説明

低水素系被覆アーク溶接棒

【課題】耐棒焼け性が良好で溶接金属の低温靭性が優れる低水素系被覆アーク溶接棒を提供する。
【解決手段】単体C、金属中のCおよび合金中のCのうちの1種以上として、被覆剤にこれらの合計を被覆アーク溶接棒全質量に対する質量%で0.03〜0.14%含み、また被覆アーク溶接棒全質量に対する質量%で、鋼心線と被覆剤の一方または両方に合計で、Si:0.4〜1.8%、Mn:0.5〜1.5%、Ni:0.1〜3.6%、Ti:0.1〜0.8%を含有し、被覆剤の金属および合金の合計が10%以下で、その他は金属酸化物、金属炭酸塩、金属弗化物および不可避不純物である低水素系被覆アーク溶接棒。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐棒焼け性に優れ、低温靭性が良好な全姿勢溶接用低水素系被覆アーク溶接棒に関するものである。
【背景技術】
【0002】
低水素系被覆アーク溶接棒はガス発生剤として金属炭酸塩を主原料としており、有機物をほとんど使用していないため、溶着金属中の水素含有量が非低水素系被覆アーク溶接棒と比較して極めて少なく、溶接部の耐割れ性が優れているため高張力鋼や低温用鋼を使用する重要構造物や厚板を使用する大型構造物の溶接に多く適用されている。
【0003】
一方、最近では溶接構造物の大型化にともない、使用される鋼材も厚くなる傾向を示すとともに、板厚減少のため高強度な鋼材の使用も増加している。一般に溶接金属の強度と低温靭性は相反する傾向を示すため、高強度化とともに靭性を向上させる手法が種々検討され、溶接材料の開発が行われている。
【0004】
しかし、被覆アーク溶接棒は溶接者の技量や癖などによってアーク電圧や溶接速度が異なるため、溶接入熱量が大きくばらつくことが多々ある。すなわち溶接入熱量が大きいほど溶融池周辺の温度上昇により耐棒焼け性が劣化する。そのため溶接時に脱酸元素が酸化され易く溶着金属中の歩留りが低下し引張強度を低下させ、更に被覆筒の劣化により靭性を著しく劣化させる。これに対処するため溶接入熱量を極力抑えるように溶接速度を早くして溶接を行うと、ブローホールや融合不良などの溶接欠陥を生じる。
【0005】
このような状況に対し、低水素系被覆アーク溶接棒の低温靭性を良好にするため、例えば、特開平5−103694号公報(特許文献1)には590N/mm級以上の高張力鋼の被覆アーク溶接棒に、粒度を制限したMgを含有させることで低温靭性を向上させる技術が開示されている。しかしながらMgは低融点であるため棒焼けが発生しやすく、ある一定量を超えると低温靭性は劣化する傾向にある。
【0006】
また、特開平6−86056号公報(特許文献2)には、溶接入熱量を低減させるため低電流域でのアーク安定性を改善した技術が開示されている。これによると炭酸石灰の粒度構成およびマイカの含有量の限定によって低電流域でのアークは安定するが、適正電流域でのアーク吹付け性およびアーク安定性は不良で、融合不良などの溶接欠陥が生じる可能性が高い。
【0007】
さらに、特開平9−68712号公報(特許文献3)には耐棒焼け性を向上させる目的で、鋼心線の比抵抗、また鋼心線と溶接棒ホルダーとの接触電気抵抗を限定することによって耐棒焼け性を向上する技術が開示されている。しかしその効果は小さく、高強度鋼用の被覆アーク溶接棒に適用した場合は多量に金属粉を用いるので耐棒焼け性が不良になる。
【0008】
このように従来の低水素系被覆アーク溶接棒では耐棒焼け性および低温靭性を満足することは非常に困難であった。
【特許文献1】特開平5−103694号公報
【特許文献2】特開平6−86056号公報
【特許文献3】特開平9−68712号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、耐棒焼け性が良好で溶接金属の低温靭性が優れる低水素系被覆アーク溶接棒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の要旨は、鋼心線外周に被覆剤を塗布してなる低水素系被覆アーク溶接棒において、単体C、金属中のCおよび合金中のCのうちの1種以上として、被覆剤にこれらの合計を被覆アーク溶接棒全質量に対する質量%で0.03〜0.14%含み、また被覆アーク溶接棒全質量に対する質量%で、鋼心線と被覆剤の一方または両方に合計で、Si:0.4〜1.8%、Mn:0.5〜1.5%、Ni:0.1〜3.6%、Ti:0.1〜0.8%を含有し、被覆剤の金属および合金の合計が10%以下で、その他は金属酸化物、金属炭酸塩、金属弗化物および不可避不純物であることを特徴とする。
また、鋼心線と被覆剤の一方または両方の合計で、Cr:1.0%以下、Mo:1.0%以下の1種以上を含有することを特徴とする。
さらに、鋼心線と被覆剤の一方または両方の合計で、Mg:0.6%以下、Al:0.2%以下の1種ま以上を含有することも特徴とする低水素系被覆アーク溶接棒にある。
【発明の効果】
【0011】
本発明の低水素系被覆アーク溶接棒によれば、耐棒焼け性が良好で、高張力鋼の各強度クラスにおいて優れた靭性の溶接金属が得られる。したがって、各種鋼構造物に対する溶接継手の信頼性を大幅に向上することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
被覆アーク溶接棒の棒焼けは、アーク熱や溶接棒自体の抵抗発熱、更に溶融池周辺の輻射熱などが溶接棒に蓄熱されることにより発生する。耐棒焼け性を改善するには、前記熱エネルギーを抑制することが最も効果的であり、そのためには、被覆アーク溶接棒の溶融速度を速くすることや被覆剤からの放熱作用を促進させることが肝要で、更には耐火性の被覆剤原料を使用することが重要である。
【0013】
低水素系被覆アーク溶接棒は、金属酸化物、金属炭酸塩、金属弗化物および金属粉などで構成された被覆剤を鋼心線の外周に塗布したものである。被覆剤中の金属炭酸塩や金属弗化物は棒焼けを抑制する効果があるが、金属粉においては機械的性能を考慮した含有量であり、耐棒焼け性の観点からの検討がなされていなかった。そこで本発明者らは金属粉に着目し詳細に検討した結果、被覆剤の金属および合金の含有量が耐棒焼け性に大きく影響していることがわかった。さらに、被覆剤に含まれるCも耐棒焼け性に影響することを見出した。
【0014】
被覆剤の金属および合金は、優れた機械的性能を得るのに重要な原材料であることは周知の通りであるが、耐棒焼け性に対してはガス発生剤である金属炭酸塩や金属弗化物と比較するとアーク電圧が低く溶融速度が遅くなるため被覆剤に蓄熱し易い。そのため金属および合金が少ないほど優れた耐棒焼け性が得られる。そこで被覆剤の金属および合金の耐棒焼け性に対する影響を詳細に調査した。その結果、特に熱伝導率の低いFe、Mn、Ni、Cr、Mo、Nb、Vなどの遷移金属および低融点であるMg、Caのアルカリ土類金属を多く含有させると耐棒焼け性が極めて劣化することが確認できた。
【0015】
被覆アーク溶接棒全質量に対して、被覆剤の金属および合金の合計が10質量%(以下、%という。)を超えると棒焼けが発生し、被覆剤の金属および合金が酸化して溶接金属中の脱酸元素の歩留まりが低下し強度および靭性を劣化させる。なお、被覆剤の金属および合金とは、金属Si、Fe−Si、金属Mn、Fe−Mn、Fe−Si−Mn、金属Mg、Al−Mg、金属Al、Fe−Alなどの脱酸剤および金属Ni、Fe−Ni、金属Ti、Fe−Ti、金属Cr、Fe−Cr、金属Mo、Fe−Moなどの金属および合金粉の合計をいう。
【0016】
また、単体C、金属中のCおよび合金中のCのうちの1種以上として、被覆剤にこれらを多く含有させることによって前記被覆剤中のCがCOまたはCOにガス化してアーク電圧が高くなる。その結果、被覆アーク溶接棒の溶融速度が速くなり被覆剤に蓄熱されたジュール熱が低減され、同時に被覆剤からの放熱作用が得られるため、金属炭酸塩と同様の効果が得られ耐棒焼け性が優れる。
【0017】
単体Cならびに金属および合金中のCの合計が溶接棒全質量に対し0.03%未満であると、アーク電圧が低くなり被覆アーク溶接棒の溶融速度が遅くなり、さらにCOまたはCOガスの発生量が少なくなるので放熱作用も得られない。このため棒焼けが発生し、被覆剤の金属および合金が酸化して溶接金属中の脱酸元素の歩留まりが低下し、強度および靭性を劣化させる。一方、0.14%を超えると、ガス化しなかったCが溶接金属に歩留って強度が高くなり靭性が劣化する。なお、単体Cとは、グラファイトやコークスをいう。また、金属および合金中のCとは、それぞれ被覆剤に含有する全ての金属中のCおよびすべての合金中のCをいう。
【0018】
Siは、溶接金属の脱酸を目的とするが、溶接作業性確保の上からも必要である。鋼心線と被覆剤の一方または両方の合計で溶接棒全質量に対し(以下の各元素についても同様)、0.4未満では脱酸不足よって溶接金属中に気孔が発生しやすく、立向上進溶接においてスラグが垂れてビード形状が凸状となる。一方、1.8%を超えると溶接金属の靭性が低下する。
【0019】
Mnは、強度の確保と脱酸を目的としており優れた靭性を得ることからも重要である。0.5%未満であると強度が低くなり靭性も低下する。一方、1.5%を超えると、溶接金属の焼入れ性が増して靭性が低下する。
【0020】
Niは、耐力向上あるいは溶接金属の低温靭性を得るのに重要な元素で、0.1%未満であると高靭性が得られず、3.6%を超えると高温割れが生じやすくなる。
Tiは、強力な脱酸剤であり、また酸化物を形成し組織を微細化することから靭性向上に有効である。0.1%未満では優れた靭性が得られず、0.8%を超えると固溶Tiが多くなって靭性が劣化する。
【0021】
CrおよびMoは、溶接金属の強度の調整を目的に必要に応じて1種以上を含有させる。CrおよびMoの溶接金属の強度への寄与は0.1%以上で得られる。しかし、Crが1.0%を超えると焼入れ性が増しすぎ、また炭化物を生成するので靭性が劣化する。またMoが1.0%を超えると焼入れ性が増しすぎ靭性の劣化が著しくなる。
【0022】
また、MgおよびAlは強脱酸剤であり、溶接金属の酸素量の低減による靭性の向上を目的に必要に応じて1種以上含有させる。MgおよびAlの溶接金属の靭性への寄与は0.05%以上で得られる。しかし、Mgが0.6%を超えるとアークが不安定になりスパッタ発生量が多くなるとともにスラグの粘性が低下してスラグ剥離性が不良になる。またAlが0.2%を超えると脱酸生成物のAlが溶接金属中に残存して酸素量を増加させるので靭性が低下する。
【0023】
その他成分として、低水素系被覆アーク溶接棒で必要不可欠なTiO、SiO、Al、NaO、KOなどの金属酸化物、CaCO、MgCO、MnCO、BaCOなどの金蔵炭酸塩およびCaF、BaF、AlF、MgF、NaAlFなどの金属弗化物を含む。
【0024】
なお、鋼心線はJIS Z3523に規定されているが、特にこれにこだわることなく本発明で限定する範囲で合金を含んだものを用いることができる。ただし、鋼心線のCは耐棒焼け性に寄与することがなく、本発明においては被覆剤に単体C、金属中のCおよび合金中のCのうちの1種以上としてCを比較的多く含むので、溶接金属への歩留りを考慮して0.08%以下であることが好ましい。
以下、本発明の効果を実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0025】
表1に示す成分の鋼心線(径4.0mm)の外周に被覆率が28〜33%で被覆剤を塗装し、表2および表3に示す化学成分を有する低水素系被覆アーク溶接棒を各種試作した。
【0026】
【表1】

【0027】
【表2】

【0028】
【表3】

【0029】
表2、表3の各低水素系被覆アーク溶接棒を用い、表4に示す強度レベルの異なる4種の厚さ25mmの鋼板をX開先(表側:開先角度50°、深さ15mm、裏側:開先角度50°、深さ10mm,裏はつり深さ6R15mm)として立向上進によるアーク溶接を行った。溶接条件は、溶接電流135A、溶接入熱35kJ/cm、予熱・パス間温度100〜150℃である。
【0030】
【表4】

【0031】
溶接作業性および耐棒焼け性を調査すると共に、作製された溶接継手について、溶接金属部の裏側から7mm下を中心に引張試験片(A1号)と衝撃試験片(4号)を採取して試験に供した。耐棒焼け性の評価は溶接棒の残棒長さ70mmのところで溶接を中止して溶接棒の被覆筒の形成状態を観察して棒焼けの有無を調べた。
【0032】
また引張試験は、引張強さが使用した鋼板の強度レベル以上を良好とした。衝撃試験は、試験温度−40℃で強度レベル490〜780N/mm級鋼板を使用した場合は5本の吸収エネルギーの最低値が100J以上、980N/mm級鋼板を使用した場合は5本の吸収エネルギーの最低値が80J以上を良好とした。それらの調査結果を表5にまとめて示す。
【0033】
【表5】

【0034】
表2、表3および表5中、溶接棒No.1〜10が本発明例、溶接棒No.11〜22は比較例である。
本発明例である溶接棒No.1〜10は、被覆剤のC、被覆アーク溶接棒のSi、Mn、Ni、Tiおよび被覆剤の金属と合金の合計が適量であり、Cr、Mo、MgおよびAlを含む場合も適量であるので、溶接作業性が良好で耐棒焼け性に優れ、各強度レベルの鋼板に見合った引張強さが得られ、吸収エネルギーも高値で極めて満足な結果であった。
【0035】
比較例中溶接棒No.11は、被覆剤中のCが少ないので棒焼けが生じて引張強さおよび吸収エネルギーが低値であった。また、Mgが多いのでアークが不安定でスパッタ発生量が多く、スラグ剥離性も不良であった。
溶接棒No.12は、Mnが少ないので引張強さおよび吸収エネルギーが低値であった。
【0036】
溶接棒No.13はTiが少ないので、溶接棒No.14はTiが多いので、溶接棒No.16はSiが多いので、溶接棒No.17はNiが少ないので、溶接棒No.18はMnが多いので、いずれも吸収エネルギーが低値であった。
溶接棒No.15は、Siが少ないのでスラグが垂れてビード外観が凸状となった。また、Moが多いので吸収エネルギーが低値であった。
【0037】
溶接棒No.19は、Niが多いのでクレータ部に高温割れが生じた。また、Alが多いので吸収エネルギーが低値であった。
溶接No.20は、被覆剤の金属と合金の合計が多いので棒焼けが生じて引張強さおよび吸収エネルギーが低値であった。
【0038】
溶接棒No.21は、被覆剤中のCが多いので引張強さが高くなり吸収エネルギーが低値であった。
溶接棒No.22は、Siが少ないのでスラグが垂れてビード外観が凸状となった。また、Crが多いので吸収エネルギーが低値であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼心線外周に被覆剤を塗布してなる低水素系被覆アーク溶接棒において、単体C、金属中のCおよび合金中のCのうちの1種以上として、被覆剤にこれらの合計を被覆アーク溶接棒全質量に対する質量%で0.03〜0.14%含み、また被覆アーク溶接棒全質量に対する質量%で、鋼心線と被覆剤の一方または両方に合計で、Si:0.4〜1.8%、Mn:0.5〜1.5%、Ni:0.1〜3.6%、Ti:0.1〜0.8%を含有し、被覆剤の金属および合金の合計が10%以下で、その他は金属酸化物、金属炭酸塩、金属弗化物および不可避不純物であることを特徴とする低水素系被覆アーク溶接棒。
【請求項2】
鋼心線と被覆剤の一方または両方の合計で、Cr:1.0%以下、Mo:1.0%以下の1種以上を含有することを含有することを特徴とする請求項1に記載の低水素系被覆アーク溶接棒。
【請求項3】
鋼心線と被覆剤の一方または両方の合計で、Mg:0.6%以下、Al:0.2%以下の1種以上を含有することを含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の低水素系被覆アーク溶接棒。

【公開番号】特開2009−269055(P2009−269055A)
【公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−121881(P2008−121881)
【出願日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【出願人】(302040135)日鐵住金溶接工業株式会社 (172)
【Fターム(参考)】