説明

低速電子線用蛍光体および蛍光表示装置

【課題】カドミウムを含まない蛍光体の高輝度化および長寿命化を両立させるとともに、優れた高温放置特性を有する低速電子線用蛍光体およびこの蛍光体を用いた蛍光表示装置を提供する。
【解決手段】化学式(1)で表される蛍光体本体表面に付着層が形成され、その付着層が蛍光体本体の表面に順に積層された複数の酸化物層である。


ここで、MはAl、Ga、In、Mg、Zn、Li、Na、K、Gd、Y、およびLaから選ばれた少なくとも1つの元素であり、0≦x≦1である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は低速電子線用蛍光体およびこの蛍光体を用いた蛍光表示装置に関する。
【背景技術】
【0002】
低速電子線で励起される赤色蛍光体として、硫化カドミウム系蛍光体が従来より使用されていた。しかし、環境問題から有害元素であるカドミウムの使用が規制されることになり、カドミウムを含まない赤色蛍光体が必要とされている。カドミウムを含まない蛍光体として、SrTiO3:PrやCaTiO3:Prなどが従来知られているが、これらの蛍光体は、輝度劣化が激しく蛍光体寿命が短いとともに、初期輝度が低いという問題がある。
【0003】
このため、(1)CaTiO3:Pr,M蛍光体の初期輝度を向上させる方法として、蛍光体の母体に賦活剤として第2添加物を固溶させる方法(特許文献1、特許文献2、特許文献3)、(2)アルカリ土類金属と酸化物とからなる母体を備えた蛍光体の輝度劣化を防止する方法として、蛍光体の表面に金属酸化物層を形成する方法(特許文献4)、(3)蛍光体の初期輝度の大きな低下を伴なうことなく、寿命特性を改善する方法として、蛍光体粒子の表面に、熱処理により酸化物に変化する錫化合物を付着させる方法(特許文献5)、(4)CaTiO3:Pr,Zn,Li蛍光体において、第3の添加物としてGd、La、Yのいずれかをさらに蛍光体母体に添加することで、他の希土類元素の発光を妨げることなく、輝度を高める方法(特許文献6)等が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−281507号公報
【特許文献2】特開2005−281508号公報
【特許文献3】特開平8−85788号公報
【特許文献4】特開平8−283709号公報
【特許文献5】特開2006−335898号公報
【特許文献6】特開2009−242735号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記(1)の方法で初期輝度を向上させる場合であっても、従来のZnCdS系蛍光体と比較すると、CaTiO3:Prの初期輝度は同等かまたはそれ以下であり、実用化に向けてさらなる輝度向上が必要となっている。
SrTiO3:Prの初期輝度に関しては実用化レベルであるが、輝度劣化が激しく輝度寿命が短い問題がある。そのため、上記(2)の方法が提案されているが、従来のZnCdS系蛍光体と比較すると輝度寿命は向上しないという問題がある。さらに寿命を延ばすために蛍光体の表面に形成される金属酸化物層を厚くすると輝度が低下する問題がある。
上記(3)の方法の場合も輝度寿命改善のためには、錫化合物の付着量が多く必要であり、多く付着させると、輝度が低下する問題がある。
また、上記(4)の方法は、初期輝度は向上するが寿命が満足でない場合がある。
【0006】
上記(1)ないし(4)のいずれの場合においても、蛍光体の初期輝度と輝度寿命との両方を実用化レベルで満足させることが困難であった。
さらに、SrTiO3:PrやCaTiO3:Prは、上記金属酸化物層を形成することで、例えば80℃以上の高温に放置されたときの特性である、高温放置特性が低下するという問題がある。特に金属酸化物層を多くすると、高温放置特性が低下する。
【0007】
本発明は、このような問題に対処するためになされたもので、カドミウムを含まない蛍光体の高輝度化および長寿命化を両立させるとともに、優れた高温放置特性を有する低速電子線用蛍光体およびこの蛍光体を用いた蛍光表示装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の低速電子線用蛍光体は、下記化学式(1)で表される蛍光体本体表面に付着層が形成され、その付着層が上記蛍光体本体の表面に順に積層された複数の酸化物層であることを特徴とする。
【化1】

ここで、MはAl、Ga、In、Mg、Zn、Li、Na、K、Gd、Y、およびLaから選ばれた少なくとも1つの元素であり、0≦x≦1である。
【0009】
本発明の低速電子線用蛍光体は、上記蛍光体本体の表面に順に積層される複数の酸化物層の中で、1つの酸化物層がGd、Pr、Y、Zn、Ta、およびSrから選ばれた少なくとも1つの元素の酸化物(MO1)の層であることを特徴とする。
また、その酸化物(MO1)の付着量が蛍光体本体に対して200〜2000ppmであることを特徴とする。
【0010】
本発明の低速電子線用蛍光体は、上記蛍光体本体の表面に順に積層される複数の酸化物層の中で、1つの酸化物層がSi、Al、Mo、Sb、およびCeから選ばれた少なくとも1つの元素の酸化物(MO2)の層であることを特徴とする。
また、複数の酸化物層の中で、1つの酸化物層がTi、WおよびZrから選ばれた少なくとも1つの元素の酸化物(MO3)の層であることを特徴とする。特に、この酸化物(MO3)の層が付着層の最外層であることを特徴とする。
また、酸化物(MO2)および酸化物(MO3)とが併用されることを特徴とし、その酸化物(MO2)および酸化物(MO3)の合計付着量が蛍光体本体に対して50〜3000ppmであることを特徴とする。
なお、本明細書において「低速電子線」は、特に断らない限り、蛍光表示装置に好適な10〜200V程度の電圧で加速されるものをいう。
【0011】
本発明の蛍光表示装置は、真空容器内に形成された、上記本発明の低速電子線用蛍光体の層に低速電子線を射突させて発光させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の低速電子線用蛍光体は、チタン酸塩を母体とする化学式(1)で表される蛍光体本体の表面に複数の酸化物層を順に積層することにより、初期輝度を低下させることなく、寿命を大幅に改善することができ、さらに高温放置特性も改善できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】初期輝度と酸化ガドリニウムの付着量との関係を示す図である。
【図2】蛍光表示装置の断面図である。
【図3】実施例2、および実施例23の輝度寿命を示す図である。
【図4】実施例26の輝度寿命を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
チタン酸塩を母体とする蛍光体は、蛍光表示装置内の残留ガス中の炭素およびゲッターやカソードから発生するバリウム等の影響により輝度が劣化する。輝度劣化を防止するには、これら悪影響を及ぼす炭素やバリウム等の元素と蛍光体とが蛍光表示装置内で接触することを遮断する必要があり、遮断する方法として、蛍光体表面へ金属酸化物をコーティングすることが挙げられる。このコーティングによる付着層の形成は、その付着層の膜厚さが厚いほど、また付着層の種類が多いほど、発光輝度に悪影響を及ぼしていた。
また、金属酸化物層を設けると蛍光体の高温放置特性が悪くなる場合がある。これは、蛍光表示装置が高温に曝されることにより、装置内に付着していた水分や炭素などの残留ガスが浮遊し、それらガスの蛍光体表面への付着を金属酸化物層が促進させるためと考えられている。
【0015】
しかしながら、化学式(1)で表される蛍光体本体の表面に特定の元素の酸化物層を順に複数積層することにより、蛍光体の高輝度化および長寿命化を両立させるとともに、高温放置特性にも優れていることが分かった。本発明はこのような知見に基づくものである。
【0016】
本発明に使用できる低速電子線用蛍光体の本体は、上記化学式(1)で表される。
化学式(1)で表される蛍光体本体は、Ca1-xSrxTiO3を母体とする。ここで0≦x≦1である。x=0の場合、CaTiO3であり、x=1の場合、SrTiO3である。
本発明において、CaTiO3、または、SrTiO3というときは、特に明示する場合を除く他、Ca/Ti比、またはSr/Ti比が1である化学量論組成のものに限られず、その比が1よりも僅かに大きいあるいは僅かに小さい組成のものも含むものとする。例えば、その比が1.05〜0.95の範囲内のものも含まれる。 上記蛍光体の母体には、発光中心として機能するPrが必須の添加物として添加される。価数が+3または+4(特に、赤色発光の場合は+3)であるPrはイオン半径から考えてCaサイトまたはSrサイトを置換するものと考えられるが、CaまたはSrの価数は+2であるからこの置換によって+の電荷が過剰になる。
化学式(1)において、Mは、Al、Ga、In、Mg、Zn、Li、Na、K、Gd、Y、およびLaから選ばれた少なくとも1つの元素である。これらの元素を添加することによって、Prの置換によって過剰になった電荷のバランスを取ることができる。例えば、Znはイオン半径から考えてTiサイトを置換するものと考えられるが、Tiの価数は+4、Znの価数は+2であるから、Prの置換によって過剰になった電荷のバランスを取ることができる。また、Liはイオン半径から考えてCaまたはSrサイトを置換するものと考えられるが、Liの価数は+1であるから、この置換によってもPr置換で過剰になった電荷のバランスを取ることができる。このように、Mは、Prを安定して存在させることにより輝度を増加させることができる。
化学式(1)で表される好ましい蛍光体本体を例示すると、CaTiO3:Pr,Zn,Li、SrTiO3:Pr,Al等が挙げられる。
【0017】
本発明の蛍光体は、上記蛍光体本体の表面に複数の酸化物層を順に積層して付着させる。
複数の酸化物層の1つは、Gd、Pr、Y、Zn、Ta、およびSrから選ばれた少なくとも1つの元素の酸化物(MO1)の層であり、他の1つはSi、Al、Mo、Sb、およびCeから選ばれた少なくとも1つの元素の酸化物(MO2)の層であり、さらに他の1つはTi、WおよびZrから選ばれた少なくとも1つの元素の酸化物(MO3)の層である。
酸化物(MO1)の層は、輝度増感層であり、蛍光体本体の初期輝度を向上させる。特に、Gd、Pr、Y、Zn、Ta、またはSrの酸化物が化学式(1)で表される蛍光体本体の初期輝度を向上させることができる。
特に母体となるチタン酸塩としてCaTiO3を用いたときに、初期輝度を向上させる効果が大きく、また、GdもしくはYの酸化物からなる輝度増感層の効果が大きいことが分かった。
初期輝度向上の理由は明らかではないが、輝度増感層により初期輝度が向上するのは、付着した元素と蛍光体の発光中心であるPrとの間に量子論的な共鳴が生じ、エネルギーが伝達され、増感効果が発生しているためと考えられる。
【0018】
CaTiO3:Pr,Zn,Li蛍光体の表面に酸化物(MO1)の例として酸化ガドリニウム(参考例2)、酸化プラセオジム(参考例3)、酸化イットリウム(参考例4)、酸化亜鉛(参考例5)、酸化タンタル(参考例6)、チタン酸ストロンチウム(参考例7)を以下の方法で形成して、蛍光体の初期輝度および輝度寿命を測定した。なお、参考例1は酸化物層を付着させていないCaTiO3:Pr,Zn,Li蛍光体である。
【0019】
以下に示す各参考例および各実施例において、各有機金属化合物は以下の材料を用いた。
有機ガドリニウム化合物:富士化学株式会社製、ハウトフォームRD−Gd
有機プラセオジム化合物:株式会社高純度化学研究所製、Pr−O3 Pr23コート材料
有機イットリウム化合物:株式会社高純度化学研究所製、SYM−YO1 YO1.5コート材料
有機亜鉛化合物:信越化学工業株式会社製、DMZ(ジメチル亜鉛)、DEZ(ジエチル亜鉛)
有機タンタル化合物:株式会社高純度化学研究所製、SYM−TAO5 TaO2.5コート材料
有機チタン化合物:株式会社高純度化学研究所製、SYM−TIO5 TiO2コート材料
有機珪素化合物:株式会社高純度化学研究所製、SYM−SIO5 SiO2コート材料
有機アルミニウム化合物:富士化学株式会社製、ハウトフォームRD−Al
有機モリブデン化合物:富士化学株式会社製、ハウトフォームRD−Mo
有機アンチモン化合物:株式会社高純度化学研究所製、SYM−SBO3 SbO1.5コート材料
有機セリウム化合物:富士化学株式会社製、ハウトフォームRD−Ce
有機タングステン化合物:株式会社高純度化学研究所製、SYM−WO5 WO3コート材料
有機ジルコニウム化合物:株式会社高純度化学研究所製、SYM−ZRO4 ZrO2コート材料
【0020】
CaTiO3:Pr,Zn,Liで表される蛍光体を、有機金属化合物を有機溶媒で希釈した溶液に浸漬して、その後その有機溶媒を蒸発させることにより、蛍光体表面に、有機金属化合物を付着させる。有機金属化合物の希釈に使用される有機溶剤はエタノール、メタノール、テルピネオール、イソプロピルアルコール等の中から適宜選択使用される。付着した有機金属化合物を400℃〜600℃の熱処理により、金属の酸化物に変え、金属の酸化物層が表面に形成された蛍光体を得た。
金属酸化物の量は蛍光体本体に対し400ppm付着させた。得られた蛍光体を蛍光表示装置に実装し、アノード電圧50V、デューティー1/20の条件下で5時間のエージング処理後、初期輝度を測定した。初期輝度は、参考例1の初期輝度を100%として、その相対比較で示す。また、各々の蛍光体の初期輝度を100%とするときの輝度残存率(%)として表した輝度寿命を、1500時間点灯後の残存率として同時に示す。以下、初期輝度および輝度残存率は同様に表示する。点灯条件はアノード電圧26V、デューティー1/12で行なった。結果を表1に示す。
【0021】
【表1】

【0022】
表1に示すように、CaTiO3:Pr,Zn,Li蛍光体にGd、Pr、Y、Zn、Ta、Srの酸化物(MO1)からなる付着層を設けることで、初期輝度が向上し、輝度増感効果が示された。しかしながら、1500時間点灯後の輝度残存率で示される輝度寿命特性は蛍光体本体と略同一であった。
【0023】
酸化物(MO1)は、化学式(1)で表される蛍光体本体に付着させることで初期輝度の向上に寄与する。
CaTiO3:Pr,Zn,Liに酸化物(MO1)の一例として酸化ガドリニウムを以下の方法で形成して、付着量と初期輝度との関係を測定した。
CaTiO3:Pr,Zn,Liで表される蛍光体を、有機ガドリニウム化合物をエタノールで希釈した溶液に浸漬して、その後エタノールを蒸発させることにより、蛍光体表面に、有機ガドリニウム化合物を付着させる。付着した有機ガドリニウム化合物を400℃〜600℃の熱処理により、酸化ガドリニウムに変え、酸化ガドリニウム層が表面に形成された蛍光体を得た。酸化ガドリニウムの量は蛍光体に対し、0〜2000ppmの間で変化させた。得られた蛍光体を蛍光表示装置に実装して初期輝度を測定した。点灯条件はアノード電圧26V、デューティー1/12で行なった。結果を図1に示す。
図1に示すように、酸化物(MO1)の付着量は、化学式(1)で表される蛍光体本体に対して、200〜2000ppm、好ましくは300〜1700ppm、さらに好ましくは400〜800ppmである。200ppm未満では輝度が向上せず、また、2000ppmをこえる場合においても輝度が低下を始める。上記例は酸化ガドリニウムを付着させた場合であるが、他の酸化物(MO1)でも同様の傾向を示す。
【0024】
酸化物(MO2)および酸化物(MO3)は、蛍光体本体の保護層である。保護層は蛍光体本体の劣化に影響を及ぼす炭素やバリウムから蛍光体本体を遮断することが可能となり、蛍光体の劣化を防止して、寿命を改善できる。
CaTiO3:Pr,Zn,Li蛍光体の表面に酸化物(MO2)の例として酸化珪素(参考例8)、酸化アルミニウム(参考例9)、酸化モリブデン(参考例10)、酸化アンチモン(参考例11)、酸化セリウム(参考例12)、酸化チタン(参考例13)、酸化タングステン(参考例14)、酸化ジルコニウム(参考例15)を上記参考例2の方法と同一の方法で、蛍光体に対し400ppm形成して、蛍光体の初期輝度および高温放置特性を測定した。なお、参考例8〜参考例15に使用した有機金属化合物はエタノールに溶解した。
得られた蛍光体を蛍光表示装置に実装して初期輝度および寿命を上記参考例1〜7と同様にして測定した結果を表2に示す。また、85℃の温度雰囲気中に96時間放置後の輝度残存率を併せて示す。高温放置特性の輝度残存率は高温放置前の輝度を100%としたときの値である。
【0025】
【表2】

表2に示すように、CaTiO3:Pr,Zn,Li蛍光体にSi,Al,Mo,Sb,Ceの酸化物(MO2)からなる付着層を設けることで、参考例1と比較して初期輝度は向上しないが、1500時間点灯後の輝度残存率で示される寿命特性は蛍光体本体よりも約10%以上向上した。
【0026】
上記保護層の中で、Ti、WおよびZrから選ばれた少なくとも1つの元素の酸化物(MO3)は、高温放置特性に優れていることが分かった。蛍光表示装置内の水分や残留ガスをこの保護層が吸着することで、蛍光体本体への付着を防止しているためと考えられる。
そのため、酸化物(MO3)は、付着層の最外層に形成することが好ましい。
保護層は単一の酸化物(MO2)または酸化物(MO3)でもよいが、酸化物(MO2)および酸化物(MO3)を併用することが好ましい。
【0027】
CaTiO3:Pr,Zn,Liに保護層となる酸化物(MO2)の一例として酸化珪素の付着濃度を0〜1600ppmに変化させて(参考例8−1〜参考例8−5)、参考例8と同様にして付着させて、初期輝度および輝度寿命を測定した。結果を表3に示す。なお、参考例8と参考例8−3は同一例である。
【0028】
【表3】

表3に示すように、酸化珪素の付着量が多いほど、初期輝度は低下する。一方、寿命特性は、略1000ppmまでは付着量が多いほど改善する傾向にあり、その後、輝度特性は低下する。
【0029】
また、後述する実施例26〜実施例28に見られるように、酸化物(MO3)として、最外層に酸化タングステンの付着量が多いほど高温放置特性が改善される傾向にある。この傾向は酸化チタン、酸化ジルコニウムに関しても同様に見られた。しかし、酸化タングステンの付着量が3000ppmになると初期輝度が低下をはじめる。
【0030】
酸化物(MO2)および酸化物(MO3)の全付着量は、化学式(1)で表される蛍光体本体に対して、50〜3000ppmである。50ppm未満では高温放置特性が向上せず、3000ppmをこえると輝度が低下する。また、酸化物(MO2)の付着量は、好ましくは50〜2000ppm、より好ましくは200〜600ppmであり、酸化物(MO3)の付着量は、好ましくは500〜1500ppmである。
【0031】
CaTiO3:Pr,Zn,Liの代わりに、SrTiO3:Pr,Alで表される蛍光体本体について、酸化物付着の効果を調べた。
SrTiO3:Pr,Alで表される蛍光体本体を、有機ガドリニウム化合物をエタノールで希釈した溶液に浸け、エタノールを蒸発させることにより、蛍光体表面に、有機ガドリニウム化合物を付着させる。付着した有機ガドリニウム化合物を400℃〜600℃の熱処理により、酸化ガドリニウムに変え、輝度増感層を得る。酸化ガドリニウムの量は蛍光体に対し、400ppm付着した。これを参考例17とする。
同様に、有機ガドリニウム化合物に代えて、有機珪素化合物を用いる以外は参考例17と同一の条件で蛍光体を得た。これを参考例18とする。
作製した蛍光体は蛍光表示装置に実装され、アノード電圧50V、デューティー1/20の条件下で5時間のエージング処理後、初期輝度を測定した。測定条件は、アノード電圧26V、デューティー1/12にて実施した。結果を表4に示す。なお、参考例16はSrTiO3:Pr,Al蛍光体本体の場合である。
【表4】

表4に示すように、SrTiO3を母体とする蛍光体においても、酸化ガドリニウムを付着させると初期輝度が向上する。また、酸化珪素を付着させると寿命特性が改善される。特に酸化珪素を付着させた場合は、初期輝度も向上しており、優れた改善効果が得られている。
また、SrTiO3を母体とする蛍光体においても、輝度増感効果の得られる酸化物層と寿命・高温放置特性改善効果のある酸化物層を形成することで、CaTiO3を母体とする蛍光体と同等の効果が得られる。同様に、母体となる蛍光体に上記化学式(1)で表される蛍光体を用いても、同等の効果が得られる。
【0032】
参考例1〜参考例15に示すように、輝度増感効果のある酸化物(MO1)の層のみでは寿命特性が悪く、また、寿命特性改善効果のある酸化物(MO2)および/または酸化物(MO3)の層のみを設けた場合、初期輝度が向上しない場合がある。本発明者は、輝度増感効果のある酸化物層と寿命改善効果のある酸化物層を複合的に付着させることにより、初期輝度を向上させるとともに寿命特性を改善できることを見出した。なお、初期輝度が蛍光体本体と同等の初期輝度で実用上問題ない場合は、酸化物(MO2)および酸化物(MO3)を付着させるのみで寿命特性および高温放置特性を改善できる。
【0033】
蛍光体本体の表面に付着させる酸化物の複数の層は、化学式(1)で表される蛍光体本体の初期輝度、輝度寿命および高温放置特性を満足させる積層順で形成する。
酸化物層の積層順としては、重複しないことを条件にすれば、全部で12通りある。特に好ましい積層順としては、蛍光体表面より(i)酸化物(MO1)−酸化物(MO2)−酸化物(MO3)、(ii)酸化物(MO2)−酸化物(MO1)−酸化物(MO3)、(iii)酸化物(MO2)−酸化物(MO3)が挙げられる。
【0034】
酸化物(MO1)、酸化物(MO2)および酸化物(MO3)の層の形成方法は、それぞれの層が順に積層されるものであればよい。ここで、順に積層されているかどうかは、XPS(X線光電子分光法)、AES(オージェ電子分光法)、TEM(透過型電子顕微鏡)等を用いて蛍光体表面から検出される元素の分析で確認することができる。また、Arイオンなどでエッチングして深さ方向の測定をすることで、積層の順番を確認することができる。本発明において、順に積層されるとは、下層に対して上層が全面を覆っている必要はなく、下層の一部表面に上層が形成されている状態であってもよい。
【0035】
酸化物を順に積層する方法としては、蛍光体本体の表面に1つの酸化物層を形成した後、つぎの酸化物層を形成する方法が挙げられる。
酸化物層の形成方法としては、(i)酸化物を形成できる液相状の化合物または、溶媒によって溶解し液相状態となる化合物を蛍光体本体の表面に付着させた後に熱処理により酸化物とする方法、(ii)酸化物を形成できる液相状の化合物を、予め用意した蛍光体ペーストと混合し、熱処理により蛍光体の表面に酸化物を付着させる方法、(iii)酸化物の粉体を溶媒に分散させた溶液を蛍光体本体の表面に付着させた後、溶液を除去する方法、(iV)酸化物の粉体を、予め用意した蛍光体ペーストと混合して、酸化物を蛍光体表面に付着させる方法等が挙げられる。
複数層の酸化物層はこれらの方法を組み合わせて用いることができる。
【0036】
熱処理によって酸化物を形成できる液相状の化合物としては、上述した有機金属化合物があり、金属アルコラート、金属アルコキシド、金属アセチルアセトナート等が挙げられる。また、有機金属化合物以外に、金属塩化物や水酸化物、硫化物、フッ化物、ヨウ化物、硝酸塩等を水またはアルコール等の有機溶剤に溶かした溶液が挙げられる。
金属化合物の溶解に使用する有機溶剤は、乾燥処理によって容易に揮発させられるものが適宜用いられるが、例えば、メタノール、エタノール、テルピネオール、プロパノール、イソプロパノール等が挙げられる。熱処理は300〜1000℃の範囲で焼成される。好ましくは400〜600℃である。
蛍光体ペーストは、上記酸化物層を付着していない蛍光体、もしくは、上記[(i)もしくは(iii)]により酸化物層を付着した蛍光体を、所定のビヒクル中に分散して得ることができる。このペーストに上記(ii)もしくは(iV)により酸化物層を蛍光体表面に付着することができる。
【0037】
化学式(1)で表される蛍光体本体の表面に酸化物(MO1)、酸化物(MO2)および酸化物(MO3)から選択される複数の酸化物の層を形成することにより、本発明の蛍光体は、高輝度化および長寿命化を両立させ、さらに高温放置特性の改善が可能となる。
【0038】
上記蛍光体を用いる本発明の蛍光表示装置を図2に示す。図2は蛍光表示装置の断面図である。
蛍光表示装置1は、陽極基板7の表示面において複数の陽極5上にそれぞれ形成され、複数の酸化物層が付着された蛍光体層6を備え、真空空間内においてその蛍光体層6の上方に位置する陰極9から発生させられた電子をそれら蛍光体層6と陰極9との間に設けられた複数のグリッド電極8で制御してそれら複数の蛍光体層6を選択的に発光させる表示装置である。
なお、図2において、2はガラス基板であり、3はこのガラス基板上に形成された配線層であり、4は絶縁層であり、4aは配線層3と陽極電極5とを電気的に接続するスルーホールである。また、10はフェースガラス、11はスペーサガラスである。
【実施例】
【0039】
実施例1および比較例1
参考例1で示したCaTiO3:Pr,Zn,Li蛍光体本体に第1の付着層として輝度増感効果のある酸化物(MO1)である酸化ガドリニウムを参考例2と同一の方法で400ppm付着させた。この蛍光体を、有機珪素化合物をエタノールで希釈した溶液に浸漬した後、エタノールを蒸発させることにより、蛍光体表面に有機珪素化合物を付着させる。付着した有機珪素化合物を400℃〜600℃の熱処理により、酸化珪素に変え第2の付着層を得る。酸化珪素の量は蛍光体本体に対し、200ppmで作製した。作製した蛍光体を、蛍光表示装置に実装し、評価した。点灯条件はアノード電圧26V、デューティー1/12で行なった。結果を表5に示す。なお、比較例1は上記参考例1と同一である。
【0040】
実施例2〜実施例22
表5に示す酸化物および付着量を用いる以外は実施例1と同様にして蛍光体を作製し、この蛍光体を用いて実施例1と同様にして蛍光表示装置に実装し、実施例1と同様に評価した。結果を表5に示す。なお、酸化物(MO1)の付着は参考例2、参考例4、参考例5、参考例6と同一の方法で行なった。また、第2の酸化物(MO2)の付着は参考例8〜参考例12と同一の方法で行なった。
【0041】
【表5】

表5において輝度増感効果のある第1の付着層と保護効果のある第2の付着層を設けることにより、比較例1と少なくとも同程度の初期輝度を得て、かつ、1500時間後の輝度残存率は高くなることが示された。
【0042】
実施例23〜実施例25
参考例1で示したCaTiO3:Pr,Zn,Li蛍光体本体に第1の付着層として酸化物(MO2)を、第2の付着層として酸化物(MO1)を順に付着させる以外は実施例1と同じ方法で蛍光体を得た。なお、酸化珪素の量は蛍光体に対し400ppm、酸化ガドリニウムの量は蛍光体に対し400〜800ppmの範囲で変化させて作製した。作製した蛍光体を、蛍光表示装置に実装し、実施例1と同様に評価した。結果を図3および表6に示す。なお、図3には比較例1、参考例2、参考例8、実施例2の結果を同時に示す。
【0043】
【表6】

表6に示すように、実施例23〜実施例25は実施例1〜実施例3における酸化物の形成順序を逆にしたものであるが、初期輝度、および1500時間後の輝度残存率は実施例1〜実施例3とほぼ同等の特性が得られた。
図3は、実施例23で作製した蛍光体の寿命特性を示した。付着層の形成順序が異なる実施例2とほぼ同等の寿命特性が得られた。
上記結果より、輝度増感層、および、保護層の形成順序は問わず、どちらかを先に形成してもよく、これら複数の付着層を形成することで、初期輝度および寿命特性の改善効果が得られる。
【0044】
上記MO1、MO2の付着層により初期輝度が向上し、寿命特性の改善効果が得られる。しかしながら、上記金属酸化物を付着させることで、高温放置特性が低下する問題がある。そこで、高温放置特性の低下を防ぐために下記手法により改善した。
【0045】
実施例26
参考例1で示したCaTiO3:Pr,Zn,Li蛍光体本体に第1の付着層として輝度増感効果のある酸化ガドリニウムを400ppm、また、第2の付着層として保護効果のある酸化珪素を400ppm付着した蛍光体に、熱処理により酸化タングステンに変化する有機タングステン化合物を付着させる。付着した有機タングステン化合物を400〜600℃の熱処理により酸化タングステンに変え、第3の付着層(保護層)を得る。酸化タングステンの付着量は蛍光体本体に対し400ppmで作製した。
得られた蛍光体を用いて蛍光表示装置を作製し、得られた蛍光表示装置を、アノード電圧26V、デューティー1/12にて初期輝度、および85℃の温度雰囲気中に96時間放置後の輝度残存率を調べた。該輝度残存率は上記初期輝度を100%としたときの値である。その結果を図4および表7に示す。
【0046】
実施例27〜実施例45
表7に示す酸化物および付着量を用いる以外は実施例26と同様にして蛍光体を作製し、この蛍光体を用いて実施例26と同様にして蛍光表示装置に実装し、実施例26と同様に評価した。結果を表7に示す。なお、実施例2、実施例5、実施例11、実施例14、および実施例23について測定した、85℃の温度雰囲気中に96時間放置後の輝度残存率を同時に示す。
【0047】
【表7】

【0048】
表7に示すように、酸化タングステン、酸化チタン、酸化ジルコニウムからなる酸化物(MO3)で形成された第3の付着層(保護層)を設けた各実施例は、第3の付着層を設けない場合に比較して高温放置特性が改善されていることが分かる。
例えば、実施例26の1500時間点灯後の輝度残存率を実施例1と同一の方法で測定した結果を図4に示す。比較例1の蛍光体本体のみの場合は、1500時間〜2000時間で輝度半減になるのに対し、実施例26は1500時間で80%以上という高い輝度残存率を示している。これは酸化珪素を付着した蛍光体(参考例8)の輝度残存率とほぼ同等であり、第3の付着保護層を設けても初期輝度および寿命特性に影響を与えないことが分かった。また第3の付着層(MO3)の付着量は、3000ppmになると初期輝度が低下をはじめる。これらの特性は、実施例29および実施例30においても同様の傾向を示す。
【0049】
実施例46、実施例47
次に、蛍光体本体に、酸化物(MO2)および酸化物(MO3)の保護層のみを付着させたときの実施例を示す。
参考例1で示したCaTiO3:Pr,Zn,Li蛍光体本体に第1の付着層として保護効果のある酸化珪素を400ppm付着した蛍光体に、熱処理により酸化タングステンに変化する有機タングステン化合物を付着させる。付着した有機タングステン化合物を400〜600℃の熱処理により酸化タングステンに変え、第2の付着層(保護層)を得る。酸化タングステンの付着量は蛍光体本体に対し1000ppm(実施例46)、3000ppm(実施例47)で作製した。
得られた蛍光体を用いて蛍光表示装置を作製し、得られた蛍光表示装置を、アノード電圧26V、デューティー1/12にて初期輝度、および85℃の温度雰囲気中に96時間放置後の輝度残存率を調べた。その結果を表8に示す。
【0050】
【表8】

表8に示すとおり、酸化珪素のみを付着させた場合(参考例8)、蛍光体本体(比較例1)よりも高温放置特性が悪化する。一方、酸化珪素を付着した蛍光体に、酸化タングステンからなる酸化物(MO3)を付着させると、高温放置特性が改善され、比較例1と同等以上の特性を得る。なお、寿命特性は参考例8と同等の特性を示す。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の蛍光体は、初期輝度を低下させることなく、寿命を大幅に改善することができ、さらに高温放置特性も改善できるので、カドミウムを含まない蛍光体を用いた蛍光表示装置に好適に利用できる。
【符号の説明】
【0052】
1 蛍光表示装置
2 ガラス基板
3 配線層
4 絶縁層
5 陽極電極
6 蛍光体層
7 陽極基板
8 グリッド
9 陰極
10 フェースガラス
11 スペーサガラス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記化学式(1)で表される蛍光体本体に付着層が形成された低速電子線用蛍光体であって、
前記付着層が前記蛍光体本体の表面に積層された複数の酸化物層であることを特徴とする低速電子線用蛍光体。
【化2】

(ここで、MはAl、Ga、In、Mg、Zn、Li、Na、K、Gd、Y、およびLaから選ばれた少なくとも1つの元素であり、0≦x≦1である。)
【請求項2】
前記複数の酸化物層を形成する1つの酸化物層がGd、Pr、Y、Zn、Ta、およびSrから選ばれた少なくとも1つの元素の酸化物(MO1)の層であることを特徴とする請求項1記載の低速電子線用蛍光体。
【請求項3】
前記酸化物(MO1)の付着量が前記蛍光体本体に対して200〜2000ppmであることを特徴とする請求項2記載の低速電子線用蛍光体。
【請求項4】
前記複数の酸化物層を形成する1つの酸化物層がSi、Al、Mo、Sb、およびCeから選ばれた少なくとも1つの元素の酸化物(MO2)の層であることを特徴とする請求項1記載の低速電子線用蛍光体。
【請求項5】
前記複数の酸化物層を形成する1つの酸化物層がTi、WおよびZrから選ばれた少なくとも1つの元素の酸化物(MO3)の層であることを特徴とする請求項1記載の低速電子線用蛍光体。
【請求項6】
前記酸化物(MO3)の層が付着層の最外層であることを特徴とする請求項5記載の低速電子線用蛍光体。
【請求項7】
前記酸化物(MO2)と前記酸化物(MO3)とが併用されることを特徴とする請求項4、請求項5および請求項6記載の低速電子線用蛍光体。
【請求項8】
前記酸化物(MO2)および前記酸化物(MO3)の合計付着量が前記蛍光体本体に対して50〜3000ppmであることを特徴とする請求項7記載の低速電子線用蛍光体。
【請求項9】
真空容器内に形成された低速電子線用蛍光体層に低速電子線を射突させて発光させる蛍光表示装置であって、
前記低速電子線用蛍光体層が請求項1ないし請求項8のいずれか1項記載の低速電子線用蛍光体の層であることを特徴とする蛍光表示装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−178950(P2011−178950A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−46654(P2010−46654)
【出願日】平成22年3月3日(2010.3.3)
【出願人】(000117940)ノリタケ伊勢電子株式会社 (38)
【出願人】(000004293)株式会社ノリタケカンパニーリミテド (449)
【Fターム(参考)】