説明

亜鉛系めっき部材のノンクロム反応型化成処理

【課題】複雑形状の部材にも均一に化成皮膜を形成できる反応型のノンクロム化成処理により、亜鉛系めっき部材に対して、寸法精度に悪影響を与えずに、クロメート処理に匹敵するような外観と耐食性を付与する。
【解決手段】亜鉛系めっき部材を、好ましくは亜鉛系めっき部材を、Znより貴な金属イオンとキレート剤とを含有するpH1〜5の酸性前処理液に浸漬した後に水洗することにより前処理した後、アルミニウムイオン、リン酸イオン、硝酸イオン、およびカルボキシル基および/またはアミノ基を有する多官能性有機化合物(例、多価カルボン酸、ヒドロキシカルボン酸、ヒドロキシアミン)を含有するpH1〜5の酸性化成処理液に浸漬した後に水洗することにより化成処理すると、乾燥後に、酸化アルミニウムおよび/または水酸化アルミニウムを主体とする化成皮膜が均一に形成される。乾燥前に、さらに加水分解性の金属酸化物前駆体化合物、有機結合剤、および有機インヒビターを含有する仕上げ液を塗布して仕上げ処理を行うと、耐食性はさらに改善される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、亜鉛系めっき部材の反応型の化成処理方法ならびにその処理に使用される化成処理液、前処理液および仕上げ液に関する。本発明の方法によれば、完全クロムフリーの反応型化成処理によって、美麗な外観と優れた耐食性を有する化成皮膜を亜鉛系めっき部材、特に亜鉛系めっきが施された二次加工品、の表面に形成することができる。本発明はまた、こうして形成された、水酸化アルミニウムおよび/または酸化アルミニウムからなる化成皮膜を有する亜鉛系めっき部材にも関する。
【背景技術】
【0002】
亜鉛系めっき(亜鉛めっきと亜鉛合金めっきとを包含する)を施した亜鉛系めっき鋼材は、亜鉛系めっきの犠牲防食能による優れた耐食性を示すが、そのままでは白錆が発生しやすいため、特に無塗装の場合、さらに防錆処理が施されることが多い。
【0003】
亜鉛系めっき鋼材の防錆処理として、従来はクロメート処理で代表されるクロム化合物を用いた化成処理が主に行われてきた。クロメート処理は、優れた耐食性を付与し、かつ処理液の組成によっては、黄色、黒、緑などの美麗な外観も付与することができる。また、塗布型と反応型の2種類のクロメート処理液が開発され、一般に鋼板には塗布型、二次加工品には反応型と使い分けられてきた。
【0004】
しかし、6価クロムの有害性や環境規制の観点から、近年は6価クロムの使用が制限されるようになった。そのため、6価クロムはもとより、3価クロムも含まない、完全にクロムフリーのノンクロム化成処理が求められるようになってきた。
【0005】
3価と6価のいずれのクロムも含まないノンクロム化成処理に関する提案はこれまでも数多くなされているが、そのほとんどが、亜鉛系めっき鋼板を対象とする塗布型処理、即ち、化成処理液で処理した後に水洗せず、そのまま乾燥する処理方法によるものである。
【0006】
例えば、クロムに代えてアルミニウムを含有する化成皮膜を形成するノンクロム化成処理に関しては、下記特許文献1、2に提案がなされているが、いずれも亜鉛系めっき鋼板の塗布型の化成処理に関する発明である。
【0007】
反応型のノンクロム化成処理として、下記特許文献3に、酸化性物質、珪酸塩および/または二酸化珪素、Ti,Zr,Sr,V,Wの金属カチオン、および錯化成分を含有し、クロムと亜鉛を含有しない反応型の化成処理液が記載されている。
【特許文献1】特開2001−271175号公報
【特許文献2】特開2002−155375号公報
【特許文献3】特許第3523383号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
塗布型の化成処理は、鋼板のように形状が単純で凹部がないような金属材料に対しては均一な化成皮膜を形成することができる。しかし、ボルト、ナット、プレス品といった、形状が複雑で、凹部(例、ねじ山)を持つような鋼材の二次加工品に適用した場合には、
(1)皮膜の外観ムラが起こると共に、光沢ある外観が得られない、
(2)液だまりが乾燥時に濃縮して、処理液の乾燥残塩による粉塵問題が発生しやすい、
(3)皮膜に、有機物に由来する炭素分や溶解性アニオン等の不純物が残留し、耐食性が劣化する、
(4)凹部への液だまりによる局部的な皮膜増大や、全体的に皮膜が厚くなることにより、寸法精度が著しく悪化する、
という問題がある。これらの問題により、塗布型処理用に開発された従来のノンクロム化成処理では、反応型クロメート皮膜に匹敵しうるような均一な皮膜外観や耐食性を得ることができなかった。
【0009】
形状が複雑な二次加工品の亜鉛系めっき後の化成処理については、クロメート処理の場合にも、塗布型処理ではなく、材料をクロメート処理液中に短時間浸漬して処理液と材料表面との反応を行わせ、その後に水洗して、付着した未反応の処理液成分を除去する、反応型の処理が適用されてきた。反応型処理は凹部の内部へも化成皮膜を均一に形成することができる。
【0010】
しかし、反応型のノンクロム化成処理に関する提案はほとんどなされていない。上記特許文献3は、その数少ない例である。しかし、実施例の全例で酸化性物質として過酸化水素などの過酸化物を使用しており、処理液の使用寿命が低くなることや、高価な金属化合物を使用するのでコスト面で不利であるという問題がある。また、有色クロメートのような色調を生ずることができない。
【0011】
本発明の課題は、ボルト、ナット、プレス品などを含む、鋼材の二次加工品に亜鉛系めっきを施した亜鉛系めっき部材に対して、反応型のノンクロム化成処理により、クロメート処理に匹敵するような外観と耐食性(塩水噴霧耐食性)を有する均一な化成皮膜を形成することができる化成処理技術を開発することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明によれば、亜鉛系めっき部材に対して、アルミニウム酸化物および/または水酸化物を主成分とする化成皮膜を形成できる化成処理液を用いて反応型の化成処理を行うことにより、上記課題を解決することができる。この化成処理の前に、活性化機能と表面調整機能とを併せ持つ特定の前処理液を用いて反応型の前処理を行うと、化成皮膜の外観と耐食性が改善される。また、この化成処理の後で仕上げ被覆処理すると、耐食性はさらに一段と改善される。
【0013】
本発明は、これらの前処理液、化成処理液、および仕上げ液、ならびにそれらを使用した化成処理方法、さらには形成された化成皮膜を有する亜鉛系めっき部材を提供するものである。
【0014】
本発明は下記を包含する。
(1)アルミニウムイオン、リン酸イオン、硝酸イオン、ならびに少なくとも1つのカルボキシル基またはアミノ基を有する多官能性有機化合物を含有する酸性水溶液からなることを特徴とする、亜鉛系めっき表面に水酸化アルミニウムおよび/または酸化アルミニウムからなる化成皮膜を形成するための、反応型化成処理液。
【0015】
この化成処理液は、Al以外の金属化合物、リン酸と硝酸以外の他の無機酸アニオン、および有機インヒビターから選ばれた1種または2種以上の成分をさらに含有していてもよく、pHは好ましくは1〜5の範囲内である。
【0016】
(2)Znより貴な金属イオンとキレート剤とを含有する酸性水溶液からなることを特徴とする、亜鉛系めっき部材の化成処理前に使用される前処理液。
この前処理液は、界面活性剤をさらに含有していてもよく、pHは好ましくは1〜5の範囲内である。
【0017】
(3)加水分解性の金属酸化物前駆体化合物および/もしくはその加水分解物、有機結合剤、ならびに有機インヒビターを含有する、亜鉛系めっき部材の化成処理後の仕上げ被覆処理に使用される仕上げ液。
【0018】
この仕上げ液は、アルカリ金属ケイ酸塩および金属リン酸塩から選ばれた無機結合剤をさらに含有していてもよい。
(4)亜鉛系めっき部材を、上記(1)に記載の化成処理液に浸漬して化成処理した後、水洗し、乾燥して、該部材の表面に水酸化アルミニウムおよび/または酸化アルミニウムを主皮膜形成成分とする化成皮膜を形成することからなる、亜鉛系めっき部材の反応型化成処理方法。
【0019】
(5)上記化成処理液への浸漬の前に、上記(2)に記載の前処理液への浸漬と、その後の水洗により、亜鉛系めっき部材の前処理を行う、上記(4)に記載の方法。
(6)上記化成処理後の乾燥の前に、上記(3)に記載の仕上げ液による仕上げ被覆処理を行う、上記(4)または(5)に記載の方法。
【0020】
(7)亜鉛系めっき表面が、水酸化アルミニウムおよび/または酸化アルミニウムを主皮膜形成成分とする膜厚1μm未満の化成皮膜により被覆されていることを特徴とする、亜鉛系めっき部材。
【0021】
この化成皮膜は、非晶質であり、透明で干渉色を有するものでよい。この化成皮膜の組成は次式(式中、[Al]および[O]はそれぞれAlおよび酸素の原子%を意味する)を満たすことができる:
0.2≦[Al]/[O]≦0.7、かつ
60≦「Al」+[O]≦100。
【0022】
(8)上記化成皮膜がさらに、金属酸化物と有機結合剤とを皮膜形成成分とする無機/有機複合皮膜で被覆されている、上記(7)に記載の亜鉛系めっき部材。
Znより貴な金属イオンとキレート剤とを含有する酸性の前処理液は、亜鉛系めっき部材の表面と接触した時に、表面活性化と置換めっきの作用による表面調整の機能を果たすことができると推測される。すなわち、化成処理時に反応過剰になり易い端部などは選択的に置換めっきを受けてマスキングされ、一方、酸化皮膜などで覆われて化成処理反応を受けにくい部分は、それが除去されて表面が活性化され、反応が促進される結果、亜鉛系めっき部材の全体が均一に化成処理時の反応を受けることができるようになるのではないかと考えられる。前処理液中のキレート剤は前処理時の置換めっきの反応速度を制御する機能を有する。
【0023】
化成処理により形成された化成皮膜は、乾燥後の状態では、アルミニウムの酸化物および/または水酸化物を皮膜形成成分とする皮膜であることがXPS(X線光電子分光分析法)により確かめられた。即ち、形成された化成皮膜は、化成処理液が任意添加成分である他の金属化合物を含有しない場合には本質的に酸化アルミニウムおよび/または水酸化アルミニウムからなり、化成処理液が他の金属化合物を含有する場合であっても、酸化アルミニウムおよび/または水酸化アルミニウムを主成分とする皮膜である。この水酸化アルミニウムおよび/または酸化アルミニウムを主体とする化成皮膜は、アルミニウム材の表面に自然に形成される不働態化した酸化皮膜に似ていて、非常に緻密で耐食性に優れている。従来から亜鉛系めっきの化成処理に利用されてきたアルミニウム系皮膜は、リン酸アルミニウムなどのアルミニウム塩や有機物を主体とする皮膜であり、酸化物および/または水酸化物型のアルミニウム化合物からなる化成皮膜はこれまでに知られていない。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、クロムを全く含有しないノンクロムの反応型化成処理により、塩水噴霧試験において3価クロムや6価クロムを含有するクロメート皮膜に匹敵するような高い耐食性を示すと同時に、シルバー色3価クロメート、光沢クロメート(ユニクロ)、黄色クロメートなどと同等の美麗な光沢外観を付与する化成皮膜を形成することができる。また、化成処理液の主成分が安価なアルミニウム化合物であるため、低コストで処理を行うことができる。
【0025】
化成皮膜の形成手順が従来の反応型クロメート処理と同様であり、前処理や化成処理後に水洗を行うことと、好適態様では前処理により化成処理が均一に行われるように表面調整を行うことができるため、複雑な形状の亜鉛系めっき部材に対しても均一な皮膜を形成することができ、液だまりやムラが発生しない。
【0026】
また、形成された皮膜は、アルミニウムの酸化物/水酸化物から本質的になるか、それを主成分とし、炭素分や処理液中のアニオン成分などの不純物が検出されないアルミニウム系化成皮膜である。この皮膜が非常に緻密であるために、上記のような優れた耐食性が得られる。また、このアルミニウム系化成皮膜を、金属アルコキシド由来の金属酸化物からなり、好ましくはさらに有機物を含有する上層皮膜で被覆することにより、外観を損ねることなく、耐食性を格段に向上させることができる。
【0027】
本発明にしたがって形成された化成皮膜の乾燥後の膜厚は、従来のクロメート皮膜と同様に厚みが1μm未満、通常は数〜数百nmの範囲の薄膜である。また、その上に仕上げ処理により無機/有機複合被覆を形成する場合でも、この被覆の厚みは数μm以下程度の薄膜とすることができる。従って、本発明の処理は、亜鉛系めっき部材の寸法精度を損なわずに実施できるため、例えば、微小ネジ部を有する微小ボルトといった部品に対しても本発明を適用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
本発明の好適態様について説明する。本発明による亜鉛系めっき部材の化成処理方法の工程順は次の通りである:
(前処理→水洗)→化成処理→水洗→(仕上げ)→乾燥
上記工程順は、従来の反応型クロメート処理と同様であり、各処理に用いる処理液は異なるが、処理操作そのものは従来のクロメート処理と同様であるので、クロメート処理設備をそのまま用いて実施することができる。なお、前処理(およびその後の水洗)と仕上げ処理はいずれも省略可能であるが、前処理は化成皮膜の均一形成に有効であり、仕上げは耐食性向上に有効であるので、いずれも実施した方が好ましい。
【0029】
本発明が適用される亜鉛系めっき部材は、浸漬処理が可能であれば特に制限されるものはない。一般には、鋼材の二次加工品に亜鉛系めっきを施したものである。部材の例としては、例えば、ボルト、ナット、リベット、ワッシャーなどの小物部品、プレス加工品、切断加工品、鍛造品などの各種加工部品などが挙げられる。ただし、線材、薄板などの可撓性の一次加工品に対して本発明を適用することも不可能ではない。
【0030】
亜鉛系めっき部材のめっき種は特に制限されず、純亜鉛めっきと亜鉛合金めっきのいずれでもよい。亜鉛合金の例としては、これらに限られないが、亜鉛−鉄合金、亜鉛−ニッケル合金、亜鉛−アルミニウム合金めっき等が挙げられる。亜鉛合金の亜鉛含有量は50質量%を下回る量(例、Zn−55%Al合金)であってもかまわない。
【0031】
亜鉛系めっきの厚みは特に制限されないが、寸法精度を要求される場合には、3〜15μm程度の薄膜とすることが好ましい。めっき方法は、溶融めっきや気相めっきも場合により適用できるが、特に小物部品の場合には、バレルを利用した電気めっきが、操業の容易さと生産性の点から好ましい。
【0032】
前処理工程:
前処理工程に用いる前処理液は、亜鉛系めっき表面の活性化および/または表面調整のための前処理に使用可能な任意の前処理液を用いて実施することができる。
【0033】
本発明で使用するのに適した前処理液は、Znより貴な金属イオンとキレート剤と、好ましくはさらに界面活性剤とを含有する酸性水溶液である。本発明において「水溶液」とは、溶媒が水のみである溶液に加えて、溶媒が水と少量の水溶性有機溶媒とからなる溶液をも包含する意味である。
【0034】
この前処理液は、前述したように、酸による亜鉛系めっき表面の活性化(反応を阻害する表面酸化層などの除去)を行うだけでなく、活性が高すぎて化成反応が過度に起こり易い、部材の端部などの部位では、Znが溶解して代わりにZnより貴な金属イオンが析出する置換めっきによる金属マスキングによる表面調整作用を示し、化成反応が抑制される。それにより、亜鉛系めっき部材が複雑形状であっても、次工程の化成処理が部材の全体にわたって均一に起こるようになる。
【0035】
Znより貴な金属イオンの好ましい例としてはFe,In,Co,Ni,Mo,Sn,Cu,Pd,Agなどの金属のイオンが挙げられる。Pb,Cr,Cdのように有害性が指摘されている金属のイオンは避けることが好ましい。金属イオンの供給源は、無機酸または有機酸との塩、あるいは酸性水溶液に可溶性であれば、水酸化物もしくは酸化物、さらには金属それ自体であってもよい。
【0036】
キレート剤は、上記の金属イオンに配位して、金属イオンによる置換めっきが起こりすぎるのを防止する。それにより、置換めっきが特に活性な部分だけに起こるようになる。キレート剤としてはEDTAのような従来から公知の各種のキレート剤を使用することができるが、好ましいのは多価アミン(例、EDTAおよびその誘導体)ならびにチオール基含有化合物(例、チオグリコール酸、メルカプトコハク酸)といった、窒素またはイオウを含有する有機化合物である。
【0037】
亜鉛系めっき部材の表面を清浄化する目的で、界面活性剤を所望により前処理液に含有させることができる。界面活性剤の種類は特に制限されず、ノニオン型、カチオン型、アニオン型のいずれでもよい。
【0038】
前処理液は酸性とし、好ましいpHは1〜5の範囲である。従って、前処理液は酸イオンを含有する。酸イオンの種類は特に制限されず、硝酸、リン酸、硫酸、スルファミン酸といった無機酸と、酢酸、プロピオン酸、コハク酸、クエン酸、シュウ酸といった有機酸のいずれでもよい。酸イオンは、上記金属塩から供給することができるが、必要に応じて、遊離の酸を添加してpHを調整すればよい。
【0039】
前処理液中の各成分の濃度については、例えば、次のような濃度とすることができる:
酸(鉱酸、有機酸)アニオン:1〜10g/L(pHを1〜5に調整する量)、
Znより貴な金属イオン:0.1〜30g/L、
キレート剤:0.05〜3g/L、
界面活性剤:0.01〜1g/L。
【0040】
前処理は、亜鉛系めっき部材を前処理液に浸漬した後、水洗することにより行う。処理条件は処理の目的(亜鉛系めっき表面の活性化および表面調整)が達成されれば特に制限されないが、温度は室温〜80℃の範囲が一般的であり、好ましくは20〜50℃である。処理(浸漬)時間は温度にもよるが、通常は5〜300秒間の範囲内であろう。前処理液に浸漬した後の水洗は常法により行えばよい。例えば、浸漬または噴霧により行うことができる。
【0041】
化成処理工程:
前処理液に浸漬し、次いで水洗した亜鉛系めっき部材を化成処理する。この化成処理は、前処理後の水洗を行った後、直ちに行うことが好ましいが、水洗後に乾燥してしまっても、経過時間が短ければ、そのまま化成処理を施すことができる。
【0042】
本発明では、複雑形状の部材にも均一な処理を施すことができる反応型の化成処理を採用する。使用する化成処理液は、アルミニウムイオン、リン酸イオン、硝酸イオン、ならびに少なくとも1つのカルボキシル基またはアミノ基を有する多官能性有機化合物を含有する酸性水溶液であり、液のpHは好ましくは1〜5である。この化成処理では、めっき表面から亜鉛が亜鉛イオンとして溶出し、代わりに処理液中のアルミニウムイオンが水酸化物[Al(OH)3]としてめっき表面に析出する。
【0043】
アルミニウムイオンは、アルミン酸イオンではなく、Al3+の意味である。アルミニウムイオンの供給源は、酸性水溶液中で可溶性のアルミニウム化合物であれば特に制限されないが、リン酸塩または硝酸塩であると、リン酸イオンまたは硝酸イオンの供給源ともなる。
【0044】
リン酸イオンおよび硝酸イオンの供給源は、遊離のリン酸および硝酸、および上記のアルミニウム塩の他に、アルカリ金属塩などの他の金属塩、アンモニウム塩、または他の金属塩などでもよい。
【0045】
化成処理液に含有させる、少なくとも1つのカルボキシル基またはアミノ基を有する多官能性有機化合物(以下、単に多官能性有機化合物という)は、処理液中でイオン化し、処理液中のリン酸イオンや硝酸イオンと共働して緩衝作用を発揮し、亜鉛との反応に起因する処理液の急激なpH変化を抑える作用を示す。pHが8以上になると、Al3+→Al(OH)3↓の反応により処理液中のAlイオンが沈殿し、化成皮膜の形成に必要な反応が起こらなくなるからである。
【0046】
同時に、この多官能性有機化合物はキレート剤としても機能し、次式に示すように、アルミニウムイオンに配位してキレートを形成した後、キレートが解離することによって、皮膜形成の速度を制御する役割も果たす:
Al3+→(Al3+[L]n→Al3++nL)→Al(OH)3↓。
【0047】
多官能性有機化合物が示すこれらの作用により、均一に化成皮膜を形成することが可能となる。多官能性有機化合物が処理液中に存在しないと、化成皮膜の形成が急激に起こるため、凹部のような反応が起こりにくい部位と反応が起こり易い部位との間で化成皮膜が不均一になる。
【0048】
本発明で用いる多官能性有機化合物は、2以上の官能基を有し、その少なくとも1個はカルボキシル基および/またはアミノ基である化合物である。少なくとも1つのカルボキシル基および/またはアミノ基以外に、ヒドロキシル基、メルカプト基、ケトン基、アルデヒド基、スルホン基、ホスホン基などの他の官能基を有していてもよい。従って、多官能性有機化合物は、ジカルボン酸などの多価カルボン酸、ヒドロキシカルボン酸、メルカプトカルボン酸、ケトカルボン酸、アミノ基含有多価カルボン酸、ヒドロキシアミン、多価アミン(ポリアミン)、アミノ酸などを包含する。多官能性有機化合物は、飽和と不飽和のいずれの化合物でもよい。また、多官能性有機化合物は塩の形態で使用することもできる。
【0049】
本発明で使用できる多官能性有機化合物の具体例を例示すると次の通りであるが、これらに限られるものではない。
・ジカルボン酸:シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、マレイン酸、フマル酸、シトラコン酸、イタコン酸など。
【0050】
・ヒドロキシカルボン酸およびメルカプトカルボン酸:グリコール酸、チオグリコール酸、乳酸、β−ヒドロキシプロピオン酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、イソクエン酸、アロイソクエン酸、グルコン酸、ピルビン酸、オキサル酢酸、ジグリコール酸、チオジグリコール酸、メルカプトコハク酸、ジメルカプトコハク酸等。
【0051】
・アミノ基を含有する多価カルボン酸:
(1)RNX2型化合物(R=アルキル基、X=CH2COOHまたはCH2CH2COOH):イミノジ酢酸、イミノジプロピオン酸、N−メチルイミノジ酢酸、メルカプトエチルイミノ循環酸など;
(2)RNX3型化合物(RとXは上記に同じ):ニトリロ酢酸、カルボキシエチルイミノジ酢酸、カルボキシメチルイミノジプロピン酸、ニトリロトリプロピオン酸など;
(3)RXNCH2CH2NXR型化合物:N,N'−エチレンジアミンジ酢酸、エチレンジアミン−N,N'−ジプロピオン酸など;
(4)RXNCH2CH2NX2型化合物:N−n−ブチルエチレンジアミントリ酢酸、N−シクロヘキシルエチレンジアミントリ酢酸など;
(5)NX2を2個有する化合物:エチレンジアミンテトラ酢酸(EDTA)、エチレンジアミンジ酢酸−N,N'−ジプロピオン酸、トリメチレンジアミンテトラ酢酸、テトラメチレンジアミンテトラ酢酸など。
【0052】
・アミノ酸:グリシン、サルコシン、アラミン、アスパラギン酸、グルタミン酸など。
・ヒドロキシアミン:モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンなど。
【0053】
・ポリアミン:エチレンジアミン、N,N'−ジメチルエチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、テトラエチレンヘキサミン、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミンなど。
【0054】
・その他:スルホサリチル酸、ホスホサリチル酸など。
化成処理液中の各成分の濃度は、例えば、次のような濃度とすることができる:
アルミニウムイオン:0.1〜100g/L、
リン酸イオン:0.1〜200g/L、
硝酸イオン:0.1〜120g/L、
多官能性有機化合物:0.1〜100g/L。
【0055】
化成処理液は、上記成分以外に、さらにAl以外の他の金属化合物、リン酸と硝酸以外の他の無機酸アニオン、および有機インヒビターから選ばれた1種または2種以上をさらに含有することができる。
【0056】
他の金属化合物の例としては、これらに限られないが、Mo,W,Co,Ni,Ti,Mg,Si,Mn,Sn,Li,Zrなどの金属の化合物を挙げることができる。これら、金属酸塩、酸との金属塩、有機金属化合などの形態で使用できる。他の金属化合物の濃度は、金属イオンとして5g/L以下、好ましくは2g/L以下とし、かつアルミニウムイオンの濃度の半分以下とすることが好ましい。
【0057】
他の無機酸アニオンは化成処理液のpH調整のために添加することができる。その例としては、硫酸イオン、塩素イオン、フッ素イオンなどがある。
インヒビターとしては、ZnやAlのインヒビターとして公知のもの、例えば、窒素および/またはイオウを含有する複素環式有機化合物、チオカルボニル化合物などを使用することができる。前記複素環式有機化合物の例としては、1,10−フェナントロリン、2,2'−ピピリジル、ジフェニルチオカルバゾン、ピロール−2−カルボキシアルデヒド、ベンゾトリアゾール、8−キシリノール、2−メルカプトベンゾチアゾール、ベンゾイミダゾール等が挙げられる。チオカルボニル化合物の例としては、チオ尿素、1,3−ジエチルチオ尿素、ジメチルチオカルバミン酸、エチレンチオ尿素、フェニルチオ尿素、ジブチルチオ尿素、ジメチルキサントゲンスルフィド、テトラメチルチウラムモノスルフィド等が挙げられる。インヒビターは一般に2g/L以下、通常は1g/L以下の濃度で添加される。
【0058】
インヒビターの添加により、耐食性の向上効果が期待される。ただし、本発明では、その後の仕上げ処理により良好な耐食性が確保されるため、化成処理液にインヒビターを添加しなくても、耐食性を確保することができる。
【0059】
化成処理は、化成処理液への浸漬とその後の水洗により行う。処理条件は処理の目的に十分な厚みで化成皮膜が形成されるように設定する。化成皮膜の乾燥後の厚みは1μm未満であり、一般には数十〜数百nmの範囲内である。化成処理温度は一般に10〜80℃であり、好ましくは20〜50℃である。処理(浸漬)時間は、温度にもよるが、通常は5〜300秒間の範囲内であろう。化成処理液に浸漬した後の水洗は常法により行えばよい。
【0060】
上記化成処理液に亜鉛系めっき部材を浸漬すると、部材表面からめっき中の亜鉛が溶出してイオン化する代わりにアルミニウムイオンがアルミニウム水酸化物としてめっき表面に析出し、化成皮膜が形成される。形成された化成皮膜は、乾燥後の状態で、アルミニウムの酸化物および/または水酸化物からなる皮膜であることがXPSにより確かめられた。但し、化成処理液が他の金属化合物を含有する場合には、化成皮膜はこの他の金属化合物も含有するが、その場合でもアルミニウムの酸化物および/または水酸化物を主体とする皮膜であることに変わりはない。この酸化/水酸化アルミニウム系の化成皮膜は、アルミニウム材の表面に自然に形成される不働態化した酸化皮膜と同じように非常に緻密で、耐食性に非常に優れている。
【0061】
上記特許文献1および2には、キレート剤または有機酸を含有する化成処理液を用いて、これらを形成された化成皮膜に取り込むことにより、皮膜を緻密化することが記載されている。本発明では、化成処理液が多価官能性有機化合物として同様の有機酸を含有する場合があるが、有機酸は緩衝剤およびキレート剤として、アルミニウムを含有する化成皮膜の析出(皮膜形成速度)をコントロールする機能を果たし、化成皮膜にはほとんど取り込まれない。
【0062】
仕上げ処理:
上記のように、本発明により亜鉛系めっき部材の表面に形成される酸化/水酸化アルミニウム質の化成皮膜は耐食性に優れているが、その上にさらに仕上げの被覆処理を施して、無機/有機複合皮膜を形成すると、特に塩水噴霧試験における耐食性がさらに飛躍的に改善される。仕上げ処理は、化成処理とその後の水洗の後、直ちに行うことが好ましいが、化成皮膜が乾燥した後に行ってもよい。
【0063】
この仕上げ処理は、金属アルコキシドのような加水分解性の金属酸化物前駆体化合物および/またはその加水分解物と、有機結合剤と有機インヒビターとを含有し、好ましくはさらにアルカリ金属ケイ酸塩または金属リン酸塩のような無機結合剤を含有する。加水分解性の金属酸化物前駆体化合物は、加水分解により金属酸化物皮膜を形成するので、仕上げ処理により形成された皮膜は無機化合物である金属酸化物と有機結合剤とを含有し、さらに有機インヒビターも取り込んだ有機/無機複合皮膜となる。
【0064】
加水分解性の金属酸化物前駆体化合物とは、加水分解とその後の縮合により金属水酸化物を経て金属酸化物を形成する化合物のことである。このような化合物の例としては、アルキルシリケート(テトラアルコキシシラン)、チタンアルコキシド、ジルコニウムアルコキシド、アルミニウムアルコキシドなどの金属アルコキシド;単官能シランと多官能シランとを含むシラン化合物;塩化チタン(例、四塩化チタン)、塩化ケイ素(例、四塩化ケイ素)のような金属塩化物、オキシ塩化物(例、オキシ塩化ジルコニウム、オキシ塩化アルミニウム)が例示されるが、これらに限られるものではない。単官能シランの例には、n−ブチルトリアルコキシシラン、ビニルアルキルトリアルコキシシラン、アミノアルキルトリアルコキシシラン、フェニルトリアルコキシシラン等がある。多官能シランとしては、ビス−1,2−トリアルコキシシリルエタン、ビス−1,2−トリエトキシシリルプロピルアミン、ビス−1,2−トリエトキシシリルプロピルテトラスルフィドなどが例示される。加水分解性の金属酸化物前駆体化合物は、その部分加水分解物または完全加水分解物(例えば、シリカゾル、チタニアゾル、ジルコニアゾル)の形で使用することもできる。
【0065】
加水分解性の金属酸化物前駆体化合物から形成される金属酸化物系の皮膜は固くて脆いので、それを改善することと、塗布性を改善するために、仕上げ液に有機結合剤を含有させる。有機結合剤としては、各種の水性樹脂、非水性樹脂ならびに有機増粘剤を使用することができる。水性樹脂は、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリビニルピロリドンなどの水溶性樹脂と、アクリル系、ウレタン系、エポキシ系、エチレン系などの水分散性樹脂(エマルション樹脂)のいずれでもよい。非水性樹脂としては、これらに制限されないが、例えば、アクリル樹脂、ウレタン樹脂、エポキシ樹脂、エチレン系樹脂、ブチラール樹脂などが使用できる。増粘剤としては、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロースなどが例示される。
【0066】
皮膜の耐食性を改善する有機インヒビターとしては、ZnやAlの腐食抑制に有効であることが知られている公知のインヒビターを使用できる。例えば、チオール化合物、アゾール化合物、有機リン化合物などである。
【0067】
場合により、無機結合剤として作用するアルカリ金属ケイ酸塩(ケイ酸ナトリウム、ケイ酸カリウム、ケイ酸リチウムの1種または2種以上)および/または金属リン酸塩(例えば、リン酸第一アルミニウム)を仕上げ液に含有させることができる。アルカリ金属ケイ酸塩は水ガラスとして濃厚水溶液の状態で市販されているものを使用すればよい。アルカリ金属ケイ酸塩や金属リン酸塩といった無機結合剤は、仕上げ皮膜の耐食性をさらに改善する効果がある。
【0068】
仕上げ液中の各成分の濃度は、例えば下記の濃度とすることができる:
加水分解性の金属酸化物前駆体化合物:金属酸化物換算で0.1〜50g/L、
有機結合剤:固形分換算で0.1〜200g/L、
有機インヒビター:0.05〜3g/L、
無機結合剤:300g/L以下。
【0069】
仕上げ液の溶媒は、通常はアルコールなどの水溶性有機溶媒またはそれと水との混合溶媒である。仕上げ液には、加水分解性の金属酸化物前駆体化合物の加水分解を促進させるために、加水分解触媒となる酸またはアルカリを含有させてもよい。
【0070】
仕上げ処理は塗布型の処理であるので、亜鉛系めっき部材の形状に応じて適当な塗布方法により処理を行うことができる。例えば、浸漬以外に、噴霧、刷毛塗り、ディップスピンといった塗布方法も採用できる。仕上げ皮膜の膜厚は、一般に0.1〜3μmの範囲内である。
【0071】
乾燥:
反応型の化成処理をした亜鉛系めっき部材、またはその後にさらに仕上げ液を塗布した亜鉛系めっき部材を、最後に乾燥する。仕上げ液を塗布する場合には、化成処理後と仕上げ液塗布後に2回の乾燥を行うことも可能である。
【0072】
乾燥により、化成皮膜では、皮膜中の水酸化アルミニウムが脱水反応により完全または部分的に酸化アルミニウムに変化する。仕上げ処理を行った場合には、仕上げ皮膜において、加水分解性の金属酸化物前駆体化合物が完全に加水分解して金属水酸化物になり、さらに脱水により金属酸化物になるという変化が起こる。好ましい乾燥条件は、温度が10〜150℃、乾燥時間は温度にもよるが一般に1〜60分間とすることが好ましい。
【0073】
本発明の方法に従って処理された亜鉛系めっき部材は、6価クロメートや3価クロム処理で得られるものに匹敵する美しい外観(色調、光沢、均一性)を示す。化成皮膜の色調は、青、緑、黄、赤などの干渉色を有し、化成処理液の組成および処理条件を変化させることにより各色調を創り出すことができる。また、pH、リン酸イオン濃度、多官能性有機化合物の種類と濃度を変化させることにより、暗色から黒色の皮膜を形成することもできる。
【0074】
この化成皮膜は、浸漬後に水洗を行う反応型の処理によりゆっくり形成され、かつ好ましい前処理を行うことにより反応が均一となるため、微細な凹凸を有したり、凹部を有するような複雑形状の部材に対しても均一に化成皮膜が形成され、従って、外観も均一で光沢のあるものとなる。
【0075】
形成された化成皮膜の膜厚は1μm未満であって、通常は数nm〜数百nmの範囲内である。この膜厚は従来のクロメート皮膜の膜厚と同程度である。この化成皮膜は、X線回折測定結果から非晶質(アモルファス)であると推定された。上述したように、この皮膜の主成分はアルミニウムの酸化物および/または水酸化物であるが、原子%で数%以下のリンおよびZnを含有することがある。また、化成処理液が他の金属化合物を含有する場合には、10原子%以下程度の少量の他の金属イオンを含有する場合もある。
【0076】
本発明にしたがって処理された亜鉛系めっき部材は、反応型化成処理により形成された酸化/水酸化アルミニウムを主体とする緻密な化成皮膜を有するため、特に塩水噴霧環境での耐食性に優れており、仕上げ処理を施した場合には、6価クロメートと同等以上の優れた耐食性を示すようになる。従って、有害な6価クロメートを使用せずに、6価クロメートと同等か、それを凌ぐような耐食性を付与することができ、海浜地域や凍結防止剤として塩が散布される寒冷地域においても、部材の長期的な耐食性を確保することが可能となる。
【0077】
さらに、化成皮膜と仕上げ皮膜はいずれも薄膜であり、寸法精度が要求される部材に本発明を適用した場合にも、寸法精度への悪影響は生じない。
このように、優れた外観と耐食性を付与することができるので、本発明に従って処理された亜鉛系めっき部材は無塗装でそのまま使用できるが、所望によりさらに塗装を施すことも可能である。
【実施例】
【0078】
(亜鉛系めっき部材の作製)
本実施例で化成処理に供した亜鉛系めっき部材は、長さ100mm、ネジ部長さ50mmのM10ボルトと対応するナットに下記のいずれかの亜鉛系電気めっきを施すことにより作製した。金属部材(ボルトおよびナット)の電気めっきは、いずれの場合も慣用のバレルめっき法により実施した。
【0079】
亜鉛めっき:
酸性亜鉛めっき液を用いて電気亜鉛めっきを8μm厚に施した。
亜鉛−鉄合金めっき(表ではZn−Fe):
共析率が0.4%になるように調整したジンケート亜鉛−鉄合金めっき液を用いて、電気亜鉛−鉄合金めっきを8μm厚に施した。
【0080】
亜鉛−ニッケル合金めっき(表ではZn−Ni):
ニッケル鉄共析率が7%になるように調整したジンケート亜鉛−ニッケル合金めっき液を用いて、電気亜鉛−ニッケル合金めっきを8μm厚に施した。
【0081】
(従来例1〜8)
本例は、市販の6価または3価クロメート処理液を用いた反応型クロメート処理を例示する。
【0082】
上述した亜鉛系めっき部材1kgを、樹脂コーティングを施した金属製バスケットに入れ、常法に従って「活性化→水洗→化成処理→水洗→乾燥」の工程順で処理を実施した。乾燥以外の工程は、バスケットを揺動させながら処理液または洗浄水に浸漬することにより行った。
【0083】
[活性化]
反応型クロメート処理の前に行う活性化は、全例において、67.5%硝酸3mL/L
濃度の希硝酸溶液に常温で10秒間浸漬することにより行った。
【0084】
[水洗1]
活性化処理後、亜鉛系めっき部材を入れたバスケットを常温の洗浄水に浸漬して亜鉛系めっき部材を水洗した。水洗を合計2回行った。
【0085】
[反応型クロメート処理]
クロメート処理は、市販の6価または3価クロメート処理液を用いて、処理液に指定されている条件に従って、亜鉛系めっき部材を入れたバスケットを処理液に浸漬することにより実施した。使用したクロメート処理液と処理条件(かっこ内)および処理した亜鉛系めっき部材の種類は次の通りである。
【0086】
従来例1:6価黄色クロメート(被処理物:亜鉛めっき部材)
ユケン工業社製メタスCY−6(6mL/L、20℃、15秒浸漬)
従来例2:6価青色クロメート(被処理物:亜鉛めっき部材)
ユケン工業社製メタスCB−70(6mL/L、20℃、10秒浸漬)
従来例3:3価クロメート(被処理物:亜鉛めっき部材)
ユケン工業社製メタスYFA−M(100mL/L、40℃、40秒浸漬)
従来例4:3価クロメート(被処理物:亜鉛めっき部材)
ユケン工業社製メタスYFA−M(50mL/L、40℃、20秒浸漬)
従来例5:6価黄色クロメート(被処理物:亜鉛−鉄合金めっき部材)
ユケン工業社製メタスCYF−5(10mL/L、20℃、15秒浸漬)
従来例6:3価クロメート(被処理物:亜鉛−鉄合金めっき部材)
ユケン工業社製メタスYFA−M(100mL/L、40℃、40秒浸漬)
従来例7:6価黄色クロメート(被処理物:亜鉛−ニッケル合金めっき部材)
ユケン工業社製メタスCYN−25(50mL/L、40℃、40秒浸漬)
従来例8:3価クロメート(被処理物:亜鉛−ニッケル合金めっき部材)
ユケン工業社製メタスCYN−11(100mL/L、25℃、60秒浸漬)
[水洗2]
反応型クロメート処理後の水洗工程は、上記水洗1と同様に実施した。
【0087】
[乾燥]
水洗処理した亜鉛系めっき部材をバスケットに入れたまま乾燥器に入れ、60℃に10分間加熱することにより乾燥して、クロメート処理亜鉛系めっき部材を得た。
【0088】
(従来例9〜16)
上記特許文献1および2に開示されている塗布型ノンクロム処理により、上記亜鉛系めっき部材に化成処理を施した。処理手順は「化成処理→液切り→焼付け」である。亜鉛系めっき部材としては、上記の亜鉛めっき品のみ(処理量はそれぞれ1kg)を使用し、上記と同様のバスケットによる浸漬により化成処理を行った。浸漬時間は10秒間とし、液切りは遠心脱水機により実施した。使用した処理液の組成、塗布量および焼付け条件を表1にまとめて示す。
【0089】
【表1】

【0090】
(実施例1〜22)
上述した亜鉛系めっき部材各1kgを、樹脂コーティングを施した金属製バスケットに入れ、本発明に従って「前処理→水洗→化成処理→水洗→仕上げ処理→乾燥」の工程順で処理を実施した。乾燥以外の工程は、バスケットを揺動させながら処理液または洗浄水に浸漬することにより行った。一部の実施例では仕上げ処理を実施しなかった。実施例1〜4では、前処理を実施せずに亜鉛系めっき部材を化成処理した。
【0091】
前処理および化成処理には、それぞれ表2および表3に組成を示す各種の処理液を使用した。各処理における処理液の成分供給源の記号の意味と処理条件を次に説明する。
[前処理]
酸の供給源:
A=硝酸、B=リン酸、C=マロン酸;
Znより貴な金属の供給源:
D=硫酸第一鉄、E=硝酸コバルト、F=塩化ニッケル、G=硫酸銅、H=硫酸第一錫、I=硝酸銀;
キレート剤:
J=ニトリロ三酢酸、K=エチレンジアミン四酢酸、L=チオグリコール酸;
界面活性剤:
M=ポリエチレングリコール(三洋化成社製PEG−600)(ノニオン系界面活性剤)。
【0092】
【表2】

【0093】
表2に示した前処理液の組成において、酸とZnより貴な金属の濃度は、酸については酸としての濃度、金属については金属カチオンとしての濃度をそれぞれ意味する。
【0094】
前処理は、全例において、亜鉛系めっき部材を前処理液に常温で20秒間浸漬することにより行った。
[水洗1]
前処理液に浸漬したバスケットを次いで常温の洗浄水に浸漬して、前処理の済んだ亜鉛系めっき部材を水洗した。この水洗を1回だけ行った。
【0095】
[化成処理]
アルミニウムイオン供給源:
a=第一リン酸アルミニウム(リン酸イオン供給源ともなる)、
b=硝酸アルミニウム(硝酸イオン供給源ともなる);
リン酸イオン供給源:
c=リン酸、d=トリポリリン酸、
硝酸イオン供給源:
e=硝酸、f=硝酸アンモニウム;
多官能性有機化合物:
g:シュウ酸、h=マロン酸、i=酒石酸、j=クエン酸、k=マレイン酸、
l=エチレンジアミン四酢酸、m=グリシン;
Al以外の他の金属化合物:
n=40%四塩化チタン溶液、o=硝酸ジルコニウム、p=ケイ酸ナトリウム;
他の酸アニオン供給源:
q=硫酸ナトリウム、r=塩化アンモニウム;
インヒビター:
s=2−メルカプトベンゾチアゾール、t=ベンゾチアゾール。
【0096】
【表3】

【0097】
表3に示した化成処理液の組成において、アルミニウムイオン、リン酸イオン、硝酸イオンの濃度はイオンとしての濃度であり、その他の成分については化合物全体としての濃度である。なお、nの40%四塩化チタン溶液の濃度は固形分としての濃度である。
【0098】
化成処理は、前処理後に水洗した亜鉛系めっき部材を入れたバスケットを表2に示した所定温度の化成処理液に所定時間だけ浸漬することにより行った。
[水洗2]
化成処理後の水洗工程は、上記水洗1と同様に実施した。
【0099】
[仕上げ処理]
使用した仕上げ液は次に組成を示す4種類であった。なお、成分の前の記号の意味は次の通りである:
ア=加水分解性の金属酸化物前駆体化合物および/またはその加水分解物、
イ=有機結合剤、
ウ=有機インヒビター、
エ=無機結合剤。
【0100】
仕上げ液1:
ア)テトラエトキシシラン25g、
イ)アクリル樹脂0.1g、
ウ)ニトロトリメチレンホスホン酸0.1g、
溶媒)エタノール40g、水30g、
触媒)塩酸0.5g。
【0101】
仕上げ液2:
ア)コロイダルシリカ溶液(扶桑化学社製PL−2)50mL/L、
ア)40%塩化チタン溶液0.3g/L、
イ)ポリビニルアルコール(クラレ社製PVA−117)0.5g/L、
ウ)2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾール0.1g/L。
【0102】
仕上げ液3:
ア)コロイダルシリカ溶液(SiO220%)50mL/L、
ア)単官能シラン(日本ユニカー社製A−1100)0.05mL/L、
イ)アクリルディパージョン(BASF社製YJ−1550D)1g/L、
ウ)8−キシリノール0.1g/L、
エ)リン酸第一アルミニウム4g/L。
【0103】
仕上げ液4:
ア)単官能シラン(日本ユニカー社製A−1100)50mL/L、
イ)アクリルディスパージョン(BASF社製YJ−1550D)1g/L、
ウ)2−メルカプトベンゾチアゾール0.1g/L、
エ)ケイ酸カリウム(日産化学社製ST−K)30mL/L。
【0104】
仕上げ処理は、化成処理後の水洗が済んだ亜鉛系めっき部材を入れたバスケットを仕上げ液に浸漬することにより実施した。全例において、処理液温度は常温、浸漬時間は10秒間であった。
【0105】
[乾燥]
仕上げ液から引き上げたバスケットをそのまま乾燥器に入れて60℃に10分間加熱することにより乾燥した。
【0106】
こうして処理した亜鉛系めっき部材について、外観の色調、光沢および均一性と、ネジとしての寸法精度ならびに耐食性を以下のように調査した。
色調:
目視により判定。
【0107】
光沢:
目視により判定、○=光沢あり、×=無光沢。
均一性:
目視により判定、○=ムラなく良好、△=ややムラがある、×=ムラが著しい。
【0108】
ネジとしての寸法精度:
同じ処理を施したボルトとナットをネジ込む際のネジ込み抵抗により判定した。○=抵抗なくネジ込みできる、△=抵抗があり、ネジ込みに力が必要、×=抵抗が大きく、ネジ込み不能。
【0109】
耐食性:
塩水噴霧試験(JIS−Z−2371)により白錆発生までの時間を測定した。
以上の試験結果を、前処理、化成処理、および仕上げ処理に使用した処理液と共に、次の表4にまとめて示す。表5には、前述した従来例について同様に調査した結果も併記する。
【0110】
【表4】

【0111】
表4からわかるように、従来例1〜8に示す従来の反応型クロメート処理では、ネジといった凹凸のある小物部品に対して、光沢のある美麗な色調のクロメート皮膜を均一に形成することができ、皮膜が薄いため、寸法精度への悪影響もなく、かつ耐食性も良好である。
【0112】
これに対し、特許文献1、2に記載されたような塗布型のノンクロム処理では、白色の化成処理皮膜が形成されるが、皮膜に光沢がなく、皮膜の厚みが不均一で、さらに局部的または全体的に皮膜が厚くなるため、ネジとしての寸法精度が著しく劣化した。さらに、耐食性も著しく悪くなった。
【0113】
一方、本発明に従って前処理した後に反応型のノンクロム化成処理を実施した実施例5〜22では、クロメート処理に匹敵する光沢ある美麗な色調の化成処理皮膜が均一に形成され、ネジとしての寸法精度への悪影響は全くなかった。さらに、耐食性についても、従来の反応型クロメート処理に匹敵するか、場合によってはさらに良好な結果が得られた。また、仕上げ処理の有無については、仕上げ処理を施すと、耐食性がさらに改善され、特にめっきが亜鉛めっきである場合には、従来の反応型クロメートを凌ぐような優れた耐食性を示すことがわかった。他方、前処理については、これを行わないと、実施例1〜4に示すように、外観が悪化する上、耐食性も低くなった。従って、前処理は、美麗で耐食性に優れた健全な化成皮膜の形成に不可欠である。
【0114】
このように、本発明によれば、クロムを全く含有しないノンクロム化成処理により、従来のクロメートと同等か、それを上回る優れた耐食性を亜鉛系めっき部材に付与することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウムイオン、リン酸イオン、硝酸イオン、ならびに少なくとも1つのカルボキシル基またはアミノ基を有する多官能性有機化合物を含有する酸性水溶液からなることを特徴とする、亜鉛系めっき表面に水酸化アルミニウムおよび/または酸化アルミニウムを主成分とする化成皮膜を形成するための、反応型化成処理液。
【請求項2】
Al以外の金属化合物、リン酸と硝酸以外の他の無機酸アニオン、および有機インヒビターから選ばれた1種または2種以上の成分をさらに含有する、請求項1に記載の化成処理液。
【請求項3】
pHが1〜5の範囲内である、請求項1または2に記載の化成処理液。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の化成処理液による反応型化成処理の前に亜鉛系めっき表面の表面調整のために使用される前処理液であって、Znより貴な金属イオンとキレート剤とを含有する酸性水溶液からなることを特徴とする前処理液。
【請求項5】
界面活性剤をさらに含有する、請求項4に記載の前処理液。
【請求項6】
pHが1〜5の範囲内である、請求項4または5に記載の前処理液。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれかに記載の化成処理液による反応型化成処理の後で仕上げ被覆処理のために使用される仕上げ液であって、加水分解性の金属酸化物前駆体化合物および/もしくはその加水分解物、有機結合剤、ならびに有機インヒビターを含有することを特徴とする仕上げ液。
【請求項8】
アルカリ金属ケイ酸塩および金属リン酸塩から選ばれた無機結合剤をさらに含有する、請求項7に記載の仕上げ液。
【請求項9】
亜鉛系めっき部材を、請求項1〜3のいずれかに記載の化成処理液に浸漬して化成処理した後、水洗し、乾燥して、該部材の表面に水酸化アルミニウムおよび/または酸化アルミニウムを主皮膜形成成分とする化成皮膜を形成することからなる、亜鉛系めっき部材の反応型化成処理方法。
【請求項10】
前記化成処理液への浸漬の前に、Znより貴な金属イオンとキレート剤とを含有する酸性溶液からなる前処理液への浸漬と、その後の水洗により、亜鉛系めっき部材の前処理を行う、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記前処理液が界面活性剤をさらに含有する、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記前処理液のpHが1〜5の範囲内である、請求項10または11に記載の方法。
【請求項13】
前記化成処理後の乾燥の前に、加水分解性の金属酸化物前駆体化合物および/もしくはその加水分解物、有機結合剤、ならびに有機インヒビターを含有する仕上げ液による仕上げ被覆処理を行う、請求項9〜12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
前記仕上げ液がアルカリ金属ケイ酸塩および金属リン酸塩から選ばれた無機結合剤をさらに含有する、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
亜鉛系めっき表面が、水酸化アルミニウムおよび/または酸化アルミニウムを主皮膜形成成分とする膜厚1μm未満の化成皮膜により被覆されていることを特徴とする、亜鉛系めっき部材。
【請求項16】
前記化成皮膜が非晶質である、請求項15に記載の亜鉛系めっき部材。
【請求項17】
前記化成皮膜が透明で干渉色を有する、請求項15または16に記載の亜鉛系めっき部材。
【請求項18】
前記化成皮膜の組成が次式(式中、[Al]および[O]はそれぞれAlおよび酸素の原子%を意味する)を満たす請求項15〜18のいずれかに記載の亜鉛系めっき部材。
0.2≦[Al]/[O]≦0.7、かつ
60≦「Al」+[O]≦100
【請求項19】
前記化成皮膜がさらに、金属酸化物と有機結合剤とを皮膜形成成分とする無機/有機複合皮膜で被覆されている、請求項15〜18のいずれかに記載の亜鉛系めっき部材。


【公開番号】特開2007−23353(P2007−23353A)
【公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−208846(P2005−208846)
【出願日】平成17年7月19日(2005.7.19)
【出願人】(000115072)ユケン工業株式会社 (33)
【Fターム(参考)】