説明

ラックブーツ

【課題】余分な材料を用いることなくラックブーツの形状を工夫することで、トーイン調整時における共回りを確実に防止する。
【解決手段】一端部10の肉厚をt、内径をφ1 、相手部材の外径をφ2 、締結クリップの内径をφ3 としたとき、2t/(φ3 −φ2 )で定義される圧縮比(Y)とφ2 /φ1 で定義される拡張比(X)との関係が、Y≧1.16かつX≦(28−Y)/22.9を満足するようにする。
圧縮比(Y)と拡張比(X)の二つの指標でまとめることで、共回りしない寸法範囲を精度高く表現できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、両端がタイロッドエンド側軸部とギアハウジング側軸部にそれぞれ保持され、ボールジョイント部を保護するラック&ピニオン式ステアリングギヤに用いられるラックブーツに関する。
【背景技術】
【0002】
ステアリングピニオンギヤの回転運動をステアリングラックの軸方向の動きに変換するステアリングギヤ形式として、ステアリングラックにボールジョイントを介してタイロッドを結合し、そのタイロッドによりナックルアームを介してタイヤの切れ角を変える構造が知られている。この構造においては、ステアリングラックとタイロッドとの結合部分は蛇腹形状のラックブーツで覆われ、異物の侵入による不具合が防止されている。このラックブーツは、ステアリングラックエンド側はクリップなどを、ギアハウジング側はクランプなどを用いて保持されている。
【0003】
このようなステアリングギヤ形式においては、車両組立てラインにおいて、左右のタイヤの姿勢を微調整するために、ステアリングラックエンド側軸部を回すことでタイロッドの長さを調整するトーイン調整が行われる。ところがラックブーツはゴムなどから形成されているために一般に摩擦係数が大きく、トーイン調整時にタイロッドと共に回転し、両端部の回転角に差が生じて捻れが生じる場合があった。この捻れをそのまま放置すると、伸縮時にラックブーツを挟み込み、ラックブーツに損傷が生じる場合がある。
【0004】
そこで従来は、ラックブーツの少なくともタイロッドとの結合界面にグリースを塗布し、摩擦抵抗を小さくすることで、トーイン調整時にラックブーツがタイロッドと共回りするのを防止している。また実開昭62−093466号には、ラックブーツの軸部材との嵌合面部にシリコーンゴム被膜を塗着することが記載されている。シリコーンゴム被膜を塗着することで摩擦係数が低減化されるので、トーイン調整時にラックブーツがタイロッドと共回りするのを防止することができる。
【0005】
しかしながら、グリースを塗布することは、工数が大きくなりコストアップの一要因となっている。またシリコーンゴム被膜を形成することも、ラックブーツのコストが上昇し、やはりコストアップの要因となる。そこで特開昭60−215164号公報に記載のように、滑剤を添加した熱可塑性エラストマからラックブーツを形成することが考えられる。しかしこの場合でも、滑剤の添加によってラックブーツのコストが増大するとともに、ラックブーツの形状によっては滑剤の効果が得られず、共回りを完全に防止することは困難であった。
【特許文献1】実開昭62−093466号
【特許文献2】特開昭60−215164号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記した事情に鑑みてなされたものであり、余分な材料を用いることなくラックブーツの形状を工夫することで、トーイン調整時における共回りを確実に防止することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決する本発明のラックブーツの特徴は、筒状で蛇腹形状をなし少なくとも一端部が締結クリップにより相手部材に保持されるラックブーツであって、少なくとも一端部の肉厚をt、内径をφ1 とし、相手部材の外径をφ2 、締結クリップの内径をφ3 としたとき、
2t/(φ3 −φ2 )で定義される圧縮比(Y)とφ2 /φ1 で定義される拡張比(X)との関係が、Y≧1.16かつX≦(28−Y)/22.9を満足することにある。
【0008】
X≧1.037 を満足することが好ましく、X≦(9.93−Y)/7.29をさらに満足することが望ましい。また滑剤を含む軟質樹脂から形成すれば、上記関係式の許容範囲を広げることができる。そして一端部は、タイロッドエンド側軸部に保持される端部であることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明のラックブーツによれば、グリースの塗布やシリコーンゴム被膜の形成を行わず、ラックブーツ本体のみでトーイン調整時における共回りを確実に防止できるので、コストアップを回避しつつ使用時の損傷を防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明者らは、種々のラックブーツを製作して試験を繰り返し、トーイン調整時の共回り現象の有無と各部位の寸法との関係を鋭意調査した。その結果、少なくとも一端部の肉厚をt、内径をφ1 とし、相手部材の外径をφ2 、締結クリップの内径をφ3 としたとき、2t/(φ3 −φ2 )で定義される圧縮比(Y)とφ2 /φ1 で定義される拡張比(X)の二つの指標でまとめることで、共回りしない範囲を精度高く表現できることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
2t/(φ3 −φ2 )で定義される圧縮比(Y)は、ラックブーツの端部の締め代に対する肉厚の比であり、Y<1.16では肉厚が薄くなりすぎるため、成形時の流動が困難となってラックブーツ端部の成形が困難となる。したがってY≧1.16とした。
【0012】
そして本発明のラックブーツでは、少なくとも一方の端部の肉厚をt、端部の内径をφ1 、端部が保持されるタイロッドエンド側軸部及びステアリングラックエンド側軸部の少なくとも一方の外径をφ2 としたとき、圧縮比(Y)とφ2 /φ1 で定義される拡張比(X)との関係が、Y≧1.16かつX≦(28−Y)/22.9を満足する。
【0013】
式X=(28−Y)/22.9は図1の直線L1 で示されるので、上記二つの関係を満足する範囲は、図1に右上がりの斜線で示す範囲Aとなる。拡張比(X)が(28−Y)/22.9を超えると(範囲Aを超えると)、トーイン調整時にラックブーツが共回りするようになる。
【0014】
拡張比(X)は、ラックブーツ端部の内径φ1 に対する軸部材の外径φ2 の比であり、端部と軸部との嵌合によって端部に作用する応力の強さに相当する。Xが小さすぎると、使用時に圧縮された場合に端部が軸部材との係合部から外れるので、この押し抜けを防止するにはX≧0.977 を満足することが好ましい。また使用時に引っ張られた場合に端部が軸部材との係合部から外れる引き抜けを防止するには、X≧1.037 を満足することが望ましい。X≧1.037 を満足すれば、押し抜けと引き抜けの両方を防止することができる。したがってさらに好ましい範囲は、図1に右下がりの斜線で示す範囲Bとなる。
【0015】
TPO製のラックブーツでは、組付直後から経時で摩擦係数が増加するという現象がある。上記した圧縮比(Y)と拡張比(X)との関係は組付1時間後のラックブーツに適用できるが、組付後一週間経過したラックブーツの場合には、X≦(9.93−Y)/7.29を満足することが望ましいことになる。式X=(9.93−Y)/7.29は図2の直線L2 で示されるから、組付直後でも一週間経過後でも共回りしないようにするには、図2に右上がりの斜線で示す範囲C、すなわちX≦(28−Y)/22.9とX≦(9.93−Y)/7.29の両方を満足することが特に好ましい。
【0016】
さらに、成形時の流動性と製造時の寸法のバラツキを勘案すると、圧縮比(Y)は1.28〜1.82の範囲であることが特に望ましい。また拡張比(X)が小さすぎると異物の侵入を防止することが困難となり、拡張比(X)が大きいほど共回りしやすくなるので、拡張比(X)は1.042 〜1.082 の範囲とすることが特に望ましい。したがって図2に右下がりの斜線で示すように、範囲Dの範囲で拡張比(X)と圧縮比(Y)を決定し、端部が保持されるタイロッドエンド側軸部及びギアハウジング側軸部の少なくとも一方の外径(φ2 )に応じて、端部の肉厚(t)、端部の内径(φ1 )、締結クリップの内径(φ3 )をそれぞれ決定することが特に望ましい。
【0017】
本発明のラックブーツは、熱可塑性エラストマなどの軟質樹脂、ゴムなどから製造することができる。一般に筒状で蛇腹状とされるが、少なくとも一端部の形状が上記範囲を満足すれば、形状は特に制限されない。また上記範囲の形状とされるのは、タイロッドエンド側軸部に保持される一端部、ギアハウジング側軸部に保持される他端部のどちらでもよいし、両方とも上記範囲の形状としてもよい。一般に小径とされ共回りしやすいタイロッドエンド側軸部に保持される一端部を、上記範囲の形状とすることが望ましい。
【0018】
本発明のラックブーツを滑剤を含む軟質樹脂から形成すれば、上記関係式の許容範囲を広げることができる。滑剤を含むTPOから形成されたラックブーツでは、直線L2 に対応する直線が図2の直線L3 あるいは直線L4 に示されるようになるので、共回りを防止できる範囲Cを拡大することができ寸法の自由度が高まる。なお滑剤としては、用いる樹脂の組成によって異なるが、ラックブーツの表面にブリードするものが望ましく、シリコーン系滑剤、脂肪族モノアミン系滑剤、パラフィン系滑剤などを用いることができる。またその添加量は、特に制限されず、実験によって最適範囲を決定すればよい。
【実施例】
【0019】
以下、実施例及び比較例により本発明を具体的に説明する。
【0020】
(実施例1)
図3に、本実施例のラックブーツをラック&ピニオン式ステアリングギヤに組付けた状態で示す。タイロッドエンド本体2にはラックエンド軸3の一端が螺合され、ラックエンド軸3の他端はボールジョイント30を介してラックバー4と回動自在に結合されている。ラックバー4の他端は、ギアハウジング5内に位置している。そしてラックエンド軸3とラックバー4との結合部分は、TPOから形成されたラックブーツ1によって覆われ、異物の侵入が阻止されている。
【0021】
トーイン調整時には、ラックエンド軸3を回動させることで、ラックエンド軸3のタイロッドエンド本体2内への侵入深さが調整され、左右のタイヤの姿勢が微調整される。調整終了後は、ラックエンド軸3に螺合されているナット31を締め付けることで、ターンロッド調整軸3とタイロッドエンド本体2とが一体的に固定される。
【0022】
ラックブーツ1は蛇腹形状をなす筒状に射出成形により形成され、小径の一端部10がラックエンド軸3に保持され、大径の他端部11がギアハウジング5に保持されている。一端部10には、図4に示すように先端に内外周に突出する突条12が形成されている。またラックエンド軸3の外周表面には、リング溝32が形成されている。そして突条12をリング溝32に係合させ、突条12に隣接するクリップ溝13にクリップ33(締結クリップ)を係合させ、クリップ33のバネ力によって一端部10がラックエンド軸3(タイロッドエンド側軸部)に保持される。またラックブーツ1の他端部11は、板バンド14によってギアハウジング5の外周表面に保持される。
【0023】
本実施例のラックブーツ1は、一端部10のクリップ溝13の肉厚(t)が 1.7mm、クリップ溝13の内径(φ1 )が15.8mm、ラックエンド軸3の外径(φ2 )が16.8mm、クリップ33の内径(φ3 )が19mmとなるように設計されている。したがって、2t/(φ3 −φ2 )で定義される圧縮比(Y)は1.55となり、φ2 /φ1 で定義される拡張比(X)は1.06となるので、図2の点(P)に相当し、範囲Cの内部に存在する。
【0024】
したがって本実施例のラックブーツ1は、トーイン調整時に一端部10がターンロッド調整軸3と共回りするような不具合がなく、使用時の耐久性に優れている。また圧縮比(Y)は1.28を超えているので成形時の流動性は問題がなく、拡張比(X)は1.037 を超えているので、使用時における押し抜けと引き抜けの両方が防止されている。
【0025】
(実施例2)
本実施例のラックブーツは、シリコーン系滑剤を含むTPOを用いて製造されたこと以外は実施例1と同様である。このラックブーツでは、直線L2 に対応する直線が図2の直線L3 に示されるようになるので、共回りを防止できる範囲Cを拡大することができ寸法の自由度が高まる。したがって不良率を低減することができ、歩留まりの向上により安価となるので、滑剤を添加した分のコストの上昇を吸収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】拡張比(X)と圧縮比(Y)との関係において、ラックブーツの共回りを防止できる範囲を示す説明図である。
【図2】拡張比(X)と圧縮比(Y)との関係において、ラックブーツの共回りを防止できる範囲を示す説明図である。
【図3】本発明の一実施例のラックブーツをラック&ピニオン式ステアリングギヤに組付けた状態で示す要部断面図である。
【図4】本発明の一実施例のラックブーツとターンバックルの要部を拡大して示す説明図である。
【符号の説明】
【0027】
1:ラックブーツ 2:タイロッドエンド本体
3:ラックエンド軸(タイロッドエンド側軸部)
4:ラックバー 5:ギアハウジング
33:クリップ(締結クリップ)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
筒状で蛇腹形状をなし少なくとも一端部が締結クリップにより相手部材に保持されるラックブーツであって、少なくとも一端部の肉厚をt、内径をφ1 とし、相手部材の外径をφ2 、締結クリップの内径をφ3 としたとき、
2t/(φ3 −φ2 )で定義される圧縮比(Y)とφ2 /φ1 で定義される拡張比(X)との関係が、Y≧1.16かつX≦(28−Y)/22.9を満足することを特徴とするラックブーツ。
【請求項2】
X≧1.037 をさらに満足する請求項1に記載のラックブーツ。
【請求項3】
X≦(9.93−Y)/7.29をさらに満足する請求項1又は請求項2に記載のラックブーツ。
【請求項4】
滑剤を含む軟質樹脂からなる請求項1〜3のいずれかに記載のラックブーツ。
【請求項5】
前記一端部はタイロッドエンド側軸部に保持される端部である請求項1に記載のラックブーツ。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−17248(P2006−17248A)
【公開日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−196879(P2004−196879)
【出願日】平成16年7月2日(2004.7.2)
【出願人】(000241463)豊田合成株式会社 (3,467)
【出願人】(000001247)光洋精工株式会社 (7,053)
【Fターム(参考)】