説明

伝熱管の製造方法及び伝熱管

【課題】短時間で伝熱管表面にμm単位の微細な撥水性の凹凸形状を形成することによって伝熱管の熱伝達機能を向上させる。
【解決手段】伝熱管5の表面にパルス状の電子ビーム4を照射することにより撥水性の微細凹凸形状を形成する伝熱管の製造方法であって、前記パルス状の電子ビーム4の照射電流(mA)*照射速度(sec)を0.002〜0.008とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、伝熱管の製造方法に関し、特に電子ビーム照射による伝熱管の製造方法及び伝熱管に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の電力用機器や熱交換器等に用いられている冷却機器では、放熱面積を増加させて冷却効率を向上させるために、冷却フィンを設置したり、冷却機器の内外面に凹凸形状等を形成している。冷却機器の材質が銅またはアルミ製の場合は、胴またはアルミが加工しやすい材料であることから、機械加工等によって凹凸形状を容易に形成することができる。
【0003】
また、熱交換器等に用いられている伝熱管についても冷却材との接触面積を増大させるとともに濡れ性(親水性)を付与するために多数の突起が設けられている(特許文献1)。しかしながら、各種プラントの熱交換器に用いられている伝熱管はステンレス製が多く、機械加工等により所望の凹凸形状を付与することは加工上容易ではない。そのため、伝熱管の表面をコーティング処理又はブラスト処理を行うことにより伝熱管の表面に凹凸状の親水層を形成することが知られている(特許文献2)。
【0004】
ところで、構造材の固体表面2の液体に対する濡れ性を評価するものとして、(1)式で示すYoungの式がある。
cosθ=(α13−α12)/α23 (1)
ここでα12、α13、α23は、図6に示すように、それぞれ固体―液体界面、固体―気体界面(固体の表面自由エネルギー)、気体―液体界面の界面張力(液体の表面張力)である。
【0005】
構造材6の固体表面2と液滴1との接触角は、親水性表面では、固体―気体界面の界面張力α13が大きいため、接触角θが小さくなる。一方、撥水性表面ではα13が小さいため接触角θが大きくなる。しかし、同じ材質の固体表面であっても、図7に示すようにその表面に液滴1よりも小さい微細凹凸面3があると、液滴1の接触角θは平らな表面での接触角θとは異なることが知られている。
【0006】
微細凹凸面3上の液滴1の接触角θrは、平面上の接触角θによって次式で表される。
cosθr=r・cosθ (2)
ここでrは表面積倍増因子であり、固体表面2の平滑面の表面積に対する微細凹凸面3の表面積の増加割合を示す。この因子は1よりも大きいから、微細凹凸面3上での液滴1の接触角θrはθ>90度のときはθより大きくなり、θ<90度のときはθよりも小さくなる。すなわち、固体表面2の凹凸化においてその幾何学形状が重要であることを示唆しており、表面が粗くなるほど、撥水的な表面はより撥水的となり、親水的な表面はより親水的になることが知られている。
【0007】
一般的にθrは90度以上の場合を撥水性、110度〜150度を高撥水性、150度以上を超撥水性とされる。また、逆に角度が低くなる方向を親水性といい、40度以下を親水性とされている。
【0008】
これらの凹凸構造の溝が深くなり、毛細管現象によって水が深い溝の底まで到達できず、水滴1の下に空気が残る場合にはCassie―Baxterの理論が適用される。すなわち、微細凹凸面3は微細なモザイク状の二種類の物質AとBから成ると仮定すると、その各々の純粋成分の液体との接触角をθ、θとすれば(3)式が成り立つ。
cosθr=fcosθ+fcosθ (3)
ここでfとfは固体表面2上での物質AとBの面積分率でf+f=1である。
【0009】
今、深い凹凸構造の撥水表面で水滴1が溝の底まで到達できない場合には、第2成分が空気であるとみなせる。その場合には(3)式は(4)式となる。
vcosθr=f−1+fcosθ (4)
これは空気と水との接触角が180°とみなせるからである。
【0010】
このように、深い凹凸構造の撥水表面で水が溝の底まで到達できない場合、つまり固体面積の割合を低く、突起先端の面積割合が小さくなるほど、溝に空気のトラップ層が形成される関係で撥水性が向上する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2002−372390号公報
【特許文献2】特開2007−155219号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述した従来の機械加工による凹凸形成手段は、対象がステンレス鋼の場合は機械加工が困難となる課題があった。また、コーティング処理による凹凸形成手段は、構造材の表面を流れる流体により凹凸層が経年的に磨耗・剥離する等の問題があり、また、定期的な点検及び再コーティングが必要となって、そのために当該構造材を備えるプラント等を停止する必要があり、プラントの稼働性が低下したり、メンテナンスコストの増大及びメンテナンス期間が長期化するという課題があった。
また、ブラスト処理による凹凸形成手段では、伝熱管表面に溝が深いμm単位の微細な撥水性の凹凸形状を形成することが困難であった。
【0013】
本発明は上述した課題を解決するためになされたものであり、電子ビームを用いることにより、短時間で伝熱管表面にμm単位の微細な撥水性の凹凸形状を形成することを可能とし、これにより伝熱管の熱伝達機能を向上させることができる伝熱管の製造方法及び伝熱管を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するために、本発明に係る伝熱管の製造方法は、伝熱管の表面にパルス状の電子ビームを照射することにより撥水性の微細凹凸形状を形成する伝熱管の製造方法であって、前記パルス状の電子ビームの照射電流(mA)*照射速度(sec)を0.002〜0.008とすることを特徴とする。
【0015】
また、本発明に係る伝熱管の製造方法は、伝熱管の表面にパルス状の電子ビームを照射することにより撥水性の微細凹凸形状を形成する伝熱管の製造方法であって、前記伝熱管の表面粗さが50〜220μmとなるように前記電子ビームの照射電流(mA)*照射速度(sec)を制御することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、伝熱管表面にμm単位の微細な撥水性の凹凸形状を形成することにより伝熱管の熱伝達効率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】第2の実施形態に係る接触角と照射条件の相関関係を示すグラフ。
【図2】第3の実施形態に係る表面粗さと接触角の相関関係を示すグラフ。
【図3】第3の実施形態に係る表面粗さと照射条件の相関関係を示すグラフ。
【図4】第4の実施形態に係る伝熱管の製造方法を示す概略斜視図。
【図5】第5の実施形態に係る伝熱管の製造方法を示す概略断面図。
【図6】構造材の固体表面上の液滴モデル図。
【図7】構造材の微細凹凸面上の液滴モデル図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係る伝熱管の製造方法及び伝熱管の実施形態について、図面を参照して説明する。
【0019】
(第1の実施形態)
本発明の第1の実施形態に係る伝熱管の製造方法を説明する。
発電プラントに用いられる熱交換器等では、蒸気タービンで使用された蒸気が海水などで冷却された多数の伝熱管表面に触れて凝縮し水になり、ボイラー等へ再び戻される構造となる。この時の凝縮には主に膜状凝縮と滴状凝縮の二つの形態がある。膜状凝縮は伝熱管の冷却面と冷却液の接触角が小さい場合に生じ、冷却液は冷却面に膜状に凝縮する。一方、液状凝縮は冷却面と冷却液の接触角が大きい場合に生じ、冷却液は冷却面に滴状に凝縮する。
【0020】
この凝縮形態の相違によって、滴状凝縮の熱伝達率は膜状凝縮の20倍以上となる。したがって、伝熱管表面で滴状凝縮を発生させることにより熱伝達が促進される。
本件発明は上記知見に基づいてなされたものであり、伝熱管表面の滴状凝縮を促進するために、電子ビーム照射により伝熱管表面にμm単位の微細な撥水性の凹凸形状を形成することを特徴とする。
【0021】
本第1の実施形態では、短時間で伝熱管表面に微細な撥水性の凹凸形状を形成するためにパルス状の電子ビームを用いる。
本第1の実施形態によれば、パルス状の電子ビームを用いることにより機械加工が困難な材料に対しても撥水性の微細な凹凸形状を形成することが可能となり、これにより伝熱管表面上の滴状凝縮が促進され、熱伝達効率を大幅に向上させることができる。
【0022】
(第2の実施形態)
第2の実施形態に係る伝熱管の製造方法を図1により説明する。
図1はパルス状の電子ビーム照射の対象材料をSUS304材からなる伝熱管とした場合の照射条件と接触角について実験により得られた相関関係を示すグラフである。図1によれば、照射電流(mA)と照射速度(sec:1/照射周波数)との積(照射電流(mA)*照射速度(sec))を0.002以上にすることにより接触角が90度以上の撥水性を有する微細な凹凸形状を伝熱管表面に形成することが可能となる。
【0023】
このようなパルス状の電子ビームの照射条件では、材料表面に照射されるエネルギー量が比較的高いため材料表面の凹凸差、すなわち凹面の深さが深い形状となる。したがって、凹面が深い形状にあることは、そこに空気層のトラップができやすい状態となり、図1に示すとおり、照射条件(照射電流(mA)と照射速度(sec)との積)を0.002以上とすることにより接触角が90度以上の撥水性を付与することができる。
【0024】
なお、照射条件(照射電流(mA)と照射速度との積)が大きくなると電子ビームのパワー及び位置制御等が困難となることから、上限値は約0.008とすることが望ましい。
本第2の実施形態によれば、照射条件(照射電流と照射速度との積)を適切に制御することにより、撥水性の微細な凹凸形状を有する伝熱管を短時間で製造することができる。
【0025】
(第3の実施形態)
第3の実施形態に係る伝熱管の製造方法を図2により説明する。
撥水性や親水性の程度を示す指標のひとつとして表面粗さ(μm)がある。一般的には粗さが大きいと撥水性が向上し、粗さが小さいと親水性が向上する。この理由としては第1及び第2の実施形態で説明した通り、凹凸の凹部に空気の層がトラップされることにより、固体と空気層の面積比により空気層が大きくなると、液滴と空気層との接触割合が大きくなり、撥水性が向上する。図2は接触角と表面粗さ(μm)の相関関係を示すグラフである。
【0026】
本第3の実施形態では、ステンレス製の伝熱管5の表面にパルス状の電子ビームを照射し、μm単位の微細な凹凸面を短時間かつ簡便に形成するが、その際、表面粗さ(μm)を指標とすることを特徴とする。
【0027】
図3はSU304材からなる伝熱管の照射条件と表面粗さの相関関係を示すグラフである。
図2及び図3に示すとおり、表面粗さ(μm)が50〜220μmとなるように、照射条件(照射電流と照射速度との積)を適宜制御する。
【0028】
本第3の実施形態によれば、接触角と表面粗さとの相関関係及び照射条件(照射電流と照射周波数の積)と表面粗さとの相関関係を利用することにより、表面粗さを指標として、撥水性を向上させた伝熱管を製造することができる。
【0029】
(第4の実施形態)
第4の実施形態に係る伝熱管の製造方法を図4により説明する。
伝熱管5の外表面をパルス状の電子ビーム4で照射し、微細な凹凸形状を作成するためには、伝熱管5の長手方向に電子ビーム4を振って照射することが必要となる。ただし、伝熱管5は円筒であるため、外径が小さい場合には両端部から下部領域の外表面に平板と同様な凹凸構造を形成させることは困難である。
【0030】
したがって、図4に示すようにパルス状の電子ビーム4を長手方向に繰り返し照射させるとともに、伝熱管5の径方向は伝熱管5自体を回転させることにより径方向への照射を行う。この伝熱管5の回転は電子ビーム4の照射速度に応じて可変に制御する。
【0031】
本第4の実施形態によれば、伝熱管を回転させながら電子ビームを照射することによって、円筒形状である伝熱管の表面全体に均一な微細凹凸形状を形成し、これにより伝熱管表面の撥水性を向上させ伝熱管の熱伝達特性を向上させることができる。
【0032】
(第5の実施形態)
第5の実施形態に係る伝熱管の製造方法を図5により説明する。
本実施形態では、伝熱管5を軸方向に例えば半分に切断して半円筒構造にすることにより、伝熱管5を回転させずに、パルス状の電子ビーム4の照射方向の変更のみで伝熱管5の外表面に凹凸形状を形成する。
【0033】
電子ビーム4の照射制御は伝熱管5の被照射部の形状が記録されているCADデータ等を入力することにより、基台7上の分割されが伝熱管5に対し、その形状に沿った電子ビーム4の照射を行う。電子ビーム4の照射角度は分割された伝熱管5の円筒形状の端部に合わせて照射を実施する。分割された複数の伝熱管5にそれぞれ電子ビーム4を照射して微細な凹凸形状を形成した後、ろう材や溶接等の接合加工により円筒形状の伝熱管5を作製する。
【0034】
本第5の実施形態によれば、伝熱管を回転させることなく伝熱管に微細な凹凸形状を形成できるので、照射制御の効率化を図ることができるとともに照射設備等を簡素化することができる。
【0035】
(第6の実施形態)
第6の実施形態に係る伝熱管の製造方法を説明する。
伝熱管5の外表面に微細な凹凸形状を作成する場合は、曲面形状である円筒形状よりも平板形状の方が電子ビームの照射制御及び照射効率を効率化することができる。
【0036】
本第6の実施形態では、平板状の材料表面(図示せず)にパルス状の電子ビーム4を照射させて微細凹凸形状を形成させた後、その平板を微細凹凸形状が外表面になるように円筒形状に加工することにより伝熱管5を製造する。
本第6の実施形態によれば、電子ビームの照射制御及び照射効率をさらに効率化することができる。
【0037】
以上、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、組み合わせ、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0038】
1…液滴、2…固体表面、3…微細凹凸面、4…電子ビーム、5…伝熱管、6…構造材、7…基台。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
伝熱管の表面にパルス状の電子ビームを照射することにより撥水性の微細凹凸形状を形成する伝熱管の製造方法であって、前記パルス状の電子ビームの照射電流(mA)*照射速度(sec)を0.002〜0.008とすることを特徴とする伝熱管の製造方法。
【請求項2】
伝熱管の表面にパルス状の電子ビームを照射することにより撥水性の微細凹凸形状を形成する伝熱管の製造方法であって、前記伝熱管の表面粗さが50〜220μmとなるように前記電子ビームの照射電流(mA)*照射速度(sec)を制御することを特徴とする伝熱管の製造方法。
【請求項3】
円筒状の伝熱管を回転させながら前記電子ビームを照射することを特徴とする請求項1又は2記載の伝熱管の製造方法。
【請求項4】
円筒状の伝熱管を軸方向に分割し、当該分割した伝熱管の表面を前記電子ビームにより照射することを特徴とする請求項1又は2記載の伝熱管の製造方法。
【請求項5】
平板の一方の面を前記電子ビームにより照射した後、前記照射された面を外表面になるよう円筒状に加工して伝熱管とすることを特徴とする請求項1又は2記載の伝熱管の製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれかに記載の伝熱管の製造方法により製造された伝熱管。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−88004(P2013−88004A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−227960(P2011−227960)
【出願日】平成23年10月17日(2011.10.17)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】