説明

レンズ製造方法、及び眼鏡レンズ製造システム

【課題】モールド部材の加工コストを抑えるのに好適なレンズ製造方法を提供すること。
【解決手段】一対の対向配置されたモールド部材間を封止部材で封止することによって規定されたキャビティにレンズ原料液を注入する注入工程と、キャビティに注入されたレンズ原料液を硬化反応させて一対のモールド部材の各転写面形状を転写させたレンズ基材を得る硬化反応工程と、各転写面形状が転写されたレンズ基材を一対のモールド部材から離型する離型工程とを含み、一対のモールド部材の少なくとも一方の転写面が、削り加工によって加工された削り加工面上に形成された被膜の表面であるレンズ製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、注型重合によるレンズ製造方法及び眼鏡レンズを製造する眼鏡レンズ製造システムに関連し、詳しくは、モールド部材の転写面の加工に研磨を必要としないレンズ製造方法及び眼鏡レンズ製造システムに関する。
【背景技術】
【0002】
光学レンズの製造技術分野においては、切削加工機器や研削加工機器の改良発展に伴い、自由曲面等の複雑な面形状を精密に加工することができる。しかし、例えば研削加工機器による研削加工では研削痕が研削加工面に残存する。研削痕に起因する散乱や反射が生じると、光学レンズとして所望の光学性能を達成することができない。そこで、研削加工後には、研削加工面に対する研磨による表面仕上げやハードコート被膜による表面粗さの平滑化処理が施される。
【0003】
例えば特許文献1に記載の眼鏡レンズの製造方法においては、研削加工面にハードコート被膜を施して微小な凹凸を平滑化する。但し、ハードコート被膜だけでは研削痕の凹凸によって形成されるエンベロープが緩やかなうねりとなって残存する。そのため、ハードコート被膜表面を研磨してうねりを除去する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2009/016921号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、切削加工や研削加工、ハードコート被膜等によって得られた所望の面形状を損なうことなく研磨を行うには、高度な研磨技術が要求され、コスト的にも時間的にも負担が大きい。特に、自由曲面等の複雑な面形状を高精度に研磨することは難しく、研磨除去量に依存して光学性能が大きく変化する虞がある。また、特許文献1では、レンズ基材とハードコート被膜との境界に残存するエンベロープ等に起因して光学性能が劣化する虞もある。この種の光学性能の劣化を抑えるには、最低限、ハードコート被膜材の屈折率をレンズ基材の屈折率に合わせる必要がある。しかし、この場合、使用可能なハードコート被膜材の選択の余地が少なく設計自由度が低いため望ましくない。
【0006】
一方、注型重合によって樹脂製レンズを成形する場合は、光学レンズ面の研磨が不要である。しかし、モールド部材の転写面に対しては研磨が必要であるため、モールド部材の加工コストは高い。例えば眼鏡レンズの製造技術分野においては、一つの製品につき、処方度数に合わせて多種多様なレンズ形状が要求される。そのため、加工コストの高いモールド部材を個別に用意すると、眼鏡レンズの製造単価が大幅に押し上がるため望ましくない。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決する本発明の一形態に係るレンズ製造方法は、一対の対向配置されたモールド部材間を封止部材で封止することによって規定されるキャビティにレンズ原料液を注入する注入工程と、キャビティに注入されたレンズ原料液を硬化反応させて一対のモールド部材の各転写面形状を転写させたレンズ基材を得る硬化反応工程と、各転写面形状が転写されたレンズ基材を一対のモールド部材から離型する離型工程とを含む方法である。本発明に係るレンズ製造方法において、一対のモールド部材の少なくとも一方の転写面は、削り加工によって加工された削り加工面上に形成された被膜の表面であることを特徴とする。
【0008】
本発明に係るレンズ製造方法によれば、モールド部材の転写面(削り加工面)を被膜したことにより、削り加工面の微小な切削痕や研削痕、エンベロープ等が平滑化されている。また、モールド部材を被膜する場合、レンズ基材を被膜する場合と異なり膜厚に関する制約が少ないため、被膜を厚く形成することができる。この場合、切削痕や研削痕、エンベロープだけでなく、エンベロープが形成する緩やかなうねりの発生も有効に抑えられる。すなわち、本発明によれば、研磨加工が不要な安価なモールド部材を用いて面精度の高い光学レンズを製造することができる。また、被膜材自在は光学レンズを構成しない。そのため、特許文献1に記載のハードコート被膜材と異なり、被膜材の光学的特性を考慮する必要がない。
【0009】
本発明に係るレンズ製造方法は、所定の処方情報に従い、所定の度数区分毎に予め用意された規定の転写面形状を持つ規定モールド部材群の中から一対のモールド部材の一方を選択するモールド部材選択工程と、処方情報及び選択された規定モールド部材に基づいて一対のモールド部材の他方の転写面形状を決定する転写面形状決定工程と、決定された転写面形状に従い、他方の転写面を削り加工した後に被膜材を被膜して仕上げるモールド部材製作工程とを含む方法としてもよい。
【0010】
本発明に係るレンズ製造方法は、所定の処方情報に基づいて一対のモールド部材の各転写面形状を決定する転写面形状決定工程と、決定された転写面形状に従い、一対のモールド部材の各転写面を削り加工した後に被膜材で被膜して仕上げるモールド部材製作工程とを含む方法としてもよい。
【0011】
転写面形状決定工程においては、眼鏡フレームへの枠入れを考慮して一対のモールド部材の各転写面形状を決定してもよい。また、モールド部材製作工程においては、一対のモールド部材の外周面に巻き付けられて両部材間を封止した状態の封止部材が眼鏡フレームへの枠入れに適合する周縁形状を規定するように一対のモールド部材の各々の外周面を加工してもよい。
【0012】
モールド部材製作工程において、削り加工面は、転写面形状決定工程で決定された転写面形状に対して被膜の膜厚分だけオフセットした位置に創成されてもよい。
【0013】
被膜の膜厚は、削り加工面の表面状態に基づいて決定されてもよい。削り加工面の表面状態は、例えば実測によって求められてもよく、又は削り加工の加工条件に基づいて推定されてもよい。削り加工面の表面粗さは、例えば0.07μm〜5μmの範囲内、より好ましくは2μm〜5μmの範囲内である。また、被膜の膜厚は、例えば1μm〜1000μmの範囲内、より好ましくは10μm〜1000μmの範囲内である。
【0014】
被膜は、例えばガラス成分を含む塗布剤によって形成されており、その硬度は、例えばレンズ基材の硬度よりも高い。塗布剤には、例えばガラス繊維が混合された混合剤が想定される。レンズ基材には、例えばウレタン系又はアクリル系樹脂が想定される。
【0015】
本発明に係る眼鏡レンズ製造システムは、所定の処方情報を発注データとして送信する発注側端末と、発注データを受信して処方に適した眼鏡レンズを製造する製造側端末とを有したシステムである。製造側端末は、処方情報に従い、所定の度数区分毎に予め用意された規定の転写面形状を持つ規定モールド部材群の中から一対のモールド部材の一方を選択すると共に、処方情報及び選択された規定モールド部材に基づいて一対のモールド部材の他方の転写面形状を設計する。製造側端末は、設計された転写面形状に従い、他方のモールド部材の転写面を削り加工した後に被膜材を被膜して転写面を平滑化する。製造側端末は、一対のモールド部材を所定の間隔をもって対向配置させて両部材間を封止部材で封止し、封止部材による封止によって規定されたキャビティにレンズ原料液を注入する。製造側端末は、キャビティに注入されたレンズ原料液を硬化反応させて一対のモールド部材の各転写面形状を転写させたレンズ基材を成形して一対のモールド部材から離型する。
【0016】
本発明に係る眼鏡レンズ製造システムは、所定の処方情報を発注データとして送信する発注側端末と、発注データを受信して処方に適した眼鏡レンズを製造する製造側端末とを有したシステムである。製造側端末は、処方情報に基づいて一対のモールド部材の各転写面形状を設計する。製造側端末は、設計された転写面形状に従い、一対のモールド部材の各転写面を削り加工した後に被膜材を被膜して各転写面を平滑化する。製造側端末は、一対のモールド部材を所定の間隔をもって対向配置させて両部材間を封止部材で封止し、封止部材による封止によって規定されたキャビティにレンズ原料液を注入する。製造側端末は、キャビティに注入されたレンズ原料液を硬化反応させて一対のモールド部材の各転写面形状を転写させたレンズ基材を成形して一対のモールド部材から離型する。
【0017】
発注データには、眼鏡レンズが枠入れされる眼鏡フレームの情報が含まれていてもよい。この場合、製造側端末は、眼鏡フレームへの枠入れを考慮して一対のモールド部材の各転写面形状を選択又は設計し、一対のモールド部材の外周面に巻き付けられて両部材間を封止した状態の封止部材が眼鏡フレームへの枠入れに適合する周縁形状を規定するように一対のモールド部材の各々の外周面を加工する。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係るレンズ製造方法及び眼鏡レンズ製造システムよれば、モールド部材の転写面(削り加工面)を被膜したことにより、削り加工面の微小な切削痕や研削痕、エンベロープ等が平滑化されると共にエンベロープが形成する緩やかなうねりの発生も有効に抑えられる。研磨加工を行わずして面精度の高い転写面が得られるため、光学レンズの製造単価が大幅に抑えられる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施形態に係る眼鏡レンズの製造方法を実現するための眼鏡レンズ製造システムの構成を示すブロック図である。
【図2】本発明の実施形態に係る眼鏡レンズの製造工程を示すフローチャートである。
【図3】本発明の実施形態に係る眼鏡レンズの製造工程を概略的に示す図である。
【図4】別の実施形態に係る眼鏡レンズの製造工程で製作されたモールドの構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態に係る眼鏡レンズの製造方法について説明する。
【0021】
<眼鏡レンズ製造システム1>
図1は、本実施形態の眼鏡レンズの製造方法を実現するための眼鏡レンズ製造システム1の構成を示すブロック図である。図1に示されるように、眼鏡レンズ製造システム1は、顧客(装用者)に対する処方に応じた眼鏡レンズを発注する眼鏡店10と、眼鏡店10からの発注を受けて眼鏡レンズを製造する眼鏡レンズ製造工場20を有している。眼鏡レンズ製造工場20への発注は、インターネット等の所定のネットワークやFAX等によるデータ送信を通じて行われる。発注者には眼科医や一般消費者を含めてもよい。
【0022】
<眼鏡店10>
眼鏡店10には、店頭コンピュータ100が設置されている。店頭コンピュータ100は、例えば一般的なPC(Personal Computer)であり、眼鏡レンズ製造工場20への眼鏡レンズの発注を行うためのソフトウェアがインストールされている。店頭コンピュータ100には、眼鏡店スタッフによるマウスやキーボード等の操作を通じてレンズデータ及びフレームデータが入力される。レンズデータには、例えば処方値(球面屈折力、乱視屈折力、乱視軸方向、プリズム屈折力、プリズム基底方向、加入度数、遠用PD(Pupillary Distance)、近用PD等)、眼鏡レンズの種類(単焦点球面、単焦点非球面、多焦点(二重焦点、累進)、コーティング(染色加工、ハードコート、反射防止膜、紫外線カット等))、顧客の要望に応じたレイアウトデータ等が含まれる。フレームデータには、顧客が選択したフレームの形状データが含まれる。フレームデータは、例えばバーコードタグで管理されており、バーコードリーダによるフレームに貼り付けられたバーコードタグの読み取りを通じて入手することができる。店頭コンピュータ100は、発注データ(レンズデータ及びフレームデータ)を例えばインターネット経由で眼鏡レンズ製造工場20に送信する。
【0023】
<眼鏡レンズ製造工場20>
眼鏡レンズ製造工場20には、ホストコンピュータ200を中心としたLAN(Local Area Network)が構築されており、一般的なPCであるモールド部材製作用コンピュータ202やモールド部材加工用コンピュータ204をはじめ多数の端末装置が接続されている。ホストコンピュータ200には、店頭コンピュータ100からインターネット経由で送信された発注データが入力する。ホストコンピュータ200は、入力された発注データをモールド部材製作用コンピュータ202に送信する。
【0024】
<眼鏡レンズの製造工程>
本実施形態においては、注型重合による眼鏡レンズの成形を行うため、一対の対向配置されたモールド部材で規定されるキャビティにレンズ原料液を注入して硬化反応させる。レンズコバに対応する一対のモールド部材間は、粘着テープを2つのモールド部材の外周面(側面)に巻き付けることによって閉じられる。粘着テープは、樹脂ガスケットに代えてもよい。モールド部材は、樹脂、金属、ガラス等の材料が想定され、必要に応じてリサイクルや追加工等することができる。図2は、眼鏡レンズの製造工程を示すフローチャートである。図3は、眼鏡レンズの製造工程を概略的に示す図である。
【0025】
<図2のS1(規定モールド部材40Aの選択工程)>
眼鏡レンズ製造工場20では、全製作範囲の度数を複数のグループに区分し、各グループの度数範囲に適合した転写面形状(例えば研磨加工された球面形状)を持つ規定モールド部材40Aを眼鏡レンズの注文に備えて予め用意している。モールド部材製作用コンピュータ202は、受注に応じた眼鏡レンズ製造用のモールド部材を選択及び製作するためのプログラムがインストールされており、規定モールド部材40A群の中から発注データ(レンズデータ)に含まれる処方値に適した規定モールド部材40Aを一つ選択する。規定モールド部材40Aは、転写面が自由曲面等の複雑な面形状でなく球面等の回転対称形状であるため、眼鏡レンズの外観を良くするために眼鏡レンズの外面(凸面)側の転写に用いられる。
【0026】
モールド部材製作用コンピュータ202は、発注データ(フレームデータ)をモールド部材加工用コンピュータ204に転送する。オペレータは、選択された規定モールド部材40Aをカーブジェネレータ(自動荒摺機)206(又は図示省略された別の研削加工機器)にセットして、モールド部材加工用コンピュータ204に対して加工開始の指示入力を行う。モールド部材加工用コンピュータ204は、モールド部材製作用コンピュータ202から転送されたフレームデータを読み込み、カーブジェネレータ206を駆動制御する。カーブジェネレータ206は、規定モールド部材40Aの外周面をフレームデータに基づいて玉型形状に対応した周縁形状に追加工する。なお、眼鏡レンズ製造工場20には、受注後の規定モールド部材40Aの外周面加工工程を省くため、各フレームの玉型形状に対応する周縁形状を持つ複数種類の規定モールド部材40Aが予め用意されていてもよい。
【0027】
<図2のS2(モールド部材40Bの設計工程)>
眼鏡レンズ製造工場20には、モールド部材40Bの元となるブロックピース30が予め用意されている。ブロックピース30には、樹脂、金属、ガラス等の各種材質のものがある。モールド部材製作用コンピュータ202は、図2のS1の選択工程で選択された規定モールド部材40A、使用するレンズ原料液、発注データ(レンズデータ及びフレームデータ)、コスト、リードタイム等の各種パラメータを総合的に考慮して、適切な材質、寸法のブロックピース30を選択する。使用するブロックピース30が予め定められている又は一種類しかない場合は、ブロックピース30の選択工程を省くことができる。
【0028】
モールド部材製作用コンピュータ202は、上記各種パラメータ(少なくとも処方値)に基づいて眼鏡レンズの内面(凹面)形状の設計及び最適化計算を行って内面形状データを作成し、それを反転させてモールド部材40Bの転写面形状データを得る。より詳細には、モールド部材製作用コンピュータ202は、内面形状データを反転して得た転写面形状に対して、後述する被膜34の膜厚分だけオフセットした位置にシフトするように(別の表現によれば、被膜34の膜厚分だけブロックピース30の肉厚が減るように)修正を加える。モールド部材製作用コンピュータ202は、転写面形状データ及びフレームデータをモールド部材加工用コンピュータ204に転送する。
【0029】
<図2のS3(モールド部材40Bの研削加工工程)>
オペレータは、図2のS2の工程で選択された又は規定のブロックピース30をカーブジェネレータ206にセットして(図3(a)参照)、モールド部材加工用コンピュータ204に対して加工開始の指示入力を行う。モールド部材加工用コンピュータ204は、モールド部材製作用コンピュータ202から転送された転写面形状データ及びフレームデータを読み込み、カーブジェネレータ206を駆動制御する。カーブジェネレータ206は、ブロックピース30の表面を転写面形状データに従って研削し、眼鏡レンズの内面(凹面)の転写面形状(説明の便宜上、「一次転写面形状」と記す。)を創成する(図3(b)参照)。本工程の研削加工は表面粗さ(Rt、Rz等)が2μm〜5μmの範囲であり、一次転写面形状には加工原理上研削痕が残存する。また、カーブジェネレータ206は、ブロックピース30の外周面をフレームデータに従って研削し、玉型形状に対応した周縁形状に加工する。なお、ブロックピース30は、切削加工機器(不図示)による切削によって加工されてもよい。
【0030】
<図2のS4(被膜形成工程)>
オペレータは、一次転写面形状の創成及び玉型形状加工が施された一次加工部材32をカーブジェネレータ206から取り外して、所定の前処理を一次転写面に施す。ここでいう前処理とは、例えば洗浄、乾燥、汚れ除去、静電気除去等の処理を指す。オペレータは、前処理が施された一次転写面に均一な膜厚の被膜34を形成して最終的な転写面形状(被膜面34a)を持つモールド部材40Bを得る(図3(c)参照)。被膜形成は、例えばスプレー法、スピンコート法、ディップ法等の周知の成膜法を用いて行われる。一次転写面に形成された被膜34には、必要に応じて加熱硬化や紫外線硬化等の処理が施される。
【0031】
被膜34を形成する被膜材は、注型重合における使用を考慮して、例えば一次加工部材32との密着性が高く耐熱性に優れると共に成形品であるレンズ基材60よりも硬度の高い材料が好ましい。被膜材の一例として、ガラス繊維が混合された混合剤が想定される。被膜34は、直接的には眼鏡レンズを構成しないため、屈折率等の光学的特性を考慮する必要がなく透明体である必要もない。
【0032】
一次転写面に残存する微小な研削痕やエンベロープ等は、被膜面34aでは被膜34によるマスキングにより平滑化されている。但し、被膜34の膜厚が薄い場合、被膜面34aにはエンベロープが形成する緩やかなうねりが残存する虞がある。ここで、一次転写面を被膜材で被膜する場合、眼鏡レンズ面を直接被膜する場合と異なり、厚み方向の寸法上の制約が少ない。そのため、被膜34は、一次転写面の表面状態(主に表面粗さ)を考慮して、上記うねりの発生を有効に抑える程度に厚く形成される。被膜34は、一回の塗布だけでは所望の膜厚に足りない場合、複数回の塗布によって積層され形成される。
【0033】
被膜34は、例えば一次転写面の表面粗さが大きいほど厚く形成され、例えば10μm〜1000μmの範囲である。一次転写面の表面粗さは、加工条件(使用する加工機、加工機の研削速度、ブロックピース30の材質等)に基づいて推定される。すなわち、被膜34の膜厚は、加工条件に従って予め定められている。なお、被膜34の膜厚は、加工条件に代えて表面粗さの実測値に基づいて決定されてもよい。
【0034】
<図2のS5(重合工程)>
レンズ原料液は、例えば一般的なプラスチックレンズ基材を構成する各種ポリマーの原料モノマー、オリゴマー、プレポリマー、共重合体を形成するための二種類以上の混合物を含む。レンズ原料液には、モノマーの種類に応じて選択された触媒や各種添加剤が添加されてもよい。レンズ原料液は、ウレタン系又はアリル系が好適であるが、例えば、メチルメタクリレート又はジエチレングリコールビスアリルカーボネートと一種類以上の他のモノマーとの共重合体、ポリウレタンとポリウレアの共重合体、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、不飽和ポリエステル、ポリエチレンテレフタレート、ポリウレタン、ポリチオウレタン、エン−チオール反応を利用したスルフィド樹脂、硫黄を含むビニル重合体等を重合可能な原料液が挙げられる。
【0035】
オペレータは、一対のモールド部材(規定モールド部材40Aとモールド部材40B)を眼鏡レンズの厚みに対応する間隔をもって対向配置させたうえで、両モールド部材の外周面に粘着テープ42を巻き付ける。粘着テープ42を巻き付けて両モールド部材間を封止することによってキャビティ44が規定されて、モールド50が完成する。なお、キャビティ44は、眼鏡レンズの内面又は外面に対応する一対のモールド部材の各転写面と、眼鏡レンズの周縁部に対応する形状に巻き付けられた粘着テープ42とがなす閉空間である。一対のモールド部材の配置や粘着テープ42の巻き付けは、例えば治具等を用いて行われる。
【0036】
オペレータは、モールド50を成形装置208にセットして、粘着テープ42の一部に孔46を開ける。オペレータは、成形装置208を操作してレンズ原料液を孔46を通じてキャビティ44に注入する(図3(d)参照)。キャビティ44に注入され充填されたレンズ原料液が熱や紫外線照射等によって重合硬化すると、規定モールド部材40Aとモールド部材40Bの各転写面形状及び粘着テープ42による周縁形状が転写された重合体(レンズ基材60)が得られる。オペレータは、重合硬化して得られたレンズ基材60をモールド50から離型する(図3(e)参照)。モールド50に対するレンズ基材60の離型性を向上させるため、規定モールド部材40Aとモールド部材40Bの各転写面に離型材を塗布しておくのが望ましい。
【0037】
<以降の工程>
レンズ基材60は、離型後、重合により発生した残留応力を除去するため、アニール処理が施される。次いで、レンズ基材60の内面又は外面は、発注データに従い、染色加工、ハードコート加工、反射防止膜、紫外線カット等の各種コーティングが施される。これにより、眼鏡レンズが完成して眼鏡店10に納品される。なお、各種コーティング剤は、キャビティ44へのレンズ原料液注入前に規定モールド部材40A又はモールド部材40Bの転写面に予め塗布されてもよい。この場合、モールド50から離型したレンズ基材60の内面又は外面にコーティングが付くため、離型後のコーティング工程を省くことができ、製造工程が効率化する。
【0038】
このように、本実施形態によれば、一次転写面(研削や切削等による加工痕が残存する面)に被膜34を形成することによって面精度の高い平滑化された被膜面34aが得られるため、モールド部材の転写面に対する研磨加工が不要となり製造コストが大幅に抑えられる。また、被膜34は、直接的には眼鏡レンズを構成しないため、屈折率等の光学的特性や外観(透明/不透明等)を考慮する必要がない。別の観点によれば、研磨技術が高度であるが故の弊害(例えば難易度の高い研磨作業や高価な研磨機の維持管理等)を考慮する必要がない。
【0039】
以上が本発明の実施形態の説明である。本発明は、上記の構成に限定されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲において様々な変形が可能である。例えば本実施形態においては玉型形状に対応するレンズ基材60が成形されるが、別の実施形態ではアンカットレンズが成形されてもよい。この場合、規定モールド部材40A及びモールド部材40Bの各外周面の周縁形状加工が不要である。特に、規定モールド部材40Aの追加工が不要であるため、規定モールド部材40Aの利用効率(汎用性)が高まる。
【0040】
本実施形態では、規定モールド部材40Aの転写面は研磨された面であるが、別の実施形態では、モールド部材40Bと同じく研削面上に被膜材を被膜することによって形成された被膜面としてもよい。この場合、眼鏡レンズの全製造工程から研磨工程がなくなるため、製造単価の更なる削減が達成される。
【0041】
また、別の実施形態では、規定モールド部材40A自体なくてもよい(在庫として抱えなくてもよい)。すなわち、別の実施形態では、一対のモールド部材の各々について図2のS1〜S4の工程を行い、被膜面34aを持つ外面転写用及び内面転写用の2つのモールド部材を製作してもよい(図4のモールド構成図参照)。この場合、例えば外面累進屈折力レンズや両面累進屈折力レンズなど、製造可能な眼鏡レンズの種類が増加するため、顧客のより一層細かい要望に応えることができる。
【0042】
本実施形態では、被膜34の膜厚分だけモールド部材40Bの転写面形状を設計上オフセットさせているが、別の実施形態では上記オフセットに代えて、被膜34の膜厚分だけ規定モールド部材40Aとモールド部材40Bとの間隔を余分に空けるようにしてもよい。
【0043】
本実施形態では、負荷分散のため、モールド部材40Bの設計等をモールド部材製作用コンピュータ202に実行させると共にカーブジェネレータ206の駆動制御をモールド部材加工用コンピュータ204に実行させているが、別の実施形態ではモールド部材製作用コンピュータ202がカーブジェネレータ206の駆動制御も含めて一元的に実行する構成としてもよい。
【符号の説明】
【0044】
1 眼鏡レンズ製造システム
10 眼鏡店
20 眼鏡レンズ製造工場
30 ブロックピース
32 一次加工部材
34 被膜
34a 被膜面
40A 規定モールド部材
40B モールド部材
42 粘着テープ
44 キャビティ
46 孔
50 モールド
60 レンズ基材
100 店頭コンピュータ
200 ホストコンピュータ
202 モールド部材製作用コンピュータ
204 モールド部材加工用コンピュータ
206 カーブジェネレータ
208 成形装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の対向配置されたモールド部材間を封止部材で封止することによって規定されたキャビティにレンズ原料液を注入する注入工程と、
前記キャビティに注入されたレンズ原料液を硬化反応させて前記一対のモールド部材の各転写面形状を転写させたレンズ基材を得る硬化反応工程と、
前記各転写面形状が転写されたレンズ基材を前記一対のモールド部材から離型する離型工程と、
を含み、
前記一対のモールド部材の少なくとも一方の転写面は、削り加工によって加工された削り加工面上に形成された被膜の表面であることを特徴とするレンズ製造方法。
【請求項2】
所定の処方情報に従い、所定の度数区分毎に予め用意された規定の転写面形状を持つ規定モールド部材群の中から前記一対のモールド部材の一方を選択すると共に、該処方情報及び該選択された規定モールド部材に基づいて該一対のモールド部材の他方の転写面形状を設計する転写面形状設計工程と、
前記設計された転写面形状に従い、前記他方の転写面を削り加工した後に被膜材を被膜して該転写面を平滑化するモールド部材製作工程と、
を含むことを特徴とする、請求項1に記載のレンズ製造方法。
【請求項3】
所定の処方情報に基づいて前記一対のモールド部材の各転写面形状を設計する転写面形状設計工程と、
前記設計された転写面形状に従い、前記一対のモールド部材の各転写面を削り加工した後に被膜材を被膜して該転写面を平滑化するモールド部材製作工程と、
を含むことを特徴とする、請求項1に記載のレンズ製造方法。
【請求項4】
前記転写面形状設計工程において、眼鏡フレームへの枠入れを考慮して前記一対のモールド部材の各転写面形状を選択又は設計し、
前記モールド部材製作工程において、前記一対のモールド部材の外周面に巻き付けられて該一対のモールド部材間を封止した状態の前記封止部材が前記眼鏡フレームへの枠入れに適合する周縁形状を規定するように該一対のモールド部材の各々の外周面を加工することを特徴とする、請求項2又は請求項3に記載のレンズ製造方法。
【請求項5】
所定の処方情報を発注データとして送信する発注側端末と、
前記発注データを受信して前記処方に適した眼鏡レンズを製造する製造側端末と、
を有し、
前記製造側端末は、
前記処方情報に従い、所定の度数区分毎に予め用意された規定の転写面形状を持つ規定モールド部材群の中から一対のモールド部材の一方を選択すると共に、該処方情報及び該選択された規定モールド部材に基づいて該一対のモールド部材の他方の転写面形状を設計し、
前記設計された転写面形状に従い、前記他方の転写面を削り加工した後に被膜材を被膜して該転写面を平滑化し、
前記一対のモールド部材を所定の間隔をもって対向配置させて該一対のモールド部材間を封止部材で封止し、
前記封止部材による封止によって規定されたキャビティにレンズ原料液を注入し、
前記キャビティに注入されたレンズ原料液を硬化反応させて前記一対のモールド部材の各転写面形状を転写させたレンズ基材を成形し、
前記各転写面形状が転写されたレンズ基材を前記一対のモールド部材から離型することを特徴とする眼鏡レンズ製造システム。
【請求項6】
所定の処方情報を発注データとして送信する発注側端末と、
前記発注データを受信して前記処方に適した眼鏡レンズを製造する製造側端末と、
を有し、
前記製造側端末は、
前記処方情報に基づいて前記一対のモールド部材の各転写面形状を設計し、
前記設計された転写面形状に従い、前記一対のモールド部材の各転写面を削り加工した後に被膜材を被膜して該各転写面を平滑化し、
前記一対のモールド部材を所定の間隔をもって対向配置させて該一対のモールド部材間を封止部材で封止し、
前記封止部材による封止によって規定されたキャビティにレンズ原料液を注入し、
前記キャビティに注入されたレンズ原料液を硬化反応させて前記一対のモールド部材の各転写面形状を転写させたレンズ基材を成形し、
前記各転写面形状が転写されたレンズ基材を前記一対のモールド部材から離型することを特徴とする眼鏡レンズ製造システム。
【請求項7】
前記発注データには眼鏡レンズが枠入れされる眼鏡フレームの情報も含まれており、
前記製造側端末は、
前記眼鏡フレームへの枠入れを考慮して前記一対のモールド部材の各転写面形状を選択又は設計し、
前記一対のモールド部材の外周面に巻き付けられて該一対のモールド部材間を封止した状態の前記封止部材が前記眼鏡フレームへの枠入れに適合する周縁形状を規定するように該一対のモールド部材の各々の外周面を加工することを特徴とする、請求項5又は請求項6に記載の眼鏡レンズ製造システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−3156(P2013−3156A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−130455(P2011−130455)
【出願日】平成23年6月10日(2011.6.10)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】