説明

リンモリブデン化合物、その製造方法及びリンモリブデン化合物を含有するグリース組成物

【課題】潤滑油の耐焼き付き性能及び耐摩耗性を顕著に向上させるリンモリブデン化合物を提供する。
【解決手段】下式(1)で表されるリンモリブデン化合物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リンモリブデン化合物、その製造方法及びリンモリブデン化合物を含有するグリース組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、グリース等の潤滑油の耐焼き付き性能や耐摩耗性を向上させるための様々な有機モリブデン系添加剤が提案されている。このような有機モリブデン系添加剤として、例えば、特許文献1には、モリブデン化合物と硫化アルカリの懸濁液、二硫化炭素、二級アミン及び鉱酸を反応させて得られる下記一般式(a)で表される粒子状の硫化オキシモリブデンジチオカルバミン酸が開示されている。
【化1】

(式中、R1〜R4は炭化水素基であり、同一でも異なっていてもよく、R1〜R4の合計炭素数は4〜36である。また、Xは硫黄又は酸素であって合計の全Xの組成はSmnで表され、1.7≦m≦3.5であり、0.5≦n≦2.3である。)
【0003】
特許文献2には、6価のモリブデン化合物と下記一般式(b)で表されるアミノ化合物とを反応させて得られるモリブデンアミン化合物が開示されている。
【化2】

(式中、R9及びR10は、水素原子及び/又は炭化水素基を表すが、同時に水素原子であることはない。)
【0004】
特許文献3には、下記一般式(c)で表される硫化オキシモリブデンジチオホスフェートが開示されている。
【化3】

(式中、R1〜R4は、炭素数14以上の鎖状炭化水素基を表し、X1〜X4は、硫黄原子又は酸素原子を表す。)
【0005】
特許文献4には、6価のモリブデン化合物を還元剤で還元し、それをリン原子を含有しない鉱酸で中和した後、酸性リン酸エステルと反応させて得られる下記一般式(d)で表されるリンモリブデン化合物が開示されている。
【化4】

(式中、R1〜R6は、それぞれ水素原子または炭化水素基を表すが、R1〜R6の全てが同時に水素であることはなく、pは1〜5の数を表す。)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平7−53983号公報
【特許文献2】特開平9−87649号公報
【特許文献3】特開2001−40383号公報
【特許文献4】特開2008−37860号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このような有機モリブデン系添加剤には、耐焼き付き性能及び耐摩耗性に優れるだけでなく、その性能を長期に亘って維持することが求められる。しかしながら、上述の特許文献1〜4に開示される有機モリブデン系添加剤は、耐焼き付き性能及び耐摩耗性が比較的良好ではあるがその性能を長期に亘って維持できないものであったり、あるいは耐焼き付き性能や耐摩耗性自体が十分とは言えないものであった。
従って、本発明の目的は、グリース等の潤滑油の耐焼き付き性能及び耐摩耗性を顕著に向上させることができ、且つその性能を長期に亘って維持することができる、言い換えれば酸化防止性能に優れるリンモリブデン化合物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで本発明者等は鋭意検討した結果、本発明に至った。即ち、本発明は、下記一般式(1)
【0009】
【化5】

(式中、R1〜R8はそれぞれ水素原子または炭化水素基を表す。ただしR1〜R8の全てが同時に水素原子になることはない。)で表されるリンモリブデン化合物である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、グリース等の潤滑油の耐焼き付き性能及び耐摩耗性を顕著に向上させることができ、且つその性能を長期に亘って維持することができるリンモリブデン化合物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例で合成したリンモリブデン化合物1の構造解析に基づいて作成したOrtep図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明のリンモリブデン化合物は、下記一般式(1)
【化6】

(式中、R1〜R8はそれぞれ水素原子または炭化水素基を表す。ただしR1〜R8の全てが同時に水素原子になることはない。)で表されるMo44キュバン構造を有するリンモリブデン化合物である。
上記一般式(1)で表されるリンモリブデン化合物の中でも、R1〜R8が炭素数4〜18の炭化水素基であるものは、潤滑油用の添加剤として好ましい。特に、より好ましくは、R1〜R8が炭素数4〜12のアルキル基又はアリール基であるもの、最も好ましくは、R1〜R8が炭素数4〜6のアルキル基又はアリール基であるものは、常温で固体又は結晶となるので、グリース用の添加剤として好適である。
【0013】
本発明のリンモリブデン化合物は、6価のモリブデン化合物を還元剤で還元し、それをリン酸で中和した後、酸性リン酸エステルと反応させることにより製造することができる。
【0014】
本発明に使用できる6価のモリブデン化合物としては、例えば、三酸化モリブデン又はその水和物(MoO3・nH2O)、モリブデン酸(H2MoO4)、モリブデン酸ナトリウム、モリブデン酸カリウム等のモリブデン酸金属塩(M2MoO4;Mは金属原子)、モリブデン酸アンモニウム[(NH42MoO4又は(NH4)6(Mo724)・4H2O]、MoOCl4、MoO2Cl2、MoO2Br2、Mo23Cl6等が挙げられるが、入手しやすい三酸化モリブデン又はその水和物、モリブデン酸金属塩、モリブデン酸アンモニウム等が好ましい。
【0015】
これらの6価のモリブデン化合物はいずれも固体であるため、還元剤で還元するためには水に溶解又は分散させる必要がある。モリブデン酸ナトリウム等のモリブデン酸金属塩やモリブデン酸アンモニウムは水溶性であり、このまま水に溶解させることができるが、三酸化モリブデン等の水に不溶なモリブデン化合物を使用する場合は、アルカリ剤を添加して溶解させればよい。アルカリ剤としては、例えば、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の水酸化アルカリ金属や、アンモニア、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン等の塩基性窒素化合物が挙げられる。これらの中でも、取り扱いが容易で安価なことから、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニアが好ましい。溶解させる水の量は、6価のモリブデン化合物が溶解又は分散すればいずれの量でもよく、好ましくは固形分が10〜90質量%になるように調整すればよい。また、溶解させる際の温度は、通常、10〜80℃、好ましくは20〜60℃、より好ましくは20〜40℃である。
【0016】
水溶液若しくは水分散液の形態にした6価のモリブデン化合物は、還元剤で還元する必要がある。本発明に使用できる還元剤としては、例えば、スルホキシル酸、亜二チオン酸(ハイドロサルファイト)、亜硫酸、亜硫酸水素、ピロ亜硫酸、チオ硫酸、二チオン酸、スルフィン酸、二酸化チオ尿素、又はそれらのアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩等が挙げられる。これらの還元剤の中でも、反応率が高いことからから、スルフィン酸、二酸化チオ尿素、又はそれらのアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩が好ましく、二酸化チオ尿素、又はそれらのアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩がより好ましい。
【0017】
還元剤の添加量は、水溶液中のモリブデン1モルに対して0.1〜2モル、好ましくは0.1〜1モル、より好ましくは0.2〜0.8モルである。還元剤の量が0.1モル以下だと十分に還元できず、2モルより多いと、過剰であるため経済的に不利になる場合がある。また、還元剤を添加する場合の系内の温度は20〜90℃であることが好ましく、30〜60℃がより好ましく、還元剤を添加後0.5〜3時間撹拌することが望ましい。
【0018】
6価のモリブデン化合物を還元した後は、リン酸によって中和する。ここでリン酸以外の酸を使用すると、本発明のリンモリブデン化合物を製造することができない。リン酸の添加量は、水溶液中のモリブデン1モルに対して0.5〜3モル、好ましくは1〜2.5モル、より好ましくは1.5〜2.5モルである。リン酸の添加量が少なすぎると、本発明のリンモリブデン化合物が生成せず、多すぎると添加量に見合った効果が現れず、更にリン酸の後処理が困難になる場合がある。また、リン酸を添加するときの系内の温度は30〜90℃であることが好ましく、40〜80℃がより好ましい。更に、硫黄を含む還元剤を使用した場合には、リン酸の添加により亜硫酸ガスが発熱するので、安全のために0.1〜3時間かけてゆっくり添加することが好ましく、0.5〜2時間かけて添加することがより好ましい。更に、添加後は、30〜90℃で0.1〜5時間熟成することが好ましく、0.5〜3時間熟成するのがより好ましい。
【0019】
リン酸での中和後、酸性リン酸エステルを系内に添加して反応させる。本発明に使用できる酸性リン酸エステルは、下記一般式(2)で表される化合物である。
【0020】
【化7】

(式中、Rは炭化水素基を表し、m及びnは1又は2の数を表し、且つ、m+n=3である。)
【0021】
上記一般式(2)のRとしては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、ターシャリブチル基、アミル基、イソアミル基、ヘキシル基、シクロヘキシル基、ヘプチル基、イソヘプチル基、オクチル基、イソオクチル基、2−エチルヘキシル基、ノニル基、イソノニル基、デシル基、ドデシル(ラウリル)基、トリデシル基、テトラデシル(ミリスチル)基、ペンタデシル基、ヘキサデシル(パルミチル)基、ペプタデシル基、オクタデシル(ステアリル)基等のアルキル基;ビニル基、1−メチルエテニル基、2−メチルエテニル基、プロペニル基、ブテニル基、イソブテニル基、ペンテニル基、ヘキセニル基、ヘプテニル基、オクテニル基、デセニル基、ぺンタデセニル基、エイコセニル基、トリコセニル基等のアルケニル基;フェニル基、ナフチル基、2−メチルフェニル基、3−メチルフェニル基、4−メチルフェニル基、4−ビニルフェニル基、3−イソプロピルフェニル基、4−イソプロピルフェニル基、4−ブチルフェニル基、4−イソブチルフェニル基、4−ターシャリブチルフェニル基、4−ヘキシルフェニル基、4−シクロヘキシルフェニル基、4−オクチルフェニル基、4−(2−エチルヘキシル)フェニル基、4−ステアリルフェニル基等のアリール基;シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基、メチルシクロペンチル基、メチルシクロヘキシル基、メチルシクロヘプチル基、シクロペンテニル基、シクロヘキセニル基、シクロヘプテニル基、メチルシクロペンテニル基、メチルシクロヘキセニル基、メチルシクロヘプテニル基等のシクロアルキル基等が挙げられる。
【0022】
これらの炭化水素基の中でも、炭素数4〜18の炭化水素基が好ましく、本発明のリンモリブデン化合物をグリース組成物に添加したときの安定性がより高く、スラッジが生成し難く且つグリースへの溶解性が良好であるという点で、炭素数4〜12のアルキル基又はアリール基が好ましく、炭素数4〜6のアルキル基又はアリール基がより好ましい。
【0023】
一般式(2)のmの値が1のとき、一般式(2)で表される化合物は酸性モノリン酸エステルとなり、mの値が2のとき、一般式(2)で表される化合物は酸性ジリン酸エステルとなる。本発明に使用できる酸性リン酸エステルは、酸性モノリン酸エステルでも酸性ジリン酸エステルのどちらでもよく、これらの混合物でもよい。
【0024】
これらの酸性リン酸エステルは、ROHで表されるアルコールと、リン酸や五酸化二リン、ポリリン酸等とを反応させることによって得ることができるが、反応が容易であることから、五酸化二リンと反応させることが好ましい。反応方法としては、例えば、ROHで表されるアルコールに、20〜80℃で五酸化二リンを徐々に添加し、全量添加した後40〜120℃で1〜10時間熟成してやればよい。ROHで表されるアルコールと五酸化二リンとの反応比率は、五酸化二リン1モルに対してアルコールが2〜4モル、好ましくは2.5〜3.5モルである。
【0025】
酸性リン酸エステルの添加量は、系内のモリブデン1モルに対して、0.5〜2.5モル、好ましくは0.6〜2モル、より好ましくは0.7〜1.5モルである。酸性リン酸エステルの添加量が少なすぎると、本発明のリンモリブデン化合物が生成せず、多すぎると未反応の酸性リン酸エステルが残留する場合がある。また、酸性リン酸エステルを添加する場合の系内の温度は30〜90℃であることが好ましく、40〜80℃がより好ましい。酸性リン酸エステルを添加する場合、0.1〜3時間かけてゆっくり添加することが好ましく、0.5〜2時間かけて添加するのがより好ましい。更に添加後は30〜90℃、好ましくは40〜80℃で、1〜30時間熟成することが好ましく、3〜20時間熟成するのがより好ましい。
【0026】
なお、リン酸での中和後に、そのまま酸性リン酸エステルを系内に添加して反応を進めてもよいが、反応後の粘度が大きくなる場合や、固形物が析出する場合があるため、酸性リン酸エステル添加前に溶媒を添加することが好ましい。使用できる溶媒としては、非水溶性の溶媒ならいずれでもよく、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族系溶媒;へキサン、石油エーテル等の脂肪族炭化水素系溶媒;ジメチルエーテル、ジエチルエーテル等のエーテル系溶媒;メチルエチルケトン等のケトン系溶媒等が挙げられる。また、全ての反応が終了した後に残留してもよいのであれば、鉱油や合成油等の除去が困難な溶媒を使用してもよい。こうした溶媒は、系内の固形分100質量部に対して30〜300質量部添加するのが好ましく、50〜200質量部添加するのがより好ましい。
【0027】
酸性リン酸エステルとの反応によって本発明のリンモリブデン化合物は生成するが、純度の高いものを得るためには精製することが好ましい。精製の方法は公知の方法いずれを使用してもよく、例えば、水を蒸留等によって除去した後に副生した固形物をろ過によって取り除く方法、水を分液等で除去した後に更に溶媒を蒸留して本発明のリンモリブデン化合物を得る方法、有機溶媒によって本発明のリンモリブデン化合物を抽出あるいは再結晶する方法等が挙げられる。これらの精製方法の中でも、精製工程が容易で純度の高いものが得られることから、有機溶媒を使用して精製する方法が好ましい。
【0028】
有機溶媒を使用して精製する具体的な方法としては、例えば、水と分離する有機溶媒を反応の終わった系内に入れ、撹拌した後静置して2層に分離させる。水層が上層になる場合と下層になる場合があるが、いずれの場合でも水層を除去した後、得られた有機溶媒層の有機溶媒を減圧等で除去することによって、本発明のリンモリブデン化合物を得ることができる。また、副生物や不純物を減らすために、得られた有機溶媒層に更に水を添加して洗浄することが好ましい。
【0029】
使用できる有機溶媒としては、水と分離する有機溶媒であればいずれを使用してもよく、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン、ヘミメリテン、プソイドクメン、メシチレン、クメン等の芳香族系溶媒;ペンタン、へキサン、オクタン、石油エーテル等の脂肪族炭化水素系溶媒;ジメチルエーテル、ジエチルエーテル等のエーテル系溶媒;メチルエチルケトン、メチルブチルケトン等のケトン系溶媒等が挙げられる。これらの有機溶媒の中でも、水層と有機層との分離が容易なことから、芳香族系溶媒の使用が好ましく、ベンゼン、トルエン、キシレンの使用がより好ましい。これらの有機溶媒の使用量は、系内の固形分100質量部に対して、20〜400質量部、好ましくは50〜200質量部であるが、反応中に溶媒を使用した場合は、その使用量を考慮する必要がある。
【0030】
次に、本発明のグリース組成物は、上記リンモリブデン化合物を含有してなることを特徴とするものである。これらのグリース組成物に使用できる基グリースは、特に制約されるものではなく、例えば、アルミニウム石鹸グリース、バリウム石鹸グリース、カルシウム石鹸グリース、リチウム石鹸グリース、ナトリウム石鹸グリース、ウレアグリース、ジウレアグリース、トリウレアグリース、テトラウレアグリース、アリールウレアグリース、テレフタラメートグリース等の基グリースとして一般的に慣用されているものを用いることができる。これらの基グリースはそれぞれ単独で用いてもよく、混合物で用いてもよい。
【0031】
本発明のグリース組成物に対する本発明のリンモリブデン化合物の好ましい配合量は、基グリースに対して0.01〜10質量%、より好ましくは0.1〜8質量%、更に好ましくは0.3〜5質量%である。リンモリブデン化合物の配合量が0.01質量%未満になると、酸化防止剤としての効果が表れない場合があり、10質量%を超えると、添加量に見合った効果が得られない場合や、スラッジを発生させる場合がある。
【0032】
本発明のグリース組成物は、下記一般式(3)で表される亜鉛ジチオホスフェートを更に含有することにより、酸化防止性能が更に向上する。
【0033】
【化8】

(式中、R9及びR10は炭化水素基を表わし、aは0〜1/3の数を表わす。)
【0034】
上記一般式(3)において、R9及びR10は炭化水素基を表わす。炭化水素基としては、例えば、アルキル基、アルケニル基、アリール基、シクロアルキル基、シクロアルケニル基等が挙げられる。
【0035】
アルキル基としては、例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、2級ブチル、ターシャリブチル、ペンチル、イソペンチル、2級ペンチル、ネオペンチル、ターシャリペンチル、ヘキシル、2級ヘキシル、ヘプチル、2級ヘプチル、オクチル、2−エチルヘキシル、2級オクチル、ノニル、2級ノニル、デシル、2級デシル、ウンデシル、2級ウンデシル、ドデシル、2級ドデシル、トリデシル、イソトリデシル、2級トリデシル、テトラデシル、2級テトラデシル、ヘキサデシル、2級ヘキサデシル、ステアリル、エイコシル、ドコシル、テトラコシル、トリアコンチル、2−ブチルオクチル、2−ブチルデシル、2−ヘキシルオクチル、2−ヘキシルデシル、2−オクチルデシル、2−ヘキシルドデシル、2−オクチルドデシル、2−デシルテトラデシル、2−ドデシルヘキサデシル、2−ヘキサデシルオクタデシル、2−テトラデシルオクタデシル、モノメチル分枝−イソステアリル等が挙げられる。
【0036】
アルケニル基としては、例えば、ビニル、アリル、プロペニル、イソプロペニル、ブテニル、イソブテニル、ペンテニル、イソペンテニル、ヘキセニル、ヘプテニル、オクテニル、ノネニル、デセニル、ウンデセニル、ドデセニル、テトラデセニル、オレイル等が挙げられる。
【0037】
アリール基としては、例えば、フェニル、トルイル、キシリル、クメニル、メシチル、ベンジル、フェネチル、スチリル、シンナミル、ベンズヒドリル、トリチル、エチルフェニル、プロピルフェニル、ブチルフェニル、ペンチルフェニル、ヘキシルフェニル、ヘプチルフェニル、オクチルフェニル、ノニルフェニル、デシルフェニル、ウンデシルフェニル、ドデシルフェニル、スチレン化フェニル、p−クミルフェニル、フェニルフェニル、ベンジルフェニル、α−ナフチル、β−ナフチル基等が挙げられる。
【0038】
シクロアルキル基、シクロアルケニル基としては、例えば、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチル、メチルシクロペンチル、メチルシクロヘキシル、メチルシクロヘプチル、シクロペンテニル、シクロヘキセニル、シクロヘプテニル、メチルシクロペンテニル、メチルシクロヘキセニル、メチルシクロヘプテニル基等が挙げられる。
【0039】
これらの炭化水素基の中で、R9及びR10としては、アルキル基が好ましく、2級アルキル基が更に好ましい。炭素数は、3〜14であることが好ましく、3〜10であることが更に好ましく、3〜8であることが最も好ましい。また、R9及びR10は、同一の炭化水素基でも異なる炭化水素基でもよい。
【0040】
また、一般式(3)において、a=0の場合、中性亜鉛ジチオホスフェート(中性塩)と呼ばれ、aが1/3の場合は、塩基性亜鉛ジチオホスフェート(塩基性塩)と呼ばれている。
亜鉛ジチオホスフェートは、これら中性塩と塩基性塩の混合物であるため、aは0〜1/3の数で表される。aの数は亜鉛ジチオホスフェートの製法によって異なるが、0.08〜0.3が好ましく、0.15〜0.3が更に好ましく、0.18〜0.3が最も好ましい。aが0.3より大きくなると、加水分解安定性が悪くなる場合があり、aが0.08より小さくなると、配合したグリース組成物の耐磨耗性が悪くなる場合がある。
【0041】
上記一般式(3)で表される亜鉛ジチオホスフェートの含量は、本発明のグリース組成物全量に対して0.01〜10質量%が好ましく、0.1〜8質量%がより好ましく、0.3〜5質量%が更に好ましい。0.01質量%未満になると、酸化防止性が向上しない場合があり、10質量%を超えると、添加量に見合った効果が得られない場合やスラッジが発生する場合がある。
【0042】
本発明のグリース組成物は、フェノール系酸化防止剤及び/又はアミン系酸化防止剤を更に含有することにより酸化防止性能が向上する。フェノール系酸化防止剤としては、例えば、2,6−ジ−ターシャリブチルフェノール(以下、ターシャリブチルをt−ブチルと略記する。)、2,6−ジ−t−ブチル−p−クレゾール、2,6−ジ−t−ブチル−4−メチルフェノール、2,6−ジ−t−ブチル−4−エチルフェノール、2,4−ジメチル−6−t−ブチルフェノール、4,4’−メチレンビス(2,6−ジ−t−ブチルフェノール)、4,4’−ビス(2,6−ジ−t−ブチルフェノール)、4,4’−ビス(2−メチル−6−t−ブチルフェノール)、2,2’−メチレンビス(4−メチル−6−t−ブチルフェノール)、2,2’−メチレンビス(4−エチル−6−t−ブチルフェノール)、4,4’−ブチリデンビス(3−メチル−6−t−ブチルフェノール)、4,4’−イソプロピリデンビス(2,6−ジ−t−ブチルフェノール)、2,2’−メチレンビス(4−メチル−6−シクロヘキシルフェノール)、2,2’−メチレンビス(4−メチル−6−ノニルフェノール)、2,2’−イソブチリデンビス(4,6−ジメチルフェノール)、2,6−ビス(2’−ヒドロキシ−3’−t−ブチル−5’−メチルベンジル)−4−メチルフェノール、3−t−ブチル−4−ヒドロキシアニソール、2−t−ブチル−4−ヒドロキシアニソール、3−(4−ヒドロキシ−3,5−ジ−t−ブチルフェニル)プロピオン酸オクチル、3−(4−ヒドロキシ−3,5−ジ−t−ブチルフェニル)プロピオン酸ステアリル、3−(4−ヒドロキシ−3,5−ジ−t−ブチルフェニル)プロピオン酸オレイル、3−(4−ヒドロキシ−3,5−ジ−t−ブチルフェニル)プロピオン酸ドデシル、3−(4−ヒドロキシ−3,5−ジ−t−ブチルフェニル)プロピオン酸デシル、3−(4−ヒドロキシ−3,5−ジ−t−ブチルフェニル)プロピオン酸オクチル、テトラキス{3−(4−ヒドロキシ−3,5−ジ−t−ブチルフェニル)プロピオニルオキシメチル}メタン、3−(4−ヒドロキシ−3,5−ジ−t−ブチルフェニル)プロピオン酸グリセリンモノエステル、3−(4−ヒドロキシ−3,5−ジ−t−ブチルフェニル)プロピオン酸とグリセリンモノオレイルエーテルとのエステル、3−(4−ヒドロキシ−3,5−ジ−t−ブチルフェニル)プロピオン酸ブチレングリコールジエステル、3−(4−ヒドロキシ−3,5−ジ−t−ブチルフェニル)プロピオン酸チオジグリコールジエステル、4,4’−チオビス(3−メチル−6−t−ブチルフェノール)、4,4’−チオビス(2−メチル−6−t−ブチルフェノール)、2,2’−チオビス(4−メチル−6−t−ブチルフェノール)、2,6−ジ−t−ブチル−α−ジメチルアミノ−p−クレゾール、2,6−ジ−t−ブチル−4−(N,N’−ジメチルアミノメチルフェノール)、ビス(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)サルファイド、トリス{(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオニル−オキシエチル}イソシアヌレート、トリス(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)イソシアヌレート、1,3,5−トリス(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)イソシアヌレート、ビス{2−メチル−4−(3−n−アルキルチオプロピオニルオキシ)−5−t−ブチルフェニル}サルファイド、1,3,5−トリス(4−t−ブチル−3−ヒドロキシ−2,6−ジメチルベンジル)イソシアヌレート、テトラフタロイル−ジ(2,6−ジメチル−4−t−ブチル−3−ヒドロキシベンジルサルファイド)、6−(4−ヒドロキシ−3,5−ジ−t−ブチルアニリノ)−2,4−ビス(オクチルチオ)−1,3,5−トリアジン、2,2−チオ−{ジエチル−ビス−3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)}プロピオネート、N,N’−ヘキサメチレンビス(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシ−ヒドロシナミド)、3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシ−ベンジル−リン酸ジエステル、ビス(3−メチル−4−ヒドロキシ−5−t−ブチルベンジル)サルファイド、3,9−ビス〔1,1−ジメチル−2−{β−(3−t−ブチル−4−ヒドロキシ−5−メチルフェニル)プロピオニルオキシ}エチル〕−2,4,8,10−テトラオキサスピロ[5,5]ウンデカン、1,1,3−トリス(2−メチル−4−ヒドロキシ−5−t−ブチルフェニル)ブタン、1,3,5−トリメチル−2,4,6−トリス(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)ベンゼン、ビス{3,3’−ビス−(4’−ヒドロキシ−3’−t−ブチルフェニル)ブチリックアシッド}グリコールエステル等が挙げられる。
【0043】
フェノール系酸化防止剤の含量は、本発明のグリース組成物全量に対して0.01〜5質量%が好ましく、0.05〜4質量%がより好ましく、0.1〜3質量%が更に好ましい。0.01質量%未満になると、フェノール系酸化防止剤の効果が現れない場合があり、5質量%を超えると、添加量に見合った効果が得られない場合やスラッジを発生させる場合がある。
【0044】
アミン系酸化防止剤としては、例えば、1−ナフチルアミン、フェニル−1−ナフチルアミン、p−オクチルフェニル−1−ナフチルアミン、p−ノニルフェニル−1−ナフチルアミン、p−ドデシルフェニル−1−ナフチルアミン、フェニル−2−ナフチルアミン等のナフチルアミン系酸化防止剤;N,N’−ジイソプロピル−p−フェニレンジアミン、N,N’−ジイソブチル−p−フェニレンジアミン、N,N’−ジフェニル−p−フェニレンジアミン、N,N’−ジ−β−ナフチル−p−フェニレンジアミン、N−フェニル−N’−イソプロピル−p−フェニレンジアミン、N−シクロヘキシル−N’−フェニル−p−フェニレンジアミン、N−1,3−ジメチルブチル−N’−フェニル−p−フェニレンジアミン、ジオクチル−p−フェニレンジアミン、フェニルヘキシル−p−フェニレンジアミン、フェニルオクチル−p−フェニレンジアミン等のフェニレンジアミン系酸化防止剤;ジピリジルアミン、ジフェニルアミン、p,p’−ジ−n−ブチルジフェニルアミン、p,p’−ジ−t−ブチルジフェニルアミン、p,p’−ジ−t−ペンチルジフェニルアミン、p,p’−ジオクチルジフェニルアミン、p,p’−ジノニルジフェニルアミン、p,p’−ジデシルジフェニルアミン、p,p’−ジドデシルジフェニルアミン、p,p’−ジスチリルジフェニルアミン、p,p’−ジメトキシジフェニルアミン、4,4’−ビス(4−α,α−ジメチルベンゾイル)ジフェニルアミン、p−イソプロポキシジフェニルアミン、ジピリジルアミン等のジフェニルアミン系酸化防止剤;フェノチアジン、N−メチルフェノチアジン、N−エチルフェノチアジン、3,7−ジオクチルフェノチアジン、フェノチアジンカルボン酸エステル、フェノセレナジン等のフェノチアジン系酸化防止剤が挙げられる。
【0045】
アミン系酸化防止剤の含量は、本発明のグリース組成物全量に対して0.01〜5質量%が好ましく、0.05〜4質量%がより好ましく、0.1〜3質量%が更に好ましい。0.01質量%未満になると、アミン系酸化防止剤の効果が現れない場合があり、5質量%を超えると、添加量に見合った効果が得られない場合やスラッジを発生させる場合がある。
【0046】
更に、本発明のグリース組成物は、公知のグリース用添加剤の添加を拒むものではなく、使用目的に応じて、摩擦低減剤、極圧剤、油性向上剤、清浄剤、分散剤、粘度指数向上剤、流動点降下剤、防錆剤、腐食防止剤、消泡剤などを本発明の効果を損なわない範囲で添加してもよい。
【0047】
摩擦低減剤としては、例えば、硫化オキシモリブデンジチオカルバメート、硫化オキシモリブデンジチオホスフェート等の有機モリブデン化合物が挙げられる。これら摩擦低減剤の好ましい配合量は、基グリースに対してモリブデン含量で30〜2000質量ppm、より好ましくは50〜1000質量ppmである。ただし、リン原子を含有している硫化オキシモリブデンジチオホスフェートより、硫化オキシモリブデンジチオカルバメートの使用が好ましく、炭素数8〜13のアルキル基を持つ硫化オキシモリブデンジチオカルバメートの使用がより好ましい。
【0048】
極圧剤としては、例えば、硫化油脂、オレフィンポリスルフィド、ジベンジルスルフィド等の硫黄系添加剤;モノオクチルホスフェート、トリブチルホスフェート、トリフェニルホスファイト、トリブチルホスファイト、チオリン酸エステル等のリン系化合物;チオリン酸金属塩、チオカルバミン酸金属塩、酸性リン酸エステル金属塩等の有機金属化合物などが挙げられる。これら極圧剤の好ましい配合量は、基グリースに対して0.01〜2質量%、より好ましくは0.05〜1質量%である。
【0049】
油性向上剤としては、例えば、オレイルアルコール、ステアリルアルコール等の高級アルコール類;オレイン酸、ステアリン酸等の脂肪酸類;オレイルグリセリンエステル、ステアリルグリセリンエステル、ラウリルグリセリンエステル等のエステル類;ラウリルアミド、オレイルアミド、ステアリルアミド等のアミド類;ラウリルアミン、オレイルアミン、ステアリルアミン等のアミン類;ラウリルグリセリンエーテル、オレイルグリセリンエーテル等のエーテル類が挙げられる。これら油性向上剤の好ましい配合量は、基グリースに対して0.1〜5質量%、より好ましくは0.2〜3質量%である。
【0050】
清浄剤としては、例えば、カルシウム、マグネシウム、バリウムなどのスルフォネート、フェネート、サリシレート、ホスフェート及びこれらの過塩基性塩が挙げられる。これらの中でも過塩基性塩が好ましく、過塩基性塩の中でもTBN(トータルベーシックナンバー)が30〜500mgKOH/gのものがより好ましい。更に、リン及び硫黄原子のないサリシレート系の清浄剤が好ましい。これらの清浄剤の好ましい配合量は、基グリースに対して0.5〜10質量%、より好ましくは1〜8質量%である。
【0051】
分散剤としては、例えば、重量平均分子量約500〜3000のアルキル基またはアルケニル基が付加されたコハク酸イミド、コハク酸エステル、ベンジルアミン又はこれらのホウ素変性物等が挙げられる。これらの分散剤の好ましい配合量は、基グリースに対して0.5〜10質量%、より好ましくは1〜8質量%である。
【0052】
粘度指数向上剤としては、例えば、ポリ(C1〜18)アルキルメタクリレート、(C1〜18)アルキルアクリレート/(C1〜18)アルキルメタクリレート共重合体、ジエチルアミノエチルメタクリレート/(C1〜18)アルキルメタクリレート共重合体、エチレン/(C1〜18)アルキルメタクリレート共重合体、ポリイソブチレン、ポリアルキルスチレン、エチレン/プロピレン共重合体、スチレン/マレイン酸エステル共重合体、スチレン/イソプレン水素化共重合体等が挙げられる。あるいは、分散性能を付与した分散型もしくは多機能型粘度指数向上剤を用いてもよい。平均分子量は10,000〜1,500,000程度である。これらの粘度指数向上剤の好ましい配合量は、基グリースに対して0.1〜20質量%、より好ましくは0.3〜15質量%である。
【0053】
流動点降下剤としては、例えば、ポリアルキルメタクリレート、ポリアルキルアクリレート、ポリアルキルスチレン、ポリビニルアセテート等が挙げられ、重量平均分子量は1000〜100,000である。これらの流動点降下剤の好ましい配合量は、基グリースに対して0.005〜3質量%、より好ましくは0.01〜2質量%である。
【0054】
防錆剤としては、例えば、亜硝酸ナトリウム、酸化パラフィンワックスカルシウム塩、酸化パラフィンワックスマグネシウム塩、牛脂脂肪酸アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩又はアミン塩、アルケニルコハク酸又はアルケニルコハク酸ハーフエステル(アルケニル基の分子量は100〜300程度)、ソルビタンモノエステル、ノニルフェノールエトキシレート、ラノリン脂肪酸カルシウム塩等が挙げられる。これらの防錆剤の好ましい配合量は、基グリースに対して0.01〜3質量%、より好ましくは0.02〜2質量%である。
【0055】
腐食防止剤としては、例えば、ベンゾトリアゾール、ベンゾイミダゾール、ベンゾチアゾール、テトラアルキルチウラムジサルファイド等が挙げられる。これら腐食防止剤の好ましい配合量は、基グリースに対して0.01〜3質量%、より好ましくは0.02〜2質量%である。
【0056】
消泡剤としては、例えば、ポリジメチルシリコーン、トリフルオロプロピルメチルシリコーン、コロイダルシリカ、ポリアルキルアクリレート、ポリアルキルメタクリレート、アルコールエトキシ/プロポキシレート、脂肪酸エトキシ/プロポキシレート、ソルビタン部分脂肪酸エステル等が挙げられる。これらの消泡剤の好ましい配合量は、基グリースに対して0.001〜0.1質量%、より好ましくは0.001〜0.01質量%である。
【0057】
本発明のグリース組成物は、潤滑の用途であればいずれにも使用することができ、例えば、転がり軸受け、すべり軸受け、歯車等の潤滑箇所に使用することができる。これらの中でも具体的には、自動車用の等速ジョイントを含むユニバーサルジョイント、等速ギア等に使用することが好ましい。
【0058】
また、本発明のリンモリブデン化合物は、鉱油、合成油等を基油とする潤滑油のための添加剤として使用してもよい。潤滑油用添加剤として使用する場合、本発明のリンモリブデン化合物の配合量は、潤滑油組成物全量に対するリン含量が10〜200質量ppm、好ましくは20〜100質量ppm、より好ましくは30〜80質量ppmとなる量である。リンモリブデン化合物の配合量が10質量ppm未満になると、酸化防止剤としての効果が表れない場合があり、200質量ppmを超えると、添加量に見合った効果が得られない場合や、スラッジを発生させる場合がある。潤滑油の中でも、使用環境が厳しく、酸化防止性能が要求されるエンジン油やタービン油において、本発明のリンモリブデン化合物は好適に使用することができる。
【実施例】
【0059】
以下、本発明を実施例により、具体的に説明する。尚、以下の実施例等において%は特に記載が無い限り質量基準である。
【0060】
<リンモリブデン化合物1の合成>
三酸化モリブデン30.0g(0.21mol)、純水13.2gを1000mlの四つ口フラスコに入れた。室温にて、200rpmで撹拌しながら25%の水酸化ナトリウム水溶液33.3g(0.21mol)を30分で滴下した。60〜70℃で一時間熟成の後、パラフィン系鉱物油106.15gを入れ、42℃まで冷却し、二酸化チオ尿素11.55g(0.11mol)を加え、純水6.8gでフラスコの内壁に付着した分を流した。その後、更に60〜70℃で一時間熟成した。次に35%のリン酸水溶液117.6g(0.42mol)を1時間かけて滴下して60〜70℃で一時間熟成した後、油水分離をして油層を除去し、197.3g茶褐色透明液体(水層)を得た。
得られた茶褐色透明液体27.25g(0.029mol)とトルエン3.45gを200mlの四つ口フラスコに入れた後、ジターシャリブチルリン酸エステル6.65g(0.032mol)とトルエン14.5gとの混合物を添加し、25〜28℃で16時間攪拌して反応させた。反応終了後、有機層を取り出し、有機層と同量の純水で3回水洗した後、乾燥剤として硫酸マグネシウムを有機層内に添加して粗乾燥した。乾燥剤をろ別後、減圧をして溶媒を取り除き、更にヘキサンで洗浄して茶褐色固体を得た。この固体をエーテルに溶解させた後ヘキサンを加え、室温で三日間放置して再結晶化させた。得られた結晶をろ別して溶媒を取り除き、減圧下で乾燥させて茶褐色八面体の結晶(リンモリブデン化合物1)を得た。
【0061】
<X線結晶構造解析>
単結晶X線構造解析装置(Rigaku RAXIS RAPID)を使用して、上記の合成で得た結晶(リンモリブデン化合物1)の構造を解析した。
0.36×0.30×0.27mmの大きさに切断したリンモリブデン化合物1の結晶をグラスファイバーにセットし、検出器から127.4mmの距離でMoKα線(λ=0.71075Å)を用いて、2θ=54.9°の反射26003個を収集した。そのうち|Fo|≧2σ(|Fo|)の反射3140個を以後の解析に用いた。127個の可変変数を用いて全域に最小二乗法による精密化を行うことにより、R1=0.0635,wR2=0.1895で収束した。解析は構造解析用のソフトSHELXL−97による直接法で行い、水素原子を除く全ての原子位置を求めた。
【0062】
表1に原子座標、表2に結合距離、表3に結合核を示す。図1にこれらの数値から導き出せるOrtep図を示した。また、これらの結果から、得られた結晶は斜方晶系に属し、a=15.5843(3)Å,b=17.6090(3)Å,c=40.2599(7)Å,U=11048.3(4)Å3,Z=8,Dobs=1.620g/cm3であると計算された。また、得られた結晶の比重を実測した結果は、Dcalc=1.621g/cm3であり、計算による結果と一致した。
【0063】
【表1】

【0064】
【表2】

【0065】
【表3】

【0066】
Ortep図は、原子核が一定以上の確率で存在する位置を楕円球で表している。一方、結合は原子の存在位置から推定しているだけで正確なものではない。ここで、モリブデン原子同士が結合(Mo−Mo結合)する可能性はほとんどなく、Ortep図からMo−Mo結合を削除する必要があり、更に結晶は斜方晶系に属していることから、得られた結晶は、モリブデン原子4個と酸素原子4個とからなるMo44のキュバン(立方体)構造を持ち、リン酸エステルがそこに配位した構造であると考えられる。
モリブデン原子4個と酸素原子4個とからなるMo44のキュバン構造を構成する結合は全て等価であること及び酸素原子は2価であることから、キュバン構造を構成する結合は2/3価であると考えられる。一方、リン酸エステルは、前述のキュバン構造中のモリブデン原子に配位していると考えられる。ここで、リン酸エステルの2個の酸素原子(ターシャリブチル基が結合していないもの)がモリブデン原子から等距離にあること及びこれらの酸素原子同士が共鳴構造をとる場合があることから、これらの2個の酸素原子は等価で共鳴構造をとり、且つどちらもモリブデン原子に配位していると考えられる。モリブデン原子が5価であることも考慮すると、リン酸エステルの2個の酸素原子とモリブデン原子との間の結合はそれぞれ1/2価であり、その2個の酸素原子同士も1/2価で結合している(共鳴構造をとる)と考えられる。以上より、リンモリブデン化合物1の構造は、下記式(4)のようになっていることが推定できる。
【0067】
【化9】

【0068】
上記の構造を持つ化合物の元素比は、理論値でC:28.50%、H:5.38%、Mo:28.46%、P:9.19%となる。一方、合成したリンモリブデン化合物1の元素比を分析すると、C:28.2%、H5.3%、Mo:28.8%、P:9.4%であり、元素分析の値も一致した。
【0069】
以上より、得られたリンモリブデン化合物1は、Mo44のキュバン構造を持ち、リン酸エステル4分子がその周りに配位した上記式(4)で表される構造であると特定した。
【0070】
<リンモリブデン化合物2の合成>
0.032molのジターシャリブチルリン酸エステルの代わりに0.032molのジオクチルリン酸エステルを使用する以外はリンモリブデン化合物1の合成と同様の方法により、濃青色オイル状のリンモリブデン化合物2を得た。モリブデン含有量は20.1%であり、リン含量は6.9%であった。
【0071】
[酸化防止性能の評価]
ガラス製内筒管に基油5gに対して、各種添加剤を表4に示す量で添加し、攪拌して分散・溶解させた後、100mlのオートクレーブにセットし、圧力センサー及び排気管の取り付けてある蓋で密閉した。真空ポンプを利用してオートクレーブ内の空気を排気管から排出し、代わりに酸素を入れ、オートクレーブ内を100%酸素雰囲気下にし、同時に圧力を101kPaにした。このオートクレーブを160℃の恒温槽に入れて1時間おきに圧力をチェックし、圧力が80kPaを切るまでの時間を酸化誘導期間として測定した。酸化劣化が進むと酸素が消費されて圧力が減少するので、酸化誘導期間が長いほど酸化防止性能が優れていると判断できる。結果を表4に示した。表4において、酸化誘導期間が200以上となっているものは、200時間過ぎても圧力が80kPaに到達しなかったものである。
なお、使用した基油は、動粘度4.24mm2/秒(100℃)、19.65mm2/秒(40℃)、粘度指数=126の鉱物油系高度VI油であり、また、表4中の化合物3〜10は下記の通りである。
化合物3:亜鉛ジチオホスフェート(リン含量8.2%、一般式(3)においてR9=n−ブチル、R10=1−オクチル、a=0.2)
化合物4:p,p’−ジドデシルジフェニルアミン
化合物5:3−(4−ヒドロキシ−3,5−ジ−t−ブチルフェニル)プロピオン酸オクチル
化合物6:一般式(a)のR1〜R4が分岐トリデシル基である硫化オキシモリブデンジチオカルバミン酸(特許文献1の化合物に相当)
化合物7:一般式(a)のR1〜R4がn−ブチル基である硫化オキシモリブデンジチオカルバミン酸(特許文献1の化合物に相当)
化合物8:一般式(b)のR9及びR10がトリデシル基であるジトリデシルアミンと三酸化モリブデンとの反応生成物(特許文献2の化合物に相当)
化合物9:一般式(c)のR1〜R4が分岐トリデシル基である硫化オキシモリブデンジチオホスフェート(特許文献3の化合物に相当)
化合物10:一般式(d)のR1〜R6がオレイル基であるリンモリブデン化合物(特許文献4の化合物に相当)
【0072】
【表4】

【0073】
[耐焼き付き性能及び耐摩耗性の評価]
リンモリブデン化合物1、2及び化合物6〜10それぞれを試験用ウレアグリースに1%添加させ、高速四級試験機にて耐焼き付き荷重及び磨耗痕径を測定した。耐焼き付き荷重は、室温、回転数1800rpm、時間10秒の条件で、荷重を30kgから焼き付きを起こすまで段階的に上げていき、焼き付きを起こした時点での荷重値(kg)とした。磨耗痕径は、室温、回転数1600rpm、時間15秒の条件で試験した後の鋼球についた傷の大きさを測定し、この傷の直径(mm)とした。結果を表5に示した。
なお、使用した試験用ウレアグリースの製造方法および性状は下記の通りである。
下記の粘度特性を持つ基油(精製パラフィン系鉱油)5400g中で、ジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネート(295.2g)とオクチルアミン(304.8g)とを反応させ、生成したビス[4−(3−オクチルウレイド)フェニル]メタンを均一に分散し、ちょう度が267である基グリースを得た。ここで、増ちょう剤であるビス[4−(3−オクチルウレイド)フェニル]メタンの含有量は10重量%であった。この基グリースに、リン含量として500ppmの亜鉛ジチオホスフェート(リン含量5.5%、一般式(3)においてR9=n−ブチル基、R10=n−ブチル基、a=0.2)を添加し、試験用ウレアグリースを得た。
基油の粘度特性:143.8mm2/S(40℃)、13.06mm2/S(100℃)
【0074】
【表5】

【0075】
以上のように、本発明のリンモリブデン化合物(リンモリブデン化合物1及び2)は、従来の有機モリブデン系添加剤(化合物6〜10)と比べて、グリースに優れた酸化防止性能、耐焼き付き性能及び耐摩耗性を与えることのできる添加剤である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)
【化1】

(式中、R1〜R8はそれぞれ水素原子または炭化水素基を表す。ただしR1〜R8の全てが同時に水素原子になることはない。)で表されるリンモリブデン化合物。
【請求項2】
前記炭化水素基が4〜18の炭素数を有するアルキル基であることを特徴とする請求項1に記載のリンモリブデン化合物。
【請求項3】
請求項1に記載のリンモリブデン化合物を製造する方法であって、6価のモリブデン化合物を還元剤で還元し、それをリン酸で中和した後、酸性リン酸エステルと反応させることを特徴とするリンモリブデン化合物の製造方法。
【請求項4】
前記酸性リン酸エステルが、炭素数4〜18のアルキル基を持つモノリン酸エステル及び/又はジリン酸エステルであることを特徴とする請求項3に記載のリンモリブデン化合物の製造方法。
【請求項5】
請求項1又は2に記載のリンモリブデン化合物を含有することを特徴とするグリース組成物。
【請求項6】
亜鉛ジチオホスフェートを更に含有することを特徴とする請求項5に記載のグリース組成物。
【請求項7】
フェノール系酸化防止剤及び/又はアミン系酸化防止剤を更に含有することを特徴とする請求項5又は6に記載のグリース組成物。

【図1】
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【公開番号】特開2011−12012(P2011−12012A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−157221(P2009−157221)
【出願日】平成21年7月1日(2009.7.1)
【出願人】(000000387)株式会社ADEKA (987)
【Fターム(参考)】