説明

低炭快削鋼の切削工具及び切削方法

【課題】 低炭非鉛快削鋼の切削において切削面の品質を向上し、低炭非鉛快削鋼の切削面品質を、従来の低炭鉛快削鋼で実現できていたレベルを超えて良好な品質にすることのできる切削工具を提供する。
【解決手段】 主切れ刃と副切れ刃のいずれか一方又は両方の刃先丸みが半径50μm以下であり、被削材と接触する面の一部又は全部の表層が硬質被膜で被覆されてなり、該硬質被膜は、原子%でN:40〜60%、Ti:40〜60%を含むことを特徴とする切削工具である。硬質被膜はさらにAl又はZrの1種又は2種を原子%で40%以下の範囲で含む。低炭非鉛快削鋼の切削に用いたとき、鋼が刃先に凝着しにくいために構成刃先が生成しづらく、刃先丸みを半径で50μm以下とすることによって従来にない良好な表面粗さを実現できると同時に、刃先の欠けが発生しづらく、十分に良好な工具寿命を実現できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低炭快削鋼、特に低炭非鉛快削鋼の切削において切削表面粗さを良好にする切削工具及び切削方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
切削加工の合理化、高能率化および部品の仕上げ精度の向上はますます強く要求されており、切削工具の改良とあわせて性能の高い快削鋼の採用が進んでいる。低炭快削鋼は、炭素濃度が0.2%以下であり、低炭素で削られやすい鋼である。被削性、即ち切り屑を出して鋼を加工する切削容易性を通常の鋼よりも高めるため化学成分的な工夫を施した鋼である。切削工具寿命が高いだけでなく、切削面の表面粗さなどの切削面の品質や切り屑処理性で他の鋼より優れた性能を有する。
【0003】
現在、JISに規定されている低炭快削鋼は、硫黄および硫黄−鉛複合快削鋼である。具体的には、JIS G 4804に規定されるSUM22、SUM23、SUM24L、SUM25などが一般的である。
【0004】
硫黄快削鋼は、最も古い快削鋼であり、Sを0.08〜0.35%含有している。鉛快削鋼は、鋼中にPbを微細均一に分布させたもので、Pbは通常0.10〜0.35%の範囲で含有されている。硫黄快削鋼のMnSが圧延方向に伸びるのに対し、鉛快削鋼のPbはMnSが周囲に付着するか、微細な粒状で単独に分布するため、機械的性質の異方性は比較的少なく、熱処理特性も基本鋼とほとんど差がない。また、工具表面でのPb薄膜による潤滑効果と切り欠き効果により、切削力を減じ、切り屑破砕性が向上する。従来の低炭快削鋼としては、鉛を含有する低炭鉛快削鋼が主に用いられていた。
【0005】
低炭快削鋼を切削する際に用いる切削工具として、主として高速度鋼工具、あるいはWCをCoで焼結した超硬合金工具などが使用されていた。アルミナセラミックスや、TiCをNiで焼結したサーメットなども使用されることがある。
【0006】
高速度鋼は工具摩耗しやすく、摩耗部に構成刃先が生成しやすくなるため、表面粗さと寸法精度を維持するためには頻繁な工具交換/再研磨が必要であった。
【0007】
JIS B 4053−1996に表示されるK01〜K30(いわゆるK種)相当またはV10〜V30(V種)相当の超硬合金の焼結工具は、鉛快削鋼に対しては耐摩耗性に優れるため、良好な表面や寸法精度を得ることができ、加工面品質、工具寿命など切削性能と工具費用を含めたコストの面で優れ、鉛快削鋼(例えばSUM24L、SAE12L14相当)の切削に適している。
【0008】
特許文献1においては、WCとCoを主成分とする超硬合金に、さらに鋼中に介在するマンガン硫化物のSと化学的親和性の強いZrを含有させることにより、工具面上にマンガン硫化物皮膜を形成させ、このマンガン硫化物皮膜をして鋼と工具との凝着を抑制させることにより、構成刃先生成を抑制して優れた切削仕上げ面を形成する発明が記載されている。ただし、特許文献1に記載のものは、Zrを含有する焼結体工具であり、工具の欠損特性などの安定性に問題があり、工具形状の自由度が小さいために広い範囲での切削には不向きであった。
【0009】
超硬合金、高速度鋼、あるいは特殊鋼などからなる工具基体の表面に、単層又は多層の硬質被膜を施した被覆工具が知られている。一般に、被覆工具の硬質被膜としては、耐摩耗性及び靭性に優れることが要求されるため、周期律表4、5、6族金属の炭化物、窒化物、又は炭窒化物からなる膜が用いられており、また耐酸化性に優れる酸化アルミニウム膜も用いられている。これら硬質被膜は、CVD法あるいはPVD法により成膜される。切削加工時に刃先が比較的高い温度まで昇温する旋削工具等の被膜としては、CVD法で成膜されたTiC、TiN、TiCN、Al23膜などが実用化されている。
【0010】
上記のような被覆工具は、鉛快削鋼を切削する場合においては、鋼との凝着の程度が通常の超硬合金工具よりも悪いために切削面の表面粗さがかえって悪化する。また被覆工具は従来工具に比較して高価であるため、鉛快削鋼の切削工具としてはあまり普及していない。
【0011】
低炭快削鋼の切削においては、切削面の表面粗さが良好であることが要求される。一般に、切れ刃の刃先丸みを小さくして刃先を鋭利にすることにより、切削面の表面粗さを改善することができる。しかし、刃先丸みを半径で50μm以下まで小さくしても表面粗さの改善程度には限度がある。構成刃先が形成されるためと考えられる。一方で、超硬合金工具のように脆い材料では、刃先丸みを半径で50μm以下まで小さくすると、刃先が欠けやすくなり、工具使用回数が少ない段階で欠けが発生し、かえって切削面の表面粗さが悪化するために工具寿命が短くなるという弊害さえ存する。そのため、低炭鉛快削鋼の切削に超硬合金工具などを用いる場合において、従来は切れ刃の刃先丸みを半径で100μm程度とするか、あるいはチャンファーと呼ばれる先端に負のすくい角をつけるなど、故意に刃先を鈍くして欠損を避ける手法がとられている。そのような形状では十分に良好な粗さが得られなかった。また刃先先端を鋭くすると被覆工具の場合、表面の硬質被膜が剥離しやすくなるため、故意に刃先を丸くする場合も多い。たとえば市販の被覆工具では刃先丸みは100μm程度、チャンファ−の場合、刃先を局部的に−45゜程度のすくい角にするものも多い。これにより、切削面の表面粗さと工具寿命とのバランスを保っていた。従来、低炭鉛快削鋼を用いた場合の切削面の表面粗さは、品質要求に対して十分に良好なレベルには至っていなかった。
【0012】
近年、鉛の人体や生物への有害性が懸念され、近年ではシュレッダーダストとして処理された場合にも残存すると考えられ、リサイクルなど、製品のライフサイクルを考えた環境負荷を低減するという考えから、鋼中に含まれるわずかなPbについても規制が検討されている。そのため、鉛快削鋼に含まれるPbについても環境に対して懸念がもたれるにいたり、最近は低炭鉛快削鋼から鉛を含有しない低炭非鉛快削鋼に転換することが要請されている。
【0013】
このような鋼中鉛廃止の動きが高まる中で、被削材の非鉛化に対応した切削工具が求められている。
【0014】
【特許文献1】特開昭62−152614号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
超硬合金工具を鉛快削鋼の切削に用いると、そこそこ好適な表面粗さを実現できるものの、決して十分に良好であるとはいえなかった。また、超硬合金工具を低炭非鉛快削鋼の切削に用いると、表面粗さが劣化し、切削面の品質として十分に良好な表面粗さを得られないという問題が生じる。
【0016】
本発明は、低炭非鉛快削鋼の切削に用いることのできる切削工具であって、切削面の品質を向上することのできる切削工具を提供することを目的とする。さらに本発明は、低炭非鉛快削鋼の切削面品質を、従来の低炭鉛快削鋼で実現できていたレベルを超えて良好な品質にすることのできる切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
鉛快削鋼の切削に超硬合金工具が好適に用いられた理由は、鉛快削鋼に含まれるPbが工具表面でPb薄膜を形成して潤滑性を確保するためであった。これに対し、非鉛快削鋼の切削に超硬合金工具を用いた場合には、Pbによる潤滑効果が得られず、工具表面に鋼が凝着しやすくなり、これがために工具表面に構成刃先が形成され、切削面の表面粗さを悪化させる原因になっていた。
【0018】
工具の被削材と接する面がTiNを含んだTi−Al−Zr系窒化物を主体とする材料であった場合、被削材がPbを含有しない非鉛快削鋼であっても、工具表面への鋼の凝着を防止することができることが明らかになった。
【0019】
さらに、低炭非鉛快削鋼とTi−Al−Zr系窒化物系工具とを組み合わせた場合、その凝着しにくさの度合は、低炭鉛快削鋼と超硬合金工具との組み合わせの場合よりも良好であることが明らかになった。
【0020】
低炭非鉛快削鋼とTi−Al−Zr系窒化物系工具とを組み合わせた場合、鋼が刃先に凝着しにくいために構成刃先が生成しづらく、工具切れ刃の刃先丸みを小さくすればするほど表面粗さが改善され、刃先丸みを半径で50μm以下とすることによって従来にない良好な表面粗さを実現できることがわかった。さらに、鋼が刃先に凝着しにくいため、刃先丸みを半径で50μm以下としても、刃先の欠けが発生しづらく、十分に良好な工具寿命を実現できることがわかった。
【0021】
本発明は上記知見に基づいてなされたものであり、その要旨とするところは以下のとおりである。
(1)主切れ刃と副切れ刃のいずれか一方又は両方の刃先丸みが半径50μm以下であり、被削材と接触する面の一部又は全部の表層が硬質被膜で被覆されてなり、該硬質被膜は、原子%でN:40〜60%、Ti:40〜60%を含み、残部は実質的に不可避不純物からなることを特徴とする切削工具。
(2)主切れ刃と副切れ刃のいずれか一方又は両方の刃先丸みが半径50μm以下であり、被削材と接触する面の一部又は全部の表層が硬質被膜で被覆されてなり、該硬質被膜は、原子%でN:40〜60%、Ti:10%以上60%未満に加え、Al又はZrの1種又は2種の合計を原子%で50%以下の範囲で含み、残部は実質的に不可避不純物からなることを特徴とする切削工具。
(3)主切れ刃と副切れ刃のいずれか一方又は両方のすくい角が−10〜30°の範囲であり、逃げ角が2〜15°であることを特徴とする上記(1)又は(2)に記載の切削工具。
(4)硬質被膜の内部に配置された基材が、工具鋼、超硬合金、サーメット、セラミックスのいずれかであることを特徴とする上記(3)に記載の切削工具。
(5)主切れ刃と副切れ刃のいずれか一方又は両方の刃先丸みが半径50μm以下であり、少なくとも被削材と接触する面の一部又は全部の表層が、Tiを含む炭化物、炭窒化物、窒化物およびそれらの複合物の硬質相を50質量%以上と、Tiを含まないTa、Nb、W炭化物、炭窒化物、窒化物およびそれらの複合物の硬質相を30質量%以下と、Co又はNiの1種又は2種を合計で20質量%以下とを含み、残部は実質的に不可避不純物からなる焼結材で構成されてなることを特徴とする切削工具。
(6)主切れ刃と副切れ刃のいずれか一方又は両方のすくい角が−10〜30°の範囲であり、逃げ角が2〜15°であることを特徴とする上記(5)に記載の切削工具。
(7)低炭非鉛快削鋼の切削用であることを特徴とする上記(1)乃至(6)のいずれかに記載の切削工具。
(8)上記(1)乃至(6)のいずれかに記載の切削工具を用い、被削材として低炭快削鋼を用い、切削速度1〜400m/minで切削することを特徴とする低炭快削鋼の切削方法。
(9)上記(7)に記載の切削工具を用い、被削材として低炭非鉛快削鋼を用い、切削速度1〜400m/minで切削することを特徴とする低炭非鉛快削鋼の切削方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明の切削工具は、切れ刃の刃先丸みが半径50μm以下であり、被削材と接触する工具面の組成についてTiNを主成分とすることにより、低炭非鉛快削鋼の切削に用いたときに、切削面の表面粗さを向上することができ、同時に工具寿命を通常と同等に維持することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明の切削工具は、低炭非鉛快削鋼の切削に用いたときに特に優れた効果を発揮する。ここではまず低炭非鉛快削鋼について説明する。
【0024】
低炭非鉛快削鋼とは比較的低炭素で、被削性(切り屑を出して鋼を加工する“しやすさ”)を通常の鋼より高めるため化学成分的な工夫を施したもの低炭快削鋼の中で、Pbを含有しない鋼をさす。つまり低炭素で「削られやすい鋼」の中でPbを含まない鋼のことである。
【0025】
具体的にはJIS G 4804に規定されるSUM22,SUM23,SUM25を挙げることができる。また、JIS規定外であっても、C≦0.15%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.001〜0.2%、S:0.001〜0.7%、N:0.001〜0.025%に、Cr:0.1〜3.0%、Nb:0.01〜0.3%、Ti:0.01〜0.3%、B:0.0002〜0.02%、V:0.05〜0.5%、Mo:0.05〜0.5%、W:0.05〜0.5%、Co:0.05〜0.5%、Cu:0.01〜0.5%、Ni:0.01〜0.5%、Te:0.0002〜0.05%のうち1種または2種以上を含み、さらにMg:0.0002〜0.005%、Al:0.002〜0.04%、Ca:0.0001〜0.01%、Zr:0.0001〜0.01%、Si≦0.1%の1種または2種以上を含み、残部がFeと不可避的不純物からなり、Pb≦0.01%に制限した鋼であって、快削性に優れた鋼を用いることもできる。
【0026】
本発明の第1の特徴は、上記低炭非鉛快削鋼を切削するための切削工具として、被削材と接触する面の一部又は全部の表層が硬質被膜で被覆されてなり、該硬質被膜は、原子%でN:40〜60%、Ti:40〜60%を含み、残部は実質的に不可避不純物からなることを特徴とする切削工具を用いる点にある。前記硬質被膜はまた、原子%でN:40〜60%、Ti:10%以上60%未満、AlまたはZrの1種または2種の合計を50%以下の範囲で含み、残部は実質的に不可避不純物からなることが好ましい。この硬質被膜を、以下「TiN含有硬質被膜」と呼ぶこともある。
【0027】
鉛快削鋼を切削する場合においては、鉛快削鋼中のPbが工具表面でPb薄膜を形成し、切削工具としてWCをCoで焼結した超硬合金工具を用いた場合でも、良好な潤滑特性を示し、工具すくい面での鋼凝着が少なくそこそこの切削面表面粗さを実現していた。
【0028】
ところが、非鉛快削鋼の切削に上記超硬合金工具を用いると、被削材と接する工具表面にFeが凝着し、工具表面に構成刃先の成長が促進され、結果として切削面の表面粗さが非常に悪化するという結果を招くこととなる。
【0029】
これに対し、低炭非鉛快削鋼の切削に本発明のTiN含有硬質被膜を有する工具を用いると、被削材と接する工具表面にはFeがほとんど凝着せず、MnとSの凝着が見られる。快削鋼のマンガン硫化物系介在物が凝着したものと考えられる。凝着物がFeではないので、切り屑と工具との間の凝着力も小さくなり、構成刃先の生成が抑制される。この傾向は、被削材の低炭非鉛快削鋼が硫黄を含有しているときに顕著であるが、低炭非鉛快削鋼が硫黄を含有していない場合においても、被削材と接する工具表面へのFeの凝着が極めて僅かであるという特徴を有する。
【0030】
低炭非鉛快削鋼と本発明のTiN含有硬質被膜を有する切削工具との組み合わせは、その凝着のしにくさにおいて、鉛快削鋼と超硬合金工具との組み合わせよりも良好な結果を得ることができる。それに反し、低炭非鉛快削鋼と超硬合金工具との組み合わせは、凝着のしにくさの観点で最も成績が悪いという結果となった。
【0031】
低炭非鉛快削鋼と本発明のTiN含有硬質被膜を有する切削工具との組み合わせは、工具表面への凝着が非常に少ないという特徴を有することに起因して、もうひとつの本発明の特徴を導き出すこととなった。即ち、切れ刃の刃先丸みを減らして刃先を尖鋭化していったとき、従来の限界を超え、刃先丸みの半径が50μm以下の領域においても尖鋭化するに従って切削面の表面粗さが向上し続け、従来実現することのできなかった極めて良好な表面粗さを実現することが可能となった。さらに、凝着が非常に少ないことと相俟って、刃先丸みの半径を50μm以下としても刃先の欠けが発生せず、良好な工具寿命を維持することができる。
【0032】
従来の鉛快削鋼と超硬合金工具との組み合わせでは、刃先丸みの半径が50μm程度で表面粗さの改善が飽和し、それよりも尖鋭化しても表面粗さの改善はわずかであった。その一方で、刃先丸みの半径が50μm以下となると、刃先の欠けの発生が激しくなって工具寿命の劣化をきたすこととなっていた。鉛快削鋼とTiN含有硬質被膜を有する切削工具の組み合わせでも同様である。従って、本発明の良好な表面粗さを実現するためには、被削材の鉛含有量が少ないことが重要である。
【0033】
本発明の切削工具は、主切れ刃と副切れ刃のいずれか一方又は両方の刃先丸みが半径50μm以下であり、その結果として、低炭非鉛快削鋼を切削したときに極めて良好な切削表面粗さを実現することができる。刃先丸みの半径を30μm以下とするとより好ましい。刃先丸みの半径を20μm以下とするとさらに好ましい。
【0034】
これまで切削面の表面粗さを改善するには工具形状や切削条件を工夫することで改善されることが多かった。たとえば工具の刃先を鋭利にする(具体的には刃先丸みを小さくし、すくい角を大きくする)と仕上げ面粗さが改善される。しかし刃先が鋭利な工具は形状的に欠損を生じやすくなる。比較的軟質な低炭快削鋼でも凝着力が大きく、工具と被削材の接触面積が大きくなると、先端に欠損を生じやすくなるため、工具寿命と表面性状を両立させるために、一般には刃先を円弧形状に丸めたり、チャンファーやネガランドと呼ばれるすくい角を局部的に鈍角にすることが一般的で、表面粗さを低下させざるを得なかった。
【0035】
一方、本発明では被削材の鋼とそれに接する工具材質の組み合わせを設計することで切削時の工具−被削材(鋼)間に生じる凝着力や摩擦力を低下させることができる。その結果、切削抵抗は従来工具よりも低減できるので、本発明のような脆い工具材種でも刃先を鋭利に仕上げて切削可能であり、さらにそのことが切削表面粗さを向上させることを可能にしている。
【0036】
本発明に示された発明工具は特にPbを含まない低炭快削鋼の切削において凝着力や摩擦力を低下させる効果が大きいため、工具刃先丸みを小さくすることができ、その結果、工具寿命を維持しつつ表面粗さ向上効果も大きい。
【0037】
ここで、切削工具形状について説明する。図1(a)に旋盤のプランジ切削工具1で切削された被削材11の形状、(b)にプランジ切削における切れ刃と仕上げ面の関係、(c)にプランジ切削用工具1の形状および(d)に切断面23の工具断面を示す。問題となる表面粗さは図中主切れ刃2による仕上げ面21および副切れ刃3による仕上げ面22である。その断面において、一般に刃先部には刃先丸み7やチャンファーなどをつけることが一般的である。
【0038】
図2(a)に旋盤の長手旋削で切削された被削材11の形状、(b)に長手旋削における切れ刃と仕上げ面の関係、(c)に切削用工具1の形状および(d)に切断面23a、23bの工具断面を示す。問題となる表面粗さは、主切れ刃は図中主切れ刃2による仕上げ面21および副切れ刃3による仕上げ面22である。その断面において、プランジ切削用工具と同様、長手旋削工具においても一般に刃先部には刃先丸み7やチャンファーなどをつけることが一般的である。プランジ切削工具よりも旋削の場合、副切れ刃3が表面粗さへの影響が大きくなる特徴がある。
【0039】
本発明において切削面の表面粗さを改善するため、通常は主切れ刃2が重要である。一方、副切れ刃3についても仕上げ面性状が重要視される場合がある。図1または2に示したとおり、図1(a)のようにプランジ切削でも溝12の側壁が重要な場合には副切れ刃の形状に注意を払う必要がある。また図2(b)のように長手旋削では円筒面の切削面13が仕上げ面であり、直接接触する切れ刃は副切れ刃3である。従って、円筒面の精度が重要な場合には副切れ刃3の形状も重要である。このような理由から、製品で重要視される切削面と接触する切れ刃の形状が重要であり、主切れ刃によって創成された面が重要な場合、主切れ刃の刃先丸みを半径50μm以下に調整する必要があり、同様に副切れ刃による創成面が重要であれば、副切れ刃の刃先丸みを半径50μm以下に調整する必要がある。
【0040】
本発明のTiN含有硬質被膜の好ましい性状について説明する。
【0041】
具体的には工具表面の被膜の場合、原子%でN:40〜60%、Ti含有量は40〜60%を含み、残部は実質的に不可避不純物からなる組成である。さらにAlまたはZrの1種または2種を含む場合、これらの元素はTiと置き換わるため、Tiの含有量はそれらの含有量に応じて、減じても良い。すなわち原子%でN:40〜60%、Ti:10%以上60%未満を含み、さらにAlまたはZrの1種または2種の合計を50%以下含み、残部は実質的に不可避不純物からなる組成の硬質被膜である。Al又はZrを含有する場合、TiNまたはTiの一部がAlまたはZrに置換された、HV1000以上の硬質被膜を形成したものをさす。他に不可避的な不純物として酸素を5%以下含んでも硬質被膜の特性は何ら問題はない。
【0042】
AlとZrのいずれも含まない場合、Tiの含有量が40%未満では十分な硬度や密着性が得られない。60%超になるとTi過剰になりNとの比率が崩れ切削の過酷な環境に耐えるだけの硬質被膜は得られない。一方、AlまたはZrの1種または2種を含む場合、Tiが10%未満では十分な硬度や被膜の場合には密着性が得られない。またTiが60%以上ではTi過剰になり、Nとの比率が崩れ、切削の過酷な環境に耐えるだけの硬質被膜が得られない。そのため、本発明はTi含有量の範囲を10%以上60%未満とした。
【0043】
Nは40%未満であるとTi、Al、Zrの窒化物としての硬さが不足し、耐磨耗性や凝着特性が低下し、良好な表面粗さを得られない。60%超であると硬質膜としての硬さは飽和し、過剰なNは膜の靭性を劣化させ、基材との密着性を低下させる。そのため、本発明はN含有量の範囲を40〜60%とした。
【0044】
本発明の硬質被膜は上述のとおり、Tiの一部を置換してAl又はZrの1種又は2種の合計を原子%で50%以下の範囲で含むこととすると好ましい。これら硬質被膜中のAlおよびZrは含有されなくとも良好な表面粗さを得られることもあるが、耐磨耗性や基材との密着性を確保するとともに、被削材である低炭非鉛快削鋼との凝着を抑制する上でも含有させることが好ましく、その含有量はAlとZrの合計で10%以上であることが好ましい。
【0045】
Alが50%を超えると相対的に硬質被膜中のTi量が減少し、耐磨耗性や凝着特性が低下し、良好な表面粗さを得られないので、上限を50%とする。
【0046】
同様にZrが50%を超えると硬質被膜中のTi量が減少し、耐磨耗性や凝着特性が低下し、良好な表面粗さを得られないので、上限を50%とする。
【0047】
これらは被膜として硬質基材の上に生成することが一般的であり、CVD処理などでも成膜可能であるが、イオンプレーティングなどいわゆるPVD処理によって1μm以上の被膜を成膜することが好ましい。特に基材との密着性を増すために基材と被膜の界面にはTi、Zrなどの金属をわずかに成膜しておくことが好ましい。
【0048】
上記本発明の硬質被膜は、切削工具の表層であって被削材と接触する面の一部又は全部の表層に被覆する。被削材と接触する面のうち、すくい面に被覆することが重要である。すくい面全体である必要はなく、刃先から被削材および切り屑と接触する場所に被覆してあればよい。さらに切削工具の逃げ面に被覆することも有効であり、切削では被削材は弾性変形の影響などで、逃げ面でも接触しているため、逃げ面の凝着を抑制できるため、磨耗と切削抵抗を抑制する効果がある。被覆工具を再研摩した場合には逃げ面またはすくい面のいずれか一方にしか被膜が残らない場合もあるが、いずれかに被膜が残れば被削材との凝着を抑制でき、被覆の効果がみられる。特にすくい面に被膜が残留した方が、その効果は大きい。ただし、逃げ面への被覆は必須ではない。
【0049】
次に、刃先形状のうち、図1(d)、図2(d)に示すすくい角8と逃げ角9について説明する。
【0050】
前述のとおり、切削工具形状のうち、主切れ刃と副切れ刃の形状が重要な役割りを有している。製品で重要視される切削面と接触する切れ刃の形状が重要であり、主切れ刃によって創成された面が重要な場合、主切れ刃の形状が重要であり、同様に副切れ刃による創成面が重要であれば、副切れ刃の形状が重要になる。本発明においては、主切れ刃と副切れ刃のいずれか一方又は両方のすくい角が−10〜30°の範囲であり、逃げ角が2〜15°であることが好ましい。
【0051】
すくい角が30゜を超えると欠損を生じやすくなるため、これを上限とした。すくい角−10゜より小さくなると切削抵抗が増し、工具寿命が低下すると共に表面粗さが低下するため、これを下限とした。旋削やフライス切削を中心とした切削に適したすくい角は−10〜30゜であり、表面粗さと工具寿命をバランスよく確保できる。表面粗さをさらに改善するにはすくい角は大きいほうが良好で、すくい角3゜以上が好ましく、さらにはすくい角10゜以上が好ましい。
【0052】
工具形状において、チャンファーと呼ばれる平面を形成する場合があるが、本発明の切削工具においては、鋼と工具とが凝着しにくいため、このチャンファーを小さくすることができる。またチャンファ−は刃先のすくい角を鈍角にするため、チャンファーをつける場合でもすくい角αを本発明の規定−10〜30゜の範囲に調整する必要がある。
【0053】
逃げ角は2゜以下では被削材との接触面積が大きくなりすぎ、抵抗を増加させ工具磨耗を促進する。また15゜を超えると刃先が鋭利になり容易に工具磨耗を生じやすくなる。そこで逃げ角は2〜15゜とした。切れ刃形状があまり鋭利な場合、欠けを生じやすくなる場合もあるため、逃げ角は10゜以下であることが好ましい。5゜程度を用いることが好ましい。
【0054】
これらの工具形状の詳細は被削材の性質、工具素材の欠損性、被覆工具の場合には被膜剥離性、切削品の完成精度(表面粗さや寸法精度)、加工機械能力(剛性や主軸出力など)によって精密に調整されるべきである。
【0055】
本発明の切削工具であって、被削材と接触する面の一部又は全部の表層が硬質被膜で被覆されている切削工具においては、硬質皮膜の内側部分は基材によって構成される。基材については、たとえ表面が硬質被膜で覆われていても切削熱などの影響をうけ、高温強度を維持する必要があること、被膜が局部的に損耗や剥離を生じても安定した切削を工具交換までの時間続行するためには基材も一般的な工具用材料であることが好ましい。また表層被膜との密着性が良いほうが基材として好ましい。すなわち高速度鋼を含む工具鋼、超硬合金、サーメットおよびセラミックスのいずれかが良く、特に超硬合金、サーメット、高速度鋼は適している。
【0056】
ここでいう基材の工具鋼、超硬合金、サーメットおよびセラミックスとは、一般的に切削工具として使用する材質であり、工具鋼:JIS G 4401・4403等で規定される材質、超硬合金:JIS B 4104等で規定される材質である。サーメットは、炭化チタン(TiC)・窒化チタン(TiN)・炭窒化チタン(TiCN)を主成分とし、これらをCoやNi等の金属で焼結したものである。またセラミックスは、基本成分が金属酸化物・炭化物等で、高温での熱処理によって焼結したものを示す。
【0057】
以上、本発明の切削工具として、被削材と接触する面にTiN含有硬質被膜を形成してなる切削工具について説明を行った。本発明においては、表面に硬質被膜を有する切削工具のみならず、表面に硬質被膜を有しない焼結セラミックスそのものを工具として用いることもできる。
【0058】
焼結セラミックスそのものを本発明の切削工具とする場合、少なくとも被削材と接触する面の一部又は全部の表層が、Tiを含む炭化物、炭窒化物、窒化物およびそれらの複合物の硬質相を50質量%以上と、Tiを含まないTa、Nb、W炭化物、炭窒化物、窒化物およびそれらの複合物の硬質相を30質量%以下と、Co又はNiの1種又は2種を合計で20質量%以下とを含み、残部は実質的に不可避不純物からなる焼結材で構成を用いる。
【0059】
Tiを含む炭化物、炭窒化物、窒化物およびそれらの複合硬質相が質量%で50%未満であると、工具としての硬さが不足し、耐磨耗性が低下するとともに、被削材との凝着が抑制できないために良好な表面粗さが得られなかったり、刃先先端の欠損を誘発する。ここでいう硬質相とはJIS B 4053−1996 P8 参考表1〜4に示す硬質相を指す。以下同様である。
【0060】
Tiを含まないTa、Nb、W炭化物、炭窒化物、窒化物およびそれらの複合物の硬質相を含有することにより、硬度と靭性のバランスを調整できる。その含有量は0%でも良いが、5%以上であると好ましい。ただし30%を超えるとTiを含む硬質相の含有率を抑制せざるを得なくなり、凝着特性が低下し、良好な表面粗さが得られなくなる。また耐磨耗性も低下し、工具としての硬度と靭性のバランスを取り難くなる。
【0061】
バインダーとしてCoまたはNiの1種または2種を含有させる。含有量は2%以上であると好ましい。ただし20%を超えるとTi、Ta,Nbの炭化物、炭窒化物、窒化物およびそれらの複合硬質相が相対的に減少するため、硬度が不足したり、耐磨耗性や凝着特性が低下する。
【0062】
本発明の焼結工具の工具形状としては、主切れ刃と副切れ刃のいずれか一方又は両方の刃先丸みが半径50μm以下である点を含め、上記本発明の被覆工具が具備すべき形状条件と同様である。従って、主切れ刃と副切れ刃のいずれか一方又は両方のすくい角が−10〜30°の範囲であり、逃げ角が2〜15°であることとすると好ましい。その理由についても被覆工具について述べた理由と同様である。
【0063】
本発明の切削工具は、低炭非鉛快削鋼の切削用として用いるときに特に優れた効果を発揮する。低炭非鉛快削鋼の切削に本発明の切削工具を用いた場合、鋼と工具との間の凝着が特に起きにくく、切れ刃の刃先丸みを半径50μm以下とすることと相まって、極めて優れた切削面表面粗さを実現することができるからである。
【0064】
即ち、低炭快削鋼の中で、Pbを含有しない低炭非鉛快削鋼に対して、特に表面粗さ改善効果が大きく、工具寿命と表面粗さを両立させ、工業的に良質の切削が可能になる。この低炭非鉛快削鋼は他の鋼種に比べ、切削工具寿命と表面粗さに優れ、切り屑も処理しやすいように短く分断しやすくなっている。
【0065】
特にこのPb含有量の制限が重要である。鋼にPbが添加されると被削性が向上することは良く知られているが、その原因はPbの潤滑効果といわれている。従来のK種相当の超硬合金工具材種ではPbを添加しないと工具との凝着力が大きくなり、良好な加工面を得られない。
【0066】
逆に低炭非鉛快削鋼に適した凝着特性を有する本発明の切削工具でPbを含有した低炭快削鋼を切削すると、低炭非鉛快削鋼を切削した場合と比べて、良好な切削面を得ることは困難になり、たとえ工具を通常より鋭利にして良好な切削面を得ることができても、凝着力が大きいため、工具形状に変更による表面粗さ改善効果が小さかったり、工具寿命が得られなかったりする。そのため、良好な切削面を得るためには被削材のPbを制限することが好ましく、非常に重要である。
【0067】
次に、本発明の切削工具を用いた低炭快削鋼の切削方法について説明する。
【0068】
本発明の低炭快削鋼の切削方法においては、上記本発明の切削工具を用い、被削材として低炭快削鋼を用い、切削速度1〜400m/minで切削すると好ましい。一般に切削速度が大きくなれば構成刃先が生じ難くなるため、表面粗さが改善されるとされているが、切削速度が速くなると工具寿命も低下するので、工具寿命と切削面の粗さや精度をバランスさせた条件で切削することが良い。具体的には高速度鋼を基材とした被覆工具では10〜100m/minが好ましく、超硬合金やサーメットを基材とした被覆工具および焼結体工具の場合は10〜300m/minであり、可能であれば30m/min以上が好ましく、工具寿命優先の場合には250m/min以下にすることが好ましい。
【0069】
その他の切削条件は切削方法や形状によって、規定が複雑ではあるが、プランジ切削(突切切削)では切削幅5mm以下の場合では半径方向への工具送り量0.005〜0.1mm/rev程度、切削幅がさらに広い場合には半径方向への工具送り量を0.001〜0.01mm/rev程度に抑制することが好ましい。
【0070】
さらに長手旋削では切込量0.005〜1.0mm、長手方向への送り量は0.005〜0.7mm/rev程度であり、切込量が大きければ送り量を小さくすべきであり、逆に送り量が大きければ切込量を小さく抑制すべきである。
【0071】
幾何的に下記式から計算される工具/被削材の接触面積で示されるSの値が0.001〜1程度であれば良く、0.01〜0.5程度が好ましく、切削能率と良好な仕上げ面を確保できる。
プランジ切削の場合
S=[刃幅w(mm)]×[被削材1回転あたりの送り量f(mm/rev)]
長手旋削の場合
S=[切込み量d(mm)]×[被削材1回転あたりの送り量f(mm/rev)]
【0072】
上記本発明の低炭快削鋼の切削方法は、もちろん低炭非鉛快削鋼の切削に適用したときに最大の効果を発揮することができる。
【実施例】
【0073】
本発明の切削工具を用いて低炭快削鋼を切削した結果を以下に示す。
【0074】
本発明のTiN含有硬質膜を有する切削工具(以下「被覆工具」ともいう。)として、表1に示すものを用いた。表1に示す基材に同じく表1に示す表層材料を厚さ2μmとなるように被覆し、切削工具とした。本発明の焼結切削工具については、以下の各実施例においてその成分を示す。比較材としてのK種超硬合金工具には、被覆のないJIS B 4053−1996 P8 参考表1 K10種相当(WC:94.5%、Co:5.5%)の工具を用いた。
【0075】
被削材の低炭非鉛快削鋼として、表2に示す鋼を用いた。ここで、表中の非鉛快削鋼−1とはJIS G 4808に示す硫黄快削鋼SUM23相当鋼のS量を0.4%まで増量するとともにB,Nをそれぞれ0.009%、0.01%添加した鋼でである。またSUM23とはJIS G 4808に示す硫黄快削鋼SUM23相当鋼である。表2に記載の成分以外の鋼については、各実施例においてその成分を示す。
【0076】
低炭快削鋼の工具寿命は構造用鋼の工具の場合と異なり、たとえ工具が切削に耐えうる状態であっても十分な表面粗さを得られない場合には工具寿命と判定され、交換されることが一般的である。そのため本実施例において、被削鋼が低炭非鉛快削鋼−1の場合には表面粗さRyが7μmを超えたとき、被削鋼がSUM23の場合には表面粗さRyが20μmを超えたときの工具による切削数をもって、工具寿命を示すものとする。
【0077】
具体的には、切削開始から20個目、50個目の粗さを測定し、その後、100個目、150個目と50個加工ごとの粗さを測定した。その粗さが被削鋼毎に上記基準を超えた場合に、工具寿命に達したと判定した。その際、600個まで加工し、その粗さが劣化していなければ工具寿命に達していないとして、加工数>600とした。
【0078】
【表1】

【0079】
【表2】

【0080】
(実施例1)
プランジ切削において、本発明の被覆工具を用いた場合に、切り刃の刃先丸みの大きさをはじめとする切削工具の形状が、切削面の表面粗さに及ぼす影響について比較を行った。切削条件、使用工具、被削材については表3に示すとおりである。表3において、本発明範囲から外れる数値にはアンダーラインを付している。表4以下についても同様である。
【0081】
使用工具は表1に示す被覆工具のうち、基材をK種超硬合金としたものである。基本となる工具形状は突切切削用工具であり、切削幅5mm、主切れ刃すくい角15゜、逃げ角6゜である。被削材は表2に示すものを用いている。
【0082】
図3に切削方法の概要を示す。被削材は鉛の添加されていない快削鋼で被削材直径φ50mmの丸棒を旋盤に取り付けてプランジ切削(溝入れ切削)した。1回の溝入れ切削(0.3sec切削)を20回繰り返し、その溝底部の切削面を触針式粗さ計で評価した。その他切削条件は切削速度80m/min、送り0.05mm/rev、油性切削油剤を使用した湿式切削である。
【0083】
表3から明らかなように、刃先丸み半径が50μm以下の実施例については、いずれも良好な粗さRyを実現している。それに対し、刃先半径が50μmを超える、あるいはすくい角が−10°未満となるなど工具刃先の形状が規定範囲から外れると各被削材とも極端に表面粗さが低下する。
【0084】
被削材2品種それぞれでの成績を比較すると、SUM23における粗さRyは非鉛快削鋼−1の粗さRyの値に比較してやや大きな値となっている。一方、それぞれの品種で刃先丸み半径が50μm超の比較例と50μm以下の本発明例を対比すると、いずれの品種でも、刃先丸み半径を50μm以下とすることによって粗さが改善されており、低炭非鉛快削鋼のいずれの品種でも刃先丸み半径を50μm以下とすることによる本発明効果が発揮されている。
【0085】
刃先丸み半径5μm以下を含み、すべての条件において工具寿命600回以上を達成し、良好な工具寿命を実現した。
【0086】
【表3】

【0087】
(実施例2)
長手切削において、本発明の被覆工具を用いた場合に、切り刃の刃先丸みの大きさをはじめとする切削工具の形状が、切削面の表面粗さに及ぼす影響について比較を行った。切削条件、使用工具、被削材については表4に示すとおりである。それ以外の条件については、上記実施例1と同様としている。
【0088】
図4に切削方法の概要を示す。被削材は直径10mmの伸線材であり、先端から10mmを外周切削し、それを1本として、20本切削後の工具観察および表面粗さを評価した。
【0089】
工具形状は外周切削用工具である。工具形状は主切れ刃すくい角5゜、逃げ角5゜、副切れ刃すくい角5゜、逃げ角5゜、図5の詳細に示すように前切れ刃角を先端の2mmだけ被削材回転軸と平行にした、いわゆる前切れ刃角を0゜にした工具である。切削条件は切削速度:60m/min、切込み量1mm、送り量0.05mm/rev湿式(水溶性切削油)である。
【0090】
表4から明らかなように、刃先丸み半径が50μm以下の実施例については、いずれも良好な粗さRyを実現している。それに対し、刃先半径やすくい角が規定外の範囲では良好な表面を得られない。
【0091】
刃先丸み半径5μm以下を含み、すべての条件において工具寿命600回以上を達成し、良好な工具寿命を実現した。
【0092】
【表4】

【0093】
(実施例3)
プランジ切削において、本発明の焼結工具を用いた場合に、切り刃の刃先丸みの大きさをはじめとする切削工具の形状が、切削面の表面粗さに及ぼす影響について比較を行った。切削条件、使用工具、被削材については表5に示すとおりである。
【0094】
表3に焼結工具の形状の影響を評価した結果を示す。規定の材質に調整した焼結工具の形状を変化させ、図3に示すプランジ切削試験を行い、溝面の表面粗さを評価した。切削条件等は切削速度80m/min、送り0.05mm/rev、油性切削油剤を使用した湿式切削である。
【0095】
表5に示すように焼結工具の場合でも被覆工具と同様に形状が不備であれば良好な表面粗さを得られない。
【0096】
刃先丸み半径5μm以下を含み、すべての条件において工具寿命600回以上を達成し、良好な工具寿命を実現した。
【0097】
【表5】

【0098】
(実施例4)
長手切削において、本発明の焼結工具を用いた場合に、切り刃の刃先丸みの大きさをはじめとする切削工具の形状が、切削面の表面粗さに及ぼす影響について比較を行った。切削条件、使用工具、被削材については表6に示すとおりである。
【0099】
表6に焼結工具の形状の影響を評価した結果を示す。規定の材質に調整した焼結工具の形状を変化させ、図4に示す長手切削試験を行った。
【0100】
工具形状は主切れ刃すくい角5゜、逃げ角5゜、副切れ刃すくい角5゜、逃げ角5゜、図5の詳細に示すように前切れ刃4を設け、前切れ刃角を先端の2mmだけ被削材回転軸と平行にした、いわゆる前切れ刃角を0゜にした工具である。切削条件は切削速度:60m/min、切込み量1mm、送り量0.05mm/rev湿式(水溶性切削油)である。
【0101】
表6に示すように刃先半径やすくい角が規定外の範囲では良好な表面を得られない。
【0102】
刃先丸み半径5μm以下を含み、すべての条件において工具寿命600回以上を達成し、良好な工具寿命を実現した。
【0103】
【表6】

【0104】
(実施例5)
被削材として鉛快削鋼を含む種々の成分の材料を用い、切削工具として従来の超硬合金工具および本発明の被覆工具を用い、切削面の表面粗さについて比較を行った。被削材、切削工具については表7に示すとおりである。表7のNo.54〜59がプランジ切削、No.60〜65が長手旋削であり、それぞれ図3および図4に示すものと同様である。
【0105】
すなわち長手旋削については、工具形状は主切れ刃の刃先丸み半径5μm以下、すくい角5゜、逃げ角5゜、副切れ刃の刃先丸み半径5μm以下、すくい角5゜、逃げ角5゜、図5の詳細に示すように前切れ刃角を先端の2mmだけ被削材回転軸と平行にした、いわゆる前切れ刃角を0゜にした工具である。切削条件は切削速度:60m/min、切込み量1mm、送り量0.05mm/rev湿式(水溶性切削油)である。
【0106】
またプランジ切削については、工具形状は主切れ刃の刃先丸み半径5μm以下、すくい角15゜、逃げ角6゜である。切削条件は切削速度80m/min、送り0.05mm/rev、油性切削油剤を使用した湿式切削である。
【0107】
表7のNo.54〜57、60〜63は低炭非鉛快削鋼であり、No.58、59、64、65は低炭鉛快削鋼である。さらに具体的にいうと、 No.54、60はSUM23相当鋼であり、No.55〜57、61〜63は鉛を含まず、SUM23にS,Cr,B等を加えたいわゆる低炭非鉛快削鋼である。またNo.58,59,64,65はいずれも鉛を含むSUM24L相当鋼である。
【0108】
表7中従来工具の「WC(K種)」とは工具刃先丸みを50μm以下に仕上げたTi系硬質粒子を含まないK種超硬合金工具であり、本発明工具中TiAlN−1、TiZrN−1、TiN−1は表1に示す工具を使用した。
【0109】
表7において、Ryは切削面表面粗さを示す。またΔRyは、本発明工具のRyと従来工具のRyとの差を示す。
【0110】
本発明工具と従来工具を本発明で対象とするPbを添加しない非鉛快削鋼とPbを添加した鉛快削鋼で比較すると、非鉛快削鋼では従来工具から本発明工具に工具材種を変化させると、表面粗さは大きく改善されるが、Pbを含む鉛快削鋼の場合、表面粗さはほとんど変化しない。すなわち対象とする被削材の成分を規定すべきことが分かる。
【0111】
また、低炭非鉛快削鋼の品種別にRyの挙動を観察すると、品種毎にRyのレベルに差がある一方、低炭非鉛快削鋼のいずれの品種においても、従来工具のRyに対して本発明工具のRyは小さな値であり、ΔRyが大きな値となっている。即ち、低炭非鉛快削鋼を被削材とした場合において、本発明工具の優位性が明らかである。
【0112】
本実施例において、工具寿命は切削開始から20個目、50個目の粗さを測定し、その後、100個目、150個目と50個加工ごとの粗さを測定した。実施例54、57、60、63についてはRyが20μmを超えると工具寿命と判定した。またその他の表7記載の実施例ではRyが7μmを超えると工具寿命と判定した。その結果、比較例で従来工具を用いた場合にはいずれも加工数300個以内に工具寿命に至り、早いものでは最初の20個目でも良好な表面粗さを得られなかった。また発明工具で従来の鉛快削鋼を削った場合でも表面粗さの改善はそれほど見られず、600個を超える工具寿命を得たものは見られなかった。一方、発明例で発明工具を使用した場合にはいずれも加工数600個を超えても寿命に至らず、良好な表面粗さを維持できた。
【0113】
【表7】

【0114】
(実施例6)
低炭非鉛快削鋼を切削するプランジ切削において、被覆工具、焼結工具の各成分条件が及ぼす影響について評価した。被削材として表2に示す2種類の成分材料を用いた。
【0115】
表8のNo.66〜77は被覆工具、No.78は被覆を有しないK種超硬合金工具(比較例)である。被覆層成分を変化させ、被削材毎に切削面粗さを評価した。No.76、77は被覆層の成分が本発明範囲を外れる比較例である。表9は焼結工具であり、No.79、80は本発明例、No.81、82はTi炭化物の成分が本発明範囲を外れる比較例である。表8、9に表面粗さに及ぼす工具材種の影響を示す。工具形状はプランジ切削(突切切削用)工具であり、切削幅5mm、主切れ刃の刃先丸み半径5μm以下、すくい角15゜、逃げ角6゜である。その他切削条件は切削速度80m/min、送り0.05mm/rev、油性切削油剤を使用した湿式切削である。
【0116】
いずれの場合も工具表層の材料成分の規定が本発明の範囲外であれば良好な表面粗さを得られない。また被覆工具の場合、範囲外では良好な表面粗さを得られない場合だけでなく、被膜が剥離し、十分な工具寿命を得られない場合もある。比較例83のように高速度鋼工具では非鉛快削鋼−1では良好な表面でもSUM23では良好な性能が得られない場合もある。
【0117】
このような凝着特性は工具と切り屑の接触面積を測定することで評価できる。またこの接触域は被削材と工具の両者の成分、材質によって異なる。さらにプランジ切削での各種鋼材とさまざまな工具材種の接触域を図6に示す。従来の一般的な組み合わせK種超硬合金工具とPb添加材の組み合わせではK種超硬合金工具は適した工具であるものの、本発明の規定工具では逆に接触幅18が広がる場合も認められた。一方、非鉛快削鋼ではK種超硬合金以外の本発明規定工具ではK種超硬合金に比べ、小さな接触幅になっていることが分かる。これらの接触幅は最終的には表面粗さに反映され、実施例の表3〜9に示すとおりである。
【0118】
工具寿命についてみると、本発明例No.66〜75、79、80はいずれも寿命が600回を超え、良好な結果であった。比較例No.76、77は使用初期に被膜の剥離が発生したために表面粗さが劣化した。また、比較例No.78、81〜83はいずれも寿命が600回に満たなかった。
【0119】
【表8】

【0120】
【表9】

【0121】
(実施例7)
表10に表面粗さに及ぼす切削方法の影響を示す。低炭非鉛快削鋼を被削材とし、表10に示す本発明の被覆工具、焼結工具を用い、切削条件は表に示すとおりで、湿式長手旋削を行った。主切れ刃の刃先丸み半径5μm以下、すくい角15゜、逃げ角6゜である。切削条件として、切削速度が大きく影響するため、各工具材種に対して切削速度を大きく変化させて評価した。被削材は表2に示す非鉛快削鋼−1およびSUM23であり、工具形状は長手旋削に用いた図5と同様の形状である。なお、No.82の工具は材質にサーメットを用いた焼結工具である。サーメットはJIS B 4053−1996 P8の下段の参考表2に示したTi,Ta,Nbを主成分とした炭化物、炭窒化物、窒化物またはこれらの複合体の硬質粒子をNi,Coを主体としたバインダーでつないで焼結した材料である。したがって表層はTiを含む本発明の焼結工具を構成している。
【0122】
被削材は高速度で切削するためにφ80mmで熱間鍛造または圧延した後、920℃×1hr→放冷のいわゆる低炭素鋼の焼準を行った。
【0123】
その結果、表10に示すとおり、本発明のNo.78〜84は良好な表面粗さを実現できた。比較例No.85〜87は切削速度が400m/minを超えており、ほとんど切削できなかった。
【0124】
【表10】

【0125】
(実施例8)
被削材に低炭鉛快削鋼を用い、切削工具としてK種超硬合金工具(実施例5で用いたと同様のもの)を用い、刃先丸みを半径50μm超とした従来の切削方法を用いて切削を行った。刃先丸み半径以外の切削条件については、上記実施例5と同様とした。
【0126】
切削方法別に、被削材の成分、刃先丸み半径、切削面粗さ実績Ryを表11に示す。表11から明らかなように、切削面粗さは上記本発明の実施例と対比して良くない結果となっている。一方、工具寿命については、刃先丸み半径を大きくした結果として、寿命600回を超える結果となった。
【0127】
【表11】

【図面の簡単な説明】
【0128】
【図1】プランジ切削における仕上げ面と工具形状の関係を示す図であり、(a)はプランジ切削状況を示す斜視図、(b)はプランジ切削における切れ刃と仕上げ面の関係を示す図、(c)はプランジ切削用工具詳細を示す斜視図、(d)は切れ刃断面形状を示す図である。
【図2】長手旋削における仕上げ面と工具形状の関係を示す図であり、(a)は長手旋削状況を示す斜視図、(b)は長手旋削における切れ刃と仕上げ面の関係を示す図、(c)は長手旋削用工具詳細を示す斜視図、(d)は切れ刃断面形状を示す図である。
【図3】プランジ切削と評価面を示す図であり、(a)はプランジ切削状況を示す斜視図、(b)は評価面である。
【図4】長手旋削と評価面を示す図であり、(a)は長手旋削状況を示す斜視図、(b)は評価面である。
【図5】長手旋削工具を示す図であり、(a)は概略図、(b)は詳細図である。
【図6】切削におけるすくい面の接触幅観察例を示す図であり、(a)は工具刃先近傍の切り屑生成部の概要を示す断面図、(b)は切削における工具すくい面の接触幅を測定するための顕微鏡写真を示す図である。
【符号の説明】
【0129】
1 切削工具
2 主切れ刃
3 副切れ刃
4 前切れ刃
5 すくい面
6 横逃げ面
7 刃先丸み
8 すくい角
9 逃げ
10 ノーズ半径
11 被削材
12 溝
13 切削面
14 送り方向
15 被削材送り方向
16 切り屑
17 構成刃先
18 すくい面の接触幅
21 主切れ刃による仕上げ面
22 副切れ刃による仕上げ面
23 切断面
24 評価面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
主切れ刃と副切れ刃のいずれか一方又は両方の刃先丸みが半径50μm以下であり、被削材と接触する面の一部又は全部の表層が硬質被膜で被覆されてなり、該硬質被膜は、原子%でN:40〜60%、Ti:40〜60%を含み、残部は実質的に不可避不純物からなることを特徴とする切削工具。
【請求項2】
主切れ刃と副切れ刃のいずれか一方又は両方の刃先丸みが半径50μm以下であり、被削材と接触する面の一部又は全部の表層が硬質被膜で被覆されてなり、該硬質被膜は、原子%でN:40〜60%、Ti:10%以上60%未満に加え、Al又はZrの1種又は2種の合計を原子%で50%以下の範囲で含み、残部は実質的に不可避不純物からなることを特徴とする切削工具。
【請求項3】
主切れ刃と副切れ刃のいずれか一方又は両方のすくい角が−10〜30°の範囲であり、逃げ角が2〜15°であることを特徴とする請求項1又は2に記載の切削工具。
【請求項4】
前記硬質被膜の内部に配置された基材が、工具鋼、超硬合金、サーメット、セラミックスのいずれかであることを特徴とする請求項3に記載の切削工具。
【請求項5】
主切れ刃と副切れ刃のいずれか一方又は両方の刃先丸みが半径50μm以下であり、少なくとも被削材と接触する面の一部又は全部の表層が、Tiを含む炭化物、炭窒化物、窒化物およびそれらの複合物の硬質相を50質量%以上と、Tiを含まないTa、Nb、W炭化物、炭窒化物、窒化物およびそれらの複合物の硬質相を30質量%以下と、Co又はNiの1種又は2種を合計で20質量%以下とを含み、残部は実質的に不可避不純物からなる焼結材で構成されてなることを特徴とする切削工具。
【請求項6】
主切れ刃と副切れ刃のいずれか一方又は両方のすくい角が−10〜30°の範囲であり、逃げ角が2〜15°であることを特徴とする請求項5に記載の切削工具。
【請求項7】
低炭非鉛快削鋼の切削用であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の切削工具。
【請求項8】
請求項1乃至6のいずれかに記載の切削工具を用い、被削材として低炭快削鋼を用い、切削速度1〜400m/minで切削することを特徴とする低炭快削鋼の切削方法。
【請求項9】
請求項7に記載の切削工具を用い、被削材として低炭非鉛快削鋼を用い、切削速度1〜400m/minで切削することを特徴とする低炭非鉛快削鋼の切削方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−255848(P2006−255848A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−78960(P2005−78960)
【出願日】平成17年3月18日(2005.3.18)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】