説明

レーザ顕微鏡装置

【課題】標本中の分子のテラヘルツ振動を利用して標本のイメージングを行うレーザ顕微鏡装置において、特定の分子振動に注目し、かつ高速にイメージングできるレーザ顕微鏡装置を提供する。
【解決手段】2つの異なる周波数を有するパルスレーザ光を導光する2つの光路6,7と、2つの光路6,7を導光されてきたパルスレーザ光を合波するレーザコンバイナ8と、レーザコンバイナ8により合波されたパルスレーザ光を標本S上で走査するスキャナ12と、標本Sからの光を検出する光検出器16と、2つの光路6,7の一方に設けられ、一方の光路を導光されてきたパルスレーザ光を、標本S内の特定の分子振動の周波数と同じ周波数で繰返されるパルス列に変換するパルス列変換装置30とを備えるレーザ顕微鏡装置1を採用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザ顕微鏡装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、標本中の分子のテラヘルツ領域の振動を検出する方法として、インパルシブ誘導ラマン散乱分光法が知られている(例えば、非特許文献1参照)。インパルシブ誘導ラマン散乱分光法では、まず、標本中の分子のテラヘルツ領域の振動を励起するポンプ光として、フェムト秒パルスレーザ光などの極短パルスレーザ光を標本に照射する。これにより、ポンプ光によって、標本中の分子のテラヘルツ領域の振動が励起される(インパルシブ誘導ラマン散乱)。このとき、励起される分子振動の周波数範囲は、ポンプ光の周波数帯域(スペクトル帯域)で決まる。つまり、ポンプ光の周波数帯域に応じて、テラヘルツ領域において一定の周波数範囲内の分子振動が励起される。次に、プローブ光を標本中に照射し、標本を通過する際に生じるインパルシブ誘導ラマン散乱に起因したプローブ光の強度や位相の変化(標本からの光)を検出する。こうすることで、標本中の分子のテラヘルツ領域の振動を計測することが可能となる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】”Transient Grating Optical Heterodyne Detected Impulsive Stimulated Raman Scattering in Simple Liquids.", Peter Vihringer and Norbert F. Scherer, Journal of Physical Chemistry 1995, 99, 2684-2695
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、非特許文献1に開示されているインパルシブ誘導ラマン散乱分光法では、ポンプ光、プローブ光を標本に照射する際、ポンプ光とプローブ光を空間的に分離することを目的に、それぞれの光を異なる方向から標本に照射している(非同軸照射)。というのも、ポンプ光とプローブ光の周波数(または波長)が同一であり、同軸で標本に照射した場合、標本からの光として、プローブ光だけを分光選択的に検出することが不可能であるからである。このような非同軸照射の構成で標本の2次元イメージングを行うためには、ポンプ光とプローブ光それぞれの照射の位置関係を保った状態でポンプ光とプローブ光を走査する必要がある。そのため、ポンプ光とプローブ光自身を標本中で走査させるのではなく、標本を載置したステージを走査させる必要がある。ステージ走査の場合、走査速度が光走査に比べて遅く、高速に標本のイメージングを行うことが困難であるという不都合がある。
【0005】
また、インパルシブ誘導ラマン散乱では、テラヘルツ領域において、ポンプ光の周波数帯域(スペクトル帯域)により決まる一定の周波数範囲に含まれる、全ての分子振動が励起される。言い換えれば、ポンプ光のエネルギーを効率的に特定の分子振動に利用することができないという不都合がある。このため、標本中の分子のテラヘルツ領域の特定の分子振動に注目した2次元イメージングを行う場合には、インパルシブ誘導ラマン散乱は不向きである。
【0006】
本発明は上述した事情に鑑みてなされたものであって、標本中の分子のテラヘルツ振動を利用して標本のイメージングを行うレーザ顕微鏡装置において、特定の分子振動に注目し、かつ高速にイメージングできるレーザ顕微鏡装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明は以下の手段を採用する。
本発明は、2つの異なる周波数を有するパルスレーザ光を導光する2つの光路と、該2つの光路を導光されてきたパルスレーザ光を同軸に合波する合波手段と、該合波手段により合波されたパルスレーザ光を標本上で走査する走査手段と、前記標本からの光を検出する光検出手段と、前記2つの光路の一方に設けられ、該一方の光路を導光されてきたパルスレーザ光を、前記標本内の特定の分子振動の周波数と同じ周波数で繰り返されるパルス列に変換するパルス列変換手段とを備えるレーザ顕微鏡装置を採用する。
【0008】
本発明に係るレーザ顕微鏡装置によれば、2つの光路のうち一方の光路を導光されてきたパルスレーザ光が、パルス列変換手段により、前記標本内の特定の分子振動の周波数と同じ周波数で繰り返されるパルス列(ポンプパルス列)に変換される。このポンプパルス列は、合波手段により、他方の光路を導光されてきたパルスレーザ光(プローブパルス列)と同軸に合波され、合波されたパルスレーザ光は、走査手段により標本上で走査される。そして、光検出手段により標本からの光が検出され、検出された光と標本上の走査位置とに基づいて、標本のイメージが生成される。
【0009】
この場合において、標本内の特定の分子振動の周波数と同じ周波数で繰り返されるパルス列(ポンプパルス列)により、標本内の特定の分子振動のみが選択的に増強される(マルチパルスインパルシブ誘導ラマン散乱)。これにより、ポンプパルス列のエネルギーを特定の分子振動に効率的に利用することが可能となる。さらに、他方の光路を導光されてきたパルスレーザ光(プローブパルス列)を標本に照射する。標本を通過したプローブパルス列(標本からの光)の強度や位相は、マルチパルスインパルシブ誘導ラマン散乱に起因して変化する。したがって、このプローブパルス列(標本からの光)の強度や位相の変化と標本中のパルスレーザ光の照射位置の情報を用いることで、標本の2次元的なイメージを作成することが可能となる。この際、走査手段により標本上でパルスレーザ光自身を走査(光走査)しているため、ステージ走査に比べて、イメージの作成の処理を高速に行うことができる。
【0010】
上記発明において、前記パルス列変換手段が、前記一方の光路を導光されてきたパルスレーザ光を光路長が互いに異なる2つの光路に分岐する分岐部と、該分岐部により分岐された2つの光路を導光されてきたパルスレーザ光を合波する合波部とを備えることとしてもよい。
【0011】
このようにすることで、合波部上において、分岐部により分岐された2つの光路を導光されてきたパルスレーザ光の時間的タイミングを異ならせることができる。これにより、2つの光路に分岐されたパルスレーザ光を干渉させ、標本内の特定の分子振動の周波数に一致した周波数で繰り返されるパルス列を生成することができる。また、2つの光路の光路長を変化させ、2つの光路を導光されるパルスレーザ光の時間的タイミングを調整することで、パルス列の繰り返し周波数を変化・調整させることができる。
【0012】
上記発明において、前記パルス列変換手段が、前記分岐部に導光されるパルスレーザ光の周波数分散量を調節することとしてもよい。
このようにすることで、分岐部に導光されるパルスレーザ光の周波数成分を時間軸上に分散させることができる。このため、例えばフェムト秒レーザ光のように比較的広い周波数スペクトル帯域を有するパルスレーザ光であっても、時間軸上の各時刻において、比較的狭い周波数スペクトル帯域を有するパルスレーザ光にすることができる。これにより、分岐部に導光されるパルスレーザ光の周波数スペクトル帯域に関わらず、2つの光路に分岐されたパルスレーザ光を干渉させて、標本内の特定の分子振動の周波数に一致した周波数で繰り返されるパルス列に変換することができる。また、分岐部に導光されるパルスレーザ光の周波数分散量を調節することで、パルス列の繰り返し周波数を変化・調整させることができる。
【0013】
上記発明において、パルスレーザ光を射出するレーザ光源と、該レーザ光源から射出されたパルスレーザ光を前記2つの光路に分岐する分岐手段と、前記2つの光路の少なくとも一方に設けられ、前記2つの光路を導光されてきたパルスレーザ光の周波数を互いに異なる周波数に変換する周波数変換手段と、前記2つの光路の少なくとも一方に設けられ、前記2つのパルスレーザ光の周波数分散および/または周波数帯域を調節する周波数調節手段とを備えることとしてもよい。
【0014】
このようにすることで、単一のレーザ光源から発生したパルスレーザ光から、2つの異なる周波数(色)を有するパルスレーザ光を生成し、これらパルスレーザ光を容易に分光することができる。さらに、周波数調節手段により、2つの光路を導光されてきたパルスレーザ光の周波数を、マルチパルスインパルシブ誘導ラマンの検出に最適な状態にすることができる。加えて、これらパルスレーザ光のレーザ光源を共通化して装置構成を簡略化することができる。
【0015】
上記発明において、前記2つの光路の少なくとも一方に設けられ、導光されるパルスレーザ光の注目成分の強度を変調する強度変調手段と、該強度変調手段に同期して、前記光検出手段における前記強度変調手段により強度の変調された注目成分の検出感度を調節する感度調節手段とを備えることとしてもよい。
【0016】
このようにすることで、パルスレーザ光の注目成分に対応する標本からの光の検出感度を向上することができる。これにより、ノイズを低減しつつ、パルスレーザ光の注目成分に対応する部分が強調された標本のイメージを生成することができる。
【0017】
上記発明において、前記2つの光路のうち他方の光路に設けられ、該他方の光路を導光されるパルスレーザ光の偏光方向を設定する第1の偏光素子と、前記標本と前記光検出手段との間に設けられ、前記第1の偏光素子の偏光軸に直交する方向に偏光軸が設定された第2の偏光素子と、前記2つの光路のうち一方の光路に設けられ、前記第1の偏光素子の偏光軸に対して0°から90°の範囲の方向に偏光軸が設定された第3の偏光素子とを備えることとしてもよい。
【0018】
ここで、標本内の特定の分子振動の周波数に等しい周波数で繰り返されるパルス列(ポンプパルス列)を標本に照射することで、標本内の特定の分子振動が励起され、標本に過渡的な屈折率変化の異方性(ラマン誘起カー効果)が発生する。このようにすることで、パルス列が標本に照射されていない場合には、第1の偏光素子で直線偏光となるパルスレーザ光が第2の偏光素子により遮断される。一方、パルス列を標本に照射する場合には、ラマン誘起カー効果により、第1の偏光子で直線偏光となったパルスレーザ光が標本を透過する際に楕円偏光となり、第2の偏光子において、偏光が変化した標本からの光のみを透過させることができる。これにより、光検出手段において、標本の分子振動によって偏光が変化した標本からの光のみを検出することができ、分子振動が励起された分子の位置および状態が表示された標本のイメージを生成することができる。
【0019】
上記発明において、前記第2の偏光素子と前記光検出手段との間に設けられ、選択された波長成分のみを透過させる波長選択手段を備えることとしてもよい。
このようにすることで、波長選択手段により、パルス列により励起された標本の分子振動によって偏光が変化した標本からの光のみを選択的に透過させ、分子の電子応答や配向変化などの分子振動以外の要因によって偏光が変化した標本からの光を遮断することができ、鮮明な標本のイメージを生成することができる。
【0020】
上記発明において、前記第1の偏光素子と前記合波手段との間にλ/4波長板を備えることとしてもよい。
このλ/4波長板を調節することで、他方の光路をパルスレーザ光が導光された結果、パルスレーザ光が経由する光学素子が有する複屈折性によって、標本面において楕円偏光となったパルスレーザ光を、直線偏光に変換することができる。これにより、パルス列により誘発された標本の分子運動によって偏光方向が変化した標本からの光のみを光検出器で検出することができ、標本のイメージのコントラストを向上することができる。
【0021】
上記発明において、前記第3の偏光素子と前記合波手段との間にλ/4波長板を備えることとしてもよい。
このようにすることで、ポンプパルス列を直線偏光から円偏光に変化させることができ、パルス列に誘起される標本中の分子の電子分極に起因する標本からの光(非共鳴成分)を抑制し、パルス列で励起された標本の分子振動に起因する標本からの光(共鳴成分)のみを検出することができ、鮮明な標本のイメージを生成することができる。
【0022】
上記発明において、前記光検出手段が、互いに直交する偏光成分を検出する第1の検出器と第2の検出器とを有し、前記標本と前記光検出手段との間に設けられたλ/4波長板と、該λ/4波長板を透過した光を互いに直交する偏光成分を有する光に分岐する分岐手段と、前記第1の検出器により検出された成分と前記第2の検出器により検出された成分との差分を算出する差分算出部とを備えることとしてもよい。
【0023】
光学系、とくに集光レンズ等の光学素子を、第1の偏光素子で偏光を設定されたパルスレーザ光が透過することで、該偏光を設定されたパルスレーザ光の偏光が擾乱される。この場合、ポンプパルス列によって標本を励起しない状態においても、第2の偏光素子を透過するパルスレーザ光の偏光成分が発生するために、標本のイメージのコントラストが劣化する。ここで偏光が擾乱された結果、新たに生ずるパルスレーザ光の偏光成分に関して、標本面において第1の偏光素子の偏光軸を対称軸として線対称の関係を満たす二つの偏光成分については、標本からの光をλ/4波長板により楕円偏光に変換し、その二つの偏光成分の各々について互いに直交する偏光成分の差分を算出し足し合わせることで、上記の光学素子による偏光の擾乱に起因する成分を相殺することができる。したがって、パルス列により励起された標本の分子振動によって、偏光が変化した標本からの光のみを検出することができ、標本のイメージのコントラストを向上することができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、標本中の分子のテラヘルツ振動を利用して標本のイメージングを行うレーザ顕微鏡装置において、特定の分子振動に注目し、かつ高速にイメージングできるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の第1の実施形態に係るレーザ顕微鏡装置の全体構成を示すブロック図である。
【図2】図1のパルス列変換装置の拡大図である。
【図3】図2の各地点におけるパルスレーザ光の周波数の時間分布を示すグラフであり、(a)地点P、(b)地点Q、(c)地点Rにおける状態をそれぞれ示している。
【図4】図2の地点Rにおけるパルスレーザ光の時間波形である。
【図5】図1の地点Aにおけるパルスレーザ光の時間波形と周波数を示している。
【図6】図1の地点Bにおけるパルスレーザ光の時間波形と周波数を示している。
【図7】図1の地点Cにおけるパルスレーザ光の時間波形と周波数を示している。
【図8】図1の地点Dにおけるパルスレーザ光の時間波形を示している。
【図9】図1の地点Dにおけるパルスレーザ光の時間波形と周波数を示している。
【図10】図1の第1の変形例に係る地点Aと地点Bの時間波形と周波数を示している。
【図11】図1の第1の変形例に係るレーザ顕微鏡装置の全体構成を示すブロック図である。
【図12】図1の第2の変形例に係るレーザ顕微鏡装置の全体構成を示すブロック図である。
【図13】本発明の第2の実施形態に係るレーザ顕微鏡装置の全体構成を示すブロック図である。
【図14】図13の地点Eにおけるポンプ光の偏光状態を示す図である。
【図15】図13の地点Eにおけるプローブ光の偏光方向の変化を示す図である。
【図16】ポンプ光とプローブ光の強度の時間プロファイルである。
【図17】ポンプ光と標本からの光の強度の時間プロファイルである。
【図18】ポンプ光のパルス列の繰り返し周波数が、標本の分子振動に非共鳴の場合における、標本からの光の強度の時間プロファイルである。
【図19】ポンプ光のパルス列の繰り返し周波数が、標本の分子振動に非共鳴の場合における、標本からの光の周波数スペクトルである。
【図20】ポンプ光のパルス列の繰り返し周波数が、標本の分子振動に共鳴した場合における、標本からの光の強度の時間プロファイルである。
【図21】ポンプ光の振動周波数が標本の分子振動に共鳴した場合における、標本からの光の周波数スペクトルである。
【図22】図13の第1の変形例に係るレーザ顕微鏡装置の全体構成を示すブロック図である。
【図23】図22の地点Eにおけるポンプ光およびプローブ光の偏光状態を示す図である。
【図24】ポンプ光のパルス列の繰り返し周波数が、標本の分子振動に非共鳴の場合における、標本からの光の強度の時間プロファイルである。
【図25】ポンプ光のパルス列の繰り返し周波数が、標本の分子振動に共鳴した場合における、標本からの光の強度の時間プロファイルである。
【図26】図13の第2の変形例に係るレーザ顕微鏡装置の全体構成を示すブロック図である。
【図27】ポンプ光非照射時におけるポンプ光およびプローブ光の偏光状態を示す図であり、(a)λ/4波長板通過前、(b)λ/4波長板通過後、(c)直交する偏光成分の差分を示す図である。
【図28】ポンプ光照射時におけるポンプ光およびプローブ光の偏光状態を示す図であり、(a)λ/4波長板通過前、(b)λ/4波長板通過後、(c)直交する偏光成分の差分を示す図である。
【図29】プローブパルス列の偏光状態を示す図であり、(a)λ/4波長板通過前、(b)λ/4波長板通過後、(c)直交する偏光成分の差分を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
〔第1の実施形態〕
本発明の第1の実施形態に係るレーザ顕微鏡装置1について、図1から図12を参照して以下に説明する。
本実施形態に係るレーザ顕微鏡装置1は、図1に示されるように、レーザ光源装置2と、レーザ光源装置2からのレーザ光を標本Sに照射して標本Sを観察するための顕微鏡本体3とを備えている。
【0027】
レーザ光源装置2は、フェムト秒パルスレーザ光を出射する単一のレーザ光源4と、レーザ光源4から発せられたパルスレーザ光を2つに分岐するビームスプリッタ(分岐手段)5と、ビームスプリッタ5により分岐された2つのパルスレーザ光L1,L2をそれぞれ通過させる2つの光路6,7と、2つの光路6,7を通過してきた2つのパルスレーザ光を同軸に合波するレーザコンバイナ(合波手段)8とを備えている。
【0028】
光路6には、パルスレーザ光L1の周波数帯域を調節可能な周波数調節装置9が設けられている。
周波数調節装置9は、例えば、所定の周波数帯域を透過するバンドパスフィルタを備えている(図示略)。
【0029】
光路7には、パルスレーザ光L2の周波数を変化させるフォトニッククリスタルファイバ(周波数変換手段)10と、フォトニッククリスタルファイバ10通過後のパルスレーザ光L2’の所定の成分のみを透過させるフィルタ11と、パルスレーザ光L2’をパルス列に変換するパルス列変換装置(パルス列変換手段)30とが設けられている。
【0030】
フォトニッククリスタルファイバ10は、通過させるパルスレーザ光L2の周波数帯域が、光路6を導光されるパルスレーザ光L1’と異なる周波数帯域となるように、パルスレーザ光L2の周波数帯域を高周波数側または低周波数側に変換して、パルスレーザ光L2’を生成するようになっている。
【0031】
フィルタ11は、レーザ光源装置2から射出されたパルスレーザ光L2を遮断するとともに、フォトニッククリスタルファイバ10により周波数帯域が変換されたパルスレーザ光L2’を透過させるようになっている。
【0032】
パルス列変換装置30は、パルスレーザ光L2’に周波数分散量を与える周波数調節装置(周波数分散調節手段)31と、パルスレーザ光L2’を2つの光路35,36に分岐するとともに、2つの光路35,36に分岐されたパルスレーザ光を合波する分岐合波器32と、分岐合波器32により分岐されたパルスレーザ光を反射する反射器33,34とを備えている。
【0033】
周波数調節装置31は、前述の周波数調節装置9と同様の構成を有しており、パルスレーザ光L2’に与える周波数分散量を調節することができるようになっている。
分岐合波器32は、パルスレーザ光L2’を光路長が互いに異なる2つの光路35,36に分岐する分岐部32aと、分岐部32aにより分岐された2つの光路35,36を導光されてきたパルスレーザ光を合波する合波部32bとを備えている。
【0034】
反射器33,34は、それぞれ分岐部32aにより分岐されたパルスレーザ光を反射するミラー対33b,34bと、ミラー対33b,34bを光軸方向に移動させるステージ33a,34aとを備えている。反射器33,34は、ステージ33a,34aを動作させてミラー対33b,34bを光軸方向に移動させることで、光路35,36の光路長を変化させることができるようになっている。
【0035】
上記構成を有することで、パルス列変換装置30は、フィルタ11を透過してきたパルスレーザ光L2’を、標本S内の特定の分子運動を誘発する振動周波数で繰り返されるパルス列に変換するようになっている。
【0036】
ここで、パルス列変換装置30の詳細な動作について、図2から図4を用いて以下に説明する。
図2に示すように、周波数調節装置31の入射側(フィルタ11と周波数調節装置31との間)の一点を地点P、周波数調節装置31と分岐合波器32との間の一点を地点Q、分岐合波器32の出射側(分岐合波器32とレーザコンバイナ8との間)の一点を地点Rとする。これら地点P,Q,Rの各地点におけるパルスレーザ光の周波数の時間分布が、図3(a)〜図3(c)にそれぞれ示されている。
【0037】
地点Pにおけるパルスレーザ光L2’は、図3(a)に示すように、周波数ω0を中心周波数とし、例えばフェムト秒レーザ光のように、比較的広い周波数スペクトル帯域(パルス幅の狭い)を有するパルスレーザ光である。
【0038】
地点Qにおけるパルスレーザ光L2’’は、図3(b)に示すように、周波数調節装置31の作動により、時間軸方向の周波数成分の傾き(チャープレート)が変化させられて、周波数成分が時間軸上に分散されたパルスレーザ光である。この際、パルスレーザ光L2’’の周波数スペクトル帯域をΔω、パルス幅をΔτとした場合、チャープレートCはΔω/Δτと表わされる。
【0039】
地点Rにおけるパルスレーザ光L5は、図3(c)に示すように、光路35を導光されたパルスレーザ光L3と光路36を導光されたパルスレーザ光L4とが合波されたパルスレーザ光である。パルスレーザ光L3とパルスレーザ光L4は、それぞれを導光する光路35と光路36の光路長が異なるため、時間軸上においてずれた周波数成分を有している。この際、光路35と光路36との時間差は、パルス遅延時間Tと表わされる。
【0040】
上記のように、パルス列変換装置30は、合波部32b上において、光路35と光路36を導光されてきたパルスレーザ光の時間的タイミングを異ならせることができる。これにより、図4に示すように、光路35,36に分岐されたパルスレーザ光を干渉させて、標本S内の特定の分子運動を誘発する振動周波数で繰り返されるパルス列に変換することができる。
【0041】
このパルス列の繰り返し時間間隔はπ/CT、繰り返し周波数はCT/πとして表わされる。ここで、前述のように、Cは時間軸方向の周波数成分の傾き(チャープレート)、Tは光路35と光路36との時間差(パルス遅延時間)である。
また、パルス列の時間波形|E|は以下のように表わされる。
【0042】
【数1】

ここで、Eはパルス列の振幅、ωはパルスレーザ光の中心周波数を表わしている。
【0043】
上述のように、パルス列変換装置30は、チャープレートCとパルス遅延時間Tを変化させることで、パルス列の振動周波数を変化させることができる。すなわち、パルス列変換装置30は、チャープレートCとパルス遅延時間Tを適切に調整することで、テラヘルツ振動相当のパルス列を生成することができる。
【0044】
顕微鏡本体3は、例えばレーザ走査型顕微鏡であって、図1に示すように、レーザ光源装置2から出射されたパルスレーザ光L5を2次元的に走査するスキャナ12と、レンズ群20と、スキャナ12により走査されたパルスレーザ光L3を標本S面に集光する集光レンズ13と、標本Sからの光を集光する集光レンズ15と、集光レンズ15により集光された標本Sからの光を検出する光検出器(光検出手段)16と、集光レンズ15と光検出器16との間に設けられ標本Sからの光のみを透過させるフィルタ(周波数選択手段)14と、標本Sを載置するステージ18とを備えている。
【0045】
上記構成を有するレーザ顕微鏡装置1の作用について以下に説明する。
レーザ光源4を作動させてパルスレーザ光を出射させると、レーザ光源4から発せられたパルスレーザ光は、ビームスプリッタ5により2つの光路6,7に分岐される。ここで、図1の地点Aにおけるパルスレーザ光は、図5に示すように、時間幅の狭い(周波数幅の広い)フェムト秒パルスレーザ光である。
【0046】
光路6に分岐されたパルスレーザ光L1は、光路6上に配置されている周波数調節装置9を通過させられることにより、パルスレーザ光L1の一定の周波数が切り出される。ここで、図1の地点Bにおけるパルスレーザ光L1’は、図6に示すように、周波数調節装置9により、パルス時間幅が広がったパルスレーザ光である。このパルスレーザ光L1’はプローブパルス列として用いられる。
【0047】
一方、第2の光路7に分岐されたパルスレーザ光L2は、ミラー19によって偏向された後、フォトニッククリスタルファイバ10を通過させられることにより、光路6のパルスレーザ光L1と異なる周波数帯域を有するパルスレーザ光L2’となる。また、同時に、パルスレーザ光L2’にはフォトニッククリスタルファイバ10を通過することにより所定の周波数分散量が与えられる。ここで、図1の地点Cにおけるパルスレーザ光L2’は、図7に示すように、フォトニッククリスタルファイバ10により、周波数が変換されるとともに、パルス時間幅が広がったチャープを有するパルスレーザ光である。
【0048】
フォトニッククリスタルファイバ10を通過したパルスレーザ光L2’は、フィルタ11を透過することで不要成分(パルスレーザ光L2)が除去されてパルス列変換装置30に入射する。
【0049】
パルス列変換装置30では、周波数調節装置31によりパルスレーザ光L2’に周波数分散量が与えられ、分岐合波器32により光路長の異なる2つの光路35,36に分岐される。また、光路35,36に分岐されたパルスレーザ光L3,L4は、反射器33,34によりそれぞれ反射され、分岐合波器32により合波される。
【0050】
このようにすることで、図8に示すように、合波部32b上において、パルスレーザ光L3,L4の時間的タイミングを異ならせることができる。これにより、図9に示すように、2つの光路35,36に分岐されたパルスレーザ光L3,L4を干渉させて、標本S内の特定の分子運動を誘発する振動周波数で繰り返されるパルス列(パルスレーザ光)L5に変換される。このパルス列(パルスレーザ光)L5はポンプパルス列として用いられる。
【0051】
その後、パルスレーザ光L1’(プローブパルス列)とパルスレーザ光L5(ポンプパルス列)は、レーザコンバイナ8によって同軸に合波され、合波されたパルスレーザ光L6は顕微鏡本体3に入射する。
顕微鏡本体3に入射したパルスレーザ光L6は、スキャナ12によって2次元的に走査された後、レンズ群20と集光レンズ13を介して標本S面上に集光される。標本Sを通過したパルスレーザ光L1’(プローブパルス列)は、標本Sを挟んで集光レンズ13とは反対側に配置された集光レンズ15によって集光され、フィルタ14により不要成分(ポンプパルス列L5)が除去された後に、光検出器16により検出される。
【0052】
ここで、標本S面上のパルスレーザ光L6が集光された各位置において、ポンプパルス列L5により、標本中の特定の分子振動が励起される(マルチパルスインパルシブ誘導ラマン散乱)。この分子振動により、標本Sを通過するパルスレーザ光L6(パルスレーザ光L1’)、すなわち光検出器16により検出される標本Sからの光の強度が変化する。したがって、パルスレーザ光L6の標本S面上での集光位置の座標と、光検出器16により検出された標本Sからの光の強度とを対応づけて記憶することにより、2次元的な標本Sのイメージを得ることができる。
【0053】
以上のように、本実施形態に係るレーザ顕微鏡装置1によれば、パルス列変換装置30により変換されたポンプパルス列L5により、標本S中の特定の分子振動が励起され(マルチパルスインパルシブ誘導ラマン散乱)、この分子振動により、光検出器16により検出される標本Sからの光(パルスレーザ光L1’)の強度が変化する。したがって、この標本Sからの光の強度の変化から、ポンプパルス列L5により励起された分子振動と該分子の位置を標本Sのイメージに表示することができる。この際、スキャナ12により標本S上でパルスレーザ光を走査しているので、標本Sを載置したステージ18を集光レンズ13の光軸に直交する方向に移動させる必要がなく、イメージの生成処理を高速で行うことができる。
【0054】
また、パルス列変換装置30において、2つの光路35,36を導光されてきたパルスレーザ光L3,L4の時間的タイミングを異ならせることで、2つの光路35,36に分岐されたパルスレーザ光L3,L4を干渉させて、標本内の特定の分子振動の周波数に一致した周波数で繰返されるポンプパルス列L5に変換することができる。また、2つの光路35,36の光路長を変化させることで、ポンプパルス列L5の繰り返し周波数を変化させることができる。
【0055】
また、パルス列変換装置30に周波数分散量調節装置31を備えることで、分岐部32aに導光されるパルスレーザ光L2’’の周波数成分を時間軸上に分散させることができる。このため、例えばフェムト秒レーザ光のように比較的広い周波数スペクトル帯域を有するパルスレーザ光であっても、時間軸上の各時刻において、比較的狭い周波数スペクトル帯域を有するパルスレーザ光にすることができる。これにより、分岐部32aに導光されるパルスレーザ光L2’’の周波数スペクトル帯域に関わらず、2つの光路35,36に分岐されたパルスレーザ光を干渉させて、標本S内の特定の分子振動を励起する振動周波数で繰り返されるポンプパルス列L5に変換することができる。また、分岐部32aに導光されるパルスレーザ光L2’’の周波数分散量を調節することで、ポンプパルス列L5の繰り返し周波数を変化させることができる。
【0056】
また、レーザ光源4から射出されたパルスレーザ光を2つの光路6,7に分岐し、これらパルスレーザ光L1,L2の周波数を互いに異なる周波数に変換することで、単一のレーザ光源4から発生したパルスレーザ光から、2つの異なる周波数(色)を有するパルスレーザ光を得ることができる。これにより、これらパルスレーザ光を容易に分光することができるとともに、これらパルスレーザ光のレーザ光源4を共通化して装置構成を簡略化することができる。
【0057】
なお、集光レンズ13とレンズ群20との間に、所定の透過/反射率を有するビームスプリッタ、その後段にフィルタと光検出器とを設け、ビームスプリッタにより分岐された標本Sからの光を検出することとしてもよい。
【0058】
また、2つの光路6,7のいずれか一方に、光路長を調節する光路調節装置を設けることで、2つの光路6,7を導光されるパルスレーザ光の標本S面上における時間的なタイミングを調節することができる。
【0059】
〔第1の変形例〕
本実施形態に係るレーザ顕微鏡装置1の第1の変形例について以下に説明する。
本変形例に係る周波数調節装置9は、プローブパルス列の周波数分散を調節するものである。この場合において、分散調節装置9を通過するパルスレーザ光L1には、所定の周波数分散量が与えられる。その結果、図10に示すように、プローブパルス列(パルスレーザ光)L1’の時間幅は広がる。プローブパルス列L1’の時間幅を、ポンプパルス列(パルスレーザ光)L5の時間幅に近づくように周波数分散を調節し、ポンプパルス列L5とプローブパルス列L1’の時間的な重なりを大きくすることで、インパルシブ誘導ラマン散乱に起因したプローブパルス列L1’の強度変化を効率化することができる。
【0060】
本変形例に係る周波数調節装置9は、例えば、所定の周波数分散量を有したガラス部材(図示略)で構成されていても良い。また、例えば、相互の間隔を調節可能な一対のプリズム(図示略)と、ミラー(図示略)で構成されていても良い。一対のプリズムを通過したパルスレーザ光L1は、ミラーによって折り返された後に再度プリズム対を通過し、同一の光路6上に戻されるようになっている。この場合に、プリズムの間隔を調節することにより、周波数調節装置9を通過するパルスレーザ光L1’に与える周波数分散量を調節することができるようになっている。また、上記一対のプリズムの代わりに一対の回折格子(図示略)を用いてもよい。
【0061】
図11に示すように、本変形例に係るレーザ顕微鏡装置101は、図1に示す構成要素に加えて、光検出器16の前段に周波数選択装置(周波数選択手段)14’を備えている。光検出器16で検出される標本Sからの光(プローブパルス列)には、コヒーレントアンチストークスラマン散乱光(CARS光)が含まれている。このCARS光はポンプパルス列とプローブパルス列により発生し、そのエネルギーはプローブパルス列に比べ、周波数が標本S中の特定の分子振動のエネルギー分(テラヘルツ領域の振動相当分)だけ大きい。図1に示す本発明の第1の実施形態におけるフィルタ14では、このCARS光成分は除去されないため、光検出器16において標本Sからの光(プローブパルス列の強度変化)を検出する際に、このCARS光も含まれた状態で検出される。そこで、本変形例に係るレーザ顕微鏡装置101では、周波数選択装置(周波数選択手段)14’により、CARS光成分を除去することができる。こうすることで、プローブパルス列の強度変化をコントラスト良く検出することが可能となる。
【0062】
周波数選択装置14’は、例えば、特定の周波数帯域を通過させるフィルタ(図示略)であってもよい。また、周波数選択装置14’は、例えば、回折格子で構成される分光装置(図示略)であってもよい。
【0063】
また、周波数選択装置14’において、プローブパルス列を除去し、標本Sからの光としてCARS光のみを光検出器16で検出してもよい。CARS光も標本中の特定の分子振動の情報が反映した光であるため、標本中の特定の分子振動の2次元イメージングが可能となる。
【0064】
また、周波数選択装置14’は、図1に示すフィルタ14の役割も兼ね、フィルタ14を除いても良い。このようにすることで、装置構成を簡略化することが可能となる。
【0065】
また、周波数変換手段10として、フォトニッククリスタルファイバの代わりに、周波数変換機能・作用を持つ、バルク、薄膜、フィルム、フォトニック結晶構造体、OPO(Optical Parameteric Amplifier)のいずれかを用いても良い。
【0066】
〔第2の変形例〕
本実施形態に係るレーザ顕微鏡装置1の第2の変形例について以下に説明する。
図12に示すように、本変形例に係るレーザ顕微鏡装置101は、図1に示す構成要素に加えて、光路6に配置された強度変調素子(強度変調手段)41と、光検出器16の感度を調節するロックインアンプ(感度調節手段)42とを備えている。
【0067】
強度変調素子41は、光路6を導光されるパルスレーザ光L1’の注目成分の強度を変調するようになっている。
ロックインアンプ42は、強度変調素子41に同期して、光検出器16における強度変調素子41により強度の変調された注目成分の検出感度を調節するようになっている。
【0068】
本変形例に係るレーザ顕微鏡装置101によれば、パルスレーザ光L1’の注目成分に対応する標本Sからの光の検出感度を向上することができる。これにより、ノイズを低減しつつ、パルスレーザ光L1’の注目成分に対応する部分が強調された標本Sのイメージを生成することができる。
なお、本変形例に係るレーザ顕微鏡装置101において、強度変調素子41を光路7に配置して、パルスレーザ光L2’の注目成分の強度を変調することとしてもよい。
【0069】
〔第2の実施形態〕
次に、本発明の第2の実施形態に係るレーザ顕微鏡装置102について、主に図13から図21を参照して説明する。
本実施形態に係るレーザ顕微鏡装置102が第1の実施形態に係るレーザ顕微鏡装置1と異なる点は、プローブ光自体の強度変化ではなく、ポンプパルス列によって励起される標本中の特定の分子振動に起因する、標本における過渡的な屈折率変化(ラマン誘起カー効果)の異方性によって生ずる、プローブ光の偏光の変化を検出する点である。以下、本実施形態のレーザ顕微鏡装置102について、第1の実施形態に係るレーザ顕微鏡装置1と共通する点については説明を省略し、異なる点について主に説明する。
【0070】
本実施形態に係るレーザ顕微鏡装置102は、図13に示されるように、レーザ光源装置62と、レーザ光源装置62からのレーザ光を標本Sに照射して標本Sを観察するための顕微鏡本体63とを備えている。
【0071】
レーザ光源装置62は、図1に示すレーザ光源装置2の構成要素に加えて、光路6に設けられた偏光素子(第1の偏光素子)51およびλ/4波長板54と、光路7に設けられた偏光素子(第3の偏光素子)53とを備えている。
顕微鏡本体63は、図1に示す顕微鏡本体3の構成要素に加えて、標本Sと光検出器16との間に設けられた偏光素子(第2の偏光素子)52を備えている。
【0072】
偏光素子51は、光路6における周波数調節装置9とレーザコンバイナ8との間に設けられており、光路6を導光されるパルスレーザ光L1’の偏光を所定の直線偏光に設定するようになっている。
【0073】
偏光素子53は、光路7におけるパルス列変換装置30とレーザコンバイナ8との間に設けられており、偏光素子51の偏光軸に対して0°から90°の範囲の角をなす所定方向に偏光軸が設定されている。ここでは、偏光素子53は、偏光素子51の偏光軸に対して45°をなす方向に偏光軸が設定されていることとして説明する。
【0074】
偏光素子52は、標本Sと光検出器16との間に設けられており、偏光素子51の偏光軸に直交する方向に偏光軸が設定されている。
【0075】
λ/4波長板54は、直交する偏光成分の間に位相差を生じさせる複屈折素子であり、偏光素子51とレーザコンバイナ8との間に設けられている。具体的には、λ/4波長板54は、光路6を導光されるパルスレーザ光L1’の互いに直交する偏光成分の間に位相差π/2(90°)を生じさせ、パルスレーザ光L1’を楕円偏光もしくは円偏光から直線偏光に変換するようになっている。すなわち、λ/4波長板54は、偏光素子51で直線偏光に設定されたパルスレーザ光L1’が、レンズ群20および集光レンズ13を経由することで標本S上の地点Eにおいて楕円偏光となる場合に、再び直線偏光となるように補正できるようになっている。
【0076】
上記構成を有するレーザ顕微鏡装置102の作用について以下に説明する。
レーザ光源4を作動させてパルスレーザ光を出射させると、レーザ光源4から発せられたパルスレーザ光は、ビームスプリッタ5により2つの光路6,7に分岐される。
光路6に分岐されたパルスレーザ光L1の一部は、光路6上に配置されている周波数調節装置9(バンドパスフィルタ)によって選択される(パルスレーザ光L1’)。このパルスレーザ光L1’はプローブパルス列として用いられ、そのエネルギー幅が10から数10波数程度であって、かつ時間幅が数ピコ秒から10ピコ秒程度の光パルスである。
【0077】
一方、第2の光路7に分岐されたパルスレーザ光L2は、ミラー19によって偏向された後、周波数変換手段10を通過させられることにより、光路6のパルスレーザ光L1と異なる周波数帯域を有するパルスレーザ光L2’となる。また、同時に、パルスレーザ光L2’には周波数変換手段10を通過することにより所定の周波数分散量が与えられる。
【0078】
周波数変換手段10としては、フォトニッククリスタルファイバ、非線形光学結晶、ラマンシフタなどを用いることができる。その他に、周波数変換作用を有するバルク、薄膜、フィルム、フォトニック結晶構造体のいずれかを用いてもよい。
【0079】
周波数変換手段10を通過したパルスレーザ光L2’は、フィルタ11を透過することで不要成分(パルスレーザ光L2)が除去されてパルス列変換装置30に入射する。
【0080】
パルス列変換装置30では、周波数調節装置31によりパルスレーザ光L2’に周波数分散量が与えられ、分岐合波器32により光路長の異なる2つの光路35,36に分岐される。また、光路35,36に分岐されたパルスレーザ光L3,L4は、反射器33,34によりそれぞれ反射され、分岐合波器32により合波される。これにより、2つの光路35,36に分岐されたパルスレーザ光L3,L4を干渉させて、テラヘルツ周波数領域において一定の繰り返し周波数を有する光パルス列である、パルスレーザ光L5(ポンプパルス列)が発生する。このパルスレーザ光L5の光パルス列の繰り返し周波数は、標本内の特定の分子振動の振動周波数(もしくはその振動周波数を正の整数値で割算した周波数)に同調させることが可能であり、マルチパルスインパルシブ誘導ラマン散乱の励起光として用いられる。
【0081】
その後、パルスレーザ光L1’(プローブパルス列)とパルスレーザ光L5(ポンプパルス列)は、レーザコンバイナ8によって同軸に合波され、合波されたパルスレーザ光L6は顕微鏡本体63に入射する。顕微鏡本体63に入射したパルスレーザ光L6は、スキャナ12によって2次元的に走査された後、レンズ群20と集光レンズ13を介して標本S面上に集光される。
【0082】
ここで、図14に、地点Eにおけるパルスレーザ光L1’(プローブパルス列)及びパルスレーザ光L5(ポンプパルス列)の偏光状態を示す。地点Eにおいて、偏光素子51の偏光軸、すなわちパルスレーザ光L1’(プローブパルス列)の偏光方向に対して、パルスレーザ光L5(ポンプパルス列)の偏光方向は45°、偏光素子52の偏光軸は90°に設定されている。したがって、パルスレーザ光L5(ポンプパルス列)が標本Sへ照射されない場合には、パルスレーザ光L1’は偏光素子52を透過しないようになっている。
【0083】
図15は、パルスレーザ光L6が標本Sに照射される場合に、標本Sを透過したパルスレーザ光L1’の偏光状態の変化を示している。標本S面上のパルスレーザ光L6が集光された各位置において、パルスレーザ光L5(ポンプパルス列)により、ポンプパルス列の繰り返し周波数と等しい周波数を有する、標本S中の特定の分子振動が励起される(マルチパルスインパルシブ誘導ラマン散乱)。この分子振動によって、標本Sにおいて分子振動の周波数で変化する過渡的な屈折率変化(ラマン誘起カー効果)が生じる。ここでパルスレーザ光L5の偏光によって、標本Sに過渡的な屈折率変化に異方性が生じているために、標本Sを透過するパルスレーザ光L1’(プローブパルス列)の偏光は、図15に示すように直線偏光から楕円偏光へと変化する。
【0084】
このように標本Sを透過し、楕円偏光となったパルスレーザ光L1’およびパルスレーザ光L5光は、標本Sを挟んで集光レンズ13とは反対側に配置された集光レンズ15によって集光され、フィルタ14により不要成分(パルスレーザ光L5)が除去される。
【0085】
その後、偏光素子52により、楕円偏光となったパルスレーザ光L1’のうち、偏光素子52の偏光軸に平行な偏光成分のみが選択され、光検出器16により検出される。このように検出されたパルスレーザ光L1’光の偏光変化成分(標本Sからの信号光)の強度と、パルスレーザ光L6の標本S面上での集光位置の座標とを対応づけて記憶することにより、2次元的な標本Sのイメージを得ることができる。
【0086】
以下に、テラヘルツ領域の分子振動の検出原理について図16から図21を用いて詳細に説明する。
図16において、パルスレーザ光L5(ポンプパルス列)の強度の時間プロファイルを細い実線で、パルスレーザ光L1’の強度の時間プロファイルを点線で示す。パルスレーザ光L5は、一定の繰り返し周波数を有する光パルスの繰り返し列であり、その光パルス列の繰り返し周波数がωであるとする。一方、パルスレーザ光L1’は、その時間幅が数ピコ秒から10ピコ秒程度であって、パルスレーザ光L5における光パルスの繰り返しの持続時間程度もしくはそれ以上である。
【0087】
図17において、パルスレーザ光L5(ポンプパルス列)の強度の時間プロファイルを実線で、パルスレーザ光L5が標本Sへ非照射の場合において、光検出器16により検出される、標本Sからの信号光の強度の時間プロファイルを太い実線で示す。パルスレーザ光L5の非照射時には、パルスレーザ光L1’の偏光が変化せずに直線偏光となっているため、プローブ光は偏光素子52により遮断され、光検出器16により標本Sからの信号光は検出されない。
【0088】
一方、図18では、パルスレーザ光L5が標本Sへ照射され、かつポンプパルス列の繰り返し周波数が標本Sの特定の分子振動の周波数に非共鳴の場合において、光検出器16により検出される、標本Sからの信号光の強度の時間プロファイルが示されている。ここで、パルスレーザ光L5(ポンプパルス列)の強度の時間プロファイルは実線、標本Sに照射されるパルスレーザ光L1’の時間プロファイルは点線、標本Sを透過するパルスレーザ光L1’のうち、偏光素子52で偏光選択されて光検出器16により検出される成分、すなわち、標本Sからの信号光の強度の時間プロファイルは太い実線でそれぞれ表されている。
【0089】
この場合には、偏光素子52を透過するパルスレーザ光L1’の成分、すなわち標本Sからの信号光は、ポンプパルス列に誘起される標本S中の分子の電子分極の変化に起因する。このような物理機構による標本Sからの信号光を非共鳴信号光と称する。分子の電子分極の変化は光照射に対して瞬間的に発生するため、標本Sからの信号光の強度は、繰り返し周波数がωのポンプパルス列強度の時間変化に追随してほぼ同一の時間挙動を示す。したがって図18に示すように、光検出器16において、標本Sからの信号光(非共鳴信号光)は、繰り返し周期ωを有するパルス列として検出されることとなる。
【0090】
また、図19は、光検出器16により検出される標本Sからの信号光、すなわち、図18における標本Sからの信号光をフーリエ変換した周波数スペクトルである。ここでωprobeは、パルスレーザ光L1’の中心周波数である。図18で示したように、標本Sからの信号光(非共鳴信号光)は、周波数ωprobeのパルスレーザ光L1’を、ポンプパルス列の繰り返し周波数ωで強度変調された光に相当するため、図19で示すように、その周波数スペクトルにおいては、パルスレーザ光L1’の周波数ωprobeの側波帯として、ωprobe±ωの周波数に非共鳴信号のバンドが現れることになる。
【0091】
さらに、図20は、パルスレーザ光L5が標本Sへ照射され、かつポンプパルス列の繰り返し周波数が標本Sの特定の分子振動の周波数に共鳴の場合において、光検出器16により検出される、標本Sからの信号光の強度の時間プロファイルを示している。ここで、パルスレーザ光L5(ポンプパルス列)の強度の時間プロファイルは実線、標本Sに照射されるパルスレーザ光L1’の強度の時間プロファイルは点線、および標本Sを透過するパルスレーザ光L1’のうち、偏光素子52で偏光選択されて光検出器16により検出される成分、すなわち、標本Sからの信号光の強度の時間プロファイルは太い実線でそれぞれ表されている。
【0092】
この場合には、ポンプパルス列によりインパルシブ誘導ラマン散乱が励起され、特定の分子振動の振動周波数ωで変化する3次非線形分極を発生する結果、ラマン誘起カー効果による屈折率変化が標本S中に誘起されている。前述したように、この屈折率変化の異方性により標本Sからの信号光が発生するが、このような物理機構による標本Sからの信号光を共鳴信号光と称する。この共鳴信号光の強度は、3次非線形分極の2乗に比例する量であるので、光検出器16において、標本Sからの信号光(共鳴信号光)は繰り返し周期2ωを有するパルス列として検出されることになる。さらに、光検出器16においては、標本Sからの信号光(非共鳴信号光)も検出されるが、この非共鳴信号光の時間変化は、前述したようにポンプパルス列強度の時間変化と同一であり、周波数ωで振動する。
【0093】
また、図21は、光検出器16により検出される標本Sからの信号光、すなわち、図20における標本Sからの信号光をフーリエ変換した周波数スペクトルである。ここでωprobeは、パルスレーザ光L1’の中心周波数である。図20で示したように、標本Sからの信号光は、周波数ωprobeのパルスレーザ光L1’が周波数2ωおよびωで強度変調された光に相当するため、図21で示すように、その周波数スペクトルにおいては、パルスレーザ光L1’の周波数ωprobeの側波帯として、ωprobe±2ωおよびωprobe±ωの周波数に共鳴信号光および非共鳴信号光のバンドが現れることになる。
【0094】
以上のように、本実施形態に係るレーザ顕微鏡装置102によれば、偏光素子51により偏光されたパルスレーザ光L1’(プローブパルス列)を偏光素子52により遮断する一方、パルスレーザ光L5(ポンプパルス列)で標本Sの特定の分子運動を励起し、これによって標本Sに過渡的な屈折率異方性を発生させて、標本Sからの信号光を透過させることができる。これにより、光検出器16において、標本Sの特定の分子振動によって偏光方向が変化した標本Sからの信号光を検出することができ、分子振動が励起された分子の位置および状態が表示された標本Sのイメージを生成することができる。
【0095】
ここで、偏光素子52と光検出器16との間に波長選択素子55を配し、前述した標本Sからの信号光において、標本の分子振動に起因する共鳴信号光の強度変化の周波数が2ω、電子分極に起因する非共鳴信号光の強度変化の周波数がωであること着目して、共鳴信号光のみを選択して光検出器16で検出するようにしてもよい。このようにすることで、パルスレーザ光L5(ポンプパルス列)に励起された標本Sの特定の分子振動によって生ずる、標本Sからの光(共鳴信号光)のみを検出することができ、コントラストの良好な標本Sのイメージイメージを生成することができる。
【0096】
上記の波長選択素子55としては、分光器、エタロンもしくは干渉フィルタのいずれかを用いればよい。
【0097】
また、偏光素子51とレーザコンバイナ8との間にλ/4波長板54を備えることで、偏光素子52へ入射するパルスレーザ光L1’(プローブパルス列)を楕円偏光から直線偏光に変換することができる。これにより、パルスレーザ光L5(ポンプパルス列)により励起された標本Sの特定の分子振動によって偏光が変化した標本Sからの光のみを光検出器16で検出することができ、標本Sのイメージのコントラストを向上することができる。
【0098】
〔第1の変形例〕
本実施形態に係るレーザ顕微鏡装置102の第1の変形例について以下に説明する。
図22に示すように、本変形例に係るレーザ顕微鏡装置103は、図13に示す構成要素に加えて、光路7にλ/4波長板71を備えている。
【0099】
λ/4波長板71は、直交する偏光成分の間に位相差を生じさせる複屈折素子であり、偏光素子53とレーザコンバイナ8との間に設けられている。具体的には、λ/4波長板54は、光路7を導光されるパルスレーザ光L5の互いに直交する偏光成分の間に位相差π/2(90°)を生じさせ、図23に示すように、パルスレーザ光L5(ポンプ光)を直線偏光から円偏光に変換するようになっている。
【0100】
ポンプパルス列が円偏光である場合に、ポンプパルス列よって誘起される、標本中の分子の3次非線形感受率は、以下の(2)式で与えられることが知られている(参照文献:
Harvey AB. Chemical Applications of Nonlinear Raman Spectroscopy, Academic Press: New York, 1981.)。
【0101】
【数2】

【0102】
上記の(2)式において、ρは偏光解消比、ω1およびω2はインパルシブ誘導ラマン散乱過程に寄与する光パルス周波数を表していて、ポンプパルス列が有する周波数帯域に含まれる。また、σはラマン散乱断面積、Tは温度である。インパルシブ誘導ラマン散乱により励起される標本S中の分子の電子分極に起因する光、すなわち非共鳴信号光の偏光解消比ρは1/3であり、上記の(2)式から非共鳴信号光は原理的には消光される。
【0103】
図24は、パルスレーザ光L5(ポンプパルス列)が標本Sへ照射され、かつパルス列の繰り返し周波数が標本Sの特定の分子振動の周波数に非共鳴の場合において、光検出器16により検出される、標本Sからの信号光強度の時間プロファイルを示している。ここで、ポンプパルス列の強度の時間プロファイルは実線、パルスレーザ光L1’の時間プロファイルは点線、標本Sからの信号光強度の時間プロファイルは太い実線でそれぞれ表される。
【0104】
この場合には、分子振動に起因する標本Sからの信号光(共鳴信号光)は発生せず、光検出器16では、分子振動によらない標本からの光が検出される。この標本からの光に寄与するのは、ラマン誘起カー効果による非共鳴信号光、および同時に発生するコヒーレントアンチストークスラマン散乱における非共鳴信号光であるが、前述したようにラマン誘起カー効果による非共鳴信号光は消光される。したがって、図24に示しように、図18に図示した場合と比較して、強度が低減された繰り返し周波数ωの信号が検出されることになる。
【0105】
図25は、パルスレーザ光L5(ポンプパルス列)が標本Sへ照射され、かつパルス列の繰り返し周波数が標本Sの特定の分子振動の周波数に共鳴している場合において、光検出器16により検出される、標本Sからの信号光強度の時間プロファイルを示している。ここで、ポンプパルス列の強度の時間プロファイルは細い実線、標本Sに照射されるパルスレーザ光L1’の時間プロファイルは点線、および標本Sからの信号光の強度の時間プロファイルは太い実線でそれぞれ表されている。
【0106】
この場合には、ポンプパルス列に励起される標本中の特定の分子振動による共鳴信号光として、強度が該振動の有する偏光解消比に従い、繰り返し周波数2ωの光が発生する。したがって、図25に示すように、強度が低減された非共鳴信号が繰り返し周期ωで検出されるとともに、共鳴信号光が繰り返し周期2ωで検出されることとなる。
【0107】
本変形例に係るレーザ顕微鏡装置103によれば、λ/4波長板71を備えることで、ポンプパルス列の偏光を直線偏光から円偏光に変化させることができ、ポンプパルス列に励起される、標本S中の分子の分子振動によらない光(非共鳴信号光)を低減することができる。これにより、標本S中の分子の特定の分子振動による光(共鳴信号光)のみを検出することができ、鮮明な標本Sのイメージを生成することができる。
【0108】
非共鳴信号成分が共鳴信号成分に比して弱い場合には、偏光素子52を透過してくる標本Sからの光を光検出器16で直接検出すれば、特定のテラヘルツ振動による信号成分を検出することが可能であり、標本Sのイメージのコントラストを向上することができる。
【0109】
また、波長選択素子を光検出器16の前段に配置して、共鳴信号成分のみを選択して検出するようにしてもよい。このようにすることで、非共鳴信号成分が共鳴信号成分に比して相対的に強い場合でも、標本Sのイメージのコントラストを向上することができる。
【0110】
〔第2の変形例〕
本実施形態に係るレーザ顕微鏡装置102の第2の変形例について以下に説明する。
図26に示すように、本変形例に係るレーザ顕微鏡装置104は、図22に示す構成要素に加えて、標本Sの後段に、λ/4波長板75と、偏光素子(分岐手段)76と、光検出器(第1の検出器)16aおよび光検出器(第2の検出器)16bと、差分算出部77とを備えている。
【0111】
λ/4波長板75は、直交する偏光成分の間に位相差を生じさせる複屈折素子であり、フィルタ14と偏光素子76との間に設けられている。具体的には、λ/4波長板75は、標本Sからの光の互いに直交する偏光成分の間に位相差π/2(90°)を生じさせ、標本Sからの光を直線偏光から円偏光に変換するようになっている。
【0112】
偏光素子76は偏光ビームプリッタであり、λ/4波長板75を透過した標本Sからの光を互いに直交する偏光成分を有する光に分岐するようになっている。光検出器16aと光検出器16bは、偏光素子76によって分岐された互いに直交する偏光成分を検出するようになっている。差分算出部77は、光検出器16aおよび検出器16bにより検出された、互いに直交する偏光成分の差分を算出するようになっている
【0113】
上記構成を有するレーザ顕微鏡装置104の作用について以下に説明する。
ポンプパルス列の非照射時には、図27(a)に示すように、標本Sを透過するプローブパルス列は直線偏光である。このプローブパルス列は、λ/4波長板75を通過することで、図27(b)に示すように、円偏光に変換される。円偏光に変換されたプローブパルス列は、偏光素子76により互いに直交する偏光を有する成分に分岐され、各成分が光検出器16aおよび光検出器16bに検出される。この場合、差分算出部77により算出される各成分の差分は、図27(c)に示すように零となる。
【0114】
一方、ポンプパルス列の照射時には、ラマン誘起カー効果によって標本Sに過渡的な屈折率変化の異方性が生じるため、標本Sを透過したプローブパルス列は、図28(a)に示すように楕円偏光となっている。このプローブパルス列は、λ/4波長板75を通過しても、図28(b)に示すように、円偏光ではなく楕円偏光のままである。この楕円偏光に変換されたプローブパルス列は、偏光素子76により互いに直交する偏光を有する成分に分岐され、各成分が光検出器16aおよび光検出器16bに検出される。この場合、差分算出部77により算出される各成分の差分は、図28(c)に示すように非零値となる。
【0115】
ここから、本変形例における標本からの信号光の検出方法を用いる場合に、生ずる効果について説明する。まず、第2の実施形態およびその第1の変形例に記載される検出法を用いる場合を想定する。図13または図22において、偏光素子51で設定されるプローブパルス列の直線偏光が、偏光素子52へ入射する直前までに経由する光学素子によって変化しないとする。
【0116】
この場合には、偏光素子51の偏光軸に対して、偏光軸を直交するように設定した偏光素子52によりプローブパルス列は遮断される。この遮断の程度(偏光素子の消光比)が大きいほど、光検出器16で検出される標本Sからの信号光以外の背景光の強度を抑制することができ、コントラストの良好な標本Sのイメージを取得することができる。しかしながら、パルスレーザ光L6を標本Sへ集光する際に、集光レンズ13および15として、対物レンズのような開口数の大きなレンズが使用される場合には、偏光素子52の直前の地点におけるプローブパルス列の偏光としては、特定方向への直線偏光が保存されずに偏光が変化した成分が発生し、標本のイメージのコントラストを劣化させる原因となる。
【0117】
一方、本変形例によれば、図26のλ/4波長板75の直前におけるプローブパルス列の偏光成分について、図27(a)に示されるような、偏光素子51で設定された方向の直線偏光を保持している成分については、前述したように差分算出部77で算出される差分値は零値である。さらに、図29(a)に示すように、λ/4波長板75の直前において、レンズ等の光学素子によって偏光が変化したプローブパルス列の偏光成分の中には、プローブパルス列の偏光方向を対称軸として、標本面内において線対称の関係を満足する偏光成分(例えば、図29(a)のプローブパルス列Aとプローブパルス列B)が生じている。
【0118】
このような偏光成分については、λ/4波長板75透過後には、図29(b)に示すように、それぞれプローブパルス列の偏光方向を対称軸とする楕円偏光(プローブパルス列Cとプローブパルス列D)となっている。この場合には、図29(c)に示すように、各々の楕円偏光(プローブパルス列Cとプローブパルス列D)は、偏光素子76により互いに直交する偏光を有する成分に分岐され、光検出器16aおよび光検出器16bで検出後に差分算出部77でその差分が算出されるが、これら楕円偏光の対についての差分の総和は零値となる。
【0119】
このように本変形例の検出方法によれば、パルスレーザ光L1’(プローブパルス列)が光学素子群を経由することにより、偏光素子51で設定される直線偏光を擾乱された結果、背景光が標本Sのイメージを劣化させる場合であっても、差分算出部77において擾乱で生じた偏光変化成分の一部を相殺できるために、背景光の影響を抑制して標本Sのイメージのコントラストを改善する効果がある。
【0120】
以上のように、本変形例に係るレーザ顕微鏡装置104によれば、標本Sからの光をλ/4波長板75により直線偏光から円偏光に変換し、その光の直交方向の差分を算出することで、ポンプ光により誘発された標本Sの分子運動によって偏光方向が変化した標本Sからの光を検出することができ、パルスレーザ光L5(ポンプ光)により運動が誘発された分子の位置および状態を標本Sのイメージに表示することができる。
なお、本変形例に係るレーザ顕微鏡装置104において、λ/4波長板71のない構成としてもよく、またλ/4波長板71を挿脱可能な構成としてもよい。
【0121】
以上、本発明の各実施形態について図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等も含まれる。
例えば、周波数調節装置9および周波数調節装置31として、プリズム対とミラーとを備えて、周波数分散量を連続的に変更可能なものを例示したが、これに代えて、周波数分散量が固定のもの、それらを複数用意し、段階的に切り替える方式のものや、光路上に挿脱されてパルスレーザ光に与える分散量を切り替える方式のものを採用してもよい。
【符号の説明】
【0122】
S 標本
L1,L2,L2’,L2’’,L3,L4,L6 パルスレーザ光
L1’ パルスレーザ光(プローブ光)
L5 パルスレーザ光(ポンプ光、パルス列)
1,101,102,103,104 レーザ顕微鏡装置
2,62 レーザ光源装置
3,63 顕微鏡本体
4 レーザ光源
5 ビームスプリッタ(分岐手段)
6,7 光路
8 レーザコンバイナ(合波手段)
9 周波数調節装置(周波数分散量調節手段)
10 フォトニッククリスタルファイバ(周波数変換手段)
11 フィルタ
12 スキャナ(走査手段)
13 集光レンズ(照射手段)
14 フィルタ
14’周波数選択装置(周波数選択手段)
16 光検出器(光検出手段)
16a 光検出器(第1の検出器)
16b 光検出器(第2の検出器)
30 パルス列変換装置(パルス列変換手段)
31 周波数調節装置(周波数分散調節手段)
32 分岐合波器
32a 分岐部
32b 合波部
33,34 反射器
35,36 光路
41 強度変調素子(強度変調手段)
42 ロックインアンプ(感度調節手段)
51 偏光素子(第1の偏光素子)
52 偏光素子(第2の偏光素子)
53 偏光素子(第3の偏光素子)
54 λ/4波長板
71 λ/4波長板
75 λ/4波長板
76 偏光素子(分岐手段)
77 差分算出部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2つの異なる周波数を有するパルスレーザ光を導光する2つの光路と、
該2つの光路を導光されてきたパルスレーザ光を同軸に合波する合波手段と、
該合波手段により合波されたパルスレーザ光を標本上で走査する走査手段と、
前記標本からの光を検出する光検出手段と、
前記2つの光路の一方に設けられ、該一方の光路を導光されてきたパルスレーザ光を、前記標本内の特定の分子振動の周波数と同じ周波数で繰り返されるパルス列に変換するパルス列変換手段と
を備えるレーザ顕微鏡装置。
【請求項2】
前記パルス列変換手段が、
前記一方の光路を導光されてきたパルスレーザ光を光路長が互いに異なる2つの光路に分岐する分岐部と、
該分岐部により分岐された2つの光路を導光されてきたパルスレーザ光を合波する合波部と
を備える請求項1に記載のレーザ顕微鏡装置。
【請求項3】
前記パルス列変換手段が、
前記分岐部に導光されるパルスレーザ光の周波数分散量を調節する周波数分散量調節手段を備える請求項2に記載のレーザ顕微鏡装置。
【請求項4】
パルスレーザ光を射出するレーザ光源と、
該レーザ光源から射出されたパルスレーザ光を前記2つの光路に分岐する分岐手段と、
前記2つの光路の少なくとも一方に設けられ、前記2つの光路を導光されてきたパルスレーザ光の周波数を互いに異なる周波数に変換する周波数変換手段と、
前記2つの光路の少なくとも一方に設けられ、前記2つのパルスレーザ光の周波数分散および/または周波数帯域を調節する周波数調節手段と
を備える請求項1に記載のレーザ顕微鏡装置。
【請求項5】
前記2つの光路の少なくとも一方に設けられ、導光されるパルスレーザ光の注目成分の強度を変調する強度変調手段と、
該強度変調手段に同期して、前記光検出手段における前記強度変調手段により強度の変調された注目成分の検出感度を調節する感度調節手段と
を備える請求項1に記載のレーザ顕微鏡装置。
【請求項6】
前記2つの光路のうち他方の光路に設けられ、該他方の光路を導光されるパルスレーザ光の偏光方向を設定する第1の偏光素子と、
前記標本と前記光検出手段との間に設けられ、前記第1の偏光素子の偏光軸に直交する方向に偏光軸が設定された第2の偏光素子と、
前記2つの光路のうち一方の光路に設けられ、前記第1の偏光素子の偏光軸に対して0°から90°の範囲の方向に偏光軸が設定された第3の偏光素子と
を備える請求項1に記載のレーザ顕微鏡装置。
【請求項7】
前記第2の偏光素子と前記光検出手段との間に設けられ、選択された波長成分のみを透過させる波長選択手段を備える請求項6に記載のレーザ顕微鏡装置。
【請求項8】
前記第1の偏光素子と前記合波手段との間にλ/4波長板を備える請求項6に記載のレーザ顕微鏡装置。
【請求項9】
前記第3の偏光素子と前記合波手段との間にλ/4波長板を備える請求項6に記載のレーザ顕微鏡装置。
【請求項10】
前記光検出手段が、互いに直交する成分を検出する第1の検出器と第2の検出器とを有し、
前記標本と前記光検出手段との間に設けられたλ/4波長板と、
該λ/4波長板を透過した光を互いに直交する成分に分岐する分岐手段と、
前記第1の検出器により検出された成分と前記第2の検出器により検出された成分との差分を算出する差分算出部と
を備える請求項6に記載のレーザ顕微鏡装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【公開番号】特開2011−175093(P2011−175093A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−39033(P2010−39033)
【出願日】平成22年2月24日(2010.2.24)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】