説明

低酸素ストレス応答促進剤及びそのスクリーニング方法、並びに酸化ストレス応答促進剤のスクリーニング方法

【課題】低酸素ストレス応答促進剤及びそのスクリーニング方法、並びに酸化ストレス応答促進剤のスクリーニング方法を提供すること。
【解決手段】AGK2を低酸素ストレス応答促進剤として用いる。被検物質の存在下でSIRT2活性を測定し、SIRT2活性を阻害する物質を選択することにより、低酸素ストレス応答促進剤をスクリーニングする。さらに、eEF1BδL遺伝子、およびeEF1BδL標的遺伝子または該標的遺伝子の発現調節配列に連結されたレポーター遺伝子を発現する細胞において被検物質を添加し、該標的遺伝子またはレポーター遺伝子の発現量を測定し、該発現量を増加させる物質を選択することにより、酸化ストレス応答促進剤をスクリーニングする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低酸素ストレス応答促進剤及びそのスクリーニング方法、並びに酸化ストレス応答促進剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
低酸素状態(低酸素ストレス)は細胞にとって異常な状態であり、長く続くと細胞の正常な機能が損なわれ、疾患の発症につながる。例えば、低酸素状態が関与する疾患として、虚血性疾患である脳卒中、脳梗塞、虚血性心筋症、心筋梗塞症、虚血性心不全、閉塞性動脈硬化症等がある。
低酸素状態に対する細胞の防御機構として、HIF-1α(Hypoxia-inducible factor-1α)の関与する遺伝子発現制御が知られている。すなわち、低酸素刺激により転写因子であるHIF-1αが活性化され、低酸素抵抗性に関与する遺伝子群の発現の変化などを通じて低酸素による障害に備える。HIF-1αによって発現が制御される遺伝子としては、エリスロポエチン、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)、エノラーゼ1、トランスフェリン、アルドラーゼAなどが知られている。
HIF-1αを効率よく活性化して低酸素ストレス応答を促進することができれば、低酸素状態が関与する疾患を効率よく予防または治療することができると考えられる。
【0003】
また、酸化ストレスによる細胞死(アポトーシス)は、脳硬塞による神経細胞死、アルツハイマー病等の神経変性疾患、心筋梗塞による心筋細胞死などの主要な要因となっている。
酸化ストレスを軽減する酵素として、ヘムオキシゲナーゼ(HO)が知られている。HOはヘムの代謝の第一段階で働く律速酵素であり、細胞内遊離ヘムを一酸化炭素(CO)、鉄(Fe)、ビリベルジンに分解する酵素である。ビリベルジンはさらに還元酵素によりビリルビンに変換される。HOにはHO-1及びHO-2の二つのアイソザイムが知られている。HO-1は誘導性の酵素であり、ヘム、金属、サイトカイン、NOドナー、熱ショック、エンドトキシン、イミダゾール及びピリジン誘導体、ホルモン、低酸素暴露、酸化ストレスなどにより転写レベルで誘導され、細胞内ヘムの恒常性とヘム蛋白質量の維持に役割を果たしているとされている。各種ストレス、炎症モデルでの検討から、HO-1の誘導は細胞障害に対する内因性の防御機構の一部と考えられており、ヘム分解により生じたビリベルジン、ビリルビンは抗酸化、抗補体作用を有し、COは情報伝達物質として、鉄は遺伝子調節因子としての機能を有することから、これらが酸化ストレスに対する防御作用に関与していることが考えられている。
【0004】
SIRT2はSirtuin 2とも呼ばれ、脱アセチル化酵素であり、無酸素状態から有酸素状態にしたときの耐性に関して負の調節因子であることが報告されている(非特許文献1)。また、その阻害剤であるAGK2はαシヌクレインによる神経毒性を軽減させ、パーキンソン病細胞モデルの封入体形態を変化させたことが報告されている(非特許文献2)。しかし、SIRT2やその阻害剤と低酸素ストレス応答との関わりは知られていない。
【0005】
一方、eukaryotic translation elongation factor 1 delta (guanine nucleotide exchange protein) (eEF1Bδ)は翻訳に関与する分子であるが、その転写バリアントとして、eEF1BδLが存在することが知られている(非特許文献3)。しかしながら、その機能は不明であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】FEBS Letters 582(2008) 2857-2862
【非特許文献2】Science 27 July 2007:Vol. 317. no. 5837, pp.516-519
【非特許文献3】The National Center for Biotechnology Information (NCBI) Reference Sequence: NM_032378
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、低酸素ストレス応答促進剤及びそのスクリーニング方法、並びに酸化ストレス応答促進剤のスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を行った。その結果、SIRT2の機能を阻害することにより低酸素条件におけるHIF-1αの誘導効率が上昇すること、AGK2によってVEGFなどの低酸素ストレス応答遺伝子を効率よく発現上昇させることができること、さらには、eEF1BδLがHO-1などの酸化ストレス応答遺伝子の転写を活性化することを見出し、これらの知見に基づいて本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)被検物質の存在下でSIRT2活性を測定し、SIRT2活性を阻害する物質を選択することを特徴とする、低酸素ストレス応答促進剤のスクリーニング方法。
(2)478位のリジンがアセチル化されたHeat Shock Protein 90 (HSP90)、または該アセチル化部位を含む部分ペプチドを基質に用いてSIRT2の脱アセチル化酵素活性を測定する、(1)に記載の方法。
(3)AGK2からなる低酸素ストレス応答促進剤。
(4)eEF1BδL遺伝子、およびeEF1BδL標的遺伝子または該標的遺伝子の発現調節配列に連結されたレポーター遺伝子を発現する細胞において被検物質を添加し、該標的遺伝子またはレポーター遺伝子の発現量を測定し、該発現量を増加させる物質を選択することを特徴とする、酸化ストレス応答促進剤のスクリーニング方法。
(5)eEF1BδL標的遺伝子が、Hemeoxygenase-1 (HO-1)、HSPA6(heat shock 70kDa protein 6)、DNAJB1(DnaJ (Hsp40) homolog, subfamily B, member 1)およびCRYAB(crystallin, alpha B)からなる群より選択される、(4)に記載の方法。
(6)eEF1BδL標的遺伝子がHO-1遺伝子であり、HO-1遺伝子の発現調節配列がE1領域を含む、(4)に記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、AGK2の新規用途が提供される。また、本発明によれば、低酸素ストレス応答促進剤や酸化ストレス応答促進剤が効率よくスクリーニングできる。低酸素ストレス応答促進剤は脳卒中、脳梗塞、虚血性心筋症、心筋梗塞症、虚血性心不全、閉塞性動脈硬化症等の治療薬として有用である。また、酸化ストレス応答促進剤は脳硬塞、アルツハイマー病、パーキンソン病、心筋梗塞等の治療薬として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】(A)HRE (Hypoxia Response Element)を介した低酸素ストレス応答性転写活性化に対する各SIRT siRNAの効果を示す図。縦軸は相対的ルシフェラーゼ活性を示す。(B)SIRT2 siRNAによるSIRT2タンパク質レベルの低減を示す図(写真)。
【図2】SIRT1遺伝子破壊細胞又はSIRT2遺伝子破壊細胞における、通常酸素状態および低酸素状態におけるVEGFおよび LDHの発現を示す図。*p<0.05, **<0.01
【図3】野生型(WT)細胞及びSIRT2-/-細胞の抽出物を電気泳動(A:1次元およびB:2次元)し、抗アセチル化リジン抗体を用いてウエスタンブロットを行った結果を示す図(写真)。WTに比較し、SIRT2-/-細胞でアセチル化リジンのシグナルの増強していたスポットを右図に拡大して示す(銀染色像も並べて示す)。
【図4】Hsp90の野生型又はSIRT2脱アセチル化部位であるK478に変異を有する変異型とHIF-1αとの結合を示す図。左は免疫沈降物および全細胞抽出物(INPUT)の抗FLAG抗体(Sigma)によるウエスタンブロットを示す(写真)(EVはHsp90なしを示す)。右はDensitometry法により免疫沈降物におけるFlag-Hsp90のシグナルを定量化した結果を示す。*p<0.05
【図5】野生型細胞及びSIRT2-/-細胞における酸素濃度依存的なHIF-1αタンパク質発現を示す図。左はウエスタンブロット(写真)、右はDensitometry法によりHIF-1αのシグナルを定量化した結果を示す。*p<0.05
【図6】SIRT2阻害剤AGK2またはコントロールのAGK7によるVEGF遺伝子およびHO-1遺伝子の発現に対する効果を示す図。*p<0.05
【図7】SIRT2阻害剤AGK2による酸化ストレス保護作用を示す図。コントロールにAGK7を用いた。*p<0.05
【図8】(a)eEF1Bδ1およびeEF1BδLの組織分布を示す図(写真)。(b)成体マウスの海馬及び精巣における、In situ hybridization法によるeEF1BδLのmRNAの発現解析の結果を示す図(写真)。海馬内の枠でマークしたCA1領域をおよび精巣内の枠でマークした精細管の拡大図をそれぞれ下に示す。スケールバー(海馬、精巣: 200 μm, CA1: 25 μm, 精細管: 100 μm)。(c)eEF1BδLの遺伝子構造を示す図。NLS, 核移行シグナル; GEF, グアニンヌクレオチド交換因子。
【図9】eEF1Bδ1およびeEF1BδLの細胞内局在を示す図(写真)。左は蛍光染色、右はウエスタンブロット。
【図10】HSE(熱ショック配列), HRE(Hypoxia Response Element)、cAMP応答配列(CRE)、NF-κB応答配列に対するeEF1Bδ1およびeEF1BδLの転写活性を示す図。
【図11】HO-1,HSPA6,DNAJB1, CRYABのmRNAに対するeEF1Bδ1、eEF1BδLおよびHsf1の効果を示す図。*p<0.05
【図12】野生型または核移行シグナル変異型eEF1BδLの細胞内局在を示す図(写真)と、これらのHO-1の発現に対する効果を示す図。*p<0.05
【図13】(a)左:HO-1遺伝子のmRNAに対するプロテアソーム阻害剤MG132およびeEF1BδL siRNAの効果を示す図。(a)右:HO-1遺伝子のmRNAに対するeEF1BδLおよびNrf2 siRNAの効果を示す図。*p<0.05;(b)左:HSPA6遺伝子のmRNAに対する熱ショックおよびeEF1BδL siRNAの効果を示す図。(b)右:HSPA6遺伝子のmRNAに対するeEF1BδLおよびHsf1 siRNAの効果を示す図。*p<0.05;(c)〜(e)eEF1BδL siRNA、Nrf2 siRNAおよびHsf1 siRNAによる各タンパク質の発現減少を示す図(写真)。
【図14】(a)マウスHO-1プロモーターの模式図。E1; enhancer 1、ARE; Antioxidant response element、HSE-like; Heat shock element like、HSE; Heat shock element。(b)eEF1BδL結合領域のクロマチン免疫沈降法による解析結果を示す図(写真)。(c)eEF1Bδ1およびeEF1BδLのGST融合タンパク質を用いてHSEコンセンサスオリゴヌクレオチドの存在下ゲルシフトアッセイを行なった結果を示す図(写真)。矢尻はHSEとeEF1BδLとの結合によるバンドシフトを示している。(d)E1領域に対するeEF1Bδ1またはeEF1BδLの転写活性化効果を示す図。(e)免疫沈降法によるeEF1BδLとNrf2との結合解析を行なった結果を示す図(写真)。(f)野性株またはNrf2過剰発現株におけるHO-1 mRNA発現量に対するeEF1BδLのsiRNAの効果を示す図。*p<0.05(g)eEF1Bδのスプライシングによる機能制御の模式図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<低酸素ストレス応答促進剤のスクリーニング方法>
本発明の低酸素ストレス応答促進剤のスクリーニング方法は、被検物質の存在下でSIRT2活性を測定し、SIRT2活性を阻害する物質を選択することを特徴とする。
ここで、「低酸素ストレス応答促進剤」とは、細胞が低酸素状態にさらされた時に、細胞を低酸素ストレスに対して保護するような応答を促進する薬剤を意味し、より具体的には、HIF-1αおよびその標的遺伝子の発現を上昇させることのできる薬剤を意味する。HIF-1αの標的遺伝子としては、プロモーター領域にHypoxia Response Element(HRE)を含む遺伝子が挙げられ、具体的には、VEGF、LDHなどが挙げられる。
【0013】
被検物質としては特に制限はなく、例えば、低分子合成化合物であってもよいし、天然物に含まれる化合物であってもよい。また、ペプチドや核酸であってもよい。スクリーニングには個々の被検物質を用いてもよいが、これらの物質を含む化合物ライブラリーを用いてもよい。
【0014】
SIRT2はSirtuin 2とも呼ばれる脱アセチル化酵素活性を有するタンパク質を意味し、好ましくはヒトSIRT2が用いられる。ヒトSIRT2としては配列番号2のアミノ酸配列を有するタンパク質が挙げられる。ただし、スクリーニングに使用するSIRT2は配列番号2のアミノ酸配列を有するものには限定されず、脱アセチル化酵素活性を有する限り、配列番号2のアミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上の同一性を有するタンパク質であってもよい。また、脱アセチル化酵素活性を有する限り、これらの部分断片を用いてもよい。
【0015】
SIRT2活性とはSIRT2が有する脱アセチル化酵素活性を意味し、例えば、リジン残基などに含まれるアミノ基がアセチル化されたタンパク質やペプチドを基質に用い、SIRT2によって脱アセチル化されたときのアセチル化の減少度合いを調べることによって測定することができる。アセチル化の減少度合いは、例えば、抗アセチル化リジン抗体を用いて測定することができる。アミノ基がアセチル化されたタンパク質やペプチドとしては特に制限されないが、例えば、チューブリンが挙げられる(North BJ, et al. Mol Cell 11: 437−444. (2003))。
【0016】
また、本発明においてSIRT2の基質として同定された478位のリジンがアセチル化されたHeat Shock Protein 90 (HSP90)をスクリーニングに用いることもできる。
HSP90としては、ヒトHSP90が好ましく、ヒトHSP90としては配列番号4のアミノ酸配列を有するタンパク質が挙げられる。ただし、スクリーニングに使用するHSP90は配列番号4のアミノ酸配列を有するものには限定されず、アセチル化された478位のリジンを含む限り、配列番号4のアミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上の同一性を有するタンパク質、またはこれらの部分断片であってもよい。
【0017】
<低酸素ストレス応答促進剤>
本発明の低酸素ストレス応答促進剤は、AGK2またはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含む。AGK2とは、下記の化合物(化合物名2-Cyano-3-(5-(2,5-dichlorophenyl)-2-furanyl)-N-5-quinolinyl-2-propenamide)を意味し、公知の方法によって合成することができる。また、Calbiochemなどから市販されているものを用いることもできる。
【化1】

【0018】
AGK2の薬理学的に許容される塩としては、例えばトリフルオロ酢酸、酢酸、乳酸、コハク酸、マレイン酸、酒石酸、クエン酸、グルコン酸、アスコルビン酸、安息香酸、メタンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸、ケイ皮酸、フマル酸、ホスホン酸、塩酸、硝酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、スルファミン酸、硫酸等の酸との酸付加塩が例示される。
【0019】
AGK2またはその薬理学的に許容される塩はそのまま低酸素ストレス応答促進剤として用いてもよいが、通常は、1種又は2種以上の製剤用添加物を用いて医薬組成物を製造して投与することが望ましい。投与経路は特に限定されず、経口投与又は非経口投与のいずれも選択可能である。
【0020】
経口投与に適する医薬組成物としては、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、溶液剤、懸濁剤などを挙げることができ、非経口投与に適する医薬組成物としては、例えば、注射剤、点滴剤、坐剤、吸入剤、点眼剤、点耳剤、軟膏剤、クリーム剤、経皮吸収剤、経粘膜吸収剤などを挙げることができる。もっとも、本発明の医薬の形態はこれらに限定されることはない。医薬組成物の形態に応じて適宜の製剤用添加物を用いることができ、常法に従って製剤化することができる。
【0021】
経口投与用の固形製剤を調製するにあたり、製剤用添加物として、慣用の賦形剤、結合剤、滑択剤、着色剤、又は崩壊剤等を用いることができる。賦形剤としては、例えば、乳糖、デンプン、タルク、ステアリン酸マグネシウム、結晶セルロース、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、グリセリン、アルギン酸ナトリウム、アラビアゴムなど挙げることができ、結合剤としてはポリビニルアルコール、ポリビニルエーテル、エチルセルロース、アラビアゴム、シエラック、白糖などを挙げることができる。滑沢剤としてはステアリン酸マグネシウム、タルク等が挙げられ、着色剤、崩壊剤も通常使用されるものから適宜選択可能である。
【0022】
本発明の低酸素ストレス応答促進剤の適用疾患としては、低酸素状態が長く続くことにより引き起こされる疾患であれば特に制限されないが、例えば、脳卒中、脳梗塞、虚血性心筋症、心筋梗塞症、虚血性心不全、閉塞性動脈硬化症等が例示される。
本発明の医薬の投与量は特に限定されないが、治療すべき疾患の種類、患者の症状、体重、年齢、他の薬剤の使用の有無などの条件によって適宜選択することが望ましい。例えば、AGK2の量として、通常、成人1日あたり約1〜2000mgの範囲が好ましい。上記投与量を1日1〜4回に分けて投与することができ、数日又は数週間に一回の割合で間欠的に投与してもよい。
【0023】
<酸化ストレス応答促進剤のスクリーニング方法>
本発明の酸化ストレス応答促進剤のスクリーニング方法は、eEF1BδL遺伝子、およびeEF1BδL標的遺伝子または該標的遺伝子の発現調節配列に連結されたレポーター遺伝子を発現する細胞において被検物質を添加し、該標的遺伝子またはレポーター遺伝子の発現量を測定し、該発現量を増加させる物質を選択することを特徴とする。
ここで、「酸化ストレス応答促進剤」としては、細胞がスーパーオキシドアニオン(O2-)、過酸化水素(H2O2)、ヒドロキシラジカル(・OH)などの活性酸素種(ROS)による酸化ストレスにさらされた時に、細胞を酸化ストレスに対して保護するような応答を促進する薬剤を意味し、より具体的には、酸化ストレスを軽減する働きをするタンパク質をコードする遺伝子の発現を上昇させることのできる薬剤を意味する。酸化ストレスを軽減する働きをするタンパク質をコードする遺伝子として具体的には、HO-1などが挙げられる。
【0024】
eEF1BδL遺伝子としては、好ましくはヒトeEF1BδL遺伝子が用いられる。ヒトeEF1BδL遺伝子としては配列番号6のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするDNAが挙げられ、より具体的には配列番号5の塩基配列を有するDNAが挙げられる。ただし、スクリーニングに使用するeEF1BδL遺伝子は配列番号6のアミノ酸配列をコードするDNAには限定されず、標的遺伝子の転写を活性化できるものである限り、配列番号6のアミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上の同一性を有するタンパク質をコードするDNAであってもよい。また、標的遺伝子の転写を活性化できるタンパク質をコードするものである限り、これらの部分断片を用いてもよい。
【0025】
eEF1BδL標的遺伝子としては、eEF1BδLによって転写が活性化されるものである限り特に制限されないが、プロモーターにHeat shock element(HSE)またはその類似モチーフを含む遺伝子が好ましく、具体的には、HO-1、HSPA6(heat shock 70kDa protein 6)、DNAJB1(DnaJ (Hsp40) homolog, subfamily B, member 1)、CRYAB(crystallin, alpha B)などが挙げられる。
ここで、HO-1遺伝子としては、配列番号8のアミノ酸配列をコードするDNAまたはそのホモログが挙げられる。HSPA6遺伝子としては、配列番号10のアミノ酸配列をコードするDNAまたはそのホモログが挙げられる。DNAJB1遺伝子としては、配列番号12のアミノ酸配列をコードするDNAまたはそのホモログが挙げられる。CRYAB遺伝子としては、配列番号14のアミノ酸配列をコードするDNAまたはそのホモログが挙げられる。
なお、「ホモログ」とは、各配列番号のアミノ酸配列に対して80%以上、好ましくは90%以上の同一性を有するタンパク質をコードするDNAをいう。
【0026】
eEF1BδL標的遺伝子の発現量に基づいてスクリーニングを行う場合、eEF1BδL標的遺伝子を本来的に発現する細胞に、eEF1BδL遺伝子を外来的に導入し、被検物質を添加した後に、eEF1BδL標的遺伝子の発現量を測定することが好ましい。
eEF1BδL標的遺伝子を本来的に発現する細胞としては、脳や精巣由来の細胞が好ましい。
eEF1BδL遺伝子の細胞への導入は、哺乳類細胞に遺伝子を導入するために用いられるプラスミドやウイルスなどのベクターにeEF1BδL遺伝子を組み込み、リポフェクションなどの通常の方法にて細胞にトランスフェクションすることによって行うことができる。
eEF1BδL標的遺伝子の発現量は、RT−PCR、定量PCR、ノーザンブロット、ハイブリダイゼーションなどの方法により測定することができる。非添加時と比較して発現量が増加した場合、酸化ストレス応答促進剤の候補物質として選択することができる。
【0027】
標的遺伝子の発現調節配列に連結されたレポーター遺伝子の発現量に基づいてスクリーニングを行うこともできる。
HO-1遺伝子のプロモーターに連結されたレポーター遺伝子を用いる場合、HO-1遺伝子のプロモーターとしては、E1領域を含むDNAを用いることが好ましい。E1領域とは、図14aに示される2つのARE(Antioxidant response element)と1つのHSE-like(Heat shock element like)を含む領域を意味し(Alam J et al., Am. J. Respir. Cell Mol. Biol. 36, 166-174 (2006))、例えば、配列番号15の配列を含む領域が例示される。
その他のeEF1BδL標的遺伝子のプロモーターに連結されたレポーター遺伝子を用いる場合、eEF1BδL標的遺伝子のプロモーターとしては、各標的遺伝子の転写開始点から上流約2kbpを含む領域が好ましく、上流約5kbpを含む領域がより好ましい。プロモーターの配列情報は各遺伝子のゲノム配列情報から入手できる。
【0028】
レポーター遺伝子としては、ルシフェラーゼ遺伝子、GFP遺伝子、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ遺伝子などが例示できる。これらのレポーター遺伝子をHO-1遺伝子などのeEF1BδL標的遺伝子のプロモーターに連結し、これを哺乳類細胞に遺伝子を導入するために用いられるプラスミドに組み込み、eEF1BδL遺伝子とともに、リポフェクションなどの通常の方法にて細胞にトランスフェクションする。
そして、得られた細胞に被検物質を添加し、レポーター遺伝子の発現量を測定する。レポーター遺伝子の発現量はレポーター遺伝子の種類にもよるが、蛍光強度や発光強度、放射能強度などによって測定することができる。
例えば、被検物質の存在下において、レポーター遺伝子の発現量が非存在下と比べて増加する場合に、当該物質を酸化ストレス応答促進剤の候補物質として選択することができる。
【0029】
なお、eEF1BδL標的遺伝子の発現量に基づいてスクリーニングを行う場合と標的遺伝子の発現調節配列に連結されたレポーター遺伝子の発現量に基づいてスクリーニングを行う場合のいずれにおいても、eEF1BδL遺伝子とともに、Hsf1(Heat shock factor 1)およびNrf2(NF-E2 related factor 2)などの他の因子をコードする遺伝子を同時にトランスフェクトしてもよい。特に、HO-1遺伝子またはHO-1遺伝子の発現調節配列に連結されたレポーター遺伝子の発現量に基づいてスクリーニングを行う場合、nsf2遺伝子を同時にトランスフェクトすることが好ましく、HSPA6遺伝子またはHSPA6遺伝子の発現調節配列に連結されたレポーター遺伝子の発現量に基づいてスクリーニングを行う場合、hsf1遺伝子を同時にトランスフェクトすることが好ましい。
【0030】
hsf1遺伝子としてはGenBank Accession No. NM_005526のアミノ酸配列をコードするDNAが挙げられる。ただし、hsf1遺伝子は上記アミノ酸配列を有するものには限定されず、eEF1BδL遺伝子とともに導入した時にHSPA6などの標的遺伝子の転写を活性化できるものである限り、上記アミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上の同一性を有するタンパク質をコードするDNAであってもよい。
また、nsf2遺伝子としてはGenBank Accession No. NM_006164のアミノ酸配列をコードするDNAが挙げられる。ただし、nsf2遺伝子は上記アミノ酸配列を有するものには限定されず、eEF1BδL遺伝子とともに導入した時にHO-1などの標的遺伝子の転写を活性化できるものである限り、上記アミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上の同一性を有するタンパク質をコードするDNAであってもよい。
【実施例】
【0031】
実施例1 HRE (Hypoxia Response Element)を介した転写に影響を与えるSIRT遺伝子群のスクリーニング
24ウェルプレートにHela細胞を0.5×105 cells/ wellの密度で播種し、その翌日に、コントロール siRNAおよびSIRT1〜SIRT7のsiRNA(Sigma)をDharmafect 1試薬(Dharmacon)を用いて細胞にトランスフェクションした。その24時間後にHREルシフェラーゼ遺伝子(Conrad PW., et al., J. Biol. Chem. 1999, Nov 19; 274(47):33709-33713)およびチミジンキナーゼプロモーターを含むRenillaルシフェラーゼ遺伝子(Promega)を、Lipofectamine LTX試薬(Invitrogen)を用い、細胞に導入した。さらにその24時間後から、細胞を低酸素インキュベーターで1% O2の条件下で培養し、細胞を回収した。レポーター活性はデュアルルシフェラーゼアッセイシステム(Promega)により測定した。その結果、1% O2の条件下でSIRT2阻害によって、HREにより発現されるレポーター活性が有為に上昇することが示された(図1A)。
なお、SIRT2のsiRNAは下記2本の1本鎖RNAをアニーリングしたものである。
センス鎖: CAGAGGCCAUCUUUGAGAUCA(配列番号16)
アンチセンス鎖: AUCUCAAAGAUGGCCUCUGGG(配列番号17)
【0032】
なお、SIRT2siRNAを上述の方法でHela細胞に導入し、抗SIRT2抗体(Abcam)、抗βactin 抗体(Chemicon)を用いてウエスタンブロットを行い、SIRT2タンパク質の減少を確認した(図1B)。
【0033】
実施例2 SIRT1破壊細胞およびSIRT2遺伝子破壊細胞(DT40細胞)を用いたHRE 下流遺伝子VEGF(vascular endothelial growth factor), LDH (lactate dehydrogenase)の発現解析
野生型(WT), SIRT1-/-およびSIRT2-/-のDT40細胞(Matsushita N et al., Genes Cells. 2005 Apr; 10(4):321-332)を20% O2または1% O2条件下で培養し、定量RT-PCR法により以下のプライマーを用いてVEGFの mRNA量を測定した。mRNAレベルは28Sで標準化した。
VEGF-S: 5'-TCTGCTCACTTGGATCCACTG-3' (配列番号18)
VEGF-AS: 5'-CTGTGCTGTAAGAAGCTCATG-3' (配列番号19)
28S-AS: 5'-TCAAGCTGGCCAGGGTGACCAA-3' (配列番号22)
28S-S: 5'-TCCGACTCGAGCAGGGTGAGGA-3' (配列番号23)
その結果、SIRT2遺伝子破壊細胞で20% O2条件下及び1% O2条件下でVEGFの上昇を認めた(図2)。
【0034】
また、WT, SIRT1-/-およびSIRT2-/-のDT40細胞を20% O2または1% O2条件下で培養し、下記プライマーを用いた定量RT-PCR法によりLDH mRNA量を測定した。mRNAレベルは28Sで標準化した。その結果SIRT2遺伝子破壊細胞で20% O2または1% O2条件下でLDHの上昇を認めた(図2)。
LDH-S: 5'-CTGGCAAAGATTACAGCGTGAC-3' (配列番号20)
LDH-AS: 5'-CTGTCCACCACCTGCTTGTGAA-3' (配列番号21)
【0035】
実施例3 SIRT2-/-細胞を用いた脱アセチル化酵素SIRT2基質の検索
抗アセチル化リジン抗体 (Cell signaling)(1:1000)を用いてWTおよびSIRT2-/-細胞(DT40細胞)の抗アセチル化リジン抗体によるウエスタンブロット解析を行なった。結果を図3に示す。矢印はアセチル化が亢進しているバンドを示しており、これらはSIRT2基質であることが示唆された。このことから、抗アセチル化リジン抗体を用いた方法がSIRT2基質の検索に有効であることが示された。
【0036】
上述の一次元電気泳動では質量分析計によるタンパク質の同定が困難であるため、次に、2次元展開しSIRT2基質のタンパク質同定を行なった。WTおよびSIRT2-/-細胞を7M Urea, 2M Thiourea, 4% CHAPS, 30 mM Tris-Cl (pH 8.5), protease inhibitor cocktail (Sigma) で溶解し、2-D clean-up kit(GE Healthcare)により再懸濁した。総タンパク質50
μgを24 cm, pH 4-7のImmobiline Dry Strip(GE Healthcare)にロードし、16時間膨潤した。オーバーナイトでIEF(等電点電気泳動)を行ない、還元化、アルキル化および平衡化の後、2次元SDS-PAGE(24 cm, 8%ポリアクリルアミドゲル)にかけた。泳動が終了したゲルはPVDFメンブレンに転写し、抗アセチル化リジン抗体(1:1000)で反応させた。その結果、図3に示されるように、WTに比較し、SIRT2-/-細胞でアセチル化リジンのシグナルが増強したスポットが3箇所発見された。なお、SIRT2-/-細胞ではチューブリンのアセチル化も亢進していた。
【0037】
次に、ゲルから目的のスポットを切り出し、常法によりトリプシンゲル内消化を行なった。トリプシン消化したペプチドを含むMALDIのマトリックスプレートからUltraflex MALDI-TOF/TOF spectrometer(Bruker Daitonics)を用いてスペクトルを得た。得られたペプチドのMS値から、NCBInrデータベースよりMascot searchを行い、目的タンパク質を同定した。同定されたタンパク名およびアセチル化サイトを表1に示す。
【0038】
【表1】

【0039】
実施例4 Hsp90とHIF-1αとの結合に対する、SIRT2脱アセチル化部位K478変異の影響
Hsp90のアセチル化サイト(478位のリジン)の変異体は、Quickchange キット(Stratagene)を用いて作製した。K/R変異体はリジンからアルギニンへの変異で脱アセチル化状態を疑似している。K/Q変異体はリジンからグルタミンへの変異でアセチル化状態を疑似する。K/A変異体はリジンからアラニンへの変異で脱アセチル化状態を疑似する。免疫沈降法によって各Hsp90 K478変異体とHIF-1αとの結合を解析した。Hela細胞にFlagに融合させたHsp90のWTまたはK478変異体とGFP-HIF-1α(GFPとHIF-1αの融合タンパク質)を共発現させ、抗GFP抗体(MBL)により免疫沈降を行い、抗FLAG抗体で検出を行った(図4)。この結果よりHSP90の478番目のリジンがアセチル化状態の時にHIF1αとの結合が強まることが示唆された。
【0040】
実施例5 SIRT2-/-のHIF-1αタンパク質レベルへの影響
WTおよびSIRT2-/-のヒトNalm-6細胞(So S et al., J. Biol. Chem. 2004, Dec 31; 279(53): 55433-55442. Epub 2004 Oct 26)を20% O2および1% O2条件下で培養し、タンパクを抽出し、抗HIF-1α抗体(R&D systems)でウエスタンブロットを行なった(図5)。その結果、SIRT2-/-細胞でHIF-1αシグナルの増加を認めた。
【0041】
実施例6 SIRT2阻害剤AGK2によるVEGFおよびHO-1遺伝子誘導効果
胎齢17日目のC57BL6/Jマウスより海馬を摘出し、37℃でトリプシン処理およびDNase-I処理を行い、細胞懸濁液を得た。ポリ-L-リジンでコーティングした12ウェルプレートに、上記の細胞懸濁液を2.5〜5.0×105 cells/ wellの密度で播種し、100 μg/ mlペニシリン-ストレプトマイシンおよび2% B-27 添加物を含むNeurobasal培地 (Gibco)で維持し、37℃、5% CO2の条件下で培養した。播種の2〜3日後に、培地の半量を新しい培地に交換し、実験に供した。マウス神経細胞に10 μMのAGK2(Calbiochem)を添加し、その6, 12および24時間後にmRNAの量を定量RT-PCR法により測定した。 トータルRNAはTRizol試薬(Invitrogen)により抽出した。PrimeScript RT reagentキット(Takara)を用い、500 ngのトータルRNAからcDNAを合成した。得られたcDNAをSYBR green PCRキット(Takara)およびLightcycler(Roche)により増幅し、目的のmRNA量を以下のprimerで解析した。
VEGF-S: 5'-GCTACTGCCGTCCGATTGAGA-3'(配列番号24)
VEGF-AS: 5'-AGGTTTGATCCGCATGATCTGC-3' (配列番号25)
HO-1-S: 5'-AGAATGCTGAGTTCATGAAG-3' (配列番号26)
HO-1-AS: 5'-AGACAGGTCACCCAGGTAGC-3' (配列番号27)
【0042】
全てのmRNA量の発現値は、同一サンプルのβ-actinもしくは28S量により補正した。その結果、AGK2の添加によりVEGFの上昇を認めた(図6A)。AGK2 (SIGMA)のネガティブコントロールであるAGK7 (Calbiochem)はVEGF mRNA発現を誘導しなかった。
【0043】
同様に、マウス神経細胞に10 μMのAGK2を添加し、その6, 12および24時間後にHO-1 (Heme Oxygenase 1) mRNAの量を定量RT-PCR法により測定した(図6B)。その結果、AGK2添加によりHO-1の上昇を認めた。なお、AGK2のネガティブコントロールであるAGK7はHO-1
mRNA発現を誘導しなかった。
【0044】
実施例7 SIRT2阻害剤AGK2による酸化ストレス保護作用
実施例6と同様に調製したマウス神経細胞を培養し、培養9から11日目の神経細胞に5μMまたは10 μMのAGK2を添加した。その24時間後に過酸化水素を処理し、6時間後の生細胞率をCellTiter-Glo試薬(Promega)を用いて解析した。その結果、図7に示されるように、AGK2処理は過酸化水素処理による神経細胞死を抑制し、AGK7は神経細胞死を抑制しなかった。
【0045】
実施例8eEF1BδLの組織特異性
翻訳分子として知られているeEF1Bδ1の組織分布を調べるためマウス組織抽出物について抗eEF1Bδ1抗体(ProteinTech Group)によるウエスタンブロット解析を行なった(図8a)。その結果、eEF1Bδ1は全ての組織に分布しているが、大脳、小脳、精巣にのみ存在する分子量90kda相当のシグナルが存在することが明らかとなった。この大きい分子がeEF1BδLである。なお、質量分析で同定されたSIRT2の脱アセチル化部位は長いeEF1BδL特異的な領域に存在する。
【0046】
次に、マウス組織凍結切片を作製し、DIGシステム(Roche)を用いてIn situ hybridization法によりeEF1BδLのmRNAの発現を解析した。マウスeEF1BδL特異的な387塩基対(配列番号5の301から687番目までに相当する)をpGEMT-Easyベクター(Promega)に組み込み、アンチセンスおよびセンスプローブ作製に供した。その結果、eEF1BδLは、脳では海馬神経細胞に発現が多く、精巣では精子および精細胞に多く発現していることがわかった(図8b)。
【0047】
図8cにeEF1Bδ遺伝子の模式図を示した。eEF1Bδ1のゲノム構造より、エクソンIIIがスキップした場合はeEF1Bδ1になり、エクソンIIIも含んだmRNAの場合はeEF1BδLになることが明らかになった。すなわち、翻訳の際にエキソンIIIがスキップされるか否かにより、eEF1Bδ遺伝子から短いmRNAと長いmRNAが生じる。
【0048】
実施例9eEF1BδLの細胞内局在
eEF1Bδ1およびeEF1BδLの細胞内局在を調べるためにそれぞれの遺伝子をRT-PCR法によりHela細胞よりクローニングし、pEGFP-C1ベクター(Clontech)に組み込んだ。それぞれの遺伝子をHela細胞にLipofectamine LTX試薬(Invitrogen)を用いて導入した。さらにその24時間後に細胞内局在をOlympus FluoView FV1000レーザー顕微鏡を用いて調べた(図9左)。その結果、eEF1Bδ1は細胞質にのみ存在するが、eEF1BδLは細部質、核の両方に存在することが明らかになった。
【0049】
マウス海馬神経細胞のトータル、細胞質及び核分画を用いて内因性eEF1BδLタンパクの細胞内局在を調べた。これらの画分を抗eEF1Bδ抗体(ProteinTech Group)、抗α-tubulin抗体及び抗c-fos抗体(Santa Cruz)でウエスタンブロットを行なった(図9右)。その結果、内在性のeEF1BδLは核に多く存在することが確認された。
【0050】
実施例10 eEF1BδLの機能
eEF1BδLが核に存在することより、転写機能を持つことを期待し、レポーターアッセイによるeEF1BδLの機能解析を行なった。HEK293細胞にHSE(Rernandes M. et al., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, NY, 375-393), HRE, cAMP応答配列(CRE)、またはNF−κB応答配列を持ったルシフェラーゼレポータープラスミド(Invitrogen)を、eEF1Bδ1またはeEF1BδLとともに発現させ、ルシフェラーゼ活性を測定した。その結果、図10に示されるように、eEF1BδLがHSEに対して強い活性を示すことが明らかになった。
【0051】
実施例11 eEF1BδLによる遺伝子発現調節
HEK293細胞にeEF1Bδ1またはeEF1BδLを発現させ、トータルRNAをTRizol試薬(Invitrogen)により抽出した。このRNAとトーレ3Dアレイ(東レ)を用いてmRNA発現解析を行なった。その結果、eEF1BδLの過剰発現により表2に示す遺伝子が誘導されることが示された。
【表2】

【0052】
実施例12 eEF1BδLによる標的遺伝子の発現
HEK293細胞にeEF1Bδ1、eEF1BδLまたはHsf1を発現させ、定量RT-PCR法により実施例11で明らかになった遺伝子のうちで機能の明らかな遺伝子(HO-1、HSPA6、DNAJB1、CRYAB)についてmRNA量を測定した。用いたprimerを下に示す。
HO-1-S: 5'-TGCACACCCAGGCAGAGAATG-3'(配列番号28)
HO-1-AS: 5'-AGACAGGTCACCCAGGTAGC-3' (配列番号29)
HSPA6-S: 5'-TCCAGCATCCGACAAGAAGCT-3' (配列番号30)
HSPA6-AS: 5'-TGCTTCATGTCCGACTGCACC-3' (配列番号31)
DNAJB1-S: 5'-AGAGATCTACAGCGGCTGTACC-3' (配列番号32)
DNAJB1-AS: 5'-TGTGCAGCCACACAGAGCCTC-3' (配列番号33)
CRYAB-S: 5'-ACACTGGACTCTCAGAGATGC-3' (配列番号34)
CRYAB-AS: 5'-TGGTGAGAGGGTCTACATCAGC-3' (配列番号35)
β-actin-S: 5'-CCTCATGAAGATCCTCACCGA-3' (配列番号36)
β-actin-AS: 5'-TTGCCAATGGTGATGACCTGG-3' (配列番号37)
その結果、図11に示すように、eEF1BδLはHO-1,HSPA6,DNAJB1, CRYABのmRNAを誘導することが示された。また、HO-1,HSPA6,DNAJB1については、既存の熱応答転写因子Hsf1では誘導されない、もしくは弱い誘導を示すが、eEF1BδLによって強く誘導されることが確認された。
【0053】
実施例13 eEF1BδLのNLS(核移行シグナル)の変異体作製と転写活性化への影響
図12に示すようにNLS(核移行シグナル)を部位特異的変異により変異させた変異型eEF1BδLとGFPとの融合タンパク質を作製した(GFP-eEF1BδL NLS mt)。また、核移行シグナルを変異させ、さらに核外輸送配列を付加したeEF1BδLとGFPとの融合タンパク質を作製した(GFP-NES-eEF1BδL NLS mt)。なお、これらの変異体はQuickchange キット(Stratagene)を用いて作製した。Olympus FluoView FV1000レーザー顕微鏡によって調べたGFP-eEF1BδL(野生型)、GFP-eEF1BδL NLS mtおよびGFP-NES-eEF1BδL NLS mtの細胞内局在を図12に示す。その結果、eEF1BδL NLS mtおよびNES-eEF1BδL NLS mtは細胞質に存在することが示された。
【0054】
次に、HEK293細胞にeEF1BδL、eEF1BδL NLS mtおよびNES-eEF1BδL NLS mtを発現させ、定量RT-PCR法によりHO-1 mRNA量を測定した。その結果、核に存在できないようにした変異体ではHO-1 mRNAの誘導が起きないことが示され、eEF1BδLによるHO-1遺伝子の発現には核内での転写活性化が示唆される。
【0055】
実施例14 eEF1BδL によるHO-1およびHSPA6の転写活性化と他の因子の関与
eEF1BδLがHO-1遺伝子の誘導に必須であることを検証するために、eEF1δL特異的siRNA(標的配列 5’-CUGGCUCAGCAAGCCUGCCUA-3’配列番号38N)によりノックダウンを行い、MG132(プロテアソーム阻害剤:ペプチド研究所)の非存在下及び存在下におけるHO-1 mRNA発現に対する効果を定量RT-PCRにより検証した(図13a左)。その結果、eEF1BδLの阻害は、MG132によるHO-1の誘導を抑えることが明らかになった。なお、eEF1δL特異的siRNAは以下のものである。
センス鎖: CUGGCUCAGCAAGCCUGCCUATT(配列番号45)
アンチセンス鎖: UAGGCAGGCUUGCUGAGCCAG(配列番号46)
【0056】
また、遺伝子非導入条件およびeEF1δL遺伝子過剰発現下におけるNrf2(NF-E2 related factor 2)ノックダウンのHO-1 mRNA発現に対する効果を定量RT-PCRにより検証した(図13a右)。その結果、eEF1BδLによるHO-1遺伝子の誘導はNrf2のsiRNA(Dharmacon:ON-TARGETplus Human NFE2L2 SMART pool(カタログNo. L-003755-00))を用いたノックダウンにより抑制されることがわかった。これらの結果よりHO-1遺伝子の誘導にはeEF1BδLおよびNrf2が重要であることが示された。
【0057】
次に、eEF1BδLがHSPA6遺伝子の誘導に必須であることを検証するために、上記eEF1δL特異的siRNAによりノックダウンを行い、熱ショック(42℃、1時間)を加えたときと加えないときのHO-1 mRNA発現に対する効果を定量RT-PCRにより検証した(図13b左)。その結果、eEF1BδLの阻害は、熱ショックによるHSPA6の誘導を抑えることが明らかになった。
【0058】
また、遺伝子非導入条件およびeEF1δL遺伝子過剰発現下におけるHsf1(Heat shock factor 1)ノックダウンのHO-1 mRNA発現に対する効果を定量RT-PCRにより検証した(図13b右)。その結果、eEF1BδLによるHSPA6遺伝子の誘導はHsf1のsiRNA(Dharmacon:ON-TARGETplus Human HSF1 SMART pool(カタログNo.L-012109-00))を用いたノックダウンにより抑制されることがわかった。これらの結果よりHSPA6遺伝子の誘導にはeEF1 BδLおよびHsf1が重要であることが示された。
【0059】
なお、HEK293細胞にeEF1BδL 、Hsf1 、およびNrf2 のsiRNAをトランスフェクトし、それぞれのタンパク量を測定した結果、これらのタンパク質の減少が確認できた(図13c、d、e)。
【0060】
実施例15 eEF1BδLによるHO-1の転写活性化メカニズム
マウスHO-1遺伝子プロモーターは図14aに示す構造を有しており、E1領域が重要と考えられている。
ARE; Antioxidant response element
HSE-like; Heat shock element like
HSE; Heat shock element
【0061】
HEK293細胞に3(FLAG-eEF1BδL(3つ連結したFLAGタグにeEF1BδLを連結させたもの)もしくは3(FLAGをトランスフェクトし、EZ-ChIP(Upstate)を用い、CHIP(クロマチン免疫沈降)解析を行った。免疫沈降物は、以下のプライマー対を用い、PCR法により解析した(図14b)。
HO-1E1-S: 5'-GCTGCCCAAACCACTTCTGT-3’(配列番号39)
HO-1 E1-AS: 5'-GCCCTTTCACCTCCCACCTA-3’ (配列番号40)
HO-1 HSE-S: 5'-TCAGCAGAGGATTCCAGCAGG-3’ (配列番号41)
HO-1 HSE-AS: 5'-TTGGGACTTGATGCACCCCAGG-3’ (配列番号42)
Coding region-S: 5'-CACCCGCTACCTGGGTGAC-3’ (配列番号43)
Coding region-AS: 5'-GGAGCGGTAGAGCTGCTTGA-3’ (配列番号44)
その結果、eEF1BδLはHO-1遺伝子のE1領域およびHSEに結合することが示された。
【0062】
次に、eEF1Bδ1およびeEF1BδLのGST組換えタンパク質を用いてHSEコンセンサスオリゴヌクレオチド(センス鎖:5'-GATCTCGGCTGGAATATTCCCGACCTGGCAGCCGA-3’配列番号47、アンチセンス鎖:5'-GATCTCGGCTGCCAGGTCGGGAATATTCCAGCCGA-3’配列番号48)の存在下ゲルシフトアッセイを行なった。eEF1Bδ1およびeEF1BδLをそれぞれpGEX-6p-1(Pharmacia)ベクターに組み込み、組換えタンパク質の発現精製に用いた。200 ngのeEF1Bδ1もしくはeEF1BδLのGST融合タンパク質を、結合バッファー(20 mM HEPES at pH 7.6, 5 mM EDTA, 1 mM DTT, 150 mM KCl, 50 mM (NH4)2SO4, 1% Tween-20 (v/v))中で、32PラベルしたHSEコンセンサス配列をもつオリゴヌクレオチドとともに20分間反応させた。4%のネイティブポリアクリルアミドゲルにて泳動後、eEF1BδL-HSE複合体をオートラジオグラフィーにて可視化した(図14c)。その結果、eEF1BδLによるバンドシフトが見られ、50倍過剰量のオリゴヌクレオチド添加によりこの結合は競合阻害された。この結果より、eEF1BδLは直接HSEに結合することが示された。
【0063】
次に、eEF1BδLのE1領域に対する効果を調べるために、E1領域にルシフェラーゼ遺伝子をつないだコンストラクトをHEK293細胞に導入し、さらにeEF1Bδ1またはeEF1BδLを発現させ、ルシフェラーゼ活性を測定した(図14d)。その結果、eEF1BδLに強いE1領域を介した転写活性化があることが示された。
【0064】
以上の結果より、eEF1BδLとARE活性化能力のあるNrf2との関係が示唆されるため、免疫沈降法によるeEF1BδLとNrf2との結合解析を行なった。HEK293細胞にFlag-eEF1BδL(FlagタグにeEF1BδLを連結したもの)、Flag-eEF1Bδ-N(Human eEF1BδLのN末端側アミノ酸(1-366)をFlag ベクターに組み込んだもの)およびFlag-eEF1Bδ1(Human eEF1BδLのC末端側アミノ酸(367-647)をFlag ベクターに組み込んだもの)とGFP-Nrf2(GFPにNrf2を連結したもの)を共発現させ、抗Flagビーズにより免疫沈降を行なった。細胞は50 mM Tris-Cl (pH 7.5), 300 mM NaCl, 50 mM NaF, 1 mM Na3VO4, 20 mM Na2MoO4, 1 mM EDTA, 0.1% NP40, 1mM DTT, protease inhibitor cocktailを含むバッファーで溶解し、2 μgの抗体を添加後、4℃で一晩反応させた。翌日、50 μlのProtein G-Sepharose beads(GE)を加え4℃で2時間反応させた。Beadsを洗った後、Laemmliサンプルバッファーでタンパクを溶出し、抗GFP抗体を用いたウエスタンブロット法により解析した(図14e)。
この結果、eEF1BδLとNrf2が結合することが示された。
【0065】
次に、Nrf2を過剰発現させた細胞と過剰発現させない細胞において、eEF1BδLのsiRNAによるノックダウンによるHO-1の発現の効果を調べた(図14f)。その結果、eEF1BδLのsiRNAによるノックダウンはNrf2の過剰発現によるHO-1 mRNA発現を抑制することが示された。なお、細胞はHEK293を用い、HO-1 mRNAの量は定量RT-PCR法により測定した。
【0066】
以上より、HO-1の転写は図14gに示されるような機能制御を受けていることが予想された。すなわち、eEF1Bδ1は細胞質でeEF1BαおよびeEF1Bγと複合体を形成する。この複合体はeEF1Aに対しグアニンヌクレオチド交換因子として作用し、そのタンパク翻訳機構を活性化する。eEF1BδLはスプライシング変化により生じ、核へ移行する。 このeEF1BδLは標的遺伝子のプロモーター領域に結合し、Nrf2又はHsf1とともに転写因子として機能することが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検物質の存在下でSIRT2活性を測定し、SIRT2活性を阻害する物質を選択することを特徴とする、低酸素ストレス応答促進剤のスクリーニング方法。
【請求項2】
478位のリジンがアセチル化されたHeat Shock Protein 90 (HSP90)、またはそのアセチル化部位を含む部分ペプチドを基質に用いてSIRT2の脱アセチル化酵素活性を測定する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
AGK2からなる低酸素ストレス応答促進剤。
【請求項4】
eEF1BδL遺伝子、およびeEF1BδL標的遺伝子または該標的遺伝子の発現調節配列に連結されたレポーター遺伝子を発現する細胞において被検物質を添加し、該標的遺伝子またはレポーター遺伝子の発現量を測定し、該発現量を増加させる物質を選択することを特徴とする、酸化ストレス応答促進剤のスクリーニング方法。
【請求項5】
eEF1BδL標的遺伝子が、Hemeoxygenase-1 (HO-1)、HSPA6(heat shock 70kDa protein 6)、DNAJB1(DnaJ (Hsp40) homolog, subfamily B, member 1)およびCRYAB(crystallin, alpha B)からなる群より選択される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
eEF1BδL標的遺伝子がHO-1遺伝子であり、HO-1遺伝子の発現調節配列がE1領域を含む、請求項4に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2010−273652(P2010−273652A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−131543(P2009−131543)
【出願日】平成21年5月29日(2009.5.29)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】