説明

低密着性材料、防汚性材料、成形型、及び、それらの製造方法

【課題】塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物に対する低密着性を有する低密着性材料と、対象物を使用する場合における高い離型性を有する成形型と、対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料とを提供する。
【解決手段】樹脂成形に使用される成形型である上型1において、ZrO基セラミックスからなる基材5の表面8に離型層4が形成されている。離型層4は、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物に対して低密着性を有する低密着性材料から構成される。離型層4においては、Yの少なくとも表面に4A族元素のカチオンであるZr4+と窒素とが導入されている。低密着性材料の少なくとも表面において、4A族元素のカチオンの量は0mol%を超えかつ20mol%以下であるとともに窒素の量は0.01mol%以上かつ10mol%以下であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質のうちの少なくともいずれか1つからなる対象物に対する低密着性を有する低密着性材料、そのような対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料、成形品を成形する際に使用される成形型、及び、それらの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、様々な分野で、有機物、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物に対する低密着性を有する低密着性材料に対するニーズが存在している。それらのニーズは、そのような対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料や、成形品を成形する際に使用される成形型に使用される材料等に関するニーズとして現れている。なお、ここでいう「低密着性」とは、「従来の金型材料である鋼系材料や超硬合金等とエポキシ樹脂に代表される塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物との間の密着性に比較した場合に、低い密着性であること」を意味する。そして、「塩基性」とは、電子対の供与性、すなわち電子対を供与する性質をいい、あるいは、プロトンを授与する性質をいう(例えば、理化学事典 第4版、岩波書店、1987年、p.161)。
【0003】
さて、上述したニーズに対応して、本出願の出願人は、第1に、次の低密着性材料及び樹脂成形型を提案した。それは、熱硬化性樹脂との間の密着性に関して低い密着性を有する低密着性材料の表面は希土類酸化物によって構成され、その希土類酸化物に各々含まれる金属カチオンの価数とイオン半径とに基づいて算出された値からなるField Strengthが所定の範囲にあるような低密着性材料、及び、上述した低密着性材料によって型面が構成される樹脂成形型である(特許文献1参照)。
【0004】
第2に、本出願の出願人は、有機物との間の密着性に関して低い密着性を有し、希土類元素を少なくとも含む物質からなる低密着性材料と、型面の少なくとも一部を含む部分が希土類元素を少なくとも含む物質からなる樹脂成形型とを、それぞれ提案した(特許文献2参照)。
【0005】
第3に、本出願の出願人は、次のような低密着性材料及びその製造方法、成形型及びその製造方法、並びに、防汚性材料及びその製造方法について提案した。それは、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂からなる対象物に対する低い密着性を有する低密着性材料であって、希土類酸化物を少なくとも含む母材と、母材の表面近傍に設けられ窒素を含有する機能層とを備える低密着性材料及びその製造方法である。また、それぞれ同様の母材と機能層とを備える成形型及びその製造方法である。また、それぞれ同様の母材と機能層とを備える防汚性材料及びその製造方法である(特願2008−075781号)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許3996138号(第1頁、第2図)
【特許文献2】特開2006−131429号(第2頁、第2図)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述した低密着性材料等によれば、塩基性を有する物質又は熱硬化性樹脂からなる対象物に対する密着性が充分に低いとはいえないという課題がある。また、希土類酸化物を少なくとも含む母材と、その母材の表面近傍に設けられ窒素を含有する機能層とを備える低密着性材料によれば、対象物(例えば、樹脂)の種類が異なった場合には低密着性の程度に差があるという課題が判明した。
【0008】
上述した課題に鑑み、本発明は次のことを目的とする。第1に、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は水分を含む物質のうちの少なくともいずれか1つからなる対象物に対するいっそう低くかつ安定した低密着性を有する低密着性材料を提供することである。第2に、そのような対象物を含む汚れに関するいっそう高くかつ安定した防汚性を有する防汚性材料を提供することである。第3に、そのような対象物のうちの少なくともいずれか1つを使用する場合におけるいっそう高くかつ安定した離型性を有する成形型を提供することである。第4に、上述した低密着性材料、防汚性材料、又は、成形型の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述の課題を解決するために、本発明に係る低密着性材料は、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物に対する低密着性を有する低密着性材料であって、低密着性材料の少なくとも表面には酸化イットリウムと窒素とが含まれていることを特徴とする。
【0010】
また、本発明に係る低密着性材料は、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物に対する低密着性を有する低密着性材料であって、低密着性材料の少なくとも表面には酸化イットリウムと4A族元素のカチオンとが含まれていることを特徴とする。
【0011】
また、本発明に係る低密着性材料は、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物に対する低密着性を有する低密着性材料であって、低密着性材料の少なくとも表面には酸化イットリウムと窒素と4A族元素のカチオンとが含まれていることを特徴とする。
【0012】
また、本発明に係る低密着性材料は、上述の低密着性材料において、低密着性材料の少なくとも表面に含まれる窒素の量は窒素原子換算で0.01mol%以上かつ10mol%以下であることを特徴とする。
【0013】
また、本発明に係る低密着性材料は、上述の低密着性材料において、低密着性材料の少なくとも表面に含まれる4A族元素のカチオンの量は0mol%を超えかつ20mol%以下であることを特徴とする。
【0014】
また、本発明に係る低密着性材料は、上述の低密着性材料において、4A族元素のカチオンはZr4+又はHf4+のうちの少なくとも1つであることを特徴とする。
【0015】
また、本発明に係る低密着性材料は、上述の低密着性材料において、低密着性材料は母材を有し、母材は酸化ジルコニウムを主たる成分として含むとともに、酸化イットリウムと窒素とは、酸化イットリウムと4A族元素のカチオンとは、又は、酸化イットリウムと窒素と4A族元素のカチオンとは、母材の表面上に設けられた層状の部分に含まれていることを特徴とする。
【0016】
また、本発明に係る防汚性材料は、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料であって、防汚性材料の少なくとも表面には酸化イットリウムと窒素とが含まれていることを特徴とする。
【0017】
また、本発明に係る防汚性材料は、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料であって、防汚性材料の少なくとも表面には酸化イットリウムと4A族元素のカチオンとが含まれていることを特徴とする。
【0018】
また、本発明に係る防汚性材料は、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料であって、防汚性材料の少なくとも表面には酸化イットリウムと窒素と4A族元素のカチオンとが含まれていることを特徴とする。
【0019】
また、本発明に係る防汚性材料は、上述の防汚性材料において、防汚性材料の少なくとも表面に含まれる窒素の量は窒素原子換算で0.01mol%以上かつ10mol%以下であることを特徴とする。
【0020】
また、本発明に係る防汚性材料は、上述の防汚性材料において、防汚性材料の少なくとも表面に含まれる4A族元素のカチオンの量は0mol%を超えかつ20mol%以下であることを特徴とする。
【0021】
また、本発明に係る防汚性材料は、上述の防汚性材料において、4A族元素のカチオンはZr4+又はHf4+のうちの少なくとも1つであることを特徴とする。
【0022】
また、本発明に係る防汚性材料は、上述の防汚性材料において、防汚性材料は母材を有し、母材は酸化ジルコニウムを主たる成分として含むとともに、酸化イットリウムと窒素とは、酸化イットリウムと4A族元素のカチオンとは、又は、酸化イットリウムと窒素と4A族元素のカチオンとは、母材の表面上に設けられた層状の部分に含まれていることを特徴とする。
【0023】
また、本発明に係る成形型は、成形品を成形する際に使用される成形型であって、成形型の少なくとも表面には酸化イットリウムと窒素とが含まれていることを特徴とする。
【0024】
また、本発明に係る成形型は、成形品を成形する際に使用される成形型であって、成形型の少なくとも表面には酸化イットリウムと4A族元素のカチオンとが含まれていることを特徴とする。
【0025】
また、本発明に係る成形型は、成形品を成形する際に使用される成形型であって、成形型の少なくとも表面には酸化イットリウムと窒素と4A族元素のカチオンとが含まれていることを特徴とする。
【0026】
また、本発明に係る成形型は、上述の成形型において、成形型の少なくとも表面に含まれる窒素の量は窒素原子換算で0.01mol%以上かつ10mol%以下であることを特徴とする。
【0027】
また、本発明に係る成形型は、上述の成形型において、成形型の少なくとも表面に含まれる4A族元素のカチオンの量は0mol%を超えかつ20mol%以下であることを特徴とする。
【0028】
また、本発明に係る成形型は、上述の成形型において、4A族元素のカチオンはZr4+又はHf4+のうちの少なくとも1つであることを特徴とする。
【0029】
また、本発明に係る成形型は、上述の成形型において、成形型は母材を有し、母材は酸化ジルコニウムを主たる成分として含むとともに、酸化イットリウムと窒素とは、酸化イットリウムと4A族元素のカチオンとは、又は、酸化イットリウムと窒素と4A族元素のカチオンとは、母材の表面上に設けられた層状の部分に含まれていることを特徴とする。
【0030】
また、本発明に係る、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物に対する低密着性を有する低密着性材料の製造方法、対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料の製造方法、又は、成形品を成形する際に使用される成形型の製造方法は、そのような対象物に対する低密着性を有する低密着性材料の製造方法、対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料の製造方法、又は、成形品を成形する際に使用される成形型の製造方法であって、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物に対する低密着性を有する低密着性材料の製造方法、対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料の製造方法、又は、成形品を成形する際に使用される成形型の製造方法であって、酸化イットリウムと4A族元素とを含む第1の原材料を準備する工程と、第1の原材料を使用して、低密着性材料、防汚性材料、又は、成形型のいずれかの少なくとも表面が酸化イットリウムと4A族元素のカチオンとを含んでいる状態にする工程とを備えることを特徴とする。
【0031】
また、本発明に係る、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物に対する低密着性を有する低密着性材料の製造方法、対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料の製造方法、又は、成形品を成形する際に使用される成形型の製造方法は、上述の製造方法において、酸化ジルコニウムを主たる成分として含む母材を準備する工程を備えるとともに、低密着性材料、防汚性材料、又は、成形型のいずれかの少なくとも表面が酸化イットリウムと4A族元素のカチオンとを含んでいる状態にする工程では、母材の表面上に設けられた層状の部分が酸化イットリウムと4A族元素のカチオンとを含んでいる状態にすることを特徴とする。
【0032】
また、本発明に係る、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物に対する低密着性を有する低密着性材料の製造方法、対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料の製造方法、又は、成形品を成形する際に使用される成形型の製造方法は、上述の製造方法において、低密着性材料、防汚性材料、若しくは、成形型のいずれかの少なくとも表面に窒素を更に含ませる工程を備えることを特徴とする。
【0033】
また、本発明に係る、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物に対する低密着性を有する低密着性材料の製造方法、対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料の製造方法、又は、成形品を成形する際に使用される成形型の製造方法は、上述の製造方法において、低密着性材料、防汚性材料、又は、成形型のいずれかの少なくとも表面に含ませる4A族元素のカチオンの量は0mol%を超えかつ20mol%以下であることを特徴とする。
【0034】
また、本発明に係る、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物に対する低密着性を有する低密着性材料の製造方法、対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料の製造方法、又は、成形品を成形する際に使用される成形型の製造方法は、上述の製造方法において、4A族元素のカチオンはZr4+又はHf4+のうちの少なくとも1つであることを特徴とする。
【0035】
また、本発明に係る、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物に対する低密着性を有する低密着性材料の製造方法、対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料の製造方法、又は、成形品を成形する際に使用される成形型の製造方法は、そのような対象物に対する低密着性を有する低密着性材料の製造方法、対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料の製造方法、又は、成形品を成形する際に使用される成形型の製造方法であって、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物に対する低密着性を有する低密着性材料の製造方法、対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料の製造方法、又は、成形品を成形する際に使用される成形型の製造方法であって、酸化イットリウムを主たる成分として含む第2の原材料を準備する工程と、第2の原材料の表面に窒素を含ませる工程を備えることを特徴とする。
【0036】
また、本発明に係る、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物に対する低密着性を有する低密着性材料の製造方法、対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料の製造方法、又は、成形品を成形する際に使用される成形型の製造方法は、上述の製造方法において、低密着性材料、防汚性材料、若しくは、成形型のいずれかの少なくとも表面に、又は、第2の原材料の表面に含ませる窒素の量は窒素原子換算で0.01mol%以上かつ10mol%以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0037】
本発明によれば、酸化イットリウム(以下「Y」という。)の表面に窒素が導入された材料、Yの表面に4A族元素のカチオンが導入された材料、又は、Yの表面に窒素と4A族元素のカチオンとが導入された材料が得られる。これらの材料は、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質のうちの少なくともいずれか1つからなる対象物に対する低い密着性を有する。したがって、これらの材料を、そのような対象物に対する低密着性材料、そのような対象物を含む汚れに関する防汚性材料、又は、そのような対象物を使用する場合における成形型のいずれかとして使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】図1は、Yのバルク材とエポキシ樹脂Xとの間の175℃における接着強さ、及び、Yのバルク材にそれぞれ異なるイオン濃度で窒素イオンが注入された4種類の材料とエポキシ樹脂Xとの間の175℃における接着強さを、窒素イオン濃度を横軸に取ってそれぞれ示す説明図である。
【図2】図2は、3種類の材料と、それぞれの材料とエポキシ樹脂Yとの間の175℃における接着強さとの関係を示す説明図である。
【図3】図3(1)、(2)は、それぞれ本発明に係る成形型であって、コーティングされた成形型とバルク材からなる成形型との概略を示す部分断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下、図面を参照しながら、本発明を実施するための形態について説明する。
【実施例1】
【0040】
以下、実施例1として、本発明に係る低密着性材料である第1の低密着性材料について図1を参照して説明する。図1は、Yのバルク材とエポキシ樹脂Xとの間の175℃における接着強さ(Adhesion Strength)、及び、Yのバルク材にそれぞれ異なるイオン濃度で窒素イオンが注入された4種類の材料とエポキシ樹脂Xとの間の175℃における接着強さを、窒素イオン濃度を横軸に取ってそれぞれ示す説明図である。ここで、エポキシ樹脂Xは、熱硬化性樹脂であるとともに塩基性を有する物質及び水分を含む物質でもある。
【0041】
図1に示されている材料のうち、Yのバルク材にそれぞれ異なるイオン濃度で窒素イオンが注入された4種類の材料が、第1の低密着性材料に相当する。ここで、「Yのバルク材」という用語は、「Yを主たる成分とする材料」を意味しており、Yに安定化剤等が添加された材料を含んでいる。また、図1の横軸に示された窒素イオン濃度は、SIMS(Secondary Ion−microprobe Mass Spectrometer;二次イオン質量分析計)を使用して計測された値である。また、本出願書類の中で使用される窒素イオン濃度は、atm/cm単位で計測された値を窒素原子換算してmol%単位で示されている。
【0042】
第1の低密着性材料に含まれる4種類の材料は、Yのバルク材にそれぞれ異なるイオン濃度で窒素イオンが注入されることによって製作されている。ここで、Yのバルク材自体を含む5種類の材料のそれぞれとエポキシ樹脂Xとの間の175℃における接着強さは、次のようになっている。
【0043】
まず、図1において白い三角形(△)によって示されているYのバルク材自体については、窒素イオン濃度が1.45×10−2mol%である。また、このYのバルク材とエポキシ樹脂Xとの間の接着強さは、平均値で0.381hPaである。ここで示された窒素イオン濃度は、Yのバルク材自体に含まれている窒素イオンの濃度であると考えられる。
【0044】
続いて、本発明に係る第1の低密着性材料(4種類)のそれぞれについて、窒素イオン濃度と、各材料とエポキシ樹脂Xとの間の接着強さとの関係を説明する。
【0045】
まず、第1の低密着性材料のうち図1においてに黒い円(●)よって示されている材料については、窒素イオン濃度が4.00×10−2mol%である。また、この材料とエポキシ樹脂Xとの間の接着強さは、平均値で0.162hPaである。
【0046】
次に、第1の低密着性材料のうち図1において白い円(○)によって示されている材料については、窒素イオン濃度が6.54×10−2mol%である。また、この材料とエポキシ樹脂Xとの間の接着強さは、平均値で0.151hPaである。
【0047】
次に、第1の低密着性材料のうち図1において黒い正方形(■)によって示されている材料については、窒素イオン濃度が3.98×10−1mol%である。また、この材料とエポキシ樹脂Xとの間の接着強さは、平均値で0.146hPaである。
【0048】
次に、第1の低密着性材料のうち図1において白い正方形(□)によって示されている材料については、窒素イオン濃度が6.50×10−1mol%である。また、この材料とエポキシ樹脂Xとの間の接着強さは、平均値で0.096hPaである。なお、上述した4種類の第1の低密着性材料に関する窒素イオン濃度は、Yのバルク材に注入された窒素イオンの濃度に大きく支配されていると考えられる。
【0049】
ここまで説明した結果から、Yのバルク材に注入された窒素イオンの濃度が高いほど、窒素イオンが注入されたその材料とエポキシ樹脂Xとの間の接着強さが低下するということがいえる。したがって、Yのバルク材に窒素イオンが注入されて製作された材料を、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物に対する低密着性を有する低密着性材料として使用することができる。
【0050】
ここで、注入された窒素イオン濃度は0.01mol%以上でかつ10mol%以下であることが好ましい。窒素イオン濃度が0.01mol%以上であることが好ましい理由は、窒素イオン濃度が0.01mol%を下回る場合にはYにおける窒素の置換量が少なすぎて密着性を低下させる効果が認められないからである。また、窒素イオン濃度が10mol%以下であることが好ましい理由は、窒素イオン濃度が10mol%を上回る場合には、Yの結晶構造が不安定になるので、低密着性材料としての構造を長期間安定的に維持することができないからである。
【0051】
また、いっそう低い密着性といっそう安定的な結晶構造の維持とのバランスを考慮すると、注入された窒素イオン濃度は0.05mol%以上でかつ5mol%以下であることがより好ましい。
【0052】
さて、Yのバルク材と第1の低密着性材料のうちの1種類とについて水に対する接触角をそれぞれ測定したところ、次の結果が得られた。まず、Yの場合には、接触角は65°であった。次に、第1の低密着性材料のうち図1において白い円(○)によって示されている材料の場合には、接触角は80°であった。この結果は、Yに比較して第1の低密着性材料が高い撥水性を有することを示す。また、この結果は、水分を含む物質からなる対象物に対して、Yに比較して第1の低密着性材料が低い密着性を有することを示す。
【0053】
ここまで、第1の低密着性材料とエポキシ樹脂Xとの間の接着強さが、Yとエポキシ樹脂Xとの間の接着強さよりも小さいことを説明した。また、第1の低密着性材料の水に対する接触角が、Yの水に対する接触角よりも大きいことを説明した。これらのことによって、「塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質のうちの少なくともいずれか1つからなる対象物に対する低密着性材料として、第1の低密着性材料が使用可能である」といえる。
【0054】
なお、本実施例に係る第1の低密着性材料の製造方法は、次の通りである。まず、Yのバルク材、すなわちYを主たる成分とする材料を準備する。次に、周知の方法を使用して、この材料の表面に窒素イオンを注入する。言い換えれば、周知の方法を使用して、Yのバルク材の表面に窒素を含ませる。これによって、第1の低密着性材料を製造することができる。
【0055】
ここで、Yのバルク材の表面に窒素を含ませる方法としては次のような方法を使用することができる。例えば、窒素雰囲気処理、PVD(Physical Vapor Deposition;物理気相成長法)、CVD(Chemical Vapor Deposition;化学気相成長法)、ゾルゲル法等である。PVDには、真空蒸着法、電子ビーム蒸着法、スパッタリング法、プラズマ溶射法、イオン注入法、プラズマイオン注入法、イオンプレーティング法等が含まれる。
【0056】
また、適当な基材の上にYを主たる成分とする層を設けて、その層の表面に窒素を含ませることもできる。この場合には、基材として、優れた機械的特性、すなわち高い靱性と耐摩耗性とを有する材料(例えば、ZrO基セラミックス)を使用することが好ましい。また、Yを主たる成分とする層の表面に窒素を含ませる工程では、上述した様々な方法のうち好適な方法を使用することができる。この場合には、基材の表面に第1の低密着性材料からなる層が形成される。そして、「塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質のうちの少なくともいずれか1つからなる対象物に対する低密着性材料として、第1の低密着性材料からなる層を有する材料が使用可能である」といえる。
【実施例2】
【0057】
以下、実施例2として、本発明に係る低密着性材料である第2の低密着性材料について図2を参照して説明する。図2は、3種類の材料と、それぞれの材料とエポキシ樹脂Yとの間の175℃における接着強さ(Adhesion Strength)との関係を示す説明図である。ここで、エポキシ樹脂Yは、熱硬化性樹脂であるとともに塩基性を有する物質及び水分を含む物質でもある。
【0058】
第2の低密着性材料は、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質のうちの少なくともいずれか1つからなる対象物に対する低密着性を有しており、少なくとも表面に酸化イットリウムと4A族元素のカチオン(陽イオン)とが含まれていることを特徴とする。第2の低密着性材料として、焼結材料であるYの表面に4A族元素のカチオンが導入された材料が挙げられる。図2においては、Y(材料A)の表面にZr4+が導入された例が材料Bとして示されている。そして、結果的に、第2の低密着性材料である材料Bの表面には5mol%のZrOが存在している。
【0059】
ここで、第2の低密着性材料の表面に含まれるZrOの量、言い換えればZr4+の量は、0mol%を超えかつ20mol%以下であることが好ましい。そして、低密着性材料の表面に含まれる4A族元素のカチオンの量が0mol%を超えかつ20mol%以下であることが好ましい点については、以下の各実施例においても同様である。
【0060】
また、4A族元素のカチオンはZr4+(イオン半径:0.83Å=83pm)、Hf4+(イオン半径:0.83Å=83pm)のうちの少なくとも1つであることが好ましい。そして、4A族元素のカチオンがZr4+、Hf4+のうちの少なくとも1つであることが好ましい点については、以下の各実施例においても同様である。
【0061】
図2に示されているように、希土類酸化物であるY(材料A)とエポキシ樹脂Yとの間の接着強さが0.54MPaであることに対して、第2の低密着性材料(材料B)とエポキシ樹脂Yとの間の接着強さは0.45MPaである。このことは、Y(材料A)の表面に4A族元素のカチオンが導入されることによって、カチオンが導入された材料である第2の低密着性材料(材料B)とエポキシ樹脂Yとの間の接着強さが低下することを示す。
【0062】
更に、水に対する接触角を測定したところ、Yの場合には65°であったのに比較して、第2の低密着性材料の場合には90°であった。この結果は、Yに比較して第2の低密着性材料が高い撥水性を有することを示す。また、この結果は、水分を含む物質からなる対象物に対して、Yに比較して第2の低密着性材料が低い密着性を有することを示す。
【0063】
これらのことによって、「塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質のうちの少なくともいずれか1つからなる対象物に対する低密着性材料として、第2の低密着性材料が使用可能である」といえる。
【実施例3】
【0064】
以下、実施例3として、本発明に係る低密着性材料である第3の低密着性材料について図2を参照して説明する。第3の低密着性材料は、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質のうちの少なくともいずれか1つからなる対象物に対する低密着性を有しており、少なくとも表面に酸化イットリウムと4A族元素のカチオンと窒素とが含まれていることを特徴とする。
【0065】
図2に示されているように、第3の低密着性材料として、希土類酸化物であるY(材料A)の表面に4A族元素のカチオンであるZr4+と窒素とが導入された材料(材料C)が挙げられる。結果的に、第3の低密着性材料である材料Cの表面には5mol%のZrOが存在している。
【0066】
また、図2に示されているように、Y(材料A)とエポキシ樹脂Yとの間の接着強さが0.54MPaであることに対して、第3の低密着性材料とエポキシ樹脂Yとの間の接着強さは0.32MPaである。このことは、Y(材料A)の表面に4A族元素のカチオンと窒素とが導入されることによって、カチオンと窒素とが導入された材料である第3の低密着性材料(材料C)とエポキシ樹脂Yとの間の接着強さが低下することを示す。
【0067】
更に、水に対する接触角を測定したところ、Yの場合には65°であったのに比較して、第3の低密着性材料の場合には107°であった。この結果は、Yに比較して第3の低密着性材料が高い撥水性(第2の低密着性材料よりも高い撥水性)を有することを示す。また、この結果は、水分を含む物質からなる対象物に対して、Yに比較して第3の低密着性材料がいっそう低い密着性(第2の低密着性材料よりも低い密着性)を有することを示す。
【0068】
これらのことによって、「塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質のうちの少なくともいずれか1つからなる対象物に対する低密着性材料として、第3の低密着性材料が使用可能である」といえる。
【0069】
ところで、Yの表面に窒素が導入された材料(第1の低密着性材料)とエポキシ樹脂との間の接着強さが低下する機構について、本発明の発明者らは以下のように推察した。また、接着強さが低下する効果について、Yの表面にZr4+と窒素とが導入された材料(第3の低密着性材料)よりも第1の低密着性材料のほうが小さい理由についても、本発明の発明者らは以下のように推察した。
【0070】
に対して単に窒素置換(02−→N3−)を行った場合に接着強さが低下する原因は、Y−O結合に比して共有結合性が増大し分極緩和されることから、有機物の吸着が抑制されるからであると考えられる。言い換えれば、Yの表面における有機物の吸着活性能が低減するといえる。その結果、第1の低密着性材料については、接着強さ、すなわち密着性を低下させる効果が生ずるものと推察される。
【0071】
しかし、Yに対して単に窒素置換(02−→N3−)を行った場合には、結晶構造の電気的中性を維持するためにアニオン空孔(陰イオンの空孔;格子欠陥)が形成される。そして、アニオン空孔が存在する場合には、この空孔を介して有機物吸着を促進する酸性点が新たに発現するものと考えられる。
【0072】
ここで、低密着性材料の表面とエポキシ樹脂との間の接着強さを更に低下させるためには、Yに対して窒素を導入するとともにアニオン空孔の生成を抑制すればよい。そして、アニオン空孔の生成を抑制するためには、02−よりも価数の1つ大きいN3−を打ち消すために、Y3+よりも価数が1つ大きくかつYに固溶する4A族元素のカチオンをYに添加すればよい。そして、4A族元素のカチオンとして、Zr4+(イオン半径:0.83Å=83pm)、Hf4+(イオン半径:0.83Å=83pm)のうちの1つ又は複数を使用することができる。以上説明したことから、第1の低密着性材料については、接着強さ、すなわち密着性を低下させる効果が生ずるけれども、その効果が第3の低密着性材料よりも小さいものと推察される。
【0073】
なお、Yにおける4A族元素のカチオンの置換量は、MeOに換算して(MeはZr又はHf)、0mol%を超えかつ20mol%以下であることが好ましい。その理由は、カチオンの置換量が20mol%を上回る場合には、酸化イットリウムマトリックスに対してZr又はHfが固溶限界以上となるため、複合酸化物(酸化イットリウムと酸化ジルコニウムからなる)や酸化ハフニウムが析出しやすく、これらによって密着性の低下が抑制されるからである。また、カチオンの置換量は、0mol%を超えかつ10mol%以下であることがより好ましい。
【0074】
また、第3の低密着性材料の少なくとも表面に含まれる窒素の量は0.01mol%以上かつ20mol%以下であることが好ましい。その理由は、第1に、0.01mol%を下回る場合には、Yにおける窒素の置換量が少なすぎて密着性を低下させる効果が認められないからである。第2に、窒素イオン濃度が20mol%を上回る場合には、Yの結晶構造が不安定になるので、低密着性材料としての構造を長期間安定的に維持することができないからである。なお、電気的中性条件を維持するために、置換可能な最大の窒素量は同じ材料に添加されるカチオン量と等しくなる。
【0075】
また、低い密着性といっそう安定的な結晶構造の維持とのバランスを考慮すると、注入された窒素イオン濃度は0.01mol%以上でかつ10mol%以下であることがより好ましい。
【実施例4】
【0076】
以下、実施例4として、本発明に係る低密着性材料の製造方法を説明する。ここでは、基材の表面に、実施例2に記載された第2の低密着性材料又は実施例3に記載された第3の低密着性材料のいずれかを形成することによって、基材全体からなる低密着性材料を製造する方法について説明する。この場合には、第2の低密着性材料又は第3の低密着性材料のいずれかが表面に形成された状態の基材が、基材全体として低密着性材料を構成することになる。
【0077】
まず、適当な基材を準備する。基材としては、優れた機械的特性、すなわち高い靱性と耐摩耗性とを有する材料が好ましい。例えば、基材としてジルコニウム基セラミックス(ZrO基セラミックス)を使用することができる。
【0078】
次に、Yを含む塩と4A族元素を含む塩とを含む液体を撹拌する。これにより、錯体重合によって有機−無機プレカーサーを含むコーティング材料を生成することができる。したがって、このコーティング材料が、第2の低密着性材料の原材料の少なくとも一部に相当する。
【0079】
次に、基材であるZrO基セラミックスを、そのコーティング材料に浸漬する。これにより、基材の表面にコーティング材料を塗布する(ディップコート法)。なお、スプレーコート法を使用して、基材の表面にコーティング材料を塗布することもできる。
【0080】
次に、コーティング材料が塗布された基材を加熱して、熱処理を行う。これによって、基材の表面上に設けられた層状の部分からなる、YとOとZrとを含む機能層が形成される。ここでいう「機能層」という用語は、ある特定の機能を担う層を意味する。特定の機能とは、ある種の物質に対する低密着性、成形型として使用した場合における高離型性、及び、ある種の物質に関する防汚性である。また、「防汚性」という用語は、表面に汚れが付着することを防止する性質、又は、表面に汚れが付着した場合にその汚れが容易に落ちる(除去される)性質を意味する。
【0081】
ここまでの工程によって、実施例2で説明した第2の低密着性材料が得られる。第2の低密着性材料とは、少なくとも表面にYと4A族元素のカチオンであるZr4+とが含まれている低密着性材料である。
【0082】
更に、第2の低密着性材料を窒化処理することによって、実施例3で説明した第3の低密着性材料が得られる。第3の低密着性材料とは、少なくとも表面にYと4A族元素のカチオンであるZr4+と窒素とが含まれている低密着性材料である。
【0083】
なお、窒化処理として、次の方法を使用することができる。それは、窒素雰囲気処理、PVD(Physical Vapor Deposition;物理気相成長法)、CVD(Chemical Vapor Deposition;化学気相成長法)、ゾルゲル法等である。PVDには、真空蒸着法、電子ビーム蒸着法、スパッタリング法、プラズマ溶射法、イオン注入法、プラズマイオン注入法、イオンプレーティング法等が含まれる。
【0084】
以上説明したように、本実施例に係る製造方法よれば、優れた機械的特性を有する基材の表面上に設けられた層状の部分に、Yと4A族元素のカチオンであるZr4+とを導入する(含ませる)ことができる。また、優れた機械的特性を有する基材の表面上に設けられた層状の部分に、Yと4A族元素のカチオンであるZr4+と窒素とを導入する(含ませる)ことができる。そして、これらの製造方法によれば、低密着性材料を製造する際に、希少元素であるYの使用量を削減することができる。また、低密着性材料の価格を抑制することができる。
【0085】
また、本実施例に係る製造方法よれば、基材と機能層との界面に拡散固溶層(組成傾斜層)が形成される。これにより、基材と機能層との間の密着性が向上する。
【0086】
また、本実施例に係る製造方法によれば、基材の熱膨張係数と機能層の熱膨張係数とが異なることにより、低密着性材料の表面付近において通常の使用温度下で圧縮残留応力が存在する。これにより、低密着性材料の表面付近において破壊靱性値が増大する。したがって、優れた耐摩耗性と耐衝撃性とを有する低密着性材料を製造することができる。
【0087】
なお、ここまで、次の3種類の低密着性材料について説明した。まず、Yのバルク材の表面に窒素イオンが注入された第1の低密着性材料である。次に、少なくとも基材の表面上に設けられた層状の部分にYと4A族元素のカチオンとが含まれている第2の低密着性材料である。次に、少なくとも基材の表面上に設けられた層状の部分にYと4A族元素のカチオンと窒素とが含まれている第3の低密着性材料である。これらに限らず、低密着性材料としては、全体にYと窒素とが含まれている材料(いわゆるバルク材)であってもよい。また、低密着性材料としては、全体にYと4A族元素のカチオンとが含まれている材料(いわゆるバルク材)であってもよい。また、低密着性材料としては、全体にYと4A族元素のカチオンと窒素とが含まれている材料(いわゆるバルク材)であってもよい。
【0088】
第2の低密着性材料のバルク材を製造する場合には、次のような工程を行う。まず、Yを含む塩と4A族元素を含む塩とを含む液体を撹拌する。これにより、錯体重合によって有機−無機プレカーサーを含む液状の材料を生成する。
【0089】
次に、その液状の材料を乾燥させて粉体化する。その後に、粉体化された材料を焼結することによって、第2の低密着性材料のバルク材を製造することができる。なお、第3の低密着性材料のバルク材の製造方法としては、第2の低密着性材料のバルク材を窒化処理する製造方法を使用することができる。
【実施例5】
【0090】
以下、実施例5として、本発明に係る防汚性材料について説明する。実施例5は、実施例1に記載された第1の低密着性材料、実施例2に記載された第2の低密着性材料、又は実施例3に記載された第3の低密着性材料のいずれかを、防汚性材料として使用するものである。
【0091】
第1〜第3の低密着性材料は、それらが層状の材料又はバルク材のいずれであったとしても、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質のうちの少なくともいずれか1つからなる対象物に対する低い密着性を有する。したがって、そのような対象物を含む汚れの付着を防止する機能を有する材料として、第1〜第3の低密着性材料のいずれかを使用することができる。また、そのような対象物を含む汚れが付着した場合にそれらの汚れが容易に落ちる(除去される)材料として、第1〜第3の低密着性材料のいずれかを使用することができる。
【0092】
具体的には、建物の外壁等に使用される建材、浴槽、衛生陶器やこれに類する機器等の材料として、第1〜第3の低密着性材料のいずれかを使用することができる。また、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質のうちの少なくともいずれか1つからなる対象物が接触する配管類、タンク類の材料として、第1〜第3の低密着性材料のいずれかを使用することができる。更に、これらの用途に使用される部材の表面をコーティングする材料として、第1〜第3の低密着性材料のいずれかを使用してもよい。
【実施例6】
【0093】
以下、実施例6として、本発明に係る成形型について図3を参照して説明する。図3(1)、(2)は、それぞれ本発明に係る成形型であって、コーティングされた成形型とバルク材からなる成形型との概略を示す部分断面図である。
【0094】
実施例6は、実施例1に記載された第1の低密着性材料、実施例2に記載された第2の低密着性材料、又は、実施例3に記載された第3の低密着性材料のいずれかを、成形型として使用するものである。図3(1)に示されているように、上型1と上型1に対向する下型2とが設けられている。上型1の表面である型面3には、実施例2に記載された第2の低密着性材料からなる離型層4が形成されている。したがって、上型1が本実施例に係る成形型に相当する。なお、離型層4は、成形型として使用した場合における高離型性という特定の機能を担う層である。
【0095】
図3(1)に示された基材5は、ZrO基セラミックスによって構成されている。基材5には、成形型が完成した後に流動性樹脂(図示なし)が流動する空間である樹脂通路6が形成されている。また、基材5には、成形型が完成した後に流動性樹脂が充填される空間であるキャビティ7が形成されている。樹脂通路6とキャビティ7とは、機械加工、焼結前の成形等の方法によって形成される。また、基材5の表面8には、成形型が完成した後に樹脂通路6とキャビティ7とにおける型面3に重なる面が含まれている。ここで、樹脂通路6とキャビティ7との型面3に接触する流動性樹脂は、例えば、熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂等のような塩基性を有する物質であって水分を含む物質である。
【0096】
図3(1)に示されているように、上型1における少なくとも型面3を含む型面3の付近にYと4A族元素のカチオンであるZr4+とを含ませることによって、離型層4が形成される。このことは、離型層4が実施例2で説明した第2の低密着性材料によって構成されていることを意味する。
【0097】
本実施例によれば、第2の低密着性材料によって構成される離型層4が、基材表面8に形成される。これにより、成形型である上型1の型面3が、離型層4の表面によって構成される。したがって、型面3と熱硬化性樹脂との間の離型性に関して、高い離型性を有する成形型が得られる。
【0098】
なお、実施例1で説明した第1の低密着性材料によって離型層4が構成されていることとしてもよい。更に、実施例3で説明した第3の低密着性材料によって離型層4が構成されていることとしてもよい。この場合においては、型面3と熱硬化性樹脂との間の離型性に関して、いっそう高い離型性を有する成形型が得られる。
【0099】
以下、図3(1)に示された成形型が使用される態様を説明する。この成形型は、半導体チップ等のチップ状部品を樹脂封止する際に使用される。
【0100】
図3(1)に示されるように、まず、下型2の上に、リードフレーム、プリント基板、セラミックス基板等の基板9を配置する。基板9の上に装着されたチップ10が有する電極と基板9が有する電極とは(いずれも図示なし)、ワイヤ11によって電気的に接続される。下型2の上において基板9は、チップ10とワイヤ11とがキャビティ7に収容され得るような位置に位置決めされて配置される。
【0101】
次に、それぞれ加熱された上型1と下型2とを型締めする。その後に、熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂からなる流動性樹脂(図示なし)を、樹脂通路6を経由してキャビティ7に充填する。
【0102】
次に、引き続き流動性樹脂13を加熱する。このことによって、樹脂通路6とキャビティ7とにおいてそれぞれ硬化樹脂(図示なし)を形成する。
【0103】
次に、上型1と下型2とを型開きした後に、基板9上におけるチップ10が樹脂封止された樹脂封止体(図示なし)を取り出す。ここで、上型1の型面3を含む型面3の近傍に設けられた離型層4は、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質に対する低い密着性を有する。したがって、離型層4は、塩基性を有する熱硬化性樹脂であって水分を含む物質であるエポキシ樹脂からなる硬化樹脂(図示なし)に対する低い密着性を有する。これにより、硬化樹脂は、離型層4から、言い換えれば上型1の型面3から離型する。
【0104】
次に、適当な手段を使用して、樹脂封止体から、樹脂通路6において硬化した硬化樹脂(図示なし)からなる不要樹脂を分離する。ここまでの工程によって、基板9とチップ10と硬化樹脂とを含む、電子部品の完成品(パッケージ)が完成する。
【0105】
なお、図3(2)に示されているように、成形型である上型12の全体をバルク材13によって構成してもよい。この場合には、まず、粉体化された材料を、成形型の形状に合わせて成形する。その後に、成形された材料を焼結すればよい。また、直方体状に成形した後に焼結してバルク材を作成し、そのバルク材に対して切削等の機械加工を施してもよい。
【0106】
また、成形型(上型1、上型12)の型面3に離型層4を形成する場合には、ブロック状(直方体状)の低密着性材料を、キャビティ7の底面又は天面を構成するキャビティブロックとして使用してもよい。この場合には、成形型のうち、流動性樹脂13が接触する型面3の一部、例えば、キャビティ7における内底面(図3では上面)が低密着性材料によって構成される。
【0107】
また、本実施例(実施例6)においては、トランスファー成形を使用して、基板9に装着されたチップ10を樹脂封止する際に使用される成形型(上型1、上型12)を例に挙げて説明した。これに限らず、一般的な圧縮成形、射出成形等において使用される成形型に対して本発明を適用することができる。言い換えれば、キャビティ7に流動性樹脂が充填された状態でその流動性樹脂を硬化させて成形体を製造する際に使用される成形型に対して、本発明を適用することができる。
【0108】
また、本実施例において説明した成形型には、抜き型も含まれる。すなわち、材料を打ち抜いて成形品を製造する際に使用される成形型であって、塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質のうちの少なくともいずれか1つに接触する可能性がある成形型に、本発明に係る低密着性材料を使用することができる。
【0109】
なお、ここまでの説明では、低密着性材料等の表面に含まれる4A族元素のカチオンの量について、0mol%を超えかつ20mol%以下であることとした。その理由は、4A族元素のカチオンの量が20mol%を超えると生成物が複合酸化物になるので、生成物において低密着性という特性を得ることが困難になると予想されるからである。なお、上述した「20mol%」という上限の比率は、添加剤の種類、組合せ、添加率等によって変動する。この変動を考慮すると、4A族元素のカチオンの量は0mol%を超えかつ15mol%以下であることが好ましい。
【0110】
また、実施例4において説明した低密着性材料の製造方法によって製造された低密着性材料は、防汚性材料又は成形型としても使用される。したがって、実施例4において説明した低密着性材料の製造方法を、防汚性材料の製造方法又は成形型の製造方法としても適用することができる。
【0111】
また、本発明は、上述の各実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で、必要に応じて、任意にかつ適宜に組み合わせ、変更し、又は選択して採用できるものである。
【符号の説明】
【0112】
1、12 上型
2 下型
3 型面
4 離型層
5 基材
6 樹脂通路
7 キャビティ
8 表面
9 基板
10 チップ
11 ワイヤ
13 バルク材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物に対する低密着性を有する低密着性材料であって、
前記低密着性材料の少なくとも表面には酸化イットリウムと窒素とが含まれていることを特徴とする低密着性材料。
【請求項2】
塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物に対する低密着性を有する低密着性材料であって、
前記低密着性材料の少なくとも表面には酸化イットリウムと4A族元素のカチオンとが含まれていることを特徴とする低密着性材料。
【請求項3】
塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物に対する低密着性を有する低密着性材料であって、
前記低密着性材料の少なくとも表面には酸化イットリウムと窒素と4A族元素のカチオンとが含まれていることを特徴とする低密着性材料。
【請求項4】
請求項1又は3に記載された低密着性材料において、
前記低密着性材料の少なくとも表面に含まれる窒素の量は窒素原子換算で0.01mol%以上かつ10mol%以下であることを特徴とする低密着性材料。
【請求項5】
請求項2又は3に記載された低密着性材料において、
前記低密着性材料の少なくとも表面に含まれる前記4A族元素のカチオンの量は0mol%を超えかつ20mol%以下であることを特徴とする低密着性材料。
【請求項6】
請求項2、3、又は、5のいずれか1つに記載された低密着性材料において、
前記4A族元素のカチオンはZr4+又はHf4+のうちの少なくとも1つであることを特徴とする低密着性材料。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1つに記載された低密着性材料において、
前記低密着性材料は母材を有し、
前記母材は酸化ジルコニウムを主たる成分として含むとともに、
酸化イットリウムと窒素とは、酸化イットリウムと前記4A族元素のカチオンとは、又は、酸化イットリウムと窒素と前記4A族元素のカチオンとは、前記母材の表面上に設けられた層状の部分に含まれていることを特徴とする低密着性材料。
【請求項8】
塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料であって、
前記防汚性材料の少なくとも表面には酸化イットリウムと窒素とが含まれていることを特徴とする防汚性材料。
【請求項9】
塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料であって、
前記防汚性材料の少なくとも表面には酸化イットリウムと4A族元素のカチオンとが含まれていることを特徴とする防汚性材料。
【請求項10】
塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料であって、
前記防汚性材料の少なくとも表面には酸化イットリウムと窒素と4A族元素のカチオンとが含まれていることを特徴とする防汚性材料。
【請求項11】
請求項8又は10に記載された防汚性材料において、
前記防汚性材料の少なくとも表面に含まれる窒素の量は窒素原子換算で0.01mol%以上かつ10mol%以下であることを特徴とする防汚性材料。
【請求項12】
請求項9又は10に記載された防汚性材料において、
前記防汚性材料の少なくとも表面に含まれる前記4A族元素のカチオンの量は0mol%を超えかつ20mol%以下であることを特徴とする防汚性材料。
【請求項13】
請求項9、10、又は、12のいずれか1つに記載された防汚性材料において、
前記4A族元素のカチオンはZr4+又はHf4+のうちの少なくとも1つであることを特徴とする防汚性材料。
【請求項14】
請求項8〜13のいずれか1つに記載された防汚性材料において、
前記防汚性材料は母材を有し、
前記母材は酸化ジルコニウムを主たる成分として含むとともに、
酸化イットリウムと窒素とは、酸化イットリウムと前記4A族元素のカチオンとは、又は、酸化イットリウムと窒素と前記4A族元素のカチオンとは、前記母材の表面上に設けられた層状の部分に含まれていることを特徴とする防汚性材料。
【請求項15】
成形品を成形する際に使用される成形型であって、
前記成形型の少なくとも表面には酸化イットリウムと窒素とが含まれていることを特徴とする成形型。
【請求項16】
成形品を成形する際に使用される成形型であって、
前記成形型の少なくとも表面には酸化イットリウムと4A族元素のカチオンとが含まれていることを特徴とする成形型。
【請求項17】
成形品を成形する際に使用される成形型であって、
前記成形型の少なくとも表面には酸化イットリウムと窒素と4A族元素のカチオンとが含まれていることを特徴とする成形型。
【請求項18】
請求項15又は17に記載された成形型において、
前記成形型の少なくとも表面に含まれる窒素の量は窒素原子換算で0.01mol%以上かつ10mol%以下であることを特徴とする成形型。
【請求項19】
請求項16又は17に記載された成形型において、
前記成形型の少なくとも表面に含まれる前記4A族元素のカチオンの量は0mol%を超えかつ20mol%以下であることを特徴とする成形型。
【請求項20】
請求項16、17、又は、19のいずれか1つに記載された成形型において、
前記4A族元素のカチオンはZr4+又はHf4+のうちの少なくとも1つであることを特徴とする成形型。
【請求項21】
請求項15〜20のいずれか1つに記載された成形型において、
前記成形型は母材を有し、
前記母材は酸化ジルコニウムを主たる成分として含むとともに、
酸化イットリウムと窒素とは、酸化イットリウムと前記4A族元素のカチオンとは、又は、酸化イットリウムと窒素と前記4A族元素のカチオンとは、前記母材の表面上に設けられた層状の部分に含まれていることを特徴とする成形型。
【請求項22】
塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物に対する低密着性を有する低密着性材料の製造方法、前記対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料の製造方法、又は、成形品を成形する際に使用される成形型の製造方法であって、
酸化イットリウムと4A族元素とを含む第1の原材料を準備する工程と、
前記第1の原材料を使用して、前記低密着性材料、前記防汚性材料、又は、前記成形型のいずれかの少なくとも表面が酸化イットリウムと前記4A族元素のカチオンとを含んでいる状態にする工程とを備えることを特徴とする製造方法。
【請求項23】
請求項22に記載された製造方法において、
酸化ジルコニウムを主たる成分として含む母材を準備する工程を備えるとともに、
前記低密着性材料、前記防汚性材料、又は、前記成形型のいずれかの少なくとも表面が酸化イットリウムと前記4A族元素のカチオンとを含んでいる状態にする工程では、前記母材の表面上に設けられた層状の部分が酸化イットリウムと前記4A族元素のカチオンとを含んでいる状態にすることを特徴とする製造方法。
【請求項24】
請求項22又は23に記載された製造方法において、
前記低密着性材料、前記防汚性材料、若しくは、前記成形型のいずれかの少なくとも表面に窒素を更に含ませる工程を備えることを特徴とする製造方法。
【請求項25】
請求項22〜24に記載された製造方法において、
前記低密着性材料、前記防汚性材料、又は、前記成形型のいずれかの少なくとも表面に含ませる前記4A族元素のカチオンの量は0mol%を超えかつ20mol%以下であることを特徴とする製造方法。
【請求項26】
請求項22〜25のいずれか1つに記載された製造方法において、
前記4A族元素のカチオンはZr4+又はHf4+のうちの少なくとも1つであることを特徴とする製造方法。
【請求項27】
塩基性を有する物質、熱硬化性樹脂、又は、水分を含む物質からなる対象物に対する低密着性を有する低密着性材料の製造方法、前記対象物を含む汚れに関する防汚性を有する防汚性材料の製造方法、又は、成形品を成形する際に使用される成形型の製造方法であって、
酸化イットリウムを主たる成分として含む第2の原材料を準備する工程と、
前記第2の原材料の表面に窒素を含ませる工程を備えることを特徴とする製造方法。
【請求項28】
請求項24又は27に記載された製造方法において、
前記低密着性材料、前記防汚性材料、若しくは、前記成形型のいずれかの少なくとも表面に、又は、前記第2の原材料の表面に含ませる窒素の量は窒素原子換算で0.01mol%以上かつ10mol%以下であることを特徴とする製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−79261(P2011−79261A)
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−234794(P2009−234794)
【出願日】平成21年10月9日(2009.10.9)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、ナノテク・先端部材実用化研究開発/表面ナノ機能修飾した樹脂成形用型部材の開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(390002473)TOWA株式会社 (192)
【出願人】(000173522)財団法人ファインセラミックスセンター (147)
【Fターム(参考)】