説明

乳酸の製造方法及び乳酸発酵用添加剤

【課題】廃糖蜜の利用を回避又は抑制して、工業用原料としてより実用性の高い乳酸発酵技術を提供する。
【解決手段】炭素源と、1000Da以下の画分が98%以上である分子量分布を有する大豆ペプチド素材とを含有し、400nmにおける吸光度が0.1以下の培地を用いて、乳酸生産微生物を培養して乳酸発酵する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳酸の発酵生産に関し、特に、廃糖蜜を用いた乳酸発酵に代わる新たな乳酸発酵に用いる添加剤の提供と該添加剤を用いた乳酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本出願人らは、植物由来プラスチックの一つであるポリ乳酸の原料である乳酸を、発酵により低コストで製造するために、既に、アルコール発酵能の高いワイン酵母にL-乳酸脱水素酵素遺伝子を導入して高効率でL-乳酸を生産する遺伝子組換え酵母の開発に成功している(特許文献1)。
【0003】
一般に、工業的なスケールでの発酵においては、培地中に、ビタミンやミネラルなどの栄養源を添加して発酵効率を高めている。アルコール発酵においては、廃糖蜜が用いられている。廃糖蜜は、製糖時の副産物であって、ビタミン、ミネラルなど糖分以外の成分を含んだ黒褐色の粘ちょうな液体である。したがって、優れた発酵用の培地添加剤である。
【0004】
一方、酵母を用いたアルコール発酵では、添加剤として脱脂大豆由来の大豆ペプチド素材を使用することが開示されている(特許文献2)。
【0005】
さらに、大豆ペプチド素材を培地に添加することで酵母の冷凍ストレス耐性が向上することを記した報告もある(非特許文献1)。
【0006】
【特許文献1】特開2003-164295号公報
【特許文献2】特開2006-238877号公報
【非特許文献1】Izawa et al., Appl. Microbiol. Biotechnol. Vol.75(2007), p533-537
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
廃糖蜜は、糖分以外の成分に富む優れた発酵用の培地添加剤であることから、乳酸発酵についても同様に培地添加剤として用いることができる。しかしながら、本発明者らによれば、廃糖蜜は黒褐色状の液体であるため、高い乳酸生産量を得るために廃糖蜜の含有量を高めると、発酵液が着色しあるいは余分な成分を含むことになり、ポリ乳酸の品質が低下するおそれがあることがわかった。このため、乳酸発酵において廃糖蜜を培地用添加剤として用いる場合、廃糖蜜に由来する着色成分を除去するために電気透析や脱色などの追加の精製プロセスが必要となることがわかった。このようなプロセスの追加は、ポリ乳酸を効率的に製造するにあたっては、大きなボトルネックとなってしまう。また、廃糖蜜使用量の増大は、乳酸生産コストに大きく影響することにもなる。
【0008】
すなわち、乳酸発酵においては、廃糖蜜は栄養的には優れるがプロセスやコストの観点を考慮すると必ずしも好ましくないことがわかった。したがって、廃糖蜜の使用を回避又は抑制して糖質原料としてグルコースやスクロースなどのような汎用の原料を主体とした培地であっても効率的に乳酸を生産できることが要請される。
【0009】
また、大豆ペプチド素材は、ビール様飲料などの各種発酵食品の添加剤として使用されているものの、食品の性質上、得られる食品の特性向上(風味など)の上昇のために用いられている。大豆ペプチドを貧栄養培地に用いる場合に発酵促進に影響があるかについては、全く検討されていなかった。
【0010】
さらに、非特許文献1は、大豆ペプチド素材によりパン酵母の冷凍ストレスに特化した知見を開示するに留まり、発酵能や乳酸発酵に関してはなんら言及していない。
【0011】
以上説明したように、現状において、工業用原料としての乳酸を得るための工業的な乳酸発酵に適した培地や培地添加剤及び乳酸製造方法は未だ提供されていない。
【0012】
そこで、本発明は、こうした状況に鑑み、廃糖蜜の利用を回避又は抑制して、工業用原料としてより実用性の高い乳酸発酵技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、大豆ペプチド素材について種々検討したところ、特定の大豆ペプチド素材につき、優れた乳酸発酵促進効果があることがわかった。すなわち、グルコースやスクロースなどの糖のみからなる培地に対して本発明らによる所定の大豆ペプチド素材の画分を含有する添加剤を加えることで高い乳酸生産性を実現できることがわかった。また、こうして得られる発酵液は、透明度も高く、特別な精製プロセスを簡素化又は省略できることもわかった。本発明者らは、こうした知見に基づき本発明を完成した。すなわち、本発明によれば以下の手段が提供される。
【0014】
本発明によれば、乳酸の製造方法であって、炭素源と、1000Da以下の画分が98%以上である分子量分布を有する大豆ペプチド素材とを含有し、400nmにおける吸光度が0.1以下である培地を用いて、乳酸生産微生物を培養して乳酸発酵する工程、を備える、製造方法が提供される。
【0015】
本発明においては、ペプチドとは、アミノ酸が2個以上結合100個以下したものを意味する。また、大豆ペプチド素材とは、分離大豆タンパクや、脱脂豆乳等の大豆タンパク素材の加水分解物であって、大豆由来のペプチドを含有し、分解の程度や画分によっては大豆由来の遊離アミノ酸を含有している。
【0016】
本発明の乳酸製造方法においては、前記培地が、前記培地は、前記大豆ペプチド素材を0.01wt/vol%以上1.0wt/vol%以下含有するものであってもよい。また、前記大豆ペプチド素材は、前記分子量分布において500Da以下の画分が96%以上であってもよい。また、前記大豆ペプチド素材は、遊離アミノ酸を18質量%以上含むものであってもよい。さらに、前記乳酸生産微生物は、遺伝子組換え乳酸生産酵母であってもよく、サッカロマイセス属酵母であってもよい。
【0017】
本発明によれば、1000Da以下の画分が98%以上である分子量分布を有する大豆ペプチド素材を含有する、工業原料用の乳酸製造のための乳酸発酵用の培地添加剤が提供される。本発明の培地添加剤においては、前記大豆ペプチド素材は、前記分子量分布において500Da以下の画分が95%以上であってもよく、遊離アミノ酸を18質量%以上含むものであってもよい。さらに、本発明の培地添加剤は、脱脂大豆の水可溶性成分のプロテアーゼ処理によって得られるものであってもよい。また、本発明の培地添加剤は、ポリ乳酸製造用であってもよい。
【0018】
本発明によれば、工業原料用の乳酸製造のための乳酸発酵用培地添加剤の製造方法であって、脱脂大豆から水可溶性成分を回収する工程と、前記水可溶性成分をプロテアーゼ処理して、1000Da以下の画分が98%以上である分子量分布の大豆ペプチド素材を前記乳酸発酵用培地添加剤の少なくとも一部として得る工程と、を備える、製造方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明は、乳酸の製造方法、乳酸発酵用培地添加剤及びその製造方法に関する。本発明によれば、所定の分子量分布を有する大豆ペプチド素材を用いることで、廃糖蜜等の使用を抑制又は回避した色度を規制した培地であっても乳酸発酵を促進でき、乳酸生産量を高めることができる。また、本発明によれば、色度が抑制された発酵液を得ることができるため、発酵液について追加の精製プロセスを要請するものでもない。したがって、本発明によれば着色成分の混入を抑制又は回避して乳酸を効率良く製造することができ、ポリ乳酸原料など工業用原料としての乳酸の製造に適した乳酸発酵技術を提供することができる。
【0020】
なお、本明細書において、「廃糖蜜」とは、製糖時の副産物であって、ビタミン、ミネラルなど糖分以外の成分を含んだ褐色〜黒褐色の粘ちょうな液体である。また、「廃糖蜜」は、原料糖由来の糖分を含んでいてもよい。なお、これに対して「糖蜜」とは、原料糖から糖分以外の廃糖蜜を分離して得られる液体をいう。
【0021】
以下、本発明の各種実施形態につき、乳酸発酵用培地添加剤及びその製造方法についてまず説明し、次いで、乳酸製造方法について詳細に説明する。
【0022】
(乳酸発酵用培地添加剤及びその製造方法)
本発明の乳酸発酵用添加剤は、所定の大豆ペプチド素材を含有することができる。以下、まず、本発明の乳酸発酵添加剤の得るのに好ましい製造方法について説明し、次いで乳酸発酵用の培地添加剤について説明する。
【0023】
(乳酸発酵用添加剤の製造方法)
本発明の乳酸発酵用添加剤の製造方法は、分離大豆タンパクや、脱脂豆乳等の大豆タンパク素材から水可溶性成分を回収する工程と、前記水可溶性成分をプロテアーゼ処理して、所定の大豆ペプチド素材を前記培地添加剤の少なくとも一部として得る工程と、を備えることができる。
【0024】
(水可溶性成分の回収工程)
(大豆タンパク素材)
本発明で大豆タンパク素材の原料として使用される大豆は、原産地、種類、育種方法、遺伝子操作の有無、発芽処理や発酵処理の有無、成分組成などを問わない。種類は、例えば黄大豆、白大豆、緑大豆、黒大豆などのいずれでも使用が可能である。また育種や遺伝子組み換え技術によりリポキシゲナーゼなどの特定の酵素が欠損した大豆や、イソフラボン、サポニン、GABA、大豆β−コングリシニン、大豆グリシニン、大豆脂質会合蛋白などの特定の成分が富化された大豆も使用できる。
【0025】
本発明で使用される大豆タンパク素材は、分離大豆タンパクや脱脂豆乳であるが、これらは、脱脂大豆を経て得られる。脱脂大豆は、全脂大豆から圧搾抽出や溶媒抽出により脂質を除去したものであり、ヘキサンで脱脂した場合の脂質含量は通常2重量%以下である。脱脂に際しては、全脂大豆中のオイルボディを壊さなければ脂質が除去されにくいため、通常は圧篇などの物理的処理によりフレーク状とし、細胞をある程度破壊した状態に加工される。なお、脱脂大豆は風味を改善するため水蒸気や乾熱による加熱処理、アルコール洗浄処理、酸洗浄処理が施され、NSIが70%以下に低下したものであっても本発明の製造法によれば十分高収率で蛋白質を抽出できるが、70以上の低変性脱脂大豆を使用する方がより好ましく、80以上がさらに好ましい。
【0026】
脱脂大豆から水可溶性成分を回収するにあたって、脱脂大豆から抽出した後、固液分離により水可溶性成分を回収することが好ましい。脱脂大豆からの抽出は例えば以下のようにして行うことができる。脱脂大豆に対して添加する水の量は5〜10倍量が好ましく、6〜8倍量がさらに好ましい。添加する水の温度は特に限定されないが、50℃以上の温水であることが好ましい。より好ましくは60℃以上であり、最も好ましくは70℃以上75℃以下である。さらに、抽出時間は特に限定されないが、30分から2時間程度とすることができるが、好ましくは1時間程度である。なお、上記温水にて抽出する場合には、脱脂大豆に温水を供給した脱脂大豆分散液を、50℃以上、好ましくは、60℃以上、より好ましくは、70℃以上75℃以下に保持するようにする。こうすることで乳酸発酵の促進に有用な水可溶性成分が効果的に抽出されるとともに、安定した組成の大豆ペプチド素材を得ることができるからである。
【0027】
吸水させた脱脂大豆を含む分散液を固液分離するには、遠心分離、ろ過、プレス等の通常の固液分離手段を用いることができる。固液分離によって得られる液体画分を水可溶性成分として用いることができる。
【0028】
なお、後段のプロテアーゼ処理工程に先立って、水可溶性成分を予め熱処理しておくことが好ましい。こうすることでプロテアーゼによる分解物の組成をより均質化することができる。熱処理条件は特に限定しないが、加圧下での熱処理が好ましい。例えば、蒸気直接導入型殺菌機などを用いた加圧下で120℃〜140℃近傍にまで加熱し、一定時間(典型的には、数秒〜1分程度)保持しすることができる。なお、熱処理後には、その後積極的に冷却してもよい。プロテアーゼ処理を考慮すると、冷却到達温度は、後段のプロテアーゼ処理工程で用いるプロテアーゼの作用温度近傍とすることが好ましい。
【0029】
(プロテアーゼ処理工程)
プロテアーゼ処理工程は、前記水可溶性成分をプロテアーゼ処理して、所定の特性の大豆ペプチド素材を前記培地添加剤の少なくとも一部として得る工程である。用いるプロテアーゼは特に限定されないで、商業的に入手可能な各種プロテアーゼを適宜使用できる。プロテアーゼには、大別してエキソ型プロテアーゼとエンド型プロテアーゼとがあるが、好ましくは、エンド型プロテアーゼ及びエキソ型プロテアーゼの双方を用いる。これら双方を用いることで、分子量分布と遊離アミノ酸含有量の双方を調節できる。
【0030】
本発明で使用することができるエンド型プロテアーゼとしては、特に制限されず動植物由来、微生物由来のエンド型プロテアーゼが挙げられる。例えば、細菌由来、麹菌由来、放線菌由来の各プロテアーゼ、植物由来のパパイン、ブロメライン、動物由来のトリプシン、ペプシン、カテプシン類などを挙げることができる。具体的には、例えば、プロテアーゼN(アマノエンザイム社製)、アルカラーゼ、ニュートラーゼ(以上、ノボノルディスクバイオインダストリー社製)、オリエンターゼ10NL(エイチビィアイ社製)、サーモライシン(大和化成製)などの細菌由来のプロテアーゼ;スミチームFP(新日本化学工業社製、エキソ型プロテアーゼも含む(両型である))、オリエンターゼONS(エイチビィアイ社製)、プロテアーゼM(アマノエンザイム社製)などの麹菌由来のプロテアーゼ;アクチナーゼAS(科研ファルマ社製)などの放線菌由来のプロテアーゼ;パパインW−40(アマノエンザイム社製)、ブロメライン(日本バイオコン社製)などの植物由来のプロテアーゼ;トリプシンPTN(ノボノルディスクバイオインダストリー社製)、ペプシン(日本バイオコン社製)などの動物由来のプロテアーゼ;イカ肝臓由来カテプシンDなどのカテプシン類を挙げることができる。
【0031】
本発明で使用することができるエキソ型プロテアーゼとしては、特に制限されず動植物由来、微生物由来のエキソ型プロテアーゼが挙げられる。例えば、麹菌由来の酸性カルボキシペプチダーゼ、酵母由来の酸性カルボキシペプチダーゼ、イカ肝臓由来のカルボキシペプチダーゼ、小麦由来のカルボキシペプチダーゼ、および麹菌由来のアミノペプチダーゼ、細菌由来のアミノペプチダーゼ、マイタケ由来のアミノペプチダーゼなどを挙げることができる。具体的には、例えば、カルボキシペプチダーゼP(シグマアルドリッチ社製)、スミチームFLPA(新日本化学工業社製)、プロテアーゼM(アマノエンザイム社製)などの麹菌由来の酸性カルボキシペプチダーゼ;カルボキシペプチダーゼY(シグマアルドリッチ社製)などの酵母由来の酸性カルボキシペプチダーゼ;イカ肝臓カルボキシペプチダーゼなどの動物由来の酸性カルボキシペプチダーゼ;カルボキシペプチダーゼW(ぺんてる社製)、マイタケ由来アミノペプチダーゼなどの植物由来の酸性ペプチダーゼ;サカナーゼ(科研ファルマ社製)などの麹菌由来のアミノペプチダーゼ;アクセラーゼ(萬有通商社製)などの細菌由来のアミノペプチダーゼなどを例示することができる。
【0032】
プロテアーゼ処理工程の条件は、得ようとする大豆ペプチド素材の特性や、用いるプロテアーゼの至適pHや至適温度等の特性によって適宜設定される。至適pHや至適温度が異なる複数種類のプロテアーゼを用いる場合、プロテアーゼ処理工程は、pH及び/又は温度等の異なる複数のプロテアーゼ処理段階を備えることになる。通常、例えば、pH2.5〜9.5、20〜70℃温度範囲で、全体で0.5〜24時間処理する方法を例示することができる。なお、使用するプロテアーゼは、1種類であっても2種類以上を組み合わせて用いてもよい。好ましくは2種類以上のプロテアーゼを用いる。2種類以上のプロテアーゼを用いることで、単一プロテアーゼを用いる場合に比べて分解物の分子量が特定の範囲に集中し、シャープな分子量分布となる傾向があるからである。例えば、上記したように、上記アルカラーゼ及びスミチームFPなど異種分解型(エンド型及びエキソ型)に加えて、異種生物起源及及び作用条件のいずれかあるいは双方が異なるプロテアーゼを用いることが好ましい。
【0033】
後述するように、プロテアーゼ処理時間を調整することでプロテアーゼ処理物の分子量分布を調節することができる。例えば、エキソ型プロテアーゼによる処理時間を延長することで、1000Da以下の低分子量画分を増大させやすくなる。特に、500Da超1000Da以下を減少させて、500Da以下の画分や遊離アミノ酸含量を増大することができる。
【0034】
プロテアーゼ処理工程は、エンド型プロテアーゼ処理ステップ後に、エキソ型プロテアーゼで処理することが好ましい。エキソ型プロテアーゼ処理ステップは、エキソ型プロテアーゼ及びエンド型プロテアーゼの双方による処理であってもよい。こうした順でプロテアーゼ処理を実施することで、所望の分子量分布と遊離アミノ酸含有量の大豆ペプチド素材を得られやすくなる。なお、プロテアーゼの使用量は、力価などにより一概には言えないが、例えば、脱脂大豆(固形分)の質量に対して0.01〜〜100%の質量の範囲の酵素剤を例示することができる。
【0035】
(ゲルろ過クロマトグラフィーによる分子量分布)
プロテアーゼ処理工程は、ゲルろ過クロマトグラフィーにおいて、プロテアーゼ処理によって得られる大豆ペプチド素材が、以下の指標のいずれかあるいは双方を充足するように実施する。
(a)1000Da以下の画分が98%以上である分子量分布を有する
(b)500Da以下の画分が96%以上である分子量分布を有する
【0036】
大豆ペプチド素材が、上記(a)の指標を充足するとき、乳酸発酵に適した添加剤を得ることができる。また、大豆ペプチド素材が上記(b)の指標を充足するとき、特に、発酵初期において高い乳酸生産量が得られる。
【0037】
ゲルろ過クロマトグラフィー条件は特に限定しないが、例えば、以下の方法によって分子量分布を得ることができる。ゲルろ過クロマトグラフィーは、好ましくはHPLCを用いる。典型的な測定条件を以下に示すが、以下の示す条件と同程度の精度及び正確性で分子量分布を測定できる条件を採用することもできる。
カラム:東ソー(株)製のカラムTSK gel G3000PWXL+TSK gel G2500PWXLを連結使用
溶離液:45%アセトニトリル+0.05%TFA
流速:0.3ml/min
検出:220nm
分子量マーカー:Albmin67000、Myoglobin18000、Cytochrome-C12270、Insulin5807、GlyGlyGlyGly246、GlyGlyGly189、Gly75を用いる。
【0038】
(遊離アミノ酸含量)
プロテアーゼ処理工程は、また、得られる大豆ペプチド素材が、(c)遊離アミノ酸を18質量%以上含む程度に実施することが好ましい。より好ましくは、遊離アミノ酸配列の酸が大豆ペプチド素材の質量の50%未満である。得られる大豆ペプチド素材が、この(c)の特性を充足するとき、乳酸生産微生物による乳酸生産を早期に促進することができる。なお、遊離アミノ酸含量は、HPLC等を用いた公知の方法を用いて測定することができる。
【0039】
プロテアーゼ処理工程は、上記のような分子量分布や遊離アミノ酸含量についての指標を得るのに必要なプロテアーゼ処理条件を予め設定した上で実施することが好ましい。例えば、アルカラーゼなどのエンド型プロテアーゼで処理(典型的には30分〜1時間程度)し、その後、スミチームFPなどのエンド型プロテアーゼ及びエキソ型プロテアーゼや、エキソ型プロテアーゼを用いて5時間〜30時間程度処理することにより、上記のような指標を充足するプロテアーゼ処理物、すなわち、大豆ペプチド素材を得ることができる。
【0040】
プロテアーゼ処理工程後は、酵素液を80℃〜90℃程度、またはそれ以上に加熱して酵素を失活させる。なお、同時に、殺菌を意図した温度及び時間とすることが好ましい。
【0041】
こうして得られる大豆ペプチド素材を含む酵素液は、必要に応じて固液分離を実施後、溶液画分をそのままで乳酸発酵用培地添加剤として使用することができるほか、スプレードライや凍結乾燥法等により乾燥して固体化(粉末化)して使用することができる。
【0042】
(乳酸発酵用培地添加剤)
本発明の乳酸発酵添加剤は、本発明の乳酸発酵用の培地添加剤の製造方法のプロテアーゼ処理工程において指標とした以下のいずれかの指標を充足する大豆ペプチド素材を含有している。すなわち、以下の条件のいずれかを有することができる。
(a)1000Da以下の画分が98%以上である分子量分布を有する
(b)500Da以下の画分が96%以上である分子量分布を有する
(c)遊離アミノ酸を18質量%以上含む
【0043】
したがって、糖質原料としてグルコースやスクロースをのみを用いた培地に添加することで乳酸発酵を促進する添加剤として用いることができ、結果として、廃糖蜜の使用を抑制又は回避することができる。さらに、得られるプロテアーゼ処理物は、特に廃糖蜜のようにカラメルなどの着色物質を含有していないため、培地に添加しても当該添加によって発酵液を着色するものではない。したがって、本発明の添加剤の添加によって、追加の精製プロセスを要するものでもない。このため、ポリ乳酸の原料としての乳酸発酵用に好ましく用いることができる。
【0044】
本発明の培地添加剤は、所定の特性の大豆ペプチド素材のほか、本発明の培地添加剤の作用を妨げない範囲で発酵において適宜添加されうる各種の成分を含んでいてもよい。
【0045】
(乳酸の製造方法)
本発明の乳酸の製造方法は、炭素源と、1000Da以下の画分が98%以上である分子量分布を有する大豆ペプチド素材と、を混合して得られる培地を用いて、乳酸生産微生物を培養して乳酸発酵する工程、を備えることができる。本発明の乳酸製造方法によれば、糖質原料として廃糖蜜の使用を抑制又は回避しても乳酸発酵を促進し高い乳酸生産量を得ることができるほか、廃糖蜜の使用に由来する追加の精製プロセスを回避できる。このため、ポリ乳酸の原料である乳酸の製造方法として好ましい。
【0046】
(乳酸発酵工程)
本発明の乳酸製造方法において用いる大豆ペプチド素材は、本発明の乳酸発酵用添加剤の大豆ペプチド素材の分子量分布及び/又は遊離アミノ含量についての指標を備えることが好ましい。
【0047】
培地における大豆ペプチド素材の添加量(含有量)は、特に限定しないが、好ましくは、培地において0.01%wt/vol%以上1.0%wt/vol%以下含有することが好ましい。この範囲であると、乳酸発酵を促進するとともに、色度が抑制された発酵液を得ることができる。より好ましくは0.1%wt/vol%以上0.5%wt/vol%以下である。
【0048】
本発明の乳酸製造方法において用いる培地の炭素源は、グルコース、フルクトース及びスクロースなどの単糖又は二糖を主成分とする糖質原料であってもよいし、デンプン質原料であってもよい。糖質原料としては、ケーン(サトウキビ)搾汁、ビート(テンサイ)の搾汁等が挙げられる。また、廃糖蜜も含まれる。また、デンプン質原料としては、コーン、ムギ、カンショ、バレイショなどが挙げられる。
【0049】
炭素源としては、好ましくは、グルコース、フルクトース及びスクロースから選択される1種又は2種以上を主成分(70質量%以上、好ましくは80質量%以上、さらに好ましくは90質量%以上、一層好ましくは95質量%以上)とする糖質原料を用いることが好ましい。培地には、炭素源以外にペプトンや酵母抽出物などが含まれた富栄養培地とすることもできるが、精製工程を省略ないし最大限簡略化するには、こうした添加剤を含まないことが好ましい。また、栄養源として廃糖蜜を実質的に含んでいないことが好ましい。換言すれば、糖の結晶化工程等において副生するカラメル物質などの着色物質を実質的に含まないことが好ましい。上記したように、本発明の乳酸製造方法は、廃糖蜜の使用を回避するとき、より高い効果を得ることができるからである。
【0050】
本発明の乳酸製造方法において用いる培地は、炭素源と上記大豆ペプチド素材とを混合して得られるものであればよい。したがって、炭素源と上記大豆ペプチド素材のみとを混合して得られるものであってもよいし、別途の他の成分が含まれていてもよい。また、その調製形態も問わない。予め炭素源と上記大豆ペプチド素材を配合した配合物を用時に適当な媒体に溶解又は懸濁して培地としてもよいし、媒体に別個に炭素源と上記大豆ペプチド素材を添加して調製したものであってもよい。
【0051】
また、炭素源と上記大豆ペプチド素材とを混合して得られるものであればよいことから、上記大豆ペプチド素材については、少なくとも、培地調製時において、所定の分子量分布及び/又は遊離アミノ酸含量を充足することが好ましいが、培地を一旦調製した後の任意の時点において、培地中における大豆ペプチド素材が上記所定の分子量分布及び/又は遊離アミノ酸含量を充足していることを要求するものではない。すなわち、培地中における大豆ペプチド素材の分子量分布や遊離アミノ酸含量の経時変化は許容される。なお、培地は、液体であっても固体であってもよいが、好ましくは液体である。
【0052】
最終的に得られる大豆ペプチド素材含有培地は、400nmにおける吸光度が0.1以下であることが好ましい。大豆ペプチド素材を培地添加材として用いることで前記吸光度が0.1以下の培地(例えば、貧栄養培地などが挙げられる。)であっても乳酸発酵促進効果を有する培地を容易に得ることができる。また、400nmにおける吸光度が0.1以下であれば、廃糖蜜含有培地に比較して著しく無色化されているため、着色成分の精製プロセスを相当程度簡素化することができ用途によっては省略することができる。より好ましくは当該吸光度は0.05以下である。吸光度が0.05以下であれば一層精製プロセスを簡略化できるかあるいは省略することができる。さらに好ましくは当該吸光度は0.02以下である。
【0053】
なお、以上のことから、本発明の他の一形態として、炭素源と上記所定の分子量分布及び/又は遊離アミノ酸含量を有する大豆ペプチド素材とを含有する、乳酸発酵培地用組成物が提供される。この乳酸発酵用培地組成物によれば、炭素源と上記大豆ペプチド素材を予め配合した粉末あるいは固形物とすることができる。必要時に適当な媒体に溶解することで乳酸発酵用培地を得ることができる。また、本発明の他の一形態として、炭素源と、上記所定の分子量分布及び/又は遊離アミノ酸含量を有する大豆ペプチド素材とを備える、乳酸発酵培地用キットも提供される。このキットの炭素源と大豆ペプチド素材と必要時に適当な媒体に溶解して乳酸発酵用培地を得ることができる。
【0054】
本発明の製造方法において用いる乳酸生産微生物は、特に限定しないが、好ましくは、遺伝子組換え乳酸生産酵母である。遺伝子組換え酵母としては、例えば、サッカロマイセス・セレビシエ等のサッカロマイセス属を宿主とする遺伝子組換え体、カンジダ・ソノレンシス等のカンジダ属.の遺伝子組換え体、クリュイベロマイセス・ラクチス、クリュイベロミセス・サーモトレランス及びクリュイベロマイセス・マルシアヌス等のクリュイベロミセス属の遺伝子組換え体が挙げられる。なかでも、工業的な発酵生産に都合のよい酵母に高い乳酸生産能を付与した遺伝子組換え酵母を好ましく用いることができる。高い乳酸生産能を有する遺伝子組換え酵母としては、ピルビン酸脱炭酸酵素(PDC)遺伝子(好ましくはPDC1遺伝子)プロモーターの制御下にウシ等の外来性の乳酸脱水酵素(LDH)遺伝子を備える遺伝子組換え酵母が好ましい。
【0055】
このように遺伝子組換えにより乳酸を生産する乳酸生産微生物は、特開2001−204468、特開2003−93060、特開2003−334092、特開2003−259878、特開2003−093060、特開2003−259878、特開2005−137306、特開2006−42719、特開2006−20602、特開2006−288318、特開2006−296377、特表2005−528106、特表2006−525025等において既に開示されている。また、D−乳酸又はL−乳酸を優勢的に産生する遺伝子組換え体である乳酸生産微生物としては、特表2005−528112、再表2004−104202、特開2005−187643、特開2007−074939において既に開示されている。
【0056】
乳酸発酵条件は、特に限定しない。本発明における培養方法としては、特に限定しないで、従来公知の培養方法を利用できる。例えば、回分培養、半回分培養、連続培養等のいずれかあるいはこれらを組み合わせて実施することができる。また、酸素供給方式や攪拌方式も、用いる乳酸生産微生物の種類に応じて選択することができる。サッカロマイセス・セレビシエなどの酵母の場合には、通常、振とう培養または通気攪拌培養等の好気条件下、25〜35℃程度とし、12〜80時間程度行うことができる。また、培養中は、必要に応じてアンピシリン、テトラサイクリンなどの抗生物質を培地に添加することができる。
【0057】
また、pHは、用いる乳酸生産微生物の耐酸性等によって異なるが、アルカリによる中和を伴う中和条件下の場合、pH4.0〜8.0程度に設定することができる。また、遊離の乳酸を取得可能な酸性条件又は非中和条件としては、pH1.0以上4.5以下の範囲で適宜設定することもできる。
【0058】
(発酵液分離工程)
培養工程後は、発酵液から乳酸生産微生物を除去することにより発酵液を分離する工程を実施することができる。本発明によれば、培地が400nm吸光度が制限されているため、最終的に得られる乳酸発酵液も着色程度が同等に維持されている。このため、その後の乳酸分離工程において、着色成分の分離を意図した精製工程を省略することができ、効率的に乳酸を得ることができる。乳酸生産微生物は、ろ過や遠心等など公知の固液分離法により除去される。
【0059】
さらに、微生物を分離後の発酵液から乳酸を分離する工程を実施することにより、乳酸を得ることができる。乳酸の分離にあたっては、乳酸の形態(遊離であるか塩であるか)に応じて適切な分離工程を実施することができる。
【0060】
以下、本発明を実施例を挙げて具体的に説明するが、以下の実施例は本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0061】
(大豆ペプチド素材の調製)
丸大豆を搾油した脱脂大豆を水に溶解した後、遠心分離し、上清溶液を得た。本上清溶液を加水分解酵素で処理し、得られた溶液を凍結乾燥装置にて乾燥させることで大豆ペプチド素材の粉末試料を調整した。具体的には、以下の操作を行った。
【0062】
まず、丸大豆を搾油した脱脂大豆10キロに70℃の温水を加水して70キロに調製後、60〜70℃で1時間保持し、その分散液を連続処理可能な連続遠心分離機(石川島播磨重工業製)を用い、可溶性成分と不溶性成分に分離した。この可溶性成分に8kg/cm圧の蒸気を吹き込んで142℃に昇温させ、その温度で7秒間保持した後、冷却水が通ったプレートで50℃まで冷却して得られた処理した液を酵素分解するスタート液とした。このスタート液30キロ(固形含量7%)を温度調整できる50リットルの容器に移し、50℃に保持した。このスタート液に40%水酸化ナトリウム溶液でpH7.0に調製してアルカラーゼ2.4L(ノボザイム)を21g添加(固形含量に対して1%添加)して30分酵素分解後、次に続けて粉末クエン酸を添加してpH5.3に調整後、スミチームFP(新日本化学工業株式会社)を63g添加(固形含量に対して3%添加)し、50℃で5時間酵素分解を行った。その後、この酵素分解液を85℃で30分間ホールドし、酵素失活および殺菌を行った後、この処理液を連続処理可能な高速遠心分離機(WESTFALIASEPARATOR製)に通液し、不溶物を除去後、得られた遠心後の澄明な液をスプレードライヤーにて粉末乾燥して大豆ペプチド(A44C)を調製した。
【実施例2】
【0063】
(富栄養培養液への大豆ペプチド添加効果の検討)
先に出願した乳酸生産酵母TC38株(特開2003-164295、特開2003-334092、特開2006-75133を参照。この乳酸生産酵母は、ウシ由来の乳酸脱水素酵素遺伝子をPDC1遺伝子のプロモーターの制御下に酵母染色体に導入し、宿主のGPD1遺伝子及びGPD2遺伝子を破壊した酵母IFO2260株である。)を用いて乳酸生産を行う場合において、培養液中に大豆ペプチド添加した効果を試験した。上記乳酸生産酵母を、YPD培養液5 mlの試験管に植菌し、30℃、18時間振盪培養して増殖させた菌体を初発菌体とした。100 ml容の三角フラスコに40 mlの培養液と中和剤として5% (wt./vol.) の炭酸カルシウム(和光純薬)を加え、これに体積比(PCV)にして0.3%になるよう上記初発菌体を植菌した。培養液は、10% (wt./vol.) のグルコース(和光純薬)を含有させたYPD培養液と、10%の糖濃度に調整した液糖糖蜜培地の2種類の培地をそれぞれ使用した。次に、これらの発酵用溶液に対し、上記実施例1にて調整した大豆ペプチド素材(A44C)を0.5 %(wt./vol.) 添加した場合と未添加の試料とを作製し、これらを振盪速度80 rpm、発酵温度30℃にて72時間、乳酸発酵させた。発酵開始から24時間毎に上清1 mlを採取し、溶液中のL-乳酸量を測定した。なお乳酸の測定には、バイオセンサBF-5(王子計測機器株式会社製)を利用し、詳細な測定方法については、付属の取扱説明書に従った。その結果を図1に示す。
【0064】
図1に示すように、富栄養培養液(YPD)であっても、本大豆ペプチド素材を加えることで、乳酸生産速度、および乳酸生産量が向上することが確認された。またYPD培養液と比較して栄養源が低い液糖糖蜜培地であっても、大豆ペプチド素材を添加することによって、高い乳酸発酵効果が確認された。本大豆ペプチド素材を利用することにより、比較的栄養源の乏しい培養液であっても、乳酸発酵を促進できることがわかった。
【実施例3】
【0065】
(貧栄養培養液への大豆ペプチド素材の添加効果および他の大豆ペプチドとの比較検討)
次に、本大豆ペプチド素材を貧栄養培地へ添加した際の効果と、他の大豆ペプチド素材との比較について検討を行った。実施例2と同じ条件下で増殖させた菌体を初発菌体とし、100 ml容の三角フラスコに40 mlの培養液と中和剤として5% (wt./vol.) の炭酸カルシウム(和光純薬)を加え、これに体積比(PCV)にして0.3%になるよう上記初発菌体を植菌した。培養液は、12% (wt./vol.) のスクロース(和光純薬)のみの培養液を使用した。続いて本発酵用溶液に対し、上記実施例1にて調整した大豆ペプチド素材(A44C)および、別の調製方法にて作製した他4種類の大豆ペプチド素材(大豆ペプチド素材A、B、C、D)をそれぞれ0.5 %(wt./vol.) 添加した場合と未添加の試料とを作製し、これらを振盪速度80 rpm、発酵温度30℃にて72時間、乳酸発酵させた。発酵開始から24時間毎に上清1 mlを採取し、溶液中のL-乳酸量を測定した。なお乳酸の測定には、バイオセンサBF-5(王子計測機器株式会社製)を利用し、詳細な測定方法については、付属の取扱説明書に従った。その結果を図2に示す。
【0066】
図2に示すように、12% (wt./vol.) スクロースのみからなる貧栄養培地の場合、乳酸生産酵母では発酵が進まないのに対し、0.5% (wt./vol.) 大豆ペプチド素材を加えるだけでYPD培地などに代表される富栄養培地と同じような生産速度を示すことが確認された。また製造方法の異なる複数種類の大豆ペプチド素材での試験の結果、いずれの大豆ペプチド素材であっても同様の効果を得ることができなかった。以上のことから、今回調整した大豆ペプチド(A44C)においてのみ、高い効果が認められることが確認された。
【実施例4】
【0067】
(各種大豆ペプチド素材の分子量分布及び遊離アミノ酸含量)
乳酸生産向上効果の認められた実施例1で調製した大豆ペプチド素材A44Cの酵素分解条件及びこれを一部変更した条件で、大豆ペプチド素材A44C及び6種類の大豆ペプチド素材を調製した。これら7種類の大豆ペプチド素材につき、ゲルろ過クロマトグラフィーを用いて分子量分布及び遊離アミノ酸含量を測定した。
【0068】
本実施例において新たに調製した7種類の大豆ペプチド素材(RE00、RE01、RE05(A44C)RE03、RE07、RE10、RE24)の調製方法は、以下の通りであった。
【0069】
実施例1と同様にして得られた酵素分解スタート液10キロ(固形含量7%)に40%水酸化ナトリウム溶液でpH7.0に調製してアルカラーゼ2.4L(ノボザイム)を7g添加(固形含量に対して1%添加)して30分酵素分解液から1キロ抜き取り、ただちに85℃、30分加熱後、遠心分離して得られた上澄液を凍結乾燥して試験試料(RE00)とした。
残りの液9キロは引き続き、粉末クエン酸を添加してpH5.3に調整後、スミチームFP(新日本化学工業株式会社)を18.9g添加(固形含量に対して3%添加)し、50℃で24時間後まで酵素分解を行った。その途中、スミチームFP添加後、1、3、5、7、10、24時間後、それぞれの時間で、一部酵素分解液を抜き取り、ただちに85℃、30分加熱後、遠心分離して得られた上澄液を凍結乾燥して試験試料RE01(FP添加1時間後)、RE03(FP添加3時間後)、RE05(A44C)(FP添加5時間後)、RE07(FP添加7時間後),RE10(FP添加10時間後)、RE24(FP添加24時間後)を調製した。
【0070】
(ゲルろ過クロマトグラフィーによる分子量分布測定)
分子量はHPLC(日本分光株式会社製)にて測定した。測定条件は、以下の通りであった。分子量の計算は、日本分光のクロマトデータ処理によった。結果を表1に示す。
カラム:東ソー(株)製のカラムTSK gel G3000PWXL+TSK gel G2500PWXLを連結使用
溶離液:45%アセトニトリル+0.05%TFA
流速:0.3ml/min
検出:220nm
分子量マーカー:Albmin67000、Myoglobin18000、Cytochrome-C12270、Insulin5807、GlyGlyGlyGly246、GlyGlyGly189、Gly75を用いる。
【0071】
(遊離アミノ酸含量の測定)
各種大豆ペプチド素材の遊離アミノ酸含量は、日立アミノ酸分析機(L8900)を用いて測定した。詳細な測定方法については、付属の取扱説明書に従った。結果を表1に併せて示す。
【0072】
【表1】

【0073】
表1に示すように、エンド型プロテアーゼ及びエキソ型プロテアーゼの混合物であるスミチームFPを用いた処理時間が長くなるのにつれて、徐々に、500Da以下の画分が増加するとともに遊離アミノ酸も増加した。また、RE00〜RE03は、1000Da以下の画分が97%未満(500Da以下の画分は97%未満)でありかつ遊離アミノ酸含量が17%以下であったのに対し、RE05(A44C)〜RE24については、同画分が98%以上(500Da以下の画分は96%以上)であり、かつ遊離アミノ酸含量が18%以上となった。
【実施例5】
【0074】
(各種タンパク分解物A44C画分試料の乳酸発酵に対する効果の検討)
実施例4にて調製した大豆ペプチド素材を用い、乳酸生産に対する効果の検討を実施した。実施例2と同じ条件下で増殖させた菌体を初発菌体とし、100 ml容の三角フラスコに40 mlの培養液と中和剤として5% (wt./vol.) の炭酸カルシウム(和光純薬)を加え、これに体積比(PCV)にして0.25%になるよう上記初発菌体を植菌した。培養液は実施例3同様、12% (wt./vol.) のスクロース(和光純薬)のみの培養液を使用した。続いて、この発酵用溶液に対し、実施例4にて調製した7種類の大豆ペプチド素材をそれぞれ0.5%(wt./vol.) 添加した試料及び大豆ペプチド素材未添加の試料を作製した。これらを振盪速度80 rpm、発酵温度30℃にて72時間、乳酸発酵させた。発酵開始から24時間毎に上清1 mlを採取し、溶液中のL-乳酸量を測定した。なお乳酸の測定には、バイオセンサBF-5(王子計測機器株式会社製)を利用し、詳細な測定方法については、付属の取扱説明書に従った。その結果を表2及び図3に示す。
【0075】
【表2】

【0076】
図3に示すように、大豆ペプチド素材RE05(A44C)、RE07、RE10、RE24(スミチームFPによる処理時間が5時間〜24時間)を添加した試料に関して、特に24、48時間後において高い乳酸生産量を示した。これに対して、大豆ペプチド素材RE00、RE01及びRE03(スミチームFPによる処理時間が0時間〜3時間)を添加した試料に関しては、上記4種類のような傾向は認められなかった。また、大豆ペプチド素材の未添加試料では、乳酸生産は全く認められなかった。以上のことから、低分子ペプチド及び遊離アミノ酸を含む画分(分子量1,000Da以下の画分が98%以上、さらには500Da以下の画分が96%以上)と遊離アミノ酸量18%以上の特徴を示す大豆ペプチド素材が、乳酸発酵を促進する効果があることがわかった。
【実施例6】
【0077】
(培地の着色程度の確認)
本実施例では、廃糖蜜を用いた培地、YPD培地及大豆ペプチド素材添加貧栄養培地(いずれも液体)をそれぞれ以下の組成にしたがって調製した。なお、廃糖蜜及びYPD培地としては、ごく一般的な方法で商業的入手が可能であり汎用品を用いた。これらの培地につき、目視にて着色度を確認するとともに、その紫外領域から可視光領域にわたってスペクトルを測定した。結果を図4に示す。
【0078】
(廃糖蜜含有培地、%は質量/体積%を表す。)
グルコース 12%
廃糖蜜 0.25%
(富栄養培地、%は質量/体積%を表す。)
グルコース 12%
イーストエキストラクト 1%
バクトトリプトン 2%
(大豆ペプチド含有貧栄養培地、%は質量/体積%を表す。)
グルコース 12%
大豆ペプチド素材 0.5%
【0079】
図4の上段に示すように、目視観察によれば、貧栄養培地に大豆ペプチド素材を添加することで調製した培地は、無色でほぼ澄明であり、着色成分などを除去する精製プロセスを要しないものであった。これに対して、廃糖蜜含有培地及び富栄養培地は、それぞれ褐色及び黄色であり、いずれも乳酸発酵後における精製工程の必要性がある着色量であった。なお、富栄養培地は廃糖蜜含有培地に比較して着色程度が10分の1程度であるため、簡易な精製工程で着色成分の除去が可能であった。また、図4の下段に示すように、大豆ペプチド含有貧栄養培地以外は希釈して用いたが(廃糖蜜含有培地は10倍希釈、富栄養培地は3倍希釈)、廃糖蜜含有培地は可視光の300〜400nmにおいて、大豆ペプチド素材含有培地よりも顕著に高い吸光度を示し、富栄養培地は廃糖蜜含有培地よりも低いものの大豆ペプチド含有貧栄養培地に比べて高い吸光度を示した。400nmでは、大豆ペプチド素材含有培地は、400nmにおける吸光度が0.018であったのに対し、廃糖蜜含有培地では同1.0であり、富栄養培地では同0.097であった。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】富栄養培地(YPD培地及び液糖糖蜜培地)への大豆ペプチド素材添加効果を示す図である。
【図2】貧栄養培地(糖質原料として12 %スクロースのみを含有する培地)への大豆ペプチド素材添加効果を示す図である。
【図3】貧栄養培地(糖質原料として12 %スクロースのみを含有する培地)への各種大豆ペプチド素材添加効果を示す図である。
【図4】廃糖蜜含有培地、YPD培地及び大豆ペプチド素材含有培地の外観及び吸光スペクトルを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳酸の製造方法であって、
炭素源と、1000Da以下の画分が98%以上である分子量分布を有する大豆ペプチド素材とを含有し、400nmにおける吸光度が0.1以下である培地を用いて、乳酸生産微生物を培養して乳酸発酵する工程、
を備える、製造方法。
【請求項2】
前記培地は、前記大豆ペプチド素材を0.01wt/vol%以上1.0wt/vol%以下含有する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記大豆ペプチド素材は、前記分子量分布において500Da以下の画分が95%以上である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記大豆ペプチド素材は、遊離アミノ酸を18質量%以上含む、請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
前記乳酸生産微生物は、遺伝子組換え乳酸生産酵母である、請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
前記乳酸生産酵母は、サッカロマイセス属酵母である、請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
1000Da以下の画分が98%以上である分子量分布を有する大豆ペプチド素材を含有し、工業原料用の乳酸製造のための培地調製用添加剤。
【請求項8】
前記大豆ペプチド素材は、前記分子量分布において500Da以下の画分が95%以上である、請求項7に記載の培地添加剤。
【請求項9】
前記大豆ペプチド素材は、遊離アミノ酸を18質量%以上含む、請求項7又は8に記載の培地添加剤。
【請求項10】
脱脂大豆の水可溶性成分のプロテアーゼ処理によって得られる、請求項7〜9のいずれかに記載の培地添加剤。
【請求項11】
ポリ乳酸製造用である、請求項7〜10のいずれかに記載の培地添加剤。
【請求項12】
工業原料用の乳酸製造のための乳酸発酵用培地添加剤の製造方法であって、
脱脂大豆から水可溶性成分を回収する工程と、
前記水可溶性成分をプロテアーゼ処理して、1000Da以下の画分が98%以上である分子量分布の大豆ペプチド素材を前記培地添加剤の少なくとも一部として得る工程と、
を備える、製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−68734(P2010−68734A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−238107(P2008−238107)
【出願日】平成20年9月17日(2008.9.17)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000236768)不二製油株式会社 (386)
【Fターム(参考)】