説明

低級オレフィンの製造方法

【課題】動植物油脂由来の含酸素有機化合物を含有する原料油を用いて低級オレフィンを効率的に製造する方法を提供すること。
【解決手段】本発明の低級オレフィンの製造方法は、動植物油脂由来の含酸素有機化合物を含有する原料油を水素化脱酸素し、酸素分含有量が1質量%以下である炭化水素油を得る第1の工程と、第1の工程で得られる炭化水素油を、水蒸気の存在下、700〜1000℃の温度において熱分解させ、低級オレフィンを得る第2の工程と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、本発明は低級オレフィンの製造方法に関する。なお、本発明において、「低級オレフィン」とは炭素数2〜4のオレフィンを意味し、「低級オレフィン」にはエチレン、プロピレン、ブテン及びブタジエンが包含される。
【背景技術】
【0002】
石油化学の最も基礎的な原料である低級オレフィンの代表的な製造方法としては、ナフサ(30〜230℃程度の沸点範囲をもつ原油由来の炭化水素混合物)を水蒸気の存在下に熱分解(スチーム・クラッキング)する方法が知られている。
【0003】
一方、化学原料及び液体燃料を石油以外の資源に求める、あるいは燃焼時の環境負荷物質発生の原因となる硫黄分等を含まない炭化水素を得るとの観点から、水素と一酸化炭素とを原料として炭化水素を合成するフィッシャー・トロプシュ(以下、場合により「FT」と略す。)反応が近年盛んに研究されている。このFT反応により製造される炭化水素をスチーム・クラッキングに供することにより、ナフサを用いた場合に比較して好ましくないメタン等の生成が抑制され、また芳香族炭化水素類の生成も少なく、高い収率で低級オレフィンが得られることが開示されている(例えば、下記特許文献1参照)。
【0004】
しかし、FT反応においては、その前段階で天然ガス等の炭素源からFT反応の原料となる一酸化炭素および水素からなる所謂「合成ガス」を製造する工程を必要とする。また、スチーム・クラッキングによる低級オレフィン製造の原料として適した炭素数及び炭素数分布の炭化水素が必ずしも選択的に得られないこと、生成する炭化水素中に含酸素化合物が不純物として含有されること等の問題がある。それ故、FT反応により製造される炭化水素を低級オレフィン製造の原料として用いるためには、FT反応に続きその生成炭化水素を水素化精製あるいは水素化分解して、含酸素化合物の除去、及び/又は炭化水素の低分子量化、さらには蒸留による低級オレフィン製造の原料として適した留分の分画を行う必要がある。これらの工程には設備上及び運転上のコストを要し、さらに低級オレフィン製造原料に適さない留分の副生を伴う。
【0005】
他方、動植物油脂由来の含酸素有機化合物を含む原料油を水素化処理することにより脱酸素して、炭化水素からなるディーゼルエンジン用の燃料添加剤あるいは燃料基材を製造する方法が開示されている(例えば、下記特許文献2〜4を参照)。
【特許文献1】米国特許第5,371,308号公報
【特許文献2】米国特許第4,992,605号公報
【特許文献3】米国特許第5,705,722号公報
【特許文献4】国際公開特許WO2007/003708号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、動植物油脂由来の含酸素有機化合物を含有する原料油を用いて低級オレフィンを効率的に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は、動植物油脂由来の含酸素有機化合物を含有する原料油を水素化脱酸素し、酸素分含有量が1質量%以下である炭化水素油を得る第1の工程と、第1の工程で得られる炭化水素油を、水蒸気の存在下、700〜1000℃の温度において熱分解させ、低級オレフィンを得る第2の工程と、を備える低級オレフィンの製造方法を提供する。
【0008】
本発明でいう「水素化脱酸素」とは、含酸素有機化合物を構成する酸素原子を除去し、開裂した部分に水素を付加する処理を意味する。例えば脂肪酸トリグリセライドや脂肪酸は、それぞれエステル基、カルボキシル基等の含酸素基を有しているが、水素化脱酸素によって、これらの含酸素基に含まれる酸素原子が取り除かれ、含酸素有機化合物は炭化水素に転換される。脂肪酸トリグリセライド等が有する含酸素基の水素化脱酸素には、主として二つの反応経路がある。第1の反応経路は、脂肪酸トリグリセライド等の炭素数を維持しながらアルデヒド、アルコールを経由して還元される水素化経路である。この場合、酸素原子は水に転換される。第2の反応経路は、脂肪酸トリグリセライド等の含酸素基がそのまま二酸化炭素として脱離する脱炭酸経路であり、酸素原子は二酸化炭素として取り除かれる。本発明における水素化脱酸素では、これらの反応は並列に進行し、動植物由来の油脂類を含む被処理油(原料油)の水素化処理では、炭化水素と水、二酸化炭素が生成する。
【0009】
また、本発明でいう「酸素分」とは、UOP−649に記載の方法に準拠して測定される酸素分をいう。また、「酸素分含有量」とは、測定試料(ここでは炭化水素油)の全質量を基準とした酸素分の含有量を意味する。
【0010】
本発明の低級オレフィンの製造方法によれば、動植物油脂由来の含酸素有機化合物を含有する原料油を用いて低級オレフィンを製造するに際し、上記第1及び第2の工程を経ることで、低級オレフィンを効率的に製造することが可能となる。中でもエチレンおよびプロピレン、特にエチレンを、石油由来の原料を用いる従来の方法に比較して高い収率で製造できる点で、本発明は非常に有用である。
【0011】
なお、石油由来の原料を用いて低級オレフィンを製造する従来の方法においては、原料から含酸素不純物をできるだけ除去することが望ましいと考えられていた。これに対して、本発明では、動植物油脂由来の含酸素有機化合物を含有する原料油を敢えて使用したものであり、従来の方法に対して画期的なものである。そして、上記第1及び第2の工程を経ることによって、従来の方法に比較して高い収率で低級オレフィンを製造できるという本発明の効果は、上述した当該分野の技術水準からみて極めて予想外の効果といえる。
【0012】
また、本発明では、動植物油脂由来の含酸素有機化合物を含有する原料油を用いているため、得られる低級オレフィン及び副生する芳香族炭化水素類等の炭化水素類、さらにはこれらを原料として製造されるプラスチックス、ゴム、化成品等の石油化学製品は、これを焼却しても大気中の二酸化炭素の増加につながらない、所謂「カーボンニュートラル」の性格をもつ。したがって、上記製造方法により得られる低級オレフィン等の炭化水素類を石油化学製品の原料に用いることにより、既存の石油化学設備を使用し、従来と同様の製品群を提供しながら、その一方で、地球温暖化抑制への寄与が可能となるという、新しい化学の体系を構築することが可能となる。
【0013】
本発明の低級オレフィンの製造方法においては、上記炭化水素油に占めるパラフィンの割合が98質量%以上であり、該パラフィンの分岐度が20%以下であり、前記炭化水素油に占める炭素数15〜18のパラフィンの割合が90質量%以上であることが好ましい。
【0014】
本発明でいう「パラフィンの分岐度」とは、ゲートデカップリング法による13C−NMR分析によって測定される、全メチル炭素のシグナル面積に占める分岐したメチル炭素のシグナル面積の割合(%)をいう。
【0015】
また、上記第1の工程においては、水素の存在下、原料油と、ケイ素、ジルコニウム、ホウ素、チタン及びマグネシウムからなる群より選択される1種以上の元素、及びアルミニウムを含んで構成される多孔性無機酸化物、並びに該多孔性無機酸化物に担持された1種以上の周期表第6A族金属元素と1種以上の第8族金属元素を含有してなる触媒と、を、水素圧力1〜13MPa、液時空間速度0.1〜5.0h−1、水素油比100〜1500NL/L、反応温度150〜390℃の条件下で接触させることによって、原料油を水素化脱酸素することが好ましい。なおここでいう周期表とは、丸善株式会社刊、日本化学会編、「化学便覧基礎編」改定3版に掲載される元素の周期表指す。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、動植物油脂由来の含酸素有機化合物を含有する原料油を用いて低級オレフィンを効率的に製造する方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0018】
本発明の低級オレフィンの製造方法は、動植物油脂由来の含酸素有機化合物を含有する原料油を水素化脱酸素し、酸素分含有量が1質量%以下である炭化水素油を得る第1の工程と、第1の工程で得られる炭化水素油を、水蒸気の存在下、700〜1000℃の温度において熱分解させ、低級オレフィンを得る第2の工程と、を備える。
【0019】
本発明の低級オレフィンの製造方法に使用する原料油は、動植物油脂由来の含酸素有機化合物を含有する。動植物油脂由来の含酸素有機化合物とは、脂肪酸トリグリセリド、脂肪酸等の動植物油脂から直接得られる成分、及び脂肪酸アルキルエステル等の、動植物油脂から直接得られる成分を化学的に変換することにより得られる成分、およびこれらの混合物を意味する。ただし、動植物由来の油脂成分から脂肪酸や脂肪酸エステルを製造すると、エネルギーの消費、ひいては二酸化炭素の発生につながることになる。したがって、二酸化炭素の排出量を低減する観点からは、本来的にトリグリセリド構造を有する化合物を主成分として含有する動植物油脂を用いることが好ましい。
【0020】
本発明の製造方法に係る動植物油脂由来の含酸素有機化合物全体に占める脂肪酸トリグリセリドの割合は、70質量%以上であることが好ましく、80質量%以上であることがより好ましく、90質量%以上であることが特に好ましい。動植物油脂の種類は限定されないが、例としては獣脂、大豆油、菜種湯、ヤシ油、米ヌカ油、ヒマワリ油、紅花油、パーム核油、パーム油等が挙げられる。取り扱い性及びカーボンニュートラルの観点から植物油脂が好ましく、中でもトリグリセリドを構成する脂肪酸組成、栽培・供給の状況等からパーム油が好ましい。
【0021】
本発明の低級オレフィンの製造方法に使用する原料油は、動植物油脂由来の含酸素有機化合物を含有していればその他の成分を含有していてもよい。その他の成分としては、石油由来の炭化水素、FT反応により得られる炭化水素、あるいは含酸素有機化合物である溶媒、化学品等が挙げられる。
【0022】
本発明の低級オレフィンの製造方法に係る第1の工程においては、上記原料油を水素化脱酸素することにより炭化水素油が得られる。なお、ここでいう「炭化水素油」とは、常温付近において液状の炭化水素混合物をいい、第1の工程における水素化脱酸素により副生するプロパン、メタン等のガス状炭化水素、二酸化炭素、一酸化炭素及び水等を除いたものをいう。なお、炭化水素油は、水素化脱酸素後の反応混合物又は液状の炭化水素混合物を蒸留等により所定の留分に分画したものであってもよい。
【0023】
第1の工程における水素化脱水素は、石油精製分野で水素化精製に使用される触媒を用いて好適に実施することができるが、触媒としては、ケイ素、ジルコニウム、ホウ素、チタン及びマグネシウムからなる群より選択される1種以上の元素、及びアルミニウムを含んで構成される多孔性無機酸化物、並びに該多孔性無機酸化物に担持された1種以上の周期表第6A族金属元素と1種以上の第8族金属元素を含有してなる触媒が特に好ましい。
【0024】
多孔性無機酸化物の構成元素であるアルミニウムの含有量は、多孔性無機酸化物全量を基準として、アルミナ酸化物換算で、好ましくは1〜97質量%、より好ましくは10〜97質量%、更に好ましくは20〜95質量%である。アルミニウムの含有量がアルミナ換算で1質量%未満であると、担体酸性質などの物性が好適でなく、十分な脱酸素活性が発揮されない傾向にある。他方、アルミニウムの含有量がアルミナ換算で97質量%を超えると、触媒表面積が不十分となり、活性が低下する傾向にある。
【0025】
また触媒を構成する多孔性無機酸化物は、構成元素としてさらにリンを含有することが原料油の水素化脱酸素に対する触媒活性の観点から好ましい。リンの含有量は、多孔性無機酸化物全量を基準として、好ましくは0.1〜10質量%、より好ましくは0.5〜7質量%、更に好ましくは2〜6質量%である。リンの含有量が0.1質量%未満の場合には十分な触媒活性の向上効果が発揮されない傾向にあり、また、10質量%を超えると過度の分解反応が進行して目的とする生成油の収率が低下する恐れがある。
【0026】
アルミニウム以外の担体構成元素である、ケイ素、ジルコニウム、ホウ素、チタン及びマグネシウムからなる群より選択される1種以上の元素、および必要に応じてリン元素を担体に導入する方法は特に制限されず、これらの元素を含有する化合物の溶液などを原料として用いればよい。例えば、ケイ素については、ケイ酸、水ガラス、シリカゾルなど、ホウ素についてはホウ酸など、リンについては、リン酸やリン酸のアルカリ金属塩など、チタンについては硫化チタン、四塩化チタンや各種アルコキサイド塩など、ジルコニウムについては硫酸ジルコニウムや各種アルコキサイド塩などを用いることができる。
【0027】
担体としての上記多孔性無機酸化物には、周期表第6A族の1種以上の元素、及び第8族の1種以上の元素から選ばれる計2種以上の活性金属が担持されることが、原料油の水素化脱酸素に対する触媒活性及びその持続性の観点から好ましい。これらの活性金属の中でも、周期律表第VIA族の元素としてモリブデン及びタングステンから選ばれる1種以上、第VIII族の元素としてコバルト及びニッケルから選ばれる1種以上の金属を組み合わせて用いることが好ましい。好適な組み合せとしては、例えば、コバルト−モリブデン、ニッケル−モリブデン、ニッケル−コバルト−モリブデン、ニッケル−タングステンが挙げられる。これらのうち、ニッケル−モリブデン、ニッケル−コバルト−モリブデン及びニッケル−タングステンの組み合せがより好ましい。
【0028】
これらの活性金属を担体に担持する方法は特に限定されず、通常の水素化、脱硫触媒を製造する際に適用される公知の方法を用いることができる。通常、活性金属の化合物を含む溶液を担体に含浸する方法が好ましく採用される。
【0029】
上記活性金属種を上記多孔性無機酸化物担体上に担持した後、空気中にて焼成して触媒を得ることが好ましい。このようにして得られた触媒は、水素化脱酸素に際して、予め水素等の還元剤にて加熱下に還元処理し、さらにジメチルジスルフィド等の硫黄化合物により処理を行うことにより、活性金属を硫化物の状態に転換して使用することが好ましい。
【0030】
第1の工程においては、使用する触媒の水素化脱酸素活性を維持するために、本工程に流入する硫黄分量が全流体中の1質量ppm以上となるように調整しながら、本工程入口において原料油を含む流体に硫黄化合物を添加することが好ましい。硫黄分濃度は、原料油を含む流体質量に対して1〜100質量ppmの範囲であることが好ましく、3〜60質量ppmの範囲であることがより好ましい。硫黄分濃度が前記下限未満の場合には、本工程で使用する触媒の活性が経時的に低下し、十分な水素化脱酸素性能が期待できないおそれがある。一方、硫黄分濃度が前記上限を超えると、生成油に硫黄分が混入して生成油の硫黄分濃度が上昇する。上記硫黄化合物としては、例えばポリサルファイド類、ジアルキルジスルフィド類、チオフェン類、メルカプタン類が挙げられる。さらに、原油を蒸留して得られる留分を混合してもよく、該留分を精製処理して得られる精製留分を用いて所定の硫黄濃度に調整してもよい。また、硫化水素ガスを注入してもよい。このうち、分解反応が生じる温度や触媒上の活性金属の硫化効率を考慮すると、ポリサルファイド類、ジアルキルジスルフィド類が好ましく、ジアルキルスルフィド類の中では、ジメチルジスルフィド、ジブチルジスルフィドが好ましい。
【0031】
第1の工程において水素化脱酸素を行うに際し、反応帯域を形成する触媒床は固定床、移動床、流動床、懸濁床等のいずれの形態であってもよいが、設備コスト及び運転コストの面から固定床が好ましく使用される。
【0032】
また、該反応帯域は単一の触媒床から構成されていてもよいし、また複数の触媒床から構成されていてもよい。また、反応帯域が複数の触媒床から構成される場合、それらの触媒床は単一の反応器内に間隔をおいて設置されてもよいし、あるいは複数の直列または並列に配置された反応器内に設置されていてもよい。
【0033】
原料油と共に導入される水素ガスは、原料油を所定の反応温度まで昇温するための加熱炉の上流もしくは下流において原料油に随伴させて反応器の入口から導入することが一般的であるが、これとは別に、反応器内の温度を制御するとともに、反応器内全体にわたって水素圧力を維持する目的で触媒床の間や複数の反応器の間から水素ガスを導入してもよい(クエンチ水素)。または、生成油、未反応油、反応中間油などのいずれかまたは複数組み合わせて、一部を反応器入口や触媒床の間、反応器の間などから導入してもよい。これにより反応温度を制御し、反応温度上昇による過度の分解反応や反応暴走を回避することができる。
【0034】
使用される水素は、反応用水素、クエンチ水素のいずれも実質的に硫化水素を含有してもよい。しかしながら、硫化水素濃度が上昇すると、水素化脱酸素反応性を低下を招くおそれがあるため、反応器に導入される水素の硫化水素濃度は1容量%以下、好ましくは0.1容量%であることが好ましい。
【0035】
第1の工程における反応条件としては、好ましくは、水素圧力1〜13MPa、液時空間速度(LHSV)0.1〜5.0h−1、水素油比(水素/油比)100〜1500NL/Lであり;より好ましくは、水素圧力2〜10MPa、液空間速度0.2〜3.0h−1、水素油比150〜1200NL/Lであり;更に好ましくは、水素圧力2〜8MPa、空間速度0.5〜2.5h−1、水素油比250〜1000NL/Lである。これらの条件はいずれも反応活性を左右する因子であり、例えば水素圧力及び水素油比が上記の下限値に満たない場合には、反応性が低下したり活性が急速に低下したりする傾向がある。他方、水素圧力及び水素油比が上記の上限値を超える場合には、圧縮機等の過大な設備投資が必要となる傾向がある。また、液時空間速度は低いほど反応に有利な傾向にあるが、上記の下限値未満の場合は、極めて大きな内容積の反応器が必要となり過大な設備投資が必要となる傾向があり、他方、液時空間速度が上記の上限値を超える場合は、反応が十分に進行しなくなる傾向がある。反応温度は150〜390℃の範囲であることが好ましく、180〜370℃の範囲であることがより好ましく、220〜360℃の範囲であることが特に好ましい。反応温度が前記下限温度より低い場合には、十分な水素化脱酸素反応が進行せず、他方上限温度を超える場合には、過度の分解や原料油の重合、その他の副反応が進行するおそれがある。
【0036】
本発明の第1の工程において得られる生成物は、原料油として脂肪酸トリグリセリドを用いた場合、脂肪酸トリグリセリドを構成する脂肪酸の構造を反映した炭化水素混合物である炭化水素油を主生成物とし、水、プロパン、メタン、二酸化炭素、一酸化炭素等が副生する。これらの副生成物及び未反応の水素並びに触媒の硫化状態を保つために硫黄化合物を原料油と共に供給する場合に発生する硫化水素は、気−液分離工程及び油−水分離工程により炭化水素油から除去することができる。炭化水素油は主として軽油に相当する沸点範囲の留分であるが、この他、ナフサ留分、灯油留分も含まれることがある。これらの留分はそのまま後段の第2の工程に供してもよいが、必要に応じて蒸留によりこれらの留分を分画することもできる。
【0037】
本発明の低級オレフィンの製造方法に係る第2の工程においては、上記の炭化水素油を、水蒸気の存在下、700〜1000℃の温度において熱分解(スチーム・クラッキング)させることにより、低級オレフィンが得られる。
【0038】
第2の工程におけるスチーム・クラッキングの反応生成物には、通常、低級オレフィンの他、副生する芳香族炭化水素類等の炭化水素類が含まれる。これらの反応生成物中に含まれる含酸素不純物の濃度を低減する観点から、第1の工程で得られる炭化水素油の酸素分含有量は1質量%以下であることが必要であり、0.8質量%以下であることが好ましく、0.6質量%以下であることがより好ましく、0.4質量%以下であることが更に好ましく、0.2質量%以下であることが特に好ましい。
【0039】
また、第2の工程に供される炭化水素油は実質的にパラフィンから構成されることが好ましく、より具体的には、炭化水素油に占めるパラフィンの割合が98質量%以上であることが好ましい。
【0040】
また、第2の工程において得られる低級オレフィンの収率を高める観点から、炭化水素油に含まれるパラフィンの分岐度は、20%以下であることが好ましく、10%以下であることがより好ましく、1%以下であること(すなわち実質的にノルマルパラフィンからなること)がより好ましい。
【0041】
また、第2の工程において得られる低級オレフィンの収率を高める観点から、炭化水素油に占める炭素数15〜18のパラフィンの割合が、全炭化水素油の質量基準で90質量%以上であることが好ましい。なお、炭化水素油を構成するパラフィンの炭素数の割合は、ガスクロマトグラフィー法によって求められる。
【0042】
第2の工程におけるスチーム・クラッキングは、ナフサを原料としてスチーム・クラッキングにより低級オレフィンを製造する設備を用いて好適に実施することができる。当該設備は、第1の工程における反応器と必要により分離、精製設備等を介して配管等により接続されていてもよく、また、独立に設けられていてもよい。当該設備を用いる場合、第1の工程により得られる炭化水素油と水蒸気とを、加熱炉内に設置された配管に通じることにより、高温、短時間にて分解反応を行うことができる。分解反応生成物は、副反応(好ましくない分解反応など)を防ぐために急冷され、さらに分離、精製工程により各製品へと分画される。
【0043】
第2の工程におけるスチーム・クラッキングの条件は、ナフサを原料とする低級オレフィンの製造の場合と同様とすることができる。具体的には、炭化水素油と水蒸気との比率は、炭化水素油100質量部に対して水蒸気20〜100質量部であることが好ましく、30〜70質量部であることが更に好ましく、40〜60質量部であることが特に好ましい。水蒸気量が20質量部未満の場合には、加熱炉内に設置された分解反応を行うための配管への炭素質物質の沈着が多くなる傾向にある。他方、水蒸気量が100質量部を超える場合には、水蒸気に与える熱量が増大し、装置にかかるエネルギー負荷が過大なものとなる。
【0044】
また、スチーム・クラッキングの反応温度は、上述の通り700〜1000℃であり、好ましくは750〜950℃である。反応温度が700℃未満の場合は炭化水素油の熱分解が十分に進行せず、目的とする低級オレフィンの収率が低下する。他方、反応温度が1000℃を超える場合には、炭化水素油の熱分解が過剰となり、メタン等の好ましくない副生成物の発生が増加して目的とする低級オレフィンの収率が低下する傾向となる。
【0045】
また、スチーム・クラッキングの反応時間は、好ましくは0.01〜1秒、より好ましくは0.04〜0.5秒である。反応時間が0.01秒未満の場合は炭化水素油の熱分解が十分に進行せず、目的とする低級オレフィンの収率が低下する傾向となる。他方、反応時間が1秒を超える場合には、炭化水素油の熱分解が過剰となり、メタン等の好ましくない副生成物の発生が増加して目的とする低級オレフィンの収率が低下する傾向となる。
【0046】
また、スチーム・クラッキングの反応圧力は、好ましくは0.1〜15バール(絶対圧力)、より好ましくは1〜5バール(絶対圧力)である。
【0047】
また、スチーム・クラッキングの反応域を出た反応生成物を、好ましくは200〜700℃、より好ましくは250〜650℃まで急冷することによって、過剰な分解の進行を抑制することができる。
【0048】
このようにして得られる低級オレフィンを含む反応生成物について、ナフサを原料としてスチーム・クラッキングにより低級オレフィンを製造する従来法と同様にして、精製、分画等の処理を行うことができる。これにより、エチレン、プロピレン、ブテン、ブタジエン等の低級オレフィン、芳香族炭化水素類、その他の炭化水素類がそれぞれ得られる。また、エタン、プロパン等の飽和炭化水素は、回収して再びスチーム・クラッキングに供することができる。なお、低級オレフィンのうちブテン及びブタジエンは、通常、ブタンとの混合物として得られる。そのため、別工程にてブタジエンを溶媒抽出により単離し、抽出残であるブテン及びブタンの混合物については別工程で重合、精留等により利用、分画することが好ましい。
【0049】
本発明の低級オレフィンの製造方法によれば、動植物油脂由来の含酸素有機化合物を含有する原料油を用いて低級オレフィンを製造するに際し、上記第1及び第2の工程を経ることで、低級オレフィンを効率的に製造することが可能となる。中でもエチレンおよびプロピレン、特にエチレンを、石油由来の原料を用いる従来の方法に比較して高い収率で製造できる点で、本発明は非常に有用である。
【0050】
また、本発明では、動植物油脂由来の含酸素有機化合物(例えば植物由来の油脂成分)を含有する原料油を用いているため、得られる低級オレフィン及び副生する芳香族炭化水素類等の炭化水素類、さらにはこれらを原料として製造されるプラスチックス、ゴム、化成品等の石油化学製品は、所謂「カーボンニュートラル」の性格をもつ。したがって、上記製造方法により得られる低級オレフィン等の炭化水素類を石油化学製品の原料に用いることにより、既存の石油化学設備を使用し、従来と同様の製品群を提供しながら、その一方で、地球温暖化抑制への寄与が可能となるという、新しい化学の体系を構築することが可能となる。
【0051】
すなわち、植物由来の油脂成分等は植物の成長過程で大気中の二酸化炭素が光合成により固定化されて生成したものであるから、これを原料にして得られる低級オレフィン等の炭化水素類からなる製品は、焼却しても大気中の二酸化炭素の増加につながらない、「カーボンニュートラル」の性格をもつ。
【0052】
また、低級オレフィン及び芳香族炭化水素類等は、従来の石油化学産業において基礎的な原料として使用されており、これらからプラスチックス、ゴム、化成品等の多種多様の石油化学製品が生産されている。ここで、上記の「カーボンニュートラル」の性格をもつ原料からこれらの石油化学製品を生産した場合には、当該石油化学製品も「カーボンニュートラル」の性格を有することになる。
【0053】
なお、従来の化学工業分野において「カーボンニュートラル」の性格を有する製品としては、例えば植物由来の糖類を炭素源として、発酵法による生産されるエタノール等の低分子量化合物、植物由来の炭素源を用い、脂肪族ポリエステル等のプラスチックス類を体内で生産、蓄積する微生物を利用して生産される当該プラスチックス類、あるいは同じく植物由来の炭素源より発酵法により乳酸を製造し、これを原料としたモノマーを重合することにより得られるポリ乳酸などの例が挙げられる。しかし、これら植物由来の原料を使用し、従来の化学工業により製造される低分子量化合物及びプラスチックス、ゴム類等の高分子化合物はその種類が限られている。また、従来の石油化学により生産されるプラスチックス、ゴム類、例えばポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリエステル類、SBR等を代替できるのは、物性、成形性、価格といった面から、ごく限られた用途に過ぎないのが実情である。
【0054】
これに対し、本発明の方法により製造される低級オレフィン及び副生成物である芳香族炭化水素類等の炭化水素類は、物質としては従来の石油由来原料から得られるものと何ら変わるものではないことから、これらを原料に用いて、従来の石油化学工業の設備をそのまま利用して、従来の石油化学工業製品と全く同一の製品を生産することが可能である。この考え方は、従来ナフサのスチーム・クラッキングにより生産されている低級オレフィン、芳香族炭化水素類及びその他の炭化水素類からなる、所謂ナフサ・クラッカーにおいて製造される製品、及びこれらを原料として生産される従来の石油化学工業製品の体系全てに適用されるものである。また、植物油脂由来以外の原料から製造される低級オレフィン、芳香族炭化水素類等が一部混合して用いられる場合には、その比率に応じた割合だけ「カーボンニュートラル」であると考えることができる。
【産業上の利用の可能性】
【0055】
本発明の方法によれば、石油由来の原料を用いる従来の方法に比較して、高い収率で低級オレフィンを得ることが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動植物油脂由来の含酸素有機化合物を含有する原料油を水素化脱酸素し、酸素分含有量が1質量%以下である炭化水素油を得る第1の工程と、
前記炭化水素油を、水蒸気の存在下、700〜1000℃の温度において熱分解させ、低級オレフィンを得る第2の工程と、
を備える低級オレフィンの製造方法。
【請求項2】
前記炭化水素油に占めるパラフィンの割合が98質量%以上であり、該パラフィンの分岐度が20%以下であり、前記炭化水素油に占める炭素数15〜18のパラフィンの割合が90質量%以上であることを特徴とする請求項1に記載の低級オレフィンの製造方法。
【請求項3】
前記第1の工程において、水素の存在下、前記原料油と、ケイ素、ジルコニウム、ホウ素、チタン及びマグネシウムからなる群より選択される1種以上の元素、及びアルミニウムを含んで構成される多孔性無機酸化物、並びに該多孔性無機酸化物に担持された1種以上の周期表第6A族金属元素と1種以上の第8族金属元素を含有してなる触媒と、を、水素圧力1〜13MPa、液時空間速度0.1〜5.0h−1、水素油比100〜1500NL/L、反応温度150〜390℃の条件下で接触させることによって、前記原料油を水素化脱酸素することを特徴とする、請求項1又は2に記載の低級オレフィンの製造方法。

【公開番号】特開2009−40913(P2009−40913A)
【公開日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−208182(P2007−208182)
【出願日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【出願人】(000004444)新日本石油株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】