説明

ラックアンドピニオン式電動パワーステアリングの複合構造ラック

【課題】従来の鉄系材料のみを用いたラックに対して、同等以上のラック歯部と軸方向端部ねじ部の強度と、抗曲性を備え、大幅に軽量化された信頼性の高いラックアンドピニオン式ステアリング装置用ラックを提供する。
【解決手段】外周にラック歯形部11を形成した後に焼入れ処理を行った鋼製外殻の内周面に、炭素繊維の一方向プリプレグ又は織物プリプレグの少なくとも一つからなる、炭素繊維強化プラスチック積層体20を形成することで、軽量化と抗曲性を備えたラック1を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラックアンドピニオン式ステアリング装置の製造方法に関し、より詳細には、コラムアシスト式及び、ピニオンアシスト式の、ラックアンドピニオン式電動パワーステアリング装置に用いられるラックの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
乗用車においては、ステアリング軸の回転を左右の転舵輪の運動に変換する機構として、高剛性且つ軽量であることから、ラックアンドピニオン機構が主に用いられている。一方、電動モータの出力によって操舵を補助する電動パワーステアリング装置は、モータの回転力をステリング軸に伝達するコラムアシスト式、回転力をピニオンに伝達するピニオンアシスト式、及び回転力をボールねじを介してラックに伝達するラックアシスト式が知られている。使用されるラックには、衝撃荷重を受けても破損しない耐衝撃性や、衝撃荷重や曲げ荷重により破断しない抗曲性、ラック歯部の耐摩耗性が求められる。
【0003】
操舵の補助を行わないマニュアルステアリング装置においては、運転者がステアリングホイ−ルに加えた回転力のみがラックアンドピニオン機構によって転舵輪の運動に変換されるので、ラック及びピニオンに負荷される応力は小さい。また、油圧によって操舵を補助する油圧式パワーステアリング装置においては、操舵を補助する力がラックアンドピニオン機構を介さず直接ラックに伝達されるため、ラック及びピニオンに負荷される応力は小さい。さらに、ラックアシスト式の電動パワーステアリング装置においても、前述したように操舵を補助する回転力がラックアンドピニオン機構を介さず、ボールねじを介してラックに伝達されるため、ラック及びピニオンに負荷される応力は油圧式パワーステアリング装置と同程度である。
【0004】
これに対して、コラムアシスト式及びピニオンアシスト式の電動パワーステアリング装置においては、運転者がステアリングホイールに加えた回転力と、電動モータから出力される操舵を補助する回転力との合力が、ラック及びピニオンに負荷されるため、ラック及びピニオンに負荷される応力は、マニュアルステアリング装置や油圧式パワーステアリング装置の応力と比較すると10倍以上にもなり、相互に噛み合うラック及びピニオンの歯部に摩耗が生じる可能性があるという問題点があった。
【0005】
通常、このラック及びピニオンの歯部の摩耗を抑制するため、ラック及びピニオンの歯部とラックの背面に浸炭焼入れ処理や高周波焼入れ処理を施して、表面硬さをHRC55〜63程度とすると共に、歯の根元芯部の硬さを上記表面硬さよりも10〜20ポイント程度低い硬さとしている。また、ラック及びピニオンの歯部とラックの背面に、焼入れ処理による第1硬化層と、第1硬化層にショットピーニング処理を施し、焼き入れ硬化層よりも硬い第2硬化層と、の2重の硬化層を設け、ラック及びピニオンの歯部の摩耗を抑制する技術が開示されている(例えば、先行技術文献1参照)。
【0006】
また、樹脂化により軽量化を図ったウォームギヤ減速機構として、アラミド繊維連続シートを複数層重ねて巻き付けた後、マトリックス樹脂組成物液を含浸して環状形状体を成形し、更に切削加工を施した樹脂製歯車が開示されている(例えば、先行技術文献2参照)。さらに、ウォームギヤ減速機が、熱可塑性樹脂とポリパラフェニレンベンゾビスオキサゾール繊維(PBO繊維)を成分とする材料にて形成されたウォームホイールを備える電動パワーステアリング装置が開示されている。(例えば、先行技術文献3参照)。
さらに、中空シャフトの内径に詰め物をして強度を向上させる方法が開示されている(例えば先行技術部文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−125972号公報
【特許文献2】特開2006-77809号公報
【特許文献3】再公表特許WO2006−126627号公報
【特許文献4】特開2005−113986号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年、地球温暖化対策として、炭酸ガス排出量の低減や、自動車の低燃費化を達成するため、各部品の軽量化が強く求められている。しかしながら、上記先行技術文献1に記載のラックアンドピニオン式ステアリング装置は、全鋼製のラック及びピニオンの歯部摩耗を抑制する技術であり、部品の軽量化に対する寄与率は大きくない。また、電動パワーステアリング装置に用いられるラックアンドピニオン機構においても、中空構造で全体に熱処理を行った鉄系材料を用いることによって軽量化を図ったラックもあるが、熱処理による靭性の低下により抗曲性が低下し、衝撃荷重や曲げ荷重を受けた場合ラックが破断する可能性があり、一定以上の対衝撃強度や抗曲性の維持と更なる軽量化を両立することには限界がある。
また、上記先行技術文献2及び3に記載の電動パワーステアリング装置は、部品を樹脂化することによって軽量化を図っているが、ウォームギヤ減速機構を対象とした技術であり、ラックアンドピニオン式ステアリング装置の軽量化を目的としたものではなく、ラックに適用するには強度が不十分である。
また、先行技術文献4の発明では、中空シャフトに形成した歯部を用いてCFRP円筒体の端部内径を削り取りながら圧入する為、ラック全体に渡って補強を行うことが困難である。
そこで本発明は、ラックを炭素繊維強化プラスチック及び鋼製外殻の組合わせて形成し、全鋼製のラック並みの強度及び抗曲性を維持しながら、全鋼製ラックを超える対衝撃強度及び大幅な軽量化を実現し、更なる高信頼性を有するラックアンドピニオン式電動パワーステアリング装置を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記問題を解決するために、請求項1に記載の発明は、運転者の操舵によって回転するステアリング軸と、前記ステアリング軸に連結されるピニオンと、前記ピニオンに噛合すると共に車輪に連結されるラックと、を備えるラックアンドピニオン式ステアリング装置であり、前記ラックが、鋼製の中空材からなる外殻と、炭素繊維の一方向プリプレグ又は織物プリプレグの少なくとも一つを巻きつけた積層体からなる炭素繊維強化プラスチックの芯材からなり、前記外殻の外径面の一部に形成される歯部が焼入れ鋼からなることを特徴とする、ラックアンドピニオン式ステアリング装置用ラックである。
また、請求項2に記載の発明は、請求項1に記載のラックアンドピニオン式ステアリング装置のラックにおいて、
ラックは、炭素繊維強化プラスチックの芯材を鋼製外殻の内径に挿入後、炭素繊維強化プラスチックを硬化させると共に構成外殻の内径面に接着させることを特徴としている。
また、請求項3に記載の発明は、請求項1または2に記載のラックアンドピニオン式ステアリング装置用のラックにおいて、
前記鋼製の外殻はHRC50以上の硬度を有することを特徴としている。
また、請求項4に記載の発明は、請求項2、請求項3に記載されたラックアンドピニオン式ステアリング装置用のラックにおいて、
前記鋼製の外殻の軸方向両端面に、雌ねじが形成されていることを特徴としている。
【0010】
すなわち、ステアリング用ラックと成る鋼製中空素材の表面の一部に、切削加工或いは鍛造によってラック歯形部を形成する。その後、歯形部に耐摩耗性の付与と、全体の強度向上を目的として焼入れ処理を施し、切削加工により外殻の軸方向両端部に雌ねじを形成し、鋼製外殻とした。
そして、一方向炭素繊維から成るプリプレグを中空ゴム製の芯材に巻きつけることによって積層した硬化前積層体を前記鋼製外殻の内径に挿入した後、中空ゴム中に圧縮空気等の流体を注入し、硬化前積層体表面を鋼製外殻内面に密着させた状態で、130℃に加熱し2時間保持することで樹脂を硬化させて、複合構造ラックを得る。
本発明で使用するプリプレグはエポキシ樹脂に代表される熱硬化性樹脂を22〜50質量%、より好ましくは25〜40質量%含有している。熱硬化性樹脂の量が22質量%を下回ると、繊維間に樹脂が十分にないため、プリプレグ同士の接着性が低下する或いはボイドの発生を抑制できない。また、50質量%を超えると、繊維数が減少するため、強度や剛性の低下の原因と成る。
本発明で使用されるプリプレグは、炭素繊維が一方向に配向した一方向プリプレグの他、炭素繊維を織り込んだ織物プリプレグを用いることができる。
また、構成する炭素繊維は直径7〜13μmの範囲にあり、引張り強度が3〜8.5GPa、引張り弾性率が220〜700GPa、伸度が1.0〜2.2%の範囲に入るものが望ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明は以上のような構成を有しており、熱処理を施した鋼製外殻を炭素繊維強化樹脂層で補強することにより、従来の全鋼製のラックに対して同等以上の強度及び抗曲性を有しつつ、全鋼製のラックを超える耐衝撃強度を有し、且つ、大幅な軽量化が得られる。また、ラック歯部とラック軸方向端面の雌ねじ部は鋼製外殻に形成される為、信頼性を確保できるという効果が有る。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】(a)が本発明による第一の実施例、(b)が従来例を示す図である。
【図2】本発明によるラックの製造方法を示す図である。
【図3】ラックアンドピニオン式電動パワーステアリング装置を示すものである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1(a)及び、図2に、本発明による第一の実施例を示す。
ラック1は、中空の鋼製外殻10と、鋼製外殻10の内周面に形成される炭素繊維強化樹脂層20からなり、図2の(a)から(e)の工程を経て製造する。(a)では、材料となる鋼製円筒体の表面に、切削加工或いは鍛造加工によりラック歯形部11を形成後、ラック歯形部11の耐摩耗性の向上及び、全体の表面硬度と強度の向上を目的として焼入れ処理を行う。その後、軸方向両端部に切削加工により雌ねじ12、13を形成し、鋼製外殻10を得る。(b)では、一方向炭素繊維と、熱硬化性樹脂からなるプリプレグを中空ゴム製の芯材21に巻きつけた、炭素繊維強化プラスチック積層体20を準備する。(c)では、炭素繊維強化プラスチック積層体20を鋼製外殻10の内径に挿入した後、(d)で芯材21に圧縮空気等の流体を注入して芯材21及び炭素繊維強化プラスチック積層体20を拡径し、鋼製外殻10の内径面に密着させる。
この状態で、炭素繊維強化プラスチック積層体20を130℃で2時間保持し、炭素繊維強化プラスチック積層体20に含有される熱硬化性樹脂を硬化させ、鋼製外殻10の内径面と炭素繊維強化プラスチック積層体20を接着する。その後、(e)で芯材21内の流体を除去し、芯材を取り除いて複合構造であるラック1を得る。
【0014】
上記実施例と、図1(b)に示す従来の全鋼製ラック2について、重量と耐久性の比較を行った結果を以下に示す。
実施例ではS45C鋼製パイプを素材とし、鍛造加工によってラック歯形を形成し、焼入れ処理を行った。その後軸方向両端に雌ねじを形成し外殻とした。
そして、熱硬化性樹脂量25質量%のプリプレグを中空ゴム製の芯材に巻き付けて積層した積層体を、外殻に挿入し、130℃で2時間保持して樹脂を硬化させて成形、接着し、複合構造ラックとした。
比較例のラック2は上記実施例のラック1と同じ外形寸法のS45C全鋼製ラックを用いた。耐久性の評価は、ラックを図3に示すようなラックアンドピニオン式パワーステアリングユニット30のラックアンドピニオン機構35のラック36として組み込み、ラック端部38、39に不図示の負荷装置を、ステアリング軸31に運転時の操舵を模擬した動作を行う為の不図示のモータを取り付け、所定の繰り返し数まで操舵動作を繰り返し、ラックアンドピニオン機構35を繰り返し動作させることにより行った。
【0015】
表1に、比較例のラックの重量、耐久性を100とした時の、実施例のラックの重量、耐久性を比較した結果を示す。
【0016】
表1に示すように、実施例のラックは比較例のラックに較べて大幅な軽量化が実現されると共に、同等の耐久性と、優れた対衝撃強度を有していることがわかる。
【0017】
なお、本発明は、前述した実施形態及び実施例に限定されるものではなく、適宜、変形、改良、等が可能である。
【0018】
(表1)

【産業上の利用可能性】
【0019】
コラムアシストタイプ及びピニオンアシストタイプのラックアンドピニオン式パワーステアリング装置用ラックとして利用できる。
【符号の説明】
【0020】
1 ラック(本発明の実施例)
2 ラック(従来の比較例)
10 鋼製外殻
11 ラック歯形部
12 雌ねじ
13 雌ねじ
20 炭素繊維強化プラスチック積層体
30 ラックアンドピニオン式電動パワーステアリング装置
31 ハンドル軸
32 電動モータ
35 ラックアンドピニオン機構
36 ラック
37 ピニオン
38 ラック端部
39 ラック端部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
運転者の操舵によって回転するステアリング軸と、前記ステアリング軸に連結されるピニオンと、前記ピニオンに噛合すると共に車輪に連結されるラックと、を備えるラックアンドピニオン式ステアリング装置に使用されるラックであり、前記ラックが、外周面の一部にラック歯部を形成した後に熱処理により焼入れされた鋼製外殻の内周面に、炭素繊維の一方向プリプレグ又は織物プリプレグの少なくとも一つからなる炭素繊維強化プラスチックの積層体が形成された複合構造を有していることを特徴とするラックアンドピニオン式ステアリング装置用ラック。
【請求項2】
請求項1に記載のラックアンドピニオン式ステアリング装置用のラックにおいて、
前記鋼製外殻はHRC55以上の硬度を持つことを特徴とするラックアンドピニオン式ステアリング装置用ラック。
【請求項3】
前記鋼製の芯金の軸方向両端面に、雌ねじが形成されていることを特徴とする請求項1、請求項2に記載のラックアンドピニオン式ステアリング装置用ラック。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−18347(P2013−18347A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−152865(P2011−152865)
【出願日】平成23年7月11日(2011.7.11)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】