説明

中空スタビライザーの製造方法

【課題】製造コストを抑えつつ高い生産性及び加工性で製造することが可能な、疲労特性に優れた中空スタビライザーの製造方法を提供する。
【解決手段】C:0.15〜0.40質量%、Si:0.30質量%以下、Mn:0.3〜2.0質量%、P:0.030質量%以下、S:0.010質量%以下、Cr:0.2〜0.8質量%、Ti:0.005〜0.1質量%、sol.Al:0.005〜0.10質量%、N:0.010質量%以下、B:0.0010〜0.0070質量%を含み、残部がFe及び不可避不純物からなる組成を有するスラブを、800〜900℃の仕上温度で仕上圧延した後、550〜680℃の巻取温度で巻取って熱延鋼板を得る熱延工程と、前記巻取った熱延鋼板を電縫溶接した後、溶接ビード部のみをAc変態点以下の温度で焼戻して電縫鋼管を得る工程と、前記電縫鋼管を中空スタビライザーに成形加工した後、前記中空スタビライザーの内面の平均冷却速度を50℃/秒以上として焼入れし、次いで400℃以下の温度で焼戻す工程とを順次行うことを特徴とする中空スタビライザーの製造方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中空スタビライザーの製造方法に関し、特に、自動車の走行安定性を確保する中空スタビライザーの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スタビライザーは、高速走行時に車体の走行安定性を確保する重要な部品である。従来のスタビライザーは、棒鋼を製品形状に加工した中実材であるが、自動車の燃費向上対策の一つとして車体の軽量化を図るため、継目無鋼管や電縫溶接鋼管等の中空材である鋼管が使用されることが多くなっている。また、近年、自動車の高出力化によりスタビライザーに要求される設計応力も高くなっているため、高応力下でのスタビライザーの疲労寿命を向上させることも望まれている。
【0003】
中空化したスタビライザー(以下、「中空スタビライザー」という)の疲労寿命を向上させる方法としては、ショットピーニングによって圧縮残留応力を中空スタビライザーに付与する方法が知られている。しかし、ショットピーニングによる方法は、中空スタビライザー(鋼管)の外面では容易に適用することができるものの、中空スタビライザーの内面では適用することが工業的に難しいという問題がある。そのため、薄肉の中空スタビライザーでは、高い繰返し応力に十分に対応できていない。そこで、鋼管肉厚tと鋼管外径Dとの比(t/D)を大きくした厚肉の電縫鋼管を用いて厚肉の中空スタビライザーを製造することにより、中空スタビライザーの内面にかかる応力を低減させている。ここで、電縫鋼管を厚肉化する場合、造管時やスタビライザーへの成形加工時において素材表面に大きな歪が加わるため、電縫鋼管には高い加工性が要求される。特に、曲げ加工を施す部分、曲げ角度や曲げ半径等は、目的とする中空スタビライザーの形状により様々であるため、電縫鋼管には小さな曲げ半径の加工が施されることが多い。従って、電縫鋼管には、厳しい加工に耐えられる程度の良好な加工性が必要となる。
【0004】
中空スタビライザーに使用される電縫鋼管は、鋼板を造管することによって製造されるが、造管溶接の凝固時に、固相と液相との間で元素の分配が生じ、凝固した固相中の炭素量が液相中の炭素量に比べて大幅に低下する。そのため、電縫鋼管の溶接ビード部分では、中空スタビライザーを製造する際に焼入れ性が低下し、焼入れ硬さが母材部分と比較して低い部分が生成する。その結果、軟質の溶接ビード部が疲労破壊の起点となり、中空スタビライザーの疲労特性が低下する。
また、中空スタビライザーの製造では、電縫鋼管を中空スタビライザーに成形加工した後に焼入れを行う際、高温に加熱された中空スタビライザーを水等の冷媒により冷却するが、中空スタビライザーの外面からの冷却のみであるため、内面側の冷却速度が外面側の冷却速度に比べて低くなり、焼入れ不良が生じ易い。そのため、特に、中空スタビライザーの内面側の溶接ビード部分において焼入れ硬さが最も低くなる。
【0005】
上述のように、中空スタビライザーでは、疲労特性が重要視されるため、中空スタビライザーに用いられる鋼管として、疲労特性に優れた構造用合金鋼鋼管を使用することが考えられる。しかし、構造用合金鋼鋼管は、合金添加によって製造コストの上昇に繋がるという問題がある。
そこで、所定の化学組成を有する電縫鋼管をオーステナイト領域まで加熱し、熱間絞り圧延機にて縮径圧延した後、焼入れ処理を施した電縫鋼管を用いることによって疲労強度を向上させた中空スタビライザーの製造方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。この方法は、縮径圧延を施すことで、溶接によって低炭素化した部分へ炭素が拡散し、溶接ビード部分の硬度低下を防止することができると考えられる。
一方、鋼管の内面に浸炭硬化層を形成することによって鋼管の内面を強化した中空スタビライザーの製造方法も提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0006】
【特許文献1】特開2004−11009号公報
【特許文献2】特開2000−118224号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1の方法では、造管後にオーステナイト領域まで加熱して縮径圧延する必要があると共に、熱歪を除去して直管とするために伸管加工による矯正が必要となる。そのため、特許文献1の方法では、製造コストが上昇すると共に、生産性も悪いという問題がある。さらに、特許文献1の方法では、電縫鋼管の焼入れ性を改善するために所定量のMnを鋼成分として配合しているので、熱延鋼板及び電縫鋼管の加工性の低下が懸念されるにも関わらず、その加工性を確保する手段については何ら示していない。
また、特許文献2の方法では、電縫鋼管の溶接ビード部分を肉厚方向で安定的に強化することが困難であると共に、造管後、塗布型浸炭組成物を鋼管の内面に塗布、乾燥する工程が必要となるため、製造コストが上昇するという問題がある。さらに、特許文献2の方法では、焼入れ温度及び加熱時間を厳密に管理することも必要となる。
【0008】
本発明は、上記のような問題を解決するためになされたものであり、製造コストを抑えつつ高い生産性及び加工性で製造することが可能な、疲労特性に優れた中空スタビライザーの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の中空スタビライザーの製造方法は、C:0.15〜0.40質量%、Si:0.30質量%以下、Mn:0.3〜2.0質量%、P:0.030質量%以下、S:0.010質量%以下、Cr:0.2〜0.8質量%、Ti:0.005〜0.1質量%、sol.Al:0.005〜0.10質量%、N:0.010質量%以下、B:0.0010〜0.0070質量%を含み、残部がFe及び不可避不純物からなる組成を有するスラブを、800〜900℃の仕上温度で仕上圧延した後、550〜680℃の巻取温度で巻取って熱延鋼板を得る熱延工程と、前記巻取った熱延鋼板を電縫溶接した後、溶接ビード部のみをAc変態点以下の温度で焼戻して電縫鋼管を得る工程と、前記電縫鋼管を中空スタビライザーに成形加工した後、前記中空スタビライザーの内面の平均冷却速度を50℃/秒以上として焼入れし、次いで400℃以下の温度で焼戻す工程とを順次行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、製造コストを抑えつつ高い生産性及び加工性で製造することが可能な、疲労特性に優れた中空スタビライザーの製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
中空スタビライザーの疲労特性の低下は、上述したとおり、造管溶接の凝固時に炭素量が大幅に低下した溶接ビード部を起点とする疲労破壊に起因するので、この疲労特性を向上させるには、溶接ビード部(特に、電縫鋼管の内面側の溶接ビード部)での疲労破壊を防止することが重要である。この溶接ビード部を起点とする疲労破壊を防止するためには、電縫鋼管を中空スタビライザーに成形加工した後、焼入れ焼戻しを行い、溶接ビード部の金属組織をマルテンサイト変態させて残留応力を発生させることで硬さを確保する必要がある。このような見地に基づき、中空スタビライザーの素材となる鋼(熱延鋼板及び電縫鋼管)の加工性と、中空スタビライザーの疲労特性との双方を両立すべく鋼成分の組成を設計した。
【0012】
以下、本発明の中空スタビライザーの素材となる鋼の組成について詳細に説明する。
中空スタビライザーの素材となる鋼は、C、Si、Mn、P、S、Cr、Ti、sol.Al、N、Bを含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。これらの成分の中でも、C、Ti、Mn、Cr、Sの上限は加工性の観点から規制され、C、Mn、Crの下限は熱処理の観点から規制される。また、B、Tiは焼入性の改善に有効な成分である。以下、鋼の組成について詳細に説明する。
【0013】
C:0.15〜0.40質量%
Cは、炭素鋼において最も基本となる成分であり、その含有量によって焼入れ硬さ及び炭化物量が大きく変動する。Cの含有量が0.15質量%未満の鋼では、中空スタビライザーに適用するのに十分な焼入れ硬さが得られない。また、溶接凝固時に固相と液相の間で元素の分配が起こった場合に0.05質量%以上のC含有量を確保するため、0.15質量%以上のCが必要である。一方、Cの含有量が0.40質量%を超えると、鋼の加工性が低下して成形することができなかったり、焼き割れも懸念される。より良好な焼入れ硬さ及び加工性を兼ね備えた鋼を得る観点から、Cの含有量は、0.20〜0.25質量%であることが好ましい。
【0014】
Si:0.30質量%以下
Siは、延性に対する影響が大きい成分の1つである。Siを過剰に含有させると固溶強化作用によってフェライトが硬化し、成形加工時に割れ発生の原因となる。また、Si含有量が増加すると、熱延鋼板の製造工程で鋼板表面にスケール疵が発生する傾向があり、表面品質の低下を招く。特に、Si含有量が0.3質量%を超えると、造管溶接時にペネトレータが生成して溶接欠陥となると共に、鋼の強度が高くなり過ぎて加工性も低下するので、Si含有量の上限は0.3質量%とする必要がある。
【0015】
Mn:0.3〜2.0質量%
Mnは、電縫鋼管の焼入れ性を高め、強靭化するのに有効な成分である。十分な焼入れ性を得るためには、Mnの含有量が0.3質量%以上であることが必要である。しかし、Mnの含有量が2.0質量%を超えると、溶接ビード部に欠陥が生じ易い。電縫鋼管の焼入れ性及び加工性をより一層良好に確保する観点からは、Mnの含有量は、1.0〜1.8質量%であることが好ましい。
【0016】
P:0.030質量%以下
Pは、延性や靭性を劣化させる成分であり、0.030質量%を超えるPを含有させると、焼入れ後に旧オーステナイト粒界の靭性が劣化し、疲労特性が低下する。そのため、P含有量の上限は0.030質量%とする必要がある。
【0017】
S:0.010質量%以下
Sは、MnS系介在物を形成する成分である。この介在物の量が多くなるほど延性が劣化するので、鋼中のS含有量はできるだけ低減する必要がある。そのため、Sの含有量の上限は、0.010質量%とする必要がある。熱延鋼板及び電縫鋼管の加工性と、中空スタビライザーの疲労強度とをより一層高める観点から、S含有量の上限は0.005質量%であることが好ましい。
【0018】
Cr:0.2〜0.8質量%
Crは、焼入れ性を改善すると共に、焼入れ加熱時においてオーステナイト結晶粒を微細化させるのに有効な成分の一つある。このオーステナイト結晶粒を小さくすることができれば、中空スタビライザーの疲労強度の向上に繋がる。この効果を得るには少なくとも0.2質量%のCrを配合することが必要である。しかし、0.8質量%を超える多量のCrを配合すると、焼入れ前の加工性が劣化する。加工性をより一層高めるためには、Crの含有量の上限は、0.5質量%であることが好ましく、0.30質量%であることがより好ましい。
【0019】
Ti:0.005〜0.1質量%
Tiは、溶鋼の脱酸調整のために配合される成分であり、脱窒作用も有する。また、Tiは、鋼板に固溶しているNを窒化物として固定するので、焼入れ性を改善する有効B量を高めることができる。さらに、Tiは、炭窒化物を形成し、焼入れ加熱時に結晶粒の粗大化を防止する効果を有する。これらの効果を安定して得るためには、0.005質量%以上のTiを含有させる必要がある。しかし、0.1質量%を超える多量のTiを含有させると、経済的に不利になるだけでなく、延性を劣化させる原因ともなる。上記の効果をより一層安定して得るためには、Tiの含有量は、0.01〜0.05質量%であることが好ましい。
【0020】
sol.Al(酸可溶性Al):0.005〜0.10質量%
sol.Alは、溶鋼の脱酸剤として使用される成分である。また、sol.Alは、AlNを生成して熱処理時のオーステナイト粒の異常成長を抑制し、このN固着効果によりBNの生成を抑制してBによる焼入れ性の向上を促進させる効果がある。この効果を安定して得るためには、0.005質量%以上のsol.Alを含有させる必要がある。一方、0.10質量%を超えるsol.Alを含有させると、経済的に不利になるだけでなく、熱延鋼板及び電縫鋼管の加工性が低下する。上記の効果をより一層安定して得るためには、sol.Alの含有量は、0.010〜0.050質量%であることが好ましい。
【0021】
N:0.010質量%以下
Nは、鋼の硬度や引張強度を向上させる成分であり、AlNやTiNを形成することによってオーステナイト粒の微細化を図り、耐衝撃性や疲労特性を向上させる効果がある。このような効果は、N含有量が0.001質量%以上である場合に得られる。しかし、N含有量が0.010質量%を超えると、成形加工時の材料強度の増大に繋がり、成形性を劣化させる。また、AlN、TiNによる固着能力を超えてNが残留すると、BNが生成して焼入れ性の向上効果を阻害するため、N含有量の上限は0.010質量%である必要がある。上記の効果を安定して得るためには、Nの含有量は、0.001〜0.005質量%であることが好ましい。
【0022】
B:0.0010〜0.0070質量%
Bは、ごく微量の添加で電縫鋼管の焼入れ性を大幅に向上させる成分である。また、Bは、粒界の歪みエネルギーを低下させることによって粒界を強化する効果を有する。このような効果を安定して得るためには、B含有量の下限を0.0010質量%とする必要がある。しかし、0.0070質量%を超えてBを配合しても、その効果が飽和し、逆に靭性を劣化させる原因となる。上記の効果をより一層安定して得るためには、Bの含有量は、0.0020〜0.0050質量%であることが好ましい。
【0023】
本発明の中空スタビライザーの製造方法では、上記の組成を有する熱延鋼板を材料として用いるが、熱延鋼板の製造工程における仕上圧延での最終パス温度(仕上温度)が熱延鋼板や、それを材料とする電縫鋼管及び中空スタビライザーの特性に多大な影響を及ぼす。よって、本発明の効果を得るためには、上記の組成を有するスラブを、800〜900℃の仕上温度で仕上圧延して熱延鋼板を得る必要がある。仕上温度が800℃未満であると、熱間変形抵抗が増大し、圧延機に掛かる負荷が増大すると共に生産性が低下する。また、仕上温度が低すぎる場合には、金属組織の微細化や加工歪の蓄積によって熱延鋼板の強度が高くなり、造管することが困難となる。一方、仕上温度が900℃を超えると、板厚表層のフェライト脱炭が深くなる。その結果、焼入れ後に、所望の表面硬さを有する中空スタビライザーが得られなかったり、電縫鋼管の内外表面にフェライトが存在することとなって、中空スタビライザーの疲労特性も低下する。本発明の効果をより一層安定して得るためには、仕上温度の上限は880℃であることが好ましい。
【0024】
次に、熱延鋼板は、コイル状に巻取られる。かかる巻取工程における巻取温度も、熱延鋼板や、それを材料とする電縫鋼管及び中空スタビライザーの特性に多大な影響を及ぼす。特に、熱延鋼板及び電縫鋼管の加工性を確保しつつ、表面脱炭を最小限に抑える観点から、熱延鋼板を550〜680℃、好ましくは600〜650℃の巻取温度で巻取る必要がある。巻取温度が550℃未満であると、熱延鋼板の加工性が低下して造管が難しくなったり、造管可能であっても中空スタビライザーに電縫鋼管を成形加工することができない。一方、巻取温度が680℃を超えると、巻取後の冷却中に表面脱炭が深くなるため、焼入れ後の表面硬さが不足し、疲労特性に優れた中空スタビライザーを得ることができない。
【0025】
次に、巻取った熱延鋼板は、公知の手段を用いて電縫溶接される。具体的には、熱延鋼板を酸洗した後、所定の幅に熱延鋼板をスリットし、ロール成形及び高周波加熱によって端面を溶接して水冷する。このようにして得られた電縫鋼管の外面及び内面の溶接部では、溶融金属(これを「溶接ビード」という)が隆起するため、この隆起したビードを必要により除去する。なお、通常は、除去操作が容易な外面の隆起した溶接ビードのみを切削等によって除去する。次に、溶接ビード部は、急冷凝固組織であり、硬く且つ脆い性質を有するため、溶接ビード部のみをAc変態点以下の温度で焼戻すことにより、溶接ビード部の靭性を回復させる。焼戻し温度がAc変態点を超えると、オーステナイト化するため、その後の冷却によって焼入れされた状態となり、所望の靭性が得られない。一方、焼戻し温度の下限は、熱延鋼板の種類にあわせて適宜設定すればよいが、生産性等を考慮すれば、(Ac変態点−100℃)であることが好ましく、(Ac変態点−70℃)であることがより好ましい。
溶接ビード部の加熱方法としては、特に限定されることはなく、高周波加熱等の公知の方法を用いることができる。
このようにして製造された電縫鋼管は、必要に応じ、形状を修正して直管度を高めたり、所定の長さに切断される。
【0026】
次に、電縫鋼管は、所望の形状の中空スタビライザーを得るために、必要な長さに切断され、必要な箇所に曲げ加工等を施すことによって中空スタビライザーに成形加工される。加工方法としては、特に限定されることはなく、回転引き曲げ法等の公知の方法を用いることができる。
成形加工後、疲労強度を向上させるために、中空スタビライザーに焼入れ及び焼戻しが順次行われる。焼入れ及び焼戻しでは、金属組織をマルテンサイトに変態させることにより、中空スタビライザーに圧縮応力を付与して疲労特性を向上させる。特に、マルテンサイト変態に伴う圧縮応力を内面側の溶接ビード部に付与することで、ショットピーニング等では困難な内面側からの疲労特性の向上が可能となる。この疲労特性の向上を達成するためには、マルテンサイトが80%以上、残部がベイナイトの金属組織とする必要がある。
【0027】
焼入れにおける加熱方法は、特に限定されることはなく、通電加熱方法や高周波加熱方法等の公知の方法を用いることができる。
焼入れでは、中空スタビライザーの金属組織をオーステナイト化させ、金属組織中にフェライト組織や炭化物の残留がないようにするために、Ac変態点以上の温度に加熱する必要がある。ただし、この温度域で長時間均熱を行った場合、オーステナイト粒が異常成長し、疲労特性が著しく低下する場合があることに注意すべきである。よって、焼入れ温度を(Ac変態点+50℃)とし、セメンタイトを分解させて均一なオーステナイトを形成させるために、少なくとも10秒以上均熱することが好ましい。また、熱処理コスト低減の観点からも均熱時間を比較的短い時間とすることが望ましいので、均熱時間は1分以内とすることが好ましい。
焼入れでは、マルテンサイトが80%以上、残部がベイナイトの金属組織とするために、中空スタビライザーの内面の平均冷却速度を50℃/秒以上、好ましくは100℃/秒以上とする必要がある。ここで、平均冷却速度とは、焼入れ温度からMs点(マルテンサイト変態開始点)までの平均冷却速度を意味する。一方、平均冷却速度の上限は、特に限定されることはないが、歪発生を防止する観点から、好ましくは200℃/秒、より好ましくは160℃/秒である。なお、平均冷却速度の制御は、冷却剤の温度を適正に管理することにより、容易に行うことができる。
【0028】
焼戻しにおける加熱方法は、全体が均一な温度に保持できる加熱方法であれば特に限定されることはなく、公知の方法を用いて行うことができる。
焼戻しは、400℃以下の温度で行う必要があり、この焼戻しによって焼戻しマルテンサイトが80%以上の金属組織が得られる。焼戻し温度が400℃を超えると、中空スタビライザーの内面側に付与されていた残留圧縮応力が開放されてしまい、中空スタビライザーの内面側からの疲労特性の向上が図れない。一方、焼戻し温度の下限は、特に限定されることはないが、200℃であることが好ましい。焼戻し時間も、焼戻し温度や鋼組成等にあわせて適宜設定すればよく、特に限定されることはないが、一般に30〜120分である。なお、焼戻しにおける冷却については特に限定されることはない。
【0029】
このようにして焼入れ及び焼戻しされた中空スタビライザーは、優れた疲労強度を示す。
なお、中空スタビライザーの疲労特性をより一層向上させるために、焼入れ及び焼戻しの後、ショットピーニング等による圧縮残留応力を中空スタビライザーの外面に付与してもよい。その後、必要に応じて塗装処理を施すこともできる。
【実施例】
【0030】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、これらによって本発明が限定されるものではない。
[実施例1]
表1の化学組成(ただし、残部は、Fe及び不可避的不純物からなる)をもつ各鋼を転炉で出鋼し、連続鋳造法で熱延用スラブを得た。なお、鋼A〜Lは、Ac変態点の温度が735〜760℃の範囲の鋼である。
【0031】
【表1】

【0032】
次に、各熱延用スラブを表2の各仕上温度で仕上圧延した後、表2の各巻取温度で巻取って熱延鋼板を得た。この巻取った熱延鋼板を酸洗してスリットし、高周波溶接方法にて電縫溶接した後、鋼管の外面側の溶接ビード部のみビードカットを行い、水冷し、続いて溶接ビード部のみを680℃又は750℃にて1分以内、焼戻しすることにより電縫鋼管を得た。ここで、溶接ビード部の焼戻し温度である680℃は、鋼A〜Lに対して(Ac変態点−55℃)〜(Ac変態点−80℃)の範囲である。一方、溶接ビード部の焼戻し温度である750℃は、鋼B及び鋼DのAc変態点がそれぞれ735℃及び740℃であることから、これらの鋼に対してはいずれもAc変態点以上である。このようにして得られた電縫鋼管は、鋼管外径が30mm、鋼管肉厚が6mmであった。
この電縫鋼管について加工性の評価を行った。加工性の評価は、JIS G 3472に規定されるへん平試験に準拠して行った。この時、ビード部は圧縮方向に対して直角とした。この評価において、溶接ビード部分での加工量を鋼管外径Dの2/3とした場合に、割れがなかったものを○とし、割れが発生したもの、又は造管できなかったものを×として表す。
【0033】
次に、上記加工性の評価において、評価が○であった電縫鋼管から長さ600mmの短管を切り出し、焼入れ及び焼戻しを行った。ここで、焼入れは、大気中での通電加熱により行い、焼入れ温度を900℃、焼入れ時間を10分間とした。また、焼入れにおける冷却は、冷却剤に投入することにより行い、電縫鋼管内面における平均冷却速度は、およそ80℃/秒であった。なお、この冷却は、冷却剤への投入による冷却であるため、外面からのみの冷却である。また、電縫鋼管内面における平均冷却速度は、焼入れ前に保護管付き熱電対を電縫鋼管内面の管端から100mmの位置に溶着させておき、その熱電対による温度変化の測定値から算出した。焼戻しは、焼戻し温度を300℃、焼戻し時間を30分として行った。
この焼入れ焼戻し後の電縫鋼管について、溶接ビード部の表面硬さを、ビッカース硬さ試験機を用い、試験荷重を196Nとして評価した。この評価において、ビッカース硬さが380Hv以上のものを○、380Hv未満のものを×として表す。
上記電縫鋼管の加工性及び焼入れ焼戻し後の表面硬さの結果を表2に示す。
【0034】
【表2】

【0035】
表2に示されているように、本発明例No.1、3、4、6〜8、11、12、14及び18〜21は、電縫鋼管の加工性及び焼入れ焼戻し後の表面硬さが高かった。
一方、仕上温度や巻取温度が本発明で特定した範囲よりも低い比較例No.2、10及び17は、得られた熱延鋼板が高強度であったため、電縫鋼管の加工性を十分に確保することができなかった。また、仕上温度や巻取温度が本発明で特定した範囲よりも高い比較例No.5、15及び16は、得られた熱延鋼板が比較例No.2、10及び17に比べて軟質であり、電縫鋼管の加工性が良好であったものの、表面の脱炭が深く、焼入れ焼戻し後の表面硬さが低かった。さらに、溶接ビード部の焼戻し温度が本発明で特定した範囲よりも高い比較例No.9及び13でも、電縫鋼管の加工性を十分に確保することができなかった。
また、鋼の化学組成が本発明で特定した範囲外の比較例のうち、No.22(Cの含有量が少ないもの)、23(Mnの含有量が少ないもの)、及び24(Crの含有量が少なくTi及びBが添加されていないもの)は、電縫鋼管の加工性は良好であったものの、焼入れ焼戻し後の表面硬さが低かった。また、No.25(Cの含有量が多いもの)、26(Mnの含有量が多いもの)、及び27(Siの含有量が多いもの)は、得られた熱延鋼板が高強度で加工性が低すぎたため、電縫鋼管の製造中に板破断が発生して、電縫鋼管が得られなかった
上記の結果からわかるように、電縫鋼管の加工性及び焼入れ焼戻し後の表面硬さが良好なものを得るためには、仕上温度、巻取温度、溶接ビード部の焼戻し温度及び鋼の化学組成が本発明の範囲内であることが必要である。
【0036】
[実施例2]
実施例1と同様にして、A〜Iの熱延用スラブを得た後、各熱延用スラブを表3の各仕上温度で仕上圧延し、表3の各巻取温度で巻取って熱延鋼板を得た。この巻取った熱延鋼板を酸洗してスリットし、高周波溶接方法にて電縫溶接した後、鋼管の外面側の溶接ビード部でビードカットを行い、溶接ビード部のみを表3の各焼戻し温度にて焼戻しすることにより電縫鋼管を作製した。このようにして得られた電縫鋼管は、鋼管外径が30mm、鋼管肉厚が6mmであった。
次に、得られた各電縫鋼管から長さ600mmの短管を切り出し、焼入れ及び焼戻しを行った。ここで、焼入れは、大気中での通電加熱により行い、焼入れ温度を900℃、焼入れ加熱時間を1分間とした。また、焼入れにおける冷却は、冷却剤に投入することにより行い、電縫鋼管内面における平均冷却速度が表3の各平均冷却速度となるようにし、電縫鋼管の外面からのみ冷却した。ここで、平均冷却速度は、冷却剤として水、油、ポリマーを用いたり、冷却剤の攪拌の程度を変えることによって変化させた。なお、各平均冷却速度の測定方法は、実施例1と同様である。焼戻しは、表3の各焼戻し温度で、焼戻し時間を30分として行った。
【0037】
【表3】

【0038】
上記のようにして得られた焼入れ焼戻し後の電縫鋼管について、溶接ビード部の表面硬さ、金属組織、及び疲労試験の評価を行った。なお、この実施例では、直管状中空スタビライザーを想定し、曲げ加工は省略した。
溶接ビード部の表面硬さは、ビッカース硬さ試験機を用い、試験荷重を196Nとして評価した。
金属組織は、溶接ビード部を研磨して鏡面仕上げし、濃度5%のナイタル液でエッチングした後、当該溶接ビード部を光学顕微鏡で観察することによって評価した。また、この観察において、溶接ビード部の表面でのマルテンサイトの面積率を求めた。なお、この評価は、溶接ビード部での結果であるが、電縫鋼管全体における金属組織及びマルテンサイトの割合と推定した。
疲労試験は、電縫鋼管の表面に700MPaの応力を負荷し、繰返し速度を10Hzとして評価した。この評価では、繰返し回数50,000回までの疲労試験を実施し、溶接部分での破壊の有無を観察した。
上記の評価結果を表4に示す。
【0039】
【表4】

【0040】
表4に示されるように、本発明例No.31、33、34、36〜40、42、48〜51、53及び54は、溶接ビード部の表面硬さが高いと共に、マルテンサイトが80%以上の金属組織を有していた。また、これらの本発明例は、繰返し回数50,000回の疲労試験でも破壊が生じず、中空スタビライザーとして用いるのに十分な疲労特性を有していた。
一方、焼入れ時の電縫鋼管内面における平均冷却速度が本発明で特定した値(50℃/秒)よりも低い比較例No.32、45〜47及び52では、フェライトとパーライト、金属組織が80%未満のマルテンサイトとベイナイトとフェライト、又はフェライトとパーライトとベイナイトの混合組織であるため、鋼管内面での表面硬さが低く、中空スタビライザーとして用いるのに十分な疲労特性が得られなかった。
また、電縫鋼管の焼戻し温度が本発明で特定した値(400℃)よりも高い比較例No.35、41、43及び44でも、溶接ビード部の表面硬さが低く、中空スタビライザーとして用いるのに十分な疲労特性が得られなかった。
さらに、鋼の化学組成が本発明で特定した範囲外である比較例No.55〜58では、焼入れ性が低いため、マルテンサイトが少ない金属組織が形成された。そのため、鋼管内面での表面硬さが低くなり、中空スタビライザーとして用いるのに十分な疲労特性が得られなかった。
【0041】
以上の結果からわかるように、本発明の中空スタビライザーの製造方法は、製造コストを抑えつつ高い生産性及び加工性で製造することができると共に、疲労特性に優れた中空スタビライザーを与えることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.15〜0.40質量%、Si:0.30質量%以下、Mn:0.3〜2.0質量%、P:0.030質量%以下、S:0.010質量%以下、Cr:0.2〜0.8質量%、Ti:0.005〜0.1質量%、sol.Al:0.005〜0.10質量%、N:0.010質量%以下、B:0.0010〜0.0070質量%を含み、残部がFe及び不可避不純物からなる組成を有するスラブを、800〜900℃の仕上温度で仕上圧延した後、550〜680℃の巻取温度で巻取って熱延鋼板を得る熱延工程と、
前記巻取った熱延鋼板を電縫溶接した後、溶接ビード部のみをAc変態点以下の温度で焼戻して電縫鋼管を得る工程と、
前記電縫鋼管を中空スタビライザーに成形加工した後、前記中空スタビライザーの内面の平均冷却速度を50℃/秒以上として焼入れし、次いで400℃以下の温度で焼戻す工程と
を順次行うことを特徴とする中空スタビライザーの製造方法。

【公開番号】特開2009−235499(P2009−235499A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−83743(P2008−83743)
【出願日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】