説明

ルテニウム錯体およびルテニウム錯体を用いた有機化合物の還元化合物の製造方法

【課題】水を水素源として利用して有機化合物を還元する触媒として利用可能なルテニウム錯体を提供する。
【解決手段】式(11)又は(12)によって代表される、ルテニウム錯体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ルテニウム錯体およびルテニウム錯体を用いた有機化合物の還元化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、ルテニウム錯体を触媒として使用して、カルボニル化合物を還元してアルコール化合物を製造する種々の方法が知られている。この場合、触媒として用いるルテニウム錯体をカルボニル化合物と混合後、高圧水素雰囲気下で、または、水素供与体の存在下で攪拌することによって、カルボニル化合物を還元し、アルコールを生成することができる。例えば、特許文献1には、カルボニル基を含む有機化合物の還元触媒として好適に利用できるルテニウム錯体が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−346639号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来のカルボニル化合物を還元する触媒として利用できる金属錯体においては、還元反応の水素(H)源として水(HO)を利用することはできなかった。水を水素源として利用してカルボニル化合物を還元することができる物質としては、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(Nicotinamide adenine dinucleotide:NAD)が知られているが、水を水素源として利用してカルボニル化合物を還元することができる金属錯体は知られていなかった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、カルボニル化合物等の有機化合物を還元する触媒として利用できる金属錯体につき、種々の検討を行ったところ、ある種の窒素を含む芳香族化合物を配位子として有するルテニウム錯体を見出すに至った。さらに、本発明者らが見出したルテニウム錯体は、NADと同様に、水を水素源として利用して有機化合物を還元する触媒として好適に利用できるという知見を得た。本発明によれば以下の手段が提供される。
【0006】
本発明によれば、下記式(1)によって示される、ルテニウム錯体が提供される。
【化1】

【0007】
上記式(1)中、mは1以上の整数であり、R、R、R、R、R11、…、R10+m−1、R10+m、Rは、それぞれ互いに独立し、同一または異なって、水素原子、アルキル基またはアリール基であり、[Ru]は、配位子を有するルテニウム(Ru)であり、Aはルテニウムに近い側からm番目のピリジン環もしくはベンゼン環を示しており、A〜Aはベンゼン環またはピリジン環からなる単環またはオルト縮合環であり、Xは、水素原子もしくはアルキル基もしくはアリール基と結合する炭素原子もしくは窒素原子を示しており、A〜Aの少なくとも1つがピリジン環となるようにXで示す位置に窒素原子を有しており、Aがピリジン環である場合には、R10+mとRとの少なくとも一方は水素原子である。
【0008】
本発明のルテニウム錯体は、下記式(2)〜(4)によって示されるルテニウム錯体であってもよい。
【化2】

【0009】
上記式(2)〜(4)中、S、S、S、S、S、S、及びS7は、それぞれ互いに独立し、同一または異なって、水素原子、アルキル基またはアリール基であり、Y1、Y2の少なくとも一方が水素原子であって、他方は、水素原子、アルキル基またはアリール基であり、Y3、Y4の少なくとも一方が水素原子であって、他方は、水素原子、アルキル基またはアリール基である。
【0010】
本発明のルテニウム錯体においては、R、R、R、R、R11、…、R10+m−1、R10+m、R、S、S、S、S、S、S及びS7が水素原子であってもよい。
【0011】
前記ルテニウム錯体中の配位子を有するルテニウム[Ru]は、下記の式(5)によって示されるものであってもよい。
【化3】

【0012】
また、本発明によれば、ルテニウム錯体であって、請求項1〜4に記載のルテニウム錯体のピリジン環の窒素原子と、前記窒素原子のオルト位またはパラ位の炭素原子とに水素原子がそれぞれ付加されて得られる、ルテニウム錯体を提供することができる。
【0013】
本発明のルテニウム錯体は、下記式(6)〜(10)によって示されるものであってもよい。
【化4】

【0014】
本発明によれば、上記の本発明に係るルテニウム錯体および水の存在下、電気化学的に有機化合物を還元する、還元化合物の製造方法が提供される。
【0015】
本発明に係る還元化合物の製造方法では、前記有機化合物はカルボニル基を有していてもよく、前記有機化合物はカルボニル基を有する芳香族化合物であってもよい。
【0016】
本発明に係る還元化合物の製造方法では、前記還元化合物はアルコールであってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】実施例に係るルテニウム錯体のESIスペクトルを示す図である。
【図2】実施例に係るルテニウム錯体のNMRスペクトルを示す図である。
【図3】実施例に係るルテニウム錯体の還元化合物のESIスペクトルを示す図である。
【図4】実施例に係るルテニウム錯体の還元化合物のNMRスペクトルを示す図である。
【図5】図4に示すスペクトルの一部を拡大して示す図である。
【図6】実施例に係るルテニウム錯体のUV−vis−NIRスペクトルを示す図である。
【図7】実施例に係るルテニウム錯体の電気化学的還元後のUV−vis−NIRスペクトルを示す図である。
【図8】実施例に係るルテニウム錯体のサイクリックボルタノグラムを示す図である。
【図9】一実施形態に係るルテニウム錯体の13C−NMRスペクトルを示す図である。
【図10】一実施形態に係るルテニウム錯体の13C−NMRスペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、上記の式(1)によって示されるルテニウム錯体およびこれを用いた有機化合物の還元化合物の製造方法に関する。
【0019】
(ルテニウム錯体)
本発明に係るルテニウム錯体は、上記の式(1)によって示される。上記の式(1)において、mは1以上の整数であり、R、R、R、R、R11、…、R10+m−1、R10+m、Rは、それぞれ互いに独立し、同一または異なって、水素原子、アルキル基またはアリール基であり、[Ru]は、配位子を有するルテニウム(Ru)であり、Aはルテニウムに近い側からm番目のピリジン環もしくはベンゼン環を示しており、A〜Aはベンゼン環またはピリジン環からなる単環化合物またはオルト縮合環化合物であり、Xは、水素原子もしくはアルキル基もしくはアリール基と結合する炭素原子もしくは窒素原子を示しており、A〜Aの少なくとも1つがピリジン環となるようにXで示す位置にN原子を有しており、Aがピリジン環である場合には、R10+mとRとの少なくとも一方は水素原子である。
【0020】
上記の式(1)に示すルテニウム錯体は、例えば、上記の式(2)〜(4)に示すルテニウム錯体を含んでいる。上記式(2)に示すルテニウム錯体は、m=3である場合を例示しており、AおよびAはベンゼン環であり、Aはピリジン環であり、ルテニウムに近い側からA、A、Aの順序でオルト縮合によって結合するオルト縮合環化合物である。ピリジン環であるAについて、上記式(1)においてR12に相当する位置には、水素原子が結合している。上記式(3)に示すルテニウム錯体は、m=2である場合を例示しており、Aはベンゼン環であり、Aはピリジン環であり、ルテニウムに近い側からA、Aの順序でオルト縮合によって結合するオルト縮合環化合物である。ピリジン環であるAについて、上記式(3)中のYは上記式(1)におけるR12に相当し、Yは上記式(1)におけるRに相当する。Y、Yの少なくとも一方は水素原子であって、他方は、水素原子、アルキル基またはアリール基である。上記式(4)に示すルテニウム錯体は、m=1である場合を例示しており、Aはピリジン環である、単環化合物である。上記式(4)中のYは上記式(1)におけるR11に相当し、Yは上記式(1)におけるRに相当する。Y、Yの少なくとも一方は水素原子であって、他方は、水素原子、アルキル基またはアリール基である。
【0021】
本発明のルテニウム錯体においては、R、R、R、R、R11、…、R10+m−1、R10+m、R、Y、Y、Y、Y、S、S、S、S、S、S、S7のそれぞれがアルキル基またはアリール基である場合には、C〜C10アルキル基またはC〜C10アリール基であることが好ましい。限定されないが、立体的要因の観点、もしくは製造の簡便性の観点からは、本発明のルテニウム錯体においては、R、R、R、R、R11、…、R10+m−1、R10+m、R、S、S、S、S、S、S及びS7が水素原子であることが好ましい。さらに、Y、Y、Y、Yが水素原子であれば、より好ましい。
【0022】
本発明に係るルテニウム錯体においては、配位子を有するルテニウム[Ru]は、アミン、ハロゲン原子、ホスフィン、ホスファイト等の支持配位子を有していてもよく、これに加えて還元反応時に脱離可能なニトリル、ケトン、水等の配位子を有していてもよい。アミンを配位子として有する場合には、ピリジン、ビピリジン、テルピリジル、またはキノリン等の芳香族アミンであってもよいし、エチレンジアミンのようなアルキレンジアミン、N,N’,N’,−四置換アルキレンジアミン、またはトリエチレンジアミンのようなトリスアルキレンジアミン等の脂肪族アミンであってもよい。ニトリルを配位子として有する場合には、シアン化アルキル、又はシアン化アリール等であってもよいが、アセトニトリルであることが好ましい。ケトンは、を配位子として有する場合には、アセトンであることが好ましい。ホスフィンは、ジフェニルホスフィンのようなジアリールホスフィン、トリフェニルホスフィンのようなトリアリールホスフィン、トリエチルホスフィンのようなトリアルキルホスフィン、アルキルジアリールホスフィン、ジアルキルアリールホスフィン、1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタンのようなα,ω−ビス( ジアリールホスフィノ)アルカン、P,P,P’,P’,P”,P”−ヘキサフェニル−トリスエチレンテトラホスフィンのようなP,P,P’,P’,P”,P”−六置換−トリスアルキレンテトラホスフィン等であってもよい。ホスファイトは、ホスフィンと同様である。
【0023】
限定されないが、配位子を有するルテニウム[Ru]は、上記の式(5)によって示される[Ru(bpy)]であることが好ましい。ここで、(bpy)は、2,2’−ビピリジンを表している。本発明に係るルテニウム錯体は、下記の式(11)によって示される[Ru(pad)(bpy)]を含む塩、または下記の式(12)によって示される[Ru(2,3’−ビピリジン)(bpy)]を含む塩であることが特に好ましい。
【化5】

【0024】
本発明者らは、本発明に係る上記の式(1)に示すルテニウム錯体を用いた還元反応において、Ru−Cの二重結合の存在を確認し、4価のルテニウムの生成を確認した。すなわち、本発明に係る上記式(1)に示すルテニウム錯体は、中性溶液下において、A〜Aに含まれるピリジン環の窒素原子に水素原子が結合し、2価のルテニウムを有する化合物と4価のルテニウムを有する化合物との共鳴関係を得ることができる。このとき、4価のルテニウムは、Aを構成する炭素原子と2重結合を有することとなる。この共鳴関係は、4価のルテニウムを含む化合物が生成する側に傾いており、4価のルテニウムを含む化合物は、ある電位で水の存在下において容易に還元されて、A〜Aに含まれるピリジン環に水素原子が付加され、ルテニウム錯体の還元化合物が形成される。この場合、水素原子は、窒素原子のオルト位またはパラ位の炭素原子に結合する。
【0025】
上記式(2)〜(4)に示すルテニウム錯体を例示して、本発明に係るルテニウム錯体の還元化合物の生成について、具体的に説明する。
上記の式(2)に示すルテニウム錯体は、pKa=7.9程度の中性溶液下においてピリジン環の窒素原子に水素原子が結合し、下記の式(2a)に示す2価のルテニウムを有する化合物と(2b)に示す4価のルテニウムを有する化合物との共鳴関係を得る。式(2b)に示す化合物では、4価のルテニウムは、Aを構成する炭素原子との2重結合を有している。この共鳴関係は、下記の式(2b)が生成する側に傾いているため、下記の式(2b)は、ある電位で水の存在下において容易に還元されて、ピリジン環に水素原子が付加され、ルテニウム錯体の還元化合物が形成される。この場合、水素原子は、窒素原子のパラ位の炭素原子に結合し、下記の式(6)に示すルテニウム錯体の還元化合物が形成される。
【化6】

【0026】
同様に、本発明に係る上記の式(3)に示すルテニウム錯体は、pKa=7.9程度の中性溶液下においてピリジン環の窒素原子に水素原子が結合し、下記の式(3a)に示す2価のルテニウムを有する化合物と(3b)に示す4価のルテニウムを有する化合物との共鳴関係を得る。式(3b)に示す化合物では、4価のルテニウムは、Aを構成する炭素原子との2重結合を有している。この共鳴関係は、下記の式(3b)が生成する側に傾いているため、下記の式(3b)は、ある電位で水の存在下において容易に還元されて、ピリジン環に水素原子が付加され、ルテニウム錯体の還元化合物が形成される。Yが水素原子であり、Yが水素原子でない場合には、水素原子は、窒素原子のパラ位の炭素原子に結合し、下記の式(7)に示すルテニウム錯体の還元化合物が形成される。Yが水素原子であり、Yが水素原子でない場合には、水素原子は、窒素原子のオルト位の炭素原子に結合し、下記の式(8)に示すルテニウム錯体の還元化合物が形成される。YおよびYが水素原子である場合には、水素原子は、窒素原子のオルト位またはパラ位の炭素原子に結合し、下記の式(7)および式(8)に示すルテニウム錯体の還元化合物が形成され得る。
【化7】

【0027】
同様に、本発明に係る上記の式(4)に示すルテニウム錯体についても、中性溶液下において、ピリジン環の窒素原子に水素原子が結合し、2価のルテニウムを有する化合物と4価のルテニウムを有する化合物との共鳴関係を得ることができ、ある電位で水の存在下において容易に還元されて、ピリジン環に水素原子が付加され、ルテニウム錯体の還元化合物が形成される。この場合、下記の式(9)、(10)に示すルテニウム錯体の還元化合物が形成され得る。
【0028】
本発明の一形態に係る、[Ru(pad)(CHCN)](PF)を用いて上記式(2a)と(2b)に示すルテニウム錯体の平衡を測定した。CDCN中での[Ru(pad)(CHCN)](PF) の13C−NMRスペクトルは図9に示すように120ppmから167ppmの範囲にpad配位子の二つのピリジン環と二つのフェニル環の芳香族炭素の18本の13Cシグナルが観測された。その溶液にルテニウム錯体と等量のHClを添加した場合の13C−NMRスペクトルを図10に示す。この場合も18本のシグナルが観測されたが、図10から判るように, 189ppmにRu=Cの2重結合の生成に基づくシグナルが現れた。図9、図10に示すHClの添加前と添加後の13C−NMRスペクトルの比較から130ppm付近の芳香族シグナルの一つがRu=Cの2重結合の生成により約50ppmシフトして189ppmのシグナルに変化したと結論できる。
【0029】
上記の(6)〜(10)に示すルテニウム錯体の還元化合物は、上記の式(2)〜(4)に示すルテニウム錯体を化学的もしくは電気化学的に還元することによって製造することができる。
【0030】
(ルテニウム錯体を用いる有機化合物の還元化合物の製造方法)
本発明に係る、上記の式(1)に示すルテニウム錯体は、有機化合物を電気化学的に還元し、還元化合物を製造するための還元触媒として好適に利用することができる。本発明に係る電気化学的還元化合物の製造方法においては、上記の式(1)によって示されるルテニウム錯体の存在下、水素供与体として水を用いて、有機化合物を電気化学的に還元することができる。本発明に係るルテニウム錯体は、有機化合物を還元することによって酸化されるが、上述したように、ある電位で水の存在下において、水からプロトンと電子を受け取って還元され、再び還元触媒として機能することができるようになる。本発明に係るルテニウム錯体は、NADと同様に、水を水素源として利用して有機化合物を還元することが可能であるとともに、電気化学的に有機化合物を還元する条件下において、再生することが可能な触媒である。また、本発明に係るルテニウム錯体では、ルテニウムが配位的に飽和しているために、電気化学的に有機化合物の還元反応を行っても、ルテニウムと水素の結合(Ru−H)は生成することがない。このため、電気化学的に還元反応を行っても、水素が発生することがない。
【0031】
本発明に係る還元化合物の製造方法は、上記の式(1)に示すルテニウム触媒および水の存在下、電気化学的に、下記の式(13)に示すカルボニル基を有する有機化合物を還元して、その還元化合物として、下記の式(14)に示すアルコールを製造する方法として好適に用いることができる。下記の式(13)および式(14)中のZ、Zは、それぞれ互いに独立し、同一または異なって、水素原子、アルキル基またはアリール基であればよく、Z、Zのうちの少なくともいずれか一方がアリール基であることが好ましい。すなわち、下記の式(14)に示す化合物は、芳香族アルデヒド、芳香族ケトン等のカルボニル基を有する芳香族化合物であることが好ましい。さらに、Zは、フェニル基またはo−ニトロフェニル基またはo−メチルフェニル基であり、Zは、水素またはメチル基またはフェニル基であることがより好ましい。
【化8】

【0032】
本発明に係る還元化合物の製造方法においては、非水溶媒と水との混合溶媒を用いて行うことが好ましい。非水溶媒としては、アセトニトリル(CHCN)、メタノール(CHOH)等を用いることができる。非水溶媒と水との混合比は、体積比で、非水溶媒/水=9/1〜7/3が好ましく、9/1が特に好ましい。非水溶媒がアセトニトリルである場合には、アセトニトリルと水の体積比は、CHCN/HO=9/1が特に好ましい。また、還元化合物の製造方法を実施する混合溶媒は、支持電解質をさらに含んでいることが好ましい。支持電解質としては、例えば、BuNPFを用いることができ、支持電解質の濃度は0.1Mが特に好ましい。
【0033】
本発明に係る還元化合物の製造方法においては、還元反応を行う温度は、室温が好ましく、25℃程度の室温が特に好ましい。また、還元反応を行う圧力は、常圧が好ましい。
【0034】
(ルテニウム錯体の製造方法)
本発明の一形態に係る、上記の式(11)に示すルテニウム錯体([Ru(pad)(bpy)]を含む塩]の製造方法の一例について説明する。
【0035】
上記の式(11)に示すルテニウム錯体は、下記の式(15)によって示される、2−(2−ピリジニル)アクリジン(2-(pyridine-2-yl)acridine;以下、本明細書ではpadという)と、下記の式(16)によって示される、2−(2−ピリジニル)−9,10−ジヒドロアクリジン(2-(pyridine-2-yl)-9,10-dihydroacridine;以下、本明細書ではpadHHという)との混合物を準備する第1工程と、下記の式(17)に示すように、padとpadHHとの混合物を、塩基(例えばNaOH)、ヘキサフルオロリン酸ナトリウム(NaPF)、ジクロロ(ベンゼン)ルテニウム(II)ダイマー([RuCl(C)])をアセトニトリル溶媒中で反応させ、さらに、2−メトキシメタノール、2,2’−ビピリジル、ヘキサフルオロリン酸ナトリウム(NaPF)水溶液を含む混合溶液中で反応させた後、トリエチルアミン((CHCHN)で洗浄する第2工程を実施することによって、ヘキサフルオロリン酸塩([Ru(pad)(bpy)]PF)として製造できる。
【化9】


【化10】

【0036】
(ルテニウム錯体の還元)
上記のルテニウム錯体(例えば[Ru(pad)(bpy)]PF)を含む塩を還元する方法としては、特に限定されないが、電気化学的還元を行ってもよいし、化学的還元を行ってもよい。これによって、上記の式(6)と同様の、ルテニウム錯体の還元化合物を製造することができる。
【0037】
電気化学的還元を行う場合には、例えば、上記のルテニウム錯体を用いて、アセトニトリル/水混合溶媒(CHCN/HO)で、定電位(例えば−1.50V)で電解することによって、ルテニウム錯体の還元化合物(例えば[Ru(padHH)(bpy)]PF]を製造できる。溶媒中には、支持電解質(例えばBuNPF)が含まれていることが好ましい。溶媒中のアセトニトリルと水の体積比は、CHCN/HO=9/1〜7/3が好ましく、9/1が特に好ましい。アセトニトリルに代えてメタノールを用いることもできる。この場合、溶媒中のメタノールと水の体積比は、メタノール/HO=9/1が好ましい。
【0038】
化学的還元を行う場合には、例えば、上記のルテニウム錯体を、例えば、アルコール/水混合溶媒(ROH/HO)中で、還元剤(例えば水素化ホウ素ナトリウム:NaBH)と反応させることによって、ルテニウム錯体の還元化合物を製造できる。溶媒中のアルコールと水の体積比は、ROH/HO=9/1が好ましい。アルコールとしては、メタノールが特に好ましい。
【実施例1】
【0039】
以下の実施例においては、全ての反応は、特に言及しない限り、窒素雰囲気下で、標準的なシュレンク法を用いて実施した。
【0040】
(ルテニウム錯体の製造)
(第1工程)
2−ピリジルシクロヘキサノンと2−アミノベンズアルデヒドを水酸化カリウム(KOH)(東京化成工業株式会社製)の存在下で反応させた。
【0041】
第1工程によって得られた反応性生物を、パラシメン(p-cymene)(和光純薬工業株式会社製)および10%−Pd/C(10重量%パラジウム担持炭素触媒)(Aldrich社製)存在下で180℃で還流し、冷却して得られる黄色結晶をメタノールで洗浄して、padの結晶を得た。
【0042】
(第2工程)
padHH(0.300g、約1.2mmol)、[RuCl(C)](東京化成工業株式会社製)(0.300g、約1.2mmol)、NaOH(0.045g、約0.4mmol)を100mLのアセトニトリル(和光純薬工業株式会社製)溶媒に加えた懸濁液を攪拌しながら45℃で48h反応させた。次に、展開溶媒としてジクロロメタン/エタノール(CHCl/CHCHOH)(和光純薬工業株式会社製)溶媒を用い、充填剤としてアルミナを用いて、カラムクロマトグラフィを行い、0.300g、約0.45mmolのルテニウム錯体前駆体([Ru(pad)(CHCN)]PF)を得た(収率75%)。
【0043】
2−メトキシメタノール(和光純薬工業株式会社製)50mLに対して、[Ru(pad)(CHCN)]PFが0.205g(約0.3mmol)、2,2’−ビピリジル(東京化成工業株式会社製)が0.095g(約0.6mmol)、ヘキサフルオロリン酸ナトリウム(NaPF)(東京化成工業株式会社製)の飽和水溶液が0.051g(約0.3mmol)の割合で、混合溶液を準備し、80℃で24h還流した。
【0044】
さらに、1mLのトリエチルアミン((CHCHN)(Aldrich社製)で洗浄し、展開溶媒としてジクロロメタン/エタノール(体積比は、CHCl/CHCHOH=99/1)溶媒を用い、充填剤としてアルミナを用いて、カラムクロマトグラフィを行い、[Ru(pad)(bpy)]PFを精製した。これによって、0.150g、約0.18mmolの[Ru(pad)(bpy)]PF]を得た(収率60%)。[Ru(pad)(bpy)の構造は、高分解エレクトロスプレーイオン化(Electro Spray Ionization:ESI)法およびNMR分光測定によって確認した。ESI法による質量スペクトルはウォーターズ社製のMicromass LCTを用いて記録した。NMR(核磁気共鳴:Nuclear Magnetic Resonance)スペクトルは、日本電子株式会社製のJEOL JNM−A500スペクトロメータ(H周波数:500MHz)を用いて、CDOD溶媒(Dは重水素)を用いて室温(25℃)で測定した。ESI法の測定データを図1に、NMR分光測定データを図2にそれぞれ示す。
【0045】
(ルテニウム錯体の還元)
(電気化学的還元)
0.025g(約0.0.3mmol)の[Ru(pad)(bpy)]PFの還元は、0.1MのBuNPFを支持電解質として含む、50mLのCHCN/HO混合溶媒(体積比は、CHCN/HO=9/1)中で、25℃で、−1.50Vの定電位電解を12h行うことによって実施した。作用極としてのグラッシーカーボンと、対電極としてプラチナ箔とを、陰イオン交換膜であるNafion117(デュポン社製)を用いて隔離した。参照極にはAg/AgNO電極(カロメル電極(SCE)に対する電位が+0.29V)を用い、バイコールガラスによって、作用極槽と隔離した。
【0046】
5サイクル終了後に、溶液は紫色から赤色に変色し、6サイクル終了後には、溶液は茶赤色に変色した。溶液をサンプリングし、島津製作所製のUVPC−3100を用いて、紫外・可視・近赤外(UV−vis−NIR)スペクトルを測定したところ、図6、図7に示すように、還元反応前は[Ru(pad)(bpy)]のスペクトルが観測され、反応後には[Ru(padHH)(bpy)]のスペクトルが観測された。
【0047】
(化学的還元)
0.025g(約0.0.3mmol)の[Ru(pad)(bpy)]PFを、フラスコ(2ネック、ラウンドボトム)中で、20mLのCHOH/HO混合溶媒(体積比は、CHOH/HO=9/1)に加えて、−10℃で、窒素パージを30min行った。その後、さらに5mg(約0.13mmol)のNaBHを加えて3h攪拌したところ、溶液は紫色から茶赤色に変色した。これをさらに、氷冷したCHOH/HO混合溶媒(体積比は、CHOH/HO=9/1)で洗浄すると、0.04g(約0.05mmol)の[Ru(padHH)(bpy)]PFが得られた(収率82%)。しかしながら、上記の化学的還元化合物の製造方法で生成された[Ru(padHH)(bpy)]PFは、結晶として取り出すことができなかった。[Ru(pad)(bpy)]と同様に、ESI測定およびNMR分光測定を行った。ESI法の測定データを図3に、NMR分光測定データを図4および図5にそれぞれ示す。なお、図5は、図4に示すデータの一部を拡大して表示したものである。図2と比較すると、図4および図5では、δ=3.95ppmに(2H,quartet)のピークが現れ、δ=5.73ppmに(NH,singlet)のピークが現れており、Ru(pad)(bpy)]PFが還元され、[Ru(padHH)(bpy)]PFとなっていることがわかる。
【0048】
(サイクリックボルタンメトリー)
電気化学的還元によって得られたルテニウム錯体[Ru(pad)(bpy)]PFと[Ru(padHH)(bpy)]PFを用いて、支持電解質として0.1MのBuNPF(東京化成工業株式会社製)が含まれているアセトニトリル(CHCN)中で、サイクリックボルタンメトリーを行った。サイクリックボルタンメトリーは、ALS/Chi社製の電気化学分析器 model 660Aを用いて、アルゴン雰囲気下、25℃で定電位電解を行った。
【0049】
[Ru(pad)(bpy)]PFについては、水が無い状態では、(RuII/RuIII)と(RuIII/RuIV)の酸化還元電位は(SCEに対して)E1/2=+0.52Vと+0.78Vに観測された。二つのbpy配位子の(bpy,bpy)/(bpy,bpy・)と(bpy,bpy・)/(bpy・,bpy・)の酸化還元電位は−1.64Vと−1.92Vに観測された。padの(pad/pad・)の酸化還元波は(bpy,bpy)/(bpy,bpy・)の酸化還元波に重なっていると思われる。ルテニウム錯体に対して化学的等量となる水をアセトニトリルに加えて、同様にサイクリックボルタンメトリーを実施すると、図8に示すように、−1.50Vに、[Ru(pad)(bpy)のpadが2電子還元でpadHHに還元されることによって生じる還元波のピークが生じた。
【0050】
(芳香族アルデヒド、芳香族ケトンの電気化学的還元による還元化合物の製造方法)
上記のルテニウム錯体を用いて、アセトニトリル/水混合溶媒中(CHCN/HO)で、芳香族アルデヒド、芳香族ケトン(ベンズアルデヒド、2−ニトロベンズアルデヒド、2−メチルベンズアルデヒド、アセトフェノン、ベンゾフェノン:いずれも和光純薬工業株式会社製)の電気化学的還元を行った。尚、CHCN/HO溶媒中には、支持電解質として、0.1MのBuNPF(東京化成工業株式会社製)が含まれている。アルゴン雰囲気下、25℃で定電位電解を行った。
【0051】
電解セルは、作用極としてのグラッシーカーボンと、対電極としてプラチナ箔とを、陰イオン交換膜であるNafion117(デュポン社製)を用いて隔離した。参照極にはAg/AgNO電極(カロメル電極(SCE)に対する電位が+0.29V)を用い、バイコールガラスによって、作用極槽と隔離した。
【0052】
0.1mLの溶液をサンプリングし、有機生成物は、島津製作所製のガスクロマトグラフGC14A(DB−VRXカラムを使用)およびガスクロマトグラフ質量分析計GCMS−QP5050(DB−WAXカラムを使用)を用いて分析した。表1は、還元反応1〜5の反応条件および収率、電流効率、ターンオーバー数(turnover number:TON)を示している。なお、表1の化学式中、「Me」はメチル基(CH)を表しており、「Ph」はフェニル基(C)を表している。電気化学的還元反応の反応物としては、還元反応1ではベンズアルデヒドを用い、その還元化合物であるベンジルアルコールを製造した。還元反応2では2−ニトロベンズアルデヒドを用い、その還元化合物である2−ニトロベンジルアルコールを製造した。還元反応3では2−メチルベンズアルデヒドを用い、その還元化合物である2−メチルベンジルアルコールを製造した。還元反応4ではアセトフェノンを用い、その還元化合物である1−フェニルエタノールを製造した。還元反応5ではベンゾフェノンを用い、ジフェニルメタノールを製造した。還元反応1〜5については、−1.50Vの定電位電解を行った。
【表1】

【0053】
ルテニウム錯体として機能する[Ru(padHH)(bpy)]は、反応物である芳香族アルデヒドおよび芳香族ケトンを還元し、[Ru(pad)(bpy)]となる。サイクリックボルタンメトリーの結果によれば、[Ru(padHH)(bpy)]のpadがpadHHに還元される電位は、−1.50Vであるから、還元反応1〜5の条件で定電位電解を行ったところ、[Ru(pad)(bpy)]は、水から2つのプロトンおよび2つの電子を受け取って、[Ru(padHH)(bpy)]に還元され、還元作用を有する触媒として再生させることができた。このため、表1に示すように、高いTON、高い収率で、芳香族アルデヒドおよび芳香族ケトンを還元し、還元化合物としてアルコールを製造することができた。[Ru(pad)(bpy)]と[Ru(padHH)(bpy)]は、配位的に飽和しているため、電気化学的反応下において、ルテニウムと水素との結合(Ru−H)が生成することがなく、水素が電気化学反応の生成物となることがない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)によって示される、ルテニウム錯体。
【化11】


(式中、mは1以上の整数であり、R、R、R、R、R11、…、R10+m−1、R10+m、Rは、それぞれ互いに独立し、同一または異なって、水素原子、アルキル基またはアリール基であり、[Ru]は、配位子を有するルテニウム(Ru)であり、Aはルテニウムに近い側からm番目のピリジン環もしくはベンゼン環を示しており、A〜Aはベンゼン環またはピリジン環からなる単環またはオルト縮合環であり、Xは、水素原子もしくはアルキル基もしくはアリール基と結合する炭素原子もしくは窒素原子を示しており、A〜Aの少なくとも1つがピリジン環となるようにXで示す位置に窒素原子を有しており、Aがピリジン環である場合には、R10+mとRとの少なくとも一方は水素原子である。)
【請求項2】
下記式(2)〜(4)のいずれかによって示される、請求項1に記載のルテニウム錯体。
【化12】


(式中、S、S、S、S、S、S、及びS7は、それぞれ互いに独立し、同一または異なって、水素原子、アルキル基またはアリール基であり、Y1、Y2の少なくとも一方が水素原子であって、他方は、水素原子、アルキル基またはアリール基であり、Y3、Y4の少なくとも一方が水素原子であって、他方は、水素原子、アルキル基またはアリール基である。)
【請求項3】
、R、R、R、R11、…、R10+m−1、R10+m、R、S、S、S、S、S、S、Y、Y、Y、及びYが水素原子である、請求項2に記載のルテニウム錯体。
【請求項4】
前記ルテニウム錯体中の配位子を有するルテニウム[Ru]は、下記の式(5)によって示される、請求項1〜3のいずれか一項に記載のルテニウム錯体。
【化13】

【請求項5】
ルテニウム錯体であって、請求項1〜4に記載のルテニウム錯体のピリジン環の窒素原子と、前記窒素原子のオルト位またはパラ位の炭素原子とに水素原子がそれぞれ付加されて得られる、ルテニウム錯体。
【請求項6】
下記式(6)〜(10)のいずれかによって示される、請求項5に記載のルテニウム錯体。
【化14】

【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載のルテニウム錯体および水の存在下、電気化学的に有機化合物を還元する、還元化合物の製造方法。
【請求項8】
前記有機化合物はカルボニル基を有する、請求項7に記載の還元化合物の製造方法。
【請求項9】
前記有機化合物はカルボニル基を有する芳香族化合物である、請求項8に記載の還元化合物の製造方法。
【請求項10】
前記還元化合物はアルコールである、請求項7〜9のいずれか一項に記載の還元化合物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−246412(P2011−246412A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−122859(P2010−122859)
【出願日】平成22年5月28日(2010.5.28)
【出願人】(504261077)大学共同利用機関法人自然科学研究機構 (156)
【Fターム(参考)】