説明

ヤマブシタケ株及びヤマブシタケを有効成分とする脳梗塞抑制剤、血小板凝集抑制剤、ケモカイン遺伝子発現抑制剤

【課題】 ヤマブシタケを有効成分とする脳梗塞抑制剤、血小板凝集抑制剤、ケモカイン遺伝子発現抑制剤、ならびにその効果に優れたヤマブシタケ株を提供する。
【解決手段】
ヤマブシタケ、特に寄託番号がFERM P−20158であるヤマブシタケ及び/又はその抽出物を有効成分として用いることにより、優れた脳梗塞抑制剤、血小板凝集抑制剤、ケモカイン遺伝子発現抑制剤を得ることができる。ヤマブシタケは古くから食用に供されており、長期の連用によっても副作用を生じる可能性が低く安全性が高い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はヤマブシタケ株及びヤマブシタケを有効成分とする脳梗塞抑制剤、血小板凝集抑制剤、ケモカイン遺伝子発現抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
キノコ類は、古くから食用や薬用に用いられている。そのうち、ヤマブシタケは、その乾燥子実体を粉砕したものが中国の漢方において「猴頭」として処方され、胃潰瘍、胃炎、身体虚弱などに薬効があるとされている。
また、ヤマブシタケは、痴呆症の改善に作用する神経系の成長因子(NGF)合成誘導物質を有することが報告され(特許文献1等)、注目されてきている。その他にも、ヤマブシタケに関しては、抗腫瘍作用(特許文献2)、血中脂質降下作用(特許文献3)、IL−12産生促進作用(特許文献4)、IgE産生抑制作用(特許文献5)なども報告されている。
【0003】
【特許文献1】特開平9−59172号公報
【特許文献2】特開平5−17366号公報
【特許文献3】特開平11−1438号公報
【特許文献4】特開2003−327541号公報
【特許文献5】特開2003−2811号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このように、ヤマブシタケについては多くの薬理的効果が報告されているが、その全てが明らかにされたわけではなく、例えば、脳梗塞抑制作用、血小板凝集抑制作用、ケモカイン遺伝子発現抑制作用などはこれまで報告されていない。
また、キノコ類においては、例え同じ名称のものであっても生産方法や菌株などによってその効果に変動があることが考えられ、優れた効果を有する菌株を用いることが重要である。
本発明は、上記従来技術の課題に鑑みなされたものであり、その目的はヤマブシタケを有効成分とする脳梗塞抑制剤、血小板凝集抑制剤、ケモカイン遺伝子発現抑制剤、ならびにその効果に優れたヤマブシタケ株を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記目的を達成するために、本発明者らが鋭意検討を行った結果、ヤマブシタケ、特に寄託番号がFERM P−20158であるヤマブシタケ株に優れた脳梗塞抑制作用、血小板凝集抑制作用、ケモカイン遺伝子発現抑制作用があることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明の第一の主題は、寄託番号がFERM P−20158であるヤマブシタケ株である。
本発明の第二の主題は、有効成分としてヤマブシタケ及び/又はその抽出物を含む脳梗塞抑制剤である。
また、本発明の第三の主題は、有効成分としてヤマブシタケ及び/又はその抽出物を含む血小板凝集抑制剤である。
また、本発明の第三の主題は、有効成分としてヤマブシタケ及び/又はその抽出物を含むケモカイン遺伝子発現抑制剤である。
なお、本発明にかかる脳梗塞抑制剤、血小板凝集抑制剤、ケモカイン遺伝子発現抑制剤において、ヤマブシタケが寄託番号FERM P−20158のヤマブシタケ株であることが好適である。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、ヤマブシタケ、特に寄託番号がFERM P−20158であるヤマブシタケ及び/又はその抽出物を有効成分として用いることにより、優れた脳梗塞抑制剤、血小板凝集抑制剤、ケモカイン遺伝子発現抑制剤を得ることができる。ヤマブシタケは古くから食用に供されており、長期の連用によっても副作用を生じる可能性が低く安全性が高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
ヤマブシタケ(Hericium erinaceum(Bull.:Fr)Pers.)は、担子菌類に分類され、サンゴハリタケ科サンゴハリタケ属に属する。北半球の温帯地域(中国、日本、アメリカなど)に分布し、日本ではその子実体(キノコ)が山伏が衣の胸につける飾りに似ていることから「山伏茸」と命名された。
子実体の形状は針状、子実体内部は海綿状組織になっている。大きさは5〜10cm程度で、色は白色から黄褐色である。
本発明においてヤマブシタケは、子実体、該子実体の抽出物、該抽出物の乾燥物でもよく、また、子実体は生のままあるいは乾燥したもののいずれでもよいが、取り扱い性、保存性及び抽出効率等の点から乾燥子実体が望ましく、有効量を効率的に摂取するためには、子実体の乾燥粉末あるいはその抽出物として用いることが好適である。
【0008】
ヤマブシタケ抽出物を得るに先立ち、ヤマブシタケの組織を破壊処理することが好適である。これによって効率よく抽出することが出来る。ヤマブシタケの組織を破壊する手段としては、ビーズミル、ワーリングブレンダー、ホモジナイザー等の各種粉砕混合機による粉砕処理、爆砕機等による衝撃破砕処理、凍結処理、超音波処理等の物理的処理、水酸化ナトリウム等の水溶液によるアルカリ処理、セルラーゼやペクチナーゼ等の細胞壁分解作用のある酵素による処理、浸透圧処理等の化学的処理があり、これらを単独であるいは適宜に組み合わせて行なうことができる。これらの組織破壊処理のうち、ヤマブシタケの子実体を原料とした場合は粉砕処理または酵素処理が、また菌糸体を原料とした場合は酵素処理が好適である。
【0009】
酵素処理では、公知の細胞壁分解酵素あるいは多糖分解酵素を利用でき、セルラーゼ、ヘミセルラーゼ、キチナーゼ、α−およびβ−グルクロニダーゼ、ペクチナーゼ、キシラナーゼ、α−およびβ−グルカナーゼ等のうちの1種または2種以上を用いることができる。ヤマブシタケを酵素処理するには、適宜に細断あるいは粉砕処理を施したヤマブシタケに前記酵素を水溶液として加え、振とうあるいは撹拌すればよい。
本発明のヤマブシタケ抽出物を得るためには、前述のように組織を破壊処理したヤマブシタケに、抽出溶媒を加え適宜攪拌し、抽出処理すればよい。
抽出溶媒としては特に限定されず、例えば、水、メタノール、エタノール等の一級アルコール、1,3−ブチレングリコール、プロピレングリコール等の多価アルコール、酢酸エチル等の低級アルキルエステル、ベンゼン、ヘキサン等の炭化水素、エチルエーテル、アセトン等が挙げられ、これらを2種以上組み合わせて用いることもできる。好ましい抽出溶媒としては、水、メタノール、エタノール、1,3−ブチレングリコール又はこれらの混合溶媒が挙げられる。特に、ヤマブシタケ子実体乾燥粉末を熱水で抽出したものが好ましい。
【0010】
また、抽出操作は常圧下、常温下で行っても良いが、1〜5気圧、60〜150℃の加圧、加熱下で行なっても良い。具体的には、例えば、熱水等で抽出した後、遠心分離や減圧濾過により抽出液と残渣に分離することが好ましい。
なお、抽出残渣に対して前記と同様の条件下再抽出処理を行ない、この抽出操作を数回繰り返してもよい。
また、抽出物は、抽出液でもその乾燥物でもよい。乾燥物とする場合には、抽出液を減圧濃縮、殺菌、フリーズドライ、スプレードライ等の処理に供して抽出溶媒を除去する。
また、本発明においては、子実体を用いることが好適であるが、その菌糸体にも効果が期待できる。菌糸体は炭素源および窒素源を含む培地で種菌を培養して得られる生あるいは乾燥菌糸体を利用できる。乾燥したものが簡便である。
【0011】
ヤマブシタケの菌糸体の伸長は25℃付近で最も良好で、子実体発生には10〜12℃の低温処理が適している。栽培期間は菌糸蔓延に20〜25日間、続いての子実体発生に20日程度を要する。800mLのボトル栽培で150g位の収穫が期待できる。培地基材のおが屑は大部分の広葉樹が適し、スギでも加水堆積したものは使用可能である。
【0012】
本発明においては、市販のヤマブシタケを用いることもできるが、平成16年8月11日付で産業技術総合研究所に受託されており、識別のための表示をヤマブシタケ20031546である寄託番号FERM P−20158のヤマブシタケ株が特に好適に使用できる。その科学的性質等は以下の通りである。
1.科学的性質…菌の特徴:炭素源と窒素源を含む栄養培地下において、白色のコロニーを形成する。また、光学顕微鏡下において、クランプコネクション(かすがい連結)が観察される。
2.分類学上の位置…担子菌
【0013】
3.培養条件
(1)培地名…SMYA培地(S:サッカロース、M:マルトエキストラクト、Y:イーストエキストラクト、A:寒天)
S,A→市販品 M,Y→ディフコ社製(Difco)
(2)培地の組成…培地1000ml当たり
1% サッカロース 10g
1% マルトエキストラクト 10g
0.4% イーストエキストラクト 4g
2% 寒天 20g
(3)培地のpH…5.0〜7.0(最適pH5.5)
(4)培地の殺菌条件…121℃ 20分
(5)培地温度…28℃
(6)培養期間…10日間
(7)酸素要求性…好気性
【0014】
4.保管条件
凍結法にて保管できる。
(1)凍結条件…−80℃
(2)保護剤…10〜20%グリセリン水溶液(最適は20%)
(3)凍結後の復元率…1年で100%、3年で99%
5.生存試験の条件
(1)微生物の復元…40℃
(2)接種・培養・確認法…培養条件と同一条件による。
【0015】
本発明においては、ヤマブシタケを使用して脳梗塞抑制剤を製造する。本発明の脳梗塞抑制剤は経口投与して、脳梗塞の予防のために適用することができる。脳梗塞抑制剤として用いる際の摂取量としては、個人差等により異なり特に限定されないが、成人1日当たりヤマブシタケ乾燥粉末に換算して1〜20g、特に5〜20g、最適には16〜20gを摂取すれば十分に効果が期待できる。
【0016】
また、本発明においては、ヤマブシタケを使用して血小板凝集抑制剤、ケモカイン遺伝子発現抑制剤を製造する。本発明の血小板凝集抑制剤、ケモカイン遺伝子発現抑制剤は経口投与して、血栓形成の予防・改善、血流改善、炎症性あるいはアレルギー性疾患の予防・改善などのために適用することができる。血小板凝集抑制剤、ケモカイン遺伝子発現抑制剤として用いる際の経口摂取量としては、症状等により異なり特に限定されないが、成人1日当たりヤマブシタケ乾燥粉末に換算して1〜20g、特に5〜20g、最適には16〜20gを摂取すれば十分に効果が期待できる。
また、本発明の血小板凝集抑制剤、ケモカイン遺伝子発現抑制剤を皮膚外用剤として経皮的に投与すれば炎症性あるいはアレルギー性の皮膚疾患に対して予防・改善効果が期待できる。
【0017】
本発明の脳梗塞抑制剤、血小板凝集抑制剤、ケモカイン遺伝子発現抑制剤を内服薬とする場合には、常法により散剤、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、茶剤、懸濁化剤、流エキス剤、液剤、シロップ剤等とすることができる。なお、製剤化の際には、通常の製剤化担体、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味矯臭剤、賦香剤等を必要に応じて用いることができる。また、必要に応じて適当なコーティング剤等で剤皮を施すこともできる。
なお、これらは医薬用途に限らず、機能性飲食品、健康飲食品、サプリメントなどとしても摂取することができる。これらは例えば、ゼリー、キャンディー、グミ、クラッカー、ジュース、その他様々な形態で摂取される。
【0018】
また、皮膚外用剤とする場合には、公知の皮膚外用剤基剤にヤマブシタケ抽出物を配合すればよい。本発明の皮膚外用剤には、上記必須成分以外に、通常化粧品や医薬品等の皮膚外用剤に用いられる成分、例えば、美白剤、保湿剤、酸化防止剤、油性成分、紫外線吸収剤、界面活性剤、増粘剤、アルコール類、粉末成分、色材、水性成分、水、各種皮膚栄養剤等を必要に応じて適宜配合することができる。
【0019】
その他、エデト酸二ナトリウム、エデト酸三ナトリウム、クエン酸ナトリウム、ポリリン酸ナトリウム、メタリン酸ナトリウム、グルコン酸等の金属封鎖剤、クエン酸、グリコール酸、乳酸、サリチル酸、亜硫酸ナトリウム、カフェイン、タンニン、パントテン酸およびその誘導体、ニコチン酸およびその誘導体、トラネキサム酸およびその誘導体、甘草抽出物、グラブリジン、マロニエ、エスシン等の各種植物抽出物、ビタミンEおよび酢酸トコフェロール等のビタミンE誘導体、グリチルリチン酸およびその誘導体またはその塩等の薬剤、胎盤抽出液、アスコルビン酸およびアスコルビン酸リン酸マグネシウム、アスコルビン酸グルコシド等のアスコルビン酸誘導体、アルブチン、コウジ酸、エラグ酸、カミツレ油、4−n−ブチルレゾルシノール等の美白剤、ビタミンAおよびレチノール等のビタミンA誘導体、グルコース、フルクトース、キシリトール、マンノース、ショ糖、トレハロース等の糖類、ワセリン、グリセリン、尿素、ヘパリン等の保湿剤、セリン、アルギニン等の各種アミノ酸、セラミド、コレステロール等の脂質なども適宜配合することができる。
【0020】
皮膚外用剤は、医薬品、医薬部外品、化粧品として適用可能であり、その剤型は軟膏、クリーム、乳液、ローション、パック、浴用剤等、従来皮膚外用剤に用いられるものであれば特に制限されない。
以下、具体例により本発明を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0021】
血小板凝集抑制試験
種々の炎症性・アレルギー性皮膚疾患や肌荒れの発症には、アラキドン酸やその代謝物であるロイコトリエンやトロンボキサン、プロスタグランジンが関与していることが明らかにされつつある。例えば炎症性異常角化性疾患である乾癬では、その患部表皮において高いアラキドン酸代謝物の存在が認められており、アレルギー性皮膚疾患であるアトピー性皮膚炎や接触性皮膚炎、湿疹にもアラキドン酸代謝物の関与が示唆されている。また、プロスタグランジン類やトロンボキサン類は血小板を凝集させることから、アラキドン酸からプロスタグランジン類やトロンボキサン類への合成を抑制する化合物は、抗血栓効果、すなわち血流改善効果を有するものと考えられる。
【0022】
そこで、ヤマブシタケについて、PAF及びアラキドン酸ナトリウム惹起血小板凝集抑制効果を調べた。
(1)ヤマブシタケ抽出物の調製
ヤマブシタケの乾燥子実体を粉砕し、16メッシュのふるいにかけて、粉末とした。また、比較例としてシイタケ、マイタケの乾燥子実体も同様に粉末とした。各粉末10gをそれぞれ200mlの熱水(90℃)中で2時間抽出した。濾過後、濾液を減圧濃縮し、乾燥子実体の熱水抽出物を得た。
なお、ヤマブシタケとしてはFERM P−20158株の他、市販ヤマブシタケ3種(国産A、国産B、海外産)を用いた。
また、比較として、シイタケ、マイタケについても同様に行った。
【0023】
(2)試験方法
ヒト血液を室温にて1100rpmで20分間遠心し、多血小板血漿(PRP)を分取した後、さらに3000rpmで5分間遠心して乏血小板血漿(PPP)を分取した。PRP 223μLを37℃にて予備加温した後、上記メタノール抽出物の2%DMSO溶液、又は対照例としてイオン交換水をそれぞれ2μL添加し、さらに3分間37℃でインキュベートした後、凝集誘発物質であるPAF水溶液(500nM)を25μL添加した。
惹起された凝集はアグリゴメーター(MCMヘマトレーサー MCMメディカル株式会社製)を用いて測定し、被験試料の最大凝集率(PPPの値を100として被験試料の凝集曲線より求められた最大値)を対照例の最大凝集率と比較することにより、被験物質のPAF惹起血小板凝集に対する抑制作用を評価した。
また、炎症やアレルギー等の発生の原因物質であるアラキドン酸に対する血小板凝集に対する抑制作用も、上記のPAF水溶液のかわりにアラキドン酸ナトリウム水溶液(500μM)を用いることにより、同様に評価した。
【0024】
(3)結果
図1はPAF惹起、図2はアラキドン酸惹起による血小板凝集に対する抑制効果を示している。図1〜2からわかるように、ヤマブシタケでは比較例のシイタケあるいはマイタケ抽出物に比べて血小板凝集抑制作用が高く、特にFERM P−20158ヤマブシタケ株に優れた血小板凝集抑制作用が認められた。
よって、ヤマブシタケあるいはその抽出物の摂取することにより、血小板凝集を抑制でき、炎症性・アレルギー性疾患の改善・予防や、抗血栓、血流改善などの効果が発揮されるものと考えられる。また、皮膚疾患に対しては、皮膚への適用も有効であると考えられる。
【実施例2】
【0025】
ケモカイン遺伝子発現抑制試験
近年、種々の炎症性・アレルギー性皮膚疾患の発症に炎症性細胞の遊走・活性化を支配するケモカイン(Chemotactic Cytokine,Chemokine)が強く関与することが明らかにされつつある。ケモカインは分子量8〜10kDaのヘパリン結合性を有する塩基性蛋白の総称であり、生体において炎症に関わる様々な細胞の炎症部位への遊走・活性化に中心的に作用し、炎症の惹起に重要な役割を果たしているものと考えられている。
【0026】
皮膚疾患においては、接触性皮膚炎、アトピー性皮膚炎などの炎症部位に好中球や好酸球などの炎症細胞が遊走・活性化し、炎症の発生・増幅に関与していると考えられている。そして、この場合に皮膚の角化細胞、線維芽細胞などの細胞からインターロイキン−8(IL−8,interleukin−8)等のケモカインが産生されることが知られている。また、炎症性異常角化性疾患である乾癬ではその皮膚患部にIL−8が多量に存在していることが知られている。
従って、IL−8等のケモカインの発現を抑制することは、これらの炎症性あるいはアレルギー性の疾患症状の改善や予防に有効であると考えられる。
そこで、ヤマブシタケにおけるケモカイン遺伝子発現抑制作用を調べた。
【0027】
(1)ヤマブシタケ抽出物の調製
ヤマブシタケの乾燥子実体を粉砕し、16メッシュのふるいにかけて、原粉末とした。原粉末10gを200mlの熱水(90℃)に加え、2時間抽出後、ろ過し、エバポレーターで濃縮後、残渣を減圧乾燥した。これを適量のDMSOに溶解し、以下の実験に使用した。
【0028】
(2)ケモカイン遺伝子発現抑制作用の測定
ヒト皮膚線維芽細胞を直径6cmの培養皿で、10%ウシ胎児血清を含むDMEM培地(ダルベッコ変法イーグル培地)でコンフルエントになるまで培養し、被験培地として実験に供した。
被験培地に被験試料として、ヤマブシタケ抽出液、あるいはハイドロコルチゾン(陽性対照)を添加した。ヤマブシタケ抽出物及びハイドロコルチゾンの終濃度はそれぞれ0.0025〜0.04%(乾燥質量)及び10−7Mとした。
【0029】
さらに、ケモカイン遺伝子発現を促進することが知られている腫瘍壊死因子TNF−α(1ng/ml)を添加し、37℃で6時間培養した。
次に常法に従って、細胞からRNAを単離し、cDNAを合成したのち、定量的PCR法(TaqMan PCR法)により、IL−8遺伝子の発現量を測定した。内部標準遺伝子としてGAPDH(グリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素)遺伝子を用い、得られたデータを補正した。
なお、ヒト皮膚線維芽細胞は市販品として入手可能であり、例えば倉敷紡績株式会社から入手可能である。また、ヒト線維芽細胞の培養は、動物細胞を培養するための常法に従って行えばよいが、10%ウシ胎児血清を含むDMEM培地が特に好ましい。
【0030】
(3)結果
図3は、FERM P−20158ヤマブシタケ株抽出物の各濃度におけるIL−8の遺伝子発現量を示している。DMSOのみの発現量は0.47であった。ヤマブシタケ抽出物は、ヒト皮膚繊維芽細胞におけるIL−8の遺伝子発現を抑制した。その作用は、ヤマブシタケ抽出物濃度0.02〜0.03%までは濃度上昇に伴い抑制効果が高くなったが、それ以上になると濃度上昇とともに抑制効果は低下する傾向が認められた。
ハイドロコルチゾンは抑制効果が強いが、ステロイドホルモンであるため、炎症、組織障害、潰瘍形成等の副作用が引き起こされる可能性がある。これに対して、ヤマブシタケ抽出物では、その抑制効果はハイドロコルチゾンほどではなかったものの、副作用の心配がないので長期連用が可能である。
【実施例3】
【0031】
脳梗塞抑制試験
脳組織に血液が充分供給されないと酸素の供給が低下する虚血状態となり、最終的には細胞死となり脳梗塞に至る。また脳梗塞状態となっている脳組織に需要量以上の過剰の血液が供給されると、大量の活性酸素の発生によって生と死の境界領域の梗塞周辺(ペヌンブラ領域)に重大な組織障害が起こることが解ってきた。これを細胞の枯死(アポトーシス)といって、脳梗塞に限らず、心筋梗塞やストレス潰瘍においても、極めて重要な臨床的現象として注目されている。
そこで、ヤマブシタケについて、こうした血流障害に伴う脳梗塞の発現に及ぼす効果について、一過性の中大脳動脈閉塞(MCA)による脳梗塞モデルを用いて調べた。
【0032】
(1)ヤマブシタケ懸濁液の調製
ヤマブシタケの乾燥子実体を粉砕し、16メッシュのふるいにかけて、原粉末とした。この原粉末を蒸留水に懸濁し、以下の実験に使用した。
【0033】
(2)実験動物ならびに飼育方法
実験動物は体重25−30gのddY系雄性マウス(紀和実験動物研究所、和歌山)を用いた。マウスは、プラスチックケージの中に、室温23±2℃、湿度60±2%および12時間の明暗サイクル(7:00 AM点灯)の動物室で飼育した。なお、水および餌(CE−2;日本クレア株式会社、東京)は自由に摂取できるようにした。実験動物の取り扱いについては、福岡大学動物実験委員会(Experimental animal care and use committee)に準じた。
【0034】
(3)MCA閉塞マウスの作成手順
マウスを2% halothane吸入により麻酔を導入し、続いて1% halothane吸入によって麻酔を維持し手術台上に固定した。手術用顕微鏡(オリンパス OMK−1F)下で頸部の中央を切開し、左側総頸動脈と外頸動脈を結紮した。総頸動脈を切開し、塞栓子がMCAの起始部に到達するように、内頸動脈と外頸動脈の分岐部から内頸動脈を経由して9mm挿入した。再潅流は、塞栓子を手前に引き抜くことによって行った。塞栓子は、長さ11mmの8−0ナイロンモノフィラメント(Ethilon;Ethicon,NJ,USA)の先端から4mmをシリコン樹脂(Xantopren;Bayer Dental,Osaka,Japan)でコーティングしたものを用いた。コーティング部分の直径は、体重により適切な太さを選択した。
【0035】
(4)2,3,5−triphenyltetrazolium chloride(TTC)染色
上記の操作により4時間閉塞を行った後、塞栓子を引き抜いて再潅流した。再潅流開始から24時間後にマウスの頸椎を脱臼したのち、ただちに断頭した。取り出した脳を冷水でよく冷やし、大脳皮質を含む脳の前額断スライスを2mm間隔で作製した。切片を2% 2,3,5−triphenyl−tetrazolium chloride(TTC,Sigma)溶液中で37℃、30分間インキュベートした。そして、スライドガラス上に並べ、デジタルスチルカメラ(MVC−FD91,SONY)で撮影した。
【0036】
(5)梗塞巣体積の測定
ヤマブシタケ粉末は蒸留水1mlあたりに3,10又は30mg、それぞれ懸濁し、マウス体重10gに対して0.1mlを経口投与した(0.3mg,1mg又は3mg・10BW投与群)。コントロール群には、蒸留水を経口投与した。各群、マウスは6匹とした。
ヤマブシタケを1日1回14日間連続経口投与し、翌日、MCA閉塞を負荷した。次の日にTTC染色により梗塞巣の面積を求めた。
また、梗塞巣体積は、割面の写真から梗塞巣面積を画像解析ソフト(NIH Image 1.62)で測定し算出した。
【0037】
(6)結果
図4(a)はコントロール群(ヤマブシタケ無投与群)のマウスの脳断面写真である。マウスの左側中大脳動脈の血流を一時的に停止させ、血流を再潅流させた24時間後には、中大脳動脈が支配する左脳の側頭葉や頭頂葉の大部分に顕著な脳梗塞が起こった(写真の脳の左側白く見える部分)。
図4(b)はヤマブシタケ(FERM P−20158)投与群のマウスの脳断面写真である。ヤマブシタケ水溶液を14日間にわたり毎日服用させた場合には、再潅流させた24時間後の脳梗塞程度はヤマブシタケの投与量に比例して脳梗塞巣の形成が抑制された。
【0038】
中大脳動脈からの血液供給の影響が最も強い脳部位である側頭葉、頭頂葉及び線状体領域である4mm、6mmおよび8mmの位置の梗塞面積について、ヤマブシタケ投与群とコントロール群とを比較すると、ヤマブシタケ無投与群ではそれぞれ平均値で14.01mm、21.63mmおよび15.91mmあったのに対し、ヤマブシタケ3mg/10g体重投与群ではそれぞれ平均値で7.75mm、13.25mmおよび9.54mmであり、ヤマブシタケ投与により梗塞面積が顕著に減少していた。
【0039】
図5は、NHIイメージ計測法による脳梗塞巣体積を示している。脳梗塞巣体積においても梗塞面積の場合と同様に、用量が高いほど抑制効果が顕著となり、3mg/10gBW投与群では統計的に有意な抑制効果が認められた(p<0.05)。
また、図6は、ヤマブシタケ3mg/10gBW投与群の各マウスの梗塞面積ならびに梗塞体積を示しているが、被験マウス6例中2例の脳が梗塞負荷後もほぼ正常状態に維持されていた。
これらの結果から、ヤマブシタケが脳虚血から脳細胞を保護して脳梗塞を抑制する効果を有することが明らかとなった。脳梗塞を抑制することができれば、脳梗塞後遺症にみられる運動機能障害、記憶障害、情動障害などを予防することができる。なお、本試験ではマウスを用いているが、ヒトにおいてもこれらの効果は充分期待できる。
【実施例4】
【0040】
FERM P−20158ヤマブシタケ株の遺伝的特性
一般的に栽培品種の菌株(ストレイン)は、自然界から子実体の組織分離により二核菌糸を直接得たものか、あるいは胞子からの一核菌糸を交配する交雑育種により、人為的に作られたものである。それらは品種としての安定化の手順を経て使用されているが、菌糸からの継体培養を重ねるうちに劣化を招くことが多い。各々の栽培者は独自の菌株を保有しており、それぞれの栽培形態に適した菌床を用いて、培地基材や混合栄養剤を選択して子実体を得ている。
子実体の形質は、菌床成分、栽培環境など多くの因子によって影響されているが、その中で最も重要なのが菌株であり、菌株の違いによって、発生する子実体の形状が大きく異なり、含有される機能性成分にも反映される。
そこで、前記のように非常に高い機能を有するFERM P−20158ヤマブシタケ株の遺伝子特性について、分子生物学的手法により他品種と比較した。
【0041】
<対峙培養(帯線形成)試験>
FERM P−20158ヤマブシタケ株と、市販の栽培品種であるヤマブシタケA株、B株について、それぞれの菌株どうしで対峙培養を行った。この試験法では、両者の菌そう(コロニー)の接触面での帯線(ゾーンライン)の有無を観察することにより、両者の相同性を簡便に判定することができる。
FERM P−20158株と、市販A株、B株とを対峙培養した結果、それぞれ帯線が形成された(図7)。
従って、FERM P−20158株は、市販A株、B株何れとも相同性が低く、異なる品種であると言える。
【0042】
<RAPD解析>
FERM P−20158株の遺伝的特性について、さらにRAPD(Randam Amplified Polymorphic DNA)法によりDNAレベルでの解析を行った。
図8に、RAPD法の概念図を示す。まず、特定のプライマー(10塩基程度)を用いゲノムDNAをテンプレートとしてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行い、DNAを特異的に増幅する。増幅したDNAを染色後、寒天ゲルで電気泳動してDNAのバンドパターンを得る。ゲノムDNAの塩基配列上に個体間差が存在する場合には、増幅されたDNA断片の種類や大きさに違いを生じ、異なるバンドパターンを示す。よって、バンドパターンを比較することにより、DNAレベルでの相同性を調べることができる。
【0043】
1.試験方法
(1)ヤマブシタケ菌糸体を液体窒素で破砕した。
(2)2%サルコシルを含むクエン酸リン酸緩衝液(pH6.0)500μlを加え、混合した。
(3)65℃、30分間Lysis処理した。
(4)15,000rpm、30分間遠心後、上清を回収した。
(5)回収した上清と等量のフェノール−クロロホルム(1:1)を加え、ボルテックスにより混和した。
(6)15,000rpm、15分間遠心後、上層を回収した。
【0044】
(7)5、6の操作を二回繰り返した後、1/10量の3M酢酸ナトリウムと2.0〜2.5倍量の氷冷100%エタノールを加え、攪拌した。
(8)−80℃で20分間冷却した。
(9)15,000rpm、15分間遠心後、上清を廃棄した。
(10)70%エタノールで沈殿を洗浄した。
(11)20分間風乾した。
(12)500μlTES溶液(30mM Tris/HCl、50mM NaCl、5mM EDTA pH8.0)に沈殿を溶解した。
13)RNase(5mg/ml,Sigma社)およびα−アミラーゼ(10mg/ml、Sigma社)を10μl加え、37℃、1時間処理した。
【0045】
(14)再び、フェノール−クロロホルム抽出を行った。
(15)エタノール沈殿および洗浄を行った。
(16)風乾後、TEバッファー(10mM Tris/HCl、1mM EDTA pH7.5)に溶解し、DNA溶液を得た。DNA濃度は260nmの吸光度により測定した。DNA溶液は−20℃で保存した。
(17)DNA5ngをテンプレートとして、PCRを行った。PCR条件、PCR反応液組成ならびにプライマー塩基配列は次の通り。
【0046】
(PCR条件)
――――――――――――――――――――――――――――――――――
94℃ 30sec
94℃(変性) 30sec
42℃(アニーリング) 2min 45cycles
72℃(伸長反応) 3min
72℃ 7min
4℃ ∞
――――――――――――――――――――――――――――――――――
【0047】
(PCR反応液組成)
――――――――――――――――――――――――――――――――――
10×PCR−buffer 1 (μl)
2.5mM dNTP 0.8
Primer 10μM 0.5
Template 5ng 1
Taq 0.05
(TaKaRa Ex Taq Hot start virsion)
Water 6.65
――――――――――――――――――――――――――――――――――
Total 10
――――――――――――――――――――――――――――――――――
【0048】
(プライマー配列)
プライマーA01:tgcactacaaca
プライマーA12:ttcggacgaata
【0049】
2.結果
図9(a)及び(b)は、それぞれプライマーとしてプライマーA01及びA12を用い、FERM P−20158ヤマブシタケ株ならびに市販のヤマブシタケA〜C株についてRAPD解析を行った結果である。FERM P−20158株と、市販A〜C株とは何れも異なるバンドパターンを示していることがわかる。
このように、FERM P−20158株は市販株とはDNAレベルで異なり、FERM P−20158株の有する高い機能性はこのような遺伝的特異性に関連するものであると推察された。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】ヤマブシタケのPAF惹起血小板凝集に対する抑制効果を示す図である。
【図2】ヤマブシタケのアラキドン酸惹起血小板凝集に対する抑制効果を示す図である。
【図3】ヤマブシタケ(FERM P−20158)のケモカイン遺伝子発現抑制効果を示す図である。
【図4】(a)コントロール群(ヤマブシタケ無投与)、ならびに(b)ヤマブシタケ(FERM P−20158)投与群の、マウス脳梗塞脳断面写真である。
【図5】ヤマブシタケ(FERM P−20158)投与量によるマウス脳梗塞巣体積の変化を示す図である。
【0051】
【図6】ヤマブシタケ(FERM P−20158)3mg/10BW投与群の各マウスにおける脳梗塞巣面積及び脳梗塞巣体積を示す図である。
【図7】FERM P−20158株と、市販A株、B株との対峙試験結果(帯線形成)を示す図である。
【図8】RAPD法の原理を示す概念図である。
【図9】FERM P−20158ヤマブシタケ株ならびに市販ヤマブシタケA〜C株について、プライマーとして(a)プライマーA01又は(b)プライマーA12を用い、RAPD法でDNA解析した結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
寄託番号がFERM P−20158であるヤマブシタケ株。
【請求項2】
有効成分としてヤマブシタケ及び/又はその抽出物を含む脳梗塞抑制剤。
【請求項3】
請求項2記載の脳梗塞抑制剤において、ヤマブシタケが寄託番号FERM P−20158のヤマブシタケ株であることを特徴とする脳梗塞抑制剤。
【請求項4】
有効成分としてヤマブシタケ及び/又はその抽出物を含む血小板凝集抑制剤。
【請求項5】
請求項3記載の血小板凝集抑制剤において、ヤマブシタケが寄託番号FERM P−20158のヤマブシタケ株であることを特徴とする血小板凝集抑制剤。
【請求項6】
有効成分としてヤマブシタケ及び/又はその抽出物を含むケモカイン遺伝子発現抑制剤。
【請求項7】
請求項5記載のケモカイン遺伝子発現抑制剤において、ヤマブシタケが寄託番号FERM P−20158のヤマブシタケ株であることを特徴とするケモカイン遺伝子発現抑制剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−129743(P2006−129743A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−320271(P2004−320271)
【出願日】平成16年11月4日(2004.11.4)
【出願人】(598062620)
【出願人】(599119363)
【出願人】(504409288)
【Fターム(参考)】