説明

伸びフランジ性に優れた高強度冷延鋼板およびその製造方法

【課題】伸びフランジ性に優れた高強度冷延鋼板を提供する。
【解決手段】mass%で、C:0.050〜0.090%、Mn:1.5〜2.0%、Ti:0.005〜0.050%、Nb:0.020〜0.080%を含む組成の鋼素材に、熱延工程、冷延工程と焼鈍工程を施す。ここで、焼鈍工程を、最高到達温度:800〜900℃とし二段階の加熱と二段階の冷却とを有する工程とする。二段階の加熱は、平均昇温速度:0.5〜5.0℃/sで、(最高到達温度−(10〜50℃)の温度域まで加熱する第一段の加熱と、該温度域から最高到達温度までの昇温時間を30〜150sとする第二段の加熱とからなる。また、二段階の冷却は、最高到達温度から、10〜40℃/sの冷却速度で冷却する第一段の冷却と、第一段の冷却速度の0.2〜0.8の冷却速度で400〜500℃の温度域まで、総冷却時間の0.2〜0.8の冷却時間で冷却する第二段の冷却とからなる。冷却終了後、第二段の冷却の停止温度域で100〜1000s滞留させる。これにより、適正な組織分率の、フェライトとベイナイトとマルテンサイトと残留γからなる組織とすることができ、伸びフランジ性に優れた高強度冷延鋼板となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複雑な形状にプレス成形される自動車部品などに用いて好適な、高強度冷延鋼板に係り、とくに伸びフランジ性の向上に関する。ここでいう「高強度鋼板」とは、引張強さ:590MPa以上の高強度を有する鋼板をいうものとする。また、ここでいう「鋼板」には、鋼板、鋼帯を含むものとする。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境の保全という観点から自動車の燃費向上が要求され、自動車車体の軽量化が進められている。また、乗員の安全性確保という観点から自動車の衝突安全性向上が要求されている。このような要求に鑑みて、自動車車体への高強度鋼板の適用が拡大している。
しかし、使用する鋼板の高強度化にともない、プレス成形性が低下する。とくに伸びフランジ性が大きく低下する傾向にある。このため、プレス成形性、とくに伸びフランジ性に優れた高強度鋼板が要求されている。
【0003】
このような要求に対し、例えば特許文献1には、「伸びフランジ性にすぐれる高強度冷延鋼板の製造方法」が記載されている。特許文献1に記載された技術は、C:0.04%以上0.20%未満、Si:1.50%以下、Mn:0.50〜2.00%、P:0.10%以下、S:0.005%以下、Cr:2.00%以下を含み、あるいはさらにCa、Ti、Nb、REM、Niのうちの1種以上を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる鋼板を冷間圧延した後、焼鈍を2相域で行い、650℃とパーライト変態が停止する温度Tとの間の温度に10秒以上滞在させるように冷却し、Tから450℃までの滞在時間を5秒以下とするように冷却する伸びフランジ性にすぐれる高強度冷延鋼板の製造方法である。特許文献1に記載された技術では、異常組織の発生を抑えることにより、優れた伸びフランジ性を有する鋼板が製造できるとしている。
【0004】
また、特許文献2には、「伸びおよび伸びフランジ性に優れる複合組織鋼板」が記載されている。特許文献2に記載された鋼板は、質量%で、C:0.02〜0.12%、Si+Al:0.5〜2.0%、Mn:1.0〜2.0%を含有する組成と、組織占積率で、ポリゴナルフェライトが80%以上、残留オーステナイトが1〜7%、残部がベイナイトおよび/またはマルテンサイトからなり、マルテンサイトおよび残留オーステナイトである第2相組織が、アスペクト比が1:3以下で平均粒径が0.5μm以上である塊状の第2相組織が750μm中に15個以下である複合組織とを有する。特許文献2に記載された技術では、第2相組織の形態制御により、室温での伸びおよび伸びフランジ性が向上するとしている。
【0005】
しかし、特許文献1に記載された技術では、化成処理性に悪影響を及ぼすCrを多量に必須含有するとしており、また、C含有量も高く、化成処理性、スポット溶接性に問題を残している。また、特許文献2に記載された技術では、化成処理性、スポット溶接性を低下させるSi、Alを多量に含有しており、化成処理性、スポット溶接性が低いという問題がある。
【0006】
また、特許文献3には、「伸びおよび伸びフランジ性に優れた高強度鋼板の製造方法」が記載されている。特許文献3に記載された技術は、C:0.05〜0.3%、Si:0.01〜3%、Mn:0.5〜3.0%、Al:0.01〜0.1%を含み、Ti,Nb,V,Zrのうちから選ばれる1種または2種以上を合計で0.01〜1%含む組成と、マルテンサイトおよび/またはベイナイトの合計の占積率が90%以上で、旧オーステナイト粒径が円相当直径で20μm以下である鋼板を素材鋼板として、(Ac点−100℃)〜Ac点の温度範囲に1〜2400秒の時間、加熱保持した後、10℃/秒以上の平均冷却速度でMs点以下まで冷却し、引続き300〜550℃の温度範囲に60〜1200秒の時間再加熱保持することを特徴とする、引張強度が590MPa以上で伸びおよび伸びフランジ性に優れた高強度鋼板の製造方法である。特許文献3に記載された技術によれば、5〜30%のフェライト相と50〜95%のマルテンサイト相を含み、フェライト相の平均粒径が円相当直径で3μm以下、マルテンサイト相の平均粒径が円相当直径が6ミクロン以下である組織の鋼板が製造できるとしている。フェライト相とマルテンサイト相の占積率および平均粒径を適切に制御することにより、伸びおよび伸びフランジ性が向上するとしている。
【0007】
しかし、特許文献3に記載された技術では、Siを多量に含有しており、またC含有量も高く、化成処理性、スポット溶接性が低下しているという問題がある。また、特許文献3に記載された技術では、冷却後に昇温再加熱工程を必要としており、製造コストが高騰する懸念がある。
このように、鋼板の高強度化には、C,Si等の合金元素の多量添加を伴う場合が多く、このような場合にはプレス成形性の低下とともに、化成処理性やスポット溶接性の低下を伴う。そこで、伸びフランジ性などのプレス成形性の向上とともに、自動車車体用として要求される化成処理性、スポット溶接性を確保するために、とくにC量およびSi量を適正範囲に調整することも要求されている。
【0008】
このような要求に対し、例えば特許文献4には、「化成処理性と伸びフランジ性の優れた高強度冷延鋼板の製造方法」が記載されている。特許文献4に記載された技術は、表層部とその他の内部とを異なる組成とする鋼スラブを、熱間圧延し、その後冷延して連続焼鈍ラインで、800℃以上に加熱後、30℃/秒以上の冷却速度で350〜500℃まで冷却し、該温度域で40秒以上保持する高強度冷延鋼板の製造方法である。表層部の成分は、C:0.20%以下、Si:0.04%以下、Mn:0.1〜3.0%、P:0.025%以下、S:0.005%以下、Al:0.01〜0.1%を含み、あるいはさらにCa、REM、Zrのうちの1種以上を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなり、その他の内部の成分は、C:0.04〜0.20%、Si:0.5〜2.0%、Mn:0.5〜3.0%、かつC,Si,Mnが特定の関係式を満足し、P:0.025%以下、S:0.005%以下、Al:0.01〜0.1%を含み、あるいはさらにCa、REM、Zrのうちの1種以上を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなるとしている。
【0009】
また、特許文献5には、「加工性に優れた高強度鋼板の製造方法」が記載されている。特許文献5に記載された技術は、C:0.03〜0.13%、Si:0.02〜0.8%、Mn:1.0〜2.5%、Al:0.01〜0.1%、N:0.01%以下、Ti:0.004〜0.1%および/またはNb:0.004〜0.07%を含む組成を有する冷延鋼板に、平均昇温速度5℃/s以上でAc3変態点以上の温度域まで加熱し、該温度域で10〜300秒保持した後、当該温度域から2℃/s以上の平均冷却速度で400〜600℃の温度域まで冷却し、該温度域で40〜400秒の範囲内で保持したのち冷却する焼鈍工程を施し、高強度鋼板を得る高強度鋼板の製造方法である。特許文献5に記載された技術によれば、面積%で、フェライト:50〜86%、ベイナイト:10〜30%、マルテンサイト:4〜20%であり、ベイナイト面積率がマルテンサイト面積率より多く、さらに母相であるフェライトの平均粒径が2.0〜5.0μmで、第2相として、ベイナイトとマルテンサイトを有する組織を有し、TS−Elバランス、TS−λバランスに優れ、加工性に優れた、590〜780MPa級の高強度鋼板が得られるとしている。
【0010】
また、特許文献6には、「伸びと伸びフランジ性のバランスに優れた高強度冷延鋼板の製造方法」が記載されている。特許文献6に記載された技術では、C:0.05〜0.30%、Si:3.0%以下、Mn:0.1〜5.0%、Al:0.001〜0.10%を含み、Nb:0.02〜0.40%、Ti:0.01〜0.20%、V:0.01〜0.20%の1種または2種以上を、(Nb/96+Ti/51+V/48)×48が0.01〜0.20%を満足するように含む鋼材を、仕上げ圧延終了温度:900℃以上、550℃までの冷却時間:(仕上げ圧延終了温度−550℃)/20 s以下、巻取温度:500℃以下とする熱間圧延を施した後、冷間圧延率:20〜80%とする冷間圧延を施し、600℃〜Ac1の温度域を特定関係を満足する昇温速度で、(8×Ac1+2×Ac3)/10 〜1000℃の範囲の温度まで加熱し、該温度で3600 s以下保持したのち、Ms点以下の温度まで50℃/s以上の冷却速度で急冷するか、600℃までの温度まで徐冷したのち、Ms点以下の温度まで50℃/s以下の冷却速度で冷却する焼鈍を施し、さらに焼戻する。これにより、軟質相として面積率で10〜80%のフェライトを含み、さらに残留オーステナイト、マルテンサイト、およびそれらの混合組織を面積率で5%未満として含み、残部が、焼戻マルテンサイトおよび/または焼戻ベイナイトからなる硬質相からなる組織を有し、フェライト中の歪量を極力少なくし、硬質相の変形能を高めることができる組織とすることにより、伸びと伸びフランジ性のバランスに優れた、引張強さ780MPa以上の高強度冷延鋼板が得られるとしている。
【0011】
また、特許文献7には、780MPa以上の高い引張強さと2.0mm以上の厚い板厚を有しながら良好な伸びおよび曲げ性を有する「冷延鋼板の製造方法」が記載されている。特許文献7に記載された技術は、C:0.08〜0.20%、Si:1.0%以下、Mn:1.8〜3.0%、sol.Al:0.005〜0.5%、N:0.01%以下、Ti:0.02〜0.2%を含む組成の熱延鋼板に、圧下率30〜60%の冷間圧延を施し冷延鋼板とし、該冷延鋼板を、Ac3〜(Ac3+50℃)の温度域に240秒間以内滞留させ、1〜10℃/秒の平均冷却速度で680〜750℃の温度域まで冷却し、さらに20〜50℃/秒の平均冷却速度で400℃以下まで冷却する冷延鋼板の製造方法である。これにより、体積率で、フェライト10%以上、ベイナイト20〜70%、残留オーステナイト3〜20%およびマルテンサイト0〜20%からなり、平均粒径が、フェライトで10μm以下、ベイナイトで10μm以下、マルテンサイトで3μm以下である組織を有し、780MPa以上の高い引張強さTSと2.0mm以上の厚い板厚を有しながら、TS×Elが14000MPa・%以上で、かつ最小曲げ半径が1.5t以下の優れた曲げ特性を有する冷延鋼板となるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平09−41040号公報
【特許文献2】特開2006−176807号公報
【特許文献3】特開2008−297609号公報
【特許文献4】特開平05−78752号公報
【特許文献5】特開2010−65316号公報
【特許文献6】特開2010−255091号公報
【特許文献7】特開2010−59452号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、特許文献4に記載された技術では、表層とそれ以外の内部とで組成を変えた鋼スラブを用いることが要求され、このような鋼スラブとするために特殊なクラッド技術等を駆使する必要があり、製造コストの高騰を招くという問題がある。
また、特許文献5に記載された技術では、ベイナイト分率が低く優れた曲げ特性を安定して確保できないという問題を残していた。また、焼鈍時の昇温速度が速いため、組織の安定性に欠けるという問題もある。
【0014】
また、特許文献6に記載された技術では、Si含有量が高い組成の鋼板を指向しており、しかもC含有量が高く、化成処理性、溶接性に問題を残していた。さらに特許文献6に記載された技術では、昇温再加熱工程を必要とし、製造工程が複雑になり、製造コストが高騰するという懸念がある。
また、特許文献7に記載された技術では、C,Mn,Ti含有量が高く、溶接性が低下するという問題がある。また、Mn含有量が高いため、伸びフランジ性に悪影響を及ぼすMnバンドが残存し、さらに介在物の球状化が不十分であるため、伸びフランジ性が低下するという問題を残している。
【0015】
本発明は、かかる従来技術の問題を有利に解決し、特殊なクラッド技術を用いることもなく、また、C,Si等の合金元素を多量含有することなく、伸びフランジ性に優れた高強度冷延鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。本発明では、化成処理性に悪影響を及ぼすSi、Crを含有することなく、また、スポット溶接性に悪影響を及ぼすC、Si、Alを多量含有することなく、また高価な合金元素であるNi、Cu、Mo等を含有することのない成分系で、引張強さ:590MPa以上の高強度を維持しつつ、伸びフランジ性の向上を目的とする。
【0016】
なお、ここでいう「伸びフランジ性に優れた」とは、引張強さTSと伸びElの積、強度−伸びバランスTS×Elが16000MPa%以上、引張強さTSと穴拡げ率λの積、強度−穴拡げ率バランスTS×λが40000MPa%以上を満足する場合をいうものとする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、上記した目的を達成するため、伸びフランジ性に及ぼす金属組織の影響について鋭意研究した。その結果、冷延板の焼鈍時の加熱・冷却条件を工夫し、フェライト、ベイナイト、マルテンサイト、残留オーステナイトの組織分率を厳密に調整することにより、C、Si等の合金元素含有量が少ない成分系でも、引張強さ:590MPa以上の高強度を維持しつつ、優れた伸びフランジ性を有する冷延鋼板を製造できることを見出した。所望の組織分率を有する組織を確保するためには、とくに、冷延板の焼鈍時に、加熱を2段階加熱、冷却を二段階冷却とすること、とくに後半の冷却を前半の冷却に比べて緩冷とし、かつ後半の冷却時間を総冷却時間の0.2〜0.8とすることが肝要であることを見出した。
【0018】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
(1)mass%で、C:0.050〜0.090%、Si:0.05%以下、Mn:1.5〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.0050%以下、Al:0.005〜0.1%、N:0.01%以下、Ti:0.005〜0.050%、Nb:0.020〜0.080%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、体積%で、50〜77%のフェライト相と、20〜50%のベイナイト相と、2〜10%のマルテンサイト相と、1〜5%の残留オーステナイト相からなる組織と、を有することを特徴とする伸びフランジ性に優れた高強度冷延鋼板。
(2)(1)において、前記組成に加えてさらに、mass%で、Ca:0.0001〜0.0050%を含有することを特徴とする高強度冷延鋼板。
(3)鋼素材に、熱延工程と、冷延工程と、焼鈍工程と、を順次施して、冷延鋼板とするにあたり、前記鋼素材を、mass%で、C:0.050〜0.090%、Si:0.05%以下、Mn:1.5〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.0050%以下、Al:0.005〜0.1%、N:0.01%以下、Ti:0.005〜0.050%、Nb:0.020〜0.080%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成の鋼素材とし、前記焼鈍工程を、最高到達温度:800〜900℃とし二段階の加熱と二段階の冷却とを有する工程とし、前記二段階の加熱が、50℃から平均昇温速度:0.5〜5.0 ℃/sで、(最高到達温度−50℃)〜(最高到達温度−10℃)の温度域の第一段の加熱到達温度まで加熱する第一段の加熱と、該温度域から前記最高到達温度までの昇温時間を30〜150sとする第二段の加熱とからなり、前記二段階の冷却が、前記最高到達温度から、平均冷却速度:10〜40℃/sの第一段冷却速度で冷却する第一段の冷却と、引続き、平均冷却速度:(0.2〜0.8)×第一段冷却速度の冷却速度で、400〜500℃の温度域の冷却停止温度まで、第一段の冷却と第二段の冷却の総冷却時間の0.2〜0.8の冷却時間で冷却する第二段の冷却とからなり、前記第二段の冷却終了後、400℃〜500℃の温度域で100〜1000s滞留させること、を特徴とする伸びフランジ性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法。
(4)(3)において、前記鋼素材が前記組成に加えてさらに、mass%で、Ca:0.0001〜0.0050%を含有することを特徴とする高強度冷延鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、引張強さTS:590MPa以上の高強度と、強度−伸びバランスTS×Elが16000MPa%以上、強度−穴拡げ率バランスTS×λが40000MPa%以上を満足する、優れた伸びフランジ性とを有し、複雑な形状にプレス成形される自動車部品用として好適な、高強度冷延鋼板を安定して、しかも安価に製造でき、産業上格段の効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0020】
まず、本発明冷延鋼板の組成限定理由について説明する。以下、とくに断わらない限りmass%は、単に%で記す。
C:0.050〜0.090%
Cは、鋼中に固溶してあるいは炭化物として析出して、鋼の強度を増加させる元素であり、また、焼入れ性の増加を介して、低温変態相であるベイナイト相やマルテンサイト相を形成しやすくし、組織強化により、鋼板の強度増加に寄与する。このような作用を利用して、引張強さTS590MPa以上を確保するためには、0.050%以上の含有を必要とする。一方、0.090%を超える含有は、スポット溶接性に悪影響を及ぼすとともに、過度に硬質化するため、伸びフランジ性を低下させる。このようなことから、Cは0.050〜0.090%の範囲に限定した。なお好ましくは0.060〜0.080%である。
【0021】
Si:0.05%以下
Siは、多量に含有すると硬質化し、加工性が低下する。また、Siを多量に含有すると、とくに焼鈍時にSi酸化物を生成し、化成処理性を阻害するなどの悪影響を及ぼす。このようなことから、Siは、本発明では不純物として、できるだけ低減することが望ましく、0.05%以下に限定した。
【0022】
Mn:1.5〜2.0%
Mnは、固溶して鋼の強度を増加させるとともに、焼入れ性の向上を通じて鋼の強度増加に寄与する元素である。このような作用は、1.5%以上の含有で顕著となる。一方、2.0%を超える過度の含有は、焼入れ性が向上して低温変態相の生成量が増加しすぎ、過度の硬質化が進み、所望のフェライト相分率を確保することが難しくなる。このため、Mnは1.5〜2.0%の範囲に限定した。なお、好ましくは1.6〜1.9%である。
【0023】
P:0.030%以下
Pは、粒界に偏析して、延性や靭性を低下させる悪影響を及ぼす。また、Pは、スポット溶接性を低下させる。このため、Pはできるだけ低減することが望ましいが、過度の低減は脱リンのための精錬時間が長くなり、生産能率が低下し、製造コストの高騰を招くため、0.001%以上とすることが好ましい。また、0.030%を超える含有は、スポット溶接性の著しい低下を招く。このため、Pは0.030%以下に限定した。なお、好ましくは0.001%以上0.020%未満である。
【0024】
S:0.0050%以下
Sは、鋼中ではほとんどが介在物として存在し強度にほとんど寄与しないばかりか、粗大なMnSを形成し、延性、とくに伸びフランジ成形時に割れの起点となり伸びフランジ性を低下させるため、できるだけ低減することが好ましい。しかし、過度の低減は製鋼工程での脱硫時間が長くなり、生産能率が低下し、製造コストの高騰を招くため、0.0001%以上とすることが好ましい。0.0050%を超えて含有すると、伸びフランジ性が顕著に低下するため、Sは0.0050%以下に限定した。なお、好ましくは、0.0001〜0.0030%である。
【0025】
Al:0.005〜0.1%
Alは、脱酸剤として作用する元素であり、この効果を十分に得るためには0.005%以上の含有を必要とする。一方、0.1%を超えて含有すると、フラッシュバット溶接などの溶接性を低下させるとともに、Al添加効果が飽和し、多量添加のため製造コストが高騰する。このため、Alは0.005〜0.1%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.02〜0.06%である。
【0026】
N:0.01%以下
Nは、本発明では不純物であるが、固溶Nとして耐時効性を低下させることもあり、できるだけ低減することが好ましいが、過度の低減は精錬時間が長くなり、製造コストの高騰を招くため、経済性の観点からは0.0020%程度以上とすることが好ましい。一方、0.01%を超える含有は、スラブ割れ、スラブ内部欠陥等の発生傾向が強まり、表面疵が発生する恐れがある。このため、Nは0.01%以下に限定した。なお、好ましくは0.0050%以下である。
【0027】
Ti:0.005〜0.050%
Tiは、炭窒化物を形成し、スラブ加熱時等のオーステナイト粒の粗大化を抑制する作用を有する元素であり、熱延板組織、焼鈍後の鋼板組織の微細化、均一化に有効に寄与する。このような効果を得るためには、0.005%以上の含有を必要とする。一方、0.050%を超える含有は、析出物がフェライト相中に過度に生成し、フェライト相の延性を低下させる。またTiの更なる過度の含有は、熱延板を過度に硬化させ、熱間圧延時や冷間圧延時の圧延負荷を増大させる。このため、Tiは0.005〜0.050%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.010〜0.0040%である。
【0028】
Nb:0.020〜0.080%
Nbは、鋼中に固溶し固溶強化により、あるいは炭窒化物を形成し析出強化により鋼板の強度増加に寄与する元素であり、このような効果を得るためには0.020%以上の含有を必要とする。一方、0.080%を超える過度の含有は、析出物がフェライト相中に過度に生成し、フェライト相の延性を低下させるとともに、熱延板を過度に硬化させ、熱間圧延時や冷間圧延時の圧延負荷を増大させる。このため、Nbは0.020〜0.08%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.030〜0.050%である。
【0029】
このように、Tiは、オーステナイト粒の粗大化を抑制することにより、熱延板組織、焼鈍後の鋼板組織の微細化、均一化に寄与し、一方、Nbは、鋼中に固溶し固溶強化により、あるいは炭窒化物を形成し析出強化により鋼板の強度増加に寄与する。本発明では、このような作用を有するTiとNbとを複合して含有させる。なお、複合して含有するに当たり、本発明では、Nbの含有量をTiの含有量より多くすることが好ましい。
【0030】
TiとNbを複合して含有するに際し、Nb含有量をTi含有量より多くすることにより、Ti単独、あるいはTiとNbの複合含有ではあるがNb含有量をTi含有量より少なくした場合に比べ、結晶粒が均一、微細な組織が得られる。このため、曲げ特性が向上する。このような効果は、(Nb含有量)と(Ti含有量)との比、Nb/Ti、を1.5以上とすることにより顕著となる。なお、Nb/Tiは、好ましくは1.8以上、5.0以下である。
【0031】
Nb、Tiは、熱間圧延の加熱段階で一部再溶解するが、その後の粗圧延、仕上げ圧延、さらに巻取り段階で、Ti系炭窒化物として、あるいはNb系炭窒化物として析出する。Ti系炭窒化物は高温で、一方、Nb系炭窒化物は、Ti系炭窒化物より低い温度で析出する。そのため、Ti系炭窒化物は高温で滞留する時間が長く、粒成長して粗大化する傾向となる。一方、Nb系炭窒化物は、析出温度がTi系炭窒化物より低温であるため、微細であり、比較的緻密な分布となる。微細な炭窒化物は、結晶粒のピン止め効果を有し、焼鈍時に、冷延組織の回復、再結晶、粒成長を遅滞させて、最終的に得られる鋼板の組織を均一微細な組織とすることができる。TiとNbを複合含有させることにより、このような均一微細な組織とすることができ、鋼板の曲げ特性が顕著に向上する。
【0032】
上記した成分が基本の成分であるが、本発明では、必要に応じて、基本の成分に加えてさらに、Ca:0.0001〜0.0050%を含有してもよい。
Ca:0.0001〜0.0050%
Caは、介在物の形態制御に有効に寄与する元素であり、例えばMnSなどの板状介在物を球状介在物であるCaSへと、介在物の形態を制御して、延性、伸びフランジ性を向上させる。このような効果は0.0001%以上の含有で認められるが、0.0050%を超えて含有しても、効果が飽和し含有量に見合う効果が期待できなくなる。このため、含有する場合には、Caは0.0001〜0.0050%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.0005〜0.0020%である。
【0033】
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。
つぎに、本発明冷延鋼板の組織限定理由について説明する。
本発明冷延鋼板は、体積%で、50〜77%のフェライト相と、20〜50%のベイナイト相と、2〜10%のマルテンサイト相と、1〜5%の残留オーステナイト相からなる組織を有する。
【0034】
フェライト相:50〜77%
フェライト相は、軟質であり冷延鋼板の延性(伸び)の向上に寄与する。このような効果を得るためには、フェライト相の体積分率を50%以上とする必要がある。一方、77%を超える多量な含有は、所望の高強度(TS:590MPa以上)を確保できなくなる。このため、フェライト相の体積分率は50〜77%の範囲に限定した。なお、好ましくは50〜65%であり、より好ましくは50〜60%である。また、フェライト相の結晶粒径が大きすぎると、低温変態相が局在し、不均一変形の原因となり、優れた成形性を確保することが困難となる。一方、フェライト相の結晶粒径が細かくなると、低温変態相とフェライトとが隣接し、フェライト相の変形が阻害され、優れた成形性を確保できにくくなる。そのため、フェライト相の平均結晶粒径は1〜10μmの範囲とすることが好ましい。
【0035】
ベイナイト相:20〜50%
ベイナイト相は、低温変態相の一つであり、所望の高強度を確保するために、本発明では20%以上の含有を必要とする。一方、50%を超える過度の含有は、過度に硬質化し成形性が低下する。このため、ベイナイト相の体積分率は20〜50%の範囲に限定した。なお、好ましくは30〜50%、より好ましくは30%超50%以下、さらに好ましくは35〜45%である。また、ベイナイト相の平均結晶粒径が10μmを超えて大きくなると、組織が不均一組織となり、成形時に不均一な変形を生じ、優れた成形性を確保することが困難となる。一方、ベイナイト相の平均結晶粒径が1μm未満と細かくなると、加工時の変形能に及ぼすベイナイト相の寄与が大きくなり、フェライト相の変形が阻害され、優れた成形性を確保できにくくなる。そのため、ベイナイト相の平均結晶粒径は1〜10μmの範囲とすることが好ましい。
【0036】
なお、ベイナイト相とマルテンサイト相との比率も重要となる。ベイナイト相は、マルテンサイト相より軟質で、フェライト相との強度差(硬度差)がマルテンサイト相より小さく、成形時に鋼板全体が均一に変形するため、とくに伸びフランジ性の向上という観点からはマルテンサイト相より有利となる。このため、本発明では、低温変態相は、ベイナイト相を主体とし、マルテンサイト相は少量の含有に留める。これにより、所望の高強度を確保しつつ、伸びフランジ性等の優れた成形性を確保できる。なお、本発明における低温変態相は、ベイナイト相、マルテンサイト相を意味する。
【0037】
また、ベイナイト相は、曲げ加工性の向上にも有効に寄与する。フェライト相に加えて、所定量のベイナイト相を分散させて存在させる組織とすることにより、曲げ歪が局所的に集中することなく、均一に変形させることができるようになる。このためには、ベイナイト相を20%以上、好ましくは30%を超えて分散させることが好ましい。というのは、ベイナイト相が20%未満、あるいは30%以下と少ない場合には、軟質なフェライト相と硬質マルテンサイト相および残留オーステナイト相の組織分率が多くなり、曲げ成形時に、軟質相と硬質相の界面に歪が集中し、割れが発生する場合がある。中間的な硬さを有するベイナイト相が所定量存在することにより、曲げ成形時に局所的に歪が集中することがなく、歪が分散するため、均一な変形ができるようになるからである。
【0038】
マルテンサイト相:2〜10%
マルテンサイト相は、低温変態相として硬質であり、鋼板の強度増加に大きく寄与する。しかし、打抜剪断加工時に、マルテンサイト相とフェライト相の硬度差に起因してマルテンサイト相とフェライト相との界面でボイドが多数発生し、それらのボイドが連結し、亀裂になりさらにその亀裂が伸展し割れに至る。このため、多量のマルテンサイト相の存在は、伸びフランジ性を低下させることになる。マルテンサイト相の体積分率が10%を超えて大きくなると、強度が高くなりすぎ、延性が著しく低下するとともに、マルテンサイト相とフェライト相との界面が増加し、優れた伸びフランジ性の確保が難しくなる。一方、マルテンサイト相の体積分率が2%未満と少なくなると、組織中の分散が粗くなるため伸びフランジ性への影響は少なくなるが、所望の高強度を安定して確保できなくなる。このようなことから、マルテンサイト相の体積分率は、2〜10%の範囲に限定した。なお、好ましくは4〜8%である。
【0039】
なお、マルテンサイト相の平均結晶粒径は0.5〜5.0μmの範囲とすることが好ましい。マルテンサイト相の平均結晶粒径が0.5μm未満では、軟質なフェライト相中に硬質なマルテンサイト相が微細分散した組織となるため、大きな硬度差に起因して、変形が不均一となり、優れた成形性を確保することが難しくなる。また、マルテンサイト相の平均結晶粒径が5.0μmを超えて粗大となると、マルテンサイト相が偏在し組織が不均一となるため、変形が不均一となり、優れた成形性を確保することが難しくなる。このため、マルテンサイト相の平均結晶粒径は0.5〜5.0μmの範囲に限定することが好ましい。
【0040】
残留オーステナイト相:1〜5%
残留オーステナイト相は、成形加工時に歪誘起変態を介し延性(均一伸び)の向上に寄与する。しかし、残留オーステナイト相には、Cが濃化し硬質となっており、フェライト相との硬度差が大きくなっている。このため、残留オーステナイト相の存在は伸びフランジ性を低下させる要因となる。残留オーステナイト相が5%を超えて多くなると、フェライト相との硬度差に起因して、打抜剪断加工時に、残留オーステナイト相とフェライト相との界面でボイドが多数発生し、それらのボイドが連結し、亀裂となりさらにその亀裂が伸展し割れに至る。一方、残留オーステナイト相の体積分率が1%未満と少なくなると、組織中の分散が粗くなるため、伸びフランジ性への影響は少なくなるが、延性の向上が少ない。このようなことから、残留オーステナイト相の体積分率は1〜5%の範囲に限定した。なお、好ましくは1〜3%である。
【0041】
上記した相以外の残部は、不可避的に生成されるセメンタイト相である。不可避的に生成されるセメンタイト相は、体積分率で3%未満であれば、本発明の効果に影響はない。
なお、フェライト相、ベイナイト相、マルテンサイト相等の平均結晶粒径は、光学顕微鏡(倍率:200〜1000倍)で20視野以上観察し、組織を同定したのち、JIS法に準拠した切断法や画像解析により算出すればよい。
【0042】
つぎに、本発明冷延鋼板の好ましい製造方法について説明する。
上記した組成の鋼素材に、熱延工程と、冷延工程と、焼鈍工程と、あるいはさらに調質圧延工程と、を順次施して、冷延鋼板とする。
鋼素材の製造方法はとくに限定する必要はなく、上記した組成の溶鋼を、転炉法、電炉法等の常用の溶製方法で溶製し、連続鋳造法等の、常用の鋳造方法でスラブ等の鋼素材とすることが好ましい。鋼素材の鋳造方法は、成分のマクロな偏析を防止すべく違続鋳造法とすることが望ましいが、造塊法、薄スラブ鋳造法によってもなんら問題はない。
得られた鋼素材はついで、熱延工程を施されるが、熱間圧延のための加熱は、いったん室温まで冷却し、その後再加熱する方法に加えて、室温まで冷却しないで、温片のままで加熱炉に装入する、あるいはわずかの保熱を行った後に直ちに圧延する直送圧延・直接圧延などの省エネルギープロセスも問題なく適用できる。
【0043】
熱延工程は、上記した組成の鋼素材を、加熱しあるいは加熱することなく、粗圧延,仕上圧延からなる、常用の熱間圧延を施し、所定の寸法形状の熱延板とし、ついで巻き取る工程とすることが好ましい。本発明では、所定の寸法形状の熱延板とすることができればよく、とくに熱間圧延の条件を限定する必要はないが、下記の条件とすることが好ましい。
【0044】
鋼素材の加熱温度は1150℃以上とすることが好ましい。加熱温度が1150℃未満では、熱間圧延の圧延負荷が大きくなる。なお、加熱温度の上限はとくに限定する必要はないが、結晶粒粗大化、酸化によるスケールロス等の観点から1300℃以下とすることが好ましい。加熱された鋼素材は、粗圧延され所定寸法形状のシートバーとされるが、粗圧延の条件については、所定寸法形状のシートバーとすることができればよく、とくに限定する必要はない。ついで、シートバーに、仕上圧延を施し熱延板とする。仕上圧延における仕上圧延終了温度は880℃以上とすることが好ましい。仕上圧延終了温度が880℃未満では、結晶粒が展伸し、冷延鋼板の加工性が低下する。このため、本発明の鋼組成範囲であれば、仕上圧延における仕上圧延終了温度は880℃以上とすることが好ましい。一方、仕上圧延終了温度の上限はとくに限定する必要はないが、高くなりすぎると、結晶粒が粗大化し、冷延板の加工性が低下するという問題があるため、概ね950℃程度以下とすることが好ましい。得られた熱延板は、ついでコイル状に巻き取られる。巻取りまでの冷却速度は、特に規定する必要はなく、空冷以上の冷却速度があれば十分である。なお、必要に応じて、強制冷却、例えば50℃/s以上の急冷を行ってもよい。また、巻取温度は450〜650℃とすることが好ましい。巻取温度が450℃未満では熱延板が硬質化し、冷間圧延負荷が増大し、冷延圧下率の確保が困難となる。一方、650℃を超えると、巻取後の冷却速度がコイル内の長手方向、幅方向でばらつきを生じ、組織が不均一となり、冷間圧延後の形状不良を生じやすい。
【0045】
熱延板はついで、酸洗処理を施されたのち、冷延工程を施される。冷延工程では、熱延板に、所定の冷延圧下率で冷間圧延を施し冷延板とする、常用の冷間圧延を施すことが好ましい。本発明では、冷延工程の条件はとくに限定する必要はないが、冷延圧下率は、熱延板と製品板の板厚によって決定することが好ましい。通常、冷延圧下率:30%以上であれば、加工性、板厚精度においてとくに問題はない。一方、冷延圧下率が70%を超えると、冷間圧延機への負荷が大きくなりすぎて、操業が困難となる。
【0046】
冷延板はついで、焼鈍工程を施される。本発明における焼鈍工程は、二段階の加熱と、二段階の冷却とを有する工程とする。加熱における最高到達温度は800〜900℃とし、その後、二段階の冷却を行う。
最高到達温度が800℃未満では、加熱時のα→γ変態量が少なく、したがって、最高到達温度に到達した際の組織がフェライトが多いフェライト+オーステナイト二相組織となるため、最終的に得られる鋼板組織がフェライト相の組織分率が多くなりすぎて、所望の高強度を確保できなくなる。一方、最高到達温度が900℃を超えると、オーステナイト(γ)単相となり、γ結晶粒が粗大化するため、その後の冷却に際し生成するフェライト相の組織分率が少なくなり加工性が低下するとともに、生成するフェライト相や低温変態相の結晶粒径が粗大となりやすく、伸びフランジ性が低下する。このようなことから、最高到達温度は800〜900℃の範囲の温度に限定した。
【0047】
二段階の加熱は、第一段の加熱と、それに引続く第二段の加熱とからなる。加熱過程は、フェライト相やベイナイト相の組織分率を調整するうえで重要となる。第一段の加熱は、冷延板を、少なくとも50℃から(最高到達温度−50℃)〜(最高到達温度−10℃)の温度域の第一段の加熱到達温度までを、平均昇温速度:0.5〜5.0 ℃/sで、加熱する処理とする。なお、50℃までの加熱条件はとくに限定する必要はなく、常法に従い適宜行えばよい。第一段の加熱における昇温速度が0.5 ℃/s未満では、昇温速度が遅すぎてオーステナイト粒の粗大化が進行するため、冷却時にオーステナイト粒の粗大化に起因してγ→α変態が遅延し、生成するフェライト相の組織分率が減少し、硬質化して加工性が低下する。一方、第一段の加熱における昇温速度が5.0 ℃/sを超えて速くなると、生成するオーステナイト粒が微細化し、最終的に得られるフェライト相の組織分率が高くなり、所望の高強度の確保が難しくなる。このため、第一段の加熱における昇温速度は、平均で0.5〜5.0℃/sの範囲に限定した。なお、好ましくは1.5〜3.5℃/sである。
【0048】
また、第一段の加熱到達温度が、(最高到達温度−50℃)未満では、最高到達温度までの第二段の加熱が急速加熱となり、所望の組織分率を安定して確保することが困難となる。一方、第一段の加熱到達温度が、(最高到達温度−10℃)を超えて高くなると、最高到達温度までの第二段の加熱が徐加熱となり、高温域での滞留時間が長くなって結晶粒が粗大化しすぎ、加工性が低下する。このようなことから、第一段の加熱到達温度は、(最高到達温度−50℃)〜(最高到達温度−10℃)の温度域の温度に限定した。
【0049】
第二段の加熱は、第一段の加熱到達温度から最高到達温度までの昇温時間が30〜150sとなるように加熱する処理とする。第一段の加熱到達温度から最高到達温度までの昇温時間が30s未満では、最高到達温度までの加熱が急速になりすぎて、α→γ変態が遅れ、最終的に最高到達温度に到達した際にフェライト相の組織分率が高くなり、所望の高強度が確保できなくなる。また、C、Mn等の合金元素の拡散が不十分となり、その結果、不均一な組織となり、加工性が低下する。一方、150sを超えて長くなると結晶粒径が粗大化し、加工性が低下しやすい。このようなことから、第二段の加熱の昇温時間は30〜150sの範囲に調整することとした。
【0050】
第二段の加熱が終了したのち、直ちに冷却を行う。
加熱後の冷却は、二段階の冷却とする。冷却は、軟質なフェライト相と硬質なベイナイト相の組織分率を調整し、引張強さTS:590MPa以上の高強度と優れた加工性を兼備させるために重要である。このため、冷却は、所望の金属組織を確保することができるように、冷却パターン、すなわち冷却速度、冷却時間を厳密に調整する必要がある。二段階の冷却は、第一段の冷却とそれに続く、第一段の冷却より緩冷の第二段の冷却とからなる。第一段の冷却と第二段の冷却はフェライト相とベイナイト相の組織分率を調整するために重要となる。
【0051】
第一段の冷却は、最高到達温度から、平均冷却速度:10〜40℃/sの冷却速度(第一段冷却速度)で、冷却する処理とする。第一段冷却速度が10℃/s未満では、軟質なフェライト相の組織分率が高くなり、所望の高強度を確保することが難しくなる。一方、第一段冷却速度が40℃/sを超える急速な冷却となると、フェライト相の生成量が少なくなり、硬質化して加工性が低下する。
【0052】
また、第二段の冷却は、第一段の冷却に引続き、直ちに、第一段冷却速度に依存して、(0.2〜0.8)×(第一段冷却速度)の第二段冷却速度で、400〜500℃の第二段冷却停止温度まで冷却する処理とする。
第二段冷却速度が0.2×(第一段冷却速度)未満では、冷却が遅すぎて軟質なフェライト相の生成が促進され、ベイナイト相の組織分率が低くなり、所望の高強度を確保できなくなる。一方、0.8×(第一段冷却速度)を超えると、冷却が速すぎてベイナイト変態開始から終了までに滞留する時間が短くなり、ベイナイト相の組織分率が低くなり、所望の高強度を確保できなくなる。このため、第二段冷却速度を0.2〜0.8×(第一段冷却速度)の範囲に限定した。本発明では、所望のフェライト相とベイナイト相の分率を確保するため、第一段の冷却と第二段の冷却の冷却時間を配分する。
【0053】
すなわち、第二段の冷却の冷却時間は、第一段の冷却と第二段の冷却の冷却時間の合計である総冷却時間の0.2〜0.8の冷却時間とする。すなわち、第二段の冷却時間は(0.2〜0.8)×総冷却時間とする。第二段の冷却の冷却時間が総冷却時間の0.2未満では、第一段冷却速度での冷却時間が長くなり、フェライト相の生成量が減少し、ベイナイト相の組織分率が多くなりすぎて、硬質化し所望の伸びフランジ性を確保できなくなる。一方、総冷却時間の0.8を超えて長くなると、第二段の冷却の冷却時間が長くなりすぎて、フェライト変態開始から終了までの経過時間が長く、フェライト相の生成量が多くなり、所望の高強度を確保できなくなる。このため、第二段の冷却の冷却時間を総冷却時間の0.2〜0.8に限定した。
【0054】
また、第二段冷却における冷却停止温度が400℃未満では、硬質なマルテンサイト相主体の組織となり、伸びフランジ性が低下する。一方、第二段冷却の冷却停止温度が500℃を超えると、ベイナイト相主体の組織となりフェライト相の組織分率が低下して、硬質化し、またパーライト相が生成し、優れた加工性の確保が困難となる。このため、第二段冷却の冷却停止温度は400〜500℃の範囲に限定した。
【0055】
冷却を終了した後、すなわち第二段の冷却を停止したのち、本発明では、400〜500℃の領域で、100〜1000s間滞留させる。冷却停止後の滞留時間の調整は、ベイナイト相の組織分率を調整するために重要である。滞留時間が100s未満では、オーステナイトからベイナイトへの変態が不十分であり、未変態オーステナイトがマルテンサイト相へ変態するため、マルテンサイト相の組織分率が増加し、硬質化して加工性が低下する。一方、滞留時間が1000sを超えて長時間となると、ベイナイト相の組織分率が増加し、所望の優れた加工性を確保することが難しくなる。このため、冷却停止後の滞留時間は100〜1000sに限定した。上記した滞留後、引き続き冷却を行うが、その条件は特に限定する必要はなく、製造設備等に応じて適宜行えばよい。
【0056】
焼鈍工程後、冷延焼鈍板に、形状矯正や表面粗さ調整を目的とした、調質圧延工程をさらに施しても良い。過度の調質圧延は、結晶粒を展伸させて、圧延加工組織とするため、延性が低下し、加工性が低下するため、調質圧延工程は、伸び率:0.05〜0.5%の調質圧延を施す工程とすることが好ましい。
【実施例】
【0057】
以下に、実施例に基づきさらに、本発明について詳細に説明する。
表1に示す組成の溶鋼を、転炉で溶製し、連続鋳造法でスラブ(鋼素材)とした。これら鋼素材(スラブ)を出発素材とし、1200℃に加熱したのち、仕上圧延終了温度:900℃、巻取温度:600℃とする熱間圧延を施し熱延板とする熱延工程を施した。ついで、該熱延板に塩酸酸洗を施したのち、冷間圧延を施し冷延板とする冷延工程と、それに引続き、表2に示す条件の二段階の加熱、二段階の冷却を有する焼鈍処理を施す焼鈍工程を施し、板厚:1.4mmの冷延焼鈍板を得た。
【0058】
得られた冷延鋼板(冷延焼鈍板)から、試験片を採取し、組織観察試験、引張試験、穴拡げ試験、曲げ試験を実施した。試験方法は次のとおりとした。
(1)組織観察試験
得られた冷延鋼板から組織観察用試験片を採取し、圧延方向断面を研磨し、腐食(ナイタール液)して、板厚の1/4の位置について、光学顕微鏡(倍率:1000倍)または走査型電子顕微鏡(倍率:3000倍)で視野数:5視野以上を観察し、撮像した。得られた組織写真から、組織の同定を行うとともに、各相の粒径、組織分率(体積%)を求めた。
【0059】
フェライト相の平均結晶粒径は、JIS G 0552に規定された方法に準拠して切断法で求めた。また、ベイナイト相、マルテンサイト相についても同様に行った。
また、倍率:1000倍の組織写真を用いて、画像解析装置で任意に設定した100×100mmの正方形領域内に存在する各相の占有面積を求め、各相の組織分率(体積%)に換算した。オーステナイト相からの低温変態相であるベイナイト相、マルテンサイト相の区別は、倍率:3000倍の組織写真を用いて、フェライト相以外の低温変態相において、炭化物が観察される相をベイナイト相とし、炭化物が観察されず平滑な相として観察されたものをマルテンサイト相あるいは残留オーステナイト相とした。なお、残留オーステナイト量はX線回折により求めた。そして、フェライト相、ベイナイト相、残留オーステナイト相以外の残りをマルテンサイト相の組織分率とした。
(2)引張試験
得られた冷延鋼板から、圧延方向と直角方向が引張方向となるように、JIS Z 2201の規定に準拠してJIS5号引張試験片を採取し、JIS Z 2241の規定に準拠して引張試験を行い、引張特性(降伏強さYS、引張強さTS、伸びEl)を求めた。
(3)穴拡げ試験
得られた冷延鋼板から試験片(大きさ:100×100mm)を採取し、日本鉄鋼連盟規格 JFST1001の規定に基づき、穴拡げ試験を実施した。試験片に初期直径d:10mmφの穴を打抜き、該穴に頂角:60°の円錐ポンチを挿入し上昇させて、該穴を押し広げ、亀裂が板厚を貫通したところで、円錐ポンチの上昇を停止し、亀裂貫通後の打抜き穴の径dを測定し、穴拡げ率λ(%)を求めた。穴拡げ率λは、次式で算出した。
【0060】
λ(%)={(d−d)/d}×100
なお、同一鋼板について、試験は3回行い、その平均値を該鋼板の穴拡げ率λとした。
(4)曲げ試験
得られた冷延鋼板から曲げ試験片(大きさ:40×50mm)を採取し、先端曲げ半径R=1.0mmで90°V曲げを実施し、曲げ頂点での割れの有無を目視観察し、曲げ性を評価した。
【0061】
得られた結果を表3に示す。
【0062】
【表1】

【0063】
【表2】

【0064】
【表3】

【0065】
【表4】

【0066】
本発明例はいずれも、引張強さTS:590MPa以上の高強度と、かつ強度−伸びバランスTS×Elが16000MPa%以上、強度−穴拡げ率バランスTS×λが40000MPa%以上を満足する、優れた伸びフランジ性とを有するとともに、厳しい曲げにも耐えられる優れた曲げ性を有する高強度冷延鋼板となっている。一方、本発明の範囲を外れる比較例は、強度が不足しているか、伸びElが低いかして、TS×Elが16000MPa%未満となって、伸びフランジ性が低下している。また、引張強さTS:590MPa以上を満足する比較例では、穴拡げ率が低く、TS×λが40000MPa%未満となっている。
【0067】
組成が本発明範囲を外れる比較例(鋼板No.8、No.9)は、フェライト相が少なく所望の組織を確保できず、伸びElが低く、伸びフランジ性、曲げ加工性が低下している。
焼鈍工程における昇温速度が遅く本発明範囲を外れる比較例(鋼板No.10)、最高到達温度が高く本発明範囲を外れる比較例(鋼板No.13)、第二段加熱の昇温時間が長く本発明範囲を外れる比較例(鋼板No.15)、第一段の冷却の冷却速度が速く本発明範囲を外れる比較例(鋼板No.17)、第二段の冷却の冷却速度が大きく本発明範囲を外れる比較例(鋼板No.19)、第二段の冷却の冷却時間が短く本発明範囲を外れる比較例(鋼板No.20)、第二段冷却停止温度が高く本発明範囲を外れる比較例(鋼板No.23)、滞留時間が本発明範囲を外れる比較例(鋼板No.24,No.25)、はいずれもフェライト相の組織分率が少なく、伸びフランジ性が低下している。また、滞留時間が長く本発明範囲を外れる比較例(鋼板No.25)は、ベイナイト相の組織分率が本発明の範囲を外れ、伸びフランジ性が低下している。
【0068】
また、焼鈍工程における昇温速度が速く本発明範囲を外れる比較例(鋼板No.11)、最高到達温度が低く本発明範囲を外れる比較例(鋼板No.12)、第二段加熱の昇温時間が短く本発明範囲を外れる比較例(鋼板No.14)、第一段の冷却の冷却速度が遅く本発明範囲を外れる比較例(鋼板No.16)、第二段の冷却速度が遅く本発明範囲を外れる比較例(鋼板No.18)、第二段の冷却の冷却時間が長く本発明範囲を外れる比較例(鋼板No.21)、はいずれもフェライト相の組織分率が多すぎて、ベイナイト相、あるいはマルテンサイト相の組織分率が少なく、所望の高強度を確保できていない。第二段冷却停止温度が低く本発明範囲を外れる比較例(鋼板No.22)はマルテンサイト相の組織分率が本発明の範囲を外れ、伸びフランジ性が低下している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
mass%で、
C:0.050〜0.090%、 Si:0.05%以下、
Mn:1.5〜2.0%、 P:0.030%以下、
S:0.0050%以下、 Al:0.005〜0.1%、
N:0.01%以下、 Ti:0.005〜0.050%、
Nb:0.020〜0.080%
を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、体積%で、50〜77%のフェライト相と、20〜50%のベイナイト相と、2〜10%のマルテンサイト相と、1〜5%の残留オーステナイト相からなる組織と、を有することを特徴とする伸びフランジ性に優れた高強度冷延鋼板。
【請求項2】
前記組成に加えてさらに、mass%で、Ca:0.0001〜0.0050%を含有することを特徴とする請求項1に記載の高強度冷延鋼板。
【請求項3】
鋼素材に、熱延工程と、冷延工程と、焼鈍工程と、を順次施して、冷延鋼板とするにあたり、前記鋼素材を、mass%で、
C:0.050〜0.090%、 Si:0.05%以下、
Mn:1.5〜2.0%、 P:0.030%以下、
S:0.0050%以下、 Al:0.005〜0.1%、
N:0.01%以下、 Ti:0.005〜0.050%、
Nb:0.020〜0.080%
を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成の鋼素材とし、
前記焼鈍工程を、最高到達温度:800〜900℃とし二段階の加熱と二段階の冷却とを有する工程とし、前記二段階の加熱が、50℃から平均昇温速度:0.5〜5.0℃/sで、(最高到達温度−50℃)〜(最高到達温度−10℃)の温度域の第一段の加熱到達温度まで加熱する第一段の加熱と、該温度域から前記最高到達温度までの昇温時間を30〜150sとする第二段の加熱とからなり、前記二段階の冷却が、前記最高到達温度から、平均冷却速度:10〜40℃/sの第一段冷却速度で冷却する第一段の冷却と、引続き、平均冷却速度:(0.2〜0.8)×第一段冷却速度の冷却速度で、400〜500℃の温度域の冷却停止温度まで、第一段の冷却と第二段の冷却の総冷却時間の0.2〜0.8の冷却時間で冷却する第二段の冷却とからなり、前記第二段の冷却終了後、400℃〜500℃の温度域で100〜1000s滞留させること、を特徴とする伸びフランジ性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記鋼素材が、前記組成に加えてさらに、mass%で、Ca:0.0001〜0.0050%を含有することを特徴とする請求項3に記載の高強度冷延鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2012−77377(P2012−77377A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−179329(P2011−179329)
【出願日】平成23年8月19日(2011.8.19)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】