説明

二本鎖RNAを用いた害虫駆除剤

【課題】本発明は、害虫を特異的に駆除することが可能な、RNA干渉を利用した害虫駆除剤を提供することを目的とする。
【解決手段】特定の標的遺伝子の全部又は一部と相補的な塩基配列を含むセンス鎖、及び前記センス鎖と相補的な配列からなるアンチセンス鎖からなる二本鎖RNAであり、前記標的遺伝子に対してRNA干渉を有する二本鎖RNAを含有し、前記標的遺伝子が害虫に含まれるものである害虫駆除剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二本鎖RNAを有効成分とする害虫駆除剤、及び前記害虫駆除剤を用いた害虫駆除方法に関する。より詳細には、本発明は、害虫に存在する特定の標的遺伝子に対してRNA干渉作用を有する二本鎖RNAを有効成分とする害虫駆除剤に関する。さらに本発明は、前記RNA干渉作用を有する二本鎖RNAのスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
害虫は、人体、農作物、家畜及び家屋などの財産に対し様々な被害を及ぼすことが知られている。従来、害虫の駆除ないし害虫による被害を低減するために種々の対策が取られてきた。一般的には、昆虫の神経伝達系を阻害する物質などを有効成分とした害虫駆除剤が多く利用されている。しかし、このような従来の害虫駆除剤の場合、標的の害虫以外にも非特異的に作用するため、標的としない有益な昆虫まで殺虫することになるだけでなく、有益な微生物、植物、動物及び人体にまで悪影響を及ぼす可能性があるため問題となっている。実際に、今日では食品に含まれる残留農薬が社会的にも大きな問題となっており、標的の害虫に特異的に作用する害虫駆除剤が求められている。
【0003】
一方、RNA干渉とは、1998年に初めて報告された、二本鎖RNAと相補的な塩基配列を有するmRNAが破壊される現象である(非特許文献1)。Fireらの報告によると、この現象は、特定遺伝子の特定領域と相同な100塩基対程度の2本鎖RNAを細胞内に導入すると、細胞質内でDicerの働きによって導入された二本鎖RNAが20〜25塩基対程度の2本鎖RNAへと分解され、その後複数のタンパク質とRNA/タンパク質複合体を形成し(この複合体をRISC:RNA‐induced silencing complex:RNA誘導型サイレンシング複合体と呼ぶ)、標的遺伝子から産出されたmRNAの相同部位と結合し強力に遺伝子発現を抑制するというものである。RNA干渉は、導入される二本鎖RNAと標的の遺伝子との相補性により特異的に起こるため、特定の遺伝子発現を特異的に抑制することができる。現在、このようなRNA干渉を利用した遺伝子医薬などの開発が盛んに行われている。
【0004】
害虫駆除の分野においても、RNA干渉を利用することで特定の害虫の特定の遺伝子発現を抑制し、目的とする害虫を特異的に制御することが提案されている(特許文献1、特許文献2)。しかし、実際に効果が示された害虫は限られたものであり、特にバッタ目、ゴキブリ目に属する昆虫を効果的に殺虫することができる二本鎖RNAは開示されておらず、更なる改善の余地があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2006/129204
【特許文献2】WO2007/080127
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Fire et al.,Nature,391,806‐811(1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述するような現状の下、本発明は、害虫を特異的に駆除することが可能な、RNA干渉を利用した害虫駆除剤を提供することを目的とする。更に、本発明は、そのような害虫駆除剤の有効成分となり得る二本鎖RNAのスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記のような課題を解決すべく発明者らは鋭意研究を重ねたところ、害虫が有する特定の遺伝子を標的遺伝子とし、それと相補的な二本鎖RNAを害虫に導入することによって、効果的な殺虫作用が得られることを見出した。本発明は、かかる知見に基づき、さらに改良を重ねた結果完成したものである。即ち、本発明は以下の害虫駆除剤及びスクリーニング法を提供する。
項1. 下記(a)〜(n)から成る群から選択される少なくとも1つの標的遺伝子の全部又は一部と相補的な塩基配列を含むセンス鎖、及び前記センス鎖と相補的な配列からなるアンチセンス鎖からなる二本鎖RNAであり、前記標的遺伝子に対してRNA干渉を起すことができる二本鎖RNAを含有し、前記標的遺伝子が害虫に含まれるものである、害虫駆除剤:
(a)Nucleosome assembly protein 1-like 1遺伝子
(b)ポリA結合タンパク質遺伝子
(c)HR3遺伝子
(d)14‐3‐3 zeta遺伝子
(e)アルギニンリン酸化酵素遺伝子
(f)膜結合型アルカリホスファターゼ遺伝子
(g)Cathepsin L1遺伝子
(h)Sparc遺伝子
(i)ヒートショックプロテイン 90遺伝子
(j)cAMP-依存性タンパク質リン酸化酵素 R1遺伝子
(k)Wnt inhibitory factor 1 遺伝子
(l)Warts遺伝子
(m)Yorkie遺伝子
(n)Inhibitor-of-apoptosis protein遺伝子。
項2. 前記害虫が昆虫である、項1に記載の害虫駆除剤。
項3. 前記害虫がバッタ目又はゴキブリ目に属する昆虫である、項1又は2に記載の害虫駆除剤。
項4. 項1〜3のいずれかに記載の害虫駆除剤を害虫に接触させることを特徴とする、害虫駆除方法。
項5. 下記(a)〜(n)から成る群から選択される少なくとも1つの害虫に含まれる標的遺伝子に対してRNA干渉作用を有する二本鎖RNAを選抜する工程を含む、害虫駆除作用を有する二本鎖RNAのスクリーニング方法:
(a)Nucleosome assembly protein 1-like 1遺伝子
(b)ポリA結合タンパク質遺伝子
(c)HR3遺伝子
(d)14‐3‐3 zeta遺伝子
(e)アルギニンリン酸化酵素遺伝子
(f)膜結合型アルカリホスファターゼ遺伝子
(g)Cathepsin L1遺伝子
(h)Sparc遺伝子
(i)ヒートショックプロテイン 90遺伝子
(j)cAMP-依存性タンパク質リン酸化酵素 R1遺伝子
(k)Wnt inhibitory factor 1 遺伝子
(l)Warts遺伝子
(m)Yorkie遺伝子
(n)Inhibitor-of-apoptosis protein遺伝子。
【発明の効果】
【0009】
本発明の害虫駆除剤を使用することにより、害虫、特にバッタ目、ゴキブリ目に属する昆虫を比較的短期間に特異的且つ効果的に駆除することが出来る。よって、本発明の害虫駆除剤を使用することにより、有益な昆虫、微生物、植物及び動物などに影響を及ぼすことなく、標的の害虫のみを駆除することが出来る。従って、本発明により、人体や家畜、植物に対してより安全な害虫駆除が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
I.害虫駆除剤
本発明の害虫駆除剤は、二本鎖RNAを有効成分として含有する。前記二本鎖RNAは、害虫が有する標的遺伝子を構成する塩基配列の全部又はその一部と相補的な一本のRNA鎖(即ち、センス鎖)と前記センス鎖と相補的な配列からなるアンチセンス鎖から構成される。当該二本鎖RNAを害虫に導入すると、RNA干渉作用によって害虫の標的遺伝子の発現が抑制され、結果として害虫を殺虫することができ、害虫駆除が達成される。
【0011】
ここで、害虫駆除とは、害虫を殺すことだけでなく、害虫の発生、増殖及び繁殖を抑制、阻害又は低減すること、また害虫による汚染や害虫によって媒介される感染の拡大を抑制することを意味する。
【0012】
本発明において、害虫とは、人、家畜などの動物及び農作物などの植物に対して害を与える節足動物に属する害虫であり、好ましくは昆虫に属する害虫である。農作物に対する被害や、人に対する不快感を緩和する必要性及び本発明の害虫駆除剤がより効果的に作用するという観点から、より好ましい害虫は、バッタ目又はゴキブリ目に属する昆虫であり、例えば、バッタ目では、キリギリス科、コオロギ科、カンタン科、カネタタキ科、ケラ科、オンブバッタ科、バッタ科、ヒシバッタ科、ノミバッタ科であり、ゴキブリ目では、ゴキブリ科、チャバネゴキブリ科に属する昆虫を挙げることができ、バッタ目の中ではコオロギ科が特に好ましい。
【0013】
本発明の標的遺伝子とは、RNA干渉作用によって遺伝子発現の抑制対象となる遺伝子であり、具体的には害虫に存在する以下(a)〜(n)で示される遺伝子である。
(a)Nucleosome assembly protein 1-like 1遺伝子
(b)ポリA結合タンパク質遺伝子
(c)HR3遺伝子
(d)14‐3‐3 zeta遺伝子
(e)アルギニンリン酸化酵素遺伝子
(f)膜結合型アルカリホスファターゼ遺伝子
(g)Cathepsin L1遺伝子
(h)Sparc遺伝子
(i)ヒートショックプロテイン 90遺伝子
(j)cAMP-依存性タンパク質リン酸化酵素 R1遺伝子
(k)Wnt inhibitory factor 1 遺伝子
(l)Warts遺伝子
(m)Yorkie遺伝子
(n)Inhibitor-of-apoptosis protein遺伝子。
【0014】
Nucleosome assembly protein 1-like 1遺伝子とは、染色体を構成するタンパク質であるヌクレオソームの結合タンパク質1に類似したタンパク質をコードしている遺伝子である。
【0015】
ポリA結合タンパク質遺伝子とは、mRNAのポリAに結合するタンパク質をコードしている遺伝子である。
【0016】
HR3遺伝子とは、脱皮ホルモンが結合し、標的遺伝子の転写調節を行う核内受容体の遺伝子である。
【0017】
14‐3‐3 zeta遺伝子とは、細胞周期やアポトーシスに関与するタンパク質をコードしている遺伝子である。
【0018】
アルギニンリン酸化酵素遺伝子とは、エネルギー代謝に必要なタンパク質をコードしている遺伝子である。
【0019】
膜結合型アルカリホスファターゼ遺伝子とは、リン酸モノエステル結合を加水分解する膜結合型酵素の遺伝子である。
【0020】
Cathepsin L1遺伝子とは、タンパク質分解酵素をコードしている遺伝子である。
【0021】
Sparc遺伝子とは、細胞外マトリックスタンパク質の1つをコードする遺伝子である。
【0022】
ヒートショックプロテイン90遺伝子とは、熱ショックタンパク質の1つをコードする遺伝子である。
【0023】
cAMP-依存性タンパク質リン酸化酵素R1遺伝子とは、cAMPに依存して、タンパク質をリン酸化する酵素R1をコードする遺伝子である。
【0024】
Wnt inhibitory factor 1 遺伝子とは、Wntシグナル経路を抑制するタンパク質をコードする遺伝子である。
【0025】
Warts遺伝子とは、ヒッポシグナル経路に関与するYorkieと相互作用するタンパク質をコードする遺伝子である。
【0026】
Yorkie遺伝子とは、ヒッポシグナル経路に関与するWartsタンパク質と相互作用するタンパク質をコードする遺伝子である。
【0027】
Inhibitor-of-apoptosis protein遺伝子とは、アポトーシスを抑制するタンパク質をコードする遺伝子である。
【0028】
以上の本発明における標的遺伝子は公知であり、その配列情報も知られているため、当業者であれば公知の技術に従ってあらゆる害虫に存在する標的遺伝子に相補的な二本鎖RNAを作成することが可能である。
【0029】
上記14種の遺伝子から任意の1つ以上の遺伝子を選択し、標的遺伝子とすることができる。中でも標的遺伝子として好ましい遺伝子は、Nucleosome assembly protein 1-like 1遺伝子、HR3遺伝子、14‐3‐3 zeta遺伝子、アルギニンリン酸化酵素遺伝子、Sparc遺伝子、ヒートショックプロテイン90遺伝子、cAMP-依存性タンパク質リン酸化酵素R1遺伝子、Warts遺伝子、Yorkie遺伝子、及びInhibitor-of-apoptosis protein遺伝子であり、より好ましくは、HR3遺伝子、ヒートショックプロテイン90遺伝子、Warts遺伝子、Yorkie遺伝子である。本発明の標的遺伝子には、前記14種の遺伝子のホモログも含まれる。
【0030】
本発明の害虫駆除剤の有効成分である二本鎖RNAは、上記害虫に含まれる標的遺伝子に対してRNA干渉作用を有するものであれば特に限定されない。
【0031】
例えば、本発明の害虫駆除剤の有効成分である二本鎖RNAは、上記標的遺伝子に対してRNA干渉作用を有する限り、標的遺伝子の全部と相補的であっても良いし、標的遺伝子の一部と相補的であってもよい。また、相補性に関しても、標的遺伝子を認識することができ、それに対してRNA干渉作用を有する限り、100%よりも低くてもよい。二本鎖RNAがRNA干渉作用を有するために必要な相補性は、例えば、二本鎖RNAの長さや標的遺伝子のどの部分に相補的であるかによって変化するが、本発明の害虫駆除剤の有効成分である二本鎖RNAは、通常90%以上の相補性を有していることが好ましく、より好ましくは95%以上の相補性を有しており、最も好ましくは100%の相補性を有している。
【0032】
ここにおいて本発明の害虫駆除剤の有効成分である二本鎖RNAが標的遺伝子と相補的であるとは、二本鎖RNAを構成する一方のセンス鎖が有する塩基配列が標的遺伝子の塩基配列と相補的であることを意味する。
【0033】
二本鎖RNAの長さについても、上記標的遺伝子に対してRNA干渉作用を有し、その結果害虫を致死に至らしめる効果を有する限り特に限定されない。例えば、二本鎖RNAは、標的遺伝子全体と相補的な塩基配列、即ち、標的遺伝子と同じ長さの塩基配列を有していてもよく、標的遺伝子の全塩基配列の一部の塩基配列に相当する長さを有していてもよい。一実施形態においては、二本鎖RNAを構成するセンス鎖RNAが有する塩基配列は、好ましくは、200塩基以上の連続する塩基配列にわたって標的遺伝子の塩基配列と相補的であり、より好ましくは400塩基以上の連続する塩基配列にわたって相補的である。このように比較的大きな二本鎖RNAを用いる場合、細胞が有する輸送系を利用して二本鎖RNAを細胞内に取り込ませることができるため、好ましい。また、21塩基以上23塩基以下の塩基配列から成るsiRNAがRNA干渉を誘導するために有効であることも当該技術分野において知られているが、昆虫の場合は、細胞内に能動的に取り込まれないため、それを利用する場合は、その担体(ナノパーティクル、植物組織)が必要である。よって、担体を用いる一実施形態において、二本鎖RNAは、21〜23塩基や60〜70塩基の長さを有することが好ましい。ここでいう塩基の数とは、標的遺伝子の塩基配列に相補的な塩基配列を構成するヌクレオチドの数を意味する。
【0034】
二本鎖RNAが標的遺伝子の一部と相補的である場合、二本鎖RNAのセンス鎖配列を標的遺伝子のどの配列に相補的であるように設計するかは、例えば、NCBIのBLASTサーチ等の公知の方法を用いて決定することができる。例えば、標的遺伝子の開始コドンから約50〜100塩基下流のエキソン領域に存在する“AA”から始まる約19〜30塩基の領域であって、GC含有量が50%前後の領域を標的の配列部分としてもよい。これは、このような領域を標的配列とすることで、優れたRNA干渉作用を有する二本鎖RNAが得られることが、当業界で経験的に知られているので、担体と用いることで有効である可能性がある。
【0035】
二本鎖RNAは、前記センス鎖及びセンス鎖が有する塩基配列と相補的な塩基配列を有するアンチセンス鎖から構成される。ここで、センス鎖とアンチセンス鎖は、完全に相補的であることが好ましいが、アンチセンス鎖はセンス鎖と1又は複数の塩基が非相補的であってもよい。
【0036】
二本鎖RNAは、全体に亘って完全に二本鎖であってもよいが、標的遺伝子に対してRNA干渉作用を示す限り、部分的に一本鎖であってもよい。例えば、二本鎖RNAの3’又は5’末端が数塩基分一本鎖になっていてもよい。
【0037】
本発明において二本鎖RNAがRNA干渉作用を有するとは、二本鎖RNAが害虫の体内に導入された結果、標的遺伝子によってコードされるタンパク質の合成が阻害されることを意味する。理論によって拘束されるのではないが、二本鎖RNAが標的の害虫の体内に取り込まれると、Dicerと呼ばれるタンパク質と複合体を形成し、二本鎖RNAは21〜23塩基のsiRNAに分解される。次いで、siRNAは、RISCに取り込まれ、相同な塩基配列を有する標的遺伝子に対応するmRNAと結合し、分解することで標的遺伝子の発現を阻害すると考えられる。このような一連の反応の結果、本発明の害虫駆除剤を用いることにより、害虫を死に至らしめ、駆除することができる。従って、本発明によれば、標的の害虫に含まれる標的遺伝子の塩基配列情報を基に、その標的遺伝子に対してRNA干渉作用を有する二本鎖RNAを設計し、それを有効成分として標的の害虫に対する害虫駆除剤を作成することができ、当該標的の害虫を駆除することができる。
【0038】
本発明の害虫駆除剤に含有される二本鎖RNAは、単一の標的遺伝子のみに対してRNA干渉作用を及ぼすように設計されてもよいが、必要に応じて複数の標的遺伝子を一度にターゲットとするように設計されてもよい。即ち、二本鎖RNAは、単一の標的遺伝子が有する塩基配列のみに相補的な塩基配列を有していてもよいが、複数の標的遺伝子が有する塩基配列に対して相補的な複数の塩基配列を有していてもよい。例えば、一実施形態において、本発明の害虫駆除剤の有効成分である二本鎖RNAは、少なくとも2つ以上の標的遺伝子が有する塩基配列に対して相補的な塩基配列を有し、別の実施形態においては、少なくとも3つ以上の標的遺伝子が有する塩基配列に対して相補的な塩基配列を有する。この場合、複数の標的遺伝子は任意に組み合せることができる。二本鎖RNAにおける、別個の標的遺伝子に対して相補的である複数の領域は、リンカー配列を介して結合されていてもよく、またリンカーを介さずに直接結合されていてもよい。
【0039】
また二本鎖RNAは、単一の標的遺伝子が有する塩基配列と相補的な塩基配列を複数コピー有していても良い。一実施形態において、本発明の二本鎖RNAは、同一の標的遺伝子であるが、由来の異なる(即ち、標的とする害虫の種類が異なる)複数の遺伝子の塩基配列と相補的な複数の塩基配列を有していてもよい。このように、異なる標的遺伝子又は同一であるが標的とする害虫が異なる複数の標的遺伝子を任意に組み合せ、それに相補的な二本鎖RNAを使用することによって、複数の害虫を一度にターゲットとすることも可能である。
【0040】
本発明の害虫駆除剤が、特定の害虫又は害虫群だけの駆除を目的として使用される場合、本発明の二本鎖RNAは特定の害虫又は害虫群以外の生物に対してRNA干渉作用を起さないことが好ましい。従って、二本鎖RNAが有する塩基配列は特定の害虫又は害虫群以外の生物が有するDNAの塩基配列と低い相同性を有することが好ましい。この場合、好ましくは、特定の害虫又は害虫群以外の生物が有するDNAの塩基配列と30%以下の相同性を有し、より好ましくは20%以下の相同性を有し、更に好ましくは10%以下の相同性を有する。
【0041】
本発明の害虫駆除剤の有効成分である二本鎖RNAは、標的遺伝子の塩基配列情報及び公知のRNA合成技術に従って調製することができる。本発明の二本鎖RNAは、2つの一本鎖RNAを別個に合成し、これらをハイブリダイズさせる方法によって合成してもよい。また、二本鎖RNAは、発現ベクターを用いて微生物等に導入し、生物学的に合成してもよい。
【0042】
本発明の害虫駆除剤を使用して害虫を駆除するためには、有効成分である二本鎖RNAを害虫の体内に導入させることが必要である。二本鎖RNAの導入は、当該技術分野において通常使用される任意の方法を適宜選択して行うことができる。例えば、本発明の二本鎖RNAを適切な溶液に溶解し、害虫に噴霧して体内に取り込ませてもよく、二本鎖RNAを含有する溶液を毛細管などで直接害虫に導入してもよい(インジェクション)。二本鎖RNAを昆虫の餌に混ぜ、餌状の害虫駆除剤として害虫に摂取させることもできる。本発明の二本鎖RNAを遺伝子組み換え技術を用いて害虫が摂取する微生物や植物中で合成させ、これを害虫に摂取させることによって二本鎖RNAを導入することもできる。害虫に特異的に感染するウイルスに本発明の二本鎖RNAを導入し、これを害虫駆除剤として用いて害虫に二本鎖RNAを導入してもよい。
【0043】
本発明の害虫駆除剤は、二本鎖RNAの他に賦形剤や希釈剤などの更なる成分を含有していてもよい。本発明の害虫駆除剤は、用途に応じた剤形で用いることができ、液剤、固形剤、半固形剤、粉末剤など適宜選択することができる。
【0044】
本発明の害虫駆除剤を用いて標的の害虫を駆除する場合、害虫個体当りに少なくとも10フェムトモルの二本鎖RNAを害虫に導入することで害虫を駆除することができる。好ましくは、100フェムトモル程度の二本鎖RNAを投与することが望ましく、より好ましくは1ピコモル程度の二本鎖RNAを害虫に導入することでより確実に駆除が可能となる。
II.害虫駆除作用を有する二本鎖RNAのスクリーニング方法
本発明の一実施形態は、上記(a)〜(n)の標的遺伝子から選択される少なくとも1つの害虫に含まれる標的遺伝子に対してRNA干渉作用を有する二本鎖RNAを選抜する工程を含む、害虫駆除作用を有する二本鎖RNAのスクリーニング方法である。上述するように、害虫が有する上記標的遺伝子にRNA干渉作用を有する二本鎖RNAは、当該標的害虫を殺す効果を有するため、本発明に従って、そのような害虫駆除剤の有効成分となる二本鎖RNAをスクリーニングすることができる。
【0045】
害虫に含まれる標的遺伝子(a)〜(n)の塩基配列と相補的なセンス鎖と前記センス鎖と相補的なアンチセンス鎖とから成る二本鎖RNAは、上述するように、遺伝子データベースにある情報を基に、公知の遺伝子工学的手法により作製することができる。
【0046】
害虫に対してRNA干渉作用を有する二本鎖RNAの選抜は、作製した二本鎖RNAを害虫に導入し、その後の致死率を二本鎖RNAを導入していないコントロール群の害虫と比較し、有意義な致死率を示す二本鎖RNAを選別することにより行うことができる。
【実施例】
【0047】
実施例1
コオロギmRNAの精製及び二本鎖RNAの調製
フタホシコオロギ(供試昆虫1)を用い、その胚、幼虫、成虫脳をmRNA精製用の溶液において、均一化し、フェノールクロロフォルム処理後、エタノール沈殿にて、mRNAを沈殿させた。得られたmRNAが分解していないことを変性ゲルを用いて確認した。その後、オリゴdTカラムを利用して、mRNAのみを単離した。次に、この単離されたmRNAを鋳型として、逆転写酵素によりcDNAを合成した。得られたcDNAは、パイロシークエンス法により、塩基配列を決定した。決定された配列は、データベースとして収録し、現在は、DDBJに登録して、一般に公開している。この得られた配列情報から、BLASTサーチにより、昆虫の相同遺伝子を探し、アノテーションを行った。表1は、多数の候補遺伝子のうち実際に試験を行った一部を示す。表1のNo.12〜22の遺伝子は、細胞増殖に必須の遺伝子である。
【0048】
【表1】

【0049】
上記表1に示される各遺伝子と相補的な二本鎖RNAは、MEGAscript(登録商標)High Yield Transcription Kit (Ambion社製)を使用し、製造者のプロトコールに従って調製した。得られたペレット状の二本鎖RNAを風乾し、RNase free mQに溶解した。吸光度測定により各溶液中の二本鎖RNAの濃度を確認した後、アガロースゲル電気泳動を用いて二本鎖RNAが精製されていることを確認した。このようにして、上記表1に示される各遺伝子の全配列と相補的な二本鎖RNAを得た。表1の遺伝子No.1〜14を構成する塩基配列と相補的なRNA配列を各々配列番号1〜14に示す。
【0050】
実施例2
コオロギに対するRNA干渉作用の確認
実施例1で得られた各遺伝子をRNase free mQに溶解し、20μMの二本鎖RNA導入用溶液を調製した。一方、FLAMING/BROWNMICROPIPETTE PULLER(SUTTER INSTRUMENT社製)のプログラム(1 HEAT=750,PULL= ,VEL=30,TIME=250)で乾熱滅菌済みのキャピラリー(1 vial 3.5” capillaries DRUMMOND #3‐000−203‐G/X(DRUMMOND SCIENTIFIC社))から針の原型を作成した。研磨器NARISHIGE EG‐4を水で濡らしながら回転させて針先を削った。このようにして先端を尖らせたキャピラリーに前記二本鎖RNA導入用溶液を吸引し、約30分間氷上麻酔をかけたフタホシコオロギ(3齢)の腹部の第4節と第5節の間に二本鎖RNAを200nlインジェクションした。このようにして各標的遺伝子についての二本鎖RNAを導入したコオロギを33℃、湿度35%で飼育し、その後の生育状態を観察した。20日間観察した結果を以下の表2に示す。なお、事前に空試験として行った対象区のフタホシコオロギ(RNase free mQ 200nlのみをインジェクション)には、20日後も死亡個体は確認されなかった。
【0051】
【表2】

【0052】
表2に示す通り、遺伝子No.1〜14を標的遺伝子とした二本鎖RNAを導入した場合に、有意義な割合でコオロギが致死することが分かった。特に、HR3遺伝子、Sparc遺伝子、ヒートショックプロテイン90遺伝子、cAMP−依存性タンパク質リン酸化酵素R1、Warts遺伝子、Yorkie遺伝子及びInhibitor−of−apoptosis protein遺伝子をターゲットとすることで非常に高い致死率が得られることが分かった。
【0053】
実施例3
ゴキブリmRNAの精製及び二本鎖RNAの調製
チャバネゴキブリ(供試昆虫2)を用い、その胚、幼虫、成虫をmRNA精製用の溶液において、均一化し、フェノールクロロフォルム処理後、エタノール沈殿にて、mRNAを沈殿させた。次に、この単離されたmRNAを鋳型として、逆転写酵素によりcDNAを合成した。実施例2の結果から有効性の確認された表2のNo.1〜14の遺伝子のうち、7遺伝子を任意に選択した。選択した遺伝子を表3に示す。表3の遺伝子をチャバネゴキブリ遺伝子から単離するため、コオロギや他の昆虫の配列情報から縮重プライマーを設計し、cDNAを鋳型としてPCRを行った。
【0054】
【表3】

【0055】
表1に示されるチャバネゴキブリ由来の各遺伝子と相補的な二本鎖RNAを、実施例1と同様にMEGAscript(登録商標)High Yield Tanscription Kit (Ambion社製)を使用して調製した。得られたペレット状の二本鎖RNAを風乾し、RNase free mQに溶解した。吸光度測定により各溶液中の二本鎖RNAの濃度を確認した後、アガロースゲル電気泳動を用いて二本鎖RNAが精製されていることを確認した。このようにして、表3に示されるチャバネゴキブリ由来の各遺伝子の全配列と相補的な二本鎖RNAを得た。表3の遺伝子No.23〜29を構成する塩基配列と相補的なRNA配列を各々配列番号15〜21に示す。
【0056】
実施例4
ゴキブリに対するRNA干渉作用の確認
実施例3で得られた各遺伝子をRNase free mQに溶解し、20μMの二本鎖RNA導入用溶液を調製した。一方、FLAMING/BROWN MICROPIPETTE PULLER(SUTTER INSTRUMENT社製)のプログラム(1 HEAT=750,PULL= ,VEL=30,TIME=250)で乾熱滅菌済みのキャピラリー(1 vial 3.5” capillaries DRUMMOND #3‐000−203‐G/X(DRUMMOND SCIENTIFIC社))から針の原型を作成した。研磨器NARISHIGE EG‐4を水で濡らしながら回転させて針先を削った。このようにして先端を尖らせたキャピラリーに、実施例3で調製した二本鎖RNA導入用溶液を吸引し、約30分間氷上麻酔をかけたチャバネゴキブリ(3〜4齢)の後脚基節部付近の胸部に二本鎖RNAを200nlインジェクションした。このようにして各標的遺伝子についての二本鎖RNAを導入したチャバネゴキブリを24℃、湿度35%で飼育し、その後の生育状態を観察した。30日間観察した結果を以下の表4に示す。なお、事前に空試験として行った対象区のチャバネゴキブリ(RNase free mQ 200nlのみをインジェクション)には、30日後も死亡個体は確認されなかった。
【0057】
【表4】

【0058】
表4に示す通り、遺伝子No.23〜29を標的遺伝子とした二本鎖RNAを導入した場合に、有意義な割合でゴキブリが致死することが分かった。特に、HR3遺伝子、ヒートショックプロテイン90遺伝子、Warts遺伝子、Yorkie遺伝子をターゲットとすることで非常に高い致死率が得られることが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)〜(n)から成る群から選択される少なくとも1つの標的遺伝子の全部又は一部と相補的な塩基配列を含むセンス鎖、及び前記センス鎖と相補的な配列からなるアンチセンス鎖からなる二本鎖RNAであり、前記標的遺伝子に対してRNA干渉作用を有する二本鎖RNAを含有し、前記標的遺伝子が害虫に含まれるものである、害虫駆除剤:
(a)Nucleosome assembly protein 1-like 1遺伝子
(b)ポリA結合タンパク質遺伝子
(c)HR3遺伝子
(d)14‐3‐3 zeta遺伝子
(e)アルギニンリン酸化酵素遺伝子
(f)膜結合型アルカリホスファターゼ遺伝子
(g)Cathepsin L1遺伝子
(h)Sparc遺伝子
(i)ヒートショックプロテイン 90遺伝子
(j)cAMP-依存性タンパク質リン酸化酵素 R1遺伝子
(k)Wnt inhibitory factor 1 遺伝子
(l)Warts遺伝子
(m)Yorkie遺伝子
(n)Inhibitor-of-apoptosis protein遺伝子。
【請求項2】
前記害虫が昆虫である、請求項1に記載の害虫駆除剤。
【請求項3】
前記害虫がバッタ目又はゴキブリ目に属する昆虫である、請求項1又は2に記載の害虫駆除剤。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の害虫駆除剤を害虫に接触させることを特徴とする、害虫駆除方法。
【請求項5】
下記(a)〜(n)から成る群から選択される少なくとも1つの害虫に含まれる標的遺伝子に対してRNA干渉作用を有する二本鎖RNAを選抜する工程を含む、害虫駆除作用を有する二本鎖RNAのスクリーニング方法:
(a)Nucleosome assembly protein 1-like 1遺伝子
(b)ポリA結合タンパク質遺伝子
(c)HR3遺伝子
(d)14‐3‐3 zeta遺伝子
(e)アルギニンリン酸化酵素遺伝子
(f)膜結合型アルカリホスファターゼ遺伝子
(g)Cathepsin L1遺伝子
(h)Sparc遺伝子
(i)ヒートショックプロテイン 90遺伝子
(j)cAMP-依存性タンパク質リン酸化酵素 R1遺伝子
(k)Wnt inhibitory factor 1 遺伝子
(l)Warts遺伝子
(m)Yorkie遺伝子
(n)Inhibitor-of-apoptosis protein遺伝子。

【公開番号】特開2009−263362(P2009−263362A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−90862(P2009−90862)
【出願日】平成21年4月3日(2009.4.3)
【出願人】(304020292)国立大学法人徳島大学 (307)
【出願人】(597025677)アース・バイオケミカル株式会社 (10)
【Fターム(参考)】