説明

二軸性複屈折体の製造方法、二軸性複屈折体及び液晶プロジェクタ

【課題】耐久性に富み、他の素子と組み合わせることなく適切に液晶素子の位相差を補償する二軸性複屈折体を容易かつ安価に提供する。
【解決手段】位相差補償素子は二軸性複屈折体からなり、基板上に無機材料を斜方蒸着することによって作製される。蒸着材料の飛来する方向(極角)は基板の表面の法線方向に対して所定範囲内に保たれ、かつ、基板は表面に平行な方向に振動的な往復回転が行われている状態で斜方蒸着は行われる。位相差補償素子は、液晶素子の液晶分子のうち黒色を表示する場合にも傾斜して配向する表面付近の傾斜配向成分に応じて、傾斜配向成分の正面位相差の遅相軸方向と位相差補償素子の正面位相差の遅相軸方向とが垂直になるように、かつ、位相差補償素子の屈折率楕円体が表面に対して傾斜する方向が傾斜位相差成分の屈折率楕円体が表面に対して傾斜する方向と逆向きになるように配置される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液晶表示素子に表示された画像をスクリーンに投影する液晶プロジェクタに関する。
【背景技術】
【0002】
液晶プロジェクタは、画像をスクリーンに投影表示する装置として広く用いられている。この液晶プロジェクタとしては、スクリーンの前面側から画像を投影するフロント方式とスクリーンの背面側から画像を投影するリア方式とが知られている。
【0003】
また、液晶プロジェクタは、内蔵する液晶素子の型が透過型か反射型かに応じて液晶素子への照明の与え方は異なるが、何れにしても投影する画像を液晶素子に表示し、これに照明を与えて変調した光を投影レンズでスクリーン上に結像させる構成となっている。さらに、液晶プロジェクタに搭載される液晶素子には種々の動作モードのものが用いられるが、何れの動作モードであっても液晶素子には視野角が狭いという欠点がある。
【0004】
例えば、液晶層に電圧を印加されていない場合、ノーマリーホワイトのTN(Twisted Nematic)液晶素子は、クロスニコル配置された一方の偏光板を垂直に通過してきた直線偏光を、液晶分子のねじれ配列によって偏波面を90度回転させる。この偏波面が90度回転された直線偏光は、他方の出射側に設けられた偏光板を透過し、TN液晶素子はホワイト状態を表示する。また、液晶層に電圧が印加されると、液晶分子のねじれが消失し、液晶層に垂直に入射する直線偏光は入射時と同じ偏波面で液晶層から出射する。このとき、液晶層を透過した直線偏光は、出射側に設けられた偏光板によって遮られ、TN液晶素子はブラック状態を表示する。
【0005】
しかし、ブラック状態を表示するTN液晶素子であっても、斜めに入射する光に対しては液晶層が複屈折性を示す。すなわち、ブラック状態を表示するTN液晶素子に斜めに入射する光には、液晶層を通過することで位相差が生じ、楕円偏光に変調される。したがって、ブラック状態を表示するTN液晶素子に斜めに入射する光は、一部の成分が出射側の偏光板を透過し、ブラック状態の濃度を薄めてしまい、TN液晶素子の視野角を狭める要因となっている。
【0006】
このような現象が生じる根本的な原因は、液晶層に電圧が印加されたブラック状態であっても、液晶層内で基板表面付近に位置する液晶分子が基板表面に対して完全には垂直に配向されないことにある。すなわち、基板表面付近に位置する液晶分子は、基板表面に近い分子から順に徐々に傾斜角度が変化する傾斜配向成分となっており、液晶層を略垂直に透過する光に対しては殆ど複屈折性を示さないものの、液晶層を斜めに透過する光に対しては複屈折性を示し、入射光の変調度はTN液晶素子への光の入射角度に依存する。
【0007】
このような光の変調度の角度依存性は、TN液晶素子に限られたものではなく、VAN,OCB,ECBなど他のモードの液晶素子であっても、ブラック状態で傾斜配向成分を含む液晶素子に共通して生じる。
【0008】
液晶素子に表示された画像を直接観察する直視型液晶表示装置では、位相差補償素子を併用することで、こうした傾斜配向成分による視野角の狭さが改善されることが知られている。直視型液晶表示素子の視野角を改善する位相差補償素子としては、例えば、富士フイルム(株)製「FujiWV Film ワイドビューA」(商品名/以下、WVフイルム)が既に実用化されている。
【0009】
また、基板に対して斜め方向から蒸着した薄膜(以下、斜方蒸着膜)が示す複屈折特性を利用した位相差補償素子もまた、傾斜配向成分による位相差を補償し、液晶表示素子の視野角を広げることが知られている(特許文献1)。
【0010】
ところで、液晶プロジェクタでは、プロジェクタ内部の液晶素子に入射して変調される光は、液晶素子の法線方向から概ね極角15度の円錐内の方向から各画素に入射する。スクリーン上の対応する画素の位置に投影される光は、この円錐状に入射した光線が全て重畳された光となっている。したがって、黒色を表示するときに、液晶層に斜めに入射した光が液晶素子を僅かでも透過すると、スクリーン上のコントラストは著しく低下してしまう。
【0011】
こうしたことから、液晶プロジェクタに搭載された液晶素子に対しても、前述の視野角拡大に用いられる位相差補償素子を適用することによって、結果的に投映画像のコントラストが向上することが知られている。例えば、前述のWVフイルムのように有機材料で構成された位相差補償素子を液晶プロジェクタに適用することや(特許文献2)、ディスコティック液晶をハイブリット配向させた状態で固化させた位相差補償素子を液晶プロジェクタに適用することが知られている(特許文献4)。
【0012】
また、例えば、無機材料からなる位相差補償素子を液晶プロジェクタに適用する例としては、単結晶サファイアや水晶などの一軸性複屈折結晶を用いる例(特許文献3)、無機材料の薄膜を積層した構造性複屈折体を位相差補償素子として用いる例(特許文献5)、無機材料からなる様々な位相差補償素子を組み合わせて液晶プロジェクタに適用する例(特許文献6)などが知られている。また、基板を蒸着装置内で公転運動させながら斜方蒸着を行うことによってAプレートを作製する方法が知られている(特許文献7)。
【0013】
なお、一般に複屈折体の性質は、3つの主屈折率を軸とする屈折率楕円体で表される。液晶プロジェクタに用いられる上述の位相差補償素子は、何れも素子表面に対して傾斜した屈折率楕円体を持つ、いわゆるOプレートとして作用することで、投影画像のコントラストの低下を防いでいる。また、無機材料からなる斜方蒸着膜のOプレートは、一般に2軸性の複屈折体であり、3つの異なる大きさの主屈折率を持つことが知られている(非特許文献1)。これらの3つの主屈折率の中で最大の主屈折率の方向と最小の主屈折率の方向は、蒸着基板の表面に対して傾斜したものとなっている。
【特許文献1】米国特許第5638197号明細書
【特許文献2】特開2002−14345号公報
【特許文献3】特開2002−31782号公報
【特許文献4】特開2002−131750号公報
【特許文献5】米国特許第5196953号明細書
【特許文献6】特開2004−102200号公報
【特許文献7】欧州特許出願公開第179640号明細書
【非特許文献1】Macleod, ”Structure−Related Optical Properties of Thin Films”, J. Vac. Sci. Technol. A, Volume 4, No.3, 1986, pp.418−422.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
一般に、有機材料からなる位相差補償素子は、紫外線を含む強い光に長時間曝されると褪色が生じ易い。こうした有機材料からなる位相差補償素子を液晶プロジェクタに適用する場合、液晶プロジェクタは直視型液晶モニタと比較して光源輝度も高く、過熱度合いも大きくなることから、有機材料からなる位相差補償素子は実用的には僅か2000〜3000時間程度で徐々に褪色してしまい、耐久性に問題がある。
【0015】
一方、単結晶サファイアや水晶などの複屈折結晶を用いる位相差補償素子は、耐久性は問題にならないものの、結晶の切り出し面や厚みを高精度に管理しなければならず、一般普及型液晶プロジェクタに適用するにはコスト面に問題がある。
【0016】
また、従来の無機材料からなる斜方蒸着膜は、傾斜配向成分による位相差を適正に補正することができないという問題がある。すなわち、従来の斜方蒸着膜は、基板の法線方向から観測した位相差(以下、正面位相差)の遅相軸は、通常、蒸着材料が飛来する方向と基板法線を含む平面と平行な方向になる。蒸着角度を選ぶことによって、これと直行する方向に遅相軸がある斜方蒸着膜を作製することもできるが、正面位相差は小さな値にしかならない。このような従来の無機斜方蒸着膜によって傾斜配向成分によって生じる斜め入射光の位相差を補償しようとすると、素子表面と平行な光学軸を持ついわゆるAプレートと組み合わせて用いなければならないという問題がある。
【0017】
本発明は上述の問題点を鑑みてなされたものであり、耐久性に富むとともに、他の素子と組み合わせなくても適切に液晶素子の位相差を補償する容易かつ安価な二軸性複屈折体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明の二軸性複屈折体は、斜方蒸着によって基板上に堆積された無機材料からなり、蒸着方向と基板表面の法線を含む面内に主屈折率n1が定まり、基板表面に平行な方向に主屈折率n2が定まり、主屈折率n1及びn2に垂直な方向に主屈折率n3が定まる二軸性複屈折体であり、前記主屈折率n1の方向が前記基板表面の法線から10度以上50度以下の角度をなして傾斜し、各主屈折率の値が n1>n3 かつ (n2−n3)/(n1−n3)>0.3 なる関係を満たし、前記基板表面の法線方向から測定した位相差の遅相軸が、前記主屈折率n2の方向と略平行であることを特徴とする。
【0019】
また、本発明の二軸性複屈折体の製造方法は、無機材料を斜方蒸着によって基板上に堆積させる二軸性複屈折体の製造方法であり、前記基板に対して蒸着材料が基板に飛来する方向の方位角を、所定の角度振幅の範囲内で振動的に変化させながら蒸着することを特徴とする。
【0020】
また、前記基板の表面の法線に平行な回転軸を中心とする円軌道の一部分を往復するように、前記基板を揺動させることを特徴とする。
【0021】
また、所定の回転軸を中心に前記基板を所定方向に移動させながら、前記回転軸から所定距離隔てて配置された蒸着源から蒸着材料を飛散させることを特徴とする。
【0022】
また、回転移動する前記基板の軌道の一部を前記蒸着源から遮蔽することを特徴とする。
【0023】
また、本発明の液晶プロジェクタは、前述の二軸性複屈折体を位相差補償素子として用いることを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、耐久性に富み、他の素子と組み合わせることなく適切に液晶素子の位相差を補償するに軸性複屈折体を容易かつ安価に提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
[位相差補償素子]
液晶プロジェクタが投影表示する画像のコントラストを向上するためには、液晶プロジェクタが内蔵する液晶表示素子が黒色を表示する配向状態のときに、画像の投影に使用する視野角範囲内での位相差を可能な限り補償することが必要となる。
【0026】
前述のように、TN,VAN,OCB,ECBなどの各種モードの液晶素子は、黒色を表示するときに、基板表面に対して傾斜した配向状態の液晶分子(傾斜配向成分)が含まれており、この傾斜配向成分が液晶素子に斜めに入射する光を不要に変調し、偏光板を透過させ、液晶プロジェクタのコントラストを低下させている。
【0027】
したがって、液晶プロジェクタのコントラストを改善するためには、位相差補償素子の屈折率楕円体が、黒色を表示する際に残留する液晶素子の傾斜配向成分に対応して傾斜していることが必要となる。さらに、投影画像の1画素に重畳される所定視野角範囲内の全てにおいて、液晶素子と位相差補償素子との補償関係をより完全に成立させるためには、単に屈折率楕円体が素子表面に対して傾斜したOプレートを位相差補償素子として用いるだけでは液晶層内の垂直配向成分による位相差の視野角補償ができないために不十分である。
【0028】
そこで、例えば図1(A)に示すように、TN液晶素子20が黒色を表示する際の液晶分子21の配向状態を、垂直配向成分22と傾斜配向成分23に分ける。垂直配向成分22は、TN液晶素子20の略中央付近に位置する液晶分子を含む部分であり、TN液晶素子20が黒色を表示する際には、ねじれた配向が解かれ、基板表面に対して垂直に略一律に配向する。
【0029】
一方、傾斜配向成分23は、TN液晶素子20の基板表面付近に位置する液晶分子を含む部分であり、液晶層の一方の界面付近の傾斜配向成分23aと他方の界面付近の傾斜配向成分23bの2箇所にある。この傾斜配向成分23の液晶分子は、TN液晶素子20が黒色を表示する場合であっても、基板表面に近い液晶分子から順に、基板表面からの傾斜角度が徐々に大きくなる配向状態となっている。
【0030】
そして、図1(B)に示すように、傾斜配向成分23aを、液晶分子21が一様に傾斜する傾斜配向成分24aに近似する。同様に、傾斜配向成分23dを液晶分子21が一様に傾斜する傾斜配向成分24bに近似する。このとき、傾斜配向成分24a,24bは、それぞれ一軸性の正のOプレートとみなすことができる。また、垂直配向成分22は、上述のとおり、近似するまでもなく表面に垂直に一様に配向しており、正のCプレートとみなすことができる。
【0031】
したがって、所定視野角範囲内の全てにおいて位相差を適切に補償するためには、位相差補償素子は傾斜配向成分24a(24b)に応じて作製される必要がある。具体的には、傾斜配向成分24a(24b)の配向方向を含み、かつ、液晶素子の基板に垂直な平面を傾斜配向成分24a(24b)の対称面とし、主屈折率n1及びn3の方向をともに含む平面を位相差補償素子の屈折率楕円体の対称面とするときに、
(1) 傾斜配向成分24a(24b)の対称面と位相差補償素子の屈折率楕円体の対称面とが略一致すること、
(2) 傾斜配向成分24a(24b)が素子表面に対する傾斜方向と、位相差補償素子の屈折率楕円体の素子表面に対する傾斜方向とが逆向きであること、
(3) 傾斜配向成分24a(24b)によって生じる正面位相差の遅相軸と位相差補償素子の正面位相差の遅相軸とが直交していること、
の3つの条件を満たすことが必要となる。
【0032】
なお、位相差補償素子の屈折率楕円体が対称面を有することが前提となっている条件(1)は、必ずしも厳密でなくても良く、概ね満たされるようにすれば良い。例えば、TN液晶素子に適用する場合には、傾斜配向成分として残留する微小なねじれ配向成分を補償するために、膜厚方向に沿って徐々に屈折率楕円体の傾斜方向がねじれるように僅かに変化をもたせた位相差補償素子も、この条件(1)を満たしているものとする。
【0033】
[斜方蒸着膜からなる位相差補償素子]
無機材料の斜方蒸着によって位相差補償素子(二軸性複屈折体)を作製すると、図2に示すように、基板に対する蒸着材料の飛来方向(以下、蒸着方向)と基板表面の法線とを含む平面内に主屈折率n1の方向が定まり、主屈折率n1の方向に垂直かつ基板表面に平行な方向に主屈折率n2の方向が定まり、そして、主屈折率n1及びn2に垂直な方向に主屈折率n3の方向が定まる。一方、蒸着方向と、この位相差補償素子40の屈折率楕円体41が表面に対して傾斜する方向とは一般に一致しない。すなわち、位相差補償素子40の表面の法線方向をz軸の正方向とすれば、z軸と蒸着方向のなす角(極角)αと、屈折率楕円体41の主屈折率n1がz軸からなす角θとは一致しない。この極角αと屈折率楕円体41の傾斜角度θとの関係は、斜方蒸着に用いる装置の特性や、蒸着材料の特性等の種々の実際的な要因によって定まる。
【0034】
また、上述の各条件を満たす位相差補償素子を、無機材料からなる斜方蒸着膜で実現するときには、斜方蒸着膜の膜厚や屈折率楕円体の傾斜角度θは、この位相差補償素子を適用する液晶素子のレタデーション(dΔn)の値と黒色表示時の印加電圧とに応じて定められる。
【0035】
さらに、斜方蒸着による複屈折体の光学特性は、主屈折率n3,n2,n1の値、n1の法線からの傾斜角度θ、及び膜厚によって決定される。これらの具体的な値は、蒸着材料、装置の方式,形状、蒸着条件などの詳細な条件によって決定されるものであるから、実際に実験的に得られる製造条件にしたがって制御される。例えば、主屈折率の方向の傾斜角度は蒸着源と基板とのなす角θによって制御され、膜厚は蒸着量によって制御される。
【0036】
また、上述の条件(3)を満たすために必要な3つの主屈折率n1,n2,n3の具体的な大小関係を表すために、T=(n2−n3)/(n1−n3)で定義するT値を導入する。慣用的には、二軸性複屈折体の3つの主屈折率の大小関係を表すために、二軸性複屈折体の2つの光学軸がなす角度を90度と比較して、「光学的に正」又は「光学的に負」という2種に分類して表される。しかし、この分類が光学軸の測定が困難な実例には容易に適用できないことや、数値的な大小関係を表せないことなどの問題があるので、本明細書では上述のT値を用いて説明する。
【0037】
このT値は複屈折体の屈折率楕円体の形状に対応する値であり、例えば、T値が略0の場合には屈折率楕円体は主屈折率n1の方向に対称軸がある正の一軸性複屈折体となり、T値が略1.0の場合には、主屈折率n3の方向に対称軸がある負の一軸性複屈折体となる。また、このようにT値が特別な場合を除けば、複屈折体は二軸性複屈折体となる。さらに、このT値が1以上の値となる複屈折体もあり、こうした場合にも上述と同様にT値は複屈折体の屈折率楕円体の形状に対応する。
【0038】
斜方蒸着膜では、通常、上述のT値は1.0より小さく0よりも大きな値となる。特に、蒸着源に対して基板表面の傾斜角度を固定して蒸着する従来の斜方蒸着で作製される斜方蒸着膜のT値は、概ね0.05以上0.3以下となる。つまり、n2の値がn3の値に近く、屈折率楕円体はn1の方向に長い形状を示すことが知られている。例えば、非特許文献1に記載された斜方蒸着膜の主屈折率を用いてT値を算出すると、表1に示すように、T=0.13〜0.26となっている。なお、蒸着方向の極角α(度)を変えて作製したZrO2の斜方蒸着膜が略等しいT値を示していることから、従来の斜方蒸着ではT値を制御することが困難であることがわかる。
【0039】
【表1】

【0040】
また、T値は、屈折率楕円体の傾斜角度θとともに、複屈折体の視野角拡大特性と密接に関係している。すなわち、屈折率楕円体の傾斜角度θとT値との組み合わせが適切な場合に良好な視野角拡大特性を得られる。なお、液晶プロジェクタに適用する場合には、補償が必要とされる視野角範囲が高々20度程度の極角範囲であるために、良好な視野角特性が得られる屈折率楕円体の傾斜角度θとT値との組み合わせは、一組ではなく、いくつかの組み合わせで最適な視野角補償効果が得られる。
【0041】
実際に液晶素子の傾斜配向成分による位相差の補償を液晶プロジェクタに必要な視野角範囲の全範囲で適切に行うためには、位相差補償素子のT値は、0.3より大きいことが好ましく、0.5より大きいことがより好ましく、0.6以上の値であることが特に好ましい。また、屈折率楕円体の傾斜角度θ(すなわち主屈折率n1が基板法線からなす角度)は10度以上50度以下となっていることが好ましく、10度以上40度以下であればより好ましく、10度以上30度以下であることが特に好ましい。
【0042】
なお、T値が大きな値であれば、最適な傾斜角度も大きくなる傾向がある。また、主屈折率n2が主屈折率n1よりも大きな値の複屈折体を作製することも可能であるから、n2の値は現実的に作製できる大きさであれば良い。
【0043】
3つの主屈折率と屈折率楕円体の傾斜角度によって、位相差補償素子を透過するときに生じる位相差の角度依存性の比が定まり、これと膜厚とを考慮して斜方蒸着膜は作製される。すなわち、膜厚が大きくなると、位相差補償素子を透過することによって生じる位相差は大きくなる。また、視野角に応じて生じる位相差は異なるが、この視野角間での位相差の比は、膜厚にはよらず、3つの主屈折率の大きさと屈折率楕円体の傾斜角度によって略定まる。
【0044】
このことから、液晶素子の光学特性に応じて必要な視野角範囲内の各光線の位相差が適切に補償されるようにするためには、上述の条件を満たすように、液晶素子で生じる位相差と位相差補償素子で生じる位相差の大きさが等しく、かつ、符号が逆であるように、膜厚や各主屈折率等を定めることになる。こうした位相差補償素子の詳細な条件は、液晶素子の位相差の視野角特性と、位相差補償素子の3つの主屈折率,屈折率楕円体の傾斜角度,膜厚との関係によって異なり、一律に定めることができるものではなく、各々実際の値に応じて決定する必要がある。
【0045】
[位相差補償素子の製造方法]
上述のような条件を満たす位相差補償素子は、無機材料からなる斜方蒸着膜によって実現される。すなわち、基板に対して蒸着材料の飛来する方位角を移動させながら斜方蒸着を行うことで、上述の条件を満たす位相差補償素子が作製される。
【0046】
具体的には、例えば図3に示す揺動蒸着装置60によって、上述の条件を満たす位相差補償素子が作製される。揺動蒸着装置60は、ベースプレート61にターレット式に回転する材料ホルダ62が設けられており、その中に蒸着材料63a,63bが収容される。真空槽65を真空引きした後、電子銃66から電子ビーム67を蒸着材料63aに照射し、蒸着材料63aを溶融し、蒸発させ真空蒸着を行う。このとき、シャッタ64の開閉によって真空蒸着の開始及び中止を制御することができる。また、材料ホルダ62を回転させることによって、蒸着材料63a,63bを蒸着源として選択することができるようになっている。
【0047】
材料ホルダ62の上方に、斜めに配置された基板ホルダ68が設けられており、この基板ホルダ68にガラスなどからなる基板69が保持される。基板ホルダ68の支持面の法線は、蒸着材料63aから垂直にのばした線分Pに対して角度αだけ傾いて設けられている。したがって、基板69の蒸着面も線分Pに対して角度αだけ傾いて配置され、蒸着方向の極角は角度αに等しい。また、基板ホルダ68は、紙面と垂直な軸を中心に回転自在に設けられており、この基板ホルダ68の回転によって極角αが自在に調節される。
【0048】
また、基板ホルダ68は、軸68aを中心に回転自在に設けられている。蒸着中に基板ホルダ68を、軸68aを中心に回転させることによって、一定の極角αに保ちながら、透明基板69の所定基準位置から見た相対的な蒸着材料63aの飛来方向の角度(以下、方位角)βを自在に変化させることができるようになっている。
【0049】
このように構成される揺動蒸着装置60で、基板69の表面の法線を軸とした曲線軌道上で基板69を移動させ、方位角βを蒸着している最中に変化させることで、前述の各条件を満たす位相差補償素子が作製される。蒸着中の方位角βの変化様態は、所定の角度範囲内での振動的な往復回転(以下、揺動)であることが好ましい。また、この揺動の角度範囲は、0度より大きく90度以下の範囲であることが好ましく、10度以上であることがより好ましい。さらに、10度以上60度以下であることが特に好ましい。
【0050】
上述の揺動蒸着装置60によって斜方蒸着を行うと、図4に示すように、基板69から見た蒸着源71は、基板69の表面の法線に平行な回転軸72を中心として円弧軌道73上を遥動する。このとき、蒸着源71は、基板69に対して一定の極角αを保ったまま、所定の方位角βの範囲で揺動する。すなわち、基板69に対する蒸着材料の極角αを略一定に保ちながら、方位角βの範囲内で連続的に蒸着材料が飛来し、堆積する。この過程によって、主屈折率n2の方向にも広がりを持って堆積が進行し、その結果、主屈折率n2の値が大きくなる。また、揺動の速さが堆積の速さと比べて十分に速くなるようにすれば、作製される斜方蒸着膜の物理的な微細構造はS型に歪むことなく、主屈折率n1の方向が蒸着源の位置を時間平均した方向(平均の蒸着方位)L1に傾斜した構造となる。
【0051】
なお、蒸着装置の形態は上述の揺動蒸着装置60のように蒸着中に基板を揺動させるものに限らない。例えば、図5に示すように、一方向に回転する台座81に複数の基板69を配置する回転蒸着装置82は、前述の条件を満たす位相差補償素子(二軸性複屈折体)の作製に適している。この回転蒸着装置82は、台座81、回転軸83、基板ホルダ84、蒸着源86などからなる。台座81は、蒸着源86の方向から見て凹状に湾曲した形状となっており、その凹面に複数の基板ホルダ84が設けられている。また、蒸着源86は、台座81の回転軸83から所定距離を隔てて配置されている。すなわち、蒸着源86は、台座81の回転中心から偏心した位置に設けられている。
【0052】
このように構成される回転蒸着装置82によって、基板69を回転軸83のまわりに回転させながら蒸着を行うと、図6に示すように、基板69からみた蒸着源86は円軌道87上を所定方向に周回する。したがって、極角αが所定角度範囲内で振動的に変化するとともに、方位角βも所定角度範囲内で振動的に変化する。このように、所定範囲内の異なる方位角βから連続的に蒸着材料を堆積させることによって、主屈折率n2の方向にも広がりを持って堆積が進行し、その結果、主屈折率n2の値が大きくなる。また、台座81の回転の速さが蒸着材料の堆積する速さと比べて十分に速くなるようにすれば、作製される斜方蒸着膜の物理的な微細構造はらせん型に歪むことなく、主屈折率n3の方向が蒸着源86の位置を時間平均した方向(平均の蒸着方位)L2に傾斜した構造となる。
【0053】
なお、上述の回転蒸着装置82によって斜方蒸着を行う場合には、台座81と蒸着源86との間に、基板69が台座81によって回転される軌道の一部分を蒸着源86から遮蔽することが好ましい。例えば、所定サイズの単スリットが設けられた遮蔽板を台座81と蒸着源86との間に配置すれば良い。このように、基板69の回転軌道の一部を蒸着源86から遮蔽すると、蒸着材料が基板69に飛来する極角αと方位角βの分布が変わる。したがって、遮蔽する部分を調節することで、主屈折率n1と主屈折率n3の基板表面に対する傾斜角度及びT値を制御することができる。
【0054】
[液晶素子に対する位相差補償素子の配置]
上述のように作製される位相差補償素子の液晶素子に対する配置は、必要な視野角範囲内の光線に対して液晶素子の傾斜配向成分の方向と位相差補償素子の正面位相差の遅相軸とが略直交するように配置する。さらに、基板平面の法線から傾斜した光線に対する液晶素子の傾斜配向成分による位相差と位相差補償素子による位相差の増減が逆になる方向に配置する。
【0055】
こうした配置によって所定視野角範囲内の光線に生じる位相差の視野角依存性を補償され、液晶素子の視野角が拡大され、液晶プロジェクタのコントラストが改善される。
【0056】
すなわち、例えば、図5に示すように、液晶素子96内で傾斜配向成分の液晶分子が傾斜する方向と、位相差補償素子40の屈折率楕円体41の傾斜方向とは、z軸の正方向を挟んでy軸方向の正方向と負の方向を向くように配置する。このとき、傾斜配向成分による液晶素子の正面位相差の遅相軸方向L3はy軸に平行な方向となり、かつ、位相差補償素子の正面位相差の遅相軸方向L4はx軸に平行な方向となる。したがって、傾斜配向成分の正面位相差の遅相軸方向と位相差補償素子の正面位相差の遅相軸方向は垂直となる。
【0057】
具体的に、例えばTN液晶素子に前述のように作製される位相差補償素子を適用する場合、TN液晶素子の上下面の2箇所にある傾斜配向成分の各々に応じて、2層の位相差補償素子を配置する。すなわち、前述のように作製される位相差補償素子の正面位相差の遅相軸方向が互いに直交するように2層の位相差補償素子を配置する。このとき、2層の位相差補償素子を別個に作成する必要はなく、同一の透明基板上の両面又は片面に斜方蒸着膜を作製しても良い。なお、TN液晶素子に対して1層の位相差補償素子だけを用いる場合にも、一方の傾斜配向成分による位相差が補償されるので、ある程度のコントラスト改善効果が得られる。
【0058】
また、VAN液晶素子は、液晶分子が基板の法線方向から5度程度プレチルトしていることによって所定視野角範囲内の光線に位相差が生じる。したがって、上述のように作製した1層の位相差補償素子を、液晶分子がプレチルトしている方向と位相差補償素子の正面位相差の遅相軸方向とが垂直になるように配置する。
【0059】
同様に、OCB液晶素子に対しては、2層の位相差補償素子を、各々の屈折率楕円体の傾斜方向が逆向きで、かつ、正面位相差の遅相軸が互いに平衡となるように重ねて配置すればよい。また、ECB液晶に対しては、電圧が印加されている状態の液晶層内に傾斜配向成分が2箇所あるが、配向方向が平行なので、位相差補償素子は1層設けるだけでよい。
【0060】
なお、何れの液晶素子に位相差補償素子を配置する場合にも、負のCプレートを併せて配置しても良い。この負のCプレートは、有機ポリマーでも薄膜で構成した構造性複屈折体でも良い。
【0061】
何れにしても、上述のように作製した位相差補償素子を、偏光板と液晶素子の間に少なくとも1枚配置することによって、液晶プロジェクタがスクリーンに投影する画像のコントラストは飛躍的に向上する。このことを以下に実施例を挙げて説明する。
【0062】
[実施例1]
蒸着源と基板との距離が600mmとなる揺動蒸着装置60で、極角αが70度となるようにホウ珪酸ガラスからなる基板を配置し、この基板上に毎秒0.2nmの成膜速度で物理膜厚が1.5μmとなるまでZrOとTiOとからなる組成物を斜方蒸着した。このとき、基板は±30度の範囲で1分間に10回の速さで揺動させた。このように作製した斜方蒸着膜の断面をSEMで観察したところ、基板法線から35度の傾斜角度の節理状微細構造が観察されたが、基板を揺動させたことに対応する周期の微細構造は認められなかった。
【0063】
こうして作製された位相差補償素子は、波長550nmの光に対して正面位相差が65nmであり、主屈折率n1=1.760、主屈折率n2=1.730、主屈折率n3=1.640、T=0.75であり、基板表面の法線に対する屈折率楕円体の傾斜角度θは24であった。また、この位相差補償素子の正面位相差の遅相軸は、基板から見た蒸着源の回転の中心方向を基板に正射影した方向と直角を成す方位であった。
【0064】
[実施例2]
膜厚を2.0μmとしたほかは、実施例1と同じ条件で位相差補償素子を作製した。この位相差補償素子は、波長550nmの光に対して正面位相差10nmであり、主屈折率n1=1.800、主屈折率n2=1.782、主屈折率n3=1.743、T=0.68であり、基板表面の法線に対する屈折率楕円体の傾斜角度θは24度であった。また、正面位相差の遅相軸もまた、実施例1と同様に、基板から見た蒸着源の回転中心方向を基板に正射影した方向と直角を成す方位であった。さらに、この位相差補償素子を、VAN液晶素子を搭載する液晶プロジェクタに1層適用すると、位相差補償素子を用いない場合に800:1であった投影画像のコントラストが1500:1に向上した。
【0065】
[実施例3]
五酸化タンタルをガラスからなる基板上に、毎秒0.2nmの成膜速度で物理膜厚が1.0μmとなるように斜方蒸着膜を作製した。この位相差補償素子の作製には、回転蒸着装置82を用いた。使用した回転蒸着装置82の蒸着源と台座の回転軸との距離は400mmであり、基板は回転軸から450mmで高さ1000mmの位置に設置した。また、台座は1分間に10回の速さで回転させ、この回転の間に、蒸着方向の極角αは72度から35度まで変化し、方位角βは±23度の範囲で変化した。
【0066】
こうして作製された位相差補償素子は、波長550nmの光に対して正面位相差は50nmであり、主屈折率n1=1.800、主屈折率n2=1.782、主屈折率n3=1.744、T=0.68であり、基板表面の法線に対する屈折率楕円体の傾斜角度θは24度であった。また、この位相差補償素子の正面位相差の遅相軸は、基板から見た蒸着源の回転の中心方向を基板に正射影した方向と直角を成す方位であった。こうして作製した位相差補償素子を、TN液晶素子を搭載する液晶プロジェクタに2層適用すると、位相差補償素子を用いない場合に450:1であった投影画像のコントラストが1000:1に向上した。
【0067】
上述の実施例から明らかなように、本発明の位相差補償素子によれば、液晶素子の傾斜配向成分による位相差を適切に補償し、液晶プロジェクタのコントラストを改善することができる。また、本発明の位相差補償素子は、無機材料の斜表蒸着膜からなるから、耐久性に富み、低コストに作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】液晶分子の配向を近似する様子を示す概念図である。
【図2】斜方蒸着膜の屈折率楕円体を示す概念図である。
【図3】揺動蒸着装置の構成を示す説明図である。
【図4】遥動する基板への蒸着方向を示す説明図である。
【図5】回転蒸着装置の構成を示す説明図である。
【図6】回転移動する基板への蒸着方向を示す説明図である。
【図7】液晶素子に対する位相差補償素子の配置を示す説明図である。
【符号の説明】
【0069】
20 TN液晶素子
21 液晶分子
22 垂直配向成分
23,24 傾斜配向成分
40 位相差補償素子(二軸性複屈折体)
41 屈折率楕円体
60 蒸着装置
α 極角
β 方位角
θ 屈折率楕円体の傾斜角度
L1,L2 平均の蒸着方位
L3,L4 遅相軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
斜方蒸着によって基板上に堆積された無機材料からなり、蒸着方向と基板表面の法線を含む面内に主屈折率n1が定まり、基板表面に平行な方向に主屈折率n2が定まり、主屈折率n1及びn2に垂直な方向に主屈折率n3が定まる二軸性複屈折体において、
前記主屈折率n1の方向が前記基板表面の法線から10度以上50度以下の角度をなして傾斜し、
各主屈折率の値が n1>n3 かつ (n2−n3)/(n1−n3)>0.3 なる関係を満たし、
前記基板表面の法線方向から測定した位相差の遅相軸が、前記主屈折率n2の方向と略平行であることを特徴とする二軸性複屈折体。
【請求項2】
無機材料を斜方蒸着によって基板上に堆積させる二軸性複屈折体の製造方法において、
前記基板に対して蒸着材料が基板に飛来する方向の方位角を、所定の角度振幅の範囲内で振動的に変化させながら蒸着することを特徴とする二軸性複屈折体の製造方法。
【請求項3】
前記基板の表面の法線に平行な回転軸を中心とする円軌道の一部分を往復するように、前記基板を揺動させることを特徴とする請求項2に記載の二軸性複屈折体の製造方法。
【請求項4】
所定の回転軸を中心に前記基板を所定方向に移動させながら、前記回転軸から所定距離隔てて配置された蒸着源から蒸着材料を飛散させることを特徴とする請求項2に記載の二軸性複屈折体の製造方法。
【請求項5】
回転移動する前記基板の軌道の一部を前記蒸着源から遮蔽することを特徴とする請求項4記載の二軸性複屈折体の製造方法。
【請求項6】
請求項1に記載の二軸性複屈折体を位相差補償素子として用いることを特徴とする液晶プロジェクタ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−75459(P2009−75459A)
【公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−245921(P2007−245921)
【出願日】平成19年9月21日(2007.9.21)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】