説明

ラチェット式テンショナ

【課題】プランジャの後退を規制可能なラチェット式テンショナにおいて、巻掛け伝動体の張力過多時におけるプランジャの後退の迅速化を図り、以って過大張力に起因する巻掛け伝動体の負担および騒音の減少を図る。
【解決手段】ラチェット式テンショナのラチェット機構Rは、巻掛け伝動体の張力過多時に第2反力F2がプランジャ120に作用するときに、ラチェット150が反噛合い方向に摺動してラチェット歯151がラック歯122から噛み外れることによりプランジャ120の後退を許容する。ラチェット150には、そのプランジャ側端面154から噛合い方向に突出する突起180が設けられる。突起180は、第2反力F2の作用で後退するプランジャ120により押圧されたラチェット150が反噛合い方向に向かって前進方向に傾斜することにより外周面153が内周面115の前進方向側部分115aに接触することを防止する傾斜抑制構造を構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転部材に巻き掛けられて動力を伝達する巻掛け伝動体に張力を与えるラチェット式テンショナに関する。そして、該ラチェット式テンショナは、例えば、エンジンにおいて、カムシャフトなどを駆動する巻掛け伝動装置の巻掛け伝動体に対して使用される。
【背景技術】
【0002】
従来、テンショナは、ハウジングに進退方向に移動自在に支持されたプランジャに前進方向への付勢力を作用させて、該付勢力により前進するプランジャが巻掛け伝動体(例えば、エンジンのタイミングチェーン)に張力を与える。
【0003】
このような従来のテンショナとして、例えば、図15に示されるように、油室516内に配置されたスプリング518により付勢されるプランジャ514の進退方向と直交する方向に摺動自在にハウジング512に嵌挿されて該ハウジング512との間で副油室520を形成するピストン526と、副油室520に外部油圧を作用させるための油路544と、ピストン526を副油室520に向かって付勢するスプリング534を内装して副油室520の反対側においてハウジング512とピストン526により区画形成された大気室528とを有し、この大気室528に大気と連通して副油室520に外部油圧が作用してピストン526がスプリング534の付勢力に抗して移動したときにピストン526によって閉塞される大気連通孔532が設けられ、プランジャ514のハウジング512に囲繞される部分にラック歯538が刻設され、ピストン526のロッド524の先端にラック歯538に噛合可能な複数の噛合歯536が設けられ、噛合歯536およびラック歯538のプランジャ後退阻止歯面がプランジャ514の進退方向に直角な歯面に形成されたテンショナ500が採用されている(例えば特許文献1参照)。
【0004】
また、ハウジングに進退方向に移動自在に支持されるとともにチェーンに張力を付与するために前進するプランジャと、プランジャを前進方向に付勢するプランジャ付勢手段と、チェーンから後退方向に作用する反力によるプランジャの後退を規制可能なラチェット機構とを備えるラチェット式テンショナにおいて、該ラチェット機構が、ハウジングに設けられたラチェット収容穴に摺動自在に収容されて摺動方向に移動するラチェットと、プランジャに設けられてラチェットのラチェット歯と噛合い可能なラック歯と、摺動方向でラチェット歯がラック歯と噛み合う噛合い方向にラチェットを付勢するラチェット付勢手段とを備え、ハウジングが、前記ラチェット収容穴を形成するとともにラチェットの摺接面が摺接することによりラチェットを摺動方向に案内する案内面を有するものも知られている。
【0005】
しかしながら、チェーンの張力変動や、チェーンが取り付けられているエンジンの温度変化によるエンジン本体やチェーンの熱膨張などに起因して、チェーンの緩み時や伸長時に、プランジャが過度に前進した状態(以下、「過飛び出し状態」という。)になることがある。
そして、プランジャが過飛び出し状態になると、チェーンに過大張力が発生することから、この過大張力が発生しているチェーンからの反力によるプランジャの後退が規制されると、チェーンは、過大張力が作用している状態(以下、「張力過多」という。)のまま走行することになり、チェーンへの負担や騒音が増加する。
【0006】
そこで、チェーンが張力過多のままで走行することを防止するために、プランジャの切欠き溝と、ばねにより付勢されて前記切欠き溝に係合するボールとから構成されるボール型ラチェットを備え、該ボール型ラチェットにより、チェーンの張力過多時にはプランジャを後退させるラチェット式テンショナが知られている(例えば特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】実用新案登録第2559664号公報(実用新案登録請求の範囲、図1)。
【特許文献2】特開2004−36779号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、チェーンの張力過多時にプランジャの後退を許容するラチェット機構を、例えば特許文献1のテンショナ500に使用されているような、プランジャに設けられたラック歯と、ハウジングに摺動自在に支持されるラチェットに設けられて前記ラック歯と噛合い可能なラチェット歯とを備える構造で実現しようとする場合に、過大張力を速やかに減少させるためには、ハウジングに対して摺動自在なラチェットを、ラチェット歯がラック歯から噛み外れる方向に速やかに摺動させて、プランジャを速やかに後退させる必要がある。
【0009】
しかしながら、チェーンから作用する反力で後退するプランジャによりハウジングに設けられた案内面に押し付けられたラチェットが、摺動方向に対して進退方向に傾斜する傾斜状態になって、摺動方向での摺接面の両端部が、案内面の前進方向側および後退方向側において点接触する(例えば、摺動方向でのラチェットの両端部の角部が接触する場合。)と、案内面との間でのラチェットの摺動性が損なわれて、ラチェット歯がラック歯から噛み外れるためのラチェットの摺動方向での移動が円滑に行われないことがある。
【0010】
また、前記特許文献1に開示されたテンショナ500のように、プランジャを前進方向に付勢するプランジャ付勢手段が、プランジャ付勢用ばねと、ハウジングおよびプランジャ間に形成された高圧油室にエンジンが備える油圧源から供給された外部圧油とにより構成されるテンショナでは、エンジン始動時などのように、エンジン停止中における高圧油室への空気の侵入などに起因して、高圧油室にプランジャの後退を規制するための十分な油圧が存在していない場合に、チェーンからの反力によりプランジャが後退して、バタツキ音と称する打音による騒音が発生するという問題があった。
【0011】
本発明は、このような課題を解決するものであり、その目的は、巻掛け伝動体に張力を付与するためにハウジングから前進するプランジャのラック歯と、ハウジングの収容空間内に摺動自在に収容されたラチェットのラチェット歯とが噛み合うことにより、プランジャの後退を規制可能なラチェット式テンショナにおいて、巻掛け伝動体の張力過多時におけるプランジャの後退を許容するとともに、プランジャの後退の迅速化を図り、以って過大張力に起因する巻掛け伝動体の負担および騒音の減少を図ることである。
また、本発明の別の目的は、テンショナの高圧油室内の油圧が反力に対向するのに十分でない低油圧状態にあるときに、プランジャの後退を阻止して、プランジャが後退することに起因する騒音の低減を図ることである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1に係る発明は、ハウジング(110)と、前記ハウジング(110)に進退方向に移動自在に支持されるとともに回転部材(S1,S2)に巻き掛けられた巻掛け伝動体(C)に張力を付与するために前記ハウジング(110)から前記進退方向で前進するプランジャ(120)と、前記プランジャ(120)を前進方向に付勢するプランジャ付勢手段と、前記巻掛け伝動体(C)から後退方向に作用する反力(F)による前記プランジャ(120)の後退を規制可能なラチェット機構(R)とを備えるラチェット式テンショナにおいて、前記ラチェット機構(R)は、前記ハウジング(110)に設けられた収容空間(113)内に摺動自在に収容されて前記進退方向と交差する摺動方向に移動するラチェット(150)と、前記プランジャ(120)に設けられて前記ラチェット(150)のラチェット歯(151)と噛合い可能なラック歯(122)と、前記ラチェット歯(151)が前記ラック歯(122)に噛み合うときの前記摺動方向での噛合い方向に前記ラチェット(150)を付勢するラチェット付勢手段(160)とを備え、前記ラチェット機構(R)は、前記反力(F)が、前記巻掛け伝動体(C)に発生する張力が過大張力よりも小さいときの第1反力(F1)であるときに、前記ラチェット歯(151)と前記ラック歯(122)との噛合いにより前記プランジャ(120)の後退を規制し、前記反力(F)が、前記張力が前記過大張力であるときの第2反力(F2)であるときに、前記ラチェット(150)が反噛合い方向に摺動して前記ラチェット歯(151)が前記ラック歯(122)から噛み外れることにより前記プランジャ(120)の後退を許容し、前記ハウジング(110)は、前記収容空間(113)を形成するとともに前記ラチェット(150)の摺接面(153)が摺接することにより前記ラチェット(150)を前記摺動方向に案内する案内面(115)を有し、前記第2反力(F2)の作用で後退する前記プランジャ(120)により押圧された前記ラチェット(150)が前記反噛合い方向に向かって前記前進方向に傾斜することにより前記摺接面(153)が前記案内面(115)の前進方向側部分(115a)に接触することを防止する傾斜抑制構造(180,181,182)を備えることにより、前述した課題を解決したものである。
【0013】
請求項2に係る発明は、請求項1に係る発明において、前記傾斜抑制構造(180,181,182)は、前記ラチェット(150)以外の部材である非ラチェット部材および前記ラチェット(150)の一方の部材に設けられて、前記非ラチェット部材および前記ラチェット(150)の他方の部材に前記摺動方向で当接可能なストッパ(180,181,182)であり、前記ストッパ(180,181,182)と前記他方の部材との当接位置(P)は、前記ラチェット(150)の中心軸線(Lr)、前記前進方向で最前位置にある前記ラチェット歯(151)である前端ラチェット歯(151A)とに対して前進方向側に位置することにより、前述した課題を解決したものである。
【0014】
請求項3に係る発明は、請求項2に係る発明において、前記一方の部材は、前記ラチェット(150)であり、前記他方の部材は、前記非ラチェット部材である前記プランジャ(120)であり、前記ストッパ(180,181)は、前記噛合い方向に突出している突起(180,181)であり、前記ラック歯(122A,122B)の歯先(123)または歯面(122b)に当接可能であることにより、前述した課題を解決したものである。
【0015】
請求項4に係る発明は、前請求項3に係る発明において、前記ラチェット(150)が前記噛合い方向での最大突出位置を占めて前記ラチェット歯(151)と前記ラック歯(122)とが噛合い状態にあるときに、前記ラチェット(150)のプランジャ側端面(154)から前記歯先(123)との前記当接位置(P)までの前記突起(180)の高さHと、前記ラック歯(122)の歯丈Tと、前記ラック歯(122)の歯底(122c)と前記プランジャ側端面(154)との間の距離Bとが、次の関係式
H<B−T
を満たすことにより、前述した課題を解決したものである。
【0016】
請求項5に係る発明は、請求項4に係る発明において、前記高さHと、前記ラチェット歯(151)の歯底(151c)と前記プランジャ側端面(154)との距離Dとが、次の関係式
H>D
を満たすことにより、前述した課題を解決したものである。
【0017】
請求項6に係る発明は、請求項1乃至請求項5のいずれか1項に係る発明において、前記ラチェット付勢手段(160)が前記ラチェット(150)を前記噛合い方向に付勢する付勢力(Fs)は、前記第1反力(F1)で発生する前記摺動方向の第1分力(f1)よりも大きく設定されているとともに、前記第2反力(F2)で発生する前記摺動方向の第2分力(f2)よりも小さく設定されていることにより、前述した課題を解決したものである。
【0018】
請求項7に係る発明は、請求項6に係る発明において、前記ラック歯(122)が、前記反噛合い方向に向かって前記前進方向に傾斜するストップ面(122a)と、前記反噛合い方向に向かって前記後退方向に傾斜する摺動面(122b)とで凹凸状に形成され、前記ラチェット歯(151)が、前記反噛合い方向に向かって前記前進方向に傾斜するストップ対向面(151a)と、前記反噛合い方向に向かって前記後退方向に傾斜する摺動対向面(151b)とで凹凸状に形成されていることにより、前述した課題を解決したものである。
【0019】
請求項8に係る発明は、請求項7に係る発明において、前記ストップ面(122a)の傾斜角(θ)が、前記摺動面(122b)の傾斜角(α)よりも小さく形成されていることにより、前述した課題を解決したものである。
【0020】
請求項9に係る発明は、請求項1乃至請求項8のいずれか1項に係る発明において、前記ハウジング(110)は、前記回転部材(S1,S2)を回転させるエンジンに取り付けられ、前記プランジャ付勢手段は、前記ハウジング(110)に形成された高油圧室(131)に前記エンジンの運転時に供給される圧油を含み、前記第1反力(F1)は、前記エンジンの始動時に発生する前記反力(F)を含み、前記第2反力(F2)は、前記エンジンの始動後に発生する前記反力(F)を含むことにより、エンジンに関連して、前述した課題を解決したものである。
【発明の効果】
【0021】
請求項1に係る発明によれば、ハウジングに設けられた収容空間に収容されるとともに摺動方向への移動時に案内面に摺接する摺接面を有するラチェットは、過大張力が発生している張力過多時の巻掛け伝動体から作用する第2反力により後退するプランジャにより後退方向で案内面に押し付けられたときに、傾斜抑制構造は、ラチェットが傾斜することにより摺接面が案内面の前進方向側部分および後退方向側部分に接触する状態(以下、「両側接触傾斜状態」という。)になることを防止する。このため、ラチェットが両側接触傾斜状態になって案内面の前進方向側部分および後退方向側部分に接触する場合に比べて、ラチェットは案内面に対して反噛合い方向に円滑に摺動することができ、反噛合い方向へのラチェットの摺動性が向上する。
しかも、傾斜抑制構造による両側接触傾斜状態の発生防止効果は、プランジャが後退方向へのラチェットの押圧を開始した直後に、ほぼ静止状態にあるラチェットが反噛合い方向へ摺動を開始する摺動開始時期を含む期間に奏されるので、傾斜抑制構造によりラチェットに作用する静止摩擦力の低減が可能になる。
この結果、ラック歯からのラチェット歯の噛外れが迅速に行われて、プランジャの後退の迅速化が可能になり、巻掛け伝動体の過大張力の解消を迅速化できるので、過大張力に起因する巻掛け伝動体の負担および騒音の減少が可能になる。
【0022】
請求項2に係る発明によれば、引用された請求項に係る発明が奏する効果に加えて、次の効果が奏される。
傾斜抑制構造が、非ラチェット部材およびラチェットの一方の部材に設けられて他方の部材に当接可能なストッパにより構成されるので、傾斜抑制構造を簡単な構造で実現することができる。
また、ストッパと他方の部材との当接位置は、ラチェットの中心軸線および前端ラチェット歯よりも前進方向側にあることから、該当接位置が前端ラチェット歯よりもラチェットの傾斜方向である前進方向側に位置する分、両側接触傾斜状態の発生防止効果が奏される摺動方向でのラチェットの摺動範囲(以下、「傾斜抑制摺動範囲」という。)を大きくすることができる。この結果、反噛合い方向へのラチェットの摺動性が向上するラチェットの傾斜抑制摺動範囲を拡大できるので、プランジャの後退および巻掛け伝動体の過大張力の解消を迅速化を向上させることができて、過大張力に起因する巻掛け伝動体の負担および騒音の一層の減少が可能になる。
【0023】
請求項3に係る発明によれば、引用された請求項に係る発明が奏する効果に加えて、次の効果が奏される。
ストッパがプランジャのラック歯と当接することによりラチェットの傾斜が抑制されるので、ラック歯を利用することにより、簡単な構造で傾斜抑制構造を構成することができる。
そして、ストッパがラック歯の歯先に当接する場合には、ストッパの形状を簡単化することができるので、ストッパの形成が容易になる。
また、ストッパがラック歯の歯面に当接する場合には、当接位置がラック歯の歯底と歯先との間になるので、ストッパがラック歯の歯先に当接する場合に比べて、傾斜抑制摺動範囲を大きくすることができる。
【0024】
請求項4に係る発明によれば、引用された請求項に係る発明が奏する効果に加えて、次の効果が奏される。
ラチェットが噛合い方向での最大突出位置を占めているとき、ラック歯の歯先とストッパとの間には、摺動方向で隙間Eが形成されるので、突起がプランジャの進退方向への移動を妨げることが防止される。この結果、ラチェットのプランジャ側端面からプランジャに向けて突出するストッパを備えるテンショナにおいて、進退方向でのプランジャの良好な移動性を確保しながら、突起が奏する傾斜抑制効果によりプランジャの後退の迅速性を向上させることができる。
【0025】
請求項5に係る発明によれば、引用された請求項に係る発明が奏する効果に加えて、次の効果が奏される。
突起の高さHが距離Dよりも大きいことから、ラチェットの傾斜を抑制するためにラチェット歯の歯底とラック歯の歯先とを当接状態にする必要がないので、該当接状態とすることよるラチェット歯の歯底および歯先の摩耗を防止することができる。
【0026】
請求項6に係る本発明のラチェット式テンショナによれば、引用された請求項に係る発明が奏する効果に加えて、次の効果が奏される。
ラチェット付勢手段の付勢力が巻掛け伝動体からプランジャを後退させる第1反力で発生するラチェットの摺動方向の第1分力よりも大きく設定されていることにより、プランジャを後退させる反力が発生すると、ラチェット付勢手段の付勢力がラチェットに作用して、ラチェット歯がプランジャのラック歯と噛み合うため、プランジャの後退方向の動きを規制して後退変位を阻止し、巻掛け伝動体のバタツキ音を低減することができるばかりでなく、プランジャ付勢手段の付勢力が単にプランジャを突出付勢させる付勢力のみで充足されるため、特殊な高荷重対応のプランジャ付勢用ばねやオリフィス機構やオイルリザーブ機構を必要とせず、部品点数や製造コストを低減してテンショナ自体を小型化することができる。
【0027】
また、ラチェット付勢手段の付勢力が巻掛け伝動体の張力過多時にプランジャを後退させる第2反力で発生するラチェットの摺動方向の第2分力より小さく設定されていることにより、張力過多時にプランジャを後退させる第2反力が発生すると、ラチェット付勢手段の付勢力がラチェットのラチェット歯に作用してラチェットのラチェット歯とプランジャのラック歯とが噛み外れ、ラチェット付勢手段の付勢力が第2分力よりも大きくなるまでプランジャを後退させるため、巻掛け伝動体の張力過多によってバックラッシュが生じたプランジャの後退方向の動きを規制せず後退変位を許容してプランジャの焼き付きを防止することができるばかりでなく、このラチェット付勢手段の付勢力を調整することにより過大張力による噛み外れのタイミングが調整可能になるため、プランジャの焼き付きを確実に防止することができる。
【0028】
請求項7に係る本発明のラチェット式テンショナによれば、引用された請求項に係る発明が奏する効果に加えて、次の効果が奏される。
ラック歯がラチェットの反噛合い方向に対して前進方向側に傾斜するストップ面と反噛合い方向に対して後退方向側に傾斜する摺動面とで凹凸状に形成されているとともに、ラチェット歯がラチェットの反噛合い方向に対して前進方向側に傾斜するストップ対向面と反噛合い方向に対して後退方向側に傾斜する摺動対向面とで凹凸状に形成されていることにより、張力過多時にプランジャを後退させる第2反力が発生すると、この反力がプランジャ側のストップ面を介してラチェットのストップ対向面に分力として作用し、このラチェットのストップ対向面に作用した分力がラチェットの摺動方向の更に小さな分力としてラチェットのラチェット歯をプランジャのラック歯と噛み外れるように作用し、プランジャのラック歯がラチェットのストップ対向面を経て摺動対向面を滑動して1歯分戻すため、張力過多時にラチェットのラチェット歯とプランジャのラック歯に生じがちな歯欠けなどの摩損を防止しつつプランジャの後退方向の動きを規制せず後退変位を円滑に許容することができるとともにラチェット付勢用手段に対する過度の衝撃も回避して優れた耐久性を発揮することができる。
【0029】
請求項8に係る発明によれば、引用された請求項に係る発明が奏する効果に加えて、次の効果が奏される。
ストップ面の傾斜角が摺動面の傾斜角より小さく形成されていることにより、プランジャを後退させる第1反力が発生してもプランジャのラック歯とラチェットのラチェット歯との噛み外れが阻止するため、プランジャの後退を阻止することができる。
【0030】
請求項9に係る本発明のラチェット式テンショナによれば、引用された請求項に係る発明が奏する効果に加えて、次の効果が奏される。
高圧油室内の油圧が第1反力に対向するのに十分でない低油圧状態にあるエンジン始動時にプランジャを後退させようとする第1反力が発生したときに、プランジャのラック歯とラチェットのラチェット歯との噛み外れが阻止されるため、エンジン始動時にプランジャの後退を阻止することができる。また、エンジン始動後での張力過多時にプランジャを後退させる第2反力が発生したときに、プランジャの後退が許容されるため、過大張力を速やかに減少させることができる。したがって、エンジンにおいて、前述した発明の効果が奏される。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の実施例であるラチェット式テンショナの使用態様図。
【図2】図1のテンショナの断面図。
【図3】図1のテンショナのプランジャが前進するときのラック歯とラチェット歯との噛合い状態を説明する図。
【図4】エンジン始動時にプランジャの後退が阻止されるときのラック歯とラチェット歯との噛合い状態を説明する図。
【図5】タイミングチェーンの張力過多時にプランジャが後退を開始するときのラック歯とラチェット歯との噛合い状態を説明する図。
【図6】タイミングチェーンの張力過多時にプランジャが後退しているときのラック歯とラチェット歯との噛合い状態を説明する図。
【図7】タイミングチェーンの張力過多時にプランジャが後退を終了したときのラック歯とラチェット歯との噛合いを説明する図。
【図8】図1のテンショナのラチェットの斜視図。
【図9】エンジン始動時にプランジャの後退が阻止されるときのラチェットの状態を説明する断面図。
【図10】タイミングチェーンの張力過多時にプランジャが後退を開始した後のラチェットの状態を説明する断面図。
【図11】実施例の第1変形例であるラチェット式テンショナのラチェットの斜視図。
【図12】第1変形例において、図9に対応する図。
【図13】実施例の第2変形例であるラチェット式テンショナのラチェットにおいて、図9に対応する図。
【図14】実施例の別の変形例であるラチェット式テンショナのラチェットにおいて、図10のXIV部の拡大図に対応する図。
【図15】従来のテンショナの断面図。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明の実施形態を、その実施例に基づいて、図1〜図14を参照しながら説明する。
図1は、本発明の実施例に係るラチェット式テンショナ100の使用態様図、図2は、図1のテンショナ100の断面図、図3は、図1のテンショナ100のプランジャ120が前進するときのラック歯122とラチェット歯151との噛合い状態を説明する図、図4は、エンジン始動時にプランジャ120の後退が阻止されるときのラック歯122とラチェット歯151との噛合い状態を説明する図、図5は、タイミングチェーンCの張力過多時に、プランジャ120が後退を開始するときのラック歯122とラチェット歯151との噛合い状態を説明する図、図6は、タイミングチェーンCの張力過多時に、プランジャ120が後退しているときのラック歯122とラチェット歯151との噛合い状態を説明する図、図7は、タイミングチェーンCの張力過多時に、プランジャ120が後退を終了したときのラック122歯とラチェット歯151との噛合いを説明する図、図8は、図1のテンショナ100のラチェット150の斜視図、図9は、エンジン始動時にプランジャ120の後退が阻止されるときのラチェット150の状態を説明する断面図、図10は、タイミングチェーンCの張力過多時にプランジャ120が後退を開始した後のラチェット150の状態を説明する断面図である。
なお、図9,図10では、断面図であるラチェット150のハッチングが省略されている。
【0033】
図1を参照すると、本発明の実施例であるラチェット式テンショナ100は、機械としてのエンジン(図示されず)に備えられ、該エンジンの駆動軸であるクランクシャフトにより回転駆動される駆動側のスプロケットS1と、被駆動軸である1対のカムシャフトにそれぞれ固定されている1対の被駆動側のスプロケットS2とに巻き掛けられている帯状の巻掛け伝動体としての無端のチェーンであるタイミングチェーンCの弛み側で機械本体としてのエンジン本体に取り付けられている。
ここで、スプロケットS1、1対の被駆動側のスプロケットS2およびタイミングチェーンCは、巻掛け伝動装置を構成する。
【0034】
テンショナ100において、そのハウジング110から進退方向で前進・後退自在に突出しているプランジャ120が、エンジン本体に揺動自在に支持されている可動レバーAの揺動端近傍の背面を押圧することにより、可動レバーAを介してタイミングチェーンCの弛み側に張力を付与している。
タイミングチェーンCの張り側にはタイミングチェーンCの走行を案内する固定ガイドGがエンジン本体に取り付けられている。
【0035】
図1において、駆動側の回転部材であるスプロケットS1が矢印の方向に回転すると、タイミングチェーンCが矢印の方向に走行し、このタイミングチェーンCの走行によって、被駆動側の回転部材であるスプロケットS2が矢印の方向に回転し、スプロケットS1の回転がスプロケットS2に伝達される。
【0036】
図2に示されるように、テンショナ100は、エンジン本体から供給された外部圧油を導入する油供給路111が形成されたハウジング110と、該ハウジング110に進退方向に往復移動自在に支持されるとともに走行状態にあるタイミングチェーンC(図1参照)に張力を付与するためにハウジング110に形成されたプランジャ収容穴112からから進退方向で前進する円柱状のプランジャ120と、ハウジング110のプランジャ収容穴112とプランジャ120の中空部121との間に形成される高圧油室131に配置されてプランジャ120を前進方向に付勢する付勢力を発生するプランジャ付勢部材としてのプランジャ付勢用ばね130と、プランジャ収容穴112に組み込まれて高圧油室131内から油供給路111への圧油の逆流を阻止する逆止弁ユニット140と、タイミングチェーンC(図1参照)から後退方向に作用する反力F(図4,図5参照)によりプランジャ120が進退方向で後退することを規制可能なラチェット機構Rとを備える。
【0037】
前記外部圧油は、テンショナ100の外部から油供給路111を介して高圧油室131に導かれる圧油であり、エンジンに備えられて該エンジンの運転および停止に対応して作動および停止が行われる油圧源であるオイルポンプから供給される。したがって、高圧油室131への外部圧油の供給は、エンジンの運転時に行われ、エンジンの停止時に停止される。
プランジャ付勢用ばね130および高圧油室131内の圧油は、プランジャ120を前進方向に付勢するプランジャ付勢手段を構成する。
【0038】
ラチェット機構Rは、ハウジング110に設けられた収容空間としてのラチェット収容穴113内に摺動自在に嵌挿された状態で摺動方向に摺動するラチェット150と、ラチェット150に設けられた1以上の所定数の、ここでは複数としての2つのラチェット歯151と噛合い可能にプランジャ120の外周面の一部分に設けられた複数のラック歯122と、ラチェット歯151がラック歯122と噛み合うときの摺動方向である噛合い方向にラチェット150を付勢するラチェット付勢手段としてのラチェット付勢用ばね160と、ラチェット収容穴113に嵌め込まれてラチェット付勢用ばね160を着座させるばね係止用プラグ170とを備える。
【0039】
柱状、本実施例では円柱状のラチェット収容穴113内で移動するラチェット150は、ラチェット歯151のほかに、外周面153を有する柱状、本実施例では円柱状のラチェット本体152を有する。ラチェット本体152は、ラチェット150において、外周面153を形成している部分である。ラチェット歯151はラチェット150のプランジャ側端部を構成する。
【0040】
ここで、摺動方向は、進退方向に交差する方向、本実施例では直交する方向である。そして、噛合い方向は、ラチェット歯151がラック歯122に噛み合うときのラチェット150の摺動方向、すなわちラチェット150がプランジャ120に近づく方向であり、反噛合い方向は、噛合い方向とは反対方向であって、ラチェット歯151がラック歯122から噛み外れるときのラチェット150の摺動方向、すなわちラチェット150がプランジャ120から遠ざかる方向である。
径方向および周方向は、それぞれ、ラチェット150の中心軸線Lrを中心とする径方向および周方向であるとする。また、中心軸線Lrは、ラチェット150の外周面153の中心軸線でもある。
なお、図2には、中心軸線Lhを有する内周面115と同心状態で位置するラチェット150が示されている。
【0041】
また、部材などにおける「プランジャ側」は、該部材などにおいて、摺動方向でプランジャ120に近い位置を意味し、また「反プランジャ側」は、摺動方向でプランジャ側とは反対側の、すなわちプランジャ120から遠い位置を意味するものとする。
同様に、部材などにおける「前進方向側」は、該部材などにおいて、プランジャ120の進退方向で前進方向側の位置を意味し、また「後退方向側」は、プランジャ120の進退方向で後退方向側の位置を意味するものとする。
【0042】
逆止弁ユニット140の具体的なユニット構造は、プランジャ収容穴112の後退方向側端部に組み込まれて、油供給路111から高圧油室131内への外部圧油の導入を許容する一方で高圧油室131内から油供給路111へ圧油の逆流を阻止するものであれば、公知の如何なるものであっても差し支えない。
本実施例では、ハウジング110の油供給路111に繋がる油路141aを有するボールシート141と、このボールシート141の弁座141bに着座するチェックボール142と、このチェックボール142をボールシート141に押圧付勢するボール付勢用ばね143と、このボール付勢用ばね143を支持し且つチェックボール142の移動量を規制する鐘状リテーナ144とから構成された逆止弁ユニット140が採用されている。
【0043】
ラチェット付勢用ばね160は、ラチェット本体152に設けられたばね収容穴152a内挿入されて、摺動方向に沿ってラチェット150と同心状に配置されている。
ばね係止用プラグ170は、その外周部に、ラチェット収容穴113の反プランジャ側端部に嵌め込まれて抜止めのための弾力性を発揮する多数の突出舌片171を有する抜止め用座金であるとともに、ラチェット付勢用ばね160の付勢力Fs(図3〜図5参照)を設定する付勢力設定部でもある。
【0044】
図3〜図5を主に参照し、必要に応じて図1,図2を併せて参照して、ラック歯122とラチェット歯151とラチェット付勢用ばね160との相互関係について説明する。
図3に示されるように、ラチェット付勢用ばね160の付勢力Fsは、エンジン始動時およびエンジン始動後の通常運転時(すなわち、タイミングチェーンCが後述する張力過多でないときのエンジン運転時)において、プランジャ付勢用ばね130および高圧油室131内の圧油の油圧に基づいてプランジャ120に作用する前進力Faによりプランジャ120が前進して突出する際、ラック歯122およびラチェット歯151を通じラチェット150に作用する該前進力Faの反噛合い方向の分力faよりも、常に小さくなるように設定されている。
そして、分力faが、付勢力Fsと摩擦力との合力に打ち勝つと、プランジャ120は、ラチェット150を反噛合い方向に押し戻しながら可動レバーA(図1参照)に追従して前進する。なお、図3には、プランジャ120が前進する前のプランジャ120の前端部およびラチェット150の位置が二点鎖線で示されている。
ここで、前記摩擦力は、ラック歯122とラチェット歯151との間で作用する摺動方向での摩擦力である。
【0045】
一方、図4に示されるように、付勢力Fsは、タイミングチェーンCから可動レバーAを介してプランジャ120を後退させようとする反力Fが第1反力F1であるときに、ラック歯122およびラチェット歯151を通じラチェット150に作用する第1反力F1の反噛合い方向の第1分力f1以上の大きさに設定されている。
ここで、第1反力f1は、タイミングチェーンCの第1走行状態、例えば、高圧油室131が低油圧状態にあるときとしてのエンジン始動時、および、エンジン始動後の通常運転時での走行状態における反力Fである。
また、前記低油圧状態は、高圧油室131への前記外部圧油の供給が行われないエンジン停止中での高圧油室131への空気の侵入などに起因して、高圧油室131にプランジャ120の後退を規制するための十分な油圧が存在していない状態、つまり高圧油室131内の油圧が第1反力F1に対向するのに十分でない状態である。
【0046】
このため、エンジン始動時およびエンジン始動後の通常運転時において、タイミングチェーンC(図1参照)からプランジャ120を後退させようとする第1反力F1が発生するときには、付勢力Fsと前記摩擦力との合力が第1分力f1よりも大きくなるような付勢力Fsがラチェット150に作用するので、ラチェット歯151がラック歯122と噛み合って、バックラッシュに基づくプランジャ120の後退の後に、プランジャ120の後退方向の移動を規制して後退変位を阻止する。
【0047】
また、図5に示されるように、付勢力Fsは、反力Fが第2反力であるときに、ラック歯122およびラチェット歯151を通じラチェット150に作用する第2反力F2の反噛合い方向の第2分力f2よりも小さく設定されている。
ここで、第2反力F2は、タイミングチェーンCの第2走行状態、例えばエンジン始動後(したがって、高圧油室131が圧油で満たされているとき)に、タイミングチェーンCの張力変動やエンジンの温度変化によるエンジン本体やタイミングチェーンCの熱膨張などに起因して、タイミングチェーンCの伸長時にプランジャ120が過大に前進する状態(すなわち、過飛び出し状態)になって、タイミングチェーンCに過大張力が発生する張力過多時での走行状態における反力Fである。
したがって、第1反力F1は、タイミングチェーンCに発生する張力が前記過大張力よりも小さいときの反力である。そして、第2反力F2は第1反力F1よりも大きい。
【0048】
このため、エンジン始動後のタイミングチェーンCの張力過多時に、タイミングチェーンCからプランジャ120を後退させようとする第2反力F2が発生するときには、第2分力f2が、付勢力Fsと前記摩擦力との合力よりも大きくなり、図6に示されるように、ラチェット150が反噛合い方向に摺動し、ついにはラチェット歯151とラック歯122とが噛み外れ、図7に示されるように、反力Fが第1反力F1になって、第1分力f1がラチェット150に作用するようになるまで、プランジャ120がラック歯122の1歯分もしくは数歯分だけ後退する。このように、テンショナ100は、タイミングチェーンCの張力過多時には、バックラッシュに基づくプランジャ120の後退の後も、該プランジャ120の後退方向の移動を規制せず、後退変位を許容するようになっている。
【0049】
したがって、プランジャ付勢用ばね130の付勢力は、ラチェット付勢用ばね160の付勢力Fsよりも大きいが、プランジャ120を前進させるために付勢する付勢力であればよく、このような範囲で付勢力Fsを調整することによってエンジン始動後のチェーンの張力過多による噛み外れのタイミングを調整することも可能である。
【0050】
第1,第2分力f1,f2について、さらに詳細に説明する。
テンショナ100において、図3〜図5に示されるように、ラック歯122は、ラチェット150の摺動方向に対して反噛合い方向に向かって前進方向に傾斜する歯面であるストップ面122aとラチェット150の摺動方向に対して反噛合い方向に向かって後退方向に傾斜する歯面である摺動面122bとで凹凸状に形成されている。そして、ラチェット歯151は、ラチェット150の摺動方向に対して反噛合い方向に向かって前進方向に傾斜する歯面であるストップ対向面151aとラチェット150の摺動方向に対して反噛合い方向に向かって後退方向に傾斜する歯面である摺動対向面151bとで凹凸状に形成されている。
【0051】
そして、摺動方向に対してストップ面122aが前進方向に傾斜する角度であるストップ面122aの傾斜角θ(図2,図4,図5参照)は、摺動方向に対して摺動面122bが後退方向に傾斜する角度である摺動面122bの傾斜角α(図2,図3参照)よりも小さく設定されている。
傾斜角θは、プランジャ120に対して、第1反力F1が作用するときに、ラック歯122とラチェット歯151との噛外れを阻止して、プランジャ120の後退を阻止するように、かつ第2反力F2が作用するときに、ラック歯122とラチェット歯151との噛外れ許容して、プランジャ120の後退を許容するように実験やシミュレーションなどにより決定される。
また、傾斜角αは、プランジャ120に対して、前進力Fa(図3参照)が作用するときに、ラック歯122とラチェット歯151との噛外れ許容して、プランジャ120の前進を許容するように、実験やシミュレーションなどにより決定される。
【0052】
そして、エンジンの運転時において、テンショナがタイミングチェーンCに張力を付与するためにプランジャ120が前進するとき、図3に示されるように、プランジャ120に作用する前進力Faで発生するラチェット150の摺動方向の分力faと付勢力Fsと大小関係は、
fa=Fa×cosα×sinα
fa>Fs
となる。
【0053】
また、エンジン始動時などにプランジャ120の後退を阻止するとき、図4に示されるように、エンジン始動時にタイミングチェーンCからプランジャ120に作用する第1反力F1で発生するラチェット150の摺動方向の第1分力f1と付勢力Fsと大小関係は、一例として、
f1=F1×cosθ×sinθ
f1<Fs
となる。
【0054】
一方、エンジンの温度変化などでプランジャ120が過剰に前進する過飛び出し状態になって、タイミングチェーンCに過大張力が発生して、プランジャ120の後退を許容するとき、図5に示されるように、タイミングチェーンCからプランジャ120に作用する第2反力F2で発生する第2分力f2と付勢力Fsと大小関係は、
f2=F2×cosθ×sinθ
f2>Fs
となる。
【0055】
これにより、タイミングチェーンCの張力過多時にタイミングチェーンCからプランジャ120を後退させる第2反力F2が発生すると、この第2反力F2がストップ面122aを介してストップ対向面151aに摺動方向の第2分力f2として、ラチェット歯151をラック歯122と噛み外れるように作用し、図6,図7に示されるように、ラック歯122がストップ対向面151aを経て摺動対向面151bを滑動して1歯分もしくは数歯分戻すようになっている。
【0056】
次に、図8〜図10を主に参照し、図1,2を適宜参照して、ラチェット150を中心に、テンショナ100についてさらに説明する。
図9,図10に示されるように、ハウジング110は、ラチェット収容穴113を形成する内周面115、すなわちラチェット収容穴113の形成面を有する。内周面115は、ラチェット150における摺接面である外周面153が摺接することによりラチェット150を摺動方向に摺動自在に案内する案内面である。そして、摺動方向での内周面115の形成範囲Nh(図2参照)は、摺動方向での外周面153の形成範囲Nr(図2参照)、すなわち摺動方向でのラチェット本体152の長さよりも大きい。
なお、図9,図10には、説明の便宜上、ラチェット150をラチェット収容穴113内で摺動自在とするための内周面115と外周面153との間の径方向の微小隙間gが誇張されて示されている。
【0057】
図8,図9を参照すると、プランジャ120が第1反力F1で押圧されるときには、ラチェット付勢用ばね160の付勢力Fsが第1分力f1(図4参照)よりも大きいことから、ラチェット150は、プランジャ120により後退方向に押圧されて内周面115の後退方向側部分115bに押し付けられることで、摺動方向に平行な状態(すなわち、ラチェット150の中心軸線Lrが摺動方向または中心軸線Lhに平行な状態)である平行状態になる。このとき、外周面153は、内周面115の前進方向側部分115aに接触していない。
外周面153は、プランジャ120が前進するときに、プランジャ120により前進方向に押圧されて内周面115の前進方向側部分115aに押し付けられたラチェット150が反噛合い方向に移動するときに、および、ラチェット150が噛合い方向に移動するときに、内周面115に摺接する。
【0058】
図10を併せて参照すると、テンショナ100は、第2反力F2の作用により後退するプランジャ120により押圧されて反噛合い方向に摺動するラチェット150が反噛合い方向に向かって前進方向に傾斜したときに、外周面153が、該外周面153のプランジャ側端部153a(ラチェット本体152のプランジャ側端部でもある。)において内周面115の後退方向側部分115bに接触する一方で、外周面153の反プランジャ側端部153b(ラチェット本体152の反プランジャ側端部でもある。)において内周面115の前進方向側部分115aに接触することを防止する傾斜抑制構造を構成するストッパとしての突起180を備える。
【0059】
突起180は、テンショナ100において、ラチェット150以外の部材である非ラチェット部材とラチェット150とにおける一方の部材としてのラチェット150に設けられて、前記非ラチェット部材とラチェット150とにおける他方の部材としてのプランジャ120に当接可能である。
より具体的には、突起180は、プランジャ120の前進方向で最前位置にあるラチェット歯151である前端ラチェット歯151Aに対して前進方向側に配置されていて、前端ラチェット歯151Aよりも前進方向側に位置する特定ラック歯122Aの歯先123に当接可能である。
特定ラック歯122Aは、前端ラチェット歯151Aと噛み合っているラック歯122よりも、前進方向側に位置するラック歯122である。
【0060】
突起180は、プランジャ150のプランジャ側端面154から噛合い方向に突出する台状の部分であり、ラチェット歯151の歯幅方向で、ラチェット歯151の歯幅とほぼ等しい幅を有する。そして、突起180の頂面180aは、前進方向にラック歯122の1ピッチ以上の幅で延びていて、前端ラチェット歯151Aよりも前進方向側部分115aのほぼ全体に亘って形成されている。
頂面180aは中心軸線Lrに直交する平面である。
【0061】
そして、ラチェット歯151とラック歯122とが噛合い状態にあり、第2反力F2が作用しているプランジャ120により後退方向に押圧されているラチェット150が、後退するプランジャ120により傾斜を開始する直前の状態(以下、「傾斜直前状態」という。)にあって、本実施例ではラチェット150が前記平行状態にあるとき、特定ラック歯122Aの歯先123と突起180との間には、摺動方向での微小な隙間Eが形成されている。
【0062】
この傾斜直前状態から、プランジャ120の後退により、ラチェット150が反噛合い方向に向かって前進方向に傾斜すると、突起180の頂面180aが歯先123に当接して、ラチェット150がさらに傾斜することが防止される。このとき、突起180と歯先123との当接位置P(図10参照)は、ラチェット150の中心軸線Lrと、前端ラチェット歯151Aとに対して前進方向側に位置するとともに、プランジャ120の後退につれてラチェット150が反噛合い方向に摺動するとき、前端ラチェット歯151Aよりも前進方向側で延びている頂面180a上で後退方向に移動する。このため、当接位置Pが頂面180a上を移動する間、傾斜抑制効果を維持することができ、かつ傾斜抑制摺動範囲を大きくすることができる。
【0063】
そして、頂面180aと歯先123とが当接位置Pで当接することにより、外周面153が反プランジャ側端部153bにおいて内周面115の前進方向側部分115aに接触することが防止されて、外周面153が、プランジャ側端部153aで内周面115の後退方向側部分115bおよび反プランジャ側端部153bで内周面115の前進方向側部分115aに接触する状態、すなわちラチェット150が両側接触傾斜状態になることが防止される。
【0064】
そして、当接位置Pが前端ラチェット歯151Aから前進方向に離れているほど、また隙間Eが小さいほど、両側接触傾斜状態の発生を防止する傾斜抑制効果が高められ、また該傾斜抑制効果が奏される摺動方向でのラチェット150の摺動範囲(以下、「傾斜抑制摺動範囲」という。)が大きくなる。
突起180は、ラチェット本体152に一体成形により形成されるが、別の例として、突起180がラチェット本体152とは別個の部材により構成され、ラチェット本体152に一体に固定されて設けられてもよい。
【0065】
そして、中心軸線Lrと摺動方向とが平行である、または前記平行状態であるときに、図9に示されるように、ラック歯122とラチェット歯151とが噛合い状態にあり、かつラチェット150が噛合い方向で最も突出している最突出位置を占めるとき、中心軸線方向または摺動方向でのラチェット150のプランジャ側端面154から当接位置Pまでの突起180の高さHと、ラック歯122の歯丈Tと、中心軸線方向または摺動方向でのラック歯122の歯底122cとプランジャ側端面154との間隔Bと、中心軸線方向または摺動方向でのラチェット歯151の歯底151cとプランジャ側端面154との距離Dとは、次の関係式、
H<T−B (1)
H>D (2)
を満たすように設定される。
【0066】
そして、関係式(1)が成立することにより、ラチェット150が噛合い方向での最大突出位置を占めているとき、傾斜開始直前状態で、歯先123と頂面180aとの間に隙間Eが形成される。また、関係式(2)が成立することにより、後退するプランジャ120によるラチェット150の傾斜を抑制するためには、突起180と歯先123とを当接状態にすればよく、ラチェット歯151の歯底151cとラック歯122の歯先123とを当接状態にする必要はない。
なお、中心軸線方向は、中心軸線Lrに平行な方向である。
【0067】
つぎに、タイミングチェーンCの張力過多時におけるラック歯122とラチェット歯151との噛み外れ動作について、図1,図5乃至図7,図10を参照して、説明する。
なお、図6,図7には、エンジン始動後にタイミングチェーンCに過大張力が発生したときに、プランジャ120が後退を開始する前のプランジャ120の前端部およびラチェット150の位置が二点鎖線で示されている。
【0068】
まず、エンジン始動後のタイミングチェーンCの張力過多時にタイミングチェーンCからプランジャ120を後退させる第2反力F2が発生すると、図5に示されるように、この第2反力F2が摺動方向の第2分力f2として作用する。
【0069】
そして、ラチェット150の摺動方向の第2分力f2が作用すると、図6に示されるように、ストップ面122aがストップ対向面151aを滑動しながらプランジャ120が後退し始めて、ラチェット150は、後退方向で内周面115に押し付けられた状態で、図10に示されるように傾斜状態になる。そして、プランジャ120が後退するにつれて、ラチェット150は、頂面180aと歯先123とが当接状態を維持する範囲内で両側接触傾斜状態になることが防止された状態で、反噛合い方向に摺動して、プランジャ120のラック歯122がラチェット150のラチェット歯151と外れていく。
【0070】
次いで、ラック歯122がラチェット歯151と外れると同時に、ラチェット付勢用ばね160により付勢されたラチェット150は、噛合い方向に摺動して摺動面122bが摺動対向面151bを滑動し始め、ラチェット150は外周面153において前進方向で内周面115に接触しつつ噛合い方向に摺動しながら、プランジャ120が後退し続けていく。
【0071】
さらに、摺動面122bが摺動対向面151bを滑動しながらプランジャ120が後退し続けると、図7に示されるように、後続する新たなラック歯122のストップ面122aがストップ対向面151aに当接する。そして、プランジャ120に依然として第2反力F2が作用しているときは、前述の動作と同様に、プランジャ120の後退が許容される。
このようにして、プランジャ120がラック歯122の1歯分もしくは数歯分だけ後退することにより、タイミングチェーンCの張力変動やエンジンの温度変化などで発生するプランジャ120の過飛び出し状態および該過飛出し状態により発生する過大張力が解消される。
【0072】
次に、前述のように構成された実施例の作用および効果について説明する。
チェット式テンショナ100のラチェット機構Rは、ハウジング110に設けられたラチェット収容穴113内に摺動自在に収容されて摺動方向に移動するラチェット150と、プランジャ120に設けられてラチェット150のラチェット歯151と噛合い可能なラック歯122と、噛合い方向にラチェット150を付勢するラチェット付勢用ばね160とを備え、ラチェット機構Rは、タイミングチェーンCからプランジャ120に作用する反力Fが、タイミングチェーンCに発生する張力が過大張力であるときの第2反力F2であるときに、プランジャ120の後退を許容し、ハウジング110は、ラチェット150の外周面153が摺接することによりラチェット150を摺動方向に案内する内周面115を有し、第2反力F2の作用で後退するプランジャ120により押圧されたラチェット150が反噛合い方向に向かって前進方向に傾斜することにより外周面153が内周面115の前進方向側部分115aに接触することを防止する傾斜抑制構造としてのストッパである突起180を備える。
この構成により、摺動方向への移動時に内周面115に摺接する外周面153を有するラチェット150は、過大張力が発生している張力過多時のタイミングチェーンCから作用する第2反力F2により後退するプランジャ120により後退方向で内周面115に押し付けられたときに、突起180は、ラチェット150が傾斜することにより外周面153が内周面115の前進方向側部分115aおよび後退方向側部分115bに接触する両側接触傾斜状態になることを防止する。このため、ラチェット150が両側接触傾斜状態になって内周面115の前進方向側部分115aおよび後退方向側部分115bに接触する場合に比べて、ラチェット150は内周面115に対して反噛合い方向に円滑に摺動することができ、反噛合い方向へのラチェット150の摺動性が向上する。
しかも、突起180による両側接触傾斜状態の発生防止効果は、プランジャ120が後退方向へのラチェット150の押圧を開始した直後に、ほぼ静止状態にあるラチェット150が反噛合い方向へ摺動を開始する摺動開始時期を含む期間に奏されるので、傾斜抑制構造によりラチェット150に作用する静止摩擦力の低減が可能になる。
この結果、ラック歯122からのラチェット歯151の噛外れが迅速に行われて、プランジャ120の後退の迅速化が可能になり、過飛び出し状態およびタイミングチェーンCの過大張力の解消を迅速化できるので、過大張力に起因するタイミングチェーンCの負担および騒音の減少が可能になる。
【0073】
傾斜抑制構造がラチェット150に設けられてプランジャ120に当接可能な突起180により構成されるので、傾斜抑制構造を簡単な構造で実現することができる。
また、突起180とラック歯122の歯先123との当接位置Pは、ラチェット150の中心軸線Lrと、前進方向で最前位置にあるラチェット歯151である前端ラチェット歯151Aとに対して前進方向側に位置する。この構成により、当接位置Pは、中心軸線Lrおよび前端ラチェット歯151Aよりも前進方向側にあることから、該当接位置Pが前端ラチェット歯151Aよりもラチェット150の傾斜方向である前進方向側に位置する分、例えば、当接位置Pがプランジャ120の進退方向でラチェット歯151と同じ位置に設けられる場合に比べて、傾斜抑制摺動範囲(すなわち、両側接触傾斜状態の発生防止効果が奏される摺動方向でのラチェット150の摺動範囲)を大きくすることができる。この結果、反噛合い方向へのラチェット150の摺動性が向上するラチェット150の傾斜抑制摺動範囲を拡大できるので、プランジャ120の後退およびタイミングチェーンCの過大張力の解消を迅速化を向上させることができて、過大張力に起因するタイミングチェーンCの負担および騒音の一層の減少が可能になる。
【0074】
また、突起180が特定ラック歯122Aの歯先123に当接可能であることにより、突起180が特定ラック歯122Aと当接することでラチェット150の傾斜が抑制される。この結果、ラック歯122を利用することにより、簡単な構造で傾斜抑制構造を構成することができる。
【0075】
突起180の高さHと、ラック歯122の歯丈Tと、ラック歯122の歯底122cとプランジャ側端面154との間の距離Bとが、次の関係式
H<B−T
を満たすことにより、ラチェット150が噛合い方向での最大突出位置を占めているとき、ラック歯122の歯先123とストッパとの間には、摺動方向で隙間Eが形成されるので、突起180がプランジャ120の進退方向への移動を妨げることが防止される。この結果、ラチェット150のプランジャ側端面154からプランジャ120に向けて突出する突起180を備えるテンショナ100において、進退方向でのプランジャ120の良好な移動性を確保しながら、突起180が奏する傾斜抑制効果によりプランジャ120の後退の迅速性を向上させることができる。
【0076】
突起180の高さHと、ラチェット歯151の歯底151cとラチェット150のプランジャ側端面154との距離Dとが、次の関係式
H>D
を満たすことにより、突起180の高さHが距離Dよりも大きいことから、ラチェット150の傾斜を抑制するためにラチェット歯151の歯底151cとラック歯122の歯先とを当接状態にする必要がないので、該当接状態とすることよるラチェット歯151の歯底151cおよびラック歯122の歯先の摩耗を防止することができる。
【0077】
突起180の頂面180aは、前端ラチェット歯151Aよりも前進方向側部分115aのほぼ全体に亘って形成されていることにより、当接位置Pをラチェット歯151およびラック歯122の歯幅方向に広く設定できるので、当接状態でのラチェットが進退方向の回りで揺動することが防止されて、反噛合い方向へのラチェット150の摺動性の向上に寄与する。
【0078】
また、プランジャ120は、プランジャ付勢用ばね130およびエンジンの運転時に供給される外部圧油が導かれる高油圧室内の油圧により付勢されて進退方向で前進し、ラチェット付勢用ばね160の付勢力Fsは、エンジン始動時に発生するラチェット150の摺動方向の第1分力f1より大きく設定されているとともにエンジン始動後のタイミングチェーンCの張力過多時に発生するラチェット150の摺動方向の第2分力f2より小さく設定されている。
この構成により、高圧油室131内の油圧が第1反力F1に対向するのに十分でない低油圧状態にあるエンジン始動時にプランジャ120の後退変位を抑制することで、タイミングチェーンCのバタツキ音を低減することができるとともに、エンジン始動後のタイミングチェーンCの過大張力によってプランジャ120の後退変位を許容することで、プランジャ120の焼き付きを防止することができる。しかも、特殊な高荷重対応のプランジャ付勢用ばねやオリフィス機構やオイルリザーブ機構を必要とせず、部品点数や製造コストを低減してテンショナ100自体を小型化することができる。
【0079】
そして、プランジャ120のラック歯122が、噛外れ方向に向かって前進方向側に傾斜するストップ面122aと、噛外れ方向に向かって後退方向側に傾斜する摺動面122bとで凹凸状に形成されているとともに、ラチェット150のラチェット歯151が噛外れ方向に向かって前進方向側に傾斜するストップ対向面151aと、噛外れ方向に向かって後退方向側に傾斜する摺動対向面151bとで凹凸状に形成され、しかも、ストップ面122aの傾斜角θが摺動面122bの傾斜角αよりも小さく形成されている。
この構成により、エンジン始動後のタイミングチェーンCの張力過多時にラチェット歯151とラック歯122に生じがちな歯欠けなどの摩損を防止しつつプランジャ120の後退方向の動きを規制せず後退変位を円滑に許容できるとともにラチェット付勢用ばね160に対する過度の衝撃も回避して優れた耐久性を発揮することができる。
【0080】
次に、図11乃至図13を参照して、前記実施例の第1,第2変形例を説明する。この第1,第2変形例は、傾斜抑制構造の具体的構造が前記実施例とは相違し、その他は基本的に同一の構成を有するものである。そのため、同一の部分についての説明は省略または簡略にし、異なる点を中心に説明する。そして、実施例の部材などと同一の部材または対応する部材などについては、同一の符号が使用されている。
図11は、実施例の第1変形例であるテンショナ100のラチェット150の斜視図、図12は、第1変形例において、図9に対応する図、図13は、実施例の第2変形例であるテンショナ100のラチェット150において、図9に対応する図である。
【0081】
図11を参照すると、第1変形例において、傾斜抑制構造を構成するストッパとしての突起181は、ラチェット本体152のプランジャ側端面154において、前端ラチェット歯151Aに対して前進方向側に配置されていて、前端ラチェット歯151Aよりも前進方向側に位置する特定ラック歯122Bに当接可能である。特定ラック歯Bは、前端ラチェット歯151Aが噛み合っているラック歯122である。
【0082】
突起181は、ラチェット歯151に似た鋸歯状の突起であり、ラチェット歯151の歯幅方向に、前端ラチェット歯151Aに沿って延びていて、特定ラック歯122Bにおいて前進方向側の歯面である摺動面122bに当接可能である。
また、中心軸線方向で、ラチェット150のプランジャ側端面154からの突起181の高さHは、ラチェット歯151の高さKよりも低く、しかも傾斜開始直前状態で、突起181と特定ラック歯122Bとは非接触状態にある。この構造により、突起181がプランジャ120の進退方向への移動を妨げることが防止されるので、進退方向でのプランジャ120の良好な移動性を確保しながら、突起181が奏する傾斜抑制効果によりプランジャ120の後退の迅速性を向上させることができる。
【0083】
そして、傾斜開始直前状態では、突起181は、摺動方向で歯先122eよりも噛合い方向側に位置し、摺動面122bと突起181との間には、摺動方向および進退方向での微小な隙間Eが形成されている。
この傾斜直前状態から、プランジャ120の後退により、ラチェット150が反噛合い方向に向かって前進方向に傾斜する(図12に二点鎖線で示されている。)と、突起181が歯面122bに当接して、ラチェット150がさらに傾斜することが防止される。このとき、突起181と特定ラック歯122Bとの当接位置Pは、中心軸線Lrと、前端ラチェット歯151Aとに対して前進方向側に位置する。
【0084】
そして、突起181と摺動面122bとが当接位置Pで当接することにより、外周面153がその反プランジャ側端部153b(または、ラチェット本体152が反プランジャ側端部)において内周面115の前進方向側部分115aに接触することが防止されて、ラチェット150が両側接触傾斜状態になることが防止される。
また、プランジャ120の後退につれてラチェット150が反噛合い方向に摺動するとき、当接位置Pは、摺動面122b上で後退方向および反噛合い方向に移動する。このため、当接位置Pが摺動面122b上で移動する間、傾斜抑制効果を維持することができ、かつ傾斜抑制摺動範囲を大きくすることができる。
そして、この第2実施例によれば、実施例と同様の作用および効果が奏される。
【0085】
図13を参照すると、第2変形例において、傾斜抑制構造を構成するストッパとしての突起182は、ラチェット150を収容するハウジング110において、前端ラチェット歯151Aに対して前進方向側に配置されていて、前端ラチェット歯151Aよりも前進方向側に位置するラック歯122に当接可能である。ハウジング110は、テンショナ100においてラチェット150以外の部材である非ラチェット部材である。
【0086】
突起182は、ラチェット収容穴113に配置され、内周面115に対して径方向内方または中心軸線Lrに向かって突出している板状の部分であり、前進方向側で、ラチェット150のプランジャ側端面154に当接可能である。
突起182はラチェット収容穴113内に配置されていることより、突起182がプランジャ120の進退方向への移動を妨げることが防止されるので、進退方向でのプランジャ120の良好な移動性を確保しながら、突起182が奏する傾斜抑制効果によりプランジャ120の後退の迅速性を向上させることができる。
【0087】
そして、傾斜開始直前状態では、プランジャ側端面154と突起182との間には、摺動方向での微小な隙間Eが形成されている。
この傾斜直前状態から、プランジャ120の後退により、ラチェット150が反噛合い方向に向かって前進方向に傾斜する(図12に二点鎖線で示されている。)と、プランジャ側端面154の縁部154aと突起182とが当接位置Pで当接することにより、ラチェット150が両側接触傾斜状態になることが防止される。当接位置Pは、中心軸線Lrと、前端ラチェット歯151Aとに対して前進方向側に位置する。
そして、この第3実施例によれば、実施例と同様の作用および効果が奏される。
【0088】
以下、前述した実施例、第1,第2変形例の一部の構成を変更した例について、変更した構成に関して説明する。
突起180の頂面180aの形成範囲は、ラチェット歯151の歯幅方向で、ラチェット歯151の歯幅よりも小さくてもよく、また進退方向で、プランジャ120の後退に基づく当接位置Pの移動経路が頂面180a上で確保されることを条件として、ラック歯122の1ピッチよりも小さくてもよい。
【0089】
実施例において、図10のXIV部の拡大図に対応する図である図14に示されるように、ラチェット150の突起180の頂面180a上を後退方向に移動する当接位置Pの移動経路上に、当接位置Pが後退方向に移動するときにラチェット150の傾斜角の増加を抑制または防止するための隆起部185が、頂面180aに設けられてもよい。突起180が有する該隆起部185は、当接位置Pが後退方向に移動するにつれて、噛合い方向に徐々に突出する傾斜面185aを有する。そして、この傾斜面185a上で当接位置Pが後退方向に移動することにより、図14において時計方向のモーメントをラチェット150に作用させることができる。これにより、ラチェット150の傾斜の増大が抑制または防止され、さらに好ましくはラチェット150の傾斜が減少して、ラチェット150が両側接触傾斜状態になることを防止することができる。
【0090】
ラチェット150が摺動自在に収容される収容空間は、穴以外の空間であってもよい。
前記実施例では、ハウジング110の内周にラチェット150が嵌合したが、ハウジング110の一部分である支持部の外周にラチェット150が嵌合する場合には、請求項における案内面はハウジング110の前記支持部の外周面153により構成され、請求項における摺接面はラチェット150の内周面115により構成される。
進退方向と摺動方向との交差は、直交以外の形態でもよい。
巻掛け伝動体は、エンジンのタイミングチェーンC以外のチェーンまたはベルトであってもよく、また、エンジン以外の機械の巻掛け伝動装置に備えられてもよい。
【符号の説明】
【0091】
100 ラチェット式テンショナ
110 ハウジング
113 ラチェット収容穴
115 内周面
120 プランジャ
122 ラック歯
122a ストップ面
122b 摺動面
122A,122B 特定ラック歯
123 歯先
130 プランジャ付勢用ばね
131 高圧油室、
150 ラチェット
151 ラチェット歯
151A 前端ラチェット歯
151a ストップ対向面
151b 摺動対向面
153 外周面
154 プランジャ側端面
155、156,157 第2摺接面
160 ラチェット付勢用ばね
180,181,182 突起
C タイミングチェーン
S1,S2 スプロケット
R ラチェット機構
Fs ラチェット付勢用ばねの付勢力
F,F1,F2 反力
f1,f2 分力
Lr 中心軸線
E 隙間
P 当接位置
θ ストップ面の傾斜角
α 摺動面の傾斜角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハウジングと、前記ハウジングに進退方向に移動自在に支持されるとともに回転部材に巻き掛けられた巻掛け伝動体に張力を付与するために前記ハウジングから前記進退方向で前進するプランジャと、前記プランジャを前進方向に付勢するプランジャ付勢手段と、前記巻掛け伝動体から後退方向に作用する反力による前記プランジャの後退を規制可能なラチェット機構とを備えるラチェット式テンショナにおいて、
前記ラチェット機構は、前記ハウジングに設けられた収容空間内に摺動自在に収容されて前記進退方向と交差する摺動方向に移動するラチェットと、前記プランジャに設けられて前記ラチェットのラチェット歯と噛合い可能なラック歯と、前記ラチェット歯が前記ラック歯に噛み合うときの前記摺動方向での噛合い方向に前記ラチェットを付勢するラチェット付勢手段とを備え、
前記ラチェット機構は、前記反力が、前記巻掛け伝動体に発生する張力が過大張力よりも小さいときの第1反力であるときに、前記ラチェット歯と前記ラック歯との噛合いにより前記プランジャの後退を規制し、前記反力が、前記張力が前記過大張力であるときの第2反力であるときに、前記ラチェットが反噛合い方向に摺動して前記ラチェット歯が前記ラック歯から噛み外れることにより前記プランジャの後退を許容し、
前記ハウジングは、前記収容空間を形成するとともに前記ラチェットの摺接面が摺接することにより前記ラチェットを前記摺動方向に案内する案内面を有し、
前記第2反力の作用で後退する前記プランジャにより押圧された前記ラチェットが前記反噛合い方向に向かって前記前進方向に傾斜することにより前記摺接面が前記案内面の前進方向側部分に接触することを防止する傾斜抑制構造を備えることを特徴とするラチェット前記式テンショナ。
【請求項2】
前記傾斜抑制構造は、前記ラチェット以外の部材である非ラチェット部材および前記ラチェットの一方の部材に設けられて、前記非ラチェット部材および前記ラチェットの他方の部材に前記摺動方向で当接可能なストッパであり、
前記ストッパと前記他方の部材との当接位置は、前記ラチェットの中心軸線と、前記前進方向で最前位置にある前記ラチェット歯である前端ラチェット歯とに対して前進方向側に位置することを特徴とする請求項1に記載のラチェット式テンショナ。
【請求項3】
前記一方の部材は、前記ラチェットであり、
前記他方の部材は、前記非ラチェット部材である前記プランジャであり、
前記ストッパは、前記噛合い方向に突出している突起であり、前記ラック歯の歯先または歯面に当接可能であることを特徴とする請求項2に記載のラチェット式テンショナ。
【請求項4】
前記ラチェットが前記噛合い方向での最大突出位置を占めて前記ラチェット歯と前記ラック歯とが噛合い状態にあるときに、前記ラチェットのプランジャ側端面から前記歯先との前記当接位置までの前記突起の高さHと、前記ラック歯の歯丈Tと、前記ラック歯の歯底と前記プランジャ側端面との間の距離Bとが、次の関係式
H<B−T
を満たすことを特徴とする請求項3に記載のラチェット式テンショナ。
【請求項5】
前記高さHと、前記ラチェット歯の歯底と前記プランジャ側端面との距離Dとが、次の関係式
H>D
を満たすことを特徴とする請求項4に記載のラチェット式テンショナ。
【請求項6】
前記ラチェット付勢手段が前記ラチェットを前記噛合い方向に付勢する付勢力は、前記第1反力で発生する前記摺動方向の第1分力よりも大きく設定され、前記第2反力で発生する前記摺動方向の第2分力よりも小さく設定されていることを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載のラチェット式テンショナ。
【請求項7】
前記ラック歯が、前記反噛合い方向に向かって前記前進方向に傾斜するストップ面と、前記反噛合い方向に向かって前記後退方向に傾斜する摺動面とで凹凸状に形成され、
前記ラチェット歯が、前記反噛合い方向に向かって前記前進方向に傾斜するストップ対向面と、前記反噛合い方向に向かって前記後退方向に傾斜する摺動対向面とで凹凸状に形成されていることを特徴とする請求項6に記載のラチェット式テンショナ。
【請求項8】
前記ストップ面の傾斜角が、前記摺動面の傾斜角より小さく形成されていることを特徴
とする請求項7に記載のラチェット式テンショナ。
【請求項9】
前記ハウジングは、前記回転部材を回転させるエンジンに取り付けられ、
前記プランジャ付勢手段は、前記ハウジングに形成された高油圧室に前記エンジンの運転時に供給される圧油の油圧を含み、
前記第1反力は、前記エンジンの始動時に発生する前記反力を含み、
前記第2反力は、前記エンジンの始動後に発生する前記反力を含むことを特徴とする請求項1乃至請求項8のいずれか1項に記載のラチェット式テンショナ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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