説明

ラチェット式テンショナ

【課題】プランジャとラチェットからなるラチェット機構を誤動作させることなく確実かつ安定して作動させてバタツキ音を低減するとともにプランジャの焼き付きを防止するラチェット式テンショナを提供すること。
【解決手段】プランジャ側面のラック歯122に対してラチェット150のラチェット歯151を歯幅全域に亙って捩れることなく噛み合わせる噛み合い整合機構が、ラチェット収容穴113の内周面に対してラチェット150の外周面を回り止めした状態で構成されているラチェット式テンショナ100。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンのカムシャフト等を駆動するタイミングチェーンに緊張力を与えるラチェット式テンショナに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、エンジンのカムシャフト等を駆動するタイミングチェーンに用いて、ハウジングに摺動可能に嵌挿されてハウジングとの間で油室を形成するプランジャにスプリングと外部油圧による突出力を作用させてタイミングチェーンに緊張力を与えるようにしたテンショナが知られている。
【0003】
このような従来のテンショナとして、例えば、図12に示すように、ハウジング512にプランジャ514の摺動方向と直交する方向に摺動可能に嵌挿されてハウジング512との間で副油室520を形成するピストン526と、副油室520に外部油圧を作用させるための油路544と、ピストン526を副油室520に向かって付勢する第2スプリング534を内装して副油室520の反対側においてハウジング512とピストン526により区画形成された大気室528とを有し、この大気室528に大気と連通して副油室520に外部油圧が作用してピストン526が第2スプリング534の付勢力に抗して移動したときにピストン526によって閉塞される大気連通孔532を設け、プランジャ514のハウジング512に囲繞される部分にラック538を刻設し、ピストン526に固定されたロッド524の先端にラック538に噛合可能な複数の噛合歯536を設け、噛合歯536とラック538のプランジャ後退阻止歯面をプランジャ514の進退方向に直角な歯面に形成したテンショナ500が採用されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】実用新案登録第2559664号公報(実用新案登録請求の範囲、図1)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前述したような従来のテンショナ500では、プランジャ514とピストン526とが円柱体で構成されているため、エンジン駆動時におけるプランジャ514の振動に対してプランジャ514のラック538とピストン526の噛合歯536との間の噛み合いで過度の回り止め状態に呈してピストン526の噛合歯536が歯欠けし易くなり、やがては、歯幅全域に亙って捩れを生じて噛み合い不整合となって噛合歯536とラック538からなるラチェット機構の誤動作を生じるという問題があり、また、テンショナ製造時や保守メンテナンス時にプランジャ514とピストン526とがそれぞれの軸心回りに回動して相互間の誤組み付けを生じるという厄介な問題があった。
【0006】
そして、前述したような従来のテンショナ500では、噛合歯536とラック538のプランジャ後退阻止歯面をプランジャ514の進退方向に直角な歯面で形成しているため、エンジンの温度変化等で発生するチェーン張力過多によって発生するプランジャ514の後退方向の動きも規制してしまい、プランジャ514が焼き付いたり、チェーンが過大な張力のまま走行してチェーンへの負担や騒音が増加するという問題があった。
【0007】
そのため、チェーン張力過多によって発生するプランジャ514の後退方向の動きの想定される最大値に合わせて、噛合歯536とラック538からなるラチェット機構に所定のバックラッシュ量を設けることが行われているが、このようなバックラッシュ量が大きいほど、エンジン始動時のバタツキ音と称する打音を低減できなくなるという問題があった。
【0008】
また、このようなエンジン始動時に生じがちな打音の問題を解決するために、オリフィス機構やオイルリザーブ機構を付加したり、プランジャ付勢用ばね518を高荷重対応なばねに変更するなどの対策は可能であるが、そのための部品点数や製造コストが増大するばかりでなくテンショナ自体が大型化するという問題があった。
【0009】
そこで、本発明は、従来の問題を解決するものであって、すなわち、本発明の目的は、プランジャとラチェットからなるラチェット機構を誤動作させることなく確実かつ安定して作動させて長期放置後のエンジン始動時にタイミングチェーンから受けるプランジャの反力に対するバックラッシュを抑制してバタツキ音を低減するとともにエンジン始動後のチェーン張力過多によって生じるプランジャの後退方向の動きを許容してプランジャの焼き付きを防止するラチェット式テンショナを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
まず、請求項1に係る発明は、外部圧油の油供給路を形成したハウジング本体と該ハウジング本体のプランジャ収容穴から走行チェーンに向けて摺動自在に突出するプランジャと前記ハウジング本体のプランジャ収容穴とプランジャの中空部との間に形成される高圧油室に収納されてプランジャの突出方向に付勢するプランジャ付勢用ばねと前記ハウジング本体のラチェット収容穴に嵌挿されてプランジャの進退方向と直交する方向に摺動する円柱状のラチェットと該ラチェットのプランジャ側先端部に設けたラチェット歯をプランジャ側面のラック歯に向けて付勢するラチェット付勢用ばねと前記ラチェット収容穴の後端近傍に嵌め込まれてラチェット付勢用ばねを着座させるばね係止用プラグとを備えたラチェット式テンショナにおいて、前記プランジャ側面のラック歯に対してラチェットのラチェット歯を歯幅全域に亙って捩れることなく噛み合わせる噛み合い整合機構が、前記ラチェット収容穴の内周面に対してラチェットの外周面を回り止めした状態で構成されていることにより、前述したような課題を解決したものである。
【0011】
請求項2に係る発明は、請求項1に係る発明の構成に加えて、前記噛み合い整合機構が、前記ラチェットの外周面に摺動方向に沿って設けられたラチェット側凸条と該ラチェット側凸条と凹凸係合した状態でラチェット収容穴の内周面に摺動方向に沿って設けられたハウジング側凹溝とで構成されていることにより、前述したような課題を解決したものである。
【0012】
請求項3に係る発明は、請求項1または請求項2に係る発明の構成に加えて、前記ラチェットが、ラチェット外径寸法より大きなラチェット全長寸法を備えていることにより、前述したような課題を解決したものである。
【0013】
請求項4に係る発明は、請求項1乃至請求項3のいずれか一つに係る発明の構成に加えて、前記ラチェット付勢用ばねが、前記ラチェットのばね収容穴内へ摺動方向に沿って挿着されていることにより、前述したような課題を解決したものである。
【0014】
請求項5に係る発明は、請求項1乃至請求項4のいずれか一つに係る発明の構成に加えて、前記ラチェット付勢用ばねの付勢力が、エンジン始動時に走行チェーン側からプランジャを後退させる反力で発生するラチェットの摺動方向の分力より大きく設定されているとともにエンジン始動後のチェーン張力過多時に走行チェーン側からプランジャを後退させる反力で発生するラチェットの摺動方向の分力より小さく設定されていることにより、前述したような課題を解決したものである。
【0015】
請求項6に係る発明は、請求項1乃至請求項5のいずれか一つに係る発明の構成に加えて、前記プランジャのラック歯が前記ラチェットの摺動方向に対してプランジャ前進側に傾斜するストップ面と前記ラチェットの摺動方向に対してプランジャ後退側に傾斜する摺動面とで凹凸状に形成されているとともに、前記ラチェットのラチェット歯が前記ラチェットの摺動方向に対してプランジャ前進側に傾斜するストップ対向面と前記ラチェットの摺動方向に対してプランジャ後退側に傾斜する摺動対向面とで凹凸状に形成されていることにより、前述したような課題を解決したものである。
【0016】
請求項7に係る発明は、請求項6に係る発明の構成に加えて、前記ストップ面の傾斜角が、前記摺動面の傾斜角より小さく形成されていることにより、前述したような課題を解決したものである。
【発明の効果】
【0017】
そこで、本発明のラチェット式テンショナは、外部圧油の油供給路を形成したハウジング本体と該ハウジング本体のプランジャ収容穴から走行チェーンに向けて摺動自在に突出するプランジャと、ハウジング本体のプランジャ収容穴とプランジャの中空部との間に形成される高圧油室に収納されてプランジャの突出方向に付勢するプランジャ付勢用ばねと、ハウジング本体のラチェット収容穴に嵌挿されてプランジャの進退方向と直交する方向に摺動する円柱状のラチェットと、このラチェットのプランジャ側先端部に設けたラチェット歯をプランジャ側面のラック歯に向けて付勢するラチェット付勢用ばねと、ラチェット収容穴の後端近傍に嵌め込まれてラチェット付勢用ばねを着座させるばね係止用プラグとを備えていることにより、エンジン内の走行チェーンに対してプランジャにより緊張力を与えることができるばかりでなく、以下のような本発明に特有の効果を奏することができる。
【0018】
すなわち、請求項1に係る本発明のラチェット式テンショナによれば、プランジャ側面のラック歯に対してラチェットのラチェット歯を歯幅全域に亙って捩れることなく噛み合わせる噛み合い整合機構がラチェット収容穴の内周面に対してラチェットの外周面を回り止めした状態で構成されていることにより、エンジン駆動時におけるプランジャの振動に対してプランジャ側面のラック歯とラチェットのラチェット歯との間の噛み合いに関係なくラチェット収容穴の内周面に対してラチェットの外周面を回り止めするため、プランジャとラチェットからなるラチェット機構を確実かつ安定して作動させることができるとともに、プランジャ側面のラック歯に対してラチェットのラチェット歯を歯幅全域に亙って正確に噛み合わせることが可能になるため、プランジャ側面のラック歯とラチェットのラチェット歯との間の誤組み付けによる捩れを回避してラチェット機構の誤動作を解消することができる。
【0019】
請求項2に係る本発明のラチェット式テンショナによれば、請求項1に係る発明が奏する効果に加えて、噛み合い整合機構が、ラチェットの外周面に摺動方向に沿って設けられたラチェット側凸条とこのラチェット側凸条と凹凸係合した状態でラチェット収容穴の内周面に摺動方向に沿って設けられたハウジング側凹溝とで構成されていることにより、ラチェット収容穴の内周面に対してラチェットの外周面を完全に回り止めした状態で摺動させることが可能になるため、プランジャとラチェットからなるラチェット機構を円滑に作動させることができるとともに、ハウジング側のラチェット収容穴に凹溝を施したため、ハウジング側のラチェット収容穴に凸条を施した噛み合い整合機構に比較すると、噛み合い整合機構の製作負担を大幅に軽減することができる。
【0020】
請求項3に係る本発明のラチェット式テンショナによれば、請求項1または請求項2に係る発明が奏する効果に加えて、ラチェットがラチェット外径寸法より大きなラチェット全長寸法を備えていることにより、ラチェットに過剰な荷重が負荷された場合であってもラチェット収容穴内の摺動方向に対して生じがちなラチェットの傾きを抑制してラチェットの偏摩耗を防止するため、プランジャとラチェットからなるラチェット機構をより円滑に作動させることができる。
【0021】
また、請求項4に係る本発明のラチェット式テンショナによれば、請求項1乃至請求項3のいずれか一つに係る発明が奏する効果に加えて、ラチェット付勢用ばねがラチェットのばね収容穴内へ摺動方向に沿って挿着されていることにより、ラチェット付勢用ばねがラチェットのばね収容穴内にほぼ挿入された状態となるため、ラチェット付勢用ばねをラチェットの外周面に外嵌した場合に比較して、ラチェット収容穴に対するラチェットの取り付け形態を簡素化かつ小型化することができる。
【0022】
また、請求項5に係る本発明のラチェット式テンショナによれば、請求項1乃至請求項4のいずれか一つに係る発明が奏する効果に加えて、ラチェット付勢用ばねの付勢力がエンジン始動時に走行チェーン側からプランジャを後退させる反力で発生するラチェットの摺動方向の分力より大きく設定されていることにより、エンジン始動時にプランジャを後退させる反力が発生すると、ラチェット付勢用ばねの付勢力がラチェットのラチェット歯に作用してプランジャのラック歯と噛み合うため、バックラッシュが生じたプランジャの後退方向の動きを規制して後退変位を阻止し、タイミングチェーンのバタツキ音を低減することができるばかりでなく、プランジャ付勢用ばねの付勢力が単にプランジャを突出付勢させる付勢力のみで充足されるため、特殊な高荷重対応のプランジャ付勢用ばねやオリフィス機構やオイルリザーブ機構を必要とせず、部品点数や製造コストを低減してテンショナ自体を小型化することができる。
【0023】
また、ラチェット付勢用ばねの付勢力がエンジン始動後のチェーン張力過多時に走行チェーン側からプランジャを後退させる反力で発生するラチェットの摺動方向の分力より小さく設定されていることにより、エンジン始動後のチェーン張力過多時にプランジャを後退させる反力が発生すると、ラチェット付勢用ばねの付勢力がラチェットのラチェット歯に作用してラチェットのラチェット歯とプランジャのラック歯とが噛み外れ、ラチェット付勢用ばねの付勢力がラチェットの摺動方向の分力よりも相対的に大きくなるまでプランジャを後退させるため、エンジンの温度変化などでプランジャが過剰に前進してバックストップによる過荷重が発生してもプランジャの後退方向の動きを規制せず後退変位を許容してプランジャの焼き付きを防止することができるばかりでなく、このラチェット付勢用ばねの付勢力を調整することによりエンジン始動後のチェーン張力過多による噛み外れのタイミングが調整可能になるため、プランジャの焼き付きを確実に防止することができる。
【0024】
請求項6に係る本発明のラチェット式テンショナによれば、請求項1乃至請求項5のいずれか一つに係る発明が奏する効果に加えて、プランジャのラック歯がラチェットの摺動方向に対してプランジャ前進側に傾斜するストップ面とプランジャ後退側に傾斜する摺動面とで凹凸状に形成されているとともに、ラチェットのラチェット歯がラチェットの摺動方向に対してプランジャ前進側に傾斜するストップ対向面とプランジャ後退側に傾斜する摺動対向面とで凹凸状に形成されていることにより、エンジン始動後のチェーン張力過多時にプランジャを後退させる反力が発生すると、この反力がプランジャ側のストップ面を介してラチェットのストップ対向面に分力として作用し、このラチェットのストップ対向面に作用した分力がラチェットの摺動方向の更に小さな分力としてラチェットのラチェット歯をプランジャのラック歯と噛み外れるように作用し、プランジャのラック歯がラチェットのストップ対向面を経て摺動対向面を滑動して1歯分戻すため、エンジン始動後のチェーン張力過多時にラチェットのラチェット歯とプランジャのラック歯に生じがちな歯欠けなどの摩損を防止しつつプランジャの後退方向の動きを規制せず後退変位を円滑に許容することができるとともにラチェット付勢用ばねに対する過度の衝撃も回避して優れた耐久性を発揮することができる。
【0025】
請求項7に係る本発明のラチェット式テンショナによれば、請求項6に係る発明が奏する効果に加えて、ストップ面の傾斜角が摺動面の傾斜角より小さく形成されていることにより、エンジン始動時にプランジャを後退させる反力が発生してもプランジャのラック歯とラチェットのラチェット歯との噛み外れを阻止するため、エンジン始動時にバックラッシュが生じたプランジャの後退方向の動きを規制して後退変位を阻止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の第1実施例であるラチェット式テンショナ100の使用態様図。
【図2】図1に示すラチェット式テンショナ100を要部拡大した断面図。
【図3】ラック歯とラチェット歯の拡大図。
【図4】図2に示すA−A断面図。
【図5】ラチェットとラチェット付勢用ばねとばね係止用プラグとの分解図。
【図6】エンジン始動時のプランジャ突出動作に伴う噛み合い状態を示す図。
【図7】エンジン始動時のプランジャ後退動作に伴う噛み合い状態を示す図。
【図8】チェーン張力過多によるプランジャ後退開始時の噛み合い状態を示す図。
【図9】チェーン張力過多によるプランジャ後退動作中の噛み外れ状態を示す図。
【図10】チェーン張力過多によるプランジャ後退終了時の噛み合い状態を示す図。
【図11】本発明の第2実施例で用いたラチェットの斜視図。
【図12】従来のラチェット式テンショナ500の断面図。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明のラチェット式テンショナは、外部圧油の油供給路を形成したハウジング本体とこのハウジング本体のプランジャ収容穴から走行チェーンに向けて摺動自在に突出するプランジャと前記ハウジング本体のプランジャ収容穴とプランジャの中空部との間に形成される高圧油室に収納されてプランジャの突出方向に付勢するプランジャ付勢用ばねと前記ハウジング本体のラチェット収容穴に嵌挿されてプランジャの進退方向と直交する方向に摺動する円柱状のラチェットとこのラチェットのプランジャ側先端部に設けたラチェット歯をプランジャ側面のラック歯に向けて付勢するラチェット付勢用ばねと前記ラチェット収容穴の後端近傍に嵌め込まれてラチェット付勢用ばねを着座させるばね係止用プラグとを備え、プランジャ側面のラック歯に対してラチェットのラチェット歯を歯幅全域に亙って捩れることなく噛み合わせる噛み合い整合機構がラチェット収容穴の内周面に対してラチェットの外周面を回り止めした状態で構成され、プランジャとラチェットからなるラチェット機構を誤動作させることなく確実かつ安定して作動させて、長期放置後のエンジン始動時にタイミングチェーンから受けるプランジャの反力に対するバックラッシュを抑制してバタツキ音を低減するとともにエンジン始動後のチェーン張力過多によって生じるプランジャの後退方向の動きを許容してプランジャの焼き付きを防止するものであれば、その具体的な態様は如何なるものであっても構わない。
【0028】
たとえば、本発明のラチェット式テンショナにおけるハウジング本体の基本的な形態については、オイルポンプから供給される圧油をハウジング本体に形成した油供給路に直接的に導入するもの、あるいは、オイルポンプから供給される圧油をハウジング本体に形成した油供給路に導入する前にハウジング本体の背面部分に一旦貯溜する油リザーバー部を凹設したもののいずれであっても何ら構わない。
【0029】
また、本発明のラチェット式テンショナの場合、高圧油室内から油供給路へ圧油の逆流を阻止する逆止弁ユニットがプランジャ収容穴の底部に組み込まれているもの、あるいは、逆止弁ユニットがプランジャ収容穴の底部に組み込まれていないものの、いずれであっても良い。
さらに、前述した逆止弁ユニットを備えたラチェット式テンショナの場合、その具体的なユニット形態は、プランジャ収容穴の底部に組み込まれて高圧油室内の圧油の油供給路への逆流を阻止するものであれば、如何なる形態のものであっても良く、例えば、油供給路に連通して高圧油室側へ圧油を供給するボールシートとこのボールシートの弁座に対向するチェックボールとこのチェックボールをボールシートに押圧付勢するボール付勢用ばねとチェックボールの移動量を規制する鐘状リテーナとを備えたものであっても何ら構わない。
【0030】
そして、本発明のラチェット式テンショナに用いられるラチェット付勢用ばねの付勢力については、エンジン始動時に走行チェーン側からプランジャを後退させる反力で発生するラチェットの摺動方向の分力より大きく設定されているとともにエンジン始動後のチェーン張力過多時にプランジャを後退させる反力で発生するラチェットの摺動方向の分力より小さく設定されていれば如何なる絶対値の付勢力であっても良く、プランジャのラック歯とラチェットのラチェット歯との間の摩擦係数も考慮した付勢力に設定されるのがより好ましい。
【0031】
さらに、本発明のラチェット式テンショナに用いられるプランジャ側面のラック歯に対するラチェットのラチェット歯の噛み合い整合機構については、ラチェット収容穴の内周面に対してラチェットの外周面を回り止めした状態で構成されていれば如何なる具体的な形態であっても良く、例えば、円形断面を備えたラチェットの外周面に摺動方向に沿って設けられた角形スプライン、インボリュートスプラインなどのスプラインからなるラチェット側凸条とこのラチェット側凸条と凹凸係合した状態でラチェットとほぼ同径のラチェット収容穴の内周面に摺動方向に沿って溝設けられた角形スプライン溝、インボリュートスプライン溝などのスプライン溝からなるハウジング側凹溝とで構成されたもの、円形断面を備えたラチェットの外周面に摺動方向に沿って設けられた角形スプライン溝、インボリュートスプライン溝などのスプライン溝からなるラチェット側凹溝とこのラチェット側凹溝と凹凸係合した状態でラチェットとほぼ同径のラチェット収容穴の内周面に摺動方向に沿って設けられた角形スプライン、インボリュートスプラインなどのスプラインからなるハウジング側凸条とで構成されたもの、あるいは、楕円断面を備えたラチェットとこのラチェットとほぼ同形の楕円断面を備えたハウジング本体のラチェット収容穴とで回り止めしたものの、いずれであっても良い。
【0032】
また、本実施例で用いるラチェットの具体的な形態については、プランジャ側面に刻設したラック歯に対して歯幅全域に亙って捩れることなく噛み合う数枚のラチェット歯をラチェットのプランジャ側先端部に備えていれば良く、例えば、等ピッチの歯間隔および同一の歯丈を備えた3枚のラチェット歯を備えたものであれば、プランジャ側面のラック歯に向けて均等に噛み合い荷重を分散して噛み合うことができるので、より好ましい。
【実施例】
【0033】
以下、本発明の一実施例であるラチェット式テンショナ100を図1乃至図8に基づいて説明する。
ここで、図1は、本発明の一実施例であるラチェット式テンショナ100の使用態様図であり、図2は、図1に示すラチェット式テンショナ100を拡大した断面図であり、図3は、ラック歯とラチェット歯との拡大図であり、図4は、図2に示すA−A断面図であり、図5は、ラチェットとラチェット付勢用ばねとばね係止用プラグとの分解図であり、図6は、エンジン始動時のプランジャ突出動作に伴うラック歯とラチェット歯と噛み合い状態を示す図であり、図7は、エンジン始動時のプランジャ後退動作に伴うラック歯とラチェット歯と噛み合い状態を示す図であり、図8は、チェーン張力過多によるプランジャ後退開始時のラック歯とラチェット歯と噛み合い状態を示す図であり、図9は、チェーン張力過多によるプランジャ後退動作中のラック歯とラチェット歯と噛み外れ状態を示す図であり、図10は、チェーン張力過多によるプランジャ後退終了時のラック歯とラチェット歯と噛み合い状態を示す図であり、図11は、本発明の第2実施例で用いたラチェットの斜視図である。
【0034】
まず、図1に示すように、本発明の一実施例であるラチェット式テンショナ100は、エンジンのクランクシャフトで回転される駆動側スプロケットS1とカムシャフトに固定されている被駆動側スプロケットS2の間に掛け廻されているタイミングチェーンCの弛み側でエンジン本体に取り付けられて、そのハウジング本体110の前面からプランジャ120が出没自在に突出しており、プランジャ120がエンジン本体側に揺動自在に支持されている可動レバーLの揺動端近傍の背面を押圧することにより、可動レバーLを介してタイミングチェーンCの弛み側に張力を付与している。
なお、タイミングチェーンCの張り側にはタイミングチェーンCの走行を案内する固定ガイドGがエンジン本体側に取り付けられている。
【0035】
そして、駆動側スプロケットS1が矢印の方向に回転すると、タイミングチェーンCが矢印の方向に走行し、次いで、このタイミングチェーンCの走行によって被駆動側スプロケットS2が矢印の方向に回動し、駆動側スプロケットS1の回動が被駆動側スプロケットS2に伝達するようになっている。
【0036】
そこで、図2に示すように、本実施例のラチェット式テンショナ100は、エンジンブロック側から供給された外部圧油を導入する油供給路111を形成したハウジング本体110と、このハウジング本体110に形成したプランジャ収容穴112から走行チェーン(図示せず)に向けて摺動自在に突出する円柱状のプランジャ120と、前記ハウジング本体110のプランジャ収容穴112とプランジャ120の中空部121との間に形成される高圧油室Rに収納されてプランジャ120の突出方向に付勢するプランジャ付勢用ばね130と、プランジャ収容穴112の底部に組み込まれて高圧油室R内から油供給路111へ圧油の逆流を阻止する逆止弁ユニット140と、前記ハウジング本体110に形成した円筒状のラチェット収容穴113に嵌挿されてプランジャ120の進退方向と直交する方向に摺動する円柱状のラチェット150と、このラチェット150のプランジャ側先端部に設けたラチェット歯151をプランジャ側面に刻設したラック歯122に向けて噛み合うように付勢するラチェット付勢用ばね160と、前記ラチェット収容穴113の後端近傍に嵌め込まれてラチェット付勢用ばね160を抜け止めして着座させるばね係止用プラグ170とを備えている。
【0037】
そして、前述した逆止弁ユニット140の具体的なユニット構造については、プランジャ収容穴112の底部に組み込まれて高圧油室R内から油供給路111へ圧油の逆流を阻止するものであれば、公知の如何なるものであっても差し支えないが、本実施例では、前述したハウジング本体110の油供給路111に繋がる油路141aを有するボールシート141と、このボールシート141の弁座141bに着座するチェックボール142と、このチェックボール142をボールシート141に押圧付勢するボール付勢用ばね143と、このボール付勢用ばね143を支持し且つチェックボール142の移動量を規制する鐘状リテーナ144とから構成された逆止弁ユニット140が採用されている。
【0038】
つぎに、本実施例のラチェット式テンショナ100が最も特徴とするプランジャ側面のラック歯122に対してラチェット150のラチェット歯151を歯幅全域に亙って捩れることなく噛み合わせる噛み合い整合機構の具体的な配置形態を、図2乃至図5に基づいて更に詳しく説明する。
【0039】
まず、図2および図4に示すように、前述した噛み合い整合機構は、プランジャ120の摺動方向に対して直交する方向に設けられた円筒状のラチェット収容穴113の内周面に対してラチェット150の外周面を回り止めした状態で構成されている。
これにより、エンジン駆動時におけるプランジャ120の振動に対してプランジャ側面のラック歯122とラチェット150のラチェット歯151との間の噛み合いに関係なくラチェット収容穴113の内周面に対してラチェット150の外周面を回り止めするとともに、プランジャ側面のラック歯122に対してラチェット150のラチェット歯151を歯幅全域に亙って正確に噛み合わせている。
【0040】
さらに具体的に説明すると、前述した噛み合い整合機構は、ラチェット150の外周面に摺動方向に沿って設けられたインボリュートスプラインからなるラチェット側凸条152とこのラチェット側凸条152と凹凸係合した状態でラチェット収容穴113の内周面に摺動方向に沿って設けられたインボリュートスプライン溝からなるハウジング側凹溝113aとで構成されている。
これにより、ラチェット収容穴113の内周面に対してラチェット150の外周面を完全に回り止めした状態で摺動させるとともに、噛み合い整合機構の製作負担を大幅に軽減している。
【0041】
そして、前述したラチェット150は、図5に示すように、ラチェット外径寸法Dより大きなラチェット全長寸法Wを備え、これによって、ラチェット150に過剰な荷重が負荷された場合であっても、ラチェット収容穴113内の摺動方向に対して生じがちなラチェット150の傾きを抑制してラチェット150の偏摩耗を防止している。
なお、本実施例におけるラチェット150は、プランジャ側面に刻設したラック歯122に向けて均等に噛み合い荷重を分散して噛み合うため、図3および図5に示すように、等ピッチの歯間隔および同一の歯丈を備えた3枚のラチェット歯151がプランジャ側先端部に設けられている。
【0042】
また、前述したラチェット付勢用ばね160は、図5に示すように、ラチェット150内へ摺動方向に沿って同心円状に挿着され、これによって、ラチェット付勢用ばね160がラチェット150のばね収容穴153内にほぼ挿入された状態となっている。
なお、本実施例のラチェット式テンショナ100に用いられるラチェット付勢用ばね160の付勢力については、エンジン始動時に走行チェーン側からプランジャ120を後退させる反力で発生するラチェット150の摺動方向の分力より大きく設定されているとともにエンジン始動後のチェーン張力過多時にプランジャ120を後退させる反力で発生するラチェット150の摺動方向の分力より小さく設定されている。
【0043】
さらに、前述したばね係止用プラグ170は、図2に示すように、ラチェット収容穴113の後端近傍に嵌め込んで抜け止めするための弾力性を発揮する多数の突出舌片171を周設した、いわゆる、抜け止め用座金であって、これにより、図2および図5に示すように、ラチェット付勢用ばね160の後端を着座させている。
【0044】
さらに、本実施例のラチェット式テンショナ100におけるプランジャ120のラック歯122とラチェット150のラチェット歯151とラチェット付勢用ばね160との相互関係について、図3および図6乃至図8に基づいて更に詳しく説明する。
まず、図6で示すように、エンジン始動時およびエンジン始動後の通常運転時においてプランジャ120が突出する際、常に、f1>Fsとなり、プランジャ120は、ラチェット150を押し戻しながら前進する。
ここで、本実施例で用いたラチェット付勢用ばね160の付勢力Fsは、図7で示すようなエンジン始動時に走行チェーン側からプランジャ120を後退させる反力F1で発生するラチェット150の摺動方向の分力f1より大きく設定されているとともに、図8で示すようなエンジン始動後のチェーン張力過多時に走行チェーン側からプランジャ120を後退させる反力F2で発生するラチェット150の摺動方向の分力f2より小さく設定されている。
【0045】
これにより、図6に示すようなエンジン始動時のプランジャ突出動作中は、常に、f1>Fsとなり、プランジャ120は、レバー(図示せず)に追従して前進する。そして、図7に示すようなエンジン始動時に走行チェーン側からプランジャ120を後退させる反力F1が発生すると、前述したラチェット150の摺動方向の分力f1よりも大きいラチェット付勢用ばね160の付勢力Fsがラチェット150のラチェット歯151に作用してプランジャ120のラック歯122と噛み合って、バックラッシュが生じたプランジャ120の後退方向の動きを規制して後退変位を阻止する。
さらに、図8に示すようなエンジン始動後のチェーン張力過多時に走行チェーン側からプランジャ120を後退させる反力F2が発生すると、前述したラチェット150の摺動方向の分力f2がラチェット付勢用ばね160の付勢力Fsよりも大きくなり、図9に示すようにラチェット150のラチェット歯151とプランジャ120のラック歯122とが噛み外れ、ラチェット付勢用ばね160の付勢力Fsがラチェットの摺動方向の分力f2よりも相対的に大きくなるまでプランジャ120をラック歯122の1歯分もしくは数歯分だけ後退させるため、エンジン始動後のチェーン張力過多によってバックラッシュが生じたプランジャ120の後退方向の動きを規制せず図10に示すような後退変位を許容するようになっている。
【0046】
したがって、プランジャ付勢用ばね130の付勢力は、ラチェット付勢用ばね160の付勢力Fsよりも大きいが、プランジャ120を突出付勢させる付勢力であれば良く、このような範囲でラチェット付勢用ばね160の付勢力Fsを調整することによってエンジン始動後のチェーン張力過多による噛み外れのタイミングを調整することも可能である。
【0047】
さらに、詳細に説明すると、本実施例のラチェット式テンショナ100は、図3に示すように、プランジャ120のラック歯122がラチェット150の摺動方向に対してプランジャ前進側に傾斜するストップ面122aとラチェット150の摺動方向に対してプランジャ後退側に傾斜する摺動面122bとで凹凸状に形成されているとともに、ラチェット150のラチェット歯151がラチェット150の摺動方向に対してプランジャ前進側に傾斜するストップ対向面151aとラチェット150の摺動方向に対してプランジャ後退側に傾斜する摺動対向面151bとで凹凸状に形成されている。
【0048】
これにより、図8に示すように、エンジン始動後のチェーン張力過多時に走行チェーン側からプランジャ120を後退させる反力F2が発生すると、この反力F2がプランジャ側のストップ面122aを介してラチェット150のストップ対向面151aに分力fhとして作用し、このラチェット150のストップ対向面151aに作用した分力fhがラチェット150の摺動方向の更に小さな分力f2としてラチェット150のラチェット歯151をプランジャ120のラック歯122と噛み外れるように作用し、図9乃至図10に示すように、プランジャ120のラック歯122がラチェット150のストップ対向面151aを経て摺動対向面151bを滑動して1歯分もしくは数歯分戻すようになっている。
【0049】
そして、前述したプランジャ120に形成されたストップ面122aの傾斜角θは、摺動対向面122bの傾斜角αより小さく設定されている。
これにより、エンジン始動時に走行チェーン側からプランジャ120を後退させる反力F1が発生してもプランジャ120のラック歯122とラチェット150のラチェット歯151との噛み外れを阻止するようになっている。
【0050】
したがって、前述したように、エンジンの温度変化などでプランジャ120が過剰に前進してバックストップによる過荷重が発生しても、図9に示すようなエンジン始動後のチェーン張力過多時に走行チェーン側からプランジャ120を後退させる反力F2で発生するラチェット150の摺動方向の分力f2とラチェット付勢用ばね160の付勢力Fsと大小関係は、
f2=F2×cosθ×sinθ×μ
f2>Fs
となる。
なお、ここで言うμとは、プランジャ120のラック歯122とラチェット150のラチェット歯151との間の摩擦係数である。
【0051】
また、前述したエンジン始動時にバックラッシュが生じたプランジャ120の後退方向の動きを規制して後退変位を阻止する際に、図7に示すようなエンジン始動時に走行チェーン側からプランジャ120を後退させる反力F1で発生するラチェット150の摺動方向の分力f1とラチェット付勢用ばね160の付勢力Fsと大小関係は、
f1=F1×cosθ×sinθ×μ
f1<Fs
となる。
なお、ここで言うμとは、プランジャ120のラック歯122とラチェット150のラチェット歯151との間の摩擦係数である。
【0052】
つぎに、本実施例のラチェット式テンショナ100が最も特徴とするエンジン始動後のチェーン張力過多時におけるプランジャ120のラック歯122とラチェット150のラチェット歯151との噛み外れ動作について、図8乃至図10に基づいて、以下に説明する。
なお、図8乃至図10のプランジャ先端側に示す仮想線は、エンジン始動後にチェーン張力過多が発生した時、すなわち、図8に示す状態のプランジャ120の先端位置を示している。また、図9乃至図10のラチェット近傍側に示す仮想線は、エンジン始動後にチェーン張力過多が発生した時、すなわち、図8に示す状態のラチェット150の位置を示している。
【0053】
まず、エンジン始動後のチェーン張力過多時に走行チェーン側からプランジャ120を後退させる反力F2が発生すると、図8に示すように、この反力F2がプランジャ側のストップ面122aを介してラチェット150のストップ対向面151aに分力fhとして作用し、このラチェット150のストップ対向面151aに作用した分力fhがラチェット150の摺動方向の更に小さな分力f2として作用する。
【0054】
そして、前述したラチェット150の摺動方向の分力f2が作用すると、図9に示すように、プランジャ側のストップ面122aがラチェット側のストップ対向面151aを滑動しながらプランジャ120が後退し始めて、プランジャ120のラック歯122がラチェット150のラチェット歯151と外れていく。
【0055】
次いで、プランジャ120のラック歯122がラチェット150のラチェット歯151と外れると同時に、プランジャ側の摺動面122bがラチェット側の摺動対向面151bを滑動し始めながらプランジャ120が後退し続けていく。
【0056】
さらに、プランジャ側の摺動面122bがラチェット側の摺動対向面151bを滑動し始めながらプランジャ120が後退し続けると、図10に示すように、プランジャ側の後続する新たなストップ面122aがラチェット側のストップ対向面151aに当接して後退変位を許容し、プランジャ120がラック歯122の1歯分もしくは数歯分を戻すことにより、エンジンの温度変化などで発生するプランジャ120の過剰な飛び出しによる過荷重を解除するようになっている。
【0057】
このようにして得られた本実施例のラチェット式テンショナ100は、プランジャ側面のラック歯に対してラチェット150のラチェット歯151を歯幅全域に亙って捩れることなく噛み合わせる噛み合い整合機構がラチェット150の外周面に摺動方向に沿って設けられたラチェット側凸条152とこのラチェット側凸条152と凹凸係合した状態でラチェット収容穴113の内周面に摺動方向に沿って設けられたハウジング側凹溝113aとで構成されてラチェット収容穴113の内周面に対してラチェット150の外周面を回り止めした状態になっていることにより、プランジャ120とラチェット150からなるラチェット機構を確実かつ安定して作動させ、プランジャ側面のラック歯122とラチェット150のラチェット歯151との間の誤組み付けによる捩れを回避してラチェット機構の誤動作を解消するとともに、ハウジング側のラチェット収容穴113にスプライン状の凸条を施した噛み合い整合機構に比較すると、本実施例の場合には、噛み合い整合機構の製作負担を大幅に軽減することができる。
【0058】
そして、ラチェット150がラチェット外径寸法Dより大きなラチェット全長寸法Wを備えていることにより、ラチェット150に過剰な荷重が負荷された場合であってもラチェット収容穴113内の摺動方向に対して生じがちなラチェット150の傾きを抑制してラチェット150の偏摩耗を防止し、プランジャ120とラチェット150からなるラチェット機構をより円滑に作動させることができる。
【0059】
また、ラチェット付勢用ばね160がラチェット150内へ摺動方向に沿って挿着されていることにより、ラチェット付勢用ばね160をラチェット150の外周面に外嵌した場合に比較して、本実施例の場合には、ラチェット収容穴113に対するラチェット150の取り付け形態を簡素化かつ小型化することができる。
【0060】
さらに、本実施例の場合、ラチェット付勢用ばね160の付勢力Fsがエンジン始動時に発生するラチェット150の摺動方向の分力f1より大きく設定されているとともにエンジン始動後のチェーン張力過多時に発生するラチェット150の摺動方向の分力f2より小さく設定されていることにより、エンジン始動時にプランジャ120の後退変位を抑制してタイミングチェーンのバタツキ音を低減することができるとともにエンジン始動後のチェーン張力過多によってプランジャ120の後退変位を許容してプランジャ120の焼き付きを防止することができ、しかも、特殊な高荷重対応のプランジャ付勢用ばね160やオリフィス機構やオイルリザーブ機構を必要とせず、部品点数や製造コストを低減してテンショナ自体を小型化することができる。
【0061】
そして、プランジャ120のラック歯122がプランジャ前進側に傾斜するストップ面122aとプランジャ後退側に傾斜する摺動面122bとで凹凸状に形成されているとともにラチェット150のラチェット歯151がプランジャ前進側に傾斜するストップ対向面151aとプランジャ後退側に傾斜する摺動対向面151bとで凹凸状に形成され、しかも、ストップ対向面151aの傾斜角θが摺動対向面151bの傾斜角αより大きく形成されていることにより、エンジン始動後のチェーン張力過多時にラチェット150のラチェット歯151とプランジャ120のラック歯122に生じがちな歯欠けなどの摩損を防止しつつプランジャ120の後退方向の動きを規制せず後退変位を円滑に許容できるとともにラチェット付勢用ばね160に対する過度の衝撃も回避して優れた耐久性を発揮することができるなど、その効果は甚大である。
【0062】
つぎに、本発明の第2実施例であるラチェット式テンショナについて、図11に基づいて説明する。
【0063】
本発明の第2実施例であるラチェット式テンショナは、上述した第1実施例であるラチェット式テンショナ100と比較すると、プランジャ側面のラック歯に対してラチェットのラチェット歯を歯幅全域に亙って捩れることなく噛み合わせる噛み合い整合機構の具体的な配置形態のみが異なっており、その余の装置構成については何ら変わるところがないため、本発明の第2実施例である噛み合い整合機構の具体的な配置形態のみ、図11に基づいて詳しく説明する。
なお、本発明の第2実施例である噛み合い整合機構以外の装置構成については、上述した第1実施例であるラチェット式テンショナ100における同一の部材に付した100番台の符号を200番台の符号に読み換えることにより、その重複する説明を省略する。
【0064】
そこで、前述した噛み合い整合機構は、図11に示すような楕円断面を備えたラチェット250と、図示していないがこのラチェット250とほぼ同形の楕円断面を備えたハウジング本体のラチェット収容穴とで構成され、プランジャの摺動方向に対して直交する方向に設けられた円筒状のラチェット収容穴の内周面に対してラチェット250の外周面を回り止めした状態を呈している。
これにより、エンジン駆動時におけるプランジャの振動に対してプランジャ側面のラック歯とラチェット250のラチェット歯251との間の噛み合いに関係なくラチェット収容穴の内周面に対してラチェット250の外周面を回り止めするとともに、プランジャ側面のラック歯に対してラチェット250のラチェット歯251を歯幅全域に亙って正確に噛み合わせている。
【0065】
そして、前述したラチェット250は、図11に示すように、ラチェット外径寸法Dより大きなラチェット全長寸法Wを備え、これによって、ラチェット250に過剰な荷重が負荷された場合であっても、ラチェット収容穴内の摺動方向に対して生じがちなラチェット250の傾きを抑制してラチェット250の偏摩耗を防止している。
なお、本実施例におけるラチェット250は、プランジャ側面に刻設したラック歯122に向けて均等に噛み合い荷重を分散して噛み合うため、図11に示すように、等ピッチの歯間隔および同一の歯丈を備えた3枚のラチェット歯251がプランジャ側先端部に設けられている。
【0066】
このようにして得られた本第2実施例のラチェット式テンショナは、上述した本第1実施例のラチェット式テンショナ100と同様に、プランジャとラチェット250からなるラチェット機構を確実かつ安定して作動させ、プランジャ側面のラック歯とラチェット250のラチェット歯251との間の誤組み付けによる捩れを回避してラチェット機構の誤動作を解消するとともに、本第1実施例のようなハウジング側のラチェット収容穴とラチェットの外周面とのスプラインからなる凹凸係合形態を形成するための精密な機械加工を必要とすることなく、その製作負担を大幅に軽減することができるなど、その効果は甚大である。
【符号の説明】
【0067】
100 ・・・ ラチェット式テンショナ
110 ・・・ ハウジング本体
111 ・・・ 油供給路
112 ・・・ プランジャ収容穴
113 ・・・ ラチェット収容穴
113a・・・ ハウジング側凹溝
120 ・・・ プランジャ
121 ・・・ 中空部
122 ・・・ ラック歯
122a・・・ ストップ面
122b・・・ 摺動面
130 ・・・ プランジャ付勢用ばね
140 ・・・ 逆止弁ユニット
141 ・・・ ボールシート
141a・・・ 油路
141b・・・ 弁座
142 ・・・ チェックボール
143 ・・・ ボール付勢用ばね
144 ・・・ 鐘状リテーナ
150 、250 ・・・ ラチェット
151 、251 ・・・ ラチェット歯
151a・・・ ストップ対向面
151b・・・ 摺動対向面
152 ・・・ ラチェット側凸条
153 ・・・ ばね収容穴
160 、260 ・・・ ラチェット付勢用ばね
170 、270 ・・・ ばね係止用プラグ
171 、271 ・・・ 突出舌片
S1 ・・・ 駆動側スプロケット
S2 ・・・ 被駆動側スプロケット
C ・・・ タイミングチェーン
L ・・・ 可動レバー
G ・・・ 固定ガイド
P ・・・ ピストン部高圧油室
R ・・・ 高圧油室
D ・・・ ラチェット外径寸法
W ・・・ ラチェット全長寸法
Fs ・・・ ラチェット付勢用ばねの付勢力
F1 ・・・ エンジン始動時にプランジャを後退させる反力
F2 ・・・ エンジン始動後のチェーン張力過多時にプランジャを後退させる反力
f1 ・・・ 反力F1で発生するラチェットの摺動方向の分力
f2 ・・・ 反力F2で発生するラチェットの摺動方向の分力
fh ・・・ 反力F2でプランジャのストップ面に作用する分力
θ ・・・ プランジャに形成されたストップ面の傾斜角
α ・・・ プランジャに形成された摺動面の傾斜角
500 ・・・ 従来のラチェット式テンショナ
512 ・・・ ハウジング
514 ・・・ プランジャ
516 ・・・ 油室
518 ・・・ スプリング
520 ・・・ 副油室
524 ・・・ ロッド
526 ・・・ ピストン
528 ・・・ 大気室
532 ・・・ 大気連通孔
534 ・・・ 第2スプリング
536 ・・・ 噛合歯
538 ・・・ ラック
544 ・・・ 油路
548 ・・・ 油路
550 ・・・ 油溜り

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外部圧油の油供給路を形成したハウジング本体と該ハウジング本体のプランジャ収容穴から走行チェーンに向けて摺動自在に突出するプランジャと前記ハウジング本体のプランジャ収容穴とプランジャの中空部との間に形成される高圧油室に収納されてプランジャの突出方向に付勢するプランジャ付勢用ばねと前記ハウジング本体のラチェット収容穴に嵌挿されてプランジャの進退方向と直交する方向に摺動する円柱状のラチェットと該ラチェットのプランジャ側先端部に設けたラチェット歯をプランジャ側面のラック歯に向けて付勢するラチェット付勢用ばねと前記ラチェット収容穴の後端近傍に嵌め込まれてラチェット付勢用ばねを着座させるばね係止用プラグとを備えたラチェット式テンショナにおいて、
前記プランジャ側面のラック歯に対してラチェットのラチェット歯を歯幅全域に亙って捩れることなく噛み合わせる噛み合い整合機構が、前記ラチェット収容穴の内周面に対してラチェットの外周面を回り止めした状態で構成されていることを特徴とするラチェット式テンショナ。
【請求項2】
前記噛み合い整合機構が、前記ラチェットの外周面に摺動方向に沿って設けられたラチェット側凸条と該ラチェット側凸条と凹凸係合した状態でラチェット収容穴の内周面に摺動方向に沿って設けられたハウジング側凹溝とで構成されていることを特徴とする請求項1記載のラチェット式テンショナ。
【請求項3】
前記ラチェットが、ラチェット外径寸法より大きなラチェット全長寸法を備えていることを特徴とする請求項1または請求項2記載のラチェット式テンショナ。
【請求項4】
前記ラチェット付勢用ばねが、前記ラチェットのばね収容穴内へ摺動方向に沿って挿着されていることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか一つに記載のラチェット式テンショナ。
【請求項5】
前記ラチェット付勢用ばねの付勢力が、エンジン始動時に走行チェーン側からプランジャを後退させる反力で発生するラチェットの摺動方向の分力より大きく設定されているとともにエンジン始動後のチェーン張力過多時に走行チェーン側からプランジャを後退させる反力で発生するラチェットの摺動方向の分力より小さく設定されていることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれか一つに記載のラチェット式テンショナ。
【請求項6】
前記プランジャのラック歯が、前記ラチェットの摺動方向に対してプランジャ前進側に傾斜するストップ面と前記ラチェットの摺動方向に対してプランジャ後退側に傾斜する摺動面とで凹凸状に形成されているとともに、
前記ラチェットのラチェット歯が、前記ラチェットの摺動方向に対してプランジャ前進側に傾斜するストップ対向面と前記ラチェットの摺動方向に対してプランジャ後退側に傾斜する摺動対向面とで凹凸状に形成されていることを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれか一つに記載のラチェット式テンショナ。
【請求項7】
前記ストップ面の傾斜角が、前記摺動面の傾斜角より小さく形成されていることを特徴とする請求項6記載のラチェット式テンショナ。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate


【公開番号】特開2012−102823(P2012−102823A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−252844(P2010−252844)
【出願日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【出願人】(000003355)株式会社椿本チエイン (861)
【Fターム(参考)】