説明

付加質量制震建物

【課題】 地震時の振動エネルギーを有効に吸収する付加質量制震建物
【解決方法】 固有周期が0.5秒より短い建物本体と、前記建物本体上部に搭載された固有周期延長構造体とを有する付加質量制震建物であって、前記固有周期延長構造体は、弾性変形部材と、所定の水平荷重を超えるとすべり変形するすべり部材からなる支承部と、当該支承部によって支持された、建物本体の10%以上の重量を有する付加質量とを有するものである付加質量制震建物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制振構造を有する建物および制振構法に関するものである。本発明は、さらに、建物の上部に設けた支承部によって、建物本体の重量に対して10%以上の重量を有する付加質量を支持することによって、地震時に建物本体に作用する地震荷重(水平加重)を低減する付加質量制震建物および構法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
建物構面の耐震壁等にエネルギー吸収装置を設置し、建物各階に働く水平方向の力を制御(建物の層間変形に対する抵抗力を発揮するとともに変形の振動エネルギーをエネルギー吸収装置によって吸収して振動を抑制)するいわゆるパッシブ制振構法が存在する。一方、建物の立地条件によっては、交通振動や強風などの影響による不快な微振動の低減のために質量慣性制振装置(TMDとも称する)を設置する場合がある。
【0003】
TMD(同調質量制振)は風や交通振動などの環境振動対策として用いられるが、振動の大きな地震に用いるには制震能力が十分でない。屋上または建物内に付加質量を支承して建物の1次固有周期に付加質量の固有周期を同調させる従来のTMDは、付加質量を相対的に大きくしても建物本体の振動を低減できず、地震動にかえって建物本体に大きな地震力を生じてしまう可能性すらある。屋上にTMDにおいて通常考えられている以上の大質量を搭載し、一見建物の耐震設計にとっては不利に見えるが、当該大質量を弾性変形部材と、所定の水平荷重を超えるとすべり変形するすべり部材からなる支承部によって支持して、その作用メカニズムと構造パラメータを適切に設定することでTMD以上の制震効果を発揮し、同時に変位を抑制することができることは本発明者が新たに発見した事実である。
【0004】
特開平11−93458号公報(特許文献1)には、建物本体、付加質量体及び弾性体からなる系に意図的にホイッピング現象を発生させることにより、付加質量体及び弾性体に地震エネルギーを集中化させる技術が記載されている。この技術では、建物本体と付加質量体の質量比、バネ定数比の関係を適切に設定することにより、水平振動において付加質量体を建物本体と同方向に変位させて、ホイッピング現象を生じさせて建物を制震する。また、弾塑性体を塑性変形させて振動エネルギーを吸収(減衰機能)する。
【0005】
特開平8−284471号公報(特許文献2)には、構造物の吊床を付加質量として構造物の振動周期を長周期化して入力加速度を減少させると共に、付加質量の水平変位をダンパーで制御し、ダンパーのエネルギー吸収により制震する技術が開示されている。
【0006】
特開2000−045561号公報(特許文献3)には、比較的大きな振動を減衰させる油圧ダンパーと比較的小さな振動を減衰させる減衰機構とを直列に配置して、大地震による水平力と交通機関等による環境振動の対策を1つの装置で兼ね備える制振ダンパー(ブレースダンパー)が開示されている。
【0007】
これらは、大地震時に建物本体の振動(変形)を吸収し、建物の被害を軽減できるので好ましい。しかし、一般に低層で小規模な住宅では、載荷できるTMD等の重量に制限があり、環境振動の微振動から大地震の大きな振動までをカバーする付加質量制振構造は存在していなかった。さらにこれら文献には、建物の変位をどの程度に低減させるかについては、言及されておらず、低層住宅など短周期で重量が軽い建物に有害(建物外壁や石膏ボードの破壊)な変形を抑えられる設計方法が確立されていないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平11−93458号公報
【特許文献2】特開平8−284471号公報
【特許文献3】特開2000−045561号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、従来技術が有する上記の課題を解決することを目的としたものであって、基礎免震より低廉なコストで、1つの装置で環境振動(微小振動)から大地震までの制振効果を得る制震装置を備え、かつ大地震にあっては建物の各層が降伏しない付加質量制震建物を提供することを目的とする。これにより本体の被害が軽微に留められることが期待される。
【0010】
さらに、本発明は、建物の層間変形を利用しある程度大きな層間変形が発生することによって制振効果を得る一般的な制震構造に比較して、大きなコスト増無しに層間変形を減少させ、即ち建物被害を小さく留めたままで地震のエネルギーを処理できる制振構法を実現する。特に工業化住宅など規格化された小規模な構造物(短周期)での簡易かつ標準的な制振建物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するために、本発明は、1層〜5層程度の低層建物本体と、
前記建物本体上部に搭載された固有周期延長構造体とを有する付加質量制震建物であって、
前記固有周期延長構造体は、弾性変形部材と、所定の水平荷重を超えるとすべり変形するすべり部材からなる支承部と、当該支承部によって支持された、建物本体の10%以上の重量を有する付加質量とを有するものである付加質量制震建物を提案する。
【0012】
また、前記建物本体は、前記建物本体の1次固有周期が0.5(sec)程度またはこれより短い建物本体ということができる。
本明細書において固有周期とは、特に断らない場合、水平方向の変形に対する1次の固有周期をいうものとする。固有周期が0.5秒程度またはこれより短い建物本体は、主に低層(1層〜5層程度、1層分の階高3m前後(2.5〜5m))の住宅建物が代表的な例であるが、建物のスケルトン(骨組)状態における固有周期の値(例えば、建物本体が軸組構造である場合は、柱、梁および耐力パネルで構成された状態における値)が略0.5秒前後であるかこれより短い固有周期であることを特定したものである。さらにスケルトンに帳壁や内部間仕切壁等の非構造部材を取り付いた状態における固有周期の値は、一般に約0.2〜0.3秒程度となる。なお、建物の用途は、住宅に限定されず、オフィス、学校、工場、倉庫、駐車場、店舗等の建物であっても同様に含まれる。
【0013】
本明細書において建物本体とは、建物の、固有周期延長構造体を支持する部分を指しており、一般に建物本体と呼ばれる部分とは異なる場合がある。例えば、下の段落で記載するように、一般には屋根構造も建物本体に含まれるとしても、屋根構造を固有周期延長構造体の一部として用いる場合には、建物本体には屋根構造は含まれない。また、搭載されたとは、重力による荷重を支持することを意味しており、支承部が圧縮力を受ける場合と引っ張り力を受ける場合の両方を想定している。
【0014】
弾性変形部材の典型的な例は積層ゴムであるが、金属バネ、すり鉢状の受け皿で支持された転がり支持部材等、構造解析において力と変形が実質的に比例すると考えることができる他の支持方式を排除するものではない。すべり部材の一例は滑り板または摩擦板であるが、ここでは、降伏荷重に達すると支持荷重が増大せずに変形が増大する弾塑性体もすべり部材と称することにする。したがって、本明細書においては、すべり部材の摩擦係数と降伏せん断力係数とを同じ意味で用いる場合がある。
【0015】
前記支承部は、所定の限界水平荷重以下では弾性変形し、所定の水平荷重を超えるとすべり変形する支承であっても良い。ここで、限界水平荷重とは、その荷重未満では、構造解析において支承部が、実質的に弾性体であるとみなすことができる荷重である。所定の限界水平荷重以下では弾性変形し、当該所定の水平荷重を超えるとすべり変形する支承部は、例えば、滑り板の上に積層ゴムを搭載した構造であるが、これに限定する趣旨ではない。
【0016】
前記支承部は、積層ゴムおよび当該積層ゴムと並列に設けられた滑り板とを含むものであるのが好ましい。積層ゴムの支持部の水平剛性は、積層ゴムの水平剛性に比較して高いのが好ましい。
【0017】
前記付加質量制震建物は、固有周期延長構造体の効果によって、建物本体の固有周期に対して1次固有周期が長周期化され、その結果入力加速度および地震時の建物応答変位が低減する。また、すべり部材にすべりを生じない程度の比較的小さな入力に対しては、すべり部材がブレーキとして作用するので、風入力などの小さな環境振動による建物振動は効果的に抑えられる。
【0018】
前記すべり部材は、0.04G〜0.2G、さらに好ましくは0.05G〜0.13Gの水平荷重が作用した際に滑りを開始する摩擦係数を有することが好ましい。すべり部材の摩擦係数がこの範囲であることによって、固有周期延長構造体は、微小な環境振動に対して建物の振動を有効に低減し(つまり、環境振動による建物のふらつきを抑制し)、地震時には建物本体の振動を有効に低減する。
また、すべり部材は、建物本体の構造部材が損傷を受ける水平加速度(単位をGとする)よりも小さい加速度で滑りを開始するのが好ましい。このように設定することによって、地震時に、建物本体の構造部材が損傷受ける前にすべり部材がすべりを生じて振動エネルギーを吸収し、建物の応答を低減することができる。建物本体の構造部材とは、耐震設計において荷重を負担すると考えられる部材である。もちろん、すべり部材は、より小さな加速度ですべりを開始するものであってもよい。本明細書においてすべり部材が滑りを開始する水平加速度(単位G)を、降伏せん断力係数と称する場合がある。荷重の増分なしに変形が増大する点において共通するからである。
【0019】
すべり部材が滑りを開始する加速度(あるいは降伏せん断力係数)は(下式1)により設定することもできる。
【数1】

【0020】
前記弾性変形部材は、付加質量を弾性変形部材のみで支持した場合に固有周期が1.5秒以上、好ましくは1.8〜5秒の範囲、さらに好ましくは4〜5秒となる剛性を有するのが好ましい。弾性変形部材の剛性をこのような値に設定することによって、地震時の付加質量制震建物の等価1次固有周期を建物本体の固有周期よりも長周期化して、地震時の入力加速度を低減し建物の応答変位を効果的に低減することができる。ここで、等価1次固有周期とは、すべり部材のすべりに起因して非線形応答する建物の応答時刻暦に含まれる卓越周期をいう。
【0021】
前記支承部を構成する、積層ゴムとすべり部材とは並列に設けられているのが好ましい。このように構成することによって、滑り部材を、環境振動に対する建物の振動を抑制するブレーキとして作用させ、同時に地震時にエネルギー吸収部材として作用させることができる。また、積層ゴムと滑り部材とを直列に設け、別途環境振動に対するブレーキとして弾塑性部材などを設けてもよい。
【0022】
前記支承部(つまりすべり部材)がすべりを生じる加速度は、建物本体の構造部材が損傷を受ける加速度よりも小さいのが好ましい。このような構成によって、地震時に建物本体の構造部材が損傷を受けないよう保護することができるので、いっそう高い安全性を確保することができる。
【0023】
本発明に基づく付加質量制震建物は、設計用地震動に対する地震応答時の等価減衰定数が、0.05以上であるのが好ましい。本明細書において等価減衰定数は、吸収エネルギー、最大応答変位、最大応答速度等の指標が実質的に等しくなる粘性減衰の大きさをいう。等価減衰定数とは、地震応答時の本願発明にかかる建物の卓越応答周期と履歴によるエネルギー吸収と実質的に等しい固有周期と粘性エネルギー吸収を有する弾性構造体の減衰定数であってもよい。等価減衰定数を上記の値に設定することによって、履歴減衰(および粘性減衰)によって地震時の建物応答を有効に低減することができる。
【0024】
前記支承部は建物の屋根構造よりも下の部分と屋根構造との間に設けられており、前記付加質量は建物の屋根構造を含む構造であってもよい。付加質量は建物本体の10%以上の重量を有するのが好ましく、20%以上の重量を有するのがさらに好ましい。付加質量は、建物本体の重量の40%以上であっても良い。付加質量が屋根構造だけである場合には、別途付加質量を設けることなく本願発明の構造を実現することができるので、部材設計の面からも施工期間の面からも経済的である。前記付加質量は、屋上庭園、塔屋、貯水槽、防水層保護コンクリート版、特に設けた重量物の内のいずれか、あるいはこれらの組み合わせであってもよい。特に設けた重量物とは、例えばコンクリート塊のようなものである。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、基礎免震より低廉なコストで、1つの装置で環境振動(微小振動)から大地震までの制振効果を得る制震装置を備え、かつ大地震にあっては下部建物の各層が降伏しない付加質量制震建物が提供される。本発明により大地震時の建物本体の被害が軽微に留められる。さらに、本発明によれば、大きなコスト増無しに層間変形を減少させ、即ち建物被害を小さく留めたままで地震のエネルギーを処理することができる。特に工業化住宅など規格化された小規模な構造物(短周期)での簡易かつ標準的な制振建物を提供することが可能になる。
本発明の上記以外の効果は、明細書の記載全体を通じて明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明に基づく付加質量制震建物の実施例を示す模式図
【図2】固有周期延長構造体の復元力特性を模式的に示す図
【図3】本発明に基づく付加質量制振建物の他の実施例を模式的に示す図
【図4】固有周期延長構造体の構造を概略示す立面図
【図5】支承部降伏せん断力と1層の層間変形(地震応答)との関係を示すグラフ
【図6】支承部降伏せん断力と付加質量支承部の変形(地震応答)との関係を示すグラフ
【図7】本発明の適用の有無による地震応答加速度の時刻歴を比較したグラフ
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下に、実施例に基づいて本発明の具体的な態様を説明するが、実施例は発明の理解を助けるために記載するに過ぎないものであるから、本発明は以下に記載する実施例に限定されるものではないことはいうまでも無い。
【実施例】
【0028】
図1は、本発明に基づく付加質量制震建物の第1の実施例であり、概念を示す模式図である。平屋根(陸屋根)を有する2層の建物本体100の屋根面(屋上床面)には、複数の支承が設けられた支承層である支承部210と付加質量220から構成される固有周期延長構造体200が搭載されている。付加質量220の重量(質量)は、建物本体100の重量(質量)の10%以上、例えば30%である。付加質量220は、単に質量効果のみを発揮するためのコンクリートブロックのようなものであってもよいが、屋上床板、防水層の保護、ひさし等を兼用することもできる。
【0029】
支承部210には、弾性支承の弾性変形部材である積層ゴムと、下端部または上端部に滑り板を有するすべり支承が設けられ、複数箇所に並列に配置されている。支承部210には、すべり支承とともに(またはこれに代えて)、所定の限界水平荷重以下では弾性変形し、所定の水平荷重を超えるとすべり変形する弾性すべり支承を設けてもよい。すべり支承本体(滑り板以外の部分)の剛性は、前記弾性支承の積層ゴムの剛性よりも高いのが好ましいが、滑り支承本体(滑り板以外の部分)もまた積層ゴムによって構成されていても良い。
【0030】
図2は、支承部210全体の復元力特性を模式的に示したものである。弾性支承として設置した積層ゴムよりも剛性の高い弾性体(例えばコンクリートまたは鋼製カラム)からなる滑り支承本体と滑り板を直列的に設けた弾性滑り支承の力−変形関係は、図2に「弾性滑り支承」と記載したように完全弾塑性型になる(横軸は変形、縦軸は荷重または反力を表す、以下同様)。一方、滑り板を有しない弾性支承である積層ゴムの復元力特性は、図2において「積層ゴム」と記載した形である。これらが支承部210のように複数箇所に並列的に配置されると、支承部210全体の復元力特性は、図2の「合成した特性」に示されるように、第1勾配と第2勾配を有するバイリニア特性を示すものとなる。
【0031】
図3は、本発明に基づく付加質量制震建物の第2の実施例を模式的に示したものである。この実施例においては、建物の勾配屋根構造(あるいは小屋組構造)が付加質量220として用いられている点が特徴である。勾配屋根構造は、本来の勾配屋根構造そのものであってもよいし、さらに付加質量220を追加して重量を調節したものであってもよい。
【0032】
前記支承部210は建物の勾配屋根構造よりも下の部分と勾配屋根構造との間に設けられており、付加質量220は建物の勾配屋根構造を利用したものである。
なお、付加質量220は建物本体の10%以上の重量を有するが、20%以上の重量を有するものであっても良いし、建物本体の重量の40%以上であっても良い。
【0033】
付加質量220が勾配屋根構造だけである場合には、別途付加質量を設けることなく本願発明の構造を実現することができるので、部材設計の面からも施工期間の面からも経済的である。
さらに付加質量220の実施例としては、屋上庭園、塔屋、貯水槽、防水層保護コンクリート版、特に設けた重量物の内のいずれか、あるいはこれらの組み合わせであってもよい。特に設けた重量物とは、例えばコンクリート塊のようなものである。
【0034】
本実施例の支承部210には、弾性体230と滑り板240とを有する弾性すべり支承と積層ゴム250による弾性支承とが、建物本体100の屋根面の複数箇所に並列的に配置されている。
このような構成とすることによって、支承部210全体の復元力特性は、前記図2のバイリニア特性を有するようになり、制震のために設ける付加質量を最小限にして所期の効果を発揮することができる。
【0035】
図4は、図3の弾性すべり支承の変形性状を模式的に示したものである。滑り板240に弾性体230を載せ、弾性支承とすべり支承を直列的に配置したモデルを実現した形態の支承であり、弾性体230である積層ゴムの高さを弾性支承の積層ゴム250より小さくなっていて、特に積層ゴム250の剛性に対して、弾性体230の剛性が比較的小さい場合である。左の図は、水平力が加わっていない通常の状態、右の図は、地震力等の水平力によって積層ゴムの部分が水平方向に変形した状態を示している。さらに水平力が加わると、滑り板の滑り面(摩擦面)300においてすべりが発生する。
【0036】
この場合、滑り板240は、0.04G〜0.2G、さらに好ましくは0.05G〜0.13Gの水平荷重が作用した際に滑りを開始する摩擦係数を有するものと、固有周期延長構造体200の付加質量220は、微小な環境振動に対して建物の振動を有効に低減し(つまり、環境振動による建物のふらつきを抑制し)、大きな振動が生じる地震時には建物本体の振動を有効に低減する。
また、滑り板240は、建物本体100の構造部材が損傷を受ける水平加速度(単位をGとする)よりも小さい加速度で滑りを開始する。このように設定することによって、地震時に、建物本体100の構造部材が損傷受ける前にすべり部材がすべりを生じて振動エネルギーを吸収し、建物の応答を低減することができる。もちろん、すべり部材は、より小さな加速度ですべりを開始するものであってもよい。
ここで、建物本体100の構造部材とは、耐震設計において荷重を負担する柱、梁、筋交い等の軸組構成部材や床壁屋根の構成部材等である。
【0037】
本実施例によれば、付加質量220を一定の荷重で明確に降伏する支承で支持し、下部の建物に確実に先行して付加質量220の支承部210が降伏してそこに地震エネルギーを集中させて制振することができる。
付加質量220としてTMD制振装置を設けた建物が下部の建物本体の固有周期とTMD自身(付加質量220の部分)の固有周期とを一致させて下部の建物本体の応答振動数を下げるのに対し、本実施例に係る大重量の付加質量部分を有する制振構造である付加質量制震建物は、地震の入力エネルギーを付加質量220の支承部210に集中させて下部の建物本体100を損傷させないように各層の降伏耐力を調整するものである。
【0038】
また、付加質量220の部分のせん断力が上昇し下層部の建物本体が降伏し固有周期が変わってしまう結果、建物本体100に及ぶ制振効果が弱くなることがない。さらに、下層部の降伏によって付加質量部220の剛性を変えて建物本体100の固有周期の調整を行う必要がない。
【0039】
建物に付加質量220を与える物体が地震で振動するとき、弾性体230の接面が滑り面300において滑り始めるときに付加質量220(支承部210)に生じる水平加速度(あるいは降伏せん断力係数)が(1)式を満たすならば、必ず屋上の付加質量220を支持する支承部210が先行降伏し、以降建物本体100は降伏しない。本発明は地震動による建物の振動時に建物各層は降伏させずに屋上の付加質量220を支持する支承部210を降伏させてそこで履歴吸収により地震のエネルギーを吸収させ建物本体100を弾性に留め軽微な損傷状態に留めることができる。
【0040】
支承部210の滑り支承(滑り板240で構成)を弾性滑り支承(弾性体230と滑り板240の直列設置で構成)に変更し、支承下部の弾性体230の剛性を調節し、建物の弾性1次固有周期と付加質量220の部分の微小振幅における固有周期を一致させることで交通振動のような環境振動に対しても制振効果を発揮させることができる。さらに、環境振動用TMDに比べ負荷質量が大なので中地震レベルまでの振動軽減が可能である。
【0041】
積層ゴム250等の本実施例に係る弾性支承の弾性変形部材は、付加質量220を積層ゴム250等の弾性変形部材のみで支持した場合に固有周期が1.5秒以上、好ましくは1.8〜5秒の範囲、さらに好ましくは4〜5秒となる剛性を有する。
弾性変形部材の剛性をこのような値に設定することによって、地震時の付加質量制震建物の等価1次固有周期を建物本体100の固有周期よりも長周期化して、地震時の入力加速度を低減し建物の応答変位を効果的に低減することができる。
ここで、等価1次固有周期とは、すべり部材のすべりに起因して非線形応答する建物の応答時刻暦に含まれる卓越周期をいう。
【0042】
本実施例に係る付加質量制震建物は、設計用地震動に対する地震応答時の等価減衰定数が、0.05以上である。ここで、等価減衰定数は、吸収エネルギー、最大応答変位、最大応答速度等の指標が実質的に等しくなる粘性減衰の大きさをいう。また、等価減衰定数とは、地震応答時の本実施例にかかる建物の卓越応答周期と履歴によるエネルギー吸収と実質的に等しい固有周期と粘性エネルギー吸収を有する弾性構造体の減衰定数であってもよい。等価減衰定数を上記の値に設定することによって、履歴減衰(および粘性減衰)によって地震時の建物応答を有効に低減することができる。
【0043】
図5は、本発明による付加質量制震建物の設計用地震動に対する地震応答解析の結果を図示したものである。図2に示した構造が対象であり、付加質量220は、弾性変形部材である積層ゴム250及びこれと並列に設けた剛塑性支持体に取り付けた滑り板240(摩擦板)によって支持されている。
【0044】
建物本体は、質点系モデルとして時刻歴応答解析を行った。第1層せん断力係数を、0.47として建物強度設計を行った。
地震応答解析に用いた建物本体の第1層水平剛性は、5.49(tf/cm)、第2層水平剛性は、5.49(tf/cm)の90%とした。粘性減衰定数は、対象建物の1次モードに対して、初期剛性比例型0.01とした。当該解析においては、第1層、第2層の質量の大きさを、それぞれ6.83t、4.78t、とした。なお、建物本体の各層の階高hは、約3m(第1層部分(基礎天端から1層梁)、第2層部分(1層梁から2層梁)とも2.89m)である。
【0045】
建物の最上部に設置する付加質量部分は、4.78tである。支承部は、初期剛性が0.1〜2.0(kN/cm)の弾性型とする。減衰係数cは0.05〜0.20(kN・sec/cm)の間で変化させてそれぞれ地震応答解析を行った。この減衰係数cは、付加質量1tあたりでみると、0.01〜0.4(kN・sec/cm)の間である。
【0046】
地震応答解析に用いた地震動は、気象庁から発表されている兵庫県南部地震であるJMAkobeNS波である。上記モデルにおいて、付加質量を搭載しない建物本体(軸組構造の柱、梁および耐力パネルで構成された状態)の1次固有周期が、0.5(sec)であるのに対して、付加質量の支承剛性(初期剛性)を0.5(kN/cm)以下にすると、付加質量を含む建物の1次固有周期は2.0(sec)以上に長周期化した。ただし、付加質量を搭載しない建物についても、地震時に建物本体が塑性化することを考慮すると、地震応答時の実効的な固有周期に相当する卓越周期は0.5〜0.8(sec)程度になる。図11は、付加質量の支承剛性kと建物全体の1次固有周期の関係を図示したものである。
【0047】
図5の横軸には、付加質量を支持する支承部の降伏せん断力を、縦軸には、第1層の層間変形(cm)を示す。Kgは弾性支持体の剛性(単位:kN/cm)である。図示したように、Kgを種々に変化させて地震応答を求めた。図に示されているように、Kgが大きくなるにしたがって1層の層間変形が増大する傾向がある。
【0048】
1層の層間変形が階高の1/100(γ=1/100)以下であることを目安とするなら、支持部降伏せん断力が2〜6kNの範囲であれば、Kgは0.01〜0.06kN/cmの範囲が対応しており、支持部降伏せん断力が2〜8kNの範囲であれば、Kgは0.01前後が対応している。なお、前記1層の階高は、梁内法を採用し、2.64mとした。
【0049】
一方、図6は、前記と同じ地震応答解析による、付加質量支承部の変形(縦軸)を示したものである。横軸は、図5同様、付加質量を支持する支承部の降伏せん断力をとった。Kgの値が小さいほど支承部の変形が大きくなる傾向があるが、支承部の変形が30cm以下であることを目安とすれば、支承部降伏せん断力が2〜6kNの範囲では、Kgは0.01〜0.1kN/cmが対応する支承部降伏せん断力が2〜8kNの範囲では、Kgは0.04以上であることが必要である。
【0050】
上記の結果は、設計用地震動に対する応答において、1層の層間変位が階高の1/100であり、同時に、支承部の変形が30cm以下であるためには、支承部降伏せん断力が2〜6kNの範囲であれば、Kgは0.01〜0.06kN/cmの範囲である必要があることを示している。支承部降伏せん断力が2〜6kNの範囲であることは、滑り部材が0.043Gないし0.13Gで滑りを開始することに対応する。また、Kgが0.01〜0.06kN/cmの範囲であることは、付加質量を弾性変形部材のみで支持した場合の固有周期が1.8〜4.4秒の範囲であることに対応している。
【0051】
図7は、本発明に基づく付加質量制震(慣性質量制震)建物の地震応答時刻歴(2階の床位置での応答加速度)を通常の(付加質量を有しない)建物の地震応答時刻歴と比較して示したものである。図から明らかなように、通常の建物の最大応答加速度が1223ガルであるのに対して、本発明に基づく付加質量制震建物の最大応答加速度は681ガルであり、応答加速度は約半分に低減している。地表面の最大加速度が818ガルであることを考えると、本発明に基づく付加質量制震建物の応答加速度は、入力地震波の加速度以下に低減されていることがわかる。
【符号の説明】
【0052】
100 建物本体
200 固有周期延長構造体
210 固有周期延長構造体の支承部
220 固有周期延長構造体の付加質量
230 弾性体
240 滑り板(すべり支承または弾性すべり支承)
250 積層ゴム(弾性支承、弾性変形部材)
300 すべり面(摩擦面)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1層〜5層程度の低層建物本体と、
前記建物本体上部に搭載された固有周期延長構造体とを有する付加質量制震建物であって、
前記固有周期延長構造体は、弾性変形部材と、所定の水平荷重を超えるとすべり変形するすべり部材からなる支承部と、当該支承部によって支持された、建物本体の10%以上の重量を有する付加質量とを有するものである付加質量制震建物。
【請求項2】
前記建物本体の固有周期が0.5sec程度またはこれより短い請求項1に記載の付加質量制震建物。
【請求項3】
前記すべり部材は0.04ないし0.2Gの範囲で滑りを開始する請求項1または2に記載の付加質量制震建物。
【請求項4】
前記弾性変形部材は、付加質量を弾性変形部材のみで支持した場合に固有周期が1.8〜5秒の範囲となる剛性を有する前記請求項1ないし3のいずれかに記載の付加質量制震建物。
【請求項5】
前記支承部は、積層ゴムおよび当該積層ゴムと並列に設けられたすべり部材とを含む請求項1ないし4のいずれかに記載の付加質量制震建物。
【請求項6】
前記支承部がすべりを生じる加速度は、建物本体の構造部材が損傷を受ける加速度よりも小さい請求項1ないし5のいずれかに記載の付加質量制震建物。
【請求項7】
設計用地震動に対する地震応答時の等価減衰定数が、0.05以上である請求項1ないし6のいずれかに記載の付加質量制震建物。
【請求項8】
前記支承部は建物の屋根構造よりも下の部分と屋根構造との間に設けられており、前記付加質量は建物の屋根構造を含む請求項1ないし7のいずれかに記載の付加質量制震建物。
【請求項9】
前記付加質量は、屋上庭園、塔屋、貯水槽、防水層保護コンクリート版、特に設けた重量物の内の少なくとも1つを含む請求項1ないし8のいずれかに記載の付加質量制震建物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−58313(P2011−58313A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−211099(P2009−211099)
【出願日】平成21年9月11日(2009.9.11)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年7月20日 社団法人日本建築学会発行の「2009年度大会(東北) 学術講演梗概集 建築デザイン発表梗概集」(DVD)に発表
【出願人】(303046244)旭化成ホームズ株式会社 (703)
【Fターム(参考)】