説明

人工透析装置における透析液ラインの洗浄消毒方法

【課題】人工透析装置における透析液ラインの汚れを除去して確実に殺菌でき、透析液ラインに介在する中空糸膜型の透析液フィルターの劣化及び機能低下を効果的に抑制し得る洗浄方法を提供する。
【解決手段】中空糸膜束の少なくとも一端側をポリウレタン系樹脂層にて結着した透析液フィルターが介在する透析液ラインに対し、次亜塩素酸を含まない苛性アルカリ水溶液による洗浄と、過酢酸水溶液による洗浄とを施す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療機関において人工血液透析に使用された透析装置の透析液ラインの汚れを除去して殺菌するための洗浄消毒方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人工透析設備を備えた医療機関においては、患者の安全上、透析装置及び透析液ラインを清浄に維持することが不可欠であり、このために透析後の洗浄消毒を日々行う必要がある。しかして、透析後の透析装置及び透析液ラインに生じる汚れは、蛋白質や脂質の如き有機物と炭酸カルシウムの如き無機物が主であるが、単純な付着形態ではなく、汚れ成分が積層していたり、有機物のマトリクス中に無機物粒子が絡めとられていたり、カルシウムと有機物が複合物を形成していたりして、内部に潜り込んだ細菌が繁殖し易い状態になっている。従来、このような透析装置及び透析液ラインの消毒洗浄には、次亜塩素酸ナトリウム水溶液と酢酸水溶液とを用いた二段階洗浄が広く採用されている。これは、前者の水溶液中に生成する次亜塩素酸の強い殺菌性と反応性を利用し、殺菌消毒と有機系の汚れの除去を行うと共に、次亜塩素酸では除去できない炭酸カルシウムを酢酸にて溶解除去するものである(特許文献1)。
【0003】
なお、一段階洗浄で殺菌消毒を行えるように、次亜塩素酸ナトリウム水溶液に金属封鎖剤や界面活性剤等を配合した殺菌消毒剤(特許文献2)も知られるが、炭酸カルシウムを確実に除去する上で金属封鎖剤の配合量に限界があるため、酢酸等の酸水溶液による定期的な洗浄を廃止する状況には至っていない。また、他の一般的な殺菌消毒剤として、ジクロロイソシアヌル酸ナトリウムの如きイソシアヌル酸塩の水溶液、食塩水の電解によって得られる電解酸性水、過酢酸や過酸化モノ硫酸カリウムの水溶液、酸性加温水溶液等がある。しかし、これらの殺菌消毒剤は、酸性下で炭酸カルシムの除去能力を示すが、有機物の除去性が非常に悪いために汚れの残留を生じ易い上、表面的な殺菌はできても汚れの内部まで殺菌力が及びにくく、残留した汚れの中や下に潜む細菌の増殖に繋がることが致命的欠陥となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平09−031494号公報の従来技術の項
【特許文献2】特開平07−233396号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の人工血液透析では、患者に対する強い有毒物質となるエンドトキシン(グラム陰性菌の細胞膜成分)を透析液中から除去するために、透析液ラインにおける透析器(ダイアライザー)への透析液導入部に透析液フィルター(ETRF:Endotoxin Retentive Filter)を介在させることが多い。しかしながら、この透析液フィルターとしてポッテイング材がポリウレタン系樹脂からなる一般的な中空糸膜型フィルターを用いている場合、前記の次亜塩素酸ナトリウム水溶液による洗浄を行うと、その洗浄の繰り返しに伴い、ポッテイング部が次第に劣化して褐色に着色することが判明しており、また透水性が徐々に上昇する傾向が認められることから、中空糸膜におけるフィルター機能の低下も懸念される。
【0006】
本発明は、上述の情況に鑑み、人工透析装置における透析液ラインの汚れを除去して確実に殺菌できて、且つ該透析液ラインに介在する中空糸膜型の透析液フィルターの劣化及び機能低下を効果的に抑制し得る洗浄方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明の請求項1に係る人工透析装置における透析液ラインの洗浄消毒方法は、中空糸膜束の少なくとも一端側をポリウレタン系樹脂層にて結着した透析液フィルターが介在する透析液ラインに対し、次亜塩素酸を含まない苛性アルカリ水溶液による洗浄と、過酢酸水溶液による洗浄とを施すことを特徴としている。
【0008】
請求項2の発明は、上記請求項1の人工透析装置における透析液ラインの洗浄消毒方法において、苛性アルカリ水溶液のpHが9.0〜13.0、前記過酢酸水溶液の過酢酸濃度が0.001〜0.1%である構成としている。
【0009】
請求項3の発明は、上記請求項1又は2の人工透析装置における透析液ラインの洗浄消毒方法において、透析液フィルターの中空糸膜が、ポリスルホン、ポリエステル系ポリマーアロイ、ポリエーテルスルホンの何れの材質からなるものとしている。
【発明の効果】
【0010】
請求項1の発明に係る透析液ラインの洗浄消毒方法によれば、苛性アルカリ水溶液によって有機物の汚れが確実に除去されると共に、析出した炭酸カルシウムの如き無機物の汚れも過酢酸水溶液によって確実に除去され、しかも該透析液ラインに介在する中空糸膜型の透析液フィルターの劣化及び機能低下を効果的に抑制できることから、該透析液フィルターを高い信頼性を確保しつつ長期にわたって継続使用可能となる。
【0011】
請求項2の発明によれば、苛性アルカリ水溶液及び過酢酸水溶液として、各々特定pH域及び濃度にあるものを使用することから、より高い汚れの除去性と殺菌性を確保できる。
【0012】
請求項3の発明によれば、透析液フィルターの中空糸膜が特定の樹脂成分からなり、従来の次亜塩素酸ナトリウム水溶液による洗浄ではフィルター機能の低下が懸念されるにも拘らず、該機能の低下を確実に防止できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係る洗浄消毒方法の適用対象は、中空糸膜束の少なくとも一端側をポリウレタン系樹脂層にて結着した透析液フィルターが介在する透析液ラインである。このような中空糸膜型フィルターは、透析液フィルターとして特に高機能であることが知られるが、従来汎用の次亜塩素酸ナトリウム水溶液による洗浄では、ポッティング部つまりポリウレタン系樹脂層が次第に劣化して褐色に変色してゆくことから、ポリウレタン内のアミノ基(−NH)やシアノ基(−CN)が分解して塩素化され、クロラミンや塩化シアンを生成する可能性が危惧される。また、透水性が徐々に上昇する傾向が認められ、細孔の拡大による濾過性低下が危惧される。
【0014】
本発明の洗浄消毒方法では、このような透析液ラインに対して、次亜塩素酸を含まない苛性アルカリ水溶液による洗浄と、過酢酸水溶液による洗浄とを施すことにより、汚れの完全な除去と確実な殺菌によって清浄な透析環境を維持させ、且つ上記の中空糸膜型の透析液フィルターにおけるポッティング部の劣化を効果的に抑制することができると共に、透水性の上昇を確実に防止でき、もって本来の優れたフィルター機能による高いエンドトキシン除去性を長期にわたって安定的に発揮させることができる。
【0015】
まず、前記の苛性アルカリ水溶液は、蛋白質や脂質等の有機物系の汚れに対する除去作用を有しており、これを用いて透析終了後の透析液ラインを洗浄することにより、付着した汚れが組成的及び形態的に複雑なものであっても、その有機物部分を効果的に剥ぎ取るように除去し、細菌の生育する場を除きつつ殺菌作用を発揮することができるため、有機物に包まれていた炭酸カルシウムの如き無機物の汚れを露呈させて器壁から遊離し易くする。しかも、この苛性アルカリ水溶液には次亜塩素酸を含まないため、前記中空糸膜型の透析液フィルターにおけるポリウレタン系樹脂からなるポッティング部を劣化させず、また中空糸膜の透水性を上昇させないことが判明している。
【0016】
このような苛性アルカリ水溶液としては、特に制約されないが、pH9〜13の範囲にあるものが好適であり、このpHが低すぎては汚れ除去作用及び殺菌消毒作用が不充分になり、逆にpHが高すぎてはシリコンゴム等の一部の材質の劣化を早めるという問題がある。
【0017】
なお、苛性アルカリ水溶液については、低濃度で高pHに設定できる反面、pH緩衝性が弱く、各種の汚れとの混合・接触によってpHが低下し、これに伴って有機物の汚れに対する除去性が低下することになるが、この難点はpH緩衝化剤の配合によって改善できる。このようなpH緩衝化剤としては、有機酸塩、有機ホスホン酸塩、リン酸塩、ホウ酸塩、アルカノールアミン塩、重炭酸塩等あり、これらは2種以上を併用してもよい。
【0018】
従来の次亜塩素酸ナトリウムを主とした洗浄方法では、透析装置の一部に使用されているステンレス鋼に対する腐食性が高い懸念があったが、本洗浄方法では次亜塩素酸ナトリウムを使用せず、またpH9〜13の苛性アルカリ水溶液のステンレス鋼に対する腐食性が非常に低いため、透析液ラインの防錆管理及び定期的な防錆作業を軽減できるメリットがある。
【0019】
一方、前記の過酢酸水溶液は、炭酸カルシウムの如き無機物に対する優れた溶解作用を有しており、これを用いて透析液ラインを洗浄することにより、前記苛性アルカリ水溶液では充分に除去できない無機物の汚れが溶解除去されると共に、強い殺菌力を有するため、苛性アルカリ水溶液による有機物汚れの除去効果と相まって透析液ラインの確実な殺菌に寄与する。なお、苛性アルカリ水溶液では十分な殺菌消毒効果が得られないため、本発明では過酢酸水溶液を使用する。
【0020】
このような過酢酸水溶液としては、特に制約されないが、過酢酸濃度が0.001〜0.1%の範囲にあるものが好適であり、この濃度が低過ぎては汚れ除去作用及び殺菌消毒作用が不充分になり、逆に該濃度が高過ぎてとOリング等のゴム材質部品が膨潤し、劣化を早めるという問題がある。
【0021】
過酢酸水溶液は、0.001%以上の濃度で優れた殺菌消毒作用を発揮すると共に、含まれる酢酸の量に応じて炭酸カルシウムを溶解することができる。このような過酢酸水溶液として、0.4〜8%の過酢酸、6未満〜22%の過酸化水素、4〜40%の酢酸を含むものが市販されている。
【0022】
一般的な透析液ラインの洗浄順序は、殺菌消毒効果のある薬液によって最終工程としている。これは、洗浄後の夜間等に細菌がライン中で繁殖するのを危惧することによると考えられる。従来の次亜塩素酸ナトリウムと酢酸による洗浄順序は、連続して行う場合は酢酸洗浄に次いで次亜塩素酸ナトリウム洗浄である。一方、蛋白質等の有機物汚れは酸性条件下で変性し除去し難い状態になる可能性がある。この点、本洗浄剤の組合せにおいては、酸側に殺菌消毒効果を期待するため、苛性アルタリ水溶液による洗浄に次いで過酢酸水溶液による洗浄となる。酸洗浄の前に有機物除去を行える点は洗浄性の向上につながり、後の洗浄消毒の効率を高める上でも有利であると考えられる。
【0023】
本発明による透析液ラインの洗浄は、透析終了ごとに前記の苛性アルカリ水溶液と過酢酸水溶液による2段階洗浄を施すことが望ましいが、汚れの程度や傾向、使用する洗浄液の種類等によっては、必ずしも透析終了ごとの2段階洗浄に限るものではない。すなわち、恒常的に有機物の汚れが少ない傾向である場合、過酢酸水溶液による洗浄を毎日欠かさず行うと共に、何日か置きに苛性アルカリ水溶液による洗浄を併用する方法も採用可能である。
【実施例】
【0024】
人工透析施設を有する医療機関において、毎日1回の人工透析が行われる透析装置及び透析液ラインに、透析終了後、RO( 逆浸透) 水を15分間供給して流し、次いで下記のアルカリ性洗浄剤を30分間送液し、RO水による90分間の水洗、次いで下記の酸性洗浄剤を30分間送液し、RO水による90分間の水洗を順次施す試験プログラムを3カ月間実施した。この試験後に、後記方法によって汚れの除去性と除菌性の評価を行うと共に、透析液ラインに介在する中空糸膜型の透析液フィルターの変化を調べた。その結果を後記表1に示す。なお、中空糸膜型の透析液フィルターとして、東レ社製の商品名TET1.0(ポッティング部:ポリウレタン系樹脂、中空糸膜:ポリスルフォン)の新品を用いると共に、患者監視装置として東レ社製の商品名TR−3000Mを使用した。また、アルカリ洗浄剤、酸性洗浄剤、RO水の供給量は、いずれも500ml/分に設定した。
【0025】
<アルカリ性洗浄剤>
〔A1〕0.04%NaOH水溶液、pH12
〔A2〕0.004%NaOH水溶液、pH11
〔A3〕0.0004%NaOH水溶液、pH10
〔A4〕0.00004%NaOH水溶液、pH9
〔A5〕0.4%NaOH水溶液、pH13
〔A6〕0.1%NaClO水溶液、pH10.5。
<酸性洗浄剤>
〔B1〕過酢酸水溶液(過酢酸0.02%,酢酸0.2%含有)、pH3.1
〔B2〕0.2%酢酸水溶液、pH3.1
【0026】
<汚れの除去性>
〔蛋白質〕ダイアライザー後の排液ラインのシリコンチューブを対象とし、アミドブ ラック10B試験液による染色度合を調べ、染色なしを0、透析終了直後の 未洗浄の染色状態を5とし、0〜5の6段階で評価した。
〔CaCO3 〕ダイアライザー後の排液ラインのシリコンチューブを対象とし、オル トフタレインコンプレキソン(OCPC)法によるカルシウムの呈色を調べ 、呈色なしを○、薄い呈色を△、濃い呈色を×とする3段階で評価した。
【0027】
<除菌性> 患者監視装置に設置している中空糸膜型の透析液フィルターの直前から採 取した透析液50mlをメンブレンフィルターにて濾過し、このフィルター をR2A培地上に乗せて25℃で7日間培養し、発育したコロニーをカウン トし、CFU(colony forming unit)として評価した。
【0028】
<透析液フィルターの変化>
〔ポッティング部の変色〕変色度合を目視観察し、変色なく新品と変わらぬものを○ 、淡い褐色に変化したものを△、濃い褐色に変化したものを×とする3段階 で評価した。
〔透水性〕透析液フィルターの透水性(ml/h mmHg)を測定した。なお、新品時の透水 能は4.0 ml/h mmHg であった。
【0029】
【表1】

【0030】
上表の結果から明らかなように、本発明による洗浄消毒方法(試験番号1〜5)では、優れた汚れの除去性及び除菌性が得られる上、透析液フィルターのポッティング部の変色を生じず、また該フィルターにおける透水性の上昇もなかった。従って、本発明の洗浄消毒方法によれば、該透析液フィルターを高い信頼性を確保しつつ長期にわたって継続使用できることが判る。なお、透水性が新品時より減少しているのは、透析液やRO水に含まれる珪素微粒子や鉄分等による経時的なファウリングが起こっているものと推測され、フィルター機能から通常想定される現象である。なお、蛋白質の汚れを完全に除去する上で、苛性アルカリ水溶液の濃度は0.004%以上が好ましいことが判る。
【0031】
一方、アルカリ性洗浄剤として次亜塩素酸ナトリウム水溶液を用いた洗浄消毒方法(試験番号7,8)では、汚れの除去性及び除菌性は良いが、透析液フィルターのポッティング部が濃い褐色に変色すると共に、該フィルターにおける透水性も上昇している。この透水性が上昇する原因については、ポッティング部の劣化のみならず、中空糸膜の劣化や変質による孔径拡大も考えられる。従って、従来の一般的な次亜塩素酸ナトリウム水溶液と酸性洗浄液による2段階洗浄では、該フィルターの劣化及び機能低下が早期に生じ、本来のエンドトキシン除去機能を喪失することが懸念される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
中空糸膜束の少なくとも一端側をポリウレタン系樹脂層にて結着した透析液フィルターが介在する透析液ラインに対し、次亜塩素酸を含まない苛性アルカリ水溶液による洗浄と、過酢酸水溶液による洗浄とを施すことを特徴とする人工透析装置における透析液ラインの洗浄消毒方法。
【請求項2】
前記苛性アルカリ水溶液のpHが9.0〜13.0、前記過酢酸水溶液の課酢酸濃度が0.001〜0.1%である請求項1に記載の人工透析装置における透析液ラインの洗浄消毒方法。
【請求項3】
前記人工透析用フィルターの中空糸膜が、ポリスルホン、ポリエステル系ポリマーアロイ、ポリエーテルスルホンの何れの材質からなる請求項1又は2に記載の人工透析装置における透析液ラインの洗浄消毒方法。

【公開番号】特開2012−187321(P2012−187321A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−54665(P2011−54665)
【出願日】平成23年3月11日(2011.3.11)
【出願人】(391015111)クリーンケミカル株式会社 (6)
【Fターム(参考)】