説明

亜鉛めっき鋼板溶接用ステンレス鋼フラックス入り溶接ワイヤおよびこれを用いた亜鉛めっき鋼板のアーク溶接方法

【課題】亜鉛脆化割れが発生せず、耐食性、延性に優れる溶接部が得られ、溶接作業性が良好な、亜鉛めっき鋼板溶接用ステンレス鋼フラックス入り溶接ワイヤ及びこれを用いた溶接方法を提供する。
【解決手段】ステンレス鋼外皮及びフラックス中に、金属又は合金として、ワイヤ全質量に対し、C:0.01〜0.05%、Si:0.1〜1.5%、Mn:0.5〜3%、Ni:7〜10%、Cr:26〜30%を含有し、F値が30〜50を満足し、前記フラックス中に、スラグ形成剤として、TiO:3.8〜6.8%、SiO:1.8〜3.2%、ZrO:1.3%以下、Al:0.5%以下を含有し、その他のスラグ形成剤との合計量が7.5〜10.5%であり、前記TiOは、スラグ形成剤合計量に対し50〜65%を満足し、残部Fe及び不可避的不純物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タッチアップ等の後処理を行わなくても溶接部の耐食性を確保できる、亜鉛めっき鋼板溶接用ステンレス鋼フラックス入り溶接ワイヤおよびこれを用いた亜鉛めっき鋼板のアーク溶接方法に係わり、特に、溶接割れが発生せず、溶接作業性が良好な、亜鉛めっき鋼板溶接用ステンレス鋼フラックス入り溶接ワイヤおよびこれを用いた亜鉛めっき鋼板のアーク溶接方法に関するものである。
【0002】
なお、本発明が対象とする被溶接材の亜鉛めっき鋼板は、亜鉛めっき鋼板と亜鉛系合金めっき鋼板とを含むものである。
【背景技術】
【0003】
亜鉛めっき鋼板は、建築や自動車などの分野において構造部材の耐食性向上の観点から幅広く用いられている。従来構造物の耐食性向上については、非めっき材を溶接し、その後、亜鉛浴に浸漬し、鋼材および溶接部表面に付着させ、構造物全体の耐食性を確保する方法が用いられていた。しかし、この方法では、溶接した後にめっき処理されるため、生産性が劣るとともに、めっき浴等の設備が必要となり、製造コストを増加させる原因になっていた。
【0004】
これを回避するため、予めめっきが施された亜鉛めっき鋼板を溶接することにより構造物を製造する方法が、適用されるようになってきた。また、最近、構造部材の耐食性をより向上させるために、従来の一般的な亜鉛めっき鋼板に比べて、更に耐食性を高めたZn−Al−Mg−Si系合金めっきなどの亜鉛系合金めっきを鋼板表面に施した亜鉛系合金めっき鋼板を溶接して溶接構造物を製造するようになってきた(例えば、特許文献1、参照。)。
【0005】
亜鉛めっき鋼板または亜鉛系合金めっき鋼板を溶接して溶接構造物を製造する場合の特有な問題として、溶接金属及び母材熱影響部で溶融めっきに起因する液体金属脆化割れ(以下、亜鉛脆化割れという。)が発生し易いことが従来から知られている。
【0006】
亜鉛脆化割れは、溶接部の近傍に存在する母材熱影響部の表面に溶融状態で残存した亜鉛めっき成分が溶接部分の結晶粒界に浸入することが主な原因であると考えられている。なお、溶接部の表面に存在していた亜鉛めっきは溶接により蒸散して消滅するため、溶接脆化割れの原因とはならないと考えられている。
【0007】
一方、従来から耐食性が要求されるステンレス鋼構造物の溶接には、ステンレス鋼の共金系溶接材料が用いられる。この場合、ステンレス鋼同士またはステンレス鋼と炭素鋼の接合部に形成されたステンレス鋼成分の溶接金属でも、ステンレス鋼の母材部と同様に、良好な耐食性が得られる。
【0008】
しかし、本発明者らの確認試験結果によれば、亜鉛めっき鋼板を溶接する際に耐食性が良好な溶接金属を得るために、例えばSUS309系やSUS329系ステンレス鋼溶接材料などの溶接材料を用いても、溶接金属に亜鉛脆化割れが多数発生し、適用が困難であることが確認された。
【0009】
溶接金属の亜鉛脆化割れの問題を解決する方法として、本発明者らは、C、Si、Mn、Ni、Cr量の制御により溶接金属のフェライト組織の面積率と引張強度を適正化し、さらには、スラグ剤中のTiO量等を適正に制御することで、溶接金属の亜鉛脆化割れを防止するフラックス入り溶接ワイヤを提案している(特許文献2、参照。)。
【0010】
しかし、この方法を用いて亜鉛系合金めっき鋼板を溶接する場合には、溶接条件によって溶接金属の亜鉛脆化割れが生じることがしばしばあり、安定してその発生を防止することはできなかった。また、この方法を用いて得られる溶着金属は延性が低く、加えて溶接作業性のアーク安定性が低く、スラグ剥離性が悪いという問題があった。
【0011】
これに対し、本発明者らは、溶接脆化割れを防止する溶接継手について、さらに鋭意研究し、継手の溶接金属成分を規定することにより、溶接金属に発生する亜鉛脆化割れを抑制する手段を提案している(特許文献3、参照。)。さらに、当該特許文献では溶接ワイヤの合金成分を規定することによって、継手の溶接金属成分を目標とする範囲に調整する手段を提案している。
【0012】
【特許文献1】特開2000−064061号公報
【特許文献2】特開2006−035293号公報
【特許文献3】特開2007−118077号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
溶接部に発生する亜鉛脆化割れとしては、図3に示すような溶接金属に発生する割れと、図4に示すような溶接止端部から母材熱影響部に向かって発生する割れとが典型例として挙げられる。
【0014】
このうち、図3に示すような溶接金属の亜鉛脆化割れについては、上記の特許文献3に記載の成分組成となる溶接金属を実現することにより抑制できることを本発明者らは明らかにしている。しかし、溶接継手として使用するためには、割れの防止以外にも、溶接部の延性等の機械的性能が要求される。特許文献3に記載の発明では、使用する溶接材料の成分に関して、C、Si、Mn、Ni、Cr量の範囲が示されているものの、適正な成分バランスについては開示がなく、溶接継手の諸特性を満足させるための溶接ワイヤを選定するために多大な事前検討の手間を要するという問題があった。
【0015】
一方、図4に示すような母材熱影響部の亜鉛脆化割れに関しては、一般的な溶接継手では問題とならないが、例えば、溶接時の残留応力が高いとされる円周溶接や、溶接部材の拘束力が高くなる角鋼管の溶接おいて割れが発生する場合があり、新たな課題となっていた。このような割れの発生機構としては、図4に示すように、鋼板表面に溶融状態で存在する亜鉛5が、溶接後の冷却過程で応力集中部である溶接止端部4から母材熱影響部1aに侵入することによって割れ6を引き起こすものと考えられる。
【0016】
なお、上記特許文献2において、母材熱影響部の亜鉛脆化割れ防止のため溶接ワイヤ中のスラグ成分におけるTiOの比率を60%以上に高くする旨が記載されているが、当該特許文献ではスラグ形成剤の総量が溶接ワイヤ全質量に対し5%以下と比較的少なく、かつ、スラグ形成剤の配合バランス上、スパッタが多発する場合があるなど溶接作業性の改善の余地があり、また溶接条件によっては、割れが発生する場合もあった。
【0017】
そこで、本発明は、ステンレス鋼溶接材料を用いた亜鉛めっき鋼板の溶接において、溶接金属の亜鉛脆化割れ防止や延性確保に加えて、母材熱影響部の亜鉛脆化割れを防止し、かつ、溶接作業性にも優れる、亜鉛めっき鋼板溶接用ステンレス鋼フラックス入り溶接ワイヤおよびこれを用いた亜鉛めっき鋼板のアーク溶接方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、前記課題を解決するために溶接ワイヤの合金成分について種々検討を行った。その結果、溶接ワイヤ中のC、Si、Mn、Ni、Cr量の適正化を図ると共に、その合計式であるF値(=3×[Cr%]+4.5×[Si%]−2.8×[Ni%]−84×[C%]−1.4×[Mn%]−19.8)の増加により、亜鉛脆化割れを低減することができ、さらには延性も確保できることを見出した。図2には、亜鉛めっき鋼板の溶接について、F値と割れ個数の関係を示す(溶接条件等は、後述の実施例の溶接継手性能調査と同じである。)。
【0019】
このF値は、フェライトの晶出し易さを示す指標であるが、図2に示すように、F値が30以上、望ましくは40以上となると、初晶から室温までフェライト単相で凝固が完了するため、粒界に亜鉛の侵入が生じ難く、割れを防止することができるものと考えられる。
【0020】
また、母材熱影響部の亜鉛脆化割れ防止に対しては、溶接ワイヤのスラグ形成剤について検討を行った。その結果、溶接ワイヤ中のスラグ形成剤におけるTiOの含有比率を適正化すること、並びにスラグ形成剤の総量を比較的多くすることによって割れを防止できることを見出した。すなわち、図5に示すように、適切な成分組成の凝固スラグ8で溶接金属3を良好に覆うことによって溶融亜鉛5が溶接止端部4に侵入することを防ぐことが可能となり、母材熱影響部の亜鉛脆化割れを防止できることが明らかとなった。
【0021】
本発明は以上の知見によりなされたもので、その要旨とするところは次の通りである。
【0022】
[1] ステンレス鋼外皮の内部にフラックスが充填されたステンレス鋼フラックス入り溶接ワイヤにおいて、
金属または合金成分として、前記外皮およびフラックス中に、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で、
C :0.01〜0.05%、
Si:0.1〜1.5%、
Mn:0.5〜3.0%、
Ni:7.0〜10.0%、
Cr:26.0〜30.0%
を含有し、かつ下記(1)式で定義されるF値が30〜50の範囲を満足し、
さらに、スラグ形成剤として、前記フラックス中に、ワイヤ全質量に対する質量%で、
TiO:3.8〜6.8%、
SiO:1.8〜3.2%、
ZrO:1.3%以下(0%を含む。)、
Al:0.5%以下(0%を含む。)
を含有し、かつ該スラグ形成剤とその他のスラグ形成剤との合計量が7.5〜10.5%であり、
さらに、前記TiOは、スラグ形成剤合計量に対する質量%で、
TiO:50〜65%
を満足し、残部はFeおよび不可避的不純物であることを特徴とする、亜鉛めっき鋼板溶接用ステンレス鋼フラックス入り溶接ワイヤ。
F値=3×[Cr%]+4.5×[Si%]−2.8×[Ni%]−84×[C%]
−1.4×[Mn%]−19.8 ・・・・・・・・ (1)
ただし、上記[Cr%]、[Si%]、[Ni%]、[C%]および[Mn%]は、それぞれ、溶接ワイヤ中の外皮およびフラックス中に含有するCr、Si、Ni、CおよびMnのワイヤ全質量に対するそれぞれの質量%の合計を示す。
【0023】
[2] 被溶接材である亜鉛めっき鋼板のめっき成分が、質量%で、
Al:2〜19%、
Mg:1〜10%、
Si:0.01〜2%
を含有し、残部がZnおよび不可避的不純物からなる亜鉛系合金めっきであり、
該めっきを被覆してなる亜鉛めっき鋼板の溶接に際し、上記[1]に記載の亜鉛めっき鋼板溶接用ステンレス鋼フラックス入り溶接ワイヤを用いてアーク溶接することを特徴とする、亜鉛めっき鋼板のアーク溶接方法。
【0024】
[3] 被溶接材である亜鉛めっき鋼板のめっきを除く鋼板の成分が、質量%で、
C :0.01〜0.2%、
Si:0.01〜2.0%、
Mn:0.5〜3.0%、
P :0.020%以下、
S :0.020%以下、
Al:0.001〜0.5%、
Ti:0.001〜0.5%、
B :0.0003〜0.004%、
N :0.0005〜0.006%
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼板であり、
該亜鉛めっき鋼板の溶接に際し、上記[1]に記載の亜鉛めっき鋼板溶接用ステンレス鋼フラックス入り溶接ワイヤを用いてアーク溶接することを特徴とする、亜鉛めっき鋼板のアーク溶接方法。
【発明の効果】
【0025】
本発明の亜鉛めっき鋼板溶接用ステンレス鋼フラックス入り溶接ワイヤおよびこれを用いた亜鉛めっき鋼板のアーク溶接方法によれば、タッチアップ等の後処理を行わなくても耐食性が良好で、かつ、溶接割れが発生せず、溶接部の延性が良好で、また、溶接作業性に優れるなど、高品質の溶接部が得られる。
【0026】
特に、Al、Mgを合金元素として含む、Zn−Al−Mg系合金めっき鋼板の溶接において顕著な効果を示す。Zn−Al−Mg系合金めっき鋼板としては、例えば、Alを11%、Mgを3%、Siを0.2%含み残部を主にZnとする新日本製鐵株式会社製「スーパーダイマ(登録商標)」鋼板あるいはAlを7%、Mgを3%含み残部を主にZnとする日新製鋼株式会社製「ZAM(登録商標)」鋼板等がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明者らは、溶接部の耐食性を向上させることのできる亜鉛めっき鋼板用のステンレス系溶接材料について、溶接金属の亜鉛めっき割れを抑制するとともに溶接金属の延性を確保し、さらには、母材熱影響部の亜鉛脆化割れの発生を抑制しながら溶接作業性を良好に維持する手段を鋭意検討した。
【0028】
なお、本発明において、上記亜鉛めっき鋼板とは、単純な亜鉛めっき鋼板の他、亜鉛めっき中に耐食性向上のためにAl、Mg、Siなどを添加したZn−Al系合金めっき、Zn−Al−Mg系合金めっき、Zn−Al−Mg−Si系合金めっきが表面に施されためっき鋼板の総称を意味するものとする。
【0029】
先ず、溶接金属の亜鉛脆化割れ抑制および溶接金属の延性確保を達成する手段について述べる。本発者らの実験結果によれば、溶接金属中のフェライト量を適性に保つことにより溶接金属の亜鉛脆化割れ抑制ならびに延性確保が両立できることを確認している。また、この溶接金属凝固時のフェライトの晶出し易さは、主として溶接金属中のSi及びCrのフェライト形成元素と、C、Mn及びNiのオーステナイト形成元素を基に、下記(1)式で定義されるF値によって整理できることを見出した。
F値=3×[Cr%]+4.5×[Si%]−2.8×[Ni%]−84×[C%]
−1.4×[Mn%]−19.8 ・・・・・・・・ (1)
ただし、上記[Cr%]、[Si%]、[Ni%]、[C%]および[Mn%]は、それぞれ、溶接ワイヤ中の外皮およびフラックス中に含有するCr、Si、Ni、CおよびMnのワイヤ全質量に対するそれぞれの質量%の合計を示す。
【0030】
図2に亜鉛めっき鋼板を溶接する際に使用したフラックス入り溶接ワイヤのF値と亜鉛脆化割れ個数の関係を示す(溶接条件等は、後述の実施例の溶接継手性能調査と同じである。)。
【0031】
フラックス入り溶接ワイヤのF値が30未満の場合には、溶接金属の初晶凝固相がオーステナイト単独で凝固が完了するか、あるいは、初晶凝固相がフェライトでも凝固途中でオーステナイトの晶出が起こりフェライトとオーステナイトの二相で凝固が完了する。この際、オーステナイト相は柱状晶凝固するため、溶接時にオーステナイト粒界に亜鉛めっきに起因するZnなどの低融点成分が侵入し、溶接金属の亜鉛脆化割れが発生し易くなる。一方、フラックス入り溶接ワイヤのF値が30以上の場合は、溶接金属はフェライトで初晶析出し、フェライト単相で凝固が完了するため、等軸晶凝固した微細化されたフェライト相により、溶接時に結晶粒界への亜鉛などの低融点成分の侵入が生じにくく、溶接金属の亜鉛脆化割れ発生は減少することが明らかになった。更に、F値が40以上の場合は、溶接金属の凝固後の冷却過程において析出するオーステナイトが少なくなり、亜鉛脆化割れ抑制の効果がより顕著になることが明らかとなった。
【0032】
これらの知見を基に、本発明では、後述するようにフラックス入り溶接ワイヤ中のC、Si、Mn、Ni、Crの含有量を適正化すると共に、溶接金属の亜鉛脆化割れ発生を抑制するために上記(1)式で定義される溶接ワイヤのF値を30以上、望ましくは40以上とする。
【0033】
耐亜鉛脆化割れ抑制の観点から溶接ワイヤのF値は高いほど好ましい。しかし、ワイヤのF値が50を超えると、溶接金属がフェライト単相で凝固完了した後、室温までの冷却過程でのオーステナイトの析出が極めて減少するため、室温での溶接金属中のフェライト量が多くなる。溶接金属の延性すなわち伸びを確保するためには、所定のオーステナイトの析出が必要でありF値の過度な増加は好ましくない。したがって、本発明では、室温での溶接金属組織をフェライトとオーステナイトの適正な二相組織とすることで、溶接金属の亜鉛脆化割れ発生を抑制するとともに、溶接金属の延性を十分に確保するためにワイヤのF値の上限を50とする。
【0034】
次に、母材熱影響部の亜鉛脆化割れ防止ならびに溶接作業性向上の手段について鋭意検討した。その結果、母材熱影響部の亜鉛脆化割れ防止に対しては、図5に示すように、溶接金属3を覆う凝固スラグ8によって溶融亜鉛5が溶接止端部4へ侵入することを防止することが重要であり、溶接作業性向上に対してはスラグ形成剤の成分組成を最適化することが重要であることを見出した。
【0035】
本発明は、これらの知見に基づいて、
(a)スラグ形成剤におけるTiO含有量を高くし比較的高い融点の凝固スラグを形成すると共に、スラグ形成剤の総量を比較的多くすることによって溶接金属を高温状態で良好に包囲することが可能となり、溶接止端部への溶融亜鉛の侵入を防止できる、
(b)スラグ形成剤におけるTiO含有量の上限を規定し、溶接ワイヤ先端から鋼板母材に移行する溶滴の移行特性を安定化させることによってスパッタの低減が可能となり溶接作業性が向上する
ことを技術思想とする。
【0036】
以下に、母材熱影響部の亜鉛脆化割れ防止手段について述べる。なお、通常の突合せ溶接継手や隅肉溶接継手では、母材熱影響部の亜鉛脆化割れの再現は必ずしも容易ではないため、特殊な溶接試験体で評価した。すなわち、図6に示すように、板厚9mmの厚手鋼材9の上に評価対象となるめっき鋼板1を設置し、その4辺を重ね隅肉溶接することによってめっき鋼板の拘束力を高くした。さらに、めっき鋼板1上に丸鋼2を設置し円周隅肉溶接することによって溶接時の収縮応力が高くなる条件とした。溶接完了後に、溶接ビードのクレータ部(終端部)の断面11を断面観察することによって母材熱影響部の亜鉛脆化割れ発生状況を評価した。
【0037】
図1に、TiO、SiO、ZrOをスラグ材の主成分とする溶接ワイヤを用いて母材熱影響部の亜鉛脆化割れ発生状況を調べた結果を示す。TiOの比率を50%以上とし、またスラグ総量を7.5%以上とすることによって亜鉛脆化割れを防止できることがわかる。母材熱影響部の亜鉛脆化割れ防止のメカニズムは、溶接後に凝固したスラグ8がバリアとなり母材熱影響部1a(溶接止端部4)への溶融亜鉛5の侵入を防止すると考えられる。このため、TiOの比率を増加させスラグ材の融点を高めることによって強固なバリアになると考えられる。また、スラグ材総量を増加させると、溶接止端部にスラグを厚く(多く)被包させることが可能になり、溶融亜鉛の侵入抑制に有効であったと考えられる。
【0038】
一方、溶接作業性に関し、TiOの含有比率が65%を超えるとスパッタが多発することがわかる。TiO添加量の増加によりスラグ材の融点が高くなりすぎたため、溶融スラグが溶接ワイヤ先端から離脱し難くなり、結果として溶滴移行特性が不安定となりスパッタが増加したと考えられる。
【0039】
このため、母材熱影響部の亜鉛脆化割れ防止の観点ではスラグ形成剤総量に対するTiO含有量を50%以上とすることが有効となるが、スパッタ抑制の観点ではTiO含有量を65%以下に規定する必要がある。
【0040】
以上が、溶接金属の亜鉛脆化割れ防止ならびに延性確保のためのF値の限定理由、母材熱影響部の亜鉛脆化割れ防止ならびにスパッタ抑制のための溶接ワイヤ中のスラグ形成剤総量およびTiOの含有比率の限定理由である。さらに、溶接金属の諸特性および種々の溶接作業性を良好に保つためには、フラックス入り溶接ワイヤ中に金属または合金として添加する成分、及び、スラグ形成剤を以下のように限定する必要がある。なお、以下の説明において、「%」は特に説明がない限り、「質量%」を意味するものとする。
【0041】
まず、溶接金属の合金成分となるC、Si、Mn、Ni、Cr各成分の添加理由を述べる。
【0042】
Cは、耐食性に有害であるが、溶接金属の強度確保、溶接時のアーク状態を安定化させる目的で0.01%以上添加する。一方、0.05%を超えて添加すると炭化物が多く析出するため、溶接金属の延性が低下する。従って、フラックス入り溶接ワイヤ中に金属または合金として含有するCは0.01〜0.05%にする必要がある。
【0043】
Siは、スラグ剥離性を良好とする目的で0.1%以上添加する。一方、1.5%を超えて添加すると、低融点SiO系酸化物を析出するため、溶接金属の延性が低下する。従って、フラックス入り溶接ワイヤ中に金属または合金として含有するSiは、0.1〜1.5%にする必要がある。
【0044】
Mnは、室温での溶接金属組織中のオーステナイト相を安定化させ、溶接金属の延性を得る目的で0.5%以上添加する。一方、3.0%を超えて添加すると、スラグ剥離性が悪くなる。従って、フラックス入り溶接ワイヤ中に金属または合金として含有するMnは、0.5〜3.0%にする必要がある。
【0045】
Niは、オーステナイト形成元素であり、室温での溶接金属組織中のオーステナイト相を安定化させ、溶接金属の延性を得る目的で7.0%以上必要である。一方、10.0%を超えて添加すると、P、S等の割れに有害な微量成分の偏析を促進し、更に亜鉛脆化割れが発生し易くなる。従って、フラックス入り溶接ワイヤ中に金属または合金として含有するNiは7.0〜10.0%、好ましくは8.0〜10.0%にする必要がある。
【0046】
Crは、溶接金属の耐食性を向上するために寄与する元素である。また、Crはフェライト形成元素であり、溶接金属を凝固完了時にフェライト単相とし、溶接金属の亜鉛脆化割れを抑制するために寄与する。本発明では、Cr含有量は溶接金属の耐食性を十分に得るために26.0%以上とする。通常、ステンレス鋼の溶接金属はCr量13.0%程度で良好な耐食性が得られるが、本発明は、Crを含有しない亜鉛めっき鋼板に適用し、母材希釈を約50%受けても、溶接金属のCr量が約13%確保できることを考慮しており、そのため26.0%以上のCr量が必要となる。一方、30.0%を超えて添加すると、Cr23等の炭化物やσ相の析出が生じ易く、延性が得られなくなる。従って、フラックス入り溶接ワイヤ中に金属または合金として含有するCrは26.0〜30.0%にする必要がある。
【0047】
以上のフラックス入り溶接ワイヤ中に金属または合金として含有するC、Si、Mn、Ni、Crの各成分含有量(溶接ワイヤ全質量に対する質量%の合計量)は、上述したように、溶接金属の亜鉛脆化割れ発生を抑制し、かつ溶接金属の延性を良好に確保するために、上記(1)式で定義されるF値が30〜50の範囲内となるようにする。
【0048】
なお、上記本発明で規定する成分以外に、さらに、溶接金属の0.2%耐力、引張強さ、延性(全伸び)、0℃でのシャルピー衝撃吸収エネルギーなどの機械性能の調整やスラグ剥離性の調整などの目的で、他の成分として、Mo、Cu、V、Nb、Bi、N等の合金剤を組合せて添加することができる。
【0049】
但し、Nについては、延性を劣化させることから、0.05%未満とすることが望ましい。また、溶接部の脱酸を目的としたAl、Mg、Ti等の脱酸剤も適宜添加調整することができる。
【0050】
次に、スラグ形成剤であるTiO、SiO、ZrO、Al各成分の添加理由および限定理由を述べる。
【0051】
TiOは、母材熱影響部の亜鉛脆化割れを防止する上で最も重要なスラグ形成剤であり、被包性の良好なスラグを得るため3.8%以上必要である。一方、6.8%を越えて添加すると、溶接ビード形状が凸凹となり、またスパッタが多くなる。従って、フラックス入り溶接ワイヤのフラックス中にスラグ形成剤として含有するTiOは、3.8〜6.8%にする必要がある。また、TiOのスラグ被包性について更に言及すると、後述のSiOと共に適正量添加することで、止端部に適正な厚みを持たせたスラグの被包状態を得ることが可能となり溶融亜鉛の止端部への侵入防止に有効に作用する。
【0052】
SiOは、スラグ剥離性を良好とし、かつ、滑らかな溶接ビード形状を得るため1.8%以上添加する。一方、3.8%を超えて添加するとスパッタが多くなる。従って、フラックス入り溶接ワイヤのフラックス中にスラグ形成剤として含有するSiOは、1.8〜3.8%にする必要がある。またSiOのスラグ剥離性について更に言及すると、亜鉛の固着に関わらず、溶接ビード全体のスラグ剥離性を良好とすることを目的として添加する。
【0053】
ZrOは、溶接止端部のスラグに亜鉛が固着しても良好なスラグ剥離性を得る目的で、必要に応じて、添加することができる。しかしながら1.3%を超えて添加するとスパッタが多くなり、また溶接ビード形状が凸凹となる。従って、フラックス入り溶接ワイヤのフラックス中にスラグ形成剤として含有するZrOは1.5%以下にするのが望ましい。
【0054】
Alは、亜鉛脆化割れを抑制し、加えて亜鉛蒸気が混入するアーク雰囲気においても、アーク安定性を良好とする目的で、必要に応じて、添加することができる。しかしながら、0.5%を超えて添加するとスラグの剥離性を低下させる。従って、フラックス入り溶接ワイヤのフラックス中にスラグ形成剤として、Alは0.5%以下にするのが好ましい。
【0055】
上記TiO、SiO、ZrO、Al以外のその他スラグ形成剤として、溶接ワイヤ製造工程のボンドフラックスを製造する際に添加される珪酸カリおよび珪酸ソーダなどの固着剤や、主としてアーク安定剤として用いられるNaO、KO、CaCO、BaCOなどの金属酸化物や金属炭酸塩や、主としてスラグ粘性の調整やスラグ剥離性確保のために用いられるAlF、NaF、KZrF、LiF等の弗化物や、FeO、Fe等の鉄酸化物などを適宜添加することができる。
【0056】
但し、上記スラグ形成剤の合計量が10.5%を超えると、溶接時にスパッタの発生が多くなる。従って、フラックス入り溶接ワイヤの上記スラグ形成剤の合計量は10.5%以下にする。
【0057】
本発明の亜鉛めっき鋼板溶接用ステンレス鋼フラックス入り溶接ワイヤの製造は、特に限定する必要はなく、通常知られているフラックス入り溶接ワイヤの製造方法を用いて製造できる。
【0058】
例えば、上記金属または合金を含有したオーステナイト系ステンレス鋼からなる帯鋼(外皮)をU形に成形した後、予め上記金属または合金や上記スラグ形成剤を配合、撹拌、乾燥した充填フラックスをU形に成形した溝に満たした後、さらに、帯鋼(外皮)を管状に成形し、引き続き、所定のワイヤ径まで伸線する。
【0059】
この際、管状に成形した外皮シームを溶接することで、シームレスタイプのフラックス入り溶接ワイヤとすることもできる。
【0060】
また、上記の以外の方法として、予め管状に成形されたパイプを外皮として用いる場合には、パイプを振動させてフラックスを充填し、所定のワイヤ径まで伸線する。
【0061】
本発明が対象とする被溶接材の亜鉛めっき鋼板は、一般的なJIS G 3302に準拠した溶融亜鉛めっき鋼板の他、JIS G 3317に準拠した溶融亜鉛−5%アルミニウム合金めっき鋼板、JIS G 3321に準拠した溶融55%アルミニウム−亜鉛合金めっき鋼板、Zn−11%Al−3%Mg−0.2%Siめっき鋼板(スーパーダイマ(登録商標))、Zn−7%Al−3%Mgめっき鋼板(ZAM(登録商標))等の亜鉛系合金めっき鋼板を含む。
【0062】
なお、ステンレス系の溶接材料を用いた場合に発生する母材熱影響部の亜鉛脆化割れは、特に、めっき成分にMgを含有する場合に発生しやすくなる。このため、上記のMgを含むめっき鋼板(Zn−11%Al−3%Mg−0.2%Siめっき鋼板)、Zn−7%Al−3%Mgめっき鋼板)を本発明のステンレス鋼フラックス入り溶接ワイヤで溶接する場合に母材熱影響部の亜鉛脆化割れ抑制の効果が顕著となる。
【0063】
Zn−Al−Mg−Si系合金めっき鋼板としては、質量%で、Al:2〜19%、Mg:1〜10%、Si:0.01〜2%を含有し、残部がZnおよび不可避的不純物からなる亜鉛系合金めっき鋼板に効果的に適用できる。
【0064】
この亜鉛系合金めっき成分について述べると、Mgは、めっき層の耐食性を向上させる目的で1〜10%含有させる。1%未満では耐食性を向上させる効果が不十分であるためであり、10%を超えるとめっき層が脆くなって密着性が低下するためである。Alは、Mg添加でめっき層の脆くなるのを抑制し、また耐食性を向上させるため、2〜19%含有させる。2%未満では、添加による効果が不十分でめっき層が脆くなって密着性が低下し、19%を超えると耐食性を向上させる効果が飽和すると同時にAlと鋼板中のFeが反応することによる密着性の低下が起こるからである。Siは、Alと鋼板中のFeが反応しめっき層が脆くなって密着性が低下するのを抑制するため、0.01〜2%含有させる。0.01%未満では、その効果が十分でなく密着性が低下するためであり、2%を超えると密着性を向上させる効果が飽和するばかりかめっき層自体が脆くなるためである。
さらに、亜鉛系合金めっき成分として、塗装後耐食性を向上させるためCa、Be、Ti、Cu、Ni、Co、Cr、Mnの1種または2種以上の元素を添加しても良い。
【0065】
また、本発明が対象とする被溶接材の亜鉛めっき鋼板としては、めっき原板の引張強さが270MPa〜590MPa級の亜鉛めっき鋼板とし、かつ、めっき原板の鋼板成分を以下のとおりに規定することが、母材熱影響部の亜鉛脆化割れ抑制効果がより顕著となるため好ましい。
【0066】
Cは、溶接熱影響部(Heat Affected Zone、以下、HAZともいう。)の焼入れ性向上によるHAZの亜鉛脆化割れ抑制のため0.01%以上添加する。一方、過剰の添加はHAZの硬化による曲げ性低下や遅れ割れ性増加につながると共に、亜鉛脆化割れも発生しやすくなる。このため上限は0.2%とする。
【0067】
Siは、鋼板の脱酸のため0.01%以上添加する。一方、過剰の添加は、過剰の熱延時の酸化スケール増加、延性低下につながるため上限を2.0%とする。
【0068】
Mnは、不可避的不純物であるSをMnSとして固定すると共に、HAZの焼入れ性向上のため0.5%以上添加する。一方、過剰の添加は、曲げ性低下や遅れ割れ性増加につながるため上限は3.0%とする。
【0069】
Pは、不純物元素であり、鋼板の加工性低下を防ぐため、上限を0.020%とする。
【0070】
Sは、不純物元素であり、溶接金属の高温割れ防止および熱延時の加工性低下を防ぐため、上限を0.020%とする。
【0071】
Alは、鋼の脱酸元素として0.001%以上添加する必要があるが、過剰に添加すると粗大な非金属介在物を生成して鋼材の靭性等の性能を低下させるので上限値は0.5%とした。
【0072】
Tiは、鋼中のNを窒化物として固定しBNの析出を防ぐ効果があるため0.001%以上添加する。一方、過剰の添加は合金添加コスト上昇につながるため、0.5%を上限とする。
【0073】
Bは、HAZの結晶粒界の界面エネルギー低下による亜鉛脆化割れ抑制効果を得るために、0.0003%以上添加する。一方、過剰の添加は、溶接部の靭性低下を招くと共に、溶接熱影響部の結晶粒界に亜鉛が侵入しやすくなり、かえって、亜鉛脆化割れが発生しやすくなるので上限を0.004%とする。
【0074】
Nは、BをBNなどの窒化物として析出させるため、0.0005%以上添加する。一方、Bの亜鉛脆化割れ抑制効果を低下させるため上限を0.006%とする。
【実施例】
【0075】
以下、実施例により本発明を詳細に説明する。
【0076】
(実施例1)
まず、亜鉛脆化割れ抑制効果の確認のため、溶接材料の効果およびめっき種類の影響を調べた。
【0077】
表1に示す合金成分を含有するステンレス鋼フラックス入り溶接ワイヤにおいて、スラグ形成剤が表1及び表3に示す組成のステンレス鋼フラックス入り溶接ワイヤを試作した。ワイヤ径は1.2mmとした。亜鉛めっき鋼板は、板厚5mm、引張強さ400MPa級の鋼板のめっき原板にA〜Cに示す3種類のめっきが塗布された亜鉛系合金めっき鋼板を用いた。
A:JIS G 3302に準拠した溶融亜鉛めっき鋼板
B:JIS G 3317に準拠した溶融亜鉛−5%アルミニウム合金めっき鋼板
C:Zn−11%Al−3%Mg−0.2%Siめっき鋼板
なお、めっき原板の鋼板成分には、C=0.08%、Si=0.02%、Mn=1.1%、P=0.015%、S=0.007%、Al=0.02%、B=0.0015%、N=0.003、Ti=0.01%の鋼板を用いた。
【0078】
溶着金属性能として、JIS Z 3323に準拠した引張試験、JIS Z 3111に準拠した衝撃試験を行った。溶接金属の亜鉛脆化割れおよび母材熱影響部の亜鉛脆化割れの評価には染色浸透探傷試験を用いた。なお、割れ評価用の溶接試験体には、前述の通り図6に示す溶接試験体を用い、溶接電流は160〜200A、シールドガス:COにて溶接を実施した。溶接作業性は、溶接試験体作成時の官能評価により判定を行った。それらの結果を表2及び表4にまとめて示す。
【0079】
表1のワイヤNo.1〜7が本発明例、表3のワイヤNo.8〜14が比較例である。また、表2に本発明の溶接ワイヤを用いた実施例、表4に比較例の溶接ワイヤを用いた場合の実施例を示す。なお、表2、表4に用いた鋼板のめっきの種類を併記した。
本発明であるワイヤNo.1〜7は、F値、TiO、SiO、ZrO、Al、スラグ剤の合計量、およびスラグ剤合計量に対するTiOの比率が適正であるので、溶接金属、母材熱影響部共に割れが発生せず、溶接時の作業性も良好な結果となった。
【0080】
一方、比較例中ワイヤNo.8は、スラグ剤合計に対するTiOの含有比率が低いので、母材熱影響部に割れが発生した。
【0081】
ワイヤNo.9は、スラグ剤合計量が低く、またTiOの含有比率も低いので、母材熱影響部に割れが発生した。
【0082】
ワイヤNo.10および11は、スラグ剤合計量が低いので、母材熱影響部に割れが発生した。また、SiOの含有量が低いためスラグ剥離性がやや劣る傾向であった。
【0083】
ワイヤNo.12は、TiOの含有量が高く、かつ、スラグ剤合計に対するTiOの含有比率も高いため、スパッタが多発し、ビード形状が凸凹となる傾向であった。
【0084】
ワイヤNo.13は、スラグ剤の合計量が多いため、スパッタが多発した。また、F値が大きいため、溶着金属の伸びが低い値となった。
【0085】
ワイヤNo.14は、SiOの含有量が低く、スラグ剤合計に対するTiOの含有比率も高いため、スラグ剥離性が悪く、また、スパッタが多発した。さらに、F値が小さいため、溶接金属に割れが発生した。
(実施例2)
【0086】
次に、めっき原板の鋼板の溶接熱影響部の亜鉛脆化割れに及ぼすめっき原板成分の影響を評価した。使用しためっき原板は、引張強さ270MPa級〜590MPa級の鋼材で、その成分組成を表5に示す。めっき成分は、実施例1のC:Zn−11%Al−3%Mg−0.2%Siのめっきとした。
【0087】
割れ評価用の溶接試験体には、前述の通り図6に示す溶接試験体を用い、溶接電流は160〜200A、シールドガス:COにて溶接を実施した。母材熱影響部の亜鉛脆化割れの評価には染色浸透探傷試験を用いた。なお、板厚を2.3mmと薄くし、亜鉛脆化割れの発生しやすい状況で評価した。
【0088】
表5のめっき原板No.15〜18が本発明例、表5のめっき原板No.19〜22が比較例である。
【0089】
本発明であるNo.15〜18のめっき原板を使用した場合は、溶接金属、母材熱影響部共に割れが発生しなかった。
【0090】
一方、比較例のNo.19のめっき原板を用いた場合は、Bの含有量が少なく、母材熱影響部に割れが発生した。
【0091】
比較例のNo.20のめっき原板を用いた場合は、Bの含有量が過剰なため、母材熱影響部に割れが発生した。
【0092】
比較例のNo.21のめっき原板を用いた場合は、Mnの含有量が少ないため、母材熱影響部の焼入れ性低下による溶接止端部の熱ひずみ増加により割れが発生した。
【0093】
比較例のNo.22のめっき原板を用いた場合は、Tiの含有量が少なく、BNの析出が増加したため母材熱影響部に割れが発生した。
【0094】
比較例のNo.23のめっき原板を用いた場合は、Cの含有量が過剰なため、母材熱影響部に割れが発生すると共に、溶接部の硬化による遅れ破壊が懸念された。
【0095】
【表1】

【0096】
【表2】

【0097】
【表3】

【0098】
【表4】

【0099】
【表5】

【図面の簡単な説明】
【0100】
【図1】母材熱影響部の割れおよび溶接作業性に及ぼすスラグ合計量とTiO含有量の関係を示す図である。
【図2】F値と溶接金属の割れ個数の関係を示す図である。
【図3】溶接金属に発生する割れを斜視図と断面図で模式的に示す図である。
【図4】母材熱影響部に発生する割れを斜視図と断面図で模式的に示す図である。
【図5】溶接部を覆う凝固スラグにより母材熱影響部の亜鉛脆化割れを防止する様子を断面図で模式的に示す図である。
【図6】母材熱影響部の亜鉛脆化割れの評価手法を斜視図で模式的に示す図である。
【符号の説明】
【0101】
1 亜鉛めっき鋼板(原板)
1a 母材熱影響部
2 立板(非めっき鋼板またはめっき鋼板)または丸鋼
3 溶接金属
4 溶接止端部
5 亜鉛めっき(溶融亜鉛)
6 母材熱影響部の亜鉛脆化割れ
7 溶接金属部の亜鉛脆化割れ
8 溶接金属を覆う凝固スラグ
9 亜鉛めっき鋼板拘束用の鋼板
10 亜鉛めっき鋼板拘束用の溶接ビード
11 母材熱影響部に発生する亜鉛脆化割れの観察断面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼外皮の内部にフラックスが充填されたステンレス鋼フラックス入り溶接ワイヤにおいて、
金属または合金成分として、前記外皮およびフラックス中に、溶接ワイヤ全質量に対する質量%で、
C :0.01〜0.05%、
Si:0.1〜1.5%、
Mn:0.5〜3.0%、
Ni:7.0〜10.0%、
Cr:26.0〜30.0%
を含有し、かつ下記(1)式で定義されるF値が30〜50の範囲を満足し、
さらに、スラグ形成剤として、前記フラックス中に、ワイヤ全質量に対する質量%で、
TiO:3.8〜6.8%、
SiO:1.8〜3.2%、
ZrO:1.3%以下(0%を含む。)、
Al:0.5%以下(0%を含む。)
を含有し、かつ該スラグ形成剤とその他のスラグ形成剤との合計量が7.5〜10.5%であり、
さらに、前記TiOは、スラグ形成剤合計量に対する質量%で、
TiO:50〜65%
を満足し、残部はFeおよび不可避的不純物であることを特徴とする、亜鉛めっき鋼板溶接用ステンレス鋼フラックス入り溶接ワイヤ。
F値=3×[Cr%]+4.5×[Si%]−2.8×[Ni%]−84×[C%]
−1.4×[Mn%]−19.8 ・・・・・・・・ (1)
ただし、上記[Cr%]、[Si%]、[Ni%]、[C%]および[Mn%]は、それぞれ、溶接ワイヤ中の外皮およびフラックス中に含有するCr、Si、Ni、CおよびMnのワイヤ全質量に対するそれぞれの質量%の合計を示す。
【請求項2】
被溶接材である亜鉛めっき鋼板のめっき成分が、質量%で、
Al:2〜19%、
Mg:1〜10%、
Si:0.01〜2%
を含有し、残部がZnおよび不可避的不純物からなる亜鉛系合金めっきであり、
該めっきを被覆してなる亜鉛めっき鋼板の溶接に際し、請求項1に記載の亜鉛めっき鋼板溶接用ステンレス鋼フラックス入り溶接ワイヤを用いてアーク溶接することを特徴とする、亜鉛めっき鋼板のアーク溶接方法。
【請求項3】
被溶接材である亜鉛めっき鋼板のめっきを除く鋼板の成分が、質量%で、
C :0.01〜0.2%、
Si:0.01〜2.0%、
Mn:0.5〜3.0%、
P :0.020%以下、
S :0.020%以下、
Al:0.001〜0.5%、
Ti:0.001〜0.5%、
B :0.0003〜0.004%、
N :0.0005〜0.006%
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼板であり、
該亜鉛めっき鋼板の溶接に際し、請求項1に記載の亜鉛めっき鋼板溶接用ステンレス鋼フラックス入り溶接ワイヤを用いてアーク溶接することを特徴とする、亜鉛めっき鋼板のアーク溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−172679(P2009−172679A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−333667(P2008−333667)
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】