合物は、上記一般式I’で表される構造を有する。
R1、R2、R3、R4、R5、R6及びR7は、それぞれ独立に、水素、又は -C(=O)-R’で表されるアシル基である。
【0012】
アシル基中の-R’は、直鎖状又は分岐鎖状の飽和又は不飽和の炭化水素基であり、該炭化水素基中の水素は1つ以上の置換基により置換されていてもよく、-R’全体の炭素数(置換基がある場合は置換基の炭素数も含む)は1〜20である。該炭化水素基としてはメチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、フェニル基、ベンジル基、t-ブチル基等が挙げられる。置換基としては水酸基、アミノ基、カルボキシ基等が挙げられる。置換基の数は特に限定されないが、通常は3以下、好ましくは2以下、より好ましくは1又は0である。-R’全体の炭素数(置換基がある場合は置換基の炭素数も含む)はより好ましくは1〜10である。
【0013】
R1、R2、R3、R4、R5、R6及びR7が全て水素である下記式I:
【化2】
で表される化合物は、2-(4-(3,5-ジヒドロキシフェノキシ)-3,5-ジヒドロキシフェノキシ)ベンゼン-1,3,5-トリオールと命名されるフロロタンニン化合物である。該化合物は、下記実験2.7に示す物性値を示す化合物である。
【0014】
式Iで表される化合物はヤツマタモクから単離又は高濃度化することにより製造することができる。ヤツマタモクから式Iで表される化合物を単離する方法としては、ヤツマタモクの藻体の乾燥物のエタノール又はエタノール含有溶媒による抽出物を調製し、当該抽出物から溶媒を留去し,残留物にメタノール水溶液及びn-ヘキサンを添加混合したのち上層(n-ヘキサン層)と下層(水層)に分離させ、下層(水層)を取得し、当該下層(水層)にクロロホルムを添加混合したのち上層(水層)と下層(クロロホルム層)に分離させ、上層(水層)を取得、当該上層(水層)に酢酸エチルを添加混合したのち上層(酢酸エチル層)と下層(水層)に分離させ、上層(酢酸エチル層)を取得する工程を含む方法が挙げられる。当該上層(酢酸エチル層)から適宜溶媒を除去し、必要に応じてカラムクロマトグラフィーにより式Iで表される化合物を含有する画分を得ることができる。
【0015】
式Iで表される化合物を適宜誘導体化することにより、7つの水酸基の水素のうち1つ以上を-C(=O)-R’で表されるアシル基により置換することができる。誘導体化のための方法は特に限定されず、水酸基をアシル基により保護するための通常の方法により行うことができる。
【0016】
式I又はI’で表される化合物はいずれも適宜塩の形態で提供されてもよい。塩は飲食品、医薬品等の成分として経口摂取可能な塩であれば特に限定されない。経口摂取可能な塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩等が挙げられる。
【0017】
式I又はI’で表される化合物又はその塩は必ずしも純粋な化合物として提供される必要はなく、粗精製物として提供されてもよい。例えば式I又はI’で表される化合物又はその塩を固形分あたり60重量%以上、より好ましくは80重量%以上、より好ましくは90重量%以上の濃度で含有する粗精製物も「式I’で表される化合物」、「式Iで表される化合物」、「式I’で表される化合物の塩」、「式Iで表される化合物の塩」又は後述する式I又はI’で表される化合物又はその塩を含有する組成物の範囲に包含される。
【0018】
式I又はI’で表される化合物又はその塩は、水との水和物や、低級アルコール等との溶媒和物の形態で存在していてもよい。水和物又は溶媒和物は医薬、飲食品等の用途に許容される水和物又は溶媒和物であれば特に限定されない。すなわち、本発明における「式I’で表される化合物」、「式Iで表される化合物」、「式I’で表される化合物の塩」、「式Iで表される化合物の塩」には、それらの水和物又は溶媒和物の形態も下位概念として包含される。
【0019】
式I又はI’で表される化合物又はその塩を天然のヤツマタモクにおける含有濃度よりも高い濃度で含有する組成物もまたα-アミラーゼ阻害作用等の有利な作用を有することが下記実施例において確認されている。このような組成物としては、式I又はI’で表される化合物又はその塩を、組成物の固形分全量あたり好ましくは0.3重量%以上の濃度、より好ましくは0.35重量%以上、特に好ましくは1.0重量%以上、最も好ましくは2.0重量%以上の濃度で含有する組成物である。当該組成物中の式I又はI’で表される化合物又はその塩の濃度の上限は特に限定されず、組成物の固形分全量あたり100重量%までの値であることができるが、典型的には60重量%未満である。
【0020】
本発明または、エタノール又はエタノール含有溶液によるヤツマタモクの抽出物を提供する。エタノール含有溶液としては、溶媒全量に対してエタノールを10(v/v)%以上、より好ましくは50(v/v)%以上の濃度で含有し、残部がエタノールと相溶性のある1種以上の他の溶媒であるエタノール含有溶液が挙げられる。前記「エタノールと相溶性のある1種以上の他の溶媒」は好ましくは水である。ヤツマタモクのエタノールによる抽出物には、固形分全量あたり約2.1重量%の式Iで表される化合物が含まれ、ヤツマタモクの10(v/v)%エタノール水溶液による抽出物には、固形分全量あたり約0.35重量%の式Iで表される化合物が含まれる。本発明のヤツマタモク抽出物は、適宜抽出溶媒を除去した形態で用いられてもよいし、更に他の成分と組み合わされた形態で用いられてもよい。本発明のヤツマタモク抽出物は分解酵素阻害剤、血糖値上昇抑制剤の有効成分として有用である。
【0021】
上記組成物及び抽出物は、経口摂取用組成物であることが好ましい。経口摂取用組成物とは、飲食品組成物や、経口投与用の医薬品組成物が挙げられる。経口摂取用組成物は、式I又はI’で表される化合物又はその塩、或いはヤツマタモク抽出物と、飲食品又は医薬品として許容される経口摂取可能な他の成分とを含む。
【0022】
本発明はまた、式I又はI’で表される化合物又はその塩を有効成分として含む糖分解酵素の阻害剤を提供する。糖分解酵素としてはα-アミラーゼ、α-グルコシダーゼ(マルターゼ活性、スクラーゼ活性等)が挙げられる。本発明の糖分解酵素阻害剤は、ヒト等の哺乳動物に摂取され、in vivoにて糖分解酵素による糖の分解を阻害する。そのため、本発明の糖分解酵素阻害剤は、糖分解酵素を阻害することにより改善される疾患又は症状の予防又は治療の目的に用いられることができる。このような疾患又は症状としては、糖尿病や、血糖値の上昇が挙げられる。本発明の糖分解酵素阻害剤はin vitroにおいて糖分解酵素を阻害するための試薬として用いられてもよい。
【0023】
本発明はまた、式I又はI’で表される化合物又はその塩を有効成分として含む血糖値上昇抑制剤に関する。
【0024】
本発明の糖分解酵素の阻害剤及び血糖値上昇抑制剤は医薬品の形態であってもよいし、飲食品の形態であってもよい。医薬品は、種々の投与経路に適した形態に製剤化されたものであってよく、液剤、錠剤、顆粒剤等の経口剤、注射剤等の非経口剤等の形態が挙げられる。これらの医薬品製剤は、式I又はI’で表される化合物又はその塩、或いは該化合物又は該塩を含む組成物もしくは抽出物と、賦形剤等の製薬上許容される他の成分とを含む。飲食品としては、飲料、錠剤、顆粒、その他の、通常の飲食品の形態のものが挙げられる。これらの飲食品は、式I又はI’で表される化合物又はその塩、或いは該化合物又は該塩を含む組成物もしくは抽出物と、食品として許容される他の成分とを含む。
【実施例】
【0025】
実験1: スクリーニング
蒸留水(DW)、エタノール又はジメチルスルホキシド(DMSO)を抽出溶媒として用いて、海藻類から抽出物を調製し、各海藻抽出物のαアミラーゼ阻害活性を測定した。蒸留水による抽出は25℃又は85℃にて行った。エタノール及びDMSOによる抽出は25℃にて行った。
【0026】
用いた海藻は、スギモク、ヤナギモク、トゲモク、ヨレモク、ウミトラノオ、ヤツマタモク、アオノリ、ハバノリ、モズク、クロメ、メカブ、ギンバサ、ワカメ、カジメ、キヌモズクである。
【0027】
抽出物は以下の手順により調製した。概要を図1に示す。具体的には、採取された海藻を流水にて軽く洗浄し、-80℃にて凍結保存した。次いで凍結乾燥し、乾燥物をブレンダーにて粉砕し、0.5mm メッシュのふるいを通過させ、粉末サンプルを得た。粉末サンプル(重量 1.0g)と抽出溶媒 (約40mL) とを混合し、混合物をホモジナイザーにより粉砕した。ただし抽出溶媒が85℃の蒸留水である場合は、ホモジナイザーによる粉砕の前に混合物を85℃にて1時間加温保持した。ホモジナイザーによる粉砕物を25℃にて1時間振とうしたのち、遠心分離した。沈殿物に再び抽出溶媒を加えて抽出操作を繰り返した。遠心分離による上清液を一つにまとめたのち、抽出溶媒を加えて100mLとし、粉末サンプル1gから100mLの海藻抽出液を得た。
【0028】
比較のために、α-アミラーゼ阻害活性を有することが知られている緑茶、グァバ茶、月桂樹葉についても同様の手順で抽出物を調製した。
【0029】
α-アミラーゼ阻害活性は、ヒト唾液α-アミラーゼを用いたヨウ素デンプン反応法により測定した。具体的には、抽出溶媒ごとに下表のNo.1 列のように海藻抽出物と、100nMヒト唾液α-アミラーゼ(α-Amylase From Saliva、シグマ社製)と、20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.2)とを混合した試料液に、デンプン(可溶性デンプン、ナカライテスク社製)を、デンプン添加後の試料液の容積が50μL、デンプン濃度が0.1重量%となるように添加し、室温にて酵素反応を進行させた。またポジティブ・コントロールとして下表のNo.2 列のように、ブランクとして下表のNo.3 列のように、それぞれの溶液を添加し、室温にて反応を進行させた。デンプン添加から10分後にヨウ素溶液 (0.1(w/v)% ヨウ素と1(w/v)%ヨウ化カリウムを含む水溶液、いずれもナカライテスク社製) 150μL を添加した。ヨウ素添加後の試料の595nmでの吸光度 (A595) をプレートリーダーを用いて測定した。
【0030】
【表1】
【0031】
α-アミラーゼの阻害活性 (%)は以下の算式により測定した。
(α-アミラーゼの阻害活性)=(No.1のA595−No.3のA595)/(No.2のA595−No.3のA595)×100
【0032】
阻害率を図2に示す。阻害活性が特に高いヤナギモク、ヨレモク、ヤツマタモク、クロメ、カジメのうち、ヤナギモク及びヨレモクについては蒸留水抽出物、85℃水抽出物及びエタノール抽出物が、ヤツマタモクについてはエタノール抽出物のみが、クロメ及びカジメについては蒸留水抽出物及び85℃水抽出物が、それぞれ、高いα-アミラーゼ阻害作用を示した。これらの海藻のうちヤツマタモク、クロメ及びカジメについては食習慣が知られている。
【0033】
ヤナギモク、ヨレモク、ヤツマタモク、クロメ、カジメの抽出物による、ヒト唾液α-アミラーゼ活性50%阻害濃度(IC50)を求めた。50%阻害濃度は、ヒト唾液α-アミラーゼ活性を50%阻害するのに必要な抽出物の濃度を、海藻体乾燥物重量に換算した濃度(dry-mg/mL)により示す。α-アミラーゼ阻害作用が知られている月桂樹葉のエタノール抽出物と比較して、これらの海藻類のα-アミラーゼ阻害作用が顕著に高いことが確認された。
【0034】
【表2】
【0035】
実験2: ヤツマタモクからのα-アミラーゼ阻害作用成分の単離
実験2.1: 溶媒分画とHPLC精製
食習慣があり、なお且つ、α-アミラーゼ阻害作用を有することが実験1において確認されたヤツマタモクのエタノール抽出物からα-アミラーゼ阻害作用を有する有効成分を単離した。
【0036】
溶媒抽出による活性成分の単離手順の概要を図3に示す。エタノール抽出液100 mL (海藻体乾燥物換算1g含有)を減圧条件で溶媒留去させ、113.3 mgの残留物を得た。該残留物に50%メタノール水溶液30mLと、n-ヘキサン50mLとを混合し、静置し、上層(n-ヘキサン層)と下層(水層)とを分離した。上層には6.1mgの固形分が含まれる。下層(水層)にクロロホルム50mLを添加混合し、静置して、上層(水層)と下層(クロロホルム層)とを分離した。下層には13.8 mgの固形分が含まれる。上層(水層)に酢酸エチル50mLを添加混合し、静置して、上層(酢酸エチル層)と下層(水層)とを分離した。上層(酢酸エチル層)には9.0mgの固形分が含まれ、下層(水層)には98.0mgの固形分が含まれる。
【0037】
n-ヘキサン層、クロロホルム層、酢酸エチル層、水層それぞれから得られた画分についてヒト唾液α-アミラーゼ活性を確認したところ、酢酸エチル層の画分のみに活性が認められた。
【0038】
酢酸エチル層画分を高性能液体クロマトグラフィー (条件= Intersil Ph-3カラム[ジーエルサイエンス社製]、 アセトニトリル10(v/v)%-(10分)-10(v/v)%-50(v/v)%-(15分)-50(v/v)%-100(v/v)%-(10分)-100(v/v)% (stepwise)、流速: 1 ml/min) に供して、図4に示すクロマトグラムにおいて保持時間15.5〜17.6分のピークを含む画分を取得した。この画分を以下「HPLC_01」と呼ぶ。HPLC_01 (乾燥重量) はヤツマタモクの乾燥物1.0gから2.4mg得られた。
【0039】
実験2.2: 反応速度論的解析
HPLC_01のα-アミラーゼ阻害作用を反応速度的に解析した。ヒト唾液α-アミラーゼの反応初速度を、アミロペクチンを基質として生成するマルトース量をフェリシアン化カリウム法により測定した。具体的には下表に従って、1μgのHPLC_01を含む10 (v/v)% エタノール300μLに、10mM 塩化カルシウム50μLと100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)に溶かしたアミロペクチン(ナカライテスク社製)溶液140μLを混合して37℃で5分間保温したのち、100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)に溶かした1μMヒト唾液α-アミラーゼ(シグマ社製、α-Amylase From Saliva) 10μLを添加して反応を開始し、37℃にて反応を進行させた。アミロペクチン溶液は、酵素添加後の濃度が0.07、0.08、0.098、0.14、0.28、0.56、0.84、1.12(w/v)%となるように調製した。またコントロールとしてHPLC_01を含まない10 (v/v)% エタノール300μLを、サンプル・ブランクとしてヒト唾液α-アミラーゼを含まない100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0) 10μLを、コントロール・ブランクとしてHPLC_01を含まない10 (v/v)% エタノール300μLとヒト唾液α-アミラーゼを含まない100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0) 10μLを、それぞれの溶液の代わりに用いて、37℃にて反応を進行させた。酵素添加から5分後に50μLを分取し、フェリシアン化カリウム溶液 (10mM フェリシアン化カリウムを含む2.0(w/v)% 炭酸ナトリウム溶液、いずれもナカライテスク社製) 500μL を添加した。100℃のヒートブロックで10分間加熱したのち遠心分離し、その上清50μLを蒸留水200μLと混合し、試料の415nmでの吸光度をプレートリーダーを用いて測定した。また検量線作成のため、0, 0.83, 1.7, 2.5, 3.3, 4.2, 5.0, 5.8, 6.7, 7.5, 8.3mMのマルトース(ナカライテスク社製)溶液50μLにフェリシアン化カリウム溶液(10mM フェリシアン化カリウムを含む2.0(w/v)% 炭酸ナトリウム溶液、いずれもナカライテスク社製) 500μL を添加し、100℃のヒートブロックで10分間加熱したのち遠心分離し、その上清50μLを蒸留水200μLと混合し、試料の415nmでの吸光度をプレートリーダーを用いて測定した。マルトース検量線を用いてそれぞれの試料におけるマルトースのモル濃度([maltose])を求め、以下の式を用いて反応物生成速度を算出した。
反応物 (マルトース) 生成速度(M/min)
=(Sの[maltose]−SBの[maltose])/(Cの[maltose]−CBの[maltose])/5
【0040】
【表3】
【0041】
基質 (アミロペクチン) 濃度([Amylopectin])と反応物 (マルトース) 生成速度(M/min)との関係を図5に示す。ミカエリス-メンテン定数(Km)及び最大速度(Vmax)は次表の通りとなった。両逆数プロット(図6)から、拮抗阻害定数(Ki)は1.8 x 10-4 (%)と算出された。α-アミラーゼの非拮抗阻害剤として知られているアカルボースの阻害定数(Ki)は1.8 x 10-3 (%)である。本発明のHPLC_01が優れたα-アミラーゼ阻害作用を有することが確認された。
【0042】
【表4】
【0043】
実験2.3: 消化遅延効果 (ヒト唾液α-アミラーゼ)
ヒト唾液α-アミラーゼ(シグマ社製)によるアミロペクチンの消化反応系にHPLC_01を種々の濃度で添加し、反応時間とアミロペクチン消化率との関係を調べた。ヒト唾液α-アミラーゼの反応初速度を、アミロペクチンを基質として生成するマルトース量をフェリシアン化カリウム法により測定した。具体的には、0、5、0.5μgのHPLC_01を含む10 (v/v)% エタノール300μLに、10mM 塩化カルシウム50μLと100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)に溶かしたアミロペクチン(ナカライテスク社製)溶液140μLを混合して37℃で5分間保温したのち、100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)に溶かした1μMヒト唾液α-アミラーゼ(α-Amylase From Saliva、シグマ社製)10μLを添加して反応を開始し、37℃にて反応を進行させた。アミロペクチン溶液は、酵素添加後の濃度が0.28 (w/v)%となるように調製した。この濃度はマルトース濃度としては8.2mMに相当する。酵素添加から2、5、10、15、20、30、40、50、60分後に50μLを分取した。サンプル・ブランクとしてヒト唾液α-アミラーゼの代わりに100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0) 10μLを添加して同様の操作を行った。実験2.2の方法と同様にフェリシアン化カリウム法にて生成したグルコースのモル濃度([maltose])を求め、以下の式を用いてアミロペクチン消化率を算出した。
アミロペクチン消化率
=(HPLC_01の[maltose]−サンプル・ブランクの[maltose])/(8.2×10-3) × 100
結果を図7に示す。
【0044】
実験2.4: 消化遅延効果 (ヒト膵臓α-アミラーゼ)
ヒト膵臓α-アミラーゼ(シグマ社製)によるアミロペクチンの消化反応系にHPLC_01を種々の濃度で添加し、反応時間とアミロペクチン消化率との関係を調べた。ヒト膵臓α-アミラーゼの反応初速度を、アミロペクチンを基質として生成するマルトース量をフェリシアン化カリウム法により測定した。具体的には、0、5、0.5μgのHPLC_01を含む10 (v/v)% エタノール300μLに、10mM 塩化カルシウム50μLと100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)に溶かしたアミロペクチン(ナカライテスク社製)溶液140μLを混合して37℃で5分間保温したのち、100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0) に溶かした1μMヒト膵臓α-アミラーゼ(シグマ社製、α-Amylase From Saliva) 10μLを添加して反応を開始し、37℃にて反応を進行させた。アミロペクチン溶液は、酵素添加後の濃度が0.28 (w/v)%となるように調製した。この濃度はマルトース濃度としては8.2mMに相当する。酵素添加から2、5、10、15、20、30、40、50、60分後に50μLを分取した。またサンプル・ブランクとしてヒト膵臓α-アミラーゼの代わりに100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0) 10μLを用いて同様の操作を行った。実験2.2の方法と同様にフェリシアン化カリウム法にてそれぞれの試料におけるマルトースのモル濃度([maltose])を求め、以下の式を用いてアミロペクチン消化率を算出した。
アミロペクチン消化率
=(HPLC_01の[maltose]−サンプル・ブランクの[maltose])/(8.2×10-3) × 100
結果を図8に示す。
【0045】
実験2.5:α-アミラーゼ活性50%阻害濃度
HPLC_01及び従来から知られているα-アミラーゼ阻害物質によるα-アミラーゼ活性の50%阻害濃度(IC50)を求めた。従来から知られているα-アミラーゼ阻害物質として下記構造のアカルボース(C25H43NO18、分子量645.60、LKT Laboratories, Inc.製)、クエルセタゲチン(quercetagetin、C15H10O8、分子量318.25、EXTRASYNTHESE S.A.社製)、市販の小麦由来α-アミラーゼ阻害剤(α-Amylase Inhibitor from Triticumaestivum (wheat seed)、シグマ社製、分子量約21,000のタンパク質、文献:Biochimica et Biophysica Acta, 422 (1976) 159-169)を用いた。
【0046】
【化3】
【0047】
クロメ由来ポリフェノール(フロロタンニン)、月桂樹葉抽出物、グァバ葉抽出物のIC50値については、それぞれ、海藻ポリフェノール(フロロタンニン)の抗糖尿病効果の検討(2)<長瀬産業2007年11月、http://www.nagase.co.jp/assetfiles/news/20071121.pdf>、アミラーゼ阻害物質「αアミラーゼ・インヒビター」<日本製粉特許第1919036号, 第2032272号>、「グァバ葉熱水抽出物のdb/dbマウスにおける抗糖尿病効果およびヒト飲用試験による食後血糖値上昇抑制効果」<日本農芸化学会誌, Vol.72, No.8, pp923-931, 1998>より引用した。
【0048】
IC50は、ヒト唾液α-アミラーゼ(シグマ社製)によるアミロペクチンの消化反応系に、種々の濃度で阻害剤を添加して、阻害剤を含まない場合(コントロール)の消化率に対して半分の消化率を与える阻害剤濃度として算出した。具体的には阻害剤溶液(溶媒は、小麦由来α−アミラーゼ阻害剤では100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)、その他の阻害剤では10(v/v)%エタノール)300μLに、10mM 塩化カルシウム50μLと100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)に溶かした1.0(w/v)%アミロペクチン(ナカライテスク社製)溶液140μLを混合して37℃で5分間保温したのち、100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)に溶かした1μMヒト唾液α-アミラーゼ(α-Amylase From Saliva、シグマ社製) 10μLを添加して反応を開始し、37℃にて反応を進行させた。それぞれの阻害剤濃度に対してサンプル・ブランクとして、ヒト唾液α-アミラーゼの代わりに100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0) 10μLを添加して、同様の操作を行った。コントロールは阻害剤の代わりに阻害剤の溶媒300μLを加えて同様の反応を行った。コントロール・ブランクとしては阻害剤の代わりに阻害剤の溶媒300μLを、ヒト唾液α-アミラーゼの代わりに100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0) 10μLを加えて、同様の操作を行った。酵素添加から5分後に50μLを分取し、実験2.2の方法と同様にフェリシアン化カリウム法にてそれぞれの試料におけるマルトースのモル濃度([maltose])を求めた。以下の式を用いて阻害率を算出し、50%の阻害率を与える阻害剤濃度をIC50とした。
阻害率={(阻害剤の[maltose]−サンプル・ブランクの[maltose])/(コントロールの[maltose]−コントロール・ブランクの[maltose])}×100
結果を表5に示す。HPLC_01は既存のα-アミラーゼ阻害物質よりも優れた阻害作用を有することが明らかになった。
【0049】
【表5】
【0050】
実験2.6:マウスにおける血糖値上昇抑制作用
10週齢のオスDDYマウス(体重35〜42g)6匹を用いた。マウスの血糖値は、尾静脈から採血して血糖値測定キットとケアファストメーター(いずれもニプロ社製)を用いて測定した。最初にコントロール実験を行った。マウスを一晩絶食(ただし水は自由採取)させてから血糖値を測定した。いずれもゾンデを用いて、生理的食塩水100μLを投与した30分後に2g/kg体重のデンプンを投与した。生理的食塩水投与の30分、60分、90分、120分、180分後における血糖値を測定した。同じマウスを1週間飼育したのち、酢酸エチル分画物投与実験を行った。一晩絶食(ただし水は自由採取)後、血糖値を測定した。酢酸エチル分画物(実験2.1参照)は、マウスの体重ごとに100mg/kg体重の投与となるように生理的食塩110μLに懸濁して投与し、その30分後に2g/kg体重のデンプンを投与した。いずれの投与にもゾンデを用いた。デンプン投与の30分、60分、90分、120分、180分後における血糖値を測定した。
【0051】
結果を図9に示す。マウスへの酢酸エチル画分の単回投与により血糖値上昇が抑制されることが確認された。
【0052】
実験2.7: 機器分析によるHPLC_01の構造決定
HPLC_01について1H-NMR、13C-NMR、質量分析、元素分析を行い、以下の物性値を示すことを見出した。
1H-NMR (CD3OD): δ 5.90 (1H, bs), 5.92 (1H, bs), 5.94 (1H, bs), 6.00 (1H, bs), 6.04 (1H, bs), 6.15 (1H, bs), 6.29 (1H, bs).
13C-NMR (CD3OD): δ 95.8, 97.1 (x4), 98.8 (x2), 125.8, 126.8, 153.0 (x2), 153.2, 153.4, 154.8 (x2), 157.1 (x2), 158.9.
MS (m/z): 375.2 (MH+)
MS計算値 (C18H14O9): 374.0638 (100.0%)
元素分析: C, 57.76; H, 3.77; O, 38.47
【0053】
これらの分析結果から、HPLC_01はC18H14O9の分子式を有し、以下の構造式:
【化4】
により表される化合物であると推定された。1H-NMR及び13C-NMRの化学シフト値は図10に示すように帰属される。当該化合物は、2-(4-(3,5-ジヒドロキシフェノキシ)-3,5-ジヒドロキシフェノキシ)ベンゼン-1,3,5-トリオールと命名されるフロロタンニン化合物である。
【0054】
実験3: 10%エタノール水溶液による抽出
実験1では、ヤツマタモク乾燥粉末からエタノールを用いて抽出を行い、得られた抽出物のα-アミラーゼ阻害活性を測定していた。
【0055】
本実験では、エタノールの代わりに10(v/v)%エタノール水溶液を用いて実験1と同様の手順で抽出物を得て、α-アミラーゼ阻害活性を評価した。抽出液自体(原液)、抽出液2倍希釈(1/2液)、抽出液5倍希釈(1/5液)を用いて実験1と同様の手順によりα-アミラーゼの阻害率を求めた。
【0056】
結果を図11に示す。エタノール水溶液を抽出溶媒として用いた場合、純粋なエタノールを用いた場合と比較して抽出効率は低下するものの、α-アミラーゼ阻害作用を有する有効成分が抽出可能であることが確認された。
【0057】
実験4: α-グルコシダーゼ阻害作用
ラット小腸アセトンパウダー(Intestinal acetone powders from rat、シグマ社製)からα-グルコシダーゼを抽出し、マルターゼ活性およびスクラーゼ活性に対するHPLC_01の阻害作用を調べた。
【0058】
ラット小腸アセトンパウダー0.5gに100mMリン酸カリウム緩衝液(pH 6.8)10mLと蒸留水30mLを加えてホモジナイズし、遠心分離した上清をα-グルコシダーゼ抽出液として用いた。基質としてマルトースとスクロース(いずれもナカライテスク社製)を用いた。HPLC_01はエタノール溶液を用いた。各溶液を下表に従って混合し、37℃で30分間酵素反応を進行させた。100℃のヒートブロックで3分間加熱したのち遠心分離してその上清50μLを分取した。グルコースを定量するために、グルコースC-IIテスト(ワコー純薬工業社製)100μLを加えて5分間反応させ、分光光度計を用いて505nmの吸光度(A505)を測定した。阻害活性は、以下の式を用いてHPLC_01がない場合に生成したグルコース量に対する百分率として算出した。
マルターゼ阻害活性(%)=(MのA505−MBのA505)/(MCのA505−MCBのA505) ×100
スクラーゼ阻害活性(%)=(SのA505−SBのA505)/(SCのA505−SCBのA505) ×100
【0059】
【表6】
【0060】
マルターゼ阻害活性は61.6%、スクラーゼ阻害活性は94.7%であった。
【0061】
実験5: α-グルコシダーゼ50%阻害濃度
HPLC_01のα-グルコシダーゼに対する50%阻害濃度(IC50)を、マルターゼ活性とスクラーゼ活性について求めた。HPLC_01を種々の濃度で用いて、実験4と同様の方法で阻害活性を求め、50%の阻害率を与える阻害剤濃度をIC50とした。
【0062】
マルターゼ阻害のIC50は114μg/mL、スクラーゼ阻害のIC50は25.4μg/mLであった。従ってHPLC_01は、α‐グルコシダーゼに対する阻害効果を有することが示された。
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヤツマタモク由来新規化合物、該化合物を含有する組成物、並びに、該化合物の糖分解酵素阻害剤及び血糖値上昇抑制剤としての用途に関する。
【背景技術】
【0002】
ヤツマタモク (学名= Sargassum patens C. Agardh)はホンダワラ属に属する海藻である。ヤツマタモクは日本各地に生息し、一部の地域では藻体の先端部を食用されることがある。石川県能登地方では、絹モズクの栽培においてモズクが着床する足場として用いられているが、ヤツマタモク自体が食用されることは一般的ではない。
【0003】
一方、一部の海藻類の抽出物がα-グルコシダーゼ等の糖分解酵素を阻害することは知られている(特許文献1、2等)。しかしながら、ヤツマタモクに含まれる成分の機能性についてはほとんど知られていない。非特許文献1において、ヤツマタモクの藻体の粉末をラットに長期投与して血中脂質濃度を低下させる可能性が示唆されているものの、そのほかにヤツマタモクの有用性に関する報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002-212095号公報
【特許文献2】特開2006-104100号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Fisheries Science, 60, 8.-88 (1994)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、有用な機能を有する成分をヤツマタモクから取得することを目的とする。本発明はまたヤツマタモク又はその処理物の有用な用途を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは鋭意検討した結果、ヤツマタモクのエタノール抽出物のα-アミラーゼ阻害作用が他の海藻のエタノール抽出物と比較して顕著に高いこと、ヤツマタモクのエタノール抽出物に由来する成分の経口摂取により血糖値上昇を抑制することを見出した。更に本発明者らは、これらの作用の原因となる化合物が、下記式I’で表される構造を有する新規なフロロタンニン化合物であることを見出した。本発明は以下の発明を包含する。
【0008】
(1) 式I’:
【化1】
[式中、R1、R2、R3、R4、R5、R6及びR7は、それぞれ独立に、水素、又は -C(=O)-R’で表されるアシル基であり、該アシル基中、-R’は直鎖状又は分岐鎖状の飽和又は不飽和の炭化水素基であり、該炭化水素基中の水素は1つ以上の置換基により置換されていてもよく、-R’全体の炭素数は1〜20である]
で表される化合物又は該化合物の塩。
(2) 上記式I’で表される化合物又は該化合物の塩を、固形分あたり0.3重量%以上の濃度で含有する組成物。
(3) 経口摂取用組成物である、(2)の組成物。
(4) エタノール又はエタノール含有溶液によるヤツマタモクの抽出物。
(5) (1)の化合物又は塩を有効成分として含む糖分解酵素の阻害剤。
(6) 糖分解酵素がα-アミラーゼ又はα-グルコシダーゼである、(5)の阻害剤。
(7) (1)の化合物又は塩を有効成分として含む血糖値上昇抑制剤。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、糖分解酵素阻害作用及び血糖値上昇抑制作用を有する新規化合物、及び該化合物を含有する組成物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】海藻からの抽出物の調製手順を示す。
【図2】各種抽出液によるα-アミラーゼ活性の阻害率を示す。
【図3】ヤツマタモクエタノール抽出物からの溶媒抽出による活性成分の単離手順を示す。
【図4】ヤツマタモクエタノール抽出物から得られた酢酸エチル画分のHPLCクロマトグラムを示す。
【図5】HPLC_01のα-アミラーゼ阻害作用を反応速度的解析に用いられた、基質 (アミロペクチン) 濃度([Amylopectin])と反応物 (マルトース) 生成速度(M/min)との関係を示す。
【図6】HPLC_01のα-アミラーゼ阻害作用を反応速度的解析に用いられた、基質 (アミロペクチン) 濃度([Amylopectin])と反応物 (マルトース) 生成速度(M/min)との両逆数プロットを示す。
【図7】HPLC_01の、ヒト唾液α-アミラーゼによるアミロペクチン消化の遅延効果を示す。
【図8】HPLC_01の、ヒト膵臓α-アミラーゼによるアミロペクチン消化の遅延効果を示す。
【図9】マウスへの酢酸エチル画分の経口投与による血糖値上昇抑制効果を示す。
【図10】1H-NMR及び13C-NMRの化学シフト値の構造式における帰属を示す。
【図11】ヤツマタモクの10%エタノール抽出物によるα-アミラーゼ活性の阻害率を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の化合物は、上記一般式I’で表される構造を有する。
R1、R2、R3、R4、R5、R6及びR7は、それぞれ独立に、水素、又は -C(=O)-R’で表されるアシル基である。
【0012】
アシル基中の-R’は、直鎖状又は分岐鎖状の飽和又は不飽和の炭化水素基であり、該炭化水素基中の水素は1つ以上の置換基により置換されていてもよく、-R’全体の炭素数(置換基がある場合は置換基の炭素数も含む)は1〜20である。該炭化水素基としてはメチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、フェニル基、ベンジル基、t-ブチル基等が挙げられる。置換基としては水酸基、アミノ基、カルボキシ基等が挙げられる。置換基の数は特に限定されないが、通常は3以下、好ましくは2以下、より好ましくは1又は0である。-R’全体の炭素数(置換基がある場合は置換基の炭素数も含む)はより好ましくは1〜10である。
【0013】
R1、R2、R3、R4、R5、R6及びR7が全て水素である下記式I:
【化2】
で表される化合物は、2-(4-(3,5-ジヒドロキシフェノキシ)-3,5-ジヒドロキシフェノキシ)ベンゼン-1,3,5-トリオールと命名されるフロロタンニン化合物である。該化合物は、下記実験2.7に示す物性値を示す化合物である。
【0014】
式Iで表される化合物はヤツマタモクから単離又は高濃度化することにより製造することができる。ヤツマタモクから式Iで表される化合物を単離する方法としては、ヤツマタモクの藻体の乾燥物のエタノール又はエタノール含有溶媒による抽出物を調製し、当該抽出物から溶媒を留去し,残留物にメタノール水溶液及びn-ヘキサンを添加混合したのち上層(n-ヘキサン層)と下層(水層)に分離させ、下層(水層)を取得し、当該下層(水層)にクロロホルムを添加混合したのち上層(水層)と下層(クロロホルム層)に分離させ、上層(水層)を取得、当該上層(水層)に酢酸エチルを添加混合したのち上層(酢酸エチル層)と下層(水層)に分離させ、上層(酢酸エチル層)を取得する工程を含む方法が挙げられる。当該上層(酢酸エチル層)から適宜溶媒を除去し、必要に応じてカラムクロマトグラフィーにより式Iで表される化合物を含有する画分を得ることができる。
【0015】
式Iで表される化合物を適宜誘導体化することにより、7つの水酸基の水素のうち1つ以上を-C(=O)-R’で表されるアシル基により置換することができる。誘導体化のための方法は特に限定されず、水酸基をアシル基により保護するための通常の方法により行うことができる。
【0016】
式I又はI’で表される化合物はいずれも適宜塩の形態で提供されてもよい。塩は飲食品、医薬品等の成分として経口摂取可能な塩であれば特に限定されない。経口摂取可能な塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩等が挙げられる。
【0017】
式I又はI’で表される化合物又はその塩は必ずしも純粋な化合物として提供される必要はなく、粗精製物として提供されてもよい。例えば式I又はI’で表される化合物又はその塩を固形分あたり60重量%以上、より好ましくは80重量%以上、より好ましくは90重量%以上の濃度で含有する粗精製物も「式I’で表される化合物」、「式Iで表される化合物」、「式I’で表される化合物の塩」、「式Iで表される化合物の塩」又は後述する式I又はI’で表される化合物又はその塩を含有する組成物の範囲に包含される。
【0018】
式I又はI’で表される化合物又はその塩は、水との水和物や、低級アルコール等との溶媒和物の形態で存在していてもよい。水和物又は溶媒和物は医薬、飲食品等の用途に許容される水和物又は溶媒和物であれば特に限定されない。すなわち、本発明における「式I’で表される化合物」、「式Iで表される化合物」、「式I’で表される化合物の塩」、「式Iで表される化合物の塩」には、それらの水和物又は溶媒和物の形態も下位概念として包含される。
【0019】
式I又はI’で表される化合物又はその塩を天然のヤツマタモクにおける含有濃度よりも高い濃度で含有する組成物もまたα-アミラーゼ阻害作用等の有利な作用を有することが下記実施例において確認されている。このような組成物としては、式I又はI’で表される化合物又はその塩を、組成物の固形分全量あたり好ましくは0.3重量%以上の濃度、より好ましくは0.35重量%以上、特に好ましくは1.0重量%以上、最も好ましくは2.0重量%以上の濃度で含有する組成物である。当該組成物中の式I又はI’で表される化合物又はその塩の濃度の上限は特に限定されず、組成物の固形分全量あたり100重量%までの値であることができるが、典型的には60重量%未満である。
【0020】
本発明または、エタノール又はエタノール含有溶液によるヤツマタモクの抽出物を提供する。エタノール含有溶液としては、溶媒全量に対してエタノールを10(v/v)%以上、より好ましくは50(v/v)%以上の濃度で含有し、残部がエタノールと相溶性のある1種以上の他の溶媒であるエタノール含有溶液が挙げられる。前記「エタノールと相溶性のある1種以上の他の溶媒」は好ましくは水である。ヤツマタモクのエタノールによる抽出物には、固形分全量あたり約2.1重量%の式Iで表される化合物が含まれ、ヤツマタモクの10(v/v)%エタノール水溶液による抽出物には、固形分全量あたり約0.35重量%の式Iで表される化合物が含まれる。本発明のヤツマタモク抽出物は、適宜抽出溶媒を除去した形態で用いられてもよいし、更に他の成分と組み合わされた形態で用いられてもよい。本発明のヤツマタモク抽出物は分解酵素阻害剤、血糖値上昇抑制剤の有効成分として有用である。
【0021】
上記組成物及び抽出物は、経口摂取用組成物であることが好ましい。経口摂取用組成物とは、飲食品組成物や、経口投与用の医薬品組成物が挙げられる。経口摂取用組成物は、式I又はI’で表される化合物又はその塩、或いはヤツマタモク抽出物と、飲食品又は医薬品として許容される経口摂取可能な他の成分とを含む。
【0022】
本発明はまた、式I又はI’で表される化合物又はその塩を有効成分として含む糖分解酵素の阻害剤を提供する。糖分解酵素としてはα-アミラーゼ、α-グルコシダーゼ(マルターゼ活性、スクラーゼ活性等)が挙げられる。本発明の糖分解酵素阻害剤は、ヒト等の哺乳動物に摂取され、in vivoにて糖分解酵素による糖の分解を阻害する。そのため、本発明の糖分解酵素阻害剤は、糖分解酵素を阻害することにより改善される疾患又は症状の予防又は治療の目的に用いられることができる。このような疾患又は症状としては、糖尿病や、血糖値の上昇が挙げられる。本発明の糖分解酵素阻害剤はin vitroにおいて糖分解酵素を阻害するための試薬として用いられてもよい。
【0023】
本発明はまた、式I又はI’で表される化合物又はその塩を有効成分として含む血糖値上昇抑制剤に関する。
【0024】
本発明の糖分解酵素の阻害剤及び血糖値上昇抑制剤は医薬品の形態であってもよいし、飲食品の形態であってもよい。医薬品は、種々の投与経路に適した形態に製剤化されたものであってよく、液剤、錠剤、顆粒剤等の経口剤、注射剤等の非経口剤等の形態が挙げられる。これらの医薬品製剤は、式I又はI’で表される化合物又はその塩、或いは該化合物又は該塩を含む組成物もしくは抽出物と、賦形剤等の製薬上許容される他の成分とを含む。飲食品としては、飲料、錠剤、顆粒、その他の、通常の飲食品の形態のものが挙げられる。これらの飲食品は、式I又はI’で表される化合物又はその塩、或いは該化合物又は該塩を含む組成物もしくは抽出物と、食品として許容される他の成分とを含む。
【実施例】
【0025】
実験1: スクリーニング
蒸留水(DW)、エタノール又はジメチルスルホキシド(DMSO)を抽出溶媒として用いて、海藻類から抽出物を調製し、各海藻抽出物のαアミラーゼ阻害活性を測定した。蒸留水による抽出は25℃又は85℃にて行った。エタノール及びDMSOによる抽出は25℃にて行った。
【0026】
用いた海藻は、スギモク、ヤナギモク、トゲモク、ヨレモク、ウミトラノオ、ヤツマタモク、アオノリ、ハバノリ、モズク、クロメ、メカブ、ギンバサ、ワカメ、カジメ、キヌモズクである。
【0027】
抽出物は以下の手順により調製した。概要を図1に示す。具体的には、採取された海藻を流水にて軽く洗浄し、-80℃にて凍結保存した。次いで凍結乾燥し、乾燥物をブレンダーにて粉砕し、0.5mm メッシュのふるいを通過させ、粉末サンプルを得た。粉末サンプル(重量 1.0g)と抽出溶媒 (約40mL) とを混合し、混合物をホモジナイザーにより粉砕した。ただし抽出溶媒が85℃の蒸留水である場合は、ホモジナイザーによる粉砕の前に混合物を85℃にて1時間加温保持した。ホモジナイザーによる粉砕物を25℃にて1時間振とうしたのち、遠心分離した。沈殿物に再び抽出溶媒を加えて抽出操作を繰り返した。遠心分離による上清液を一つにまとめたのち、抽出溶媒を加えて100mLとし、粉末サンプル1gから100mLの海藻抽出液を得た。
【0028】
比較のために、α-アミラーゼ阻害活性を有することが知られている緑茶、グァバ茶、月桂樹葉についても同様の手順で抽出物を調製した。
【0029】
α-アミラーゼ阻害活性は、ヒト唾液α-アミラーゼを用いたヨウ素デンプン反応法により測定した。具体的には、抽出溶媒ごとに下表のNo.1 列のように海藻抽出物と、100nMヒト唾液α-アミラーゼ(α-Amylase From Saliva、シグマ社製)と、20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.2)とを混合した試料液に、デンプン(可溶性デンプン、ナカライテスク社製)を、デンプン添加後の試料液の容積が50μL、デンプン濃度が0.1重量%となるように添加し、室温にて酵素反応を進行させた。またポジティブ・コントロールとして下表のNo.2 列のように、ブランクとして下表のNo.3 列のように、それぞれの溶液を添加し、室温にて反応を進行させた。デンプン添加から10分後にヨウ素溶液 (0.1(w/v)% ヨウ素と1(w/v)%ヨウ化カリウムを含む水溶液、いずれもナカライテスク社製) 150μL を添加した。ヨウ素添加後の試料の595nmでの吸光度 (A595) をプレートリーダーを用いて測定した。
【0030】
【表1】
【0031】
α-アミラーゼの阻害活性 (%)は以下の算式により測定した。
(α-アミラーゼの阻害活性)=(No.1のA595−No.3のA595)/(No.2のA595−No.3のA595)×100
【0032】
阻害率を図2に示す。阻害活性が特に高いヤナギモク、ヨレモク、ヤツマタモク、クロメ、カジメのうち、ヤナギモク及びヨレモクについては蒸留水抽出物、85℃水抽出物及びエタノール抽出物が、ヤツマタモクについてはエタノール抽出物のみが、クロメ及びカジメについては蒸留水抽出物及び85℃水抽出物が、それぞれ、高いα-アミラーゼ阻害作用を示した。これらの海藻のうちヤツマタモク、クロメ及びカジメについては食習慣が知られている。
【0033】
ヤナギモク、ヨレモク、ヤツマタモク、クロメ、カジメの抽出物による、ヒト唾液α-アミラーゼ活性50%阻害濃度(IC50)を求めた。50%阻害濃度は、ヒト唾液α-アミラーゼ活性を50%阻害するのに必要な抽出物の濃度を、海藻体乾燥物重量に換算した濃度(dry-mg/mL)により示す。α-アミラーゼ阻害作用が知られている月桂樹葉のエタノール抽出物と比較して、これらの海藻類のα-アミラーゼ阻害作用が顕著に高いことが確認された。
【0034】
【表2】
【0035】
実験2: ヤツマタモクからのα-アミラーゼ阻害作用成分の単離
実験2.1: 溶媒分画とHPLC精製
食習慣があり、なお且つ、α-アミラーゼ阻害作用を有することが実験1において確認されたヤツマタモクのエタノール抽出物からα-アミラーゼ阻害作用を有する有効成分を単離した。
【0036】
溶媒抽出による活性成分の単離手順の概要を図3に示す。エタノール抽出液100 mL (海藻体乾燥物換算1g含有)を減圧条件で溶媒留去させ、113.3 mgの残留物を得た。該残留物に50%メタノール水溶液30mLと、n-ヘキサン50mLとを混合し、静置し、上層(n-ヘキサン層)と下層(水層)とを分離した。上層には6.1mgの固形分が含まれる。下層(水層)にクロロホルム50mLを添加混合し、静置して、上層(水層)と下層(クロロホルム層)とを分離した。下層には13.8 mgの固形分が含まれる。上層(水層)に酢酸エチル50mLを添加混合し、静置して、上層(酢酸エチル層)と下層(水層)とを分離した。上層(酢酸エチル層)には9.0mgの固形分が含まれ、下層(水層)には98.0mgの固形分が含まれる。
【0037】
n-ヘキサン層、クロロホルム層、酢酸エチル層、水層それぞれから得られた画分についてヒト唾液α-アミラーゼ活性を確認したところ、酢酸エチル層の画分のみに活性が認められた。
【0038】
酢酸エチル層画分を高性能液体クロマトグラフィー (条件= Intersil Ph-3カラム[ジーエルサイエンス社製]、 アセトニトリル10(v/v)%-(10分)-10(v/v)%-50(v/v)%-(15分)-50(v/v)%-100(v/v)%-(10分)-100(v/v)% (stepwise)、流速: 1 ml/min) に供して、図4に示すクロマトグラムにおいて保持時間15.5〜17.6分のピークを含む画分を取得した。この画分を以下「HPLC_01」と呼ぶ。HPLC_01 (乾燥重量) はヤツマタモクの乾燥物1.0gから2.4mg得られた。
【0039】
実験2.2: 反応速度論的解析
HPLC_01のα-アミラーゼ阻害作用を反応速度的に解析した。ヒト唾液α-アミラーゼの反応初速度を、アミロペクチンを基質として生成するマルトース量をフェリシアン化カリウム法により測定した。具体的には下表に従って、1μgのHPLC_01を含む10 (v/v)% エタノール300μLに、10mM 塩化カルシウム50μLと100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)に溶かしたアミロペクチン(ナカライテスク社製)溶液140μLを混合して37℃で5分間保温したのち、100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)に溶かした1μMヒト唾液α-アミラーゼ(シグマ社製、α-Amylase From Saliva) 10μLを添加して反応を開始し、37℃にて反応を進行させた。アミロペクチン溶液は、酵素添加後の濃度が0.07、0.08、0.098、0.14、0.28、0.56、0.84、1.12(w/v)%となるように調製した。またコントロールとしてHPLC_01を含まない10 (v/v)% エタノール300μLを、サンプル・ブランクとしてヒト唾液α-アミラーゼを含まない100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0) 10μLを、コントロール・ブランクとしてHPLC_01を含まない10 (v/v)% エタノール300μLとヒト唾液α-アミラーゼを含まない100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0) 10μLを、それぞれの溶液の代わりに用いて、37℃にて反応を進行させた。酵素添加から5分後に50μLを分取し、フェリシアン化カリウム溶液 (10mM フェリシアン化カリウムを含む2.0(w/v)% 炭酸ナトリウム溶液、いずれもナカライテスク社製) 500μL を添加した。100℃のヒートブロックで10分間加熱したのち遠心分離し、その上清50μLを蒸留水200μLと混合し、試料の415nmでの吸光度をプレートリーダーを用いて測定した。また検量線作成のため、0, 0.83, 1.7, 2.5, 3.3, 4.2, 5.0, 5.8, 6.7, 7.5, 8.3mMのマルトース(ナカライテスク社製)溶液50μLにフェリシアン化カリウム溶液(10mM フェリシアン化カリウムを含む2.0(w/v)% 炭酸ナトリウム溶液、いずれもナカライテスク社製) 500μL を添加し、100℃のヒートブロックで10分間加熱したのち遠心分離し、その上清50μLを蒸留水200μLと混合し、試料の415nmでの吸光度をプレートリーダーを用いて測定した。マルトース検量線を用いてそれぞれの試料におけるマルトースのモル濃度([maltose])を求め、以下の式を用いて反応物生成速度を算出した。
反応物 (マルトース) 生成速度(M/min)
=(Sの[maltose]−SBの[maltose])/(Cの[maltose]−CBの[maltose])/5
【0040】
【表3】
【0041】
基質 (アミロペクチン) 濃度([Amylopectin])と反応物 (マルトース) 生成速度(M/min)との関係を図5に示す。ミカエリス-メンテン定数(Km)及び最大速度(Vmax)は次表の通りとなった。両逆数プロット(図6)から、拮抗阻害定数(Ki)は1.8 x 10-4 (%)と算出された。α-アミラーゼの非拮抗阻害剤として知られているアカルボースの阻害定数(Ki)は1.8 x 10-3 (%)である。本発明のHPLC_01が優れたα-アミラーゼ阻害作用を有することが確認された。
【0042】
【表4】
【0043】
実験2.3: 消化遅延効果 (ヒト唾液α-アミラーゼ)
ヒト唾液α-アミラーゼ(シグマ社製)によるアミロペクチンの消化反応系にHPLC_01を種々の濃度で添加し、反応時間とアミロペクチン消化率との関係を調べた。ヒト唾液α-アミラーゼの反応初速度を、アミロペクチンを基質として生成するマルトース量をフェリシアン化カリウム法により測定した。具体的には、0、5、0.5μgのHPLC_01を含む10 (v/v)% エタノール300μLに、10mM 塩化カルシウム50μLと100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)に溶かしたアミロペクチン(ナカライテスク社製)溶液140μLを混合して37℃で5分間保温したのち、100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)に溶かした1μMヒト唾液α-アミラーゼ(α-Amylase From Saliva、シグマ社製)10μLを添加して反応を開始し、37℃にて反応を進行させた。アミロペクチン溶液は、酵素添加後の濃度が0.28 (w/v)%となるように調製した。この濃度はマルトース濃度としては8.2mMに相当する。酵素添加から2、5、10、15、20、30、40、50、60分後に50μLを分取した。サンプル・ブランクとしてヒト唾液α-アミラーゼの代わりに100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0) 10μLを添加して同様の操作を行った。実験2.2の方法と同様にフェリシアン化カリウム法にて生成したグルコースのモル濃度([maltose])を求め、以下の式を用いてアミロペクチン消化率を算出した。
アミロペクチン消化率
=(HPLC_01の[maltose]−サンプル・ブランクの[maltose])/(8.2×10-3) × 100
結果を図7に示す。
【0044】
実験2.4: 消化遅延効果 (ヒト膵臓α-アミラーゼ)
ヒト膵臓α-アミラーゼ(シグマ社製)によるアミロペクチンの消化反応系にHPLC_01を種々の濃度で添加し、反応時間とアミロペクチン消化率との関係を調べた。ヒト膵臓α-アミラーゼの反応初速度を、アミロペクチンを基質として生成するマルトース量をフェリシアン化カリウム法により測定した。具体的には、0、5、0.5μgのHPLC_01を含む10 (v/v)% エタノール300μLに、10mM 塩化カルシウム50μLと100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)に溶かしたアミロペクチン(ナカライテスク社製)溶液140μLを混合して37℃で5分間保温したのち、100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0) に溶かした1μMヒト膵臓α-アミラーゼ(シグマ社製、α-Amylase From Saliva) 10μLを添加して反応を開始し、37℃にて反応を進行させた。アミロペクチン溶液は、酵素添加後の濃度が0.28 (w/v)%となるように調製した。この濃度はマルトース濃度としては8.2mMに相当する。酵素添加から2、5、10、15、20、30、40、50、60分後に50μLを分取した。またサンプル・ブランクとしてヒト膵臓α-アミラーゼの代わりに100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0) 10μLを用いて同様の操作を行った。実験2.2の方法と同様にフェリシアン化カリウム法にてそれぞれの試料におけるマルトースのモル濃度([maltose])を求め、以下の式を用いてアミロペクチン消化率を算出した。
アミロペクチン消化率
=(HPLC_01の[maltose]−サンプル・ブランクの[maltose])/(8.2×10-3) × 100
結果を図8に示す。
【0045】
実験2.5:α-アミラーゼ活性50%阻害濃度
HPLC_01及び従来から知られているα-アミラーゼ阻害物質によるα-アミラーゼ活性の50%阻害濃度(IC50)を求めた。従来から知られているα-アミラーゼ阻害物質として下記構造のアカルボース(C25H43NO18、分子量645.60、LKT Laboratories, Inc.製)、クエルセタゲチン(quercetagetin、C15H10O8、分子量318.25、EXTRASYNTHESE S.A.社製)、市販の小麦由来α-アミラーゼ阻害剤(α-Amylase Inhibitor from Triticumaestivum (wheat seed)、シグマ社製、分子量約21,000のタンパク質、文献:Biochimica et Biophysica Acta, 422 (1976) 159-169)を用いた。
【0046】
【化3】
【0047】
クロメ由来ポリフェノール(フロロタンニン)、月桂樹葉抽出物、グァバ葉抽出物のIC50値については、それぞれ、海藻ポリフェノール(フロロタンニン)の抗糖尿病効果の検討(2)<長瀬産業2007年11月、http://www.nagase.co.jp/assetfiles/news/20071121.pdf>、アミラーゼ阻害物質「αアミラーゼ・インヒビター」<日本製粉特許第1919036号, 第2032272号>、「グァバ葉熱水抽出物のdb/dbマウスにおける抗糖尿病効果およびヒト飲用試験による食後血糖値上昇抑制効果」<日本農芸化学会誌, Vol.72, No.8, pp923-931, 1998>より引用した。
【0048】
IC50は、ヒト唾液α-アミラーゼ(シグマ社製)によるアミロペクチンの消化反応系に、種々の濃度で阻害剤を添加して、阻害剤を含まない場合(コントロール)の消化率に対して半分の消化率を与える阻害剤濃度として算出した。具体的には阻害剤溶液(溶媒は、小麦由来α−アミラーゼ阻害剤では100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)、その他の阻害剤では10(v/v)%エタノール)300μLに、10mM 塩化カルシウム50μLと100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)に溶かした1.0(w/v)%アミロペクチン(ナカライテスク社製)溶液140μLを混合して37℃で5分間保温したのち、100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)に溶かした1μMヒト唾液α-アミラーゼ(α-Amylase From Saliva、シグマ社製) 10μLを添加して反応を開始し、37℃にて反応を進行させた。それぞれの阻害剤濃度に対してサンプル・ブランクとして、ヒト唾液α-アミラーゼの代わりに100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0) 10μLを添加して、同様の操作を行った。コントロールは阻害剤の代わりに阻害剤の溶媒300μLを加えて同様の反応を行った。コントロール・ブランクとしては阻害剤の代わりに阻害剤の溶媒300μLを、ヒト唾液α-アミラーゼの代わりに100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0) 10μLを加えて、同様の操作を行った。酵素添加から5分後に50μLを分取し、実験2.2の方法と同様にフェリシアン化カリウム法にてそれぞれの試料におけるマルトースのモル濃度([maltose])を求めた。以下の式を用いて阻害率を算出し、50%の阻害率を与える阻害剤濃度をIC50とした。
阻害率={(阻害剤の[maltose]−サンプル・ブランクの[maltose])/(コントロールの[maltose]−コントロール・ブランクの[maltose])}×100
結果を表5に示す。HPLC_01は既存のα-アミラーゼ阻害物質よりも優れた阻害作用を有することが明らかになった。
【0049】
【表5】
【0050】
実験2.6:マウスにおける血糖値上昇抑制作用
10週齢のオスDDYマウス(体重35〜42g)6匹を用いた。マウスの血糖値は、尾静脈から採血して血糖値測定キットとケアファストメーター(いずれもニプロ社製)を用いて測定した。最初にコントロール実験を行った。マウスを一晩絶食(ただし水は自由採取)させてから血糖値を測定した。いずれもゾンデを用いて、生理的食塩水100μLを投与した30分後に2g/kg体重のデンプンを投与した。生理的食塩水投与の30分、60分、90分、120分、180分後における血糖値を測定した。同じマウスを1週間飼育したのち、酢酸エチル分画物投与実験を行った。一晩絶食(ただし水は自由採取)後、血糖値を測定した。酢酸エチル分画物(実験2.1参照)は、マウスの体重ごとに100mg/kg体重の投与となるように生理的食塩110μLに懸濁して投与し、その30分後に2g/kg体重のデンプンを投与した。いずれの投与にもゾンデを用いた。デンプン投与の30分、60分、90分、120分、180分後における血糖値を測定した。
【0051】
結果を図9に示す。マウスへの酢酸エチル画分の単回投与により血糖値上昇が抑制されることが確認された。
【0052】
実験2.7: 機器分析によるHPLC_01の構造決定
HPLC_01について1H-NMR、13C-NMR、質量分析、元素分析を行い、以下の物性値を示すことを見出した。
1H-NMR (CD3OD): δ 5.90 (1H, bs), 5.92 (1H, bs), 5.94 (1H, bs), 6.00 (1H, bs), 6.04 (1H, bs), 6.15 (1H, bs), 6.29 (1H, bs).
13C-NMR (CD3OD): δ 95.8, 97.1 (x4), 98.8 (x2), 125.8, 126.8, 153.0 (x2), 153.2, 153.4, 154.8 (x2), 157.1 (x2), 158.9.
MS (m/z): 375.2 (MH+)
MS計算値 (C18H14O9): 374.0638 (100.0%)
元素分析: C, 57.76; H, 3.77; O, 38.47
【0053】
これらの分析結果から、HPLC_01はC18H14O9の分子式を有し、以下の構造式:
【化4】
により表される化合物であると推定された。1H-NMR及び13C-NMRの化学シフト値は図10に示すように帰属される。当該化合物は、2-(4-(3,5-ジヒドロキシフェノキシ)-3,5-ジヒドロキシフェノキシ)ベンゼン-1,3,5-トリオールと命名されるフロロタンニン化合物である。
【0054】
実験3: 10%エタノール水溶液による抽出
実験1では、ヤツマタモク乾燥粉末からエタノールを用いて抽出を行い、得られた抽出物のα-アミラーゼ阻害活性を測定していた。
【0055】
本実験では、エタノールの代わりに10(v/v)%エタノール水溶液を用いて実験1と同様の手順で抽出物を得て、α-アミラーゼ阻害活性を評価した。抽出液自体(原液)、抽出液2倍希釈(1/2液)、抽出液5倍希釈(1/5液)を用いて実験1と同様の手順によりα-アミラーゼの阻害率を求めた。
【0056】
結果を図11に示す。エタノール水溶液を抽出溶媒として用いた場合、純粋なエタノールを用いた場合と比較して抽出効率は低下するものの、α-アミラーゼ阻害作用を有する有効成分が抽出可能であることが確認された。
【0057】
実験4: α-グルコシダーゼ阻害作用
ラット小腸アセトンパウダー(Intestinal acetone powders from rat、シグマ社製)からα-グルコシダーゼを抽出し、マルターゼ活性およびスクラーゼ活性に対するHPLC_01の阻害作用を調べた。
【0058】
ラット小腸アセトンパウダー0.5gに100mMリン酸カリウム緩衝液(pH 6.8)10mLと蒸留水30mLを加えてホモジナイズし、遠心分離した上清をα-グルコシダーゼ抽出液として用いた。基質としてマルトースとスクロース(いずれもナカライテスク社製)を用いた。HPLC_01はエタノール溶液を用いた。各溶液を下表に従って混合し、37℃で30分間酵素反応を進行させた。100℃のヒートブロックで3分間加熱したのち遠心分離してその上清50μLを分取した。グルコースを定量するために、グルコースC-IIテスト(ワコー純薬工業社製)100μLを加えて5分間反応させ、分光光度計を用いて505nmの吸光度(A505)を測定した。阻害活性は、以下の式を用いてHPLC_01がない場合に生成したグルコース量に対する百分率として算出した。
マルターゼ阻害活性(%)=(MのA505−MBのA505)/(MCのA505−MCBのA505) ×100
スクラーゼ阻害活性(%)=(SのA505−SBのA505)/(SCのA505−SCBのA505) ×100
【0059】
【表6】
【0060】
マルターゼ阻害活性は61.6%、スクラーゼ阻害活性は94.7%であった。
【0061】
実験5: α-グルコシダーゼ50%阻害濃度
HPLC_01のα-グルコシダーゼに対する50%阻害濃度(IC50)を、マルターゼ活性とスクラーゼ活性について求めた。HPLC_01を種々の濃度で用いて、実験4と同様の方法で阻害活性を求め、50%の阻害率を与える阻害剤濃度をIC50とした。
【0062】
マルターゼ阻害のIC50は114μg/mL、スクラーゼ阻害のIC50は25.4μg/mLであった。従ってHPLC_01は、α‐グルコシダーゼに対する阻害効果を有することが示された。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
式I’:
【化1】
[式中、R1、R2、R3、R4、R5、R6及びR7は、それぞれ独立に、水素、又は -C(=O)-R’で表されるアシル基であり、該アシル基中、-R’は直鎖状又は分岐鎖状の飽和又は不飽和の炭化水素基であり、該炭化水素基中の水素は1つ以上の置換基により置換されていてもよく、-R’全体の炭素数は1〜20である]
で表される化合物又は該化合物の塩。
【請求項2】
式I’:
【化2】
[式中、R1、R2、R3、R4、R5、R6及びR7は、それぞれ独立に、水素、又は -C(=O)-R’で表されるアシル基であり、該アシル基中、-R’は直鎖状又は分岐鎖状の飽和又は不飽和の炭化水素基であり、該炭化水素基中の水素は1つ以上の置換基により置換されていてもよく、-R’全体の炭素数は1〜20である]
で表される化合物又は該化合物の塩を、固形分あたり0.3重量%以上の濃度で含有する組成物。
【請求項3】
経口摂取用組成物である、請求項2の組成物。
【請求項4】
エタノール又はエタノール含有溶液によるヤツマタモクの抽出物。
【請求項5】
請求項1の化合物又は塩を有効成分として含む糖分解酵素の阻害剤。
【請求項6】
糖分解酵素がα-アミラーゼ又はα-グルコシダーゼである、請求項5の阻害剤。
【請求項7】
請求項1の化合物又は塩を有効成分として含む血糖値上昇抑制剤。
【請求項1】
式I’:
【化1】
[式中、R1、R2、R3、R4、R5、R6及びR7は、それぞれ独立に、水素、又は -C(=O)-R’で表されるアシル基であり、該アシル基中、-R’は直鎖状又は分岐鎖状の飽和又は不飽和の炭化水素基であり、該炭化水素基中の水素は1つ以上の置換基により置換されていてもよく、-R’全体の炭素数は1〜20である]
で表される化合物又は該化合物の塩。
【請求項2】
式I’:
【化2】
[式中、R1、R2、R3、R4、R5、R6及びR7は、それぞれ独立に、水素、又は -C(=O)-R’で表されるアシル基であり、該アシル基中、-R’は直鎖状又は分岐鎖状の飽和又は不飽和の炭化水素基であり、該炭化水素基中の水素は1つ以上の置換基により置換されていてもよく、-R’全体の炭素数は1〜20である]
で表される化合物又は該化合物の塩を、固形分あたり0.3重量%以上の濃度で含有する組成物。
【請求項3】
経口摂取用組成物である、請求項2の組成物。
【請求項4】
エタノール又はエタノール含有溶液によるヤツマタモクの抽出物。
【請求項5】
請求項1の化合物又は塩を有効成分として含む糖分解酵素の阻害剤。
【請求項6】
糖分解酵素がα-アミラーゼ又はα-グルコシダーゼである、請求項5の阻害剤。
【請求項7】
請求項1の化合物又は塩を有効成分として含む血糖値上昇抑制剤。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2012−136445(P2012−136445A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−288002(P2010−288002)
【出願日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【出願人】(511169999)石川県公立大学法人 (12)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【出願人】(511169999)石川県公立大学法人 (12)
【Fターム(参考)】
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